めんどくせぇことばかり
FC2ブログ

『信長はなぜ葬られたのか』 安部龍太郎

この間、書きましたが、戦国時代に関して、ある時期から新しい知識を拒絶していたかもしれません。それは意識的にというのではなくて、「ただ何となく」という、とてもたちの悪い状況でした。

さらに言えば、戦国時代に関する本を、小説も含めて、このところ読んでませんでした。

ある程度の知識を仕入れて、だいたい理屈が整えられた時点で、それで満足してしまったとしか思えません。興味そのものを失ってしまったような感じです。

このところ数年間、私の興味は、日本史でいえば古代に向かっていました。

その間に、戦国時代がこんなにも変わっていようとは、新しい知見で塗り替えられていようとは、思ってもみませんでした。

基本的には、キリスト教はこんなにも日本に深く、広く根付いていたのかということです。そのことに関する認識が、あまりにも足りませんでした。

信長が殺されたのは、彼や明智光秀の特別な個性に由来する突発的な事件ではなかったということです。大航海時代という、各地毎の歴史が、はじめて世界史という一つの枠でくくられた時代ならではの、じつは理にかなった、説明のできる出来事であったということなんです。



幻冬舎  ¥ 886

江戸の鎖国史観から見ていてはわからない、世界史における本能寺の変の真実
第1章 消えた信長の骨
第2章 信長の真の敵は誰か
第3章 大航海時代から本能寺の変を考える
第4章 戦国大名とキリシタン
おわりに 「リスボンへの旅」


足利義昭が京都から追放されたところで室町幕府の終わりとしていましたが、この本によれば、その後、義昭は鞆の浦に幕府を構えて、瀬戸内海から上がる利益を吸い上げて、十分に無視できない勢力を保っていたようです。

そらから、なにより、信長よりも過去の歴史の中に、信長と同じことをやろうとして変死した人物がいますよね。“同じこと”というのは、朝廷に対して上位に立とうつする行為においてです。

そして、先ほど申し上げた、私が知ることを拒絶していた戦国時代に関する新しい知見ですね。

大航海時代という新しい状況です。ヨーロッパにおいては絶対君主制の時代。それを支える経済政策が重商主義でした。ヨーロッパにおける重商主義政策の波の中で、日本も巻き込まれて、ダイナミックに経済構造を変化させていたわけです。

日本はヨーロッパ諸国から収奪されていたなんて単純な話じゃなくて、その大航海時代と重商主義経済政策の波の中で、戦国時代の日本も莫大な利益を上げていたということです。

鉄砲は国産したものの、火薬の材料となる硝石が日本にはありませんでした。それに銃身にしても、その材料は、まだ日本には作れない部分があったそうです。おりから、ポトシ銀山の銀が出回るまでは、石見銀山の銀が世界の需要を満たしていたっていうんだから、取引はまともに行われてるわけです。

そんな中、スペインがポルトガルを併合して、スペインは日の沈むことのない帝国となります。ヨーロッパの窓口として、ポルトガルと関係を築いてきた信長は、スペインとの外交を決裂させてしまうんですね。

鉄砲を必要とする戦国時代です。困る人たちはたくさんいます。

さらに、それは貿易による日本側の利益を危うくさせることを意味していたわけです。

加えて、信長による決裂の宣言は、国内のキリシタンをすべて敵に回すことにもなりかねないわけです。

天下取りまであと一歩というところまで漕ぎつけていた信長は、じつは危ういまでに孤立を深めていたわけです。

まったく驚きです。

これだけに十分驚きなのに、さらにその先の話があるんですね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『朝に効くスープ 夜に効くスープ』 浜内千波

スープという呼び名になじみがありません。この際、汁物と呼んでもよろしいでしょうか。

もし、汁物と呼んでよろしければ、私が最上とするものは、なすとみょうがのみそ汁、あるいは、みょうがと卵のお澄ましです。どちらもみょうがの入ったものですね。たまたま・・・です。

初夏を迎えるころ、早くもスーパーにナスやみょうがが並び始めます。なにを意識したわけでもなくナスとみょうがのみそ汁を作って、それをよそった塗りの椀を口元に運んだ時、早くも歓喜の予感が漂います。さらに口をつけて汁をすすった瞬間、・・・もはや身体が震える感動です。

幼い頃、自分が生まれた家で、父母、祖父母、兄弟たちと卓を囲んだ日々、あるいは、連れ合いと向かい合わせてご飯を食べた新婚のころが走馬灯のように脳裏を走り抜けます。

いつもいつも、毎年毎年、自分が幸せに生きてこられたことを、再確認できる瞬間です。

さてこの本は、スープの本。スープの本って言ったって、ただのスープの本じゃありません。なにしろ、浜内千波先生の本ですからね。最近はまるで、慈悲に溢れた弥勒菩薩、それもモナリザの微笑みを思わせる中宮寺の半跏思惟像のよう。

御利益? 御利益なんか思っちゃいけません。「自分に何ができるか」です。世のため、人のためを思いつつ、慈愛に満ちたスープをいただきましょう。



日本文芸社  ¥ 1,296

冷え性、便秘、デトックス、アンチエイジング、ダイエットサポートにスープがおすすめ
1 クイックスープ 朝だからこそ、お湯を注ぐだけ
2 目覚めのスープ 朝からカラダを思いやる
3 夜スープ 健康スープ
4 ベースの野菜スープ+αスープ 夜のスープは手間をかけない
5 続けるスープ カラダを変える


浜内先生の前でわがままは許されまでんから、私もスープという言い方を受け入れ、精進したいと思います。

さて、スープの良さは、具材を選ばず、栄養を逃さないところにありますが、やっぱり日頃の食生活を考えれば、野菜をたくさん撮りたいですよね。そう考えたとき、スープは野菜をたくさん取るのに適しています。野菜をスープで一杯食べて、その分ごはんややパンを抑えられれば一石二鳥ですね。私はごはんも一杯食べますけど・・・。

ミネラル、脂溶性ビタミン、食物繊維は熱に強いので、加熱しても体に吸収できます。ビタミンB1、ビタミンCは水に溶けだすけど、スープごと飲めば吸収できます。緑黄色野菜のβカロチンは最初に炒めておくと吸収率がアップします。

大根やカブ、長芋、なす、きゅうりなんかは、生の方がいいみたいですね。

それから、野菜は冷凍しても、栄養成分は影響を受けないそうです。解凍したときに水分と一緒に成分も流れてしまうそうなので、やっぱりスープに合いそうです。きのこ類は、解凍時に細胞組織が壊れて、うまみが出やすくなるという効果もあるそうです。

大根やナスのみそ汁が好きなんで、加熱すると効果が薄れるっていうのはショックですが、あのうまさは私の癒しです。

ああ、スープの中にマカロニを放り込んでおけば、そのままご飯になりますね。山で朝ごはんの時にいいですね。

《4 ベースの野菜スープ+αスープ 夜のスープは手間をかけない》はいいですよ。これを知っておいただけで、いろいろな使いまわしが考えられます。ベースになる野菜スープを作ってストックしておいて、それにいろいろな都合で+αしていくだけ。つまり、みそ汁にしてもいいわけですね。

肉を入れたり、鮭を入れたり、アサリを入れたり、キノコを入れたり、パスタ入れたり、ご飯を入れたり、パンを入れたり、・・・。何でもできますね。

ちょうど、みそ汁で野菜をたくさん食べる計画を進めていたところでもあり、この本を読んで、みそ汁でもいいけどスープでもいいことがよく分かりました。スープにするという選択肢を持っていれば、もっと、野菜の摂取が楽になりますね。

そういえば、今朝のみそ汁はなにを入れてたんだったでしょうか。・・・思い出せない。・・・みょうがの喰いすぎでしょうか。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

平成『昭和歌謡は終わらない』 近藤勝重

著者の近藤勝重さんは、ラジオの番組で、なかにし礼さんとご一緒したことがあるんだそうです。以下は、その時にきいた、なかにし礼さんの昭和観です。
昭和に生まれて、昭和という時代にひろわれ、また昭和という時代の発展とともに僕の人生も花開いた。そして昭和の終わりに芸能界を代表する石原裕次郎、美空ひばりという大スターも終焉を迎え、芸能も変わりました。昭和という時代への怒り、口惜しさ、愛情というか恋心もあったが、平成に移ってからはファイトもなくなりました。
・・・
昭和の時代に復興がある。衰退して発展した。そこにドラマ性があるのですが、平成はなにもない。慕うべき影も薄い。
 
本書p54

私が昭和の終わりを迎えたのは29歳でした。わけの分からない青年の時期の終盤にあって、ようやく先が見え始めたばかり。まだ、何らかの時代を生きたなんて到底言えない段階です。ファイトを失っている場合じゃありません。もしも、あと30年昭和が続けば、私もそう思えたかもしれません。

私は、仕事がら、高校くらいの若い人たちのの付き合いが多いのですが、先日、多くの若い人たちと話をする機会がありました。その時、言ってやったんです。

「来年の4月30日で平成が終わる。その次の日から元号が変わって、君たちは前の時代の人になるんだよ」さらに加えて、「君たちは昭和世代の私たちを、“前の時代の人”扱いしてきたろう。今度は君たちが、さらに新しい時代の人たちから“前の時代の人”扱いされるんだよ」って。

あてずっぽうに言ってみたのですが、彼らには本当に、昭和生まれを“前の時代の人”扱いしていた自覚があったらしく、この一言に、割と大きな動揺が広がりました。まあ、20歳前に“前の時代の人”になる彼らが、多少哀れではありますが。



幻冬舎  ¥ 1,296

昭和歌謡ブームの理由とは?社会派ジャーナリストが改めて問う「時代と歌」
1 男と女の起承転結……
2 ザ・昭和の愛人ソング
3 今に生きる女の強さ 昔に生きる男の弱さ
4 二人のカリスマ なかにし礼&阿久悠
5 追想「別れの一本杉」
6 汽車の別れ
7 政治の季節― ラブ&ピース
8 吉田拓郎とフォーク歌謡
9 歌う大スターひばり、裕次郎、そして健さん
10 逢いたいなあ ちあきなおみ、 サブちゃん いつまでも
11 歌も「東京」一極
12 百恵―聖子―明菜
13 ジュリーがいた!
14 昭和歌謡と歌詞の力
15 阿久悠とAI
16 「人生いろいろ」―歌謡曲と島倉千代子
17 星空の歌 坂本九、荒木一郎
18 詞とテレサ・テン、桑田圭祐、五木ひろし
 
29歳で昭和が終わったというのも、よく考えてみれば厄介な話です。

そう思いませんか。なにしろ、人間形成は昭和の時代ですから、どっぷり昭和人なんです。その昭和人がまるまる30年間、平成という社会を背負って立ってきたわけです。

・・・誤解しないでくださいね。私が背負ってたわけじゃありませんよ。私と同世代の人たちは、そうして頑張ってきたということです。平成の30年間を背負ってきたのは、1950年代、60年代あたりの人たちなんですね。団塊からそれ以降って感じなんですが、言わば、戦後昭和歌謡世代ですね。

私が世代を代表できるなんて自負は到底ありませんが、自分で背負っておきながら、私はこの時代が気に食わないわけです。なんせ、私たちを育てたのは戦前、戦中を知っている人たちですからね。団塊はそれに反発して見せたりしてますが、彼らだって実は、戦前・戦中を知ってる人たちに飯を食わせてもらって大人になったわけです。

背負ってきておいて、こういう言い方もなんなんですが、やはり気に食いません。私はこの荷物を降ろします。ちょっと早いんですが、降ろすことに決めました。

人のせいにするわけではありません。ただ、私は平成になっても、自分のやるべきことをやるだけだと思てました。なにも変わらないと・・・。

歌っていうのは、一番変化が現われやすい分野やなんですね。流行りの曲を、まったく聞く気にならなくなりました。すっかり別物です。気に入りませんでした。じきに、いろいろなものに違和感を覚えるようになりました。

でも、間違ってるのは私の方なんです。それははっきりしています。昭和の腹で平成を支えていこうというのは、他からすれば、迷惑な話に違いありませんからね。だから、自分が下りるしかないんですね。

・・・なかにし礼さんは、その時51歳か。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

見殺し『信長はなぜ葬られたのか』 安部龍太郎

私の“織田信長”は、『国盗り物語』によって構築されたものなんです。つまり、司馬遼太郎さんによって。

面白かったな~。

小学校のころに学校の図書室にあった伝記モノを読み漁ったのが歴史好きの始まりだったでしょうか。そうですね。中学校までの間は、読書対象は学校の図書館にある本と、家においてある本でした。国盗り物語は、家においてあった本でした。中学生のころだと思うんですが、大河ドラマでやってましたよね。おそらくその時に、父か祖父あたりが読んだものだと思うんですが、私も大河ドラマを見ていて、その途中で読んじゃいました。

その中では、よく覚えているわけではありませんが、信長の非情な部分に次第に絶望してことに及ぶということだったでしょうか。

安国寺恵瓊が言ったという《高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候》という言葉のように、なんとなくそんな結末が将来に待ち受けているかのような予感は、実際に広く共通したものとしてあったわけです。

そしてそれは、ただ単なる予感ではなく、背景にうごめく力を察知していたからこその予感だったんでしょうね。その“察知”があったか、あるいはなかったかで、大きな違いになりますね。

この本の著者の安部龍太郎さんは、早くからそれを察知して、先駆けて信長を描いていたんだそうです。なにしろ、“うごめく力”の張本人、近衛前久を主人公にして書いていたっていうんですから。それが今から20年ほど前のことだっていうんですから、ずいぶん前ですね。

さらに、その方向性のまま、『信長燃ゆ』を書いたんだそうです。新解釈を打ち出したにもかかわらず、評価もそれほど高くなかったそうです。

・・・読んでません。読んだとしても、おそらく頭の中に出来上がっている信長像が邪魔をして、楽しく読めたかどうか。



幻冬舎  ¥ 886

江戸の鎖国史観から見ていてはわからない、世界史における本能寺の変の真実
第1章 消えた信長の骨
第2章 信長の真の敵は誰か
第3章 大航海時代から本能寺の変を考える
第4章 戦国大名とキリシタン
おわりに 「リスボンへの旅」

私のような、歴史が好きとは言ってもただの素人に過ぎない者にしてみれば、今と異なる時代を理解するということは、一苦労なり二苦労なりが必要なところです。そうは言っても古文書が読めるわけでもなし、どこにどんな資料が保存されているかアプローチすることもままならないわけですから、その時代について、いろいろな人が書いた本を読ませてもらうしかないわけです。

たとえばこの本は、安倍竜太郎さんという作家さんが書いたものですが、それなりの立派な**十年来の研究成果ですよね。もちろんこういう本ばかりじゃなくて、物語も読ませてもらいます。物語は強いですよね。面白おかしく頭に入ってきますからね。

ただ、それが空想歴史活劇であるならば、面白おかしく読んで終わりです。そのあたり、司馬遼太郎さんの本は格別です。小説とは言っても歴史を正面から取り上げて、地理、歴史、社会といった司馬遼太郎さんの総合的な知識と見識をもとに、その時代を読者の前に再現してくれます。

それはまるで、鳥瞰図を見ているかのように、立体的にその場所を描きあげ、さらにそれを拡大して、その場所に人物を躍動させてくれます。読後には、たしかにそうであるに違いないと読者に思わせてしまう魔力のようなものが感じられるのです。

そのようにして、私の頭の中には『国盗り物語』の世界が刷り込まれてしまっているわけです。信長の死の知らせを受けた秀吉は、一瞬自分の生涯の恩人の死を受け入れられず思考を停止させ、次の瞬間頭を抱えて泣きわめくのです。その傍らに、「今こそ」とばかりに黒田官兵衛が・・・。

その秀吉が知っていたなんて、知っていた信長を見殺しにしたなんて・・・。

古くからの司馬小説ファンは自分の生涯の恩人の死に思考を停止させ、次の瞬間・・・





にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『源氏物語を反体制文学として読んでみる』 三田誠広

この間、この本のことを書こうと思っていたら、ついつい思い出話で終わってしまいました。あらためて、題名でもある『源氏物語を反体制文学として読んでみる』という観点から、この本について書きたいと思います。・・・なんて、大したことでもないんですけどね。

才気にあふれていたという源高明が安和の変で失脚した安和2年っていうのは、西暦で言えば969年。その時の太政大臣の藤原実頼は、道長のおじいちゃんの世代です。しかも道長は、失脚した高明の娘、明子のところに通っていて子まで成しているんですから、その周辺では、ついこの間のことって感覚でしょう。

その道長が婿入したのは左大臣源雅信の娘の倫子で、高明に関係した人々もたくさんいて、そこに紫式部も出入りしていたっていうんですから、お話はその人たちを喜ばせる話になるのが当たり前だったってことですね。もちろん道長ともそこで出会い、その才能を見出されていたわけでしょう。

道長が左大臣源雅信のところに婿入したっていうのは、兼家の四番目の男子ですからね。権力を握ることなんかより、そこそこの地位を得て生きていくことが問題だったわけのようです。

のちに定子のところに通ってばかりの一条天皇を、道長の娘の彰子のもとに呼び寄せる切り札として、紫式部が彰子のところに上がることになります。そのときだって、道長の最大の関心事は一条天皇を彰子のところに通わせることで、そのためには何より物語が面白い必要があったわけでしょう。

本当は、かつて失脚して表舞台から去った源高明のような存在があるからこそ、その完全に対照的存在である光源氏が、その名の通り光り輝くわけです。それを“光藤原”にでもしたら、それこそ鼻についてしょうがないですよね。誰も読みません。



集英社新書  ¥ 886

紫式部が時代をどう感じ、またどのようなモチベーションで物語を綴ったのか
第一章  紫式部と『源氏物語』
第二章  源氏一族の悲劇
第三章  摂関家の権威と専横
第四章  紫式部の出自と青春時代
第五章  紫式部の恋と野望
第六章  摂関政治の終焉


藤原道長は紫式部のパトロンでした。その道長が紫式部に、光源氏が活躍する『源氏物語』を書かせたのは、藤原氏のせいで失脚していった貴族源氏をはじめとする各氏族の怨霊を鎮魂するためであるって、たしか井沢元彦さんが書いていました。

この本を読んで、道長も紫式部も、この『源氏物語』に対して、そこまでの意識を持っていたわけではないってことは分かりました。ただ、紫式部が源雅信の屋敷で、源氏に関わる女房たちを喜ばせるところからこの話が始まっていたことは事実のようで、それはある意味で、源氏の恨みを和らげることであったとも言えると思います。

藤原北家の者にしてみれば、藤原氏が敵役となることにはそれなりの感情もあったでしょう。ですが、自分の家が他氏を卑劣に排斥することで今の地位があることは事実ですからね。『源氏物語』に目くじらを立てるよりも、それによってなんとなく藤原北家への恨みのガス抜きが出来れば安いものっていう感じもあったんじゃないでしょうか。もちろん、道長にしても、・・・です。

“文学”っていうものの性格が、・・・性格っていうか、その当時の人たちの“文学”ってものに関する認識が、おそらく反体制的なものだったんじゃないでしょうか。

この本の中では、『竹取物語』と『伊勢物語』が取り上げられています。更にもっと古く、『万葉集』もそうですよね。《文字で思いを伝える》って、とっても新しいものだったでしょう。新たに手に入れた手法は、彼らによって、敗れ去った者たちの慰霊のために使われたんじゃないでしょうか。

そういう思いを忍ばせることが、日本人の琴線に触れるのかもしれないですね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

大霧山-定峰峠-堂平山-笠山

「また、今週も、週末の天気は駄目か~」って思ってたら、金曜日になって予報が変わって、どうやら土曜日の天気は良くなりそう。

急きょ、どこに行こうか考えて、また奥多摩に行こうかと思ったら、南の方が、天気が良くないみたいなんです。そんな事を考えてたら、ああでもない、こうでもないと、なんにも決まりません。準備だけはしましたが、夜になっても、優柔不断の私は決められません。

朝、早出する準備だけして、決められずに寝ました。

朝、布団の中で目を覚まして、東秩父の“ヤマメの里公園駐車場”に車を置かせてもらって、東秩父を囲む山を巡ってくることに決めました。・・・特に深い意味はありません。東秩父周遊地図
PA130017.jpg
ここは皆谷ってところにある《ヤマメの里公園駐車場》ってところ。20台位は置けます。よく使わせてもらってます。東秩父は、奥の方に行くと、大内川と槻川がぶつかる落合っていうところがあって、そこを槻川の方に入っていきます。そのどん詰まりを登ったところが白石峠です。皆谷はその手前にあって、この駐車場から、西の山に登ります。

PA130018.jpg 
粥仁田峠までは小1時間。全部、舗装された道を歩きます。その途中に見える集落です。

PA130020.jpg 
 PA130021.jpg
ようやく粥仁田峠につきました。デエダラボッチが粥を炊いて食べたところです。おかゆを食べたらお釜を伏せたのが釜伏峠で、箸を刺して立てたところが二本木峠ですね。ここから大霧山を目指します。

PA130022.jpg
残念なお知らせなんですが、結局、この日は曇りでした。天気予報はまた外れです。でも、大霧山についた8時ころは、山がよく見えました。
PA130024.jpg 
両神山
PA130023.jpg 
左に両神山、右は浅間山です。
PA130030.jpg  
浅間山。手前は雲海のようですね。
PA130028.jpg 
秩父の街です。真ん中あたりに秩父橋が見えます。生まれた家は影森ってところでもっと左手の山際ですね。1年半前にここに来たときには、残念ながら何も見えなかったんでした。ああ、それがあったんですね。“深い意味もなく”ここに決めたんじゃなくて、この景色を見るために、私はここを選んだようです。そんな私の気持ちを私自身がわかってないんですから、まったく呆れてしまいます。

PA130031.jpg
両神山の左手奥は、方角から言って八ヶ岳だと思います。左側が赤岳かな。
PA130032.jpg 
大霧山を少し下ったところ。高原牧場の牧草地かな。その向こうに笠山と堂平山。その形に、ついつい、・・・思い出してしまいます。

PA130033.jpg 
定峰峠まで下りてきました。ちょっと色づいてますね。バイクの人たちが東秩父側から秩父側に抜けていきます。次に多いのが自転車の人。山歩きは私一人。ちょっと肩身狭いです。

ここから登り返しです。

PA130034.jpg PA130035.jpg PA130036.jpg
木々の切れ間があると、東側に笠山、堂平が見えます。こちらの尾根と向こう側の尾根は、ちょうど馬の蹄のようにつながっていて、私は数時間後にあそこを歩きます。

PA130037.jpg 
まもなく白岩峠というところまで来ました。ときどき、特別色づいた木に出くわします。それはあくまで特別で、本格的には、あと一ヶ月でしょうね。ここから、白石峠を経て、東側の尾根に回ります。

PA130038.jpg 
白石峠でなんか食べようと思ってたんですが、峠は自転車の人たちの集まる場所になってるみたいで、ワゴン車の売店まで出てました。音楽までかけていて、嫌な気分になりそうなので、そのまま通過しました。

堂平の天文台でお昼にしました。朝、大霧山から見えた両神や浅間は、ここでは見えませんでした。長袖一枚では、寒くて一枚着込みました。先週とは完全に風が変わりました。

PA130041.jpg 
堂平山の開けた芝生の広がるところから、歩いてきた電波塔越しに、向こうは武甲山かな。武甲山をみると、どんな状況でも反応してしまう。

その後の急な下りのところで、岩を蹴散らす不気味な音に振り返ると、自転車で降りてくる**が居る。下に私が歩いてることなんかお構いなし。この道の入口に、道路工事で使う作が出してあったのは、こういう人がいるからですね。やだなぁ。この人はそれさえ無視ですけど。

そういう練習が必要な人かもしれないけど、登山者に混じっての練習は・・・ちょっとね。

PA130042.jpg 
笠山に到着。笠山神社です。

PA130043.jpg 
笠山からの下りは1時間20分位でした。ようやく車が見えてきました。

朝6時に歩き始めて、車に戻ったのが午後1時半。7時間半か。よく歩いたもんです。1年半前、手術から半年後に同じコースを歩いているんですが、あのときは、駐車場に戻ったのは3時ころでした。今回は、あえて荷物も増やして歩いてみましたが、当然だけど、あの頃よりも強くなってます。バランスもだいぶ良くなっています。

間に十分過ぎる雨が降っていたんで、よく滑りました。調子に乗りすぎるのと、不注意なのは直さないとね。大霧山からの下り、定峰峠からの下り、笠山からの下りと、三回も滑って転んでしまいました。前の二度は尻もち程度ですが、最後はちょっと痛かった。ついつい、時間を稼ごうとスピードあげちゃうんですね。

股関節を脱臼したらそれまでですから、こんなことじゃいけませんね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

三田誠広『源氏物語を反体制文学として読んでみる』

私は以前から、誰が書いた本なのかってことに、あんまり頓着しないんです。そりゃ、限度の問題で、好きな作家さんはいますよ。その人の本を追いかけることもあります。でもそれは、趣味とか主義主張とか性的嗜好であるとか、特別ハマったケースに限られます。

そういう意味では、本書の著者の三田誠広さんは、正直ハマった方ではありません。ですが、この方ほど思いでに残る方もいないんです。

今の仕事についたばかりの若い頃、私が担当になった40人ちょっとの私よりもさらに若い人たちと一緒に8mm映画を作ったことがあるんです。

その8mmのフィルムも今はどこにあるのか分かりません。だけど、その映画を作ったってことは、今でも私と彼らをつなぐ共通の思い出なんですね。

30年も前のことで、内容もしっかり覚えているわけではありませんが、学園モノでした。その学園モノの筋立てを考える時に、三田誠広さんの『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』を参考にしたんです。

うん、少し思い出しました。この『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』と、映画の『アメリカン・グラフィティ』と『アニマル・ハウス』をまぜこぜにしたようなストーリーの映画でした。

全編アフレコだったんですが、最後は男女20人位が私のアパートに泊まり込んで編集してね。あの中から二組の夫婦が生まれているんですが、私のおかげですね。

ただ、二組の片方の夫婦の“夫”の方は、死んじゃったんですけどね。



集英社新書  ¥ 886

紫式部が時代をどう感じ、またどのようなモチベーションで物語を綴ったのか
第一章  紫式部と『源氏物語』
第二章  源氏一族の悲劇
第三章  摂関家の権威と専横
第四章  紫式部の出自と青春時代
第五章  紫式部の恋と野望
第六章  摂関政治の終焉


『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』を映画の参考に取り上げたのは、三田誠広さんがその前に書いて芥川賞をとった『僕って何』の影響かなぁ。“青春”って、もうその時でも正面から相手にするにはいかにも青っくさい言葉になってましたけど、だけど、未熟者の大騒ぎの映画にしたかったんです。


三田誠広さんの本を読んだのは、それっきりでした。『僕って何』が、『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』を読むきっかけでした。『僕って何』を読んだのは、たまたまでした。

たまたまですが、三田誠広さんの作品は、その時の私の趣味とか主義主張とか性的嗜好であるとかと沿うところがございませんでした。それから、もう、30年以上もご無沙汰だったんですね。

実は、この『源氏物語を反体制文学として読んでみる』を購入したときも、作者の名前なんか見てませんでした。いやいや、見ていないことはなかったでしょうが、全く頭に入ってきていませんでした。

読み終えて、本をちゃぶ台に投げ出して、「ふう」って一息ついて表紙を見ていたら、今度は題名ではなくて、著者の名前に目が止まったしまったんです。

「あれ~? 三田誠広って誰だっけ。なんだか、以前、読んだような」なんて、失礼なことを、ボーッと考えていたら、ガツンと思いだしたわけです。どこからか、「ぼーっと生きてんじゃねーよ!」ってチコちゃんの声まで聞こえてきました。

その後は、三田誠広さん、けっこう歴史に題材を取った本を多く書かれてるんですね。今こそ、私にとっては、三田誠広さんの本の読み頃でしょうか。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『武士の日本語』 野火迅

“俗塵を払う”かあ。

いい言葉ですねぇ。俗塵ていうのは、「俗世のわずらわしいことの一切」ということですね。私なんか、それこそ俗塵にまみれて生きてきましたからね。私の仕事は若い人を相手にする機会が多いんです。よく言われるんですが、若い人は欲得にまみれていないから、つまりは俗塵にまみれてないからいいと。そういう若い人を相手に仕事ができていいねってことなんですね。

私はそうは思いません。誰だって、欲得にまみれます。多かれ少なかれ、そういったものと無関係でいられる人はいません。若い人でもおんなじです。ただ露骨なものに出会っていないだけ。

だけど、若い人は未熟だから、そういうものとの付き合い方が分かりません。距離の取り方を学んで大人になるのであって、若い人は露骨に求めすぎたり、逆に遠ざけすぎたりします。ときには目を覆いたくなることもあるんです。

だから私も、俗塵を払いに山に登るのかな。

“俗塵を払う”なんて、今でも使えますね。しかも、とってもかっこいい。

この本、けっこうおもしろい。ちょっとした暇つぶしにでもなればと思って買ったんだけど、思いの外面白い本でした。けっこう、今でも使える武士言葉ってのがあるんですね。
これは私が、私よりも三つ年下の同僚に聞いた話。採用試験における面接に関わる話で、私の時にはなかった集団面接なるものが導入されたんだそうです。今は、何かと事前の教育が行き届いて、何度も練習を重ねた上で本番に臨む学生が多いですが、そんな風潮が始まる前の話。

6・7人が一つのテーマで話を進めていくらしいんですが、中に緊張という暗い影に覆いつくされたような学生がいたらしいんです。まずは、自己紹介を回している段階から、自分の名前までつっかえつっかえで、まわりがドキドキしてしまうような感じ。・・・すると、

「私は**からま・まい・参りました****で、・・・」で、止まったんだそうです。

そこは、「****で」ではなく、「****と」だろう。「****と申します」と続けるところだろうと、若き日の私の後輩は心配しながら、その学生が「****と申します」と言い直すのを待ったんだそうです

ところが彼は、「****で」から、無理やり、強引に中央突破を図ったんだそうです。

「****で、・・・ご・ご・ござる」

「ござる~! ござるだと~!」(若き日の私の荒廃の心の声)
「おまえ、いったいどの時代から来たんだ~!」(若き日の私の荒廃の心の声)

採用試験に合格した私の後輩は、その後、二度とその“ござる”君を目にしたことはなかったそうです。


『武士の日本語』    野火迅

朝日文庫  ¥ 713

武士ならではの言葉から、武家の作法や、剣技の躍動感、江戸風景がよみがえる
第1章 武士の決まり文句
第2章 春夏秋冬が薫る言葉
第3章 武家社会の言葉(1)切腹という「しきたり」
第4章 武家社会の言葉(2)敵討という「義務」
第5章 剣術の醍醐味を伝える言葉
第6章 行動・しぐさを表す言葉
第7章 人物を評する言葉
第8章 酒と色を語る言葉
第9章 傑作古典から掘り出す、文化遺産的な武士語


さすがに、「ござる」は使えませんね。

だけど、目下の者に対しては、《大儀である》なんてのは、親愛の情として、面白おかしく受け取ってもらえるんじゃないでしょうか。下の者に対してなら、《ちょこざいな!》なんてのもいいですね。

「ちょこざいな小僧め。名を、名を名のれ」「赤胴鈴之助だー」ってね。

色っぽい言葉なら、《肉置き》なんてのがいい。いかにも脂ののった、抱き心地のよさそうな女の肌を連想させる。色っぽい言葉では、完全に今の世の中はかないませんね。

《枕を並べる》、《枕を重ねる》、《枕を直す》、《枕を濡らす》。言ってるのは枕だけど、想像させますよね。その情景を・・・。

女をものにすることを、《手折る》と表現したんですね。目当ての女を、多少強引ではあっても自分のものにすること。これは今の時代に似つかわしくはないですか。なにしろ女は、男に手折られなくても生きていけますからね。手折られた女は、その男の庇護に入るわけです。もちろん、女には手折られるにふさわしい美貌が求められます。

この本にはありませんが、ほぼ同じ状況を《花を散らす》とあらわすことがあります。《咲いた桜になぜ駒つなぐ 駒が勇めば花が散る》というのは都都逸だったでしょうか。

表現が豊かですね。男と女の世界も、昔の方が豊かだったのかもしれませんね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『今こそ学ぼう 地理の基本』 長谷川直子

どうも変だと思ったんです。

気がついたら、山川出版社の本でした。私にとって山川出版といえば、あの面白くもなんともない『詳説世界史』です。何度か書いてますが、子どもの頃から本を読むことによって歴史好きとなった私は、高校に入って、一気に歴史嫌いになりました。すべて、山川出版社のおかげです。

でも、嫌いなのは教科書の歴史です。大学入試は世界史を選択しました。国語と英語と世界史の3科目で受験したんですが、勉強したのは世界史だけでした。本好きの私は、国語はなんにもやらなくても標準以上、英語はからっきしで、その分、世界史で点を取るんです。山川の教科書を読んでいると嫌になるので、チャート式世界史を頭に詰め込みました。

そんな山川出版社の本でした。しかも、なんだか、高校の勉強っぽい感じ。どうやら、高校の地理の先生が読むような内容ですね。「こうやったら生徒が興味持つよ」とか、「地理の先生はこうあるべき」とかって話が出てきます。

「ええ~?」って、最初は思わないでもなかったんですけど、学校の勉強の“地理”を前提にしているからそうなるんであって、地理は面白いし、ある意味で総合学問みたいなところがありますよね。歴史と並んで、地政学的思考には絶対に必要なものです。つまり、地政学的思考をしていくためには、歴史だけでは不完全であるし、地理だけでも不完全なわけです。

歴史という科目を勉強するだけ、地理という科目を勉強するだけでは、決して達することが出来ないんです。

だから、本来必要なことを勉強すべきなのであって、必要なことは、地理とか歴史とかに分けなくてもいいんだと思うんです。もちろん、その他の知識、たとえば理系科目の知識が必要なこともあるなら、それも含めて勉強すべきなんだと思います。

とりあえず、御託を並べるのはこのくらいにしておきます。

私はやっぱり、“地図”が好き。



山川出版社  ¥ 1,944

高校地理の一般の読者でもわかるよう、イラストを多用した地理の入門書
第1章 地理を学ぶとは
第2章 自然環境の仕組みを理解する
第3章 自然環境と人間生活との関わりを理解する
第4章 地球を測り表現する
第5章 地図を使って世界を分析する
第6章 地理を学ぶ・教える


今や、地図もGPSの時代ですね。

私も使ってますよ。山に行って、道が薄かったりなかったりするような所に踏み入れるときは、ガーミン使います。雪山にも必須ですね。山と渓谷地図にもスマホ版があるし、ヤマップでルートを残す人も多いです。

かつては、メモを付けたもんです。[河童橋0:00ー0:00明神館0:00ー0:00徳沢園]とかってね。高校山岳部で山を始めると、そういう細かいことを習慣づけられちゃうんですよね。けっこう厳しい上下関係の中で、押し付けられて習慣化したので、今になればよかったってことになるんですが、そんなこと、今ではどうでもいいんですね。みんな、スマホで自動的にできますから。

もちろん紙ベースでも地図を使ってます。国土地理院の二万五千図、山と高原地図、登山詳細図を使ってますけど、地図を見始めると時間を忘れちゃうんですよ。

地理情報分析システムっていうのもすごいですね。この本の中でもいろいろ紹介されています。RESASとか、MANDARAとか。行政に関わる人にとっては、これは必須ですね。これらのシステムで、ここまで誰もが行政側と同じ情報に接することができるようになると、ごまかしは効きませんね。

それから、これらは遊べます。RESASなんか、なんの知識も持たなくても使えます。とりあえず、開いてみると面白いです。

私が好きなのは、カシミール3Dです。二万五千図も見られるし、それを鳥瞰図にして表示することも出来ます。山の高低差を理屈じゃなくて、見た目の直感で理解することが出来ます。なにより、面白い。

ただし、夢中になると、一日があっという間に終わってしまいますので、ご注意下さい。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『アマテラスの二つの墓』 戸矢学

伊勢とは「祟り神が封印された地の果て」

アマテラスに由来する場所に神社を建てるなら、・・・確かに高天原がふさわしいですね。では、高天原はどこでしょうか。天上世界ですよね。天上世界というのはどこでしょうか。天国?

戸矢学さんは、長江下流の江南のどこかである可能性が高いと言っています。

“中国”の春秋時代に、春秋の五覇と呼ばれる地域勢力がありました。斉、晋、楚、呉、越の五つです。呉の国は海人族の国であったと言います。人々には文身、つまり入れ墨の習俗があったそうです。また、水に入った時に害をなさないように、神を短くしていたそうです。

魏志倭人伝に、「(邪馬台国は)男は大小となく、皆黥面文身す」とあります。

呉は、七代の夫差のとき、越王勾践によって滅亡しています。時に、西暦紀元前473年ですね。

なんて夢を広げておりますが、著者の戸谷さんの歴史推理は、そんなに単純じゃありません。それこそ、戸谷さんの精緻な推理に、興味はそそられるものの、その精緻さになれるまでは、正直なところ、読むのが苦痛の時間が続きました。ただし、そこで諦めないで下さい。慣れて来せすれば、その先に、至福の時間が広がります。

前提としては、アマテラスを実在の人物と捉えることです。実在のアマテラスがいて、そこから日本の歴史が始まっているということを前提にして、この歴史推理が始まっています。

その上で、大きな鍵となるのが、宇佐神宮と伊勢神宮。それが、『アマテラスの二つの墓』という題名につながってきます。一つはその遺骸が葬られた墓、もう一つは霊位が祀られた墓。この二つの墓の謎を解くのが、日本の過去を解き明かすことにつながります。



河出書房新社  ¥ 1,998

宇佐と伊勢の神宮両方に祀られるアマテラス。遺骸は宇佐に、霊位は伊勢に
第1部 宇佐篇
第一章 比売大神の本名とは―神名が示す女神の素顔
第二章 「よこしま」な国に「卑しき」女王!?―古代日本の固有名詞を解く
第三章 宇佐神宮は最古級の前方後円墳―神道と道教の融合
第四章 日本の建国は宇佐から―天皇家のルーツを知る
第五章 南方からやってきたアマテラス―建国は太陽王とともに
第2部 伊勢篇
第六章 「よみがえり」「むすひ」となるアマテラス―縄文と弥生の結節点
第七章 天皇に祟りをなした八咫鏡―三種の神器筆頭の秘密
第八章 「天照」は飛鳥以後の新造語―隠された大和言葉
第九章 伊勢神宮は太陽信仰ではない―内宮を目隠しするアサマ山
第十章 伊勢は地の果て―埋葬される心御柱


長江下流域の江南地方から日本列島に渡った者たちがいたのは、お米の研究からも間違いないことのようですよね。

《震旦国陳大王の娘・大比留女が処女懐胎して八幡王子を生み、船で大隅に渡来した》・・・これは鹿児島神宮に伝わる八幡神/オオヒルメに関する伝承だそうです。

まったく、すごい伝承があるもんですね。“オオヒルメ”って、アマテラスの別名でしょう。震旦っていうのは“中国”の古い呼び名で、インドでそういう名称が使われたんですよね。アマテラスは“中国”からって話のつながりです。どうやら、紀元前2世紀頃に・・・。

この本の中では、この伝承と、魏志倭人伝に現される黥面文身の人々と呉の国の海人共通性を関連付けていくんですね。呉の国の遺民が日本列島に渡ったことはまず間違いないんですから、この考察は面白いです。

それに、大和朝廷の初期において、海人系の氏族が天皇を影のように支えていますよね。安曇氏とか、安倍氏とかですか。

それから神話の中では、海幸彦と山幸彦の話がありますね。戦いに敗れた海幸彦は山幸彦とその子孫を支えることになるけど、その海幸彦の子孫が隼人でしょ。

あるいは、そこで天皇家の力となった海の力とは、龍王のことでしょうか。ムムム、なんか怪しくありません?こっちの方が、遥かに海人族のイメージに近い。天皇家の祖である山幸彦は海神龍王の娘と結婚して、海の力を手に入れます。その娘は豊玉姫でした。

いや~、正直なところ、全体的には、ちょっと根拠の薄い推理に感じられました。「え~?」って首をひねるような。でも、そこから理屈を通していくだけの博識は、本当にすごいですね。むしろ、そのことに驚かされました。そんな理詰めの本を読んだあとだけに、今はちょっとファンタジーに走りたい気分です。

韓国人って呼ばないでね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」

リンク

よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください
人気ブログランキングへ にほんブログ村 政治ブログへ


古代史は謎だらけだといわれる。
なぜか――。
理由ははっきりしている。
壮大に仕掛けられた
古代史の「罠」=『日本書紀』に
誰もがとらわれているからである。
これから出る本












































人気図書 
















































カウンター
カテゴリ
ブロとも一覧
アジシオ次郎の時事原論
はりこのはやしや 
ハシビロコウ
素足のアイドル達
うさぎ屋の四方山話
わくわく株式投資
プロモデラー林哲平のジャンクロボット創作ブログ『ケルバーダイン』
大好き!グラビアアイドル!
伊織のブログ
Re:BAD TASTE♥
QWERT 5w1h
「伝わる技術」オトデザイナーズ・坂本真一
歌と知恵でハッピーライフ^^
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事
応援して下さい