めんどくせぇことばかり
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『あの世の七不思議』 志賀貢

この本は、三途の川のお話から始まる。

なんだか面白い本だなとかって最後まで読んだら、この本、2017年に出された『三途の川の七不思議』って言う本を修正、改題したもんなんだそうだ。

その三途の川、そのこっち側がこの世で、あっち側があの世でしょ。つまり生死の境目、渡っちゃうと死んじゃったということ。舟の渡し賃が六文で、真田の六文銭ってことになる。ギリシャ神話だと冥界の川ステュクス。渡し守のカローンは、死者の霊を彼岸へと運ぶ。やっぱりお金取るらしいよ。

そうなると、ギリシャ神話は日本にまで伝わっていたか。まあ、いろいろな神様がいて、それぞれ強烈な個性を持っているのもよく似ている。

死の淵に立った人たちが、お花畑に行っているみたいなんだな。そこには色鮮やかな花々が咲き乱れているんだそうだ。きれいな花に見とれて、ふとその先を見ると川が流れている。どうやら花畑は、川っぺりにあるらしい。川に向かって少し進むと、花は一段と美しく、まるで川に引き寄せられているかのよう。

だんだん川に近づいていくと、渡し船が泊まっているのが見える。カローンのやつだな。手招きしている人がいる。花畑があって、きれいなお姉さんが手招きしていれば、やっぱり行っちゃうよね。・・・「きれいな」とは書いてないや。おばあちゃんか、きんじょのおばさんか。だけど、「こっち来ちゃダメ」って言われて、この人たちはこの世に戻ってくるんだよね。

臨死体験ってやつだな。どうやら、お花畑が出てくる臨死体験ってのは、日本だけのものじゃないんだそうだ。なにがしかの普遍性があるのなら、ステュクスの話が入ってこなくても、日本で三途の川の話が生まれることもあり得ると言うことか。

蜻蛉日記には、三途の川を女が渡る時には、初の男が背負うて渡るという意味の歌があるという。同時代の往生要集には“三途の川”としては出てこないそうだ。だけど、それが表わすのは地獄餓鬼畜生の三つの道という意味での“三途”であるらしい。

三途の川を渡った死者は、閻魔様のところで極楽行きか地獄行きかを裁かれ、大抵の死者、あんまり図々しくない人は最初から地獄行きを覚悟している。源信はその地獄の有様を往生要集に著した。今なら霊感商法の詐欺師か、悪徳新興宗教の教祖と同列と言うことになるだろうけど、そういう時代じゃないからね。




びじねす社  ¥ 1,100

再び奇跡は起こった!臨床50年、82歳現役医師が「三途の川」の謎を解き明かす!
第1章 「三途の川」とお花畑の不思議
第2章 意識は消えても、愛の絆は永遠に
第3章 三途の川の岸辺で現れる死の兆候
第4章 脈々と生き続ける「地獄伝説」の不思議
第5章 臨終の体に起こる病理学的変化の不思議
第6章 激変する三途の川の渡り方



さてこの本は、そう言った霊感商法とか、悪徳新興宗教とかとは、まったく関係のない、良質な本。

これを書いた志賀貢さんは、お医者さん。それも臨終医。多くの患者さんの臨終に立会い、見送ってきた方です。その方が、本気で三途の川の話をしています。その人の意識がお花畑を歩いているとき、実際のその人が、一体どういった状態にあるのか。あるいはその人に対して、医師はじめ、医療従事者はどのような処置を施しているのか。そんな話も出てきます。

どこかからか聞こえる「言ってはダメ」、「舟に乗っちゃダメ」、「戻ってきなさい」なんて声に覚醒したならば、医師や医療従事者の努力と肉親の思いが報われたと言うこと。

お花畑で覚醒しなかったなら、もはや、その人は三途の川を渡ることになる。つまり、死の世界が目の前に広がっている。このとき、全ての臓器が生の営みを停止するため、その人は最後の苦痛を感じている状態。もしかしたら、少しでもその苦痛を取り除く緩和ケアが行なわれているかもしれません。

そのように捉えて、つまりこの本は、現代に生きる私たちが、どう三途の川を渡っていくかを類型立て、最も受け入れやすい形でそれを迎えるための指南本と考えて良いと思う。

「ああ、良い人生だった」
できれば、そう思って死にたいもんだ。だけど、それは、後ろから知らないうちに忍び寄ってきたりするんだよな。これは吉田兼好が言ってた。急に飛びつかれたときにどうする?その瞬時に、「面白かったぞ」って納得するだけの強靱な心を持つか、あるいは、いつ何時も「面白かった」と思い続けるか。

どうしよう。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『おにぎりの本』 Onigiri Japan

子どものころは、「むすび」と呼んでた。休みの日に遠出して遊びに行くときなんか、「むすび作って」と母親に頼んでた。そうすると、ずいぶん早い時間に出かけようと起きだしても、「むすび作っといたで」と、もっと早起きな母から渡された。

そのころは、“お”をつけて「おむすび」ということさえ、どっか面はゆい感じがした。それが「おにぎり」になった日には、とても私なんぞが食っていいもんじゃないように感じてた。

「おむすび」と「おにぎり」

地域性であるとか、形であるとか、由来であるとか、もしかしたら、もともとはそういった違いがあるのかもしれない。例えば地域性ということで言えば、日本の多くがおにぎりで、関東地方から東海道にかけてがおむすびだとか。

自分が関東地方の人間でむすびと呼んでいたことには符合するが、すでに私が幼いころであっても、なんだか思い出しただけで切なくなってしまう同級生の由美ちゃんは、それをおにぎりと呼んでいた。

結局、今は、おむすびと呼ぼうが、おにぎりと呼ぼうが、どっちでも構わないというのが、唯一の正解であるようだ。

母の作るむすびは、塩で握ったむすびに梅を入れて海苔で巻いたもの。本当jに、むすびというと私の頭にはそれしか出てこない。周りの人間におにぎりと呼ぶ者が多いために、・・・たとえば、自分の連れ合いのようにね。そう呼ぶ人間が多いので、私もついついおにぎりと、顔を赤らめながら呼んだりしている。

だけど、塩で握ったむすびに梅干しを入れて海苔で巻いたやつは、やっぱりむすびだな。

もちろん、梅干しはしょっぱいやつね。最近、スーパーで売ってるのは調味梅干しばっかりで、あれじゃあだめ。だから、梅干しは越生の梅まつりに行って買うの。

そういや、もうすぐ梅まつりが始まるな。

そうそう、最近、越生梅林の近くにあるオクムサ・マルシェってカフェがあったんだ。この間、大築山から下りてきた時に見た。そこで売り出した奥武蔵ロールケーキっていうのが、最近話題になってるらしいぞ。



『おにぎりの本』   Onuguri Japan


辰巳出版  ¥ 1,430

今や世界をも魅了する日本食の原点であるおにぎりの魅力をあますことなく
おいしいご飯の炊き方
おにぎりのこだわり お塩・海苔・お米
ご当地おにぎりレシピ
おにぎりの定番食材レシピ 梅・鮭・昆布・鰹節
簡単アレンジおにぎりレシピ
焼きおにぎりレシピ
アレンジおにぎりレシピ
おにぎりの名店・駅弁・デパ地下


そんなロールケーキの話はどうでもいい。この本は、『おにぎりの本』。

まずは、“おいしいご飯の炊き方”から始まっちゃうんだから、そりゃ間違いなく本気の本。しかもそのあとに来るのが何かというと、「ちゃんと手をきれいに洗いましょう」って言うんだから。

三角型、丸型、円盤型、俵型と形状が紹介されてるけど、母のは円盤だったな。

“塩へのこだわり”、“海苔へのこだわり”、“米へのこだわり”と続いていくんだけど、言ってることは間違いなんだけどね。何よりも大事なことが抜けている。思いっきり遊んでから食べるとか、一生懸命仕事をしてから食べるってこと。

むすびは、料理か?

料理に分類されるものではあるだろうけど、なんか違うんだな。なかでも、私がむすびと呼ぶ食い物は、料理じゃない。あれは、母の愛情だ。「今日も頑張ってよく遊んで来いよ」って言うね。

次に紹介されてるご当地おにぎりの中では北海道の“鮭山漬けおにぎり”、愛媛の“鯛めしおにぎり”が、いかにもご当地っぽくっていい。さらに具財別おにぎりはいずれも興味深い。梅干しのおにぎりだって、梅干しを中に入れるだけじゃなくて、梅肉と刻んだ大葉を混ぜてみたりね。塩昆布と野沢菜、これもうまそう。私は、塩昆布とセロリを合わせたのをご飯に混ぜ込んだりする。これもうまいよ。

そこからは各種の工夫おにぎり。まあ、どれもうまそうなこと。

まったく、おにぎりも、もっともっと自由であっていいんだな。

どんなにしたって、日本人のソウルフード。そこには握った人の愛情が一緒に詰まってる。だから、今でも山に行くときは、自分で塩で握ったむすびに梅干しを入れて海苔で巻いたのを作っていく。そして、景色のいいところに座って、それを取り出すんだ。

だけど、まだ食わない。銀紙を広げて、まずは置くな。近くに置いて、一緒に景色を眺めるんだ。腹が減ってるから、早く食いたい。だけど、むすびに景色を見せている間、ほんのちょっと待つ。そうすると、むすびはもっとうまくなる。「なっ、母ちゃん」

さっき、連れ合いに奥武蔵ロールケーキの話をしたんだ。そしたら、早く越生の山に登って来てほしいって。越生の山の帰りにロールケーキを買って来てってさ。


テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『ぶらり埼玉歴史探訪』 埼玉歴史散策の会

kannkoku.jpg      いかにも韓国人らしいやり方。

関東平野の縁に住んでるので、近くの山に登れば、関東平野を一望できる。

でかいよ、関東平野は。目だつのは、東の独立峰筑波山、南東のスカイツリー。空気が澄んでる日には、海が輝く。この関東平野の中部から西部に位置し、東西に広がる埼玉県。東西に広がるのに、主要な鉄道が南北に走る。正確に言うと、南北に走っているわけではない。北から南に走るんだ。つまり、東京につながる。

南に走って東京につながるから、埼玉県南部は人口が増えている。東京に通う人たちが暮らす場所になっている。その人たちの目は南に、東京に向いているので、埼玉県のことはあまり見えていないようだ。

いろいろあるんだけどな。

城下町の面影を色濃く残す小江戸川越。芭蕉も歩いた日光街道の要衝春日部。中山道の宿場町の名残を残す桶川。武蔵武士の足跡の色濃い“暑いぞ、熊谷!”。埼玉の奥座敷秩父。

そうそう、そう言えば、新一万円札の肖像に選ばれた渋沢栄一は、深谷市の血洗島村出身。他県の方にはなじみがないという人もいるようだけど、渋沢栄一は、日本資本主義の父とも言われる人物。同時代人の岩崎弥太郎が政商と呼ばれて利益を拡大したのに対して、渋沢栄一は企業利益は社会の交易とならなければならないという信念を持っていた。何より渋沢は、人を育てた。

だいたい20年ごとに、偽札防止と技術の継承という意味も込めて新札への切り替えが行なわれるという。新札への切り替えは2024年を目安にしているという。

紙幣が、その20年後も流通しているかな。この私ですら、現金を使わなくなりつつあるからな。ここから20年も経ったら、お金がなくなってるなんてことはないかな。そしたら、渋沢栄一の一万円が、最後の一万円になるのかな。肖像付き電子マネー・・・、それじゃ電子マネーじゃないか。

話が変な方に飛んでしまったが、埼玉の南の端っこで東京を向いてたら、埼玉が見えるはずがない。そこから北を見れば良い。そうすれば埼玉が見えてくる。東京を含むこの武蔵国。実は北部が玄関口だった。


『ぶらり埼玉歴史探訪』    埼玉歴史散策の会


メイツ出版  ¥ 1,793

埼玉には、古代から現代までの歴史スポットが数多く存在している
南部・東部エリア
大宮・浦和 岩槻 春日部 越谷 草加 川口 
蕨 和光・朝霞
西部エリア
川越 所沢 吉見・東松山 嵐山 越生 日高・飯能
県央・利根エリア
杉戸・幸手 加須 久喜 桶川 鴻巣 行田
北部・秩父エリア
熊谷 深谷 本庄 寄居・長瀞 皆野 秩父


最初に書いたように、埼玉県は東西に広がる。だから、基本的に東西に分けるんがいいはずなんだ。西部と東部ね。

だけど、そうすると、西部の大半は“秩父”なので、西部と東部という分け方は、秩父とそれ以外ということになってしまう。だからよくある分け方は、秩父と、秩父を除いた埼玉県を南北に分ける。そうすると、一つ問題が生じる。これを声に出していったとき、「さいたまけん、ほくぶ、なんぶ、ちちぶ」となり、まるで埼玉には、“ちち”という方角があるように聞こえる。

律令の時代には武蔵国に属するが、もともと秩父国造が支配する秩父国だったようだ。秩父はその西部で、信州や甲州・上州と、独自につながるので、広く上州に接する埼玉県北部とも違う雰囲気を持っている。顔が違う。秩父顔と言われる。私の顔がそう。いつも、連れ合いが面白がる。

この本は、《南部東部エリア、西部エリア、県央利根エリア、北部秩父エリア》の四つに分けた。おお、いろいろと考えて努力されたようだ。

この中の、“南部東部エリア”というのが、先に言った埼玉県の南にいて東京を向いてる人たちが暮らす町ということになる。“西部エリア”に川越、所沢といったビッグシティーが属しているが、他の東松山、越生、飯能あたりとはだいぶ雰囲気の違うところなので、我慢してもらえるといいが。

“県央利根エリア”は、編集陣の考え抜いた末の苦肉の策か。杉戸・幸手は日光街道沿いの春日部の隣町。久喜も日光街道。中山道沿いの桶川、鴻巣、行田と一緒というのは、文化圏として違いを感じる。まあ、かまうこっちゃないか。埼玉南部で東京方面を見ている人にすれば、そんな微妙な違いはね。

北部・秩父エリアについては、本庄、深谷、熊谷がそれで良ければ文句はない。

偉そうなことを言っても、まだまだ行ったことのない場所も紹介されている。埼玉県は、東西をつなぐ交通網が貧弱だから、私にとっては東部方面というのが、あまりなじみがない。

それじゃ、ダメじゃん。待ってろ松伏、行くぞ鷲宮。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ごはんにかけておいしい。材料2つで炒めもの』 ワタナベマキ

スイミングに通ってる連れ合いが言う。

まあ、おばさん同士の会話だな。ご亭主が定年退職して家にいる。・・・うちもそうだ。連れ合いは10時頃でかけて昼過ぎに帰ってくるんだけど、おばさんたちが、これから帰ってご亭主のお昼を作るという話だ。「ああ、まったく何作ろう。夜も考えなくちゃ行けないんだよ」とか言って、プンプン帰って行くんだそうだ。

ごはんを作るって、義務化すると苦痛になるらしい。

しかも、子どもなら自分の好きで作ったんだから仕方がないが、これがその子どもを一緒に作ったご亭主のためとなると、“仕方がない”と自分を納得させるのも難しいようだ。長年連れ添うと、そうなるんだな。うちのだって、きっとそうだ。ただ違うのは、私の方がお昼ごはんを作って、スイミングから帰ってくる連れ合いを待っているということだ。

・・・自分が料理好きで良かった。

今、連れ合いが、朝ごはんを食べている。起きてくるのが遅いから、私は先に食べてしまった。今朝は、もちろんご飯にみそ汁。みそ汁は菜の花と豆腐。おかずは、ネギ入りの炒り卵、キノコの酢醤油煮、納豆、焼き海苔、漬物。

めんどくさいなんて思わない。私に有り余るもの、それは暇だ。

今日のお昼は、昨日、連れ合いが安売りで買ってきた生ラーメン。図書館に行くついでに、もやしでも買ってこよう。

さてこの本、材料二つで作った炒め物を、ごはんにかけて食べる。そういう料理の本。簡単でおいしいってことだな。それは良いことだ。

まったく、家というものがぶっ壊されて、家族というのが夫婦と親子だけになってしまった。その中で一日三度、どんな形にせよ、人間はご飯を食べる。その大半を“母”なり“妻”なりの役割をになう者が賄うことになれば、これは大変だ。今の世の中、“母”であろうが、“妻”であろうが、大半が働いているんだからね。





主婦と生活社  ¥ 1,485

フライパン1つでささっと作れる、ごはんにかけるシンプル&ボリュームおかず
肉炒め
豚肉 鶏肉 ひき肉 牛肉
魚炒め
魚 シーフード
卵炒め
豆腐 油揚げ 厚揚げ炒め
缶詰 練り物 乾物炒め


私も昨年度までは働いていて、昼ごはんは準備室で調理して食べた。時間があれば、米も炊いた。なければ、アルファー化米だ。これは災害時用の50人前のやつ。必ず期限切れになるから、勤務先で期限切れになったやつをもらってた。

おかずは、実はこの本の考え方と同じ。鍋に何かしら作って、ごはんにかけて食べる。麻婆豆腐であったり、肉もやし炒めだったり、鶏肉の卵とじであったり。私は、“材料2つでごはんにかける”ってのに近いことをやってたんだな。

味付けも変えてた。準備室にはいつも、塩、醤油、味噌と、それからコンソメ、オイスターソース、マヨネーズとかを置いてた。鶏肉とブロッコリーのマヨネーズ炒めなんてうまかった。

ボンカレーかけて食べるとか、そういうレトルトものを温めてかけて食べるとか、ラーメンライスとか、・・・そういう手もよく使ったけどね。

目次見てもらって分かると思うけど、「肉と野菜を炒める」というのが多い。でも、それで飽きないように、さまざまに組み合わせを変えている。かつ、味付けをいろいろに工夫しているところが、大きな特徴だな。さらに、そこに味のアクセントになるものが加わってくる。香辛料や、紫蘇とかね。あと、漬物を加えて炒めたりしている。ザーサイ炒めとか、高菜炒めとか。

作り方・・・というか、考え方だね。基本的にみんな同じ。何と何をあわせて炒めるか。それにどう味をつけるか。それだけ。その味つけってところが気になると思うので、そこだけ、一部、書き出してみよう。

高菜炒め、甘辛炒め、豆板醤炒め、八角炒め、ゆず胡椒あんかけ、ザーサイ炒め、青じそ炒め、マスタードクリーム炒め、ガーリック炒め、明太子炒め、チーズ炒め、実山椒炒め、バター炒め、カレー炒め、・・・

そう、ある程度、その味つけの部分を舌に覚えさせれば、もう完全に冷蔵庫にあるものだけで、どんな事態にも対応できそうだ。

さて、もやし買いに、図書館に出かけよう。


テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

宝登山の蝋梅、ギリギリセーフ?

2月15日から、越生の梅祭りが始まる。

ずいぶん前に、宝登山の蝋梅が見頃と教えてもらったのに、もう梅の時期になってしまう。そういえば昨日13日から、明らかに空気が変わった。これは春先の風だ。ということで、取って付けたように、宝登山に登ってきました。

7時半頃に、野上駅に到着。車をここに置く。10台くらいおけるようになっていて、代金310円は駅の窓口で駅員さんへ。長瀞アルプスは駅から10分ほどの萬福寺から始まるが、今日は一つ西側の登山口を使ってみた。
IMG_6191.jpg (領収証を見えるところに置いてね) 

総持寺という寺の前を左に入って右手に鳥居が見えたら、そこが登山口。これは御嶽山を経由して長瀞アルプスに合流するコース。
IMG_6192.jpg (鳥居をくぐルのが登山道 ご神体は山そのものと言うことか) 

つづら折りの急な登りで高度を上げていく。よく踏まれた気持ちのいい登山道だ。後ろに、秩父鉄道の電車が走る音を聞きながら登る。
IMG_6193.jpg (もう一度歩きたくなるようないい道) 

御嶽山と呼ばれる山だけあって、信仰の山。小さなピークにも、いろいろな神様が祀られている。登山道はその脇を縫うように続いている。
IMG_6196 (2) (白峯宮)

IMG_6197.jpg  (三笠大神  道はその脇を・・・)

IMG_6194.jpg (防山不動明王)

IMG_6198.jpg  (御嶽大神)

御嶽山、天狗山を経由して、長瀞アルプスとの合流地点を目指す。そのあたりで、久し振りに湿った空気の匂いがした。今日は雨が降るんだっけ?
IMG_6199.jpg (登山口から御嶽山を経て、この合流までの道の方が、気持ちよかった) 

そうそう、『山と高原地図』における御嶽山と天狗山の位置関係は見直す必要がある。

誰にも会わないまま、なら沢峠で林道に出て、宝登山の登山口まで回り込む。登山口からは山頂まで、有無を言わせぬ急登。距離600mの間に標高を200mあげる。一番長い階段状の登りは、ほとんど壁に見える。IMG_6201.jpg (長瀞アルプス途中から 右が宝登山 左が箕山 奥が武甲山?) 

だけど、それだけの急坂を登っただけのことがあるのが、この宝登山。

正面に武甲山、右手に両神山。とても分かりやすいこの二つの山の背景には、長沢背稜から奥秩父の山々が広がる。十文字峠から続く尾根を経由して、三宝、甲武信、木賊、そこから雲取まで続く奥秩父の主脈が続くが、その前に和名倉の大きな山体が広がっている。高校の頃に歩き回った秩父の山々だ。
IMG_6202.jpg (蝋梅と秩父の山々を見る絶好のベンチにカップルが二組)

IMG_6203.jpg  (両神から、三宝・甲武信・木賊、破風・雁坂嶺を下って雁坂峠 高校時代の思い出の山々)

IMG_6204.jpg (和名倉もそう。 雲取に続く稜線もそう) 

そうそう、蝋梅。山頂に着いたときに、秩父の山々の景色が広がると同時に、甘い香りが鼻孔をくすぐった。なんとか間に合ったようだ。山頂はバーナー使えないようなので、おむすびをひとつ食べて、蝋梅の花の中を歩く。香りは強いが、花自体は盛りを過ぎたようだ。IMG_6205.jpg (山頂周辺は、蝋梅の甘い香りに包まれている)

IMG_6206.jpg IMG_6207.jpg (秩父の山々から各地に伝わる狼信仰) 

着いたときは二組のカップルさんだけだったけど、ちょっとずつ人が増えてくる。・・・どうしよう。あれれ、逃げようとしている。まあ、仕方がない。長瀞には下りずに、適当なところでラーメ食べて野上に帰る。
IMG_6209.jpg (長瀞アルプスラーメン)
 
御嶽山との分岐を過ぎて少し行ったところで、そのまま長瀞アルプスを行く道と分かれて、右手に下る道がある。確認したが、山と高原地図にこの道はない。下りてみる。ずいぶん、急な下り。歩きやすい道ではない。落ち葉が積もった急坂もあり、滑らないように気をつけて下った。

下りてみれば、登り口のすぐ隣だった。
IMG_6210.jpg (左の鳥居は、まさに登山口 その右手の奥から下りてきた) 

あとから、長瀞ハイキングマップというのを見て分かった。今日私が下った道は、朝登った御嶽山・天狗山のルートと合わせて周回できるようになっていて、“神周り”という名を持つルートだったもよう。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
野上から宝登山地図


テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『奇妙な死体』 巽信二

今は、私と連れ合いの二人暮らしになってしまったが、かつては6人家族。

子ども二人に、連れ合いの両親とも同居していた。子どもたちは独立していったし、それと前後して、連れ合いの両親も亡くなった。義母は家で亡くなった。いや、救急車を呼んだときは生きていたのだ。救急車が到着したときも生きていた。しかし、私が外で救急車を誘導し、救急隊員が家にあがる頃に、息を引き取ったようだ。

それでも、蘇生の手を施しながら、義母は救急車で運ばれていった。家族も、義母が運ばれた病院に向かい、家族がそろったところで生命維持装置が外され、医師によって死亡が確認された。

翌日だったろうか、警察の方が見えて、私たち家族は事情聴取を受けた。人の死というのは、本人だけの問題ではなく、家族だけの問題ではなく、社会の問題だった。

警察の方は、義母の死いろいろな可能性を前提に私たちを聴取し、義母の死に不審がないことを明らかにする意味を持っていた。それは、私たちのためでもあった。

どうやら、不審な死は、決して珍しいことではないようだ。

法医学者である著者は、これまで2万体以上の遺体に関わり、そのうち6300体以上を解剖してきたそうだ。なんの事件性も問題もない遺体とともに、社会を震撼させた事件に関連した遺体や、ドラマのように解剖によって判明した事実に刑事が目の色を変えるような遺体もあったそうだ。

覚えないかな。交際相手の男性を次々と殺していった女の事件、「近畿連続青酸死事件」。あれは、この本の著者、巽さんによる司法解剖が決め手になったそうだ。大阪・キタの繁華街での会社員暴行死事件、これもそう。無抵抗の男性の頭をサッカーのように頭を蹴って死なせた事件。

こうした司法解剖をする人が見つけないと、そういう連中が世の中にのさばってることになるんだから、恐ろしいよね。



『奇妙な死体』    巽信二


河出書房新社  ¥ 1,540

死因が特定できない遺体を解剖で判明した驚きの真実とは 法医学者が語る衝撃! 
1章 死体に刻まれた記録。真実はひとつしかない
2章 事件を告発する遺体、犯罪を否定する遺体
3章 社会の病理に斃れた声なき犠牲者たち
4章 証人として出廷し被告人と対峙する
5章 法医学者としてどう遺族に寄り添うか
6章 阪神・淡路、東日本…震災という慟哭の現場
7章 もの言わぬ遺体から授けられた教え


自殺サイト殺人事件、あれも嫌な事件だった。あれも著者の巽さんの司法解剖だったそうだ。掘り出された遺体は白骨化していて、主要臓器は失われている。その主要臓器が失われ遺体から、著者はそれが首を絞められたことによる窒息しであることを突き止めたんだそうだ。

なんとこの男、人が苦しむ姿を見ると、性的に興奮するんだという。息ができない。苦しくなる。お腹の筋肉がけいれんして波打つ。その様子を見て、エクスタシーを感じるんだという。対象は、男でも女でも良いそうだ。

残念だけど、世の中には、低いとは言えある一定の確率で、こういう人間がいるようだ。それが常に性的興奮に結びつくものなのか、そうでもない場合もあるのかは分からないが。

ウジのわいた遺体の場合ね。このウジが死後経過時間を計る重要な指標になるんだそうだ。ウジは1日1ミリ成長する。だからウジの大きさを測れば、死後何日経ったかが分かる。だけど、動いているウジを捕まえて、体を伸ばして計るのは難しい。

そんな時どうするか。遺体にハエがやってきて卵を産み付けるのは朝と決まっている。ある日の午後、亡くなっても、卵を産み付けるのは翌日の朝。産み付けられた卵は翌日孵り、1日1ミリずつ成長する。ハエは翌日の朝もやってきて卵を産む。また翌日も産む。

だから、ウジの大きさの違いを見極めるんだそうだ。うじゃうじゃウジがたかっていても、適当に捕まえて、大きさを分類する。大・中・小の三種類に分類できれば、1日+3日で死後4日。

そんな手まで駆使するんだ。

法医学者は、人間の生きた最後の様子に関与するのが仕事。だからこそ、その仕事に真摯に向き合わなければならないという意識が強いようだ。またその最後の様子を知ると言うことは、残された者にとってもとても意味が大きい。軽々しい仕事はできないと言うことだな。

「死ぬまで生きる」

悲しい遺体に向き合ってきた著者だけに、今はそのことを大事にしたいと言っている。「全力で」とか、「頑張って」とかって修飾語はいらないってさ。

たしかにね。

とても面白い本でした。






テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

国民の命『新聞という病』 門田隆将

先日、・・・建国記念の日だったかな。朝、いつも聞いているFM放送の番組内容が変わっていて、やむを得ずテレビをつけたら、NHKで学校の校則のことを話題にしていた。現役の高校生たちも、スタジオでハキハキと意見を表明していた。

本質的なことを言えば、校則などと言うものは必要ない。学校は校則を守らせるところではなく、学業を身につけるための場所だ。学業に専心しているならば、どのような格好をしていようが関係はない。学業に専心しようという気持ちがあれば、教師に対してむやみな言行に及ぶこともないだろう。もし、そんな言行に及ぶ者があれば、「帰れ」と言えば片がつく。

私は36年間ほど高校の教員をしていたが、そんな姿勢を貫けたのは定時制にいたときだけだ。

最初に赴任した学校では、問題は校則以前だった。トイレは常時たばこ臭い。生徒の中には泥棒もいれば、ヤクザの息子もいた。教員の泣き所を親から教え込まれ、子どもながらにモンスター遺伝子を受け継いでいる者もいた。けんかなんて日常茶飯事。今のように陰湿ではないが、当然のようにいじめもあった。

問題児と呼んでいた。多いとは言わないが、少なからずいた。そういう連中を除いても、低学力はいかんともしがたかった。その中にも問題児予備軍のようなのもいた。

教員は、力量を上げるしかなかった。権威で抑えようとする人。力で抑えようとする人。部活から生徒を抑えようとする人。生徒も聞かざるをえなくなるような良い授業をしようとする人。みんな試行錯誤していた。

違う努力もある。高校というところは、良い生徒が入ってくれば、良い学校になる。中学生と、その親たちへの働きかけだ。選んでもらえるように、悪い連中を隠す。制服をちゃんと着させて、髪も毛をこざっぱりさせて、化粧をさせないで、ピアスを外させる。そういう指導が嫌いな私のような教員は、そのうち嫌がられるようになる。人によって指導に差があるのは問題だと、やがてマニュアル化された指導が行なわれるようになる。

実は、こちらの努力の方が、はるかに効率的。問題児と心を通わせ、勉強不得意なやつに勉強教えるって言うのは、本当に大変なんだ。だけど、それが教員の仕事だと思ってた。私の思い描いた教師像は、学校にはいらなくなった。

だけど変な話だよな。自分のところに良い生徒が集まったら、成績の悪いやつは違うところに行くわけだ。素行のよろしくない奴らと一緒に。

NHKでは、大学全共闘時代の余波で、高校でも運動があり、校則を廃止した学校のことが取り上げられたが、あれはまったく違う話。

番組では、利発そうな高校生が、ハキハキとものを語っていた。

本質的なことが棚の上に上げられ、本来、その本質と関連しつつもそのものではなく、本質に関連することで誰かしらの利得につながっている事柄が重視されることがある。それは、青少年の育成と校則の関係に似ている。

国民の命と憲法の話もそうだ。


『新聞という病』    門田隆将


産経セレクト  ¥ 968

日本の新聞は、なぜ今、「国民の敵」となってしまったのだろうか。
第1章 朝鮮半島危機に何を報じたか
第2章 報道は歴史を直視しているか
第3章 「謝罪」の後の主義主張
第4章 命より憲法という観念論
第5章 なぜ「現実」を報道できないか
第6章 “ビラ”になった新聞
第7章 自ら放棄する言論の自由


2017年7月、日本はようやく《国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約》を締結した。国連総会が同条約を2000年に採択してから、17年目にしてようやくのことだ。

先進国の中で《国際組織犯罪防止条約》を締結していないのは、日本だけだったそうだ。悪質な組織的国際犯罪から、どう国民を守るか。平穏に暮らす人々が無慈悲に殺される無差別テロを、どう防ぐか。世界中のほとんどの国々が、この問題に真剣に取り組み、国民の生命財産を守るという使命を果たすため、この条約を締結し、情報を提供し合い、あらゆる策を講じようとしている。

その条約を、日本は締結していなかった。他に締結していない国は、イラン、南スーダン、ソマリア、コンゴ共和国、ツバル、フィジー、ソロモン諸島、パラオ、パプアニューギニア、ブータン。日本を入れてたった11カ国しかなかった。

なぜ日本は、この条約を締結しなかったのか。そうするためには、重大犯罪を行なうことを「共謀する罪」か、もしくは組織的犯罪集団に「参加する罪」のいずれかを国内法で制定しなければならない。

日本では、過去三度、そのための法案が廃案になり、2017年までその法律がなかった。だから、締結できなかった。主な反対勢力は、共産党や社民党などの政党、日弁連、朝日新聞や毎日新聞みたいな新聞、“市民”運動家の皆さん。

東京オリンピックを開く側の責任として、締結できて良かった。そうしないと、国際テロに関わる情報や、捜査共助も日本は受けることができなくなるところだった。

門田隆将さんの『日本、遙かなり』は、ずいぶん前に読んだ。

1985年のイラン・イラク戦争の時も、1994年のイエメン内戦の時も、2011年のリビア動乱の時も、日本政府は現地の日本人を見捨てざるをえなかった。現地にいた日本人は、外国人のお情けにすがって生き延びた。

1994年の自衛隊法改正で、輸送の安全が確保されていることを条件に邦人の輸送が認められた。安全が確保されるようなら、逃げ出す必要もない。2015年の改正で保護・救出も認められるようになった。だけど、領域国の治安が維持されていて、かつ領域国の同意があるときって条件なんだよね。

かつてペルーの日本大使館で100日を超える人質生活を経験した方が言ってるそうだ。「大きな犠牲が必要なんでしょう」

憲法が国民の命を守らないなら、そんな憲法いらないけどな。




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『60歳からの新・幸福論』

国会の場で“意味のない質問”をすることは、恥ずかしいこと。“意味のない質問”しかできない人を国会議員にするのはやめた方がいい。

実は息子が結婚をする。

いや、もう籍は入れて、一緒に暮らしている。今風なやり方のようだ。娘はすでに8年前に嫁ぎ、一緒に住んでいた義父も亡くなり、息子はすでに3年前に就職して家を出ている。息子たちが暮らしているのは滋賀県。滋賀県の会社に就職した。・・・わざわざ埼玉から。

「なんでだよ、もう」って思ったけど、今にしてみればそうでもない。

娘のところには、二人の孫もいる。息子のところも近いうちにそんなことになって、ここから10年、20年と、孫の成長をいていくのだろう。だが、娘のところの二人の孫で、すでに悟った。孫は、来てもいいし、来なくてもいい。たまーに来て、すぐに帰るのがいい。で、忘れた頃にまた来るのがいい。

今は連れ合いと二人の暮らしだから、基本的に毎日の生活で相手の都合を考えなければいけない対象は一人だけ。ずいぶん楽になった。お互いに相手を尊重するという意味において、相手の都合は考えなくていいということにしていけば、もっと楽になる。

だから、息子が滋賀県に出て行ったのは、今考えれば悪いことではない。

ただ、来月、結婚式を大阪で挙げる。これがめんどくさいし、お金がかかる。娘家族も、私の兄弟たちも大阪に行く。京新幹線の切符を買ってきたんだけど、それだけで一ヶ月分の生活費では足りなかった。あー、嫌だ、嫌だ。

でもまあ、これが終われば、私たち二人の人生でやるべきことは、まず一通りは終わり。さて、これからだ。

『60歳からの新・幸福論』・・・60年ぶりの庚子を迎えた今年、私たち夫婦は還暦となりますので、まさに今読むべき本だ。そのとおり、今日、新幹線の切符を買いに行く電車の中で読んでいた。荻原博子の語る「銀行の資産形成セミナーや投資信託説明会などに行くことは、カモがネギしょって、鍋の中へ飛び込みに行くようなものです」とあるページを読んでいると、隣の連れ合いが笑いながらその部分を指さして、「・・・これ、わたし」って。

私たちの老後、大丈夫なんだろうか。



宝島社  ¥ 1,518

曽野綾子+田原総一朗+弘兼憲史+志茂田景樹+菊池和子+荻原博子ほか
曽野綾子 無理な努力はやめて、いい加減に生きる
田原総一朗 僕にとっての「死」とは
弘兼憲史 「自分ファースト」で生きてみる
志茂田景樹 自分自身と向き合い、自分自身と戦うのが仕事
荻原博子 老後資金を投資でつくる人はバカです!
近藤 誠 「がん」は見つけない、手術しない
池田清彦 最終的に残るのは「人に褒められる」こと
勢古浩爾 「~しなさい」という圧力にうろたえてはいけない
鈴木秀子 「老いる」とは“生きる知恵"を深める大切な時期
中村仁一 「老い」と「死」に医療は無力
中島義道 「死を納得すること」が最後の課題
菊池和子 最期まできちんと生きたいから
内海桂子 年齢はもう100歳に近いけど


ありがたいことに、日本には年金制度と皆保険制度がある。まあ、どちらもきびしい面もあるみたいだけど、これがあるとないとでは大違い。私のように、《働かない》って選択は、これがあるからこそ出来ること。ありがたや、ありがたや。

さてその上で、子どもの頃には、自分もそのくらいの歳で死ぬんだろうと思っていた歳に、自分がなってしまった。ただこの間に、日本人の寿命がぐんと伸びた。母は66歳で死んだ。四半世紀前のことだが、その頃で、「まだ若いのに」と言われた。たしかに、その頃でも母は、平均寿命よりもだいぶ若く死んだ。

ただ、平均寿命はそれこそ平均だから、目安にはなるがあてにはならない。

《ついに行く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思わざりしを》と在原業平は詠んだが、この歳になれば、それが近づいていることは、理屈としては意識する。だけど、そんなことばかり考えても楽しくないから、やはり昨日今日のことになってから、つまりはお迎えが来てから考えればいいとしよう。

さて、仕事に喜びを感じられる人はいいとして、たとえやりがいは感じても、勤め人であれば、仕事は喜びばかりではあり得ない。とりあえず60歳定年制がまだ生きている間に、59歳で退職した。仕事を辞めて10ヶ月経つが、まだまだ仕事に行かない毎日になじんだとは言えない。

ただ、やりたくもない事をやらずに済むようになったことは、無上の喜びではある。今年はたまたま地元の自治会長を引き受けて、新たにもっとやりたくもないことをやることになってしまったが、やりたくないことはやらないという選択が出来ることが、退職後の一番のいいところだろう。

せっかくそういう境遇になれたのだから、これからは《~しなければならない》という枷を自分に課さないことだ。運動しなければならない。社会とつながりを持たなければならない。家に閉じこもらず外に出なければならない。長生きしなければならない。

運動しようがしまいが、社会とつながりを持とうが持つまいが、外に出ようが閉じこもろうが、長生きしようが死のうが、そんなことは知ったこっちゃないってのが60歳からの幸福論。

これからどれくらい生きるのか分からないのは前と同じ。ただ、前より近づいただけ。近くに見えてもお山は遠い。ただ、一歩一歩近づいているのは間違いないだけ。退職してこの1年。自治会長なんかやっちゃったから、まだやりたくないことをやっている。やりたくないことはやらないで済む状況にならないと、本当の退職後は始まらない。

自分に枷を課さない毎日を送ってみたい。この本の中では勢古浩爾さんの言ってることに一番近い気がする。





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槇寄山から浅間峠まで、笹尾根を歩いてみた

11日の建国記念の日には、冬型の気圧配置が緩んでくるという。

今の寒さはたしかに本格的、ようやくの寒波だけど、その前には立春を待たずに春のような陽気の日もあった。11日以降暖かくなっても、そこから三寒四温が始まるものと信じるが、今回のような本格的寒波が、今後もあるかどうか。

ということで、冬を惜しんで、10日に奥多摩を歩いてきた。奥多摩と言っても、今回向かったのは、まだ脚を伸ばしてない檜原村。

冬に入って雪は降ったが、今回の寒波の前のポカポカ陽気であらかた溶けた。それ以来降ってないから、山には残っていても、里にはない。道も大丈夫そうなので助かる。

5時半に車で自宅を出発。武蔵五日市から奥に入った上川乗バス停すぐのところに、村営の無料駐車場がある。そこに車を置かせてもらって、6時51分発の“数馬行き”のバスを待つ。

数分遅れで到着。乗り込むと、私の他に乗客はなし。下車したのは仲ノ平バス停。この間の料金は400円。身なりを整えて出発。槇寄山を目指す。

バス停の少し先から始まって、適所に道標があり、登山口まで導いてくれる。最後は民家の軒先から登る。道標がなければ二の足を踏むところだ。

しばらく登って、暖まったところで、ヤッケのうちに来ていたフリースを脱ぐ。7日は、一度も脱がなかった。その分、今日の方が暖かい。道は良く踏まれていて歩きやすい。最初こそ暗い林を歩いたが、まもなく急坂ながらも尾根歩きとなる。

やがて右手が開け、樹林越しながらも向こうの山が見える。三頭山手前の大沢山か、三角形のピラミッド型の山としばらく併走する。左手には時折、大岳山が樹林越しに見えていたのだが、途中尾根から外れたところできれいな姿を見せてくれた。いつもの左肩上がりの山型が右肩上がりだ。・・・ちょっとした違和感。
IMG_6161.jpg (大沢山の向こうに三頭山が見えてきた)

 IMG_6162.jpg (大岳山がくっきりきれい。右手につながるのは馬頭刈尾根か) 

高度を上げると雪が出てくる。ところどころ凍っているが、アイゼンなくても大丈夫。・・・大丈夫ではあるけれど、神経を使うくらいなら着けちゃった方が楽。・・・着けた。やっぱり楽。
IMG_6163.jpg ((笹尾根は、尾根の少し北側を歩く道が多く、丸山までは結構凍っていた) 

北斜面を上がってきたから、西原峠がとても明るい。槇寄山はここからわずかに三頭山側。

槇寄山到着。うわっ、でっかい富士山。これなら西原峠ですでに見えていたはず。気がつかなかったけど、気がつかなくて良かった。
IMG_6164.jpg

IMG_6165.jpg 

IMG_6169.jpg  

IMG_6166.jpg (マルシンハンバーグサンド これはうまい 富士山を見ながら食うと余計うまい) 

今日歩く浅間峠までの道で、一番山頂らしいのは槇寄山。ここから歩く尾根は、ずっと右手に富士山と一緒だけど、クリアに見えるのは前半だけ。時間を取って楽しんでおいた方がいい。特に槇寄山では、富士山が体の中に入ってくるまでいると良い。・・・私は先に行く。
IMG_6170.jpg 

IMG_6171.jpg  (少し歩いた先からの富士山 クリアーに見えたのはこれが最後 正面はおそらく権現岳)

笹尾根は、浅間峠に向かっては、基本的に下り基調。気持ちの良い道、ゆっくり歩きたい。
IMG_6172.jpg (これじゃ見逃す  笹ヶタワノ峰)

IMG_6175.jpg (笹尾根の笹尾根たる由来の場所はここか) 

IMG_6179.jpg (土俵岳からの大岳山)

IMG_6180.jpg  (土俵岳からの御前山 だいぶ見え方が変わってきた)

IMG_6181.jpg (土俵岳は北側の展望がいい。南は残念)

IMG_6182.jpg  (日原峠 笹尾根は峠が多く、武州と甲州をつないでいる)

IMG_6184.jpg (浅間峠の東屋が見えてきた)

IMG_6185.jpg IMG_6185.jpg  (ラーメン作ってるところ)

IMG_6186.jpg (浅間峠ラーメン 切り干し大根入り 連夜の鍋物で野菜がなくなって。・・・これが意外とうまい)
 
浅間峠から上川乗バス停まで下る。これが、急峻な斜面につけられた細い道で、単調に長く続く。仲ノ平から槇寄山を選択して良かった。
IMG_6187.jpg (浅間峠からの下山路 大木に囲まれたお社が・・・)

IMG_6189.jpg  (あの橋を渡って、ほぼ下山完了)

この日、やはり冬の風が吹いていた。

この日歩いたのは、以下のようなコース
槇寄山~浅間峠地図




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ジャンル : スポーツ

『いま、幸せかい?』 滝口悠生

この季節、すでに高校の教員の人事は決まっている。

それが教員に伝えられるのは、2月の後半だけどね。それぞれの学校のカリキュラム、・・・授業の編成ね。それがあって、学科やコース、選択科目ごとの生徒数は合わせて必要となる教員数が割り出されて、教員だけじゃ埋め切れない部分を常勤講師を振り分けて、それでも足りないところに時間講師を当てていく。

今日、私のところにも、時間講師の依頼が来た。元の上司、校長先生から。今は退職されて、それでも教育に携わる仕事をしているらしい。早期退職をして山をほっつき歩いている私とは、違うタイプの方だ。火曜日の午前中4時間と土曜日に2時間、授業をやってくれないかって。

もちろん、丁重にお断りした。

若い頃は、もう、身につまされちゃって、寅さんを正視できないようなところもあった。そんなときは映画館でも頭を下げちゃってね。音だけ聞いてたりした。だけど、歳を取るってのは良いことだね。どんな寅さんでも、全部受け入れられるよ。

とある本で、つい最近、紹介されているのを読んだんだ。スウェーデンの映画監督イングマール・ベイルマンの言葉。

「老年は山登りに似ている。登れば登るほど息切れするが、視野はますます広くなる」

ああ、もっと高いところまで登りたい。
この本でも紹介されている話を一つ。『寅次郎サラダ記念日』は好きだな。三田佳子がマドンナだった。三田寛子がその姪の役で出ていて、かわいかった。その中で、大学進学に悩む満男が寅さんに聞くんだ。

「なんのために勉強すんのかな?」

それに、寅さんはこう答える。

「ほら、人間長いあいだ生きてりゃいろいろなことにぶつかるだろう、な。そんな時に俺みてえに勉強していないやつは、この振ったサイコロで出た目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがない、な。ところが、勉強したやつは、自分の頭でキチンと筋道をたてて、はて、こういう時はどうしたらいいかなと考えることができるんだ。だからみんな大学へ行くんじゃないか。だろう?・・・久し振りにきちんとしたこと考えたら頭痛くなっちゃった」

元上司の校長先生に、丁重ではなく、本心でお断りするとしたら、こう言うだろう。

「俺はね、筋道立てて考えるんじゃなくて、サイコロを振って出た目で生きていきたいんですよ」





文春新書  ¥ 880

新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」に合わせて刊行する読む、名場面集
第1章 家族について
第2章 世ちがらい浮世について
第3章 恋愛について
第4章 女性の生き方について
第5章 旅と渡世のこと
第6章 みんなが語る寅さん
第7章 満男へのメッセージ


シリーズ第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』の封切りに合わせて、それを記念して出された本。読む名場面集だな。

なんといっても、新作手前ですでに49作のシリーズだからね。この中から名場面を選ぶったって大変なのに、文字に起こすにあたっては、結局は名ゼリフ集になるわけだからね。寅さんのセリフを全部再吟味するってなると、これは大変。

それをやったのは滝口悠生さん。主夫として家事一切を担当する若い作家さんのようだ。全作品の完成台本を読み通して、そこから選んでいったんだそうだ。まずは500ほどピックアップして、最終的には150ほどに絞り込んだんだとか。

実はこの本を読むよりも前に、シリーズ第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』を見たんだ。坂戸の映画館で。見終わって最初に思ったのは、もうこれで見終わってしまったという思いだった。しばらく立ち上がれなかったよ。そういうやつが、映画館には何人もいたよ。この新作には、第1作から第49作までの全部が詰まっているような気がした。

文字通り、この本もそうだ。ただ、この本には足りないものがある。“お帰り 寅さん”が、この本には入っていないんだ。

BSテレビ東京が《土曜は寅さん》を二回しくらいしてくれたから、とりあえず全部録画した。だけど、もしテレビ東京が、もう一度《土曜は寅さん》を回してくれれば、頭から全部見直すんだけどな。週に一度っていうのは、寅さんを見るペースにしては、非常に良いと思うんだ。

第29作『男はつらいよ あじさいの花』をどこだったか、場末の映画館で見たいたとき、面白いことが起こった。寅さんの寝床に忍んでいったいしだあゆみに、寝ていた寅さんが気づいてドギマギしているときだ。

「寅、やっちまえ」って声がかかったんだ。そうしたら、もう一声が飛んだ。「馬鹿野郎、寅はやらねえ」

『男はつらいよ』全50作。日本の偉大な財産だな。







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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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