めんどくせぇことばかり 唱歌

卒業 『仰げば尊し』 文句あるか❢

卒業式の季節。
昨年まで定時制高校に勤務しており、一昨年には担任として十四名の卒業生を出しました。人数が少ないこともあり、卒業式は視聴覚室で行います。もちろん夜です。呼名の際は名前を呼び、前に出て、校長が一枚一枚の証書を朗読して手渡します。席に戻り、着席してから次の者の名前を呼びます。
定時制高校
発達障害の卒業生がおりました。四年間、私も悩み続けました。自分の仕事は高等教育なのか、福祉事業なのか。彼はクラスメートにおしりを押されながら前にでて、私に促されて礼をしました。嬉しかった。

そいつらの前途は、決して明るいものではありません。一人残らず大きな壁にぶつかるでしょうし、人生そのものが壁のような奴がいるのです。私が奴らにしてやれるのは、奴らの“恩師”でいてやることだと思ってます。

以下、過去記事です。

 『仰げば尊し』 曲はアメリカだそうです。
原曲と分かったのは、一八七一年に米国で出版された音楽教材「ザ・ソング・エコー」に載っていた「ソング・フォー・ザ・クローズ・オブ・スクール」です。日本語に訳せば「学校を締めくくるための歌」。友人や教室との別れを少し古めかしい英語でつづっています。メロディーは「あおげば尊し」とまったく一緒。音楽記号のフェルマータの場所も一致していました。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/education/naruhodo/CK2011030102000089.html


仰げば尊し  

仰げば尊し 我が師の恩
教の庭にも はや幾年
思えばいと疾し この年月
今こそ別れめ いざさらば

互に睦し 日ごろの恩
別るる後にも やよ忘るな
身を立て名をあげ やよ励めよ
今こそ別れめ いざさらば

朝夕馴にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる間ぞなき ゆく年月
今こそ別れめ いざさらば


自分は小学校や中学校で歌いました。高校では歌った記憶がありません。私は高校教師になって30年になろうとしておりますが、教師になってからは、卒業式でこの歌を聞いたことはありません。さらに『学校等において、「仰げば尊し」を強制される事について、どう思われますか?』http://q.hatena.ne.jp/1158993343などという声も聞こえてくる始末。多くの方が、「なぜ、ここまで・・・」と思われることだろう。そして、彼らのことを“あわれ”に思われるだろう。

私たちが「仰げば尊し」を歌ったのは、歌わされたわけではない。歌いたかっただけだ。春がくるたびにこの歌を歌って卒業していく先輩たちの旅立ちを見送り、自分たちも先輩方と同じようにこの歌を歌って卒業したかっただけだ。それがこの上なくかっこいいことに思えたし、素晴らしいことに思えた。

今また、この歌が歌われる卒業式が行われている学校があれば、先生のリーダーシップで行われているのだろう。違和感を感じる向きもあろうが、私はそれでいいと思う。

「この歌を歌えることは、本当はかっこいいこと、素晴らしいことなんだよ」と。私の子供たちの卒業式では、この歌は歌われなかった。でもいつか、「自分の卒業式でも、この歌を歌いたい」なんて思ってくれる子供たちが増えてくれればいいな。
 
もう一年。もう一年すると、私の務めた定時制は廃校になります。夜、学校に行っても、「おはよう」とか、「今日の仕事、最低」とか言った声も聞こえないし、なにしろ定時制の教室に灯るあの明かり。夜汽車に灯るあの明かりに似た“暖かさ”はなくなります。それにもまして、あいつらの思い出の場所が・・・。そろそろ、あいつらに声をかけてみようかな。



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テーマ : 唱歌
ジャンル : 学校・教育

春を感じる歌 一人で旅立ち、孤独とともに生きよう

この季節が好きだ
節分を過ぎて、“名のみながら春”
その気配を見逃すまいと、空を見る
風を聴く
野を探る
鳥に負けず、虫に負けず、つくしより先に
シベリアの風に晒されて身を縮めても、それが永遠に続くわけじゃない
僕はそれを知っている
あの時だってそうだったから
あんなに悲しくて前も向けなくても、「一人ぼっち」と思い込むのは傲慢なだけだ
春は来る
それでも一人を受け入れなければ、僕達の冬は終わらない
雪原に、自分の足で歩き始めなければ
バッグを肩に列車に乗り込み、見送りに背を向けなければ
いうまで経ったって空は飛べやしない
別れよう
一人でいこう
そう決めた途端、ほら、季節はこんなにも鮮烈だ
運命に導かれて、いつか同じ道を歩む日があるかもしれない
しかし、それは想うまい
せっかくの風が色褪せる
さあ、別れ行かん
いざ、さらば





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ジャンル : 学校・教育

『シャボン玉』 『花いちもんめ』 貧しかった日本

シャボン玉飛んだ  屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで  こわれて消えた
風 風 吹くな シャボン玉飛ばそ

シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
生まれてすぐに こわれて消えた
風 風 吹くな シャボン玉飛ばそ


野口雨情がこの詩を発表したのは大正11(1922)年、大日本仏教コドモ会発行の雑誌「金の塔」紙上のことでした。野口は明治41(1908)年に長女のみどりを英語わずか8日で喪った。さらに大正10(1921)年には2才の娘恒子を喪っている。野口が喪った二人の娘への思いをこの詩に託したことは疑いのないところだろう。しかし野口は、子息である存彌(のぶや)氏は、「父の口から直接聞いた話」と前置きしてこう語っている。野口は「自分の子供をテーマに詩を書くなど外聞が悪い。」とすれば、野口は、娘の死への思いも込められているにしても、それだけを思ってこの詩を書いたわけでも無さそうである。

大正7(1918)年から翌年にかけて、第一次大戦中の西部戦線で発生し、スペインで猛威を振るった流行性感冒、スペイン風邪が世界中で流行。その波は日本にもおよび、15万人が死亡する。日本はまだ、貧困の中にあった。多くの子供達が貧困の犠牲になった。病で死ぬだけでなく、子沢山に養いきれず、親が自ら赤子に手を掛ける、いわゆる間引きで死んでいった子の数も、決して少なくはない時代だった。戦後生まれの私でさえ母から聞いたことがある。二番目にできた子は、生むことができなかったと。

親の手にかかった子は哀れだが、親もまた哀れである。東北の民芸「こけし」の語源が「子消し」であるという説を聞いたことがある。あまりにも哀しい話なので、「こけし」からは、子を消した“うで”が失われているのだと。真偽の程に責任は持てないが。そんな“時代”の悲しみを、野口はこの詩に託したのだろう。


ふるさともとめて 花いちもんめ
あの子が欲しい あの子じゃわからん
この子がほしい この子じゃわからん
相談しよう そうしよう
◯◯ちゃんがほしい △△ちゃんがほしい
・・・・・・・・
勝って嬉しい花いちもんめ 負けて悔しい花いちもんめ
隣のおばさんちょっと来ておくれ
鬼が怖くていかれない
オカマかぶってちょっと来ておくれ
オカマないから行かれない
お布団かぶってちょっと来ておくれ
お布団破れていかれない
病で死なないまでも、あるいは親から間引かれないまでも、口減らしのために売られた娘たちがいる。「ふるさとまとめて」つまり“ふるさとを捨てて”、「花」つまり“女”として、“一もんめ”のはした金で売られていった娘たちである。

これは、娘を買って、遊郭に売り飛ばすことを職業とする女衒と親との掛け合いを唄ったものだ。女衒は“買って嬉しい”と唄い、泣く泣く娘を失った親は“負けて悔しい”つまり“安く買い叩かれて悔しい”と嘆くのである。
つくづく日本は、貧しかったのだ。
この本を元にまとめました。


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唱歌 鯉のぼり

由来は後漢書に登場する登竜門にあるという。江戸時代の武家で、男児の出世を願い端午の節句に鯉の型の幟をはためかした。いまは出世というより、「子供の健やかな成長を祈念して」というところだろう。

風をはらんだ鯉のぼりが青空にはためく姿は、なによりである。

文部省唱歌『鯉のぼり』作詞は不詳、作曲は弘田龍太郎。

1.甍(いらか)の波と雲の波、重なる波の中空(なかぞら)を、
 橘(たちばな)かおる朝風に、高く泳ぐや、鯉のぼり。
2.開ける広き其の口に、舟をも呑(の)まん様見えて、
 ゆたかに振(ふる)う尾鰭(おひれ)には、物に動ぜぬ姿あり。
3.百瀬(ももせ)の滝を登りなば、忽(たちま)ち竜になりぬべき、
 わが身に似よや男子(おのこご)と、空に躍るや鯉のぼり。


唱歌『こひのぼり/こいのぼり』作詞は近藤宮子、作曲は不明

やねより たかい こひのぼり
おおきい まごいは おとうさん
ちいさい ひごひは こどもたち
おもしろさうに およいでる


頑張れ日本の子供たち



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防災無線の夕焼け放送に「ふるさと」

埼玉県坂戸市では、市の防災無線の夕焼け放送で、4月から9月は「ふるさと」、10月から3月は「夕焼け小焼け」を流しているそうです。



学校の音楽の先生は、素晴らしい唱歌を、ぜひとも子供たちに歌わせてあげて下さい。いつか、孫と一緒に歌いたいです。

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教師が『我が師の恩』と歌うよう強制するのはおかしい

http://www.news-postseven.com/archives/20120329_97514.html
君が代より『仰げば尊し』のほうが議論があった.

先生の側から『仰げば尊し』なんてもう歌わなくていいという意見があった。

教師が『我が師の恩』と歌うよう強制するのはおかしい。

『身を立て』は、時代錯誤の立身出世主義だ。

君が代はもう条例化されてしまったから、今後は『仰げば尊し』を問題にしようとする人たち。

師に対して無理やりお礼をしろ、尊敬をしろという歌はけしからん。

3年生の担任団の先生たちが、やはり厳かな日本の伝統として入れたいというので、今年は歌うことに。

生徒たちには、国歌を歌うときには国に、校歌を歌うときには学校に、『仰げば尊し』を歌うときにはお世話になった先生に、それぞれ感謝の気持ちを込めてしっかり歌おうといいました。
この歌を気持ちを込めて歌えた人たちは、とても幸せだな。歌える事そのものが嬉しい歌なんだな。「強制するのはおかしい」とか、「無理やりお礼しろ」とか御託を並べる前に、児童、生徒、学生たちに、その嬉しさを感じさせてやれることのできる学校を取り戻すこと考えたほうがいい。

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ジャンル : 政治・経済

唱歌 『仰げば尊し』

 『仰げば尊し』 曲はアメリカだそうです。
原曲と分かったのは、一八七一年に米国で出版された音楽教材「ザ・ソング・エコー」に載っていた「ソング・フォー・ザ・クローズ・オブ・スクール」です。日本語に訳せば「学校を締めくくるための歌」。友人や教室との別れを少し古めかしい英語でつづっています。メロディーは「あおげば尊し」とまったく一緒。音楽記号のフェルマータの場所も一致していました。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/education/naruhodo/CK2011030102000089.html


仰げば尊し
 

仰げば尊し 我が師の恩
教の庭にも はや幾年
思えばいと疾し この年月
今こそ別れめ いざさらば

互に睦し 日ごろの恩
別るる後にも やよ忘るな
身を立て名をあげ やよ励めよ
今こそ別れめ いざさらば

朝夕馴にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる間ぞなき ゆく年月
今こそ別れめ いざさらば

自分は小学校や中学校で歌いました。高校では歌った記憶がありません。私は高校教師になって30年になろうとしておりますが、教師になってからは、卒業式でこの歌を聞いたことはありません。さらに『学校等において、「仰げば尊し」を強制される事について、どう思われますか?』http://q.hatena.ne.jp/1158993343などという声も聞こえてくる始末。多くの方が、「なぜ、ここまで・・・」と思われることだろう。そして、彼らのことを“あわれ”に思われるだろう。

私たちが「仰げば尊し」を歌ったのは、歌わされたわけではない。歌いたかっただけだ。春がくるたびにこの歌を歌って卒業していく先輩たちの旅立ちを見送り、自分たちも先輩方と同じようにこの歌を歌って卒業したかっただけだ。それがこの上なくかっこいいことに思えたし、素晴らしいことに思えた。

今また、この歌が歌われる卒業式が行われている学校があれば、先生のリーダーシップで行われているのだろう。違和感を感じる向きもあろうが、私はそれでいいと思う。「この歌を歌えることは、本当はかっこいいこと、素晴らしいことなんだよ」と。私の子供たちの卒業式では、この歌は歌われなかった。でもいつか、「自分の卒業式でも、この歌を歌いたい」なんて思ってくれる子供たちが増えてくれればいいな。



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唱歌 『早春賦』

作詞 吉丸一昌、作曲 中田章によるこの『早春賦』。

作詞家の吉丸一昌は、大正の初期に何度か安曇野を訪れ、穂高町(現在安曇野市穂高)あたりの雪解け風景に感動してこの歌を作ったと伝えられています。処が北アルプスをいただく安曇野の地であれば、4月の初旬といったところでしょうか。     
 早春賦 画像 
          早春賦
 
1.春は名のみの 風の寒さや
  谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず
  時にあらずと 声も立てず

2.氷解け去り 葦は角ぐむ
  さては時ぞと 思うあやにく
  今日もきのうも 雪の空
  今日もきのうも 雪の空

3.春と聞かねば 知らでありしを
  聞けば急かるる
  胸の思を
  いかにせよとの この頃か
  いかにせよとの この頃か


東京大学が、5年ほどの時間をかけて、秋入学への移行に動き出した。入学時期見直しを引っぱってきた東大の懇談会の中間報告によれば、その利点は・・・

国際標準(秋入学)に合わせ留学生の出し入れを容易にし、国際化に対応する。

入試時期は現行通りとし、入学や卒業の前後に生じる隙間(すきま)の期間「ギャップターム」(GT)で学生に多様な経験を積ませる。

ということなのだが・・・

大学だけでなく、日本の教育はさまざまな問題を抱えている。そして、それなりの地位についた人間は、“改革”に手をつける。莫大な経費が浪費される。しかし、ほとんどうまくいったためしがない。一時的に入試倍率が上がったりしても、それはただの真新しさだけ。教育であれば、本当の評価が出るのは10年後、20年後。そんな結果など待たずに、言い出しっぺは“倍率アップ”を勲章に出世していく。(これは高校レベルの話。“倍率アップ”なんか東大じゃ勲章なんかにならないでしょうが・・・)

秋入学”も、そんな、一見真新しい“改革”にすぎない。東大の低迷?が問題ならば、その原因をあきらかにして処方箋を書けばいい。その上で、「“春入学”が日本の教育の諸悪の根源である」とでもいうのならば、“秋入学”を提案する意味も分かる。

しかし、はたしてそうか。日本の教育の諸悪の根源は“春入学”か。だから結局、目先の改革でしかないのだ。はやりのグローバル化に飛びつくあたり、いかにも発想がさもしい。おそらく中心になっているのは、一人、二人、東大の歴史に名を残して駆け上がろうという野心のある人物ではないのか。本当に“改革”していかなくてはならない日本の教育の問題なぞ、そこには感じられない。

“春入学”は、すでに文化である。桜の季節、あの浮き立つようなむねの高まりと共に新たな世界に足を踏み入れる。そんな多くの人々の心に染みついた感情の動きなど、省みる価値もないのか。私は逆だ。そこにしか価値はない。

この歌で、心がときめかないか。まだつめたい春先の風に吹かれてみたいと思わないか。
・・・思わないんだろうな。だからこんなことを言い出すんだろうな。




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国民歌謡 『椰子の実』

国民歌謡とは、昭和11(1936)年から同16(1941)年まで、ラジオによる健全な歌の普及をめざして全国に放送されたラジオ番組であり、そこで取り上げられて流行した歌。
『椰子の実』(作詞 島崎藤村 作曲 大中寅二)もその一つ。
吉田精一著『鑑賞現代詩 I(明治)』によれば、『この詩のもとになったのは、藤村自身でなく松岡(柳田)国男の体験でした。松岡国男は三十一年ごろ、病後の療養に三河の伊良湖岬に行き、そこで椰子の実の流れよるのを拾いました。のちに藤村は松岡からその話をきいて感動し、「松岡君、その話は私が頂きますよ」といったとのことです。』とある。

 椰子の実 作詞 島 崎  藤 村  作曲 大中寅二


名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の実一つ

故郷
(ふるさと)の岸を離れて
(なれ)はそも波に幾月

(もと)の樹は生ひや茂れる
枝はなほ影をやなせる

われもまた渚を枕
孤身
(ひとりみ)の浮寝の旅ぞ

実をとりて胸にあつれば
(あらた)なり流離の憂(うれひ)

海の日の沈むを見れば
(たぎ)り落つ異郷の涙

思ひやる八重の汐々(しほじほ)
いづれの日にか国に帰らむ
 

「いずれの日にか国に帰らむ」という、この人の「国」とは、「故郷」とはどこだろうか。今、この人はどこにいるのだろうか。どのような「異郷」で、海に沈む日をみているのだろうか。

この歌が世に出たのが昭和11(1936)年6月。2月には2・26事件が発生して、多くの日本人が先行きに対する漠然とした不安を感じるようになる。そんな頃である。日本人はいろいろな場所に広がっていた。明治初頭からのブラジル始め南米への移民。ハワイへの移民。アメリカへの移民。第一次世界大戦後にドイツから日本の委任統治領に組み入れられた南洋諸島。そして満州。

どれも間違いではないだろう。この歌を口ずさんだ人たちは日本にいる。日本にいながら、なつかしい「故郷」を思う者が大半だったろう。しかしこの時代、「異郷」に暮らす日本人もたくさんいた。「その人たちは、いつか、どんなに遠い波の彼方にいても、必ずなつかしい故郷へ帰るぞ」と、本当に帰れるかどうか分からないけど、心の中では「帰りたい」と、そう思いながら「異郷」の海に沈む夕日を見ている。きっと、そうしている。なぜなら、自分がそうなら、きっとそう思うからと。

でも、このあともっともっとたくさんの人たちが「異郷」に向かう。誰もがいつか「故郷」に帰る夢を見ながら、その多くが「異郷」の土となった。そんな記憶が、きっと私たちの血のなかにも眠っている。そんな気がする。


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唱歌『冬の夜』

冬の歌


ちょうど今の季節の歌ですね。

明治45年 
これだけの歌なのに、作詞者、作曲者不詳だそうです。

1番
燈火ちかく衣縫ふ母は  春の遊びの楽しさ語る
居並ぶ子どもは指を折りつつ  日数かぞへて喜び勇む
囲炉裏火はとろとろ  外は吹雪


2番  
囲炉裏の端に繩なふ父は  過ぎしいくさの手柄を語る
居並ぶ子供は ねむさを忘れて  耳を傾け こぶしを握る
囲炉裏火はとろとろ  外は吹雪


昭和35年生まれの私は、2番の「過ぎしいくさの手柄を語る」という部分を、「過ぎし昔の思い出語る」と歌いました。

「過ぎしいくさ」とは、時代から考えて、恐らく日露戦争でしょう。
お父さんが戦った戦場は、恐らく満洲の荒野ではないでしょうか。
時は流れ、妻を迎え、子に恵まれたお父さんは、時の流れに淘汰された記憶を、東北の冬の長い夜を、働く父母の姿を見ながら過ごす子供たちに、穏やかに語っているのでしょう。
子供たちが、父の話に、こぶしを握って聞き入る。
「それから・・・それから・・・、それでお父さんはその時どうしたの? 大丈夫だったの?」

いい歌だなぁ。
子供の時も、この歌詞で歌いたかったなぁ。

「お父さん、お父さん」とか、「お母さん、お母さん」って、こどもたちの声が聞こえてくる。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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