めんどくせぇことばかり
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『健康お酢レシピ』 夏梅美智子

なんだか、酢が見直されてますね。

酢と言えば、100円くらいで売ってる穀物酢を頭に思い浮かべる私だが、酢の癖に、最近は300円とか500円とか、馬鹿高い酢がある。黒酢とか、リンゴ酢とか言うグループね。連れ合いに「リンゴ酢は高いんだよ」って言われて、「あれ、100円くらいで売ってた気がする」って買ってきたらリンゴ酢飲料で、連れ合いにごくごく飲まれておしまい。「あ~、おいしかった」だって。

リンゴ酢は、中の中くらいの値段のものを買った。酢は酢だから酸っぱいけど、ほんのりリンゴの香りがして、蜂蜜入れて水で割ればおいしく飲めるって書いてあった。

かと思えば、あのお手軽酢のシリーズ。何というのか寿司酢ではないんだよね。甘い酢。あれはちょっと甘すぎる。だから、穀物酢と混ぜて使う。やや甘の酢に野菜をつけておけば、そのままのサラダ。一番うまいのはタマネギだな。

それからよく言いますね。醤油をたくさんかけちゃう人は、醤油を控えて酢をかければ良いって。二杯酢をかけるんですかって、なんか納得いかなかったんですが、卵かけご飯を食べて認識が変わりました。

ぜひ、卵かけご飯の醤油を控えて酢をかけてください。・・・これはうまい。

お酢を毎日とることによって、・・・
①内臓脂肪が減る
②血圧が下がる
③血糖値の上昇を緩やかにする
④疲労回復

あれ、あの高価が書いてない。酢を飲むと、体がふにゃふにゃに柔らかくなるんでしょう。私、体を柔らかくするために、酢を飲んでたことがありますよ。ちっちぅ、・・・違うんですか?


『健康お酢レシピ』    夏梅美智子


主婦の友社  ¥ 1,100

いつもの料理に大さじ1杯のお酢をとれば、
健康にいいことだらけ!
PART1 かけるだけ!今すぐ食べられる酢のレシピ
PART2 酢に一工夫!和え物&サラダの絶品レシピ
PART3 酢を「飲む」感覚で味わうレシピ
PART4 酢の働きでおいしさがアップするおかず
PART5 酢をきかせたご飯&麺・パンのレシピ


まず、肉には酢だ。

私が一番好きな肉は、値引きになってる肉。いつもは手が伸びないスペアリブやかたまり肉が半額になってたりするのほど、好きな肉はない。間違いなく買ってくる。そして、酢で煮るんだ。

これは土井善晴先生に教えてもらった。極めて簡単。水1カップと酢を1カップ、醤油はちょびっとで肉を煮る。土井先生は蜂蜜を入れていたが、私は甘酒にした。ちょっとだけよ。タンタカタンタン、タンタンタンとタブーのリズムで煮詰まるくらいまで煮てから、最後は塩と黒こしょうをかける。酢は、火を通すと味になる。

唐揚げは、酢につけて食べるようになった。もともと、南蛮漬けというのがあるが、酢をつけて食べるだけで、あのさっぱり感が味わえる。


魚にはどうだ。焼いたサンマには巣立ちをかける。娘婿の実家から大量の巣立ちを送ってもらっているうちでは、それを絞って使っている。いまでもまだ5本ほどの巣立ちのペットボトルが冷蔵庫に入っている。魚には酸味が合うだろう。でも、ペットボトル入り巣立ち5本を使い終わるまでは、魚に酢を使うことはないだろう。

野菜にも酢は合う。加減した甘酢に漬けて食べることが多い。このとき、酢の代わりに巣立ちの絞り汁を使うとジュースにつけたようになってしまうので、やはり酢の方が良い。

火を通す料理には、とりあえず酢を入れてみて。失敗がないとは言わないが、もの凄くうまくなるかもしれない。そう言っている私がけど、・・・そうだな。まだ味噌汁には酢を入れたことがない。

納豆にも酢。卵かけご飯がうまいと書いたが、それと同じ。

かなり広範に使える酢。これが、酢をかけたら台無しになるんじゃないかと用心しちゃうのはなぜだろう。・・・あっ、もしかしたら、あの経験かも知れない。

ところてん。

ところてんを食べて、酢にむせてしまった経験があるでしょう。もしかしたら、あの経験が、その背景にあるのかもしれない。

もっと勇敢になって、明日は味噌汁に酢を・・・。





テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ロープワーク』 水野隆信監修

ロープが使えるというのは、人のできないことができると言うことだから、やっぱりかっこいい。

台風19号による埼玉県東松山市の被災地ボランティアで、軽トラで何度も往復して、被災荷物をゴミ集積所に運んでた。うちには軽トラはないので、同乗して積み卸しをしてた。荷物は、それこそ何でもあり。

そうそう、畳はすごかった。水をたっぷり吸った畳ってすごいんだよ。まず、重い。軽トラの積載量は350kg。ぐっしょり水を吸った畳は、男二人だと、じきに腰を悪くしそうな重さ。50kgはくだらなかったと思う。50kgだとして、7枚で350kg。7枚積んだらタイヤがかわいそうな状況になっていた。でも、これは縛る必要がない。これだけ重い畳が落ちることは考えられないからね。

それから家電。新婚の頃は1台だった大型冷蔵庫が、子どもが二人も生まれれば2台は必要になる。それが全部だめになって戸外に出されている。それを2台軽トラに乗っけて、扉を開けておく。開けた扉の中に、本当ならいろいろなおいしい食材が入るところに、ヘドロまみれのいろいろなものを押し込んでいく。これは縛らなきゃいけない。運んだ先で家電を並べていくと、ほんの二・三日でケーズデンキを遙かに上回る品揃えになった。

畳と家電を運び終えると、その後はもう選んでいられない。できるだけ同じ種類のものを選んで、軽トラに荷台に載せていく。とんがったものとか、ペラペラしたものとか、とにかく不揃いで、縛らないでは運べない。

途中で荷物を落とすわけに行かないから、強く縛らなきゃいけないけど、ほどけないんじゃ、また困る。・・・そういう荷物を縛るロープワークがあるんだな。

一緒にボランティアに携わっていたメンバーの中に、これに長けた人がいた。同じ縛り方ができる人は他にもいたけど、その人はとにかく手際が良かった。私はいつも、その人の軽トラに乗っていてので、何度もそれを見て覚えようとしたが、あんまり手際が良すぎて、最後まで分からなかった。

後からインターネットで調べたら、万力縛りとか南京縛りと言って、トラック輸送に携わる人たちの結びの技なんだそうだ。何度もYOUTUBE
見ながら習得したぞ。


『ロープワーク』    水野隆信監修

山と渓谷社  ¥ 2,420

キャンプや難所通過など、様々なシーンで使えるロープワークを徹底図解
[1]ロープの種類と結び方
[2]キャンプで役立つ結び方(テント、ツエルト、タープ、そのほか)
[3]登山で役立つ結び方
[4]登山で役立つ結び方/上級編
[5]クライミングロープワークの基本
[6]ロープのメンテナンスなど


どうも、ロープワークの本が出ると、ついつい買ってしまう。まるで、すぐに習得したはずのロープワークを忘れてしまうのは、前に買った本に欠陥があったとでも言うかのように・・・。

まあ、その都度、何かしら新しい側面が取り入れられて、読む者の好奇心をくすぐる編集になっているんだろうけど、それにしたって三冊も四冊もいるはずがない。

だけど、新しい本を手に入れて、「そうそう、こうだった」なんて思いながら結んでみると、我ながらそこそこ覚えているもんだと、密かににんまりしてしまう。そりゃさすがに、四冊目にもなればね。

ワンゲルの顧問だったときはザイルを持って行った。・・・いや、持って行かせた。一般道でも、、ちょっとしたところなら、登りでも下りでも、すぐにザイルを出させた。女の子もいたしね。怖いと思わせるのは良いことじゃないし、ザイルはお手軽に使っても良いんだと思ってないと、いざという時にね。

単にロープワークという意味でも、泊登山が中心なら、いくらでもロープワークが必要になる場面があるんだろうけど、高校生たちがテント泊をあまり喜ばなかったのでね。一度、天気が崩れるのが分かっているとき、細引きとターフを持って行って、その下でお昼にしたことがあったけど、単発じゃ覚えてもらえない。

仕事辞めて、一人で山に行くことになると、ザイルは持って行かないな。本当は装備しておいた方が良いんだろうけどね。沢を歩く時に使い道はあるけど、そのほかの方法で対処してしまう。それで済んでしまうところしか行かないしね。

次に暖かい季節を迎えたら、一人でキャンプに出かけよう。最近分かったんだ。仕事を辞めた私が家にいることは、連れ合いにとって、喜ばしいこととは限らない。おそらく、「亭主元気で外が良い」っていうのは、それなりの真理だろう。テント泊で、ロープワークを身につけよう。

使わないと、忘れるからね。そうそう、習得した万力縛り。すごいかっこいいんだけど、軽トラもないし、全く使い道がありません。




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ジャンル : 本・雑誌

『日本人は本当に無宗教なのか』 礫川全次

私が最初に体験した身内の葬式は祖父のものだった。

当然のように、自宅で行った。それから10年以上たってから祖母の、あまり時間を置かずに母の葬式となったが、いずれも自宅で行った。母の葬式は真夏だった。焼き場は程なく取れたが、やはり自宅での葬式なので、障子をはじめ、部屋の間仕切りを取っ払っているから冷房なんて効くはずがない。炎天下で会葬者を出迎えていた時は、背中を汗が流れ落ちるのが分かった。いくら冷やしてもぬるくなってしまうビールに、坊主が不満を漏らしていた。

葬式を仕切るのは隣組というのがしきたりで、お勝手ごとなどに家人は口を出してはいけないことになっていた。うちのお勝手には隣組の“女し”が陣取って母も口出しはできない。除いてみると、家人そっちのけで、自分たちでご飯を食べていたりする。アラアラ・・・。

うちは本家で、父は7人兄弟だから、祖父母の葬式に関しては叔父叔母が何かとにぎやかだった。隣組の仕切りがうまくいかなければ、叔父叔母は自分で動く。それでも隣組を立てて、不平はもらさなかった。

母の葬式から10年以上たってから行われた父の葬儀は、葬儀ホールで行われた。やはり、暑い季節だったのだが、これはきわめて快適だった。仕切りの悪い隣組にイライラする事もなく行われ、最後に直会で一杯飲んで終わりと言うだけのことだった。その時の葬式から、俗信、迷信的なことが極端に少なくなった。それでも親族は、お経の間、頭に白い三角を付けた。あれは他所の人が見るとギョッとするに違いない。

叔父や叔母からは、隣組の前で立派に振る舞うことを、しつこく諭された。尻込みでもしようものなら、「ほら早く!」と急かされた。

そういった親族、隣組の外には町会があって、さらには遠縁の親戚が連なっていた。その中で、自分がどこの誰であるかをしっかり述べなければ、存在証明ができないことになる。

ヴィンチ村のレオナルドです。

それが嫌だった。

父が7人兄弟だからいとこは多い。父には姉が一人いて、そこのうちのいとこたちは、私たち兄弟と同じ経験をしている。でも、そのあたりが時代の変わり目で、あれだけ本家の子どもに厳しかった叔父叔母も、自分の子どもたちはそれを求めていないのだ。

父の葬式もそうだけど、隣組に頼らなければならないこともなくなった。隣組の前でどう振る舞おうと、関係なくなったんだ。町会のことも行政が肩代わりしていったし、遠縁はもっと遠くなって、そのうち消えた。
著者は、三つの側面で、日本人は無宗教だと結論している。

一つ目は、宗教を特定の信仰団体と捉えた上で、そういった信仰団体に属していないという意味での無宗教。次に、通常、人間は様々な習俗・習慣に制約されながら生活しているが、そうしたものは宗教ではないという意識が強いと意味での無宗教。



平凡社  ¥ 924

かつての日本では、宗教と習俗とが人々の心を支え、社会や共同体を支えていた
第1章 かつての日本人は宗教的だった
第2章 近世における「反宗教」と「脱宗教」
第3章 本居宣長と平田篤胤の思想
第4章 幕末に生じた宗教上の出来事
第5章 明治政府は宗教をいかに扱ったか
第6章 明治期における宗教論と道徳論
第7章 昭和前期の宗教弾圧と習俗への干渉
終章 改めて日本人の「無宗教」とは


最後の一つは、日本人の多くが宗教と意識していない習俗や習慣だが、実は背景に日本人的な信仰心に裏打ちされていた。しかし、その日本人的な信仰心はすでに崩壊し、その機能を失っているという意味での無宗教。

前の二つは意識としての無宗教、三つ目は事態としての無宗教ということになる。

私は、日本人的な信仰心は、いまだに健在であると考えている。その信仰心というのは、個人的な制約という背景はあるものの、社会の秩序を良好に保つことに大きな役割を果たしてきた。それは、ただ社会の秩序を良好に保つと言うだけでなく、それを次の世代につなげていくという点においても大きな役割を果たしてきた。

その根本にあるものは、祖先崇拝とともに、自然への畏怖がある。祖先崇拝が形骸化しているとしても、自然への畏怖がある以上、日本人的な信仰心が大きく様変わりしてしまうとは思えない。

ただ、昭和の時代の戦争の悲劇も、背景に日本人的な信仰心があったと思う。その、日本人的な信仰心の負の側面というのは、私たちはなんとしても克服していかなければならないものだと思う。にもかかわらず、いまだに私たちは、それを克服できていない。

逆に私は、そのことを心配している。

戦後の変化はたしかに大きい。戦争に負けたということのトラウマは、限りなく大きい。アメリカに世の中を作り直されてしまったことも、とてつもなく大きい。

それ以降、日本社会は、徐々にではあるが、様々なしがらみから開放されていった。そのしがらみってのが、宗教を補完する習俗・習慣を裏付けていたものではないかと思う。そしてそのしがらみは、私たちが時に、絆と呼ぶもので、徐々に、そういう絆をを失いながらも、それがあった時代に培われた日本人的な信仰心というのは、そう簡単になくなるものではないと思う。

自然へ畏怖は、それくらい日本人にとっては大きな問題なんだろう。

その点に対する言及は、この本にはなかったように思う。






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浅間神社『一宮の秘密』 戸矢学

うちは埼玉県東松山市の高坂っていう地区なんだけど、台風19号で都幾川の堤防が決壊し、九十九川のもあふれて、多くの地域が水につかったことは、ブログでもご紹介した。

先日、床上まで被災したあたりを夜に車で走る機会があったんですが、あたり前のことながら真っ暗なことに愕然としてしまいました。この地域の人たちの生活が旧に復するのは、まだまだ長い時間がかかりそうだ。

さて、高坂って言う地区名なんですが、その名の通り高台にある。でも、高台にあるのは半分くらい。被災した地域は、やはり低い場所で、かつそういうところが豊かな田園地帯になっている。高台の一番端っこに神社があって、その神社が浅間神社と言う。

東日本大震災の時の津波でも、神社は津波の届かない場所にあったって話があった。すごいもんだなって思ったもんだ。だけど、今になると、あれはどんなもんだろうか。

確かにそういう神社もあったんだろう。だけど、あれだけ広範に被害があったわけだから、被災した神社もかなりの数になったはずだと思う。高坂の神社でもそうなんだ。被災したところもあったんだ。

この神社の場合は、そうだった。

そういうことで、いいんじゃないだろうか。「浅間神社には、水は来ませんでした」ってことでね。

秋になると、ここの銀杏の木には“ぎんなん”がなる。子どもの頃は、“ぎんなん”を拾って、しばらく自分ちの隅に埋めておいて、しばらくして掘り出すと、周りが腐ってるんだよね。それを川に持って行って、しばらく川にさらしておく。そうして“ぎんなん”をたき火で焼いて食うのが楽しかった。パンパン、パンパン爆ぜてね。あっ、これは私が生まれ育った秩父での話だけどね。

境内に行って“ぎんなん”が落ちてるのを見ると、ついつい拾いたくなるんだけど、それを食べられる状態にするのは、くさいし、なによりめんどうだしね。


『一宮の秘密』    戸矢学

方丈社  ¥ 2,035

最も古き神々の痕跡を残す「一宮」を訪ね、縄文から続く日本人の精神文化を探る
一章 畿内の神々
賀茂社  大神神社  枚岡神社  住吉大社
二章東海道の神々
真清田神社  富士山本宮浅間大社  浅間神社  寒川神社
氷川神社  安房神社・玉前神社  香取神宮・鹿嶋神宮
三章 東山道の神々
日吉大社・南宮大社(仲山金山彦神社)  諏訪大社
一之宮貫前神社(抜鉾神社)・二荒山神社(補陀落神社)
志波彦神社鹽竈神社・都々古別神社(八槻都々古別神社)
鳥海山尾大物忌神社
四章 北陸道の神々
白山比口神社・雄山神社 若狭彦神社・氣比神宮・氣多大社
五章山陰道の神々
出雲大神宮  籠神社  粟鹿神社・宇倍神社  出雲大社(杵築大社)
六章 山陽道の神々
伊和神社・中山神社  吉備津神社  厳島神社(伊都岐島神社)・住吉神社
七章南海道の神々
日前宮(名草宮)(日前神宮・國懸神宮)  大麻比古神社  
田村神社・大山祇神社・土佐神社
八章西海道の神々
宇佐神宮  鹿児島神宮  宮崎宮・高良大社  西寒多神社・阿蘇神社






うちの近所の浅間神社だけど、祭神が何という神様かって、日頃から気にかけてなかった。だめですね。

富士宮にある富士山本宮浅間大社の祭神は浅間大神(あさまのおおかみ)と絶世の美女で名高い木花佐久夜毘売命。どんだけ美人だったかって言うと天孫ニニギノミコトが降臨していきなり一目惚れするくらい。姉も一緒にどうぞって父親が言うのに、「お姉さんはいりません」って断っちゃうくらいの美人。

ニニギの子を生んだ木花佐久夜がどうして外に出されちゃったのか知りませんが、木花佐久夜毘売命は浅間大神を奉るための巫女神でしょうね。

・・

地元の神社のことも知らないなんてことではいけないと心を改め、今調べてきた。祭神は、やはり木花佐久夜毘売命だった。やはり浅間神社を名乗る以上そういうことなんだな。でも、浅間大神の名はない。

ご利益は、安産祈願、子育大願、容姿端麗、火防守護 他とあった。

安産祈願は、産屋に火をつけさせて、海彦、山彦を生んだくらいですから、これは効き目がありそうです。子育大願は、どうなんでしょう。子育ての話は聞いたことがありません。容姿端麗は間違いのないところでしょう。さて、火防守護が問題です。

自分の貞操を立証するためとはいえ、自ら火付けに走ってしまうような、カッとなったら何をしでかすかしれないような勝ち気な女です。だけど、浅間大神に仕える巫女神としては美貌はもちろん、そのくらいの気の強さもまた必要なのかもしれません。それもあちこちに浅間神社を配置して木花佐久夜を祀り、束んなって押さえにかかんないと抑えきれないくらいに浅間大神は偉大な神って事なんじゃないんだろうか。

だから、ニニギの子を産んだ
木花佐久夜毘売命を外に出してまで押さえにかかったと・・・。

浅間山って山があって、富士山と同じ火山で、だけど浅間神社の浅間は富士山のことだという。これ、実は分かってなかったんです。「“せんげん”って読む場合は富士山で、“あさま”と読むと浅間山なんかな」って程度の理解でね。

“あさま”は火山の古語だそうです。だから長野と群馬にまたがる浅間山も激しい火山活動からそう呼ばれるようになったんだそうだ。九州の阿蘇もそうで、これに関しては阿蘇の方が先らしい。かつては富士山よりも高かったと思われる阿蘇が噴火で吹き飛んだのは9万年前で、富士山が今の姿になったのは1万年前。

それゆえに“あそ”は火山の代名詞になって、“あそ+やま”→“あさま”になったというのだ。

うちの近所の浅間神社は古墳の上に立てられている。ここは古墳の多い場所。同じく古墳の多い行田から東松山を結ぶと、その延長線上に富士山が見える。





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秩父のお祭りの前に破風山

連れ合いが行かないって言うから、秩父のお祭りは今年は見送りでしょうがねえか。天気が良いらしいから山でも行くかと計画を立てるんだけど、どうも気に入らない。

秩父にいくことにした。適当な山に登って、秩父のお祭りをふらついて帰る。

と言うことで、皆野の破風山。破風山はやせ尾根の登り下りで、飽きの来ない山。本当なら、バスで奥に入って皆野駅まで歩けばいいんだけど、昼過ぎには秩父で一杯やりたいので、始発バスを待つと遅くなる。皆野駅から歩いて、山頂からは違う道で皆野に戻ろう。破風山はそれができる便利な山。

秩父で一杯やるから車はだめ。と言うわけで、暗いうちに歩いて駅に向かった。皆野駅についたのが7時40分。霧か、朝もやか、もしかしたら、盆地を覆い尽す雲海が見えるかも。登山口で身なりを整えて、登山開始。
破風山_191203_0001 (7時40分 皆野駅に着いた)

破風山_191203_0003 (郷平橋より 赤平川が荒川に合流)

破風山_191203_0004 (2) (破風山の東端 霧が晴れてきている。霧に沈む秩父盆地が見られるか)

破風山_191203_0005_LI  (大渕登山口)
皆野アルプスとも呼ばれ、岩稜帯まじりのやせ尾根。ずーっと前に登ったことがあるはずなんだけど、ほぼ記憶にない。途中の岩稜帯から、雲海は見えたが、もう少し早く樹林帯を抜けてれば、きっと、もっとすごかったな。
破風山_191203_0007 (岩稜を行く道なので、時々開ける。これが一度目。霧は晴れかかってるかな)

破風山_191203_0008  (これは二度目。破風山直下の霧は晴れたみたい。小鹿野の方はまだ霧が・・・)

破風山_191203_0010 (三度目。 武甲山の下、秩父の町は、完全に霧の中)

破風山_191203_0012 (登山道に戻ると、正面が目指す破風山かな)

破風山_191203_0013  (四度目にして、これまで最高の展望。盆地は雲海に沈んでいる)

破風山_191203_0014 ( 盆地から霧が流れ出すかのように見える)

けっこう緊張を強いられる道なのに記憶には残ってない。ということは、以前よりバランスが悪くなってるってことなんだろうな。
破風山_191203_0015 (痩せ尾根の岩稜帯を慎重に通過する)

破風山_191203_0016 (急坂を越え、岩をよじ登ると・・・)

破風山_191203_0020 (のぞき岩みたいな展望台) 

破風山_191203_0021 (男体拝とありました。確かに見える) 

飽きの来ない尾根歩きに加え、このあたり、紅葉まっただ中で、見入っていると、ついつい時間を使ってしまう。それでも、けっこう消耗する登り下りを我慢すれば、いよいよ山頂も近い。
破風山_191203_0017 (このあたりから紅葉が目立ち始める)

破風山_191203_0023  

破風山_191203_0027 (紅葉する猿岩 ・・・岩は紅葉しないけど) 

山頂手前も約束通りのやせ尾根で、それをこえれば、ドカーンだ。

秩父は、やはり盆地だ。武甲山を正面に、南から西は奥武蔵、そして奥秩父に閉ざされ、北は長尾根を越えたところで北武蔵の山々、さらに上州の山々に閉ざされる。幾重にも及んで盆地だ。それが全部見える。
破風山_191203_0028 (武甲山がドカーン!)

破風山_191203_0030  (両神山がドカーン!)

破風山_191203_0033 (霧の晴れて秩父盆地がドカーン!)

破風山_191203_0031  (ドカーンな山頂です)

もう、お祭りは動き始めているはずだ。屋台は神社に参拝を済ませて待機し、夜を待つ。夜、屋台は神様の先導として、お旅所に向かい、その熱気を花火が煽り立てるはずだ。もしも、その時までここに居たら、さぞきれいな花火を下に見ることになるだろう。

そんなことを考えながら、下山を始めた。
破風山_191203_0025 (下りも、山頂直下の紅葉は見事)

破風山_191203_0026 

破風山_191203_0039 (駅からの破風山 朝は霧で見えなかった。 さて、秩父をふらついてこよう)

破風山_191203_0041  (平日だってのに人出が多い。ったく、仕事はいいのかなぁ)

破風山_191203_0050 (神社に向かう宮地の屋台)

破風山_191203_0052  (神社から出て来て遠ざかる下郷の山車)

破風山_191203_0054 (代わって神社に向かう宮地の屋台)

破風山_191203_0056  (かっこいい!)

破風山_191203_0058破風山_191203_0059 (余韻に浸りつつ、おでんに熱燗 一杯が二杯、、二杯が三杯で、おつもり)

この日歩いたのは、以下のようなコース。
破風の地図山






テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『ランチ酒 おかわり日和』 原田ひ香

自治会の用事で、あるお宅を訪ねた。

たまたまだが、我が家の目の前のお宅で、このお宅はなぜかずい分前に自治会をやめたようだ。自治会の用事なんて敬遠されることばかりだから、それなりに気が重い。呼び鈴を押すが、反応がない。お留守のような。車はあるが・・・。もう一度呼び鈴を押すが、やはり反応はない。

私の顔が怖いのかも知れないと、連れ合いが失礼なことを言う。一緒に行こうかって。なら一緒に行ってもらおう。これで出てきたら、本当にそれが原因ということか。呼び鈴を押す。反応はない。それ見ろ。私の顔のせいじゃない。

ちょっと表に出た連れ合いが帰ってきた。玄関を閉める音、廊下を歩く音が、なんだか慌ただしい。宅配便が先程のお宅に来たらしい。そのお宅の人はすぐに出てきたそうだ。

ああ、嫌だ、嫌だ。
私は基本的に、午後5時以前に酒は飲まない。・・・いや、仕事をやめた今、4時くらいから飲むこともある。昼、もしくは朝から飲んだら、私の場合、止まらない。そのうち、その場で倒れるように寝て、目が覚めたら、また飲む。正月は、三が日の間、それを繰り返す。だけどそれは、許せても、正月三が日くらいなもの。・・・そう戒めておかないと、私は本当にダメな人間だ。そんなこと、連れ合いに言われるまでもなく分かっている。

ですから、この本の主人公、犬森祥子のように、たとえそれが仕事を終えたあとの晩酌ならぬ“ランチ酒”とは言え、昼から一杯というわけにはいかないんだ。

この本を手にしたのは、それこそ晩酌の一杯に合うおつまみを紹介する料理の本のように、昼間の一杯に合わせるおつまみの本だと思ってました。もしくは昼飯でも食いながら一杯飲んだ、あちらこちらの店の話、ランチの話をまとめたエッセイ集くらいまでは想像の範囲内。だけど、一貫した物語を持った短編集だとは、実のところ、まったく思っていなかった。

しかも、この『ランチ酒 おかわり日和』は、第二シリーズだった。第二シリーズが出るということは、結構売れてる本だってことか。



祥伝社  ¥ 1,540

疲れた心にじーんと沁みる、珠玉の人間ドラマ×絶品グルメの五つ星小説!
第一酒  表参道 焼き鳥丼
第二酒  秋葉原 角煮丼
第三酒  日暮里 スパゲッティーグラタン
第四酒  御殿場 ハンバーグ
第五酒  池袋・築地 寿司 焼き小龍包 水炊きそば ミルクセーキ
第六酒  神保町 サンドイッチ
第七酒  中目黒 焼き肉
第八酒  中野 からあげ丼
第九酒  渋谷 豚骨ラーメン
第十酒  豊洲 寿司


《短大卒業後上京し、OLだった時に紹介された相手との間に子どもができたことで結婚した祥子は、二世代住宅で同居していた義父母との折り合いが悪く離婚した。その後、仕事も行き場もなかった祥子を、同郷の友人、亀山太一が雇ってくれた。彼は祖父が大臣経験者、父は手広く事業をしている。表向きは、何でも請け負う「便利屋」だけど、実際には深夜、依頼人の家に赴いて一緒に過ごす「見守り屋」が主な業務内容だった。》祥子は一人娘を夫のところに残している。その夫はすでに再婚して、新しい母親に、娘もなついているらしい。

仕事が仕事だけに、客は一癖も二癖もある人たちばかり。見守り対象も、老婦人や子ども、さらにはここまで性格の悪いやつがいるのかという金持ち。依頼の理由も千差万別。

だけど、そんな訳ありの見守り対象と浅く、深く祥子が関わっていく。関わるうち、見守り対象の方にも、祥子の方にもいろいろな変化がある。そりゃそうだ。人は、変わっていくもんだ。

面白い作りの物語だと思った。最初に浮かんだのは《孤独のグルメ》。最初は、《孤独のグルメ》の女版だと思った。孤独のグルメの井之頭五郎は下戸。酒が飲めない。それを飲める口にして、昼飯に散財を惜しまない五郎とは違って、だいたい1000円程度のランチに限定って感じだな。

私は、“ランチ酒”の部分はとても興味深く読めた。見守り対象との交流にも心温まるものを感じ、面白かった。ただ、犬森祥子という女の生き方に関して、残念ながら心を動かされるところがなかった。私が男で、しかもおじいさんと呼んだほうがいいような歳だからか?

私のような考えの人ばかりじゃなく、物語の中の犬森祥子に共感できる人なら、この本は面白いだろう。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

2019年11月 『スプートニク』に登場する北方領土

2019年 《スプートニク》に登場する北方領土


10月30日
クナシル島で日本初の観光ツアーがスタート
https://jp.sputniknews.com/life/201910306796282/
サハリン州の南クリル諸島(日本での表記は北方四島)でロシアと日本による共同経済活動のパイロット事業として、両政府は30日、初の観光ツアーをクナシル島で開始した。ユジノサハリンスク市に本社を構える旅行代理店「ビートモ」社のリ・ゲンヒ代表取締役がリア・ノーボスチ通信の取材に応じ、ツアー内容について語った。

11月7日
露日共同経済活動の本格的実施へ=露外務省
https://jp.sputniknews.com/politics/201911076817903/
ロシアと日本の6回目となる外務次官級協議がモスクワで行われ、南クリル諸島(日本での表記は北方領土)における共同経済活動についての議論が行われた。ロシア外務省が発表した。

11月27日
ユジノ・サハリンスク新総領事に着任の久野和博氏 「日露双方の関心を掘り起こしていきたい」
https://jp.sputniknews.com/politics/201911276869340/
日本人外交官の久野和博氏は今年2019年10月、サハリン州の州都ユジノ・サハリンスクの日本国総領事館に総領事に着任された。ロシア通の久野総領事がリアノーボスチ通信からの取材に答え、ロシアでの職務やサハリン、クリル諸島と日本との結びつき、極東での日露関係の展望について、また心動かされるロシアの伝統について、語ってくださった。久野氏はユジノ・サハリンスクへの赴任のはるか昔、数年間、モスクワの日本国大使館に勤務されていた。このためロシアについての造詣は深く、ロシア文化にも精通しておられる。


今月は、スプートニクの記事が少なかった。ロシアは以前からの姿勢通り、日本人が領土問題と捉える北方領土の問題を、極東における日露の経済協力問題に置き換えている。そういったニュースがいくつかあっただけだった。

スターリンは一九三〇年代、ヒトラー率いるナチス・ドイツ台頭を受け、それまでの「社会主義対資本主義」という対立軸を表向き引っ込めて、「民主主義対ファシズム」という公式に基づく人民戦線路線を掲げ、英米仏との共闘を基本方針とした。各国の共産主義者は、それまで敵対していた社会民主主義者や自由主義者と、同じ「民主主義者」として共闘することを、スターリンから命じられた。このスターリンに始まる《民主主義=反・反共主義=反ファシズム》という現代リベラルの公式は、冷戦後むしろ純化された。

そういうことにこだわりがないんだな。ロシアという国は・・・。

プーチンのやり方は横暴に見えるが、プーチンにはそれなりに言い分があるだろう。ソ連崩壊以後、ロシアは東欧の衛星国を失い、西側に大きな譲歩を強いられてきた。東欧の衛星国は、第二次世界大戦で二七〇〇万人の国民を失った代償であった。一九九一年のソ連崩壊以後、代償としての東欧衛星国を次々に失い、今、ウクライナまで失おうとしている。もしそれが現実になれば、第二次世界大戦で犠牲となった二七〇〇万人の犠牲以上のものをロシアは失うことになる。さらに、そのウクライナがNATOに加盟するようなことになれば、緩衝地帯を失ったロシアは直接危機に向き合うことになる。

この事態は、ロシアにしてみれば、NATOの東への拡大に他ならない。

同じことが、北方領土に関しても言えるはずだ。現に、言っている。おそらくあれは、駆け引きではない。

日本は日本の都合で、その時代時代に合わせた“真実”を構築していい。




テーマ : 領土・領海・・経済水域
ジャンル : 政治・経済

『関東百名山』 小林千穂編

うちのパソコンがウィンドウズ7だったので、買い換えなければいけないって言われて、「そんなもんなのか」と思って買い換えました。

使ってみると、・・・当然、使いつけないんだから、最初から何のストレスもないというわけにはいかない。でも、今までが7で、これが10なんだから、三つ分良くなっているんだろう。・・・そういうもんなのかどうかさえ、分かっていないけど。そんなストレスと、新しいおもちゃをいじくり回す楽しさの中で、週末は過ぎていった。

週明けの12月3日火曜日は、秩父夜祭り。ここ三年は孫たちを連れて行ったんだけど、今年はつい先週孫を預かったこともあって、話が進んでない。どうも、これから行くって話にはなりそうもない。月曜日の天気はあまり良くないものの、火曜日からはいい天気が続きそうだ。夜祭りにしても、山にしても、どこかしら出かけてみよう。

さて、いい本を手に入れた。

私は埼玉県の生まれ。もうちょっとポイントを絞ると秩父。高校の時のお祭りでは屋台を引いていた。さらにもっと絞ると影森で、武甲山の麓。かつては武甲山の北参道が庭先を通っているような家に生まれた。

一番最初は、小学校4年の時に、歩け歩け運動の一環で、父や近所の友だちと一緒に登った。高校の時は山岳部にいたんだけど、新人歓迎合宿は毎年、武甲山だった。武甲山に登ることは山岳部のトレーニングの一つでもあった。

日曜日に縁側で山を眺めると、中腹に丸山というところがあったんだけど、そのあたりを登っている人が見えた。その道は、今はない。武甲山は北側斜面をごっそりと削られた。

「痛々しい」と言われることもある。「日本の発展を支えた」と言われることもある。心ない言葉は論外ながら、真摯な言葉にも、地元の者の心は複雑に揺れるのだ。・・・どうしてこの山は石灰岩の塊だったんだ。

どのような姿になっても、地元の者にすれば、心の山であることに違いない。・・・そんなことを言っている私はどうかといえば、大学2年の時、山頂を崩す前に上って以来、一度も武甲山には登ってない。

この本に出ている関東を代表する山々、いずれも同じように、地元の方の心の山であるに違いない。


『関東百名山』    小林千穂編

山と渓谷社  ¥ 2,420

関東地方各地の山々から「名山」にふさわしい100山を「関東百名山」として選出
[群馬]
朝日岳、谷川岳、仙ノ倉山、白砂山、四阿山、黒斑山
浅間隠山、鼻曲山、吾妻耶山、嵩山、岩櫃山、榛名山
至仏山、武尊山、アヤメ平鹿俣山、赤城山(黒檜山)
鳴神山、妙義山1(裏妙義縦走路)、妙義山2(表妙義縦走路)
荒船山、鹿岳・四ツ又山、立岩、赤久縄山、諏訪山
大山・天丸山、帳付山 

[栃木]
鬼怒沼山、日光白根山、男体山、太郎山、霧降高原・丸山
皇海山、鳴虫山、石裂山、三本槍岳、茶臼岳、日留賀岳
高原山、古賀志山、晃石山、三毳山、雨巻山

[茨城]
八溝山、男体山、神峰山、佐白山、難台山、筑波山
[千葉}
鹿野山・マザー牧場、大福山・梅ヶ瀬渓谷、鋸山、伊予ヶ岳
御殿山、富山、烏場山・花嫁街道、高塚山

[埼玉]
二子山、両神山、和名倉山、甲武信ヶ岳、城峰山、宝登山
簑山、笠山・堂平山、武甲山・大持山、日和田山、伊豆ヶ岳
天覧山・多峯主山、棒ノ折山、雲取山

[東京]
蕎麦粒山、鷹ノ巣山、川苔山、高水三山、御岳山、大岳山
御前山、三頭山、浅間嶺、陣馬山、高尾山、三原山、天上山
八丈富士、生藤山 

[神奈川]
石老山、大室山、檜洞丸、蛭ヶ岳、塔ノ岳、大山、ミツバ岳
不老山、大野山、金時山、明神ヶ岳、幕山、鎌倉アルプス、大楠山











百名山と言えば、深田久弥の『日本百名山』。

「あれは山を題材にした文学作品だが、同じ百名山でも本書は登山ガイドブックだ」と書かれている。楽しく安全な登山のヒントとして役立ててほしいという観点からの選考だそうだ。基本的に日帰りを前提としているが故に、選考から漏れたものもあるようだ。島の山は無理だろうけど・・・。

確かに公共交通機関でも、日帰りが可能な計画になっている。時間的に厳しい場合のコース短縮案も添えられている。同時にマイカー情報があって、車で行った場合のコース、駐車場情報もあって便利だ。

それでも、この山なら、ここで一泊した方がいいって山も、実は選ばれている。そういう山の場合は、山小屋情報も添えられているので、是非こちらを使いたい。

深田久弥は山を文章で表した。「この山は、・・・のような山だ」と書いた。山と真っ向から向かい合わないと、なかなかそれは書けない。山の姿は一様ではない。どこから、どんな季節に、どんな天気の中を登るかによっても、その姿は全く違うものになる。

この本は、『日本百名山』とは違って文学作品ではない。楽しく安全な登山のヒントとして役立てるためのガイドブックだ。そう、これをヒントに、山と向かい合ってはどうだろう。

いずれ、このガイドブックである『関東百名山』を土台にして、文学作品である『関東百名山』が生まれ出る日が来るかもしれない。

さて、天気の悪い明日、月曜日は手術した足の経過観察のために病院に行くとして、それ以降、天気がいいようなので、どこかしらの山に登りたい。この本を見て、ゆっくり決めてみようかな。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

御前山から鋸尾根 奥多摩初雪

山茶花梅雨はよく降りました。ようやく青空がもどった。てぐすね引いたかのように奥多摩へ。台風で被災した人がたくさんいるのにどんなもんかと最初は思ったりもしたんだけど、奥多摩は観光の街だもんね。

夏、息子との登山の下見にと浮橋からの三頭山に向かった私。浮橋が渡れない(当時)ことにがっかりしてすっかり意気消沈。せっかく奥多摩まで来たので、「御前山でも登っとくか」って、この“でも”が良くなかったらしく、サス沢山手前で熊に遭遇。熊くんは、バイバイって尾根から下りて行きました。私も山を下りました。

台風19号後の奥多摩復帰戦は、御前山にしました。・・・そんな大仰なことでもないんですけどね。とりあえず、熊くんもおネムになったと信じて。
IMG_5620.jpg (7時ちょうど 
 奥多摩発丹波行き)

イタチの最後っ屁というのが本当にあるのかどうか知りませんが、山茶花梅雨は最後の一晩に、奥多摩の山にも雪を降らせました。

奥多摩湖バス停でバスを降りたのは私一人。準備を整えてダムを向こう側に渡ろうと歩き始めると、水道局の事務所の人が窓を開けてなんか言ってます。

「初雪だよ初雪。ほら、あそこ」って指差す先を見ると、ダムの上流の方の山の上のほうが白い。
「三頭山ですか」って聞いたら、「三頭だね。三頭が真っ白だ」って、とても嬉しそう。
IMG_5621.jpg (真っ白な三頭山に日があたって・・・)

登山口で靴を登山靴に変え、登山開始。
IMG_5623.jpg (登山口すぐ上の展望台から 石尾根にも日が当たる)

今年の春先から、お事主様かというような巨大猪に脇を走り抜けられ、突然の私の出現に驚いたニホンカモシカに目の前を横切られ、夏に入って熊に遭遇したのをきっかけに、けもの対策をはじめました。笛と、熊鈴と、蚊取り線香です。蚊取り線香は、スズキサトルさんの『森の生活図集』という本を読んで、自分で考えました。熊くんはおネムと信じますが、まさにその場所を通るので、念の為、蚊取り線香もつけました。

このコース、すごい急登なんですよね。《初心者でも気楽に登れる》ってどこかで見ましたけど、本当でしょうか。十分厳しい上りだと思うんですが。
IMG_5624.jpg (こんなところを登ってきて)

IMG_5625.jpg (こんなところを登っていくっていうのに)

まあ、その分、高度は稼げます。高度を上げていくと、・・・真っ白く雪をかぶった山が、樹林の向こうに見える。れれれ、三頭山?違う。もしかしたら、大菩薩だ。

どこか、よく見える所があれば写真に・・・と思っているうちに、サス沢山の展望台に着いた。大菩薩が真っ白だ。その割に、奥秩父には雪がない。北側は降らなかったのか。
IMG_5630.jpg (サス沢山の展望デッキから 大菩薩カッコいい)

IMG_5628.jpg (小河内ダムも見下ろせました。まだ、色がおかしいですね)

さらに先に進むと、霜柱だと思っていた足元の白いのが、気がつくと雪。御前山も降ったんだ。最初は落ちた葉っぱの上にごま塩をまいたような白いのが、だんだん広く、濃くなっていきました。まあ、・・・cmって言うより、《積雪あり》止まりですが。
IMG_5632.jpg (惣岳山に向けての登りは、お日さまに向かって 足元の落ち葉にごま塩のような)

IMG_5635.jpg (ごま塩がはっきり雪に)

IMG_5636.jpg (登るにつれて、雪がはっきり)

IMG_5637.jpg (伸びた霜柱が天然パーマで)

IMG_5638.jpg (惣岳山 一面に白い)

IMG_5641.jpg (道標にも雪が張り付いている)

惣岳山あたりからは、寒さがひとしお。この日の寒さは、冬の寒さでした。御前山の手前、おそらく雲がなければ富士山が見えるのはここだなってところで、ラーメンを食うことにしました。ラーメンは、いつもなら後半のお楽しみなんですが、この日の寒さには、やはりラーメンです。後半は高度も下がるから大丈夫でしょう。そのうち雲が切れるかも知れないし、山頂は吹きっつぁらしみたいなので、風のこないここでラーメンを食いました。
 IMG_5643.jpg (御前山手前 小高いところが山頂 寒そうなので、こちらで)

IMG_5644.jpg (この寒さに我慢できずに御前山ラーメン)

IMG_5645.jpg (なんか貧相ですね 十分幸せなんですが)

山頂は、北側の展望が見事でした。石尾根の続く先は雲取かな。一個向こうの尾根は長沢背稜か。
IMG_5646.jpg (石尾根からをたどった先が雲取かな 一枚奥が長沢背稜)

IMG_5648.jpg (とにかく寒い 景色はいいんだけど、長居できずに下山します)

御前山からは、次第に高度を落とします。その分気温が上がって、風は冷たいものの、血があたたまって、足先、指先にまで感覚が戻ります。
IMG_5649.jpg (下山と言っても、鋸山に向けて)

IMG_5652.jpg (鋸山への最後の上りは、ずいぶん無理矢理な感じがして)

鋸山でおむすびを食べ、ここからは鋸尾根を慎重に下って奥多摩駅を目指しました。
IMG_5653.jpg (鋸尾根に上がって、慎重に下ります)

IMG_5654.jpg (東に見えるピラミッドは奥の院かな)

IMG_5655.jpg (鋸尾根後半から 位置的には六ッ石山かな)

IMG_5656.jpg (御前山 こう見ると暖かそうなんだけど、寒かったんだよなあ)

IMG_5658.jpg (愛宕神社まで下りてきました)

IMG_5660.jpg (頑張れ奥多摩! またね)

この日歩いたのは、以下のようなコース
御前山 地図



テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

国家神道『日本人は本当に無宗教なのか』 礫川全次

教皇フランシスコが来日した。

戦後、彼ほど政治的な教皇はいないだろう。政治的な問題に関する発言をためらわない。彼には“大きな政府”という意識があるんだそうだ。それは国境を超えた問題に、積極的に関与していくということのようだ。核問題、戦争の問題、貧困の問題、・・・そりゃ結構だ。ただしいずれも、誰に何かを求めようとする段階から、きわめて政治的なものになる。その危険に対する意識に欠けたところがあるように思う。

最近は死刑制度にまで言及しているらしい。死刑制度は容認できないということだ。なにかとリベラルと波長の合う教皇でもあるらしい。

焼き場に断つ少年の写真に感銘を受けて広島、長崎を訪問したという。結構なことだ。核兵器が廃絶されることに、尽力しているという。いろいろな意見があるが、それ自体は文句を言うつもりはない。だけど、唯一の核被害国である日本に、なんらかの働きを求めるというのは間違いだ。なぜ核爆弾を、多くの人間を一気に皆殺しにするために使用したのかを、究明するのが先だ。なぜ日本人には核爆弾を使っていいと考えたのか。それを究明する前に、唯一の被爆国なんだから日本も率先してなにかやれというなら、責任者を連れてこいと言うしかない。根本的なことを考えれば、背景にあるものが、少しは見えてくるだろう。

イエズス会だそうだ。行動するカトリック。ラテンアメリカへ、アジアへ布教の為に乗り込んだカトリックの冒険者の系譜に属する。彼らの多くは思慮に欠けた。だから、行った先で揉め事を起こした。その揉め事を収めるために、スペインの軍隊がやってくるんだ。そして、新大陸の半分は、ラテンアメリカと呼ばれるようになった。その流れが、日本に原爆を落とすんだ。

なんだか、日本人の中にもフランシスコ教皇の来日を喜ぶ人が多いようだけど、カトリックなんだろうか。それとも、ハロウィンやクリスマスに大騒ぎの渋谷の若者だろうか。
伊藤博文が憲法調査のために向かったプロイセンで、彼はハインリヒ・フォン・グナイストから憲法講義を受けている。グナイストは、教育のもとになるのは宗教で、宗教に基づいた教育により人は善になると説いた。学問のみによって成り立つ国家は、死活の状態が常に動揺するのを免れない。日本においては仏教を国教とすべきであるという考えを持っていたらしい。

それに対してオーストリアのローレンツ・フォン・シュタインは、日本には開闢以来の神道があるのに、渡来した儒教や仏教に侵食され、神道は根本が枯れ、枝葉が栄えている状態のようだと、かなり正確な理解を持っていたようだ。そのうえで、日本は国体を維持するために神道を立てて国家精神の向かうところ示すのが良いとした。ただし、神道は宗教の外に立つものとして、儒教、仏教、キリスト教などの選択は、人々の自由に任せればいいと考えていた。



平凡社  ¥ 924

かつての日本では、宗教と習俗とが人々の心を支え、社会や共同体を支えていた
第1章 かつての日本人は宗教的だった
第2章 近世における「反宗教」と「脱宗教」
第3章 本居宣長と平田篤胤の思想
第4章 幕末に生じた宗教上の出来事
第5章 明治政府は宗教をいかに扱ったか
第6章 明治期における宗教論と道徳論
第7章 昭和前期の宗教弾圧と習俗への干渉
終章 改めて日本人の「無宗教」とは


《宗教の外に立つ》という理解が難しいが、国家儀礼の典礼を神道によって行うということのようだ。そうすることで、人々を知らず識らずのうちに神道に帰依させる。宗教という意識さえ持たせる必要がない。仏教やキリスト教などを信仰することとは別問題ということだな。

実際、明治政府はこの方針をとっていくことになる。不思議なのは、シュタインがどのように異国である日本の宗教問題に関して、ここまで実際的な提案をすることができたのか。この本の著者礫川さんは、シュタインを尋ねた日本政府関係者、中でも伊藤博文あたりが重要な情報源だったのではと書いている。

前提には廃仏毀釈がある。神仏分離令に端を発する廃仏毀釈によって、民衆の伝統的信仰生活はかなりの程度破壊された。たしかに仏教は、江戸時代、民衆を管理する体制の側にあった。だがそれに対する反発だけではなく、明治維新という神道の“復古”という立場からも、西洋文明導入という立場からも、神仏習合をもととする、長い伝統を持つ民衆の生活は、愚昧で迷信深く、猥雑なものに見えたというのだ。

筑摩県権令の永山盛輝は教育を立県の指針とする説明で次のように言っているという。

《因果応報の邪説にこだわり、地獄・極楽などの詭説を信ずるのか。中には心得違いの者もおるだろう。そもそも仏教は死んだあとのことが大事なのであって、お寺に布施することはあっても、いま、行きている人間を教育するための学費は出さない。学校のために尽力しない。生きているより死んでいる方が楽しいのだろうか。あまりに道理に外れていて、憐れですらある》

《来世より現世》って刹那的な、きわめて短絡的な考えではあるが、そちらの方が神道の復古、西洋文明の導入というご時世にあっていたんだな。

「捨てなきゃいけない。壊さなきゃいけない」っていう、衝動のようなものだな。

そんな前提があったから、グナイストよりも、シュタインの考えが採用されることになる。さらにシュタインは、智識が発達した今日、道徳はもちろん安心立命もまた宗教によらず、哲理に帰着させるべきだと言う考えを持っていた。その哲理を、神道を国家の典礼とすることによって確立しようとしたわけだ。

ある意味では思った以上にうまく行った。ただ、戦争が始まって、戦況が厳しくなっていくに従って、天皇のもとに無理を通そうという風潮が抑えようも無くなってしまった。・・・国家神道ってやつだ。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
































































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