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山本五十六は名将か『太平洋戦争の名将たち』 歴史街道編集部編

空母を集中運用し、その艦上機を主兵力として艦船を攻撃する《航空主兵》。

空母は戦艦の補助的存在で、海戦の帰趨はあくまで戦艦の優劣によって決まるという“常識”があった。その“常識”を覆したのが、《航空主兵》による真珠湾攻撃だった。

南雲忠一司令長官率いる第一航空艦隊は正規空母6隻、艦上機350機をもって、米戦艦群を瞬く間に撃沈して見せた。これは、海戦における、作戦の革命だった。この作戦を主導したのが、山本五十六だった。

山本は、パイロット養成機関である霞ヶ浦航空隊教頭を皮切りに、航空本部技術部長、海軍航空本部長を歴任する中で、航空機のプロになった。それが、《航空主兵》の発想につながった。

山本五十六は、アメリカとの戦争に反対の立場を取っていた。それでも開戦となったとき、山本は連合艦隊司令長官の地位をかけて、真珠湾攻撃を主張した。

「開戦劈頭、敵主力艦隊を猛襲、撃破して、米海軍および米国民をして、救うべからざる程度にその士気を阻喪せしむる」と、主力艦隊を壊滅させて、それをもとに講和を図るしかないという作戦だった。

真珠湾攻撃は成功と言われるが、主力艦隊を壊滅させることは出来なかった。たしかに米太平洋艦隊の動きは封じた。日本はその間に、戦略的に価値の低い南方の島を大量に占領していく。山本に対して好意的に、広域の領土を占領しておいて、それを早期講話の外交カードにしたかったのではないかという捉え方もある。

しかし、真珠湾攻撃で講和を引き出すことは出来てないし、南方の島々の占領は、戦線を拡大して自ら墓穴を掘ってしまっている。

真珠湾攻撃の際、第二航空戦隊を指揮する山口多聞が、アメリカの戦艦群に打撃を与えた後、さらに海軍工廠や燃料タンクなど、陸上施設への攻撃を南雲司令部に意見具申した。しかし、南雲司令部はこれを黙殺して帰途についている。

山口多聞は、緒戦のハワイ作戦で、日本海軍の総力を挙げて米海軍を叩かなければならないと考えていた。山本五十六もそうだったはずだが、山本の作戦に懐疑的な南雲忠一に司令官を任せてしまっている。真珠湾攻撃の許可を得るための引き換えだったというが。

陸上施設を破壊し、体制が整わないうちに、真珠湾で沈めれなかったエンタープライズとレキシントンを叩き、陸軍を動員してハワイを占領するくらいまでやればよかった。そのくらい徹底的に出来ない体制であったのなら、真珠湾は無駄だった。



『太平洋戦争の名将たち』    歴史街道編集部編

PHP新書  ¥ 968

父祖たちが残した激闘の軌跡から、現代の我々が受け取るべきものとは。
第一章 山本五十六と真珠湾攻撃
第二章 山口多聞とミッドウェー海戦
第三章 角田覚治と南太平洋海戦
第四章 中川州男とペリリュー島の戦い
第五章 栗林忠道と硫黄島のサムライたち
第六章 今村均と日本の敗戦、責任の果たし方


真珠湾攻撃に日本の命運をかけるというのが本当の思いなら、山本五十六は南雲忠一を第一航空艦隊の司令長官にすべきではなかった。自分を支持する山口多聞を抜擢すべきだった。

山口ならば、海軍工廠や燃料タンクなど、陸上施設への攻撃を徹底したはず。そうすれば、エンタープライズもレキシントンも身動きが取れなくなる。米太平洋艦隊を沈黙させることができた。そこまで行けば陸軍を動かして、ハワイ攻略は難しいことではなかったはずだ。

山本五十六は、人事で甘さが出た。

ミッドウェー海戦の運命の判断。索敵機から「空母らしきもの」という連絡に、陸用爆弾に兵装転換中の空母艦上機に、再度、艦船攻撃用への兵装転換を急がせるという愚を犯す。この状況に山口多聞は「現装備のまま攻撃隊直ちに発進せしめるを至当と認む」と意見具申する。これを南雲司令部は、またも黙殺した。

・・・虎の子の空母4隻を失った。

その責任を、南雲司令部は誰も取っていない。司令部参謀長の草加龍之介は山本に、「敵を乗らせて下さい」と申し入れたという。山本は涙を浮かべて「わかった:」と応じたという。

日本海軍の総力をかけるといいながら、山本を乗せた大和は、この時ずっと後方に待機した。総力をかけるというなら、山本が乗った大和をおとりにして敵空母をおびき出せばよかった。この甘さが、敗因だ。

南雲忠一を司令長官として受け入れることは出来ないと突っぱねればよかった。山口多聞を司令長官に出来ないならと、真珠湾攻撃をやめるべきだった。蘭領インドシナを攻略し、最初の段階から絶対防空圏を設定し、小さく固まる手もあった。敵艦隊に長い遠征を強い、日本近海で壊滅的な打撃を与えることも出来た。

フランクリン・ディラノ・ルーズベルト米大統領は、ヨーロッパの戦争に参戦することを熱望していた。そのためにもドイツと軍事同盟を結ぶ日本を追い込んだ。蘭領インドシナを攻略しただけでは、アメリカは日本との戦争を始められない。後付けと言われるかも知れないが、アメリカの弱みを見つければ、やり様はいくらでもあったということだ。

当初の冒険的な作戦である真珠湾攻撃を、勝っていながら、腰が引けて、徹底できなかった。

山本五十六は名将と呼ぶに値するんだろうか。



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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』 樋口耕太郎

沖縄経済の基地依存度は5パーセント?

沖縄の基地関連収入は県民総所得の5パーセントで、現在の沖縄経済はほとんど米軍基地に依存していない。そういうことにしたい人たちがいるらしい。沖縄県庁や沖縄県知事、さらには有識者やマスコミがそう繰り返すから、沖縄ではこの考えに疑問を持つ人はいないらしい。

基地に依存していながら、基地反対というのも言いづらいだろうからね。

基地関連収入を、軍用地料、軍雇用者所得、米軍等への財・サービスの提供の合計と定義すると、たしかに5パーセントくらいなんだそうだ。だけど、米軍基地があることによって沖縄が受けている恩恵には、おそらくそれを上回るものがあるはず。有形無形の補助金、税の優遇、政治的配慮から来るイベントやプロジェクト、その他を合わせた沖縄関連予算は年間3000億円を超えるそうだ。

本来の基地依存型経済の規模は、正確な統計はないそうだ。筆者の“感覚”では、少なく見積もっても県民総所得の25パーセント。それによって生み出されたさまざまな雇用等を考えれば、50パーセントに近いのではないかと。

一つの例として、酒税軽減措置が紹介されている。沖縄で生産・販売される酒類について、泡盛は35パーセント、ビール等は20パーセントの酒税減免措置が続いているそうだ。軽減された酒税の合計額は、復帰から2016年度までの累計で1287億円になるという。ビールに関してはオリオンビールの独壇場で、42年間で700億円の税を免れている。本土復帰以来のビール販売による利益の合計は520億円。

売り上げによる利益の合計より、国が減免してきた税金の合計の方が多い。・・・オリオンビールの経営陣は、会社としての事業力を向上させることよりも、酒税の優遇措置を国から勝ち取ることが、より重要な仕事になっている。

何かが間違っている。

人気の観光地である沖縄。美しい海や豊かな自然にあるれている沖縄。独自の言葉、独自の食の文化を持つ沖縄。その土地柄に憧れ、移住を決断する人も多い沖縄。

人はのんびりと暮らしていて、あくせくすることがない。地域の人々のつながりが強く、困ったときはお互いに助け合って生活している。内地の人間にも分け隔てなく接してくれる。沖縄は、癒やしの島。

でも、何かが間違っている。



光文社新書  ¥ 990

誰もなしえなかったアプローチで、沖縄社会の真実に迫る。沖縄問題は日本の問題
はじめに 沖縄は、見かけとはまったく違う社会である
第1章 「オリオン買収」は何を意味するのか
第2章 人間関係の経済
第3章 沖縄は貧困に支えられている
第4章 自分を愛せないウチナーンチュ

第5章 キャンドルサービス
おわりに これからの沖縄の生きる道


沖縄の人たちは、車を運転していても、クラクションを鳴らさないそうだ。

私は時々鳴らすな。信号待ちしていて、青になったのに前の車が気づかず発進しないとき。駐車場とかで、バックをはじめた車が、後ろの人や車に気がついていなそうな時。高速で、私の車に気づかず、目前の車が車線変更を始めた時。

内地の人間が、いつもの調子でクラクションを鳴らすと、沖縄では一斉に周囲の注目を浴びることになるそうだ。それも、決して肯定的とは受け取れない注目を。多くの場合、クラクションを鳴らすのは、せまりつつある危険を知らせるため。必要に迫られてやむを得ず鳴らしたクラクションに、非難の注目が浴びせられる。

沖縄では、必要に迫られてやむを得ず警告を発することは、波のない静かな高原の湖に石を投げ込むようなことであるらしい。沖縄社会は現状維持が鉄則で、同調圧力が強く、あえて波風を求める者を許さないんだという。心豊かでやさしい沖縄の人たちの間では、せまりつつある危険を知らせる行為、善意をもって改善を求めること、部下に誠実な仕事を求めること、友人の欠点を指摘することは、あってはならないこと。クラクションを鳴らさない人の間で成立する心豊かさであり、優しさなんだそうだ。

それを行なうことは、そこに存在する人間関係を拒絶する行為で、その人間関係に生きる者を裏切ることになるんだそうだ。それだけではない。沖縄では“出来る”者がいじめられる。弱い者いじめではなく、出来る者いじめ。個性的な人物。何でも一生懸命取り組む人物。スポーツ万能の人物。優等生。目立つことは悪いこと。

そんな沖縄社会では、労働者が昇進や昇給を望まない。経営者が報酬を支払わない以上に、従業員が昇給を望まない。パートが正社員になりたがらないから、雇用者はそれに甘んじてしまう。

コンビニで待たされても誰も怒らない。レストランで後回しにされても、文句を言い出すものはいない。待ち合わせは遅れてくるのが当たり前。誰もが同じ店で同じようなものを買い、新たな優れた商品が登場しても手を出そうとしない。

高校に入った男の子がかっこつけてサロンにでも行こうものなら、おばぁがやんわりと「いつもの床屋に行ったらいいさ」とつぶやく。おばぁの言うことを聞かない子は、家族や親戚、近所の人たちの間で特別な存在になる。

さまざまな問題が、まるでないことのように扱われ、そのままいつも通りの毎日が続いていく。

「なんくるないさ」




*「なにもしなくてもOK」という意味を持ってしまったこの言葉、本来は、「人事を尽くして天命を待つ」という意味を持っているそうです。

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ニート『上級国民/下級国民』 橘玲

仕事に必要な「読解力」「数的思考力」「ITスキル」を測定する国際調査で、日本人はほぼすべての分野で1位。

すごいじゃないか。だけど、労働生産性ではとても低い。世界でいちばん長時間労働をしていて、それにもかかわらず労働生産性が低い国日本。

失われた30年、雇用破壊によって正社員が減り、非正規雇用が増えた。それが、当たり前のように言われてきた。だけど、どうも、現実には違うようだ。

通説とは異なり、年功序列、終身雇用といった日本型雇用慣行は温存された。若い女性では非正規雇用が増えているが、その多くはもと専業主婦で、新たに労働市場に参入する際、“パート”として雇用された。大手金融機関が次々と破綻し、リストラが流行語になった時期にも、実は正社員の割合は大きく減少していない。

しかし、若い男性の就労状況を見ると、大きく変化した部分がある。20代男性の正社員比率は1982年で72パーセント、高卒・大卒の4人に3人が正社員だった。1992年のバブル期の77パーセントから下がりはじめ、2007年には62パーセントまで落ちている。若い男性はバブル崩壊で、正社員比率が明らかに下がってくる。その代わり増えたのが非正規率で、1992年には4パーセントだったものが、2007年には15パーセントになっている。

日本の労働市場では、若い男性の雇用を破壊することで、団塊の世代の雇用が守られた。

私は昭和35年生まれで、今年は還暦。団塊の世代というと、だいたい一回り上ということになる。一回りとなれば、一昔+2年ということになるから、だいぶ世の中の雰囲気も変わる。

高校を出るまでは、団塊の世代に関わったことがない。大学に入ったとき、ごくわずかに全共闘時代の雰囲気が残っていた。今思えば、あれが団塊の気配だった。大学の時は気配だけですんだけど、仕事をするようになると気配だけでは住まない。実体化する。

私は大学卒業後、1年おいて県立高校に勤めたんだけど、団塊は30代後半に入ろうというところ。学校の仕事の上でも脂がのってくるところだな。私等新米は、直接その人たちに仕事を教わった。中でも一番世話になったのは、超がつくほどアクの強い人だった。

ただ、団塊がみんなそうだったわけじゃない。団塊は人数が多いだけなんだけど、人数が多いと言うことが社会にとっては、周囲にとっては、それだけで大きな圧力なわけだ。そしてそれが、団塊のすべて。




小学館新書  ¥ 902

「下級国民」に落ちてしまえば、「下級国民」として老い、死んでいくしかない
1 「下級国民」の誕生
平成で起きたこと
令和で起きること)
2 「モテ」と「非モテ」の分断
日本のアンダークラス
「モテ」と「非モテ」の進化論
3 世界を揺るがす「上級/下級」の分断
リベラル化する世界
「リバタニア」と「ドメスティックス」
エピローグ 知識社会の終わり


バブルが崩壊して日本経済が急減速したとき、日本企業にとって最大の重荷はバブル期に大量採用した人員だった。いったん正社員にしてしまうと、簡単に首にできない。だぶついた社員を年功序列・終身雇用で養っていかないといけないから終身雇用で養っていかないといけないから、これはもう大変。

だけど人件費を削らなきゃいけないから、とりあえず新卒の採用を大幅に絞り込んだわけなんだな。続いて、年功賃金のカーブを抑える。組合も、雇用を守る前提で、人件費の抑制に応じた。その背景で、多くの若い男性に対し、会社は門を閉ざした。

閉ざされた門の前で正社員の道を諦めた若い男性は、希望を1ランク、2ランクと落として仕事を求めた。あるいは、非正規社員として働き始めた。

日本経済が低迷している間に、生産性の格差は製造業とサービス業のような産業間ではなく、同じ産業内で拡大していたんだという。同じ産業、同じ地域、同じ企業規模の会社で働いていて、同じ性別、同じ年齢・勤続年数、同じ学歴、同じ職種だったとしても、賃金の高い会社と低い会社の差が拡大してしまったという。

同一労働・同一賃金という原則が徹底されていれば、同じ産業、地域、企業規模で同じような仕事をすれば、給与も同じ水準になるはずなのに、日本では会社間の差が広がってしまったんだという。

日本のサラリーマンの人生は、たまたま新卒で入った会社がどうかという運不運に左右されてしまう。

同じ仕事をすれば、身分や性別、人種などの違いにかかわらず、同じ賃金が支払われるのが自然な流れ。ところが日本の労働組合は、「同一価値労働・同一賃金」を主張した。正社員と非正規社員では、同じ仕事をしても労働の価値が違うというなら、それは正社員と非正規社員の人としての価値が違うということになる。・・・筆者の言うことは、もっともだ。

「若い者はこらえ性がないから、すぐ仕事を辞めてしまう」と言われるが、たしかにこれはかわいそう。なにしろ門を閉ざされて、希望する会社に入ることが出来なかったんだから。やむを得ずフリーターとなり、いつもまにかニートと呼ばれ、いつまでも親と同居して、引きこもった。

前に、定時制で働いたことがある。大半の生徒は、アルバイトをしながら、夜、学校に通ってくる。大卒、高卒の前に、何らかの理由でつまずいた生徒たちだった。定時制で関わった生徒たちは、もうみんな20代の後半から上の年齢になっている。厳しい思いをしているだろうな。でも、同一労働・同一賃金の原則が貫かれるようになれば、少しは状況が改善するかも知れない。

ただ、団塊は労働市場からは退場していったけど、まだ、日本社会の大きな重しになっている。


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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』 樋口耕太郎

昨日、連れ合いと一緒になんかのテレビ番組を見ていたら、韓国の《愛の不時着》という題名のドラマのことが話題になった。

もう私は、その題名だけで、腹がよじれるほど笑い転げてしまった。どうも、それが連れ合いの不興を買ったようだ。「これ、見たいと思ってた」と言ったその声に、《愛の不時着》という題名で笑い転げた私に対する抗議のようなものを、私は感じ取った。

取り繕うように、「いったいどこに不時着したんだろうね」と言った私に、連れ合いは「北朝鮮、・・・韓国の人は、北朝鮮と一緒になりたいのかな」と返してきた。

私は、「そんなのただの、ひねくれた反日意識の裏返しだよ」という言葉を飲み込んだ。連れ合いは最近、韓国の若い人たちの音楽への興味から、韓国のいろいろな分野に関心を持っているらしい。そのうちきっと、韓国の抱えるさまざまな問題を、自分で考えていくことになるだろう。

韓国人は、韓国の抱える問題に関して、何かと日本を引き合いに出す。併合時代のこと、南北分断のこと、“朝鮮人従軍慰安婦”のこと、“徴用”のこと、さらには現在の韓国の政治、経済、社会について。それらすべてについて、現状の韓国に関する原因のすべては、韓国人に由来する。

日本にその原因を求め、日本の責任を追及したい気持ちも分からないではないが、そう思うこと自体がいかにも韓国人らしいところだ。

こんなこと当たり前で、どの国だって国内にさまざまな問題を抱えているが、その問題の原因は自分たちにある。それをあたかも、他者の作った原因によって生じた問題であるかのように考えて、さらにはその責任を追求しようなんて、甘えでしかない。そんなところに関係づけられた日本の方が、いい迷惑だ。

さて、久し振りに沖縄に関わる本を読んだ。

沖縄に関しては、なかなか事が進まない。いつまでも同じところを堂々巡りしているような感じで、糸口さえ見つけ出せないようないらだちを感じさせる。だいたい、沖縄に関する問題ってなんだろう。

米軍基地問題、米軍政時代の問題、沖縄戦の問題、さらにその前の琉球処分の問題。米軍基地問題を除けば、過去のことであるから、沖縄に関する問題を考えようとすると、やはり基地問題が前面に来る。沖縄の問題とは、基地問題の集約されてしまうのか。

筆者の樋口耕太郎さんは、沖縄大学の教壇に立つ教育者という顔を持っている。この本の内容も、そこからの問題提起として始まっている。

大学進学率、中途退学率、学力、就職率、高卒・大卒無業者率、高卒・大卒離職率、小中不登校、暴力行為発生件数、いじめの認知件数、教員病休率、給食費未納率、刑法犯の少年割合、再犯率、共犯率・・・、沖縄の教育関連のさまざまな指標は、沖縄が全国でも大きな問題を抱えていることを示しているそうだ。

やさしい沖縄人、癒やしの島と呼ばれながら、自殺率、重犯罪、DV、幼児虐待、依存症、飲酒、そして貧困といったさまざまな問題に沖縄人は苦しんでいる。



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誰もなしえなかったアプローチで、沖縄社会の真実に迫る。沖縄問題は日本の問題
はじめに 沖縄は、見かけとはまったく違う社会である
第1章 「オリオン買収」は何を意味するのか
第2章 人間関係の経済
第3章 沖縄は貧困に支えられている
第4章 自分を愛せないウチナーンチュ

第5章 キャンドルサービス
おわりに これからの沖縄の生きる道


沖縄は米軍基地問題を抱えている。

もうずいぶん前のことになるが、1995年9月4日の米兵少女暴行事件のことは、良く覚えている。米兵3人が、沖縄本島北部の商店街から12歳の少女を拉致し、粘着テープで顔を覆い、近くの海岸で強姦した事件だった。

日米地位協定から、沖縄県警は米兵を逮捕するどころか、取り調べなどの捜査をすることも出来なかった。この事態に沖縄県民の怒りが高まり、反基地感情が高まった事件だった。

在日米軍が沖縄に占める割合はおよそ25パーセントで、よく言われる70パーセントとは大きな開きがある。70パーセントというのは米軍専用基地のことで、日本には多くの米軍と自衛隊の共用基地がある。ただ駐留する兵力から言っても、沖縄に偏りがあるのは事実で、本土には、そのための贖罪の意識を持っている人が多い。

だけど、どんなもんだろう。沖縄が抱えるさまざまな問題から考えてみても、そのすべての原因が基地問題に求められるだろうか。ただ、空気としては、存在しているな。沖縄の問題の大半の原因は、沖縄戦や米軍基地問題、それらに対する日本政府の姿勢に起因するという空気が。

その空気を無視して、「沖縄県民が直面する問題の原因は、沖縄県内にある」とする論調は、沖縄社会ではタブーだそうだ。

沖縄県民が抱えるさまざまな問題、教育に関わる諸問題、自殺率、重犯罪、DV、幼児虐待、依存症、飲酒、そして貧困といった問題の原因を、リアリティを持って、沖縄社会から抽出しようとした取り組みは、筆者の知る限り存在しないそうだ。

たしかに、私がこれまで読んできた、沖縄に関わる本も、基地問題をはじめとした政治の分野から沖縄を取り上げた本ばかりだった。沖縄県民が、日常生活の中で、日々直面しつつある問題を取り上げ、その原因を探り出し、解決につなげていこうという本は、これまで読んだことがなかった。

そういった側面から沖縄を取り上げたのは、この本がはじめてだ。

約3割に達する子どもの貧困率(1位、全国平均の2倍)、給食費未納率(1位)、一人あたりの県民所得(最下位)、非正規雇用率(1位)、失業率(2018年まで1位)、離職率(1位)、若年離職率・失業率・高大卒後の無業率(1位)、高大進学率(ワースト1位)、航行中対立(1位)、10代婚姻率(1位)、10代出産割合(1位、全国平均の2倍)、離婚率(1位)、デキ婚率(1位)、シングルマザー世帯出現率(1位、全国平均の2倍)一人親世帯の子どもの貧困率(1位、約59パーセント)

どうして、こんな状態になるまで放っておいたんだろう。


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『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之

1941年3月に予備役に編入されて以降の石原莞爾については、実は何にも知らなかった。

教育や評論・執筆活動、講演活動など、かなり忙しい毎日を送っていたんだな。対米戦の開始に関しては絶対反対で、その最終打開策は、ハルノートの内容に近いものを持っていたそうだ。と言うことは、大陸からの撤退か。

満洲国の放棄。・・・もはや、五族協和の王道楽土を建設しようという理想が打ち砕かれた満洲国は、侵略の方便としか、石原莞爾には写っていなかったかな。

それでも対米戦は始まってしまった。始まり方も、石原莞爾にしてみれば、最悪の形だったろう。伸ばすのは日本軍の補給線ではなくて、米軍の補給線だ。米軍の補給線が伸びきったあたり、そこに縮小した戦線を形成して負けない戦を継続し、その間に支那事変を解決してしまえば、・・・。

さらに、かりにミッドウェー海戦で大敗した後であったとしても、ソロモン群島の防衛陣を強化し真の天王山であるサイパン島を死守できていれば、戦いの帰趨はちがうものになった。

アメリカは、サイパン島を手に入れることが出来なければ、本土爆撃は困難だった。サイパンを取らずにそれを行なおうとすれば、本土とサイパン島から挟み撃ちにされる。日本はサイパン島さえ確実に守りきれば、持久戦に持ち込める可能性があった。その間に、“中国”側の要求をのんで大陸問題を解決してしまえば、違う道が開けた。

ソロモン、ビスマルク、ニューギニア諸島を早々に放棄し、資源地帯防衛に転じ、西はビルマ国境からシンガポール、スマトラ島中心の防衛戦を構築し、中部はフィリピンの線に後退。他方、本土周辺とサイパン、テニアン、グアムの南洋諸島を難攻不落の要塞にし、何年でも頑張りうる体制を取るとともに、外交的には支那事変解決に努力、傾注する。

日本が真にサイパンの防衛に万全を期していたら、米軍の侵入は防ぐことが出来た。そうすれば、五分五分の持久戦となり、負けない体制を敷くことが出来た。

心躍る作戦計画だけど、この時、すでに石原莞爾は予備役に編入されていて、作戦計画に関われる可能性は、1ミリもなかった。



芙蓉書房出版  ¥ 2,420

終戦後、全国を駆け回り、人々を励まし、日本の再建策を提言した石原莞爾
終戦と石原莞爾
戦後の第一声は「言論の自由」
再生日本の道
新日本の建設
迫りくる戦犯容疑
極重軍事裁判 石原が斬る
石原莞爾、戦犯を望む
西山農場と百姓将軍
極東軍事裁判酒田法廷
西山農場に理想郷づくり

死の床で遺言「新日本の進路」と「日蓮教入門」を書く
立ち渡る
付録 敗戦直後の石原莞爾の第一声―「世界文化の達観と心よりの懺悔」


石原莞爾の作戦計画でなくてもいい。

すぐれた作戦を、それがすぐれたものであるとして受け入れるだけの体制がなかったということが、日本敗戦の一番の原因と言うことか。

日本は特高と憲兵によって、言論を封じ込めてしまった。当時の日本共産党というのはコミンテルン日本支部、つまりスターリンの実行部隊に過ぎないから、それは徹底的に取り締まっておけばよかった。

労働の問題、土地問題、貧困の問題は、日本の政治課題として取り組むべき問題だった。そういった不満まで、力によって押さえつけようとするなら、それは傲慢で、強欲だ。

政治家は、そういった問題を解決するために努力すべきだった。国民は、そういった課題を取り上げようとする人を、政治の場に送り出すべきだった。国民も、声を上げるべきだった。新聞は、そういう声を取り上げるべきだった。

それが出来る国だったら日本は、アメリカに負けることはなかっただろう。どんなに難しいことであっても、正面から問題に当たり、突破していこうという気概が必要だ。たとえば、石原莞爾が向かい合った満洲問題において、すでに日本はその姿勢を失っていた。

満洲事変前の満洲は、“中国”側の国権を回復したいという思いと、日本の権益維持の思いが衝突する状況にあった。かりに日本が、満洲に関する政治、経済、軍事諸般にわたる特殊権益をすべて放棄して、この衝突を解決した場合、満洲にはどのようなことが起こったか。

満洲に入っていた半島人を含む邦人は死を覚悟するほどの窮地に追い込まれ、極東に復活しつつあったソ連の満洲進出を招き、満洲は共産主義の策源となり、“中国”そのものの国防まで脅かされることになっただろう。

そのような予測を前提に、日本がソ連のなんかを阻止し、張学良東北軍閥を除いて満洲を“中国”から分離させ、諸民族共存の道を開くことが、東アジアの安定につながるとの考えのもと、満洲事変は実行に移された。

以上のような意味で、満洲国は歴史的所産であると、石原莞爾は述べている。

しかし、荒木貞夫陸軍大臣と政府は、満洲を植民地化する構想を決めており、関東軍の軍司令官はじめ参謀長以下参謀を、一括して満洲から移動させた。ここから満洲は、日本から送り込まれた官僚と関東軍参謀に支配され、植民地化する。

満洲国経営失敗の原因は、荒木貞夫陸軍大臣、林銑十郎教育総監、真崎甚三郎参謀次長の三人にあった。




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『危うい国・日本』 百田尚樹 江崎道朗

バブル崩壊後の弱り切った30年間に、強烈なグローバルブームを持ち込まれて、いったい、どれだけの富が海外に垂れ流されたんだろう。

敗戦後75年間のうちの30年間が垂れ流しの時代だって言うんだから、たしかに酷い話だ。だけど、じゃあ、バブルの時期がよかったのかというと、決してそんなことはない。

1980年代の終わりの頃から、日本経済はバブルの様相を呈し始める。私は高校の教員になって、そろそろ二度目の卒業生を出そうという頃だろう。

私は新設2年目から新任で赴任し、勤務が始まった学校だった。最初は、学力の高い生徒の入学が多かったんだけど、管理職による経営の失敗から、急激に受験者が減少した。そうなると、学校は急激に荒れる。生徒指導の事案も頻発する。私は最初から生徒指導の担当になった。ちょうど、最初の子どもが生まれて、よちよち歩きを始めた頃だな。

喧嘩、暴力、喫煙、いじめと言った問題は割愛。ここでは盗難について。「盗まれました」って、盗難の申し出が本当に多かった。男子なら、バスケットシューズ。女子ならビトンの財布。10万円のバッシュが盗まれたって訴えてくるんだ。「お母さんに買ってもらったビトンの財布が盗まれた。中身いらないから財布だけでも取りもどして」とかって申し出てくるんだ。

なんでそんな靴を学校に履いてくるんだ。なんでビトンの財布なんだ。だいたい、ビトンってなんのことだ。なんでそんな高価なものを、誰も彼もが学校に持ってくるんだ。

公務員が何にも知らない間に、民間は金に浮かれていた。どうも日本人は、誰かが浮かれ始めると、一緒に浮かれないではいられないらしい。目の色変えて山を削ってゴルフ場を作り、新興住宅地が開発される。おかげで、関東平野の尽きるところにある丘陵地帯、関東山地は、無残に削られた。

バブルが崩壊して、そんな狂乱が収まった。10万円もするバッシュを履いて学校に来る男子も、ビトンの財布を持ってくる女子も、ようやく学校からいなくなった。正直なところ、バブル期の日本の雰囲気は、私は嫌でたまらなかった。

だけど、バブル崩壊して以降、日本経済は本当に大変なことになった。その時期に、右肩下がりの日本とは対称的に、右肩あたりで成長していったのが“中国”だった。日本で、“中国”警戒論が持ち出されるようになるのは、まだ先のこと。北朝鮮による拉致事件だって、朝日新聞や土井たか子は歯牙にもかけなかった頃のことだ。

だけど、そんな頃でも、いや、それ以前から、戦後日本社会のさまざまな問題を粘り強く取り上げ、ある意味、“日本”という国の存在を背負って、身を挺して“今”ある日本の脆弱性を世に訴えてくれた人たちがいた。その人たちの本で、私は正気に戻ることが出来たし、それは少しずつ世に広まっていった。

テレビ、雑誌、新聞等、メディアの多くは、一部を除いて、その声に否定的。マスメディアはいとも簡単に、そういう声を押しつぶす。ニュース番組の30代か、40代のメインキャスター、あるいはそれより若い女性キャスターの皮肉交じりの一言で、真っ当な主張は寿命間近なろうそくのように吹き消されてしまう。

それでも、・・・だ。それでも、訴え続けなければならない。その系列を引き継ぐ糸は、時とともに太くなっている。そんな系列を引き継ぐ一冊。


『危うい国・日本』    百田尚樹 江崎道朗


WAC  ¥ 1,540

いま日本を危機に陥れている元凶・デュープスが官僚・マスコミを支配している
はじめに―日本を危機に陥れる「デュープス」をご存じですか?
第1章 日本はやっぱり「カエルの楽園」―「中国肺炎」の教訓
第2章 憲法改正はなぜ進まないのか
第3章 本当に危うい日本の安全保障
第4章 日本人のための「日本の歴史」を取り戻そう
第5章 インテリジェンスなき日本でいいのか
第6章 コミンテルンの亡霊に怯えるな。しかしデュープスを注視せよ
おわりに―インテリジェンスの重要性を知ってください


ああ、竹島が韓国に・・・。

北方領土がロシアに・・・。尖閣諸島に“中国”の公船が・・・。あちこちに米軍基地が・・・。

いろいろなことを考えてみても、結局のところ、憲法改正の問題に戻る。「現実に、もし他国からの侵略を受けた場合に、今の憲法では日本は国を守れない。・・・侵略される一方」と百田さんは言っているが、日本はすでに、侵略をされている。

北方領土はロシアに不法占拠されている。竹島も同様だ。竹島をめぐっては、地元の漁民が韓国軍によって殺されたり、拿捕監禁されたりしている。条約によってとは言いながら、他国の軍に首都近郊にまで駐留されている状況は、支那事変勃発前の“中国”と同じ。北朝鮮による日本人拉致事件に至っては、これは戦争状態と考えるべき問題。本来なら問答無用で行動すべきこと。

日本はすでに、侵略されている。そして、侵略されっぱなし。

北方領土の問題、竹島の問題は、確固たる軍備をととのえ、それを背景に交渉すべきこと。それですぐに好転するなんて思わないが、奪われた側として、奪った側に常に圧力を感じさせながら対峙する。尖閣に関しても同じ。日本の領海に入ってくるなら、領海侵犯として対応できるだけの準備を整えればいい。中国人の漁船が退去して入ってくるなら、それも同様。日本側からの行動は、彼らの責任。

日本を守る軍備は、日本が自前でととのえるのは当たり前。そうした上で、アメリカと交渉すればいい。それでもアメリカの戦略のために、在日米軍基地が必要と言うなら、これはずいぶん金を取れるだろう。

そんなの、当たり前のことのはず。

トランプ大統領が、「バイデンは社会主義者やマルクス主義者に支配されている」と非難した。あれを、たとえば日本のマスコミはどうとらえているんだろう。なんのコメントもない。トランプの言うことなんか、相手にしても仕方がないとでも思ってるんだろうか。でも、あれは事実。バイデンは社会主義者やマルクス主義者に支配されている。しかも、そいつらはかなり立ちの悪い奴らで、“中国”が大好きで、日本が大嫌い。

アメリカで、反トランプに廻っているのは、だいたいが社会主義者かマルクス主義者。体よく言うと、容共リベラル。なんだか頭良さそうでかっこいいんだけど、喜ぶのは共産主義者だけ。

日本もそう、立憲民主党なんて分かりづらい政党名を使わないで、共産党とか社会党とかにすればいい。・・・そういうわけには行かないか。確信犯は党首くらいのものか。残りはみんな、確たる信念があってそこにいるわけじゃない。時と場合によっては自民党でもいいんだろう。自民党にもそういう人がたくさんいる。

別に共産主義者でも党員でもないけど、共産党とかの聞こえのいいレトリックに、コロッと逝かされてしまう年端もいかない小娘、・・・すみません。こういう言い方はよくない。・・・若年の女性に対して差別的な言動がありました。申し訳ありません。

共産主義者の言うきれい事が机上の空論だというのは歴史が証明していることなのに、今でもまだ幻惑されたりだまされやすい人が後を絶たない。そういう人たちを“デュープス”と呼ぶんだそうだ。

共産主義者ではないし、党員でもないけど、結果的にロシアや“中国”に味方してしまっている人。特にスポーツ選手、芸能人、学者、文化人なんかで名も顔も知られている人がそうだと質が悪い。この資本主義自由社会で自由と平等を享受していながら、自分が享受している自由と平等を、逆に破壊しようとする共産主義の勢力に肩入れしてしまう人たち。

「自分はすごくいい人で、いいことを言っていると思い込んでいるのですから、厄介」な、デュープスと呼ばれる人。百田さんがこう言っている。「日本において地上波のワイドショー、ニュース番組に出ているコメンテーターは、ほぼデュープス」

デュープスを黙らせないといけないけど、いくらでも湧いて出るからね。“くさい匂いは元から絶たなきゃダメ”ってところかな。


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『理不尽な国ニッポン』 ジャン・マリ・ブイス

この本を書いたジャン・マリ・ブイスさんは、フランス人。

日本在住歴20年以上のフランス人歴史家で、現代日本が専門の方。1950年パリの生まれと言うから、私よりも10歳年上ということになる。フランスの、グランゼコールと呼ばれる高等教育機関の中でも名門のパリ高等師範学校出身で、1975年に現在の東京国際フランス学院というインターナショナルスクールに赴任したのが最初の来日だという。

以来、教育者として日仏を往来し、日本とフランスの橋渡し役を果たしてきた人物。日本女性の妻を持ち、日本での子育ての経験も、女性問題や子育て問題という面から、彼の知見の手助けにもなったようだ。

実はこの本、もともと日本人に向けて書かれたものではない。『日本の教訓ーきわめて理不尽な国』という題名で、フランス人向けに書かれた現代日本人論が本来の姿。その翻訳本が、この『理不尽な国ニッポン』ということになる。

フランス人に読ませる日本人論なので、ところどころに目立つデフォルメはご愛敬というもんだろう。かえって、日本と日本人が、フランス、さらには世界からどう見られているかが、よく分かろうってところだ。

日本語版発行に際し、著者からに本の読者へのメッセージが書かれている。

この本執筆の動機である。それは、ある憤りと、疑問と、不安であったという。祖国フランスへの憤り、日本の居心地の良さへの疑問、そしてその日本が、場合によっては、祖国フランス以上に大きな問題を抱え、今の日本は持ちこたえられないのではないかという不安。それが彼に、この本を書かせた動機であるという。

ありがちな、外国人からみた日本についての本は、むやみな賞賛か、一貫した批判か、あるいは理解不可能か、結局は信憑性に欠けるものになってしまうケースが多いそうだ。著者のジャン・マリ・ブイスさんは、その傾向を避けるため、全体を通してフランスと日本を比較するという方法を採ったという。たしかにそうだった。

それだけではない。

フランスは、革命で国王と王妃を断頭台に送って殺し、神をも追いやって共和制を打ち立てた国。だから、そんな国からみれば、日本は自由と批判的精神が足りない国であり、国民と写っても当然。だけど、それを言い出したら“はい、それまでよ”ってことになってしまう。

そっから一歩進んで、そうではない日本、つまり“理不尽な国ニッポン”が、なぜフランスと違って国家の分断から無縁であり、居心地がいい国を作り上げているのか。そこまで考察するのが、この本の大きな特徴。


『理不尽な国ニッポン』    ジャン・マリ・ブイス

河出書房新社  ¥ 2,750

フランスでベストセラーになった辛口の現代日本論!日本はこう見られている!
それほど完璧ではない国
社会をつくる日本人製造工場
国をつくる―まかり通る欺瞞
フランス人は分裂、日本人は団結―宗教とメディア
日本はどこへ…?基本と間違い
日本は復活できるのか?―将来への道すじ


だけど、不満もある。

右派勢力には、ずいぶんと抵抗を感じるらしい。ジャン・マリ・ブイスさんは現代日本を専門とする歴史家であるということだから、もう一歩踏み込んで、日本社会をとらえて欲しい。

フランスは、第二次世界大戦では戦勝国だから、その結果として構築された戦後世界体制にケチをつけられるのは、好ましいとは思われないだろう。つまり、歴史修正主義には抵抗を感じるだろう。

それにしても、戦後世界体制を構築していくときのフランスの立ち回りはすごい。なぜ、五大国にフランスが入っているのか、考えれば考えるほどわけが分からない。まあ、それは中華民国にしたって同じだけどさ。

それは置いておくとして、すでに、当時の歴史は修正すべきであるという証拠は、十分に出回っている。そのことに関する考察がない。

それから、韓国と日本の関係についての理解が不十分。

「1910年、近代化して韓国を征服するや否や、250万の韓国人労働者を日本に招集または連行して、産業を、それから戦争経済を支えさせた」

どうも、植民地支配というと、そのまま自分たちがインドシナでやってきたことを、日韓にも当てはめてしまっている模様。それじゃ、韓国の言い分がそのままだ。

戦後日本で、在日朝鮮人は、あまりにも傍若無人に暴れ回った。どうして全国各地、駅前の一等地にパチンコ屋がある。武装した朝鮮人集団は農家や農協倉庫を襲い、貨車を襲撃、商店街、国の食料倉庫も襲い、食料や商品を根こそぎ 奪って行った。

警察が検挙に及べば、警察署が襲撃されて警官が殺された。警察も手が出ない在日朝鮮人集団に腕力・暴力で対抗していったのがヤクザたちだった。田岡一雄の山口組は、自衛団として国民的な地位を得ていった。

そんなの昔のヤクザ映画を見ていれば、誰だって知ってることだ。

後半に、移民問題やマフィア、ヤクザの問題が出てくるんだけど、なかでもやはり、朝鮮人問題っていうのは、かなり特殊な問題だった。当時は三国人と呼んだけど、日本の敗戦まで日本人として生きてきた在日朝鮮人、在日台湾人の中には、敗戦を機に戦勝国民を主張して、日本人になら何をしてもいいくらいの考えを持っていた。

“三国人”っていうのは、戦後の日本で、日本人やGHQが旧外地である朝鮮と台湾出身の人々を指して用いた呼称で、“第三国の人”という意味。中でも、特に質が悪かったのが朝鮮人だった。 

「在日朝鮮人は怖い」っていうのは、戦後日本の素直な気持ちだった。朝鮮人差別じゃない。差別され、酷い目に遭わされていたのは日本人だ。そうだな。ヤクザ映画見てもらうのが一番いいな。ジャン・マリ・ブイスさんにも教えてあげたいな。

後半は、「これはちょっと」ってところばかり挙げちゃったけど、全体として、とても興味深い本でした。


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道徳の頽廃『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之

こっちにはこっちの都合ってもんがあってさ、日教組にいたこともある。

その日教組から喧嘩別れしたはいいけど、とっくの昔に改心していた私は、最後は心から尊敬する友人を失う覚悟で大喧嘩。東武東上線の、最終駅近くの居酒屋だった。いつまでも、嘘をついたまま仲間の真似していても仕方がないからね。喧嘩の果ては歴史論争になり、その核心は満洲事変。

友人は私よりも4歳下、年下ながら尊敬に値する人物で、肝も据わっている。事に当たって彼が身近にいれば、これほど頼もしいことはない。そんな友人と喧嘩しなければならないことは悲しかったが、嘘をつき続けるわけにもいかない。

喧嘩の果てが歴史論争に行き着くのは、お互いに真っ当にやってきた証拠みたいなもの。そういうことになれば、引き下がるわけにはいかず、満洲事変に関する持論をぶつけ合った。

やり合うところまでいってしまえば、10年をはるかに超えて、さまざまな場面を共有してきたもの同士。お互いの都合を理解した。もちろん、そうなるだろうと思ったからこそ、喧嘩に及んだ。

あれからは、仲間たちとの付き合いも、ずいぶん楽になった。

《今、われらのなすべきことは何か、まず第一に敗戦の原因を直視することである。恥じらいつつ他人に裸身にされる前に自ら自己欺瞞の衣服を脱ぎ、身の皮をはいで敗戦の癌をつかみ出さねばならぬ。私が信じ、国民また等しく直視するところの敗戦の最大原因は、一に「国民道徳の頽廃」にあった。政治、生産、国民生活の各方面にわたって道義の低調ぶりがいかに戦力を自殺せしめ挙国一致を阻害したか、その一々の例は敢えてここに示さなくとも国民すべて身近に無数に経験したところである。ましてその害毒が戦争遂行の中心たる軍隊にまで波及せんとして事態は決定的な様相を呈したのである。》

以上は、この本の最後に、付録として収録されている『敗戦直後の石原莞爾の第一声』とされるもので、昭和20年8月28日の毎日新聞への談話から取り上げられたものの冒頭だ。

“直視しなければならない敗戦の原因の第一”と言われれば、さまざまなものが頭に浮かぶ。でも、石原莞爾から表明されたものは実に意外にも、“国民道徳の頽廃”であるという。しかも、具体例は挙げなくても、“国民すべて身近に無数に経験したところ”だという。“軍隊まで波及”した、その“国民道徳の頽廃”とはいったいなにか。

その当時の国民は、みんな言わなくても分かったかも知れないが、私には分からない。なにしろ当時の日本国民よりも、今の国民の方が、よっぽど頽廃している。



芙蓉書房出版  ¥ 2,420

終戦後、全国を駆け回り、人々を励まし、日本の再建策を提言した石原莞爾
終戦と石原莞爾
戦後の第一声は「言論の自由」
再生日本の道
新日本の建設
迫りくる戦犯容疑
極重軍事裁判 石原が斬る
石原莞爾、戦犯を望む
西山農場と百姓将軍
極東軍事裁判酒田法廷
西山農場に理想郷づくり

死の床で遺言「新日本の進路」と「日蓮教入門」を書く
立ち渡る
付録 敗戦直後の石原莞爾の第一声―「世界文化の達観と心よりの懺悔」


石橋湛山は、戦前のだいぶ早い時点で、満洲、朝鮮、台湾をすべて手放した方がいいという論を展開した。

そうすれば、インドやエジプトなどの西欧列強の植民地の人々が発奮して立ち上がるだろうと言うものだ。たしかに、そうすることで日本は、国際関係において道義的に優位を確立し、各地の独立運動を支援することで、西欧列強に攻勢に出ることも考えられる。

ただし、机上の空論の域を出ない。それに、日清戦争以来10万の兵士の血を吸った満洲を手放すというのは、日本人の怨霊信仰からいっても、あまりにも厳しい。満洲を手放して、それでも10万の英霊を悲しませないためには、手放した満洲がそこに住む者たちの手によって政治的に安定し、日本との協力を受け入れて、ともに発展する道を歩めるようになってくれればいい。

だけど、蒋介石と手を組み、しかもおそらく共産主義に通じていた張学良が力を持つ満洲で、そこに親日的で穏健な“中国”の政権が育ち、ともに手を携えてやっていけるなど、到底考えられない。そもそも、当時の中国に近代国家を作り上げることは難しい。石原莞爾はそう判断した。

だから、満洲事変というわけだ。

石原莞爾は、その決断を正当化するために、五族協和の王道楽土建設の道を進んだ。これをもって石原莞爾は不拡大方針に入る。関東軍が独自に進めようとしている内蒙古の分離独立工作に、中央の方針に従うよう説得に出かけた石原莞爾に、現地参謀の武藤章は、「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と答えたという。目途もなく、やる気満々だ。目先の立身しか考えてないんだろう。

石原莞爾が考えていたのとは違う理屈が、軍を動かすようになっていた。1937年に支那事変が勃発して以降も、武藤彰等の強攻策の前に、石原莞爾は不拡大で軍をまとめきることが出来なかった。南京陥落後、トラウトマン工作にも関与したが、これも成功しなかった。

満洲国の運営をめぐって東條英機と対立し、結局、彼によって左遷され、アメリカとの戦争が始まる年の3月には予備役に編入されてしまう。満洲国の理想は、残念ながら、夢と消えた。

さて、石原莞爾が“直視しなければならない敗戦の原因の第一”としてあげた“国民道徳の頽廃”とは、具体的にはいったいどんなことを指すのか。結局、その具体的な状況は例示されていない。ただ、この“第一声”の最後の方に、それを思わせる一文を残している。

《我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性など、日本的悪徳を葬ることなくして日本の甦りはあり得ぬ》

当時の日本において、“国民すべて身近に無数に経験したところ”の“国民道徳の頽廃”とは、そういうものとして考えるしかないか。そして、石原莞爾にしてみれば、軍こそ国民道徳の最後の砦であるはずだったんだろう。しかし、その最後の砦である軍までが、“我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性など、日本的悪徳”にどっぷりになってしまったと。

彼に、そう思わせたものは、なんだったか。

石原莞爾は、思想信条を自由に議論せず、むやみに恐れて強権により取り締まるようなやり方こそ、国を誤るものと言っている。その頂点にいたのが、東條英機だからな。東條英機は憲兵を最大限利用した。憲兵と言えば本来、軍隊内の警察だけど、実際、その監視の目は民間人にも向けられた。しかも、石原莞爾は、東條に満洲の理想まで踏みにじられる。武藤章は、その東條英機にひっついた。

石原莞爾には、東條英機や武藤章が、“我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性”の権化に見えていたかな。


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エール『危うい国・日本』 百田尚樹 江崎道朗

NHKには極左活動家が何人もいるという。

もとNHKの経営委員を務めた百田尚樹さんが言うんだから、間違いないことなんだろう。それで分かった。NHKの朝ドラで、時代背景に大東亜戦争が絡んでくる場合がある。そんな時、物語は必ず、庶民を戦争に巻き込む軍国主義国家日本と、健気に戦争の時代を生き抜くヒロインという構図で展開する。

先週はヒロインではなく、主人公の古山裕一が戦争に向き合うことになった。インパール作戦で苦戦を強いられているビルマの部隊を慰問している様子が描かれたのだが、なんと慰問先の部隊長は、恩師の藤堂清晴先生だった。慰問の演奏会が開かれるまさにその日、部隊は敵襲を受け、多くの隊員とともに、藤堂先生まで裕一の目の前で撃たれ戦死してしまう。

番組の中では、だいぶ戦局の不利が表現されており、戦争も押し迫った感じが出ていたので、終戦間際という感じだった。そんなときに、慰問目的でバシー海峡を越えるなんてあったのかと疑ったが、実際に古関裕二は行っていたようだ。

古関裕二は実際、戦場の慰問にも積極的だった。1938年には中国戦線、42年には南方の東南アジアを回り、44年3月のビルマ訪問が、先週の番組のもとになった慰問だったろう。44年3月のビルマ訪問は、当初は特別報道班としての派遣だったが、現地では実際、軍楽隊と各部隊を慰問してまわったそうだ。

番組の中で、妹婿の五郎ちゃんがキリスト教に入信し、宗教的反戦を貫いて特高に捕まる。その姿と、戦争で活躍の機会を得、結果として多くの若者を戦場に駆り立てたという罪の意識を背負い込んだ古山裕一の姿を対照させる。まったく、いやらしい。

福島民友新聞によれば、演出の方は、「裕一が信じていたもの全てが崩壊していく。全ての自我の喪失なんです。裕一が追い詰められていくのを映し出すことができたんじゃないか。彼を描く上で戦争は避けられないと思って撮りました」と語ったそうだ。“戦争は避けられない”のはたしかにそうだが、“信じていたもの全てが崩壊し、全ての自我の喪失”に至るほど、古関裕二は弱くはない。だから、戦争中も戦後も、音楽の力を決して疑わなかった。

それにしても、なぜ、裕一の“信じていたもの全てが崩壊していく。全ての自我の喪失”を、そこまで強調する必要があったのか。慰問先の部隊が敵襲され、部隊長を務めていた恩師が戦死するという衝撃的なシーンで描くあたりに、庶民を戦争に巻き込む軍国主義国家日本をアピールしたい演出の方、ご自身のお気持ちが表されているように思える。


『危うい国・日本』    百田尚樹 江崎道朗


WAC  ¥ 1,540

いま日本を危機に陥れている元凶・デュープスが官僚・マスコミを支配している
はじめに―日本を危機に陥れる「デュープス」をご存じですか?
第1章 日本はやっぱり「カエルの楽園」―「中国肺炎」の教訓
第2章 憲法改正はなぜ進まないのか
第3章 本当に危うい日本の安全保障
第4章 日本人のための「日本の歴史」を取り戻そう
第5章 インテリジェンスなき日本でいいのか
第6章 コミンテルンの亡霊に怯えるな。しかしデュープスを注視せよ
おわりに―インテリジェンスの重要性を知ってください


NHKの極左活動家の力というのが、そういうところに働いているんかな。

水曜日、木曜日の番組は、テレビ画面に目を向けられなかった。
福島民友新聞 2020/10/11
【エールのB面】古関の従軍体験『戦場の現実』・・・兵士の心情を思い作曲

https://www.minyu-net.com/serial/b-men/FM20201011-545730.php
(抜粋)
陸軍病院へ慰問に行った際には、ちょうど軍楽隊の演奏会が開かれており、「露営の歌」の大合唱を聞いた。すると伴奏が途中で止まり、軍楽隊の隊長から作曲者として紹介された古関は頭を下げたまま泣いたという。古関は「兵隊の顔を見たとき、一人一人の肉親が無事に帰ることを祈っており、はたしてその中の何人が? と思うと、万感胸に迫り、絶句して一言もしゃべれなく、ただ涙があふれてきた」と振り返った。古関の涙声を聞いた兵士に共感が広がり、感涙の合唱となった。

どうかな。慰問先での古関裕二の戦場体験として、恩師が目の前で戦死する作り事より、この本当の話の方が、古関の人となりを表しているような気がするんだけどな。

演出の方には、恩師の戦死の方がふさわしいと思われたんだろうな。

悪化しつつあった日米関係を修復すべく動いていたのは、日本の方だった。
戦争を望んでいたのは、ルーズベルトの方だった。そのルーズベルトを対日戦争に誘導していたのが、ホワイトハウスにもぐり込んだソ連のスパイたちだった。時間とともに明らかにされつつあるヴェノナ文書によって、すでにそれは明らかだ。

ソ連のスパイは日本の政治決定にも潜入していて、日本を南進に向かわせて、アメリカとの衝突に誘導した。死刑になった尾崎秀実がその代表だ。

それらの事実をなぜ無視するんだろう。目の前にあるのに見ようとしない。知ることを恐れているようにしか見えない。学術会議の6人もそうだけどさ。

ハルノートの原案を書いたハリー・ホワイトや、知日派のジョゼフ・グルーの助言を握りつぶしてヤルタ会談を仕切ったアルジャー・ヒス、それから尾崎秀実たちのようなソ連のスパイの暗躍がなければ、日米戦争の悲劇はなかったかも知れないんだよ。

なぜ、それを平然と無視できるのか、不思議でならない。



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『恥ずかしい人たち』 中川淳一郎

この間、谷川岳に登った帰り、天神平から田尻尾根を谷川岳ロープウェイのベースプラザに下った。

9月9日の豪雨で、山頂駅近くの送電線が流出し、ずっと運休が続いているんだそうだ。好天の天気予報で出かけてみたが、登り始めて間もなく、雨混じりの濃霧、気温の低下、強風という、まあ、谷川らしいと言えば谷川らしい難しい天気だった。

だけど、谷川の場合、正反対の激変もある。時間的に余裕があったので、待とうかとも考えたんだけど、厳しい天気の中を西黒尾根の急登ですり減らしてしまって、下山を選択した。下山途中で本当に天候が良化しはじめ、2時間半ほどかけてベースプラザまで下りたときには、青空がのぞいていた。

途中、谷川岳の山腹を染め上げる紅葉を垣間見ることが出来た。ロープウェイが動いていれば、平日でもカナリの人が訪れたことだろう。一番の稼ぎ時に、10月いっぱいの運行中止を決めているという。感染症の流行に加え、運営会社の方も、大変お気の毒。何か良いことがありますように。

田尻尾根の下りが酷かった。

急な下り道が、よく滑ること滑ること。赤土を踏めば滑り、根っ子を踏めば滑り、苔のついた石を踏めば滑り。滑らないように慎重にあるいて、見事に滑った。

まずは、田尻尾根の下りに入って、道を譲ってくれた人の目の前で滑った。「大丈夫ですか」と声をかけられて、恥ずかしかった。恥ずかしいからその人から遠ざかりたくて、思わず急いだらまた滑った。しばらく下ると、壮年の男女の二人連れに道を譲られて、その目の前で滑った。「大丈夫ですか」と声をかけられて、逃げ出したいほど恥ずかしかった。恥ずかしいから、またしても自然と急いでしまい、また滑った。

ベースプラザまで下った頃には、私は泥だらけになっていた。そんな姿を見られたくなくて、こそこそ帰った。私は本当に、“恥ずかしい人”だなあ。

この本の“はじめに”には-恥ずかしい日本の私ーと言う副題がつく。“あいまいな日本の私”の方の生き方が、私にはどうもね。この本の著者さんに言わせれば、何かあると「アベのせいだ」という側の方だな。その方の生き方を「どうもね」と考えてしまう私は、著者さんに言わせれば「お前は隣国の回し者だ」と言い返す側か。

えー!私は、「大江健三郎は隣国の回し者だ」なんて言ったことは、一度もないけどな。まあ、十把一絡げは、ものを書く人たちの得意技。しかたがないか。

どちらにしても、“・・・日本の私”という言い回しは、著者のお気に入りのようだ。


『恥ずかしい人たち』    中川淳一郎

新潮新書  ¥ 836

どいうい神経? 真っ当に生きたい大人のための心得・・・らしい
第1章 誰がこんな「多様性」を望んだか
第2章 権力と胡散臭さは紙一重
第3章 つくづくメディアはマゾ気質
第4章 「IT社長」ってあまりに古すぎないか
第5章 だから貧乏国へまっしぐら!
第6章 ネットで文句つけ続ける人生って
第7章 IT小作農からの8つの提言


その“はじめに”は、けっこう長い。けっこう長い“はじめに”の中で、著者はいくつかの恥ずかしい思い出を語っている。教室で、うんこを漏らしたこともあるそうだ。「恥の多い人生だった」と言っている。だから、“はずかしい”は、”私”にかかっているのかと思った。ところが、そうではない。“はずかしい”のは、“日本”のようだ。

教室でうんこをもらした私。罰ゲームでウルフルズの『ガッツだぜ!!』に合わせて下手くそなダンスを踊った私。相手に受けていると思って一発芸人のギャグをパクった私。かっこつけて英語でプレゼンした私。

いずれも、居ても立っても居られないほど恥ずかしかったんでしょう、・・・その時は。

でも、いずれも、誰でもあることだな。私も、もらしたけど、教室ではなかったな。でも、周囲の人が変なことをして、匂いの源に向けた眼を、痛いほど感じた。芸人の一発芸をパクって外したなんて、大半の人が経験してるんじゃないか。

だからそれは、“多かれ少なかれ”という問題だ。つまり、あとからそれを指摘して著者を笑う人は、おそらく絶対にいない。つまり、著者が自分の恥ずかしかった思い出としてあげていることは、実は、笑い飛ばしてすんでしまうことばかりだ。

“恥ずかしい私”ではないんだ。

そうではない。自分の人間性に根ざした、取り消したい過去が、私にはある。該当者が私にあえば、その人はそれを取り上げて私を蔑むだろう。そうされても仕方がないことを、私は人に対してやってしまっている。そういうことを、これ以上増やしたくないから、ほんの少しだけど、定年前に仕事を辞めた。

著者の中川淳一郎さんは、ウェブメディア・広告の業界で仕事をしてきたんだそうだ。・・・そう言われても、私にはさっぱり分からない。「修羅の世界」なんだそうだ。・・・恐ろしげだな。

そんな世界で、さんざん競走をしてきたし、艶のある経験もしてきたんだそうだ。これ以上のものを求めれば、身の破滅。人間関係を深めれば深めるほど不幸になるんだそうだ。

すごい世界だな。ウェブメディア・広告業界恐るべし!

さて、著者が“恥ずかしい日本”と感じる数々が、一冊にまとめられているのがこの本。一所懸命頑張って、半分以上読んだ。

たしかに、“それはたしかに恥ずかしい”と共感できるものもあるんだけど、どちらかと言えば、私は、著者が“恥ずかしい”としている側で生活してきたからな。そういう立場からすると、一歩踏み込むことをせず、感覚的に人を“恥ずかしい”側に認定してしまえることを、ちょっと羨ましく感じたりする。

そう言えば、百田尚樹さんなんかも、頭に思い浮かんだことが、そのまま口をついて出てきてしまうなんてこと言ってたな。一歩踏み込むなんて、必要ない人もいるもんだな。



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イーグルス16

Author:イーグルス16

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火山の噴火、土石流に土砂崩れといった災害は、人々の目を山の高見に向けさせた。
それ故に山は、恵みと共に、畏怖の対象でもあった。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


























































































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