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ラグビーワールドカップ2019 熊谷

熊谷ラグビー場に行ってきました。

アルゼンチンとアメリカの試合でした。面白かったー!

埼玉県寄居在住の先輩がいるんですが、その方に誘っていただきました。その息子さんが高校でラグビーをやっていて、親子でラグビーファンなんです。

その寄居から秩父線で熊谷へ。熊谷は、すでに駅の段階からワールドカップ真っ只中。熊谷ラグビー場で行われる三試合の、今日がその最終日とあって、最後の瞬間まで余すところなくワールドカップを味わい尽くそうという気概が感じられます。ラグビーWC熊谷_191010_0001 (秩父線寄居駅 ラグビートレインが走ってました)

ラグビーWC熊谷_191010_0002 (熊谷駅前 夏の祭りの時に繰り出す山車が並んで、ラグビーファンを迎えます)

駅からしばらく歩いたところから、シャトルバスに乗って熊谷ラグビー場に向かいます。道にはボランティアの人がたくさんいて、案内をしています。ボランティアの人たちが一緒になって、大会を盛り上げているんですね。同時に、彼らも大会を楽しんでいるようです。
ラグビーWC熊谷_191010_0003 (出場チームの国名を書いたのぼり旗、桃太郎旗が並びます)

ラグビーWC熊谷_191010_0004 (バスを降りて、ラグビー場に向かいます)

ラグビーWC熊谷_191010_0005 (熊谷ラグビー場到着 胸が高鳴る)

ラグビーWC熊谷_191010_0006 (ピカチュウを着た、リザードンを着たアルゼンチン人がいる)

ラグビーWC熊谷_191010_0007 (アルゼンチン対アメリカです。向こうでアメリカチームが練習してますね)

上の写真、ラグビー好きの兄にメールで送って自慢したら、兄が南アメリカ人と肩を組んでいる写真が送り返されてきました。横浜にニュージーランドと南アフリカの試合を見に行った模様です。

ラグビーWC熊谷_191010_0009 (快晴の中に、アルゼンチンとアメリカが同居。ラグビーは敵味方が入り混じっての応援なんですね)

ラグビーWC熊谷_191010_0011 (国歌斉唱 団体で観戦に来た小学生が、両国の国歌を大きな声で歌ってました)

ラグビーWC熊谷_191010_0012 (キックオフ)

ラグビーWC熊谷_191010_0014 (ラインアウト)

ラグビーWC熊谷_191010_0015 (スクラム)

総合的にはアルゼンチンの方が、明らかに上って感じさせる試合でした。私の後ろ斜め上から、USAお姉さんの「Go Boys!」っていうよく通る声が響きます。隣の日本人お父さんはアルゼンチン一辺倒。私は常に判官びいきで、弱いアメリカに頑張ってもらわないとゲームが面白くありませんから、USAお姉さんと一緒に「USA USA」です。

まったく、原爆落としやがって!

ラグビーWC熊谷_191010_0016 (ノーサイド)

ラグビーWC熊谷_191010_0019 

大きな男たちのぶつかり合いを、すぐ目の前で見ることができました。大迫力です。私を誘ってくれた先輩も、息子さんがラグビーをやってる時は、ハラハラしながら応援をしていたそうです。

試合終了のあと、戦った相手を称え合う、こういう姿勢は、とても好ましく思われます。サッカーと大きく違うところですね。

ラグビーWC熊谷_191010_0021 

ラグビーWC熊谷_191010_0023 (アメリカチーム 予選敗退)

ラグビーWC熊谷_191010_0024 (アルゼンチンチーム 予選敗退)

彼らにとってのワールドカップ2019は、これで終了です。

ラグビーWC熊谷_191010_0026 

熊谷にとってのワールドカップ2019も、これで終了です。自分の街にワールドカップがやってくるってこういうことだったんですね。ものすごい数のボランティアが、熊谷に来てくれた人たちに喜んでもらおうとして、一生懸命になっています。本当偉いもんだと思いました。

さて日本、悲願の決勝トーナメント出場をかけて、日曜日にスコットランド戦ですね。相手もこの試合にかけてくる。「スコットラドをボコボコにしてくれ、日本代表!」




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府中競馬場に行ってきました

菊花賞、どうでしたか? 取りました?

今、21日(日)の朝です。この記事は夕方に公開する予定のものなので、もう菊花賞の結果が出てるんですね。私は、大もうけしているでしょうか。

私、以前はよく、競馬をやってたんです。特に山をやめざるを得なくなってから40歳位までの間、かなり入れ込んでました。本気で競馬をやると、飛ぶようにお金がなくなりますから、時にはカードローン付けになって首をつったり、仕事のお金に手を付けてマンションから飛び降りたり、当たり屋を試みて交通事故死したりする人がいます。私はそうならないように、データの管理をして、負けをそこそこに抑えて楽しんでました。

ただ手間がかかりますからね。何年かやってたら面倒になったのと、子どもの教育費がかかるようになって、そこそこに抑えたと言っても競馬で負けてるわけに行かなくなって遠ざかりました。

ただ、競馬仲間に誘われて競馬場に行くときだけはね。年に3回位のもんですからね。

昨日、20日(土)は、そんな数少ない1日。府中競馬場に行って、1日遊んできました。
競馬 (5)  

なんと、9時の開門と同時に、席取りに走ったのは私です。ゴール板前の上段です。

競馬 (6)
向こうに見えるのは丹沢山系ですね。左側は大山でしょう。右側は塔ノ岳か、丹沢山か。

競馬 (8) 競馬 (7) 競馬 (4)
以前はデータ競馬をしていたんですが、データ競馬は継続こそが力ですからね。たまにしか競馬をしない私にはまったく無理。そのかわり、もっぱらパドックで馬をみるようにしています。

午前中の未勝利戦、新馬戦あたりだと、あからさまに分かります。軸を外すことはあまりありません。ですから昨日も、5レースまでは、軸を外したのは1度だけです。馬券は別ですけどね。へへへ。

古馬だと分かりにくくなりますが、それでもあたりにかからずに、仕上がりと気配で買うようにしています。競馬 (3)
昨日は久しぶりに太陽が照りつけました。この頃は日が低くなって、私たちは結構高い席に座ってたんですが、それでもずっとお日さまに晒されました。酒のんで、頭使って、日に晒されていたら、すっかり疲れてしまって、パドックの裏の木陰で小休止。英気を養ってメインレースに臨みます。

競馬 (10)
結果は、あえなく敗退。そのまま、オケラ街道へ。

競馬 (11) 競馬 (2) 競馬 (1)
府中競馬場西門の前の飲み屋街。オケラ街道と呼ばれますが、午後4時を過ぎると府中本町と競馬場をつなぐ通路の下にテーブルと椅子が並び、競馬親父たちが、そのまま変えるにはあまりに高まった興奮を鎮めるためにグラスを傾けます。

競馬場側から“みなみや”、“南里”、“山田屋”、“きらく”、“春の家”・・・。私たちはいつも南里によっていきます。焼き鳥、ポテサラ、モツ煮、カツ煮が定番です。

“春の家”の向こうにも店が続いていたんですが、マンションが立って無くなってました。「こっちの店もそのうち無くなる」なんて誰かが言ってました。

街の移り変わりなんてそんなものですが、無くなるまでは通うぞ。とことん脱力するようなこんな時間、出来れば失いたくないな。




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テーマ : 競馬
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埼玉県こども動物自然公園

12月は義父と叔父が立て続けになくなり、その関連だけで2週間ほどを過ごした。年があらたまって、身内だけでホッとした正月を過ごしたが、それが過ぎれば当然のことながら49日ということになる。一日だけ、若い人たちを連れて越生の山に行ったけど、山を歩いたのはそれだけ。義父の49日では、孫が泊まっていったので、放っぽって山に行くわけにもいかず、近くの動物園に行きました。考えてみれば、歩いて15分のところに《埼玉県こども動物自然公園》があるってことは、とても贅沢なことかもしれない。
地図
そうですね。今は孫を連れて行ってるけど、もとはその孫を産んだ娘が小さいときに、まるで通うように行っていた動物園です。つくづく、もう私たち夫婦は、自分たちのことだけを考えて生きて行っていいんですね。
動物園1 (9)動物園1 (8)
動物園1 (7)猛獣はいません。わりと地味目は動物たちが多いですね。でも、最近は旭山動物園みたいに、見せ方にずいぶん工夫をしている様子が感じられます。
動物園1 (2)動物園1 (1)
P1210027.jpg上の写真は“やぶ犬”という…そう、犬。動物園で犬だからね。左はペンギン。こういうのを撮りに、大きなカメラをぶら下げた年寄りもけっこういたりする。女の人もいるよ。
P1210025.jpg林の向こうに見える建物は、大東文化大学東松山校舎。その下にグラウンドがあって、ラグビー部が練習してたり、休みの日には試合をしていることもある。
P1210023.jpg P1210019.jpg
誰でも分かる牛とキリン。牛くんのところでは、乳しぼりもできる。すぐわきで売ってるコーヒー牛乳には、ここの牛くんの牛乳も使われている。
 P1210017.jpg シマウマ
 P1210020.jpgこの建物は、ビアトリクス・ポター資料館。ピーターラビットの作者ね。なんでも、近くの大東文化大学英米文学科の所有するビアトリクス・ポターに関する資料を展示している。

別料金なので、入ったことはない。なにしろ私は、孫1号と孫2号を放牧に来ているのだから。
まだまだお昼寝が必要な小さい子なら半日、大きな子ならたっぷり1日遊べます。何せ広いから。

私は年間パスポート(3回来れば元が取れる)で入り浸ってます。道路を歩くより、ここなら何の心配もせず、よそ見しっぱなしで散歩できる。しかも、坂道だらけなので、それなりに運動にもなるというおまけ付き。

ぜひ一度お立ち寄りください。




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10/21府中競馬場

昨日、府中競馬場に行ってきた。一緒に行ったのは、30年前に勤務していた職場の仲間だ。その頃は、職場では、派閥争いというのとは違うんだけど、まあ、保守派と革新派とも少し違うんだけど、まあその辺の厳しい対立があって、何かと言えば角を突き合わせあっていた。喧嘩ばかりしていたから、その分思い出深い。私はそこで、競馬を始めた。

私の祖父の祖父の代、私の家には三人の兄弟があって、いずれも放蕩者で、どうやら博打で身上をつぶした。祖父の父は病弱で、若かった祖父が悪戦苦闘して家の建て直しの土台を固めたんだとか。・・・これは、祖母から聞かされた話。

まえに、家の二階で、ベレー帽をかぶった男の幽霊を見た話を書いたことがある。家族がみんな、「お前は馬鹿だからそんなものを見る」と取り合ってくれなかったところ、祖母だけが信じてくれたという話。祖母によれは、私の枕元、・・・いや、足元だった。足元に立ったベレー帽の人は、明治の終わりに家の身上をつぶした三兄弟の末っ子だというのだ。

「お前も三兄弟の末っ子だから、絶対に博打に手を出すんじゃねえで」というのが、話の成り行きだ。

そんな私が競馬に手を染めてしまったのは、ちょうどオグリキャップの頃。私の罪は、全て悪い友達のせい。何でもかんでも悪い友達のせいにしてきたが、どうやら母は、早くに見破っていた。「お前は嘘をつくから」って、なにかあるとそう言っていた。

その“悪い友達”と府中競馬場に行ってきました。翌日は、衆議院議員総選挙。そして台風が接近する雨の府中競馬場。お昼を過ぎたことは、芝ダートとも不良馬場となっていました。
9時の開門とともに若い人に走ってもらって、ゴール盤前の絶好の席を取った。あとからゆっくり歩いていったが、結果的には、歩いていっても席は空いていた。

それでも世の中にバカが多い。
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競馬を始めた頃は、とにかく多くのレースを検討対象とし、研究対象としたレースは、かなり高い確率で賭けの対象とした。

最初の頃はひどかった。小遣いなんてあっという間で、定期預金も解約して手を付けた。
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数年で、なんとかトントンに持ち込むすべを覚え、プラスも出るようになったが、そのへんで飽きてきた。職場が変わって“悪い友達”とも距離ができてしまって、その後はほそぼそ続けているだけだ。

あとは年に数回、“悪い友達”と府中に来る。
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かつてはデータ派だったけど、データ取ってないから、もっぱらパドックに入り浸る。見るのは、毛艶と踏み込みと気迫。

500万より上のレースだと、まずみんなよく見えるからわかりにくいけど、新馬や未勝利のレースなら、けっこう分かりやすい。

だけど、この日は、朝からそれがさっぱりで、いいと思った馬が走らない。これはないと思った馬が好走して、私の馬券を紙くずに変えていく。
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11レースの頃には、空も重く垂れ 込んで、まるで私の心のよう。20171021_153249.jpg
最終レースでなんとか取り戻そうという悪あがきも失敗に終わり、私も負け犬たちの列に加わり、肩を落として歩く。PB180017_201710220802386d3.jpg
でも、大丈夫。

競馬場を出れば、すぐに立ち並ぶ数件の飲み屋が、負け犬の心を癒やしてくれる。そして負け犬たちは、この飲み屋で有り金をはたき、明日のレースに臨む無謀な心を奮い立たせられてしまう。
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雨の日でも大丈夫。ここは府中本町駅から競馬場に向かう空中歩道の下。いつの頃からか、この数件立ち並ぶ飲み屋の一つの《南里》という店を選んで、その前で飲んで帰るのが約束事になった。

ほんの小一時間、ここで飲むために、実は競馬場に来ているのかもしれない。
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明日は、菊花賞。ブログがアップされる頃には、結果が出てるな。道悪で、怪我をする馬がいませんように




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テーマ : 競馬
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稀勢の里、相撲をとれ❢ 『生きざま』 貴乃花光司

大相撲初場所も序盤を終わり、横綱を狙う期待の稀勢の里はすでに二敗。ほとんど絶望と言っていい。稀勢の里に一喜一憂するのは、正直疲れた。稀勢の里はおそらく、なにか勘違いしている。いったいなにが怖いんだ

“横綱”の地位は、ふさわしい者に与えられる。狙うものではない。たとえどんなに周りから期待されようと・・・。あなたは、ひたすらあなたの相撲を取ることに専念するだけだ。

以下は、平成25年1月の記事に加筆修正したものです。

相撲界を頼んだ 『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』相撲界を頼んだ 『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』
(2012/12/13)
貴乃花光司

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これからの時代、ますます世界に出て行く日本人が増えていくだろう。そういう子たちの胸に「日本人としての誇り」の種を蒔くことは我々、大人だと思うのだ。「母国に対する誇り」なき者は世界では戦えないのだから。

子供の頃、私のごひいきの力士は藤ノ川だった。学校から帰って、ランドセルを放り投げるや遊びに出かけるのだが、相撲をやってる時だけは、遊びもそこそこにうちに帰り、祖父母とともに相撲に熱中した。なかでも小兵ながら“今牛若”と呼ばれる藤ノ川、強さよりも諦めない相撲に惹かれた。文字通り判官びいきということになるが、大柄な力士に立ち向かっていく姿勢には、“凄み”を感じた。 
藤ノ川に惹かれていた私は、ごく自然に、それに続く小兵力士貴ノ花に熱狂した。貴ノ花に対する思い入れは、藤ノ川に対するもの以上で、“僕のヒーロー”としか言いようがない。いつも、貴ノ花の前に立ちはだかる厚い壁を憎んだ。輪島を、北の湖を・・・。藤ノ川
 
貴ノ花1実はその日のことがこの本の中にも書かれているが、貴ノ花の引退は本当に悲しかった。もちろんその後も相撲好きの私ではあったが、貴ノ花時代の熱狂からは遠ざかった。あの時の熱狂が蘇ったのは、若花田、貴花田の登場だった。
 この本には、まるで宿命であるかのように、父の道に自分を重ねて相撲界に入った貴乃花光司が、どのような姿勢で相撲に向き合い、どのようにして“あの一戦”に立ち向かっていったかが書かれている。その純粋さを理解できないマスコミは、自らの作り上げたイメージから離れていく貴乃花を、今度は引きずり下ろしにかかった。当たり前の若造であれば、彼は耐えられなかったろう。でも彼は違った。彼の純粋さは、彼自身を相撲に昇華させたといっていいだろう。マスコミになんと書かれようと、彼の生きざまはその相撲そのものに表現されていた。
 あれだけの“魂”を感じさせる力士が出ることは、おそらくもうないのではないか。すくなくとも、私の人生の中ではないだろう。しかし、それに出会えたことに感謝したい。彼の引退後、相撲界は迷走を続ける。八百長事件、賭博事件といろいろあるが、なによりも私が危惧するのは、土俵上でとられる相撲そのものだ。美しくないのだ、相撲が・・・。土俵上のひっぱたきあいはいかにも見苦しい。

この本は、貴乃花親方が自分の半生を振り返り、おそらくこれまでを振り返ることにより、これから辿るべき道を模索しようと出版されたものと推察する。読んだ私は、なんとも波乱万丈の人生を・・・、と思わざるをえない。それでもあえて言わせてもらう。「頑張ってください。私も相撲が好きです。心を揺さぶられるような相撲が、これからも見たいです。」

   

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稀勢の里 白鳳戦(九州場所十四日目)の万歳三唱

相撲の大ファンです。なかでも、稀勢の里は、萩原という本名で土俵に上がっていた頃から注目してきた。「稀な勢いで駆け上がる」という願いを込めて“稀勢の里”という四股名に変わった頃には、その名の通り、順調な出世を疑わなかった。

しかし、恵まれた身体に慢心したか、捌きが上達せず、ほかにも詰めの甘さ、勝負に向けての心の作り方など、多くの欠点を露呈して、出世が遅れた。それでも、少しずつ、少しずつ、相撲がうまくなった。詰めでは腰をどっかり落として相手を寄り切る形を身につけて大関昇進。栃東、魁皇引退後は、モンゴル勢に太刀打ちできる力士もない状況で、稀勢の里への期待は高まった。

最後に残った課題は、“立ち合い”と“心”。今場所、十三日目、十四日目に行われた二人の横綱との勝負は素晴らしかった。びっくりしたのは、出足の鋭い日馬富士、白鳳の両横綱に立ち勝ったこと。それ以上に、そこに至る心の作り方だ。風格では白鳳と五分五分、日馬富士に対しては、完全に上を行っていた。



ほんとうに嬉しい相撲だった。もしも今場所で見せた風格が本物なら、・・・。期待は高まるが、これまでにも何度も裏切られた。期待はほどほどに、もし本当にそうなったら、そうなったときに喜ぼう。

それはそれでいい。《それでいい》では済まされないのは、客席から自然発生した万歳三唱だ。場所に駆け付けた観客が熱狂するのは分かる。それだけ稀勢の里に対する期待が大きいのも分かる。だからと言って万歳三唱はない。力士たちはお互いのすべてをぶつけあった勝負でも、終われば一礼をして土俵を下りる。この時、負けた白鳳も一礼をして土俵から下りている。勝ち負けは礼で段落がついている。それを客席から蒸し返しては、次の勝負への遺恨にしかならない。

たしかに、モンゴル勢の相撲には美しさに欠ける部分がある。張り差し、張り手、かち上げ、強引に相手の頭を押さえつけて、ときには髪や髷に影響するのもお構いなし。十三日目、切羽詰まった日馬富士が稀勢の里を強引にこてに振ったが、相手が負傷することへの頓着など微塵も感じられなかったし、むしろそれを望んだのではないかとまで思わせる行為だった。

《それでも》、である。勝負には清々しさが必要である。稀勢の里はそれをつらぬいている。他にも、そういう力士は決して少なくはない。ならば、応援にも清々しさが求められていい。

「白鳳もいい相撲だった。次は負けるなよ、横綱」という声がかかってこそ、次の勝負が楽しめる。

もう一つ、最近、テレビに映りやすい客席で、力士の名前を半紙程度の紙に書いて応援している人たちが目につく。気持ち悪い。なんかの宗教団体の刷り込みのようだ。どうして応援している《私》をテレビにアピールする必要がある。


   

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海老沼、反則のりこえ金 世界柔道

金メダルをかけた決勝は、カザフスタンのムカノフ選手との一戦。選手のムカノフ選手の反則は、立ち技のなかで脇固めの状態に入り、そのまま体重をあずけて投げたことだ(動画4分45秒)。通常であれば、技に入った時点で反則負けになるはず。審判が試合を止めなかっため、ムカノフ選手は寝技に入ってからも腕ひしぎを続ける。海老沼選手は倒れた時点でかなりのダメージがあったはずだが、待てがかからず、そのまま締めあげられた。結局、審判は、ムカノフ選手の反則を取らなかった。

左腕を痛めた海老沼は、審判に対して右でをあげて痛みをアピールするが、審判は一向に意に介さず、“はじめ”をかける。

すでに異常であるが、驚くべきは、この直後にムカノフ選手が、ふたたび脇固めから海老沼を投げようとしたことだ。袖を抜いて事無きを得たが、技に入ろうと動いた時点でムカロフ選手の反則負けのはずだ。にもかかわらず、審判団には何の動きもない。苦悶の表情を浮かべる海老沼選手。“はじめ”の声が非常に響く。

奇跡はその直後だ。海老沼が真っ向から痛い左腕を伸ばして相手の襟をとり、一瞬の大内刈で一本。


一体この試合は何だったろう。脇固めからの投げは大変危険な反則技。反則技は禁じ手であると同時に選手を守る。ところがこの試合を見る限り、それを禁じ手とされているのは海老沼選手だけであり、ムカロフ選手には禁じ手とはされていない。 そんなことがありえるか。

不思議なのは、二度目の反則だ。ムカロフ選手は確信を持って技に入っている。この時、審判の意向がムカロフ選手に流れているのを確信した。 いったい、この不正はどの規模で行われているのか。

日本が嫌われるのは哀しいが、「嫌うな❢」と言ったって相手の感情を強制できるわけじゃなし、仕方がない。だからといって、この試合は酷い。スポーツすら正々堂々と出来ないのか。

柔道は、日本人の心を、Judoに伝えることは出来なかったのか?これでは日本人選手がかわいそうだ。


  

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テーマ : 日本の良いところを守りたい
ジャンル : 政治・経済

天皇賞 デムーロ騎手が両陛下に跪いて敬意

sfm2013ga さんから借用

両陛下、競馬・天皇賞を7年ぶり観戦 復興行事ねぎらう
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121028-00000021-asahi-soci

七年ぶりに天覧レースとなった天皇賞。

直線に入り、後方から内をついて一気に伸びたエイシンフラッシュが一着。鞍上はミルコ・デムーロ。ウィニングランを続けるエイシンフラッシュとデムーロ騎手が正面スタンド前に戻ってくる。突然下馬するデムーロ騎手。手綱を右手に、左手でヘルメットを取り、正面に向かって跪くデムーロ。

自分の中で、一瞬時間が止まったように感じた。

やられた。カッコ良かった。 デムーロ騎手に泣かされてしまった。

最後の最後まで、見事な騎乗ぶりだった。

日本人騎手に、あれをやってほしい。
 





  

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テーマ : 天皇陛下・皇室
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<WBC不参加決議>選手会

WBC 日米双方が主張譲らず
NHK NEWSweb 7月20日 18時1分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120720/t10013735871000.html

WBC参加問題、選手会がボイコットと報道

SANSPO.COM 2012.7.20 18:16
http://www.sanspo.com/baseball/news/20120720/npb12072018170006-n1.html

新井貴会長「苦渋の決断をした」
SANSPO.COM 2012.7.20 20:49
http://www.sanspo.com/baseball/news/20120720/npb12072020500013-n1.html

<WBC不参加決議>選手会「将来考え」 収益配分に不満
毎日新聞 7月20日(金)21時16分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120720-00000100-mai-base

WBC 埋められなかった溝…日本球界の孤立化の懸念も
産経新聞 7月20日(金)21時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120720-00000609-san-base

前会長宮本慎也選手(ヤクルト)の言葉に尽きる。「第三者機関が中心となって、本当の意味での世界大会ができることを選手会は望んでいる。」選手会のメンバーもそれを望んでいるし、状況を知れば、日本人の多くがそうでなければならないと感じるだろう。しかし、WBCはMLBが市場拡大のために始めたことであり、彼らは野球を世界に広めることを目的としているわけではない。元々が金儲けなのだ。アメリカでの視聴率も上がらず、日本チームに寄せられたスポンサー料や代表チーム関連グッズのライセンス料まで掠め取る。今の状況でWBCが続くと思う事自体が間違いだ。本拠地でも、第3回大会くらいが限度と踏んでいるのではないだろか。よっぽどの恥知らずでなければ・・・。何れにしても現状では長続きするはずがない。宮本前会長のいうようなシステムに移行していく努力がどれだけなされているのかはまったく知らないが、この度の選手会の決定を刺激に、日本プロ野球界が独自の道を歩き始めて欲しい。

日本野球界WBCボイコット騒動の根っこにある問題は何か
DIAMOND online 2011年8月23日

http://diamond.jp/articles/-/13661

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テーマ : 野球全般
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やり投げ ディーンが初Vで五輪内定 村上は2位

6月9日(土)に行われた陸上日本選手権、男子やり投げ。

凄い試合だった。日本選手権で、二人の選手が80mを大きく上回るレベルで争う試合が見られるとは・・・。

第一人者の村上幸史は、太ももを痛めて、今季、実力を発揮できない試合が続いていた。一方、ディーン・元気は、努力を背景に、その持てる才能を開花させた。4月には、村上の最高記録を上回り、日本歴代2位となる84m28という記録をたたき出していた。

しかし村上は、ここに合わせて体調万全に仕上げてきた。2投目、ディーンは81m62を投げれば、村上は82m93の大会新記録を叩きだす。この段階で世界レベルの勝負に突入。しかし、圧巻はここから。村上は3投目にさらに記録を伸ばし、83m95の自己最高記録をマーク。流石の力を発揮し、やはりここは村上か、とだれもが思ったろう。

ディーンの4投目。多くの選手が客席に手拍子を求める中、彼は人差し指を唇に当て、静粛を求めた。自分のやるべきことに集中できる環境が欲しかったのだろう。静まり返った中、ディーンが槍を担いで走りだす。スピードに乗ったまま投擲。そしていつものように飛び込むように倒れこむ。放たれた槍はぐんぐん伸び、村上の3投目とほぼ同じ距離に突き刺さる。84m03。村上の記録を、わずか8cm上回る。

4・5・6投目、村上は納得できる投擲ができず、試合を終わる。6投目、最後の投擲を終えた村上がベンチに帰る。オリンピック出場と優勝を決め、歓声に答えようとするディーンがベンチから飛び出してくる。勝者と敗者がすれ違う。村上は笑顔で後輩の勝利を讃え、勝者と手のひらを合わせる。

心に残る、名勝負だった。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/channel/live/show/athletic/784&manual=1

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ありがとうございました



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あなたにとって切ない歌とはなんですか?
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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