脳科学の世界と仏教 『ブッダとは誰か』 吹田隆道
吹田隆道氏の本『ブッダとは誰か』のなかに、脳科学者であるジル・ボルト・テイラーが、自分自身に起こった脳卒中と八年間に及ぶリハビリ体験を記した『奇跡の脳』という本に関する紹介がある。吹田氏は脳の脅威について語っているわけではない。『奇跡の脳』の著者が体験した、脳の機能が一部停止することによって生じる「自分の境界」を失った状態を、自己と世界の一体化、つまり梵我一如の状態に近いのではないかと紹介している。その件がとても興味深いので、覚書として残しておく。

なぜヒトは人間になれたのか 
なんて前向きな奴なんだ。脳ってやつは・・・
脳の不思議にはもちろん驚くが、 なぜ釈迦牟尼は、現代脳科学がようやく到達しつつある脳の機能に、なぜ至ることが出来たのか。それこそが“不思議”だ。

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彼女はある朝、脳卒中で左脳から出血が始まり、左脳の機能を失ってしまいます。私には左脳が不全になると身体の右側に影響が出るということぐらいの知能しかありませんでしたが、脳科学によると左脳は「自己」を司っている脳だそうです。自分自身を外界から区別し、言語を使った思考によってものごとを判断し、自己そのものを規定しているのが左脳です。脳卒中でその機能を失った彼女は、「自分の境界」を失い、代わって、自己と世界を区別なく理解している右脳の機能が前面に現れて、自分の指先とその外側にある空気との境すらなくなり、世界と一体になるような状態になったといいます。特別な仏教の知識を持たない彼女が、その状態を今や英語となっているニルヴァーナ(涅槃)と表現したことも、あながち間違いとはいえません。そして、彼女が世界と一体となった平穏な幸福感に包まれて、その状態からもどりたくないと思ったことにも驚かされます。まさに釈迦牟尼に悪魔が囁きかけた瞬間と同じ状態だったといえます。 彼女は無事だすけ出され、八年におよぶリハビリによって再起を果たすのですが、この経験で彼女の世界観は変わったといいます。普段知ることのできない右脳が司る世界を見たからです。まさに左脳が司る自己を離れた「非我」の世界を体験したのだといえましょう。それは裏を返せば、自己保存のために我を張り、我がままを言い、あるいは自己防衛のために攻撃的にもなる左脳の機能を知ったからに他なりません。もちろんこの左脳の機能なしに私達が生きていくことは不可能であり、それがなければ、この現実の世界では何もできなくなってしまいます。ただ、彼女はリハビリによって左脳の機能を回復していった自らの体験から、自分のエゴとなる古い回路の一部を再生しないで自我を回復させることができるというのです。 この脳科学者の報告は、釈迦牟尼が悪魔のささやきに乗らずに、非我の境地を知りつつ人生を歩む人、つまり、ブッダとは何かを考えさせてくれます。それは「我がない」というのではなく、まさに自分を自分なからしめる自己を確立しながら、かつ、右脳が見極めているすべてのものと一体であるような存在、つまり左脳のエゴがつくる我からは自由な“我でない”というあり方そのものだと考えられます。釈迦牟尼は現代の脳科学がやっと分析できるようなことを、ネーランジャラー河の畔で知り得たのだと思えてなりません。 |
脳の不思議にはもちろん驚くが、 なぜ釈迦牟尼は、現代脳科学がようやく到達しつつある脳の機能に、なぜ至ることが出来たのか。それこそが“不思議”だ。
![]() | ブッダの実像にせまる 『ブッダとは誰か』 吹田隆道 (2013/02/28) 吹田 隆道 商品詳細を見る サンスクリット語原典、パーリ語原典、さらには考古学。様々な学問を総合した仏教学によって、ブッダの実像に迫る。 |


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