めんどくせぇことばかり 本 日本 思想

死者の書『死者と先祖の話』 山折哲雄

折口信夫の『死者の書』は、奈良に都がおかれた時代のお話。

ヒロインは藤原南家の娘で、信心深いその娘が彼岸の中日の夕暮れ方に、二上山の山の端に「荘厳な人の俤」を見るんですね。《阿弥陀経》千部書写の願をかけていた娘は、その俤を阿弥陀仏と確信するのです。そして彼女は、次の彼岸の中日が来るのを待ちわびて、ためらうことなく二上山に登っていくのです。

二上山でお分かりの方も多いと思いますが、この『死者の書』、若くして処刑された大津皇子の死と蘇りの物語なんだそうです。南家の娘が見た阿弥陀仏“俤”は、まさに大津皇子の姿であって、大津皇子の死体が岩窟の中で蘇っていく物語なんだそうです。

物語は、蘇らんとする大津皇子の肉体が、やがて生きた肉体を持つ南家の娘の思いを受け止めることを予感させるのですが、物語はそういった創作の世界の厚い扉の前にたじろぎ、死者にどくどくと流れる熱い血の高まりを与えず、その魂はあらためて成仏を目指して浄土におもむこことになってしまうんだそうです。

なんだか、身も心もささげて二上山におもむいた南家の娘がかわいそうな気がするな。

なにしろ、『死者の書』というのは、暗闇に閉じ込められた死者が、浄福の死者へと転生する物語ということなんですから。厚く燃える血をその女の肉体にたぎらせる女にすれば、死者が、さらに深い死の国へ向かったに過ぎない。つまり、死者はしょせん死者であったと・・・。


『死者と先祖の話』    山折哲雄

KADOKAWA  ¥ 1,728

無葬無墓・散骨葬・寺院消滅・脱宗教…死を棚上げにしたまま肥大化する社会現象
第一章  戦後と東北
第二章  英霊と鎮魂
第三章  供養と骨
第四章  折口と柳田
第五章  往生と看取り
第六章  死と生
686年に天武天皇が崩御する。改革事業の完成を目前にした崩御であった。翌年、大津皇子が謀反を起こし、捕縛され、翌日には処刑されてしまった。

うつそ身のひとなる我や 明日よりは 二上山を弟と我が見む

お姉さんの大伯皇女の歌ですね。とても悲しいです。

持統天皇は、姉である大田皇女と天武の間に生まれた大津皇子に謀反の濡れ衣を着せて殺した。大津皇子は、おそらく天武天皇の皇太子だったでしょう。皇太子が大津ならば、大津が謀反を起こすってのは話が違う。

日本で最初の漢詩集である『懐風藻』は、大津皇子を《太子》と読んでいるそうです。『日本書紀』は草壁皇子を皇太子だって言ってるんですよね。『日本書紀』を編纂したのは藤原不比等ですからね。

蘇我氏は乙巳の変の入鹿暗殺で衰退したと思われがちだけど、壬申の乱の大きな絵を描いたのは蘇我氏なんですよね。白村江の戦いで負けて帰った天智は、敵対する蘇我勢力を抱え込む形でしか政権を維持できなかったということですね。そして、その蘇我勢力が天武天皇を支持し、さらに大津皇子を支持していた。

持統は草壁皇子の即位を願い、謀反事件をでっち上げて大津皇子を抹殺してしまった。だからこそ、草壁皇子は父の崩御の後2年以上も虚しく時を過ごし即位できずに病死した。大津事件が冤罪であったために、天武朝を支えた蘇我勢力が草壁皇子の即位を許さなかったのだろう。

・・・大津皇子が南家の娘の期待に応えるなんて、最初からありえないよね。




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『死者と先祖の話』 山折哲雄

《マッチ擦るつかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや》

寺山修二は1935(昭和10)年生まれで、お父さんはセレベス島で戦死されているんだそうです。この歌を詠んだのは、寺山さんが23歳の時、昭和33年ですね。私が生まれるちょっと前だな。

この本の著者、山折哲雄さんは1931(昭和6)年で、27歳で寺山さんのこの歌に出合ってるんですね。心の震えるような衝撃を受けたそうです。

私の父は1928(昭和3)年の生まれで、終戦の年はまだ16歳、12月の誕生日で17歳ですね。父の親友の奥田さんは17歳をの誕生日を期に志願してたそうです。父もそんな気が合ったかも。祖父と大喧嘩になったってことは聞いたことがあるような、ないような。いずれにしろ、自分は遠くない将来に戦争で死ぬとは思っていたでしょうね。

そういう思いを抱いていた人は、たとえば実際に戦死した寺山さんのお父さんは、《身捨つるほどの祖国はありや》と考えることがあったでしょうか。

山折さんの衝撃は、「祖国のために犠牲になることがお前にできるのか」という問いとして受け止めたところからくるものだったようです。

私は寺山さんの歌を違うように理解していたんだけどな。
敗戦による占領と、戦勝国の都合による戦争観のお仕着せによって、戦後の日本は本当に向き合うべきものと向き合わないまま来てしまいました。その上、史上まれな経済成長を遂げたことで、向き合うべきものに向き合わずに来てしまったという思いすら、置き去りにしてしまいましたね。

官民合わせて、310万人もの日本人が死んだっていうのにね。

『死者と先祖の話』    山折哲雄

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無葬無墓・散骨葬・寺院消滅・脱宗教…死を棚上げにしたまま肥大化する社会現象
第一章  戦後と東北
第二章  英霊と鎮魂
第三章  供養と骨
第四章  折口と柳田
第五章  往生と看取り
第六章  死と生

死者は何も語りません。それ以上に責められることはないが、かと言って慰めてくれるわけでもないですね。近しい人をなくして悲嘆にくれる人を慰めるのは、亡くなった人ではなくて、同じ悲しみを知っている隣人。生きた人ですね。

著者は、「挽歌とは、生き残った者たちが、同じ生き残った者たちに向けて差し出す悲しみと慰めの歌だった」と言っているのですが、それはよくわかりますね。

私の祖母や母は六三さまに通じるなにがしかの技量を受け継いでいて、とくに祖母は霊感の強い人でした。私も祖母と一緒にいるといろいろなものを見ました。私がそれらを見なくなったのは、あの家を出てからで、私は祖母から離れたからだと思っています。

その祖母が言っていたのは、ご先祖さまっていうのは、けっこう近くで子孫のことを見ているんだということだった。「だからわりーこたぁするもんじゃあねぇんだでぇ」と私を戒めていました。でも私は聞かない子でしたので、良く納屋に閉じ込められました。自分の鼻先さえ見えない暗闇で、私はご先祖様を身近に感じたものでした。

本書に、柳田国男が『祖先の話』に書いた日本人の霊魂観の四つの特質が紹介されています。
  1. 人間は死んでも、その霊はこの国の中にとどまって、遠くには行かない
  2. この世とあの世の交通が繁く、単に春秋の祭りだけではなく、いつでも招き招かれる関係にある
  3. 死に臨む人間の今わの際の念願は、必ず死後には達成されると信じられていた
  4. 人は再び三たび生まれ変わって、同じ事業を続けるものと信じられていた
祖母は、まさにそういう信仰の中にいたような気がします。

六三さまに通じるなにがしかの技量は、私の生家の惣領の嫁に伝えられるものでした。生まれつき足が悪くみんなから哀れまれている私が実は嘘つきな悪い子だと見破っていた聡明な母は、その俗信を自分の代で終わりにしました。長男に嫁いできた兄嫁は、それをわたしの母から受け継ぎませんでした。つくづく聡明な母ですが、今になると「俗信の中にこそ大事な何かがあったのかな」なんて思ったりしています。
“死”に変わりはないのですが、戦争で死んだ310万人の日本人の中には、ずいぶんとひどい死に方をした人がたくさんいます。男の人も、それから女の人もですね。

もう一度、やはりもう一度、日本人が自ら向き合う人用があるんだと思います。

《身捨つるほどの祖国はありや》と寺山さん問いかけた昭和33年。彼の父が“身を捨てた”ほどの祖国は、少なくとも寺山さんはそれに確信を持つことはできなかったんでしょうね。




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葬れない社会『死者と先祖の話』 山折哲雄

私の父母は兄弟が多く、私にはたくさんの伯父伯母、叔父叔母がいました。父は長男で本家を継ぎ、私はその家の三男、末っ子として生まれました。子どものころから足が悪く、何とか治ったものの、父母、祖父母、たくさんの伯父伯母、叔父叔母たちにとって私は、いつまでたっても“足の悪い不憫な子”だったようです。

可愛がられましたが、どっか味噌っかすだったんですね。

私自身それに甘えるところがあって、気持ちの上で、いつまでたっても大人になり切れない部分を抱えていました。もともとの精神的な部分も多分にあったように思いますが・・・。

いろいろな問題を抱えた“家”でしたが、いろいろな感情を持った家族や親類縁者であっても、誰もかれも、私のことは、みんな可愛がってくれてました。

誰もかれも、とは言わない者の、家族や親類縁者の多くが、私に家族や親類縁者のかげ口をききましたが、私はそのたびに悲しくなるものの、なすすべなく聞き流すだけでした。

高校のころに、祖父が寝たきりになりました。可愛がってくれた祖父がだんだん弱っていくのを見るのが、私が死を意識した始まりだと思います。

しかし、高校卒業とともに、都内で学生生活を送るため、いろいろな感情を引きちぎるように家を出ました。祖父が亡くなったのは、それから4年後です。その間、祖母や母、そして父は、いろいろな行き違いを抱えながら祖父の面倒を見ていました。

私は、大人になんかなれっこない。・・・そう思いました。


『死者と先祖の話』    山折哲雄

KADOKAWA  ¥ 1,728

無葬無墓・散骨葬・寺院消滅・脱宗教…死を棚上げにしたまま肥大化する社会現象
第一章  戦後と東北
第二章  英霊と鎮魂
第三章  供養と骨
第四章  折口と柳田
第五章  往生と看取り
第六章  死と生


そのあと、祖母が死に、母が死に、父が死んだのは、私が45歳の時でした。その前後からは、たくさんの伯父伯母、叔父叔母たちが、時には順番を間違えてなくなっていきました。

同居していた連れ合いの母が亡くなったのは私の父が亡くなる1年前でした。そして昨年末、とは言っても、ほんの二か月前ですが、連れ合いの父が亡くなりました。生きていれば、今年の2月4日で90歳を迎えようという長寿を全うしてのことでした。

父は複雑な幼年期を過ごしており、空襲された東京の空の下を、炎にまかれながら逃げまどい、清澄庭園の池に飛び込んで九死に一生を得たのが18歳の時です。その後、転変を経て連れ合いの母と結婚して娘をもうけ、東芝の工場に勤務して家族を支え、そのまま定年を迎えて、娘夫婦と同居することになった人でした。

縁者がないわけではないのですが、葬儀に参列できるような状況の人はなく、一人娘の連れ合いと私、それから私たちの子どもと孫で見送りました。私の兄たちには、私が丁重に話を通しました。通夜の晩に父の弟が、都内の自宅から自分の息子に伴われて突然現れたのは、私たちにとってはハプニングでした。なにしろ、認知症が進んでいて、とても参列できないと言っていたのですから。

通夜の晩、ご自宅に連絡すると、他のご家族の知らないうちに出掛けてしまったらしく、翌日の告別式にはいらっしゃいませんでした。告別式で父を見送ったのは、連れ合いと私、娘と娘婿、幼い孫が二人、息子の7人でした。いずれにせよ、連れ合いと私、双方の両親すべてを見送りました。・・・つぎは、私たちの順番と言うことですね。

家族葬・直葬・樹木葬・散骨葬・遺骨漂流・無墓時代・寺院消滅

亡くなった方の見送り方には形というものがあって、それを知らないということは、大人として恥ずかしいことでした。だから、それを知っている大人が教えてくれました。それが親類縁者であり、地域の付き合いでもありました。それを通すということが、他者とともに“生きる”ことにつながっていました。

無くしたもの何なのかは、はっきりしています。残っているのは、大人になることを拒否できる社会ということでしょうか。・・・私にぴったりですね。




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『新・世界の日本人ジョーク集』 早坂隆

日本人がジョークの世界でどのように取り扱われているかを知ることは、そのまま、世界の人々は日本人をどう見ているかをしること。『世界の日本人ジョーク集』刊行から10年後の今日、『新・世界の日本人ジョーク集』が刊行されるということは、この間の、世界の人々の日本人観の移り変わりを知るということ。

この10年間というのは、これまでの“10年間”と同じく、やはりいろいろなことがありましたよねぇ。世界も、そして日本もね。私も、40代後半でったものが、50代後半になりましたもんね。
このブログでもたびたび紹介しておりますが、世界の人々の日本人観を真っ向からあつかった本に、『逝きし日の面影』という渡辺京二さんの労作があります。

江戸後期から明治初期にかけて日本を訪れた外国人が、日本人をどう見たか、どう感じたかを丹念に調べ、一冊にまとめたものです。

日本を訪れた欧米の力は、圧倒的なものでした。その力を前に日本は開国し、欧米に習ってその道を歩むことを選択しました。

そのために、“日本人らしさ”を捨てたのです。それまでの自分たちを、無知で、野蛮で、下賤であると決めつけたのです。この本に集められたのは、そんな日本人の、無知で、野蛮で、下賤であると、捨て去られた部分なわけです。

・・・それでも、おそらく“自分らしさ”を捨てるというのは、そんなに簡単なことではないだろうと思います。日本人を日本人らしくしてしまった要因は、おそらくこの日本列島に色濃く残っているわけですから。



中公新書ラクレ  ¥ 864

AI・観光立国・安倍マリオ・・・、「不思議な個性派」日本人の魅力を再発見❢
第一章 政治&外交篇 国際社会での日本の存在感は?
第二章 技術&経済篇 メイド・イン・ジャパンは色あせたか?
第三章 観光&食文化篇 今や堂々の観光立国?
第四章 民族的性格篇 日本人は「不思議ちゃん」?
第五章 歴史&宗教篇 サムライ&カミカゼはどこへ?
第六章 ソフトコンテンツ&スポーツ篇 ジャパニーズクールとは?

10年以上のジョークが使いまわされている部分もあります。この使いまわしは許せませんので、ネタをばらしてしまいたいと思います。
神の決定
世界を創造している最中の神さまが天使に言った。
「日本という理想的な国を造ってみよう。自然豊かな国土に、美しい四季、水も豊富にあり、そこに住む人々は勤勉で穏やかな性格をしている」
それを聞いた天使が言った。
「しかし、それではあまりに不公平です。他の国の人たちから不満が出ませんか?」
それを聞いた神さまは、
「それもそうだ」
とつぶやき、こう言った。
「となりを韓国にしておこう」
たしかに、10年たっても、日本の隣は韓国だ。10年たっても、まだ笑える、それだけこのジョークが普遍性を持っているということでしょうね。

このジョークと同じように、10年の時を超えて取り上げられているが、少々、姿かたちを変えているものもあります。
プール
各国の首脳が会談を終え、リゾート地でともに休暇を取っていた。そこに妖精が現れて言った。
「皆さん、いつも世界の平和のためにお仕事をされていて大変でしょう。今日はそのお礼を差し上げます。あなたの好きなものを叫びながら、このプールに飛び込んでみてください。プールの水をその好きなものに変えてあげます」
すると、ロシアのプーチン大統領が、
「ウォッカ」
と叫びながらプールへと飛び込んだ。プールの水はウォッカに変わり、プーチンはその中を自在に泳いだ。
続いて、日本の安倍首相が、
「サケ」
と叫びながらプールへと飛び込んだ。プールの水はサケに変わり、安倍首相はその中を自在に泳いだ。
最後にアメリカのトランプ大統領が飛び込もうとした。しかし、彼は途中で石につまずいてしまった。彼は思わず、
「クソ!」
と叫びながらプールへと飛び込んでいった
これは、ジョーク自体は使いまわしだな。だけど、面白いからこそ使いまわされているわけで、おそらく今後も、何人もの人たちのあごを危機にさらすことになるのでしょう。

このジョーク、依然は民族性ジョークで、“馬鹿なベルギー人”をこき下ろした話として使われていたものですね。どうも、トランプ大統領という個人を標的にしたやり方には、あまり賛成できないですね。前の“馬鹿なベルギー人”ネタの方が質が高いと思います。

今回、私のあごを危機にさらしたのは、日本人ジョークと言うよりも、プーチンネタでした。ぜひ探してくださいね。・・・くれぐれも、あごに気を付けて。
日本人は、ネタになりやすい民族なんですね。まあ、いろいろなケースがあるわけですけど、そこにもやはり“日本人らしさ”が反映されていますよね。だけど最近私、日本人を日本人らしくしてしまった要因が、本当にこの日本列島からなくなっていくんじゃなかって、ちょっと心配してるんですけどね。






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貧乏神『生活のなかの神道』 ひろさちや

ある男のもとに、絶世の美女が訪ねて来て言うんだそうです。「私は吉祥天です。あなたに福徳を授けに来ました。」男は喜んで、彼女を家に招き入れたそうです。ところがもう一人、彼女と一緒に家に入ろうとする女がいるんですね。こちらは醜く、見るからに貧乏神らしい。男が問いただすと「私の名は黒闇天、私の行くところ必ず災厄が訪れる。」やはり、貧乏神。男が追い払おうとすると、「さっきの吉祥天は私の姉。私たちはいつも一緒。」男は結局、二人とも出て行ってもらうことにしたそうです。

これはこの本の冒頭に出てくる話です。なんでも、“涅槃経”に出てくる話だそうです。

《良い事と悪い事》って、一体何なんでしょうね。どうやら、この涅槃経の寓話からも、良い事と悪い事って同居しているみたいですね。吉祥天のいる処には黒闇天がいて、黒闇天のいる処には吉祥天がいる。つまり、おんなじことが起こっても、吉祥天の目が出ることもあれば、黒闇天の目が出る場合もあるということ。

面白い考え方ですね。
浅田次郎の本に『憑神』ってのがありましたね。
時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままならない。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれた。だが、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神だった! とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして、やがては感涙必至。


最初に取り憑かれた貧乏神が、そのうち疫病神にグレードアップして、最後は死神に取り憑かれるっていうんだから、まったくこんな不運な男もいないでしょうね。

このへんの話にしてもそうだけど、日本人はそれを涅槃経のような高尚な人生訓に仕立て上げようという気はないんですね。涅槃経の吉祥天と黒闇天の話は、どこか「人間万事塞翁が馬」を連想させますね。

日本では善い事と悪いことは同居しているわけではなくて、そこから何らかの人生訓をひねり出そうとはしていないようです。ただ、朝田次郎の『憑神』のような話が生まれるには、やはり、貧乏神や疫病神と、何だか変に面白いかかわり方を作り上げてきた日本人の姿があったからこそでしょうね。


『生活のなかの神道』    ひろさちや

春秋社  ¥ 1,863

福の神から妖怪、ご先祖様まで、日本にはたくさんの神さまがいる
1 生活の神道v.s.人生の仏教
2 「空気」のようなカミ
3 名前がついた神
4 神話の中の神々
5 ご先祖様と言う神
6 悲しき妖怪たち
7 福の神と貧乏神
8 神さまとの付き合い方
9 神社のいろいろ
10 神道は「やまと教」だ!


貧乏神とのおかしな関わり方が書かれていたので紹介しておきますね。江戸後期の南町奉行まで務めた幕臣の根岸鎮衛(やすもり)という方の随筆に『耳袋』というのがあるんだそうです。その中に書かれている話だそうです。
江戸の小石川に住む旗本が、ある年の暮れに貧乏神を画像に描いて、お神酒や洗米などをささげて祈ります。
「私はこの数年貧乏なので、思うことが叶わないのも仕方がありませんが、一年中貧しい代わりに不幸ってこともありません。ひたすら尊神がお守りくださるのでありましょう。数代の間、私たちをお守りくださる神様ですので、どうかひとつの社を建立して尊神を崇敬いたしますゆえ、少しは貧乏をのがれて福分に変わりますようにお守りください」

その結果、その旗本がご利益を得て、少しは余裕も生まれたっていう話なんですね。貧乏を貧乏神のせいにしていやがったりせず、貧乏神としてそのまま拝んで、貧乏神の方を逆に福徳の神に変えちゃうわけですね。これはすごいです。人間の方が、神さまを変えちゃうわけですからね。

『憑神』でもそうでしたよね。貧乏神でも疫病神でも、それこそ死神とも、それに抗おうとするのではなくて、そういうものとして拝んじゃうわけですね。そういうところが面白かったですね。





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『日本問答』田中優子 松岡正剛

「日本という国がどんな価値観で組み立てられてきたのか」をめぐる対談もの。これまで私が読んできたものとは、ちょっと毛色が違うかな。なにしろ田中優子さんと松岡正剛さんの対談ですからね。

田中優子さんは江戸文化の研究者。…と言うよりも、私にとっては出身大学の総長ですね。松岡正剛さんは、…何者であると言えばいいのかわからない。日本という国をつきとめようとしている人ってことなんでしょうか。

この対談の本質を理解するのが、まず難しい。「この国がどんな価値観で組み立てられてきたのか」という松岡正剛さんの言い方ではとりとめがなさすぎます。田中優子さんは、危機に目前に向かえた世界において最初にそれに直面する日本は、その向こうに新たな時代を迎えることができるのか。そのための「日本にあったはずの方法、しくみ、それを支えていた理念をこれから使うために言語化しようとする試み」だと言ってます。頭のいい人は今を置き去りにしてどっかから俯瞰しているわけですね。

「ナショナリズムに由来するものではない。いっしょに頑張ろうというオリンピック精神でもないし、運命を共にしようという共同体論でもない」と言い切ってますからね。私はと言えば、ナショナリズム以外によって立つ場を持たず、一緒のがんばろうと励ましあい、運命を共にすることになる。俯瞰される立場の私は、そうせざるを得ないのです。

なぜ、こうも難しいんだろう。きっと、難しい人同士の対談だからだろう。

 『日本問答』  田中優子 松岡正剛
岩波新書  ¥ 1,015

日本はどんな価値観で組み立てられてきたのか。なぜそれが忘れられてきたのか

1 折りたたむ日本
2 「国の家」とは何か
3 面影の手法
4 日本の治め方
5 日本儒学と日本の身体
6 直す日本、継ぐ日本
7 物語とメディアの方法
8 日本の来し方・行く末


「むずかしい、むずかしい」って、イチャモンつけちゃいけませんね。第一私は、けっこうおもしろく読ませてもらったわけですからね。こういう対談ものって、結局、突き詰めないから、読んでて楽ですよね。

それが一人になると、そうはいかない。「不正確なことは書いちゃいけない。中途半端なことは書いちゃいけない。そんなことをしたら、どっから突っ込まれるかわかったもんじゃない」って頭が働くから、細かいところまできっちり、くどくなっても詳細に、誰からも突っ込みようのないことを第一に書いちゃいますから、結局はつまらなくなる。

だから、ぎりぎりのところの知見を無責任にぶつけ合う対談は、どこか危うげで、その分だけ限りなく面白くなりますね。

論語・孟子・大学・中庸に詩経・易経・書経・礼記・春秋か。私が無理やり読んだ四書・五経を軽々使いこなし、古代史・中世史・近代史と駆け巡り、日本儒教の輪郭をなぞり、はては神仏、キリスト教、国学に国体、おまけと言っちゃあなんだけど、きものや文芸にまで話題は及びます。

私あたりの知識じゃあとてもついていける処じゃないけど、それを持ち出す意義、そこから何を解き明かそうとしているのかは、何とか理解できた。全編を通して知的好奇心を刺激され、田中優子さんの思想的なところは除外して、面白く読ませてもらった。

だけどそれが、田中優子さんの言う“危機感”、「・・・事態への準備がなにもできていない」リーダーをいただいていることの危機感の解消に方向性を与えることくらいはできたかどうか。どうも怪しい。・・・と言うよりも、田中優子さんの言うところの危機感に、私はねじれのようなものを感じる。 




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『遺言』 養老孟司

意味を求められないからこそ今の仕事に憧れて、それなりに努力をしてこの仕事についたんです。ちょっと仕事柄、はっきりしたことを言うわけにいかないんですけど、そんな仕事にも、少しずつ、“意味”を求められるようになったんです。本当なら、あの時やめるべきだったんですね。でも、まずいことに、悪あがきしたら、相手が少し引いたんですよね。・・・それで、「なんとかなるかも」とかって思っちゃったんですね。

それでも、“意味”は追いかけてきました。だから、逃げたんです。・・・転勤ね。人があまり望まない、ちっぽけな職場なんですけど、嫌なこともたくさんあったんですけど、仕事に“意味”を求められることはなかったんです。私には、それが何よりだったんです。だから、最後までそこで勤めようと思ってました。

それなのに、その職場、閉鎖されちゃったんですよ。6年前です。それで、元の職場に戻って、・・・“意味”のある仕事をして、疲れ果てているわけです。
私の身の回りには遺言を残した死んだ人はいません。そのせいか、遺言がどういうものかわかりません。だけど、遺言である以上、残された者がそれを理解できなかったら仕方ありませんからね。もっとわかりやすく、原稿用紙2・3枚にまとめてもらった方がいいと思うんですけどね。

でも、そしたら本にはなりませんね。


『遺言』  養老孟司

新潮社  ¥ 778

これだけは言っておきたかった 80歳の叡智がここに❢
1章  動物は言葉をどう聞くか
2章  意味のないものにはどういう意味があるか
3章  ヒトはなぜイコールを理解したのか
4章  乱暴なものいいはなぜ増えるのか
5章  「同じ」はどこから来たか
6章  意識はそんなに偉いのか
7章  ヒトはなぜアートを求めるのか
8章  社会はなぜデジタル化するのか
9章  変わるものと変わらないものをどう考えるか
終章  デジタルは死なない

1章から始まって、その個々の章で養老孟司さんが言わんとしていることがわからないってわけじゃあないんです。もとから養老さんは、あらゆることは事実を踏まえて思考される方で、非常に分かりやすい考え方をされる方ですからね。

1章で養老さんの言ってることはわかります。2章も、3章もわかります。だけど、遺言でしょ。養老さんが、何を二十数歳年下の私に伝えようとしているのか、個々の章を理解するだけでは汲み取れなかったんです。

だけど、読み進むうち、後半に入っていく頃には、ようやく養老さんが伝えようとしていることの概要がつかめるようになっていきました。もしこれから読まれる方がいたら、そう思って読み進むことをおすすめします。

そのようにして理解したこの本の概要をもとに、冒頭の、私の有り様を書きました。定年まで残り少ないんですが、もう一度、意味を求めずに仕事をしてみようと思います。・・・それが許されなかったら、・・・もう、・・・ねえ。

ソーラーパネルについて、養老さんが終章に書いている。私はソーラーパネルを見るたびに、腹が立って仕方がない。そのたびに、呆れ返る。どうして一方を悪と決めつけて、勝手な善を押し付けようとするのか。

ソーラーパネルを見るたびにそう思う。




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『歌謡曲から「昭和」を読む』 なかにし礼

これまたずい分前の本なんだけど、面白かったな~。

題名に入っている「昭和」という言葉に惹きつけられました。平成に入って30年たちました。30年前っていうと、私28歳ですよ。私は昭和よりも平成を長く生きてるんですね。昭和は28年。平成は31年。その先、どんだけ長く生きたとしても、私は昭和の人間です。なによりも、私の心が昭和です。

何が嬉しくて、なにが悲しくて、なにが楽しくて、なにが悔しいか。心の動きの全ては昭和に作られましたからね。親の死に目をのぞけば、泣くほどのことは昭和で終わりました。・・・最近、涙が流れるのは、ひとえに涙腺の緩みが原因。

石狩挽歌
作曲者 : 浜圭介  作詞者 : なかにし礼

海猫が鳴くから ニシンが来ると
赤い筒袖の やん衆がさわぐ
雪に埋もれた 番屋の隅で
わたしゃ夜通し 飯を炊く
あれからニシンは
どこへ行ったやら
破れた網は 問い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロボロロー
沖を通るは 笠戸丸
わたしゃ涙で
にしん曇りの 空を見る

燃えろ篝火 朝里の浜に
海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節に 頬そめながら
わたしゃ大漁の 網を曳く
あれからニシンは どこへ行ったやら
オタモイ岬の ニシン御殿も
今じゃさびれて オンボロロ オンボロボロロー
かわらぬものは 古代文字
わたしゃ涙で
娘ざかりの 夢を見る
・・・歴史は専門分野ですからね。笠戸丸のことは知ってます。もとはと言えばロシアの船で、日露戦争で捕獲して、《笠戸丸》と命名されたわけです。笠戸丸の最後は、1945年、元の主であったソ連によって沈められて終わります。だから、沖を航行している笠戸丸は、この歌が歌われる時点では、沈んだ船、幽霊船ということになりますね。「ああ、この歌は能と同じで、思いを残して逝った者たちへの鎮魂の歌だ」と、そう思いました。“オンボロロ オンボロボロロー”は、呪文の言葉ですね。


NHK出版  ¥ 756

兵制に時代が変わって27年 歌謡曲=流行歌はいま、どこへ行ってしまったのか
序章  歌謡曲の終焉
第1章  日本の「うた」をさかのぼる
第2章  流行歌の誕生
第3章  哀しみのリアリティ
第4章  戦争を美しく謳った作家たち
第5章  戦後歌謡と二人の作曲家
第6章  音楽ビジネスに起きた革命
第7章  すべての歌は一編の詩に始まる
第8章  歌謡曲という大河
終章  歌謡曲の時代のあとに

歌謡曲というのは、「歌詞と曲と歌い手が一体となって、ヒットを狙って売り出される商業的歌曲」と、なかにし礼さんは定義付けている。その点、歌謡曲と呼べる第一号は《カチューシャの唄》なんだそうです。

「カチューシャ可愛や/別れのつらさ/せめて淡雪とけぬ間と/神に願いをララかけましょか」

いいですよね。「ララ」がいいですよね。

いい歌謡曲には力がある。力があるからヒットする。なかにし礼さんは、歌謡曲の全盛期をヒットメーカーの一人の作詞家として、その人生の盛期を過ごしたわけですね。

その人生の始まりは満州だったそうです。昭和13年生まれだそうです。家族で住んでいたのは牡丹江だそうです。1945年8月11日のソ連軍機の空爆を皮切りに敗戦に伴う引き揚げが始まったわけですね。お父上はソ連軍に徴用され、2ヶ月で戻されたものの、その間の酷使がもとで年の暮れに亡くなられたそうです。・・・・・・・。それから1年余後、本土に引き揚げることになったようです。その引揚船の中で、「リンゴの唄」を聞いたそうです。なかにし礼さんは、「リンゴの唄は残酷な歌だった」と言ってます。

“満州で生まれた”ということは、なかにし礼さんの原点。・・・原点って言う言葉はよく使うけど、これって歳を重ねても薄まらないんだよね。逆にある時期以降は、逆に人生がその原点に支配されていくような気がするんですが。・・・私の場合ですけどね。

いい歌謡曲には力がある。軍歌も、その歌謡曲の一分野として生まれたんですね。いい軍歌は、いい歌謡曲なわけですね。だから、いい軍歌にも力があるんですね。力がある軍歌は、若者たちを戦争に駆り立てたわけです。

作曲家も作詞家も、いい歌謡曲が書ける人ほどいい軍歌を書いたわけですね。なかにし礼さんは、避けて通ること無く、この本の中でそのことに触れています。

戦後の歌謡曲の移り変わりは、昭和35年生まれの私の人生にも重なります。ただ、ある時期から、テレビから流れてくる流行歌に、私はまったく関心を失うんですね。失ったということ自体、この本を読んで気がついたんですけどね。

分かりました。そのある時期、歌謡曲が終わってたんですね。
昭和という時代に生まれ、昭和という時代に翻弄され傷つけられながら、一方で、昭和によって拾われ育まれ生かされてきた人間の、私は一人だった。昭和日本を憎み、しかしより以上に愛されたいと心から願い、その願いからほとばしり出た思いを書き連ねたのが、私の歌だった。・・・その昭和という時代が遠く去った以上、私は私で別の道を歩んでいかなければならないと思ったのである。
本書p174




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『逆襲される文明 日本人へⅣ』 塩野七生

塩野七生さんの観察眼は、なにしろ日本のあり方をヨーロッパ各国のあり方と相対化して説明してくれるのでありがたい。日本では、頭の良さそうな人ほど、・・・良さそうに振る舞っている人ほど・・・かな。・・・とにかくそれっぽい人ほど日本の政治家をこき下ろす。政治家をこき下ろせば、頭が良さそうに見えるとでも思っているに違いない。

最近は少しは良いように思うけど、それに反するような意見は、それこそ“軍国主義”だの、“右翼”だのとレッテルを貼られる。私もかつては、なんか発言するときは、「ちなみに私は軍国主義者だと思ってもらってもいいんだけど・・・」、「・・・民族主義者だけど・・・」、「・・・少なくとも左巻きじゃないけど・・・」などと前置きをして話をすることもあった。

そんな私のことなんかどうでもいいんだけど、情報源を国内にしか持たない私のような人間にとっては、与党の政治家をこき下ろせば“知識人”っていうような浅薄な世間では、時に自信を失いそうになることも少なくない。

そんな時、塩野七生さんの《日本人へ》のシリーズはありがたい。

政治の世界である。◯と☓できれいに割り切れるものじゃない。正義と悪ではさらさらない。つまり絶対的なものじゃなく、相対的にとらえた上でバランスが重要になる。「悪くない」は上々の部類だろうし、「ちょっとはまし」なら十分とするべきだろう。そういう目は、国内の情報源だけでは育たない。ヨーロッパで生活している塩野七生さんにしてみれば、政治を見る目は相対的になるのが当然。そんな人の観察眼を通して日本の政治を見ると、“知識人”の取ってつけたご意見に惑わされずに済む。

少なくとも私は、《日本人へ》シリーズのおかげを受けている。塩野七生さんや、川口マーン惠美さんの書いたものを読むことは、書かれている事実以上に身になるものがあるように思う。

・・・ちなみに、どちらも女の人をあげているのは、やはり私が男だからなのだろう。

文春新書  ¥ 994

「危機」という言葉を発明した古代ギリシャ人はこの言葉にもう一つの意味を込めた。それは「蘇生」である
Ⅰ 国産で来た半世紀 イタリアの悲劇 帰国してみて ほか
Ⅱ 一神教と多神教 ローマに向けて進軍中 テロという戦争への対策 ほか
Ⅲ 「保育園落ちた日本死ね」を知って EU政治指導者たちの能力を問う ほか

この、《日本人へⅣ》では、しきりに“難民”のことが話題にされている。『逆襲される文明』という題名の由来もそこにある。たしかにイタリアは難民問題の表舞台だ。

イラク・シリア・パレスチナ、それに中央アフリカが加わって、これらの国からの難民が地中海を渡ろうと集まるのがリビア。ジャスミン革命に揺れた中東も、内戦に突入していまだに無政府に近い状態を続けているのがリビア。行き場を失ったISISまで集まって、混迷は極まるばかり。それ故に不法出国もしやすい。それに目をつけた無法者が、高い渡し賃を取って、ボロ船に難民をすし詰めにして地中海に送り出す。舟がひっくり返ろうが、沈もうがお構いなし。リビア領内からSOSでも発せられれば、助けに向かわなければ、イタリア政府はなにを言われるかわからない。

ひどい時には、一日千人がイタリア沿岸に流れ着いた。しかもイタリアを目指す百万人以上の難民候補者がリビアに集結していたという。

諸悪の根源は各地で発生している内戦だとしても、それを止める手立てがない。軍事力がない。それだけの力をつけたとしても、腰を上げればNGOなり、NPOなりから内政干渉だのといちゃもんつけられるのが関の山。

なにしろ難民たちは、ヨーロッパに入り込むなり、元からそこに住んでいる人たちと同じ権利を求めるもんだから、当然元からそこにいる人たちの反発を受ける。

彼らの不満は、“何人たりとも人権は尊重されるべき”で、享受する権利も同等というところから来ている。“人類社会の進歩”と彼らが信じてきた理念が、逆に自分たちを危機に貶めている。

そういうわけで、《逆襲される文明》という題名につながるわけだ。

それにしても、塩野七生さんの、“難民の流入”に対する危機感はかなりのもの。読んでいても、いよいよヨーロッパ社会が切迫している様子を感じる。

「我が祖国日本がこの難問に直面する時期が、なるべく遅く来てほしい」という言葉にも、その切迫感が思い知らされる。




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安倍政権『逆襲される文明 日本人へⅣ』 塩野七生

そうだね。塩野七生さんを最初に知ったのは『コンスタンチノープルの陥落』だったかな。んんん、『ルクレティア・ボルジア』だったかな。ルネサンスものが最初だったような気がするな。そんで、あとは、出てる本は全部読んだ。『ローマ人の物語』あたりから同時性に読んでいって、今に至る。・・・お世話になりました。

たしかに、古代の多神教の時代と中世の一神教の時代のヨーロッパと格闘してきたわけだ。

そんな塩野七生さんに言わせれば、宗教が幅を利かせる時代とは、《人間が自信を失った時代》なんだそうだ。「宗教は、人間が自信を失った時代に肥大化する」というのは確かに理解できる。肥大化した宗教は、人を救うという本来の姿の殻を破って、逆に人を従わせ、命がけで奉仕させるようになる。

だからローマの人々は、自分に自信を持っていたということになる。「ローマの神々は自ら努力する人のかたわらにあってその人を助ける守護神」であった。それに対してキリスト教の神様は人に、「こう生きよ」と命令する。イエスが死んでから300年間、自信をもって生きていたローマ人は、「こう生きよ」と生き方まで命じてくる神を必要とするほど自信を失ってはいなかったということだ。

そのローマがキリスト教を受け入れるようになる。その流れを受け入れて、コンスタンティヌス帝が公認し、テオドシウス帝が国教化する。政治・軍事・経済が機能しなくなり、自信を失ったローマ人は、「こう生きよ」と命令されなければ、不安でたまらなくなったのだ。

今はどうなのかな。


文春新書  ¥ 994

「危機」という言葉を発明した古代ギリシャ人はこの言葉にもう一つの意味を込めた。それは「蘇生」である
Ⅰ 国産で来た半世紀 イタリアの悲劇 帰国してみて ほか
Ⅱ 一神教と多神教 ローマに向けて進軍中 テロという戦争への対策 ほか
Ⅲ 「保育園落ちた日本死ね」を知って EU政治指導者たちの能力を問う ほか


グローバル化の進行は、確実に人々を不安に陥れているよね。それに対して宗教というのは、ある意味では究極のローカルだ。
イスラム教の世界があそこまで大混乱したのは、アメリカがグローバルを無理やりねじ込もうとしたからでしょ。

だけど、グローバル化の進行に苦しめられているのはイスラム教の人たちだけじゃないよね。塩野七生さんの報告にあるイタリアの現状は、けっこう深刻なようだ。実際、日本だって大きな影響を受けている。・・・とは言っても、諸外国ほどではないか。

移民、女性、歴史、価値観、・・・なにより皇室。

でも、日本はなにもグローバル化を受け入れてないわけじゃあないんだよね。ただ、昔からの得意技で、受け入れやすい状態にかみ砕いて受け入れる。受け入れられないものは受け入れない。・・・そのあたりで踏ん張らないと、イタリア同様になってしまう。

塩野七生さんの政治家の味方が面白い。帰国して安倍晋三首相の顔を見て、「イイ顔になった」と感じたそうだ。憲法改正を明言したあたりから、安倍バッシングがひどくなって、毎日そればかり聞かされているような気がする。森友・加計問題ってのも、その流れで出てきたもんだろう。

塩野さんが「イイ顔になった」と言ってるのは、それよりもずいぶん前の時期だろうけど、海外の政治家の様子をよく知っているだけに塩野さんの味方の方がバランスが取れている。この間読んだ『カエルの楽園』ではないが、日本のマスコミによる“安倍バッシング”は文字通り、「井の中の蛙大海を知らず」に等しい。

国際政治の大きな流れなんかそっちのけで、「改憲は悪、護憲こそ正義」は、もはや宗教の領域。しかも、社会・共産主義の崩壊過程で自信を失ったリベラルは「こう生きよ」と命じてくれなければ、不安でたまらないのだ。「改憲は悪、護憲こそ正義」という神は、もはやリベラルを従わせ、命がけで安倍政権を崩壊させようとしているのだ。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































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