めんどくせぇことばかり 本 近現代日本
FC2ブログ

『日本が「世界一」を守り抜く戦略』 パトリック・ニュウエル

好きにやろう だってみんな自由だ 働きすぎも 遊びすぎても ぜんぶ みんな自由だ

チャレンジするも 怖気づくのも 成功しても 失敗したとしても そんなのすぐに 忘れよう そうさ 自分で選ぶ道

あれはダメだよ それはこうだよ まるで正解のように 言われても そんなのぜんぶ嘘だよ 人生はいろいろだ

やらなくても 空は今日も明けてくる すぐに飽きても 次の何かが待っているから

どんな人も 人生は一度だけ 愛することも どんな未来も ぜんぶ みんな自由だ

なんだか、お正月で飲んだくれてたら、テレビから流れてきたこの歌。あまりの恐ろしさに、少しだけ酔いが覚めた。あわてて杯をあおって、夢の中に潜り込んだ。

三が日の夢から覚めて、この歌が流れるコマーシャルを見た。ああ、つくづく今、私はおじいさんで良かったと思った。それが当たり前になった世の中に生きることになるかもしれない子や孫を、不憫に思った。

大学の時、実は映画を作るサークルに絡んでいた。私の代ではないが、後輩たちが『お好みマイロード』という映画を作った
題名から推してお分かりになるかと思うが、「世間の常識にとらわれず、自分の思うとおりに生きていい」と主張するものだった。40年前の主義主張である。

だがそれは、そういう生き方があっていいというもの。コマーシャルも、意味自体は同様と受け止められるものの、勢いが違う。「働きすぎも 遊びすぎても、ぜんぶ自由だ」とは言うが、“ほどほどに働いて、ほどほどに遊ぶ”ことが賞賛される雰囲気はない。

「あれはダメだよ、これはこうだよ」は、全部、“嘘”と言い切る。親の言うことは聞くなと言うことだ。親の言うことは聞かずに、なんでも“過ぎる”ところまでやった方がいいと言いたいらしい。

私は割と鼻がいい。これは宗教だ。しかも、極めて日本的ではない。“嘘”つきの親の立場からすると、とても厄介だ。



『日本が「世界一」を守り抜く戦略』    パトリック・ニュウエル


光文社  ¥ 1,870

大学教授陣、研究者、経営者らへの質問を通して考えた、2030年の未来予想図
Chapter1 
2030年の日本は、どのようになっていると思いますか 
Chapter2 
2030年のあなたの、一日の過ごし方を教えてください
Chapter3 
2030年までに克服すべき最大の課題は何だと思いますか
Chapter4
シンギュラリティの世界で、テクノロジーをどのように人生に活用できるでしょうか
Chapter5 
2030年の可能性を最大化するために、2020年の日本あるいは自国において、何ができるでしょうか
Chapter6 
2030年に向けて、私たちがとるべき戦略とは


日本はいろいろな強みを持っている。グローバル化が進む中で、改善していかなければならないところは多いが、それが成されれば、日本は将来の世界においても重要な地位を占めることが出来る。世界の問題を解決していくための大きな役割を果たすことが出来る。そういうことを言ってる本のようだ。

だけど今、笑点の小遊三が言ったように、「今年もいつも通りに過ごすということが何より」というのが、ごく当たり前の日本人の考え方。

戦争もなく、災害にもあわず、病気もせずに一年を過ごすことが何より。・・・どこが悪い。親がそうだったように、結婚して家族を持ち、子を成して無事育て、年老いていく。・・・何が悪い。

今の日本の教育システムには、学生が習得するスキルと社会人として成功するためのスキルとの間には大きなギャップがあるという。

・・・社会的な成功が教育の目標なのか。

大学教育を受けようとする者の成すべきことは自らが成功者となることではなくて、世のため人のためにそれを還元するって事じゃないのか。

日本のあり方にもいろいろ絡んでいる方らしい。英語の話も出てくるんだけど、しっかり日本語を使うことは、日本的なものの考え方を持つって事だからね。まずは日本語なんだ。それなくして、外国人の方々が思うような日本人は育たない。

10年後を考える、20年後を考える。結構だ。必要なことだろう。でも、ここの日本人にとっては成すべきことは、毎日をよりよく生きるということだろう。シンギュラリティがどうのと、まだ見たこともない世界に生きるのは、正直言ってめんどくさい。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『学校に入り込むニセ科学』 左巻健夫

まったくマスコミってのが質が悪い。

とにかく彼らは声がでかい。ものすごく遠くまで声が届く。多くの人の耳に届く。何度も何度も届く。これが特にNHKあたりになると、頭の良さそうな、かつ品の・・・表面的には良さそうな人たちが、繰り返し繰り返し言う。

この本の著者、左巻さんも言う。《日本の教育の歴史を見たとき、近年特に目立つのは、社会科学・歴史認識の分野での事実の軽視ないしは歪曲である》

嘘を信じ込ませることにも、嘘を信じ込まされることにも、日本人は慣れている。みんなと同じように考えていればとても楽だ。だから私は口をつぐまされ、学校をやめることになる。やめさせられたわけじゃない。窮屈になった。窮屈なのが、とてもいやなだけだ。

それはともかく、あからさまな事実の軽視や歪曲を見抜けない方もどうかしている。教育現場にもそういうのがいた。一般的傾向としては、若い人ほどそうだった。

『学校に入り込むニセ科学』という題名に、私はてっきり二酸化炭素排出による地球温暖化の話を書いている本かと思って読んでしまった。それは取り上げられてなかった。ちょっと残念だった。

理科教育の世界にも、そんなイカサマ科学が入り込んでいるという。理科の先生も見抜けない人が少なくないんだそうだ。著者の左巻さんは、「教員も一般の大人に過ぎない。一般の大人にもある割合でニセ科学を信じてしまう人たちがいるのと一緒だ」と言っている。だけど、教える立場だろう。それなりの責任はある。

嘘を教え、それによって大きな損害を被らせ、または世間に迷惑をかけるようは羽目に陥らせておいて、「私もだまされました」じゃ無責任というもんだ。「鬼畜米英」と教えていた教員が、そのまま教員で居続けたのと同じか。




平凡社  ¥ 924

科学的な根拠はなく教員や生徒の「善意」を利用して勢力を広げるニセ科学
第1章 ニセ科学はなぜ危険か
第2章 ニセ科学に危機感を持った「水からの伝言」
第3章 学校や環境活動に忍び込むEM
第4章 学校にニセ科学を持ち込んだ右翼教育団体
第5章 脳をめぐるニセ科学
第6章 食育をめぐるニセ科学
第7章 子どもたちを原発の旗振り役に
第8章 他にもいろいろニセ科学
第9章 ニセ科学にだまされないようにするために


学校の先生だって生徒だったときがあるわけで、その頃は大半が優等生で、教科書の内容をよく覚え、テストで言い点数を取って親を喜ばせてきた人たちだ。育ちがいいと言うことだ。

彼らは善意というものを疑わないで育ってきた。ニセ科学は、そういう先生の素直さにつけ込んでいくんだそうだ。ニセ科学は、教育こそが自分たちの主張拡大の最良の手段になることをよく知っている。そして、そういう素直な先生を通して、多くの子どもたちへの浸透を図るんだそうだ。

私のことを「育ちがいいと思ったら・・・」と言った校長がいた。「思ったらなんだ」とは言い返していない。教員になってしばらくして、地元秩父のお祭りに帰ったとき、いろいろと迷惑をかけた女の先生に挨拶に行った。先生は依然として母校に勤務しておられた。「あなたのような元気な子がいなくなった」と、目を細めて頂いた。

高校時代、今の高校生にはあまりいないくらい“元気”だった私も、基本的には素直な方に分類されて間違いない。だけど、扱いを間違えると抑えが効かなくなるから、人は私に近づくのを躊躇する。とっつきづらいのだ。かつ、人から教わることが嫌いなので、こそこそ隠れて、とにかくよく本を読んだ。人から言われたくらいじゃ動かない。

学校の先生でも、若い人は読書量が少なすぎる。教科書に書かれていれば、教えちゃう。私は教科書に書かれていても、自分のものになっていなければ教えない。

それにしてもニセ科学。なんだこれ?どうしてこんなことを教室で取り上げちゃうの?

《水からの伝言》なんて、学教の先生が本当に信じちゃうの?水に感情があって、それによって結晶が変化する?・・・馬鹿じゃないの。《EM》ってのも、もう最初っから詐欺まがいって分かりきってる。相手にする方がおかしい。

日本人は本質から遠いところで物事を判断することがあるからね。そういうことにならされちゃうと、馬鹿げた結末に続く道に足を踏み入れちゃうことがあるんだよね。






テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『昭和とわたし』 澤地久枝

白鵬っていうのは、相変わらず品のない横綱だ。

遠藤に勝った相撲は、・・・ありゃ相撲じゃない。決まりては、右カウンターだよ。横綱ではなかった旭道山でさえ引退したのに、なんで白鵬は居座ってるんだ?グローブはめてないだけ、ボクシングより衝撃は大きいはずだ。

あれは公然とした暴力。私的暴力に及んだ貴ノ富士が引退に追い込まれたが、人前で暴力行為に及んだ白鵬が、なんで横綱に居座ってるんだろう。

恥知らずは、本人か?相撲協会か? そんなこと思ってるのは、私だけか?
ものがどう見えるのか。それは見方によってだいぶ変わってくる。

自分のことを考えてみてもそうだ。自分の中に一貫したものなんてない。いろいろに移り変わってきて、ようやく今の自分がある。立場によって見る位置を使い分けたことも再々あった。“職業柄”、“子供の前では”、“世間体を考えて”、・・・いろいろだ。

この本の著者、澤地久枝さんは、満州からの引揚げだったそうだ。大陸で、敗戦国民として難民生活を送り、満州からようようの思いで引き揚げてきた。戦後の混乱期、ご両親とともに出来得る限りのことをして生活の基盤を築いて生き抜いてきた中で、澤地久枝さんのものの見方は、一貫していたようだ。・・・この本を読む限り。

終戦の段階で、日本人は軍民合わせておよそ600万人が現在の日本の外にいた。その人たちが日本を目指した。たどりつけなかった人も多い。口に出せないような思いをした人たちもたくさんいた。口に出さないまま死んでいった人たちもたくさんいる。その人たちに代わってものを言う人間が必要だ。

澤地久枝さんがそれにふさわしいかどうかは、またものの見方によりけりというところかな。



文藝春秋  ¥ 880

二・二六事件、太平洋戦争、沖縄密約・・・ 昭和に翻弄された女性たちに寄り添って
序 その仕事を貫くもの
1 わたしの満洲―戦前から戦中を過ごして
2 棄民となった日々―敗戦から引揚げ
3 異郷日本の戦後―わが青春は苦く切なく
4 もの書きになってから―出会ったひと・考えたこと
5 心の海にある記憶―静かに半生をふりかえる
6 向田邦子さん―生き続ける思い出


澤地さんは五味川純平さんの助手だったのか。

『戦争と人間』の脚注をしていたんだそうだ。ずいぶん若いとき、高校の時だったかな、全巻読んだ。長い話だった。『人間の条件』も読んだ。今では話がごちゃまぜになってしまったが、その後見た映画も含めて、ずいぶん強く影響を受けた。学生時代はマル経を学び、二十代は左翼的なものの考え方に傾いた。そういうことにも、おそらく影響していたと思う。もちろん、自分から望んでそういう本を読んだし、映画も見たんだけどね。

《戦争と人間》は、冷静に振り返ればイデオロギー小説で、特に映画になると、その傾向が強かったように思う。完全に、反日反戦映画だった。当時の日本でそういう映画がもてはやされるということは、アメリカもずいぶん喜んだことだと思う。実際に私はその影響を強く受けた。

だけど、家族はじめ身の回りの人たち、広範な読書体験やその他いろいろなことのおかげで、時間はかかったけどバランスを持ち直した。10年くらいかかったかな。ずいぶん時間がかかったな。

戦争っていうのは相手のある話で、相手を考えてみたところで、まともな国なんてない。

“中国”っていうのは何?当時、どこに“中国”なんていう一つの政治勢力があった?朝鮮はグズグズで自分の足で立つこともできない状態。ロシアは世界の共産化を狙うという、悪の権化。女子供まで根絶やしにしてインディアンを抹殺したアメリカは、やはり日本相手なら非戦闘員への攻撃も全くためらわない非道の国。この間のラグビーのワールドカップを見ても、イギリスが世界に何をしてきたか、よく分かろうってもんじゃないか。オランダはよく日本軍の捕虜への対応を批判するが、自分たちがインドネシアを植民地としていたことは思い出せないのか。

日本はいろいろな点において稚拙だった。しかも、いまだにその稚拙さを引きずっている。

戦後、日本がやるべきことは、なぜ戦争を避けることができなかったのか、なぜ負けたのかを徹底的に検証することだった。戦勝国の都合によって組み立てられた間違った前提に立っては、その検証は不可能だ。だから、いまだに行われない。

澤地さんの動機には憎悪がある。憎悪を原動力に世の中を変えようとする姿勢は、はたから見ると気持ち悪い。その発言は、さまざまな口に出せないほどの思いをした人々を代弁しようとして、その人たちをまた違うところへ誘っているように私には思える。・・・もちろんこれは、あくまでも私のものの見方。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『工場見学 社会科見学 首都圏』 まっぷる

今年の三月まで務めていた高校では、進路指導部という分掌で仕事をしていました。

私はその学校に赴任するまで定時制高校にいて、ずっと生徒指導部という分掌で仕事をしていました。ずっとそこにいるつもりだったんですが、統廃合で定時制がなくなってしまうということで、やむなく転勤しました。全日制に移ったんですが、昼の学校から夜の学校にかわるよりも、夜の学校から昼の学校にかわるのは大変でした。・・・それは、まあいいや。

私は生徒指導の仕事でその学校に呼ばれたのかと思ったんです。でも全然違いました。空いているところに回されたに過ぎませんでした。それに、あとから考えれば、全日の生徒指導の仕事なんて、とてもできなかったですね。

だって、女の子のスカートが短いとか、髪の毛を染めたのなんだのって、いちいち寄ってたかった検査したりするんです。女の子の髪の毛なんかめくりあげたりしながらですよ。できませんよ、そんなこと。そんなこと定時制でやったら、生徒なんかあっという間に学校来なくなっちゃいます。やってることは定時制の方が遥かにまともです。粗暴なやつのために身体ハッタリ、警察に貰い受けに行ったりです。

進路指導部っていうのも畑違いだなと思ったけど、面白いこともありました。就職希望者が一クラス分くらいいて、アベノミクス以来景気が良くなって求人が増えたんです。企業の人も、よく学校を訪問されて、そういう人の話を聞くのがとてもおもしろかったです。折から圏央道が開通して、近隣にICがあったことから、物流の拠点ですからいろいろな工場ができてたんです。

どんな会社でも、それで商売をしているわけですから、かならず他に負けない“強み”っていうのを持っているんですね。それを熱弁されるわけです。よく分かるんですよ。だけど、「あとはそれを、若い人たちにどう伝えていくかですね」っていうと、「そう、そこなんですよ。先生」ってことになるんです。

あの進路指導室での会話っていうのは、実は双方にとって、非常に刺激的な交流の場なんです。

“おそらく”・・・ですが、工場見学っていうのは、企業にとって、同じような非常に刺激的な交流の場なんじゃないでしょうか。そして、おそらく、得るものは、企業の方が大きいんでしょう。



昭文社  ¥ 972

工場&社会科見学の魅力と楽しみ方がギュギュっとつまった最強の1冊です
新スポット大公開
大人気工場BEST7
サキドリ2020 TOKYOスポット
ジャンル別工場見学
お菓子・アイス、食品、飲料、乗り物、科学技術、モノづくり
ジャンル別社会科見学
現場体験、学べるテーマパーク、大規模施設


来年は、孫が小学校に上がります。

どんな小学生になるのかな。今から楽しみだな。両親とも忙しいから、夏休みとかは面倒見てやるんだけどな。でも、あまりこっちに頼りたがらないのが、ちょっと寂しいんだけどな。

そしたら工場見学なんかどうでしょう。夏休みのいい経験になりそうです。

乗り物が好きですからね。この本に紹介されているところでは、JAL工場見学SKY MUSEUM、ANA機体工場、日産自動車横浜工場、スバル群馬製作所矢島工場。いいですね。個人的にはスバル群馬製作所矢島工場だな。

他の分野でも、それぞれに魅力的なところはあるけれど、小学一年生が興味を持てるところでは埼玉本庄の赤城乳業。あのガリガリ君ですね。埼玉県北本のグリコピア・イースト。ここはポッキーやプリッツね。東京都葛飾の北星鉛筆。ここは不要になったおが屑から木の粘土を作ったらしい。埼玉県八潮のイワコーは消しゴムだそうだ。それも、ケーキやお寿司、消防車や動物といったおもしろ消しゴム。それに情熱を傾けているらしい。

鉛筆と消しゴムなんてね。小学生らしくていいじゃないですか。私なんかみたいに、何でも、どうにでもごまかせる人間と違って、一切ごまかしなしに疑問をぶつけてきますからね。企業にとっても、そういう子供の工場見学のほうが、おそらく得るものは大きいでしょう。

東京都台東区の元祖食品サンプル屋も紹介されてます。面白けど、小学生にはどうでしょうね。

ああ、夢は広がるんだけど、こういう風に期待しちゃうと、夢のまま終わるってことが多いんですよね。なんだか切ない話なんだけど、そういう切なさも、こういう歳になると平然とやり過ごせるようになるじゃないですか。年月を経るってのは、大事なことですね。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『デルタ』 杉山隆男

NHKの番組で見た。

若い人たちがどんどん故郷を離れて、もはや墓を管理するものなく、墓じまいするしかない。墓どころじゃなく、地域の人々の信仰を支えてきた寺さえ持ちこたえることができず、廃寺にして、本尊と檀家は一門の大きな寺に配属される。

地域で助け合おうにも、その土台となる信仰すら受けつでないなら、絆などいとも簡単にちぎれていってしまう。そんなことは当たり前で、分かりきっていたこと。

絆などあっては、煩わしい。

誰かが入院でもすればお見舞いをして、回復すれば快気祝いをして。季節が変わるたびに、お互いにご機嫌を伺って。なんのためにということじゃなくて、そのたびごとに顔を合わせておくのが目的みたいな付き合いを続けていく。

お寺や神社の用向きがあれば必ず顔を出して、何かやらなければならないことがあってもなくても、「ぼちぼち」の声がかかるまで一緒に時を過ごして。面倒なだけの付き合いだけど、そんな何か目的のしれない時間をともに過ごすことで維持されてきたものもある。

それが絆でしょう。

日本は強かった。日本の強さの背景にあったのは、絆によって固く結びついた社会だった。マッカーサーは、そんな日本社会を根底からくつがえそうと思った。絆の芯を抜くために様々な手を打った。皇室を除くことはできなかったが、将来に向けて手は打った。

誰もが自由で、平等で、民主的な国を作るよう促した。それまでの日本社会を大切にしようとする勢力は封建的であるとして否定して、社会から排除した。

マッカーサーに促された人々は、こういう国を作りたかったんでしょうね。

《「この国は、最後の最後という土壇場では、結局アメリカにすがるしかないんだ」
 吐き捨てるように言う門馬の声は、もはやあきらめを通り越して、悲しみを帯びているようにさえ聞こえる。
 「マッカーサーは、日本をこういう国にしたかったんだろうな」
 独立国としての矜りも、牙も、魂も・・・
 口をついて出かかった言葉を、しかし門馬はすべて呑み込んだ。》

その上で、自発的に「こういう国を作りたかった」って思ってるような日本人を、マッカーサーは作りたかったんでしょうね。


『デルタ』    杉山隆男

新潮社  ¥ 2,376

中国武装組織vs.陸自秘密部隊。これはもはや、フィクションの世界ではない!
第一章  発生
第二章  非常呼集
第三章  永田町二丁目三番地
第四章  上陸
第五章  命令下達
第六章  出撃
第七章  交戦


海上保安庁の最新鋭巡視船「うおつり」 を乗っ取った武装勢力は、愛国義勇軍と名乗る反習近平、じゃなくて、反習遠平派の武装集団だった。彼らは、僚船「りゅうきゅう」から応援に差し向けられたヘリを撃墜し、その映像をツイッター上に流した。彼らはそのまま尖閣諸島に上陸し、“腐敗堕落した習遠平政権”を糾弾した。

彼らのリーダー劉勝利の父親は、人民解放軍の伝説の英雄である劉成虎で、瀋陽軍区に身を置き、軍において大きな存在感を放っていた。その劉成虎は、習遠平の始めた反腐敗運動で摘発された。

“中国”では官僚の贈収賄が広くはびこり、桁違いの予算を配分された軍においても、上層部の公私混同は目を覆うものがあった。それは物語の中の話ではなく、実際にそうだったろう。それだけに、習近平の始めた反腐敗運動は世論の強い支持を得た。その支持を背景に、習近平は、相容れない反対勢力を不正撲滅の名のもとに摘発していったのだ。

この反腐敗運動という権力闘争が、“中国”で実際に行われていることだけに、この物語、なんだか真実味を帯びる。

劉成虎はビル屋上から飛び降りて、自ら命を断つ。これも摘発された高級幹部たちによく起こったことだ。自分から死にたいくらいの苦痛を与え続けられたのか。それとも、ビルから突き落とされたのか。

そして彼の子、劉勝利と、彼を支持する友人たちが、習遠平に一泡吹かせて、さらに・・・。

しかし、反習遠平派の反国家的行動は、“中国”に尖閣への出動のきっかけを与えることになる。これを放置すれば、確実に尖閣は“中国”に取られる。

アメリカは、・・・尖閣の防衛を拒絶した。

どこまでも有り得そうな話なんです。ただし、ここで動いた秘密の実働部隊デルタ。日本有事に備える習志野の第一空挺団、佐世保の水陸機動団、対テロ作戦に特化した特殊作戦群、それに続く第四の存在。それが、ギリシャ語で第四を表すデスタ。・・・そういう物語です。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『このゴミは収集できません』 マシンガンズ滝川秀一

朝、走ってるんです。

暗いうちから走り始めて、・・・その時は懐中電灯を使ってます。東の空から段々と明るくなって、それでも歩道のないところでは、時々走ってくる対向車に存在を伝えるために懐中電灯をつけます。その心配もなくなったあたりで懐中電灯をしまいます。

懐中電灯を消してしばらく走った頃、都幾川にかかる橋に差し掛かりました。橋の袂で周辺に何らかの変化を感じました。顔を上げて前方を見ると、最初はその変化がなにか、ピンとこなかったのですが、ようやく分かりました。明るくなって、夜の間、明るく橋上を照らし続けていたはずの街灯が、その役割を終えて消えたのです。朝が来たんですね。時計を見ると五時五分。家に帰って今日の日の出を調べると、五時二〇分でした。日の出時間の一五分前に、センサーは朝を感じたんですね。

朝、暗い時間に街に出ると、暗い街で、すでに働き始めている人がいます。新聞配達の人のカブが、路地から路地を走り回っています。東京に向かうトラックが、関越道に列をなして走っていきます。

知らないところで世の中を支えている人が、たくさんいるんですね。

朝に限らず、世の中はいろいろな人に支えられています。と言うよりも、本当は、みんな誰かに支えられ、みんな誰かを支えているんですよね。今の世の中、そういうことに無頓着すぎるように思います。自分が誰かに支えられていることにも思いを馳せられず、誰かを支えられることなど思いも寄らないような人が少なくないことは、日々のニュースに明らかです。

ゴミ清掃員という仕事は、まさに世の中を支える仕事です。しかも、一般的には、できれば避けたい仕事です。そんな仕事を経験できた著者のマシンガンズ滝沢秀一さんは、きっと幸運だったんだろうと思います。

この本の著者、マシンガンズ滝沢秀一さんは、お笑い芸人でありながら、ひょんな事からゴミ清掃員の世界に飛び込みます。“ヒョんな事”なんて言っちゃあ悪いですね。奥様の妊娠です。三六歳の売れないお笑い芸人にとって、出産費用の四〇万円は、あまりにも絶望的な金額だったようです。

お笑い芸人以外になんのスキルもなかった滝沢秀一さんは、なんのスキルも必要としない、かつ常に人手不足状態にあるゴミ清掃人の世界に飛び込んでいくことになったようです。


『このゴミは収集できません』  マシンガンズ滝川秀一

白夜書房  ¥ 1,404

ゴミ清掃員が見たあり得ない光景。お笑い芸人がゴミ清掃で発掘したゴミ学
1章 ゴミ清掃員はつぶやく
2章 ゴミ清掃員プロファイラー
3章 嘘に翻弄されるゴミ清掃員
4章 事件です!!ゴミ清掃員
5章 ゴミ清掃員、格差を斬る
6章 ゴミ清掃員のおすすめ物件
7章 ゴミ清掃員の花鳥風月!?
8章 ゴミ清掃員の一日
9章 ゴミ清掃員とゆかいな仲間たち
10章 ゴミ清掃員、無法者を取り締まる
11章 私、ゴミ清掃員が日本の未来に物申します


やはり、大変な仕事ではありますね。

春から初夏は、毛虫が大変なんだそうです。毛虫にやられたことは、私もあります。毛だけでやられますからね。この時期の山は、新緑がとてもきれいで、山を歩いているだけで心が高揚します。だけど、木々から糸で垂れ下がった毛虫をしっかり避けて通るのは、けっこう至難の業だったりします。腰掛けたベンチに影を提供してくれる葉裏が毛虫でいっぱいだったりもします。ゴミ清掃員はこの時期、そんな毛虫との格闘なんだそうです。

夏は言わずもがな。暑さとの死闘ですね。

秋の大敵はネズミとスズメバチだそうです。それから、ゴミ袋に詰め込まれた栗のいが。これは恐ろしい武器ですね。まるで地雷のようです。

冬は寒さはもちろん、雪が降ると大変だそうです。

ゴミからゴミ汁が飛び出ることもあるそうです。それが顔にかかることも・・・。

大変な仕事ですね。でも何より大変なのは、やはり、人々の無理解のようですね。普通、そんな事を言ったり、そんな事をやったりしてはいけないんだけど、ゴミ清掃人にならば言ってもいい、やってもいい。そういう意識があるみたいですね。さらにはゴミ清掃人を低くみて、そういう対応をする人もいるそうです。

通学路を通ると、「くせーから早くいけー」って悪態をつく小学生がいるそうです。私は子供の頃、バキュームカーの隣を通過するとき、鼻をつまんだりしちゃあ悪いから、少し前から息を止めて、通り過ぎるまでそのまま歩いて通ったですね。

うちの自治会には三つのゴミステーションがありますが、その一つに、ちょくちょく指定とは違うゴミが出されていることがあります。清掃車は持っていきませんから、次の指定の日までうちで預かりることもあります。それが生ゴミだったりすると・・・。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本を滅ぼす岩盤規制』 上念司

奥武蔵の山に登る時、西武鉄道の駅から近いパーキングに車を止めて、そこから電車に乗ることがよくあります。つい先日も、ちょっと涼しい日があったので、そのパーキングを利用しました。・・・一昨日、ブログで紹介した伊豆ヶ岳に登った話でした。

その日は夕方から自治会連合会のセミナーがあって、一一時半には正丸駅に戻っておりました。そこから一一時五九分の登り電車で車を置いた駅に行き、パーキングに戻ったところ、そこの地主さんが料金箱のお金のチェックと車の確認をしていました。

「こちらの方ですか、いつも便利に使わせていただいています」

そう声をかけて通り過ぎようとしたら、「こちらこそ、ご利用いただいてありがとうございます」ってことで、しばらくお話をしてまいりました。

そこは駅まで一分の、本当に便利なところにあるんです。そのせいか、平日にも関わらず、その日も十分収入につながるであろう台数の車が利用しておりました。

そこは、もとは田んぼだったんだそうです。減反政策で田んぼをやめて持て余していたところ、東急から声をかけられて駐車場にしたもののようです。「宅地だから税金が高くて払いきれなかった」と言ってましたので、農地をそのまま駐車場にして営業するのは違法なので、いったん宅地に変更したんじゃないでしょうか。「だけど、けっこう皆さんに(車を)停めてもらうので、それなりの収入になって助かってます」とおっしゃってました。

この本によれば、農業は今、高度なエンジニアリング産業になっているそうです。そう受け止めて頑張っている日本の専業農家は強いそうです。保護なんかいらないそうです。

ええ、農家にはたくさん補助金が入ってるはずですよね。

そんなことを思ってたら書いてありました。日本が補助金を出して守ろうとしているのは、家庭菜園、あるいはそれに毛が生えた程度の兼業農家だそうです。それはかつての自民党政権の票田だそうです。それらの農家は農業以外の仕事を持って主な収入とし、その他に減反政策を受け入れて補助金をもらってきました。兼業である農業からの収入は、あまりあてにされてもいないようです。

そう言えば、この間まで務めていた学校の直ぐ側に、栗の木が三本植わっている広い土地があって、そこは農地だって行ってましてね。栗畑ですって。輿石東さんの家の車庫は農地だって話もありましたね。

そういういい加減な土地の税を上げて、売却させ、やる気のある農家に高度なエンジニアリング産業としての農業にチャレンジさせれば、日本の農業振興は難しくないと、上念さんは言ってます。

農地をあえて宅地に変えて、駐車場収入を稼ぐというのは、日本の農業にとってはどんなもんなんでしょう。そこからの帰りの車の中で、考えてしまいました。


飛鳥新社  ¥ 1,400

「岩盤規制」について正面から論じた本。毎年30兆円の負担増となって国民を苦しめる実態
第1章 財務省―危険すぎる!財務省を監視せよ
第2章 農業―精神論に侵された本当は世界最強の日本農業
第3章 放送・通信―視聴者をバカ扱いするテレビ局
第4章 銀行―金融行政の被害者はいつも一般庶民
第5章 NHK―純資産8300億円!金満体質を告発
第6章 医療・病院―「医療費激増」の真犯人
第7章 保育園―待機児童が解消されない本当の理由
第8章 朝日新聞―朝日新聞はいつ潰れるのか?


NHKは、やっぱり分割民営化ですね。

元財務官僚の高橋洋一さんが言っているそうですが、NHKを「公共放送NHK」と「民間放送NHK」に分割するのがいいというのです。「公共放送NHK」は受信料制度によってきっちり社会的な使命を果たせばいいというのです。

だったら、受信料も、グググッと安くなりそうですね。そして、「民間放送NHK」は他の民間放送局と競合してやっていけばいいということです。

今のNHKは、本当、受信料マシーンですよね。二〇年も前のことですが、「自治会館にあるテレビの受信料を払え」と集金人の方が、当時も自治会長だった私のところに回ってこられました。

還暦を過ぎてらっしゃる方のようでしたが、当時、三〇代の私は、「あなた、そんな仕事をして、恥ずかしいと思いませんか」と叩き出させていただきました。玄関の外から「訴えるぞ」という声が聞こえたので、玄関を開けて、「本当に恥ずかしいと思わないんですか」と声をかけたら、私の頭越しに連れ合いのまいた塩が飛んでいきました。その半分は、私の頭にかかりました。

銀行にしろ、病院にしろ、保育にしろ、背景にはかなり深い闇があるようです。中でも、それらの問題の大本に、財務省があるみたいですね。

「少子高齢化社会だから、お金がかかる。だから、増税」

財務省って、そんな仕事をしていて恥ずかしいとは思いませんか。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本を滅ぼす岩盤規制』 上念司

《「岩盤規制」とは、言ってみれば「おバカ校則」みたいなものだ》と著者の上念司さんは言ってます。“校則”ってことになると、ついこの間まで関わっていたので、・・・ちょっとね。

家でも学校でも、自分がぶちのめされて育てられましたので、色々な決まりごとは理屈じゃなくて、そういうもんなんだと受け入れてました。

私は昭和三五年生まれですから、中学校は坊主頭ですよ。坊主って言ったってツルッツルってわけじゃありません。丸刈りですね。いつも、父親にバリカンで刈ってもらってました。三分刈りです。別になんとも思いませんでした。中学生になれた嬉しさのほうが遥かに先行してました。

でも、そうじゃない奴もいたみたいで、隣の中学校の話なんですが、中学三年になる年の春にナイフを持って校長に訴えた奴がいました。それがきっかけになって、坊主って校則はなくなりました。

今でも、おかしな校則が、ずいぶんあるみたいですね。でも、基本的にはあれでしょ。若い人はすぐいきがった格好をしたがります。そして、そういう格好って、だいたい不良から始まるもんです。そういう不良とは、学生を距離取らせようってのが校則に反映されるんでしょ。

髪の毛の指導とか、スカートの丈の指導とかが嫌いで困りました。性に合わないんです。ああいうの・・・。

定時制に務めた頃は、整容指導みたいなのはありませんでしたので、助かりましたけど。なぜ定時制ではないかと言うと、年齢がバラバラで、タバコすってるのもいれば、化粧して仕事しているのもいましたから。それに、とにかく学校に来ることが優先で、それ以外のことでなんだかんだ言ってる場合じゃなかったんです。

それが本来の姿だと思いますよ。身だしなみなんて、色々みっともない思いをして身につけるもんだと思うしね。馬鹿な格好をしてたって、しっかり勉強をしてればいいんです。でも、残念なことに、馬鹿な格好をしている奴は、それだけの奴って場合が多いです。残念ながら。

だから、普通の全日の高校なら、整容指導をしないでいると、すぐに学校の雰囲気が崩れるのも事実です。そうなると、中学生はそれを敏感に感じ取って、入学希望者が減ります。もしも、一倍を切ってしまって、二次募集をしなければならなくなれば、偏差値は急降下です。私もそういうところにいた経験がありますが、嫌なこともあったけど、なんだか楽しい奴もいっぱいいましたよ。まあ、県立の高校ですからね。県全体でみれば、偏差値の低い学校だって必要なんですから、それでもいいんです。

それでもいいはずなんだけど、先生方は妙に真面目ですから、その理屈が通らないんですよ。まったく、嫌んなっちゃいます。



飛鳥新社  ¥ 1,400

「岩盤規制」について正面から論じた本。毎年30兆円の負担増となって国民を苦しめる実態
第1章 財務省―危険すぎる!財務省を監視せよ
第2章 農業―精神論に侵された本当は世界最強の日本農業
第3章 放送・通信―視聴者をバカ扱いするテレビ局
第4章 銀行―金融行政の被害者はいつも一般庶民
第5章 NHK―純資産8300億円!金満体質を告発
第6章 医療・病院―「医療費激増」の真犯人
第7章 保育園―待機児童が解消されない本当の理由
第8章 朝日新聞―朝日新聞はいつ潰れるのか?


あんまりおバカな校則は困るけど、校則で儲けてる教員とか、校則で天下ってる教員とかは聞いたことがありません。岩盤規制は、それで儲けていたり、天下っていたりしている奴がいるわけです。これは困りもんですね。

「文科省は、加計学園による今治市での獣医学部新設を妨害し続けていた」

加計学園問題って、国家戦略特区に指定されることで、五二年間も獣医学部の新設の申請ができないという異常な状態が、ようやく解消されたという話だったそうです。

獣医学部新設なんて自由な経済活動に過ぎないですよね。あの時、言われていたのは「獣医師は足りている」ということでした。確かに、都市部における犬猫病院の獣医師は足りているとけど、口蹄疫や鳥インフルエンザの予防に苦しむ地方自治体は多くの獣医師を欲していたそうです。

それに、犬猫病院の獣医師が足りているとしても、だからといって新規参入を拒むっていうのは自由な経済活動を阻害する行為に過ぎませんね。

信長の支配地に入れば容易に市に参入できたし、新しい商売にも参入できました。それ以外の場所では多種多様な“座”が新参者の参入を許しませんでした。“座”は公家や寺社に上納金を納めて保護を受けていました。中でも延暦寺は、武力を抱えていましたからたちが悪いんですね。

既得権益の上にあぐらをかいて、新たな時代の幕開けを拒んでいたのは延暦寺。それこそ鉄壁の《岩盤規制》だったわけです。

やっぱり焼き討ちでしょうか。霞が関三丁目。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

敗北『国家と教養』 藤原正彦

大学を出て一年浪人。仕事をするようになったのは一九八三年です。

プラザ合意が一九八五年です。あそこで円高ドル安誘導が始まって、たった一年で一ドル一五〇円ですからね。そうして日本はバブル景気を迎えることになりました。

高校で仕事をするようになったわけですが、学校での仕事の分担は進路指導部というところでした。新設校でしたが、就職する生徒もけっこう多くいましたね。それが、バブルの頃は、ものすごい数の求人が学校に来たんです。求人票が処理しきれないほどでした。

高校への求人の解禁日は七月一日なんですが、ちょうど期末試験の時期と重なります。試験を実施して、採点して、成績つけて、・・・なんてことをやってる時期です。だいたいどこの学校でも、期末試験の最終日あたりから求人票を生徒に公開します。生徒は、公開された求人票から良さそうな会社を選び、進路指導部に申し出て、履歴書を持って見学に行くわけです。就職試験は九月一六日からと決められているのですが、どこの会社でもだいたい、この見学の際に生徒の人柄を見ます。中には適性検査をやってしまうところもあります。

本来、選考は九月一六日以前にやってはいけないんです。それに夏休み中はあくまで見学なんですから、行ってみて向かないと思えば、生徒には断る自由があります。このあたり、企業と学校の間に阿吽の呼吸というのがありまして、企業は夏休み中の企業見学で、九月一六日以降の採用試験を受けた場合の合否を教えてくれます。「ぜひ受けてもらってください」とか、「他の会社を考えられた方がよろしいかと・・・」とかです。後者の場合、それを生徒に伝えて、違う企業を探すんです。

高校からの就職の場合、大学と違って、受験する会社は一人一社という了解がありました。大多数は地方の中小企業ですから、大きな会社の人事のような対応はできませんからね。

だから、九月一六日から始まる採用試験で落とされると、“残り”の求人の中から会社を探すことになります。これは大変なんです。だから、私たちにしても、一度目の採用試験で受かる会社を受けさせたいわけです。だから、会社から、なんとなく手応えを教えてもらうというのは、ありがたいことでした。

今は、ハローワークからの指導で、それができなくなっているので、とても厳しいようです。

求人票は郵送も多かったんですが、人事担当の人が学校に持ってきて、いろいろと仕事の説明をしていくケースも多かったんです。進路指導室では捌ききれず、大会議室にいくつか席を設けて、進路指導部に属する教員が総出で話を聞きました。大会議室前には列ができてましたね。

ただ、求人の解禁は七月一日なんですが、求人はこのあと、それこそ翌年の三月まで断続的に入ります。大半の就職希望社は夏休み中に採用試験を受ける会社を決めますので、実は求人票の研究は五月、六月に前の年の求人票でしておく必要があるんです。

仕事をするようになって五年目だから、一九八八年、まさにバブルど真ん中ですね。八月の後半になって求人票を持ってきた会社がありました。ずいぶん砕けた感じの担当者で、この時期だと大半の生徒は受験する企業が決まってしまっていることをお話すると、「誰でもいいから」と言い出しました。

「誰でもいいからいませんか。成績なんてどうでもいいから、日本語が話せれば、イラン人に日本語を教える手間が省けるから。他のことはこっちで仕込むから、行儀が少しくらい悪いやつでもいいから」って言ってました。


 『国家と教養』    藤原正彦

新潮新書  ¥ 799

教養なき国民が国を滅ぼす 教養こそが大局観を磨く 大衆文学も教養である
第一章 教養はなぜ必要なのか
第二章 教養はどうやって守られてきたか
第三章 教養はなぜ衰退したのか
第四章 教養とヨーロッパ
第五章 教養と日本
第六章 国家と教養


バブルが崩壊して、日本の富がアメリカに吸い上げられていきました。キーワードは「グローバル・スタンダード」か。まさにその通り。

アメリカの格付け会社が、日本の銀行や証券会社を格下げして、日本の会社の信用を意図的に落としていきました。トヨタ自動車も、終身雇用制度を採っているという理由で格下げされたそうです。力づくで日本型の会社経営、日本型の資本主義をやめさせよう、自分たちのやり方に従わせようとしたんですね。

この本を読んでいて、自分の仕事人生と照らし合わせて、しみじみ振り返ってしまいます。

金融ビッグバン、BIS規制、郵政民営化、商法・司法・医療制度の改革、労働者派遣法の改革、そういった大改革の背景には、いずれもアメリカの要求があったんですね。

一九九四年から《年次改革要望書》が、毎年、アメリカ側から日本に送られるようになりました。このことは、ずっと国民に隠されていて、二〇〇九年にやっと知らされました。

日本の富をアメリカが吸い上げられるようにするのが、グローバル・スタンダードの本質ですね。小泉純一郎首相、竹中平蔵郵政民営化担当大臣のときが、まさにその真っ只中なんですね。

中小企業が追い込まれ、駅前商店街がシャッター通りと化し、長く続く不況が人身を蝕みました。「人の優しさ、穏やかさ、思いやり、卑怯を憎む心、献身、他社への深い共感と、日本を日本足らしめてきた誇るべき情緒までをも」蝕み始めたと藤原さんは嘆きます。

成果主義が入ってきました。「教育に成果主義はそぐわない」って言われ続けたけど、教育もグローバル・スタンダードに降参しちゃいました。教育も、目に見える成果を求められるようになっちゃったんですよ。そんなわけで、私はバイバイしちゃいました。敵前逃亡って言われりゃそのとおりなんだけど、徒手空拳の年寄じゃどうにもなりません。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『地図で楽しむ すごい埼玉』 都道府県研究会

日本列島の歴史の中には、縄文と弥生という二項対立があるようです。

本来これは、決定的な二項対立ではなかったはずです。しかし、戦いを好み、その内部に対立を抱えた弥生は、その内部対立に縄文を巻き込みました。日本古代史の最終勝者は、縄文と手を組んだ弥生の対立勢力でした。激しく対立した弥生を滅ぼした最終勝者は、対立した勢力を支えた縄文を恐れ、そして憎みました。

最終勝者に滅ぼされた弥生の残存勢力は、縄文とともに東国を形成していきました。東国は、蔑まれながらも力をつけ、古代史の最終勝者の末裔も、もはや彼らの助けを借りなければならないような状況になっていました。東国が、世の中を大きく動かし始めました。

東国は、あえて戦いを求めたわけではないのに、平将門は敵と決めつけられました。敵であることを受け入れると、東国は強大な力を発揮しました。平将門がそうしようとしたように、東国は違うものになり得る存在だったんでしょう。それこそが、東国の民の望むところだったんでしょう。だからこそ、東国武士団は、頼朝を決して鎌倉から出そうとしなかったんでしょう。

東国が結束すれば、もはや、蔑まれてすむ存在ではなくなっていました。東国こそが、時代を動かし始めました。武士の時代に突入しました。

この頃、武蔵こそが日本社会を動かしていました。

その武蔵国は、現在の行政区画からすると、埼玉と東京と神奈川の横浜と川崎からなり、国府は現在の東京都府中市に置かれました。しかも、東海道に属するということですから、武蔵国の表舞台は東京と横浜で、埼玉県の領域はその後ろ、完全におまけのようです。

ですが、違うんですね。律令制が取り入れられた頃、畿内七道が設置され、各道ごとに、それぞれの国府を結ぶ官道が整備されるんです。その時、武蔵国は東山道に属していたんです。


『地図で楽しむ すごい埼玉』    都道府県研究会

洋泉社  ¥ 1,620

そうは言っても、もはや武蔵を名乗れるのは埼玉くらいのものじゃないかな
奇岩が続く景勝地・長瀞は学術的に貴重な「地球の窓」!
秩父のシンボル武甲山は南洋の火山島だった!
埼玉県東北部を流れる見沼代用水と通船堀とは?
第1章 地形や地質で見る埼玉県
第2章 地図でひもとく埼玉の歴史
第3章 埼玉県の交通地図
第4章 地図で辿る埼玉の暮らしや産業
もっと知りたい埼玉県
埼玉の県民性
地図と数値でわかる埼玉県
埼玉県全73市区町村ガイド


ですから、国府を結ぶ官道は、上野国の国府の置かれた前橋市から南下して武蔵国の国府に至り、さらに北上して下野国の国府の置かれた栃木市に向かいます。ですから、東山道は、上野国、武蔵国、下野国の国府を結ぶ時、Y字を描く形になっているんです。

群馬の前橋市、東京都府中市、栃木県栃木市と官道が通るわけですから、その道は、ほぼ埼玉県を貫通しているわけです。古代において、埼玉県の領域こそ武蔵国の主要地域だったわけです。

後に、武蔵国は七七一年に東海道に編入されることになりますが、「鳴くよ鶯平安京」、平安時代が進むにつれて、この地域は大きく時代に関わります。

平忠頼と平将門の娘の間に生まれた平将恒は、武蔵国秩父郡を根拠地として秩父氏を称しました。当時、秩父は良質の馬や銅の産地として注目され、栄えたそうです。その平将恒の孫に当たる秩父重綱の子が秩父から武蔵野に進出し、畠山、河越、高山、江戸といった各氏を名乗っていきました。
頼朝が挙兵した際、もちろん彼らは頼朝追討の立場で動きます。しかし、その後は頼朝に服属し源氏方として平氏と戦い、鎌倉幕府設立に力を尽くした。この後、北条氏によって秩父氏の流れは力を失うが、大きな流れの中では些細なできごとと言っていいと思います。
なによりも、日本の時代の変わり目に、縄文の流れをくむ東国の代表勢力として秩父氏は力を尽くしました。縄文の流れをくむ東国が、日本の歴史の表舞台に躍り出ます。それがまさに、埼玉だったんですね。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」

リンク

よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
ブロとも一覧
アジシオ次郎の時事原論
はりこのはやしや 
ハシビロコウ
素足のアイドル達
うさぎ屋の四方山話
わくわく株式投資
プロモデラー林哲平のジャンクロボット創作ブログ『ケルバーダイン』
大好き!グラビアアイドル!
伊織のブログ
Re:BAD TASTE♥
QWERT 5w1h
「伝わる技術」オトデザイナーズ・坂本真一
歌と知恵でハッピーライフ^^
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本




































































検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事