めんどくせぇことばかり 本 近現代日本
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『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之

1941年3月に予備役に編入されて以降の石原莞爾については、実は何にも知らなかった。

教育や評論・執筆活動、講演活動など、かなり忙しい毎日を送っていたんだな。対米戦の開始に関しては絶対反対で、その最終打開策は、ハルノートの内容に近いものを持っていたそうだ。と言うことは、大陸からの撤退か。

満洲国の放棄。・・・もはや、五族協和の王道楽土を建設しようという理想が打ち砕かれた満洲国は、侵略の方便としか、石原莞爾には写っていなかったかな。

それでも対米戦は始まってしまった。始まり方も、石原莞爾にしてみれば、最悪の形だったろう。伸ばすのは日本軍の補給線ではなくて、米軍の補給線だ。米軍の補給線が伸びきったあたり、そこに縮小した戦線を形成して負けない戦を継続し、その間に支那事変を解決してしまえば、・・・。

さらに、かりにミッドウェー海戦で大敗した後であったとしても、ソロモン群島の防衛陣を強化し真の天王山であるサイパン島を死守できていれば、戦いの帰趨はちがうものになった。

アメリカは、サイパン島を手に入れることが出来なければ、本土爆撃は困難だった。サイパンを取らずにそれを行なおうとすれば、本土とサイパン島から挟み撃ちにされる。日本はサイパン島さえ確実に守りきれば、持久戦に持ち込める可能性があった。その間に、“中国”側の要求をのんで大陸問題を解決してしまえば、違う道が開けた。

ソロモン、ビスマルク、ニューギニア諸島を早々に放棄し、資源地帯防衛に転じ、西はビルマ国境からシンガポール、スマトラ島中心の防衛戦を構築し、中部はフィリピンの線に後退。他方、本土周辺とサイパン、テニアン、グアムの南洋諸島を難攻不落の要塞にし、何年でも頑張りうる体制を取るとともに、外交的には支那事変解決に努力、傾注する。

日本が真にサイパンの防衛に万全を期していたら、米軍の侵入は防ぐことが出来た。そうすれば、五分五分の持久戦となり、負けない体制を敷くことが出来た。

心躍る作戦計画だけど、この時、すでに石原莞爾は予備役に編入されていて、作戦計画に関われる可能性は、1ミリもなかった。



芙蓉書房出版  ¥ 2,420

終戦後、全国を駆け回り、人々を励まし、日本の再建策を提言した石原莞爾
終戦と石原莞爾
戦後の第一声は「言論の自由」
再生日本の道
新日本の建設
迫りくる戦犯容疑
極重軍事裁判 石原が斬る
石原莞爾、戦犯を望む
西山農場と百姓将軍
極東軍事裁判酒田法廷
西山農場に理想郷づくり

死の床で遺言「新日本の進路」と「日蓮教入門」を書く
立ち渡る
付録 敗戦直後の石原莞爾の第一声―「世界文化の達観と心よりの懺悔」


石原莞爾の作戦計画でなくてもいい。

すぐれた作戦を、それがすぐれたものであるとして受け入れるだけの体制がなかったということが、日本敗戦の一番の原因と言うことか。

日本は特高と憲兵によって、言論を封じ込めてしまった。当時の日本共産党というのはコミンテルン日本支部、つまりスターリンの実行部隊に過ぎないから、それは徹底的に取り締まっておけばよかった。

労働の問題、土地問題、貧困の問題は、日本の政治課題として取り組むべき問題だった。そういった不満まで、力によって押さえつけようとするなら、それは傲慢で、強欲だ。

政治家は、そういった問題を解決するために努力すべきだった。国民は、そういった課題を取り上げようとする人を、政治の場に送り出すべきだった。国民も、声を上げるべきだった。新聞は、そういう声を取り上げるべきだった。

それが出来る国だったら日本は、アメリカに負けることはなかっただろう。どんなに難しいことであっても、正面から問題に当たり、突破していこうという気概が必要だ。たとえば、石原莞爾が向かい合った満洲問題において、すでに日本はその姿勢を失っていた。

満洲事変前の満洲は、“中国”側の国権を回復したいという思いと、日本の権益維持の思いが衝突する状況にあった。かりに日本が、満洲に関する政治、経済、軍事諸般にわたる特殊権益をすべて放棄して、この衝突を解決した場合、満洲にはどのようなことが起こったか。

満洲に入っていた半島人を含む邦人は死を覚悟するほどの窮地に追い込まれ、極東に復活しつつあったソ連の満洲進出を招き、満洲は共産主義の策源となり、“中国”そのものの国防まで脅かされることになっただろう。

そのような予測を前提に、日本がソ連のなんかを阻止し、張学良東北軍閥を除いて満洲を“中国”から分離させ、諸民族共存の道を開くことが、東アジアの安定につながるとの考えのもと、満洲事変は実行に移された。

以上のような意味で、満洲国は歴史的所産であると、石原莞爾は述べている。

しかし、荒木貞夫陸軍大臣と政府は、満洲を植民地化する構想を決めており、関東軍の軍司令官はじめ参謀長以下参謀を、一括して満洲から移動させた。ここから満洲は、日本から送り込まれた官僚と関東軍参謀に支配され、植民地化する。

満洲国経営失敗の原因は、荒木貞夫陸軍大臣、林銑十郎教育総監、真崎甚三郎参謀次長の三人にあった。




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『危うい国・日本』 百田尚樹 江崎道朗

バブル崩壊後の弱り切った30年間に、強烈なグローバルブームを持ち込まれて、いったい、どれだけの富が海外に垂れ流されたんだろう。

敗戦後75年間のうちの30年間が垂れ流しの時代だって言うんだから、たしかに酷い話だ。だけど、じゃあ、バブルの時期がよかったのかというと、決してそんなことはない。

1980年代の終わりの頃から、日本経済はバブルの様相を呈し始める。私は高校の教員になって、そろそろ二度目の卒業生を出そうという頃だろう。

私は新設2年目から新任で赴任し、勤務が始まった学校だった。最初は、学力の高い生徒の入学が多かったんだけど、管理職による経営の失敗から、急激に受験者が減少した。そうなると、学校は急激に荒れる。生徒指導の事案も頻発する。私は最初から生徒指導の担当になった。ちょうど、最初の子どもが生まれて、よちよち歩きを始めた頃だな。

喧嘩、暴力、喫煙、いじめと言った問題は割愛。ここでは盗難について。「盗まれました」って、盗難の申し出が本当に多かった。男子なら、バスケットシューズ。女子ならビトンの財布。10万円のバッシュが盗まれたって訴えてくるんだ。「お母さんに買ってもらったビトンの財布が盗まれた。中身いらないから財布だけでも取りもどして」とかって申し出てくるんだ。

なんでそんな靴を学校に履いてくるんだ。なんでビトンの財布なんだ。だいたい、ビトンってなんのことだ。なんでそんな高価なものを、誰も彼もが学校に持ってくるんだ。

公務員が何にも知らない間に、民間は金に浮かれていた。どうも日本人は、誰かが浮かれ始めると、一緒に浮かれないではいられないらしい。目の色変えて山を削ってゴルフ場を作り、新興住宅地が開発される。おかげで、関東平野の尽きるところにある丘陵地帯、関東山地は、無残に削られた。

バブルが崩壊して、そんな狂乱が収まった。10万円もするバッシュを履いて学校に来る男子も、ビトンの財布を持ってくる女子も、ようやく学校からいなくなった。正直なところ、バブル期の日本の雰囲気は、私は嫌でたまらなかった。

だけど、バブル崩壊して以降、日本経済は本当に大変なことになった。その時期に、右肩下がりの日本とは対称的に、右肩あたりで成長していったのが“中国”だった。日本で、“中国”警戒論が持ち出されるようになるのは、まだ先のこと。北朝鮮による拉致事件だって、朝日新聞や土井たか子は歯牙にもかけなかった頃のことだ。

だけど、そんな頃でも、いや、それ以前から、戦後日本社会のさまざまな問題を粘り強く取り上げ、ある意味、“日本”という国の存在を背負って、身を挺して“今”ある日本の脆弱性を世に訴えてくれた人たちがいた。その人たちの本で、私は正気に戻ることが出来たし、それは少しずつ世に広まっていった。

テレビ、雑誌、新聞等、メディアの多くは、一部を除いて、その声に否定的。マスメディアはいとも簡単に、そういう声を押しつぶす。ニュース番組の30代か、40代のメインキャスター、あるいはそれより若い女性キャスターの皮肉交じりの一言で、真っ当な主張は寿命間近なろうそくのように吹き消されてしまう。

それでも、・・・だ。それでも、訴え続けなければならない。その系列を引き継ぐ糸は、時とともに太くなっている。そんな系列を引き継ぐ一冊。


『危うい国・日本』    百田尚樹 江崎道朗


WAC  ¥ 1,540

いま日本を危機に陥れている元凶・デュープスが官僚・マスコミを支配している
はじめに―日本を危機に陥れる「デュープス」をご存じですか?
第1章 日本はやっぱり「カエルの楽園」―「中国肺炎」の教訓
第2章 憲法改正はなぜ進まないのか
第3章 本当に危うい日本の安全保障
第4章 日本人のための「日本の歴史」を取り戻そう
第5章 インテリジェンスなき日本でいいのか
第6章 コミンテルンの亡霊に怯えるな。しかしデュープスを注視せよ
おわりに―インテリジェンスの重要性を知ってください


ああ、竹島が韓国に・・・。

北方領土がロシアに・・・。尖閣諸島に“中国”の公船が・・・。あちこちに米軍基地が・・・。

いろいろなことを考えてみても、結局のところ、憲法改正の問題に戻る。「現実に、もし他国からの侵略を受けた場合に、今の憲法では日本は国を守れない。・・・侵略される一方」と百田さんは言っているが、日本はすでに、侵略をされている。

北方領土はロシアに不法占拠されている。竹島も同様だ。竹島をめぐっては、地元の漁民が韓国軍によって殺されたり、拿捕監禁されたりしている。条約によってとは言いながら、他国の軍に首都近郊にまで駐留されている状況は、支那事変勃発前の“中国”と同じ。北朝鮮による日本人拉致事件に至っては、これは戦争状態と考えるべき問題。本来なら問答無用で行動すべきこと。

日本はすでに、侵略されている。そして、侵略されっぱなし。

北方領土の問題、竹島の問題は、確固たる軍備をととのえ、それを背景に交渉すべきこと。それですぐに好転するなんて思わないが、奪われた側として、奪った側に常に圧力を感じさせながら対峙する。尖閣に関しても同じ。日本の領海に入ってくるなら、領海侵犯として対応できるだけの準備を整えればいい。中国人の漁船が退去して入ってくるなら、それも同様。日本側からの行動は、彼らの責任。

日本を守る軍備は、日本が自前でととのえるのは当たり前。そうした上で、アメリカと交渉すればいい。それでもアメリカの戦略のために、在日米軍基地が必要と言うなら、これはずいぶん金を取れるだろう。

そんなの、当たり前のことのはず。

トランプ大統領が、「バイデンは社会主義者やマルクス主義者に支配されている」と非難した。あれを、たとえば日本のマスコミはどうとらえているんだろう。なんのコメントもない。トランプの言うことなんか、相手にしても仕方がないとでも思ってるんだろうか。でも、あれは事実。バイデンは社会主義者やマルクス主義者に支配されている。しかも、そいつらはかなり立ちの悪い奴らで、“中国”が大好きで、日本が大嫌い。

アメリカで、反トランプに廻っているのは、だいたいが社会主義者かマルクス主義者。体よく言うと、容共リベラル。なんだか頭良さそうでかっこいいんだけど、喜ぶのは共産主義者だけ。

日本もそう、立憲民主党なんて分かりづらい政党名を使わないで、共産党とか社会党とかにすればいい。・・・そういうわけには行かないか。確信犯は党首くらいのものか。残りはみんな、確たる信念があってそこにいるわけじゃない。時と場合によっては自民党でもいいんだろう。自民党にもそういう人がたくさんいる。

別に共産主義者でも党員でもないけど、共産党とかの聞こえのいいレトリックに、コロッと逝かされてしまう年端もいかない小娘、・・・すみません。こういう言い方はよくない。・・・若年の女性に対して差別的な言動がありました。申し訳ありません。

共産主義者の言うきれい事が机上の空論だというのは歴史が証明していることなのに、今でもまだ幻惑されたりだまされやすい人が後を絶たない。そういう人たちを“デュープス”と呼ぶんだそうだ。

共産主義者ではないし、党員でもないけど、結果的にロシアや“中国”に味方してしまっている人。特にスポーツ選手、芸能人、学者、文化人なんかで名も顔も知られている人がそうだと質が悪い。この資本主義自由社会で自由と平等を享受していながら、自分が享受している自由と平等を、逆に破壊しようとする共産主義の勢力に肩入れしてしまう人たち。

「自分はすごくいい人で、いいことを言っていると思い込んでいるのですから、厄介」な、デュープスと呼ばれる人。百田さんがこう言っている。「日本において地上波のワイドショー、ニュース番組に出ているコメンテーターは、ほぼデュープス」

デュープスを黙らせないといけないけど、いくらでも湧いて出るからね。“くさい匂いは元から絶たなきゃダメ”ってところかな。


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『理不尽な国ニッポン』 ジャン・マリ・ブイス

この本を書いたジャン・マリ・ブイスさんは、フランス人。

日本在住歴20年以上のフランス人歴史家で、現代日本が専門の方。1950年パリの生まれと言うから、私よりも10歳年上ということになる。フランスの、グランゼコールと呼ばれる高等教育機関の中でも名門のパリ高等師範学校出身で、1975年に現在の東京国際フランス学院というインターナショナルスクールに赴任したのが最初の来日だという。

以来、教育者として日仏を往来し、日本とフランスの橋渡し役を果たしてきた人物。日本女性の妻を持ち、日本での子育ての経験も、女性問題や子育て問題という面から、彼の知見の手助けにもなったようだ。

実はこの本、もともと日本人に向けて書かれたものではない。『日本の教訓ーきわめて理不尽な国』という題名で、フランス人向けに書かれた現代日本人論が本来の姿。その翻訳本が、この『理不尽な国ニッポン』ということになる。

フランス人に読ませる日本人論なので、ところどころに目立つデフォルメはご愛敬というもんだろう。かえって、日本と日本人が、フランス、さらには世界からどう見られているかが、よく分かろうってところだ。

日本語版発行に際し、著者からに本の読者へのメッセージが書かれている。

この本執筆の動機である。それは、ある憤りと、疑問と、不安であったという。祖国フランスへの憤り、日本の居心地の良さへの疑問、そしてその日本が、場合によっては、祖国フランス以上に大きな問題を抱え、今の日本は持ちこたえられないのではないかという不安。それが彼に、この本を書かせた動機であるという。

ありがちな、外国人からみた日本についての本は、むやみな賞賛か、一貫した批判か、あるいは理解不可能か、結局は信憑性に欠けるものになってしまうケースが多いそうだ。著者のジャン・マリ・ブイスさんは、その傾向を避けるため、全体を通してフランスと日本を比較するという方法を採ったという。たしかにそうだった。

それだけではない。

フランスは、革命で国王と王妃を断頭台に送って殺し、神をも追いやって共和制を打ち立てた国。だから、そんな国からみれば、日本は自由と批判的精神が足りない国であり、国民と写っても当然。だけど、それを言い出したら“はい、それまでよ”ってことになってしまう。

そっから一歩進んで、そうではない日本、つまり“理不尽な国ニッポン”が、なぜフランスと違って国家の分断から無縁であり、居心地がいい国を作り上げているのか。そこまで考察するのが、この本の大きな特徴。


『理不尽な国ニッポン』    ジャン・マリ・ブイス

河出書房新社  ¥ 2,750

フランスでベストセラーになった辛口の現代日本論!日本はこう見られている!
それほど完璧ではない国
社会をつくる日本人製造工場
国をつくる―まかり通る欺瞞
フランス人は分裂、日本人は団結―宗教とメディア
日本はどこへ…?基本と間違い
日本は復活できるのか?―将来への道すじ


だけど、不満もある。

右派勢力には、ずいぶんと抵抗を感じるらしい。ジャン・マリ・ブイスさんは現代日本を専門とする歴史家であるということだから、もう一歩踏み込んで、日本社会をとらえて欲しい。

フランスは、第二次世界大戦では戦勝国だから、その結果として構築された戦後世界体制にケチをつけられるのは、好ましいとは思われないだろう。つまり、歴史修正主義には抵抗を感じるだろう。

それにしても、戦後世界体制を構築していくときのフランスの立ち回りはすごい。なぜ、五大国にフランスが入っているのか、考えれば考えるほどわけが分からない。まあ、それは中華民国にしたって同じだけどさ。

それは置いておくとして、すでに、当時の歴史は修正すべきであるという証拠は、十分に出回っている。そのことに関する考察がない。

それから、韓国と日本の関係についての理解が不十分。

「1910年、近代化して韓国を征服するや否や、250万の韓国人労働者を日本に招集または連行して、産業を、それから戦争経済を支えさせた」

どうも、植民地支配というと、そのまま自分たちがインドシナでやってきたことを、日韓にも当てはめてしまっている模様。それじゃ、韓国の言い分がそのままだ。

戦後日本で、在日朝鮮人は、あまりにも傍若無人に暴れ回った。どうして全国各地、駅前の一等地にパチンコ屋がある。武装した朝鮮人集団は農家や農協倉庫を襲い、貨車を襲撃、商店街、国の食料倉庫も襲い、食料や商品を根こそぎ 奪って行った。

警察が検挙に及べば、警察署が襲撃されて警官が殺された。警察も手が出ない在日朝鮮人集団に腕力・暴力で対抗していったのがヤクザたちだった。田岡一雄の山口組は、自衛団として国民的な地位を得ていった。

そんなの昔のヤクザ映画を見ていれば、誰だって知ってることだ。

後半に、移民問題やマフィア、ヤクザの問題が出てくるんだけど、なかでもやはり、朝鮮人問題っていうのは、かなり特殊な問題だった。当時は三国人と呼んだけど、日本の敗戦まで日本人として生きてきた在日朝鮮人、在日台湾人の中には、敗戦を機に戦勝国民を主張して、日本人になら何をしてもいいくらいの考えを持っていた。

“三国人”っていうのは、戦後の日本で、日本人やGHQが旧外地である朝鮮と台湾出身の人々を指して用いた呼称で、“第三国の人”という意味。中でも、特に質が悪かったのが朝鮮人だった。 

「在日朝鮮人は怖い」っていうのは、戦後日本の素直な気持ちだった。朝鮮人差別じゃない。差別され、酷い目に遭わされていたのは日本人だ。そうだな。ヤクザ映画見てもらうのが一番いいな。ジャン・マリ・ブイスさんにも教えてあげたいな。

後半は、「これはちょっと」ってところばかり挙げちゃったけど、全体として、とても興味深い本でした。


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道徳の頽廃『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之

こっちにはこっちの都合ってもんがあってさ、日教組にいたこともある。

その日教組から喧嘩別れしたはいいけど、とっくの昔に改心していた私は、最後は心から尊敬する友人を失う覚悟で大喧嘩。東武東上線の、最終駅近くの居酒屋だった。いつまでも、嘘をついたまま仲間の真似していても仕方がないからね。喧嘩の果ては歴史論争になり、その核心は満洲事変。

友人は私よりも4歳下、年下ながら尊敬に値する人物で、肝も据わっている。事に当たって彼が身近にいれば、これほど頼もしいことはない。そんな友人と喧嘩しなければならないことは悲しかったが、嘘をつき続けるわけにもいかない。

喧嘩の果てが歴史論争に行き着くのは、お互いに真っ当にやってきた証拠みたいなもの。そういうことになれば、引き下がるわけにはいかず、満洲事変に関する持論をぶつけ合った。

やり合うところまでいってしまえば、10年をはるかに超えて、さまざまな場面を共有してきたもの同士。お互いの都合を理解した。もちろん、そうなるだろうと思ったからこそ、喧嘩に及んだ。

あれからは、仲間たちとの付き合いも、ずいぶん楽になった。

《今、われらのなすべきことは何か、まず第一に敗戦の原因を直視することである。恥じらいつつ他人に裸身にされる前に自ら自己欺瞞の衣服を脱ぎ、身の皮をはいで敗戦の癌をつかみ出さねばならぬ。私が信じ、国民また等しく直視するところの敗戦の最大原因は、一に「国民道徳の頽廃」にあった。政治、生産、国民生活の各方面にわたって道義の低調ぶりがいかに戦力を自殺せしめ挙国一致を阻害したか、その一々の例は敢えてここに示さなくとも国民すべて身近に無数に経験したところである。ましてその害毒が戦争遂行の中心たる軍隊にまで波及せんとして事態は決定的な様相を呈したのである。》

以上は、この本の最後に、付録として収録されている『敗戦直後の石原莞爾の第一声』とされるもので、昭和20年8月28日の毎日新聞への談話から取り上げられたものの冒頭だ。

“直視しなければならない敗戦の原因の第一”と言われれば、さまざまなものが頭に浮かぶ。でも、石原莞爾から表明されたものは実に意外にも、“国民道徳の頽廃”であるという。しかも、具体例は挙げなくても、“国民すべて身近に無数に経験したところ”だという。“軍隊まで波及”した、その“国民道徳の頽廃”とはいったいなにか。

その当時の国民は、みんな言わなくても分かったかも知れないが、私には分からない。なにしろ当時の日本国民よりも、今の国民の方が、よっぽど頽廃している。



芙蓉書房出版  ¥ 2,420

終戦後、全国を駆け回り、人々を励まし、日本の再建策を提言した石原莞爾
終戦と石原莞爾
戦後の第一声は「言論の自由」
再生日本の道
新日本の建設
迫りくる戦犯容疑
極重軍事裁判 石原が斬る
石原莞爾、戦犯を望む
西山農場と百姓将軍
極東軍事裁判酒田法廷
西山農場に理想郷づくり

死の床で遺言「新日本の進路」と「日蓮教入門」を書く
立ち渡る
付録 敗戦直後の石原莞爾の第一声―「世界文化の達観と心よりの懺悔」


石橋湛山は、戦前のだいぶ早い時点で、満洲、朝鮮、台湾をすべて手放した方がいいという論を展開した。

そうすれば、インドやエジプトなどの西欧列強の植民地の人々が発奮して立ち上がるだろうと言うものだ。たしかに、そうすることで日本は、国際関係において道義的に優位を確立し、各地の独立運動を支援することで、西欧列強に攻勢に出ることも考えられる。

ただし、机上の空論の域を出ない。それに、日清戦争以来10万の兵士の血を吸った満洲を手放すというのは、日本人の怨霊信仰からいっても、あまりにも厳しい。満洲を手放して、それでも10万の英霊を悲しませないためには、手放した満洲がそこに住む者たちの手によって政治的に安定し、日本との協力を受け入れて、ともに発展する道を歩めるようになってくれればいい。

だけど、蒋介石と手を組み、しかもおそらく共産主義に通じていた張学良が力を持つ満洲で、そこに親日的で穏健な“中国”の政権が育ち、ともに手を携えてやっていけるなど、到底考えられない。そもそも、当時の中国に近代国家を作り上げることは難しい。石原莞爾はそう判断した。

だから、満洲事変というわけだ。

石原莞爾は、その決断を正当化するために、五族協和の王道楽土建設の道を進んだ。これをもって石原莞爾は不拡大方針に入る。関東軍が独自に進めようとしている内蒙古の分離独立工作に、中央の方針に従うよう説得に出かけた石原莞爾に、現地参謀の武藤章は、「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と答えたという。目途もなく、やる気満々だ。目先の立身しか考えてないんだろう。

石原莞爾が考えていたのとは違う理屈が、軍を動かすようになっていた。1937年に支那事変が勃発して以降も、武藤彰等の強攻策の前に、石原莞爾は不拡大で軍をまとめきることが出来なかった。南京陥落後、トラウトマン工作にも関与したが、これも成功しなかった。

満洲国の運営をめぐって東條英機と対立し、結局、彼によって左遷され、アメリカとの戦争が始まる年の3月には予備役に編入されてしまう。満洲国の理想は、残念ながら、夢と消えた。

さて、石原莞爾が“直視しなければならない敗戦の原因の第一”としてあげた“国民道徳の頽廃”とは、具体的にはいったいどんなことを指すのか。結局、その具体的な状況は例示されていない。ただ、この“第一声”の最後の方に、それを思わせる一文を残している。

《我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性など、日本的悪徳を葬ることなくして日本の甦りはあり得ぬ》

当時の日本において、“国民すべて身近に無数に経験したところ”の“国民道徳の頽廃”とは、そういうものとして考えるしかないか。そして、石原莞爾にしてみれば、軍こそ国民道徳の最後の砦であるはずだったんだろう。しかし、その最後の砦である軍までが、“我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性など、日本的悪徳”にどっぷりになってしまったと。

彼に、そう思わせたものは、なんだったか。

石原莞爾は、思想信条を自由に議論せず、むやみに恐れて強権により取り締まるようなやり方こそ、国を誤るものと言っている。その頂点にいたのが、東條英機だからな。東條英機は憲兵を最大限利用した。憲兵と言えば本来、軍隊内の警察だけど、実際、その監視の目は民間人にも向けられた。しかも、石原莞爾は、東條に満洲の理想まで踏みにじられる。武藤章は、その東條英機にひっついた。

石原莞爾には、東條英機や武藤章が、“我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性”の権化に見えていたかな。


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エール『危うい国・日本』 百田尚樹 江崎道朗

NHKには極左活動家が何人もいるという。

もとNHKの経営委員を務めた百田尚樹さんが言うんだから、間違いないことなんだろう。それで分かった。NHKの朝ドラで、時代背景に大東亜戦争が絡んでくる場合がある。そんな時、物語は必ず、庶民を戦争に巻き込む軍国主義国家日本と、健気に戦争の時代を生き抜くヒロインという構図で展開する。

先週はヒロインではなく、主人公の古山裕一が戦争に向き合うことになった。インパール作戦で苦戦を強いられているビルマの部隊を慰問している様子が描かれたのだが、なんと慰問先の部隊長は、恩師の藤堂清晴先生だった。慰問の演奏会が開かれるまさにその日、部隊は敵襲を受け、多くの隊員とともに、藤堂先生まで裕一の目の前で撃たれ戦死してしまう。

番組の中では、だいぶ戦局の不利が表現されており、戦争も押し迫った感じが出ていたので、終戦間際という感じだった。そんなときに、慰問目的でバシー海峡を越えるなんてあったのかと疑ったが、実際に古関裕二は行っていたようだ。

古関裕二は実際、戦場の慰問にも積極的だった。1938年には中国戦線、42年には南方の東南アジアを回り、44年3月のビルマ訪問が、先週の番組のもとになった慰問だったろう。44年3月のビルマ訪問は、当初は特別報道班としての派遣だったが、現地では実際、軍楽隊と各部隊を慰問してまわったそうだ。

番組の中で、妹婿の五郎ちゃんがキリスト教に入信し、宗教的反戦を貫いて特高に捕まる。その姿と、戦争で活躍の機会を得、結果として多くの若者を戦場に駆り立てたという罪の意識を背負い込んだ古山裕一の姿を対照させる。まったく、いやらしい。

福島民友新聞によれば、演出の方は、「裕一が信じていたもの全てが崩壊していく。全ての自我の喪失なんです。裕一が追い詰められていくのを映し出すことができたんじゃないか。彼を描く上で戦争は避けられないと思って撮りました」と語ったそうだ。“戦争は避けられない”のはたしかにそうだが、“信じていたもの全てが崩壊し、全ての自我の喪失”に至るほど、古関裕二は弱くはない。だから、戦争中も戦後も、音楽の力を決して疑わなかった。

それにしても、なぜ、裕一の“信じていたもの全てが崩壊していく。全ての自我の喪失”を、そこまで強調する必要があったのか。慰問先の部隊が敵襲され、部隊長を務めていた恩師が戦死するという衝撃的なシーンで描くあたりに、庶民を戦争に巻き込む軍国主義国家日本をアピールしたい演出の方、ご自身のお気持ちが表されているように思える。


『危うい国・日本』    百田尚樹 江崎道朗


WAC  ¥ 1,540

いま日本を危機に陥れている元凶・デュープスが官僚・マスコミを支配している
はじめに―日本を危機に陥れる「デュープス」をご存じですか?
第1章 日本はやっぱり「カエルの楽園」―「中国肺炎」の教訓
第2章 憲法改正はなぜ進まないのか
第3章 本当に危うい日本の安全保障
第4章 日本人のための「日本の歴史」を取り戻そう
第5章 インテリジェンスなき日本でいいのか
第6章 コミンテルンの亡霊に怯えるな。しかしデュープスを注視せよ
おわりに―インテリジェンスの重要性を知ってください


NHKの極左活動家の力というのが、そういうところに働いているんかな。

水曜日、木曜日の番組は、テレビ画面に目を向けられなかった。
福島民友新聞 2020/10/11
【エールのB面】古関の従軍体験『戦場の現実』・・・兵士の心情を思い作曲

https://www.minyu-net.com/serial/b-men/FM20201011-545730.php
(抜粋)
陸軍病院へ慰問に行った際には、ちょうど軍楽隊の演奏会が開かれており、「露営の歌」の大合唱を聞いた。すると伴奏が途中で止まり、軍楽隊の隊長から作曲者として紹介された古関は頭を下げたまま泣いたという。古関は「兵隊の顔を見たとき、一人一人の肉親が無事に帰ることを祈っており、はたしてその中の何人が? と思うと、万感胸に迫り、絶句して一言もしゃべれなく、ただ涙があふれてきた」と振り返った。古関の涙声を聞いた兵士に共感が広がり、感涙の合唱となった。

どうかな。慰問先での古関裕二の戦場体験として、恩師が目の前で戦死する作り事より、この本当の話の方が、古関の人となりを表しているような気がするんだけどな。

演出の方には、恩師の戦死の方がふさわしいと思われたんだろうな。

悪化しつつあった日米関係を修復すべく動いていたのは、日本の方だった。
戦争を望んでいたのは、ルーズベルトの方だった。そのルーズベルトを対日戦争に誘導していたのが、ホワイトハウスにもぐり込んだソ連のスパイたちだった。時間とともに明らかにされつつあるヴェノナ文書によって、すでにそれは明らかだ。

ソ連のスパイは日本の政治決定にも潜入していて、日本を南進に向かわせて、アメリカとの衝突に誘導した。死刑になった尾崎秀実がその代表だ。

それらの事実をなぜ無視するんだろう。目の前にあるのに見ようとしない。知ることを恐れているようにしか見えない。学術会議の6人もそうだけどさ。

ハルノートの原案を書いたハリー・ホワイトや、知日派のジョゼフ・グルーの助言を握りつぶしてヤルタ会談を仕切ったアルジャー・ヒス、それから尾崎秀実たちのようなソ連のスパイの暗躍がなければ、日米戦争の悲劇はなかったかも知れないんだよ。

なぜ、それを平然と無視できるのか、不思議でならない。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『恥ずかしい人たち』 中川淳一郎

この間、谷川岳に登った帰り、天神平から田尻尾根を谷川岳ロープウェイのベースプラザに下った。

9月9日の豪雨で、山頂駅近くの送電線が流出し、ずっと運休が続いているんだそうだ。好天の天気予報で出かけてみたが、登り始めて間もなく、雨混じりの濃霧、気温の低下、強風という、まあ、谷川らしいと言えば谷川らしい難しい天気だった。

だけど、谷川の場合、正反対の激変もある。時間的に余裕があったので、待とうかとも考えたんだけど、厳しい天気の中を西黒尾根の急登ですり減らしてしまって、下山を選択した。下山途中で本当に天候が良化しはじめ、2時間半ほどかけてベースプラザまで下りたときには、青空がのぞいていた。

途中、谷川岳の山腹を染め上げる紅葉を垣間見ることが出来た。ロープウェイが動いていれば、平日でもカナリの人が訪れたことだろう。一番の稼ぎ時に、10月いっぱいの運行中止を決めているという。感染症の流行に加え、運営会社の方も、大変お気の毒。何か良いことがありますように。

田尻尾根の下りが酷かった。

急な下り道が、よく滑ること滑ること。赤土を踏めば滑り、根っ子を踏めば滑り、苔のついた石を踏めば滑り。滑らないように慎重にあるいて、見事に滑った。

まずは、田尻尾根の下りに入って、道を譲ってくれた人の目の前で滑った。「大丈夫ですか」と声をかけられて、恥ずかしかった。恥ずかしいからその人から遠ざかりたくて、思わず急いだらまた滑った。しばらく下ると、壮年の男女の二人連れに道を譲られて、その目の前で滑った。「大丈夫ですか」と声をかけられて、逃げ出したいほど恥ずかしかった。恥ずかしいから、またしても自然と急いでしまい、また滑った。

ベースプラザまで下った頃には、私は泥だらけになっていた。そんな姿を見られたくなくて、こそこそ帰った。私は本当に、“恥ずかしい人”だなあ。

この本の“はじめに”には-恥ずかしい日本の私ーと言う副題がつく。“あいまいな日本の私”の方の生き方が、私にはどうもね。この本の著者さんに言わせれば、何かあると「アベのせいだ」という側の方だな。その方の生き方を「どうもね」と考えてしまう私は、著者さんに言わせれば「お前は隣国の回し者だ」と言い返す側か。

えー!私は、「大江健三郎は隣国の回し者だ」なんて言ったことは、一度もないけどな。まあ、十把一絡げは、ものを書く人たちの得意技。しかたがないか。

どちらにしても、“・・・日本の私”という言い回しは、著者のお気に入りのようだ。


『恥ずかしい人たち』    中川淳一郎

新潮新書  ¥ 836

どいうい神経? 真っ当に生きたい大人のための心得・・・らしい
第1章 誰がこんな「多様性」を望んだか
第2章 権力と胡散臭さは紙一重
第3章 つくづくメディアはマゾ気質
第4章 「IT社長」ってあまりに古すぎないか
第5章 だから貧乏国へまっしぐら!
第6章 ネットで文句つけ続ける人生って
第7章 IT小作農からの8つの提言


その“はじめに”は、けっこう長い。けっこう長い“はじめに”の中で、著者はいくつかの恥ずかしい思い出を語っている。教室で、うんこを漏らしたこともあるそうだ。「恥の多い人生だった」と言っている。だから、“はずかしい”は、”私”にかかっているのかと思った。ところが、そうではない。“はずかしい”のは、“日本”のようだ。

教室でうんこをもらした私。罰ゲームでウルフルズの『ガッツだぜ!!』に合わせて下手くそなダンスを踊った私。相手に受けていると思って一発芸人のギャグをパクった私。かっこつけて英語でプレゼンした私。

いずれも、居ても立っても居られないほど恥ずかしかったんでしょう、・・・その時は。

でも、いずれも、誰でもあることだな。私も、もらしたけど、教室ではなかったな。でも、周囲の人が変なことをして、匂いの源に向けた眼を、痛いほど感じた。芸人の一発芸をパクって外したなんて、大半の人が経験してるんじゃないか。

だからそれは、“多かれ少なかれ”という問題だ。つまり、あとからそれを指摘して著者を笑う人は、おそらく絶対にいない。つまり、著者が自分の恥ずかしかった思い出としてあげていることは、実は、笑い飛ばしてすんでしまうことばかりだ。

“恥ずかしい私”ではないんだ。

そうではない。自分の人間性に根ざした、取り消したい過去が、私にはある。該当者が私にあえば、その人はそれを取り上げて私を蔑むだろう。そうされても仕方がないことを、私は人に対してやってしまっている。そういうことを、これ以上増やしたくないから、ほんの少しだけど、定年前に仕事を辞めた。

著者の中川淳一郎さんは、ウェブメディア・広告の業界で仕事をしてきたんだそうだ。・・・そう言われても、私にはさっぱり分からない。「修羅の世界」なんだそうだ。・・・恐ろしげだな。

そんな世界で、さんざん競走をしてきたし、艶のある経験もしてきたんだそうだ。これ以上のものを求めれば、身の破滅。人間関係を深めれば深めるほど不幸になるんだそうだ。

すごい世界だな。ウェブメディア・広告業界恐るべし!

さて、著者が“恥ずかしい日本”と感じる数々が、一冊にまとめられているのがこの本。一所懸命頑張って、半分以上読んだ。

たしかに、“それはたしかに恥ずかしい”と共感できるものもあるんだけど、どちらかと言えば、私は、著者が“恥ずかしい”としている側で生活してきたからな。そういう立場からすると、一歩踏み込むことをせず、感覚的に人を“恥ずかしい”側に認定してしまえることを、ちょっと羨ましく感じたりする。

そう言えば、百田尚樹さんなんかも、頭に思い浮かんだことが、そのまま口をついて出てきてしまうなんてこと言ってたな。一歩踏み込むなんて、必要ない人もいるもんだな。



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コロナ『70歳からの世界征服』 中田考

たしかに、感染症の感染者が1万人を超えたと言ったって、人口比からいうとたいした数字じゃない。

ほとんどの人にとっては、マスコミの発表する数字がすべてで、恐い病気だと言われてもリアリティがない。私の知り合いには一人もいないし、知り合いの知り合いくらいになると、場合によってはいるかも知れない。

中田さんにしたってそうだろう。ただし、中田さんの知り合いの知り合いは、ウサマ・ビン・ラディンやトルコのエルドアン大統領になるんだそうだ。ふつう、それらの人は、知り合いの知り合いくらいでは現れないはずなんだけどな。やっぱり、イスラム国に頼りにされるだけある。

グローバル化が、感染症頻発の原因になってるのはたしかだろう。SARS、MARS、新型インフルエンザ、それに武漢発の感染症。中でも恐いのが、新型インフルエンザだ。かなりの死者を出している。実はアメリカがすごいんだ。昨シーズンの死者数が、34,157人。日本だって3,571人死んでいる。アメリカの場合、その前のシーズンの死者数が61,000人。その前が38,000人。新型インフルエンザが登場した2009年以来、一番少ない2012年のシーズンでさえ、12,000千人が死んでいる。

日本は少なくて良かったという話ではない。2019年1月、インフルエンザで1,685人が死んだ。1日平均54人死んでいたことになる。今、“新型コロナウイルス”で、「1日に54人死んでいる」なんてニュースが流れたらどうなる。

要は、社会がそれをどう受け止めるか。新型インフルエンザに関しては、日本人はそういう受け止め方をしたわけだ。

2009年、高校生だった息子は、ソフトボール部の合宿先で発熱し、豚インフルエンザと診断された。連絡を受けて、合宿先の伊豆まで車で駆けつけた。周囲では感染者がいるなんて聞いたこともない段階だったので、けっこう心配した。次のシーズンには、私も感染した。症状のではじめの金曜日は、咳をしながら勤務した。土日と寝込んで、月曜日は勤務した。そしたら隣の席の方が、インフルエンザで休んでた。

たしかに、武漢発の感染症は、まだどういう病気であるか分からないことが多いので、不安は大きい。しかし、現に新型インフルエンザに関しては、季節性のインフルエンザとして受け入れた。症状が悪化すると、死に至ることもあることを承知の上で。

餅を喉に詰まらせるなど誤嚥による窒息死者数は年間8,000人だそうだ。



百万年書房  ¥ 1,650

老いを迎えるすべての人たちへ-中田考と仲間が贈る、身もふたもない人生の真実。
はじめに 人は死に、今生に意味はない(中田考)
第1章 死に方入門(中田考)
第2章 老人と新型コロナウィルス(中田考×田中真知)
第3章 姥捨山から蜂起せよ(矢内東紀)
第4章 70歳からの世界征服(中田考×矢内東紀)
おわりに 生きがいという荷物を下ろす(田中真知)


コロナウイルスとは、言わば風邪である。

風邪をこじらせて、ひどい肺炎を併発し、場合によっては死んでしまうことだってある。・・・そう自分で考えていて、今、気づいたことがある。武漢発感染症について、それに感染した患者に対して、「風邪ですね。薬飲んで温かくしていて下さい」と伝えることは、嘘をついているわけじゃない。風邪をこじらせて、肺炎で死ぬケースだってあるからね。

「そもそも、悪性の風邪で良いでしょ」と中田さんが言っている。だいたい、肺炎を併発して死ぬようだけど、肺炎は特別な病気ではなく、年間95,000人くらい死んでいる。誤嚥性肺炎の4万人をあわせれば13万人を超え、日本の死因の第3位だそうだ。

なんだ、そういう手があるのか。

武漢発の感染症の場合、重症化する人は、進行がとても早い。発症して2週間で死んでしまう。遺族が遺体に面会することもできず火葬され、遺骨だけ戻される様子に、「恐い」「悲惨だ」という思いが強まる。

だけど、人の死に方にはいろいろある。いろいろある死に方の、いずれかで、みんな間違いなく死ぬ。ひどい痛みが長く続く場合もある。それに対して武漢発の感染症は、重症化すると意識不明になって、早々に死んでしまう。

中田さんという人は、次のような言い方をする人だ。

「老人にとっては取ってもいい死に方です。惜しまれて死ねる。まわりから悲しむフリではなく、本当に悲しんでもらえて死ねる。ある意味、神の恵みです。老人がどんどん外出して感染して早々に死んでいけば、老人問題の解決にもつながります」

そりゃそうだ。もっと恐い、もっと悲惨な死に方なんか、世間を見ていればいくらでもある。

日本では、1日にだいたい3,300人くらい死んでいる。うち、自殺者が2万人ほど。1日あたりにすると60人。それも、死に方の一つ。“新型コロナウイルス”感染による死も、死に方の一つ。

今の世の中、死ぬってことが、自分にはまったく関係ないことのように考えて、生きていけるようになってるんだ。生きている人間に、ものを売ってこそ儲かるわけだからね。死を間近にとらえて生きられたんじゃ、売れるものも売れなくなる。

当然、ものを売りたい人たちは、人を死から遠ざけておきたい。それこそ、死ぬまで、死ぬことを考えさせないようにしている。今は、そんな世の中か。

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『70歳からの世界征服』 中田考

「はじめに確認しておきましょう。人は必ず死に、この宇宙の中には善悪も、意味も、目的も、ありません」

冒頭、そんな身もふたもない言葉で、この本は始まる。だけど、それは、誰もが心のどこかで意識していることなんじゃないかな。ただ、それと向き合うのが怖いから、意識していないように振る舞う。あるいは、知らんぷりをする。正反対のことを言ってみる、あるいは、行なってみる。そんなことを言ったり、行なったりしているうちに、本当は心の中で意識していたはずのことから、だんだんと離れてしまう。

善悪も、意味も、目的もなく、ただ死に向かって生きていることに向き合えず、勝手に善悪を設定し、無いはずの意味を無理やりつけて、目的がありそうに振る舞う。

ありもしないのに善を探そうとしても、なかなか見つからないからね。迷っていると、「こういうのが善だよ。こういうのが悪だよ」なんて、親切に教えてくれる人がいるかも知れない。いや、いるに違いない。ほら、毎日私たちは・・・。

ありもしない意味を探そうとしても、見つかるはずがない。それなのに、“意味のある人生を”って人から言われると、意味を見つけられない自分が、なんだかおかしいような気がしてくる。そんな人たちのために、“意味のある人生を”って言っている人たちが、意味を準備してくれていたりする。・・・ただ、ちょっとお高いんだけど。

それらのすべては、間違いなく行き詰まる。もともと勘違いなんだから、当たり前。行き詰まったあとは、人によりけり。非道な犯罪に走る者。無意味に自分を傷つけてしまう者。

「この世界の中で、人が生きることにも、死ぬことにも、意味はありません。生きなければならないことも、死ななければいけないこともありません。生きたから偉い、ということもなければ、死んだらダメだ、ということもありません。世の中で善いと言われていることも、悪いと言われていることも、すべてそう言っている人の好き嫌いの話でしかありません」

今、実際に生きているからね。安楽でありたいし、出来れば人にもそうであってほしい。

安楽であるために、自分のやりたいことをちゃんと言うこと。人が、・・・と言っても、あんまり遠くにいる人のことは私には見えないので、近くにいる人が安楽であるために、その人のやりたいことをちゃんと聞くこと。まずは、そこからだな。

中田さんは、その交友関係から過激に受け取られることが多いけど、言ってるのはごく当たり前のこと。人は必ず死ぬし、特に老人はその時が近い。それを前提に考えれば、・・・自分の思うように、やりたいことをやるだけ。



百万年書房  ¥ 1,650

老いを迎えるすべての人たちへ-中田考と仲間が贈る、身もふたもない人生の真実。
はじめに 人は死に、今生に意味はない(中田考)
第1章 死に方入門(中田考)
第2章 老人と新型コロナウィルス(中田考×田中真知)
第3章 姥捨山から蜂起せよ(矢内東紀)
第4章 70歳からの世界征服(中田考×矢内東紀)
おわりに 生きがいという荷物を下ろす(田中真知)


孫1号のクラスの女の子の家族が“新型コロナ”に感染していて、女の子も検査の結果、陽性と出た。

5日のことである。1号のクラスは、臨時休業となった。2号も保育園を休むことになった。1号は、検査キットをもらって帰って、唾液を採取して提出。結果は陰性ですんだ。1号のクラスは、女の子と担任の先生をのぞいて、2日間の臨時休業で登校が再開された。

ところが、2号の保育園が、1号の臨時休校の時点で、1週間、12日まで休んでほしいとのこと。10日の土曜日が運動会だったのに、かわいそうに。

そんなわけで、12日までの間、2号だけ爺婆で預かることになった。

陰性・陽性は、検査の精度によって変わったりすることもあるかも知れない。そうだとすれば、実は1号が陽性で、2号も感染している可能性も、ないではない。もしそうだったら、受け入れよう。もし死ぬんなら、惜しまれて死ねるだろう。

なんだかんだと、武漢発感染症は、私たちのところにも近づいてきている。

今、老人の関心は、圧倒的にお金のことと健康だそうだ。

貧乏性だから、お金がなくなったらどうしようと、思わないではない。だけど、今までずっとそう思ってきたし、どうせもう、子どもも独立したわけだし、そんな思いからは開放されよう。貧乏性が変わるわけではないから、思い切ってお金を使ったつもりでも、多分たかが知れている。

健康にも、もちろん関心がある。やりたいことをやるためだ。なんかの理由で健康が損なわれて、やりたいことが出来なくなることがあれば、その時点でやりたいことを見つけるまでだ。

中田さんは、老人は早く死んだ方がいいって言う。だけど、そうは言われても、求めて死のうと思っても、そう簡単じゃない。戦場で若者の楯になれと言われても、私の友達は、中田さんの友達とは違って戦場に出入りしているやつはいない。だから、そんな機会は周りにはない。

結局、出来ることと言えば、やりたいことをやるというだけ。

貧乏性で、早々お金を使えるわけでもなく、そこそこやりたいことをやって、後は野となれ山となれ。為すがままならきゅうりはパパだな。

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南京事件『封印の昭和史』 小室直樹 渡部昇一

領事森岡正平は、国民革命軍が入城した以上は「十中八九危険は去りたり」と判断した。

また、不測の事態が発生しても防備兵力は少なく、「無抵抗主義」で対処する以外に方法はない。むしろ中国側を刺激しないようにすべきだと考え、荒木大尉に”武装”撤去を求めた。

大尉は承知して、土のう、機銃を撤去して、正門も開いた。

午前七時ごろ、約三十人の国民革命軍兵士が訪ね、敗兵の所在を訪ねたが、不在という返事を訊くと、黙って退去した。

日本人一同がますます安心していると、約三十分後、こんどは五十人ほどの兵士が「疾風の如く」領事館事務所に乱入して、警察署長木村三畩の所持品を奪い、左腕に貫通銃創を負わせた。

同時に、居合わせた陸軍武官根本博少佐も腰を銃床でなぐられ、所長と少佐は領事館の病室に非難した。

二人が逃げると呼笛が吹き鳴らされ、すかさず平服の女性と青年を先頭にした兵士約二百人が、喚声をあげて領事館内になだれ込んだ。

掠奪品運搬のためか、トラック、馬車、人力車までが続行した。

乱入者は、意味のない叫声やかけ声のほかに、スローガンも唱えていた。

「英日帝国主義打倒!」

「華俄(中ソ)一家!」

あるいは、中国人から奪った日本人の財産を取りもどせ、という意味の声も聞こえた。

もっとも、それらスローガンの叫びは、少数の指導者のものらしく、乱入者の大部は、金を出せ、かくすと殺すぞ、といった表現を繰り返しては、館内をわれがちに物色した。

領事森岡正平は、荒木大尉を自室に呼んで頼んだ。

「気の毒乍ら各兵の階級章及帽子の如き標識を一時取り去られ度」

領事の報告によれば、荒木海軍大尉と水兵十人は官邸北側の「ボーイ」室に待避していたが、館内の避難邦人の間から、大尉たちの軍装が中国側を刺激する恐れがある、との意見が出たので、領事も「右は不得已る要求」と判断して、大尉に要請した、という。

荒木大尉は血相を変えた。

国家と国民を外敵から守るのが、軍人の本務である。いまや、準日本領土である領事館と日本国民が襲われている。

それなのに、戦うな、というだけでなく、軍装も解け、と領事は言う。

軍人が軍装を解かれるのは、退官の場合を除けば、「敵の軍門に下る」か、犯罪行為により軍籍を剥奪されるとき以外にはない。

一戦もこころみずにそのような「恭順」姿勢を示すのは、軍人としてはあまりにも不名誉である。

いや、その種の「度を過ごしたる無抵抗主義」は、相手の自制心を誘うどころか、帰って増長心を刺激して暴行を激化させるのではないか・・・。

荒木大尉は、しかし、「在留民の生命が風前の灯火にも比すべき時」だから、と病床に深々と頭をたれる領事を凝視すると、とっさに承知した。

暴兵と暴民は、荒れ狂った。

事務所、職員宿舎、使用人室、物置その他、館内の隅々まで先を争って走り込み、トランクを開け、戸棚を壊して物品を略奪した。

男女の別なく衣服を奪われ、財布、時計、指輪は例外なく奪取されたほか、次々に服を脱がされて身体検査までされた。

女性の場合は、帯、タビは無論のこと下着まで脱がされて、「忍ぶべからざる」検査さえ実施された。

女性の叫喚、悲鳴、子どもの泣き声が暴兵の罵声と騒音を割いてひびき、日本人男性たちの胸をついた。

荒木大尉と水兵たちも、あまりの無念さに気失寸前になったが、ともかくも館内にいる邦人のうち52人が子どもであり、うち十二人が乳児なので、その安全のために我慢をつづけた。

暴兵と暴民は、その子どもたちからもオモチャを奪い、靴をむしりとり、フトン、家具、調度品などとともに馬車、トラックで運び出した。

領事森岡正平の病室にも暴兵が乱入し、室内の品を奪ったあと、領事のフトン、寝間着もはいで行った。

一人の暴兵が領事めがけて威嚇射撃をおこない、居合わせた邦人数人が逃げ、領事のほかに夫人、木村三畩署長、根本博少佐の三人が残った。
(児島襄『日清戦争Ⅰ』文春文庫)


『封印の昭和史』    小室直樹 渡部昇一

徳間書店  ¥ 1,760

知の巨人"と評される小室直樹氏と渡部昇一氏による国民必修の昭和「正史」
第一章 汚染された昭和史
第二章 東京裁判史観を払拭せよ
第三章 戦争への見えざる手
第四章 戦前・戦中・戦後
何が正しく、何が間違っていたか
第五章 新たなる出発(たびだち)のために


暴民はアメリカやイギリスの領事館にも流れ込んだ。そこで米英の砲艦が、アメリカ領事館からの依頼に応じて、城内に艦砲射撃をおこない、事態は好転した。

だが、森岡領事は、決して日本は砲撃に参加してくれるな、そのような「武力的直接行動」を取れば「場内在留民の生命尽く之が犠牲に供せられる」ことになる、との主義の手紙を書き、中国人二人に第二十四駆逐隊司令吉田建介中佐に届けさせている。後にこの二人は、軍艦を訪ねなかったと知れる。

実際、日本は隠忍自重して、米英のように艦砲射撃をしていない。それが当時の外務大臣、幣原喜重郎外相の方針だった。幣原の外交方針とは、対米英協調と対中国内政不干渉というもので、軟弱外交と批判された。

ともあれその方針の下、病臥中の領事森岡正平をかばう夫人は、夫の前で裸体にされ、薪炭庫に連行されて二十七人に輪姦されたとか。三十数名の婦女は、少女にいたるまで陵辱され、駆逐艦に収容されてから治療を受けた者が十数名いたと、佐々木到一中将は、当時の様子を自伝に残しているという。

もちろん一番の大きな責任は蒋介石にある。

蒋介石は外国居留民の安全を保証していたし、国民革命軍の規律は良港とみられていた。兵士や民の暴発の後、事件を知った蒋介石は全責任をおって事件を解決すると領事館に伝えた。当然のことながら、蒋介石にとっての”解決”とは、それを日本側に伝えたことで終了した。おそらく最初から、ある程度のことまでは織り込み済みだったのだろう。

結局、そんな状態で、“度を過ごしたる無抵抗主義”に徹した領事森岡正平、さらにはその上司で、対中国内政不干渉を外交方針とした幣原喜重郎にその責任がある。結局、日本人の間に反“中国”の意識を高まらせ、中国人の間に日本を侮る意識を高まらせていくことになる。

“中国”に対しては、曖昧な態度を取るべきではない。チベット、ウイグルの侵略をやめ、むやみな領土領海の主張を取り下げるよう、はっきり言う。香港の民主勢力弾圧を止め、台湾を国家として承認するよう伝える。

そんなことを求める国とは交流できないというなら、残念だけど、仕方がない。曖昧な姿勢で付き合いをつづけることは、お互いに不幸にしかならない。


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『青い眼が見た幕末・明治』 緒方修

この間、篠綾子さんの『天穹の船』っていう本を読んだ。

条約締結を求めて来日していたプチャーチンが関わってくる話だった。安政東海地震に伴う津波で大破したロシア軍艦ディアナ号に変わる外洋船を、日ロが力を合わせて築造するという話だった。なにしろ、日本には外洋を航海できる船がなかった。家康が、各藩の水軍力増強を恐れて大船建造を禁じたこと、その後、鎖国が国策とされていく状況の中で、西洋式の船を築造する技術も衰退してしまっていた。

1954年12月3日、プチャーチンの乗るディアナ号は、川路聖謨らと交渉に当たるため、伊豆下田港に入港した。すでにその年の3月に日米和親条約が結ばれている。だから交渉は、日露和親条約の締結が前提である。しかし、12月23日に安政東海地震が発生し、ディアナ号は津波で大破し、後に沈没。交渉は中断したが、日ロの協力のもと、戸田港の船大工が外洋船を作ることが決まり、50名の船員と共に出港したのが3月22日だから、いくらでも時間があったわけだ。この間に条約も締結されるし、プチャーチンの人柄もあって、和やかな交流も行なわれたそうだ。

そんな様子が、この本に取り上げられている12人の“青い眼”の、トップバッター、プチャーチンの秘書官であったゴンチャーロフの著した『ゴンチャーロフ日本渡航紀』に書かれているという。

今日紹介する『青い眼の見た幕末・明治』という本は、単に“外国人が維新期の日本をどう見たか”を紹介するだけの本じゃない。同時代の欧米がどういう状況にあったか。その中で彼らは日本をどう見たか、日本はどう関わったのかが紹介されている。

たとえばプチャーチンが来航し、日米和親条約が締結された頃、ロシアはヨーロッパでクリミア戦争を戦っていた。焦点の地であるクリミア半島は、ソ連時代にウクライナ共和国の帰属になったが、2014年のクリミア危機以来、ロシアの実効支配下にある。彼らは170年前から、あそこで揉めている。

クリミア戦争では、ロシアは、オスマン帝国を支援する英仏とも戦っていた。しかも、戦争はアジアでも行なわれている。英仏連合は、ロシアのアジアにおける拠点であるペトロパブロフスクの攻略に乗り出していた。計画は失敗するが、この戦いはプチャーチンの対日交渉と並行して行なわれていた。

だからこそ、下田じゃなくて、戸田の港だったんだな。戸田港は内陸に切れ込んだ良港というにとどまらず、その港を隠すように、港の入り口の半分を超えて、、南から北へと御浜岬が伸びていることだ。この細長く伸びた岬、おそらく砂州だろう。その内側に入ってしまえば、もう、港の外から見ることは不可能となる。つまり、かりに英仏の船が港外を通っても、御浜岬の内側で外洋船が建造されているなんてこと、気づかれずに済むわけだ。





芙蓉書房出版  ¥ 2,420

幕末・明治期、日本にのめり込んだ青い眼の12人が残した日本見聞記を読み解く
第1部 幕末・明治を外から見る
1 ロシア文豪が見た幕末日本―閉ざされた玉手箱 
イワン・A.ゴンチャローフ『ゴンチャローフ日本渡航記』
2 「ペリーがかんぬきを外し、ハリスが門を開けた」
タウンゼント・ハリス『日本滞在記』
3 ヒュースケン暗殺―恐怖の夜が続く 
ヘンリー・ヒュースケン『ヒュースケン日本日記』
4 美しい日本―危険な役人たち 
ラザフォード・オールコック『大君の都‐幕末日本滞在記』
5 サトウ詣での有力者たち 
アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』
6 蚕を求めてやってきたイタリア使節団 
V・F・アルミニヨン『イタリア使節の幕末見聞記』
7 小国デンマークを襲う危機 
エドゥアルド・スェンソン『江戸幕末滞在記』
8 灯台の父―地震・オヤジも恐れずどんどん進め 
リチャード・H・ブラントン『お雇い外人の見た近代日本』
9 ロシア・ナロードニキの見た明治「革命」 
レフ・I・メーチニコフ『回想の明治維新』
10 大義ばうち忘れとる今の政府ば倒す 
オーガスタス・マウンジー『薩摩反乱記』
11 近代日本医学の父 
トク・ベルツ編『ベルツの日記』
12 トラブルを恐れぬレディ・トラベラー 
イザベラ・バード『日本奥地紀行』)
第2部 幕末・明治サイド・ストーリー
「悪の枢軸」英仏の毒牙が日本に届かなかった訳
自覚的にうそをつく組織としての官僚制度
幕末暗殺あるある、恐怖の逆ロシアンルーレット
テロに脅える犬たち
イギリス残酷物語|エンゲルスが見た労働者階級の状態
ラスト・サムライの覚悟
西洋強国による東方侵略の危機―明治のベストセラー『佳人の奇遇』
ヨーロッパ植民地主義の圧力
鎖国の遅れを取り戻す「翻訳」
謀反論
日清・日露に参戦した軍医
カナダへ向かうメリーポピンズ達
鎖国が遅らせた「幻のベンガル湾海戦」










戸田港の船大工たちが建造した新たな外洋船は、プチャーチンによってヘダ号と名付けられた。ヘダ号が津軽海峡からペトロパブロフスクに回航したとき、英軍艦の追跡を受けたことを、この本が紹介している。

ヘダ号はこの時、日本で取り付けた6丁の櫓を漕いで、英軍艦を振り切ったそうだ。

そんな緊迫感の中、日本は500名のロシア兵を救助し、半年もかくまい、新たな船の建造を助けた。そう思えば、平板だった歴史に躍動感が感じられるようになる。

著者は、熊本の生まれのせいか、西南戦争に特別な思いを持っているように思われた。オーガスタ・マウンジーは西南戦争時のイギリス公使館書記官で、その様子を『薩摩反乱紀』に残した。

「七ヶ月以上の期間におけるその成果は、戦闘の激しさを示し、同時にそのロマンティックな出来事は、薩摩の指導者西郷の性格をくっきりと浮き上がらせている」と、彼は西南戦争を“ロマンティックな出来事”と呼んでいる。

薩軍は、政府の腐敗を取り上げずに暗殺計画に関する尋問を挙兵の理由に掲げ、わざわざ陸路を取って北上するという。しかも、わざわざ官軍が籠城する熊本城攻略に専念して力をすり減らす。官軍も官軍で、留守になった鹿児島に船で入っておきながら、捕虜を解放し、銃弾薬を押収すると、そのまま長崎まで引き返してしまう。

たしかにそうだな。これではまるで、儀式が予定通りに進行していくさまを見るかのようだ。薩軍にしたって、やりようはいくらでもあった。しかし、それを全部放棄して、儀式を進行させてしまっている。

「ぬれぎぬを干そうともせず子供らがなすがままに果てし君かな」

本書でも紹介されている、西郷隆盛の死を悼んだ勝海舟の歌だそうだ。

薩摩人対薩摩人という性格さえ持っていた西南戦争は、これまでどのように評価されてきただろうか。

武士の時代の完全な終焉と国民皆兵性の確立。幕藩体制との完全な決別。武装蜂起から言論活動へ、反政府運動が転換した。大東亜戦争敗退まで続く、内務省主導の官僚支配体制の確立。

西郷隆盛が、その死と共にあっちに持っていったものは、いろいろとある。“武士の時代”、“幕藩体制”、“武装蜂起”など。だけど、ほかにも持っていったものがあると言う人もいるそうだ。

「西郷が兵を挙げたとき、反政府機運は全国に充満し、自由民権主義はことごとく西郷に期待していた」と本書にあるが、自由民権の理想を掲げて、この機会を、藩閥政府を倒す最大にして最後の好機ととらえた者たちが多かった。

そういった思いを、西郷は自らの敗北によって、予定通り向こうに持って行ってしまったんじゃないか。1951年に『明治維新』を世に出した遠山茂樹は、「今日にいたるまで日本の政治に健康で強力な批判勢力をせしめない原因は、“西郷の敗北”にあるのではないかと言っているそうだ。

こういう視点は、今までまったく持ったことがなかった。面白かった。


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ジャンル : 本・雑誌

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イーグルス16

Author:イーグルス16

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































































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