めんどくせぇことばかり 本 近現代日本
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香港『世界は沈没し日本が躍動する』 日下公人 渡邉哲也

武漢発感染症対策は重要だ。

国を挙げて感染症対策に当たらなければならないときに、検察庁法改正なんて賛否対立する法案を持ち出すとは何事だと行っていた人たちが、いまでは感染症対策なんかそっちのけ。

おまけにマスコミも、黒川前東京高検検事長の賭け麻雀と、武漢発感染症意外に世の中に問題は存在しないかのよう。いい加減にして欲しい。黒川前検事長のことなんかどうでもいいから、香港へ行け。頼むから、香港へ行ってくれ。

アメリカでは、香港人権法案を上下両院、全会一致で可決した。もちろんトランプ大統領が署名して、成立した。昨年、11月下旬のことだ。この法案は、香港に高度な自治を認める「一国二制度」が機能しているかどうか、米政府に毎年の検証を義務付け、人権を侵した中国政府関係者らに制裁を科せるようにする内容である。毎日報道されている、デモ隊への強硬姿勢を強める中国政府と香港政府をけん制する狙いから制定されたものである。

アメリカは態度を鮮明にした。

“中国”は武漢から、新型感染症が世界にまき散らされ、世界中の国々がその対応に追われる羽目になっているが、実は武漢で原因不明のウイルス性肺炎の最初の症例が確認されたのは、アメリカが、香港に関するその意思を鮮明にした、その時期と前後する。

“中国”は内政干渉であると非難するが、それはまったく当たらない。一国二制度をもとに、社会主義政策を将来50年(2047年まで)にわたって香港で実施しないというのは、鄧小平の方が持ち出した、国際的な約束だ。

“中国”が、約束を守る国だと思う方が悪いと言われれば、その通りだ。その場その場の都合で、自分に有利な約束をする国だから、過去に交わした“約束”を守ろうなんて、最初から思ってない。19世紀、列強支配時代、強者だけは約束に縛られなかった。その時代の帝国主義国家に、今、“中国”がなっている。

問題は、きわめて単純だ。約束を守らないことが、自分にとって得になるどころか、とんでもないマイナスになると思えば、“中国”は約束を守るふりを続けざるを得なくなる。


『世界は沈没し日本が躍動する』    日下公人 渡邉哲也


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世界に学ぶのも良いかもしれない。しかし、その前に、日本の先人に学ぶのが先
序章 沈没する世界、日本の躍動が始まる
第1章 常識を疑う世界の見方
第2章 立派だった戦前の日本人
第3章 日本は世界よりも江戸から学べ
第4章 日本人への遺言、世界は日本を見習うようになる


香港人権法が成立したことで、アメリカが香港の人権状況を調査し、一国二制度が守られていないと判断した場合、香港の特別な地位が失われる可能性がある。特別な地位とは、“中国”本土とは違う関税、それに金融面や入国条件での優遇などで、そうなれば香港は、国際的な金融センターとしての地位を失うだろう。その上で、民主化運動の弾圧に関わった者に対する制裁が行なわれる。銀行口座の凍結や廃止、入国拒否などである。

5月28日、中国全人代は、香港への国家安全法制を導入することを決めた。国家安全法制は中央政府への反乱や国家転覆、分離独立を禁止し、中国本土の国家治安機関が香港で活動することを認める。

《中国全人代、香港への国家安全法制の導入を決定 CNN》


すでに、香港の民主活動は、動き出している。アメリカは強硬姿勢を崩さない。即座に“中国”の対応を非難する声明を出した。国家安全法制が香港の自由を脅かすほか、1984年の香港返還協定に違反するとしたものだ。この声明は、イギリス、オーストラリア、カナダとともに、4カ国の共同声明という形を取った。

イギリスが加わったことが新たしい。イギリスはEUを抜けて、もはや自力で世界を視野にせざるを得ない。そう考えたときの最良の策は、アメリカとしっかり組むことだ。5Gネットワークにおいて、ファーウェイの参入を認めたイギリスが、ここに来てファーウェイ排除に動き始めた。

まさに、海洋国家によって、“中国”を包囲するかのような体勢だ。しかし、日本が加わらなければ、海洋国家による“中国”包囲は完成しない。

武漢発感染症は、トランプ大統領が行ったとおり、「故意でなければまぬけ」だ。もう一つ、「偶然を最大限利用した」というのもあるかも知れない。

だけど、ヨーロッパは長く、“中国”との相互依存体勢を深め、なくてはならぬパートナーにまでなっていた。その為には、チベットやウイグルの人権問題にも口をつぐんだ。そのヨーロッパが、武漢発感染症に関しては“中国”を非難している。アメリカ、オーストラリア、イギリスに加え、フランスやドイツからも“中国”政府の責任を追及し、賠償を要求する動きが高まっている。

渡邉哲也さんも言っている。“問題は日本”だ。自由社会第二の国家で、世界第三位の経済大国。“中国”経済及び、製造業を技術や基礎材料、機会の面で支えているのは日本。その日本がどう動くのか。それによって、事態は大きく変わる。“中国”による利益と国際信義を秤にかけるのは間違っている。

香港が落ちれば、いずれ“中国”の矛先は台湾に向かう。

天安門が繰り返される。今度は、「高度な自治」が約束されていた香港で。そんなことを許してしまったら、日本の失うものは、計り知れない。




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北方領土『歴史問題の正解』 有馬哲夫

1944年10月、モスクワ会談が行なわれている。ここで、ソ連の対日参戦が話し合われた。それはテヘラン会談でも話題になったが、ソ連は否定はしなかったが、ドイツとの戦いが続いていることを理由に渋っていた。

モスクワの会談では、ドイツの崩壊後、どれくらいでスターリンは日本に対して能動的な態度を取るかが話題となり、ソ連はドイツ敗戦の2~3ヶ月後に対日参戦すると約束した。

千島列島の引き渡しについては、1944年12月14日、同じくモスクワで会談が行なわれた。駐ソアメリカ大使ウィリアム・アヴェレル・ハリマンとスターリンとの会談だった。

スターリンは、千島列島と樺太南部はロシアに返還されるべきだと主張した。さらに、旅順と大連の港とその周辺の租借、東清鉄道と南満州鉄道の権利を要求した。これがソ連の対日参戦の代償として、スターリンがルーズベルトに要求したものであった。

ハリマンはこのあと、千島列島の領有に関して調査を行ない、その結果を勧告書としてルーズベルトに提出している。それによれば、ハリマンは北千島、中千島、南千島の住民の居住の実態を分析したうえで、
  1. 南千島は日本の領有のままとし、大日本帝国全体に非武装の原則を適用する
  2. 北千島と中千島は計画されている国際機関(国連)の元におかれ、ソ連にその施政権を委ねる
  3. どのような場合でも、千島における漁業権を日本が保持することが考慮されるべきである
このような下準備の上で、2月4日からヤルタ会談が行なわれた。

クリミア半島の南端にあるヤルタについたとき、会議場に向かう途上、周囲が荒れ果てているのに気づいてルーズベルトが「なぜクリミアは、こうも荒廃しているのか」と尋ねた。スターリンが「ドイツ軍によるものだ」と答えると、「ではドイツ軍将校を5万人ほど処刑しよう」とルーズベルトが応じたという。

さらにドイツの処理について、ルーズベルトはソ連にドイツの80%の工業設備と200万人の労働力を持ち去らせ、農業国にしてしまおうと言った。チャーチルが、「それではドイツという馬は働けなくなります。干し草ぐらいは残してやりましょう」と諫めるほどだったという。

ソ連はのちに満州に侵攻し、現地のあらゆる日本の工業施設を持ち去っただけでなく、ポツダム宣言に違反して60万人近い日本の軍民をシベリアに送り、強制労働をさせ、10人に1人を死なせている。エリツィンが一度頭を下げたことがあったな。そのあとは、逆に開き直ってる。

さらにルーズベルトは、敗戦国のドイツの生活水準がソ連を上回ることがないようにしようとスターリンに言っている。日本占領の時も、占領軍は日本を農業国家にし、生活水準を戦勝国の中華民国よりも低く保つべきだと言っている。


『歴史問題の正解』    有馬哲夫


新潮新書  ¥ 836

中韓露のプロパガンダや、アメリカの洗脳を排し、冷静に歴史を見つめ直す
第1章 「南京事件」はプロパガンダから生まれた
第2章 真珠湾攻撃は騙し討ちではなかった
第3章 ヤルタ会議は戦後秩序を作らなかった
第4章 北方領土はこうして失われた
第5章 ポツダム宣言に「日本の戦争は間違い」という文言は存在しない
第6章 日本は無条件降伏していない
第7章 原爆投下は必要なかった
第8章 天皇のインテリジェンスが國體を守った
第9章 現代中国の歴史は侵略の歴史である
第10章 日韓国交正常化の立役者は児玉誉士夫だった
第11章 尖閣諸島は間違いなく日本の領土である


ヤルタ会談においても、対日参戦については、「ドイツ敗戦ののちに対日参戦すると約束した」43年11月のテヘラン会談の時と何ら変わりなかった。スターリンは、その計画に日本が気づき、ドイツ船が修了する前に日本から攻撃されることを恐れていた。

では、その代償としての、千島列島に関してはどうか。それに関する議論と受け取れるのは、ルーズベルトはそれに関して、以下のように発言したらしい。

「戦争の終わりに樺太の南半分と千島列島がソ連に行くことに関していかなる困難もない」

ハリマンの勧告書が1mmも反映されてない。・・・実はこれにはわけがある。

第二次世界大戦の締めくくりを迎える中、アメリカ国務省の高官として働いたあるジャー・ヒスは、ソ連のスパイだった。そのソ連のスパイのヒスに、アメリカは戦後処理を決めるヤルタ会談の仕切りを任せてしまった。ヒスはスターリンに対して、アメリカ側の手の内をすっかりさらけ出す以上のことが出来た。

ヤルタ会議文書は、ほとんどの議題を事前に協議し、一通りの決断をだし、それらを文書やメモにまとめた後、実際のヤルタ会議の場で、ルーズベルトとスターリンとチャーチルがそれを確認し、異論があれば訂正し、さらに議論が必要であれば先送りにするというやり方で進められていた。

だから、事前に議題を整理し、結論をまとめた文書ヤメモを用意することが、会議の結論を左右することになる。ヤルタ会談では、その役割を果たしたのがアメリカ国務省の高官で、ソ連のスパイを務めたヒスだったのである。

ハリマンの勧告書は、ヒスの判断で、ヤルタにおける会議の資料に取り上げられず、ルーズベルトの目にとまることなく、葬り去られてしまった。

チャーチルは、極東問題はほとんど議論されなかったと、回顧録で述べている。しかし会議では、一つ一つの議題について三首脳の諾否を確かめつつ進めるのではなく、それぞれが話したいことを話し、すでに用意された協定書にサインするだけである。チャーチルは、ルーズベルトとスターリンの二人が話して作った協定書にサインをした。

1952年、サンフランシスコ講和条約の批准が可決された時、アメリカ上院は上記の極東密約の批准を否決した。ヒスとスターリンにやられたことに気づいたからだ。

アメリカ議会がヤルタでの密約を拒否したことで、ソ連は北方領土だけではなく、千島列島や南樺太領有の根拠を失った。




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南京事件『歴史問題の正解』 有馬哲夫

「中国の外交はパンダとプロパガンダしかない」

この本の著者有馬哲夫さんが、知り合いの欧米人から言われた言葉だそうだ。パンダだって本来、チベットから盗んだもんだしね。チベットと言えば、同じように“中国”からエスニッククレンジングを受けているウイグルに関して、アメリカの上院が、これを問題視する法案を可決した。

REUTERS 5/15
米上院、ウイグル人権法案を全会一致で可決
https://jp.reuters.com/article/usa-china-xinjiang-idJPKBN22R01N

米上院は14日、中国政府がウイグル族などイスラム教の少数民族を弾圧しているとして、トランプ政権に強硬な対応を求めるウイグル人権法案を全会一致で可決した。

チベットでも、ウイグルでも、内モンゴルでも、だいぶ酷いことをしているみたいだからね。新華社なんか見てると嘘ばっかり並べ立ててさ、逆に酷いことになってるんだろうなって思ってしまう。

「プロパガンダと思える情報は軽蔑されるだけでなく、それがその国の信頼性を損なうなら、むしろ逆効果と分かるだろう」というのはアメリカの政治学者ジョゼフ・ナイの言葉だそうだ。
何しろ、世界中の人々の半分以上がインターネットを使う時代だからね。発信した情報はずっとネット上に残る。仮に一時的にプロパガンダが効果を上げることがあったとしても、時間が経つうちにプロパガンダと歴史的事実の乖離に気づく人が出てきて、嘘つき国家であることがバレてしまう。

「多くの人々を短い間だますことは出来る。少ない人々を長い間だますことも出来る。だが、多くの人々を長い間だますことは出来ない」

これはエイブラハム・リンカーンの言葉だそうだ。そうそう、リンカーンが人道的見地から奴隷解放を唱えたわけじゃないことを、私ですら知ってるよ。



『歴史問題の正解』    有馬哲夫


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中韓露のプロパガンダや、アメリカの洗脳を排し、冷静に歴史を見つめ直す
第1章 「南京事件」はプロパガンダから生まれた
第2章 真珠湾攻撃は騙し討ちではなかった
第3章 ヤルタ会議は戦後秩序を作らなかった
第4章 北方領土はこうして失われた
第5章 ポツダム宣言に「日本の戦争は間違い」という文言は存在しない
第6章 日本は無条件降伏していない
第7章 原爆投下は必要なかった
第8章 天皇のインテリジェンスが國體を守った
第9章 現代中国の歴史は侵略の歴史である
第10章 日韓国交正常化の立役者は児玉誉士夫だった
第11章 尖閣諸島は間違いなく日本の領土である


満州事件を最初に必要にしたのは、アメリカだったみたいだね。

なにしろ広島と長崎に原爆を落として、20数万人を殺したからね。それよりも前、3月10日には東京を空襲して、一晩で10万人を焼き殺した。問題は原爆の方だったんだろうな。とりあえず20数万人を確実に上回る30万人を、日本人は南京で虐殺した。だから、日本人はやられても仕方がない。

「日本人のあらゆる階層に対してその敗北の事実を明瞭にしなければならない。彼らの苦痛と敗北は、日本の不法にして無責任な侵略行為によってもたらされたものであるということを、彼らに対して認識させなければならない」

これが、1945年の11月の時点でマッカーサーに伝えられていた初期基本指令だそうだ。これにしたがってウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム(WGIP)が動き出すことになるんだな。

嘘ばっかり突いているアメリカ人宣教師じゃなく、現地に残った欧米人の日記や記録を有馬さんがイギリス公文書館で調べたところ、当時、南京の安全区の人口は25万人ほどだったという。

それらの日記や記録には、小規模な殺戮や暴行の目撃証言はあるものの、数百とか数千という単位の証言はすべて伝聞で、目撃されたものではないという。さらに、大きな規模の人口減少の証言もないという。

死者が多かったことは間違いない。戦争なんだから。朝日新聞は国民党軍の戦死者を8万前後、捕虜を1万500人としている。

問題は、ソ連をこの戦争に引き込むことに失敗した蒋介石が、戦いの前に部下の兵士や南京市民を置き去りにして逃げちゃったことだ。後を任された司令官の唐生智はじめ高級将校まで、蒋介石の後を追って逃げちゃった。蒋介石は、自分は逃げたくせに督戦隊は残して、逃亡しようとする兵士を撃たせた。

指揮官に逃げられ、日本軍に包囲され、しかも督戦隊に銃を突きつけられて逃げることも出来ない兵士たちは、軍服を脱ぎ捨てて南京市民になりすました。便衣兵ってやつだな。日本軍は安全区から青壮年を抜き出して、便衣兵を見分けて処刑・・・ってのがうまい具合に出来ればいいけど、誤って殺された民間人もいたようだ。

実は、大将のの松井石根は、ここまでずいぶん兵士たちに無理をさせていたらしい。そこへ来て国民党軍兵士の便衣兵化によって、日本軍兵士はさらに緊張を強いられたんだろう。組織的ではないし、大規模なものではないとしても、一般市民への残虐行為や婦女暴行が実際に行なわれたのは、そのあたりに大きな原因があったんだろう。松井石根は一身を以て償い、その責任を取ったことになる。

当初はアメリカが必要としたプロパガンダであったが、今それを最大に利用しているのは“中国”だ。“中国”がしかけるプロパガンダを受け入れなければならないいわれはない。“中国”は軍事行動による戦闘員の戦死と、便衣兵の処刑と、民間人の虐殺を故意に混同している。さらに、松井石根よりもはるかに罪の重い蒋介石と唐生智、さらにそれに続いた高級将校たちの責任を不問にしている。

そのプロパガンダは、現在の“中国”を支配する中華人民共和国が政治的利益を得るために流されている。その責任は死刑判決を受けて死んだ松井石根だけのものではなく、当時の日本政府、そして現在の日本政府と日本人、将来の日本政府と日本人にもあるとするのが彼らの態度だ。なにかにつけ日本に謝罪を求め、譲歩を迫るために行なわれている。日本が一歩譲れば、中華人民共和国は一歩踏み込んでくる。・・・将来にわたってね。





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『危機にこそ ぼくらは甦る』 青山繁晴

「予が諸君よりも先に、戦陣に散ることがあっても、諸君の今日まで捧げた偉功は決して消えるものではない。いま日本は戦に敗れたりといえども、日本国民が諸君の忠君愛国の精神に燃え、諸君の勲功をたたえ、諸君の霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、いつか来るであろう。安んじて諸君は国に殉ずべし。」

硫黄島守備隊の総指揮官であった栗林忠道中将は、1945年3月25日、部下たちに上記のような訓示を与え、翌26日朝には攻撃の先頭に立って戦死する。

アメリカ軍の艦船が硫黄島に姿を見せたのは2月16日。上陸軍をしきするホーランド・スミスは、「占領は五日で終わる」と豪語した。

まずは、徹底した艦船からの砲撃を三日間続け、日本軍の火砲を沈黙させてから上陸を開始。守備隊は上陸部隊に集中砲火を浴びせて、4人に1人を死傷させるという打撃を与える。しかし、物量に勝る米軍は、上陸作戦開始から四日ですり鉢山に星条旗を立てる。

米軍にしてみれば、占領作戦はほぼ完了と思ったろうが、栗林中将と守備隊の兵士たちの共通する思いは、最後までゲリラ作戦を続け、少しでも本土への攻撃を遅らせ、少しでも米軍を消耗させるというものだった。

2月16日に始まった戦いは6日どころか30日を超えた。2万人いた守備隊の兵士も数を減らし、いよいよ1000人を切った。残された部下に上記の訓示を与えた翌朝、400人の兵士の先頭に立って米軍野営地に攻撃をかけ、米兵170人とともに、栗林中将は硫黄島に散った。

栗林中将は部下たちに、「日本国民が諸君の忠君愛国の精神に燃え、諸君の勲功をたたえ、諸君の霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、いつか来る」と言ったが、大変残念であるが、まだその日は来ていない。

栗林中将はいみじくも、“いつか来る”と言っている。「日本国民が諸君の霊に対し涙して黙祷を捧げる」とは言い切っていないのだ。栗林中将は、日本は壊滅的な打撃を受け、もとのように復活するには相当の時間がかかると考えていたのだろう。

その通り、日本は壊滅的な打撃を受け、それ以上に米軍の占領によって国を作りかえられてしまった。徹底した洗脳で、祖先につながる物語を塗り替えられてしまった。

硫黄島の守備隊は、米軍による本土攻撃までの時間稼ぎをしてくれただけではない。特攻や、沖縄での戦いも合わせて、日本と戦う上での米軍の覚悟を変えた。曲がりなりにも日本が、日本として戦後世界にその地位を確保できたのは、それらの戦いで散っていった人たちの犠牲によるものに他ならない。

しかし、まだ、・・・




扶桑社新書  ¥ 968

半島危機、トランプ現象・・・世界は喘ぎ、ぼくらは潜在力を爆発させる
次の扉を開こう
独立
正憲法
ジパング・デモクラシー/日本型民主主義
光の道
あとがきに代えて
その後のぼくら―新書としての再生に寄せて
危機を生きる
危機を笑う


その作りかえられた国と、塗り替えられてしまった物語を、戦後ずっと支えてきたのは占領軍じゃない。占領軍は、ずっと前に引揚げた。それを支えているのは、マスコミと教育界。

マスコミは知らないけど、教育界なら学校に勤めていたので、少しは分かる。青山さんも話題にしてたけど、ちょっと学校のことに触れておくことにする。

私は今年60歳になったが、その私が高校に入った頃、だから昭和50年、1975年頃だな、変わり目は。戦前にすでに人格形成を終えていた教師たちが、徐々に引退していった頃だ。それに代わって、人格形成途上で敗戦による価値観の逆転と、強烈な洗脳で、日本を侵略国家と信じて疑わない人たちが学校の主導権を握るようになっていく。

私も一時流されたが、それなりの時間はかかったが、戻ってこれた。戻る場所を知ってたしね。で、自分自身学校に勤めることになる。組合には、迷ったあげくに入った。イデオロギーじゃなくて、職場闘争がどうしても必要だったから。ところが、当時は、日教組と県教委ってのは、上の方で妙に折り合ってるところがあって、汚らわしいからやめた。まさに、♬ 右を向いても左を見ても、馬鹿と阿呆のからみあい ♬ だった。

私は歴史の教員だったけど、歴史教科書なんてひどいもんで、実は、教科書って言うのはほとんど使ったことがない。嘘ばっかりだから使えない。

私よりも若い教員は、年齢が下るとともに、作りかえられた国と、塗り替えられてしまった物語に、なんの疑問も持たない人たちになってくる。そういう人たちが学校の先生だし、それに学校の先生だけじゃなくて、八百屋も魚屋も、定食屋も居酒屋も、みんなそうなんだよね。

だけど、私は“一時流された”ことがあるから分かるけど、“塗り替えられてしまった物語”では、どうしても歴史が成立しないんだな。納得できる、この国の歴史が成立しないんだ。

つまり、多くの人たちが、いまだに“納得できない歴史”を抱えて行き詰まってるはずなんだ。彼らが求めれば、化けの皮はたやすくはげる。

私たちに必要なのは、心を揺さぶるような、本物の物語だと、私は思っている。

日本国民が硫黄島に散った守備隊兵士たちの勲功を称え、彼らのの霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、早く来ることを切に願う。それは、今を生きる日本人にとっても、大変喜ばしいことだと思う。




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『解剖学はおもしろい』 上野正彦

著者の上野正彦さんが東京都の監察医をされていた頃、都立の看護学校で解剖学の講義を依頼されたんだそうだ。

毎日、変死者の検死や解剖をやっているのを見込まれてのことだという。“分厚い教科書で難解な文字が並ぶ解剖学”っていうのが、看護学生から見た解剖学で、看護師をめざす生徒にとって難関の一つだったらしい。

それを少しでも分かりやすく、理解しやすくするために、そして自分の身体を探検するような気持ちで勉強してもらうために、上野さんは看護学校生向けの読み物を書いたんだそうだ。それがこの本、『解剖学はおもしろい』だそうだ。

最初は、1994年に医学書院から出されたそうだ。それが2002年に新書化されたのがこの本で、残念ながらすでに時価になっている。Kndle版は、いまでも¥770で読むことができるみたいだ。

今、考えてみれば、この上野正彦さんの本を図書館で何度も手にしている。『死体は語る』っていう本。ずいぶん前に読んでいるはず。この間、読んで面白かった『奇妙な死体』を書いた巽信二さんとごっちゃになってしまって、この本を古本屋で見つけたとき、実は「巽信二さんの本かな」って勘違いして購入した。

いや、そのくらい、装丁も紙も、まったく日焼けもしてなくて、きれいだったもんで。ところがどっこい、巽さんの大先輩の本だったということ。

だけど、装丁や紙同様、内容もちっとも日焼けしてない。

難解な教科書の消化剤として書かれたテキストということだけど、そういうテキストが必要だってことが、この本を読んでいても思いやられた。なにしろ、人体の部位を示す言葉が難しい。まず、漢字が読めない。看護学生は、そういうところから始めるんだろうな。

そうそう、高校で進路指導の仕事もしてたんで、看護学校の入試にも携わったんだけど、その多くが推薦入学なんだよね。推薦っていったって、推薦されれば入れるってもんじゃなくて、学力検査と面接がある。それに小論文を課すところも少なくない。

学力検査の中で最も重要視されるのが、・・・なんだと思いますか。今時で考えれば英語かなって思うかも知れないけど、国語。国語が一番重要。学力検査は国語だけってところも少なくない。中でも、漢字の読み書き。

それがよく分かった。人間の部位の名称は、とにかく難しい。




解剖学

青春出版社  ¥ 時価(Kindle版¥770)

「解剖学」を通じて、人の体、死と生について様々な角度から解き明かす
入門講義 一つの細胞から始まる人体のしくみ
第1講義 骨と筋肉がつくり出す美男美女
第2講義 自分のお腹の中を探検してみよう
第3講義 知ってて知らない男と女のからだの違い
第4講義 不思議な“からだバランス”の秘密
最終講義 解剖学がわかれば自分がわかる


しかし、それにしても、時々登場するエッチなお話はいかがなもんだろうか。

相手は、ついこの間、高校を卒業したばかりのうら若い乙女たちのはず。その乙女たちを前にして、「房事過度による衰弱を腎虚という」であるとか、「陰嚢のしわが伸び縮みして睾丸を適温に保つ」であるとか講義を展開しておられるとか。

疑問を呈しておいてなんだけど、私も、実は知っている。うら若き乙女たちも、興味津々であるということを。もちろん、看護師希望者に、最近、男性が多く含まれるのは承知の上だが、上野正彦さんが教壇に立たれた頃は、ほとんどが乙女たちだったはず。

しかも、それが、彼女たちが国家試験に合格して、希望する看護師になるために、絶対に必要な知識であるならば、解剖学の講師としては絶対に語らなければならない話ということになる。

そんな前提で、上野さんは、看護学校では難解で敬遠されがちな解剖学を、看護学生たちにとって身近なものとして提示してやっていたということなんだろう。

たとえば、こんな話はどうだろう。

“家”制度が堅牢だった頃、跡取りを残すことは、夫婦にとって何よりも大事なことだった。しかし、当時、生まれてくるこの性別は、生まれてみないと分からなかった。それでも早く知りたいというのが人情で、母親の顔がきつくなったら男なんて言われる向きまであった。

それよりも、産み分けの工夫まであったそうだ。昔、右の睾丸には男の種が、左の睾丸には女の種が入っていると信じ、男子の誕生を希望する男たちが、左の睾丸をひもで縛って性行為に及んだという。それでは、両方縛れば避妊になるという説もあったんだろうか。

うら若き乙女たちも、解剖学の講義を心待ちにしたんじゃないだろうか。

もちろん解剖を行なうものの、あくまでも上野さんの専門は法医学。法医学者として、死体の声を聞き取るのが仕事。中でも、この本が書かれた当時、いじめを苦にした自殺であるとか、いじめによる死亡例、はてはいじめられっ子が我慢の限界を超えて逆襲に出てしまった殺人事件まで起こっていたらしい。

新聞は、「めった刺し」、「うっぷん晴らし」、「目突く」などの言葉を並べ、“残虐な惨殺”に仕立て上げたそうだ。

惨殺されている被害者が強者で、殺した側の加害者が弱者。弱者が逆襲に出るときの心理は、確実に殺さなければ自分が確実に殺されるという切迫観念に追い込まれている。恨みを晴さんがためにめった刺しにしているのではない。性格が残虐であるがために、惨殺したのではない。弱者が強者に立ち向かうときの精神構造がそうさせている。死んでもまだ、目をむく死体。弱者には、まだ生きていて、睨んでいると思える。

上野さんは、この事件を憎んだ。加害者をではない。・・・事件を。事件の起こる社会的背景を・・・。

そういう人でないと、なかなか死体の声は聞こえてこないんだろうな。




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『指揮官たちの特攻』 城山三郎

この本は、神風特別攻撃隊第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉と、敗戦を知らされないまま玉音放送後に最後の特攻隊員として沖縄に飛び立った中津留達夫大尉、二人の写真が表紙を飾る。

最初の特攻隊員の関と、最後の特攻隊員の中津留の二人は、真珠湾攻撃直前の昭和16年11月に海軍兵学校を卒業した。つまり同期である。ともに飛行科を志願し、ともに宇佐航空隊においてわずか5人に絞られた艦上爆撃機乗りとしての道を歩んだ。

しかし、正反対とも言えるほど性格が違っていたからか、これだけ身近にありながら二人の接点はない。関は、後輩に対する締め付けが激しく、「鷹のような目つき」で激しく指導した。後輩にすれば、恐い教官の最右翼だった。“地獄の宇佐空”、“鬼の宇佐空”を体現する人物だった。

それに対して中津留は、その技能は宇佐空の中でも指折りでありながら、“地獄の宇佐空”、“鬼の宇佐空”とはまったく無縁の人物で、部下からも「中津留大尉とともに・・・」と慕われていた。二人は同じ宇佐』空で、ともに4ヶ月を過ごし、その後、関は霞ヶ浦航空隊に配属されていった。

接点のない二人ではあるが、もう一つ共通することがある。戦局が厳しさを増す昭和19年、二人は同じように結婚して、新妻とともに、最後に幸せな家庭生活を送っている。そして、新妻を残して、関は昭和19年10月25日、中津留は20年8月15日に、それぞれ最初の、そして最後の特攻隊員として戦陣に散った。

表紙を飾る二人の写真は、それぞれに、自身の性格をそのまま表現しているかのように、関は見るからに精悍に、中津留は見るからに温厚に写っている。

じつは、それぞれの特攻は、どちらもそれぞれに理不尽な背景を抱えていた。

関に関しては、こうである。当時、圧倒的に優勢なアメリカ艦隊に対し、一機必中の体当たり敢行しかないという話は出ていた。後に、桜花と呼ばれる人間ロケット弾の乗員募集が行なわれるに当たって、「親一人・子一人のもの」、「長男」、「妻子ある者」に退場を命じた上で志願を募った。関は、そのすべてが当てはまる。

中津留に関しては、こうである。昭和20年8月15日、中将の宇垣纒は、サンフランシスコ放送が日本がポツダム宣言を受諾し戦争が終わったと放送しているのを知っていた。知っていながら、中津留に特攻の命令を出した。自分も同乗して突っ込むと。宇垣纒に関しては、日本の敗戦を承知した上での自殺である。それに部下を巻き添えにしようとした。





新潮文庫  ¥ 539

結婚し、家庭の幸せもつかんでいた二人の青年指揮官は、いかにその時を迎えたのか

神風特別攻撃隊第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。敗戦を知らされないまま、玉音放送後に「最後」の特攻隊員として沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。すでに結婚をして家庭の幸せもつかんでいた青年指揮官たちは、その時をいかにして迎えたのか。海軍兵学校の同期生であった二人の人生を対比させながら、戦争と人間を描いた哀切のドキュメントノベル。城山文学の集大成。


しかも、宇垣纒は、日本のポツダム宣言受諾で勝利を確信し、警戒を解いた沖縄の米軍に攻撃を仕掛けようとした。巻き添えにしようとしたのは部下だけではなく、戦後の日本の命運も巻き添えにすることを躊躇しなかった。

この突入は、他の特攻とは違うところがあったそうだ。通常、掩護戦闘機がない場合、特攻を報せるために基地に打電するそうだ。「セカ・セカ・セカ」で敵戦艦発見を伝え、「ト・ト・ト」で突入態勢に入ったことを伝え、「ツー」という長音符が続く。その切れたときが体当たりの瞬間となる。

中津留機の長音符は、通常よりも長かったらしい。それを、この本の著者城山三郎さんは、こう推理する。

その日、沖縄前泊の米軍キャンプでは、戦勝を祝うビア・パーティが、もはや特攻もないと、煌々と明かりをつけたまま開かれていた。そこへ特攻機が爆音をとどろかせて突っ込んでくる。

中津留は気がついていたはずだ。沖縄に向かう艦上爆撃機彗星から、空にも海にも、もはや敵がいないことに。伝声管を通して、同乗する宇垣纒に問い質したはずだ。

それでも宇垣は、米軍キャンプの弛緩しきったビア・パーティ会場への特攻を命じる。「セカ・セカ・セカ ト・ト・ト ツー」、最後の長音符が通常よりも長かったのは、中津留大尉が突入すると見せかけて、寸前で回避していたからだと。

艦上爆撃機乗り有数の技能を持つ中津留大尉は、狙い通りパーティ会場を外して突入したのだと。

日本はいろいろな意味で稚拙だった。真珠湾攻撃がなかったとしても、なんとしても早晩アメリカは、日本との戦争を始めた。日本が真珠湾を攻撃しないなら、アメリカが自分でアリゾナを沈めて日本のせいにすりゃいいだけのこと。米西戦争の時はそうだった。戦時プロパガンダはお手の物。

問題にすべきはそのことじゃない。軍隊が学歴を官僚組織になりきっていたこと。軍隊の中にいじめが蔓延していたこと。分かっていながら、それを上層部がそれを黙認していたこと。上層部、特に参謀本部に兵士の命を軽んじて顧みないエリート主義が蔓延していたこと。
『特攻の真意』という本がある。特攻という愚策を若者たちに押しつけて、死なせていった大西瀧次郎の“真意”という意味だ。もちろんその“真意”がいかなるものであったとしても、特攻で散っていった若者たちに言い訳できることではない。

それでも、宇垣纒みたいな後先考えない指揮官もいる。さらには、牟田口廉也、源田実、瀬島龍三らのように、自分の作戦でどれだけの若者の血が流されようが気に留めないような奴はごちゃごちゃいた。

大西瀧次郎は十字腹を切り、喉を突き、胸を突いて、なおみずからの血の海に十五時間のたうちまわった挙句に亡くなったという。それが、大西らによって望み多き前途を絶たれ、空に、海に、散っていった若者たちの御霊を慰めるものであったかどうかはわからない。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

真犯人『解剖学はおもしろい』 上野正彦

29日に献血に行ってきた

以前、変形性股関節症の痛みが強くなって、山岳部の顧問ができなくなっていた頃、なり行きでJRCことジュニアレッドクロスの顧問をしていたことがある。もともとクロスってのは性に合わない私ですが、気に入った仕事だけ選べるわけじゃないからね。そのJRC部の活動にもいろいろあるんだけど、学校献血ってのは重要な活動の一つでしたね。赤十字といろいろな調整をして、献血者を呼ぶんだ。

献血車1台で、献血スペースが3カ所。一人あたり20分、血の出の悪い人だと30分くらいかかるから、効率が悪い。いろいろな部活動の大会が重なる時期を選ぶ。どういうことかというと、昼休みからはじめて、5時間目、6時間目は、自習のクラスの生徒は献血に行ってもいいってことにしてもらった。部活の顧問が大会で自習が多い時期を狙ったってこと。そして放課後は5じまで。

顧問になって2年目にはその体勢ができたので、献血車を2台回してもらった。当時は、記念品にユニクロのフリースがもらえたんで、高校生も希望者が多かったね。

注射が嫌いでね。最初の年は、忙しそうなふりをして、献血している時間が取れないさまを振る舞ったんだな。それでなんとか逃げ切った。その年、3年生が私の不審な振る舞いに気がついていたらしい。それが下級生に申し送りになっていたらしく、2年目からは逃げられなくなってしまった。

結局、申し送りはしっかり受け継がれ、転勤するまで毎年献血してた。29日に献血に行って、あの学校から転勤して、今年が19年目であることが分かった。なぜ分かったかというと、ずっとデータとして残ってるんだね。名前と住所を記入したら、「あっ、14年ぶりですね」って言われた。

本当はもっと早く、一週間ほど前に行こうと思ってたんだけど、まったく、うっかり忘れてしまっていた。気がついたのは、当日の夜で、あらためて調べたら、近くの大型商業施設で29日にあるということだった。

開始時刻の10時前に行ってみたら、商業施設の入り口横に献血車が止まっていた。聞いてみたら、商業施設に入ったところに受付があると言うことで、開店を待たなければならなかった。おそらく今でも、献血車の中の献血スペースは3カ所だろうから、開店と同時に受付に行った。1番だった。でも、私が受付を済ませている間にも、何人かの人が後ろに並んだ。血圧を調べたら、これから献血って言う緊張で、上が150を越えていてビックリ。

献血手帳は紛失していたので、ちょっと受付に手間取り、2番目で献血車に入った。終了したのが10時半。11時まで休むように言われたが、連れ合いの車で来ていたので、家に帰ってゆっくり休んだ。



解剖学

青春出版社  ¥ 時価(Kindle版¥770)

「解剖学」を通じて、人の体、死と生について様々な角度から解き明かす
入門講義 一つの細胞から始まる人体のしくみ
第1講義 骨と筋肉がつくり出す美男美女
第2講義 自分のお腹の中を探検してみよう
第3講義 知ってて知らない男と女のからだの違い
第4講義 不思議な“からだバランス”の秘密
最終講義 解剖学がわかれば自分がわかる


ホテルの一室でA、B、Cの三人が話し合いをしていたところ、話がもつれ、口論からけんかになり、Cが殺された。AかBのどちらかがビール瓶でCの頭を強打して殺害したものである。

Aの供述
Bが殺した。その後、Cの頭の血を拭き取ったり、飛び散ったビール瓶の破片を片付けた。絨毯にも血がにじんでいたので、ぬれタオルで拭き取った。私(A)も協力した。そしてBは、「お前のせいでこうなったんだぞ。死体を山中に運んで捨てるから、死体が入るくらいの段ボールを用意してこい」

私は夜の街を車で走り、大型電気店の駐車場の隅に積み上げられた大型テレビの段ボールを見つけ、拾ってホテルに戻った。殺害後二時間くらい経っていたCの遺体を、屈曲姿勢に折りたたんでひもで縛り、段ボールに押し込んで、地下の駐車場にエレベーターで運び、車に乗せて山中に捨てた。

Bの供述
Aが殺した。殺害後、Cの頭の血を拭き取ったり、飛び散ったビール瓶の破片を片付けた。絨毯にも血がにじんでいたので、ぬれタオルで拭き取った。私(B)も協力した。しかし、このままでは翌朝には事件が発覚してしまうと思い、段ボール箱に死体を入れて、ホテルを出て山中に捨てようと提案した。私はすぐに段ボールを調達に行こうとしたが、Aの意見により、すでに真夜中であったので、遺体をベッドの脇に寝かし、明るくなるのを待つことにした。

私は早朝の街に出て、大型電気店の駐車場の隅に積み上げられた大型テレビの段ボールを見つけ、拾ってホテルに戻った。すでに殺害後八時間くらい経っていたCの遺体を、屈曲姿勢に折りたたんでひもで縛り、段ボールに押し込んで、地下の駐車場にエレベーターで運び、車に乗せて山中に捨てた。

殺されたCの遺体は、1ヶ月半後、半ば白骨化した腐乱死体となって発見された。半年後にAとBが重要参考人として取調中、上のような供述をした。

真犯人はどちらか。

死体硬直は死後2時間くらいで出始める。その時、関節はわずかに硬くなりつつあるが、まだ死体を屈曲姿勢にするのは容易である。しかし、8時間も放置された遺体は、死後硬直が進み、屈曲姿勢にするのは容易ではない。大の大人二人がかりでも大変な労力を要する。

死体硬直から嘘を見抜かれ、Bが真犯人として逮捕された


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『八月十五日に吹く風』 松岡圭祐

実は、行きつけの本屋さんがお休みになっている。

図書館は、休館になって久しい。BOOKOFFは土日祝日はお休みしている。インターネットで本を注文するのって、実はあまり得意ではない。書架の間を歩き回って、本の匂いを嗅ぎながら、丹念に本を選びたい。

丹念に選んだまま、読んでない本もある。うちの居間には、最近、手に入れた本があちらこちらに転がっている。もう読んだ本、途中まで読んでる本、まだ読んでない本、そんなのが、・・・今ざっと数えたら、17冊転がってる。そのうち、連れ合いの顔色が険しくなるに違いないので、敏感に気配を感じ取って整理にかかる。整理といっても、押し入れの段ボールに入ってもらう。

その時、冷静に、“読んだ本”、“読んでない本”、“途中の本”って分けて整理できればいいんだけど、連れ合いの気配によっては、ただまとめて段ボールにドンという場合もある。その中に図書館の本があったりすると、程なくお呼びがかかる。

また、そのうちに読みたい本を買ってきちゃうから、前に読みたかった本は押し入れの中で熟成に入っていく。そして、押し入れに置き去りにした私の都合で、また引っ張り出されたりもする。

かと言って、それで読むのかというと、読まない場合もある。読んでなければ何でもいいって言うわけでもない。なんていうの?その時の肌合いというか、まあ、気分だね。買ったときは読みたいと思ったかも知れないけど、なんかの理由で読みそびれて、今、同じように読みたいと思うかどうかは分からない。

とりあえず、押し入れに身体の半分を突っ込んだような体勢で、段ボール箱の本を引っ張り出してみる。いくつかの段ボールと格闘しているうち、この本を見つけた。

『八月十五日に吹く風』

2017年12月第1冊発行の本。アマゾンで調べたら、今は文庫本で出てる。いくつかの未読の本と一緒に取り出した中でも、今一番読みたいのは、すでに一度読んだこの本だった。





講談社文庫  ¥ 814

人道を貫き、五千人の兵員を助けた、戦史に残る大規模撤退作戦
多忙の外務省担当官に上司から渡された太平洋戦争時のアメリカの公文書。そこには、命を軽視し玉砕に向かうという野蛮な日本人観を変え、戦後の占領政策を変える鍵となった報告の存在が示されていた。1943年、北の最果て・キスカ島に残された軍人五千人の救出劇を知力・軍力を結集して決行した日本軍将兵と、日本人の英知を身で知った米軍諜報員。不可能と思われた大規模撤退作戦を圧倒的筆致で描く感動の物語。


日本兵の玉砕戦術を、日本兵が死に急いでいると見るのは誤りである。それは捕虜になることを極端に恥じる心理に基づいている。兵士自身のみならず、祖国に残す家族に肩身の狭い思いをさせまいと、生き恥をさらすよりも死を選ぶ。

その信念は極めて強い。戦死を前提にした戦闘行為をまっとうする比率も、ドイツ軍兵士をはるかにしのぐ。だが自分のみならず、同胞も誇りある死を迎えるべきと考えるため、味方の人命を重視しない。

敵を正面に釘付けにし、別働隊を脇や後方に迂回させ襲撃させる包囲作戦のみに固執し、他の可能性を考えない。部隊は秩序が保たれ、兵士たちも勇敢ながら、司令塔となる将校を失うとパニックを起こす。この点も兵士自身が思考を持たないことに起因する。

人命軽視。不条理な戦死の目的化。同一戦法への固執。想定外の事態への対処能力欠如。理想や願望と事実の混同。これは日本兵分析結果五項目だそうだ。

マンハッタン計画のレスリー・グローブスは、「軍人に限らず、夫人や子どもを含む一般市民にいたるまで、日本人は自他の生命への執着が薄弱である。軍部による本土決戦及び一億玉砕、一億総特攻に、誰もが抵抗なく呼応している」と原爆の使用を訴える。

アメリカはオアフ島の海軍基地を攻撃され、3500弱が戦死した。日本を追い込んでおいて、攻撃を仕掛けさせたくせに、「REMEMBER PEARL HARBOR!」とわけの分からないことを言い出す。さらに日本人は理解不能な野蛮人とプロパガンダを垂れ流し、いつの間にかアメリカ人自身がそのプロパガンダに引っかかって、市街地への無差別な空襲を行なって老若男女を殺してもいい、日本に原爆を落としてもいいと思い込んだ。

白人が世界各地で行なってきたことを、アメリカがインディアンに対して行なったことを、アメリカ合衆国がアメリカ連合国に対して行なったことを知っていれば、日本人が民族の絶滅を背負って戦うのは当たり前のことだった。

日本の陸軍と海軍が心を一つにして、アメリカ艦船が取り囲むキスカ島に取り残さた守備隊5200の兵士たちを救出したキスカ島撤退作戦に、アメリカ軍諜報部員として立ち会ったのがドナルド・キーンさんだったという。彼は、この本にロナルド・リーンとして登場する。

そして彼は、日本軍によるキスカ島撤退作戦をもとにして、海軍大将のスプルーアンスに訴える。日本人は自分たちと同じように人命を尊ぶ人々で、自分の命を危険にさらしてでも仲間を助けようとする人々だと。

日米間の戦争を描き出そうとすれば、誰もが大きな困難にぶつかることになる。戦争中にアメリカは、さまざまなプロパガンダを流した。そのうちアメリカ人自身がそのプロパガンダを信じ込み、実際には戦後も訂正されていない。だからこの戦争を描こうとすれば、必ず事実とプロパガンダの矛盾にぶつかる。

この物語は、そのこと自体を題材にしている。2年半前に読んだとき、今までの戦争物にはない爽快感を味わったのは、それが理由の一つだろう。

いつか、もう一度読もう。




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ジャンル : 本・雑誌

『封印されていた文書』 麻生幾

献血に行こうかと思っている。

おそらく、こんなご時世で、血が集まらなくなっているだろう。

実はかつて勤務した高校にJRC部というのがあって、山岳部の指導ができなくなっていたこともあって、顧問を務めていた時期がある。赤十字の精神からははるかに遠い私には不向きの仕事であったが、なり行き上、望まなくても引き受けざるを得ないことなんていくらでもある。

重大な活動の一つに、献血の推進があった。学校に献血車を呼んで、生徒たちに献血を呼びかけた。私の精神が赤十字精神からはるかに遠いところにあろうとも、輸血用の血液が医療には必要なことにはなんの関わりもない。

しかし、私は注射が嫌いである。医者にかかるのも嫌だ。だから、生徒に献血を呼びかけながら、自分は献血車には近寄らないようにしていた。ある年、そんな私の不穏な行動に気がついた生徒がいて、私にそれを問い質した。

さらに逃げるわけにも行かない。以来、毎年の献血の際、まず私を献血車に向かわせることが、JRC部員の仕事として引き継がれるようになった。それは、その学校から転勤するまで続いた。

それ以来、献血をしていない。もう、14年にもなる。

真実は“刃物”である。特に、歴史の真実が明らかになるまでには、時間が必要であるだけではない。

真実の前に横たわる、それを公開すべきではないという無言の力との密やかな戦いも、時として必要となる。

しかし、すべてが悲観にくれることはない。

〈秘匿された文書〉は必ずや我々に希望と勇気を与えてくれる。

冒頭にそうある。

さらにページをめくると、《あまりにも過酷な任務であるにもかかわらず、決して公に賞賛されることがない、真なるプロフェッショナルに捧ぐ》とある。





新潮文庫  ¥ 時価

隠された秘密を追って、衝撃的な文書や証言を引き出し、10大事件の全貌と真相に迫る
序章 アメリカ同時多発テロ―封印されたはずの文書
三菱銀行事件犯人「梅川昭美」VS大阪府警捜査第1課
幻のオウムVS自衛隊治安出動
あさま山荘銃撃攻防―未公開資料の全貌
ホテルニュージャパン大火災埋もれたままの消防隊六百七十七名全記録
特捜部VS田中総理 知られざる密室の攻防
ペルー日本大使公邸事件―存在しなかった「国家の決断」
金丸逮捕劇の知られざる真実
下山事件50年目の解決
ベレンコ亡命で第3次世界大戦への悪夢
北朝鮮「侵入船」を迎え撃った緊迫の8時間


その“プロフェッショナル”とは、誰なのか。“あまりにも過酷な任務”とは、なんだったのか。

上の“目次”から、類推してみて欲しい。

とりあえず、それを、《三菱銀行事件犯人「梅川昭美」VS大阪府警捜査第1課》で追ってみる。これは1979年、私が19歳の時に起きた事件。うろ覚えながら記憶にはある。

犯人の梅川昭美大阪市の三菱銀行北畠支店に銀行強盗目的で侵入した。客と行員30人以上を人質として立てこもり、警察官2名、支店長と行員、計4名を射殺し、果てには女性行員を裸体にさせて行内の接客カウンター前で横一列に立ち並ばせ、籠城を続けた。事件発生から42時間後の1月28日、SATの前身である大阪府警特殊部隊員が突入して梅川を射殺した。

特殊部隊はそれこそ特殊な訓練を受けた者たちであるが、“プロフェッショナル”は特殊部隊
を指しているのではない。目次の題名にもあるとおり、大阪府警捜査第1課を指している。

そして彼らが引き受けた、“あまりにも過酷な任務”とは、この戦後治安史上最悪な事件の全体像を明らかにし、残虐な犯行のうらに
、いったい何があったのか、それを明らかにすることだった。

梅川は、一人暮らしを始めた15歳のとき、アパートの家賃や遊興費を捻出するという目的で、アルバイト先の土建業者の自宅に押し入り、一人でいた若妻をナイフで滅多刺しにして殺している。梅川は少年院に入れられたが、しばらくして脱走を図り、捕らえられて特別少年院に封じ込められる。

しかし、たった1年半で仮退院している。広島家裁は、「少年の病質的人格は容易に矯正し得ず、社会に出れば同様の飛行を繰り返し、再び犠牲者が出る可能性がある。だが、少年であるがゆえに処罰し得ない」とあきらめている。

起こるべくして起こった三菱銀行事件を、被疑者死亡と結論して片付けるわけにはいかなかった。

執念の捜査は全国に及び、梅川の身上を調べ上げ、元妻、友人、愛人、同級生、親戚から徹底した事情聴取を繰り返した。

その捜査の結果が、この本に明らかにされたものとなる。つまり、捜査の結果、明らかにされた結論は、被疑者死亡ゆえに公判で明らかにされることもなく、非公開として、秘匿文書の中に封印された。

当時の捜査幹部は、封印されたがゆえに、この事件の教訓は、未だに生かされていない。つまり、生かされていれば、防げた事件が起こり続けていると言っている。

社会を震撼させたこれらの事件の背景に、過酷な任務に背筋をただし、しかも決して公に賞賛されていないプロフェッショナルがいた。彼らが誰で、どんな任務に直面したのか、それを想像してから読んでみると面白い。

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ジャンル : 本・雑誌

ヤプール人『反日プロパガンダの近現代史』 倉山満

宣教師として江戸時代の日本にやってきたジョヴァンニ・バッティスタ・シドッチ、まずは屋久島に上陸する。

上陸するとそのまま役人に引っ立てられて長崎に送られる。しつこく江戸行きを願い出ると、要望が聞き届けられて江戸送りとなる。当時、江戸幕府を切り盛りしていたのが新井白石で、シドッチは新井白石から直々に尋問されることになる。

シドッチは、望んだような宣教活動を許されることなく幽閉の身となり、最後は衰弱死することになる。しかし、ヨーロッパの文明に関わるシドッチと新井白石の問答は、少なからず新井白石の心を動かしたようで、その様子は『西洋紀聞』に書かれることになる。

ただし、シドッチのキリスト教に関する新井白石への働きかけは、白石を1mmたりとも動かすことはできなかったようだ。そのやりとりが、この本でも紹介されている。


「神は絶対なんだ」と力説するシドッチに対して、新井白石が「それなら、神はなんでこんな不完全な世の中をなんのために作ったんだ」と問うと、シドッチは答えられなかったという話があります。

「私には神様のお考えなど計り知れず、わからない」と、いきなり不可知論で逃げたシドッチを、「なんでお前が分からないものを俺が信じなきゃいけないんだ」と新井白石が一撃で論破したと言われています。

これは、“中国”における反日運動で常用されるプロパガンダに関わる説明の中で登場する。“中国”は日本人を悪魔化し、そのように世界に対して印象づけるプロパガンダを繰り広げるのだが、日本人にはこれが今ひとつ、ちゃんと理解できないところがある。

まずは、あることをないことに、ないことをあることにしてしまう、嘘八百を並べ立てる、あの卑怯なやり口って言うのが想像もできない。“中国”は日本人を悪魔化する手口に長けているって言うんだが・・・。




アスペクト  ¥ 時価

国内外の反日勢力が仕掛ける情報戦&謀略戦に負けないために知っておきたいこと
はじめに  ――もう反日プロパガンダには騙されない!
第一章 現代日本を取り巻くプロパガンダ
第一節 歴史問題
第二節 アメリカのプロパガンダ
第三節 中国のプロパガンダ
第四節 朝鮮のプロパガンダ
第二章 プロパガンダが得意だった戦国日本人
第一節 戦国時代の基本はプロパガンダ戦
第二節 織田信長
第三節 豊臣秀吉
第四節 上杉謙信
第五節 毛利元就と徳川家康
第六節 石原莞爾と武藤章
第七節 世紀のザル法! 特定秘密保護法
第三章 近代日本のプロパガンダ
第一節 強力だった明治の外交
第二節 明石元二郎
第三節 石井菊次郎
第四節 満洲事変 プロパガンダ戦敗北まで
第五節 正論が通らなくなる謎
第四章 世界史におけるプロパガンダ
第一節 四面楚歌が世界最初のプロパガンダ?
第二節 異教徒を改宗させる宣教委員会
第三節 イギリスを世界大戦に勝たせた近代プロパガンダ
第五章 反日プロパガンダに勝つ方法
第一節 ユーゴ紛争にヒントがある
第二節 外国人参政権
第三節 「北朝鮮に拉致された中大生を救う会」の戦い
第四節 アベノミクス vs. 日銀の死闘






“中国”の得意とする、この日本人の“悪魔化”っていうのが、日本人にはどうも理解できない。

このことに関する倉山さんの解説が、恐ろしいくらいにうまい。彼はその解説に、ウルトラマンエースを持ち出した。ウルトラマンエースには、番組を通しての悪役としてヤプール人が登場する。ヤプール人は卑劣かつ陰湿な性格で、人間が抱く憎悪、欲望、猜疑心などの負の側面につけいってエースや標的を追い詰める。《本物の悪魔》、《暗黒から生まれた闇の化身》こそ、ヤプール人の正体なのだ。

ところが、私は知らなかったんだけど、これを漫画化した《ウルトラマン超闘士激伝》の中で、このヤプール人が改心してしまってるらしい。

悪魔って言うのは、一神教において神の対極にある存在だ。つまり、神が絶対の存在であれば、悪魔は絶対的な悪でなければならない。神が不可知の存在であれば、悪魔の悪もまた不可知である。

日本人は、物事を自分で理解しようと努めるから、不可知なものを想像するのは苦手だし、絶対というものを想定するのも苦手だと、これが倉山さんの解説。・・・いやいや、分かりやすい。

日本人の頭の中では、すべてが変わりうる存在であり、移り変わっていくことが自然と考える。だから、絶対的な神とか悪魔のような、わけの分からないものを、想像し、想定することができない。西洋人はそういうものを設定することが大好きだし、その点においては、実は中国人は西洋人に感性が近いという。・・・たしかにそうかも知れない。

関羽に並ぶ中国史の英雄に岳飛がいる。宋王朝時代、軍に力を持たせることをためらったことから、この時代は周辺諸民族の、なかでも北方異民族国家である金の侵攻に苦しめられる。その中で孤軍奮闘するのが岳飛とその仲間たちと言うことになる。秦檜は主戦派の岳飛と対立しつつ、金との間に和睦を結ぼうとする。

そこで邪魔になる岳飛に謀反の罪を着せて投獄し、処刑する。“中国”の人々の人気は一方的に岳飛に集まり、後に建立された岳王廟には秦檜夫婦らが縛られて正座させられている像があり、参拝者が像につばを吐きかける風習があったそうだ。

“中国”においては、悪はどこまで行っても悪だし、死んだって生前の罪が水に流されるなんてあり得ない、絶対的なものなんだな。


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イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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