めんどくせぇことばかり 本 日本 思想

女にもてたい『げんきな日本論』 橋爪大三郎 大沢真幸

「女の子にもてたい」

みんなそう思ってた。それがために、自分には本来関係ないことまで努力して、考えてみれば、何とも涙ぐましいことだ。あんなこともやったし、こんなこともやった。ときには犯罪すれすれのこともあった。そんなきわどさは、今ではみんな犯罪そのものとされてしまうんだから、若い人は可哀そうだ。

この時代なら、私も歌を、女に送ったんだろう。
歌は、時には異性との交流に重要な役割を果たした。文字がなかった時代に口語表現で歌が詠まれた。貴族の時代となり、時に女性は、簡単に顔を見せないことで自分の価値を高めた。そんな時代、まず男女のあいだをつないだのが歌だった。歌を詠んで届けるなら、字に書かなければならない。男性も女性も字を読み書きしなければならないことになった。女性たちに広まったひらがなであったが、瞬く間に男性の間にも広まった。
本書


教科書にも、ぜひそう書いてもらいたい。

娘は年頃になると、両親のいる母屋から離れた離れのような場所に移る。そこに男が通ってくる。一人とは限らない。娘は、そうやって、自分のパートナーを見つける。子供が生まれても、しばらくのあいだは親元に居続ける。ある程度子供が大きくなってから、子供を連れて、娘は夫のもとに移り住む。父親は娘と孫を保護し、結婚したあとは婿の後ろ盾となる。

婿は、有力な後ろ盾が欲しい。舅は、有望な婿が欲しい。まあ、女は父が望む男の子を孕むことになるわけだ。微妙な線ではあるが、世の中は、うまい具合に回っていたんだな。

女が、「あの人がお父さん」って言った人がお父さんなんだ。それは、どうにも変えられない。どうも、本当のお父さんがだれかってことには、あんまりこだわらないのかな。こだわらないってことはないけど、まあ、世の中をうまい具合に回すことの方が、もっともっと大事だもんね。

シナでも、ペルシャでも、その後のトルコでも、世襲の王や皇帝なら、その子供が次の王や皇帝になる。その時、子供が本当に王や皇帝の子であることを証明するために、後宮、ハーレムが作られた。

日本の場合、王宮にハーレムはない。天皇の奥さんは天皇と同じ居宅に住んでいて、そこに行政官が出入りする。奥さんに仕える女性たちもたくさんいて、そこに男女のコミュニケーションが成立する。

王や皇帝の血筋は大事なことだけど、その証明に、さほど関心がない。外の世界ほどには関心がない。

『げんきな日本論』 橋爪大三郎 大沢真幸

講談社新書  ¥ 918

「不思議なキリスト教」でおなじみの二人が語りつくした日本論
第1部  はじまりの日本
第2部  なかほどの日本
第3部  たけなわの日本

言葉が交わらなければ、人が交わることはない。

中世ヨーロッパ社会では、社会の上層階級と庶民階級の間の言語がラテン語と“土着語”に分断されていた。だから平等の実現など不可能だった。

近代以降のヨーロッパ諸国で社会的平等が徐々に実現されていったのは、国語の整備や国語に基づく公教育の普及が大きな要因だった。経済的にもラテン語を操る一部の上層階級だけがより高い所得を得るような時代を脱し、大衆が国語で自ら学び、あらゆる分野で先進的な取り組みをするようになったことで、社会全体が活性化し、技術革新も多く生まれ、次第に社会の構成員全体の所得が向上していった。

一方、現代でも、植民地になった経験を有するアジア、アフリカの新興諸国では、言語の分断が残存している。
 
こうした地域では、上層階級は英語やフランス語など旧宗主国の言語を使い、庶民はもっぱら土着語を使って暮らしている。
 
そのような社会では、高い収入が得られる職業は旧宗主国の言語が使えることが求められる。それが使えなければ、高等教育や専門教育も受けられないため、庶民にとってこうした職業に就くことはハードルの高いものとなる。

・・・「グローバル言語」などと称して、母語以外の言語を偏重するようになってしまえば、人々の平等に生きる権利や学ぶ権利が奪われてしまう。

なによりも、言葉が交わらないところに、男女の交わりわない。・・・例外を除けば・・・。




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『人を奮い立たせるリーダーの力』 平尾誠二

2006年、宿沢広朗さんは56歳の若さで亡くなった。その頃、これからの日本ラグビー界を背負って立つ逸材と言われた。平尾誠二さんは53歳だよ。いくらなんでもさ。若すぎるよね。戦い続けた彼の死は、“戦死”と呼ぶにふさわしい。・・・御託に聞こえるか?

私は、自分よりも年長の松尾雄治に憧れた。衰えを見せ始めた松尾雄治に、引導を渡すかのように現れた年下の怪物に、最初に抱いた感情は嫉妬だった。嫉妬する程度の意地はあったものの、彼の前に進もうとするひたむきさに、いつしか励まされている自分を感じるようになっていた。

《ラグビーとともに生きた平尾氏の目の向こうには、いつも日本ラグビー界の未来があった》
前書きにそうある。私は、ラグビーファンではあるが平尾誠二ファンでもあり、ラグビーを通して彼を知ったわけだが、ラグビーの世界における彼の生き方に感銘を受け、ラグビーとは無関係に、彼のファンになり、今後の彼の生き方に強い関心を持った。

「次、平尾誠二はなにをやるんだ」・・・彼がラグビーの将来のために生きることは、受け取る私たちにすれば、一つラグビーの問題だけじゃない。日本の青少年、いや、馬鹿野郎。・・・おやじたちのために生きていてくれているということなのだ。

もし、53歳が彼の人生の半分であったなら、きっと日本は変わっていたよ。・・・それとも、その分を、彼は53年間に凝縮して生きたということなのか。


マガジンハウス  ¥ 1,296

リーダーの強い意志が伝われば、それが間違った判断でも、成功する可能性は高い
第1章  強い組織をつくる
第2章  強いリーダーをつくる
第3章  強い個を育てる
第4章  強い日本人になる


「全部、出し切らないと、その先の成長なんかない」・・・平尾さんの師、京都市立伏見高等学校ラグビー部監督、山口良治さんの言葉だそうだ。あの「スクール・ウォーズ」見てたのは、いつ頃のことだったろう。

本書に、山口良治さんの、平尾誠二さんの死に対する思いが、“特別寄稿”として載せられている。山口先生は、すでに中学ラグビーでその名を知られていた平尾さんをスカウトに行ったのだそうだ。でも、公立だからね。運動ができるだけで、“合格ね”なんて、市立みたいなことはできないので、しかも、伏見工業は、テレビでやってた通りの不良高校だから、あきらめていたんだそうだ。

ところが、平尾さんは、山口良治という“人”に魅せられて、伏見工業を受験した。彼は、中学3年で、人が生きていくうえで何が一番大事なのか、直感的に知っていたのだろう。

そのうえで、彼は言葉だけでなく、行動で示すタイプのリーダーだったそうです。その姿勢を、彼は高校だけでなく、大学でも、社会人でも、代表でも貫いたそうです。

でも、なによりも大きいのは、その“意思”だろうと思う。私には、リーダーとして、周囲を引っ張ろう。そして共に、より高い次元を目指そうという“意思”がない。なぜかと言えば、“めんどぃせえ”からだ。・・・「その前に、お前には、その力量がないだろう」・・・いま、右肩後方から、不愉快な声が聞こえた。

平尾さんの師である山口良治さんが、平尾というラガーマンについて、こう言っています。

「平尾は唯一無二の選手だった」・・・と。

当然、ご家族にとっても、仲間たちにとっても、・・・ファンにとっても、彼は“唯一無二”だった。
合掌




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『日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし』  千葉望

三ヶ月予報が出されましたが、また、暑い夏になりそうですね。これが、二酸化炭素の出し過ぎだとでも?原因を履き違えていれば、どんな対策を立てても、無駄。事態はもっと悪くなる。アル・ゴアが、またふざけた映画を作った。自分は、冷暖房で、ガンガン二酸化炭素を排出しているこのおじさんは、自分の利益のために、いくらでも嘘をつく。その嘘をありがたがる奴らの、なんと多いことか。

人を攻めておいて何なんですが、過去記事です。
♫ 夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が繁る ♫
いいですよね、季節の移ろいとともに生きる日本人は・・・。本当に恥ずかしい話だけど、今年の十一月は家と職場の往復だけで、ほとんど季節の変化を感じるゆとりもなかった。かつての日本人の生活の中なら季節の移ろいを感じられないなんて、ただのうつけ扱いだろうにね。

旧暦から新暦への改暦は明治五年。この年の十二月三日を明治六年一月一日として、そこから日本は西暦を正式な暦として採用した。ずいぶん混乱があったはずだけど、そんの幾つかがこの本の中にも書かれている。

欧米に合わせようと導入した“西暦”は“西洋暦”ですからね。なにしろ紀元はイエスの生誕。紀元前は“B.C.”と表わされるけど、これは“Before Christ”、つまり、「キリスト以前」。紀元後の“A.D.”は“Anno Domini”で、ラテン語で「主の歳」。ってことは、ゴッドのイエスの年を数えてるってわけだ。ちなみに今年は西暦二〇一五年。イエスは二〇一五歳(・・・あとから+四歳ってことになってるらしいけど)。

岡田英弘さんの本を読ませてもらったところでは、《支那はいつの世でも皇帝が中心であり、皇帝が時間を支配した。暦をつくるのは皇帝の特権で、民間で暦を発行したら反逆とみなされた。年号をつくるのも皇帝と特権で、皇帝は空間を支配するだけでなく、時間をも支配したのである》と言うことで、なんか明治政府は大変なことをしてくれちゃったみたいだな。

グローバル化ってのは、本当に言ってるほど必要か。

旭日新書  ¥  778
寒さに肩をすぼめて迎える「新春」 梅雨の最中の「七夕」 「菊の節供」は汗だくで
第一章  暦を知れば、日本がわかる
第二章  大きなずれを生んだ新暦行事
第三章  それでも残った旧暦行事
第四章  浮世絵に見る旧暦行事
第五章  文学や芸能に見る旧暦

願はくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ

君がため春の野にいでて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ

五月雨を集めて早し最上川

天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ

なんかさ。そんな歌と一緒に生きていたいよね。さすがに私の故郷では、桃の節句は四月だったな。七夕は八月だった。だから星が見えたよ。もちろんお盆も八月。十五夜にはまんじゅう蒸かしてね。すすきと一緒に月に供えた。開けっ放しでね。翌朝起きた時には全部なくなってたな。

私は昭和三五年の生まれだけど、私の親たちの世代がなんとか残してくれたものを、私は子どもたちに伝えられなかったな。残念ながら・・・。

なんて言ってる場合じゃないか、少しでも、わずかでも残しておかなくちゃ。あとどれくらいの時間があるかわからないけどね。必要なのは、自然の移ろいをもっと敏感に感じられる生活をすることだな。そしてそれに、先人たちがどのように対処してきたのかを知ること。・・・けっこう難しいけど、ちょっとずつでも、こういう本を読んでいくことだな。

・・・これを書くにあたって、今まで書いた“暦”にかかわる記事を読みなおした。けっこうなんどもこういう本を読んでるんだけど、呼んでる人間が未熟だからな。なかなか先に進まない。
「季節を感じられない」と書いているな。この記事を書いたのは2015年の12月。手術の1年前だ。外に出られてないからね。山を歩いてる今は、私は季節とともにある。ありがたい話だ。この頃の私、いま思えば、憐れでさえあるな。



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『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

産経ニュース 2017/04/18
評論家の渡部昇一氏が死去 第1回正論大賞、「知的生活の方法」など著書多数
http://www.sankei.com/life/news/170418/lif1704180003-n1.html
(抜粋)
本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。
(続きを読む)に全文
渡部さんの死を悼む記事は、各紙から出ていたが、やはり、産経のものを採用。ちなみに、渡部さんが戦い続けた朝日新聞はどうか。これも、(続きを読む)の方に全文を入れておくので、ご覧ください。

若いころの一時、左翼系の運動に引っ張られた。そんな時代がどれくらい続いてたかな。その間も、なんかすんなり納得できないものを抱えていたのは、明治生まれの祖父母や、昭和3年生まれの父母のおかげだったろう。祖父母や、父母に照らし合わせて、左翼系の思想は、やはり完全には受け入れがたかった。

いくら疑いを抱いても、津波のように押し寄せる左翼系の情報に押し流されそうになる私に、しっかり自分の足で立つ自信を与えてくれた、大恩人の一人が渡部昇一さんだった。もちろん、本を通してのことであるが・・・。


『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

徳間書店  ¥ 1,404

「WGIP」の呪縛を解き、道徳を回復し、皇統を尊び、覚悟を決めれば・・・
第一章  日本人は覚悟を決めよ
第二章  日本の時代がやってくる
第三章  皇統はかくあるべし
第四章  「WGIP」の呪縛を解け
第五章  道徳の回復が急がれる

この間、先にPART1を読んで、このブログでも紹介したけど、実は、PART1の出版は見落としていて、本屋でも目に入らなかった。PART2によって、PART1を知った。そして、PART1を先に読み、今、PART2を読み終えた。その間に、渡部昇一さんは、黄泉の国へと旅立たれた。

疫病に二次感染するかのように、昭和35年生まれの私もWGIPによって洗脳された。私は、こちら側に帰ってきたけど、同世代でも、あちら側で生きている人はたくさんいる。学校なんか、やっぱり特にそうだ。最近、《産経・朝日・毎日・読売》の各新聞が、高等学校に無償で届けられるというサービスがあるそうだ。新聞は各教室に届けられ、若い人の新聞離れに、少しでも歯止めをかけようという苦肉の策らしい。

私は、高校の教員と関わることが多く、そんな話も教えてもらったのだが、「産経はいらないな」とか、「朝日だけでいいんじゃない」とかって意見が、教員の間でも多いのだそうだ。

渡部昇一さん、まだ早かったですよ、そっちに行っちゃうのは・・・。

私も、十分いい歳をこいているので、こんな泣き言を言っている場合じゃないのはわかってるんだけどね。私の父母は、ともに昭和3年生まれで、昭和5年生まれの渡部昇一さんとは同世代。すでに、母は22年前、父も11年前に亡くなった。しっかり、両足で踏ん張んないとね。

この本の“あとがき”は日下公人さん。「・・・とかなんとか、渡部先生からの連想はつきない。また対談をお願いします。 平成二九年一月」と〆ているのが、悲しい。

合掌




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覚悟(覚書)『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

トランプはひどいな。選挙期間中に、ヒラリーに対して、そんなひどいことを言ってたんだ。ご存知でしたか。次のような書き込み。「夫を満足させられないくせに、ヒラリーはなぜアメリカを満足させられると思っているのか?」・・・ひどい。だから、モニカ・ルインスキーちゃんに、あんなことやこんなことをしてもらったんだろうって。

ずいぶんと長い間、“グローバル化”って風が吹いてましたよね。文科省なんか、ようやくここんところ、「あとはどうなったって、俺の知ったこっちゃね~ぞ」ってくらいの感じで、英語教育だ、アクティブ・ラーニングだと、わけの分からないことに手を出して、日本の少年少女や現場を困らせている。

グローバル化によって、国境の壁は低くなり、人々の移動が自由になる。人は、生まれ持ったバックグラウンドは問われずに、ただ能力だけで評価を受ける。唯一無二のルールが定められ、誰もがそのルールにのみ縛られる。

たしかに、グローバル化ってそういうものだからね。まさしく2000年にわたって、ユダヤ人が夢見たことが、現実の世界に実現されようとしている。グローバル化の正体は、ユダヤ系金融資本の望む、“一つの世界”化だ。

たしかに、ヒラリー・クリントンは、あっち側に立ってグローバル化の旗を振った。そのヒラリー・クリントンに対して、「そんなことよりも、自分の亭主を満足させてやることを考えたらどうだ」って、トランプは言ったわけだ。


『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

徳間書店  ¥ 1,404

「WGIP」の呪縛を解き、道徳を回復し、皇統を尊び、覚悟を決めれば・・・
第一章  日本人は覚悟を決めよ
第二章  日本の時代がやってくる
第三章  皇統はかくあるべし
第四章  「WGIP」の呪縛を解け
第五章  道徳の回復が急がれる


ドナルド・トランプがあっちこっちで角を立て、物議をかもしている。物議をかもしているが、トランプの言うことは、わかりやすくないか?単純明快じゃないか?

北朝鮮問題にしてもそうだ。核武装して、大陸間弾道弾も手にしようとしている。アメリカの脅威になるからには、その前に止める。6カ国協議では、チャイナの顔を立ててきたけど、チャイナは本気で何とかする気はないらしい。チャイナが本気で止めるつもりがないなら、アメリカがやる。アメリカ国民が危険にさらされそうになってるなら、やらざるを得ない。日本や韓国は、とばっちりがあるかもしれないよ。

アメリカで認められているジャーナリストの一人であるチャールズ・クラウトハマーは、「日本に核武装させるべきだ」という考えを持論にしているという。私もそう思う。誰が何と言おうと、すでに、北は核保有国だ。日本はその脅威にさらされ、何の手も打てずにいる格好だ。

それでなくても、日本を取り囲むようにチャイナ、ロシア、海を挟んでアメリカ、これに北を加えれば、これだけ、核兵器に囲まれた国も他にない。この状況で日本は核保有してはならないというのは、いったいどんな罰ゲームだろうか。

明治維新後の日本の悲願は、欧米列強に匹敵する力を持つことだった。今の日本でいえば、力とは、核武装だ。

ドナルド・トランプドナルド・トランプが、アメリカ大統領としてどれだけやれるかは、わからない。でも、ドナルド・トランプ大統領の登場が、日本の閉塞感漂う政治状況に一石を投じたのは確かだ。あとは、日本人に覚悟があるかどうかの問題だ。




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『もう時効だから、すべて話そうか』 一橋文哉

この本を見たとき、最初、てっきり『一橋文哉』という題名の本かと思った。著者は、通常を超えて、自己顕示欲が強いのか。・・・ムムッ、犯罪の匂いがする。

まあ、こんだけ犯罪取材の世界にどっぷりつかってりゃ、その程度の“香”は漂わすだろうし、精神的にも、こちら側の世界に軸を残すために、それなりの努力をされているに違いない。

私は、つらいことからは目をそらす。悲しいニュースは極力見ない。千葉県の小学生殺人事件を避けるために、どれだけチャンネルを回したことだろう。

だけど、この本でこれだけ読まされると、否応もなく理解せざるを得なくなる。かりにチャンネルを回してその事件から目をそらすことができたとしても、いつか現実の世界で今の日本社会の現実を突きつけられる。もうすでに、孫たちが社会の主役。孫たちの時代だからな。・・・保育園児だけど。

“血”と“地”のつながりを、ただの悪しき因習として退けてきたのが戦後の姿だった。そのなかに、新しい生き方を提示されて、多くの人がそれに飛びついていった。私もその一人だった。音頭を取ったのは、戦後民主主義を引っ張った人たち。提案された“家族からも自由に、地域にも縛られない、新し生き方”。わおぅ❢

あるいは人に秀でたなにがしかの才能を持っていたりすると、場合によっては、血だの、地だのが邪魔になることもある。“邪魔じゃないか、煩わしいじゃないか・・・ねえ”って言われて、思わずうなずいて若い頃を行きてきたけど、この歳になると、やたらと邪魔にしてきた、煩わしく思ってきたものが懐かしい。

そう、かつて、“血”や“地”は、世間の大半の人間を保護し、おそらくは必然的に生まれてくる“鬼”を封じ込める役割も担わされていたんだろうと思うんだけどな。



小学館  ¥ 1,728

グリコ森永事件 3億円事件 宮崎勤連続幼女誘拐殺人 酒鬼薔薇聖斗 八王子スーパー射殺
第1章  身勝手過ぎる凶悪犯罪に喝!
第2章  女心ほど不可解なものはない
第3章  未解決に陥るには理由がある
第4章  絶対正義をうたう司法の裏切り
第5章  グリコ森永事件こそ私の原点だ
第6章  スクープのコツはここにあり
第7章  アスリートと芸能人を支配する闇
第8章  少子高齢化社会は病んでいる

1998年か。もう、ずいぶんと昔の事件なんだな。和歌山県の毒入りカレー事件。結局、決定的な証拠があるわけじゃない。《疑わしきは罰せず》ってところから考えれば、有罪、死刑は難しいんじゃないかくらいに思ってた。でも、警察の“捜査”ってのはすごいもんですね。この事件、林眞須美が犯人であることを立証したんじゃなくて、林眞須美が犯人でないことはありえないことを立証したんだそうです。つまり、複雑なジグソーパズルの周囲をすべて埋め尽くして、最後に林眞須美というピースを残して完成させた。

ものすごいね。

さて、死刑っていうのは平日の午前中、9時ごろに執行されるんだそうだ。その告知は、朝食後の8時ごろ、つまり、執行のおよそ1時間前に行われるという。いつもと違う刑務官が房の扉を開け、外に出るように命じた瞬間、死刑囚たちは運命を悟ることになるんだという。
刑場はカーテンで半分に仕切られ、手前に阿弥陀如来像と十字架が安置された祭壇があり、奥には天井から太さ3センチのロープが吊り下がる。奥の中央に、ボタン操作で下に開く約1メートル四方の踏み板がある。

目隠しと手足を縛られた死刑囚がその前に立ち、首にロープをかけられる。数秒後、別室で3~5人の刑務官が一斉にボタンを押すと、その中の一つと連動した踏み板が開き、死刑囚が大きな音を立てて落下する。

踏み板から下の床まで4メートルある。十数分後、医師が脚立を上がって死刑囚の左手首の脈と心音を確認し、心停止を宣告して刑の執行が終了する。
本書p123

2001年に大阪教育大付属池田小に乱入して児童8人を殺害した宅間守は、「死ぬことは快楽だ」とかほざいて、多くの犯罪嗜好者が憧れるカリスマだったんだそうだ。その宅間も、いざ刑場に向かうときには、腰が抜けて一人で歩けず、大勢の刑務官に腕を抱えられて、引きずられていったんだそうだ。

連続幼女誘拐殺人の宮崎勤は、最後まで死刑の執行を免れようとしていたんだそうだ。幻聴に苦しめれらていると向精神薬を服用していて、弁護士はそれを理由に精神鑑定を依頼し、状況によっては再審請求する予定だったそうだ。精神障害を装っていたのに、ついつい焦って、死刑廃止派の弁護士に悲壮感漂う手紙を送ってしまったんだそうだ。それを知った法務省は、逆に彼が正常で、死刑の意味を理解し刑を受ける資格を有すると判断したんだそうだ。

彼の刑の執行は、けっこう執行順位を飛び越えて行われたんだそうだ。

彼の房の前に刑務官が立ったとき、彼は「あっ」っという声を漏らしたそうだ。

どんなにそこに近づいても、その向こうに行く人と、とどまる人の差は、きわめて大きい。もともと、そういう人って、いるんだと思う。だけど、それでも大半は、こっちにとどまっているはず。

世の中には、その人たちの背中を押してしまっているできごとが、おそらく毎日毎日起こっているんだろう。

“穢れ”思想は、同時に、さまざまな歴史的不合理を生み出してきた。しかし、小さな“穢れ”を遠ざけることで、大きな災いを免れる知恵ってのが、こういう出来事をも対象にしていたのかもしれない。

最近の、国内のニュースを見ていると、ついついそんなことを考えてしまう。




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酒鬼薔薇聖斗(覚書)『もう時効だから、すべて話そうか』 一橋文哉

日テレNEWS24 2017/04/13
首引きちぎられたハト死骸 埼玉・東松山市
http://www.news24.jp/articles/2017/04/13/07358896.html
(全文)
12日、埼玉県東松山市の住宅街で首を引きちぎられたハトの死骸が見つかった。

警察によると、12日昼前、東松山市松風台で、「家の前に首のない死んだハトが置かれている」と近所の住民から交番に届け出があった。ハトの死骸は1羽で、首は刃物を使わず引きちぎられていたという。現場に血痕はなかった。

また先月末、この現場から600メートルほど離れた住宅の鳥小屋で、インコやウズラなど23羽の鳥とウサギ1羽が首の骨を折られるなどして死んでいた。警察は器物損壊事件として2つの関連性を調べている。
どうも、うちの近所には、酒鬼薔薇聖斗が住んでいるのかもしれない。

当初は、四国に住んでいるという話があったが、なんか写真を撮られていて、それが東京の足立区だと特定されたとか。知らないうちに、自分の後ろに立っているとか。・・・ぞっとする。

上記のニュースのようなことをする奴、世間に二人といないと思ってた。思った通り二人といなくて、A君本人か。それともA君に憧れるB君、C君は、いくらでも出てくるのか。

それは私だって、生き物を殺しましたよ。ずいぶんひどいことをした。だいたいが昆虫類と両生類と爬虫類。人類はもちろん、哺乳類の括りでも、猫一匹だけ。それも、今でも心の中で手を合わせている。・・・悪かったね~って。

小学館  ¥ 1,728

グリコ森永事件 3億円事件 宮崎勤連続幼女誘拐殺人 酒鬼薔薇聖斗 八王子スーパー射殺
第1章  身勝手過ぎる凶悪犯罪に喝!
第2章  女心ほど不可解なものはない
第3章  未解決に陥るには理由がある
第4章  絶対正義をうたう司法の裏切り
第5章  グリコ森永事件こそ私の原点だ
第6章  スクープのコツはここにあり
第7章  アスリートと芸能人を支配する闇
第8章  少子高齢化社会は病んでいる


Aが何をやったか、あらためてこの本で読んで、本当にゾッとする。そんな世界にしか生きていられない人間がいるんだな。どうやらわずかながら、ほんの数パーセントの確率で、間違いなく存在するって。

『言ってはいけない 残酷すぎる真実』って本の中でも触れられていたが、安静時心拍数の低い人が反社会的行為に走る確率が高いという話があった。A君も安静時心拍数、低いんだろうな。

通常、人にはそれぞれ最適な覚醒度があって、心拍数が低いとなかなかそこに到達できず、必然的により強い刺激を求めて反社会的行為に走りやすいというような話だった。その求める刺激の傾向が、A君の場合、小動物や年少者をいたぶることに偏っていたということだろうか。

Aは首を絞めながら性的に興奮し、相手がエビぞり状態になると自分も勃起して《満足感でいっぱいになった》という。翌日、再つがい現場で首を糸鋸で切断。頭部は自宅浴室でゴシゴシ洗い、自室において何度も観察した。《J君はあおむけで目は開いていた。抵抗はありませんでした。僕が殺した死体であり、いわば僕の作品だったからです》。《人間首を切っていると思うと、エキサイティングな気分になり、首の皮一枚になったとき、左手で髪の毛を掴んで引っ張り、首の皮を伸ばし一気に切りました》。Aは「自分の最高傑作」である男児の首を母校の正門に飾る晴れの舞台に感激し、《性的興奮は最高潮に達し、性器に刺激を与えていないのに何回もイッた》のだ。
本書P35

関東医療少年院でも、やるだけのことはやった。既存のプログラムを超えて、法務省の口利きで、精神科医三人とベテラン法務教官らでチームを結成した。A君の母は、A君が期待に応えなければ体罰を課したそうだ。精神鑑定で母との信頼関係の欠如を指摘されたA君に、チームは男性主治医を父親役、女性副主治医を母親役として“疑似家族”を作り、育児段階からやり直す特別治療更生教育プログラムを実施した。法務省幹部は、これを“国家プロジェクト”と呼んだそうだ。

“国家プロジェクト”を経たのだから、もはや、A君には退院しかありえないことになったんですね。これ以上、もう何もやれることはない。それはメンツをかけた“国家プロジェクト”として実行されたわけだから、これ以上のことをやってはいけない。そういう意味で、“退院しかない”ということなんですね。

その後も、日本のどこかで、気持ち悪い猟奇事件が起こるたびに、医療少年院関係者、法務省の担当者たちは、A君の所在を確認して、ドキドキしているんだそうだ。・・・つまり、本当は世間に出せるような状態じゃないってことを、彼らが一番知っているわけだな。
私のところの近所で、鳩、インコ、うずら、ウサギが殺されている事件、それが酒鬼薔薇聖斗であろうがなかろうが、しばらくの間、うしろから心拍数の低いのが近づく気配に、敏感でいることにしよう。・・・全国の真っ当な毎日を過ごす心拍数の低い人、ごめんなさい。




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『お盆のはなし』 蒲池勢至

私の家は本家で、父が7人兄弟だったので、お盆といえば、親戚がたくさん集まって、とても賑やかだった。うちの方のお盆は8月で、3人のおばは、いずれも長男に嫁いでいて、自分のところも本家だったけど、いとこたちは遊びに来た。一緒に叔父に連れられて、川に魚捕りに行ったり、川遊び、山遊び、スイカ食って、夜は花火で、本当に楽しかった。

あの頃、お盆が近づくたびに、どうにも納得出来ないことがあった。その年の夏になってから捕まえた各種、数々の虫たちを逃してやらなきゃならない。ご先祖様が帰ってくるから、あの世に行った人たちの供養のために、殺生は禁止。虫取りもダメだし、捕まえてあった虫もみんな逃してやるってのが、親からの無理難題だった。・・・どうして魚釣りはいいん?池の金魚はいいん?卵は食っていん?

自慢の強くて赤っぽいカブトも、貫禄のあるハエトリカン(ミヤマクワガタのことをそう呼んだ)も、水槽に放り込みっぱなしのタガメもゲンゴロウもミズカマキリも、みんなダメなん? 隣の地区の子は、そんなこと言われてねーで。

そんな餓鬼の頃の怨念はともかく、お盆の話。お盆は仏教の行事で、根拠になるのは“盂蘭盆教”というお経だそうで、シナでは西晋の時代に翻訳されたとか。盂蘭盆はサンスクリット語では“ウランバーナ”。一説にはイラン語の“ウルヴァン”に由来し、その意味は「死者の霊魂」とか。それはそれでピッタリ来ますね。

ところが、シナ翻訳の盂蘭盆教をとおすと、死んで地獄・餓鬼・畜生道に落ちた親族を救うために、生きた人間が供養をするなんてことになる。供養をすれば、あの世で親族が救われるなんて、なんてシナらしい、生々しいお経なんでしょう。

自分は三男で、お寺づきあいをする必要はなかったんだけど、お盆には惣領が“施餓鬼”に行くね。この、お寺で行われる施餓鬼と、あの世から帰ってくるご先祖様をお迎えしてお祭りするという二本立てで、お盆という行事が構成されているように思う。

施餓鬼が表で、ご先祖様が裏。施餓鬼が外で、ご先祖様が内。施餓鬼が公で、ご先祖様が私。施餓鬼が新で、ご先祖様が旧。・・・そんな感じ。じゃあ、施餓鬼が仏教で、ご先祖様は・・・日本?


法蔵館  ¥ 1,296

宗教を語る本ではありません 実は、今の日本にはなくなった家族を語る本です
「盆」は仏教行事か
盆行事の歴史と成立
盆行事の諸相
真宗と盆
お盆の行方ー死者と聖者の交流


人間が生きていくのって、とても大変なことだったから、みんないろいろな工夫をしてやってきた。お盆はご先祖様と生きている人の交流で、それを通して日本人は家を守ってきた。家を守ることが自分を守ることであった。親族が連帯し、家を守り、家族を守るってことは、本当に大変なことだった。

昭和初期生まれの父や母の人生を思うと、たいへんさが身に染みる。だけど、若いころは、それを呪った。最も避けたい生き方だったし、頭から否定してかかった。

長男が家を継いだので、18で家を出た私は、たまに親に顔を見せるの程度で、親が死んだあとは、冠婚葬祭の付き合いくらいのもの。いつしか自分が家庭をもって、おそらく私の子供は、私が若いころに感じたような家庭観はもってない。

私は反発したし、否定もしていたけど、今になると、なぜか、あの家が懐かしい。むやみやたらと、懐かしい。

私と同じような家庭観を持たないであろう私の子供たちは、おそらく私と同じような“懐かしさ”も、持たないのではないだろうか。

子どもにとって、もう少し、居心地の悪い家庭を作らなきゃいけなかったかなと、反省している。

お盆は、毎年、秩父の実家に帰って、二人の兄と酒を飲む。父や母は、いつもそれを見ているんだろうと、確信している。




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『不屈の日本人』 関厚夫

著者は、産経新聞の編集委員で、私と同じ世代だな。高度経済成長真っただ中に生まれ、過去の日本の挫折と、その後の日本の挫折に挟み撃ちにされて、もがき苦しんだ世代。どうやら、もがき苦しんだ時代を抜けて、本当の自分を探すべく、長い旅に出たようだ。

自分探しの旅は、本当の日本人にせまるたび。そこで彼が出会うのは・・・?

岡本太郎、棟方志功、藤沢周平、清川八郎、成田亨、園井恵子、阿弖流為、坂上田村麻呂、斉藤実、後藤新平、大谷翔平、吉田松陰、柴五郎、円谷幸吉、円谷英二、田中路子、メキシコ五輪銅メダルイレブン、幸田文、安藤昌益、宮沢賢治、新渡戸稲造、石川啄木。

最初は戸惑った。著者は、いったい何を言おうとしているのか。意図を図りかねた。東北がどうした、縄文がどうしたと、そのこだわりに辟易としかけた。

《不屈》であるためには、誰もが屈するような経験に耐え抜かなければならない。かすり傷の一つや二つじゃ、人は決して屈しない。でも、住むところを失い、蓄えた富を失い、愛する者を失ったとしたらどうだ。東北の人々は、多くの人が、そんな体験をした。ほんの6年前に。だから東北なんだろうね。「ほら、君たちの先人は、不屈の人であった」と。

『不屈の日本人』    関厚夫

イースト・プレス  ¥ 1,620

震災後、東北特派員を志願した産経新聞編集委員、渾身の健筆 
第一章  独立自尊のロマン
第二章  悲運を越えて
第三章  忘れじの日本人
第四章  日本の原風景
第五章  寄り添う心
屈してはいられなかった。たとえ、どんなにつらいことがあっても。
この本も、そんな日本人をとらえたものだった。天明三年の浅間山大噴火時の実話を背景に書かれたもので、あんまり切なくて、涙をおさえることができなかった。ぜひ、読んでみてね。
不屈の人になるべく、何かがなされたわけじゃない。ただ、不屈でなければ、生きていくことができなかっただけ。壊れたら、また作ればいい。死んだ者も、また生まれてくる。残された者は、生きなければならない。ただ、それだけのこと。

それを受け入れたものだけが、この島で生きてきた。

ちなみに、天明3年は、西暦でいえば1783年。同じ年にアイルランドのラキ火山も噴火して、世界は寒冷化する。ベルサイユ行進で、パリの女将さんたちが求めたのは、家族に食わせるためのパンだった。天明の大噴火は、フランス革命にも関係している。

弥生人は、縄文人を排斥してこの島を奪ったのではない。インディアンに対する白人だったわけではない。縄文人は弥生人を受け入れて、新たな技法を学んだ。混血が進むことは、弥生の血が濃くなっていくことを意味したが、この島で一万年受け継がれた縄文の記憶は、薄まることなく、心の基礎部分として受け継がれていった。

だから、縄文なんだな。東北であり、そして縄文である。おまけに地理的に、弥生が遅れて入った東国人は、エミシと呼ばれて、より強く縄文を香らせていたわけだ。

日本と言う国の物語は受け継がれてきた。それは、敗戦という経験で書き換えられてしまった。しかし、決して屈することのない人々によって、誤りは正されつつある。震災から6年、私たちは復興途上の人として、この物語に加わっていくことになる。




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『震災後の不思議な話 三陸の〈怪談〉』 宇田川敬介

昨年、手術のために入院する直前に、この本を読んだんだ。実は、なんだかんだ言って、怖かった~。いやいや、病院でね。入院中、夜は眠れなかったんですよ。夜の病院なんて、考えただけでもゾッとするでしょ。半分眠って、半分覚めたような状態で、自分の体がベットに沈んでいくような感覚を、毎日味わいました。「これが、金縛りっていうのかな」って思いました。この本のことは思い出すわ、トイレには行きたいわでね。

次の3・11には、再度、この本を紹介しようと思っていて、昨日は、すっかり忘れてしまいました。1日遅れになりますが、・・・。

あれだけの人たちが亡くなったんだから、そこには無数の霊との関わりが語られるだろうことは、むしろ当然。「いろいろな話があるんだろうな」とは思ってたけど、取り扱い方によっては限りなく不謹慎なこと。たとえば、それを題材にした物語というレベルで考えても、小説にしろ、映画にしろ、まだまだ難しいだろうね。いまだに戦争のことを語れない日本人だからね。

3・11後の被災地で語られた「幽霊」の噂を丹念に取材。亡き人を身近に感じ、ともに生きる “スピリチュアルな復興"の記録! 昔話や民間伝承と重ねつつ「死者の声」に寄り添う試み。
・・・という本です。

亡くなった人たちとのつながりを切ることなんてできないから、つながっていたいから、そんな思いは、人の心を土足で踏み荒らすようなことにならない範囲内で、静かに語られているんでしょうね。

その、“静かな語り”というのが、とても大事なことだと思うんです。この本は、そんな“静かな語り”を集めたものです。
飛鳥新社  ¥ 1,296

「生きてほしい」・・・そんな亡くなった人たちの思いに応えたい
第一幕  迫りくる危機と虫の知らせ
前段  荒ぶる神々と予知能力
第一段  「虫の知らせ」とは
第二段  生死を分けた不思議な出来事
第二幕  「助けて」という願望
前段  海の中の出来事
第一段  「私に気づいて」という訴え
第二段  「この子だけでも」という切なる願い
第三幕  あの日にかえりたい
第一段  帰るべき場所
第二段  止まった時間
第三段  生きている人を引き込む霊
第四幕  見守っています
第一段  死者を祀る
第二段  復興が気になる霊たち  

祖母が霊感の強い人で、人には見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえる人だった。私の生まれた家は、長男の嫁が《ロクサンさま》に通ずる“巫女”みたいな役割をすることになっていて、数字を使って《ロクサンさま》の言葉を推し量り、近所の女たちの悩みに答えていた。母親は、そういうのが嫌だったらしく、自分の長男の嫁には《ロクサンさま》に仕える方法を伝えずに死んだ。とにかくそんな家だったんで、なんか周りにいろいろなものがいるみたいで怖かった。

中でも祖母は怖かった。かつて私もいろいろなものを見たり聞いたりしたけど、高校を卒業して家を出てからは、そんなこともなくなった。きっと、祖母のそばを離れたからだ。

もう、祖父母も、父母も見送った。たまには出てきてくれればいいのにと思うんだけど、さっぱりだ。完全に成仏してる。きっともう、個性を失い、おおきな勾玉の集まりみたいな渦巻きの中で、この世とあの世の秩序を支えているんだろう。


一時は、遺体が流されてたどり着いた山際のあたりから、タクシーで帰ろうとする霊が多くいて、運転手さんは大変だったらしい。私の経験では、霊は昼も現れるから、きっと昼間も普通にタクシー拾ってたでしょうね。ときには、自分の家に帰ろうとする霊が街角を歩いていたに違いない。もしかして、バスや電車で帰った霊もいるかも。

復興ボランティアに紛れて、瓦礫の中から思い出の品を探してた霊もいたって。見つけ出して成仏したでしょうか。仲間で流された人は、霊になっても仲間と一緒に行動してたって。

会いたいのに、ちっとも出来きてくれないから、こっちから会いに行っちゃう人も、きっといたでしょう。ダメだよな~。だから、お母さんは、お父さんの帰りを待ちわびる子に、お父さんはずっと見守っているって、お話をする。子どもは、どこからか自分を見つめる温かい目を感じながら大きくなるんだ。・・・霊とつながることは、生きることにつながるんだな。




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国連やNGO、他国による中途半端な「人道介入」が、戦争を終わらせるのでなく、戦争を長引かせる。

無理に停戦させても、紛争の原因たる火種を凍結するだけだ。

本当の平和は、徹底的に戦ったあとでなければ訪れない。
これから出る本










































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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本










































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