めんどくせぇことばかり 本 日本 思想
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『先祖返りの国へ』 エバレット・ブラウン エンゾ・早川

ブッダガヤのとある村にある日本の寺で、日本庭園を前にして座禅を組み、はじめて日本の身体感覚に出逢ったというアメリカ人。

その後、エバット・ブラウンさんは、東北の小さな漁村を皮切りに日本を旅してまわり、禅寺を訪れ、鍼灸師や整体師に出会い、武術家、能楽師、茶人など、鋭敏な身体感覚を持つ人々と交わる。多くの経験や出会いを通して、彼は日本の身体感覚と伝統文化のつながりを、ありありと感じることができるようになっていったという。

やがて、言霊信仰、万葉集、東洋医学に関心を持ちつつ日本語を習得する過程で、彼は身体感覚を含む日本語に、とても敏感になっていった。

幕末から明治に日本を訪れた外国人は、日本人を世界一幸せな民族だと感じたという。物質的な豊かさや富の獲得からはほど遠かった日本人は、なぜそんなにも幸せそうに見えたのか。彼は、日本人の持つ自然を感じ取る豊かな感性が、それに大きく関係していると考える。

その感性は、あるいは身体感覚は、今でも日本人のからだの記憶に眠っているのか。つまり、先祖返りできるのか。

その解答への糸口を、和の履き物を通じて、人間本来の身体の使い方、食事の仕方などを探求している日本人、エンゾ・早川さんとの対談で探り当てようとする試みが、この一冊にまとめられた。

エンゾ・早川さんの作る和の履き物とは、足半(あしなか)と呼ばれるもので、わらじが前半分で終わっているような履き物。これにエバット・ブラウンさんが興味を持ったのが、二人を引き合わせることになったようだ。

この履き物だと、当然、かかとは地面につかずに、前のめりの感じで歩くことになる。前のめりになる分、膝が前に出て少し曲がり、その分だけ腰を引き、胴体は前掲していくぶん猫背になる。

これって、昔の絵に描かれている日本人の姿じゃないかな。


『先祖返りの国へ』    エバレット・ブラウン エンゾ・早川

晶文社  ¥ 1,980

本来の身体感覚とそこから派生する文化へ戻らんとする「先祖返り現象」とは?
第1章 足―なぜ和の履物を履くと“前向き”に歩けるのか
第2章 手―なぜヤクザは“小指”を詰めるのか
第3章 背―なぜ絵巻物に描かれた日本人はみな猫背なのか
第4章 尻―なぜふんどしは“えくぼ”のある尻に似合うのか
第5章 腹―なぜ大仏のお腹はふくれているのか
第6章 口―なぜ仙人は“霞を食う”のか
第7章 頭―なぜ現代は生きづらいのか


私は、かかとを地に着けて歩く。

だけど、平素はぞうりを履いている。仕事に行くのも、これで行っていた。車もこれで運転していた。群馬県では条例で、ぞうりで運転することは禁じられているという。

還暦を迎えた私の年代では、180cmを越える身長の私は、けっこう目立って背の高い方だった。秩父の冬はとても寒いんだけど、やがて私の足首から先は重たい掛け布団の外にはみ出すようになっていった。寒い冬でも、足首から先はふとんの外だった。

そのせいか、靴を履かなければいけない時を除き、靴下は履かない。家にいるときは、冬の寒い日でも靴下を履く必要はない。そうすると、足裏は、いろいろなものに触れることになる。当然、敏感になる。足裏に土の感覚を覚えさせたいところだけど、この時代ではなかなかそうも行かない。

山を歩くときは登山靴を履くことが多いが、夏の暑い時期は、地下足袋で歩く。足裏は薄いゴムだし、表も布一枚におおわれているに過ぎない。たしかに岩につま先をぶつければいたい、角張った石を踏んでも痛い。

人から見れば、良くそんなもんで登山が出来るものだという風に感じるらしいが、それが結構そうでもない。登山靴なら足首の高いものでも低いものでも、実際の足よりも前後左右にはみ出している。だから、実際の足感覚よりも、少し広めに足場を確保する必要が出てくる。しくじって、登山靴のかかと5mmを岩にでもかけようものなら、身体全体がバランスを失って、前に投げ出されてしまう。

地下足袋の場合、ほぼ、実際の足感覚で歩ける。さらに、足半を使った二人の対談にも出てくるんだけど、足元をよく見るようになる。つま先で岩を蹴ったり、岩角を踏んだりしないように、丁寧に歩くようになる。しかも、足半を履いたときのようにかかとを上げて身体を前傾させれば、身体全体がサスペンションになったようなもんで長く歩いても疲れないだろう。

身体の感覚からものを考えるって、心の中にすとんと落ちるような、そんな納得感がある。

子どもの頃、二人の兄たちと違って、私は畑仕事が好きだった。休みの日の午前中は畑仕事を手伝い、午後はごみだの、枯葉だの、端材だのを燃やして過ごした。

鍬を振るのは、下ろすときに力を入れると、あっという間に疲れてしまう。力を入れるのは鍬を上げるときだけ。それも腕の力で上げるのではなく、身体を後傾させつつ、背中の力で上げる。これは、祖父に教わった。長く農作業を続けるコツ。

日本人にあった身体の使い方は、農作業の方法と、この歩き方以外は何も知らない。そんな私にとっては、とても刺激的な一冊だった。


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熊の出没『日本の昔話』 柳田国男

熊の出没が続いている。

11月に入って、そろそろオネムになる時期だろうか。熊が出るかもという緊張感は独特のもので、遭遇しちゃったら、まあ、知識を駆使して最善を尽くすしかない。怖いは怖いけど、なにしろこちらから熊の領域で遊ばせてもらっているのだから仕方がない。

先日、御荷鉾山に登ろうと、群馬県の神流町に出かけた。車で、御荷鉾山の登山口に続く最後の一本道に入って行ったら、その先が通行止めになっている。土砂の流出だという。まったく調査不足で恥ずかしい。登山口に向かうほかのルートもあるにはあるが、そっちを追いかけてまた失敗を重ねるのは嫌だから、計画自体を変えることにした。

群馬県神流町からなら、一山越えれば埼玉県秩父市の吉田に出る。調べると、城峯山の登山口まで20キロほど。車で山越えして、城峯山を目ざす。ぐにゃぐにゃした林道で土坂峠を越える道。最初にガードレールの向こうに消えていったのは鹿だったろう。自分はそういう道を走っているんだと自覚する。

気がつくと、道を走って逃げる動物がいる。黒くて、丸い。・・・熊が私の車から逃げていく。熊を追いかけているつもりはないんだけど、結果としてはそうなってしまった。熊がグニャグニャ道のカーブの向こうに消える。スピードを落として、同じカーブを曲がると、すでに熊は姿を消していた。・・・ああ、よかった。

カーブを曲がったら、1頭が2頭に増えていたり、もっと大きくなって向かってきたりしたら大変だらね。

今年は、気配を感じたのも含めると、これで2度目。

日本昔話にはたくさん生き物が出てくる。猿、狸、狐、猫、鼠、獺。鳥も多いね。啄木鳥、時鳥、百舌、鳩、鷦鷯、鷹。その他にも蟹、蛇、田螺なんてのも出てくる。

昔から、日本人はいろいろな生き物と関わって生きてきたんだな。どうだろう、いまの日本人に、同じような生き物との関わりってあるんだろうか。

猿、狸、狐、猫、鼠はいるけど、獺は見たことないな。私は山に入ってるから猿はには時々あう。狸は、もともと人里近くにいる。狐は少なくなってるけど、里山では時々見かける。猫、鼠はおなじみだ。



『日本の昔話』    柳田国男

新潮文庫  ¥ 440

私たちを育んできた昔話を、美しい日本語で後世に残そうとした名著
猿の尾はなぜ短い
海月骨無し
雀と啄木鳥
鳩の孝行
時鳥の兄弟
時鳥と百舌
梟染め屋
蝉と大師様
鷦鷯も鷹の仲間
狸と田螺
狢と猿と獺 ほか


今、山で問題になってるのは、熊と猪と鹿。

ところが、熊と猪と鹿の登場する昔話っていうのがほとんど無いんだ。これはいったい、どうしてなんだろう。以前、子どもが小さかった頃によくテレビで見ていた《日本昔話》のテーマ音楽の歌詞が、♬ 熊の子見ていたかくれんぼ、お尻を出した子一等賞、夕焼け小焼けでまた明日、また明日 ♬ というものだったが、なぜか熊が出てこない。

だいたい、熊の子を見かけると、たしかに可愛いんだけど、必ず近くに母熊がいる。一番危険なパターンだ。熊の子が、草むらで人間の子どもたちのかくれんぼを見ていただけならいいんだけど、お尻を出した子と熊の子が一緒にかくれんぼをしているのなら、草むらでは母熊がうなりを上げていることだろう。

道路で車にひかれるのは、だいたい猫か狸だ。狐がひかれているというのは見たことがないな。それでも、家の近所で狐も見かけたことがあるな。ちょっとした茂みがあれば、兎もいる。

そんな関わりから、昔話にも登場するんだろう。だけど、熊や鹿、それから猪も、昔話の出場頻度がぐっと下がる。出てくるとすれば、山に入った猟師に関わって出てくるような感じかな。

猟の対象として、山にいるのが熊であり、鹿であり、猪だったんじゃないかな。

標高が1000mにも届かない奥武蔵の山を、よく歩いている。特に、埼玉県の小川町から日高市まで続く山塊は、年間を通していろいろなルートを歩いている。この山塊には、二つの宗教的な軸が存在する。ときがわ町の慈光寺と、吾野の高山不動である。古くからある道は、慈光寺に向かう道であり、高山不動に向かう道である場合が多い。その街道には転々と集落が形成され、今では、そのほとんどが舗装道路でつながれている。

そんな道を歩いていて、よく感じる。空き家が増えている。集落の上部の家屋から、主を失い、空き家になってしまっているようだ。時には、集落の大半が空き家化しているような場所もある。わびしい廃屋群となっている。その周辺の、かつてはきれいに耕されていたであろう場所が、今では怪しい茂みに変わってしまっている。

人の手の入った里山、あるいは山中の集落は、人と野生動物の境界線の役割を果たしていた。手の入った耕作地に人の気配を感じて、熊や猪、鹿はそこより先には姿を現さなかった。そこに姿を現していたのが、狸や狐、それに兎たちだった。それらは人の生活に関わって物語に取り入れられていたんだろう。猿も、時にはやってきていたかな。

だけど、猟の対象になっていた熊、猪、鹿は、里山や山中の集落の耕作地を警戒した。彼らが警戒した里山や山中の集落から人が去り、耕作地は怪しい茂みに変わったことで、熊や猪は、そこまで活動範囲を延ばした。その茂みの向こうって、すぐに人の住む街が広がるんだな。

今ならまさに、♬ 熊の子見ていたかくれんぼ お尻を出した子一等賞 ♬ と言う状況は、まさに本当のことになりかねない。茂みの中の母熊が、一等賞の子のお尻にガブッ!

野生と人の境界を、なんかの方法でしっかり意識していく必要がありそう。



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『死ぬんじゃねーぞ!!』 中川翔子

36年も、教員として、学校を仕事場にしてた。

そりゃ、いろいろなものを見てきた。この本のテーマになっている、いじめにも関わった。だけど、中川翔子さんが語っているような、教室全体が峻厳なまでに序列化され、序列の上昇、あるいは維持に、学校生活に関わる神経の多くを傾けなければならないような状況は、経験していない。中川さんは、スクールカーストという言葉を使っていた。その言葉、聞いたことはあったけど、嫌な言葉だ。

インドには、宗教的な階層制度であるヴァルナと、ヴァルナを前提とする共同体であるジャーティを合わせて、白人社会からカーストと呼ばれた制度がある。古代インドに成立した制度で、宗教に裏付けされているだけに、現代のインドにも、色濃く影響を残している。カーストは、本質的には征服民族による、被征服民族差別である。

ヴァルナは職業と不可分で、しかも長い歴史の中で細分化していった。ジャーティという共同体が生活の単位になっているので、その中でなら生きていける。いや、その中で生きることを求められている。

中川さんの言う“スクールカースト”というのは、それとはまったく違う。第一、ジャーティがない。教室内の序列に従って、自分一人、素顔を晒さねばならない。

“・・・ねばならない”

これが私には、理解できない。なぜ、“・・・ねばならない”を拒否しないんだろう。還暦を迎えた私が子どもの時分にも、学校でのいじめなんていうのは、いくらでもあった。私にいじめられたという人もいるかも知れないが、私は人をいじめた記憶はない。“・・・ねばならない”を、人に突きつけたことはないが、“・・・ねばならない”を突きつけられたことはある。

父親の会社の序列を教室内に持ち込まれたり、1年上の学年の奴らの教室に呼び出されたり、いじめの入り口に立たされたことはあるが、“・・・ねばならない”ことは、すべて拒否した。

大学に入っても、高校の教員になっても、いじめはあった。そこでも、その入り口で、“・・・ねばならない”をすべて拒否した。



文藝春秋  ¥ 1,320

いじめで傷つき悩んでいる子供たち、親や教育関係者にも向けた渾身のメッセージ
第1章 わたしのいじめ体験
第2章 いまの時代のいじめについて(インタビュー)
第3章 いじめ時間をサバイブする
第4章 未来の種を見つける「さなぎの時間」


私が拒否してきたものは、理不尽な理由で私を支配下に置き、私に影響力を及ぼそうとするものだった。それはそれで、私にとっては正念場ではあった。だけど、どうも、中川さんが体験された“いじめ”は、それとは少し、質が違うような気がする。

私には、立ち向かうべきものの実体があった。いじめようとする側にも、反撃を受ける緊張感があった。中川さんの体験には、それがない、あるいはとても希薄な気がする。

まるで、いじめという定められたパターンがあって、クラスがそのパターンに自らを当てはめていっているかのように思える。そのパターンに、クラスが自らを当てはめていくときに、重要な役割を果たすのが、その時代に流行している、たとえばプリクラであったり、たとえばSNS(この言葉を私が理解しているかどうかは別にして)であったりする。

その流行からの距離、及び取り組みを一つの基準にしていくつかの集団が形成される。その後、人としての恥知らず加減、傍若無人さ加減、立ち回りの上手さ加減などにより、グループごとの序列が作られる。もちろんその時、グループ内での序列も形成されている。

一旦序列が定まると、上位の者は、下位の者による巻き返し、反撃を、徹底的に抑える必要が生じる。これが行為をともなった“いじめ”となる。

いじめる側が、弱い立場の者の人格を、頭から否定している。人の人格を否定して、人格を否定された人の序列を、低位に固定することが目的であるかのようだ。それを上位の者に強いている、“いじめ”という名の妖怪が、教室にはいるようだ。

娘が中学3年の時に、いじめにあった。高校受験が差し迫った頃だった。学校の先生から電話をもらった。「娘と話をして、場合によっては明日から休ませる」と伝えた。話を聞いてみたら、たしかにその傾向にあり、嫌な思いが増えているが、“いじめ”に取り憑かれている者もいるものの、そうでない生徒も少なくないとのことで、翌日も、ご飯をしっかり食べて出かけていった。

中川さんのように、クラス全体が“いじめ”に取り憑かれていると、やはり厳しいだろう。

私は高校の社会の教員だったが、社会か準備室で、私よりも5歳ほど上の教員と、いじめに関わる話をした。娘の話もした。彼の子どもはまだ小学生で、クラスでいじめが発生し、保護者会が開かれたことがあったということだった。彼の子どもは、積極的ではないものの、いじめる側にいたということだった。

「いじめられる側でなくて良かった」と、彼は言っていた。その場には、彼と私と、もう一人、仲の良い英語の教員がいた。その英語の教員と、彼がいなくなった席で、「あんなのが教員をやってるんだな」って、話しをした。

教員の立場からすると、いじめのある教室は、教室に入ればすぐ分かる。・・・なんだか、すえた匂いがする。それは教員の嗅覚で、教員は、その嗅覚を持つ奴と、持たない奴に別れる。・・・これ、本当。



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『人間の義務』 曽野綾子

先祖の墓は、本家の兄に管理してもらっている。

次兄は仕事の都合で、長く神奈川のマンションで生活したが、基本的には本家の近くに家を持っている。週末や、休みが連続するようなことがあれば、そちらで時間を過ごす。

本家は埼玉県の秩父にあり、私は同じ埼玉ではあるが、秩父は出てしまった。同じ埼玉ではあっても、秩父に行こうと思えば、隣町に行くのとは少し違う。しかも、埼玉でもジワジワ感染症が広まる中、私はお盆前に熱を出してしまった。夏風邪は馬鹿がひく。夫婦二人で、ひっそり生活していても、熱など出せば、堂々とお盆帰りというわけにはいかない。

三男の私が還暦ということもあり、三人兄弟がみんな、人生を語るときに、ただ句読点というわけにも行かない曲がり角。第二部に入るか、章くらい変えたいところで、せめて段落は変えないと、この先を語るわけにも行かないところに来た。

じつは、この1年間は、私たちにとっては嬉しい年になった。子ども世代で、独身で残っていた3人が結婚式を挙げた。もちろんそのたびに、祝杯を挙げる機会があったわけだ。それぞれ同じようなときに所帯を構え、同じような世代の子どもたちを持ったので、子どもが小さいときは、ちょくちょく本家に集まった。

母が亡くなり、父が亡くなり、子どもも成長して、次第に顔を合わせる機会も減っていった。父母の葬儀や、父や母と同じように歳を取った伯母、叔父叔母が亡くなって、その葬儀のたびに、いとこたちに会うと、「葬式くらいしかあえないね」といい合うような歳になった。兄弟であっても、会う機会は、うんと減った。

これぞれの話題も子から孫に移ろうとする歳になったんだもの。それは仕方がない。そんな私たちにとって、お盆の里帰りが三人そろって酒を酌み交わす年に一度の確実な機会だった。父が亡くなって以降、ここ十年くらいは、そんな感じだ。馬鹿が熱を出したせいで、今年はそれも見送りすることになった。

お盆の時期が過ぎてから、とりあえず墓参りだけしておこう。

この本は、曽野綾子さんが“人間の義務について”というテーマで『波』に書いた12話を第一部、“人間関係愚痴話”というテーマで『新潮45』に書いた9話を第二部として構成されている本。

第一部の“人間の義務について”に関しては、曽野さんご本人が「つまらない連載の題をつけてしまったものだ」と言っている。「読者の方々に謝りたい思いだ」とも。

たしかに、“人間の義務について”とは、端から見ても、「ずいぶん大上段に構えちゃったもんだな」って思わされる。特にそれが、雑誌に連載されるエッセイのテーマであるとすれば、ずいぶん重い内容になるんじゃないかと心配にもなる。なにしろ、冒頭から、もはや私の年齢や体力では、まともな答えは出てきそうにないことが分かった」と言い出してしまう。

だけど、これを読ませていただいて、曽野さんが、それなりの決意を持って、このテーマにしたんじゃないかと、そんなことを感じさせられるところがあった。

2017年に階段を数段踏み外し、鎖骨を骨折したことがあったそうだ。その鎖骨、動かし方によっては痛む場合はあるものの、歳を考えれば、あえて小さな手術をして鎖骨を継ぐ必要はないと、医者の方でも判断したのではないかと言うことだった。それを受けて曽野さんは、「要するに生きているうちだけ間に合えばいいんだ」と感じたそうだ。


『人間の義務』    曽野綾子

新潮新書  ¥ 700

人が今を生きていることは、安堵の胸をなでおろすべきことで、ドラマでさえあるはず
第1部 人間の義務
「生き続けること」だってむずかしい
「結果を受け留められる」のが大人
生きている限りは「折り目正しく」
他者への基本的な「恐れ」を抱く
成功するには「運・鈍・根」が要る ほか
第2部 人生の光景
万人に等しく訪れる「疲労」がある
人生は「数年なら我慢」できることが多い
「追い詰められた決断」が人を人にする
「量より質」の仕事は総じて怖いもの
「日記」も深読みすれば現状が見える ほか


80歳も半ばを過ぎたそうだ。

その歳なら、そういうものの考え方が出てくるのは、むしろ当然じゃないかな。死ぬのは、そんなに先のことじゃないだろうから、それまでの間だけ、持てばいい。そういうのは、還暦の私でも、場合によっては考える。

たとえば、車を買替える。今までは、1台10年って言う勘定で車を替えてきた。今の車も、来年あたりで10年になるんだけど、場合によっては、次の車が最後になるかも知れない。それなら、今の車をもう少し乗って、65歳で車を替え、行けるところまで行ってみる。・・・とかね。

ともかく、まもなく自分の人生が終わるのならば、それまで持てば良いって前提で、自分のこの先のこと全般を考える。どうやら、曽野さんは、そんな考え方をはじめたようだ。

どうやら人は、義務を意識して生きる人と、権利を意識して生きる人に分けられるらしい。もちろん、曽野さんは、義務を意識して生きてきた人だ。

「折り目正しく、人に迷惑をかけないで生きるというのは、最低限の義務」なんて感覚、今の若い人たちにどれくらいあるんだろう。自分の世代くらいまでは、確実にあったそんな感覚、今の若い人にはないんだろうか。

ずいぶん前のことだけど、担任している生徒が死んだことがある。交通事故だった。水田が広がる中に、縦横にたくさん農道が走っている。冬から春にかけては見通しの良い道なんだけど、稲が穂をつける頃になると、突然見通しが悪くなる。事故は彼の自転車と自動車の出会い頭の衝突で、それがあったのは9月だった。

連絡を受けて、すぐ伺った頃は、両親は泣くばかりだった。四十九日も過ぎた頃、両親から連絡をもらった。なにかの調査があっ時は、自分たちの死んだ子どもが大学進学をめざし、とても努力していると言うことにしておいて欲しいということだった。

そんなことはない。彼は大学を目指していなかった。かといって高校2年の2学期に入っても、就職とか、専門学校とか、具体的な進路も決めていなかった。生活もルーズで、事故に遭ったのも、夜中に近い時間だった。

だけど、大学進学をめざし、とても努力しているって学校が証明すると、慰謝料が上がるって、両親は言っていた。「そうですか」と話を終わりにしたが、結局、保険会社からそんな調査依頼はなく、以降、親とのやりとりもなかった。

感染症が蔓延する中、これは私たちの日常になりつつある。夏が暑いというだけで、多くの人が亡くなっている。雨期、あるいは台風で、多くの人が命を落とす。

マスクが届かないと、あるいはもういらないと、政治を嘆く声がある。対応が遅い。救助が来ない。お金が出ない。生きる権利を当たり前のように口にするとき、今、自分は生きているという大きな感動の理由を見失う。

歳を取っても、生きている間だけは頑張ろうって、そういう考え方も、歳を取ってこそ出来る。



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ジャンル : 本・雑誌

憲法『学問』 西部邁

主権とは崇高な権利のことであり、本来、神や仏のような超越的存在に宛がわれる正しさのことをさす。人民主権というように、そういうすごい権利を人民が持っているし、持つべきだと宣せられると、人民の欲望のすべてが、少なくともあらゆる切実な欲望が、権利とみなされ始める。道理において不完全たるを免れない世俗の存在は、王であれ、貴族であれ、民衆であれ、主権を有してはならない。

主権、厳密に言えば準主権にとどまるものは、せいぜいガ歴史の英知である伝統の精神が、それを授かるとするべきだ。

人間は知性と徳性のいずれにあっても、完成可能ではないと弁えておけばいい。そうすれば、自分の欲望が実現されることを、それが切実であるという理由だけで、基本的人権とみないしてはならないと了解できるだろう。

人民主権は、「神を殺した」人間が、神になろうとする傲慢の罪なのだ。

義務の観念は、人が自らを知性的にも道徳的にも不完全であると認め、その不完全さを補うために、歴史の英知としての道理には従順であろうと努めるところに成長する。

義務の本質は、禁止規則を守るというところにある。そして権利というのは、「禁止されていないことは為しても良い」という意味での許容規則から生まれてくる。「為しても良い」のは自由であるが、その自由の可能性を権利と呼ぶ。

義務はルールを守る行為であり、権利はルールが守られたあとで補償される行為である。あえて言えば、義務は重く、権利は軽いということになる。

人民主権などと自ら主権者を名乗り、自らの不完全性に盲目となって道理を忘れれば、やがて権利が肥大化して義務を屈服させることになる。


『学問』    西部邁


講談社  ¥ 時価

人生に必要なもの、一人の女性、一人の親友、一つの思い出、一冊の本。その一冊。
第1章 政治を問う
第2章 国際関係を観る
第3章 道徳を学ぶ
第4章 社交を察する
第5章 「生きる」を考える
第6章 歴史を想う
第7章 哲学を思う
第8章 実利を計る


政治の本質は、未来の不確実性へ向けての決断という点にある。

政治の決断は、古き制度を破壊しつつ未来に進み続ける。しかし、一般に、破壊が常に良い事態の創造のためのものであるとは限らない。破壊が進歩であるためには、政治を古き道徳につなぎ止める慎重さが要求される。

ただし、それは一般論である。今、破壊しなければならないのは70年以上前に、戦争で日本に勝ったアメリカ合衆国から強制された憲法である。その憲法こそが日本を古き道徳から切り離してしまった根源であった。

日本人は借り物の律令よりも、御成敗式目のように道理をもとに生きてきた。その道理は、歴史、慣習、伝統の中で構築された社会的価値観であり、アメリカによって押しつけられた日本国憲法は、それを無視して、さらには否定して作られたものだった。

だから、日本国憲法と、それをもとにした法は建前で、本音の部分では道理に従って、ものを考えてきた。しかし、それもそろそろ限界に来ているんだと思う。建前を突き崩し、本音を前に出さなければならない。一気にそこまで持っていくのは難しいだろう。とりあえずは憲法9条だな。

自分の気持ちを前に出しすぎた。

国民は今の厳しい国際状況から判断して、自分たちの憲法を作らないといけないと思っている。それが安倍晋三首相に対する支持になって現れている。今の日本国憲法は、アメリカに押しつけられ、強制された憲法であり、特に憲法9条の改正は厳しい国際情勢を勘案すれば、なんとしても安倍首相に成し遂げてもらわなければというのが国民の思い。

しかし、安倍首相が孤軍奮闘して何とかしようとしても、多くの自民党議員が、議席を失うことを恐れて全然動かない。率先して憲法審査会に誘導しようものなら、朝日新聞はじめマスコミによってたかって叩かれる。改正案を出して強行採決という形は見え見えで、タカ派、右翼とレッテルを貼られる。そうなると選挙を心配しなければならなくなって、結果、火中の栗は拾わない。

いま、自民党に所属する国会議員の多くは、自民党員であることが国会議員を続けていくために有効であるから、自民党に所属しているわけで、彼らにとって政治家というのは職業だからだ。生きていく糧を得るための、職業としての政治家を、政治屋という。

彼らの決断は、日本の未知なる未来に向けての決断ではない。日本の将来よりも、自らの保身である。しかし困ったことに、政治屋に過ぎない彼らが、日本の国政を担う議会という場に、政治家として議席を有している。

その彼らが自分の保身に走るとき、日本の将来が、ドブに捨てられてしまうことになる。


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『骸骨巡礼』 養老孟司

そう、「何ごとも理解でき、説明可能である」なんて考えるから、面倒なことになる。

異常な犯罪は、“動機を追求中”と言っても、そもそも異常なのだから分かるはずがない。追求して分かったとしたら、異常であると思っていたが、調べ上げたところ、納得できる動機があったということになるなら、異常ではなかったと言うことだ。

よく分からないものを追求するのが学問である。いろいろと半端な知識を抱えつつ、いつも宙ぶらりんで居心地の悪さの上にいる。ああでもないこうでもないと、いろいろと本を読んでいると、瓢箪から駒、思いもよらないところから答えの糸口が見つかったりする。

そこまで居心地の悪さに堪えなければならない。でも、養老さんが言うように、現代人はそれを待つ辛抱が不足しているんだろう。無理やりこじつけた答えは、多くの場合、なんの解決にもつながらない。

今、世界が直面している武漢発の感染症なんて、まさにその通りに思える。

サンタ・マリア・デッラ・コンチェッツィオーネ・デイ・カプチーニ教会の納骨堂にはカプチン・フランシスコ会の修道士や神父3700人分の骨が納められている。しかも、「インテリア・デザインが得意な」イタリアなんて養老さんはふざけてみせるが、実際骨で飾り立てられた納骨堂の写真を見ると、それも本当のことじゃないかと思わせられる。

出入り口に掲げられた墓碑銘にはこうあるそうだ。

「かつて我々は、あなた方だった。あなた方はいずれ、我々になるだろう」

同じようなのが他にもある。サンタ・マリア・デッロラツィオーネ・エ・モルテ教会の地下墓地は、16~19世紀まで8000体の遺骨が納められているそうだ。入り口正面の柱には羽の生えた骸骨が描かれていて、骸骨がこう言っているという。

「今日は私に、明日はあなたに」

中世のヨーロッパでは、教会の中庭は住民の集会所であり、市場であり、墓地でもあったという。教会が墓地になったのは、人々が聖人の近くに埋葬されるのを望んだからだという。

聖人を崇拝しているわけだ。養老さんも、「キリスト教を一神教と決めつけるのは難がある」と言っている。特に、イタリアでは街ごとに守護聖人がいる。ベネチアならサンマルコ、ローマならサンピエトロか。

それに守護聖人っていうのは、職業によっても違うんだよね。魚屋や漁師ならサンタンドレ、建築家ならサントーマス、警察官はサンミカエル、報道関係者はサンガブリエル。私の職業上の守護聖人はサングレゴリウス。


『骸骨巡礼』    養老孟司


新潮文庫  ¥ 781

骨と墓だけの欧州旅行!死体と格闘する修行を通じて、辿りついた解剖学者の新境地
第1章 死者は時間を超越する
第2章 イタリア式納骨堂
第3章 ウソ学入門
第4章 フィレンツェと人体標本
第5章 ポルトガルの納骨堂
第6章 王の最後の姿
第7章 墓とはなにか
第8章 感覚の優位


教会に入ると、もちろん正面に貼り付けになったイエスの遺体があって、その脇にはマリアの礼拝堂がある。地元の守護聖人も祀られている。そのへんは、なんだか日本の神社みたいだな。

私の故郷の秩父神社には、八意思兼命、知知夫彦命、天之御中主神、秩父宮雍仁親王が祀られているぞ。それだけじゃなく、妙見さまとして拝んでいる人もいるぞ。

マリアの処女懐胎は、オシリスが冥界に行ってからイシスが妊娠した話に関与するし、マリアという存在自体がヘレニズム以前からの地母神信仰でしょう。

歴史の中でも、時にイデオロギーを統一しようという教皇が現れたりする。インノケンティウス3世とか、ホノリウス3世とかは、実は教義そのものよりも、権勢を誇示したいようなところが強い。そういうのが出てくると、世の中全体がえらく窮屈になって、カタリ派の大虐殺なんて言うのが起きたりする。一神教が頑なになれば、正規の解釈以外は許されない。

だけど、のちに出てくるプロテスタントに比べればおおむね適当で、同じ教会に知知夫彦命が祀られても、おそらく大丈夫だろう。

さて、骸骨に戻る。

「お前も、すぐこっちに来るんだよ」って、骸骨が言うわけだ。これに該当する日本語が、「明日は我が身」

これに養老さんがこだわっているのが面白い。骸骨に出会って、骸骨を見た“私”が死を感得するのが日本。骸骨が“私”に告げるのがヨーロッパ。骸骨が語りかけてくるのがヨーロッパで、こちらが骸骨からなにかを感じるのが日本。ヨーロッパには、骸骨になっても人格の残余があり、つまり他者である。日本の場合、それがない。ヨーロッパでは、相手が骸骨でも自分との間に切れ目がある。ヨーロッパは客観的で、日本は主観的。

相手が骸骨ではなくても、日本人は相手から感じ取る。だから、相手を取り込んでしまう。手前、おのれ、自分は、いずれも第一人称でありながら、時として第二人称にもなり得る。

ヨーロッパに端を発する近代社会では、自分は独立した人格で、自己同一性を有し、他と異なることを当然としている。しかし、日本社会においては、多くの場合、無意識に共感を求められ、なによりも“思いやり”を大切にする。

近代社会の原則を“建前”と受け止めるいい加減さがあればいいけど、そうじゃないと悩んじゃうよね。

だけど、自他を明確にしないと、責任は宙に浮いてしまう。戦争責任も、原発事故の責任を論じても答えが出てこない。答えがないことは誰でも知っていて、じゃあ、何があるかというと、責任を取る主体の代わりに“状況”が存在する。

ううん、養老さん、ずいぶん深いところに切り込んできた。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『骸骨巡礼』 養老孟司

解剖を専門にしていた人だからな、養老孟司さんは。

死体について、なんだかんだと考えない方がおかしい。ヨーロッパを訪れた際も、ついつい墓地だの、納骨堂だのを覗いたんだそうだ。そんな中から、遺骨の扱いや、墓のありようが、日本とは感覚的に違うことに気がついたんだそうだ。

たしかに、骸骨で部屋を飾り立てたりしていれば、こりゃなんだと思う。そういう写真が、冒頭にたくさん紹介されているんだ。頭蓋骨も、その他の骨も、教会内部を飾る素材として使われている。

ああ、なんて言うんだろうな。私には、それは、たくさんの死体にしか見えないんだけど、これを飾り立てた人は、それを死体と認識して飾り立てたんだろうか。死体と認識して、それが出来るだろうか。

養老さんは、日本とヨーロッパの違いの背景には、身体観の違いあるんだろうと、そう思っていろいろと調べ始めたんだそうだ。

ただし、調べてみようと思っても、何をどう調べれば突き止められるのか分かって調べるわけじゃないって、養老さんは言う。たしかにね。何を知らべればそれを突き止められるのか、それが分かってりゃ楽だよね。結局、納骨堂だの、お墓だのをふらふらすることになったらしい。

いずれなにか分かるかも知れないし、分かる前に死ぬかも知れない。

ミラノのサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会の外の柱にはすり減った絵が残っていて、頭蓋が二つ額を寄せ合っていて、そこに「与えよ、さらば与えられん」と書かれているんだそうだ。どうして骸骨がそれを言うのか。それが身体感の違いにつながるのかどうか、調べにかかれば時間はいくら合っても足りない。

そういうものに対する養老さんの態度には感心した。

《世界は詳細に満ちていて、ゾウムシを調べているだけで十分すぎる。それだけで生涯がつぶれてしまう。》

いつか、たまたま見えてくるものがあるかも知れない。見える前に死ぬかも知れない。


『骸骨巡礼』    養老孟司


新潮文庫  ¥ 781

骨と墓だけの欧州旅行!死体と格闘する修行を通じて、辿りついた解剖学者の新境地
第1章 死者は時間を超越する
第2章 イタリア式納骨堂
第3章 ウソ学入門
第4章 フィレンツェと人体標本
第5章 ポルトガルの納骨堂
第6章 王の最後の姿
第7章 墓とはなにか
第8章 感覚の優位


そう言えば、フランシスコ・ザビエルの遺体はインドのゴア州にあるボム・ジーザス教会でミイラ化されて保存されている。10年に1度は一般公開され、たくさんの人が集まるんだそうだ。

ただ、片腕だけ切り取られて、マカオに送られ、聖アントニオ教会に展示されているという。んんん、死体だよ。まあ、レーニンなんかがサイボーグみたいに部品を取り替えられて、防腐剤につけられて保存されるよりはマシかも知れないが。

それにザビエルは最後の審判の時には身体が必要だろうしね。おっと、レーニンは宗教はアヘンと考える共産主義者だからな。どうせ地獄に落ちるんだろうから、身体なんかあってもなくても良かろうにね。

毛沢東や金日成、金正日もか。そのうち金正恩もそうなるのか。なんだかわけが分からない。

そうだ。レーニンはじめ、防腐剤漬けになっている人たちのことはどうでもいい。

だいたい、キリスト教徒のことを考えてみれば、彼らが通う教会の正面にある十字架には、しばしば、イエス・キリストが彫刻されている。あれは、死んだイエス・キリスト。イエス・キリストの死体が彫刻されているわけだ。

吉備から十字架を下げている人もいる。そこでは省略されているが、本来は、そこにイエス・キリストの死体があるはずなんだろう。あの人たちは、首から死体をぶら下げているわけだな。

キリスト教が問題にするのは、救済だろう。

結局は、死んだあとのことだ。死んだあとのことが問題なのであって、死なんてものは、そのずっと手前、入り口に過ぎないんだから、問題にするまでもない。誰にでも、もうすぐ起こること。明日かも知れないし、・・・今日かも知れない。

少なくとも、遠ざけるべきものではない、・・・そういうことなんだろうか。

まだ、読み終わってもいない、半分くらいしか読んでないのに、この段階で、頭がクラクラしてくるようだ。・・・とりあえず、読み進もう。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『うおつか流 食べつくす』魚柄仁之助

食べ物は、捨てたくない。

特に、誰かが私のために作ってくれたものは、ことさらに捨てたくない。それでも、何度も捨てたことがある。作っておいたことを忘れちゃって、ふと冷蔵庫を開けてみたら、ふと鍋のふたを取ってみたら、・・・そこには愛する彼の無残な姿が・・・。

食べ物を粗末にしちゃいけないと、ごく当たり前に育てられた。当然のように父母、祖父母は戦中戦後の食糧難を知っていて、父の6人の兄弟姉妹にも、さまざまな意味でかわいがられたので、より一層、食べ物を粗末にしちゃいけないという意識は強かった。

日本が豊かになって、飽食の時代になれば、飽食をも食べつくさなければならないと考えていた。健康のために食べ残した方がいいという新しい考え方には、結局なじめなかった。

しかし、その新しい考えの方が、今の時代では常識となっているだろう。そんな中で、先進国の廃棄食糧の問題が取り上げられるようになった。背景には、世界には、同時に、栄養不足で満足に成長できない子どもたちが少なくないことがある。一方に飢餓があって、一方に廃棄食料がある。大きな問題だ。

かつての日本にだって飢餓があったわけで、その理由は戦争だの部族対立だのさまざまで、もちろん一通りではない。一通り出ないからここで論ずる余裕はないが、私たちの社会が抱える廃棄食糧の問題を放置していいはずがない。

食い過ぎて身体を壊していいはずはないが、手に入れた食い物を食べつくすことによって、健康に生きていく知恵を持つべきだ。スーパーで自分と家族に適切な量の食糧を購入して、災害時の保存食料も考えて、それに継ぎ足し継ぎ足ししながら、その都度すべてを食べつくして、健康に生きていく。そういうバランスの取れた、食生活が送りたい。

魚柄師匠は、それを“「食べつくすためのモラル」教育”と言っている。そのモラルを徹底するためには、あらゆる食材を食べつくせる状態に調理加工できる技術。これに知恵を絞ることが、今の私たちには必要だと言っておられる。





農山漁村文化協会  ¥ 1,650

「食のスキル」で格差社会を生き抜け!「できる!自分」の作り方
其の1 朝採れ胡瓜・月100本との闘いの巻
其の2 古漬け野沢菜・沢庵の再生法の巻
其の3 大豆deチーズとマヨネーズin 70’sの巻
其の4 路上自炊のばんごはん参加記録in 80’sの巻
其の5 不人気・タイ米を引き受けるin 90’sの巻
其の6 ブロイラーが地鶏、ムネ肉がサラダチキンに!?
其の7 「時短・無駄無し・省エネ料理」と「保温調理」
其の8 「できる!自分」の作り方


この間、胡瓜のことを書いたけど、茄子は油味噌だったな。胡瓜同様、一時に、大量に食べ頃になるからね。

私は茄子の皮のプリプリ感が苦手で、あれを歯で噛んで、キュっていう感じが嫌。そこまでではないが、窓に爪を立てた時の嫌さに類似する。それが完全になくなり、ねっとりになるまで炒めた油味噌。あれを、ドチャっと丼ごはんに乗せてかき込むのが好き。くしくも、胡瓜も茄子も、味は味噌だな。

この本の中では、いろいろな食材の食べつくし調理加工技術を求めて、師匠は時空を越えて調査のたびに出かける。古漬け沢庵の再生に関しては、明治36年の本には、小口切りにして水の中でもんだ沢庵をおろし生姜と生醤油で食べればうまいと書かれているそうだ。さらに大正3年の本には、短冊に切って水につけて塩抜きし、みりんと醤油に漬け込めば4日ほどで食べられるとか。さらに沢庵のソース漬けは昭和13年、鯖の沢庵まぶしは大正13年と昭和11年の本に出ていたと。

それこそ戦中戦後の食糧難には、いろいろな代用食品が考えられていた。もともと、それでなくても、ご先祖さまたちは食い物で苦労をしてきた。そういう先人の知恵に、師匠は目を向けておられる。

以降、師匠の変幻自在の食遍歴が語られるが、私が注目したのは、安い鶏肉を地鶏以上のうまさにして食べつくす技。それから、放っておくだけの《保温調理法》だ。

鶏肉に関しては、現在実践中。《保温調理法》に関しては、おそらく、師匠は以前にもこれを紹介したことがあり、覚えはないんだけど、私はそれを読んだんだろう。実践している。ネタバレすれすれで済むと思う。私がこれに使っているのは、高校山岳部時代に使っていた、今のものとは比べものにならないくらい重たい寝袋だ。

沸騰したら火を止めて、鍋を寝袋で巻いて、それっきり忘れてれば、とてもおいしいアレが出来る。・・・なんと、これも昭和22年に発表されたもので、当時は《火なしコンロ》と呼ばれていたそうだ。

そうそう、この本のカテゴリなんだけど、当然、《本 料理》でいいかなと思ったんだけど、読み終わってこれを書いていて気持ちが変わった。《本 日本 思想》のカテゴリにした。



テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

月100本の胡瓜『うおつか流 食べつくす』魚柄仁之助

《週に1回の介護+援農帰省》で、そのたびに要介護者が畑で育てた野菜を持ち帰る。

胡瓜、トマト、茄子、冬瓜、夕顔、枝豆、小豆、大根、人参、南瓜、ジャガ芋、オクラ、ズッキーニ、茗荷、ブロッコリー、玉葱、白瓜、西瓜、トウモロコシ。

一人の要介護者が、動ける範囲で作った農作物が、都会生活者何十人でかかっても食べきれないほどになる。すごいもんだな、日本農業の底力。

食べきれないからと収穫しなかったり、そのまま耕作放棄地になっちゃうと、何でもかんでも生い茂って、すぐに薮になってしまう。そういうところがたくさんある。魚柄さんの言うとおり、薮になって人手が入らなくなると、イノシシやシカ、タヌキなんかの隠れ蓑になって、鳥獣害が広がる。それに連れて、熊まで人里に下りてくる。

食べきれないほどの野菜を送られて、「宅配料金よりも買った方が安いから、送らないで」って、田舎の母親に断るような真似をしてはいけない。その前に、食べきれない自分を恥じなきゃいけない。

そうだそうだ。その通りだ。

でも、どうかな。《朝採れ胡瓜・月100本との戦い》か。

子どもの頃、うちでも野菜を作ってて、主に畑をやってたのは、役場を退職した祖父で、祖母に母が随時、手伝っていた。芋を植える準備に、畑を掘り起こしたり、畝を切ったり、実際に芋を植えたり、各種野菜の収穫をしたり、草むしりにかり出されたりしたが、畑仕事は嫌いじゃなかった。

ただ、品物を市場に運ぶのが、いやだったな。基本的には家で食べる野菜栽培で、出来のいいのだけ市場に出していた。リヤカーで引いていくんだけど、知り合いに見られるのが嫌でね。

「採ってきて」って言われて、夏場のその時期に、朝の畑に行くと、もう胡瓜や茄子が、こっちを向くんだ。「出来たよ。採って」ってニコニコしているんだ。「こっちもこっちも」って。畑に長く居ると蚊に喰われるから、もう、「いい加減にしろ」って言いたくなるくらい。





農山漁村文化協会  ¥ 1,650

「食のスキル」で格差社会を生き抜け!「できる!自分」の作り方
其の1 朝採れ胡瓜・月100本との闘いの巻
其の2 古漬け野沢菜・沢庵の再生法の巻
其の3 大豆deチーズとマヨネーズin 70’sの巻
其の4 路上自炊のばんごはん参加記録in 80’sの巻
其の5 不人気・タイ米を引き受けるin 90’sの巻
其の6 ブロイラーが地鶏、ムネ肉がサラダチキンに!?
其の7 「時短・無駄無し・省エネ料理」と「保温調理」
其の8 「できる!自分」の作り方


さて、そして胡瓜をどう食べるか。魚柄さんは、本当にいろいろと工夫して食べている。

基本的に、長持ちさせるためには、塩に漬ける方法がある。もちろん、魚柄さんもそれはやっている。浅漬けからのさまざまな転用や、長期保存漬けからの転用も工夫されている。ここにはなかったけど、胡瓜のキューちゃん風にしても、日持ちがするよね。今、ご近所の方からそれをたくさんもらって食べている。

胡瓜に火を通すというのは、子どもの頃の私はダメだった。みそ汁の具になって出てきたときは、悲しみを覚えた。

だけど、うちにはある特殊な食い方があった。この食い方で、“月100本”は、おそらく軽くクリアーしていたんじゃないかと思う。

ここに紹介されている食べ方に、《下ろし胡瓜の冷や汁》というのがある。埼玉県中部、比企地方には冷やしたみそ汁、冷や汁というのがあって、これには輪切りの胡瓜が使われている。地元じゃこれで素麺を食べたり、昼の汁代わりにしたりしている。これをすり下ろした胡瓜で作ったらと言うのがこの料理。

定時制に勤めていた頃、食堂のマスターが、郷土料理として作って生徒や職員に出してくれた。その時、地元の職員が、「秩父でも冷や汁食べるの」って聞かれて、実は、少し答えに詰まった。

秩父のそれにあたる料理は、冷や汁とは比べものにならないくらい素朴で、野趣あふれる料理だから、「はじめて食べました。おいしいですね」って行っておいた方が、当たり障りないと思ったもんだから。

秩父のそれは、《胡瓜揉み》といって、できあがりの見た目は似たようなものなのだが、野趣が違う。まずは、ごまを当たって、そこに薄く輪切りにした胡瓜と適量の味噌を入れる。あとは、手を突っ込んで、味噌と胡瓜を一緒にして、ひたすら揉む。徹底的に揉む。

実は、連れ合いが、この《胡瓜揉み》を気に入って、夏になると東松山の自宅でも作っている。連れ合いの作る《胡瓜揉み》は胡瓜が輪切りにされた存在感を残している。《胡瓜揉み》を気に入ってくれた以上、私はその《胡瓜揉み》に満足しているが、本当は違う。胡瓜が、なんとなく胡瓜としての存在感は残すが、輪切りの体裁が感じられないところまで揉み込む。・・・飲めるくらいまで揉む。

そこまで揉むと、胡瓜だけで、ものすごい水分量になって、それこそ素麺に欠けてもかまわない。だけど一番は、暑い夏休みの昼飯に、丼ごはんにこの《胡瓜揉み》をかけて食べる。これに限る。

そう言えば、そろそろ胡瓜が安くなってきた。


テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『切ない曲がききたい』 川井龍介

これはたしかに盛り上がるだろう。

いや、著者の川井龍介さんが“はじめに”の冒頭に書いているんだけど、「あなたにとって切ない曲とは?」っていうことを酒の席の話題にしたという話なんだ。しかもそれが、同じ時代を生きてきた者たちであれば尚更だろう。「あの曲がいい」とか、「いやこっちの曲の方が泣けた」とか。酒の席の次は、間違いなくカラオケだな。

もちろん、“切ない思い”っていうのは、ごく個人的な思い出を背景に持っていたりする。そうなると、もはや心のひだの話になってくる。

思いを打ち明けることもできなかったあの子

がむしゃらに気持ちをぶつけた、年上の人の伏し目がちな表情

家を出るときの、母の心配そうな顔

歯を食いしばって耐えていた男の子

夏の真っ青な空を流れる雲

手に入らないんだな。それは二度と。川井さんは切なさのエッセンスを言葉で並べる。「望郷」「別れ」「青春」「旅情」「時の流れ」「思慕」「喪失」「後悔」「健気さ」「卒業」「旅立ち」

やはり、二度と手に入らない。歳を取ると、その分だけ、手に入らないものが多くなる。手に入らないものが多くなる分だけ、人間として分厚くなっていてくれればいいんだけど、その辺はどんなもんだろう。





旬報社  ¥ 1,650

きいているだけなのに、なぜか、・・・・・・・・・泣き出してしまいそうだ
1 なごり雪       2 卒業写真    3 さくら
4 十九の春       5 制服      6 津軽海峡冬景色
7 駅          8 雨に泣いてる  9 真夏の果実
10 八月の濡れた砂    11 サトウキビ畑  12 月のあかり
13 クリスマスイブ    14 夜空ノムコウ  15   さよなら
16 黒の舟歌       17 すろーばらーど 18 こんな風に過ぎていくなら
19 タクシードライバー  20 学生時代    21 島に吹く風
22 横浜ホンキートンクブルース   23 黄昏のビギン  24 見上げてごらん夜の星を
25 オリビアを聞きながら 26 One more time One more cyance 27 JAM
28 津軽じょんがら節   29 サボテンの花  30 日だまりの歌
31 悲しい色やね     32 バラが咲いた  33 化粧直し
34 赤とんぼ       35 五木の子守歌  36 雪の降る町を
37 月の沙漠
1 ホテル・カリフォルニア       2 ミッシェル       3 忘却
4 君の瞳に恋してる   5 スタンド・バイ・ミー   6 オールド・ラング・サイン
7 アンフォゲッタブル       8 夏の日の恋    9 愛の語らい
10 スペイン革のブーツ      11 枯葉       12 ミスター・ロンリー
13 ザ・ロードアウト         14 サウンド・オブ・サイレンス  15 青春の輝き
16 マイ・ファニー・バレンタイン     17 ノー・ウーマン ノー・クライ  18 グラン・トリノ 
19 サマータイム        20 ヒロシマ      21 ハレルヤ
22 ラストダンスは私に      23 フラジャイル     24 ドック・オブ・ザ・ベイ
25 アランフェス協奏曲  
       





この本を読みながら、You Tubeで実際にその曲をきいてみた。

「いや、切ないな~」

ただ、上記の目次を見てもらえば分かるとおり、今年還暦の私にしたら、もう少しでいいから時代をさかのぼって欲しかった。

小林旭の『北へ』なんて切ないよ。恋に破れ、夢を捨てて、「北へ流れる」んだから。それから、三橋美智也の『赤い夕日の故郷』。二度と帰ることのできない満州の赤い夕日。切なさの粋を感じるな。

上記の目次に載ってる曲だけじゃなく、それに関連する曲、同じ人が作った曲なんかが紹介されているので、結局、関連でいろいろな曲を聞くことになる。

自分でも意外だったのは、何もまったく洋楽ファンというわけでは無いんだけど、洋楽に“切なさ”を感じるものが多いことに驚いた。『夏の日の恋』という曲がテーマに使われていた『避暑地の恋』から、『思い出の夏』っていう映画を思い出した。たしかテーマ音楽が切なかったような気がして、その曲を聞いたら、胸が泡立つような、心臓をきゅっとつかまれたような感覚にとらわれた。

思い出したのは、小学校4年の時の担任、千鶴子先生だ。先生のことをめぐって、ある級友とけんかをしたんだ。ずいぶん早熟だったんだな。・・・参ったね。

『ミスター・ロンリー』は、ジェットストリームの城達也の格調高い声を引き出してくるが、同時に、映画『グローイングアップ』のラストシーンが脳裏によみがえる。ドアを開けると、好きな女の子が他の男と抱き合っている。女の子は主人公の存在に気がつくんだけど、あらためて男の胸に頬を埋めるんだ。『ミスター・ロンリー』が流れる。主人公はドアを閉め、パーティ会場を抜け出し、一人、背を向けて街に消えていくんだ。

『スタンド・バイ・ミー』は、もちろんいい。だけど、それを聞いているうちに、シカゴの『素直になれなくて』を思い出して聞いてみた。・・・せ、切ないよ。コモドアーズの『スティル』は?・・・切ない、切ない。

そんなことをやってるうちに、今日も一日が終わろうとしている。

ああ、いい時間が過ごせた。いい本だった。


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イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


火山の噴火、土石流に土砂崩れといった災害は、人々の目を山の高見に向けさせた。
それ故に山は、恵みと共に、畏怖の対象でもあった。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


























































































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