めんどくせぇことばかり
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『エラい人にはウソがある』 パオロ・マッツァリーノ

もしかしたら、今、とても面白い本を読んでるのかもしれない。

二〇一五年の本で、買ったまま、読まずに眠らせておいた本です。“読まずに眠らせておいた”という部分には、あまりこだわらないでください。有り体に言えば、忘れていた本です。

だってですね。表紙のを飾る絵は中崎タツヤさんのうまへた絵。著者は、パオロ・マッツァリーノとかいう怪しいイタリア人。著者紹介によれば、このパオロ・マッツァリーノさん。イタリア生まれの日本文化史研究家とか。学歴はイタリアン大学日本文化研究科卒?

父は九州男児で国際スパイ、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人。本人はイタリア語で話しかけられると、何故か聞こえないふりをする。ジャズと立ち食いそばが好き。

そんなわけで、どっちを先に読もうかなって時に、いつも後回し、後回しになって、いつのまにか、どっちを先に読もうかなっていう対象としても取り上げられなくなってしまったわけです。そんなことをしているうちに、その上に読み終わった本が、ドサッ、ドサッと積み重なって、買ったことすら忘れてしまったわけです。

それがこの間、一四年飼った猫のミィミィが死んだことで、そのミィミィの身辺整理をしていたら、その余波が押入れに及び、乱雑に積まれた本を片付けているうちに、この本の発掘に至ったわけです。

みんなに押しつぶされていたから、日に焼けることもなく、ほぼ新品の姿で発掘されたこの本。「ごめんね」と声をかけながらめくってみれば、儒教の始祖、孔子を取り上げた本じゃないですか。

ええっ? 孔子は儒教の始祖なんかじゃない? いったいこりゃ、どうなっているんでしょうか。


『エラい人にはウソがある』    パオロ・マッツァリーノ

さくら舎  ¥ 1,512

『論語』をありがたい教え、孔子を偉大な人物と思っているようだが、本当にそうなのか?
紀元前中華電視台スペシャル大特番『ありのままの孔子』
第1章 歴史的に正しい孔子と論語の基礎知識
第2章 本当はかっこ悪すぎる孔子の人生
第3章 まちがいだらけの論語道徳教育
第4章 封印されたアンチ孔子の黒歴史
第5章 渋沢栄一と論語をめぐるウソ・マコト
第6章 孔子のすごさはヘタレな非暴力主義にあり


冒頭、第一章の前にある《紀元前中華電視台スペシャル大特番〈ありのままの孔子〉》は、しっかり二〇ページも割いて書かれています。内容はと言えば、それがもう、いいたい方だって感じなんです。

五年連続“抱かれたくない知識人”ナンバーワンに選ばれて殿堂入りしたとか。

ひどいことを言いますね。このイタリア人。

でも、孔子は実際、「みんながマナー(礼)を守れば犯罪も戦争もない平和な世界になります。そんな世界を作るため、私は政治家になります」って、一生懸命就職活動をしていた人物です。考えてみれば、変なやつに間違いないですね。

一部では、YDKってこき下ろされてたとか。やっぱり、駄目な孔子。

ひどいことを言うな。この変なイタリア人。

論語の冒頭を飾る一編は、「人不知而不慍、不亦君子乎」。「人知らずして慍みず。また君子ならずや」ですね。「世間の人たちが認めてくれなくても怒ったり、恨んだりしない。それが君子ってもんだからな」って、それ、孔子本人のことじゃないですか。

自分には犯罪も、戦争もない世の中を作る力があるのに、その自分を政治家として採用してくれる国はない。結局、世間は認めてくれない。だけど、私は世間に怒りを向けたり、恨んだりはしない。君子だからな。

自分には政治家としての力があることと、君子であることは、孔子の中では揺るがない前提なんですね。

面白そうだな。このイタリアン大学卒。

これから、本腰入れて読みます。





テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

国の本質『韓国への絶縁状』 髙山正之

HANKYOREH 2019/06/20
韓国政府「韓日企業の財源に基づく強制徴用被害の補償案」を日本に提案
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/33704.html
(抜粋)
韓国と日本企業の自発的出資で財源を造成し、日帝強制徴用被害者たちに賠償する案を政府が日本に提案した。日本企業に強制徴用被害者に対する賠償を命じる昨年10月の韓国最高裁(大法院)の判決に反発した日本が、国内外で世論戦を繰り広げてきたことを受け、韓国がそれなりの代案を示して、日本にボールを渡したわけだ。日本政府は拒否の意思を表明した。

外交部は19日「訴訟の当事者である日本企業を含め、韓日両国の企業が自発的出資で財源を造成し、(裁判所の)確定判決を受けた被害者に慰謝料当該額を支給することで、当事者同士の和解がなされることが望ましいという意見が提起された」とし、「韓国政府は日本側がこのような方案を受け入れた場合、日本政府が要請した韓日請求権協定第3条1項の協議(両国間の外交的協議)の受け入れを検討する用意があり、このような立場を最近日本政府に伝えた」と発表した。チョ・セヨン外交部第1次官が先週末、日本を非公開で訪問し、この案を提示した。
(続きを読む)に全文

話にならない韓国政府の提案を、韓国の新聞がどう扱っているかということに興味があって、ハンギョレ新聞の記事を見つけてみました。まあ、“強制徴用被害者訴訟代理人団と支援団”の見解を載せているところあたりが、真新しいところでしょうか。

真新しいとは言っても、“強制徴用被害者訴訟代理人団と支援団”の言うところも、いつもながらの“韓国人の主張”なので、読んでもうんざりするばかりなんですが。

この本の“はじめに”が面白い。

アメリカの外交官で政治学者のジョージ・ケナンという人の見解を紹介しているんですが、その中に次のようなものがあるんです。

《米国が日本を中国、満州、朝鮮半島から駆逐した結果は、賢明な人々が警告したとおりになった》《今日、我々はほとんど半世紀に渡って、この地域で日本が担ってきた問題と責任を引き継ぐことになった》

このジョージ・ケナンという人は、一九四〇年代から五〇年代の末にかけての外交政策立案者で、ソ連の封じ込めを柱とするアメリカの冷戦政策を計画したことで知られる人物だそうです。ですから、ある意味では、日本がやってきたことを引き継いだ人なわけです。


『韓国への絶縁状』    髙山正之

新潮社  ¥ 1,404

これ以上関わってもロクなことなし。不快の元凶よ、さようなら
第1章  日韓関係を正しい歴史で知る
第2章  マネとパクリの偽物国家
第3章  恥を知らぬも程がある
第4章  朝日と韓国はここまで似ている


引き継いだ途端に始まったのが、朝鮮戦争。

この戦争の本質は、“朝鮮人同士が殺し合いをはじめた”というところにあります。戦後、どうやら独立を認められるらしいわけです。そういう状況になっても、彼らは日韓併合前の政権である朝鮮王朝を復活させようなんて、思いも及びません。復古王朝の王位につくべき李垠殿下がおられるにも関わらず、です。

李垠殿下は、まあ、朝鮮の歴史を日本に置き換えて、その国民性を日本人的な気質を前提に考えれば、国民の精神的な支柱となれる唯一の人物だったでしょうね。ただ、李王朝は、残念ながら朝鮮人に、あまり良く思われていなかったみたいですね。それに、皇室をいただいて尊敬の念を絶やさない日本人と違って、政治を国家の私物化くらいにしか考えない金日成やら李承晩やらの話です。

李垠殿下を半島に迎え入れることもなく、殺し合いが始まります。かつての日本は、そんなこと絶対にさせなかったわけですが
、日本を追い払って、アメリカとロシアで適当に分けるようなことをするから、殺し合いを止めることができませんでした。朝鮮人は二二〇万人が死んだそうですが、アメリカ兵も四万人も死んでるんだそうです。

《朝鮮半島で我々が陥った不幸な事態は、我々が日本をまったく理解せず、ただ日本を追い落とすことだけに固執したことへの皮肉な罰と認めざるをえなかった》

これも、ジョージ・ケナンの語ったことだそうです。

“関わった国を、片っ端から不幸にする国家”・・・それこそこの国の本質みたいですね。

そう言えば、冒頭に紹介したのはハンギョレ新聞の記事ですが、ハンギョレは、“一つの民族”とか、“一つの同胞”と言う意味だそうです。朝鮮民族の国家が北と南の二つに別れていることを指して、その統一を願う意味を持つ言葉だと思います。だったら、そうすればどうでしょう。何の障害もないのにいつまでも二つに分かれていると、自分たちが望んでそうなっているようにしか見えません。



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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

雨ん中、官ノ倉山に登ってきた

ったく、梅雨真っ只中ですね。高校生と山に登ると、“先に計画ありき”、・・・だからなあ。

しかも、教育委員会や登山専門部への届けは実施日の二〇日前までに提出しなければなりません。その日になってみたら、残念ながら雨だったので、「じゃあ、来週にするか」ってことになるなら、その”来週”の二〇日前までに届けを提出しなければなりません。

そんなわけで、せっかくの山だから、多少の雨なら、なんとか山を歩かせてやりたいじゃありませんか。たとえ、計画を少し縮小する形になったとしてもです。

今回はまさにそんなパターン。

顧問の先生が立てた計画は、東秩父の落合までバスで入り、官ノ倉山まで続く尾根に上がって小川町駅まで歩くというものでした。前半の行程が道の不明瞭なところもあることから、前半部をカットして、東武東上線で東武竹沢駅に行き、そこから官ノ倉山を目指すことにしました。官ノ倉山_190622_0011

そんなわけで、東武竹沢駅につくと・・・、バケツを引っくり返したような雨。東武東上線が小川駅、寄居駅間で、徐行運転しなければならないような振り方です。
官ノ倉山_190622_0010

東武竹沢駅で暫くの間、雨を見ながら過ごしました。

一時間ほどで空もだいぶ明るくなり、雨も弱くなったので、とりあえず出かけます。

しばらく、舗装道路を歩きます。すれ違った車の運転手さんが先頭を歩くリーダーに、「滑らないように気をつけて」と注意してくれました。官ノ倉山は頂上部に岩が露出していて、こんな雨の日は滑ると危険です。官ノ倉山_190622_0009

三〇〇m強の低山ですが、地元の人の心の山なんですね。だからこそ、その山に登りに来てくれている若い人たちに、怪我なんかしてほしくないんでしょうね。
官ノ倉山_190622_0008 
(三光神社)

歩きはじめて三〇分ほど、雨は完全に上がりました。蒸し暑い雨具を脱がせて、身軽になって山道に入ります。それにしてもすごい湿気。メガネが曇ります。

尾根上に出ると、道が十字に交差していて、本来歩くはずだった道と合流です。
官ノ倉山_190622_0007 

官ノ倉山まで一〇分足らず。最後は岩が露出しています。山頂は薄日がさしていましたが、湿気は相変わらずです。水分を補給し、行動食を取るくらいで先に進みます。いつ雨が降り出すか分かりませんから。
官ノ倉山_190622_0006 
官ノ倉山_190622_0005
(官ノ倉山山頂 向こうは石尊山)

双耳峰の石尊山からは、鎖場で始まる急な下り。ゆっくり、慎重に行かせます。もう、眼鏡が曇っているのか、景色そのものが曇っているのか、判断がつかないような湿気の中、三〇分ほどで舗装道路に出ます。官ノ倉山_190622_0004

官ノ倉山_190622_0003

ここからは、生徒たちに、地図を見て小川町駅まで歩けと支持して行かせました。私たちは、十分休憩をとって、あとから出かけます。

中間点の八幡神社付近で、ふと気づくと、生徒たちが後ろからやってきます。どこかで道を間違えた生徒たちを、いつの間にか抜いてしまったようです。しかも生徒たちは、地図よりも、スマホを頼りに歩いてるじゃありませんか。

ああ・・・。
官ノ倉山_190622_0002

駅につき、解散するとまもなく、雨脚が強くなりました。お昼ご飯の時間も取らずに歩き通して良かった。ザーザー降りでしたから。そんなわけで今日は、俺んちラーメンです。もちと、にんにくの芽としめじ入りです。
官ノ倉山_190622_0001

この日歩いたのは、以下のようなコース。本当は緑のルートが前半に入るはずだったんです。残念ですが、歩いている間だけは、土砂降りを免れました。良かったです。
6月22日官ノ倉山地図



テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

絆『続・孤独のすすめ』 五木寛之

本当に、電車の中で本を読んでいる人って少なくなりましたね。

漫画すら、読んでいませんものね。学生の頃ですが、大きな駅で、沢山の人が降りると、一冊や二冊の漫画本が網棚に残されていました。おかげで貧乏な私でも、漫画の本にありつくことができました。三年間、東京で兄と暮らしていましたが、二人して、その日に拾った漫画本を持って帰って、交換して読むのが楽しみの一つでした。今、たまに電車に乗っても、網棚の漫画どころか、本を読んでいる人を見かけるのが稀なことになってしまいました。

スマホで読むのか、新聞すら読んでる人はいません。漫画の本や、新聞を出している会社が、潰れているに違いありません。働いていた人がどうしているのか、心配になります。

スマホですね、皆さん。小・中学生から始まり、高校生や大学生、社会人に至るまで、ラインだのフェイスブックだのツイッターなどのネットワークに費やす時間が、ものすごく多いそうです。どうしてそんなに、寸暇を惜しむようにして、つながっていたいんでしょうか。そんなに仲がいいんでしょうか。

五木寛之さんは、背景にあるのは、孤独であることに対する不安と怖れのようなものではないかと言ってらっしゃいます。“孤独”よりも“孤立”の方が近いような気もしますが、要は“一人ぼっち”でないことを、常に自らが証明していなければ、自分の心の安定が保てないということではないでしょうか。

そんなにも、“つながり”に懸命になっているにもかかわらず、世間ではいじめが跡を絶ちません。あんなにも努力してつながっているにもかかわらずです。

高校の教員でしたから、いじめにも関わりましたよ。よく、いじめを苦にした自殺とかがあって、学校は気が付かなかったのかなんてことが問題になったりしますね。「いじめを見抜けませんでした」とか、学校が謝罪したりしますが、あれが信じられません。

いじめが行われている教室というのは、空気が淀みます。臭うんです。・・・嗅覚さえあれば、感じます。まあ、いじめを炙り出せたとしても、解決なんてありません。高校なんてたったの三年間です。いじめるにしても、いじめられるにしても、ずっと彼ら、彼女らは抱えていくしかないんです。

「ああ、高校生の時の自分は・・・」って思うまでね。もしかしたら、一生、それを抱えたまま、つながりに汲々としていくのかもしれません。



中公新書ラクレ  ¥ 799

本来、孤独を恐れるべきものだろうか。あるいは、孤独はただ避けるほうがいいのか
第一章 孤独に怯える人びと
第二章 「和して同ぜず」という思想
第三章 生物としての孤独とは
第四章 老いるヒントについて
第五章 孤独を愉しむ
終 章 孤独は永遠の荒野ではない


五木さんが、その“つながり”を求める思いに関連して、東日本大震災を機に澎湃して沸き起こった“絆”を求める声を取り上げてます。

「それに対して、私はしばしば天の邪鬼的に応じてきました」

そう五木さんは言ってます。そんな五木さんが“天の邪鬼”ならば、私もまさに、“天の邪鬼”でありました。

小さい頃からなんとなく感じていたのですが、私の家は、どこか他と違うところがあったんです。土地の習わしとも絡んだ問題でもあったのですが、それにともなう重さみたいなものがありました。祖父母は落ちぶれた家を盛り返すのに生涯をかけてきました。父は家のためにいろいろなことをあきらめ、母はそんな父を支えました。それぞれに懸命だったんだと思いますが、一個人の思惑なんかでは、どうにもならない問題があったんです。

私が高校の頃、それが表面化したらしく、といっても私にはその本質が何だったのか分からなかったんですが、明らかに家の雰囲気が変わってしまいました。私は三人兄弟の三番目なんですが、二人の兄が就職や進学で家を出て、私一人が取り残されてしまうような焦燥感にとらわれていました。

自分がこの家を継ぐのかななんて考えた時期もあったのに、私は大学進学と同時に、父母や祖父母の思いを引きちぎるようにして家を出ました。父母も祖父母は私の進学をきっと喜んでいてくれたはずなのに、私は勝手に家族の思いを引きちぎっていたのです。

家の絆、親族の絆、地域の絆、その絆っていうのは、言い換えれば“しがらみ”ですよね。鎖のような重さを持った“しがらみ”から解放されることは、若かった私にとって、どうしたって必要なことだったんです。

『青春の門』ですよね。五木さん。

“しがらみ”が必要な時代を、祖父母も父母も生き抜いてきたわけです。私にしたって、今は分かります。自分で引きちぎった“しがらみ”だけど、それには大きな意味があって、もう一度、結び直さなきゃならないところもあるってことです。

ただそれは、孤立を恐れてむやみに繋がりだけを求めるような、安易なものじゃないと思うんだけどな。




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『世界史の大逆転』 佐藤優 宮家邦彦

「“ゆで卵”になってしまったら、いまさら“生卵”には戻せません」

おお、そりゃそうだ。“ゆで卵”は“生卵”に戻せない。“生卵”を“ゆで卵にすることは出来るけどね。外から見た分には、ゆだっちゃってるかどうか分からないから、これがまた面倒なんですよね。

上の言葉は、佐藤優さんのもの。トランプ米大統領の言行に対しての発言です。トランプ大統領の行動は戦略的に行っていることならば矯正も可能であるが、無意識に行っていることでは直しようがないです。アメリカの政治エリートが形作ってきた国際関係の常識が、トランプ大統領の無意識に圧力を加えられています。

それによって、生卵が、もしかしたらゆで卵になっちゃってるかもしれません。

例えば、朝鮮戦争の休戦協定によって作られた核を持たない北朝鮮を、韓国とアメリカが抑止する体制が、トランプと金正恩があったことによってゆで卵になっちゃったかもしれません。

イラン核合意の破棄や、エルサレムを首都に認定して大使館を移転したことで、中東問題はゆで卵になっちゃったかもしれません。

トランプ大統領はいろいろなゆで卵を、あちこちにたくさん作ってしまったかもしれません。でも佐藤さんは、それはトランプ大統領一人の個人的な無意識ではないと言うんです。トランプ大統領を支えているのは、アメリカ的なるものの集合的な無意識だと。彼の支持層はヒスパニックに仕事を奪われた白人たちで、そういう人々の期待を背負っていて、それがトランプ大統領の無意識を動かしていると言うんです。

それぞれの、“国民的な無意識”ってのは、これは“国際的な常識”と同様に重要ですね。“中国人の無常識”って、確実にありますよね。“韓国人の無意識”って、・・・嫌だな。あれですね。そういうものの前では、“国際的な常識”が蹴散らされてしまったりします。まったくね。

“イラン人の無意識”も、当然あるわけです。この間、一三日ですよね。ホルムズ海峡付近を航行中の艦船二隻、日本関係の積み荷のタンカーだったようですが、これが攻撃を受けました。アメリカ、サウジアラビア、UAEは公然とイラン関与説をぶち上げてます。このあたり、もしかしたら、中東問題がゆで卵になっちゃってるからかもしれませんね。

まずいね。ホルムズ海峡が通れなくなっちゃったら。


『世界史の大逆転』    佐藤優 宮家邦彦

角川新書  ¥ 929

なぜ世界の常識は時代後れになったか? 二人の碩学が描く新時代の航海図
第1章 米朝首脳会談後の東アジア
第2章 国際情勢は「感情」で動く
第3章 核抑止から核拡散の時代へ
第4章 混迷する中東と「脱石油」の衝撃
第5章 AIが世界の「常識」を覆す
第6章 民主主義はもう限界なのか


中東っていうのもいろいろなんですね。ただ、イラン寄りとサウジアラビア寄りなんて単純な図式じゃないんですね。例えばカタール。

一九七一年にイギリスが撤退してUAEこと、アラブ首長国連邦が誕生した時、カタールもそこに加わるはずだったんだそうです。ところが、カタールの首長は、プライドばっかり高い人だったらしいんです。「あんなレベルの低い連中とは一緒になりたくない」って断ったんだそうです。

嫌なヤツには悪いことでも起こればいいのに、世の中そうじゃないんですね。その直後に、国内から石油と天然ガスが相次いで出たんだそうです。世界一の金持ち国家になっちゃったんですね。ただ、半分はイラン側の石油を吸い上げてたので、イランと仲良くする必要があったんだそうです。・・・そういうことなんですね。

そんな事もあって、アラブでは嫌われてるんだそうです。イラン寄りで、金持ちで、プライドが高くて、働かないんですから、これは嫌われて当たり前です。

アラビア半島には格付けがあって、メッカやメディナといった聖地をもつサウジアラビア、続いてクウェート、バーレーンとあって、続いてカタールがくるんだそうです。下には、アブダビ、ドバイ、オマーンというような序列になっているんだそうです。

サウジアラビアには強い敵愾心を、UAEにはライバル意識を持っていて、事あるごとにぶつかるんだそうです。

どこでも、近隣の国との問題は難しいもんですんが、どうでしょうね。韓国があるのと、カタールがあるのと、どっちが難しいでしょう。





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『天空への回廊』 笹本稜平

この『天空への稜線』は、笹本稜平さんの三作目の長編だったんだそうです。三作目でこのスケールとは、これはものすごい。

なにしろ、物語が始まる前の段階で、主人公の真木郷司は、厳冬期のヒマラヤ、世界最高峰のエベレストの頂上に立ってるんですから。そこで、「このまま眠りたい」とか考えてるっていうんですから・・・。そこから話が始まろうっていうんですから、そのスケールたるや、すごい。・・・はず。ものすごい展開が待ってるはず。

だって、厳冬期のエベレスト山頂で「このまま眠りたい」なんて考えてる人間が、埼京線の電車の中で痴漢の疑いをかけられて、そこから転落人生を歩んでいくなんてつながりにはならないでしょう。

案の定、慎重に下降を始めた途端、エベレスト山頂近くに轟音が鳴り響き、真木郷司にも強烈な地響きが伝わりました。真木郷司は、その直前に、光の玉がエベレスト山頂部に突っ込むのを見ています。エベレスト北西壁上部に巨大な雪煙が舞い、地鳴りのような音とともに、急斜面を白い波濤が駆け下ります。巨大な雪崩です。真木郷司は小さな岩塊の陰に飛び込んで、命からがら雪崩をやり過ごすことができました。

こんな始まりなんですよ。何だと思いますか。この巨大雪崩のもとは。

人工衛星。米ソ冷戦中に、秘密裏に打ち上げられたアメリカの軍事衛星ということなんです。そこには、宇宙から地上のあらゆる箇所に向けて打ち込むことが可能な核弾頭が搭載されています。しかも、同様の軍事衛星は、落下したものだけではなく、それと連動するものが、まだ地球の衛星軌道を回ってるっていう設定なんです。

まったく、よくそういう恐ろしげなことが、頭に浮かびますよね。


『天空への回廊』    笹本稜平

光文社文庫  ¥ 1,008円
エベレスト山頂近くにアメリカの人工衛星が墜落 八千mの高地で繰り広げられる死闘
エベレスト山頂近くにアメリカの人工衛星が墜落!雪崩に襲われた登山家の真木郷司は九死に一生を得るが、親友のフランス人が行方不明に。真木は、親友の捜索を兼ねて衛星回収作戦に参加する。ところが、そこには全世界を震撼させる、とんでもない秘密が隠されていた。八千メートルを超える高地で繰り広げられる壮絶な死闘―。大藪賞作家、渾身の超大作。


落下した軍事衛星には、まだ宇宙に浮かぶ姉妹衛星をコントロールするためのROMが搭載されており、それをめぐって八〇〇〇メートルの高地で死闘が繰り広げられるというお話です。

もちろんアメリカは、総力を上げてそれを回収しようとするのですが、そこに“中国”の人民解放軍、ネパール国軍、ネパールの反政府勢力である毛沢東主義組織なんかが絡んでくるんです。だけど、それらのすべてを出し抜くかのように、その軍事衛星の秘密を握る謎の組織が暗躍します。

なにしろ、その謎の組織。姉妹衛星を操ってモスクワに核攻撃を加えるっていうんです。アメリカの軍事衛星からの核攻撃ですから、瞬時にロシアからアメリカの各都市に向けて、核ミサイルが発射されます。さらにアメリカから、報復用のミサイルが、ロシアの各都市に飛んでいきます。

人類は滅亡寸前です。

その時、“魔法の石”であるROMを手に入れようとする謎の組織に対抗できるのは、唯一、八〇〇〇メートルの天空に取り残された日本人、真木郷司だけだったんです。

読み応えがありますよ!


『天空への回廊』という題名は、ROMを回収しようと総力を上げる米軍の作戦名です。米軍の作戦名は、無駄にかっこいいと有名です。東日本大震災の時、米軍も救助活動にあたってくれましたが、あの時の作戦名は《トモダチ作戦》でしたね。

ノルマンディー上陸作戦が《オーバーロード》、イランのアメリカ大使館人質救出作戦が《イーグルクロー》、湾岸戦争が《デザートストーム》こと砂漠の嵐。

たしかにかっこいいですね。




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梅雨の晴れ間に武川岳に行ってきた

一七日はカラッと晴れました。ちょっと風が強かったですけどね。でも、一〇時から、自治会の仕事が入ってたので出かけられませんでした。

一八日も、天気悪くなさそう。でも、連日、自治会の仕事が、・・・。

・・・と思ったら、午後の六時からでした。というわけで、まあ、一日とはいかないから、半日だけ、山を歩いてくることにしました。移動に時間かけられないから近場になりますが、名栗の奥まで入って、武川岳に行ってくることにしました。

夜、トイレに目が覚めた時、こっちのコースはどうかな、あっちはどうかな、なんて思ってたら、眠れなくなっちゃった。夜中の一二時、一時・・・やばい。二時・・・あれれ。そのあたりで眠りに落ちて、気がついたら四時。起きて、準備をして、ご飯を食べて、六時に車で出発。

七時ちょっとに名栗の奥の名郷に到着。駐車料金は、土日祝日は七〇〇円のところ、平日なので五〇〇円。やっぱり平日はいい。

身なりを整えて、体伸ばして、足首まわして、出発です。舗装道路を歩くこと二〇分。これがかなり急坂で疲れます。登り口で登山靴に履き直して、山に入ります。ここんところ野生動物に好かれてるので、笛を念入りに拭いて天狗岩を目指します。昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0020
(白岩方面)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0019
(西山荘への道を入っていきます)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0001 (今日最初の道標。これ以降、道標がしっかり整備されています)

天狗岩までは、終始、急な登り。四〇分ほどの我慢です。我慢の最後が、天狗岩の登り。大きな一つの岩ではなく、いくつもの大きな岩がピークに向かっての急な稜線上に露出している状態になってるんです。天狗岩に向かう稜線上も同じように岩が露出した状態なんですが、その最後に、それまで以上にハデに露出した岩場があるんです。
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0002
 (天狗岩に向かう稜線)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0003 (天狗岩下部)
天狗岩は五〇メートルほど登るでしょうか。ゆっくりと落ち着いて、しっかり踏まれているところを選択すれば、何の問題もありません。上についても、展望はありません。ただ、天狗岩の長い岩場を登ることを楽しみましょう。
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 (岩の間から木がニョキニョキ)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0006 (天狗岩上部)
今の時期みたいに葉が茂っちゃうと、今日のルートは展望は望めませんね。天狗岩を登りきったら、そのまま先に進みます。しばらくは小さな登り下りの尾根歩き。せんべいや、お菓子を食べながら、楽しく進みます。笛を吹くのも忘れずに。最後、鹿柵が現れると前武川岳への最後の急な登りです。その最後の急登の直前に、武甲山、小持、大持が樹林から覗ける場所がありました。
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0008

前武川岳からは一五分ほどで武川岳に到着です。ここの山頂は南側だけ抜けてますが、この日は湿気が多くて見晴らしがいいというところまでは行きませんでした。奥多摩の大岳山はよく見えました。冬になって葉が落ちると、北側に武甲山の姿が、木の枝の向こうに見えるんですけどね。昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0009
(前武川岳 天狗岩方面は上級者向きって書いてあるけど、女坂なら大丈夫)
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 (武川岳への鞍部 ここ、紅葉が最高なんです)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0011 (広い武川岳山頂 名栗村っていう表示がありました)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0012 (山頂から南の展望 右端が大岳山 中央奥は 大山かな)
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0013 (武川岳ラーメン もやしと餅入り)
・・・ああ、そうそう。秋の紅葉はいいですよ。今日のコースは時間の都合上、妻坂峠から帰ることになりますが、そこから大持山に登り返して、ウノタワという場所に向かうの。この世の極楽ですよ。

さて、武川岳の山頂は、土日の昼時は混雑してるんだけど、さすがに梅雨の晴れ間、平日と来てますからね。私だけです。三〇分ほどゆっくりして、武川岳ラーメンを食べ終わった頃、次の人が来ましたので、独り占めを譲って、妻坂峠に向かいました。

去年の秋にもこの道を降りましたが、急な下りですね。足を引っ掛けたりすると、ちょっと痛い目にあいそうですので、気をつけて下りました。

妻坂峠からは武甲山の頂上が見えました。私の生まれた家は、武甲山の向こう側の麓です。そう崩されちゃった方。
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0014
(妻坂峠からの武甲山)
  ここまでくると、大持山に登ってウノタワに行きたくなりましたが、この日は夜から仕事ですから、年寄りは、無理を控えます。

妻坂峠は名栗と秩父をつなぐ道。お地蔵さまは、ここで亡くなった方の成仏を祈って、名栗側に下った山中村の集落の人たちがたてたものだそうです。
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0015 

さあ、名郷に向かいます。急坂をあえぎながら登ってくる二・三人の方に道を譲り、名前を知らない花に癒やされながら下ります。三〇分ほどで赤い橋を渡り、そこからは舗装道路になりました。大持山や武川岳に連なる山の谷あいに、いくつもの谷筋から駆け下った水が集まって、やがて入間川の源流となります。昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0016

昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0017 
昼間、時間が空いたので武川岳に行ってみた_190618_0018 

道はずっと、川に沿って下っていきます。それが、すごい。これは川なのか。滝だ。滝でしょう。入間川起点から三〇分ほど、まるで滝のすぐ近くにいるかのような水音を聞きながら、車を置いた名郷のバス停に向けて歩きました。

妻坂峠から一時間一〇分で名郷につきました。

この日歩いたのは、以下のようなコース。6月18日武川岳地図




テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『まいにち冷奴』 小林まさみ

「今日、夕ご飯、なんにしようか」

そう、連れ合いに聞かれると、だいたい、「冷奴」って答えてる気がします。

夕ご飯に関しては、連れ合いは、一緒になった頃から、何かと手をかけたものを作ってくれてました。それを若い時分の私と来たら、連絡もせずに飲み歩いて、ヘロヘロになって帰ったり、帰らなかったり、行き倒れていたり・・・。思い起こせば、恥ずかしきことの数々・・・。こうなったらもう、旅に出るしかないか。

・・・その、夕ごはんに手をかけてくれている連れ合いが、「今日、夕ご飯、なんにしようか」って聞いてくるのはよくよくの事。そうなったら、“冷奴”以外になにか答えられますか?・・・答えられないでしょう。

それに、うちはネギ醤油を常備してありますから、あとは生姜でもおろして添えてくれれば、もうそれで出来上がりです。

ちなみに私、豆腐が大好きで、冷蔵庫に豆腐を切らしたことはありません。そうそう、司馬遼太郎の『花神』では、主人公の大村益次郎こと村田蔵六は、とにかく豆腐好きで、飲みに行ってもつまみは必ず冷奴だったと書かれていたような記憶があります。

この間読んだ『天才と発達障害』に、その大村益次郎が登場するんです。天才ですね、大村益次郎は。しかも、幕末という時を選んで登場してくるところがなんとも言えません。インテリ揃いの適塾で塾頭を務めるほどなのに、人とまともに交われない人物だったようですね。合理主義に徹した彼の思考回路が、日本の人付き合いに必要な、なあなあで、いい加減で、曖昧で、もこもこしたところを認めることができなかったんでしょうね。

同じ豆腐好きと言っても、私はなあなあで、いい加減で、曖昧で、もこもこした人間で、天才じゃありません。それに、大村益次郎は、「食事の代わりに、酒の肴に豆腐を食べ、寸暇を惜しんで読書してた」と、お弟子さんが言っているそうです。豆腐が好きというより、豆腐で栄養を取っていれば、わざわざ食事に時間をかける必要はないと、合理主義的な彼は考えたのかもしれません。

合理主義的に考えて冷奴を食べていたわけではない私ですが、大抵は、“ネギ醤油におろした生姜”のワンパターンです。そのワンパターンで大丈夫なのが、豆腐のすごいところでもあるんですが、この本は『まいにち冷奴』ですからね。色々な、豆腐の食い方が紹介されています。


『まいにち冷奴』    小林まさみ

成美堂出版  ¥ 1,080

王道奴、おつまみ奴、サラダ奴、おやつ奴、冷奴の可能性を引き出した珠玉の一冊
1章 王道奴
2章 おつまみ奴
3章 サラダ奴
4章 おかず奴
5章 おやつ奴

「ひややっこ」は、ひゃっこそうですね。感じにして「冷奴」を見ると、なんか違うものを見るような気がしませんか。「ひややっこ」を縮めて「やっこ」ということがありますが、これを「奴」と漢字にしてしまうと、もうムチで叩いてしまいたくなります。そう、イメージが“奴隷”に近づいてしまうんです。

上の目次に違和感を覚えた方も少なくないでしょう。“王道奴”は、王様の身の回りの世話をする奴隷でしょうか。“おつまみ奴”は、やっぱりおつまみされてしまったんでしょうか。これは、女の人ですね。“サラダ奴”は、なんていうか、ちょっと目先を変えて、外人の女の人を侍らせたと言うか。“おかず奴”、“おやつ奴”と、私の妄想の旅は、果てしなくそっちの方面をさまよい続けます。

すみませんでした。戻ってまいりました。

王道奴は、あくまでも豆腐が主役。その主役を引き立てるために、上に何を乗っけるかです。同じ、豆腐の上に乗っけて食べても、おつまみ奴は豆腐が主役とは限りません。醤油漬けの黄身、味をつけたまぐろ、サバの味噌煮缶のサバ、カレー粉をまぶしたたくあんと、上に乗ってるやつの味を楽しむ感じになるんですね。もうこれは、この本の中だけではなくて、いくらでもアイデアが生まれます。何しろ豆腐が淡白ですから、酒に合うものは、当然豆腐にも合います。

サラダ奴は、新鮮です。何も難しくありません。普通のサラダに豆腐を絡ませればいいだけです。豆腐をサラダで覆いつくしてもいい。それこそ豆腐を一丁も使えば、今日のお昼はこれでいいくらいの感じになります。《焼きなすと奴のサラダ》なんて、それこそ大村益次郎になってしまいたい。

おかず奴は、これまでに紹介したものを全部一緒にしたようなイメージ。垣根を取り払っちゃった感じ。何でもありですね。おやつ奴は、これは私はいらないや。

若い頃よく行った飲み屋で、「とりあえず腹減っちゃった」って言うと、いつも出してくれたのが“山芋豆腐”。温めた豆腐に、甘辛く味をつけた山芋をかけたもの。美味かったな~。健康的だしね。健康的でも、飲みすぎちゃうんだから関係ないんだけどね。




テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

日本在住中国人『日本の「中国人」社会』 中島恵

教員っていうのは、声のでかい人が多いんです。

そりゃ、そうなります。小さな声じゃ、仕事になりませんからね。私も、つい三ヵ月前までは担任しておりました。六月で退学やむなしとなった生徒を除いて三八人のクラスです。三八人に、一度の思うところを伝えるためには、実はそれなりの技術もあるのですが、それなりの声は必要です。まあ、あまり大きくなくてもいいのですが、小さい声じゃ困ります。うるさい生徒も、よく怒る教員もいて、学校にいれば大きな声が聞こえてくるのは、珍しいことじゃありません。

でも、家に帰ると、大きな声を聞くことは、まず、ないですね。私のところは団地自体が高齢化して、子供の泣いたり、騒いだりする声さえ聞こえません。

それが、先日二日間ほど、何度か、怒鳴る声が聞こえてきたんです。通常ではないことなので、驚きました。お向かいの家で庭の水回りの工事を頼んだようなのですが、その親方が職人を怒鳴り飛ばす声のようでした。とりあえずは、ケンカや事件ではないようでしたので、その後も怒鳴り声は聞こえましたが、気にしないようにしておりました。あとで、ちょっと買い物に出かけようと玄関を出ると、職人が掃除をしていました。職人は、黒人くんでした。「ごくろうさん」と声をかけたら、はにかんだ笑顔を返してくれました。

帰ってから、それを連れ合いにはなしたら、「ひどいんだよ。もういいから帰れ。一人で歩いて帰れって怒鳴ってたよ。あれじゃあ、駄目だよね。外国人に働いてもらわないと日本だって困るのにね」って言ってました。

そうですね。私の町では、黒人くんをよく見かけますね。

八年前まで、定時制高校に勤務していました。外国人の子も、昼間は働いて、夜は学校って子がいました。中国人、フィリピン人、ペルー人、ブラジル人あたりでしたかね。やっていいことと悪い事の区別が、日本とは違う場合が色々あって、腹の立つことも多かったですが、面白かったですよ。その頃は、黒人くんはいませんでしたね。

その時にいた、ある“中国”の子は、母親と一緒に“中国”から日本に来てました。その母親が日本人男性と結婚して、日本に来て働いているということだったんです。

その“中国”の子、出身は瀋陽なのですが、一年に一度は帰ってました。一度帰ると、なかなか日本に戻らなくて、進級や卒業が危なかったんです。それはいいとして、話を聞くと、どうも変なんです。その子は、瀋陽にいる家族の話は良くするんです。

自分にはお姉さんがいる。でも、一人っ子政策だから、お姉さんは生まれてないことになってる。家族は、なにか美味しいものがあると、まず僕にくれて、お姉さんには食べさせない。中国共産党はひどい。ひどいけど、みんなそれは言わない。

面白いでしょう。お母さんの話もします

お母さんは美人。一生懸命働いている。僕も高校を出たら日本で仕事を見つけたい。

だけど、一緒に暮らしているはずの日本人の父親、母親の夫ですね。その存在感がないのです。気まずい関係なのかと気を使ったりもしましたが、どうもそうじゃない理由で、話してはいけないことのようでした。

その頃、日本にやってくる“中国”の人は、そんな感じでしたね。


日本経済新聞出版社  ¥ 918
日本の中に、「小さな中国社会」ができていた。彼らが何を考えているのかを探る
プロローグ 日本の中国人は、高知県民とほぼ同数
第1章 なぜ、この街にばかり集まるのか
第2章 日本に持ち込まれた“コミュニティ”の構造
第3章 勉強に駆り立てられる人々
第4章 日本の教育はゆるすぎる!
第5章 日本に住むこと、その利点と難点
第6章 私たちは“違う世界”に生きている
第7章 彼らが、この国に住み続ける理由
エピローグ 黄さんが日本で送った日々


私は、日本にいる中国人を、そういう人たちという風に受け取っていました。

そういう人たちというのは、不法就労を目的とする人たちで、失踪、不法滞在を経て、犯罪に手を染めることもありうる人たちということです。事実、上記の“中国”の子は、一時、《窃盗幇助》で鑑別に入っておりました。

それが一九八〇年代から二〇〇〇年代はじめの頃の実情なんだそうです。私がその子に関わったのも、二〇〇〇年台の一桁の頃のことでしたから、そんな状況の一番終わりのあたりですね。

むろん、今でもそうした人がいなくなったわけではないが、日中の経済格差が縮まり、GDPで拮抗し、中国が日本を追い越していく過程で、中国国内の影響を強く受け、日本に住む中国人の実情は大きく変わってきた。
(本書)
ということなのです。

親のすすめで来日する富裕層の留学生。日本に留学後、そのまま銀行や商社、メーカーなどに就職して働くホワイトカラー。大学教授。シンクタンクの研究員。高度な技術を持つエンジニア。医師。看護師。行政書士。

そういう人たちが増えているらしいんです。ずいぶん変わったもんですね。

しかも、私の住む埼玉県も、多いらしいですよ。川口市です。JR京浜東北線西川口駅周辺は、もはや新興のチャイナタウンだとか。沿線二つ隣の赤羽は、都内なので家賃が高いけど、埼玉県に入るとグッと安くなるんだそうです。しかも、池袋まで電車で二〇分。

警視庁が都内の風俗店取締を強化した時、それらが西川口に引っ越してきたんですね。そのため、埼玉県警が摘発を強化したのが一〇年ほど前だそうです。それら風俗店が店を閉めて、賃料が下がったあとに入ってきたのが中華系の飲食店や雑貨店だそうです。

そこは、観光化された横浜の中華街なんかと違って、そこに住む中国人を対象にした店ですから、看板にもアヒルの首だとか、カエルだとか、ザリガニ、さなぎ、鶏の足などが並ぶそうです。実際に、店に入れば、蛇や犬肉も食べられるかもって。

日本はもはや、そういう国なんですね。そういや、定時制の時の“中国”の子、今どうしているだろう。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『自転車はここを走る』 疋田智 小林成基

古本屋をうろついていて見つけた本だから、時価は仕方がないですね。『自転車はここを走る!』っていう、なんだか“いまさら”な本ですが、馬鹿にできませんよ。

小学校四年生のときでした、担任から呼ばれて、嫌な予感ばっかりで職員室にいきました。でも、怒られたわけではありませんでした。市内の小学校の代表が集まる安全教室があるから、それに影森小学校を代表してでろいうことでした。当時、このようなことの場合、断るという選択肢はありませんでしたので、出ることになりました。

それがですね。自転車教室だったんですよ。先生から言われた時は、「なんで?」って思いました。

私、一歳から二歳にかけて、先天性の股関節脱臼でギブスをしていて、“直った”ってことになってるんですが、二人の兄たちに比べると、何でもかんでも出来るようになるのが遅かったんです。自転車に乗れるようになったのもそう。おまけに落ち着きがなくて、母親が学校に呼ばれたりしてたので、何かと自身のない子でね。

もちろん、四年生の頃には、当たり前に自転車に乗ってましたけど、とにかく人前に出るのは嫌だった。「なんで、僕?」って思ったら、ちょっとした勘違いだったんです。

担任の先生は、他の先生から強く私を推されたらしいんです。それで、おそらく、引っ込み思案な私には、いい機会になるかもしれないくらいに思ったんでしょう。じゃあ、なんで他の先生が強く私を推薦したのか。それが勘違いなんです。それは後に、その“他の先生”が私の担任になって、その理由を聞いて分かりました。

私の二人の兄、長男は頭が良くて、運動もできて、次男は勉強の方は熱心じゃないけど、とにかく運動神経がいいんです。その兄たちに何かと関わった先生だったんです。それで、あの子たちの弟なら絶対間違いないと勘違いしちゃったらしいんです。兄たちがそうだったから、そんな兄たちと比べられるのが、何よりも嫌だったっていうのに。

でも、当時の学校に、先生の言う、本来は喜ぶべきことを、断るなんて言う選択肢は、子どもにはありません。次に日から、私だけ自転車登校して、放課後学校に居残って練習です。徹底的に・・・。一週間もです。だから私、正しい自転車の乗り方が、完全に身についてしまいました。

日本の自転車運転事情は、世界最低だそうです。「自転車が左側通行だということを知らない人もいる」なんてことが、本当にありえるんでしょうか。私には、許せません。そういう人は、安全教室に出してやりましょう。


『自転車はここを走る』    疋田智 小林成基

エイ出版社  ¥ 時価

自転車で安全に走るためのガイドブック ケーススタディで学ぶ自転車はここを走る!
PHASE① ケーススタディで学ぶ 自転車はここを走る
PHASE② 知らないと損する 自転車の以外なルール
PHASE③ 自転車に乗る時のスタイル&テクニック
PHASE④ 自転車でも加害者に! 自転車保険加入ガイド


最後の転勤でやめてしまったんだけど、その前の職場では七km、さらに一つ前の職場では一三kmの距離を自転車で通っていました。最後の転勤をする頃から足の痛みがひどくなって、自転車も乗れなくなっちゃったんです。その後七年間、自転車は車庫に放置していました。退職に際して自転車を直しました。近所の自転車屋持っていって、タイヤ、チューブを変えてもらって、一万円。整備もしてもらったんで、だいぶ安くしてもらった感じです。

この本の著者の疋田さんが、トンネルを自転車で通る恐怖を語っていますが、私は橋が嫌いです。道幅に余裕のない橋、それも長い橋の場合、橋に入った時点で私より後ろにいた車は、橋を渡り終えるまで、ずっと私の自転車について走らなけりゃならないことになります。それじゃ、悪いじゃないですか。場合によっては、無理に抜きにかかって、幅寄せされたこともあります。だから、そういう時は歩道を行きます。ほとんど人が歩いていないし、人がいるようならこっちも降りて、押して歩けばいいんですから。

家の近所の道路は、歩道が無意味に広いんです。歩道を削って自転車道を整備すればいいのに。サイクルスポーツの人以外は、まず一〇〇%、歩道を走ってます。

家から大通りに出るところの信号が歩車分離信号なんですが、歩道を走ってきた自転車の人が、歩行者用信号を押して、青になると自転車に乗って、こいで渡っていきます。わけが分かりませんが、みんなそうです。

先進国中、日本の自転車事故数は、常にダントツのワーストワンだそうです。日本の自転車はクレイジーだと思われているそうです。自転車が当たり前の顔をして歩道を走っている国は、世界広しといえど日本だけだそうです。

歩道なんか、ヘラヘラしながら走ってるからでしょうね。自転車は車両なんですから、車道を緊張しながら走ればいいんですよ。そうすりゃ事故も減りますよ。同時にインフラ整備が欠かせません。

最後に一つ。歩道で歩行者にぶつけた自転車の大半は、逃げてしまうそうです。こりゃ、安全教室くらいじゃすみませんね。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































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