めんどくせぇことばかり 歴史

カサブランカ会談の悪魔

(1941)8月、ローズベルトとチャーチルは協力体制を強化するために大西洋上で会談し、大西洋憲章を発表して両国の戦時協力目的を明らかにした。[P240]

この間も連合国首脳は、大西洋憲章発表後も会談を重ね、戦後構想を議論していた。かれらは、カイロ会談とテヘラン会談を経て、1945年にはドイツ降伏の前と後に、戦後体制についての本格的会合を持った(ヤルタ会談とポツダム会談)。[P242]


カイロ会談なんて、ただのルーズベルトとチャーチルのアリバイ作りで、日時も記載されず、代表の署名も追認もないただの声明で、誰が責任を持つものでもない。英米軍は支那や朝鮮、及び日本の領土的野心の犠牲になったアジアのために戦ってるのであって、アジアの解放軍である。蒋介石君、そうだよね。だってさ。・・・ざけんじゃねぇやそんなカイロ会談のことなんかどうでもいいよ。

そんなことよりさ、なんでかな~。なんで、カサブランカ会談のことを、教科書は書かないのかな。はるかに重要だと思うんだけどな。
アフリカ作戦の成功後、シチリア島・南イタリアへの上陸作戦をとることを確認したことと、枢軸国に対して無条件降伏を要求する方針を確認したことが挙げられる。 (wikipedia)

“無条件降伏”ときやがった。なにさまだ、ルーズベルトとチャーチルは・・・❢ と思ってたんだけど・・・、ところが「無条件降伏を要求する」なんてこと、一切話し合われていなかったらしい。当然、会談後の正式な発表文書にもそんな言葉はなく、突然、ルーズベルトの口から出たものらしい。その様子をチャーチルは、以下のように語っている。
一月二十四日の記者会見で、大統領がわれわれが敵全体に対して”無条件降伏”を強いるだろうというのを聞いて、私はいささか驚いた。・・・またコミュニケが作成されたときの三軍参謀首脳の会議に全部出席していたイズメー将軍も驚いた。大統領の後を受けた演説で、もちろん私は大統領を支持し彼が述べたことに同意した。このような場合とこのようなときにおいて、われわれの間に少しでも相違があったり、あるいは少しでも省略することでもあれば、それはわれわれの戦争努力に害を、あるいは危険をさえもたらすことになったろう。


頭くるな~、ルーズベルト。やっぱり、狂ってるだろう。でなきゃ本物の悪魔だな。ルーズベルトの“うっかりミス”みたいに言う人もいるけど、私はそうは思わない。

無条件降伏。負けを認めればどんな目にあわされるかわからない。男はみんな殺され、女は慰み者にされる。・・・馬鹿馬鹿しいですか。でも、無条件降伏ならあり得ないことじゃないでしょう。こう言われりゃ、日本もドイツも簡単には降伏なんてできなくなる。戦争は長引く。戦争が長引くことを望んでいるのは、・・・ルーズベルトだけだ。

ヨーロッパは戦場になっているわけだから、イギリスもフランスも戦争の長期化を望むはずがない。国力がつきようとしている日独は言うに及ばない。 

世界恐慌の影響でアメリカの失業率は二五%まで高まった。一九三三年に大統領に就任したルーズベルトはニューディール政策を掲げて大々的に経済に介入する。一九三七年、失業率は一四%まで下がったものの、これ自体決して低い数字ではない。しかも、翌年には再び一九%まで上昇した。

中途半端なバラマキはただの無駄遣いとなり、逆に財政までも逼迫させる。徹底して国家予算を経済につぎ込むためには“戦争”という理由が必要となる。そして一九四一年一二月、第二次世界大戦が始まるとアメリカ経済は急激に回復し、失業者も激減した。

一九四〇年、ルーズベルト三選を果たした。そして彼は四選をも目指していた。今、安倍政権が高い支持率を維持しているのは、アベノミクスの成果である。おんなじだ。ルーズベルトは一九四一年一二月の参戦によって得られた好況を、少なくとも一九四四年の大統領選挙まで維持しなければならない。



    

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“群れより祝う十七条”

“以後よく広まる”   これに続く言葉分かる? 

・・・、ピンポーン、そう、“キリスト教”、 “以後よく広まるキリスト教”と続く。フランシスコ・ザビエルによる『キリスト教伝来の年号、1549年を覚えるための語呂合わせ。
最近、素晴らしい語呂合わせを知りました。本能寺の変の1582年を思い出すためのもの。“いちごパンツに本能騒ぐ”ってスゴイでしょ。私だって本能騒いじゃうもん、いちごパンツ見たら。最高でしょ。・・・本題に戻ろ。
いちごパンツ
そんなバカな、もっともっと、ずっと前からキリスト教は日本に“伝来”していた。ただ、日本がそれを本来の姿のままでは受容しなかっただけで・・・。だいたい、唐王朝時代の支那で“景教”が流行したのは有名な話で、その支那に大和朝廷は遣唐使を派遣していた。

景教、もとのネストリウス派がエフェソスの公会議で異端とされたのが431年。コンスタンティノープルを追放され、東方に広まって、その後、ペルシャ人がアジアに伝道した。

子供に“馬小屋”と名付ける親はいない。廐戸皇子のこと。「まぁ~、かわいい馬小屋」っていうのはおかしい。ただし、その“馬小屋”という言葉が、当時、「素敵な言葉」として受け止められる何らかの背景を持っていたのであれば話は別。同時代の皇子たちを見ても竹田皇子、泊瀬部皇子に混じって廐戸皇子。特に、今のキラキラネームと違って変な名前をつけるブームがあったわけでもないらしいから、“厩戸”は皇子の名としてふさわしいと受け止められる常識があったと考えられる。常識として受け止められるくらい、飛鳥時代の日本にはキリスト教に関わる知識が入っていた。

ユダヤ同祖論なんて風呂敷を広げるつもりは毛頭ないけど、すぐそこにあったキリスト教に理由を求めて何が悪い?逆に、“以後、よく広まるキリスト教”・・・1549年キリスト教伝来・・・に洗脳されてない?

関係ないけど、私の好きな“年号語呂合わせ”
室井さん、白村江封鎖できません
いや~ん、見ないで平八郎
嫌でござんす、ペリーさん
一つくれよう、ロシアにパンチ


   

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北はナチスやクメール・ルージュに匹敵?

とても不思議なニュースを見つけた。
朝鮮日報 2014/03/18
「北の反人道犯罪はナチスやクメール・ルージュに匹敵」

国連の北朝鮮人権調査委員会のカービー委員長は17日、スイスのジュネーブで開催された国連人権理事会で、北朝鮮政権による「反人道犯罪」を、ドイツのナチス政権やカンボジアで170万人の国民を虐殺したクメール・ルージュ政権と比較し「北朝鮮で行われている組織的かつ広範囲な反人道犯罪について、これ以上傍観あるいは放置してはならない」と主張した。

カービー委員長は北朝鮮の最高責任者を国際刑事裁判所(ICC)に起訴すべきとも訴えた。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/03/18/2014031801007.html


理事会では北朝鮮による“日本人拉致問題”も取り上げられ、被害者家族会会長が発言する機会があり、北朝鮮代表が退場するという一幕もあったらしい。

“日本人拉致問題”を国際社会にアピールできたことは喜ばしいが、不思議に感じたのはこの記事に付された題名である。特に“ナチスやクメール・ルージュに匹敵”の部分。どうしてナチスからクメール・ルージュに飛ぶのか。クメール・ルージュは言うまでもなくカンボジア共産党。クメール・ルージュというフランス風の呼び名にフランス領インドシナ時代の残滓がある。

この組織は一九七六年代にポル・ポトを首相としてカンボジアを支配し、七九年の支配崩壊までの短期間に、虐殺と餓死で二百万のカンボジア国民を死に至らしめた。批判されるにふさわしいが、・・・。

クメール・ルージュを取り上げるなら、なぜ毛沢東の名前が上がらないのか。ポル・ポトは毛沢東思想の信奉者で、無知な農民を組織して“恐怖”によってカンボジアを支配した。権力を維持するために知識人を毛嫌いし、彼らが大量虐殺の対象となった。まるで毛沢東時代の支那で起こったことが、箱庭のようなカンボジアで繰り返された。毛沢東のために、真っ当な死を迎えられなかった人は、毛沢東の支配期間を合わせれば、・・千万人。

ポル・ポトが子分で、毛沢東が親分だ。どうして子分だけ取り上げて親分のケタ違いのの悪行を隠すんだろうか。

人権理事会とは国際連合の補助機関で、1946年に組織された人権委員会を前身とし、2006年に人権理事会に改組されている。理由としては、冷戦終了後、人権の普遍性を強調する西側先進諸国に対し、集団的権利や経済的権利を重視する一部途上国の対立という構造が、人権委員会において顕わになったとされる点である。また、人権機構の業務が拡大する中、人権委員会は当初の目的を達成できなくなっており、理事会の設置が決議された。

この決議にアメリカは反対票を投じている。理由はアメリカの希望するだけの強い力が理事会に与えられていなかったからである。アメリカは理事会への以降の際、運用過程で理事会の強化を表明している。

“Human Rights”で人権。「権利」と訳される“Rights”は、同時に「正義」であって、それが行われるようにするのが“Manifest Destiny”、つまり「明白なる使命」。神による「使命」を果たすために人権理事会には強い力が必要なんだけど、っていうのがアメリカの立場なんだろうけど。

ちなみに日本は、「慰安婦問題について国連のメカニズムの勧告に真摯に対応すること等」とか、「在日コリアンに対するあらゆる形態の差別を撤廃する対策を講じることなど」といった理不尽な韓国を受けている。

でも、いかなる取り決めを行おうが、いかなる組織をつくろうが、その運用を支配するのは“力”である。冷戦後、突出した“力”を示したのはアメリカであった。もともとアメリカは、他国への干渉に頓着なんかない。やばいことを抱えた国の防衛策としては、その組織の主要メンバーとなることで自分の国のやばい問題に目が向かないようにする方法もある。


産経ニュース 2013.11.13
中国、サウジ、キューバ…「人権侵害国家」相次ぎ当選 人権理事会選挙
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131113/erp13111322130006-n1.htm

北朝鮮人権調査委員会のカービー委員長が述べた「北の反人道犯罪はナチスやクメール・ルージュに匹敵」という言葉。世界の人権弾圧を監視する人権理事会理事国である支那を気遣ったものか、あるいはクメール・ルージュを避難することで背景にある毛沢東思想、ひいては支那の人権侵害を連想させようとしたのか。



    

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グラッドストン…アヘン戦争反対演説

グラッドストン…アヘン戦争反対演説
グラッドストンその原因がかくも不正な戦争、かくも永続的に不名誉となる戦争を、私はかつて知らないし、読んだこともない。今私と意見を異にする紳士は、広東において栄光に満ちて翻った英国旗について言及された。だが、その旗こそは、悪名高い禁制品の密輸を保護するために翻ったのである。現在中国沿岸に掲揚されているようにしか、その旗が翻らないとすれば、われわれはまさにそれを見ただけで恐怖を覚え、戦慄せざるを得ないであろう。・・・

確かに中国人には愚かな大言壮語と高慢の癖があり、しかも、それは度をこしています。しかし、正義は中国人の側にあるのです。異教徒で半文明的な野蛮人たる中国人の側に正義があり、他方のわが啓蒙され文明的なクリスチャン側は、正義にも信仰にももとる目的を遂行しようとしているのであります。

外相を務めるパーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)がアヘン戦争を主導した。それ以前に、アヘン密輸で利益を上げる広東イギリス商人の権益を代表する人物であった。清朝では、すでに1823年からアヘンがインド綿花を超える輸入品第1位となり、清朝は輸入超過による銀の流出を恐れていた。

清朝がアヘン禁止を実行に移すと、イギリス本国はパーマストンの主導で開戦に傾く。1840年2月には現地派遣軍と外交官にに主要港を占領し、不平等条約を迫るように訓令が出された。開戦は6月であるが、その直前、4月8日の議会におけるグラッドストンの演説の一部分である。

開戦賛成は271票、反対は262票。たったの9票差で、イギリスはアヘン戦争に突入した。


    

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『昭和のテレビ欄1954-1988』 その2

『<愛蔵版>昭和のテレビ欄1954-1988』『<愛蔵版>昭和のテレビ欄1954-1988』
(2012/12/25)
テレビ欄研究会

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とんでもない本が出た。ただひたすら新聞に出てるテレビ欄。うわ~、あの番組、この番組。みんな出てる。
1967年
魔法使いサリー、コメットさんB、冒険ガボテン島、ジャイアント・ロボ、ゼロ戦はやと、黄金バット、
悟空の大冒険、 おらあグズラだど、パーマン、マッハ・ゴー・ゴー・ゴー、リボンの騎士、ウルトラセブン
ガボテン島 悟空の大冒険 赤影 ジャイアントロボ ゼロ戦はやと
7歳の私は完全にテレビっ子。大半は、歌まで覚えてる。♫ガボテン、ガボッテン、ガボッテン、ガボテン、ガボッテン、ガボッテン♫。それ~が、ごく~うの、だ・い・ぼ・う・け~ん、ドカーン❢♫。♫赤~い仮面は~、謎の人~♫。ロボは最後、意志を持って、原子炉とかした悪役ギロチンを抱きかかえて宇宙に向かうんだよな。ッヴァッ❢

1968年
大魔王シャザーン、快獣ブースカ、サスケ、意地悪ばさん、バンパイヤ、サイボーグ009、河童の三平、
巨人の星、ウルトラセブン、てなもんや一本槍、ゲゲゲの鬼太郎
サスケブースカ大魔王シャザーンバンパイヤサイボーグ009てなもんや一本槍アニマル1 
あっ、山口先生・・・、なんだ、ブースカか。出てこいシャザーン・・・パパラパ~。おっ、水谷豊❢やっぱり009は“赤いマフラー”だよね、黄色いのはどうもね。“俺がこんなに強いのも、当たり前だのクラッカー”。

♫ア~ニマ~ル、アニマルワン、強いぞレスリング❢♫   昔っからレスリングが大好きだ~❢ 

許さねぇぞIOC

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NHK大河『平清盛』 低視聴率更新の背景

産経ニュース 2012.12.25
NHK大河「平清盛」全50回の視聴率、過去最低を更新
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/121225/ent12122511110007-n1.htm

これまでの最下位は平成6年に放送の、応仁の乱の時代を日野富子の生涯とともに描いた『花の乱』で14.1%だったそうだ。それが『平清盛』は12%だってんだから、これまでの記録を大きく塗り替えてしまった。

低視聴率に終始した理由が取り沙汰されているが、主だったものを以下にあげてみる。
  • 平安時代末期という時代が、視聴者に馴染みがなかった。
  • 平氏、源氏、朝廷と、入り乱れた人間関係が理解し難い。
  • 平清盛という人物に悪人というイメージがあり、とっつきにくかった。
  • 貴族の顔が気持ち悪く、暗くて全体に黒いイメージ。
  • 薄汚れた衣装や都の土埃、かすんで不鮮明にさえ思える映像と、“リアリティーを”という演出が嫌われた。兵庫県の井戸敏三知事は、「画面が汚い」と再三抗議していた。
“時代背景に馴染みが薄い”、“悪人のイメージ”、“暗い”とめちゃくちゃ言われている。

“時代背景に馴染みが薄い”という意見に関しては、頼朝や義経は繰り返し取り上げられているし、もっと馴染みの薄い“平将門”が取り上げられたこともあった。“時代への理解度”という点に関して言えば、頼朝の“幕府創設”なんて、こんな理解の難しい話はない。それに比べれば、清盛はさほどでもないはず。

“悪人のイメージ”なんて、歴史教育が悪い。

“暗い”って意見は重大だと思う。これについて書きたい。平清盛という存在は、日本史にとって重大である。他国の歴史にはありえない“武士”という存在が登場し、やがて重きをなし、その一方の頭領として新たな時代の扉をこじ開けようとして、敗れ去った。頼朝は、清盛をなぞるようにして朝廷から距離を取り、武士の気持ちを吸い上げ、それに応えていくことによって“扉”をこじ開けた。いずれにしろ武士が世にでる時代。色々とプラス・マイナスしてみても、暗いドラマになるはずはないのだ。
清盛1清盛2   
しかし、視聴者からそういった声が多く寄せられ、結果としても最低の視聴率となった。となれば、「恣意的に暗く描かれた」ということにならないか。当初から、皇室を“王家”と呼ぶなど、あからさまなイデオロギーを介在させたあたりに大きな原因があったのではないだろうか。

次の本のなかで、大河ドラマ『平清盛』に触れた一節があるので紹介する。
 余談であるが、NHK大河ドラマ『平清盛』をご覧になっている人の中には、清盛の振り回す刀(剣)が何やらおかしいと思った人も少なくないと思う。彼が振り回していたのは諸刃の青銅剣で、宋の剣という設定なのだ。
 しかしもちろんそんな馬鹿なことはないので、すでにこの時代には片刃の日本刀は技術的に他国の追随を許さぬレベルに達していた。高度に鍛造された鉄剣は、中国製や朝鮮製の銅剣の敵ではない。打ち合えば銅剣の刃が折れてしまう。壬申の乱で、近江朝廷側が銅剣を用いたが、大海人皇子(天武天皇)側は鉄剣・鉄刀を用いた。これが勝敗の分かれ目であった。銅剣は鉄剣に文字通り刃が立たなかったのだ。
 当時、なかなか手に入らない鉄剣を大量に調達したのは、大海人皇子の後見でもあった尾張氏を初めとする海部である。彼らこそは製鉄技術をこの国に持ち込み、刀剣の鍛造技術に優れた技術集団であったのだ。
 壬申の乱をきっかけに、銅剣は鉄剣にかなわないと誰もが知るところとなる。したがってこの戦いを境に武士の武器はすべて鉄剣になる。
 壬申の乱が六七二年、保元の乱は一一五六年、つまり五〇〇年近く隔たっている時代に銅剣を実際の戦闘で用いるなどあり得ないのだ。源義朝やその他の武士がすべて日本刀で、清盛のみが考古遺物のような銅剣であるはずがないのだ。何の意図があってNHKがこのような意味不明な演出(考証)をおこなったのかまことに不可解だが、どう考えても好意的に解釈するのは難しい。
 なんにせよ、すでに記・紀の時代には日本刀の鍛造技術はあったのだと知らねばならない。
 ついでに言うと大河『清盛』では皇室のことを呼ぶ際に故意に「王家」としていた。皇室は皇室でなんの支障もないのに、なぜ「王家」と呼び変えるのかと多方面から非難されている。
 本書の「序」でもふれたように「三種の神器」を論じるに、西洋のレガリアに擬える、あるいはレガリアそのものとして論ずるという手法がある。個別の論文の表題に散見されるので、ご覧になった方も少なくないと思う。しかし、それは“悪意”のなせるものであろう。日本の皇室と、西洋の王家との根本的な相違を意図的に糊塗しようというものだろう。 
 
 
三種の神器 ---〈玉・鏡・剣〉が示す天皇の起源三種の神器 ---〈玉・鏡・剣〉が示す天皇の起源
(2012/12/04)
戸矢 学

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“NHKの悪意”とは何か。まず考えられるのは、日本の歴史を“暗いもの”ととらえるということだ。薄汚れた衣装、過度の陰影、埃っぽい都の風景といったディテールにこだわるのはいいが、それがために時代の明るさ、躍動感を犠牲にするのは本末転倒。むやみに歴史を蔑むなら、“現状”を止揚することにより現代に向けて進歩するという進歩史観、マルクス史観による歴史認識ともとらえられよう。

さらに、清盛に時代錯誤の銅剣を振るわせるあたり、日本史の進歩性を意図的に視聴者から隠す意図を持つものならば、犯罪的である。だって考えられないのだ。この段階で五〇〇年をを超える考証ミスなど。今から五〇〇年前を考えれば戦国時代にまでさかのぼることになる。やはり意図的と考えざるを得ない。

皇室を「王家」と呼び変えるなど、他にその理由は考えられない。日本の歴史を蔑みたいのだ。韓国人たちが天皇を「日王」と呼び変えている程度まで・・・。大河ドラマでも、『清盛』ほど日本の後進性を印象づけたという意図があきらかなものは今までなかった。“後進性”とは相対的なものであり、そこに意識されているのは朝鮮であると思える。あの、「王家」という言葉には、韓国人が天皇を「日王」と呼ぶのと同じ響きがあるように、私には感じられる。

単なる映像的暗さだけではない。視聴者は『清盛』の背景にある製作者側の心の暗黒から、目を背けたかったのではないだろうか。

   


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メジロパーマー死す

産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120409/rac12040918360001-n1.htm
 軽種馬育成調教センターは9日、果敢な逃げ脚で1992年の宝塚記念、有馬記念の両GIなどを制したメジロパーマー(25歳牡馬)が心臓まひのため、余生を送っていた北海道洞爺湖町のレイクヴィラファームで7日に死んだと発表した。
 同馬は通算38戦9勝(重賞5勝)で94年に引退。2002年には種牡馬生活も終えていた。

“侍”を感じさせる馬が、かつては多くいた。メジロパーマーもその内の一頭。自分の方にはまれば、トウカイテイオー、ライスシャワー、ヒシマサルを従えてのゴール。逃げ馬列伝には欠かせない一頭。
次の映像は1992年有馬記念。騙ちゃんレガシーワールドとの組み合わせで、馬連31,550。私の馬券はライスシャワーからの流し馬券。頭をかすめた“行った行った馬券”は、信念で封印。それが・・・。
パーマー、お疲れ様でした。
合掌。


この馬が大好きだった山田は、今どうしているだろう。
 
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日本史の教科書から 3

なぜ日本は朝鮮を開国させたのか

《歴史の窓》

征韓論

 江戸時代の日本は、朝鮮と対等な国交を結んでいた。日清対等をめざした政府は、清国を宗主国とする朝鮮の地位を一段低くした国交に改めようとして、幕府が外交の窓口としていた対馬藩の外交権を廃し、朝鮮と結んでいた条約を一方的にやぶった。そこで国王の実父大院君が実権を握る朝鮮政府は、日本を「無法の国」と非難した。
 いっぽう、日本国内では、不平士族らが征韓論をとなえはじめた。岩倉具視らの外遊中に、西郷隆盛らの留守政府は征韓論を決定したが、帰国した岩倉、大久保利通、木戸孝允らが内地優先を主張してこれに反対したため、征韓派の西郷らは1873年に辞職した。


この教科書で、日本史教えられますか。
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日本史の教科書から 2

アジア太平洋戦争(太平洋戦争)
《歴史の窓》

大東亜共栄圏の実体

 日本が「大東亜共栄圏」と呼んだ地域圏では、どのようなことがおこっていたのだろうか。
 朝鮮・台湾では、皇民化教育を実施した。日中戦争開戦後、日本式の神社に参拝させ、日本語の使用を強制した。日本式の氏を創り、日本名を名のらせる創氏改名を強要するなど、現地住民の民族性を否定する政策をおしすすめた。また現地住民を戦争に協力させるために志願兵制度をつくり、さらに日本軍の兵力不足を補うため徴兵制を実施した。そして軍も設置に関与した慰安所には、日本軍の監理のもとで兵士の性の相手として、朝鮮を中心に、中国・インドネシア・フィリピン・オランダなどの多数の女性を慰安婦として動員した。経済面では国家総動員法などの統制法を適用し、軍需生産をおこなったが、現地労働者の賃金は日本人の半額ほどであった。国民徴用令を植民地にまで適用し、多くの人々を工場や炭坑などへ強制的に連行した。
 満州では、「王道楽土」を建設すると宣伝し、関東軍の意向を受けた日本人官僚が軍需産業優先の工業化を推進した。そして対ソ作戦の基地にするとともに、日本への原料資源と食糧を供給させるため、中国人を低賃金ではたらかせ、民衆の生活を圧迫した。さらに満蒙開拓団として大量の日本人農民を満州の農村に送り込んだため、中国人農民は農地を奪われた。
 占領下のアジア・太平洋の地域では、日本軍が政府系機関・商社などを通じて、石油・ゴム・木材・鉱石・食料などを徴発し、その代価に軍票などを乱発したので悪性のインフレーションがすすんだ。また労働者の徴発や、抗日運動参加者とみなした住民の虐殺も行った。
 1943年11月、日本政府は大東亜会議を開催し。「大東亜を英米の支配より解放」すると宣言した。しかし、会議への参加はタイとインド以外は日本軍の支配下にある「満州国」・「中華民国」・フィリピン・ビルマ・であった。これは「大東亜共栄圏」が虚構であることを示していた。


前回は気になるところに下線を引いたんですが、これでは下線の引きようがありません。
日本史の教科書ってすごいでしょ。
強烈でしょ。
私も久しぶりに読んで、ちょっと興奮気味。

この教科書で、日本史を教えられますか。                                
                                                

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日本史の教科書から 1

日本国憲法と民主教育
[日本国憲法の制定]
 いっぽう1945年10月以後、政府部内の憲法改正の準備と並行して、各新聞も憲法の民主化を求める社説をかかげ、各政党や憲法研究会など民間団体も憲法草案を発表した。
 幣原内閣は、1946年2月、従来の天皇大権を維持することを基本とする憲法改正要綱をGHQに提出したが、マッカーサーは独自案を政府に示して受諾を説得した。幣原内閣はGHQ案を土台にした帝国憲法改正草案要綱を決定して3月に発表した。帝国議会の審議を通じて、国民主権の原則の明確化、生存権規定の追加などの修正が行われて日本国憲法が可決成立し、11月3日に公布、翌年5月3日に施行された。
 新憲法は、国民主権、戦争放棄、基本的人権の保障を三大原則と定め、国会が国権の最高機関とされた。天皇は統治権者としての地位を失ったが、「日本国民統合の象徴」としてのこされた。

下線を引いたのは私です。
この文を使って日本史の授業できますか。
                                                

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「歌は世につれ世は歌につれ」と言いますが、言葉についても同じことが言えるでしょう。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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