めんどくせぇことばかり 本 日本 思想
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『日本人の死生観』 五来重

子どもの頃は、60歳くらいで死ぬものと思っていた。

同年代の人と話すと、やはり同じように考えていた人が多い。ちょっと気になって平均寿命の推移を確認してみると、男の平均寿命は1950年頃に60歳に達し、1960年頃で65歳、1970年頃で70歳になっている。私は1960年生まれ。故郷は何かと平均から10年遅れの土地柄で、「男は60歳で死ぬ。ふん、マダマダだな」と考えていたのは、どうやら当たっている。

当時は55歳で定年する時代。55歳の人なんて、間違いなくおじいさんだった。定年して、数年のんびりして死ぬんだな。それは死と向き合って生きる時間が、今の人よりも短かったということでもある。

「あ~55歳まで勤め上げたなー。よく働いたなー。これからはのんびりだな。旅行でも行くかなー」なんて言って、何カ所か旅行に行ったら、もういきなり死んでしまう。

今の人は違う。仕事は70歳くらいまで続け、60歳前後から死を意識するようになり、カラダの好不調をくり返しながら、だんだん弱っていく。80歳を過ぎていよいよ死ぬことを覚悟して、最後の時を待つ。

どっちがいいんだろうね。

私は、死についてじっくり考えることが出来て、よかったと思っている。いろいろ本を読んでみて、「こう思いながら死ねたらいいな」なんが考えることも出来る。なかでも、この『日本人の死生観』は面白かった。それによると、・・・

古代の日本人にとって、死後の世界は暗黒の「やみ」であったようだ。「やみ」の世界は「よみの国」と呼ばれ、“中国”で地下を意味する「黄泉」という字を当てて「黄泉の国」と表した。・・・これだけでもゾクゾクする。

「黄泉の国」はこの地上と連続した、遠方の山や谷、あるいは海を越えた島などに死者の霊が集まる場所があると考えられた。あるいは垂直的な上下関係で、地下や天上とする信仰もあった。これらを総称して他界という。

この他界を、「こっち」に対して「あっち」と表現したとき、これが変化して「あづち」という地名が生まれる。えー!


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講談社学術文庫  ¥ 1,221

武士道ばかりが日本人の死生観ではない。今も息づく、根源的な「庶民の死生観」
Ⅰ   日本人の死生観
Ⅱ   日本人と死後の世界
みちのくの神秘・恐山ーその歴史と円空仏
口寄せ巫女
Ⅲ   怨霊と鎮魂
Ⅳ   死と信仰ー穂陀落渡海の謎
古来の葬送儀礼から見た葬儀と葬具
仏壇
Ⅴ   墓の話
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山の中に他界を想定するのを「山中他界」という。古代、人々が死者を山に葬ったことから起こったものと考えられる。風葬、野葬、林葬などがある。野辺送りを「山行き」、墓を「山」と呼ぶのはその名残である。山に葬られた霊魂は、「死出の山路」を越えて長い苦しい旅をする。

今、葬儀の際に、死者は死に装束に、白の帷子・草鞋・脚絆をつけ、笠と杖を持ち、六文銭と五穀の種を入れた頭陀袋を首に賭けるという旅姿で野辺に送るのは、そのような考えによる。

山歩きが趣味なのだが、林道を行って、最後の集落の終わりから山に入る。山に入って、少し行ったところに墓地を見つけることがよくある。あれは山中他界のなごりなんだな。

死後の世界を海の彼方の国、あるいは島に想定する場合もある。古代に行われていた水葬の反映であると思われる。古代神話ではこれを常世と呼び、死者の行く世界であると共に、幻想的な楽土と考えるようになった。龍宮も常世の変形で、そこでは歳を取ることがない。仏教が入って、常世は観世音菩薩が住むポタラカ(補陀落)という島にすり替えられた。他界を楽土と考える傾向は、やがて浄土信仰に結びつく。

善を為すことによって罪を償うという考えは、生きているうちに橋を架けたり、道を作ったりする社会的作善を流行させた。それは死んで地獄に落ちないための、生きている間の罪滅ぼしであった。行基や空也の行った社会事業は、庶民が持っていた死後の世界観に支えられていた。

生前に行う罪滅ぼしの作善で、最も広く行われたのは寺の施設の造立や書経である。また巡礼や遍路、高野詣、熊野詣、大峯奥駆も、「死出の山路」の苦しみを生きている間に果たしておくことであった。

失礼。寿命が短い方が、死と向き合う時間が少ないなんて、大きな間違いだった。短い人生であるからこそ、生きている時間の大半を、昔の人は死と向き合いながら生きていた。


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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本人の死生観』 五来重

仏教学に民俗学の方法を接続し、日本人の宗教を深く掘り下げた五来重。本書は、厖大な著作を遺した宗教民俗学の巨人の「庶民宗教論」のエッセンスを知るのに最適なⅠ冊である。

日本人の死生観とは、すぐに連想される「ハラキリ」や殉死など、武士道的なものだけではない。貴族や武士の死生観、いわば「菊と刀」ばかりでなく、「鍬」を持つ庶民の死生観は、一体どんなものだったのか。本書では、教祖・教理・教団から成る西洋起源の宗教や、文献研究と哲学的思弁にこだわる仏教学ではなく、仏教伝来以前からの霊魂観や世界観が息づく根源的な「庶民の死生観」を明らかにしていく。

外の人が秩父の葬式に出ると、驚くことがふたつある。お経が始まる前に、男の親族は三角巾の紙冠をつける。私たちの感覚では、死者が化けて出てくるときに、おでこにつけている白い三角。男の親族全員がそれをつける。外の人は、あれを見て、まずギョッとする。

秩父の人だって、意味が分かっていてそうしているわけではない。葬儀社の人に「そうするもんだ」と渡されて、しているに過ぎない。女の親族は、藁クズを渡されて、それを髪に乗せておく。

死者の眠る棺桶には、死者が死出の旅に出られるように菅笠が入れてある。見送りに立つ親族も、本来は菅笠をかぶるところ、簡易化して三角の紙冠になったんだそうだ。この本で始めて知った。いい歳をして、恥ずかしいことだ。そう言えば、同時に20㎝ほどの竹の先に、三角の紙を挟んだ棒も渡される。あれは杖の代わりということか。

ずいぶん葬式に出たけど、今でも意味の分からない儀礼がある。あの儀礼は、お寺が決めたことなのか。どうやら、そうではないらしい。でも、その背景には、脈々と受け継がれた日本人の死生観が隠されているらしい。


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講談社学術文庫  ¥ 1,221

武士道ばかりが日本人の死生観ではない。今も息づく、根源的な「庶民の死生観」
Ⅰ   日本人の死生観
Ⅱ   日本人と死後の世界
みちのくの神秘・恐山ーその歴史と円空仏
口寄せ巫女
Ⅲ   怨霊と鎮魂
Ⅳ   死と信仰ー穂陀落渡海の謎
古来の葬送儀礼から見た葬儀と葬具
仏壇
Ⅴ   墓の話
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秩父の葬式で、もう一つ驚くこと?

それは、直会。まず、2時間はやっている。通常の飲み会の時間に相当する。しかも、大概の人は日本酒を飲む。そのうち、薬缶で注ぎ回る人が現れる。潰れる人が現れたあたりで、ようやく終わる。

コロナ禍においては、直会どころか葬儀も難しくなった。叔母の葬儀は、私たち兄弟を代表して、長男だけが参列した。コロナ禍の終わりの頃、叔父の葬儀には参列できたが、直会はなく弁当の持ち帰りだけだった。これを機会に、もう、ハードな直会はなくなるだろう。

身近な人の死を、どう受け入れるか。そして、どう送り出すか。送り出された人は、どこに向かい、どう生者と関わりあうのか。そういった日本の葬制の根底にある霊魂観は、古代からそう大きく変化していないんだという。

しかし、途中で、仏教という巨大な体系を、日本人は受け入れた。ところが仏教の体系に、完全に置きかえられているわけではないらしい。仏教というのは、一神教とは違って異教に寛容なところがある。方便で以て教えを説いているうちに、仏教の方も、古来からの民俗宗教を受け入れて変質したんだな。

だから、現代の葬制にも、古代人の霊魂観が生かされている。霊魂には、荒魂と和魂の二面性があるということね。それが仏教の理屈に、つまり成仏とか往生という目的に当てはめられている。


著者によれば、庶民にとってあらゆる死者は一度は怨霊となる。それは鎮魂によって「恩寵をもたらす祖霊」に変えなくてはならない。そのための信仰習俗や儀礼の有様を探索し、日本列島を歩きに歩いた著者の視線は、各地に残る風葬や水葬の風習、恐山のイタコと円空仏、熊野の補陀落渡海、京都の御霊会、沖縄のイザイホウ、遠州大念仏、靖国神社などに注がれる。

著者の五来重さんは、1993年に亡くなっている。この本も、もとは1994年に出された本の新装版だ。ただ、五来重さんの名前は、宗教や民俗に関するいろいろな本の参考文献に登場するのを見ていた。その新装版が出たので、読んでみた。自分に民俗学的な知識が足りないので、分かりにくい点もあったが、全般的にはとても面白く読むことが出来た。

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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『春宵十話』 岡潔

「人の中心は情緒である」天才的数学者でありながら、思想家として多くの名随筆を遺した岡潔。戦後の西欧化が急速に進む中、伝統に培われた叡智が失われると警笛を鳴らした、氏の代表的名著。

著者の岡潔は、明治生まれの偉大な数学者で、昭和53年には亡くなっている。亡くなったのは、私が18歳の時だな。数学の業績で文化勲章を受けた昭和35年は、私の生れた年だ。

長らく、岡潔という方のことを、知らないでいた。最初にその名を活字で見たのは、山折哲夫さんの『絆 いま、生きるあなたへ』という本だった。その中で山折さんは、寺田寅彦、日蓮、和辻哲郎、宮沢賢治とともに岡潔を引き合いに出しながら、東日本大震災のことを考えていた。スクリーンショット 2024-02-09 142145

最近では、日下公人さんが『新しい日本人が日本と世界を変える』という本の中で、岡潔に言及していた。その中で、この『春宵十話』という本のことを知った。日下さんの本を読んだのは5月。すぐ読みたいとは思ったものの、その後、すっかり忘れていた。古本屋をのぞいてみたら、この本に呼ばれてしまった。スクリーンショット 2024-02-09 141820


数学の業績はチンプンカンプンだが、この本のような随筆家としての岡潔、教育者としての岡潔なら、少しは理解できそうだ。

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『春宵十話』    岡潔

角川ソフィア文庫  ¥ 572

戦後の西欧化が急速に進む中、伝統に培われた叡智が失われると警笛を鳴らす
春宵十話
宗教について
日本人と直感
日本的情緒
無差別智


日下公人さんは戦後の教育について、『春宵十話』の中から、次のような岡潔の言葉を紹介している。

「よくない種子をまいたのは進駐軍だが、しかしそれをはぐくみ育てたのは日本人である。それでも原則から悪くしたのに害がこの程度で済んでいるのは、日本人が情操中心でこれまでやって来た民族だからで、欧米のように意思中心の国なら、すみずみまで原則に支配されるから、もっと酷いことになっていたに違いない」

岡潔は、日本文化の特性が情緒を土台に組み立てられていること、それがいかに美しい心情を生み出してきたかを、この本の中でさまざまな側面から論じている。そして、戦後の日本の教育は、日本文化や美しい心情を支えてきた日本的情緒を、損ないかねないものとして警鐘を鳴らしているのである。

「人の子を育てるのは大自然なのであって、人はその手助けをするに過ぎない」ことを理解していれば、“人づくり”などというおこがましい思い上がりはしないものだと。「個人の幸福」を目ざす教育では、日本的情緒は育たない。そんなこと当たり前だと。

昭和44年が初版の本。私が9歳の時だ。川に落ちて、前歯を失った年だな。それ以来、教育はどうなっただろう。おそらくもっと酷くなった。私が子どもの時分には、戦前の教育を知っている方がまだ現役で、学校の抑えになっていた。その人たちがいなくなったのは、昭和50年代。岡潔が心配した状況が、急速に進む。

それでも日本的情緒は、まったく失われたわけでは無い。その必要性を確認させてくれる出来事は、この日本という島国の大自然が、その都度起こしてくれる。それは、四季の移り変わりであり、大災害であり、そこからの復興でもある。

とくに2011年の東日本大震災以降、日本的情緒を失えば国が消失することを、日本人は肝に銘じた。皮肉なことではあるが、日本人は日本的情緒を手放すことも出来ないのだ。

今年の初めに呼んだ、武田邦彦さんの『これからの日本に必要な「絡合力」』という本の中で武田さんは、以下のように書いていた。

この国でも「自分さえ良ければ」という欧米的思考が、まかり通るようになりました。その結果、平気でウソをつく人間ばかりに富が集中し、日本の豊かさは奪われてしまったのです。

ですが、日本人にとって利己的な社会は、生きづらいだけなのです。日本人が互いに絆を取り戻し、「絡合力」という日本人らしい力を発揮できるようになれば、この国は新しい時代で必ず再生するでしょう。

優れた科学者は、考え抜いたその先で、古き良き日本社会のあり方に、問題解決の糸口を見出したようだ。岡潔に重なる。

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テーマ : エッセイ
ジャンル : 本・雑誌

『ニホンという病』 養老孟司 名越康文

解剖学者の養老孟司と精神科医の名越康文という心配性のドクター二人が異次元の角度から日本社会が患う「ニホンという病」を診察、好き勝手にアドバイスを処方する。

2022年冬、春、夏、秋、2023冬と5回に渡って行われた対談をまとめ、新型コロナやウクライナ侵攻といった時事的なテーマから、南海トラフ地震、脳科学、宗教観、自然回帰、多様性、死と再生など、実に30に及ぶ対談テーマをもとに繰り広げられた賢者二人の思考の世界が楽しめる。

養老孟司さんを一方にした対談の本は多い。

いろいろな方が養老さんを相手に対談を行い、その内容が本になっている。多くの場合、養老さんの対談相手の方が、多く発言しているようだ。それを本にしたものを読んでそう感じるのだから、実際の対談においては、相手の方の発言はもっと多いのだろう。

それだけ養老さんが相手の話を引き出すことに長けているのだろうし、語らせ上手なのだろう。対談相手の専門分野はさまざまなのに、誰を相手にしても、その最先端の話を引き出してしまう。

しかも、養老さんを一方にした対談の本の場合、相手の専門分野がどのようなものであっても、読者が興味をひかれるのは、それに対する養老さんの発言なのだ。

さて、今回の対談相手は名越康文さん。養老先生と本を出すのは、これで2冊目だそうだ。慣れたところがあるからだろうか、何度かに分けて行われた対談において、あえて同じ話題を蒸し返したという。

「咀嚼が必要なのだ。誠に恥ずかしいことだが、自分が納得いくまで止まることが読者にとっても利益になると信じて、そのような対談の流れをつくらせてもらった」

たしかに、この対談本には、そのような流れがあった。そのせいか、比較的、養老さんの発言も多かったような気がする。


『ニホンという病』    養老孟司 名越康文

講談社  ¥ 1,650

「ニホンという病」、読んでも治りませんが、大量のヒントはあります。
第1章
東大前刺傷事件と「理Ⅲ信仰」
コロナ禍における「科学的根拠」
ストレスについて
同意を優先させる日本語
主観が一切入らない英語
選挙について
環境を破壊した補助金行政
温暖化?寒冷化?
第2章
ウクライナ侵攻と日本人の考え方
少子化と脱成長社会
根底にある「みんな」
宗教に縛られない社会
なんでこんなにいろんな生き物がいるのか
第3章
養老流メタバース論
脳科学の限界
南海トラフ地震後の復興とカネ
ネコに学ぶ「気持ちのいい場所」探し
第4章
塀の上を歩く
内発的な考え方を
組織との距離感について
8~9割減った虫の数
欠けている客観的な物さし
第5章
南海トラフ地震後の復興と社会の変化
死より、いかに生きるかを考える
死を受け入れる
幸せに生きる


“ニホン”という病気に、今の日本はかかっているらしい。

仕事をするようになって、まだ10年も経たない頃に、「もしかしたら、今の世の中はおかしくなっていないか」と感じたことがある。なにかと、マニュアルを欲しがる上司や同僚がいた。私は反発した。しかし、数年後に転勤すると、新しい職場では、仕事内容をマニュアル化することが当然のことになっていた。反発もなにも、あり得ない状況になっていた。

失敗を恐れているように、責められることを恐れているように感じられた。あれはおそらく、“ニホン”という名の病の、一つの症状だろう。


《日本社会に内包する問題、本質については》
(養老)日本人は楽天的に考えて、本質に関わるところは変えなくていいことにしようとしてきたわけです。表層的なところだけを変えてきた。和魂洋才が典型だと思うね。明治維新は政治で動いたからまだいいですよ。戦後(太平洋戦争終結後)は何をしたかっていうと、日常生活を変えちゃったわけですよね。

人間の社会ってそんなややこしいものを、理屈で簡単に割り切れるもんじゃない。終戦後、それを割り切れると思ったのがアメリカであり、日本だったわけです。

《さらに専門家によれば2038年までに来ると言われている南海トラフ地震で、明治維新、太平洋戦争敗戦以来の大転換を迎えるが》
(養老)この国で初めて、政治とか経済じゃなくて、それぞれの人の生き方が問題になってきますね。どういうふうに生きたらいいかって。何といっても、第一に子どものことを考えなきゃいけない。今の時代、子どもがハッピーでないのはハッキリしていますからね。それでなければ、自殺が若い人たちの死因のトップになるなんてあり得ないですよ。80代が元気な世の中っていうんじゃ話にならない。

(名越)これからは生き方自体をなだらかにでも急いで変えていくべきだということです。南海トラフをどうとらえるかは、メディアを通じてもっと多角的に、バラエティ番組なんかで伝えて議論すべきだと思います。

死というものを深刻に考えたくなければ、ライフスタイルを変えていくことが大事だと思います。数年、5年ぐらいの単位で、自分がどこに住むのかとか、どういうことに生きられる時間を溶かしていくか。価値観が変われば日本人のライフスタイルが5年ぐらいで結構変わっている可能性があると思います。

どのテーマでも二人の独自視点で語られて、生き方のヒントがつまった一冊だ。

日本の国土は7割が森林に覆われている。それが日本の当たり前の姿だ。森を、林を歩こう。「日本の森林を守る」という政治家がいれば、そいつに投票しよう。・・・いないか、そんな政治家。

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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『一汁一菜でよいという提案』 土井善晴

「じつは食事をすることのその先に、楽しいことがたくさんあるのです。二百万年も大自然の一つとして生きてきた人間の営みに、疑いはありません。どうぞ、私たちの過去の経験と無限の知恵を信じてください」

上記は、料理に関わる土井善治さんの言葉。“食事”に限定せず、何ごとにつけ、そんなもんだと思う。それが健全な保守の考え方。先人たちが賢明に創意工夫を重ね、受け継がれてきた生き方は、やはり疑いがない。

もちろん悲しい経験もあるし、戦争だってあった。それでも先人たちが、よりよく生きようとすることをやめたことはない。今生きているわたしたちも、同じようによりよく生きることを続けるしかない。

最近は、これまで続けられてきた人間の営みを迷妄に過ぎないものと切り捨て、頭の中で短絡的に考え出した理念に、社会の方を、そのまま当てはめようとする流れがある。一つの小さな変化でも、世の中に思わぬ影響を生み出すことがある。そのすべてを事前に予測することは、人間には不可能。すでに、良くない影響も出始めている。良くない影響が出ているのに、その理念は絶対に正しいと思い込んでいるから、今さら引っ込めることができない。非常に危険な状況である。


「私たちは、“きれい”ということばを日常で頻繁に使います。“きれい”という言葉には、美しいだけではなく清潔という意味が含まれます。さらに、正直な仕事を“きれいな仕事”と言います。嘘偽りのない真実、打算のない善良、濁りのない美しさという、人間の理想として好まれる《真善美》を、“きれい”という一言で表してしまうのが日本人なのです」

なんだか、土井善治さんは、料理を通して、一つの“道”を見つけたようだな。まさに、料理道か。

『一汁一菜でよいという提案』    土井善晴

新潮文庫  ¥ 935

日常の食事はご飯と具だくさんのみそ汁で十分。あれば漬物を添えましょう
今、なぜ一汁一菜か
暮らしの寸法
毎日の食事
作る人と食べる人
おいしさの原点
和食を初期化する
一汁一菜から始まる楽しみ
解説 養老孟司


「料理と人間との間に箸を揃えて横に置くのは、自然と人間の間に境を引いているのです。私たちは“いただきます”という言葉で結界を解いて、食事をはじめるのだと考えられます」

お盆に孫が遊びに来た。娘は帰ってしまったので、孫を押しつけられた形だ。今風の育て方は、年寄りにはまどろっこしい。押しつけられた孫なので、煙たがられても、うるさく口を出した。

箸の向こうは神聖な空間。お米もおかずも、何人も、何十人もの人が関わって、そこに並んでいる。その空間に関わって、私たちは命をつないでいる。それが分かれば、疎かにはできない。

「いただきます、ごちそうさまを忘れちゃいけない」、「しっかり左手を添えて」、「箸を舐めないで」


「ナマコやタコなど、見た目のよくないものを初めて食べた人は偉かったとよく言われますが、だからといって人間がありとあらゆるものを口にしてチャレンジし、失敗を繰り返すことによって食文化を作り上げたとは考えにくいのです。他の生き物がそうであるように、人間も、体内で吸収できる栄養素となるものを、食べる前から知っていたように思うのです。少なくとも、現代の私たちが想像もできないほどの能力があったことは間違いありません。アク抜きなどの複雑な工程を含む調理も、誰からも教わることなく行なっていた。生き残るために、人間は察知する能力を持ってきたことでしょう。そして、ゆっくりと長い時間をかけて食べられるものを増やしてきた。微生物が環境に適応するための合理性が、結果として美しい文様を作るように、小さな秩序が積み重ねられて、民族の見事な食文化ができたのです」

食文化がそうであるように、あらゆる文化は小さな秩序の積み重ね。迷妄を前提にしたものもあるが、科学的な知識の向上はそれを放逐し、逆にこれまで説明のつかなかった“形”に科学的な根拠ををもたらす場合が多い。

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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『お寺の掲示板 諸法無我』 江田智昭

スクリーンショット 2023-08-01 151429《このくらいと思った小さな悪から、人生の転落が始まる》


それで親父に恥をかかせた。母を泣かせた。自分が情けなくて、消えてしまいたかった。

でも、落ちた先で踏ん張らなければ、何にも始まらない。
以前、『お寺の掲示板』という本に取り上げられている言葉に感銘を受け、どのような場面で発せられた言葉かを確認したところ、“法句経”という経典から多くの言葉が取り上げられていた。

その“法句経”、原題は『ダンマパダ』。ダンマはダルマで、法、真理、教理、規範などの意味を持つ。パダには言葉という意味があって、合わせて「真理の言葉」が法句経の本質のようだ。上座部仏教圏の教えが北上して、漢訳されて法句経と呼ばれるようになったらしい。仏教本来の、ブッダの教えに近い言葉なのだろう。

《鉄から起こった錆が、それから起こったのに鉄自身を損なうように、悪をなしたならば、自分の業が犯した人を悪いところに導く》

“因果応報”、やったことの責任は必ず我が身に降りかかる。それはそれで仕方がないんだけど、次のような言い方をしてもらえると、本当に救われる。

《たとえ悪をなしたりとも ふたたびこれをなすことなかれ 悪のなかにたのしみをもつなかれ 悪つもりなば 堪えがたきくるしみとならん》

「もう悪いことはするんじゃねえで」と、何度か言われた母の言葉を思い出す。



新潮社  ¥ 1,100

お坊さんが考えに考え抜いた言葉が、パワーアップして帰ってきた

第一部 今!
第二部 無常!
第三部 あの人の、あの言葉


《人間だから、生きていれば過ちもする。過ちに気づき、それにまさる善行を積めば、却って世の中のためになる》

これは法句経の、上記の言葉に近いだろうか。
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ここは、埼玉県嵐山町にある金泉寺。あじさい寺として有名で、あじさいで彩られた境内には、これらの写真のように、味わい深い言葉が掲示されている。花の時期に訪れたい。
スクリーンショット 2023-08-01 155555《耕しもせず、蒔きもしないで他人の収穫をうらやむな。思った通りにはならないが、やった通りにはなる》

確かにその通り。今の私は過去の私が作り上げたもの。明日の私は今の私が作るもの。

これに近い言葉が、法句経にあった。

《おのれあしきを作さば おのれけがる おのれあしきを作さざれば おのれ清し けがれと清浄とは すなわちおのれにあり いかなるひとも 他人を清むる能わず》

どうも、この本を読んでから、“お寺の掲示板”が気になって仕方がない。


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『日本人の武器としての世界史講座』 茂木誠

以前として、『真・慶安太平記』の保科正之にこだわる。彼が傾倒した朱子学について、『日本人の武器としての世界史講座』に書かれたものを参考にして考えてみたい。

その朱子学であるが、《欲を捨て、自己の内なる理を高めていくべしとする学問》であるという。それだけ聞いても、まず、わけが分からない。分からないはずで、「宋王朝が夷狄に滅ぼされていく様子を見ながら、漢民族の聖人こそが、本来、世界を支配すべきである」ことを、新たな概念を打ち立てて、時には理屈をねじ曲げて論じ立てた学問だった。ただ、上に立った者には、一見都合がいい学問だったので、幕府の官学となっていた。

「内なる理を高める」とは、いったい何のことか。朱子学ではこの宇宙を作っているのは「理と気」であると考えた。「気」は物質で、「理」というのは、そこに働く運動法則というべきもの。天地万物はすべて、この「理と気」からなっていると考える。

一方人間は、「性と情」からなっている。「性」は理性で、「情」は感情。暑いとか、寒いとか、食欲、性欲といった肉体から発する感情の動きが情である。肉体は物質であるから、物質が発する感情である情を、宇宙の法則である理が発する理性でコントロールして人となる。森羅万象について、理と気の割合によって上下関係、序列を作る。これが朱子学の大義名分論となる。

理と気の割合によって上下関係、序列は絶対なのだ。

朱子学を批判した山鹿素行を、保科正之は老中らの前で糾弾し、江戸から追放したという。山鹿素行は、春日局に続いて家光に仕えた祖心尼はの縁者であった。保科正之は家光を挟んで祖心尼ともつながりがあったはずだが、意に介せず山鹿素行を糾弾したようだ。

義理と人情を秤にかけて、「義理が重たい男の世界」と言いながら、結局は人情に昇華させていくところに日本人的な感性の特徴がある。これはまったく、朱子学とは相容れないものである。

朱子学を官学とする祖父の定めを盲信して、山鹿素行を糾弾した保科正之こそ、まさに“情け”ない姿といえるだろう。


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祥伝社黄金文庫  ¥ 836

ネット上の情報は玉石混淆。正しい世界史の知識を武器にしよう
第1章 日中・日韓関係史を理解する
第2章 一神教を理解する
第3章 ヨーロッパ文明の源を理解する
第4章 近代ヨーロッパを理解する
第5章 アメリカ合衆国を理解する
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それでは、理と気の割合によって上下関係、序列が、どう漢民族の世界支配を保証することにつながるのだろうか。その理屈は次のようなものである。

ただの物質である木石には理性がないので、宇宙で一番下等な存在となる。その次が禽獣、鳥や動物である。その上が人間であるが、人間にも序列がある。上から、完全に理性によってコントロールできる聖人。聖人を目指して頑張っている知識人である君子。読み書きもできず、日々の生活に追われている小人。そもそも漢文の読めない異民族。

聖人、君子は中華のリーダーで、世界を支配すべき存在である。小人も聖人や君子のもとで、中華の文明の恩恵を受けている。しかし、夷狄は決して中華の恩恵を受けることのできない存在で、禽獣に近いケダモノである。

これはびっくり。通常、こんな勝手な理屈はありえない。端から見れば、到底、受け入れられるものではないが、一神教徒が神の存在を疑わないように、一方的に受け入れるべき前提としか言いようがない。つまり、宗教なのだ。

“私が一番偉い教”とか、“お前は偉くない教”と名づければいい。中国共産党の報道官が諸外国に対して偉そうな態度を取るのは、“私が一番偉い教”の信者だからなのだ。韓国が日本に対して「謝れ」というのは、“お前は偉くない教”の信者だからなのだ。

漢民族を頂点とする序列を構築するところに出発点があって、最も下等なものを木石であるという。ところが日本には、「草木国土悉皆成仏」という思想があり、草木や土石を含め、誰でも仏になることができるという頭がどこかにある。だから、朱子学が官学になっても、すべてをまともには受け入れていない。

明王朝時代、朝鮮はこれを完璧に受け入れていた。ところが、満州民族の清によって明王朝が滅ぼされたとき、朝鮮は、“中国”から中華は消えたと考えた。しかし、中華は朝鮮に受け継がれた。自分たちこそ、中華の後継者だという自負を持った。

幕末、欧米列強の圧力が東アジアに及んだとき、朱子学に毒された度合いによって、対応が大きく異なった。明治維新により比較的近代化に成功した日本でも、幕末の動乱から戊辰戦争などの混乱があった。当時の日本には、まだまだたくさんの保科正之が存在したということだ。


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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『真・慶安太平記』 真保裕一

昨日紹介した、『真・慶安太平記』の後日譚。

昨日の記事の最後に、《“後記”に意外な面白さあり》と書いた。「面白さ」と書いたが、それは「恐ろしさ」でもある。“後記”には、次のようにある。

正之はその後、朱子学に傾倒する。欲を捨て、自己の内なる理を高めていくべしとする学問で、儒官となった林羅山によって、幕府の官学とされた。

ところが、朱子学に疑問を覚えた末、役に立たない空論と、痛烈に批判を試みた者がいた。林羅山のもとで朱子学を学び、軍学者として赤穂藩に仕えた経歴を持つ山鹿素行である。

官学とされた朱子学への批判を耳にした正之は怒り、老中らの前で素行を糾弾したという。ついに素行は、幕府によって江戸を追われることになる。かつて仕えた赤穂藩へ預けられる処分が下されたのである。

素行の父親は、会津蒲生家の重臣だった町野幸和に仕えていた。家光の時代に春日局に続いて大奥を仕切り、後に出家した祖心尼の夫である。蒲生家が改易となり春日局を頼って江戸へ出てきた祖心尼は、当時六才だった素行を江戸で預かっていた。素行が林羅山のもとで学ぶことができたのは、春日局を通じて祖心尼が手を貸したからである。

その素行が、よりによって会津藩主保科正之によって糾弾されたあげく江戸から放逐されたのであるから、祖心尼はさぞ心を痛めたことだろう。

どうやら保科正之は、朱子学の毒に犯されてしまったようなのだ。

『真・慶安太平記』    真保裕一

講談社  ¥ 時価

各紙誌絶賛、即重版! 「本の雑誌」2021時代小説ベスト10選出!
序章
第一章 将軍と弟 大御所の病 保科家相続 暗闘の果て
幕間
第二章 我が世の春 天地の違い 徳川の末
幕間の二
第三章 将軍の死 疑わしき男 変の真実
終章
後記


保科正之は会津藩初代藩主になるわけだが、会津藩の憲法ともいえる家訓15か条を残している。朱子学者山崎闇斎とともに作ったものと言われているそうだ。山崎闇斎は大義名分に重きを置いた、こてこての朱子学者。家訓15か条は、幕末の会津藩を、強く縛った。

  • 大君の儀、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。
  • 武備は怠るべからず。士を選ぶを本とすべし。 上下の分、乱るべからず。
  • 兄を敬い、弟を愛すべし。
  • 婦人女子の言、一切聞くべからず。
  • 主を重んじ、法を畏るべし。

中でも最初の五か条がこれだから、つけいる隙がない。「列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず」だからね。

可哀想なのは第9代藩主の松平容保。「他藩の動きなんかに惑わされて二心を抱くなら、そんな藩主に従うな」って言うんだから、容保は身動きもできない。それを松平春嶽や一橋慶喜にうまいこと利用されて、京都守護職を押しつけられて火中の栗を拾うことになる。

保科正之は山鹿素行を、老中らの前で糾弾したと言う。しかし、山鹿素行は朱子学の毒を見抜いており、保科はその毒に犯されていた。だから会津藩は幕末の動乱に対応できなかった。会津藩を縛り付け亡国せしめたのは、藩祖保科正之自身であった。


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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『諭吉に訊け!』 奥野宣之

『諭吉に訊け!』という題名だけど、中身は『学問のすゝめ』でできあがっていた。

目次にあるように、「働き方」、「心と体」、「人間関係」、「生き方」について触れた福沢諭吉の考え方を、『学問のすゝめ』の中から拾い出し、それをわかりやすく解説を加えてできあがったのがこの本。

『学問のすゝめ』は、何度か読んだ。最初は高校の時だな。高校の時に、二度読んでいる。最初に読んだのが、下の目次の隣に紹介した本だと思う。一九五〇年に出された岩波文庫だ。母によれば、叔父が働き始めてから買った本だということだった。写真にはカバーが掛かっているが、家にあった本にはなかった。

私がそれを読むのは、出版されてから二十五年以上経ってから。叔父のあと、おそらく二人の兄も読んでいる。もしかしたら、叔父や兄たちも、複数回読んでいたかも知れない。そのくらいの貫禄が、その本にはあった。

貫禄がありすぎて、読みづらいったらありゃしない。一年くらいしてからもう一度読むときは、図書館の本を借りて読んだ。大学のときは、はじめて自分で買って読んだ。やはり、岩波文庫だったような気がする。その頃は、一緒に買った『文明論之概略』の方に、より興味を引かれた。

高校の教員になって、生徒によく『学問のすゝめ』の話しをした。だけど、若い頃は、福沢諭吉が『学問のすゝめ』を書くに至る過程をしっかり理解していたわけではなかったから、本当に表面的な話しにしかなっていなかっただろうな。なんか恥ずかしい。

それでも、大半の中学生は、冒頭の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉だけ覚えて、『学問のすゝめ』を貫く象徴的な精神だと勘違いして高校に入ってくる。だから、ほんの少し先まで読んで解説してあげると、生徒が新たな発見をしたような顔つきになるのが面白かった。

江戸時代という一つ前の時代を否定して、明治という新しい時代が、まるで機関車のように前に進んでいく。乗り遅れまいと、みんな必死で食らいつく。人々は文明開化の名に踊らされて、これまで自分たちが良い、美しいと思っていたものをかなぐり捨てていく。

オピニオンリーダーであった福沢諭吉が、そんな時代に何を思い、何を考え、そして人々にどう語りかけていたか。


『諭吉に訊け!』    奥野宣之

光文社  ¥ 時価

現代人のモヤモヤした悩みをはらず『学問のすゝめ』
第1章 「働き方」の悩み
第2章 「心と体」の悩み
第3章 「人間関係」の悩み
第4章 「生き方」の悩み


この間の、『「歴史戦」はオンナの闘い』と同じで、出版された時に読もうと思っていたんだけど買い忘れ、古本屋さんに行ったら時価の本になっていて、安い値段で買えた。読んでみればとてもおもしろい本で、安くて「美味しく」、読んでも「美味しい」本でした。一粒で二度美味しい、アーモンドグリコのような本でした。
『学問のすすめ』は今から約140年前に書かれました。そんな大昔の本を、いま読む意味とはなんでしょうか。

筆者は「これからを生きるために役に立つからだ」と答えます。『学問のすすめ』に出てくる迫力のある言葉は、動乱の時代を命がけで生き抜いた人間からしか出てきません。自己啓発書の上滑りしたポジティブな言葉(ただの不安の裏返し)とは、レベルが違うのです。今こそ、諭吉が現代人のために残して老いてくれた「処方箋」に頼るべきです。

《豈衣食住の饒なるをもって自ら足れりとする者ならんや》
こんな言葉があったこと自体、ちっとも覚えていなかったけど、いいですね。著者の奥野さんは、「いまから幾星霜も経て、後の文明の世になった時、その世代が私たちの徳の恵を受け取る。その様子が、いまの私たちが古人を崇めるのと同じくらいでなければならないのです」と解説している。この解説もまた、いいですね。

《無芸無能、僥倖に由って官途に就き、慢に給料を貪って奢侈の資となし、戯れに天下の事を談ずる者は我輩の友に非ず》
請われても新政府に入らなかった福沢諭吉の在野の精神に、著者の奥野さんは着目している。ただ、この時代に無芸無能にもかかわらず、運だけで官吏になったのって、圧倒的に薩長が多かったでしょう。それこそ、上から下まで。そういう輩がでかい顔をして闊歩している様子を見れば、余計に腹立たしいところもあったんじゃないだろうか。

それに、『学問のすゝめ』は明治五年から九年にかけて順次刊行されたというが、井上馨の尾去沢銅山事件や山縣有朋の山城屋事件といった汚職と時期が重なるんだよね。

食っていくだけならアリでもできる。衣食住こと足りれば、それで良いというわけではない。私たちは誰かのために生きているし、未来の子どもたちのためにも生きている。将来に、少しでもいい社会を残したい。福沢諭吉の言葉はいろいろ変わるけど、いろいろな言葉で悟らせるのは、方便というもの。

面白い趣向の本だった。


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『幸福とは何ぞや』 佐藤愛子

この本は、『佐藤愛子の箴言 幸福とは何ぞや』(二〇一三年三月 海竜社刊)から、「すべてよしとはしない」を除き、新たに「痛快問答 どんな状態が幸せか」を増補して、できあがったものだそうだ。

最後に加えられた問答以外は、一〇年も前に書かれたエッセーということか。《増補新版》と表紙にあるから、以前に書かれたものの再刊であることは分かっていた。でも、どの部分が前に書かれたもので、どの部分が新しく書かれたものかは、知らずに読んだ。

読みながらも、これは前のものに違いない、これは最近のものだろうと、勝手に思いながら読んだ。

読み終えた充足感の中で、ぺらぺらと最後の方のページをめくっていたら、冒頭の説明書きを見つけた。なんと、最後につけ加えられた《痛快問答》以外、すべて一〇年以上前に書かれたものであった。

今日的な話題だなと思って、関心を寄せた項目を、以下に挙げてみた。

《幸福考》における「老人の喜び」、《幸福とは》、《いい時も悪い時も》、《それがナンなんだ!》における「自分で考えろ」、《幸福のすがた》における「幸福になる権利」、《賞味期限切れ》、《そのときはそのときに》、《自分一人で生きる覚悟》、《自分が好きでしたこと》、《生きることは苦しいこと》、《苦労は不幸ではない》、《家族の情》、《欲望が生みだすもの》における「子どもは授かり物」、《欲から解放され、楽天的に生きる》における「アランの『幸福論』」。

これらもすべて一〇年以上前に書かれたのか。もうそんな以前から、佐藤さんは世の中の変化を感じ取って、エッセーに残していたんだな。


『幸福とは何ぞや』 佐藤愛子

中央公論新社  ¥ 1,100

自分に課した仕事を果たせたとき、それを幸せな状態というのです
人生最後の修行
いい時も悪い時も
どん底をくぐり抜けると
書くことは生きること
痛快問答 どんな状態が幸せか


自分の人生はつらいことばかりだ、苦しいことばかりだと、思い悩む人が多いという。一生懸命頑張っているのに、改善しない。それはどこかに原因がある。何かが間違っている。やがて自分ではなく、外部に原因があると疑いはじめ、世の中のせいにするようになる。

そういう人が多くなると、それを政治的に利用しようという勢力が現れる。そういった勢力は、あなたのつらさや苦しさは政治に責任があると、あなたの不平不満につけ込む。そして利用する。だから、「人間は誰しも幸福になる権利がある」と考えている人は、満たされるべきなのに満たされていないと感じている人は、おそらく不幸な人生を送ることになるだろう。なにしろこういう人が、一番政治的に利用しやすい。

これはいわゆる、“心の隙間”だな。《笑ウせえるすまん》の喪黒腹蔵に「ドーン!」されちゃうぞ!

すべて成るようにしか成らん。不愉快なことや怒髪天をつくようなことがあってこそ、人生は面白い。死ぬことも怖くないし、貧乏も怖くないし、どん底をくぐり抜けるということはありがたいことだった。生きるとは、老いるとは、死とは、幸福とは……。読めば力が湧く、愛子センセイのメッセージ。

やっかいなことに、「幸せになる権利」を主張する人たちが、決して少なくない世の中にいなってしまった。しかも、それらの人たちは、声が大きい。ごく最近のことだが、「幸せになる権利」を主張して、男性器を持った人が女であることを認めろという。もう、ただただめちゃくちゃだと思うのだが、めちゃくちゃだという発言が差別だと糾弾される。

私たちは本来、幸福なんぞ求めて生きていない。やれ、金がない、老後が心配だと、「それがナンなんだ!」。賞味期限切れがなんだ。そんなもの、自分の鼻と舌で確かめる。一人で生きる覚悟を決めて、自分で責任を取る気でいれば、怖いものなんかあるか!

・・・だけど、時々、弱気になることもある。そんな時、佐藤愛子さんの本を読むと、すごい力になるんだよね。だから、まだ死なないでね。


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こんな本、あんな本
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。

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中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。

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高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。

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今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
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