めんどくせぇことばかり 日記
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4月5日(水)東松山市物見山つつじの様子

物見山につつじの様子を見に行ってきました。

今年は何かと花が早く、物見山の桜も、入学式を待たずに散ってしまいました。つつじは咲き始めています。まだまだ五分手前ですが、
週末には、弁当持っていって楽しむには十分な状態になるでしょう。

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テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

小さな満月を見ながら帰ってきた

娘婿の父親が亡くなった。

埼玉から徳島まで、弔問に行ってきた。娘婿から連絡をもらったのが木曜日の夜だった。土曜お通夜、日曜告別式と、大変忙しい日程で、ヘトヘトになってしまった。

埼玉に住んでいる娘夫婦のもとに、最初に危篤の連絡があったのは、2週間前のことだった。秋には娘夫婦の家に遊びに来て、春には庭の世話に来てくれると言っていたというのに。抱えていた持病があり、年末に新しい薬を使うようになったという。その薬の副作用が命取りになってしまった。25万人に1人という確率の副作用だったという。

自宅で倒れて、救急隊により救急ヘリで移送されたようなのだが、同居する家族と意思疎通できたのは、倒れる直前が最後だったようだ。移送された病院でも、希有な副作用に医師たちの関心も高く、懸命に治療に当たってくれたそうだ。

意識を取り戻すことがないまま、娘婿は一度埼玉に帰り、1月下旬に再び徳島へ。親族で相談して、納得の上で、2月2日木曜日に、命の綱になっている幾つかの装置をはずした。そしてその日の夜遅く、亡くなったという連絡が来た。

万が一のことがあったら、こちらから喪服等を送り、身軽な装いで徳島に行こうと思っていた。昨年、私の叔父が亡くなったときは、訃報から通夜まで、1週間かかった。1週間とまでいかなくても、それなりに時間的余裕があるものと油断した。

金曜日の夕方、私たち夫婦は、娘の家に泊まることにした。そして土曜の朝早く、私たち夫婦と娘は、小学3年生と保育園年長組の子どもを連れて、大きな荷物を持って羽田空港に向かった。娘婿の式服一式も、私たちの荷物になっていた。

羽田では慣れない搭乗手続きに汗をかき、乗り継ぎの悪いローカル線で消耗し、ようやくセレモニーホールに到着したのは、通夜の始まる1時間前だった。

その晩は、車で30分ほどのところにある、本来、外国人観光客を想定した、簡易宿泊所のような宿屋に宿泊。共同シャワーで食事はない。朝食は、コンビニまで、おむすびを買いに行った。

翌日は10時に納棺、11時から告別式。12時から斎場で荼毘に付し、その間に昼食。1時半頃に収骨し、2時から初七日の法要となった。2時半過ぎには散会となったが、徳島駅に向かう電車が、4時半までない。

その間に、着替えて宅配に回せる荷物をまとめ、今度は身軽で帰れることになる。4時にホールの方に駅まで送ってもらい、帰途につく。帰途も同様、こちらのローカル線は駅の停車時間がとてもに長い。しかし、それは最初から分かっていた。どうせ、徳島空港最終便にしか乗れない。ただ、それぞれの待ち時間が中途半端なため、食事の時間が取れず、その時その時、中途半端に食べて先へ向かう。

羽田を出たのが夜10時頃。娘夫婦の家の最寄り駅についたのは、11時半を過ぎていた。中天には、今年一番小さく見えるという満月が、煌々と輝いていた。

祖父母はとおに亡く、私たち夫婦の4人の両親も見送った。私の父は7人兄弟、母は4人兄弟で、多くの叔父・叔母も見送った。これまで、ずいぶん多くの葬儀に参列した。しかし、この度の葬儀は、特別なものだった。逆順で、親を残して死んだ従兄弟もいた。しかし、娘婿の父親の死は、順番どおりに死んでいって、いよいよ自分たちの番がやって来たことを意味していた。

娘の家近くにおいていた車で、40分ほどかけて、妻と家に帰った。さっき見た、今年一番小さな満月は、少しだけ西に傾いていた。

テーマ : 日記
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虹が出ていた

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埼玉県東松山市岩殿 西本宿の交差点から高坂ニュータウン方面を見たところ
七月七日(木)朝四時四五分

彼岸花

埼玉県日高市に巾着田と呼ばれる場所があり、毎年、9月下旬から10月上旬は、高麗川に沿って曼珠沙華が咲き乱れる。

多くの花好きが集まって混雑するが、感染症が流行する今年は、曼珠沙華まつりを中止にし、曼珠沙華が咲き始める前に、花芽を刈り込んでしまったそうです。仕方がありませんね。

だけど、どこにでも咲いてますからね。先日、越辺川の土手に行って、曼珠沙華を楽しんできました。よかったですよ。

土手の上の自転車は、私のロシナンテ号です。・・・チェ・ゲバラの真似。

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テーマ : 写真日記
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9年経ちましたね

9年前の今日、私は定時制の職員室にいた。

なじみがない人が多いと思うので、定時制高校のことを紹介する。

かつて、働きながら勉強して、高卒の資格を取りたいという人たちにとって、定時制高校はなくてはならないものだった。私の父も定時制の出身。戦中から戦後にかけて、定時制に通っていた。

日本が豊かになって、誰もが高校に行くのが当たり前になって、定時制は徐々にその役割を失っていく。それでも、看護学校の生徒が、夜は定時制に通ってくることが多く、それなりに社会的役割を担っていた。

しかし、私が定時制に勤務した頃は、看護学校の生徒もいなくなり、入学してくる生徒は、何かとわけありの子ばかりだった。なにしろ、近隣に、いくらでも倍率を割っている全日制がある。全日制に入ろうと思えば、どこかしら入れる。すでに高校授業料無償化になっているのだから、それも理由にはならない。

小中学校の段階で不登校になってしまっていた子。何らかの理由で、いったん入学した高校を退学した子。何らかの理由で進級できず、それを機に定時制に転校するケースもある。外国人の子弟もいる。複雑な家庭環境の子とか。ときどき歴とした大人が入学してくる。貧しかった時代に高校に通えなかった年輩の方、ぐれていて高校をやめちゃった人とか。

1時間目は午後5時半に始まる。1時間目と2時間目の間に長めの休み時間があって、この時間に食堂で給食を取る。1日の授業は4時間で、午後9時過ぎに終わる。1日4時間だから、卒業までに4年間かかる。

職員の勤務時間は午後0時半から9時半。日教組健在の時代は、授業開始時間までに学校に行けばいいような状態だったそうだ。なめすぎだな。生徒が生徒だけに、教えるのは難しい。自分の勉強時間が取れるのは、本当にありがたかった。

9年前の3月10日が、卒業式だった。卒業式は視聴覚室で行なう。卒業生は10人にも満たない。私が担任をした学年は、中途も含めて38名の生徒がいたが、卒業したのは14人だった。それがその前年のこと、そしてこの年は10人だった。一人一人、名前を呼ばれて、返事をして、立って、校長の前に出て行って、卒業証書をもらって、戻って、着席する。

定時制の卒業式は、感動的だ。

その翌日、卒業生を送り出してホッとしたいところなんだけど、進級のかかった下級生たちの面倒がある。かなり切羽詰まった状況だった。午後2時半、職員室で、追試に回る生徒たちの補習に関する簡単な打ち合わせをする。すぐに打ち合わせを終えて、外で一服しようかと立ち上がった、その時だった。

地震だ。・・・

この日以来、生徒たちは学校に登校することなく終業式を迎えることになる。留年に回る予定の生徒も、特例で進級した。追試を受験する機会がなかったからね。

私は生徒指導主任をしていたが、終業式で話をした記憶がある。「私もあなたたちも、この震災を背負って生きていくことになったんだよ」って。

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妻沼聖天山節分祭

節分と言うことで、埼玉県熊谷市にある妻沼聖天山節分祭に行ってきた。

私は武蔵嵐山町の鬼鎮神社に行きたかったんだけど、連れ合いが、この聖天山が大好きなんだ。平家物語にも出てくる斎藤別当実盛が当地の庄司を務めていて、先祖伝来の聖天さまをお祀りしたのが始まりだそうだ。

この聖天山が節分祭でも賑わうと連れ合いが聞いてきて、結局、そちらに出かけてみることになった。東松山市のうちからは、車で1時間ほどのところだ、
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混雑するんだろうなと思って、車は2kmほど離れたところにある『道の駅妻沼』に止めて歩いて行った。12時半から豆まきなんだけど、ついたのは11時くらい。結果的に、駐車場はたくさんあって、その時間でも車は止められました。まあ、2kmくらいなら何でもないからね。

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まだ境内のお祭り気分は今ひとつ。とりあえず、いろいろと見て歩く。
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ここは太子堂。弘法大師を祀るお堂。聖天さまというのが、正しくは大聖歓喜天といって、弘法大師が唐で密教を学んで持ち帰ったときに、仏法の守護神として招来されたらしい。

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狛犬もどことなく品がある。

そして、なんと言っても、国宝の本殿。ものすごく彫刻が立派で、連れ合いがここを好きなのも、この本殿の素晴らしい彫刻に惹かれたから。なんだか、まるで日光東照宮みたい。
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これは吉祥天と弁財天が双六をして遊んでるところだそうだ。

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瓶からあふれているのは酒だそうだ。これで一生飲んでいけると喜んでいるんだそうだ。・・・あやかりたいもんだ。

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たしかに見事でしょ。

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輝いちゃってるもんね。

まだ、豆まきまでは少し時間があるので、ちょっと参道まで出てみた。すぐ目の前に、いなり寿司の店がある。以前、NHKが聖天山を紹介したとき、このいなり寿司やさんも紹介されていたという。実はその直後にここを訪れているんだけど、その時は店の前に行列が出来ていたんだそうだ。並びたかったんだけど、私が行列嫌いなもんで、連れ合いは言い出せなかったらしい。
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この日は、この状態。中に入ったら、二人待ってるくらいのもの。消費税が上がってから、持ち帰りに統一したんだそう。

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一人前460円。公園の日当たりの良いベンチに座っていただいた。とってもおいしかったが、ちょっと、私には甘みが勝っていた感じだった。境内の一角にお茶のサービスがあって、口に残った甘みを流し込んだ。

さて、いよいよ豆まきが近づいてきた。・・・と思ったら、そこからが長い。お菓子を投げてもらえる子どもだけの一角があって、木戸で仕切られてるんだけど、そこに押し込まれた子どもが「出してー」と泣き叫んでいる。ほとんど引きつけている。これが虐待でなくて何だろう。

お経が終わって、ようやく福男、福女が出てきた。
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はじまったー!・・・と思ったら、あっという間に終わりだよ。

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これがこの日の戦利品。




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東松山市の被災地の状況

東北から東海地方まで、広大な範囲に大きなな影響を与えた台風19号から、もう3週間経ったんですね。

私は被災を免れましたが、私の住む東松山市は被災しました。私の家は東松山市の高坂という地区にありますが、この地域を流れる都幾川と九十九川が氾濫し、多くの家が水浸しになりました。その様子は、台風の翌日、13日のブログで紹介しました。


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この写真もその際に使ったものです。画面右側にこちら川に向かって流れる都幾川の川面が写っています。堤防はここよりも300mほど下流で決壊しました。ぐんぐん水位が上がり、写真にあるように土手を隔てて早股の集落があるわけですが、このあたりは完全に一階部分が水没し、所によっては二階にも水が入ったそうです。手前にトタンの納屋がありますが、その屋根の白くなっている部分に水没のラインができています。土手は浮かび上がったものが打ち寄せられて、やはり緑の草地と土色のラインができています。

土砂崩れで道路が埋まったり、冠水した道路や各施設も多く、被災地には大型商業施設も含まれていて、そこは三週間たった今でも営業再開に向けての努力が行われています。

こんな状態ですから、毎年、この三連休に開催され、海外からもお客様をお迎えする日本スリーデーマーチも中止になりました。今年の大会は第42回になるはずだったんですけどね。

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これは、上の写真にも写っている土手の様子を11月1日に撮影したものです。上流に向かってのものです。このような土手の様子がずっと続いています。

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これは下流に向かって写したものです。先の方に写っているのが、早股橋です。

私は、この早俣という地域にボランティアに入ってます。とあるグループの一員として、5・6人から、多ければ15・6人のグループで、3~5台の軽トラに、ゴミと化した家財道具や、剥がした床材・壁材を乗っけて、集積所に運んでいます。台風に見舞われた翌週から、一般ボランティアの多く入る土日を除いて、ゴミを運び続けています。

年配の人が多いのですが、仕事をしている人もいます。できる範囲の自主参加なわけです。私なぞは、山に行くときは、他の人達におまかせしてしまってます。

先週は冷蔵庫などの家電やタンス、戸棚などの家財道具が多く出されました。自治会館や空き地に出されたゴミは、自衛隊が入って片付けていました。今週からは、被災した方が、縁者や大工さんを頼んで、床や壁を剥がしたり、屋根の瓦をおろしたりしていて、そういう物を運ぶケースが増えました。

だけど、それは一律にそうというわけではなくて、ご家庭の状況にもよります。一時的なゴミ出し場から遠くて、なんとか庭先に荷物を引っ張り出しただけというところもあります。思い切り水を吸ってしまった布団や畳はとてつもなく重く、大きな袋に詰め込まれた濡れた衣服、同じく鯉のぼり・・・。そうそう、ここはいつも新緑の季節に、大きな鯉のぼりを泳がせているお宅でした。

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その向こうに見える白い壁のお宅からは、たくさんの壁材が、土嚢袋に詰め込まれて出されていました。持って行ってもらえると助かると言われたのですが、とても昨日は手が回りませんでした。

今日からの三連休で、おそらく一般のボランティアさんも入って片付けが進むでしょうね。市や県といった自治体の動きが本格化すれば、私たちが手を出すまでもないと思うんですが、連休明けの週が潮時になるでしょうか。

だけど、荷物が片付けばそれで終わりじゃないですけどね。 



テーマ : こんなとこ行ってみました。
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秩父夜祭り 2日に行ってきました

今年は12月3日が月曜日。孫を連れて行くなら、保育園を休ませることになるから、12月2日の日曜日に行くことにしました。盛り上がりはぜんぜん違うものの、下郷と宮地以外の屋台は出てましたし、けっこう楽しめました。
お祭り (2)
中町の屋台かな。当番町みたいで、舞台をやってましたが、それが終わって、囃子手の人が乗り込みました。そろそろ動くんでしょうか。

逆側、神社側から、今度は本町の屋台が来ます。
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さらに、その後から中近の山車が来ます。お祭り (16) お祭り (17) お祭り (18)

中近の山車が、本町の屋台を追い抜きます。
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向こうから、中町、中近、本町。三台並びました。
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今度は中町が動き始めました、中近とすれ違うようです。
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中町の屋台が本町の屋台とすれ違います。
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これだけ屋台が行ったり来たりっていうのを見られたのは、今日が日曜日とは言え、2日だからこそだと思います。2日にお祭りに来るのははじめてなんですが、3日だったら、混雑で、こうは行かなかっただろうと思います。混雑の中に身をおくだけで疲れますからね。3日になると、関係者の方や警察の方が殺気立ってきますからね。

この後、仮設のお店で、焼きそばとからあげを肴に、一杯やりました。そしたらその前を、今度は中近の山車でしょうか。神社の方へ向かっていきました。お店の中から、飲みながら見てました。
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香具師の人たちの店は、ほとんどない状態でした。仮設の飲み屋さんも、2日の昼過ぎからやっと営業を始める感じです。公園の店もそうでしたし、街の中もそうでした。

屋台や山車は、宮地と下郷以外は、見られました。

神社にお参りしようと思いましたが、行列が階段のところまで続いていたので遠慮しました。

月曜とは言え、3日はそうは行かないだろうと思います。殺気立ってきますからね。

孫を連れていたので、2時の電車で引き上げました。昨年、一昨年と、同じように孫を連れてきましたが、今年が一番楽でしたね。

3日に秩父に行かれる方の、ご無事をお祈りします。




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5月28日 朝

還暦を間近にし、少しずつ身の回りを整理整頓してみようかと考えました。そう考えてみると、ブログに使っている時間がけっこう長いので、少し関わり方を変えていこうと思います。

この思いつきもけっこう衝動的なものなので、このあとのブログの形を整えていくには、それなりの時間が必要になるかと思います。自分でもどう変わっていくのかわからないところですので、大変無責任ではありますが、辛抱強くお付き合いいただければありがたいです。

足が良くなったことで、だいぶ生活が変わりました。これはうれしいことなのですが、長いこと足が悪い生活を続けていたもので、足が悪いことを前提に生活が構成されてました。

しかも、その間にブログを始めていたものですから、ブログは足の悪い頃の私にとって、大きな支えだったんです。

歩けるようになってもブログは大きな楽しみですけど、生活の中での比重はやはり変わりつつありますので、それに合わせて調整していこうと思います。
毎朝ネットで、主に海外のニュースをチェックしておりまして、ついでにそれをブログにあげていました。いつの間にかずいぶん時間を掛けることになっていたので、とりあえずそれをやめようと思います。ニュースのチェックは、相変わらず続けていきますけどね。

当面の大きな変化はそんなところかと思います。

ということで、今後ともよろしくお願いします。
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写真は奥多摩、海沢園地のものですね。昨年の夏に行ったときのものです。そうそう、 海沢園地からの帰り、舗装道路で大転倒して、膝に結構厄介な怪我をしたときのものです。

テーマ : 日々のつれづれ
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秩父夜祭り

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秩父のお祭りに行ってきた。故郷っていうのは、近くて遠いもの。私にとっても、やはり秩父は近くて遠かった。でも、もうそんな時期は通り過ぎた。秩父に行くのに、なんの“重さ”も感じない。昨年、足の手術を終えて退院してから半月後にお祭りに行ったときに、初めてそう感じた。
今回は連れ合いと一緒に、4歳になった孫1号を連れて行った。しかも、娘と、最近とみに難しくなった孫2号は私の家でお留守番。仕方がない、どう考えたって、ササッと引き上げるしかない。コピー ~ PC030022
そんなわけで、今回は10時過ぎに秩父駅について、神社にお参りして、周辺をフラフラして、数台の屋台と山車を見て、駅前で一杯やって、昼過ぎの電車で帰る予定。PC030024.jpg
残念ながら、近づけたのは、宮地と下郷だけ。孫1号は、4歳のくせに、誓うで見る屋台と近くで聞く屋台囃子には、なんか感じるところがあった様子。

ガキの割に、あきあきした顔や態度は一切なかった。
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すれ違って、秩父神社に向かって遠ざかるみやじの屋台。長い間、従兄弟が世話人をやってたんだけど、見かけなかった。

この写真、いいでしょ。やっぱり山が写ってるといいな。
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この写真と下の写真は、秩父橋方面から近づいてくる下郷の山車。長い坂道をゆらゆら揺れながら登ってくる様子は、まるで生き物のよう。PC030032_201712031457447c3.jpg
そう言えば最近、秩父が雲海の下に沈んでいる写真が話題になっているとか。その時雲の上に頭を出しているのが、下郷の山車の左側に立っている吊橋の柱。

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さあ、いよいよ登ってきます。このシーン。秩父夜祭りの、昼間の見せ場のひとつ。十年くらい前まではあまり知られていなかったんだけど、今は皆さんよく知ってること。大混雑でした。PC030038_20171203145747838.jpg
今日も、ここで知り合いに会った。兄貴夫婦に同郷の同僚。おそらく他にもいただろうけど、もういまさらあっても分からない。

歳を取るってのも、いいもんだと思うな。
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乗ってるのはみんな大工の棟梁たち。だから秩父の大工は跡取りに苦労しない。屋台や山車に乗りたくて大工になるやつばかりだからね。

下郷には兄貴の同級生が乗ってた。ちょっと、・・・ずい分前の話だけど。
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引き上がって、下郷の山車が交差点に入る。交差点で方向を変えて、秩父神社に向かう。PC030041.jpg
屋台囃子が方向転換の玉入れを叩き出す中、棟梁の頭に飛行機雲が突き刺さる。PC030042.jpg
方向転換を追えた下郷の山車が、秩父神社に向けて進んでいく。やはり背景は山がいい。PC030043.jpg
このあと秩父駅に戻り、近くの仮設で一杯飲んで帰った。この間、私と連れ合いと孫1号で食べたもの。団子2本、クレープ1つ、たい焼き1つ、焼鳥2本、わたあめ1つ、焼きそば1つ、お好み焼き1つ、ジュース1本、日本酒一杯。孫1号のお遊びは、グルグルくじ1回と人形すくい。

そう言えば、神社周辺や屋台・山車の通り道には案内ボランティアの人たちが何人もいたみたい。

あと、昼間っから飲んだくれてるやつはホーリャーイ人以外には見かけなかったけど、関係者が所構わずタバコを吸ってるのはダメだね。

あとは、赤ちゃんの授乳やオムツ替えのできる施設がどこにあるかだな。昨年、観光案内の人に聞いても、まったく配慮してなかった。

今んとこ、気がつくのは、そんなところかなぁ。
夜になって冷え込んできた。今頃秩父は最高潮の時を迎えてるんだろうな。・・・私は、もうあそこには近づかないほうがいいだろうと、自分で思っている。




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こんな本、あんな本
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。

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中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。

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高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。

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今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
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