めんどくせぇことばかり 本 近現代日本
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『全国むかし町めぐり』

おお、本の表紙を飾るのは、時の鐘じゃないか。

最初に建てられたのは、島原の乱の少し前。川越城主酒井忠勝が現在の場所に建てた。現在の鐘楼は、明治26(1893)年に起きた川越大火の翌年に再建されたもの。今では、蔵造りの町並みと並んで、小江戸川越のシンボルになっている。

川越も何度か火事で焼けてるんだけど、寛政4年(1792)に建てられた蔵造りの店蔵が明治の大火でも焼け残ったんだそうだ。それを契機に、江戸の職人を呼んで、火に強い蔵造りの町並みが生まれたんだそうだ。

私が住むのは、その川越まで上り電車で20分、家から車で出かけたら30分のところ。子どもが小さい頃は、何度か遊びに連れて行った。子どもを連れて行って喜ぶのは、丸広の屋上遊園地とか、菓子屋横町とか、蔵造りの町並みで食べ歩きとか。

娘の家族が川越に住んでいる。娘の家に、孫に会いに行く時は、蔵造りの通りを抜ける。最近、着物を着て、氷川神社の方に向かう若い人が多いような気がする。氷川神社に行ったら、その戻りがけに市立博物館や美術館があり、さらには本丸御殿、「とおりゃんせ」発祥の地、三好の神社に立ち寄ってもいい。

本丸御殿の残る川越城は、戦国時代、扇谷上杉氏の居城だった。その家臣、太田道灌が築いたと言われる。有名なのは川越夜戦で、北条氏康軍と上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の3者連合軍が武蔵国の川越城の付近で戦闘し、北条軍が勝利した。激戦となった東明寺は、駅方面から氷川神社に向かう途中の裁判所の裏手にある。

それから、喜多院方面に行ってもいい。ここはあの天海僧正が住職を務めたところで、徳川家との関わりも深く、江戸城から移築された”家光誕生の間”や”春日の局化粧の間”が一般公開されている。

近くの成田山別院では、毎月28日に蚤の市が立つ。連れ合いは、年に2度ほど、ここに古布や端切れを買いに出かける。そういうのを使って、バッグやエプロンを作ったりしている。かなりの店が出るので、それに合わせて川越を訪れれば、ゆっくり1日楽しめる。

歴史の古い町って言うのは、ただ古いってだけじゃなくて、古くから人が行き交うだけのものがあって、見るべきものがあったってこと。残すべきものがあったってこと。長く人が行き交ったんだから、もちろん食い物もうまい。川越と言ってすぐに思いつくのはサツマイモなんだけど、まあ、何を食べるにしてもいい店がたくさんある。娘の家に行くとき、昼近い時間だと、うどん屋とうなぎ屋のところで車が渋滞する。



株式会社G.B.  ¥ 1,848

小京都に小江戸。歴史ロマンの風情漂う城下町、日本の原風景が感じられる山里
九州・沖縄
門司港、臼杵、大川内山、椎名村、竹富島、肥前浜宿
日田、神浦、杵築、黒川温泉、崎津
中国・四国
倉敷、尾道、津和野、萩、琴平、脇町
吉良川、内子、鞆の浦、温泉津、倉吉
近畿
伏見、伊根、近江八幡、今井町、湯浅
長浜、吹田、出石、平福、室津、富田林
東海・北陸
白川郷、郡上八幡、高山、伊勢、常滑、高岡
有松、井波、下田、関宿、五箇山、白峰
関東・甲信越
奈良井、川越、佐原、赤沢宿、真壁、桐生、塩沢、栃木、小布施、妻籠
北海道・東北
小樽、角館、弘前、大内宿、黒石、酒田、喜多方




訪れたことのある町を確認してみた。

佐賀県伊万里市の大川内山。福岡県の柳川。岡山県の倉敷。広島県の尾道。島根県の津和野。山口県の萩。京都府の伏見。滋賀県の近江八幡。岐阜県の白川郷。岐阜県の郡上八幡。岐阜県の高山。三重県の伊勢。富山県の高岡。静岡県の下田。富山県の五箇山。埼玉県の川越。千葉県の佐原。群馬県の桐生。栃木県の栃木。長野県の小布施。長野県の妻籠。北海道の小樽。青森県の弘前。福島県の喜多方。

思ったよりも、行ってるもんだな。出不精の私だから、行ったことのない場所ばかりかと思った。大川内山、柳川、倉敷、尾道、萩、下田、五箇山、小樽、喜多方は、かなり強烈な体験と共に記憶に残る。

近江八幡は息子夫婦が住んでいる。まもなく、孫が生まれるので、おそらく今年の夏あたりには、また訪れることになる。最初に行ったのは、その息子が生まれるよりも前のことなんだけど、友人と共に水郷を巡った。

下田には家族4人で行った。懐かしいな。街角のなまこ壁、ペリーロードの異国情緒。なんだか黒船みたいなのに乗った記憶があるぞ。それから、高台に上がって太平洋を見たな。

だけど、少し、選抜が西に偏りすぎじゃないかな。

それに、出不精の私の知っている範囲でも、まだまだいい町がある。だいたい、小江戸とか小京都と名のる町は数多い。

小京都に関しては、全国京都会議というものが存在するそうだ。なんと全国で、44市町がそれに加盟しているらしい。伊達な小京都、みちのくの小京都、東の小京都、下野の小京都、武蔵の小京都、関東の小京都といろいろだ。

川越は小江戸だな。こちらも小江戸サミットなるものがあって、栃木県栃木・埼玉県川越・千葉県佐原が始めたものらしい。三つの町のほかにも、千葉県大多喜、神奈川県厚木、山梨県甲府、静岡県掛塚、滋賀県彦根あたりも小江戸を名のるらしい。

金はそれ程ないけど、時間はあるからな。この本にある町を、ゆっくり歩いてみたいもんだ。

小京都小江戸に限らず、たとえば情緒のある温泉街なんかもいいな。これは是非、次回作にも期待したいところだ。


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『桂 太郎』 倉山満

時事ドットコム 2021/3/23
政府、対中制裁に慎重 ウイグル問題、欧米と温度差
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021032301114&g=pol
(抜粋)
日本政府は、新疆ウイグル自治区での人権侵害をめぐる対中国制裁には慎重な立場だ。米国や欧州連合(EU)などがそろって踏み切ったが、距離を置いている。4月に予定される日米首脳会談では、人権問題で中国批判を強める米国との温度差が浮き彫りとなる可能性もある。

「台湾有事は予想よりも近い」と、米インド太平洋軍の次期司令官に指名されたアキリーノ太平洋艦隊司令官が発表した。「6年以内」とまで言っている。時間がないな。自衛隊を戦える組織にしなきゃならないって言うのに、政治家たちは・・・。

この分じゃあ、チベットも東トルキスタンも見捨てた日本は、香港ばかりか、台湾も見捨てるんだろうな。それどこじゃない。海保も自衛隊も見捨てて、尖閣諸島を“中国”に献上するのか。

河合元法相だとか、吉川元農相だとか、国民に対するゆすりたかり。野党は野党で、あの関西生コンはどうなったんだ?立憲民主党の副代表である辻元清美の「大坂の父ちゃん」は、威力業務妨害のほかにも恐喝とかで再逮捕が繰り返されているらしい。

国会できびしくやり合っているように見えても、与党も野党も、お互いに支え合っているというか、もたれ合っているようにしか見えない。国会中継を見てても、与党も野党も、よく恥ずかしくもなく国会議員なんかやってるなと思うばかり。野党の質問は感情的なものばかりで、与党の答弁は不誠実なものばかり。聞き方が悪いから、「知らない」で終わっちゃう。

何とか議員定数を削減する方法ってないもんかな。・・・絶対ないな。政治稼業ウハウハだからな。

総務省の接待疑惑も同じこと。見事なのは文春の記事の出し方だけ。だいたい、接待の額を問題にした野党議員がいたが、そんなことを言ってるから、見事に逃げ切られた。更迭されたとか言ってるけど、いずれ互助会で救われる。

感染症に関しては、枝野が国民の健康を人質にして政争に走った段階でアウト。有事の際には挙国一致を取るのが当たり前だと思ってた。感染症対策を政争の具にした国会中継は見るに堪えなかった。

そういえば、この本にも出てきたな。桂が首相を務めていた日露戦争の時のことだ。日露戦争は、たとえ勝っても日清戦争の時のような条約交渉にはならない。戦争のために大きな犠牲を払った国民が、政治に怒りを抱くのは目に見えている。

桂を首班とする日本政府は、そんな状態でロシアと戦っていた。政友会の実力者原敬は、桂との密談で、日本の運命を政治上の取引にした。戦争への協力と引き換えに政権を譲ることを要求した。桂は「首相の椅子をくれてやるから、戦争に協力してくれ」という立場だったようだ。きったねぇ!

何が平民宰相だか。



『桂 太郎』    倉山満

祥伝社  ¥ 1,012

桂の何がすごいのか。まず、日英同盟を結び未曾有の国難である日露戦争を勝利に導いた
第一章 若獅子、駆ける
第二章 陸軍・長州閥の寵児
第三章 国難に立ち向かう宰相
第四章 近代史に輝く功績
第五章 政争の渦
第六章 国の未来を見通す目


安倍晋三元首相は、2019年11月20日に、首相の在職期間、歴代一位に躍り出た。

その後も記録を伸ばして、結局、3188日になった。二位は桂太郎。つまり、安倍さんに抜かれるまでは、桂太郎が一位だった。上位を見ると、安倍晋三3188日、桂太郎2886日、佐藤栄作2798日、伊藤博文2720日と戦前戦後を通じて長州藩閥政治が続いている。

まったく、長州陸軍が日本を滅亡させたというのに。

ただ、やはり、桂に関しては藩閥に呑み込まれた人物ではない。藩閥は、桂にとっては、仏教の方便みたいなもので、本来の目的を達成するための便宜的手段に過ぎない。

本来の目的とは何か。

それは、“癸丑以来未曾有ノ国難”を打ち破り、日本を救うこと。

癸丑とは、ペリーが来航した嘉永6(1853)年を干支で呼んだもの。以来、列強の脅威にさらされながら、必死に生き残りを模索してきたのが、幕末以降の日本の歴史。大動乱と言っていい。それに振り回されなかった日本人は、まず一人もいない。

日露戦争に勝って、ポーツマス条約が結ばれた段階の国際情勢を見ると、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、ロシアといった大国に、日本とアメリカが加わってきた。

日本はロシアの復讐を警戒するが、ロシアの目はヨーロッパに向いている。バルカン問題の方が、ロシアにとってはよほど切実だった。極東に関心を抱いたのは、ヴィルヘルム2世に仕向けられた。そのドイツは、日露戦争の時、日英同盟とも露仏同盟とも距離を取り、安全地帯から両者を煽った。当然ながら戦後、ドイツに対する不信が強まっていた。

1907年、この時は、桂太郎の盟友西園寺公望が首相についていたが、日本はロシアから求められて日露協商を結んだ。さらには日仏協約も同じ年に結ばれている。英露協商も結ばれて、四国協商が成立する。

日本の大国化をアメリカが警戒し、関係がぎくしゃくした向きもある。なにしろ日本とアメリカは、日本が支配下に置く台湾と、アメリカが支配下に置くフィリピンで隣り合っていた。1908年、第二次桂内閣は、アメリカとの間に高平・ルート協定を結んだ。日本はフィリピンに領土的野心がないことを表明し、アメリカは満洲における日本の権益を認めたのである。

ここに置いて、日本は一切の対外的な心配がなくなった。つまり、“癸丑以来未曾有ノ国難”を、完全に乗り越えたのである。

日英同盟を締結した総理大臣。日露戦争を勝ち抜いた総理大臣。日清満洲善後条約を結んだ総理大臣。日韓併合を実現した総理大臣。関税自主権を回復した総理大臣。それが桂太郎だった。

なんかすごい時代だな。なにより“癸丑以来未曾有ノ国難”を完全に乗り越えた総理大臣。

あとはその状態を維持すれば良かった。だけど、できなかった。維持することの方が難しいと言うことか。



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『虫とゴリラ』 養老孟司 山極寿一

養老さんの対談本の中でも、ここまで絶望的な対話は、初めてじゃないだろうか。

養老さんのところには、1970年代の標本がほとんど無いんだそうだ。忙しくて虫取りに行けなかったこともあるけど、山に行きたくなかったんだそうだ。知っている山の風景が、どんどん壊されているのが分かっているから。

目をおおうばかりの道路の拡張、海岸線の破壊、山の切り崩し、植林事業。

田中角栄の日本列島改造が始まって、山が削られ、河川の護岸が固められ、海は壊された。川には家庭排水が垂れ流されて、ひどい匂いを放った。そしたらふたをして、暗渠にして、あー、やれやれ。

巨大なダムがどんどん造られ、超高層ビルが建ち並び、瀬戸内海をまたぐ橋が架けられた。武甲山の石灰石はどんどん削り取れれ、無残な姿をさらしている。

川だってそう。いったん死んだ川だけど、下水道を整備して水がきれいになった。養老さんが怒ってるのは、役所が来て、以前は一匹もいなかったフナを川に放した。よく見るね。他に魚がいそうもないところに、鯉が悠然と泳いでいたりする。

私が生まれたところのすぐそばに、押堀川という川が流れていた。子どもの頃は護岸もなくて、ミズスマシ、ゲンゴロウでもミズカマキリでもタガメでも、みんないた。ウナギを捕まえたこともある。

川の向こうは隣の地区で、川を境にして小学校も変わる。川を挟んで、よく喧嘩をした。石のぶつけ合いをしてた。それでも、どこか手加減があるんだけど、誰かがしくじって、本当にぶつけてしまう。だいたいそれで、ぶつけたやつが敵味方から罵られて終わりになる。頭にでもぶつけると、ちょっとただ事で済まなくなる。

その押堀川に護岸工事が施されて、流域の家庭排水が流されるようになり、川はあったという間に変わった。

川はきれいだったし、山は青かった。

日本人の情緒は、西洋人の感性とはだいぶ違うらしい。それは山極さんが西洋の哲学者から言われたという話。何が違うって、自然観が違う。哲学や宗教は、その自然観を土台にしているから、ものの捉え方が大きく違ってくるという。

西洋は、「我思う故に我あり」というように、自然界に対しても、主体が独立して、明快である。それに対して日本は、主体と客体の関係が曖昧で、境界はあやふやで、両者が溶け込み合っている。主体が自然の中の一部として溶け込んでいる。

それが日本人の情緒になって、さまざまな芸術や工芸品を生み出した。



『虫とゴリラ』    養老孟司 山極寿一

毎日新聞出版  ¥ 1,650

解剖学者養老孟司と、ゴリラ研究の第一人者にして京大総長の山極寿一の初の対集
第一章 私たちが失ったもの
第二章 コミュニケーション
第三章 情報けの起源
第四章 森の教室
第五章 生き物のかたち
第六章 日本人の情緒
第七章 微小な世界
第八章 価値観を変える

ところが70年代、突然日本人が自然を壊しはじめ、あっという間に破壊してしまった。

どうして日本人が、突然、自然を敬う心を捨ててしまったのか、いまだに分からないと山極さんは言う。それに対して、養老さんの提唱した説がすごい。

ブルドーザーを手に入れたからだって、養老さんは言う。

正直、「そりゃないだろう」って思った。関東地方に住む山の好きな人なら、誰だって武甲山を知っていると思う。私は1960年生まれだけど、子どもの頃から、すでに崩していた。

当時は山の表面から削っていて、お昼の12時と、夕方の4時に発破をかけるんだ。縁側に座って見ていると、先に、採掘が進みつつある岩盤に白い土煙が上がる。そのあと、窓ガラスが、ビビビビッって音を立てて震えて、
ドカーンと言う音が少し遅れて聞こえてくる。

だけど採掘のスピードはさほどではなく、学校の先生から、「いつか向こうの山が見えるようになっちゃう」なんて言われても、どうも実感が湧かなかった。

だけど、高校に入った頃からは、加速度的に採掘が進んでいくようになる。ついに1336mの山頂が削られたのは、私が19歳の時、1979年だった。その年以来、もう42年、武甲山には登ってない。

それも、ブルドーザーを手に入れたからだって。・・・そのわけを聞いてみれば、たしかに一理ある。その理由は、ガダルカナルにあるっていうんだ。

ガダルカナルで、つるはしをふるって、もっこをかついで飛行場を作ろうとしてたところに、アメリカの攻撃が始まる。上陸したアメリカ軍に追い立てられて、森に隠れた日本兵を尻目に、米軍はブルドーザーを使ってあっという間に飛行場を完成させてしまった。ガダルカナルですり減ったことが、日本の敗戦の大きな理由となる。まさに大きなトラウマとなった。・・・ブルドーザーさえあれば。

戦後、日本は、それを手に入れた。

おりしも高度経済成長の時期と重なって、ブルドーザーで山を崩し、川を埋め、海岸線をめちゃくちゃにすることで、便利さと豊かさを手に入れるという成功を、日本人は体験してしまった。

それにしても、情けない話だなあ。

自分で自分の精神の拠り所を破壊して来ちゃったんだから、行き詰まるのも当たり前ってことだな。なにかと、“多様性”っていう言葉を耳にするけど、日本こそ、その“多様性”に溢れた世界だった。

森、里、川、海、山、そういった多様な世界を、もう一度取りもどすところから始めるしかないんだろうな。時間はかかるだろうけどね。だけどそれは、自然に始まるようなもんじゃない。今までの経験では、明治維新や戦争という外圧を変化のチャンスに変えていったけど、それ相応の衝撃が必要と言うことになる。

大きな衝撃はご免だけど、バブル崩壊後の低迷とここに来ての感染症の経験は、それなりの衝撃と言えなくもない。感染症も“中国”から渡ってきた外圧だしね。それにしても“中国”は、意図的なものかどうかはともかくとして、この感染症を戦略兵器として使い出したようだ。

それこそ、挙国一致体制が必要なときだと思うんだけどな。


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『百田尚樹の日本国憲法』 百田尚樹

台湾併合を憲法前文に書き込む“中国”は、隙あらば、尖閣を取らんとしている。

日本人拉致問題を終わったことと嘯く北朝鮮のミサイルは、沖縄を照準としている。

竹島の不法占拠を続ける韓国はなぜか、海軍力の増強を目指している。

「領土割譲の禁止」を憲法に盛り込んだロシアは、ここのところ、急速に極東における軍事力を増強している。

立憲民主党は、憲法の平和主義を堅持すると言っているが、どこに平和を謳わない憲法をもつ国があるの。あの“中国”の憲法でさえ「平和共存」を謳っている。

《日本とよく似た国の末路》と言うのが紹介されている。まずは、この本に紹介されているクイズから。

この五つの特徴をもつ国はどこでしょう。
・国民は平和ぼけしている
・「軍隊は無くてもいい」という論調が強い
・近年、国益を明らかに損なった売国政権を経験している
・外国に媚びた弱腰外交を行なっている
・愛国者は、ナショナリスト、ファシストのレッテルを貼られる。

このクイズを出したのは、ウクライナ出身の国際政治学者グレンコ・アンドリーさんで、著書の『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』に載せられたそうだ。

答えは日本、・・・ではなく、ウクライナ。ウクライナには反ウクライナの考えをもっているロシア系の国民が2、3割いるんだそうだ。その人たちが作る親露団体の活動は激しく、何の制約もなかったんだそうだ。その活動を通して、国民の間にNATOに対するネガティブなイメージが植え付けられ、NATOにしてもウクライナと距離を置くようになってしまった。

そして2014年にロシアがウクライナに侵攻した。ロシア軍はクリミアを占拠して、1ヶ月後にはロシアへの編入を表明した。

NATOは、第3国がNATO加盟国を攻撃した場合、他のNATO加盟国は、その攻撃を自国に向けてなされたものとみなす。だから、もし2014年以前に、ウクライナがNATOに加盟していたら、ロシアのウクライナ侵攻は絶対なかった。



祥伝社  ¥ 968

わかりやすくて、爆笑するほど面白くて、震えがくるほど怖い憲法本
はじめに 日本を守るために
第一章  日本国憲法はおかしい
第二章  第九条に殺される
第三章  この国はどうやって守られてきたか
第四章  日本における「天皇」の存在
第五章  憲法誕生時にしかけられた罠
終 章  今こそ憲法改正を!
特別付録 え、こんなのも!? 各国憲法の前文

百田さんは、「日本が北大西洋に面していないことが本当に残念でなりません」と言っている。

ただ、この構想、以前、長谷川慶太郎さんが言っていた。インド洋には、イギリスもフランスも海外領土をもっている。フランスは南インド洋管区フランス軍を置いている。南シナ海が自由な海であることは、イギリスやフランスにとっても必要なことで、そこでの“中国”の覇権主義は、当然脅威に映る。

そういった意味で日本は、イギリスやフランスと共闘できる。2019年には、日本とEUの間に結ばれていた経済連携協定が発効し、日本とEUの関係は深まった。

“中国”はこれに関われない。日本とEUの間に結ばれた協定には、高いレベルの関税撤廃・削減のみならず、知的財産権に関わる高いレベルのルール構築が行われているからだ。

両者の間に不可分の関係が築かれ、互いに相手を必要とする間柄を作り上げたなら、NATOは日本を拒むことはないだろう。そう長谷川さんは言っていた。

ただし、それには憲法の改正が、絶対に必要だ。なんて言ったって、ウクライナがNATOに加盟していたら、ウクライナに侵攻したロシアと戦うことになるんだから。

“中国”が日本に、核による恫喝をかけてくることは、考えておくべき大切なことだと思う。実際、“中国”の海軍は、沖縄本島と宮古島の間の海域を抜けて太平洋に進出し、沖ノ鳥島に近い海域で演習を繰り返している。大隅海峡を通過することもある。与那国島と西表島の間の接続水域を通過することもある。ミサイル駆逐艦など5隻が、対馬海峡を通過して北進し、初めて宗谷海峡を通過。その後、太平洋で軍事訓練を行った後、「宮古海峡」から東シナ海を北上し帰投した。日本列島をぐるりと一周したこともある。

これを恫喝と呼ばずに何という。

北朝鮮のミサイル実験は、恫喝と呼ばずに何という。

この間、この本の紹介をすることをすっかり忘れて、著名人の護憲発言を紹介したけど、この本にもあった。漫画家のやくみつるさんは、「軍隊持ちたくてしょうがない、戦争なんか1回も行ったことのない連中が、もう戦争従軍経験のあるのは80代後半以上のひとですよね。てめえで勝手に行って下さい。その代わり、したくない、絶対戦わない、降参してでも、中国領日本で生き続けることを吉としてでも戦いたくない人間はほっといてくれって感じですね」と言っていたそうだ。

ほっとけないよ、そんな人。銃殺だな。危なくって国内に置いておけないよ。

この間紹介した美輪明宏さんの発言に、「(集団的自衛権行使容認)に賛成した国会議員の、自民党の方も公明党の方も、他の与党の方もね、まずご自分から戦いに行っていただきたい。そして、息子さんもご兄弟もお孫さんも、みんな前線に一緒に手に手をとって鉄兜かぶって、戦いに行ってください。自分たちが行くつもりじゃなくて、そんなこと言っちゃいけないですよ」って言うのがあった。

改憲の上、もしもそのような事態になったら、クソ爺になった私を戦場に送ってくれて結構よ。日本を守れるようになるんなら、行くよ。「息子さんもお孫さんも」って、それはまともな大人の言うことはないでしょう。

百田さんの言うとおり、憲法は突っ込みどころ満載。おかしなところがたくさんある。そんなだから、百田さんの手にかかれば、ここまで面白おかしな憲法論がかける。憲法がそんなだから、何とかそれを守ろうとすると、どうしても面白いことを言うことになる。それがまた面白い。

渡辺謙さんなんて、「抑止力は友人であることだと思う。その為に僕は世界に友人を増やしたい。絵空事と笑われても」と言っていた。その絵空事で香港を守ってあげて。

憲法論議って本当に面白い。もっとやって欲しい。


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『学校ってなんだろう』 ソクラテスのたまご編集部編

気になる言葉がある。

“学び”とか、“学ぶ”という言葉。この本でも、いろいろな方がよく使っている。教員をやってる頃、52歳で定時制高校から全日制に転勤しているんだけど、転勤先の全日の高校で気になったんだよな。若い先生が、やたらと“学び”という言葉を使っているのが。

学びの機会とか、積極的な学びにつながるとか。勉強することと、学ぶことはまったく意味が違うとか言い出してね。おそらく強いられてするのが勉強と言うことだろう。

勉強という言葉を使っている人たちに対して、自分たちは“学び”という言葉を使うことで、なんか違うことをやっているような意味を持たせているんだろう。

まったく、同じだよ。学びって言うのは“まね”をするって言葉から転化した言葉。おもに芸事に使われたんだろうな。今じゃ、勉強するのと同じ意味。

ちょうど、アクティブラーニングっていう授業方法が取り入れられつつある頃なんだよな。教員が教える授業じゃなくて、教員の支持のもとに生徒同士で教え合い、学び合うというものらしかった。

社会の若い先生が日本史や世界史でよく質問に来たけど、その先生の理解がとても浅い。その理解の浅い先生の指示のもとに、生徒同士が教え合い、学び合うのか。

世界史にしろ日本史にしろ、日本の歴史教育は、戦後に大きな断絶を抱えているので、教科書自体が分裂症状態になっている。あれを使って生徒同士が教え合い、学び合うとすると何が起こるか。歴史理解は最大公約数を取らざるを得なくなり、理解は断然浅くなる。

教員が必死で格闘しないと、その断絶にすら気付けずに終わる。

ソクラテスのたまご編集部がこの本を作ろうと思ったのは、オンライン授業でさまざまな“学び”ができるようになったことで、だったら学校はなんのためにあるんだろうと言う疑問が発生したことに発するという。・・・ここでも“学び”だ。

そこには、校則であるとか、体罰であるとか、いじめであるとか、不登校であるとか、今の学校が抱えるさまざまな問題を踏まえて、学校の必要性を考えてみようという意味合いが含まれているようだ。

そりゃ、虐められて嫌な思いをしてまで行かなくてもいいってことに尽きる。虐められているわけじゃなくても、どうしても行きたくないなら行かなくていいと思うけど、学校の果たす役割を学校に行かずに準備するのは、かなり難しいことだろうと思う。


『学校ってなんだろう』    ソクラテスのたまご編集部編

学事出版  ¥ 1,760

さまざまな専門家たちが考える教育を通じて、一緒に考えてみませんか
昆虫ハンター、タレント 牧田 習 公認心理士 佐藤めぐみ
児童精神科医 前田佳宏 弁護士 鬼澤秀昌
家庭教育師 藤田郁子 陰山ラボ代表 陰山英男
臨床心理士 村中直人 コーチ 白土詠胡
カウンセラー 桒原航大 タレント パトリック・ハーラン
アンガーマネジメントファシリテーター 長縄史子 心理士 車 重徳
プログラミング教室主催 福井俊保 教育社会学者 内田 良
フリーアナウンサー 政井マヤ 哲学者・教育学者 苫野一徳
いじめ相談員 小野田真里子 フリースクールカウンセラー 荒木信雄
臨床心理士 久保田健司 教育学者 萩原真美


“アンガーマネジメントファシリテーター”だって。

「こんにちは、アンガーマネジメントファシリテーターの長縄と申します」って挨拶されたら、私はなんと応えるだろう。「どちらの星から?」

なんだろう、アンガーマネジメントファシリテーターって。怒りを抑えることをファシリテートするのか?ファシリテートってなんだ?・・・英語か?

それはそうと、学校ね。

知識を身につけるだけなら、なにもオンライン授業が可能になる前から、学校に通わなくても可能だった。適切な書物があれば、独学だって知識は身につく。ただ、独学で必要な知識を習得する精神的な強さを、最初から身につけている人間は稀である。

学校が必要になるのは、これは西部邁さんが言ってたんだけど、その精神的な強さを養う場としてである。その精神的な強さを身につけるには、人によって磨かれる必要がある。かといって、未熟であるからこそ学校が必要なわけで、そのまま一般社会に出すわけにはいかない。だからこそ、同じ年齢層の級友が必要になる。同じ年齢層の級友たちと切磋琢磨する。

もう一つ必要なのは、尊敬できる教師である。教師の年齢はさまざまであるが、年配の教師であるならさまざまな経験を通して、自分が精神的な強さを求めてきた道程を、授業における知育に絡ませて語ることができるだろう。若い教師なら、自分もいまだにそれを追求する身であるが、生徒たちの数歩先を行く者として真剣に生きる姿を見せることができるだろう。

そして学校は、懸命に知識を習得しよう努力を続ける若者たちに、その努力の意味を教えてやることができる。ただしそのためには、自分の習得した知識を以て社会にどう貢献できるのか、その筋道を国が示すことが必要である。

残念だけど、今の日本にそれができているようには思えない。

教員をやっている一番最後の年に、大学で英語を勉強して、仕事に生かしたいという女の子がいた。そう、今日本の世の中が若者に示せる展望は、それがどう自分の利益につながるかというところが関の山。

その女の子に話をした。あなたは大学で一生懸命英語の勉強をして、今まで日本にはない言葉や概念があったら、若い人から年寄りまで、同じ日本語で、世界最先端の知識に触れることができるように、それをふさわしい日本語に翻訳して欲しいって言ったら、キョトンとしていた。

できることなら、アンガーマネジメントファシリテーターも、しっかり翻訳して、みんなが分かる言葉にして欲しい。



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『多様性を楽しむ生き方』 ヤマザキマリ

もう最近、《多様性》という言葉を聞くと、うんざりするんだ。

そんなこと言ってると、今の世の中から省かれちゃう。そんなことになるといけないから、あえてこういう題名の本を読んで、免疫をつけようと思ったんだ。

《多様性》に過敏になってしまった原因は分かっている。森喜朗さんが、“女性蔑視と思われる”発言で、徹底的に叩かれたことだ。あちこちからいろいろな意見が出されて、仕事が順調に進まなくて、おじいさんがついつい愚痴っちゃった。私はその程度に捉えた。「いやそういう声があっても女性をすすんで登用しますよ」って森さんはまとめたけど、それはほとんど採り上げられなかったな。

まあ、言わなくてもいいことではあった。

まず、報道は、森さんの発言を切り貼りして、不正確な情報を流した。性差に関しては、欧米は問題が深刻なだけに意識が高いから、敏感に反応したね。さらに報道は、海外の著名人の反応を流して、日本人を追い詰めた。海外の著名人の反応は、もし、森さんの発言がしっかり伝えられていたらどうだったんだろうな。

それにしても、ひどい意見があったな。外国人の意見の中にも、オリンピック開催資格に言及するものがあった。そういう人が、なぜ北京オリンピックについては、スルーするんだろう。国内だってひどかった。森さんの人格を否定するようなものまであった。なんであんなにひどいことを言うのかなって思った。気持ちが萎縮した。

海外の著名人の反応で日本人を追い詰めた報道は、今度は芸人やタレント、聖火ランナー、東京オリンピックに出場するかも知れないスポーツ選手、オリンピックのスポンサーになっている企業に取材し、意見を引き出した。スポンサー企業なんか、世界がその発言に注目している。森喜朗さんを踏みつけるしか、選択肢はなかっただろうね。

汚いやり方だな。よほど、日本の顔に泥を塗りたいんだろうな、朝日新聞は。

女性、性別、LGBT、障害、いろいろな違いを越えてつながり合う。人種に関しては、日本は欧米のように奴隷貿易やアフリカ植民地を所有してなかったから、どうしたって捉え方が違ってくるけどね。日本が、女性、LGBT、障害を持つ人たちが、いまだに生きづらい社会だってことは、残念ながらたしか。そういったことを是正するためには、欧米の例を積極的に参考にさせてもらえばいい。

女性、LGBT、障害を抱える人にしたって、人によって抱えている事情はそれぞれ違う。一人一人、まったく別物だ。いや、その前に、人は一人一人が違う存在。

人種、女性、LGBT、障害なんか関係なく、一人一人の人間が違いを乗り越えてつながれる社会。そんな世の中をつくっていければいいね。


『多様性を楽しむ生き方』    ヤマザキマリ

小学館新書  ¥ 924

先を見通せない不安と戦う今、明るく前向きに生きるヒントが詰まった「昭和」の光景を
1 おやつに問われる想像力
2 昭和的「自分の演出」
3 懐かしい風景
4 家に魅せられて
5 「おおらか」がいい
6 CMの創造性
7 昭和のオカルトブーム
8 憧れた大人のかたち
9 私とエンタメの世界
10 大気圏の中で生きる
11 地球人類みな兄弟
12 昭和流のいじめ
13 24時間、働けますか
14 孤独を自力で支える家族
15 幸せは待っているだけでは訪れない
16 不条理と向き合う生き方





『多様性を楽しむ生き方』という題名で、うんざりするような“多様性”に免疫をつけようとして読んでみた。

ヤマザキマリさんは、『テルマエ・ロマエ』を描いた漫画家さんだった。知らずに読んだ。内容に関しても、それを吟味して買ったわけじゃない。“多様性”を重視する人が、どういう意味でその言葉を使っているのか、それを知りたいと思った。

そしたら全然違った。読んでみたら、思っていたのと全然違って、大変好ましい本だった。ヤマザキマリさんは、森喜朗さんを攻撃してた“多様性重視”の人たちとはまったく違っていた。なんて言ったって、私たちが人間形成をしてきた昭和の時代、あの時代こそ多様だったって言ってるんだから。昭和か、それこそ何でもありだの時代だったな。そう、多様だったんだよ。

♬タブー♬の音楽にのって、加トちゃんがストリップをするのを小学生の私がテレビで見てるくらい、昭和は多様だった。昭和の道ばたには、よくエロ本が落ちていたと言っているが、たしかにそうだった。ヤマザキマリさんは、それを友達と一緒に棒っ切れでめくってみたそうだ。見たな、私も。そう言えば、最近落ちてないな。

昭和の子どもは、コックリさんに狂って、ノイローゼになってた。フォークを無理やり曲げて、手にケガをしてた。やたらとヌンチャクがうまかった。川口浩探検隊に対して空から蛇が降ってくるのは、あれは嘘だと言うことを知った上でワクワクしながら見てた。「24時間働けますか」とリゲインに言われて、そうするのが良いことだと思い込んでた。

昭和の子どもは、なにか飼ってた。秘密基地に野良犬をつないで、家から食べ物を盗んで食わせてた。何日か忘れてたら、綱を食いちぎっていなくなってた。亀もいなくなってた。教室で金魚を飼ってた。「金魚を飼って良いなら、オケラも良いですか」と、先生に聞いている子がいた。その子は、オケラを探す名人だった。昭和の子どもはミツバチとハナアブの区別ができた。腹切り蜘蛛に切腹させて、面白がってた。

昭和の子どもは、蛇を振り回しながら学校から帰ることがあった。昭和の子どもは、よく血を流した。昭和の男の子は、好きな女の子の前では、なぜか声が裏返った。先生や親から、うんと怒られるのを当たり前だと思っていた。

『魔法のマコちゃん』って聞いたことはあるが、見たことはなかった。マコちゃんはおじいさんと二人暮らしなのか。『ふしぎなメルモ』は孤児が姉弟だけで暮らしてる。タイガーマスクの伊達直人は、ちびっ子ハウスっていう孤児院から虎の穴にスカウトされた。『みなしごハッチ』なんて題名そのまま。ハイジもネロもおしんも、みんなそう、好ましい境遇じゃない。

ヤマザキマリさんの言うとおり、昭和は不条理と、しっかり向かい合っていた。戦争に負けたからな。

違いを越えて、人と人がつながることのできる社会って言ったって、人種、国籍、性別、LGBT、障害、そんなもの無関係に、気の合う人もいれば合わない人もいる。人間だからね。不条理な事態も発生する。そういうものとも、やはり向かい合うんだな。上手に、人目につかないように排除するんじゃなくてね。

朝日新聞は、やたらと、そういうことばかり上手。子どもの頃から訓練してるからかな。



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??『百田尚樹の日本国憲法』 百田尚樹

アメリカ大統領のバイデンは、菅首相との初の電話会談で、尖閣は「安保条約5条の適用対象」と明言してくれたそうだ。

その安全保障条約の第5条というのを確認しておく。以下のような条文。

「各締約国は、日本国の施政の下にある領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」

「尖閣は日本国の施政の下にある領域である」とバイデンは言ったわけだ。「尖閣に対する“中国”攻撃は、日本だけでなくアメリカにとっても自国の平和及び安全を危うくするものであると認め、日本と共にアメリカも、“中国”を共通の敵として行動する」と言うことだな。

アメリカが追っ払ってくれると言っているわけではない。

アメリカの大統領が替わるたびに、日本は同じ事を確認している。でも、国際関係をめぐるさまざまな事情って言うのは、めまぐるしく変わるもの。

アメリカと“中国”の力関係に変化が生じれば、そのうち、「尖閣の領有権に関しては、当事国同士で、平和的に話し合うべき」なんていうアメリカ大統領も登場するかもしれない。

それにもともと、アメリカ人というのは、日本が嫌いで、“中国”が好き。クリントン大統領にはチャイナマネーが付いていた。ヒラリーが大統領になったら、そんなくらいのことは言っていたかもしれない。

だから、アメリカ大統領が尖閣に関してどのように考えるかではなく、“中国”の尖閣侵攻に日本がどう対処するかを考えるべきであるはず。

日本の政治は、恥ずかしい。



祥伝社  ¥ 968

わかりやすくて、爆笑するほど面白くて、震えがくるほど怖い憲法本
はじめに 日本を守るために
第一章  日本国憲法はおかしい
第二章  第九条に殺される
第三章  この国はどうやって守られてきたか
第四章  日本における「天皇」の存在
第五章  憲法誕生時にしかけられた罠
終 章  今こそ憲法改正を!
特別付録 え、こんなのも!? 各国憲法の前文


鶴瓶さんは、「僕らの世代が戦争に行くことはないでしょうけど、僕の孫の世代が戦争へ行かされるなんて道理に合わない。日本は絶対憲法9条をなくしちゃいかんと思います」と言ったそうだ。

タレントの坂上忍さんは、「いまの世界情勢など見てると、(安保関連法は)必要なのかなって気にもなりがちなんだけど、日本も一時、戦争があったときに『お前ら金だけ出して何もやんないのか』って叩かれたときもあったし、でも、逆に言ったらいまだからこそ、武器持たないで憲法9条持ってりゃいいんじゃないの? だって、被爆国なんだから。被爆国にしかできないことあるわけで、いまだからこそ、武器持たない日本でいてほしいなっていうのが強い想いですかね。どちらかと言うと」と言ったそうだ。

安保法制の反対デモを「平和ボケ」とくさす松本人志に対し、ゲストの中居正広さんは、「でもね、やっぱり松本さん、この70年間やっぱり、日本人って戦地で死んでいないんですよ。これやっぱり、すごいことだと思うんですよ」と言ったそうだ。

女優の大竹しのぶさんは、「唯一の被爆国として、ノーベル平和賞の候補にもなった『憲法9条』をこんなに簡単にないがしろにしていいものなのかということも、誰もが思うことだと思う」と言ったそうだ。

俳優の渡辺謙さんは、「一人も兵士が戦死しないで70年を過ごしてきたこの国。どんな経緯で出来た憲法であれ僕は世界に誇れると思う、戦争はしないんだと!複雑で利害が異なる隣国とも、ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人であることだと思う。その為に僕は世界に友人を増やしたい。絵空事と笑われても」とツイッターでつぶやいて話題になったそうだ。

俳優の菅原文太さんは、「やはり憲法9条は死守していかなければならない。広島や長崎に原子爆弾が落ちたのも、普天間の問題がくすぶっているのも、そもそも戦争がなければなかったことですからね」と言ったそうだ。

タレントの愛川欽也さんは、「憲法を素直に読んでごらんなさいよ。これ、誰がこさえたか、最初が英文だったとか、そんなことはどうでもいいんだ。立派なもんだよ。『戦争放棄』、つまり武力でもってよその国と争うことはしないなんて言っちゃう憲法なんてね、ちょっと嬉しくない?」と言ったそうだ。

女優の渡辺えりさんは、「憲法9条について、『単なる理想にすぎない』って改憲論者は言うけれど、そんなことはない。9条の精神が、世界規模に広がっていけばいいと思う」とか、「私の演劇は反戦色は濃くありません。演劇は娯楽だと思ってますから、辛気くさいのは嫌いなんです。でも、ピカソだって『ゲルニカ』を残しています。芸術家はみんな反対ですよ。縛られるの、やだもんね。人間が好きだからやってるわけで、人間が殺されるのを指をくわえて見ている芸術家はいないと思います」と言ったそうだ。

歌手の美輪明宏さんは、「そんなに安倍さんって、自国の国民を、若い男の人やね、お父さん、お兄さん、そういう人たちを前線に送って殺したいのですかねえ。アメリカの軍隊のためにね、どうぞ日本の若い人たち死んでくれ、と言っているようにしか思えませんね。何を考えているのかしら、と思いますよ。非国民もいいとこですよ」とか、「憲法だってね、世界一の素晴らしい憲法ですからね。じゃあね、それ(集団的自衛権行使容認)に賛成した国会議員の、自民党の方も公明党の方も、他の与党の方もね、まずご自分から戦いに行っていただきたい。そして、息子さんもご兄弟もお孫さんも、みんな前線に一緒に手に手をとって鉄兜かぶって、戦いに行ってください。自分たちが行くつもりじゃなくて、そんなこと言っちゃいけないですよ」と言ったそうだ。

歌手の山崎まさよしさんは、「“自国の軍隊を持たないで子供を守れますか?”みたいなことを言う人がいるじゃないですか。そんな事態になったら犠牲になるのは子供なのに、子供を引き合いにだすのがおかしいんですよ。未来のある子供を、先に死んでいくおっさんやおばさんが切り捨ててどないするねんと」と言ったそうだ。

そんな山崎のおじいさんは先の戦争で亡くなったそうで、「祖父は零戦に乗っていて戦死しました。僕らの世代は戦争を経験していないけど、不安感とか危機感っていうのは、DNAとして上の世代から受け継いでいると思うんです。日本が兵役のある国にはなってほしくないし、子どもをそんなことには巻き込みたくない。若い世代って戦争から感覚的に遠くなってしまっているけど、日本が戦後復興し、ここまで発展したのって憲法のおかげな気がするんです」と続けたそうだ。

有名人だからな。影響力大きいだろうな。意見は、年配の方のものから若い人のものまで、どれも幼稚なものばかりだけどね。世界情勢なんか勉強しようともしないで、幼稚な意見でも言ってもいいというメッセージにもなってしまうnしね。

この本のことを書くの忘れた。


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『世間とズレちゃうのはしょうがない』 養老孟司 伊集院光

そうだね。伊集院さんが言うように、ここに来て、価値観が激変してきているよね。

「苦労したら報われる」とか、「我慢した分大成する」といった、私たちにとってはあたりまえの価値観が、今は通用しなくなってしまったようだ。

遊びたいのを我慢して勉強し、いい会社に入り、苦労して仕事を覚えて、懸命に家庭を守り、充実した人生を送る。戦後の混乱から立ち上がり、現在に至る70数年間、多くの日本人は、そうやって生きてきた。

「ひと様に後ろ指さされるようなことはするな」、「誰も見ていないと思っても、お天道様が見ている」、「年長者のい言うことを聞きなさい」

「当たり前だ」と、そう思ってやってきた人は、今、ずいぶん苦労をしていることだろう。私も50代に入って、その苦労を感じるようになった。結果としては、定年の1年前に仕事を辞めることで逃げ切れた。

私たち夫婦の子育てくらいまでは、変化の兆しは差していたんだろうけど、疑いを向ける動きもなかったし、それを言葉にする者もなかった。そして、自分たちの持つ価値観で、しっかり子どもを育てた。そのせいで、おそらく、子どもたちは苦労しているだろう。息子は、「給料もらうんだから、嫌なことでも我慢するよ」と言ってたからな。何とか自力で、世の中の方向性を体得してもらいたいもんだ。まだまだ若いからな。多分大丈夫だろう。

それよりも、我慢して頑張ってきた40代、50代はきついだろう。結局リストラの対象になるのは、残念ながら、その世代だからな。そんなことになったら、自分の人生を否定されたように感じるだろう。

嫌な仕事は辞めるのが、今の価値観だそうだ。人に迷惑がかかるかどうかより、自分をちゃんと表現しているかどうかだそうだ。空気なんか読んでるようじゃ仕事にならない。人に嫌われてこそ、もうけにつながる。

価値観までグローバル化してしまったようだ。

もちろん、性差別、障がい者差別、子どもの虐待、長老支配といった悪しき風習は排除しなきゃいけないし、そのためには積極的に諸外国を参考にすればいい。

必要もないのに空気を読もうとは思わないが、それでも、他人のことを気遣える人間でありたいと思う。日本で生きていくために、自然と身についた価値観であると思うしね。



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博覧強記にゲーム好きで共通する二人が、世間との折り合いのつけ方を探ります
第1章 僕らは世間からズレている
第2章 僕がなんで不登校になったのかというと。
第3章 世間って、そもそも何でしょう
第4章 たまに世間から抜け出す方法
第5章 先生のその発想は、どこから来ているんですか?
第6章 「シーラカンス」がいることは、希望ですね



自殺するほど虐められてまで学校なんか通う必要はない。そんなことを我慢しろとは言わない。会社に追い込まれて自殺するなんて、あんまり可哀想すぎる。そんなことを我慢しろとも言わない。

そんな状況にあるのなら、もちろん、学校には行かない方がいい。会社はとりあえず辞めた方がいい。そういう路線から外れても、生きていく道はある。そんな会話が、二人の間でも交わされている。そういった柔軟性に、日本が欠けていたのは、やはりたしかだろう。

ちょっと自慢をさせてもらう。私にもやはりズレたところがあって、高校の教員をしていても、「先生らしい先生」ではなかった。実は、かなりめちゃくちゃだった。2つ目の学校は、転勤した年あたりから、急に評判が悪くなり、募集定員が集まるかどうか、すれすれの学校になった。

生徒指導件数も増え、私は生徒指導部にいたこともあり、空いた時間の多くを、生徒からの事情聴取に取られていた。たとえば喫煙で、確たる証拠はないのに、トイレが煙り臭かったってだけで連れてきてしまう教員がいる。本当はそれ、ダメなんだ。手に火の付いたたばこを持ってる現場を押さえないと。

生徒は分かってるから、ああでもない、こうでもないと言い逃れる。だから、私も嫌だった。私は嫌なんだけど、生徒指導部の中でも、生徒に本当のことを言わせる確率が、ダントツで高かった。特に、女子はほぼ完璧。言わなくてもいいってのに、言う子もいた。あれ、間違いなく、私がズレていたからだと思う。

その学校のあと、定時制に転勤するんだけど、外れちゃった奴らが集まっていて、私にはうってつけの場所だった。

いったん外れて、その上で、新しい道を見つけてもいいし、もとの道に戻っても、きっと違った景色が見えるだろう。

最高に面白い話があった。養老先生が銀行に行ったときのこと。「先生、本人確認の書類はお持ちですか」と聞かれ、持っていないと答えると、「困りましたね。本人であることは分かっているんですが」だって。

今の世の中は、本人よりも、その“記号”、あるいは“番号”が大事。世の中万事、そんな感じ。記号や番号、あるいは情報として処理できれば楽でいいが、人間そのものが現れると、何かと面倒なことになる。

養老先生曰く、人間は「不潔で猥雑で意味不明」、「なにしろ現物はノイズの塊」だって。

「だから面白い」とは、思われない世の中になりつつある。だから、できる限り、人間のいらない世の中を作っていく。AIにできることは何でもAIにまかせて、できる限り人を排除する。

すばらしい!コンピューター言語だけで表わされた、統一された社会。

人がいなくなって、かえって人の価値が上がるだろう。



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『世間とズレちゃうのはしょうがない』 養老孟司 伊集院光

伊集院光さんは、身体が突出してでかかったことで、世間からズレたんだそうだ。

伊集院さん自身が言ってることだけど、体育着の規格が違ったり、色が違ってたら、気にする子は気にするだろうな。“でかい”ことからくる威圧が、実は威圧にならないことに周囲が気づいたときの反動も気になるところだな。

ハハハ、身体がでかいことのメリットは幼稚園時代くらいまでで、小学3年くらいからデメリットが始まるんだそうだ。そこからは、回りに合わせることに、神経を費やす毎日が始まったのか。

自分はどうだったかな。「外見は結構大きな要素で、人が見て分かりやすい順にたいへんだと思います」と伊集院さんは言っているが、私にも分かりやすい外見のズレがあった。

小学校の3年の時に、川で遊んでいて3mほど落ちたんだ。完全にバランスを失って顔から落ちて石に当たった。一人だったんだけど、近くに一軒だけ家があって、その家の人が気づいてくれた。上の前歯が4本欠けて、上唇が切れて、右側にぶら下がってた。

以来、前歯は銀歯になった。白い歯に直せるなんて、思いも寄らなかったから、このまま一生過ごすんだろうと思ってた。実際、仕事に就くまでそのまま過ごした。すごいコンプレックスだったと思うんだけど、よく覚えていない。しょうがないもんね、そうなっちゃったんだから。

まあ、時々それを口にする奴は、どの年齢の段階でもいたけどね。

養老先生は、若い頃から、世間の常識からは外れていたようだ。二人とも、世間からズレているという自覚も早かったようだけど、伊集院さんは、世間に違和感を持ちながら、ズレないように頑張った。養老先生は、ズレていることを受け入れて、もがかない。ズレたらズレたでしょうがないというスタンスで、生きられるように生きる。

伊集院さんは、そういう時期を長く続けて、結局学校を辞めたんだそうだ。それは、子どもの頃の、身体が突出してでかかったことからくるズレとは関係なく、勉強すればするほど、自分にとっての未知の領域が増えていくことを知った、精神的な衝撃が原因のようだ。

きっと、真面目な伊集院少年は、いい学校にはいるためとか、いい会社に入るためとかじゃなくて、純粋に勉強していたんだな。そして、大人になれば、何でも分かるようになると思ってたものが、正反対じゃないかということになったら、たしかにショックだな。




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博覧強記にゲーム好きで共通する二人が、世間との折り合いのつけ方を探ります
第1章 僕らは世間からズレている
第2章 僕がなんで不登校になったのかというと。
第3章 世間って、そもそも何でしょう
第4章 たまに世間から抜け出す方法
第5章 先生のその発想は、どこから来ているんですか?
第6章 「シーラカンス」がいることは、希望ですね

「千里の道も一歩から」、「ローマは一日にしてならず」

一生懸命に努力を続ければ必ずたどりつけると思って頑張ったのに、たどりついた先に、見たこともない大海原が広がっていたら、たいがいの人間は絶望するんだろう。だから、多くの人は、努力をすれば、成し遂げられる目標に向かうんだな。

百名山を目ざす人がたくさんいるのは、それが努力すれば、たどりつけるものだからだな。

だけど、実際の人生では、積み上げていったも、ほんのちょっとしたことで崩れ落ちてしまうし、敗戦の“ガラガラポン”のように、信じていたすべてのものが否定されてしまうこともある。人生で、ゴールのはっきりしているものなんて、実はこれっぽっちもない。

“千里”行ったって、その先に、まだ道は続いている。“ローマ”も、今は滅亡した。

男と女は、すごく大きな違いがある。それは当たり前のことだけど、今の世の中は大丈夫だろうが。

養老先生の驚くような発見は、男と女の食い違い。私が若い頃は、「女は子宮で考える」なんて言う人もいた。そんなことはあり得ないが、子どもを産み育てる特質が、男とは違う女を作ったのは間違いない。それを否定しようとすると、むしろ女は不幸になる。

森元総理が、女性蔑視発言で袋だたきにされている。公式の場面であのような発言をするのは、お歳を召したことを原因とするものだろうか。年齢によるものを含め、なんらかの衰え、あるいは身体的、または精神的な異常を来したところがあるんじゃないかと心配になる。

あの言い方では、たしかに女性蔑視だけど、おそらく森元首相の中には、男と女にはものごとの捉え方、意味づけに、根本的な違いがあるという認識があったんだろう。

それは実際さまざまな場面で実証されていることだが、JOCの評議員会で女性理事を増やす方針に関連して、増やさなかったことを理屈づけるために、あんなわけの分からないことを言いだしたんじゃないかな。

武漢発の感染症で、せっかくの東京オリンピックがこんなことになっちゃってね。競技者のために、何とかオリンピックを開催しなきゃいけないって思いがあった。何とか東京オリンピックを開催したい気持ちが強すぎたんだ。その辺りの焦りもあの発言の背景にあったんだろう。

世の中は、年端のいかない若造も含め、安心して森元首相を叩いているが、私はそんな気にはなれない。

まったく、ズレてるよな~。



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『イマドキの裁判』 日本裁判官ネットワーク

学生の時、仲間内に弁護士をめざして、司法試験に挑戦している奴がいた。

教員を目指している自分からすると、憎悪や悪意と向き合うことになる司法の仕事に好き好んで就きたいなんて、ちょっと考えられなかった。だけど、教員になってみて分かった。教員だって、憎悪や悪意と向き合う仕事だった。

仕事の時代を終わって、隠居の身分。いくつかの危ない場面もあったけど、何とか裁かれる側に廻らずに乗り切った。賽の目の出方によっては、白黒入れ替わっていたかもしれないけどね。

まったく警察や司法に関わらなかったかと言われると、そうでもなく、生徒のもらい受けに行ったり、非行を犯した生徒の日常や家庭状況に関して、鑑別所から池を求められたこともあった。そのくらいかな。

だけど、教員をやってる36年の間に、教員という仕事に対する見方も、本当に大きく変わった。教員になったばかりの頃は、親から「なんかやりやがったら、ひっぱたいてくれ」って言われたもんだった。頬を張ったりはしなかったが、私は生徒を叩いた。取っ組み合いになったことはあるが、私が叩いたことを受け入れられないという生徒はいなかった。

ただ、最後の最後、仕事を辞める最後の2年くらいは、生徒が私の揚げ足を取ろうとしているのが感じられた。もう、私のこれまで通りのやり方で教員を続けるのは、もう無理だと感じた。正直、この2年くらいは、ヒヤヒヤすることが多かった。

人の生き方が変わって、世の中が変わったんだ。それは仕方がない。それをちゃんと感じ取らないと、必ず厄介な事態にぶち当たる。潮時って言うのかな。見極めなきゃね。

教員という仕事に関したことでは、いじめに関わる裁判が取り上げられていた。いじめが行なわれていて、実際に被害者が心身に異変が生じたり、それこそ自殺に至ったりすれば、当然、教員だって責任を問われる。その場合、国公立なら公共団体が、私学なら教員個人と学校が責任を問われることになる。

いじめというのは、常にある。そりゃそうでしょう、人間だから。人間がある程度の数集まれば、そこにはいろいろな関係が生まれて、縦だの、横だの、斜めだの、本当に複雑な結びつきが生まれる。その結びつき自体が、すでに“いじめ”の関係だ。

後は、口に出すかどうか、手を出すかどうか、足を出すかどうか、無視するかどうか、それだけのこと。それはその集団に属する者の質で決まる。


『イマドキの裁判』    日本裁判官ネットワーク

岩波書店  ¥ 792

ネット上の誹謗中傷について裁判所の判断は?さまざまな事例から「今」が見える!
家族の変化と裁判
学校・職場のトラブルと裁判
事故・事件の解決に向けての裁判
社会の新たな動きと裁判
気になる刑事裁判
本当に身近になったのかな、裁判


それが始まると、教室にすえた匂いが漂う。だいたい教員は分かる。いじめを受けている側の子は、顔を上げないだろうけど、そういうものを良く思わない子は、すがるような目を向けてくる。教員が分からないような振りをすれば、もう誰も何も言ってこない。

だから、当事者として責任を取る場に立つのは当然だ。事が起こった後で、いじめがあったかどうか調査したりしているけど、“分からなかった”のは、“振り”だけのはず。百歩譲って、本当に分からなかったとしたら、・・・そういう場合もないとは言えないが、教員の資格は返上した方がいい。

いじめがあったかどうか、頻繁にアンケートを採る学校があるそうだ。あれは、すでに無駄。

私は面倒くさいことが嫌い。だから、事態が本当に面倒くさくなる前に、解決するのが一番よ。それにしても、裁判所って言うのは、その面倒くさいことを裁定するのが仕事だからな。

《夫から、妻と関係した女性へ損害賠償請求する訴訟》《妻から、夫と関係した男性へ損害賠償請求する訴訟》って、面倒くさいなー。

「その性交渉が不貞に当たるかどうか」なんだそうだ。

《妻が、夫の同意の下に第三者の精子で妊娠し出産して、夫婦は自分たちのことして届けた。この夫婦が離婚し、親権を争うことになったとき、妻は夫と子どもの間の親子関係がないことを主張することは許されない。それでは、夫の同意を得ていない場合はどうか》

なんだこれ。夫の同意を得ていないで、第三者の精子で妊娠し、夫婦の子どもとして届け、離婚に際し、夫の精子ではないので、夫と子どもの親子関係がないことを主張する。

こっちの方がもっとひどいじゃないか。なになに、・・・認められるようだ。

《遺産目当てに親の取り合い》か。みっともないな。親も、草葉の陰で、・・・まだ生きているのか。

近所に空き家があって、もう、30年近く空き家なんだけど、ひどい状態なんだ。地権者は分かってるので、自治会からなんども連絡しているんだけど、金がかかるからだろう、処分してくれないんだ。誰が責任を取るのか、親族で揉めて、それっきりになってしまったらしい。

《インターネット上のひどい表現》ね。自殺者を出して、議論になったな。

《オレオレ詐欺》の犯人か。結局は、どうもトカゲの尻尾切りになってしまっているようだ。

《あおり運転》ね。あれも、新しい考え方だけど、あおり運転自体は以前からあった。運転が未熟だった時分は、結構あおられた。ひどいのもあるけど、最近、事件化しているのは、いくら何でもひどすぎる。

そうか、「以前からあって、時には話題になったけど、最近はどうもひどすぎる」ってところに、日が当てられるようになったのかな。

そう言えばあいつ、どんな裁判担当してるのかな。ずいぶん、あってない。


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































































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