めんどくせぇことばかり 本 日本 思想
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桜『日本の心を旅する』 栗田勇

今年は花が早い。

関東でも各地から、桜の開花の声を聞く。一週間で五分咲きだという。十日で七分というところだろうか。あとは、その時期の陽気によりけり。

埼玉県のへそを自称する東松山市では、まだ開花の声を聞かない。この週末でちょうどかな。一週間で五分、十日で七分となると、それが3月30日。あとはこの時期の陽気によりけりとなると、孫の入学式に向けて、やきもきした日々を過ごすことになりそうだ。

春の心はのどけからまし

新型コロナウイルスに振り回される世界。致死率も、決して低くはない。しかし、歴史の中で人々を絶望に追い込んだいくつかの伝染病には、比べるべくもない。繰り返し繰り返し人類を苛んだそれらとは違い、比較的短い時間で対応し、終息に向かわせることができるだろう。

直に平穏を取り戻しても、私たちはこの伝染病の世界的蔓延と、それに伴う社会機能喪失の危機から、必ず学び取っておかなければならないことがある。

第一に、それらの新たな病気が発生する場所は限られているということ。サーズの発生は2002年、たったの18年前のことだ。新しい伝染病が発生する場所として、“中国”はその可能性の大きな場所だということだ。

第二に、一旦事があれば、白人は容易にアジア人に差別の目を向ける。

第三に、韓国に理屈が通じると思ってはいけない。





春秋社  ¥ 時価

私たち日本人の“こころ”と“いのち”。その本当の煌きとは。新たな“生”の息吹に向けて
Ⅰ 色はにおえどーこころの旅路
Ⅱ 美と無常を生きる
Ⅲ 書ー宇宙の声を聴く
Ⅳ 聖と旅する



おそらく、短期間で収束すると私は信じるが、それでも、それまでの間、絶えなければならないことはいろいろあるし、あきらめなければならないこともある。

そのうちの一つが、花見の宴だ。

都で桜の宴が始まるのは『伊勢物語』のころからだそうだ。

古代から万物生成の大神大山津見神の娘で春と豊穣の神木花佐久夜毘売が桜の木に依り降ったとされ、桜の木の下は聖域となり、祝宴が行われてきた。今日の「お花見」の源流であるという。

降臨したニニギノミコトは、木花咲耶姫を見初めて求婚し、大山津見神がともに差し出した石長姫を断って、寿命を持つことになる。

やがて散りゆく桜に木花咲耶姫が依り降ったことは、それ故に意味深い。限りある命故に、生きることは尊い。生ききった命ならば、散るのもまた美しい。

花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける 西行
昔たれかかる桜の花を植えて 吉野を春のやまとなしけむ 藤原良経
吉野山こずえに花を見し日より 心は身にもそわずなりけり 西行
春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり 西行
ねがわくは花の下にて春死なん その如月の望月の頃 西行
散る花を惜しむ心やとどまりて また来ん春の誰になるべき 西行
散る桜 残る桜も 散る桜 良寛
世の中に絶えて桜のなかりせば 春のこころはのどけからまし 在原業平
散ればこそいとど桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき 在原業平




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『鐘よ鳴り響け』 古関裕而

昨年の春、仕事を辞めた。

山に行ったり、川に行ったりして過ごすつもりで、とりあえず仕事を辞めた。山に行き、川に行くと言っても、仕事を辞めると、家にいる時間が一番長くなる。テレビを眺めているのも能がないので、ラジオを聞いていられる環境を整えた。FMで音楽でも聴きながら本を読むのがいい。

ニュースにしても、テレビは余分な情報が多すぎる。ラジオの方が、それがない分だけ良い。お昼のニュースをラジオで聞くと、番組は、そのまま“ひるのいこい”に移行する。

ラジオから“ひるのいこい”のテーマ曲が聞こえてくる。・・・ホッとする。これを聴くことができるようになったことは、仕事を辞めて良かったと思えるようになった理由の一つでさえある。




これが古関裕而の作曲だとは、最近知った。


『鐘よ鳴り響け』    古関裕而


集英社文庫  ¥ 704

昭和史に燦然と輝く伝説の作曲家小関裕而の、唯一無二の自伝
出会い
一歩目の記
万感を胸に
鐘よ なお鳴り響け
舞台は回る
一筋の道


明治42年生まれか。1909年、日露戦争の勝利から、第一次世界大戦へ向かう頃か。

明治維新以来、欧米列強に対校できるだけの力をつけるため、努力してきた。数々の失敗を重ねながらもなんとか力をつけて、日清日露の戦争に勝ち、ようやく努力の成果が目に見えるようになった頃だ。

やがて第一次世界大戦が起こると、対岸の火事とも言えるこの戦争で、日本は空前の好景気に沸き立つことになる。戦場と化したヨーロッパで生産力が低下し、その分の需要が発生したことによる。戦後、日本経済は一転して不景気となる。戦後恐慌と呼ばれる。ヨーロッパ諸国の生産能力が回復すれば、当然のことだ。

第一次大戦後のベルサイユ体制においては、日本は国際関係において非常に重要な地位を占めることになった。この地位は、明治以来の努力の成果であった。同時に、1920年代は慢性的な不況続き、坂の上の雲を追い求めた明治と違い、社会は複雑な様相を呈するようになっていった。

それが、古関裕而が生まれ育ち、世に出るようになっていく時代だった。古関が20歳の時に、世界恐慌が起こることになる。22歳で満州事変、28歳で日中戦争、32歳で大東亜戦争、36歳で敗戦か。

すごい時代を生きてきたんだな。

いろんな意見があるだろうけど、この人は、つねにその時代に生きる人たちのために曲を書いてきた。聞いてうれしい曲を書いてきた。

“栄冠は君に輝く”、“紺碧の空”、“オリンピック・マーチ”あたりは有名だけどね。有名な軍歌も古関裕而の作曲が多いんだな。昭和35年生まれの私だけど、周りに歌う人が多かったせいか軍歌はよく知ってた。“若鷲の歌”、“ラバウル海軍航空隊”あたりなら、今でも歌える。

そういう曲も作りながら、戦後の人々を励ます歌も作ってるんだな。面白い。常にその時代時代の人々を励ます歌を作っていたと言うことか。

“モスラ”も古関裕而なんだってよ。


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『自然に学ぶ』 白川英樹

なんの本で読んだんだったか、天才的数学者は美しい風景の中で育つという話があった。

別に天才的数学者でなくてもいい。子どもの頃、自然の中でいろいろな遊びをしてきた子は、それだけでいろいろなことを学んでいるし、身につけている。自然に学んでいくってことが大事ですね。白川先生の言われるとおり。

与えられる“勉強”は、先に結果が出ちゃってるからね。だから、入っていく必要を、子どもは感じない。自然の中にあるたくさんの入り口は、その先に何があるか分からないから、ドキドキするわけだ。

白川先生が塾長を務める《子ども夢教室》は小学5年から中学2年までを対象に、学年や男女を混ぜた4~5人のグループに分け、それぞれに指導員として本当の学校の先生がつくんだそうだ。その学校の先生たちは白川先生から、「教えないで欲しい」と求められる。教えるのが商売の人たちだからね。ビックリするだろうね。

自然から学ぶってことの意義は、限りなく大きいね。

白川先生は、子どものような心を持った、とても純真な人のようだ。科学のことについてはともかくとして、世の中のことに対しては、おかしな疑いを向けるということはなさらない方らしい。

『沈黙の春』を書いて、世界に多大な影響を与えたレイチェル・カーソンが取り上げられている。彼女は息子と一緒に自然を探検し、発見の喜びに胸をときめかせる様子について、こう言っているそうだ。「わたくしは何か面白いものを見つけるたびに、無意識のうちに喜びの声を上げるので、彼もいつの間にかいろいろなものに注意を向けるようになっていきます」「彼の頭の中に、これまでに見た動物や植物の名前が刻み込まれているのを知って驚いたものです」・・・ということです。

白川先生は、レイチェル・カーソンを、『沈黙の春』によって環境汚染と環境破壊を世界に告発した人物と紹介している。それはDDTをはじめとする農薬の使用による汚染を訴えたもので、アメリカはその訴えを受け入れてDDTの使用を禁止した。

1960年代、マラリアはDDTによって、ほぼ撲滅寸前まで行っていた。年間250万人いた患者を35人まで縮小していた。それが、DDT使用禁止により水の泡になってしまった。今、毎年200万~300万人が死んでいる。・・・惜しかったね。



『自然に学ぶ』    白川英樹


法蔵館  ¥ 1,320

2000年ノーベル化学賞受賞者の白川英樹先生が折々の想いをまとめたエッセイ
1「自然に学ぶ」
2「日本語で科学を学び、考え、そして創造できる幸せ―先人の努力を糧に―」
3「高分子合成を志して」


ベンジャミン・フランクリンも取り上げられている。

フランクリンがイギリスの進学者・哲学者・化学者のジョゼフ・プリーストリーに宛てた手紙の一節に、「今後、1000年の間に、物質を支配する人間の力がどのような高さに到達するかは、想像することも出来ません。どうか道徳が自然科学と同じように向上の道をたどり、人間同士がオオカミのように争いあうのをやめ、いま不当にもヒューマニティーと呼ばれているものを人間がいつか身につけるようになってほしいものであります」と、あるそうです。

フランクリンは、トマス・ジェファソンが起草した独立宣言を、ジョン・アダムスとともに修整しています。そこには次のように書かれている。

《我らは次のことが自明の真理であると見なす。すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられていること。これらの権利を確保する為に、人は政府という機関をつくり、その正当な権力は被支配者の同意に基づいていなければならないこと。もし、どんな形であれ政府がこれらの目的を破壊するものとなった時には、それを改め、または廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方で、新しい政府を設けることは人民の権利である》

彼らは、インディアンや黒人を人間とは捉えていないことは、間違いない。インディアンや黒人を人間と捉えていれば、いくら彼が厚顔な人間であったとしても、ここまで平気で“人間”という言葉は使えないだろう。

だから、「人間同士がオオカミのように争いあうのをやめ」とフランクリンが言っている“人間”というのも、インディアンや黒人、それから日本人は入っていない。入っていれば、黒人の売り買いは出来ない。インディアンの皆殺しも出来ない。日本に原爆は落とせない。

その上で、日本の政治に対しては、手厳しい。武器輸出三原則を見直し、集団的自衛権の行使を容認し、改憲に突き進む安倍政権に、危惧を感じているという。

戦争が終わったとき、白川先生は9歳か。一番敏感に、アメリカのWGIPに反応しちゃった口かな。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『どこからお話ししましょうか』 柳家小三治

一昨日、大阪に行き、昨日、息子の結婚式に参列して、そのまま埼玉まで帰ってきた。いい式だったと、兄たちから言われた。ああ、肩の荷が下りた。・・・と思ってたら、一緒に大阪から帰ってきた娘から、まご1号、2号を一晩預かってくれと、まもなく連れてくるらしい。

昔、山に行くとき、何かの都合で新宿に早く着きすぎて、時間をつぶさなきゃいけないことがあった。

今の自分なら、喫茶店で本でも読んでりゃいいって思えるんだけど、その頃はとにかく田舎者だから、喫茶店なんてところじゃ人の目が気になって落ち付かず、時間が経ちゃあしない。ちょっと前に、兄に連れて行ってもらった落語の小屋を思い出して、記憶を頼りにザックを背負ったままそれを探した。直に見つかった。新宿末廣亭。やってるみたいなので、そこで時間をつぶすことにした。

中に入ると、お客は数えるほどで、何人もいやしない。そんな中で、若い落語家さんが身振り手振りで話をしていた。その落語家さんが、私に気づいた。そしたら、いきなり話の腰を折って、「あっ、お客さんいらっしゃい」って、私に話しかける。数えるほどのお客のすべてが、私の方を振り返る。若い落語家は、さらに手招きして、「こっち、こっっち!」って。

その落語家が、「ここ!こーこ!」と指定した席は、自分の目の前のど真ん中の席。「もう、やだなー」と思いながら、仕方なく隣の席にザックを下ろして、そこに座った。後ろの方から、「落語やらねえのかよ」と声が飛んで、思い出したように続きが語られた。その人の落語が終わったらすぐに、私は目立たないところに席を変えた。

それ以来、中央本線で山に向かうときは、いつも、うんと早めに新宿に着くようにして、末廣亭に行った。

私がよく寄席に行っていた頃は、いつ行ったって、席にはゆとりがあった。ずいぶん間が開いて、娘が大学に入った頃だったろうか、寄席に行ってみたいと言われたことがあって、池袋演芸場に連れて行ったことがある。

私は用心深い性格で、どうせガラガラだろうけど、念のため、昼ごはんを食べて、あまり時間を空けずに中に入った。ガラガラ、・・・どころじゃないじゃん。なにこれ。こんな前座の段階で、なんでこんなに人がいるの?昔なら、仲入り後でも、こんだけ入るかどうかってくらい。しかも、あとからも人が続いて、仲入り過ぎたら立ち見が出ていた。

これじゃあ、ザック担いで、暇つぶしに寄席によるわけにはいきそうもない。




岩波書店  ¥ 1,650

独特の語り口はまさに読む独演会.芸と人生に対する真摯な姿勢が,初めて明らかに
一、父と母のこと
二、野菊の如き君なりき
三、落語と出会う
四、しろうと寄席
五、小さん師匠に入門
六、私の北海道
七、真打昇進
八、うまくやってどうする?
九、東京やなぎ句会―小沢昭一さんと入船亭扇橋さん
十、生き方を変えたバイク
十一、落語研究会
十二、談志さんと志ん朝さん
十三、会長、国法、そして大手術
十四、『青菜』と『厩火事』
十五、弟子たち


柳家小三治さん、傘寿だって。

寄席に行かなくなって久しいせいか、昔よくテレビに出ていたときの、ひょうひょうとした小三治さんの印象が強い。でも、その姿は若々しかった。それが、もう八十歳を超えたのか。

まあ、周囲からは、「晩年を迎えてますます・・・」なんてことを言われてるんだろう。それを本人は、「どうも人の話を聞くと、私は晩年を迎えているらしいんですよ。これからだと思ってるんだけどねえ」と来る。

「これから何やるつもりなんだよ、じじい!」って、返したやりたいところだな。

“うまくやろうとしてはいけない”って話はよく分かる。下手なまんまでいいって話じゃないんだよね。だけど、“うまさ”で人をうならしてやろうとしたって、”うまさ”だけなら、いくらだって替えが聞くんだよね。

小三治の落語もそうだけど、その噺の中に出てくる人物たちは、小三治の口から語られるときだけ生きてるわけじゃない。小三治の口から語られていないときでも、その人物らしく暮らしているんだ。

例えば、八つぁんがご隠居のところで、熊さんのように真面目に働くように小言を言われているとき、熊さんは仕事をほっぽり出して、どこかに遊びに行っちゃってるに違いないんだ。

名人の話を聞くと、話には出てきていなくても、その出来事が展開されている町の様子を、ちゃんと背景にして噺を聞いているみたいなんだ。

私も、人に話を聞かせることを商売にしていた。いろいろと工夫したけど、結局、工夫だけでなんとかなるもんでもないんだよね。もちろん、なんの工夫もしないようじゃ、話にならないけどね。

この本を読んで、自分のみに引き寄せて考えてみた。時間をかけて、こっちが成長すること、相手を思いやれるようになること、そういうことなのかな。

私は仕事辞めたけどね。落語家は、一生、落語家だね。うらやましいような気もするが・・・。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『あの世の七不思議』 志賀貢

この本は、三途の川のお話から始まる。

なんだか面白い本だなとかって最後まで読んだら、この本、2017年に出された『三途の川の七不思議』って言う本を修正、改題したもんなんだそうだ。

その三途の川、そのこっち側がこの世で、あっち側があの世でしょ。つまり生死の境目、渡っちゃうと死んじゃったということ。舟の渡し賃が六文で、真田の六文銭ってことになる。ギリシャ神話だと冥界の川ステュクス。渡し守のカローンは、死者の霊を彼岸へと運ぶ。やっぱりお金取るらしいよ。

そうなると、ギリシャ神話は日本にまで伝わっていたか。まあ、いろいろな神様がいて、それぞれ強烈な個性を持っているのもよく似ている。

死の淵に立った人たちが、お花畑に行っているみたいなんだな。そこには色鮮やかな花々が咲き乱れているんだそうだ。きれいな花に見とれて、ふとその先を見ると川が流れている。どうやら花畑は、川っぺりにあるらしい。川に向かって少し進むと、花は一段と美しく、まるで川に引き寄せられているかのよう。

だんだん川に近づいていくと、渡し船が泊まっているのが見える。カローンのやつだな。手招きしている人がいる。花畑があって、きれいなお姉さんが手招きしていれば、やっぱり行っちゃうよね。・・・「きれいな」とは書いてないや。おばあちゃんか、きんじょのおばさんか。だけど、「こっち来ちゃダメ」って言われて、この人たちはこの世に戻ってくるんだよね。

臨死体験ってやつだな。どうやら、お花畑が出てくる臨死体験ってのは、日本だけのものじゃないんだそうだ。なにがしかの普遍性があるのなら、ステュクスの話が入ってこなくても、日本で三途の川の話が生まれることもあり得ると言うことか。

蜻蛉日記には、三途の川を女が渡る時には、初の男が背負うて渡るという意味の歌があるという。同時代の往生要集には“三途の川”としては出てこないそうだ。だけど、それが表わすのは地獄餓鬼畜生の三つの道という意味での“三途”であるらしい。

三途の川を渡った死者は、閻魔様のところで極楽行きか地獄行きかを裁かれ、大抵の死者、あんまり図々しくない人は最初から地獄行きを覚悟している。源信はその地獄の有様を往生要集に著した。今なら霊感商法の詐欺師か、悪徳新興宗教の教祖と同列と言うことになるだろうけど、そういう時代じゃないからね。




ビジネス社  ¥ 1,100

再び奇跡は起こった!臨床50年、82歳現役医師が「三途の川」の謎を解き明かす!
第1章 「三途の川」とお花畑の不思議
第2章 意識は消えても、愛の絆は永遠に
第3章 三途の川の岸辺で現れる死の兆候
第4章 脈々と生き続ける「地獄伝説」の不思議
第5章 臨終の体に起こる病理学的変化の不思議
第6章 激変する三途の川の渡り方



さてこの本は、そう言った霊感商法とか、悪徳新興宗教とかとは、まったく関係のない、良質な本。

これを書いた志賀貢さんは、お医者さん。それも臨終医。多くの患者さんの臨終に立会い、見送ってきた方です。その方が、本気で三途の川の話をしています。その人の意識がお花畑を歩いているとき、実際のその人が、一体どういった状態にあるのか。あるいはその人に対して、医師はじめ、医療従事者はどのような処置を施しているのか。そんな話も出てきます。

どこかからか聞こえる「言ってはダメ」、「舟に乗っちゃダメ」、「戻ってきなさい」なんて声に覚醒したならば、医師や医療従事者の努力と肉親の思いが報われたと言うこと。

お花畑で覚醒しなかったなら、もはや、その人は三途の川を渡ることになる。つまり、死の世界が目の前に広がっている。このとき、全ての臓器が生の営みを停止するため、その人は最後の苦痛を感じている状態。もしかしたら、少しでもその苦痛を取り除く緩和ケアが行なわれているかもしれません。

そのように捉えて、つまりこの本は、現代に生きる私たちが、どう三途の川を渡っていくかを類型立て、最も受け入れやすい形でそれを迎えるための指南本と考えて良いと思う。

「ああ、良い人生だった」
できれば、そう思って死にたいもんだ。だけど、それは、後ろから知らないうちに忍び寄ってきたりするんだよな。これは吉田兼好が言ってた。急に飛びつかれたときにどうする?その瞬時に、「面白かったぞ」って納得するだけの強靱な心を持つか、あるいは、いつ何時も「面白かった」と思い続けるか。

どうしよう。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『60歳からの新・幸福論』

国会の場で“意味のない質問”をすることは、恥ずかしいこと。“意味のない質問”しかできない人を国会議員にするのはやめた方がいい。

実は息子が結婚をする。

いや、もう籍は入れて、一緒に暮らしている。今風なやり方のようだ。娘はすでに8年前に嫁ぎ、一緒に住んでいた義父も亡くなり、息子はすでに3年前に就職して家を出ている。息子たちが暮らしているのは滋賀県。滋賀県の会社に就職した。・・・わざわざ埼玉から。

「なんでだよ、もう」って思ったけど、今にしてみればそうでもない。

娘のところには、二人の孫もいる。息子のところも近いうちにそんなことになって、ここから10年、20年と、孫の成長をいていくのだろう。だが、娘のところの二人の孫で、すでに悟った。孫は、来てもいいし、来なくてもいい。たまーに来て、すぐに帰るのがいい。で、忘れた頃にまた来るのがいい。

今は連れ合いと二人の暮らしだから、基本的に毎日の生活で相手の都合を考えなければいけない対象は一人だけ。ずいぶん楽になった。お互いに相手を尊重するという意味において、相手の都合は考えなくていいということにしていけば、もっと楽になる。

だから、息子が滋賀県に出て行ったのは、今考えれば悪いことではない。

ただ、来月、結婚式を大阪で挙げる。これがめんどくさいし、お金がかかる。娘家族も、私の兄弟たちも大阪に行く。京新幹線の切符を買ってきたんだけど、それだけで一ヶ月分の生活費では足りなかった。あー、嫌だ、嫌だ。

でもまあ、これが終われば、私たち二人の人生でやるべきことは、まず一通りは終わり。さて、これからだ。

『60歳からの新・幸福論』・・・60年ぶりの庚子を迎えた今年、私たち夫婦は還暦となりますので、まさに今読むべき本だ。そのとおり、今日、新幹線の切符を買いに行く電車の中で読んでいた。荻原博子の語る「銀行の資産形成セミナーや投資信託説明会などに行くことは、カモがネギしょって、鍋の中へ飛び込みに行くようなものです」とあるページを読んでいると、隣の連れ合いが笑いながらその部分を指さして、「・・・これ、わたし」って。

私たちの老後、大丈夫なんだろうか。



宝島社  ¥ 1,518

曽野綾子+田原総一朗+弘兼憲史+志茂田景樹+菊池和子+荻原博子ほか
曽野綾子 無理な努力はやめて、いい加減に生きる
田原総一朗 僕にとっての「死」とは
弘兼憲史 「自分ファースト」で生きてみる
志茂田景樹 自分自身と向き合い、自分自身と戦うのが仕事
荻原博子 老後資金を投資でつくる人はバカです!
近藤 誠 「がん」は見つけない、手術しない
池田清彦 最終的に残るのは「人に褒められる」こと
勢古浩爾 「~しなさい」という圧力にうろたえてはいけない
鈴木秀子 「老いる」とは“生きる知恵"を深める大切な時期
中村仁一 「老い」と「死」に医療は無力
中島義道 「死を納得すること」が最後の課題
菊池和子 最期まできちんと生きたいから
内海桂子 年齢はもう100歳に近いけど


ありがたいことに、日本には年金制度と皆保険制度がある。まあ、どちらもきびしい面もあるみたいだけど、これがあるとないとでは大違い。私のように、《働かない》って選択は、これがあるからこそ出来ること。ありがたや、ありがたや。

さてその上で、子どもの頃には、自分もそのくらいの歳で死ぬんだろうと思っていた歳に、自分がなってしまった。ただこの間に、日本人の寿命がぐんと伸びた。母は66歳で死んだ。四半世紀前のことだが、その頃で、「まだ若いのに」と言われた。たしかに、その頃でも母は、平均寿命よりもだいぶ若く死んだ。

ただ、平均寿命はそれこそ平均だから、目安にはなるがあてにはならない。

《ついに行く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思わざりしを》と在原業平は詠んだが、この歳になれば、それが近づいていることは、理屈としては意識する。だけど、そんなことばかり考えても楽しくないから、やはり昨日今日のことになってから、つまりはお迎えが来てから考えればいいとしよう。

さて、仕事に喜びを感じられる人はいいとして、たとえやりがいは感じても、勤め人であれば、仕事は喜びばかりではあり得ない。とりあえず60歳定年制がまだ生きている間に、59歳で退職した。仕事を辞めて10ヶ月経つが、まだまだ仕事に行かない毎日になじんだとは言えない。

ただ、やりたくもない事をやらずに済むようになったことは、無上の喜びではある。今年はたまたま地元の自治会長を引き受けて、新たにもっとやりたくもないことをやることになってしまったが、やりたくないことはやらないという選択が出来ることが、退職後の一番のいいところだろう。

せっかくそういう境遇になれたのだから、これからは《~しなければならない》という枷を自分に課さないことだ。運動しなければならない。社会とつながりを持たなければならない。家に閉じこもらず外に出なければならない。長生きしなければならない。

運動しようがしまいが、社会とつながりを持とうが持つまいが、外に出ようが閉じこもろうが、長生きしようが死のうが、そんなことは知ったこっちゃないってのが60歳からの幸福論。

これからどれくらい生きるのか分からないのは前と同じ。ただ、前より近づいただけ。近くに見えてもお山は遠い。ただ、一歩一歩近づいているのは間違いないだけ。退職してこの1年。自治会長なんかやっちゃったから、まだやりたくないことをやっている。やりたくないことはやらないで済む状況にならないと、本当の退職後は始まらない。

自分に枷を課さない毎日を送ってみたい。この本の中では勢古浩爾さんの言ってることに一番近い気がする。





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『いま、幸せかい?』 滝口悠生

この季節、すでに高校の教員の人事は決まっている。

それが教員に伝えられるのは、2月の後半だけどね。それぞれの学校のカリキュラム、・・・授業の編成ね。それがあって、学科やコース、選択科目ごとの生徒数は合わせて必要となる教員数が割り出されて、教員だけじゃ埋め切れない部分を常勤講師を振り分けて、それでも足りないところに時間講師を当てていく。

今日、私のところにも、時間講師の依頼が来た。元の上司、校長先生から。今は退職されて、それでも教育に携わる仕事をしているらしい。早期退職をして山をほっつき歩いている私とは、違うタイプの方だ。火曜日の午前中4時間と土曜日に2時間、授業をやってくれないかって。

もちろん、丁重にお断りした。

若い頃は、もう、身につまされちゃって、寅さんを正視できないようなところもあった。そんなときは映画館でも頭を下げちゃってね。音だけ聞いてたりした。だけど、歳を取るってのは良いことだね。どんな寅さんでも、全部受け入れられるよ。

とある本で、つい最近、紹介されているのを読んだんだ。スウェーデンの映画監督イングマール・ベイルマンの言葉。

「老年は山登りに似ている。登れば登るほど息切れするが、視野はますます広くなる」

ああ、もっと高いところまで登りたい。
この本でも紹介されている話を一つ。『寅次郎サラダ記念日』は好きだな。三田佳子がマドンナだった。三田寛子がその姪の役で出ていて、かわいかった。その中で、大学進学に悩む満男が寅さんに聞くんだ。

「なんのために勉強すんのかな?」

それに、寅さんはこう答える。

「ほら、人間長いあいだ生きてりゃいろいろなことにぶつかるだろう、な。そんな時に俺みてえに勉強していないやつは、この振ったサイコロで出た目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがない、な。ところが、勉強したやつは、自分の頭でキチンと筋道をたてて、はて、こういう時はどうしたらいいかなと考えることができるんだ。だからみんな大学へ行くんじゃないか。だろう?・・・久し振りにきちんとしたこと考えたら頭痛くなっちゃった」

元上司の校長先生に、丁重ではなく、本心でお断りするとしたら、こう言うだろう。

「俺はね、筋道立てて考えるんじゃなくて、サイコロを振って出た目で生きていきたいんですよ」





文春新書  ¥ 880

新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」に合わせて刊行する読む、名場面集
第1章 家族について
第2章 世ちがらい浮世について
第3章 恋愛について
第4章 女性の生き方について
第5章 旅と渡世のこと
第6章 みんなが語る寅さん
第7章 満男へのメッセージ


シリーズ第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』の封切りに合わせて、それを記念して出された本。読む名場面集だな。

なんといっても、新作手前ですでに49作のシリーズだからね。この中から名場面を選ぶったって大変なのに、文字に起こすにあたっては、結局は名ゼリフ集になるわけだからね。寅さんのセリフを全部再吟味するってなると、これは大変。

それをやったのは滝口悠生さん。主夫として家事一切を担当する若い作家さんのようだ。全作品の完成台本を読み通して、そこから選んでいったんだそうだ。まずは500ほどピックアップして、最終的には150ほどに絞り込んだんだとか。

実はこの本を読むよりも前に、シリーズ第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』を見たんだ。坂戸の映画館で。見終わって最初に思ったのは、もうこれで見終わってしまったという思いだった。しばらく立ち上がれなかったよ。そういうやつが、映画館には何人もいたよ。この新作には、第1作から第49作までの全部が詰まっているような気がした。

文字通り、この本もそうだ。ただ、この本には足りないものがある。“お帰り 寅さん”が、この本には入っていないんだ。

BSテレビ東京が《土曜は寅さん》を二回しくらいしてくれたから、とりあえず全部録画した。だけど、もしテレビ東京が、もう一度《土曜は寅さん》を回してくれれば、頭から全部見直すんだけどな。週に一度っていうのは、寅さんを見るペースにしては、非常に良いと思うんだ。

第29作『男はつらいよ あじさいの花』をどこだったか、場末の映画館で見たいたとき、面白いことが起こった。寅さんの寝床に忍んでいったいしだあゆみに、寝ていた寅さんが気づいてドギマギしているときだ。

「寅、やっちまえ」って声がかかったんだ。そうしたら、もう一声が飛んだ。「馬鹿野郎、寅はやらねえ」

『男はつらいよ』全50作。日本の偉大な財産だな。







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『すらすら読める徒然草』 中野孝次

2月2日の日曜日にこれを書いている。山に行く予定だったんだけど、起きてみたら、その気持ちが消えていた。

夕べのこと。

全ての準備を終えて、テレビで夜のニュースでも見て、そろそろ寝ようかと思ったときに、アナウンサーさんに言われて気がついた。昨日は土曜日、今日は日曜日。

基本的に山に行くとは平日と考えていて、土日は家で静かにしている。場合によっては孫が来るかもしれないし。何より山にはたくさん人がいる。かたくなに人を避けようというわけでもないんだけど、平日にも行けるんだから、何も土日に行かなくったっていい。

だけど準備も整え、おむすび用に、ご飯も一合多めに炊いてもらうことになってる。それを今さら、・・・就寝・・・

朝起きたら、山に行こうという意欲が消えていた。

《つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ》

高校の国語でやったんだろうな。そうか、“古典”という授業があったか。古典の授業で出てきたんだな、きっと。当時の私は、好きな授業とそうでない授業を極端に分けて考えているところがあってね。好きなのは体育と世界史。この二つの教科が5で、ぼーっとしててもなんとか3をつけてもらえる教科と、ぼーっとしていると赤点つけられるから間合いだけ見きって2を取ってた教科。間合いを読み間違えて赤点に落ちた教科も、実はあった。

古典は、“それ以外”の授業。おそらくぼーっとしていても3をつけてもらえる授業。にもかかわらず、徒然草の冒頭は、まあ常識といえば常識かもしれないけど、簡単にすらすら出てくる。

《花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかわ。雨に向かいてつきを恋い、垂れこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情深し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ》

どうやら教科書に載っていたのは、この第百三十七段だったようで、古典を得意としていたわけでもないのに、すらすら言葉が出てきた。この言葉の「トトトトトトト トトトトトトトト トトトトトト」っていうリズムが、体のどこかに残っていたかのよう。

少しずつ朝が早く、暮れるのが遅くなりつつあるのを、最近感じるようになっていた。立春を過ぎ、その感はさらに顕著になっていくだろう。そう思うだけで、心が浮き立つ。見るまでもなく、心には花が浮かぶ。ものの感じ方は、今の日本人と同じ。700年という歳月を隔てているなんてまるで感じさせない。そういうところにも、「日本人っていうのは、途切れていないんだな」ってことを感じてしまう。





講談社文庫  ¥ 671

古典の文言なのか、わが言葉なのか、区別がつかないくらいになり、わが生を導く
1 世俗譚
2 しばらく楽しぶ
3 なんとなくいい話
4 生死
5 名人
6 シンプル・ライフ
7 一事に専念せよ
8 心のふしぎ
9 よき趣味、悪しき趣味
10 美とは何か
11 ありがたい話
12 実践的教訓


《いまだまことの道を知らずとも、縁を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。「生活・伎能・学問等の諸縁を止めよ」と摩訶止観にも侍れ(第七十五段)》なんていうのは、まさに今の自分のことを言い表しているかのよう。

吉田兼好の時代ほどには、今の時代、仏教は人生の通奏低音になっているわけじゃない。“まことの道”というのは、もちろん仏の道のことなんだろうけど、言葉通りの“まことの道”と捉えても、徒然草が基調としているという《死の来ることの迅速さという認識》には変わりはない。

その認識というのがすごいんだ。

《生・老・病・死の移り来ること、また、これに過ぎたり。四季はなほ定まれる序あり。死期は序を待たず。死は前よりしも来たらず。かねてうしろに迫れり。人みな死あることを知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟はるかなれども、磯より潮満つるがごとし》

「死は春夏秋冬のように順番に来るわけじゃない。順番なんかかまわずに急に来る」って言うのはまだいい。「前からやってくるとは限らない。知らないうちに後ろから忍び寄る」ってなると、もう怖い。「死ぬのは分かってるけどまだだろうと思ってると急に来る」となると、ほとんど嫌がらせ。「沖の干潟は変わらないのに足下から潮が満ちてくるように来る」となると闇討ちに近い。

そんな死を前にして、いつまでも世間との縁につながって、「70歳までは働けよ」という働き方改革は、なんて非道な話だろう。

私は早々やめちゃったけどね。

第一段から順番に読んでいくっていうっていうんじゃない。中野孝次さんの解説付きで、目次のテーマに沿って編集されている。とても読みやすかった。

徒然草を一冊買っといて、手近において、一段ずつ、気が向いたときに読んでみるのもいいかもしれない。




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退職『60歳からの新・幸福論』

あんまり深酒すると、次の日一日どころじゃなくて、何日もダメージが続くみたいだ。

この間、区長会の飲み会があって、顔を出してきた。顔を出すなんてもんじゃなくて、二次会まで行って、ぐいぐい飲んできた。案の定、翌日は二日酔い。ゆっくり8時過ぎまで寝てたから、頭が痛いとか、吐き気がするとかはないんだけど、何かしようという気力が湧かない。

最初からの計画通り、その翌日は山に登るつもりだった。だから飲み会の翌日は計画立てて、準備するだけ。だけど、計画と準備も、やる気が湧かない。計画も準備もやってないんじゃ、結局、楽しみにしてた山行を取りやめざるを得なくなってしまった。だけど、まあ、区長会の飲み会も、おそらくこれが最後。深酒の機会も減るだろう。

さて、新年最初のお山は、名栗の周助山から静かな尾根道をたどって竹寺、子の権現を訪れた。子の権現は足腰守護の神仏として古くから信仰を集めたという。幼い頃、足の悪かった私のために、祖母が願掛けに参詣したという話を聞いたことがある。

その話を聞いたのは高校生の頃で、その時私は山岳部に入っていた。当時、祖母が参道の茶屋で休憩していると高校生くらいの山登りの格好をした子が、茶屋に水をもらいに来たんだそうだ。茶屋の主人は、忙しいのを理由にそれを断ったんだそうだ。その子が可哀想だったと話していた。

大した話ではないが、なぜか記憶に残る。世の中で善意に巡り会えるのは、実はまれに見る幸運だ。そういう意識を私が持つのは、年長者のこうした話を聞いたことによるのかもしれない。

子の権現の創建は10世紀のことで、子ノ聖という方が、ここに十一面観音を祀ったのが始まりだという。子ノ聖は、生来才知するどく仏教に通じ、生誕が子年子月子日子刻であったため人々に子ノ日丸と呼ばれたそうだ。ちょうど今年、2020年は子年に当たる。干支で言えば、庚子年。前の庚子年である1960年が私の生まれ年。つまり私、今年還暦となる。

その還暦を前にして、昨年3月をもって36年勤めた教員という仕事を辞めた。60歳定年制なんだけど、それを待たず、1年ではあるけれども早期退職をしたことになる。

年金をもらえるようになるのが65歳になっちゃうのに合わせて、しばらく前から65歳までは雇用を保障するってかたちになってる。再雇用ってやつだな。それを今度は、“70歳までは”なんて声もあるそうだ。私の周りにもそういう人が多かったんだけど、私はまっぴら。世の趨勢に逆行しようというわけではないんだけど、1年早くやめたのは、どっか天邪鬼な気質が働いたかもしれない。


宝島社  ¥ 1,518

曽野綾子+田原総一朗+弘兼憲史+志茂田景樹+菊池和子+荻原博子ほか
曽野綾子 無理な努力はやめて、いい加減に生きる
田原総一朗 僕にとっての「死」とは
弘兼憲史 「自分ファースト」で生きてみる
志茂田景樹 自分自身と向き合い、自分自身と戦うのが仕事
荻原博子 老後資金を投資でつくる人はバカです!
近藤 誠 「がん」は見つけない、手術しない
池田清彦 最終的に残るのは「人に褒められる」こと
勢古浩爾 「~しなさい」という圧力にうろたえてはいけない
鈴木秀子 「老いる」とは“生きる知恵"を深める大切な時期
中村仁一 「老い」と「死」に医療は無力
中島義道 「死を納得すること」が最後の課題
菊池和子 最期まできちんと生きたいから
内海桂子 年齢はもう100歳に近いけど


今のところまだ、曽野綾子さん、田原総一朗さん、弘兼憲史さん、志茂田景樹さんまでしか読んでないんだけど、この人たちはいずれも、いわゆる勤め人じゃない。自由業の人たちだな。しかも、そのまま仕事を続けておられる。

私がこの本を買い求めたのは、この“60歳”を定年退職の区切りの歳と思えばこそ。長く勤めた仕事を辞めて、そのあとをどう生きるかという指標を求めてのこと。上記四人のお話も非常に興味深く読んだが、“長く勤めた仕事を退いてその後”という点においては、どうかな。

ただ、《定年:政府が打ち出す「65歳定年」「70歳雇用」に戸惑う企業》というコラムがある。

そうそう、安倍首相の言い出した《一億総活躍社会》ってやつね。これは年金支給開始年齢の引き上げとのからみで、無年金状態を解消する措置として出てきた話だね。年金支給が70歳近くに引き上げられれば、法定定年年齢が65歳となり、再雇用期間が70歳となる。

だから「いざ、《一億総活躍社会》だ!」なんて言われると、天邪鬼の気質が腹の中で首をもたげてくる。


同じ職業だった兄は再雇用で働いている。もう65歳なので、3月で再雇用期間も終わるはず。それでも4月からも、時間講師を続けると言っていた。再雇用期間を70歳まで延ばすという話もあるが、企業側にすると厳しい問題なんだそうだ。それがリストラや賃金の削減といった形で現役世代にしわ寄せされるのは可哀想。

教員ならやりようもあるかもしれないが、やっぱりなんか得意分野を持たないといけないみたいね。50歳くらいになったら、その後のことを考えていろいろな資格でも取っておくとかね。

背に腹はかえられないと言うことになれば、私だって仕事をしなけりゃいけないことになるんだけど、今のところなんとかなりそうではある。“どうしても”ってことになれば、高校の地歴公民なら教えられる。時間講師なら勤め口もあるだろう。そのほかの得意分野っていったら、もう、山に登るくらいしか能がない。人手の足りない山小屋に住み込むくらいのことしか出来ないな。

弘兼憲史さんが、「女房とは別々に、それぞれの人生を家庭に縛られることなく、好きなように生きるのがいい」って言ってるけど、そりゃ確かにそうだね。死ぬまで支え合って行きたい人はそうすりゃいいし、どちらかが病気になっても知らんぷりとはいかない。お互い元気でいられる間は、それぞれ好きなようにやるのが良さそうだな。

私が仕事に行ってる間、家は連れ合いの場所だった。その場所に、昼間も私がのさばるのは、連れ合いにしてみれば、思うところもあるだろう。連れ合いにとって、都合のいい相手でありたいんだな。いて欲しいときには邪魔でない状態でいて、いて欲しくないときにはいない老人。

ちょくちょく山をほっつき歩っていて、必要なときに帰ってくる。家にいるときは、掃除、洗濯、食事の準備、繕い物、何でも自分のことは自分で出来て、連れ合いの分も一緒にやっちゃうみたいなね。

今のところ掃除、食事の準備、繕い物くらいは出来るようになった。あと衣類も自分で管理するようになりつつある。それでも連れ合いの目は、・・・なんか厳しいんだ。この間へべれけで帰ってきたからかな。





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『未踏の野を過ぎて』 渡辺京二

東京オリンピックイヤー、・・・最近はオリパライヤーと言わなければいけないのか。何はともあれ、騒々しい年になりそうだ。

昨年のラグビーワールドカップもそうだったけど、スポーツの大きな大会が日本で行われるのが嫌なわけじゃない。むしろ楽しみだ。ただ、勝負事だけに当然勝ち負けがあって、メダル獲得数がどうだの、勝つか負けるかに本来関係のない余分な話題まで持ち出されて、そういうのに付き合わされるのが嫌なんだ。

私は1960年生まれだから敗戦は知らない。この本の著者渡辺京二さんに言わせると、「日本人であることがまるで恥であるかのような、あの自己喪失ぶりは異常としか言いようがなかった」とか。その自信喪失が、高度経済成長で逆に振れ、経済大国と呼ばれて舞い上がる。そしてバブルがはじければ心の支えを失ってまたも自信を失って、失われた30年とか。

世界の中でどうなのか。何によってそれを計るか。経済力か、軍事力か、メダルの数か。

自分で自分を認められるようにならないと、なんとも窮屈でならない。そういう意味では、たった1年とはいえ、早期退職で仕事を辞めたのは良かった。人に歩調を合わせるのはもともと苦手だし、立ち止まりたいところで自分だけ立ち止まることが出来ないストレスはかなり大きかった。

あとは自分の好きなものを見、好きな音を聞き、好きなものに触れ、好きなものを味わっていきたいもんだと思う。人とは、社会とは、そう言ったことを暇に任せて考えていく責任が老人にはあると渡辺さんは言うんだけど、考えたところでそれを世に明らかにする機会が私にはない。

だけどたしかに、それをしないと、ただのわがまま老人にしかなれないのは、まず分かりきっている。周りの人間に、これまで以上の迷惑をかけるのは本意ではない。まあ、本でも読みながら、思いついたことをブログに残すことくらいなら、自分のためと思ってやっているんだけど。

だけど、世の中を正視するのは、やっぱり結構気が重い。「最近の若い奴は・・・」、「最近のテレビ番組は・・・」、「最近の歌謡曲は・・・」、四六時中そんなことを考えることになるんだから。

自分は一帯何が気に入らないのか。私を育ててくれたこのなじみの社会が、自分の好ましいと思うのとは違う方向に行こうとしているのは間違いない。おそらくそれが気に入らないのだが、それはわたしが“最近の若い奴”だった頃の年寄りだって感じていた不満に違いない。

ある時期の社会を統合した価値観が崩壊したと言うだけのことなら、それは何度も繰り返されたことで、新しい価値観のもとに、いずれ社会は再び統合されていく。それは私が死んだずっと後のことになるだろうから、私は不満を抱えたまま死ねばいいのか。




弦書房  ¥ 2,200

ことば、生と死、仕事、身分、秩序、教育、環境など現代がかかえる歪みを鋭く分析
無情こそわが友
大国でなければ行けませんか
社会という幻想
老いとは自分になれることだ
文章語という故里
直き心の日本
三島の「意地」
つつましさの喪失
現代人気質について
未踏の野を過ぎて
前口上を一席 不況について一言 不況について再言
「あげる」の氾濫 街路樹エレジー 樹とともに生きる
樹々の嘆き 消え去った含羞 当世流のしゃべりかた
今のしゃべりかた再考 現代の反秩序主義 
覚醒必要な戦後左翼
前近代は不幸だったか
懐古の意味はどこにあるか 江戸時代人にとっての死
身分制は汚点か 主従関係を見直す 家業と家並み
私塾の存立
母校愛はなぜ育ちにくいか
ある大学教師の奮闘
佐藤先生という人


渡辺さんは言葉にこだわる人だから、とある言葉を取り上げている。《「してやる」という言い方が、「してあげる」という言い方におきかえられた》と言うことである。

たしかに、「してあげる」というのは、優しい母が幼児に、恋人同士が相手に用いた言葉なのに、なんだかやたらに使われて、「してやる」という言葉はどこかに追いやられた。渡辺さんは、《こうした猫なで声に満ち満ちた社会なのだ》と言っている。

これには実感がある。若い人たちは、他人に影を見せないように気を張っているように、私には見える。お互いに猫なで声を出して、思いやり一杯の関係を繕っている。多幸感に満ちた社会に見えるが、それにしては不幸な事件がニュース番組で取り上げられることに大きな違和感がある。

失われたものは、《生きる上での根拠についての確信》だろうと渡辺さんは言う。だとすれば大変だ。本来そんなものは、努力せずして存在したものだからだ。例えば、父と母の子というだけで良かった。影森のあの家の生まれというだけで良かった。私は足が悪く生まれたが、その境遇で、長じては教員となり、四苦八苦しながらも30年を超えて務めたという一生で十分だった。それだけのことで、“分”にふさわしい生き方を送ってこれた。

この“分”という言葉については、渡辺さんも取り上げている。「そのことに封建的な身分制度を肯定するものだなどと、間違ってもイチャモンつけてもらうまい」と。実は私も、そうイチャモンをつけられたことがある。自分の分だ。

自分の分だけでは生きる確信とは言い切れず、人に秀でた才能を探し求め、社会的に成功しなければ生きている甲斐がないと思い込み、人との間になにかしら特別な関係を築き上げねばならないと思い込んでいるんだとしら、その人はとても可哀想だ。

「何らかの才能が備わっていなくても、美しく生まれついておらずとも、社会という構造物の上層でときめく才覚がなくても、自分はかけるところのない人格なのだし、森羅万象とも他者とも創造的な生ける交わりを実現する上でなんの支障もないと自得すること」

渡辺さんは、それこそ分を知るということだと言う。

いかに慎ましい存在であろうと、自分が生きることの根拠に確信があれば、自分をひけらかす必要はない。日本人の自己抑制はそこから生じていた。

・・・私が気に入らないのは、もっと自分を大切にして欲しいと思うからか。だったら今年からは、オリンピックに出てくるような才能なんかなくて、美しく生まれついていなくて、ときめく才覚を持っていなくて、自分の“影”を人に見られないように気を遣っている“最近の若い奴”をできるだけ応援してやればいいのか。

いろいろ考えさせられる、凄い一冊だった。




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イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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