めんどくせぇことばかり 本 近現代日本

『不思議の国のジャパニーズ』 片野優 須貝典子

ジジイになったのだから仕方がないんだけど、昔の日本のほうが良かった。昔の日本のほうが良かったのに、それを自分の子供達に伝えきれない、全然伝えきれていない自分も、本当に情けない。今は子供も独立して、あとは勝手に頑張ってもらいたいもんだ。連れ合いと二人の暮らしになった。この連れ合いが、実は私以上に昔の日本人で、神仏への感謝を忘れない女だ。私の人生の一番の成功は、この女を連れ合いとしたことだろう。少々強引だったが、・・・良かった、良かった。

いつだって、物事には表と裏があって、どちらが表でどちらが裏か、表裏のようでいて、実はおんなじなのだ。表でも裏でもない。同じものを、こちらの都合で、表に見たり、裏に見たりしているだけだ。“良かった”と言っている昔の日本もそうだ。

しかし、心して置かなければならないことがある。表に見えようが、裏に見えようが、生きていくために、先人たちが積み重ねた経験の上に作り上げた世間であるということだ。

戦争に負けたもので、真っ当な日本は、真っ当なものではないことになった。それが戦争に負けたあとの日本の始まりで、その前提でリーダーの地位に立ったものが戦後の日本を作り上げた。もはや、以前の日本には戻れない。

「保育園落ちた。日本死ね」

多くの外国人が、日本に魅力を感じているんだそうだ。おめでたい話だ。でも、その日本は、今の日本人が作ったもんじゃない。今の日本が壊しきれなかった日本だろう。


『不思議の国のジャパニーズ』    片野優 須貝典子

宝島社  ¥ 1,296

激動の幕末日本を訪れたシュリーマンは、平和で、秩序だった日本社会に感嘆したという
第一章 セルビアから未来の国・日本にタイムスリップ
第二章 ヨーロッパ人が日本文化を初体験
第三章 外国人がサプライズした日本人の精神性
第四章 外国人に受ける日本の名所

国民性ジョークに《もしも明日、世界が滅亡するとしたら》というのがあるんだそうだ。
アメリカ人は、軍事力でなんとかしようとする。
ドイツ人は、明日までに新技術を開発して滅亡を防ごうとする。
フランス人は、世界の終焉を芸術にしようとする。
イギリス人は、最後の午後のティータイムに誰を呼ぼうかと考える。
イタリア人は、最後のベットをともにする女性を探す。
ロシア人は、明日はウォッカを飲んでも二日酔いにならないと喜ぶ。

ハハハ・・・、面白いですね。日本人はと言うと、《会社に行って、明日までに仕事を終わらせようとする》ということです。世界は、そんなステレオタイプ化された日本人を“笑い”の対象にしている。でも、そんな日本人も、もうじき消え去るだろう。

日本に良質の関心を持つ外国人が増えているのは事実のようだ。結果として、世界を敵に回して闘い敗れた日本に、世界が関心を寄せているんだという。何だ、そりゃ。

面白いことに、世界を敵にした“悪い”日本を、日本人の中でも戦後を主導した人たちは、根っこから掘り起こして変えてしまおうと躍起になってきた。だけど、外国人が関心を寄せるのは、それでも“変わらない日本”だったわけだ。

伝えきれなかったけど、全然足りなかったけど、なんとか子どもたちに、汲み取ってもらいたいもんだな。

・・・完全に、ジジイの戯言だけどね。




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メイドカフェのイギリス人『不思議の国のジャパニーズ』 片野優 須貝典子

メイドカフェってのも、おかしな流行だな。だけど、私の感覚では、当初、ノーパン喫茶だの、ノーパンしゃぶしゃぶだのと変わりなかったんだけど、どうもそうでもないらしい。

まず、その出どころが違う。メイドカフェは、風俗出身のノーパン喫茶と違って、オタク文化の出身。最近は外国からのお客様が増えているのに対応して、英語教育を受けたメイドさんが接待してくれる。これに、イギリス紳士が反応してるっていうのが面白い。

この本のコラムによれば、イギリスは民主主義のを前提にした社会であるが、階級意識は極めて強いからしい。上流階級には上流階級の、中流には中流の生活があるんだそうだ。言葉の違いは顕著のようだ。上流はクイーンズイングリッシュを、中流はBBC放送の基礎にした標準英語、ロンドンの労働者階級は“コクニ―”と呼ばれる下町訛りを使うんだそうだ。

なんか、それも最近は、だいぶか会って来たって話を聞く。 そういえば、労働党からイギリス首相を務めたトニー・ブレアは、本来中流階級の人。そのブレアが、場合によっては上手に“コクニ―”を使いこなしたんだそうだ。労働党党首に躍り上がって国民を支持を集めた背景には、そんな点もあったのかもしれない。

この本によれば、イギリスの中流以下にはⅠ・Ⅱ・ⅢA・ⅢB・Ⅳ・Ⅴと、6つのカテゴリーがあるんだそうだ。職業でいえば法廷弁護士・判事・医師・大学教授・建築家が階級Ⅰ.国会議員・会社経営者・会社重役・農場主・新聞記者が階級Ⅱというふうに・・・。

もともとは王族・貴族に産業革命で台頭した新興ブルジョワジーが中流階級となって加わった。やがて、この中流が階級が上層・中層・下層の三つに分かれて、全体として5つの階級が出来上がっていったんだそうだ。

『不思議の国のジャパニーズ』    片野優 須貝典子

宝島社  ¥ 1,296

激動の幕末日本を訪れたシュリーマンは、平和で、秩序だった日本社会に感嘆したという
第一章 セルビアから未来の国・日本にタイムスリップ
第二章 ヨーロッパ人が日本文化を初体験
第三章 外国人がサプライズした日本人の精神性
第四章 外国人に受ける日本の名所


なんの本を読んだ時だったか、ピーター・ラビットを書いたビアトリクス・ポターの話に面白い話があった。ピーター・ラビットの物語を本にすべく、出版社と打ち合わせを重ねるうち、出版業を仕事とする人物と恋に落ちる。二人のことを知ったビアトリクス・ポターの両親は大反対。

ビアトリクス・ポターは特権階級の生まれなんだな。1866年、ヴィクトリア朝時代、特権階級の女性は私的に教育を受けるのが一般的で、大学にはいかなかったんだそうだ。それでも、開明的な彼女の両親は娘を学校に通わせることに理解があり、国立芸術学校に通っている。

それでも、娘が庶民の男と結婚することには大反対。相手が出版業界で働いていることを知ると、「会社務めなんかしている奴に、娘をやれるか」とカンカンだったという。

“しっかり仕事をして生活を支える”ということは、人間が生きていくうえで、できればやらないで済ませたいものなんですね。
そんなイギリスから、メイドカフェを目的の一つに日本に来る人がいるという。「お帰りなさいませ、ご主人さま~」って、ウサギのお耳のメイドさんにニャンニャンポーズされてみたい“イギリス紳士”は、いったいどんな階級の方なんだろうか。




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『英語化は愚民化』 施 光恒

じつは、2年前の夏に読んだ本だ。ずいぶんと時間が過ぎた。だけど、この本の危惧するところは、時とともに現実化し、具体化されていく。それとともに、私の心の中にはあきらめの気持ちが広がっていく。

近代化のエネルギーは、自分たちの言葉で語り、自分たちの言葉で考えられる世界を広げていくことから蓄積されていった。

中世ヨーロッパは、ラテン語が「万国共通の普遍の言語」として認識されていた。中世のヨーロッパにはいくつもの王国が分立し政治的には分裂していたが、宗教、言語的には一体であった。人々の精神を支配するローマ教会世界はラテン語を公用語とし、聖書もラテン語で書かれたものを使用していた。

ラテン語が使用されたのは、ラテン語は文法や正書法が整備されており、聖書の内容を伝えるのに最も適していると考えられたからだ。そして15世紀終わりまで、信仰や知を担いうる言語はラテン語しかなかった。知識層の大部分は聖職者で占められており、ラテン語を習得することなく、知の世界に踏み入ることはできなかった。教会の儀式のみならず、大学の講義もラテン語で行われた。特権階級や知識階級のみがこの世界に踏み入ることを許された。

しかし、人々の生活は、それぞれの土着の言語により営まれた。彼らはラテン語の知の世界へ踏みいれることもならず、下層階級を構成した。土着語には抽象的で知的な事柄を表現できる語彙もなかったからだ。彼らの精神を支配する神の言葉の理解さえ、教会の聖職者のラテン語の知識を前提とした。

上層階級と下層階級には言語的連帯感はなく、上層階級は国境を越えて連帯が可能だった。

もしも英語が世界の普遍的言語となり、知の世界が英語の中だけで探求され、土着語による知への接近が不可能になったなら、世界は中世と同じ状況になることを意味する。

宗教改革のうねりの中、ラテン語の聖書を各地の「土着語」に翻訳する動きが生じた。マルティン・ルターはドイツ語に、ウィリアム・ティンダルは英語に、そしてカルヴァンの従兄弟のオリヴェタンはフランス語に、というように。聖書に書かれた神の言葉を、一般庶民が読めるようにするために。まだまだ識字率は低かったものの、彼らは一般の人々が普段使っている言葉を思い浮かべ、日常の言葉から離れないよう細心の注意を払った。

ティンダルの言葉である。
《鋤で畑を耕している少年の方が現在のあなたよりも聖書についてもっとよく知ることができるようにして見せる》

1 教会の支配からの解放
2 翻訳
3 文化の少数支配からの解放

聖書の翻訳は土着語の発達をうながした。書き言葉として未熟な土着語には抽象的な語彙がほとんどなく、文法も正書法も未整備だった。改革者たちは土着語にたくさんの新しい語彙をもたらし、文法を整備し、正書法を提案した。それによってラテン語やギリシャ語、ヘブライ語の抽象的な観念を、ドイツ語や英語、フランス語でもあらわせるようになった。こうして各地の土着語は、宗教、道徳、歴史など、抽象的で深遠な事柄を語ることのできる言語へと発達した。土着語は国語に発達したのである。

普段使っている日常の言語によって最高度の道徳や知識に触れ、活動できることから生まれる自信が、ヨーロッパ社会全体の活性化を促した。

『英語化は愚民化』    施 光恒

集英社新書  ¥ 821

お題目は国際競争力の向上。だが、英語化を推進すれば、日本経済は急速に力をなくす
はじめに  英語化は誰も望まない未来を連れてくる
第1章  日本を覆う「英語化」政策
第2章  グローバル化・英語化は歴史の必然なのか
第3章  「翻訳」と「土着化」がつくった近代日本
第4章  グローバル化・英語化は民主的なのか
第5章  英語偏重教育の黒幕、新自由主義者たちの思惑
第6章  英語化が破壊する日本の良さと強み
第7章  今後の日本の国づくりと世界秩序構想
おわりに  「エリートの反逆」の時代に


森有礼が日本語廃止論者であったことはよく知られている。後に初代文部大臣を務めた人物でもあるわけだからけっこう厳しいよね。まあ、列強による植民地化の脅威が決して大げさじゃない状況の中で早急な近代化を考えたときの、やむを得ざる選択ではあったんだろうけどね。でも、彼には“是が非でも”ってくらいの勢いがあったみたい。英語公用語化への賛成を取り付けようと書簡を送ったイェール大学教授で米言語学教会初代会長のウィリアム・D・ホイットニーから、逆にたしなめられている。このホイットニーという人物。米言語学教会初代会長というだけあって“言葉”の持つ効用を確実に理解していたようだ。

彼から森有礼に対する反論は、以下の様なものだったようです。母語を捨て、外国語による近代化を計った国で成功したものなど、ほとんどない。英語を日本の「国語」として採用すれば、まず新しい言葉を覚え、それから学問をすることになってしまい、時間に余裕のない大多数の人々が、実質的に学問をすることが難しくなってしまう。その結果、英語学習に割く時間のふんだんにある少数の特権階級だけがすべての文化を独占することになり、一般大衆との間に大きな格差と断絶が生じてしまうだろう。

いま、英語の勉強を一生懸命にやっている若い人たちは、何のためにその勉強をしているのだろう。グローバルな社会で活躍できる力をつけ、自分の将来を利するため。

別にそれでもかまわないよ。でも、明治時代にグローバルな社会で活躍した人たちは、それを日本っていう国のために使った。英語ができなくても世界の最先端の学問に触れられるようにしてくれた。

ティンダルの言葉を、もう一度紹介して終わりにする。
《鋤で畑を耕している少年の方が現在のあなたよりも聖書についてもっとよく知ることができるようにして見せる》



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『部活があぶない』 島沢優子

中学校はサッカー部、高校は山岳部。大学では山と映画の二股で過ごした。・・・もう、60歳が近い私だけど、部活動は大きな影響を受けたな。特に、今になってみると、山を部活ではじめたことは、とても良かった。

私たちの頃は“部活”って言葉はなかったですね。“クラブ”って言ってた。

中学校の時は、三年の学徒大会で県大会に出たんだ。二中と大滝中が強くてね。三年でようや二校を下して県大会に出た。中学校から学校の用意してくれたバスで浦和の会場まで行ったんだけど、それだけで舞い上がってた。当日は、その年初めての光化学スモック注意報が出た日。私たち、埼玉の奥座敷の者にとっては、人生初の光化学スモッグ。試合が始まってしばらく、行きが苦しくなって、何が起こったかわからなかった。後ろを見ると、影中の仲間だけが、ひざに手をついてゼーゼーいってた。今より大気汚染の酷かった時期だからね。日頃、先生が“クラブ”に出てくることは滅多になかった。

高校の山岳部になると、先生が出てくるのは合宿だけ。小さなザックを背負ってひょいひょい歩いてた。先生の荷物の大半は、部員が担いだ。酒も・・・。ある土曜日の練習で、OBの方が懸垂下降を教えてくれるということで、荒川の段丘にあたる崖にいった。ヒヤヒヤワクワクの、岩初体験だった。あの時も、先生はいなかった。

先生にとんでもないことを命令されたことがある。明日、北穂に登るという涸沢でのこと。タバコ買ってこいということなんだけど、先生の吸うハイライトは涸沢の小屋にはないっていうんだよね。どこに買いに行けって言われたと思う?・・・北穂の小屋ですよ。・・・「先生、明日登るんじゃ・・・」



講談社現代新書  ¥ 821

そもそも、なんのためにあるのか。部活は生徒のためになっているのか
プロローグ  部活動は誰のもの?
第1章  部活がもたらす効果
第2章  部活のいびつな歴史
第3章  ブラック部活動が止まらない
第4章  教師にとってもブラックな部活
第5章  ブラック部活の正体
第6章  ブラック部活から子どもを守る
第7章  部活の未来のために

私の部活体験は、苦しいこともあったけど、楽しかった。それだけです。先生が部活に強く関係することはなかった。責任を追求される今の御時世ではそうは行きませんね。

時々、以前から、高等学校に関与する仕事をしていて、最近は、外部指導員ってことで、高校の部活に関わることもある。高校の部活動に関しては、わりと生な状況を理解しているつもり。

まあ、最近の高校の先生っていうのは、部活動の指導も含めて言えば、最悪に近いブラックです。この間もブログでご紹介した定年しても再任用で働いている先生ね。自分で言ってるもん。自分の教員生活は完全にブラックだったって。ひどい時は一年のうち三六〇日は仕事してたって。・・・部活のためにね。その人はソフトテニス部。ソフトテニスってのも練習時間が長くて、生徒に対してもブラック化しやすい傾向の部活みたいね。

体罰っていう意味では、概してバレー部はひどい印象があるな。今、関わっている学校のバレー部の先生と飲んだことがあるんだけど、今は私もやらないけど、ちょっと前まではひどかった。自分で考えてもひどかったって言ってた。

最悪なのは、ずいぶん前のことになるけど、やっぱりバレー部の若い顧問。練習中に腹痛を訴える部員を、怠けようとしていると決めつけて、レシーブの練習とかこつけて、ボールをバシバシぶつけた。結局、救急車を呼ぶことになったんだけど、急性盲腸炎で即手術だった。顧問はその後、自分が盲腸を発見してやったって豪語していた。

もう、あきれちゃうよ。部活ってのはやめた方がいい。良くなることはないよ。問題は複合的で、原因もまた複合的なもの。専門の顧問が悪い。親が悪い。青少年スポーツ団体が悪い。上の協会が悪い。しわ寄せは生徒と専門外の顧問にのしかかる。

とりあえず青少年スポーツは、母体を学校に求めるのは、今すぐやめたほうがいい。だけど、そんなことできないでしょ。

だから強権によって、一度チャラに戻すしかない。甲子園大会はじめ、選手生命を縮めかねない各種の全国大会をやめる。それが諸悪の根源だから。それで食ってる大人がいる。食ってる大人が、食い物にしていることに気づいてない。

だけど、そんなわけにいかないじゃないですか。結局、折り合いをつけていくしかないんだと思うけど、やりたいのから守るべきルールを定めて、その厳守を大会参加の絶対条件とするくらいのことはやらないと、悪くなる一方だと思う。ルールは練習時間、活動日、他種目を経験させるなど。少なくてもそのくらいのことはやらないとね。それだけでも、ものすご~く大変なことだと思うけど・・・。




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『日本一やさしい天皇の講座』 倉山満

4月に知り合った高校で社会を教えている先生がいる。定年してからも働ける制度を利用して最初の年なんだそうだ。あたりのいい人で、世界史が専門なんだそうだが、知識が豊富で、今は地理を任されているんだとか。その人が言っていた。「もう、今の時代に天皇制なんていらないんじゃないかな。もしどうしても必要なら、それこそロボットでもいいだろうに」ってさ。・・・たまたま昼飯で一緒になった時、テレビのニュースを見てのことでした。

宮沢俊義という学者先生がいるのだそうです。戦前からの東大法学部教授で日本国憲法の制定にも関わった人物。戦前からの学者は、その多くが公職を追放されたが、そうはならなかったマッカーサーの覚えめでたい人の一人ということでしょうか。そういう人が、戦後は憲法学の最高権威として、その学説が通説になるという立場になったんだそうだ。司法試験・公務員試験・教員採用試験では、憲法に関する問いは宮沢の通説に基づいて出題されるんだから、その影響力の大きさははかりきれない。

その宮沢教授が世に放った通説というのが、天皇は「《めくら判》をおすだけのロボット的存在」って言ったんだそうだ。『全訂日本国憲法』七十四項》にそうあるらしい。確かめたわけじゃないけど、・・・本当かなあ。

でも、私が知ってる61歳の高校の先生は、おそらく宮沢学説の憲法学を学んで埼玉県の高校の先生になって、長い教師人生を定年まで勤め上げた挙句の果てに、《天皇制なんか無くていい。天皇という存在が必要ならロボットでも置いとけばいい》って言ってるんだから、本当なのかもしれないな。

まあ、そこまで疑ったら、倉山満さんに悪いよな。嘘を書くような人じゃないからな。



扶桑社新書  ¥ 821

二百年に一度の大事件 日本人として、なにを知るべきか


第一章  天皇と先例
第二章  天皇と武家
第三章  天皇と近現代史
第四章  攘夷を論じる

『このままで行くと、皇統は滅びる』

倉山さんが強調する悲痛なアピールだけど、たしかにそのとおりだと思う。秋篠宮殿下のあと40年間にわたって皇室には女の子しか生まれなかったんだから、それだけで危機だよね。通常、30年で一世代って考えるでしょ。つまり、一世代分の皇統が存在していないということだ。悠仁親王殿下のご誕生でようやくつながれたものの、一世代分の空白の後の奇跡なわけだよね。その奇跡も一世代分の絶望の果に起こった次の世代に望みをつなぐ橋みたいなものでしょう。親王殿下を“橋”に例えては申し訳ないけどさ。

マッカーサーは“天皇制を存続させた”なんて言われるけど、違う。マッカーサーは天皇制を日本人の手でふっ飛ばしたことにするように、時限爆弾を仕掛けたんだ。11あった宮家を強引に皇室から離脱させてしまったことだ。それによって皇統は、血のリレー、血のストックを失ったのだ。

「皇位継承者がいなくなってしまう」という危機感から、小泉純一郎首相の時に皇室典範の改正が俎上に上がり、“有識者会議”なるものが開かれた。結局、悠仁親王殿下のご誕生で見送りになったが、あの時の議論もひどいものだった。

倉山さんは、この本を世に問う理由として、昨年八月の「天皇陛下のお言葉」に対する反応をあげている。小泉内閣のときもそうだったけど、結局、私たちは、歴史を知らないのだ。

天皇は必要なのか。なぜ皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか。そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか。

なにより、それが日本の歴史の中でどのような役割を果たしてきたのか。

そんなことも知らないで、『ロボットでもいい』は、ないだろう。

結局、“マッカーサーの時限爆弾”とは、11の宮家を皇室から離脱させたということだけではないんだ。『ロボットでもいい』くらいの浅薄な学者に力を与え、日本の指導者になる人の頭を改造したこと。この時限爆弾は、静かに、だけど確実に時を刻んできた。もう、あまり時間が残されていないことは、確かなようだ。

最後に言わせてもらうけど、私の知り合いのその先生、尊敬できる人がらの先生です。でも、その先生にしてからそうなのです。その辺に、“戦後”って言う時代の、危機の深さを感じます。




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『勇敢な日本経済論』髙橋洋一×ぐっちーさん

何度もネタに使っておきながら、今更本の紹介って言ってもなんなんですが、表紙を見てもらって分かるように、世の中に対し社に構えたお二人の対談もの。

髙橋洋一さんは大蔵省に勤めて小泉内閣、第一次安倍内閣で仕事をした。08年に退官してからはメディアを通して官僚の問題を指摘する立場の言論を展開し、現在は大学教授も務めている。“ぐっちーさん”こと山口正洋さんは丸紅から外資系の金融機関を経て投資銀行を開設。今は岩手県で地方再生の仕事も手掛けているんだそうだ。

この本は、“ぐっちーさん”の問題提起に髙橋さんが答えていくっていう筋で進んでいく対談もの。髙橋さんの話はまかり間違えば“ほら吹き男爵”って噂されかねないくらいに断定してくれるから、とても分かりやすい。分かりやすいからこそ、こういう本を出す機会も増えてるんだろうけど、ここまで断定すると誤解を招く向きも多いだろうし、ここまで分かりやすいと敵も増えているはず。退官以前に官僚として取り組んだ仕事の一・二を聞いても、昔から敵が多かっただろうというのは、おそらく間違いない。おそらく四面楚歌に近い状況だったろう。

髙橋さんの方が圧倒的に正しいけど、世の中って人が動かすもの。人っていうのは、そう理屈の通りには動いてくれないからね。

でも、ニュースで見聞きして、「おかしいなあ」と思ってたことを髙橋さんが断定してくれると安心できる。たとえば、「経済成長は必要である」ということ。左系の人たちはすぐ再分配の話に傾いて、大企業優遇税制がどうのこうのと批判する。共産党は「金持ちからもっととれ」と、金持ちこと大企業を悪者にして大企業優遇策を条件反射で否定する。大企業優遇で経済成長を促して分配する富を増やすなんてこと、おそらく彼らにしてみれば、最初からあり得ない禁じ手なんだな。

悪者扱いされてむしり取られるなら、大企業は日本から出ていくでしょうね。その先のことは、共産党はどう考えてるんでしょう。

『勇敢な日本経済論』   髙橋洋一×ぐっちーさん

講談社現代新書  ¥ 864

3時間読むだけで、これからのお金のことがスッキリ見えてくる自己防衛の人生指南書
第1章  「トランプはバカじゃないからこう付き合え」
第2章  「円安が国益か、円高が国益か」
第3章  「財政再建はもう終わっている」
第4章  「アベノミクスをどう評価するか」
第5章  「規制緩和はなぜ進まないか」
第6章  「地方活性化になにが必要か」
第7章  「少子高齢化はチャンスだ」

日本は、日本の経済は、決して悪い状況にはない。様々な問題が発生しても、それを乗り越え、より明るい将来を見通せるだけの力が日本にはある。断定的で、あいまいなところがない分だけわかりやすい髙橋さんの話を聴いてると、そう確信できる。ただし、それは、「可能である」という話であって、簡単に、なるべくしてそうなるという話ではない。

現状で利益を受けている勢力が間違いなく変化を妨害する。それは規制をかける側の官僚たちばかりではなく、規制の内側にいる連中も必死で抵抗する。自民党政権がそれを行おうとすれば、必死で抵抗を試みる規制の内側にいる連中が“被害者”としての物語がメディアによって作り上げられ、宣伝される。自民党政権にかけられるメディアの攻勢を、じつは官僚が後押ししていたりする。

・・・“忖度騒動”そのものじゃん。

この抵抗勢力。本当に強い。

でも、世の中は変わる。ちょっと前まで、私だってパソコンなんか使ってなかった。携帯だって持ってなかった。しかも、ここからの変化はスピードが違う。足し算が掛け算になるくらいに、その変化の幅は大きくなる。

AIが社会の在り方そのものを、根底から変えていく。消えていく職業は山ほど出てくる。規制に守られていた職業も、その職業自体がなくなっちゃあ抵抗もくそもない。それでも人間が生きていくことに変わりないから、同時に新しいチャンスも生まれてくる。いろいろな損得勘定をチャラにして、新しい芽をつぶさずに、伸ばしていくことができればいいですね。

現状では、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、跡形もなくなっちゃいますからね。




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《忖度》『勇敢な日本経済論』髙橋洋一×ぐっちーさん

どうも、文科省が絡んだ一連の騒動は、忖度だの、癒着だのと言った、簡単な問題ではないようだ。野党やマスコミ、それから何とか安倍内閣を引きずり下ろしたいグループは、問題を分かりやすく矮小化して、何とか蟻の一穴を狙うつもりのようだ。たしかにこの問題、政権側にしても難しいところがある。どんなに説明しようとしても、どうしたって言い訳にしか聞こえないからね。

髙橋洋一さんの評価では、アベノミクスはいまだはっきりした評価を出せる段階ではないという。三本の矢のうち金融政策は合格、財政政策は消費税率を8%に引き上げた時点で落第という評価なんだけど、全体の評価を決めるのが成長戦略の是非ということになる。

成長戦略なんて、長い混乱を経験した社会ならともなく、ここまで成熟した日本においては、政府主導で動けば逆に邪魔になるのが関の山。民間が動いて道を作り、後押しが必要なら政府が動くのがせいぜい。

あとは、規制緩和と民営化だ。・・・ということで、忖度だ、癒着だという、一連の騒動が出てくる。

規制緩和に関しては、案件は数限りなくある。髙橋さんによれば、どれが当たるかなんて、事前に検討がつく問題じゃないんだそうだ。だから、片っ端からやるしかないと。ところが、必ず反対勢力が立ちはだかる。それも、規制をかけてる側からはもちろん、かけられてる業者側でも、規制の内側にいる連中の抵抗が一番強いという。

ほ~らね。“忖度騒動”と、少しずつ、つながってきたでしょう。

『勇敢な日本経済論』   髙橋洋一×ぐっちーさん

講談社現代新書  ¥ 864

3時間読むだけで、これからのお金のことがスッキリ見えてくる自己防衛の人生指南書
第1章  「トランプはバカじゃないからこう付き合え」
第2章  「円安が国益か、円高が国益か」
第3章  「財政再建はもう終わっている」
第4章  「アベノミクスをどう評価するか」
第5章  「規制緩和はなぜ進まないか」
第6章  「地方活性化になにが必要か」
第7章  「少子高齢化はチャンスだ」

抵抗が激しいことは、この“忖度騒動”をみればよくわかる。数限りなくある“規制”のなにを“緩和”していこうかってときに、身の回りから探していかなきゃならないのは当たり前のこと。どこに話が眠っているかわからないんだから、政権周辺や、政党周辺から話が出てくることは、今後も起こるはずだ。

まずいことに、この“忖度騒動”、まったく規制緩和の問題として取り扱われていない。菅官房長官がそういう話を持ち出したけど、反安倍の大合唱の前に、かき消されてしまった格好だ。これが規制緩和の問題としてきちんととらえられるようになれば、流れは大きく変わるはず。それでも、規制緩和そのものに反対する勢力は必ずある。

世間の人ってのは、みんななにがしかの形で“規制”の壁に阻まれて悔しい思いをし、方や、“規制”の枠の中で守られることの恩恵を受けていたりする。どこかで規制緩和を求め、どこかで規制を求めるってのが世間の人のあり方ってやつだ。だから、どういう情報を与えられるかによって、規制緩和を求める側にも回るし、規制を求める側にも回る。

なにが必要な規制で、なにが無駄で邪魔でしかない規制か。正確な情報が与えられれば、おそらく日本人なら、冷静に判断できる。問題はそれを恣意的に妨害する勢力があると言うことだな。

たしかに、“騒動”と呼べるほどにごたごたしているが、「片っ端から規制緩和」方式、「数うちゃ当たる規制緩和」方式で進めようとすると、それに伴う弊害が出てくる。ある程度は仕方がないだろう。だから弱い政権には手が付けられない問題なわけだ。交通整理を行って弊害を最小限度にとどめる努力は必要だろう。

その間に、結果を出すことだ。いずれにせよ、結果を出せなければ、アベノミクスの評価は落第で終わることになるのだから。




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『1934年の地図』 堂場瞬一

ベーブ・ルースと来日した謎の男――
友情か、謀略か?

1960年初夏、地理学者・京極勝の前に、思いがけない人物が現れた。
ディック・チャンドラー。
大戦前夜の1934年秋、ベーブ・ルースとともに全米野球チームの一員として来日した大リーガーだ。
戦争を挟んで途絶えていた絆がよみがえるが、なぜディックは26年ぶりに突然来日したのか――。
舞台は東京、横須賀、ボストン、そしてニューヨークへ……。

日本でプロ野球が誕生するきっかけとなった「ベーブ・ルース・オールスターズ」。
ミステリー、スポーツ小説の名手が、史実を題材に、人生の地図を手探りで描こうとする男たちの友情と謎を大スケールで描く、歴史エンタメ・サスペンス!

というのが、売る側の触れ込みです。京極勝とディック・チャンドラーの26年ぶりの再開は、第二次世界大戦で敵と味方に別れたあげくの再開となる。一方は勝者として他方の国土を焼き尽くし、もう一方の敗者は“無条件”以外の降伏を拒否され、銃後まで焼き尽くされた。勝者のアメリカは戦後世界にリーダーとして君臨し、敗者の日本は当然のようにそのヘゲモニーの下に頭をたれた。

それだけのことなら、問題となるのは、“人となり”しかない。しかし、ディック・チャンドラーには、それだけでは終われない過去があった。彼は、祖国を勝者の側に立たせるべく、その立場に立って行動した。

しかし、彼は日本を愛した。それがために戦後の彼は、勝者の立場に立つことを、そのまま受け入れられなくなっていた。そして長い時間が立って、かつて自分が日本で取った行動が、自分の愛した人の死につながっていることを知らされた。



実業之日本社  ¥ 1,836

ベーブ・ルースと来日した謎の男 友情か、謀略か 大戦前夜、束の間結ばれた友情の行方は・・・
第一章  帰ってきた男
第二章  ベーブ・ルース・オールスターズ
第三章  ボストン、ニューヨーク
第四章  一九六〇年の地図


今年の梅雨は空梅雨で、それでいて、降り始めれば記録的短時間大雨情報が飛び交って、緊急避難がどうのこうのという状況になっている。非難するほどの雨の翌日はカンカン照りで、今度は熱中症でバタバタと人が倒れる。これもそれも、地球温暖化減少の影響と、もしも本気で思うんならば、今すぐ車にのるのをやめるべきだろう。NHKの気象予報士が、いくら温暖化の危機を訴えても、片方では、熱中症予防のために適度に冷房を利用しましょうと言っている。なにを言っても、それは仕事上のことで、気象予報に携わるものとしての誇りをかけていっているわけではない。・・・たぶんね。

このまま梅雨は明けるのか。小笠原高気圧が元気になって停滞前線を押し上げてくれれば、安定した好天が続くことになる。蒸し暑いことに変わりはないが、停滞前線上に、次から次へと巨大積乱雲が再生産されるような異常事態はなくなるだろう。それこそ、日本の夏だ。

夏になると、必ず戦争ものの本が出回る。いろいろな思いを引きずりながら、この季節には、一冊や二冊は、その手の本を読むことになる。

題名にある“1934年”という年。そして、表紙のベーブ・ルースとしかいいようのない人物。この二つの情報から、1945年に終わる戦争を想定するのは難しいかもしれないが、やはり、6月下旬に発行された本ということになると、「おそらく・・・」と戦争に結びつけて、筋書きを確認することもなく購入した。

中心人物たちが兵士となって戦場に送られたわけでもない。戦場の様子が、物語の中に描かれているわけでもない。それでもなお、この時代を生きた日本人なら、間違いなく戦争から大きな影響をを受けているし、アメリカ人でも、・・・やっぱりね。

その人間が、どの角度で、どのくらい強く戦争の影響を受けるかにもよるけど、一人の人間の7・80年の一生なんて、いずれにせよその影響を引きずったまま終わる。別に戦争だけじゃないけどね。

梅雨明けを待って、まずは今年の第一弾には、こんな軽いジャブから入るのもいいだろう。




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『世界を感動させた日本精神』 黄文雄

この本では、ずいぶん、石田梅岩の心学を強調してますね。

商人は、本来、“しょうじん”であり、周に滅ぼされた“商”の遺民が生業たる農を行うための土地を与えられず、物品を移転することによって利益をあげる仕事に従事せざるをえなかったことから、これを仕事とするものを商人と呼ぶようになったという説がある。いずれにせよ、まともな人間のやる仕事ではないという認識は、古くからあったようだ。

しかし、梅岩の定義する、日本の商人違う。「商人は天下の物品を繰り回して人々の難儀を救う」者たちであるという。元来、士農工商の職分は天命であり、天職であるから、そこに上下の関係も尊卑の関係もないという。

もともと、勤勉と正直は日本人の伝統的倫理であり、その倫理観の前に職業の違いは、本質的には大きな意味を持っているわけではない。

マックス・ウェーバーはプロテスタントの倫理観、つまり節約・禁欲・勤勉が資本主義の精神に繋がったと分析する。カトリックは、個々の功徳の積み重ねが救いにつながると考えるカトリックに対し、カトリックは救いはただ神意のみによって決まるとした。仏教の因果応報の思想は、カトリックに近い。

黄文雄さんは、石田梅岩の言う商人道こそ、プロテスタントの考えに近いと言うが、その前に、“日本人”と呼ばれるものの基本的素質として、“勤勉と正直”がある


ビジネス社  ¥ 1,620

日本が好かれ、中韓が嫌われるには理由がある 台湾人だからわかる 本当は幸福な日本人
はじめに 戦後日本人が忘れた日本精神
序 章  なぜ私は日本人の「心」を探訪するのか
第一章  「水」と「森」が生んだ日本文明
第一節 日本人の「水心」
第二節 日本人の「森の心」
第二章  武士道と商人道
第一節 世界と中国が驚嘆する武士道
第二節 武士道と対等の「商人道」
第三章  日本仏教の真髄・空海と道元
第一節 日本人の心を網羅した空海の『十住心論』
第二節 時空を超えた道元の『正法眼蔵』
第四章  日本人も知らない不思議な日本の心
第一節 「もののあはれ」と「無常」
第二節 日本美の結晶「わび」「さび」
第三節 「無心」という奥義
終 章  日本的霊性と台湾的霊性

では、その“勤勉と正直”は、どのようにして身についたものか。この本は、それについてはあまり触れていない。私は、その背景に“縄文”という、とてつもなく長い時代があったんだろうと思っている。“儚さ”や“もののあわれ”への思い入れの強さは、気の遠くなるような長い期間、揺れる地面と向かい合ってきた結果であろうと考えている。

おそらく、基本的に求めるものはそこにあるんだろうと思うんだけど、黄文雄さんのアプローチは、より困難な道に、あえて挑んでいる。第一章で語られている「「水」と「森」が生んだ日本文明」というのは、まさに“縄文”を意識したものだと思う。

しかし、この本では、日本の歴史的思想家たちの思考の中から、“勤勉と正直”につながるエッセンスを抽出するという、途方もなく困難な仕事に、黄文雄さんはあえて挑んできたようだ。それだけ彼にとって、日本人の精神、最終章で言うところの“日本的霊性”というのが、いい意味で興味深く、そして世界の中でもあまりにも特別で、今後の世界にとって無くてはならない者と考えられていたからだろう。

その努力に、敬意を表します。
ただ、ここのところの、黄文雄さんの本は、やはり以前とは違う。少し前までの日本は、“戦後民主主義”が幅を利かしていて、ちょっと見、見栄えはいいようであっても、戦勝国の歴史の改変の上に構築された楼閣であったから、過去と現在が分断され、日本人の民族性と書き上げられた歴史はつながりを実感することができなかった。そんな時代にあって、黄文雄さんを含む、ほんの一握りの人たちが、“本当のこと”を私たちに教えてくれていた。それらは、とてもわかり易いことが共通した特徴だった。

それらの努力のお陰で、日本でも、大分、“戦後民主主義”の影響力は弱まった。まだまだ教科書等において、主力を構成していることは間違いないのだが・・・。それでも、流れは変わった。おそらく、黄文雄さんもそれを実感して、次の段階の仕事に入ったんじゃないだろうか。歴史の真実を訴える段階から、思想的な裏付けの段階へ。

でも、失礼ながら、私にとっては、ちょっと残念。黄文雄さんの気持ちの高ぶりは感じるんだけど、それほどには伝わってこない。あるいは、伝わってくるものに、かつて程の興味が持てない。もちろん、もとに戻してもらいたいなんてわけじゃない。この新しい挑戦を、もっと面白いものに練り上げて欲しいってところだな。




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経済同友会『勇敢な日本経済論』髙橋洋一×ぐっちーさん

日本経済新聞 2017/07/14
「支持率恐れず消費増税実施を」 同友会、政権に求める
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS14H2I_U7A710C1EA4000/
(抜粋)
経済同友会は14日、長野県軽井沢町で開いた夏季セミナーで、日本経済の持続的成長に向けた提言をまとめた。財政再建について「持続可能性のための最重要課題の一つだ」と指摘し、「短期的な支持率の変動を恐れずに2019年10月の消費税率10%への引き上げを求める」と強調し、計画通りの増税実施を安倍政権に求めた。
(続きを読む)に全文
“商人道”もへったくれもない。“金の亡者”の方がふさわしい。しかも、この亡者たち、国家意識もへったくれもない。財務省の言いなりで、自分の頭で考えることさえ放棄するようになっちゃあ、お終いよ。

消費税を8%にあげた時、なにが起こった。それで景気が低迷したから、10%への引き上げを先に伸ばした。10%に引き上げれば、また景気が低迷するのは間違いない。おそらく、社長さんたちもわかっている。わかっているのに、こんなことを言っている。どうでもいいんだ。日本がどうなっても。


高橋洋一さんとぐっちーさんたちが、「《財政再建のための消費税率の引き上げ》はなんの意味もない」って繰り返し言ってることも知らないはずないのに、そういった反論には耳を貸さず、ひたすら財務省のご機嫌をうかがって消費税率の引き上げを求める。

上記のニュースのもとになった、《2017 年度(第32 回)夏季セミナー軽井沢アピール2017「持続可能な社会の構築に向けて」》っていうのが同友会のホームページにある。コピーでここに紹介できないので、〈https://www.doyukai.or.jp/policyproposals/uploads/docs/170714a.pdf〉←こちらで確認してください。
その中に、こんなふうに書かれている。《安倍政権には短期的な支持率の変動を恐れず、国の将来を見据え、プライマリー・バラスノ黒字化に向けた現実的かつ具体的な目標を示すとともに、2019年10月の消費税率10%への引き上げの確実な実施を求める》と書かれている。

まるで、中共や韓国政府のように、道徳的優越の立場に立って、政府に教え諭している。・・・なにさまだ。


『勇敢な日本経済論』   髙橋洋一×ぐっちーさん

講談社現代新書  ¥ 864

3時間読むだけで、これからのお金のことがスッキリ見えてくる自己防衛の人生指南書
第1章  「トランプはバカじゃないからこう付き合え」
第2章  「円安が国益か、円高が国益か」
第3章  「財政再建はもう終わっている」
第4章  「アベノミクスをどう評価するか」
第5章  「規制緩和はなぜ進まないか」
第6章  「地方活性化になにが必要か」
第7章  「少子高齢化はチャンスだ」

負債が先行したら、会社ならどうする。“入る”を増やす努力をするのは当然として、同時に“出る”を減らす努力をするわけだ。会社と違い、“入る”は税金が多くを占めるから、増やすにしても最後の手段とするべき。その前に、贅肉を削ぎ落として“出る”を減らし、緊急性のない保有資産を売却されなければならない。だけど、そんなことが行われる気配はまったくない。民営化には、全身全霊を込めて妨害する。ふざけすぎだ。

だから、消費税率を上げたい財務省の本心は、“財政再建”にはない。・・・ここまでは、素人でもうすうすわかる。じゃあ、なんで、頭の良い財務省の人たちがそんな訳のわからないことを言うのか。・・・それがこの本を読んでよ~く分かった。

高級官僚が、甘い汁を吸うために天下り先を温存する。普通の企業なら会社が潰れそうなら、まず関係子会社を切り離す。それがダメならリストラ。つまり、天下り先の特殊法人を整理して、それでダメなら官僚の数を減らす。そんなことになっちゃあ困るから、最初から税金増やして・・・。

経済同友会は、そんな財務省のやり口に手を貸しているわけだ。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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