めんどくせぇことばかり 本 日本 思想

魔羅『さすらいの仏教語』 玄侑宗久

梵語の“マーラ”は「善法を妨げ、修行を阻むもの」のことで、それに漢字を当てたのが魔羅となる。自分の内側から生じるものが内魔、外からやってくるのが外魔。内から生じる内魔の代表的なものが性欲で、親鸞聖人もそれに打ち勝つことはできなかった。性欲の強さは人によりけり。親鸞上人もよほどの内魔を抱えていたらしい。おそらく私もダメだ。
 
そんなことはともかく、その性欲の象徴としての男性器を魔羅とよんだわけだ。もちろん、もともとはお坊さんたちの言葉。・・・というよりも、隠語。その隠語がいつの間にか外に出ちゃったわけだな。

“シャリ”と言えば、お寿司屋さんのご飯のことですよね。これもお坊さんたちの隠語から生まれた言葉で、漢字で書けば舎利で、お釈迦様の骨のこと。各地に分け与えるために細分化されて、「ご飯粒みたい」ってことらしい。

“踊り子”っていうのは何でしょう。なんか、エッチな隠語を期待しているかもしれませんが、これは飲食の禁忌から生まれた言葉のようです。よく跳ねるから、“ドジョウ”をそう呼んでいた。

“御所車”は、中に貴い方が居るという発想から、“たまご”のこと。

お坊さんには戒律があるからね。やっちゃいけないことね。お坊さんにとってこれは、本来は絶対的なこと。だから、口にだすこともはばかられた。でも、ときとともに、それから人によりけりで、だいぶルーズになった面もあった。それでも表面だけは繕った。だから、隠語を使った。

親鸞聖人じゃないけど女犯は本来重罪。でも、江戸時代になると、だいぶ緩まってたらしい。檀家の方でもそれを承知で、見て見ぬふりだったみたい。ただ、お坊さんが“女房”だとか、“妻”だとかはまずいので、隠し妻のことは“大黒”と呼んでいたらしい。有名なところでは、“酒”は“般若湯”ですよね。般若は智慧のことだから、「智慧のわくお湯」とは味のある命名ですね。


中央公論新社  ¥ 821

諸行無常、物事は変化する。内実が変わったのに言葉が変わらないと、言葉そのものの意味が変質する

はじめに
Ⅰ 師子身中の虫/莫 迦/ホラ吹き/魔 羅/どっこいしょ/皮 肉/貧者の一燈/観 念
   娑 婆/退 屈/大丈夫/分 別
Ⅱ 餓 鬼/素 性/阿弥陀クジ/油 断/うろうろ/ないしょ/工 夫/がたぴし/めっぽう
   ふしだら/ご開帳/祇 園
Ⅲ 三千大千世界/女 郎/お陀仏/砂 糖/台無し/つっけんどん/爪弾き/あまのじゃく
   けげん/おっくう/説 教/袈 裟
Ⅳ 利 益/藪と野暮/ゴタゴタ/ご馳走/出 世/自 由/一大事/老婆心/不思議/おぼん
   彼 岸/玄 関/後生と一蓮托生
Ⅴ えたい/微 塵/金輪際/有頂天/奈 落/功 徳/冥 利/愚 痴/閻 魔/般 若/微 妙
   檀那と坊主
Ⅵ 言語道断と自業自得/上 品/実 際/権 化/極 微/念 仏/挨 拶/講 堂/伽 藍/邪 見/徹 底
   啖 呵/中 有/瓦/閼 伽/補陀落
Ⅶ 南 無/七 難/荼 毘/聖/道 場/塔 婆/無 念/露 地/愛 嬌/方 丈/菩 提
仏教語索引

だけど、さっき行った戒律の中でも女犯は重大な罪となる。ここで話に出すのは、歴史的にも評判の宜しくない道鏡のことなんだけど、よく、称徳天皇と男女の関係にあって、その巨根を持って称徳天皇をとりこにしたとか言われる。だけど、これはないと思う。

お坊さんになるということは、本来の意味で言えば、それまでの生を改めること。それまでの生をやめて、違う生を生き直すこと。そのために与えられる戒めが戒律。真剣に出家した者で、それこそ通常の精神であれば、戒律を破るということは生をやめることを意味する。後の、緩くなった時代とは違う。

“道鏡に崩御崩御と称徳言い”とか、“道鏡に根まで入れろと詔”とか。

でも、そんなことは、おそらくなかった。称徳天皇が道鏡に位を譲ろうとしたというのは、藤原氏にがんじがらめにされた皇室のあり方に絶望してのことだったろう。だったら尊敬に値する道鏡に位を譲り、御仏の精神を政治に活かし、仏国土を実現してもらいたいと考えたのだろう。“崩御崩御”だの、“根まで入れろ”とかは江戸時代のものでしょうけど、それにつながる罵詈雑言は、藤原氏の情報操作によるものでしょうね。

私も連れ合いに、“崩御崩御”と言わせてみたいところだけどね。




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『ミステリーな仏像』 本田不二雄

「日本人が仏像に何を求めたのか」っていうことですよね。

それは、仏教が入ってくる前から日本人が持ってた思いだよね。思いは変わらないはずなのに、仏教以前、それをそのまま神にぶつけていたとは思えないな。それをするには、神はすこし曖昧だし、掴みどころがないし、漠然としているし、大きすぎるし、小さすぎるし、水のように流れていっちゃうし、風のように吹かれちゃうしね。

その点、ほら、仏教は仏像と一緒に入ってきたから、すでに擬人化されていて、まあ、思いをぶつけやすかったんでしょうね。それまでぶつけられなかった分だけ、堰を切ったように仏像文化が花を咲かせましたね。

私にも、印象に残るいくつかの仏像がある。なかでも、中学校の修学旅行で東大寺南大門の金剛力士像をはじめて見た時の衝撃は忘れられない。それから神護寺の薬師如来像。・・・まあ、あまり知らない中から選んだって、仕方ないね。



駒草出版  ¥ 1,620

こんな仏像見たことない❢ 比類なきお姿に込められた祈りと信仰を読み解く
第一章  仏像が秘めていたもの
第二章  ありえない仏像
第三章  霊木からの化現
第四章  奇仏をめぐる旅
第五章  女神像の秘奥
第六章  神々を発見する
お地蔵さままあ、なんといってもこれかなあ。私の生まれた家の近くの辻に立つお地蔵さま。子供の頃はここに紙芝居が来たり、坊さんが来て私たち子供の相手をしてくれたりしてね。大人たちにとっても、何かと集まると言えば、この辻のあたりだったんだな、きっと。
さて、この本なんだけど、まあ、よくもこんだけいろいろな仏像があるもんだな。振り返ろうとしている仏像ってのがあるんだね。木の洞に、そのまま彫り込まれた仏像とかね。聖母としての仏像ってのもすごいですね。それから鬼子母神。うわっ、ガリガリに痩せ細った仏像。人に触られて、ツルッツルになっちゃった仏像。

仏教以前の神に対する思いも含めて、いろいろな思いが仏像に投影されているんだな。
聖母としての摩耶夫人像ってのは、一つの形式となっているんですね。それにしても、お釈迦様が、摩耶夫人の右の脇の下からダイブしてきてるよ摩耶夫人
こんな、いろいろな仏像が紹介されています。とりあえず、本屋さんでペラペラしてみるといいと思う。



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『山の怪奇 百物語』 山村民俗の会

私は秩父の生まれで、奥秩父は高校以来のホームグラウンド。今はなき雲取ヒュッテ、雁坂峠小屋、甲武信小屋とも、なぜか親父さんは、夜になるたびに怖い話をして高校生の私たちを怖がらせるのが大好き。ひとしきりそんな話をして高校生をいたぶったあとは、決まって最後、小屋まわりやテント場の見回りを言いつけられたりする。一度、そんな時間に登ってきた大馬鹿野郎に出くわして、腰が抜けるほど怖い思いをしたことがある。

知っている場所が多いんだよね。・・・というのも、この本に乗っている怪奇譚の語られる現場のこと。奥秩父、寄居、越生、顔振峠。いずれも勝手知ったる庭のごとく、よく歩いている場所だ。

ということは、このあたりに《山村民俗の会》の会員が多いということなのか。

私の生家は武甲山山麓で、何かと伝奇・伝説の多いところ。しかも、嫁はロクサン様に仕える役割を担うというのが生家の習わし。祖母は、思いっきり雰囲気を持った人で、暗いところで気配を消してしまうから始末が悪い。遊んで薄暗くなった庭先で、遅くなった言い訳を考えていると、ふと気がつくと、すぐそばに祖母がいたりすることがあった。・・・もう、やめてよ、おばあちゃん。夜中に意を決してお便所にいこうとすると、なぜか暗い廊下に祖母がいる。・・・ばう、勘弁じでよ、ぼばあじゃん。

夕方、徐々に暮れゆく中、少し先にある小山の上の大木の梢あたりを祖母が見ていれば、多分そこには何かがいるんだろうということが、子供の私にもなんとなくわかった。祖母がダメだと言ったことを、ことごとく踏みにじった私だから、どこかで罰が当たるとは思っていた。・・・予想通り、罰当たりな人生だった。

『山の怪奇 百物語』    山村民俗の会

河出書房新社  ¥ 1,296

山村民俗の会は、どなたでも入会できます。あなたの仲間入りを、・・・お待ちしています
榛名山加護丸稲荷の霊異
上州奥多野山地の妖怪
奥那須安倍ケ城の怪
奥秩父の妖怪ばなし
寄居冬住山浅間の怪
奥武蔵越生地方の妖怪ばなし
顔振峠の呪詛地蔵
仙元様のお怒り
丹沢の山霊・あとおいこぞう
八ヶ岳マモノ沢の犬隠し
上信越・山の怪奇ばなし
北アルプスの怪異伝説
梓川の水神の祟り
北アルプスの山麓の怪異譚
飛騨宮川村の蛇変化
美濃徳山村のモノ達
火の玉・トンネル・片手の幽霊
京都北山怪奇噺
四国山地・惣川の不思議な話

《山村民俗の会》会員の方々が丹念に拾い集めた話は、創られたものではなくて、伝えられたもの。そんな感じの話ばかりで、怪談ばなしというよりも、民俗ばなしの趣さえある。ほんのちょっとデコレーションすれば、いくらでも怖ーい話にもなるのに、そういう盛り付けはされていない。

そのくらいに素朴な話ばかりなんだけど、それだけに、“物語”の宝庫とも言える。こういうふうに拾い集められた話から、物語は作られていくんだろうな。

ロクサン様は、祖母から母に引き継がれた。その母が死んだのは、祖母が死んでからたったの4年後のことだった。ずい分前に、母はロクサン様を引き継いでいたが、自分はその仕事を全うしたものの、長男の嫁には引き継がなかった。最初から、自分で終わりにする覚悟があったようだ。

母にも、山の大木の木の梢にいた何かが見えたんだろうか。祖母は母に厳しかったけど、どうも私には、祖母と母が本質的に似ていたからこそ、祖母は母に厳しかったようなきがする。・・・たぶん、母にも見えていたんだろうと、私は思う。




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『先生、日本ってすごいね』 服部剛

《戦場の知事 島田叡=沖縄の島守》
兵庫県神戸市出身。内務省のエリート官僚で、昭和二〇年を迎えた段階で大阪府に勤務。前沖縄県知事泉守紀が出張を装って内地に引きこもってしまったのを受けて、次の沖縄県知事の委託を受ける。推薦したのは沖縄守備軍司令官牛島満。かねてから島田と親交があった。昭和二〇年一月一一日、島田は沖縄県知事になってほしいと、大阪府知事を通して要請された。

島田:私が行きます
府知事:君、家族もあるのだから三日ほどよく考え、相談したうえで返事してもいいんだぞ。断ってもいいんだぞ。
島田:いや、これは、妻子に相談することじゃありません。わたしが決めることです。

妻:朝からなにか良いお話でしたの
島田:沖縄県知事の内命やった。もちろん引き受けて来たわ
妻:なぜ、あなたが?
島田:誰かがどうしても行かなならんとなれば、言われた俺が断るわけにはいかんやないか。俺が断ったら誰かが行かなならん。俺は行くのは嫌やから、誰か行けとは言えへん。これが若いものなら、赤紙一枚で否応なしにどこへでも行かなならんのや。俺が断れるからということで断ったら、俺は卑怯者として外も歩けんようになる。

「君、一県の長官として、僕が生きて帰れると思うかね。沖縄の人がどれだけ死んでいるか。君も知っているだろう」

「それにしても、僕くらい県民の力になれなかった県知事は、後にも先にもいないだろうなあ。これはきっと、末代までの語りぐさになるよ」


高木書房  ¥ 1,512
授業づくりJAPANの気概ある日本人が育つ道徳授業
1 「戦場の知事 島田叡~沖縄の島守」役割と責任
2 「やまと心とポーランド」恩を忘れない
3 「エルトゥールル号遭難事件」感謝の心
4 「ペリリュー島の戦い」崇高な精神
5 「焼き場の少年・一片のパン」人間の気高さ
6 「海の武士道~敵兵を救助せよ」生命の尊重
7 「日本マラソンの父・金栗四三 三度のオリンピック」努力を続ける
8 「佐久間艦長に遺書」役割と責任
9 「柴五郎中佐」勇気ある行動
10 「上杉鷹山 為せば成る」誠実・責任
11 「ユダヤ人を救え 樋口少将と犬塚大佐」差別偏見の克服
12 「特攻隊の遺書」先人への敬意と感謝
13 「昭和天皇とマッカーサー」強い意志
14 「空の武士道」利他の精神・人間の気高さ
15 「日本ミツバチの団結力と日本人の美徳」集団生活の向上
16 「坂東捕虜収容所 松江豊寿中佐とドイツ人捕虜」寛容の心
17 「台湾人に愛された八田與一」公正公平
18 「絆の物語~アーレイ・バーク」日本人の伝統精神と集団生活
19 三年間、服部道徳を受けて生徒の感想


《ポーランド孤児を救った日本》
一九一九(大正八)年、第一次世界大戦が終結し、ヴェルサイユ条約によってようやくポーランドは一三〇年ぶりの独立を果たすことになる。ロシアの支配下でシベリアに流刑にされたポーランド人は十数万人。彼らは長い間、肩を寄せあい、寒さと飢餓と伝染病と闘いながら生き抜いてきた。

しかし、一九二〇年春、ロシア革命で誕生したソ連がポーランドとの戦争を始める。そのため、シベリアのポーランド人は、唯一の帰国ルートであったシベリア鉄道が使用できなくなる。ウラジオストックに住むポーランド人の作った「ポーランド救済委員会」は、かわいそうな孤児たちを救おうとヨーロッパやアメリカに救援を求めた。しかし、欧米諸国はこの救援要請をことごとく拒否した。

唯一、ポーランド孤児の救援に乗り出したのが日本だった。

日本赤十字とシベリアに出兵中の陸軍兵士が、機敏な行動を起こした。彼らは極寒のシベリアの地に入っていって、親を亡くした孤児だけでも助けようと悪戦苦闘した。救出した孤児たちをウラジオストックまで連れて行き、そこから船で日本へ送り出した。日本政府が救済を決定した二週間後には、すでに五六名の孤児を東京の宿舎まで送り届けた。日本は、以後三年間で合計七六五名の孤児を救出した。

飢餓と伝染病で衰弱しきっている孤児も多かった。もはや手遅れと思われた腸チフスの少女の看護にあたった二一歳の看護婦松沢フミは、「死を待つほかないなら、せめて自分の胸で」と毎晩少女のベットで添い寝をした。その甲斐あって少女は奇跡的に命を取りとめた。しかし、その様子を見届けた松沢さんは亡くなった。腸チフスに感染していた。

《日本に収容されたポーランド孤児たちは、日本国民朝野をあげて多大の関心と同情を呼んだ。慰問の品を持ち寄る人々、無料で歯科治療や理髪を申し出る人たち。学生が音楽会の慰問に訪れ、婦人会や慈善協会は子どもたちを慰安会に招待した。寄付金を申し出る人は後を絶たなかった。一九二一年四月六日には貞明皇后も日赤本社病院を訪問され、孤児らと親しく接見された。皇后陛下は三歳の女の子を召されて、その頭をいくども撫でながら、健やかに育つようにと、お言葉を賜られた。(ポーランド在住松本照男氏の証言)》

こうした献身的な看護によって、子どもたちは次第に健康を取り戻していった。そこで回復した子供から順次、八回に分けて祖国ポーランドに送り届けることになった。子どもたちをポーランドに送り届けた日本人船長は、毎晩、一人ひとりの毛布を首までかけては、子どもたちの頭をなでて、熱が出ていないかを確かめた。「その手の暖かさを忘れない」と孤児の一人は回想している。

《日本は我がポーランドとはまったく異なる地球の反対側に存在する国である。しかし、我が不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表してくれた以上、我々ポーランド人は肝に銘じてこの恩を忘れることはない。我々の児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、神に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までとって、ポーランドの子どもたちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。ポーランド国民もまた高尚な国民であるがゆえに、我々はいつまでも恩を忘れない国民であることを日本人に知っていただきたい。ここにポーランド国民は日本に対し、もっとも深い尊敬、もっとも深い感銘、もっとも温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。(ポーランド極東委員会副会長ヤクブケヴィッチ氏)》




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女にもてたい『げんきな日本論』 橋爪大三郎 大沢真幸

「女の子にもてたい」

みんなそう思ってた。それがために、自分には本来関係ないことまで努力して、考えてみれば、何とも涙ぐましいことだ。あんなこともやったし、こんなこともやった。ときには犯罪すれすれのこともあった。そんなきわどさは、今ではみんな犯罪そのものとされてしまうんだから、若い人は可哀そうだ。

この時代なら、私も歌を、女に送ったんだろう。
歌は、時には異性との交流に重要な役割を果たした。文字がなかった時代に口語表現で歌が詠まれた。貴族の時代となり、時に女性は、簡単に顔を見せないことで自分の価値を高めた。そんな時代、まず男女のあいだをつないだのが歌だった。歌を詠んで届けるなら、字に書かなければならない。男性も女性も字を読み書きしなければならないことになった。女性たちに広まったひらがなであったが、瞬く間に男性の間にも広まった。
本書


教科書にも、ぜひそう書いてもらいたい。

娘は年頃になると、両親のいる母屋から離れた離れのような場所に移る。そこに男が通ってくる。一人とは限らない。娘は、そうやって、自分のパートナーを見つける。子供が生まれても、しばらくのあいだは親元に居続ける。ある程度子供が大きくなってから、子供を連れて、娘は夫のもとに移り住む。父親は娘と孫を保護し、結婚したあとは婿の後ろ盾となる。

婿は、有力な後ろ盾が欲しい。舅は、有望な婿が欲しい。まあ、女は父が望む男の子を孕むことになるわけだ。微妙な線ではあるが、世の中は、うまい具合に回っていたんだな。

女が、「あの人がお父さん」って言った人がお父さんなんだ。それは、どうにも変えられない。どうも、本当のお父さんがだれかってことには、あんまりこだわらないのかな。こだわらないってことはないけど、まあ、世の中をうまい具合に回すことの方が、もっともっと大事だもんね。

シナでも、ペルシャでも、その後のトルコでも、世襲の王や皇帝なら、その子供が次の王や皇帝になる。その時、子供が本当に王や皇帝の子であることを証明するために、後宮、ハーレムが作られた。

日本の場合、王宮にハーレムはない。天皇の奥さんは天皇と同じ居宅に住んでいて、そこに行政官が出入りする。奥さんに仕える女性たちもたくさんいて、そこに男女のコミュニケーションが成立する。

王や皇帝の血筋は大事なことだけど、その証明に、さほど関心がない。外の世界ほどには関心がない。

『げんきな日本論』 橋爪大三郎 大沢真幸

講談社新書  ¥ 918

「不思議なキリスト教」でおなじみの二人が語りつくした日本論
第1部  はじまりの日本
第2部  なかほどの日本
第3部  たけなわの日本

言葉が交わらなければ、人が交わることはない。

中世ヨーロッパ社会では、社会の上層階級と庶民階級の間の言語がラテン語と“土着語”に分断されていた。だから平等の実現など不可能だった。

近代以降のヨーロッパ諸国で社会的平等が徐々に実現されていったのは、国語の整備や国語に基づく公教育の普及が大きな要因だった。経済的にもラテン語を操る一部の上層階級だけがより高い所得を得るような時代を脱し、大衆が国語で自ら学び、あらゆる分野で先進的な取り組みをするようになったことで、社会全体が活性化し、技術革新も多く生まれ、次第に社会の構成員全体の所得が向上していった。

一方、現代でも、植民地になった経験を有するアジア、アフリカの新興諸国では、言語の分断が残存している。
 
こうした地域では、上層階級は英語やフランス語など旧宗主国の言語を使い、庶民はもっぱら土着語を使って暮らしている。
 
そのような社会では、高い収入が得られる職業は旧宗主国の言語が使えることが求められる。それが使えなければ、高等教育や専門教育も受けられないため、庶民にとってこうした職業に就くことはハードルの高いものとなる。

・・・「グローバル言語」などと称して、母語以外の言語を偏重するようになってしまえば、人々の平等に生きる権利や学ぶ権利が奪われてしまう。

なによりも、言葉が交わらないところに、男女の交わりわない。・・・例外を除けば・・・。




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『人を奮い立たせるリーダーの力』 平尾誠二

2006年、宿沢広朗さんは56歳の若さで亡くなった。その頃、これからの日本ラグビー界を背負って立つ逸材と言われた。平尾誠二さんは53歳だよ。いくらなんでもさ。若すぎるよね。戦い続けた彼の死は、“戦死”と呼ぶにふさわしい。・・・御託に聞こえるか?

私は、自分よりも年長の松尾雄治に憧れた。衰えを見せ始めた松尾雄治に、引導を渡すかのように現れた年下の怪物に、最初に抱いた感情は嫉妬だった。嫉妬する程度の意地はあったものの、彼の前に進もうとするひたむきさに、いつしか励まされている自分を感じるようになっていた。

《ラグビーとともに生きた平尾氏の目の向こうには、いつも日本ラグビー界の未来があった》
前書きにそうある。私は、ラグビーファンではあるが平尾誠二ファンでもあり、ラグビーを通して彼を知ったわけだが、ラグビーの世界における彼の生き方に感銘を受け、ラグビーとは無関係に、彼のファンになり、今後の彼の生き方に強い関心を持った。

「次、平尾誠二はなにをやるんだ」・・・彼がラグビーの将来のために生きることは、受け取る私たちにすれば、一つラグビーの問題だけじゃない。日本の青少年、いや、馬鹿野郎。・・・おやじたちのために生きていてくれているということなのだ。

もし、53歳が彼の人生の半分であったなら、きっと日本は変わっていたよ。・・・それとも、その分を、彼は53年間に凝縮して生きたということなのか。


マガジンハウス  ¥ 1,296

リーダーの強い意志が伝われば、それが間違った判断でも、成功する可能性は高い
第1章  強い組織をつくる
第2章  強いリーダーをつくる
第3章  強い個を育てる
第4章  強い日本人になる


「全部、出し切らないと、その先の成長なんかない」・・・平尾さんの師、京都市立伏見高等学校ラグビー部監督、山口良治さんの言葉だそうだ。あの「スクール・ウォーズ」見てたのは、いつ頃のことだったろう。

本書に、山口良治さんの、平尾誠二さんの死に対する思いが、“特別寄稿”として載せられている。山口先生は、すでに中学ラグビーでその名を知られていた平尾さんをスカウトに行ったのだそうだ。でも、公立だからね。運動ができるだけで、“合格ね”なんて、市立みたいなことはできないので、しかも、伏見工業は、テレビでやってた通りの不良高校だから、あきらめていたんだそうだ。

ところが、平尾さんは、山口良治という“人”に魅せられて、伏見工業を受験した。彼は、中学3年で、人が生きていくうえで何が一番大事なのか、直感的に知っていたのだろう。

そのうえで、彼は言葉だけでなく、行動で示すタイプのリーダーだったそうです。その姿勢を、彼は高校だけでなく、大学でも、社会人でも、代表でも貫いたそうです。

でも、なによりも大きいのは、その“意思”だろうと思う。私には、リーダーとして、周囲を引っ張ろう。そして共に、より高い次元を目指そうという“意思”がない。なぜかと言えば、“めんどぃせえ”からだ。・・・「その前に、お前には、その力量がないだろう」・・・いま、右肩後方から、不愉快な声が聞こえた。

平尾さんの師である山口良治さんが、平尾というラガーマンについて、こう言っています。

「平尾は唯一無二の選手だった」・・・と。

当然、ご家族にとっても、仲間たちにとっても、・・・ファンにとっても、彼は“唯一無二”だった。
合掌




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『日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし』  千葉望

三ヶ月予報が出されましたが、また、暑い夏になりそうですね。これが、二酸化炭素の出し過ぎだとでも?原因を履き違えていれば、どんな対策を立てても、無駄。事態はもっと悪くなる。アル・ゴアが、またふざけた映画を作った。自分は、冷暖房で、ガンガン二酸化炭素を排出しているこのおじさんは、自分の利益のために、いくらでも嘘をつく。その嘘をありがたがる奴らの、なんと多いことか。

人を攻めておいて何なんですが、過去記事です。
♫ 夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が繁る ♫
いいですよね、季節の移ろいとともに生きる日本人は・・・。本当に恥ずかしい話だけど、今年の十一月は家と職場の往復だけで、ほとんど季節の変化を感じるゆとりもなかった。かつての日本人の生活の中なら季節の移ろいを感じられないなんて、ただのうつけ扱いだろうにね。

旧暦から新暦への改暦は明治五年。この年の十二月三日を明治六年一月一日として、そこから日本は西暦を正式な暦として採用した。ずいぶん混乱があったはずだけど、そんの幾つかがこの本の中にも書かれている。

欧米に合わせようと導入した“西暦”は“西洋暦”ですからね。なにしろ紀元はイエスの生誕。紀元前は“B.C.”と表わされるけど、これは“Before Christ”、つまり、「キリスト以前」。紀元後の“A.D.”は“Anno Domini”で、ラテン語で「主の歳」。ってことは、ゴッドのイエスの年を数えてるってわけだ。ちなみに今年は西暦二〇一五年。イエスは二〇一五歳(・・・あとから+四歳ってことになってるらしいけど)。

岡田英弘さんの本を読ませてもらったところでは、《支那はいつの世でも皇帝が中心であり、皇帝が時間を支配した。暦をつくるのは皇帝の特権で、民間で暦を発行したら反逆とみなされた。年号をつくるのも皇帝と特権で、皇帝は空間を支配するだけでなく、時間をも支配したのである》と言うことで、なんか明治政府は大変なことをしてくれちゃったみたいだな。

グローバル化ってのは、本当に言ってるほど必要か。

旭日新書  ¥  778
寒さに肩をすぼめて迎える「新春」 梅雨の最中の「七夕」 「菊の節供」は汗だくで
第一章  暦を知れば、日本がわかる
第二章  大きなずれを生んだ新暦行事
第三章  それでも残った旧暦行事
第四章  浮世絵に見る旧暦行事
第五章  文学や芸能に見る旧暦

願はくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ

君がため春の野にいでて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ

五月雨を集めて早し最上川

天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ

なんかさ。そんな歌と一緒に生きていたいよね。さすがに私の故郷では、桃の節句は四月だったな。七夕は八月だった。だから星が見えたよ。もちろんお盆も八月。十五夜にはまんじゅう蒸かしてね。すすきと一緒に月に供えた。開けっ放しでね。翌朝起きた時には全部なくなってたな。

私は昭和三五年の生まれだけど、私の親たちの世代がなんとか残してくれたものを、私は子どもたちに伝えられなかったな。残念ながら・・・。

なんて言ってる場合じゃないか、少しでも、わずかでも残しておかなくちゃ。あとどれくらいの時間があるかわからないけどね。必要なのは、自然の移ろいをもっと敏感に感じられる生活をすることだな。そしてそれに、先人たちがどのように対処してきたのかを知ること。・・・けっこう難しいけど、ちょっとずつでも、こういう本を読んでいくことだな。

・・・これを書くにあたって、今まで書いた“暦”にかかわる記事を読みなおした。けっこうなんどもこういう本を読んでるんだけど、呼んでる人間が未熟だからな。なかなか先に進まない。
「季節を感じられない」と書いているな。この記事を書いたのは2015年の12月。手術の1年前だ。外に出られてないからね。山を歩いてる今は、私は季節とともにある。ありがたい話だ。この頃の私、いま思えば、憐れでさえあるな。



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『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

産経ニュース 2017/04/18
評論家の渡部昇一氏が死去 第1回正論大賞、「知的生活の方法」など著書多数
http://www.sankei.com/life/news/170418/lif1704180003-n1.html
(抜粋)
本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。
(続きを読む)に全文
渡部さんの死を悼む記事は、各紙から出ていたが、やはり、産経のものを採用。ちなみに、渡部さんが戦い続けた朝日新聞はどうか。これも、(続きを読む)の方に全文を入れておくので、ご覧ください。

若いころの一時、左翼系の運動に引っ張られた。そんな時代がどれくらい続いてたかな。その間も、なんかすんなり納得できないものを抱えていたのは、明治生まれの祖父母や、昭和3年生まれの父母のおかげだったろう。祖父母や、父母に照らし合わせて、左翼系の思想は、やはり完全には受け入れがたかった。

いくら疑いを抱いても、津波のように押し寄せる左翼系の情報に押し流されそうになる私に、しっかり自分の足で立つ自信を与えてくれた、大恩人の一人が渡部昇一さんだった。もちろん、本を通してのことであるが・・・。


『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

徳間書店  ¥ 1,404

「WGIP」の呪縛を解き、道徳を回復し、皇統を尊び、覚悟を決めれば・・・
第一章  日本人は覚悟を決めよ
第二章  日本の時代がやってくる
第三章  皇統はかくあるべし
第四章  「WGIP」の呪縛を解け
第五章  道徳の回復が急がれる

この間、先にPART1を読んで、このブログでも紹介したけど、実は、PART1の出版は見落としていて、本屋でも目に入らなかった。PART2によって、PART1を知った。そして、PART1を先に読み、今、PART2を読み終えた。その間に、渡部昇一さんは、黄泉の国へと旅立たれた。

疫病に二次感染するかのように、昭和35年生まれの私もWGIPによって洗脳された。私は、こちら側に帰ってきたけど、同世代でも、あちら側で生きている人はたくさんいる。学校なんか、やっぱり特にそうだ。最近、《産経・朝日・毎日・読売》の各新聞が、高等学校に無償で届けられるというサービスがあるそうだ。新聞は各教室に届けられ、若い人の新聞離れに、少しでも歯止めをかけようという苦肉の策らしい。

私は、高校の教員と関わることが多く、そんな話も教えてもらったのだが、「産経はいらないな」とか、「朝日だけでいいんじゃない」とかって意見が、教員の間でも多いのだそうだ。

渡部昇一さん、まだ早かったですよ、そっちに行っちゃうのは・・・。

私も、十分いい歳をこいているので、こんな泣き言を言っている場合じゃないのはわかってるんだけどね。私の父母は、ともに昭和3年生まれで、昭和5年生まれの渡部昇一さんとは同世代。すでに、母は22年前、父も11年前に亡くなった。しっかり、両足で踏ん張んないとね。

この本の“あとがき”は日下公人さん。「・・・とかなんとか、渡部先生からの連想はつきない。また対談をお願いします。 平成二九年一月」と〆ているのが、悲しい。

合掌




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覚悟(覚書)『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

トランプはひどいな。選挙期間中に、ヒラリーに対して、そんなひどいことを言ってたんだ。ご存知でしたか。次のような書き込み。「夫を満足させられないくせに、ヒラリーはなぜアメリカを満足させられると思っているのか?」・・・ひどい。だから、モニカ・ルインスキーちゃんに、あんなことやこんなことをしてもらったんだろうって。

ずいぶんと長い間、“グローバル化”って風が吹いてましたよね。文科省なんか、ようやくここんところ、「あとはどうなったって、俺の知ったこっちゃね~ぞ」ってくらいの感じで、英語教育だ、アクティブ・ラーニングだと、わけの分からないことに手を出して、日本の少年少女や現場を困らせている。

グローバル化によって、国境の壁は低くなり、人々の移動が自由になる。人は、生まれ持ったバックグラウンドは問われずに、ただ能力だけで評価を受ける。唯一無二のルールが定められ、誰もがそのルールにのみ縛られる。

たしかに、グローバル化ってそういうものだからね。まさしく2000年にわたって、ユダヤ人が夢見たことが、現実の世界に実現されようとしている。グローバル化の正体は、ユダヤ系金融資本の望む、“一つの世界”化だ。

たしかに、ヒラリー・クリントンは、あっち側に立ってグローバル化の旗を振った。そのヒラリー・クリントンに対して、「そんなことよりも、自分の亭主を満足させてやることを考えたらどうだ」って、トランプは言ったわけだ。


『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

徳間書店  ¥ 1,404

「WGIP」の呪縛を解き、道徳を回復し、皇統を尊び、覚悟を決めれば・・・
第一章  日本人は覚悟を決めよ
第二章  日本の時代がやってくる
第三章  皇統はかくあるべし
第四章  「WGIP」の呪縛を解け
第五章  道徳の回復が急がれる


ドナルド・トランプがあっちこっちで角を立て、物議をかもしている。物議をかもしているが、トランプの言うことは、わかりやすくないか?単純明快じゃないか?

北朝鮮問題にしてもそうだ。核武装して、大陸間弾道弾も手にしようとしている。アメリカの脅威になるからには、その前に止める。6カ国協議では、チャイナの顔を立ててきたけど、チャイナは本気で何とかする気はないらしい。チャイナが本気で止めるつもりがないなら、アメリカがやる。アメリカ国民が危険にさらされそうになってるなら、やらざるを得ない。日本や韓国は、とばっちりがあるかもしれないよ。

アメリカで認められているジャーナリストの一人であるチャールズ・クラウトハマーは、「日本に核武装させるべきだ」という考えを持論にしているという。私もそう思う。誰が何と言おうと、すでに、北は核保有国だ。日本はその脅威にさらされ、何の手も打てずにいる格好だ。

それでなくても、日本を取り囲むようにチャイナ、ロシア、海を挟んでアメリカ、これに北を加えれば、これだけ、核兵器に囲まれた国も他にない。この状況で日本は核保有してはならないというのは、いったいどんな罰ゲームだろうか。

明治維新後の日本の悲願は、欧米列強に匹敵する力を持つことだった。今の日本でいえば、力とは、核武装だ。

ドナルド・トランプドナルド・トランプが、アメリカ大統領としてどれだけやれるかは、わからない。でも、ドナルド・トランプ大統領の登場が、日本の閉塞感漂う政治状況に一石を投じたのは確かだ。あとは、日本人に覚悟があるかどうかの問題だ。




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『もう時効だから、すべて話そうか』 一橋文哉

この本を見たとき、最初、てっきり『一橋文哉』という題名の本かと思った。著者は、通常を超えて、自己顕示欲が強いのか。・・・ムムッ、犯罪の匂いがする。

まあ、こんだけ犯罪取材の世界にどっぷりつかってりゃ、その程度の“香”は漂わすだろうし、精神的にも、こちら側の世界に軸を残すために、それなりの努力をされているに違いない。

私は、つらいことからは目をそらす。悲しいニュースは極力見ない。千葉県の小学生殺人事件を避けるために、どれだけチャンネルを回したことだろう。

だけど、この本でこれだけ読まされると、否応もなく理解せざるを得なくなる。かりにチャンネルを回してその事件から目をそらすことができたとしても、いつか現実の世界で今の日本社会の現実を突きつけられる。もうすでに、孫たちが社会の主役。孫たちの時代だからな。・・・保育園児だけど。

“血”と“地”のつながりを、ただの悪しき因習として退けてきたのが戦後の姿だった。そのなかに、新しい生き方を提示されて、多くの人がそれに飛びついていった。私もその一人だった。音頭を取ったのは、戦後民主主義を引っ張った人たち。提案された“家族からも自由に、地域にも縛られない、新し生き方”。わおぅ❢

あるいは人に秀でたなにがしかの才能を持っていたりすると、場合によっては、血だの、地だのが邪魔になることもある。“邪魔じゃないか、煩わしいじゃないか・・・ねえ”って言われて、思わずうなずいて若い頃を行きてきたけど、この歳になると、やたらと邪魔にしてきた、煩わしく思ってきたものが懐かしい。

そう、かつて、“血”や“地”は、世間の大半の人間を保護し、おそらくは必然的に生まれてくる“鬼”を封じ込める役割も担わされていたんだろうと思うんだけどな。



小学館  ¥ 1,728

グリコ森永事件 3億円事件 宮崎勤連続幼女誘拐殺人 酒鬼薔薇聖斗 八王子スーパー射殺
第1章  身勝手過ぎる凶悪犯罪に喝!
第2章  女心ほど不可解なものはない
第3章  未解決に陥るには理由がある
第4章  絶対正義をうたう司法の裏切り
第5章  グリコ森永事件こそ私の原点だ
第6章  スクープのコツはここにあり
第7章  アスリートと芸能人を支配する闇
第8章  少子高齢化社会は病んでいる

1998年か。もう、ずいぶんと昔の事件なんだな。和歌山県の毒入りカレー事件。結局、決定的な証拠があるわけじゃない。《疑わしきは罰せず》ってところから考えれば、有罪、死刑は難しいんじゃないかくらいに思ってた。でも、警察の“捜査”ってのはすごいもんですね。この事件、林眞須美が犯人であることを立証したんじゃなくて、林眞須美が犯人でないことはありえないことを立証したんだそうです。つまり、複雑なジグソーパズルの周囲をすべて埋め尽くして、最後に林眞須美というピースを残して完成させた。

ものすごいね。

さて、死刑っていうのは平日の午前中、9時ごろに執行されるんだそうだ。その告知は、朝食後の8時ごろ、つまり、執行のおよそ1時間前に行われるという。いつもと違う刑務官が房の扉を開け、外に出るように命じた瞬間、死刑囚たちは運命を悟ることになるんだという。
刑場はカーテンで半分に仕切られ、手前に阿弥陀如来像と十字架が安置された祭壇があり、奥には天井から太さ3センチのロープが吊り下がる。奥の中央に、ボタン操作で下に開く約1メートル四方の踏み板がある。

目隠しと手足を縛られた死刑囚がその前に立ち、首にロープをかけられる。数秒後、別室で3~5人の刑務官が一斉にボタンを押すと、その中の一つと連動した踏み板が開き、死刑囚が大きな音を立てて落下する。

踏み板から下の床まで4メートルある。十数分後、医師が脚立を上がって死刑囚の左手首の脈と心音を確認し、心停止を宣告して刑の執行が終了する。
本書p123

2001年に大阪教育大付属池田小に乱入して児童8人を殺害した宅間守は、「死ぬことは快楽だ」とかほざいて、多くの犯罪嗜好者が憧れるカリスマだったんだそうだ。その宅間も、いざ刑場に向かうときには、腰が抜けて一人で歩けず、大勢の刑務官に腕を抱えられて、引きずられていったんだそうだ。

連続幼女誘拐殺人の宮崎勤は、最後まで死刑の執行を免れようとしていたんだそうだ。幻聴に苦しめれらていると向精神薬を服用していて、弁護士はそれを理由に精神鑑定を依頼し、状況によっては再審請求する予定だったそうだ。精神障害を装っていたのに、ついつい焦って、死刑廃止派の弁護士に悲壮感漂う手紙を送ってしまったんだそうだ。それを知った法務省は、逆に彼が正常で、死刑の意味を理解し刑を受ける資格を有すると判断したんだそうだ。

彼の刑の執行は、けっこう執行順位を飛び越えて行われたんだそうだ。

彼の房の前に刑務官が立ったとき、彼は「あっ」っという声を漏らしたそうだ。

どんなにそこに近づいても、その向こうに行く人と、とどまる人の差は、きわめて大きい。もともと、そういう人って、いるんだと思う。だけど、それでも大半は、こっちにとどまっているはず。

世の中には、その人たちの背中を押してしまっているできごとが、おそらく毎日毎日起こっているんだろう。

“穢れ”思想は、同時に、さまざまな歴史的不合理を生み出してきた。しかし、小さな“穢れ”を遠ざけることで、大きな災いを免れる知恵ってのが、こういう出来事をも対象にしていたのかもしれない。

最近の、国内のニュースを見ていると、ついついそんなことを考えてしまう。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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