めんどくせぇことばかり
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やっぱ野菜『ごはんのきほん』 有元葉子

ここんところ、料理の本の紹介のたびに行ってますが、私、このいい歳になって、野菜をたくさん食べることを心掛けることで、食生活を変えようと思ってるんです。そんな私にとってこの本はうってつけ。なにしろ、この本の半分は、野菜を食べることを主題にしているんですから。

飛びぬけて貧乏というんでもないけど、経済的に豊かな家庭ではなかったですね。学校の給食がどうのこうのという話になると、私の世代の給食に関しては、あまりいい思い出を語る人は少ないようです。ですが、私は、給食の時間が一番好きでした。二人の兄たちと争うことなく、アルマイトの食器に取り分けられた自分の分が確保されているんですから。さらに頑張って他の人よりも早く食べれば、たいていの場合はお変わりができるんですから。

脱脂粉乳?・・・美味しくいただきました。

中学校では脱脂粉乳が牛乳に変わりました。部活が終わってから、誰かが飲まずに残っている牛乳を、たいてい2~3本飲んで帰りました。

家では、ご飯が十分じゃなかったこともあって、必ず夕ご飯にはうどんがつきました。うどんは子どもの時分から、ずいぶんこねましたね。製麺機、生地を入れて取っ手を回すと切れて出てくるのを買って、その後はずいぶん楽になったような記憶があります。

そうそう、いつだったか、祖母が亡くなったときだから、もう30年以上前だな。葬儀を終えた次の日かな。お勝手の戸棚から製麺機を引っ張り出して、兄貴たちと一緒に久しぶりにうどんを打って喰いました。母にお下地を作ってもらってね。うちのお下地は酒が多めでね。うまいんです。昔みたいに、天ぷらは野菜だけ。こんときは、ねぎの天ぷらでした。そのうまいこと。昔を思い出して、涙がこぼれそうでした。

肉は、ときどき、しょうゆ味の焼き肉を食いました。本当にときどきです。それも、小学校も高学年になってから、だいぶ後の記憶の様です。油断すると兄貴たちに取られてなくなるんです。泣く泣く、しょうゆのたれでご飯を食べました。


『ごはんのきほん』    有元葉子

SBクリエイティブ  ¥ 1,620

大好評を得た『レシピをみないで作れるようになりましょう。』第二弾です
白いごはん、味つきごはん
だし、みそ汁、うどん
旬の野菜をサッと食べる
野菜を食べるパスタ


私の小学生時代ってのは、微妙な時間差で、高度経済成長の恩恵が私の家にもやってきて、ちょっとずつ日が差す様に、生活にゆとりが生まれていったようです。カレーの肉が、魚肉ソーセージから豚コマに変わっていったのは象徴的な出来事です。

しかし、私より5歳上の長男は、その恩恵をしっかり受けきれないままに少年期を終了し、大学に入学して家を離れました。長男の肉に対するコンプレックスはすさまじく、成人後はすっかり肉喰い妖怪に身を落としてしまいました。

私がそうならずに済んだのは、私は少年期の終盤に、肉を食ったからだと思います。私より20cm身長の低い長男は、今でも、親の仇でもあるかのように、肉を食いちぎっています。

そこまでではないにしても、やっぱり、肉が喰いたかった。だから、やっぱり私も、肉は食卓の中心です。なにも考えずにご飯を食べれば、その中心にあるのは、やっぱり、肉なわけです。肉喰い妖怪に身を落とした兄は、もう救うことはできないでしょうが、私は野菜をたくさん食べることで、食生活を変えようとしています。・・・なんども書きましたね。

野菜をうまく食べる工夫が、この本にはたくさんあります。

《春野菜は水分が多いので、生に近い状態でフレッシュに食べる》
でも、生で食べるのは、私、苦手なんですよ。そしたら、「サッとお湯に通す」とか、「熱湯にくぐらせる」とか、そういう表現の料理方法があるんですね。そうしてキャベツを梅和えで食べるとか、きぬさやをごま醤油和えにするとか、これはうまそうですね。

《茹でるよりも早いし、蒸すのはいいことずくめ》
新じゃがやアスパラガスのは蒸すのが断然うまそうですね。

《きのこは網で焼くとうまみが増す》
これも、たしかにうまそう。サラダや和え物に入れたり、マリネにするにも、網で焼いたものを使った方がうまいそうです。最近、菌床栽培できのこの値段がだいぶ下がって、きのこも庶民の味方になりましたからね。いっぱいいただきたいところです。

《茹でて梅干しで合えるだけ、蒸してマヨネーズをつけるだけ。野菜のおかずは凝らない方がおいしい》
こういう考え方が、好きだな。




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テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

神功皇后『磐井の乱の謎』 関裕二

『魏志倭人伝』の倭人の習俗を描いた場面に「鯨面文身」の記事があります。刺青ですね。「男たちはみな、大人も子供も、顔や体に模様のついた刺青をしている」とあり、さらに解説として、次の一節が付されています。「夏王朝の少康の子は、会稽の王にされると、髪を切り、イレズミをして、大きな蛇から身を守った。倭の水人が水に潜って魚貝を捕る際しイレズミをしているのも、大きな魚や水鳥を威嚇するためだったが、次第に飾りになった」と、倭人と中国南部の習俗がよく似ていると指摘しています。
土偶縄文時代中頃から土偶の顔の目の下に八の字が惹かれるようになったそうです。岡山県田益田中遺跡で弥生時代の面を描いた土器が見つかり、目の下に上向きの弧線が描かれていたそうです。doki.jpg
縄文時代中ごろから始まったイレズミの風習は5~6世紀の埴輪まで継続していたこともわかってきたそうです。『日本書紀』の記述では、イレズミの風習は海人、隼人、久米氏、蝦夷ら、辺境の人たちだけに残っていたようです。魏志倭人伝に書かれた記事は、そこが九州の海人の末裔の領域であることを示しているわけですね。haniwa.jpg

『磐井の乱の謎』    関裕二

河出書房新社  ¥ 1,890

北部九州の豪族・筑紫君磐井は、なぜヤマト政権に反旗を翻したのか?
第1章 磐井の乱勃発
第2章 九州と天皇とヤマト
第3章 東アジアと日本
第4章 継体天皇の立場
第5章 磐井の乱の真実


神武天皇は山幸彦が海神の娘である豊玉比売を妻として生まれたのがウガヤフキアエズノミコトです。でも、山幸彦は「見ちゃだめよ」って言われてった豊玉比売の出産シーンをのぞき見してしまったので、子どもの養育を妹の玉依姫に頼んで離婚しちゃうんです。

ウガヤフキアエズノミコトは成長してから自分を育ててくれた玉依姫と結婚します。そして生まれた4番目の子どもがカムヤマトイワレヒコ、神武天皇です。だから神武天皇は、母と祖母が海神の娘ということです。そして、その海神を祀っていたのが、イレズミを入れていた一族である「奴国の安曇氏」なんですね。

かつて奴国は後漢に使いを送り、光武帝から金印をもらいました。でもその金印って、江戸時代に甚兵衛さんが田んぼの溝から偶然発見したんですよね。王様のお墓から見つかったとかじゃないんです。あきらかに、なんか大きな騒動、それは敵に攻められて逃げ落ちなければならないような状況になって、敵の手に渡らないように埋めるか、あるいは放棄するかしたんでしょう。

ヤマトを騙った邪馬台国をせめて卑弥呼を滅ぼした神功皇后こは、親魏倭王を殺したことを魏に報告できないままに卑弥呼の宗女台与として“邪馬台国”の王となるしかありませんでした。台与は、結果として九州に君臨することになってしまいました。ヤマト政権は、そんな台与のヤマト政権が邪魔になり、魏が滅びて晋となった機会にこれを攻めるのです。
神功皇后に従った安曇氏の奴国も、この時同時に攻められ、その際、金印は土中に埋められた考えれば、筋は通ります。

だから、邪馬台国は、卑弥呼の時と台与の時の二回、ヤマト政権軍に包囲され、攻撃されていることになります。北九州は朝鮮半島や大陸への通路にあたりたいへん富栄えていました。これは、北九州の地政学的特徴から言えることです。同時に、東側からの攻撃に弱いというのも、北九州の地政学的特徴です。

攻められた台与は、安曇氏ら海人に守られて南九州に落ち延びていきます。

崇神天皇の時、疫病が蔓延し、人口が半減するほどだったと日本書紀が記事を残します。三輪山の大物主神は「これは自分の祟りであるから、自分の子孫を探して私を祀らせればおさまる」と言います。

奈良時代、藤原四氏を死に追いやった天然痘を考えれば、「人口が半減するほどの」というのもさほどオーバーに過ぎるとは言えないことが分かります。そしてこの時の天然痘が、朝鮮半島からの帰国者によって持ち込まれたように、おそらく崇神の時代の疫病もそうだったのではないでしょうか。

九州に上陸した疫病が、次第に都を恐怖に陥れていく様に、ヤマト政権が九州から追い落とした神功皇后の祟りを考えたとしても、不思議とは言えないです。その血を引くものを急ぎ招き入れて、大王の座につけることで、祟りを払おうとしたのでしょうか。

う~ん。本の内容にずいぶん触れちゃったけど、でもまあ、ここまでは著者の言ってる通り、『応神天皇の正体』という本の中で述べていることですからね。いいですよね。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『高天原-厩戸皇子の神話』 周防柳

『国記』は、おそらく本当に書かれただろう。

隋王朝という超大国の出現に、中央集権化された国家体制を整えなければならないのは当然のことだったでしょう。国の成り立ちを一つの物語として筋を当すことは、そのための欠くことの出来ない一大事業だったはずです。

厩戸皇子の事業とされるいくつかのできごとも、実際にそちらの方向を向いていますよね。当然、馬子がそれに無関心であったはずがありません。おそらく政治家としてのその生涯は、すべてがそれに向けられていたのではないでしょうか。おそらくは、物部守屋との確執も含めて・・・。

「歴史は勝者が記すもの」

この原則は普遍のものですから、それは当然、蘇我氏の立場で書かれた歴史だったことでしょう。ただし、ここにはいくつもの問題があったはずで、中央集権化が急務であったはずの当時、力づく一手の強引な政治がどこまで可能だったでしょうか。

律令制の導入を進めていくなら、すべての豪族の協力が必要だったはずです。天下大乱の勝者となった天武天皇の時とは、また事情も違ったはずです。

そう考えると、蘇我氏の正統性ばかりが言い立てられるような『国記』が、当時作り得たでしょうか。それは考えにくいように思います。おそらくこの本の中で厩戸皇子が行っているような、各豪族から、一族の中で伝えられてきた伝承の聞き取りが行われていったんでしょう。

かつて功績を残した豪族であっても、この当時に力を失っていれば、その伝承は取り上げられなかったかもしれません。しかし、蘇我氏ではなくても、この当時に力を持って居る豪族に伝わる話であれば、それを無視することは難しかったんではないでしょうか。

それは、蘇我総本家の滅亡時に焼失し、燃え残ったものは天智天皇に献上されたそうですが、写本はなかったんでしょうか。木簡でしょうからすごいものになったでしょうが、編纂の意図からすれば、当然ですが、あったんじゃないかと思うんです。

いずれにしても、『日本書紀』が書かれた段階で、それに反する歴史のすべては闇に葬られることになります。そこでも当然ですが、「歴史は勝者が記すもの」という普遍の原則は、つらぬかれるわけです。

しかも『日本書紀』は、天下大乱の勝者となった天武天皇によってその編纂が始められています。公地公民だって強引に推し進められるだけの力を持った政権です。そこに書かれたことが、歴史になるのです。ただし、それが完成したときの権力者は、藤原不比等でしたけど。



集英社  ¥ 1,782

厩戸皇子は大臣の馬子から、成文化された国史をつくるという話を持ち込まれた
アマテラスオホヒルメ
おのごろ島のいざない神
日出ずるところ磐余の天子
葛城の高木の神


ヤマトは纒向の古名だそうです。各勢力が纒向に入ることで政権が誕生し、《ヤマト》と名のったんですね。それがその地域全体の呼称となり、さらには東アジアの国際関係の中で、この国全体を《ヤマト》と呼ぶようになったわけです。なんだか、一地方ポリスだったローマが半島全体をローマと呼ぶようになり、ヨーロッパの大半をローマと呼ぶようになったのと似てますね。ちょっと、規模は小さいけど。

その纒向を守る神の山が三輪山ですね。

この物語は、『国記』を編纂を馬子から持ち掛けられた厩戸皇子が、《ヤマト》建国から推古朝までのいくつもの出来事、さらにその先にある神々の世界を、伝承として伝える各氏族から聞き取り、この国に住むものすべてにとって共通する歴史を紡ぎあげようとするお話です。

日本書紀がとっても怪しい藤原氏物語ですから、この時代に挑戦して物語を作ることはとても大変だと思います。だけど、どんどん書いて欲しいですね。世の中の人たちの目が、もっと、どんどんこの時代に注がれるようになってほしいです。

面白かったですよ。日本古代史も、近年の発掘調査の進展で、どんどん新しい事実が確かめられていってます。そういうものをもとにして物語を作ることは、誰にとっても自由です。いっくらでも面白い物語ができると思うんです。それを、歴史的事実がどうのこうのではなく、物語として、私は読みたいです。

この国の歴史の中でいくどかあったであろう一族滅亡の事実と錯綜して、厩戸皇子の夢の中に、ときどき現れる無残な虐殺の場面が上宮王家滅亡を予感させて、この物語は終わります。

のちの聖徳太子と呼ばれる人物は、本当にいたのかどうか。その活躍を記しているのが藤原氏物語ですから、彼を活躍させることが藤原氏にとって都合が良かったのは確かですね。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本の伝統1200』 東西社編集部

日本人にとって、浮世絵はあまりにもありふれたものだったんですね。だから、今の新聞紙のように、陶磁器や漆器を輸出するときの包み紙として使われていたんだそうです。その包み紙の美しさが評判になって、美術品として注目されていったようです。日本から届いた荷物の梱包に使われたいた包装紙に葛飾北斎の浮世絵を見つけた人が、同じ、葛飾北斎の作品を買い求めて、仲間たちに見せて回っていた様子が目に浮かびます。

・・・冒頭から何を言ってるかって?

これは、『日本の伝統』の1200分の1の《北斎や広重など、浮世絵ってなぜあんなに海外に広まったの?》っていう項目に書かれていたことです。全部で383ページの本ですから、一項目に費やされる字数は短いものでは100次にも足りないものも少なくありません。200字弱ってところが多いでしょうか。300字を超えるものもありますが、そう多くありません。まあ、極々簡単にまとめられているってことです。

いやー、正直に言いますとね。こんな本だとは思ってなかったんです。“1200”とあるんですから、1200項目の伝統文化が取り上げられているってことくらい考えそうなものなんですが、考えなしに買ってしまいました。私としては、日本の伝統文化の背景にあるものの考え方であるとか、自然環境であるとか、歴史性であるとか、そういう事が書かれていることを期待してました。

まったくの私の早とちりです。

『日本の伝統1200』    西東社編集部

西東社  ¥ 810

〈物事〉には始まりがあり、それなりの理由があって継続され、伝統となった!
はじめに
1章 生活・道具・遊び
2章 歳時記・まつり・風習
3章 しきたり・冠婚葬祭
4章 宗教・縁起
5章 芸能・芸術・娯楽
6章 武道・文学・文化
7章 ことば


《一富士、二鷹、三茄子 実は、四番目以降があるんだって?》
続きは「四扇、五煙草、六座頭」。座頭は弾き語りをするお坊さん。舞に使う扇子と芸者が吸う煙草と合わせ、宴会に欠かせないめでたいものだそうです。どうやら、これらはいずれも駿河の名物や徳川家康の好きなもので、駿河出身で天下人にまで出世した家康にあやかりたいと、演技の良い夢の代表になったということなんですね。

冒頭と同様、これも1200分の1ということになりますね。

先日、吉海直人さんの『古典歳時記』という本を読みました。古典と言われる時代から、今日に至るまで続くさまざまな伝統文化。それらがどんな理由で、いつ頃始まったのか。どんな意味を持っていたのか。どう変化してきたのか。そういうことを優しく、分かりやすく解き明かしてくれている本でした。

実は、最初は、この本にも、そんな『古典歳時記』の影を追っていたんです。だから、最初は、この本にはなんの責任もないのに、ちょっとがっかりしたんです。

でも、まあ、総花的ではありますが、ここから入っていくのも、一つの方法かなっって思えるようになりました。もちろん、1200ですから、最初っから順番に、一つ一つ読んでいく気にはとても慣れませんが、たまたまめくったページには、必ずあなたの興味を引くものがあると信じます。

例えば、・・・・ッパ。はい、130ページ。《「わっしょい」「ラッセラー」などのまつりの掛け声にはどんな意味があるの?》なんていかがでしょうか。結構、興味深いでしょ。





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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『つくりおき食堂の超簡単レシピ』 まりえ

《つくりおき食堂》というのは、この本を作った“まりえ”さんが運営しているブログの名前だそうです。

まりえさんが、4年前、一人目のお子さんを妊娠している時に、体調の良い時に“つくりおき”をするようになったんだそうです。その後の子育ての中で、レンジだけで作れる時短おかずが中心になっていったんだそうです。そんなふうに、子育てに忙しくてじっくり料理に時間をかけられない人でも、すきま時間にサッと作れて、パッと味が決まる簡単レシピを紹介して、お母さん方を助けているんだそうです。

・・・いま、ブログにお邪魔してきました。

すごい。惜しげもなく、色々なレシピが紹介されています。お子さま用だけじゃないんですよ。筑前煮とか、・・・そうそう、この本の中でだって、切り干し大根や高野豆腐、ひじきに春雨と、乾物を多用してますよね。忙しい、その場しのぎの料理じゃないんです。栄養や、継承されてきた食文化を伝えることにもなります。

もう一つ、缶詰で目立つのがツナ缶ですね。野菜との組み合わせが良いみたいです。この本で、《やみつき無限キャベツ》という料理が紹介されてますが、ツナ缶とマヨネーズとごま油とめんつゆを合わせたもので、塩を振ってレンジして、ガラスープをかけたキャベツと合わせる料理です。

これやりました。たまたまキャベツなくて、この時期は白菜じゃないですか。白菜でやったんですが、本当に“無限”です。かつ、“やみつき”です。どんな野菜とやっても、間違いなくうまいです。



扶桑社  ¥ 1,296

レンジを使うとラクさが違います。赤ちゃんが泣いても抱っこしてあげられます。
PART 1 すきま時間で!20分でできるつくりおき献立
PART 2 TwitterでバズったつくりおきBEST30
PART 3 レンジを使って!5分!10分!でスピードつくりおき
PART 4 つくりおき『万能ダレ』で簡単!おかず
PART 5 1品で大満足!肉・魚介のつくりおきおかず
PART 6 栄養バランス満点!野菜のつくりおきおかず


《PART 4 つくりおき『万能ダレ』で簡単!おかず》は注目です。

紹介されている万能ダレは、《黄金比照り焼きのタレ》、《うまみそダレ》、《おろし玉ねぎダレ》、《塩レモンダレ》なんですが、これはどれでも間違いなくうまいです。

実は、《うまみそダレ》、《おろし玉ねぎダレ》は、ほぼ同様なものを使って料理をしています。《おろし玉ねぎダレ》はほぼ同様ですが、《うまみそダレ》は私のほうが遥かに簡単です。本では、〈みそ、塩麹、みりん、酒〉をあわせてますが、家では〈みそ、甘酒〉だけです。甘酒は孫が好きなこともあって、ほぼいつでもあります。

これは楽。豚肉でも、鶏でも、魚でも・・・。

私はいい歳になって、野菜を沢山食べることで食生活を変えようと思ってます。そんな私にとってもこの本は良いですね。なにしろ、まりえさんは、世のお母さん方を助けるために、子どもたちが野菜を食べたくなるようなレシピを沢山紹介してくれているからです。そう、《PART 6 栄養バランス満点!野菜のつくりおきおかず》です。

まったく、電子レンジはこんなに便利に使えるんですね。かなり驚きました。

そうそう、そのためにも、準備するものがありますね。容器です。油汚れが落ちにくいという弱点があるんだそうですが、やはり耐熱プラスチック容器があると良さそうですね。早速ホームセンターに行ってみよう。




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テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『海近旅館』 柏井壽

3月に大阪に行くことになりまして、・・・おめでたい話なんですけど、・・・交野市というところなんです。

連れ合いと二人で行くんですが、そのあたりは右も左もわかりません。大阪と言ってもどっちかって言うと京都よりというか、奈良よりのところみたいですね。

おそらく、夜の8時ころまでは、そちらに居ることになりそうなんです。それからホテルに戻ることになるなら、その近くのビジネスホテルでいいかと思ったんですが、ちょうど大阪と京都の賑やかなところの真ん中辺のせいか数がなくて、手頃なのが見つかりませんでした。

だったら、次の日のことを考えて、少々時間はかかっても、京都寄りのところでいいかなって探していったら、春先のシーズンに入るんでしょうか。もう埋まり始めてるんですね。それに、なんだかね。いまは価格の上でも、形式からしても、いろいろなお宿があるんですね。 どうしたもんだか、よく分かりませんでした。

二人一部屋、朝食付き、もちろん安めのところを探したんです。手頃かなって思ったら、ダブルベッドなんですね。「どうする?」って言ったら、なんとも言えない不思議な反応が帰ってきたので、更に探し続けることに・・・。

そしたら、掲載されている写真に、和室に布団を並べて敷いてある宿があって、とてつもなく安い。「もうこうなったら、朝ごはんもいらない。コンビニ弁当でも何でもいい」ということで、その安い宿を予約しようと、確認ボタンも押して、「はい予約」っと、ポン。

その後、気がついたんですが、その破格とも思えた安い値段、二人一部屋、素泊りの、一部屋分の料金なんです。つまり二人分の・・・。「えええ、大丈夫なんでしょうか」

今は外国人の方が安く泊まれるように、そういう料金設定のところもあると聞きます。きっとそんなところなんじゃないでしょうか。私たちのような老夫婦が泊まるのはどんなもんかとも思いましたが、これ以上探すのもめんどくさいし、安いのにビビるのもおかしなものですからね。安い分、なんかうまいものでも食べよう。

実は新婚旅行は京都と奈良をまわりました。当時は、本当に貧乏で、だけどお金持ちの友人たちがいて、どうも新婚旅行も行けそうもない私たちに旅行券をプレゼントしてくれたんです。旅行会社に務めていた先輩がいたこともあって、奈良では奈良ホテル、京都は炭屋旅館という、どちらも立派なところに泊めてもらいました。

覚えている人いるかな。春の観光シーズンに、拝観料課税問題で、京都の名だたる寺社の多くが、ストライキをしていたことがあったじゃないですか。あの時のことです。中には、“ご奉仕”という形で拝観料をとって観光客を入れているところもあって、そういうところを廻りました。炭屋旅館に帰ると、「お坊はんもいけずなこと、しやはりますな」って慰められました。

でも、新婚旅行ですからね。いい思い出です。

今度私たちが泊まる宿は、本当にただ泊まるだけのところなんでしょう。チェックインは早めの済ませようとは思うものの、その後、出かけたら、宿に戻るのは9時をすぎるでしょう。寝るだけですからね。いっその事、テント担いでいきたいくらいです。


小学館  ¥ 1,404

新たな若おかみ、あらわる! 『鴨川食堂』著者が贈る、ハートフルストーリー!
第一章 黒船襲来
第二章 嵐の前に
第三章 神様の客
第四章 美咲の恋
第五章 智也の寿司
第六章 山折り谷折り
第七章 荒海
第八章 船出


海近旅館は、伊豆の川奈にある、なにより先代の女将さんの人柄で持っていた旅館なんですね、それが女将さんが亡くなって、東京に出ていた娘が帰ってきて新米女将として再出発するんです。

ところが、長男は、先代女将に代わって、ただただ合理的に宿を切り回そうとするもんだから、先代女将の気遣いに見せられていたお客は失望するばかり。板場を預かる父親は、先代女将を失って、いよいよ覇気を失ってしまい、やる気を起こしてくれません。

娘はといえば、新米女将としてなんとか母の意思を継いでいきたいとは思うものの、家族の気持ちは揃わずに、思いは空回りするばかり。そんなところに、日本一の旅館グループに成長したリゾート開発会社の社員が宿泊していった。買収か?海近旅館は続けていけるのか?

『鴨川食堂』の柏井壽さんの書いた本です。

日々、世間で起こってることに比べれば、大それた事件が起こるわけではありません。だけど、誰でも日常の小さな出来事に振り回されて、泣き笑いしながら生きているもんですよね。

同じように努力をしていても、ある時はやることなすこと裏目に出てしまうこともあります。仕方がないんですね。そんな時は、ひたすら我慢です。それがいったん潮目が変わると、自分のほっぺをつねってみたくなるくらいにうまくいくときもあるんです。

不思議ですね。

でも、それは求めたからこそであって、求めないものには何も始まりません。先代女将が言っていたそうです。「お客様は決して神様ではありません。でも時々、神様がお客様になってお越しになることはあります」

でも、主人公の新米女将、美咲にも、そんなときが訪れるんでしょうか。

3月に大阪に行くときも、こんな本を手にして電車に乗れたらいいな。そんな本です。



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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『古典歳時記』 吉海直人

まったく、こういう人を先生らしい先生っていうんでしょうね。

いや、とにかく、古典に関する知識が豊富、・・・豊富なんて言葉じゃ足りないですね。古典てのが人間の皮をかぶって、洋服着て、眼鏡つけて街を歩ってるようなもんですね。この先生のえらいのは、それが歴史の中でどういう経緯をたどって「春が来た」や「朧月夜」って唱歌に、さらには「津軽海峡冬景色」にまでつながっていくかを語れるところだと思います。

立春を過ぎ、まだまだ寒いですが、外を歩くと、いろいろなところに、日々春を見つけることができるようになりました。一輪だけの梅の花。小川の辺のオオイヌノフグリ。ええっと・・・。まだそれだけか・・・

この本の中にはたくさんの植物が出てきます。梅、桜、桃、山吹、藤、菖蒲、柏、橘と、切りがありません。そりゃそうですね。この本は『古典歳時記』と言う名前の本ですし、“季節”があってこその日本ですからね。

“榊”の章に、榊か、賢木か、本来はどちらの字で書かれていたものかということが論じられています。私にとっては賢木と言う字はあまりなじみがありません。「賢い木」で賢木。「賢い」はクレバーではなくて、神さまの前で「畏れ多い」と言う意味の「賢い」。そういわれると分かりますね。そこから、「神さまの木」と言う意味での榊という漢字が生まれたんだそうです。

だから、“榊”は日本生まれの漢字。この日本生まれの漢字を《国字》といって、実はけっこうあるらしいんです。

“中国”に、それそのものがなければ当たり前ですが、“中国”でその漢字を作ってるはずがありません。“中国”に同様のものがあったとしても、全く意識に登らないものであれば、これも文字であらわす必要がありません。

山の登りと下りの境目にあるから「峠」とか、田に近いけど水がないから「畑」とか、風が止まって「凪」とか、道がぶつかってるから「辻」とか、意味から作らているものが多いみたいですね。



角川選書  ¥ 1,620

百人一首、源氏物語、枕草子、徒然草……日本文化の奥深さに感嘆
第1部 正月
第2部 春
第3部 夏
第4部 秋
第5部 冬
第6部 京都文化


国字には、魚偏のものと木偏のものがとても多いそうです。ああ、日本は海に囲まれた、緑豊かな島国ですものね。

朝顔につるべ取られてもらい水

小学生のころ、学校で鉢植えにした朝顔が芽を出して蔓を巻き始めたのを、終業式の日にうちに持って帰って、夏休みの間に観察日記をつけました。きれいに大きな花をつけた朝顔に感動して、毎年毎年、朝顔を育てるようになりました。

芽を出して、蔓を巻き始めるころから、学校から帰ったら、まだ日の高いうちに段ボールをかぶせるんです。すると、その日の蔓の伸びはそれで終わるんですね。「なんだ、もう夜か」ってなもんです。で、朝は日が登り切ってから、段ボールを外すんです。学校がある間は、母にやってもらったのかな。まあ、「やっと朝か」ってことですね。

朝顔は、蔓をあまり伸ばさないままで花の時期を迎えるんです。これ面白いですよ。ちょっと花が窮屈そうですけどね。面白かったけど、自分もめんどくさいし、花も窮屈そうだから、一年でそれはやめました。

じつは、高校卒業するまで、朝顔栽培をやってました。朝、水くれて、うちは盆地で、しかも武甲山ていう山の麓だから、日照時間が短くてね。一番日が当たる処に朝顔の鉢を出して・・・。高校に入ったころからは、大半は母にやらしてたのかな。毎年、種を鉢に植えて、芽が出たあたりまではなんか記憶にあるんだけどね。

高校を出てから後は、私はそれっきり家を出てしまったので・・・。

だから、子どもの朝顔には、私も一緒に水やりをしました。子どもは迷惑だったかもしれません。

今ですか?子どもは家を出てしまいましたけど、毎年、朝顔を育ててますよ。水やりは、連れ合いに任せっぱなしですけどね。それじゃダメですね。

せっかくこの国にいるんだもの。花もそうだけど、季節と一緒に生きていきたいですね。・・・いい本でした。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『山女日記』 湊かなえ

ここで紹介している本は、文庫です。でも私、この本を、つい先日、単行本で読みました。

この単行本、2014年に出版されてます。当時は、まだ股関節の痛みをかかえている頃で、しかも、徐々にひどくなりつつある頃で、もう、靴下も自分でははけなくなっている頃です。とてもじゃないけど、山登りの本なんか、手を出す状況にありませんでした。

2016年になって、相性のいい先生に巡り合えて、その年の10月下旬に股関節の手術を受けることになりました。2014年に、NHKの企画番組で田中陽希さんの『日本百名山一筆書き』っていうのをやっていて、少しずつ、もう一回山に登りたいって気持ちが強くなっていってね。

30代で山をやめてから、山の本は、まったく読まなかったんですが、手術に合わせて、買いこみました。山の本だけってわけじゃないんですけど、入院中に読もうと思って、いろいろね。

そんな本の一つが、『山女日記』の単行本だったんです。

手術を受けた後も痛みの残る人、良くなったけど杖の手放せない人、そういう人もけっこういるようなんです。手術前には、期待を抱きすぎると、だめだったときの失望が大きいことを懸念していたんですが、もう、心が浮き立ってしまって、とどめようがないんです。

お陰さまで、手術直後はつらかったものの、変形性股関節症からくる痛みは、0になりました。看護師や医師、理学療法の若いお姉ちゃん先生から止められるまでリハビリして、11月14日に退院しました。だいぶ早く退院できたので、入院中のために準備した本の中には、手つかずのものもありました。

『山女日記』も、その中の一冊でした。

退院してから、仕事に復帰するまでの何日間か、家で何となくテレビをつけていたら、NHKで『山女日記』をやってました。


『山女日記』    湊かなえ

幻冬舎文庫  ¥ 702

誰にも言えない思いを抱え、山を登る彼女たちは、やがて小さな光を見いだして
妙高山
火打山
槍ヶ岳
利尻山
白馬岳
金時山
トンガリロ


そっちで見ちゃったんですよ。見ちゃったもんですから、読みそびれちゃったんですね。

そんなわけで、ほとぼりが冷めるまで待ってて、特に理由があるわけじゃないんだけど、このタイミングで読むことになっちゃったわけです。

まだまだテレビドラマの印象は残っておりましたが、ほんのお話は、しっかり、とても楽しく読むことができました。上の目次にあるように、山の名前のついた7つの話からなるわけですが、基本的には、それぞれが独立した話として、つまり山の短編集という形になってます。

ただ、とても上手に構成されていました。それぞれの物語に登場する女たちは、決して、それぞれの物語の本質に干渉してくることはないんですが、違う女を表面に出した話の中に、さりげなく登場してくるんです。そして、本質にかかわるわけじゃない程度に絡めてくるわけです。上手ですねぇ。

この本に登場してくる女たちは、いろいろな思いをかかえながら、山にやってきます。

《こんなはずでなかった結婚。捨て去れない華やいだ過去。拭いきれない姉への劣等感。夫から切り出された別離。いつの間にか心が離れた恋人》

世の中が変わって、女が楽になったなんて、1㎜も思いません。家とか地域とか、いろいろなものから切り離されて、代わりに何かにつなぎとめることができりゃいいですが、切り離されっぱなしですからね。今の女の人たちは。

昨年の秋のはじめに、連れ合いと尾瀬に行きました。テントを張ってると、隣でテントをたたんでいる山女がいました。前の晩に山の鼻にテントを張って、その日、至仏に登ってきたという人でした。時間は午後1時過ぎだったでしょうか。これから見晴らしに移動してテントを張り、明日は燧に登ると言ってました。

「欲張りだね」って言ったら、「欲張りな“女”なんです」って返されて、ちょっと心配になりました。「ゆっくり、気を付けていってね」って送り出して、しばらく木道を歩く赤いザックを眺めていたら、連れ合いに咳ばらいをされてしまいました。

いろいろなものを背負ってるのは、山に行こうが行くまいが同じだけど、きっと山に行くと、帰りは少し荷物が軽くなってるんじゃないかなって、そんなことを感じさせられる本でした。




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日本史の障害『磐井の乱の謎』 関裕二

[ヤマト政権の発展]
倭王武が南朝に送った上表文によると、5世紀にヤマト政権の勢力圏が東西に大きくひろがったことがわかる。また、前方後円墳の分布や、古墳から出土した刀剣の銘文によれば、強大となったヤマト政権の王は、みずから大王と称し、5世紀の後半には関東地方中・南部や九州中部の首長をも従えたと推定される。九州南部の熊襲や東北地方南部の蝦夷も、5~6世紀のころ、しだいに王権の統制下に入った。

なお、北海道と沖縄諸島には、前方後円墳はきずかれなかった。これらの地域では、弥生時代以降も水稲農業はおこなわれず、採集経済社会であった。この時代を、北海道では続縄文時代、沖縄では沖縄貝塚時代と呼ぶ。

ヤマト政権が発展する過程で、畿内や各地の首長が反抗し、大王家自体もいくどか衰退したと考えられる。しかし、6世紀初め、新羅とむすんで反抗した筑紫国造(君)磐井をうちやぶった(磐井の乱)ことにより、ヤマト政権の政治組織はいっそう強固となった。
実教出版《新訂版 日本史B》p27
教科書の中の、《磐井の乱》が取り上げられている部分です。第2章【水稲農業の開始と社会生活の進展】の『3 ヤマト政権の成立・発展と東アジア』のなかに書かれています。

遅くとも5世紀後半までにヤマト政権の統制下に入ったはずの磐井氏が、6世紀のはじめには、早くも新羅とむすんで反乱を起こしたらしいということが分かるだけですね。

どうも、この磐井の反乱、東アジア圏におけるヤマト政権の存立を左右する、かなり大きな、かつ重要な事件だったらしいんですけど、そういった切迫感は、まったく伝わって来ませんね。

それは、ただ教科書の問題と言うだけではないんですね。日本書紀にも大きな問題があるっていうことなんです。日本書紀は、この事件について、ある重要なことを書いていないらしいんです。

そのあたりに、日本の歴史を解き明かしていくうえでの、大きな障害があるみたいですね。


『磐井の乱の謎』    関裕二

河出書房新社  ¥ 1,890

北部九州の豪族・筑紫君磐井は、なぜヤマト政権に反旗を翻したのか?
第1章 磐井の乱勃発
第2章 九州と天皇とヤマト
第3章 東アジアと日本
第4章 継体天皇の立場
第5章 磐井の乱の真実


この本の著者の関裕二さんは、藤原氏の祖となる中臣鎌足こそ、ヤマト政権に人質として来朝していた百済王子豊璋その人であるというのが持論の方です。

そして、権力指向の強い中大兄皇子を引きずり込み、中央集権化を進める蘇我入鹿を滅ぼしてその業績を奪い、ヤマト政権を白村江の戦いに引きずり込んでいきました。中大兄皇子が、滅亡した百済を再興するために出兵し、大敗北を喫してヤマト政権を滅亡のふちに立たせるというわけの分からないことを行ったのも、たしかにそう考えれば腑に落ちます。

百済完全滅亡後は、大量の百済難民をまとめてヤマト政権の律令導入に食い込み、藤原氏が王家に寄生するシステムを巧妙に構築し、藤原氏だけが栄える平安時代を作り上げていったわけです。

日本書紀は藤原不比等の時代に完成していますので、藤原氏の立場から見た日本の歴史なわけです。その中で磐井氏は、百済を滅ぼす新羅とむすんでいるわけですから、打たれて当然な連中なわけです。どうも、著者の立場からすると、日本書紀にはまともなことは書かれていそうもないってことになりますね。

もう一つの大きな問題が、戦後の歴史教育です。

物質的な生産力や生産関係、つまりのは社会における下部構造が、その上にのる政治等、上部構造を変化させるという唯物史観ですね。資本主義社会においては、生産手段を独占して労働者を搾取する資本家は、労働者の団結と階級闘争のはてにおこる社会主義革命によって必然的に打倒され、共産主義社会に移行していくっていう、あれです。

たしかに戦前戦中に皇国史観なるものはありました。きわめてグロテスクなものに変化してしまったのは、戦中後期の一時期ではありますが・・・。日本史学会の上部が公職追放されて浮かび上がった敗戦利得者層は、皇国史観から逆に振れて、唯物史観に立って、あるいはニューディーラーの燃えカスみたいのにおもねって、“天皇”の存在を攻撃することこそ皇国史観からの脱却であるかのように振る舞ってきたわけです。

こういう姿勢って、今でもずいぶん支持する人はいるようです。以前とは違って、だいぶ穏やかにはなってきたようですけどね。




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『食べて治す医学大事典』

いつも春先になると、ついつい山野草の本を買っちゃうんです。

なんか、心がウキウキしてきてね。名前を調べて、食べられる、食べられないとか、身体に効く、効かないとか書いてあるじゃないですか。そんなことやってるだけで、なんか楽しくてね。

この本は、そんなうきうきした気持ちで買っちゃった本じゃないんです。最近、私、特に野菜をできる限り多くいただこうと意識しています。肉は、そういう意識なく食べてますから、食の部分から変えられるとすれば、やっぱり野菜だと思ったわけです。ほら、この本。表紙を飾るのはおなじみの野菜たちじゃないですか。

やはり、体のバランスを保つのは野菜なんだなとか思いながらページをめくると、最初に出てくるのが、毎年、春先についつい手を伸ばしちゃう山野草たちじゃないですか。そりゃそうですね。“食べて治す”なら、山野草こそトップバッターにふさわしいですよね。

もちろん栄養学の基礎的な話も出てきます。《1 食は医なり》がそれですね。だけど、それをマスターしようとしても、こういうのって、最終的にはバランスのいい食事をってところに落ち着くもんじゃないですか。だから、理屈として頭に入れておくことは大事なことだと思うんですけど、こだわると窮屈になるでしょ。そうすると、食べることが楽しくなくなっちゃいますからね。だから私は、いつもほどほどです。


主婦と生活社  ¥ 4,320

ヒポクラテスは「食べもので治せない病気は、医者でも治せない」と言い切る
クスリになる山野草112
1 食は医なり―最新栄養学と漢方食養生が証明する食べものの効用
2 体調をよくする食べもの
3 病気を治す食べもの
4 女性の病気を治す食べもの
5 子供の病気を治す食べもの
6 高齢者の病気を治す食べもの
7 クスリになる食べもの
8 救急に役立つ薬草と食品


《2 体調を良くする食べ物》は、現実に起こる症状に効果のある食べ物や食べ方を紹介しています。ここで私に該当するのは、〈疲労回復〉、〈二日酔い〉、〈かゆい〉、〈抜け毛〉ってところですね。なんか最近、生えてきてるのを感じるんですけど。

《3 病気を治す食べ物》も、現実の病気に効果のある食べ物や食べ方を紹介しています。やっぱり、私は《肝臓》を大事にする必要があるでしょうね。シジミ、ドジョウ、レバーと言った、肝臓に効果があると言われるものを食べるのと同時に、利尿を助けるものもいいみたいですよ。

小豆の煮汁もいいって言うし、トウモロコシのひげには優れた利尿作用があるんですって。ひげを煎じて、こして飲めばいいんですって。今度の夏にやってみよう。

《4》《5》《6》はその題名のとおり。

《7 クスリになる食べ物》は、日ごろ食べているものには、どんな薬効があるのかが書かれています。さてさて、日ごろ私が食べているものには、はたして、どんな薬効が・・・。

にんじん。にんじんは、ビタミンAの宝庫だそうです。風邪予防。目の粘膜を強くして、疲れ目や結膜炎の予防になる。貧血対策。疲労回復。

納豆は、ビタミンB群が豊富で子供の成長にいい。美肌にいい。必須脂肪酸も豊富で生活習慣病予防。

キャベツのビタミンK、ビタミンUは胃潰瘍や十二指腸潰瘍予防。便秘解消、整腸作用。

あげればきりがありませんね。結局、こういう本にありがちな結論が、頭をよぎります。暴飲暴食を慎み、好き嫌いなく、バランスよく、なんでもよくかんで食べましょう。

だけどこの本、その作りから言って、症状や病気に合わせて、その時に必要な食材を調べられますから、それは便利ですね。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































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