めんどくせぇことばかり 支那
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1)新型コロナ、武漢実験室から 2)ロケット発射失敗 米国半導体禁輸が原因 3)新疆ウイグル自治区「強制労働」批判

中央日報
「新型コロナ、武漢の実験室から出てきた証拠3つ」…中国の学者が論文発表

https://japanese.joins.com/JArticle/270279
(抜粋)
中国出身のウイルス学者閻麗夢博士が新型コロナウイルスは中国・武漢の実験室で人為的に作られたという主張を裏付ける科学的根拠を盛り込んだ論文を14日に開放型情報プラットフォーム「Zenodo」を通じて発表した。

閻博士はこれに先立ち新型コロナウイルスのヒト感染の可能性を中国政府が公式発表する少なくとも3週間前にすでに知っていたと暴露した。また、昨年末には中国本土にいる同僚学者からヒトへの感染事例に対する情報を確保し、研究結果を大学研究所の責任者に報告したが黙殺されたと主張した。閻博士はこうした暴露により身辺への脅威を感じ、4月に香港を離れ米国に逃避した状態だ。


Record China
中国でまた新たな感染症爆発、3000人感染か

大紀元
中国、失敗相次ぐロケット発射 米国の半導体禁輸が原因か

https://www.epochtimes.jp/p/2020/09/62288.html
(抜粋)
今年に入って以来、中国当局の宇宙開発で用いるロケットや人工衛星の打ち上げ失敗が相次いでいる。

台湾のシンクタンク、国家政策研究基金会の准研究員で軍事専門家の李正修氏は、「米中貿易戦が始まって以来、米政府が中国への半導体チップ輸出を規制し、中国の軍事分野に打撃を与えたため、中国のロケット打ち上げが頻繁に失敗するようになった」と述べた。


大紀元
国防費予算に組まれない中国の「軍事開発」実際は2000億ドル以上か 米報告が指摘

REUTERS
中国、台湾付近での軍事演習は「必要な行動」

AFP BB NEWS
「強制労働」疑惑めぐり、H&M 中国業者との取引打ち切りへ

https://www.afpbb.com/articles/-/3304839?cx_part=latest
(抜粋)
スウェーデンの服飾大手H&Mは15日、中国の新疆ウイグル自治区での民族的・宗教的少数派を使った「強制労働」に対する批判を受けて、中国の製糸業者との関係を断つと発表した。

H&Mは、「上虞工場での強制労働を示すものは一切ないが、強制労働疑惑についてはっきりするまで、華孚時尚との間接的取引関係を今後12か月間で段階的に減らしていく。部門や省は問わない」と述べた。


AFP BB NEWS
「母語と同胞を守ろう」中国外相の訪問に合わせ抗議デモ、モンゴル

大紀元
内モンゴル当局、法輪功学習者への弾圧を強化 市民に通報を奨励

テーマ : 中国のニュース
ジャンル : ニュース

1)不審者が香港大紀元記者を尾行 2)北京が衝突回避と米に伝えた

大紀元
不審者が香港大紀元記者を尾行 メディアへの締め付け強まる

https://www.epochtimes.jp/p/2020/08/60831.html
(抜粋)
香港大紀元報道部主任のSarah Liang記者は8月10日、長沙湾繁華街の交差点付近で取材中、黒いスーツを着た中年男性に尾行されていることに気づいた。尾行はしばらく続いたという。香港大紀元の別の記者も、自宅付近で私服警官が張り込みを行っていることに気づいた。

香港大紀元は8月11日の声明で、ライ氏の逮捕は 「メディアの自由を著しく踏みにじるもの」 として、政府による報道関係者への嫌がらせを非難した。



大紀元
南シナ海に巡る米中対立 香港メディア「北京が衝突回避と米に伝えた」

https://www.epochtimes.jp/p/2020/08/60846.html
(抜粋)
南シナ海での米中対立が高まるなか、領有権を主張する中国に対して、米国は空母を派遣するなど対抗する姿勢を見せている。軍事衝突の引き金になりかねないが、サウス・チャイナ・モーニング・ポストは11日、関係者の話として、北京は情勢の激化を回避させるために、中国海軍に米軍戦艦を相手に冷静を保つよう命じたと報道した。

同報道はまた、軍事関係者の話として、北京は「複数のルート」を経由して、米国政府に接触したと伝えた。北京は「友好的」な姿勢を見せ「南シナ海情勢がコントロール不能にならないよう、絶対に先に攻撃しない」と約束したという。

テーマ : 中国のニュース
ジャンル : ニュース

中国の軍事的挑発に「極めてけしからん」と河野防衛相

《産経新聞》

河野太郎防衛相は13日、東京都内で講演し、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で軍事的挑発行為を続けている中国について「極めてけしからんと思っている」と強く批判した。「感染拡大の中でも中国が南西諸島に軍事的な圧力をかけ続けていることを、国民にはしっかり認識していただきたい」と述べた。

今年1~3月、航空自衛隊機は領空侵犯の恐れがある中国機に対して152回の緊急発進(スクランブル)を実施。尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の接続水域では中国公船がほぼ毎日航行している。河野氏は講演でこうした現状を紹介し、国内外への情報発信に力を入れる考えを示した。

防衛省統合幕僚監部は3月以降、一定期間ごとにまとめていたスクランブルの発表を原則翌日にツイッターで公表するようになった。尖閣周辺での中国公船の航行についても、所管する海上保安庁と情報発信のあり方を協議する方針。

「肺炎については絶対に言うな。デマを流すな」 中国当局に“口封じ”された武漢・女性医師の悲痛な証言

《文春オンライン》

最初に武漢で感染爆発が起こり、その後、世界に広がった新型コロナウイルス感染症の正式名称は「COVID-19」。だが、ポンペオ米国国務長官のように、「武漢ウイルス」と呼ぶべき十分な理由がある。初期段階において、新型ウイルス流行をいち早く察知した医師が警鐘を鳴らしたにもかかわらず、中国当局が「口封じ」をし、これによって「ウイルスの封じ込め」に失敗したからだ。

対応次第では「風土病」「局所的流行」に留まっていたかもしれない新型コロナウイルス感染症が「パンデミック」となった原因と責任は、流行初期段階で情報を隠蔽した中国当局にある。

中国で発売と同時に回収されたインタビュー記事

中国当局が新型コロナウイルスの「ヒト-ヒト感染」を初めて公式に認めたのは「1月20日」。武漢が封鎖されたのは「1月23日」。だが、それはあまりに遅すぎた。そして、感染爆発を防ぐために残されていた貴重な時間が無駄にされた。
「昨年12月末」の時点で、いち早く警鐘を鳴らした医師の一人が、武漢市中心病院救急科主任のアイ・フェン(艾芬)医師だ。

そのアイ・フェン医師のインタビュー記事が、3月10日、中国共産党系人民出版社傘下の月刊誌『人物』に掲載されたが、発売と同時に回収され、インターネット掲載記事も2時間後に削除され、転載も禁じられた。しかし義憤を覚えた市民たちが、外国語、絵文字、甲骨文字、金石文字、モールス信号、点字、QRコードを駆使して記事を拡散させた。

「新型コロナとの戦い」はこうして始まった

アイ・フェン医師が勤める武漢市中心病院は、感染源と見られた「華南海鮮市場」の近くにある。いち早く警鐘を鳴らし、他の7名とともに地元公安当局から「訓戒処分」を受けた眼科の李文亮医師も、武漢市中心病院の勤務医で、その後、自身も感染して新型肺炎で亡くなってしまうが、「人工呼吸器を装着した姿」と「地元警察に無理矢理、署名させられた訓戒書」は、世界で大きく報じられた。

実は、李医師が、2019年12月30日、グループチャットで医療関係者と共有し、「訓戒処分」の原因となった画像は、そもそもアイ・フェン医師が流したものだった。

アイ・フェン医師は、事の発端をこう証言する。

〈2019年12月16日、1人の患者が、私たち武漢市中心病院南京路分院の救急科に運び込まれた。原因不明の高熱が続き、各種の治療薬を投与しても効果が現れず、体温も全く下がらなかった。

12月22日、患者を呼吸器内科に移し、(略)検体サンプルを外部の検査機関に送ったところ、「コロナウイルス」との検査結果が口頭で報告された。

病床を管理する同僚は、私の耳元で「艾主任、あの医師は『コロナウイルス』と報告しましたよ」と何度も強調した。後に、患者は武漢市の華南海鮮卸売市場で働いていたことが分かった。

「最近、多くの人が高熱を発している」


12月27日、また1人の患者が南京路分院に運び込まれた。(略)他の病院で10日間治療を受けたが、症状は全く好転しなかった。(略)

12月30日の昼、同済病院で働く同期生がウィーチャットでキャプチャ画像とともに、「しばらく華南(海鮮市場)には近づかない方がいいよ。最近、多くの人が高熱を発している」と知らせてきた。

彼は私に「本当かな」とも尋ねてきたため、ちょうどパソコンで診断していたある肺感染症患者のCT検査の11秒ほどの動画を送信し、「午前に救急科に来た患者で、華南海鮮卸売市場で働いていた」とのメモも記した。

「SARSコロナウイルス」と書かれたカルテ

その日の午後4時、同僚がカルテを見せに来た。「SARSコロナウイルス、緑膿菌、46種口腔・気道常在菌」と書かれていた。

私は何度も読み、「SARSコロナウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルス。このウイルスの主な感染は近距離の飛沫感染で、患者の気道分泌物に接触することにより明確な感染性を帯び、多くの臓器系に及ぶ特殊な肺炎を引き起こす。SARS型肺炎」と注記されていることを確認した。

私は驚きのあまり全身に冷や汗が出た。

あの患者は呼吸器内科に入院しているので、私のもとにも病状報告は回ってくるはずだ。しかし、それでも念を入れて、すぐに情報を共有するために病院の公共衛生科と感染管理科に直接電話をした〉

〈その時、呼吸器内科の主任医師がドアの前を通ったので、なかに呼び入れて「私たち(救急科)を受診した患者があなたのところ(呼吸器内科)に入院している。見て、これが見つかった」とカルテを見せた。

彼はSARS治療の経験者だったので、すぐさま「これは大変だ」と言った。

私も事の重大さを再認識した。

「もしかすると面倒なことになるかも」

その後、同期生にも、このカルテを送信した。「SARSコロナウイルス、緑膿菌、46種口腔・気道常在菌」という箇所を赤い丸で囲んだ。救急科の医師グループにもウィーチャットの画像共有アプリで発信し、皆に注意を喚起した。

その夜、私が赤丸を付けたカルテのキャプチャ画像が、さまざまなウィーチャット・グループに溢れるようになった。李文亮医師がグループ内に発信したのもそれだった。

私は「もしかすると面倒なことになるかも」と感じた〉

原因不明の肺炎患者のウイルス検査報告を入手したアイ・フェン医師が、「SARSコロナウイルス」と書かれた箇所を赤丸で囲み、大学同期の仲間に送信したキャプチャ画像が、「警鐘」の発端となったのである。

外部に情報を公表してはならない


「もしかすると面倒なことになるかも」というアイ・フェン医師の予感は当たった。

〈12月30日午後10時20分、病院を通じて武漢市衛生健康委員会の通知が送られてきた。「市民のパニックを避けるために、肺炎について勝手に外部に情報を公表してはならない。もし万一、そのような情報を勝手に出してパニックを引き起こしたら、責任を追及する」という内容だった。

私は恐くなった。すぐにこの通知も同期生に転送した。

約1時間後、病院からまた通知が送られてきた。再度、情報を勝手に外部に出すなと強調していた。

1月1日、午後11時46分、病院の監察課(共産党規律検査委員会の行政監察担当部門)の課長から「翌朝、出頭せよ」という指示が送られてきた〉

「デマを流し、揉め事を引き起こすのはなぜだ?」

〈翌朝8時すぎ、勤務交代の引き継ぎも済んでいないうちに、「出頭せよ」との催促の電話が鳴った。そして「約談」(法的手続きによらない譴責、訓戒、警告)を受け、私は前代未聞の厳しい譴責を受けた。

「我々は会議に出席しても頭が上がらない。ある主任が我々の病院の艾とかいう医師を批判したからだ。専門家として、武漢市中心病院救急科主任として、無原則に組織の規律を無視し、デマを流し、揉め事を引き起こすのはなぜだ?」

彼女の発言の一言一句そのままである。幹部はさらにこう指示した。

「戻ったら、救急科200人以上のスタッフ全員にデマを流すなと言え。ウィーチャットやショートメールじゃだめだ。直接話すか、電話で伝えろ。だが肺炎については絶対に言うな。自分の旦那にも言うな……」

私は唖然としてしまった。単に勤務上の怠慢を叱責されたのではない。武漢市の輝かしい発展が私一人によって頓挫したかのような譴責だった。私は絶望に陥った(以上、劉燕子訳)〉

アイ・フェン医師は「失踪」させられている


これに続くアイ・フェン医師の証言はあまりに痛ましい。

病院内ですらウイルスの情報が隠蔽された武漢市中心病院は、結果として、多数の医師と看護師の感染者と死者を出し、「医療崩壊」が生じ、まさに“この世の地獄絵”となった。
「本当に悔しい。こうなると初めから分かっていたら、譴責など気にかけずに……」「私は何度も何度も考えている。もし、時間を後戻りさせられれば、と」

現在、アイ・フェン医師は「失踪」させられ、その一方で、すでに世界で大きく報じられた李文亮医師は、「烈士」として祭り上げられている。李医師の存在は、中国当局としても、もう隠しようがないからだが、こうした当局による祭り上げに最も怒りを覚えるのは、李医師本人のはずだ。

武漢で最初に何が起きていたのか? 武漢でこれほど感染拡大したのはなぜか? アイ・フェン医師の告白は、このパンデミックの根源を知るための第一級の証言である。

「 武漢・中国人女性医師の手記 」の全文は「文藝春秋」5月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。

日本と米国の「疫病を歓迎」

瀋陽のレストラン、日本と米国の「疫病を歓迎」政府公認プロパガンダか

https://www.epochtimes.jp/p/2020/03/53552.html

中国1


外務省の報道官が、「米軍が感染症を武漢に持ち込んだかもしれない」なんて言ってるね。

“中国”が発生源なんてこと、分かりきってますからね。さすがに、ポンペイオ国務長官も呆れかえったようだ。「今はデマを拡散したり奇怪な噂を流したりしている場合ではない」って、分からず屋の幼子に言い聞かせるかのよう。

新型ウイルスの流行が始まっていることを最初に訴えた人物の一人、
李文亮医師は、サーズに似た症状を示す患者に気づき、同僚にメッセイージを送ってこれを伝えた。それが当局に摘発され、「噂の流布」で戒告を受けたんだろう。

“中国”は、隠そうとしたんだ。それが世界的パンデミックの原因。


トランプ大統領は的確だよ。あれを、「中国ウイルス」と呼んでいる。もとはペストだって“中国”発。最近ではサーズに続いての“中国”発のウイルスだから、現代新型“中国”ウイルスだな。新型中国共産党スペシャルなんてのはどうだ。



NHK出版新書  ¥ 902

テクノロジーの文明史を踏まえて未来の社会像を鮮明に描き出す
プロローグ 現代―第三の産業革命が起きている
第1部 中世―多くの民族がともに栄えた帝国の時代
第2部 近代―私たちが「国民」になった時代
第3部 未来―“場”の上でレイヤー化していく世界

中世世界システムの衰退
高校における世界史の授業の中では、「ペストの大流行」はヨーロッパに大きな被害を与えたできごととして紹介される。しかし、ペスト発生源は“中国”南部であり、ユーラシアがモンゴル人に統一された時代だからこそそれがヨーロッパに伝染したのであって、その被害が世界規模であったことは間違いない。騎馬民族の大地であるはずのユーラシア大陸北方草原は、無人の大地になってしまったという。

中世の世界システムは崩壊し、その入れ物だけを残してリセットされた状態となった。だからこそ、この荒廃の後にヨーロッパ人が、残された入れ物を利用してシステムを再建することができた。


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パンダ外交

JIJI.COM 2017/09/25
パンダは友好の使者=中国外務省
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017092501117&g=int
(全文)
【北京時事】中国外務省の陸慷報道局長は25日の記者会見で、上野動物園で生まれた雌のジャイアントパンダが「シャンシャン(香香)」と命名されたことに関し、「パンダは中国の国宝で、中国と他国民の間で友好の使者となっている。パンダがこうした好ましい役割を果たしているのは喜ばしい」と述べた。
2012年に、ジャニーズ事務所が立ち上げたプロジェクトに《Marching J》というのがあった。マッチが代表を務めるプロジェクトで、仙台市・八木山動物公園にジャイアントパンダを誘致し、四川大地震で被災した遺児らのために奨学金を支援するというものだった。

2012年のタイミングで、「なんで東北じゃなくて四川なんだよ」とか、「被災地東北の子の払った入場料が四川に贈られるのか」とか、いろいろと意見が飛んだ。

いずれにせよ、この話は、いつの間にか立ち消えになった。

《東北にパンダを》というのは、ジャニーズルートの話だけじゃなく、他にもあったらしい。復興支援という看板で温家宝が乗り気になって声をかけてきたものらしいから、かなり角度の高いものだったらしい。ジャニーズのプロジェクトがそれに乗っかったってことか。立ち消えになったのは尖閣国有化とそれに対するチャイナの反発であったらしい。
パンダは、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する。[Wikipediaより]

本来のパンダ生息地域は、その多くが支那が侵略したチベットです。支那は、そのパンダをチャイナは国宝に指定し、長年積極的に外交に利用してきた。

北京オリンピックの聖火リレーでチベット独立を訴える行為に対し、共産党政府および各国のチャイナ系住民のとった無法行為は遠い記憶ではない。しかし、深刻な不況にあえぐ先進諸国は、共産党政権による局部肥大症的、冬虫夏草的運営により成長を続けるチャイナ経済に依存する状況で、チベット、東トルキスタン、内モンゴル侵略や人権侵害を非難する声は湿りがちだ。悲劇的な戦いを続けるチベットでは、僧侶たちの焼身自殺が相次ぐ状況にまでなっている。彼らをも共産党政権及びチャイニーズはテロリストと呼ぶのか。

「パンダが来れば、子供たちが喜ぶ。」
「パンダ可愛いよね~。」
「パンダが来ればお客さんが増える。」
「絶大な経済効果が望める。」

勘弁して下さい。 ・・・パンダ、いらない。
これ、ずいぶん前、そう、ジャニーズのプロジェクトの頃に書いた記事をもとにしたもの。

上野で生まれたパンダの子供の名前はシャンシャンか。私にはどうでもいいことだけど、小池知事は、命名の発表をわざわざ安倍首相の国会解散答弁にぶつけたのかな。だとしたら、ここでもパンダの政治利用だな。パンダってのは、すごい使い出があるんだね。




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テーマ : 支那
ジャンル : 政治・経済

文化大革命の再来・・・習近平氏の〝ありがたい文芸講話〟

産経ニュース 2014/11/07
「興奮して眠れなかった」 習近平氏の〝ありがたい文芸講話〟は文化大革命の再来か
http://www.sankei.com/premium/news/141107/prm1411070003-n1.html
(抜粋)
中国の習近平国家主席(61)が最近、中国国内の小説家、俳優、歌手、画家など72人の有名文化人を対象に行った「文芸講話」が大きな反響を呼んでいる。「文芸は市場の奴隷になってはいけない」「文芸は社会主義のために奉仕しなければならない」といった内容は、政権による文化、芸術分野への介入強化を強くにおわせるからだ。「毛沢東が起こした文化大革命再来の兆しを感じさせた」と感想をもらす知識人もいた。

あの時の傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。現代の支那がかかえる困難な問題のいくつかは、あの時の傷に原因しているだろう。それをまた、・・・習近平は・・・
以下、過去記事です。
『ほんとうの中国の話をしよう』 余華
『ほんとうの中国の話をしよう』 余華
同じ年の著者、私も支那に生まれていれば・・・

著者の余華氏は支那の作家。1960年生まれといから、私と同じ歳。私も支那に生まれていれば、同様の体験をした可能性があるということか。1992年の「活きる」、2005年の「兄弟」という二つのベストセラーを著し、両作品は翻訳されて日本でも出版されているという。まだ読んでないが・・・。

6才から17才までが文化大革命に重なり、改革開放後、29歳で天安門事件。そしてその後のいびつな経済成長。作家活動の中で精神の危機もあったようだが、考えてみればそれも当然のことと思える。この本は、そんな支那近現代史とともに生きてきた著者が、自らと、自らの生きた支那を振り返り、支那社会の本質をえぐったた随筆。

次の文章には背筋に電流が走りました。同時に、今の支那社会の激変の一端がかいま見えたような思いがしました。
なぜ私は、今の中国を語るとき、いつも文化大革命にさかのぼるのだろう?それは二つの時代が密接につながっているからだ。社会形態はまったく違うが、精神の中身は驚くほど似ている。たとえば、国民総動員で文化大革命を行った我々は、またも国民総動員で経済発展を進めているではないか。

ここで強調したいのは、民間経済の急激な発展が文革初期に突如登場した無数の造反司令部に類似しているということだ。一九八〇年代の中国人は、革命の熱狂を金儲けの熱狂に置き替え、またたく間に無数の民間会社を登場させた。(中略)数えきれないほどの民間会社は一方ですぐ消滅するが、また一方ですぐ登場する。革命と同じで、先人の屍を乗り越え、勢いよく前進を続けた。唐の白居易の詩句を引用するなら、「野火焼けども尽きず、春風吹いてまた生ず」である。中国経済の奇跡は、このようにして引き起こされた。

文化大革命が完全に終わって改革開放が始まったことは、支那がまったく正反対の方向へ進み始めたことを意味している。これまでそう信じきっていた。そのように見えて、“革命の熱狂が金儲けの熱狂に置き替えられた”のであり、本質は変わらないという著者の考えは、大変新鮮である。たしかに現在の“金儲けの熱狂”のいびつさは、文革のいびつさを引きずっていないか。そういえば、二つのイメージはピッタリ重なるように思える。
失業生活を長く続けている夫婦が幼い子供を連れて、帰宅途中に露天の果物屋の前を通りかかった。息子は多くの果物のうち値段の安いバナナに目をつけ、両親に一本だけでいいから買ってくれと頼んだ。しかし貧しい両親は有り金を全部はたいても、バナナ一本買うことができなかった。子どもを強引に露店の前から連れ去るしかない。子供は大声で泣いた。もう長いことバナナを食べていないので、どんな味だったかも忘れかけていた。

両親に家まで連れ戻されても、子供の悲しげな泣き声は止まらなかった。泣き止まないことに腹を立て、父親は子どもを殴打した。母親が駆け寄って父親を押しのけ、夫婦喧嘩が始まった。次第に言い争いが激しくなり、子どもは「バナナ」と泣き叫んだ。

突然、父親は悲哀を感じ、悲哀はすぐに憎悪に変わった。父親は自分を憎悪し、自分の無能さを憎んだ。仕事も収入もなく、バナナを食べたいという息子の願いをかなえることすらできないのだ。憎悪の気持ちが彼をベランダに導いた。彼は振り返ることもなく身を躍らせ、マンションの十数階から飛び降りた。

妻は大声を上げてドアから飛び出し、階段を駆け下りた。夫はコンクリートの上の血だまりの中に横たわっていた。妻はひざまづいて、夫を抱き起こそうとした。夫の名前を呼んだが、なんの反応もない。しばらくして、妻は夫の命が尽きたことを知った。

突然、冷静さを取り戻し、もう泣き叫ぶこともなく、夫をそのままにして立ち上がり、マンションの方へ引き返した。家に戻ると、幼い息子は何が起こったのかわからず、なおもバナナを欲しがって泣いていた。

母親は息子が泣きながら見ている前で、一本の縄を探し出し、踏み台を部屋の中央に運んだ。踏み台の上に立つと、落ち着いて縄を室内灯の釣り鉤に結びつけ、縄の輪の中に自分の首を入れた。息子は泣きながら、当惑した様子でこちらを見ている。

母親は縄から首を出し、踏み台から降りて、息子のところへ行った。そして息子と息子が座っている椅子の向きを逆にして、背中を向けさせた。その後、母親はまた引き返し、踏み台に上がり、あらためて縄を首にかけた。泣いている息子の後ろ姿を悲しそうに見つめながら、踏み台を蹴り、首吊り自殺を遂げたのだ。

両親が亡くなったあとも、子供は泣き続けた。子供はもはや、バナナが欲しくて泣いているのではなかった。

これは、いびつな“金儲けの熱狂”が生み出したあるちっぽけな事件である。そこに見られるいびつさ、社会の歪みは、文化大革命の時に表現された生徒が先生を、年少者が年長者を、子が親を、愚者が賢者を引きずり下ろして袋叩きにしたあの頃に、見事なまでに重なるように思える。

周恩来が死に、毛沢東が死に、四人組が引きずり降ろされて文革は終わったはずだった。でもまだ、あの頃の熱狂の本質が今も引きずられているなら、支那は一体どこまで走り続けるのだろう。その先にもう、道が続いているようには思えないのだが・・・。



    


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本当に残酷な支那

産経ニュース 2014.6.24
「暴力テロ」動画を公開 中国、残酷さ強調
 中国国家インターネット情報弁公室は24日、新疆ウイグル自治区などで暴徒が市民を切りつけたり建物を燃やしたりしている様子を収録した動画を公開した。「暴力テロ」の残酷さを強調する内容となっている。中国メディアが伝えた。・・・
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140624/chn14062423300002-n1.htm

残酷が服を着て歩いているような国があれば・・・。“・・・そんな国はない”と言われる方もおかろうけど、ありますね。以下のニュース、魚拓からいただいたものだけど、・・・当時、身の毛がよだつ思いをした。
愛媛のニュース 2010/10/20
犯行後室内物色か 強殺も視野に捜査 西条男性刺殺
 西条市明屋敷の独居男性殺害事件で、殺人容疑で逮捕された中国籍の元実習生孔祥猛(コン・シャンモン)容疑者(28)が、三並清さん(64)を殺害後に三並さん方を物色した可能性が高いことが19日、県警特別捜査本部による血痕のDNA鑑定などで分かった。被害者方の実況見分などで預貯金など無くなった物はないかどうか資産関係の捜査もしており、強盗殺人容疑や窃盗容疑の可能性も視野に捜査を進めている。
 捜査関係者らへの取材で、遺体発見時に三並さんの心臓が取り出されていたことも判明。特捜本部は孔容疑者が強い殺意を持っていたとの見方を強めている。
http://megalodon.jp/2010-1025-1209-20/www.ehime-np.co.jp/news/local/20101020/news20101020585.html

飢饉や戦乱時には、普通に人肉食が行われた支那にしてみれば、伝統的方法といえるかもしれないが、胸を切り裂いておいて下腹部をドンと踏むと心臓が飛び出すと書いたものを昔読んだ。“まさか・・・”と思ったけど、それを日本人に対する犯罪で見せつけられるとはね。どうもこの方法、いまだに人民解放軍の中で受け継がれているらしい。


それにしても、まさか支那人がよその民族を“残酷”呼ばわりするとはね。まあ、さんざっぱら中共侵略国家から“侵略者”扱いされてきた日本にすれば、めずらしくもなんともないか。ただ、そう言う国だってだけだな。

以下、過去記事(2012/4/30)です。
中国がチベット、ウイグルで電気棒を口や肛門などに入れ拷問
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120419-00000012-pseven-int

中国各地の「大気の質ランク」発表 
29 北京 
30 ウルムチ(新疆ウイグル自治区)
31 蘭州(甘粛省)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120420-00000055-scn-cn

独VWが中国ウイグル自治区に新工場、180億円投資へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120424-00000035-reut-bus_all

太陽光発電産業製造基地を計画 新疆ウイグル自治区
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120429-00000011-fsi-bus_all


フォルクスワーゲンがウイグル自治区のウルムチに新工場を建設するというニュースは衝撃だ。しかし、ウイグル自治区には日本企業も進出している、サッポロビールだ。
http://www.sapporobeer.jp/news_release/0000001062/index.html?xtmc=%e3%82%a6%e3%82%a4%e3%82%b0%e3%83%ab&xtcr=1
この記事の最後にこうある。
『サッポロビールは同社を通じて、中国内陸部の新疆ウイグル自治区の発展に寄与し、中国ホップ市場でのシェア拡大を図っていきます。』 

サッポロビールファンの皆さん。サッポロビールは美味しいですか。


    

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テーマ : 支那
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支那は侵略国家


Record China 2014年6月6日
テロ撲滅に本腰の新疆、5月に続き公開判決実施=81人が裁かれ、死刑などが言い渡される―中国

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=89238&type=0
清朝皇帝は、漢人にとっては伝統的な皇帝であったが、満洲人にとっては部族長会議の議長であった、モンゴル人にとってはチンギス・ハーン以来の大ハーン。チベット人にとっては仏教の最高施主。東トルキスタンのイスラム教徒にとっては保護者だった。大清帝国の本質は、五大種族の同君連合国家だった。

この時代、明の旧領だけが支那で、満洲は旗人の土地、旗地と呼ばれる将軍が治める特別行政区域だった。

モンゴル草原、今の青海省・四川省西部を含めたチベット、回部と呼ばれた新疆は、清朝時代には「藩部」と言った。藩部に対しては種族自治を原則とし、種族ごとに現地で使用される言語も法律も異なった。

明の支配下にあった地域と、満洲、万里の長城以北のモンゴル草原は分けて支配した。あとから清朝の版図に入った北モンゴル、青海草原とチベット、新疆にも漢人農民の移住を禁止し、商人も一年を超えて滞在することはできず、家も持てず、結婚もできなかった。  (岡田英弘著 『康熙帝の手紙』より)




上記のように、清帝国を正しく理解すれば、辛亥革命とは、漢族の満州族からの独立であり、それによる清帝国の滅亡により、伝統的な支那も、モンゴルも、チベットも、東トルキスタンも独立したことになる。その後の支那が軍閥割拠による内乱に突入したのは、彼らの勝手。
ただし、東トルキスタンは、清末期のムスリム大反乱が清の漢人の左宗棠による討伐を受けて後、新疆省が置かれて漢人官僚による支配を受けていた。そのため、辛亥革命後、新疆省を通じて東トルキスタン全体が中華民国に合流する形となるが、中華民国事態が軍閥割拠の内戦状態となり、東トルキスタンは事実上の独立状態にあった。さらに、1944年から46年にかけては、ウイグル人主体の独立政権が登場していた。

内モンゴルは、日本の敗戦によって、やがて自然と中共政権の手に落ちるが、東トルキスタンとチベットは、毛沢東が大陸を制したのち、中共軍による軍事侵略を受けた。

現在の支那が、かつての大清帝国とは異なり、ただ収奪を目的にした侵略国家である事は歴然である。清朝は、末期こそその志を失うものの、地域に安定をもたらす機構として存在し、最良の方法を模索した。現在の支那、中華人民共和国は、各地に漢人農民を入り込ませ、土地を収奪し、混血を奨励し、文化を衰退させ、圧力を加え、逆らうものを踏み潰し、彼らを消滅させようとしている。 支那は裁く立場にはない。裁かれるべきこそが支那である。




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一九八九年六月四日 天安門事件

また6月4日がやってきた。今年の天安門は、異例の警戒ぶりであるという。中共政府は、警察や武装警察を総動員して厳戒態勢を敷いたという。支那の民衆は、“中国共産党こそが人民の敵”という認識を強くしているように思える。6・4の警戒ぶりにも現れて言うように、もはや、力で押さえ込む以外に、中共の延命ははかれない、そういう状況に支那はあるようだ。
「中国が世界に従うか世界が中国の横暴なルールに屈するかだ」 天安門事件学生リーダー、ウアルカイシさん
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140604/chn14060407440005-n1.htm

<中華ボイス>国民の敵は誰か?それは日本でも米国でもない、国をむしばむ汚職官僚だ!―ネットユーザー
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=89075&type=0

この記事は、二〇一二年十二月二六日の記事を加筆修正したものです。
動画はkakuouzan7さんから借用

支那においては、社会に対する不満が蔓延している状態であることは、先ごろの反日暴動が示すとおりです。その原点がここにあります。

この時の学生を中心とする“反政府デモ”は、経済の自由化とともに政治的自由を求める健全なものだった。世界中の共産国家が変革を求められ、実際に動乱を経て新たな時代を迎えた。

中国共産党政権だけが、国民の声を力で押しつぶし、体制を維持した。

いびつな開放政策を推し進め、経済的繁栄のモデルとして豊かな経済生活を保証した。同時に多数の不満層には“日本”という攻撃対象を用意した。目論見は見事に成功した。

共産党政権は、“日本への怒り”がとどまることが無いよう、つねにその材料を不満層に与え続けている。その背景には、つねに『天安門事件』がある。
『私はなぜ「中国」を捨てたのか』 石平『私はなぜ「中国」を捨てたのか』 石平
(2009/08/18)
石 平

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中国に幻滅した中国人エリートの魂の叫び
「日本に来たことが私の最大の幸運」共産党による思想教育、文化大革命、天安門事件を経て祖国に幻滅し、日本に帰化した著者の“魂の変遷の記録”。「中国は共産党の“政治的道具”でしかない」と、著者が絶望した中国の内情とは?そして、著者が見惚れ安息の地を求めた日本の美しさとは?祖国を捨てた男の覚悟と哀しみに触れる。

祖国を愛し、祖国を信じた石平氏。しかし、彼の祖国は、天安門で彼の同志たちを踏みにじった。戦車のキャタピラでミンチにした。石平氏のそれまでの人生のすべてが、同時に粉砕された。そして彼は、海を渡った。
以下の記事は、二〇一二年九月十六日の記事を加筆修正したものです。
支那 反日暴動 王朝末期の民衆の乱? 

支那では、王朝の衰退期、または直接の滅亡の原因として、民衆の反乱が関係してくる。秦の陳勝・呉広の乱、漢の黄巾の乱、元の紅巾の乱、明の李自成の乱、清の太平天国の乱。

天安門事件以降、鄧小平に引っ張り上げられた江沢民総書記は、民衆の共産党政権への不満をかわすため、民衆に対する徹底した反日教育を実行した。支那民衆は、自らの後進性の原因を日本の侵略によるものと考え、さまざまな怒りをすべて日本に帰した。同時に、鄧小平の始めた改革開放政策を推し進め、いびつな経済成長を実現した。 

共産党政権は政治的自由を要求した民衆を天安門で踏みつぶし、彼らの不満をいびつな経済成長でごまかした。ごまかしきれない連中の怒りには、日本という矛先の向け場所を用意した。経済成長というニンジンを鼻先にたらされた民衆は、我先にあぶく銭をつかもうと踊り狂った。経済成長の背景で、自分たちが何ら政治的自由を有していないことなど、忘れ去られたかのようだった。気がつけば、立場を巧妙に利用した共産党員とおこぼれに預かった者たちを除いて、明るい未来への扉は閉ざされていた。ごまかしきれない連中は、その数を増し、怒りの程度も高まった。ということで、やれ!反日暴動だ。
この暴動に、毛沢東の写真が掲げられている。一枚や二枚ではない。と言うことは、人々は、改革開放にNOを、ひいては共産党政権にNOを突きつけたことを意味する。これは軍と傾向を同じくする。この傾向が高まった時、果たして、第二の天安門がおこった時、軍は毛沢東の写真を掲げる人々を戦車のキャタピラにかけることができるのか。その瞬間、共産党政権の命脈がつきる可能性がある。

   

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本




















































































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