めんどくせぇことばかり 未分類
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『漢字で読み解く日本の神さま』 山口謠司

「漢字で読み解く」というレベルも、しっかり甲骨文字、文字の起こりのところまで立ち戻って読み解いていますので、内容はけっこう深いものがあります。

例えば、《神》です。左側の「示」は、祖先の霊を祀る祭壇の形を表すそうです。右側の「申」は稲妻が伸びる形を描いた象形文字だそうです。これを合わせて「神」とは、祭壇に祀られるような、稲妻のように不可知な自然の力や、人智では把握できない不思議な力を持つもの、さらに目に見えない心の働きなどの意味があるそうです。

私は最初、「そういう内容の本であればいいなあ」と思いながらも、この本の表紙の雰囲気から、そこまででもないだろうと思ってたんです。

神には名前があったわけです。人は、その神の名を読んでいました。でも、書いてなかったわけです。字がありませんでしたから。字がなくても、その名には、当然、意味がありました。それに文字を当てる時、それはそれは必死で考えて、これがいい、あれがいいって、紆余曲折があって、今私たちが目にするものになったんでしょう。それでも、いくつかの文字で書き表されている神様もいますよね。

漢字を利用することで日本語を文字で表す時、まず、日本語の「ア」という発音に、「亜」「阿」「安」など、漢字でも同じような発音をするものを当てて各方法を《音借》と言うそうです。もう一つ、漢字の意味を借りて表す方法を《訓借》と言うそうです。「たべる」には、それと同じ意味を持った漢字である「食」の字を当てるというやり方です。

《万葉仮名》と呼ばれる表し方ですよね。そこで問題です。万葉仮名で現された次の万葉秀歌を読みなさい。

①熟田津尓  船乗世武登   月待者   潮毛可奈比沼  今者許藝乞菜

②渡津海乃  豊旗雲尓    伊理比紗之 今夜乃月夜   清明己曽

③茜草指   武良前野逝   標野行   野守者不見哉  君之袖布流

④春過而   夏来良之    白妙能   衣乾有     天之香来山

万葉仮名、面白いですね。
(続きを読む)に解答


CCCメディアハウス  ¥ 1,620

知られざる名前の由来から、神様の個性を解き明かすミステリー神話
第1章 開運・厄除けの神様(天照大神;倭建命 ほか)
第2章 縁結び・子宝の神様(木花佐久夜毘売命;菊理媛神 ほか)
第3章 金運・商売の神様(大物主神;天之常立神 ほか)
第4章 健康・長寿の神様(伊邪那岐命&伊邪那美命 ほか)
第5章 学問・技芸向上の神様(天児屋命;久延毘古神 ほか)

そんなやり方で、《猿田毘古神》を考えてみれば、《猿》と《田》は訓借、《毘古》は“ひこ”の音借のようですね。そのうえで《猿田毘古神》のページを確認してみましょう。

「袁」は「長く遠くまで伸びる」ということを意味する漢字で、「犭」がついているので、長くて足を伸ばしている動物ということでサルを意味するんだそうです。「田」は「田んぼ」を意味する感じですが、猿の田んぼじゃわけが分かりません。そこで、「田」という漢字を調べてみました。

どうやら、「田」に関わるさまざまな思い入れが、意味の中に含まれているようなんです。川を治め、山を開き、土を耕し、水を導き、先祖代々守ってきた、生きていくための作物を実らせるための場所、そのための行為、愛情。命を育む場所、愛情、そして尊敬の念。この辺までは、やはり「田んぼ」から派生する意味のようなのですが、それ以外に、頭を意味しているようなんです。

「囟」

この字は頭を上から見た様子から生まれたもののようなのですが、これが「田」に転化し、意味が融合して、尊敬を集めるような大きな頭という意味を持つようになったようです。「そんな大きな頭に猿のような長い手足」、それが「猿田」の表すところのようです。

「毘古」の「毘」の字は、「ひ」の音を表すための漢字ではありますが、そこにも「田」が含まれていて、大きな頭をした者に「ならぶ」ことを表すために選ばれたようです。

「毘古」の「古」は、「十」と「口」から成りますが、「口」は頭を表し、「十」は頭部の飾りや、人とは異なる特徴を示すそうです。

そんなことから、《猿田毘古神》は、「長い手足を自在に使うことができ、畏敬の念を持って使えるべき特徴的な頭部を持った神様」ということになるんだそうです。

・・・ちょっと疲れた。




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『ロシアを知る。』 池上彰×佐藤優

先週、町の図書館に行くと、いつもと違って駐車場が一杯になっています。

いつもガラガラのはずなのに何だこりゃと思ったら、図書館の二階が期日前投票の投票所になっているんです。ずいぶん期日前投票の人が多いんですね。驚きました。

私は二一日に、朝ごはん前に行ってきました。投票のたびに思うんです。日本共産党って、どうして党名を変えないんでしょう。だってもともとは天皇制の解体をうたい、ブルジョワ革命を通してプロレタリア革命につなげようとしたわけです。ロシア革命を由とする人たちですから、皇族は殺され、有産者は奪われ、スターリンの手先がすべての日本人の生殺与奪の権を握ったわけです。

そんな日本共産党が、なぜ未だに、その名を名乗って恥じないのか。その理由の一端は、次のようなことであったかもしれません。

日本共産党は、ソ連崩壊の時、ソ連を見放して生き延びたんだそうです。

赤旗は「(ソ連共産党の)終焉を歓迎する」と大見出しを打ち、宮本顕治は党員に、ロシア革命とかソ連共産党とかから離れた、日本共産党員としての自分の物語を語らせたんだそうです。

佐藤さんが、ソ連の功罪というか、ロシア革命とソ連という巨大な実験の失敗の総括がされていないということに触れています。ロシアの功罪と言って、私なんかじゃ罪ばかりを並べ立ててしまうでしょう。でも、ロシア革命の衝撃っていうのは、その共産主義の非人間的な側面だけじゃなかったわけですよね。佐藤さんは、ソ連という巨大な実験の“功”の部分がとても大きかったことを指摘しています。

“教育の無償化”、“社会福祉”、“女性の労働参加”、いずれも、まずソ連で行われ、それに対抗するために資本主義国で取り入れられたものです。修正資本主義なんて言われますけど、修正が行われたのは、ソ連という存在があったればこそです。

宇宙開発については、ずっと、ソ連がアメリカをリードしてきました。一九五七年に人工衛星スプートニクを打ち上げて、有人宇宙飛行でもソ連のガガーリンに先を越されました。「地球は青かった」にまさる言葉を、アメリカは未だ宇宙開発史に刻めていません。一九七〇年代までは、社会福祉や医療でも先を行っていたようです。


『ロシアを知る』    池上彰×佐藤優

東京堂出版  ¥ 1,728

北方領土問題、プーチン、ソ連について最強の二人が語りつくす異色のロシア本
序章  動き始めた北方領土交渉のゆくえ
1章  蘇る帝国「おそロシア」の正体
2章  「ソビエト連邦」の遺産
3章  ソ連社会の実像ー繁栄から崩壊へ
4章  独裁化する国家権力
5章  ソ連・ロシアの幻影を追う日本
6章  帝国の攻防ー諜報と外交の舞台裏


逆に、“罪”は以外に少ないと言うんです。

そのまず最初にあげたのが、スターリン時代のソ連では三〇〇〇万人の国民が死んだのに対して、東条英機首相の日本では三〇〇万人の国民が死んでいます。佐藤さんは、これは程度のであるととらえています。

ちょっと違うような気がしますね。日本の死者数は、ほぼ全て、戦争で死んだもの。しかも、無様な戦争指導による死者は二三〇万ですね。八〇万は、アメリカの卑劣な銃後への無差別攻撃による死者です。スターリン時代のロシアの死者には、戦争指導による死者だけで二〇〇〇万人でしょう。しかも、三〇〇〇万の中には、スターリンの性格を根拠とする、多数の粛清による死者が含まれているはずです。

これは程度の差ではないと思います。

ロシア人の特質はとても興味深く読みました。一年間を通して、日本人が三五五日分積み上げたものを、ロシア人は最後の一日だけで三六六日分積み上げるだけの能力があるという話。それだけの能力と集中力があるということですね。だけど、民族ジョーク等によく出てくる話ですが、雑な仕事はロシア人の特徴のようにも言われているところです。そのへんのところはどうなんでしょうね。

この本は、池上彰さんと佐藤優さんとの対談物です。このコンビ、最近何冊か読んでます。それらの本と比べても、今回のこの本はちょっと異質。『ロシアを知る。』は、完全に池上さんが聞き役に回っています。同調する役割といえばいいんでしょうか。それにしても、池上さんの《笑い》とあるところに、なんだか本心を隠した“笑い”を感じるんです。

それに、全般を通して、佐藤さんはロシアに甘いように思います。ロシアに対して甘くて、日本に厳しい。沖縄のご出身ということからくる日本への厳しさかと勘ぐりたくなるくらい、日本に厳しい。かなり手厳しい。沖縄県民の被った悲劇は極めて残念なことですが、ロシアへの甘さを考えると、日本への厳しさが際立っているように思えます。なかでも、安倍政権に対してもは、ずいぶん厳しい。それも、これまでの佐藤さんと政権の関わりと関係するんでしょうか。

時には教条主義的かなと思われるほど、基本的な部分をものすごく大事にしながら現状を分析される方なので、よく著作を参考にさせてもらっています。ただ、今回は、上記のバランスが気になりました。







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『神は詳細に宿る』 養老孟司

生きそびれないようにすること

情報化社会と言われるけど、「情報とは、すなわち過去である」と、養老さんの言われる通りです。その朝配達された新聞を読んで、朝食の時間帯のNHKのニュースを聞いて、新しいなにかを自分のものにしたように感じるけど、それは全部終わったことばかりです。その上、情報を流す側が、その情報を流そうとした段階で、その情報は情報を流す側によって選択されています。

すでに終わってしまっている事柄の中から、他人によって選び出された情報を与えられている私たちです。それは、自分の生きる指針とできるようなものとは違います。

じゃあ、なんなんでしょうね。自分らしく生きるっていうのは。

養老さんは、“真に生きる”という言い方をしています。「それは案外難しい」とも。そりゃそうかな。過去に起こったことの中から人に選んでもらった情報を与えられて、「だいたいこんな生き方でどうでしょう」ってところに合わせて生きていけば、まあ、大きな間違いではないでしょうというところなんでしょうか。

大きかろうが小さかろうが、間違いは間違いですからね。大きく間違ってれば開き直ることもできるけど、小さな間違いではそれもできません。あとは「これでいいのだ!」って、バカボンのパパ風に誤魔化すしかありません。「真に生きていない」としても、・・・です。

それが、私にしたところで「真に生きてはいない」ということなら、私は仕事人生三六年の後ろ半分は、真に生きてはいませんでしたね。

自分に向いているという確信があってこの仕事についたわけですが、往々にしてそうですが、仕事のほうが変わっちゃうってことがあるじゃないですか。

変わりました。とっても、変わってしまいました。なにしろ、本気になっちゃいけないって言うんですから。


『神は詳細に宿る』    養老孟司

青土社  ¥ 1,512

私たちはこれからどこへ向かうのか? ニヒリズムに陥らないための現代社会の手引き
1 煮詰まった時代をひらく
2 世間の変化と意識の変化
3 神は詳細に宿る
4 脳から考えるヒトの起源と進化
5 「科学は正しい」という幻想
6 面白さは多様性に宿る
7 虫のディテールから見える世界
8 ファーブル賛歌

私の職場は“高校”でした。学校という組織の中で三六年間仕事をしてきました。

学校で行われることはシステム化されていて、生徒が変わっても、教師が変わっても、毎年、同じようなことが行われていきます。人が変わっても、学校自体は同じ形で存続していくんですね。

大概のことはマニュアル化されていて、それを見て、読んで、理解できる人間なら、誰がやっても昨年、一昨年と同じような事が行われていくんです。最近の教師で、それを見て、読んで、理解できないのは、まずいません。子供の頃からそういうふうに訓練されてますからね。

だけど、子どもの方は、まだまだいびつな奴もいて、そういう子どもは教師から嫌がられます。嫌がられた子どもは、できる限り当たり障りないように対応されて、できる限りベルトコンベアーにのせたまま、出っ張りを少しずつ削って矯正します。

養老さんの言う“具体的な事物”、ここではその他大勢と違う“具体的な一人”ですね。本来、“具体的な一人”は時を超えて同じであることはできない、諸行無常です。諸行無常はシステムを崩壊させてしまうんですね。・・・あぶない、あぶない。

《金にもならなきゃ、GDPも増えない。傍で見ている私は、あいつらは馬鹿じゃないかと思うのだが、本人たちは嬉しくてしょうがないのである》

そう、養老さんが言っているような生き方は、少々、いびつなくらいじゃないと、ちょっと難しいんでしょう。

せめて、此処から先の人生は、生きそびれることがないように、やっていきたいもんです。




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『新しいストレッチの教科書』 森本貴義 阿部勝彦

実は先日、家族のことで緊張する場面があったんです。

正座。正座です。まあ、しばらくして、連れ合いの口添えで足を崩すことができたんですが、そこまでは、ここは一番、正座で頑張ろうって、頑張っちゃったんです。股関節のお医者さまから、「正座は避けるように」って言われてたにもかかわらず、・・・です。

でもね。大丈夫だったんですよ。・・・股関節はね。

だけど、翌日気がついたんですが、膝がいかれてました。その場面というのは大阪でのことだったんですけど、埼玉に帰る新幹線の中で、座ってるだけで、なんだかジンジンと痛むんです。立っても大丈夫なんですが、座って姿勢を固定していると、次第にジンジンしてくるんです。

まあ、もともと故障している膝ですけどね。

「そんな、あなたのような人が読む本ではないでしょう」という声が聞こえてくるようです。・・・でもね。そうじゃないんです。私みたいな者こそが、読むべき本なんです。だってね。書いてあるんです。
  • 股関節に痛みや違和感がある
  • スポーツ競技のトレーニングの成果がなかなか出ない
  • どちらかの腕を上げると肩関節が痛い
  • 首を寝違えやすい
  • ねんざをしやすい
  • 筋トレを続けているが動きがスムーズに行えない
  • 柔軟性はあるはずだが肩こり、腰の張りがある
  • 姿勢が悪いと指摘される
  • こうした悩みは「関節の可動域」を広げれば解決する

ね。どっちかって言えば、なんかで大きな成功を収めたってわけじゃないって人ですね。できる限り頑張ってやってきて、それなりに評価を受けることはできた。だけど、ここでもうひと踏ん張りしたいって、そんな人向けって感じがしませんか。

だったら、その中に私も入れてもらってもいいような気がするんです。もうひと踏ん張り、私もしたいし。


『新しいストレッチの教科書』    森本貴義 阿部勝彦


ワニブックス  ¥ 1,998

柔らかいことよりも、大切なのは、体の関節の本来の動き、機能を取り戻すこと
1章  柔軟性と可動性の違いを知ろう
2章  機能的な可動性を手に入れよう
3章  身体の自由度を向上させよう
4章  身体を動かす前に基本ポジションをチェックしよう
5章  エクササイズの前に知っておきたいこと
6章  実践エクササイズ


この本を書いたお二人は、それこそトップレベルのアスリートのトレーナーを務めているんだそうです。そのトップレベルのアスリートの指導に使われているのは、「関節の可動域を広げ、自分の身体を自在にコントロールできるようにする」エクササイズなんだそうです。

《関節の可動域を広げる》ことで、動きの選択肢が増え、ギリギリでおこなていたプレーに余裕が生まれ、故障のリスクを少なくすることができるんだそうです。

これを、アスリート対象ではなく、普通の人対象に行われたと考えるとどうなるでしょう。「階段を上り下りする」、「戸棚の高い位置のものを取る」、「歩く」、「しゃがむ」といった当たり前の動作が、見違えるほどスムーズになるそうです。ほ~ら、私向きじゃないですか。

さらに言えば、山歩きを続けていく時、怪我をしない、対応力の高い身体にしていきたいんです。

もともと身体の柔軟性には自信があったんです。とは言っても、小学生の時分の話ですけどね。学校で計測をしたじゃないですか。立位体前屈と上体そらしでは、女子を含めても、二番の人に大差をつけて一番でした。

ああ、・・・夢のようだな。今のこの身体を思うと。年をとると、ストレッチをして柔らかくなっても、ちょっと忘れてると、すぐに油の切れた工作機械みたいに、身体がギコギコ言い始めるじゃないですか。

この本ね。なにも過激なポーズっていうんですか?体位っていうんですか?体位なんていうと、・・・うっ、恥ずかしいけど、そういうんじゃないんです。「えっ、これがストレッチなの?」って思ってしまうようなものも、たくさんありました。

でも、写真とともに説明を読んで、時分でそれをやってみると、その、ちっとも激しさの感じられない、少し物足りないように思えるストレッチが、理にかなったものであることがわかるんです。そして、これなら無理せず続けられる気がするんです。

今、写真を見て、説明を読みながら、体を動かしているところですから、その効果がどうのこうのと言える段階じゃありません。だけど、なんか確信に近いものがあります。あと三ヶ月もすれば、きっともう少し《自由な身体》が手に入る。




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『青山に在り』 篠綾子

何度か書かせてもらいましたけど、私の読書は、なんといいますか、行き当たりばったりというか、その場しのぎというか、「面白そ」って直感的に手に入れますが、実際読んでみてどうかってのは、また別なんですね。「面白そ」って感じたことに、誰も責任を負えないんです。そう、この私自身も・・・。「面白そ」って感じること自体、まったくその場限りの感情なわけですから。

いつもながら、言い訳がましい話で始まってしまいましたが、書いた人の名前を覚えてないってことなんです。そりゃ、とても有名な作家さんなら、いくら私だって忘れませんよ。・・・言い訳をすればするほど、語るに落ちるというか、馬脚を露すというか、こんな言い方をしたら、この本の作家さんが有名じゃないって様ですよね。・・・ああ、困った、困った。

ということで、この本の著者の篠綾子さんのことです。今回は、この本を手に入れたときの直感が間違ってなかったと確信したのは、読み始めて30分ほどたったころですね。だけど、そう思っても、なんていう人が書いたのかってことには、私の場合、関心が向かわないんです。ひとえに、このお話の先に進みたい一心です。

だけど、そのうち、お話の先への関心以外に、不思議な感覚を覚えたんです。「前に、この人の書いた本を読んでいる」

それが、『武蔵野燃ゆ』であったことは、まもなく気がつきました。この本は面白かったんです。鎌倉幕府が開かれたあたりの話なんです。秩父平氏から広がった各氏の地盤であるこの武蔵野は、まさに鎌倉幕府の後ろ盾であったわけです。しかし、開幕後、支配を安定させていく中で、鎌倉は、鎌倉幕府のために尽くした有力氏族を葬り去っていくんですね。比企氏も、畠山氏も・・・。

まさに、《狡兎死して走狗烹らる》 というところですね。

じっくり腰を据えて描いていけば、NHKの大河ドラマとしても十分に楽しめる話になると、確信した物語でした。そんなにも思い入れの強い作品だったのに、情けない話ですね。なんどもなんども、作家さんの名前は見てるのに、気がつかないんですからね。


『青山に在り』    篠綾子

KADOKAWA  ¥ 1,728

まっすぐ生きようとする若者たちを清冽に描いた青春時代小説のスタンダード、誕生!
川越藩筆頭家老の息子・小河原左京は、学問剣術いずれにも長け、将来を嘱望される13歳の少年。ある日、城下の村の道場で自分と瓜二つの農民の少年と出会ったところから、運命の歯車が大きく動き出す―。


なにが、そう感じさせたんでしょう。

いやいや、さっきの話。私は、この本を読んでいて、どんなところに『武蔵野燃ゆ』の人が書いた本じゃないかという感覚を抱いたんでしょう。

あらためてそう考えてみると、・・・あまりよく分からない。

共通するのは、同じ武蔵国、埼玉県のそれも中央部ですね。そのあたりを舞台にした話であるということは共通します。『武蔵野燃ゆ』は武蔵嵐山から、川島、川越あたり。今回の『青山に在り』は川越から三芳野あたり。どちらも、一様の史実を土台に、どの時代の移り変わりに翻弄されてる人々を描いています。

まあ、武蔵野をすがすがしく描いている様子と、時代の移り変わりに影響を受けながらも凛として生きていこうとする者を描いているってところだったかもしれません。

「青山あり」は、実は、「男児志を立てて郷関を出ず、学若し成る無くんば復還らず、骨を埋むる何ぞ墳墓の地を期せん、人間到る処青山あり」の方を想像してました。幕末の攘夷僧、月性の言葉ですね。熱血坊主で、吉田松陰なんかとも交流があったらしいです。この言葉も、いかにも熱血漢という感じで、ちょっと人を駆り立てすぎかな。

こちらは、「家青山に在り道自づから尊し」という言葉で、明代の孫一元という人の作った歌の一節だそうです。意味は、「今自分のいる場所を死処と思い定めていれば、その道は自ずから尊いものになる」ということだそうです。

「どこで命を落とすことになろうが、死ぬまで前向きに生きよ」

「今自分のいる場所で出来る限りのことをせよ」

今の私には、後者の方がピッタリ来ます。歳が行ったせいでしょうか。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

越生 四寸道

 四寸道 
以前から気になっていた、越生の四寸道を歩いてきました。

9月24日四寸道 (1)
黒山三滝に向かうところにある無料駐車場に車をおいて、20分ほどは舗装道路を歩いて梅ケ久保に向かいます。“SG”とあるのが、スタート・ゴール、この駐車場です。9月24日四寸道 (2)

御嶽神社に向かう途中、道が崩落しているところがありました。この崩落地の右手に小さなピークたあるんですけど、そちらに登って、この崩落地を回避することもできます。トラロープを張ってもらってあって、距離も10mほどで短いんですが、この日は下がぬかるんでいて、慎重に通過しました。9月24日四寸道 (3)
御嶽神社です。神社の正面は、すぐに切り立ったがけになっていて、狭いところでなんとか屋根まで入れて写真に取りました。この御嶽神社から先、高山不動奥の院、通称“関八州見晴台”に向かう道を“四寸道”と呼ぶようです。嫌な名前ですよね。四寸の幅しかないということでしょうか。四寸といえば、ほんの12cmじゃありませんか。足を置く幅しかないんでしょうか。

「そんな事はないだろう」
なんて考えながら先に進んだんですが、そんな事はありました。

地図でいうと、一旦、舗装道路に出てすぐに正面から山道に入るところ、ヤマプラの地図では山道として認定していないところなので、赤い線を追加してあるところです。そこから山道に入り直します。入り口も写真に撮っておけばよかったんですけど、この先にあるらしい“12cm”で緊張したいたみたいで、カメラを出そうと考えなかったみたいです。そのまま、石でできたブロックをよじ登って山道に入りました。テープの目印がありました。
9月24日四寸道 (4)

しばらく行くと、登り道の先に岩場が見えてきました。登りきったところの先が“蟻戸渡”と呼ばれる難所のようです。ピークの部分の岩のヘリを慎重に通過すると、その先は下りになっているのですが、一枚の大きな岩です。船を転覆させて船底を上にしたような形で向こうに下っています。

その船底の頂上部を進むのが“蟻戸渡”なら自分の手におえないところですが、右手の“船べり”の部分なら、なんとか下りられそうな手がかり足がかりがありました。下りきってしばらく行ったところが、上の写真です。ホッとしてやっとカメラを取り出しました。

ここまで来たら、下部に巻道があるのに気が付きました。

この先の急坂をハアハアいいながら登りきったところで尾根筋に出ました。
9月24日四寸道 (5) 

尾根筋に出て、いままで歩いてきた藪の中の薄い道を写したのが上の写真です。
9月24日四寸道 (6) 
高山不動奥の院です。
9月24日四寸道 (7) 
この日は、もともとは雨の予報。だけど、このあと重ったるい雲は上がっていきました。
9月24日四寸道 (8) 
お昼の“どんべい”です。カップ麺を開けて、袋に入れて持っていきました。
9月24日四寸道 (9) 
傘杉峠から黒山三滝に下りました。岩が露出していて、尾根上に登るなら、この道が一番面白いと思います。
9月24日四寸道 (10) 
三滝まで下りてきました。下手な写真の一番奥が天狗滝です。

気になっていた四寸道を歩き通せて良かったです。蟻戸渡はちょっと怖かったけど、あの辺りを整備したら、人気のある道になるかもしれません。ただ、前後がものすごい急坂でした。古道と呼ばれますが、昔の人の健脚には驚くばかりです。




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『荒海を渡る鉄の船』 鳥羽亮

勝海舟は有名人で、テレビの時代劇でも頻繁に取り上げられる。明治維新の動きに、直接関わっているから、それは当然。そのうえ坂本龍馬ともからむし、西郷隆盛とも、小栗忠順とも、徳川慶喜ともからむから、いろいろなドラマで、その度に取り上げられる。

同時代を生きて、いろいろな歴史的場面に関わり、人間性から言えば勝海舟と比べても質が違うのであって優劣はない。その割に、山岡鉄舟がドラマや映画で取り上げられることは少ない。

身分、性格、適正、人間関係、たまたま、まあ、いろいろあるだろう。

私が最初に山岡鉄舟を知ったのは、海舟を含め、幕末に“三舟”と呼ばれた人物がいるという話からだった。「海舟・泥舟・鉄舟」というセットとしてその名前に接したのが初めてだった。

“幕末の三舟”として語られる時、それは江戸城無血開城を成し遂げて、江戸の街を内乱の戦火から救ったという話の主役として語られることになる。歴史の教科書ならば、"勝海舟と西郷隆盛の直談判”によるということになるのだが、”直談判"自体が山岡鉄舟なくしては語れないところであり、"江戸城無血開城"の本来の立役者は山岡鉄舟と言っても過言ではないだろう。

まあ、誰か一人をあげなければならないわけではないが、後の世の取扱が勝海舟に偏りすぎている状況だから、そんのくらい許してもらえるだろう。


『荒海を渡る鉄の船』    鳥羽亮


双葉社  ¥ 1,728

第一章  飛騨高山
第二章  千葉道場
第三章  浪士組
第四章  一刀流の剣
第五章  無血開城
第六章  駿府へ
第七章  開眼

実は他にも肩入れする理由があって、山岡鉄舟の父の知行地が小川町竹沢にあったということで、そこを訪れる度に今の小川町の旅館二葉に立ち寄ったんだそうだ。そして、そこの当主に「料理に禅味を盛ってみよ」と示唆したんだとか。

言われた方は困ってしまうところだけど、当主の忠七さんは、もとから一本気な人だったんだろうね。本気になって試行錯誤して、山岡鉄舟を納得させるようなものを作り上げた。名にし負う、“忠七めし”の出来上がりである。へへへ、地元だからね。

“知る人ぞ知る”ということは、知らない人走るはずもない、日本五大銘飯の一つが、この忠七めし。忠七めしの他になにがあるかというと、岐阜県可児の“さよりめし”、大阪府難波の“かやくめし”、島根県津和野の“うずめめし”、東京深川の“深川めし”。これらと並び称されるということになるんだから結構なもんだ。

そのわりに、地元でもあまり意識されていないのは悲しいところ。
忠七飯なにしろ「禅味」ですからね。“禅”って、痛いじゃないですか。そんなものを料理に盛り込まれたって、・・・まあ、贅沢なご飯ができるはずがない。
私?・・・もちろん食べました。私は好きですよ。山岡鉄舟ほどではないにしろ、酒飲みだからね。

山岡鉄舟に戻るけど、私がそうだからって、それで人を推し図っちゃーダメなんだけど、知られているとしても、江戸城無血開城に関わる山岡鉄舟って人が多いと思うんだ。そんな私みたいな人にとっては、山岡鉄舟の人となりを知るにはうってつけの本だった。その分だけ、正直なところ、淡々としすぎているとも思った。

もしも、読みやすく書いてくれる人がいれば、山岡鉄舟はフェノロサとも関わってるはずだし、侍従として明治天皇にどんな影響を与えていったのか、その余白の利用の仕方によっては、いろいろな山岡鉄舟像が立ち上がることがあるかもしれない。

そのへんも読んでみたいな。




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テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

張作霖爆殺『日本人が知らない最先端の世界史2』 福井義高

《覆される14の定説》という副題がついている。そう言われて、まず思い浮かべるのは、《張作霖の爆殺》だな。

まずは定説ね。
1928(昭和3)年6月4日、奉天(現在の瀋陽)郊外で、当時、満州の支配者だった張作霖を乗せた北京発の特別列車が爆破され、張作霖が死亡する。この事件については、河本大作大佐の「自白」もあり、関東軍の仕業というのが、日本の歴史学会では定説になっており、日本による“中国”侵略の第一歩とされうことも多い。

ソビエト連邦の崩壊にともなう文書流出、ヴェノナ文書とのすり合わせで、戦前のソ連、及びコミンテルンの盛んな諜報活動が明らかにされつつある。

2005年に世界的ベストセラーになった『マオ 誰も知らなかった毛沢東』ではソ連犯行説が唱えられ、これまでの定説である関東軍犯行説再検討の流れも生まれた。著者が、“現時点で最大の労作”と呼ぶのが、2011年に加藤康夫さんが出した『謎解き「張作霖爆殺事件」』って言う本。この本は読んだ。確かめてみたら、ブログには書いてなかった。この本では、真犯人を“張学良”としていた。とても説得力のある話だった。

だけど、関東軍犯行説には、実行者である河本大作大佐の「自白」がある。これは覆し難いところである。しかし、ある特定の状況を設定すれば、関東軍犯行説はいとも簡単に覆るのだ。
なぜ、「自白」を覆さなければならないのか。それは「自白」に、どうしても首をひねらざるをえないことがあるからだ。まあ、有名な話でもあるのだが。それが、この写真。張作霖
河本大作大佐の「自白」によれば、爆薬は、京奉線の線路脇に仕掛けたことになっているのだ。しかし、写真のとおり、爆発によって張作霖の乗った車両は天井部分をふっとばされているのだ。



祥伝社  ¥ 1,728

歴史を学ぶことは重要である。しかし、都合よく利用しようとすれば、手痛いしっぺ返しを食う
序章 「反グローバリスト」は「極右」なのか
Ⅰ  満洲におけるソ連情報機関と日本
Ⅱ  「スペイン内戦」の不都合な真実
Ⅲ  「憲法フェティシズム」の果て
Ⅳ  「欧州共同体」という大いなる幻想
Ⅴ  「不戦条約」と日本の運命


ドミトリー・ヴォルコゴーノフの『トロツキー その政治的肖像』に記された、トロツキー暗殺を指揮したナウム・エイチンゴンに関する一節
極東とアメリカの事情にずば抜けて強い。「張作霖」事件に関連したエピソードを持ち、当地でブリュッヘルを救い出している。

エドアルト・シャラポフの『ナウム・エイチンゴン スターリンの懲罰の剣』は、エイチンゴンのシナにおける工作活動の実態を具体的に描いている。
1928年にモスクワで張作霖を抹殺することが決定され、エイチンゴンと、ハルビンの赤軍情報局非合法工作担当のトップだったフリストフォル・サルヌインが、日本人にすべての県議がかかるようにして実行した。

爆殺は奉天郊外の南満州鉄道の高架橋に設置された。

通説が言うように、爆薬が関東軍によって線路脇に仕掛けられただけならば、張作霖を死に至らしめた、現実に起こった爆破被害は生じ得なかった。つまり、関東軍犯行説はソ連犯行説を否定しない。さて、こうして、最後に残るのが、「自白」なのだ。しかし、ある状況を設定すれば、この鉄壁に思える「自白」という証拠が、いとも簡単に崩れ果てる。それは、河本大作大佐が、ソ連情報機関の手先であったということである。

じつは、その状況は、なにも奇想天外なことではない。ノモンハン事件の日本側司令官だった小松原道太郎中将はソ連のエージェントだった可能性が高いと言われているそうだ。
ちなみに、先に上げた加藤康夫さんの『謎解き「張作霖爆殺事件」』って言う本では、爆薬は、張作霖の乗っていた車両の天井裏に仕掛けられていたとされていた。事前に定点に仕掛けた爆薬を、列車通過に合わせて正確に爆発させることは、至難の業だからね。この説、強いよね。




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『生死を分ける、山の遭難回避術』 羽根田治

“ドキュメント 遭難”シリーズを書いた羽根田治さんの本。山を再開してまだ一年も経たないけど、還暦近い歳になって山登りを再開するといえば、それこそ“遭難予備軍真っ只中”ってことになる。念には念を入れて、初心に帰って、・・・ただの還暦間近のジジイとして、“ドキュメント 遭難”も全部読んだ。“気象遭難”、“道迷い遭難”、“滑落遭難”、いずれにしても、パターンがある。遭難のパターンに嵌ったからといって、遭難が避けられないわけじゃない。だけど、そのパターンに嵌まらなければ、まず遭難はない。

その前に、遭難しやすい心理ってものもある。たとえば、「“遭難予備軍”だからこそ、遭難なんかできない」っていう私の心理も、危険である。こういう心理でいると、道迷いの解消行動を遅らせてしまう可能性がある。

私は秩父の生まれで、高校の時以来、秩父の山はずいぶん歩いた。だけど、いまなら一般道になっている道でも、藪漕ぎの連続だったり、道標が整備されていない山がずいぶんあった。

本書の冒頭に、熊倉山に登った男性の遭難の例が挙げられている。“道迷い遭難”の本で取り上げられていた事例だな。その男性は、熊倉からの帰り道、正反対の南東へ伸びる尾根に進んでしまい、いくつかの判断ミスが重なって遭難死した。熊倉の近くの矢岳、さらにその奥の天目山から芋の木ドッケに至る道、あるいは山塊は、藪だらけの上、道標も不確かで、苦労した覚えがある。

山を再開してから行ってないが、整備された今でも、“あのへんは厄介だ”って頭が何処かにある。

今は知らないが、秩父の山といえば、奥秩父主要路以外、そんなに人が入っているところじゃなかった。奥秩父以外では、武甲山、両神山、熊倉山とかって人気の山もあったけど、主要路を外れれば厄介なところはいくらでもあった。

そんなところを、当時は若いから体力で乗り切っちゃったけど、今同じような行動すれば、絵に描いたような遭難パターンってのも、いくらでもあった。



誠文堂新光社  ¥ 1,728

数々の実例を調査した「遭難ルポ」の第一人者がおくる、登山者必読の入門書
第1章  山岳遭難事故の実態
第2章  初心者が陥りやすい落とし穴
第3章  経験者でも遭難する
第4章  救助を要請する
第5章  ふだんからできるトレーニングと体調管理

山を再開してから、ずいぶんな頻度で登っている。ただし、すべて日帰りで、手近なところから登っているので、高山はないし、滑落の危険の高いところにはあまり行ってない。あいかわらず、すぐ違う道に興味がいっちゃうので、道迷いは何度もある。

身体のことを考えてみると、以前に比べ、体力は決定的に落ちている。頑張っても、ジリジリとしか伸びないだろう。

体のバランスが悪い。左足が、内側に入る。これは医者にも相談したが、左足の外側の筋力が落ちているからだという。確かのその通り。ずっと、左足をかばってきたんだから。

急や上り下り、周辺の木や岩、鎖やロープに頼ったあと、すぐに水平がつかめない。水平がつかめないと、やたらに身体に力が入り疲れやすい。

いずれも、少しずつ良くなってきていると思う。歩き方、休み方、水の飲み方、装備、知識、その他色々なことも、登るほど、思い出す。

でも、仕事やってるし、家族のことを思うと、家を何日も開けるわけにも行かないし、遠くの山に入り浸るお金もない。今後も、いろいろ考えて近場の山から無理のない範囲で登っていくしかないだろう。現実的なのは秩父と奥多摩だな。もちろんその他でも見つけていくけど。いろいろな情報を仕入れて、距離にしろ、時間にしろ、予算にしろ、条件に合うところをこまめに探して登っていくことになるだろう。

秩父や奥多摩の山で、還暦手前の身長180くらいのジジイが一人で歩いていたら、私かもしれません。




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『習近平の中国』 林望

産経ニュース 2017/07/08
「ウルムチから1万人消えた」「拘束ウイグル人を返せ」 在日ウイグル、チベット、モンゴル人らが中国大使館に抗議デモ
(全文)
日本ウイグル連盟のトゥール・ムハメット会長(53)らが8日、2009年7月、中国の新疆ウイグル自治区のウルムチでデモ隊が虐殺された2009年ウイグル騒乱(ウルムチ事件)に抗議するデモを行い、中国大使館前で「ウイグル人への虐殺をやめろ」などと訴えた。

(続きを読む)に全文

朝日新聞の《中国総局員》を務めた方が書いた本。そういや、昔、朝日新聞にいた植村隆という人も、特派員としてシナにいたことがあったよね。《中国総局員》っていうのは特派員よりも偉いのかな。

今の中国共産党の支配するシナを、できるだけ偏見を交えずに読むものに伝えようとする、“ある意味”の誠実さは感じる。

薄煕来が重慶で、開放改革で置き去りにされた多くの人たちの不満を、毛沢東の“文革”路線にまとめ上げて、北京に存在感を示した頃。著者は重慶に乗り込んで、「イデオロギー色を抑えた方がいい」と発言して会場を凍りつかせたそうだ。

他にも、同様の経験があったことが、この本の中でも紹介されている。それはそれで、勇敢なことだったに違いないが、彼は朝日新聞の《中国総局員》であったわけで、それが最近流行りの“レッドライン”を超えるのかどうか、見極めがなかったはずがない。


岩波新書  ¥ 886

五年に一度の党大会を前に、その一強体制を盤石にしたように見える習近平指導部

序章  習近平の描く夢
第一章  勃興する大国、波立つ世界
第二章  中国式発展モデルの光と影
第三章  十三億人を率いる党
終章  形さだまらぬ夢
読んでよかった。・・・それは本当。

著者は、いい人なのだろう。現在の、中国共産党の支配するシナを理解する上で、たいへんいい勉強をさせてもらった。だけど、若い柔軟な頭を持った人は、この本を読まないほうがいいな。
中国が歴史的に見て偉大な文明大国であり、多くの文化や価値観を生み出してきたのは間違いない。王岐山はフランシス・フクヤマらとの会談で、「中国文化の中には優秀なDNAがある」と述べ、その歴史と伝統への自負を語った。しかし、中国文明の遺伝子は、さまざまな文化や遺伝子が混じりあい、諸子百家と言われた思想家たちがそれぞれの思想を競ったような社会の多様性と寛容さの中で育まれたのではないか。国境を越えて人々を受け入れるソフトパワーを生むのは、人々の声や考えを押さえつけ、同じ方向を向かせようとする政治の力ではあるまい。人民元以外のどんな価値を世界に示していくのか。台湾や香港、そして少数民族の人々の抗議は、中国が今後向き合う重い課題を映し出しているように思える。
本書p212
これにいたっては、言葉もない。《諸子百家》を《“寛容の中で育まれた”思想家たちの意見の競い合い》とはね。商鞅や韓非子の法家思想を採用した秦は、“戦国の七雄の”他の六国を攻め滅ぼしてシナを統一したっていうのに。

それに、この文章、シナのことを言ってない。中国共産党にかこつけて、本当に非難しているのは“安倍政権”でしょ。

そんな他愛ない相対化をしたがために、中国共産党の“巨悪”まで矮小化してしまっている。・・・うっ、そう思えば、実に巧妙だ。中国共産党にかこつけて、安倍政権に斬りつけるとともに、中国共産党に対するきわめて優秀な弁護人の役割を果たしている。

やはり、読んでよかった。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































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