めんどくせぇことばかり 本 近現代日本

『戦争と平和』 百田尚樹

自衛隊は違憲。
第2章 戦争の放棄
第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】 
  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
これで「自衛隊は合憲」って言える人はすごい。なにがすごいって、面の皮の厚さがすごい。「自衛隊は違憲だから解散」とか言える人がいれば、きっとその人の面の皮はもっと厚い。自衛隊は右を向いても左を見ても、前から見ても後ろから見ても、たとえ斜め右前から見たとしても、日本に必要な組織。それを違憲としている憲法が悪い。ただ、それだけのこと。

百田さんは昭和31年の早生まれだそうだ。私は35年の早生まれ。ちょうど4歳上なんだな。私が生まれ育った秩父は、何かと外とタイムラグがあって、例えば東京の人となら、10歳以上上の人と話があったりする。そのタイムラグを考えれば、ほぼ同世代。

百田さんは、戦争に行った親たちの世代が次々と世を去っていく中で、その人たちが生きた昭和前半の時代の話を、次世代に語り継いでいかなければならないという思いで『永遠の0』を書いたんだという。

私が物心つくのは戦争が終わって20年が過ぎたころからだけど、それでも戦争を感じさせるものが、けっこう廻りにあった。父は昭和3年生まれで、戦争に行ってない。だけど父の友人には、志願して戦争に行った人もいた。よく家に飲みに来た奥田さんという人は、特攻隊の生き残りだった。祖母の妹は満洲に子供を置いてきた。のちに、向こうに渡って子供を連れて帰ってきた。

秩父のお祭りには必ず傷痍軍人がお貰いをしていた。お金を差し出し、深々とお辞儀をしている年寄りもいれば、陰口を聞く人もいた。

戦争は、過去の歴史じゃなかった。


『戦争と平和』    百田尚樹

新潮社  ¥ 821

日本は絶対に戦争をしてはいけない。日本人ほど、戦争に向かない民族はいないのだから
第一章  ゼロ戦とグラマン
第二章  『永遠の0』は戦争賛美小説か
第三章  護憲派に告ぐ
中学校の時の校長は、シベリア抑留から帰ってきた人だった。将校だったらしく、部下を一人も死なせずに帰ってきたと朝礼で話していたのを覚えている。戦争が終わって30年になろうとしている時期だ。青年将校だったんだろうな。私の父より、少し歳が上だったんだろう。

私が中学2年・3年の頃、父がPTA会長をしていた。組合活動をしている先生方もおり、私の担任もそうだったようだ。なんかの懇親会でもあったんだろうか、そのシチュエーションは覚えていないが、担任から、「お前の親父はおっかねぇ人だな」と言われたことはある。組合活動について、父にどやされたらしい。たしかに怖い人だった。私は、先生が私と同じように父にどやされている状況を思い描き、先生に同情した。

やがて年月が流れて、それらの人たちが定年を迎え、社会の一線から退く。今から考えると、世の中が大きく変わったのは、その頃からのような気がする。私は当初、変わった後の流れに乗っていた。まあ、なんだかんだあって、変わった後の流れと決別することになる。一度向こうに行っちゃうと、それなりに向こうの水を飲むわけでね。それなりにひと悶着あった。ひと悶着おこしても抱きしめたいものがあることに気付いちゃったからな。

戦争の時代の人たちは、日本の歴史の中でも、最も困難な時代を懸命に生きた人たち。そうとらえれば、とてもじゃないけど、軍国主義思想にどうのとか、封建的残滓を身にまとってどうのとかいった、アメリカに与えられた決まり言葉はあまりにも浅はか。
大東亜戦争がはじまったころの日本人の人口は約七二〇〇万人(台湾人と朝鮮人を除く)です。それが三年八カ月の戦争で、三一〇万人という尊い命が失われました。一般市民の犠牲者は約八〇万人、戦場で斃れた軍人・軍属は約二三〇万人です。ちなみに二三〇万人のうち、大正生まれが約二〇〇万人です。大正はわずかに一五年、その間に生まれた男子は約一三五〇万人ですから、大正世代の男は約七人に一人が戦死したことになります。さらに言えば、大正の戦死者のほとんどが大正後半の生まれです。その世代はおそらく四人に一人くらいが亡くなったのではないでしょうか。私の父も三人の叔父も大正の後半世代です。

私はそのことに気付いた時、小説のテーマを大東亜戦争にすると決めました。そして書いたのが『永遠の0』です。
本書p117

私は、親たちの世代のことを、次世代にどう伝えようか。



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『八月十五日に吹く風』 松岡圭祐

《この小説は史実に基づく 登場人物は全員実在する(一部仮名を含む)》

序章が始まる前に、上記のような一文がついている。「すべては本当にあったこと」ってことかよ。そんなもの、本当に書けるのか。いや、そんなものを書いて、面白い話になるのか。

なるんだな、これが・・・。軍国主義から平和主義への正反対。人命軽視から人命重視の正反対。封建主義から民主主義への正反対。野蛮人から人道主義。何でもかんでも正反対だらけの日本近代史。正反対の背景には、深い物語があるってことだな。
日本兵分析五項目
①人命軽視 
②不条理な戦死の目的化 
③同一戦法への固執 
④想定外の事態への対処能力欠如
⑤理想や願望と事実の混同

軍人に限らず、夫人や子供を含む一般市民に至るまで、日本人は自他の生命への執着が薄弱である。軍部による本土決戦および一億玉砕、一億総特攻に、誰もが抵抗なく呼応している。原爆使用の慎重論を唱える向きは、情報部資料を参照されたい。一億玉砕、一億総特攻に大多数が賛意を示す日本国民は、本土決戦において婦女子を含め非戦闘員が戦闘員となりうる。よって国民には「情報公報」の日本兵分析結果五項目が、兵士と同様にあてはまると考慮される。
だから、原爆落としたってか。一億総特攻を拒否しないからには、民間人も非戦闘員ではなく、したがって原爆の標的にしても国際法違反には当たらないって理屈か。

白人は、前からそうだ。野蛮人だから、まともにあつかう必要はない。対等な条約関係なんてもっての外ってことで不平等条約を押し付けて、改正の要求も無視できない軍事力を持つまでは鼻もひっかけない。鼻もひっかけなかったくせに、多くの犠牲を払って国力をつければ、こんどは戦争で袋叩きだ。・・・なんて嫌な連中だ。

だけど、・・・アメリカにはロナルド・リーンがいる。

ロナルド・リーンは、“実在する登場人物”のなかでも“一部仮名を含む”の一人だな。でも、ほぼ同じ名前にするんなら、仮名にする必要があっただろうか。

講談社文庫  ¥ 799
人命を軽んじ、やすやすと玉砕する野蛮な日本人観を覆した奇跡の作戦があった

いくつか、戦争ものの小説を上げた。おもしろい小説ばかりだけど、この『八月十五日に吹く風』も、確実にこれらに肩を並べる本の一つ。

扱われているのは、キスカ島撤退作戦。アッツ島の玉砕の直後だけに、それこそ正反対のこの作戦は際立つ。だけど、正反対だけに、背景には計り知れない物語がある。

1938年、ナチスの迫害から逃れたユダヤ人が、ソ満国境のオトポール駅で立ち往生していた。満洲国外交部は、友好国ドイツに気兼ねして、ユダヤ人の入国を渋っていた。当時、陸軍少将だった樋口季一郎は、その窮状を見かねて救いの手を差し伸べた。以後、“ヒグチ・ルート”に向かうユダヤ人難民は増え続け、五千とも、あるいは二万を超えたともいわれるが、ドイツへの外交的配慮から公式文書はないという。

その樋口季一郎が、2600を超えるアッツ島守備隊長山崎保代陸軍大佐に対して、玉砕を命令した。

軍は海軍と協同し万策を尽くして人員の救出に務むるも地区隊長以下凡百の手段を講して敵兵員の燼滅を図り最後に至らは潔く玉砕し皇国軍人精神の精華を発揮するの覚悟あらんことを望む

その樋口が、今度はキスカ島の6000人を何とか救おうとする。その使命を受けたのは、木村昌福少将。

・・・、これ以上はまずいよね。

8月15日は、日本人にとって、この日はやはり終戦だ。すでに両手を上げた状態の日本に対してスターリンがここぞとばかり襲いかかる。8月18日にソ連軍が千島列島最北の占守島に攻撃をかける。日本軍はこれを撃退するのだが、樋口季一郎は、この占守島の戦いでも指揮を執っている。

それを嫌ったスターリンは、意趣返しとばかり樋口を戦犯に指名するが、世界ユダヤ人会議はいち早くこの動きを察知して、世界中のユダヤ人コミュニティーを動かし、マッカーサーは最後までソ連からの引き渡しを拒否した。

オトポール事件の時、満洲外交部にいて樋口季一郎の要請を受け入れたのは松岡洋右だよね。で、関東軍の参謀長として、ドイツからの抗議を「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」と撥ね付けたのは東条英機だった。

いったい、誰が野蛮人だ。




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曲学阿世『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』 江崎道朗

ごめんなさい。もうちょっと、この本に頼ることになっちゃった。だけど、今回は少し趣が違う。

1931年、満州事変が起こり、ソ連は日本と国境を接することになった。満州国だけどね。日本を警戒するスターリンは、対日包囲網を各国共産党に支持した。日本と戦うシナへの支援と、日本に対する経済制裁の実施が始まった。アメリカとイギリスがやったことだな。

ドイツでは、1933年に反共を叫ぶヒトラーが政権を握った。東西からの脅威に挟まれたスターリンは、イギリスを味方につけるべく方向転換する。1937年の第7回コミンテルン大会では、人民統一戦線路線への路線転換を決定する。これは、日本とドイツと言う東西両面の敵をつぶすためには、使えるものはイギリスだろうが、アメリカだろうが、地主だろうが、資本家だろうが、なんでも使うという作戦だ。共産党のお得意とする内部穿孔工作も、積極的に行われた。

こうした人民統一戦線路線に沿って、アメリカでもヨーロッパでも、政府、メディア、労働組合などへ、共産主義者が急速に浸透していった。ロンドンにはソヴェトクラブが乱立し、アメリカではヘミングウェイやヘレン・ケラーのような有名人を看板にしたフロント団体が、多くの会員を集めた。フロント団体は、表向き平和や、民主主義や、貧民救済をうたいながら、実態は共産主義者が牛耳る団体である。日本には、大政翼賛会が作られた。旗振りは昭和研究会あたりか。これで、日本の議会民主性は完全に息の根を断たれた。


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ロシア革命が成功した後、レーニンは世界革命を遂行すべく「コミンテルン」を創った
はじめに コミンテルンの謀略をタブー視するな
第1章 ロシア革命とコミンテルンの謀略――戦前の日本もスパイ天国だった
第2章 「二つに断裂した日本」と無用な敵を作り出した言論弾圧
第3章 日本の軍部に対するコミンテルンの浸透工作
第4章 昭和の「国家革新」運動を背後から操ったコミンテルン
第5章 「保守自由主義」VS「右翼全体主義」「左翼全体主義」
第6章 尾崎・ゾルゲの対日工作と、政府への浸透
おわりに 近衛文麿という謎
東京大学の宮澤俊義は、大政翼賛会には憲法上の問題はなく、日本建国以来の原則にかなうものと賛美した。「万民翼賛は、言うまでもなく我が憲法の大原則である」として、体制翼賛運動は、従来の議会制民主主義による万民翼賛を不十分として、いっそう時局に即した、実効的なものにする目的のもとに行われるものであり、当然の帰結であるとしている。まったく、昭和研究会の思うつぼ。

戦後、宮澤俊義は、日本国憲法の権威として憲法学会に君臨していたんだという。・・・? 大政翼賛を上記のように支持した人物なら、当然公職追放だろうに、いったいなぜ?

「八月革命説」・・・聞いたことあるわ。

1945年8月のポツダム宣言受諾により、主権が天皇から国民に移る「革命」が起きたのであり、それによって「欽定憲法であった大日本帝国憲法」から「国民が制定した日本国憲法」に移行したと、そういうよく分からない学説だそうだ。

大政翼賛を支持して議会制民主主義にとどめを刺したくせに、GHQの占領政策に合わせて、「明治憲法体制はまったく民主主義的要素のない、天皇主権かつ天皇神権主義だった」とかの賜ったんだそうだ。

「実に分かりやすい曲学阿世の徒」・・・著者もそう言っている。

でも待てよ。日本国憲法はニューディーラーたちの作文だから、もとをたどれば昭和研究会と同じ穴の狢。宮澤俊義も最初から、同じ穴の狢だったってだけのことか。だとすれば、尾崎秀実らと同じで、日本人を地獄に突き落とした側だね。

しかも、戦後も偉そうにしていたんなら、日本人の生き血をすすって肥え太ったか。









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文化論『戦争と平和』 百田尚樹

第一章の《ゼロ戦とグラマンF4Fワイルドキャットの比較は、さながら日米比較文化論。

「なぜ日本が負け、アメリカが勝ったのか」・・・これはちっとも難しい話じゃなかった。アメリカはあらゆる局面において日本に勝つことを最大の目標として戦い、日本はそうしなかったからだ。

この戦争は制海権をめぐる戦争である。制海権を握るには空を制す時代に入っていた。そのことにいち早く気が付いたのは日本だ。ゼロ戦を設計した堀越二郎は、海軍の求める理想的なスピード性能と旋回能力を求めて、美しいカーブからなる機体を持つ戦闘機を作り上げた。能力からは、完全にグラマンF4Fを上回った。にもかかわらず日本は負けた。

ゼロ戦に対してグラマンF4Fは直線ばかりで設計された機体だった。もちろん、ある一定のスピード性能と旋回能力はクリアしている。しかし、その点で理想を追い求めたものではなかった。

なぜか。それは、ゼロ戦と同じように理想を求めれば、グラマンF4Fは量産できなくなるからだった。ゼロ戦はグラマンF4Fに比べ、作り上げるのに時間がかかった。

作りやすさを重視したのだ。なぜ、アメリカはつくりやすさを重視したのか。その方が、戦争に勝つ確率が上がるからだ。たしかに制海権を握るためにはそれを制することが必要である。空を制するためには、戦闘機の能力向上は非常に重要である。しかし、日本との戦争に勝つために重要なことは、戦闘機の能力向上だけではないということだ。

百田さんは、元来、日本人は戦争に向かないと言う。たしかにその通りだと思う。しかし、戦闘には向かなくても、日本軍の戦闘能力は高い。アメリカも、それを分かっているからこそ、油断せず、日本との戦争に勝てる戦い方に徹した。・・・そういうことだな。


『戦争と平和』    百田尚樹

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日本は絶対に戦争をしてはいけない。日本人ほど、戦争に向かない民族はいないのだから
第一章  ゼロ戦とグラマン
第二章  『永遠の0』は戦争賛美小説か
第三章  護憲派に告ぐ

米軍は兵士の命を大切にした。日本は逆っていうよなことを言われるが、そう単純なこととも思わない。幕末以降の亡国の脅威の中で、兵士の命を大切にする余裕さえ失われていたということだろうし、明治維新の過程もさまざまに影響していると思う。でも、米軍のように兵士の命を大切にできなかったのは事実。

グラマンは戦闘能力を犠牲にしても防御能力を上げた。ゼロ戦は、パイロットの命を守るための背中の鉄板がスカスカだった。それに対してグラマンの鉄板は7.7ミリ機銃を跳ね返したという。仮に期待が火を噴いても、脱出すれば米軍が全力で救出した。パイロットの限らず、死地から生還した兵士たちの経験は、全軍で共有して次の戦闘に生かされた。

米軍は、「日本に勝つ」という大目標を達成するために、そこに至る最良の方法を常に模索し続けた。仮に個々の戦闘で日本に譲ることがあったとしても、最終的に日本を敗北に追い込むために、例えば戦闘機の機銃を12.7ミリ機銃に統一して補給に余裕を持たせた。ゼロ戦は7.7ミリ、13.2ミリ、20ミリの3つの機銃を装備していたんだそうだ。どれか一つ滞れば、不完全な状態になるわけだ。

米軍は日本を追い込むために、例えば日本の油槽船を潜水艦で次々に沈めていった。インドネシアのオランダ軍をやっつけて石油を手に入れるところから始まった戦争なのに、日本は油槽船に護衛一つつけなかったって。内務省が海軍に護衛を依頼すると、海軍はこう言って断ったそうだ。

「我々の艦隊はアメリカの大艦隊と決戦して大勝利するためにあるのであって、油槽船のガードマンをやるためではない」

・・・これじゃ、勝てっこない。

アメリカは大局を踏まえて個々の対応を臨機応変に変えた。時間の経過とともに、日本を敗北させるためのより効果的な方法が洗練されていった。それに対し日本は、個々の領分にこだわって対局をおろそかにした。アメリカを敗北に追い込むことよりも、個々の領分を優先した。

「負けたいのか!」と叫びたくなる。

高い戦闘能力は、戦いに勝利するための有効な手段の一つに過ぎない。当時の日本には、戦いに勝つためには他のすべてを犠牲にすることも辞さないという意志に欠けていた。




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国連のリベラル『「歴史戦」はオンナの闘い』 川添恵子 杉田水脈

国連と言えば、「弱者にやさしい中立の国際機関」と捉える日本人が多い。日本だけじゃない。世界的な傾向だ。それだけに、利用価値も高い。

どうも、国連や、それに付属、または類する国際機関が胡散臭い。ここ数年で、ようやくそれに気づき始めた。「遅すぎる❢」って、この本のお二人に怒られそうなので、小さな声で言っておこう。

それにしても、この本で読んでみて、「ここまでひどいとは・・・」と、驚いた。

2015年10月の、ユネスコによる世界記憶遺産に、チャイナが申請した《南京事件関連資料11点》が登録されたのには本当にびっくりした。私なんかの感覚では、「チャイナの取って付けた嘘を、日本側の地道な反論で追い詰めつつある」くらいにとらえていたのだが、とんでもない話だった。いや、驚いた。追い詰められているのは、明らかに日本の方だったんだからね。

ユネスコに続いては女子差別撤廃委員会。1979年に女子差別撤廃条約が国連総会で採択され、以来、批准国に対して女子差別撤廃委員会が監視機関としての機能をはたしてきた。日本が批准したのは1985年のことだという。

その後、日本はなぜか、女子差別の激しい国のように言われるようになった。・・・?いったいなぜなのか。日本の夫人方が、そんなに差別されているようには見えないし、どちらかと言えば生き生きと生活しているのは女性の方でしょ。

そんななか、日本は女子に対する差別のひどい国だと歌えている団体がある。・・・え?韓国?チャイナ?・・・違うんだな、これが。日本の団体なんだな。《日弁連、新日本婦人の会、NPO法人ヒューマンライツ・ナウなど、約50の団体や、個人からなる日本女性差別撤廃条約NGOネットワークなど、左派系の団体や組織が委員会に参加し、日本人の多くの女性が感じていないはずの、なにより現状とは明らかに乖離した様々な発言を重ねて》いるらしいんだ。

知らないところで、いろいろなことが行われてるんだな。日頃、懸命に働いて家族を支え、ひいては社会の役に立ってるつもりでいても、そんなところで足を引っ張られてるんだな。・・・そんなに働いているかって? ここんところ、偉いもんだよ。



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オンナたちの策動により日本は不当なレッテルを張られてきた。もう、黙っていられない

第1章 国連の闇—なぜ“国際機関”で反日勢力が跳梁跋扈するのか
第2章 中国が仕掛ける「歴史戦」—アメリカを舞台に加速する“新・国共合作”
第3章 「慰安婦問題」の拡散を止めよ—オンナを使った錬金術を、私たちは放っておけない!
第4章 「法治」国家ならぬ“放置”国家!?—地方公務員時代に実感した我が国の病
第5章 “草男”“絶食系男子”が多すぎる—リスクをとれない日本人
第6章 中国の野望—「歴史戦」の目的は“日本の属国化”にほかならない


だいたい、“朝鮮人慰安婦”を問題化して国連に訴えたのも韓国人じゃなくて日本人、《sex slave》なんて言い出したのも日本人で、戸塚悦郎という弁護士だそうだ。

クマラスワミ報告書なんて、土台、報告者自身に問題があるんだろう。だから別にびっくりもしないけど・・・。その報告書の根拠は吉田清治の証言だったわけで、その大半が嘘と創作だったことは掲載した朝日新聞事態が認めているところとなった。だから、日本政府は2014年に、クマラスワミさんに報告書の訂正を求めた。でも、クマラスワミさんは訂正しない。日本人のとあるグループが、クマラスワミさんのところに日参して、報告書を訂正しないようにお願いしたんだそうだ。とは言っても、訂正しないのはクマラスワミさんなんだけどね。

翁長雄志沖縄県知事は、ジュネーブの国連人権理事会で演説し、「沖縄の自己決定権がないがしろにされている」と、へのこの状況を訴えたんだそうだ。「沖縄県民は差別されている」ってね。直後に、沖縄在住の我那覇真子さんが、「沖縄県民は差別など受けていない」とカウンター・スピーチを行ったそうだけど・・・。

翁長知事はその時、自己決定権っていう意味合いで《セルフ・ディターミネーション》という言葉を使ったんだそうだ。これって、“植民地支配下における権利”と言う場合に使う言葉らしい。聞いた人間によっては、沖縄は“植民地支配”を受けていると・・・。

そうそう、先に書いた国連女子差別撤廃委員会なんだけど、2016年3月にまとめられた日本に関する最終見解案に、「皇室典範の改正」を求める勧告が盛り込まれた。日本側からの抗議で皇室典範に関わる記述は消えたが、皇位継承権が女子に認められていないことへの懸念が表明され、女系女子にも皇位継承が可能になるよう勧告されたんだという。

男系継承は女性差別という最終案をまとめたのは副委員長の鄒暁巧。彼女は中華全国婦人連合会国際連絡部部長という肩書の人物。中国共産党女性幹部の組織ですね。中国共産党の意向を受けたのが女子差別撤廃委員会の会長さん。会長を務めるのが、日本人弁護士の林陽子さん。この人物は松井やよりさんの後継者で福島瑞穂さんの仲良しだそうだ。日本は、・・・私たちの知らないところで売られてますね。




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『武器としての経済学』 大前研一

経済の話は苦手だな。なにしろ学生時代に胸をときめかせながら勉強したのは、ソ連の崩壊とともにとどめを刺された“マル経”って言う年代物ですから。この間、30歳位のやつに話してみたけど、“マル経”なんて、なんのことだかわからなかったみたいよ。

大学はその手の学生の巣窟で、自治館の運営の中核は、それにふさわしい名称を持った団体の方々が取り仕切っていた。なにかとその自治館を間借りしている立場で、あの飛行場が気に食わないとか、あの港に気に入らない船がやってくるとかで、駆り出されることもあった。

学生に比べれば遥かに良識をお持ちの先生方も、ハウス“キン経”チキンカレーに対抗する立場で、世のくつがえる時を待ちわびる、どこか《魔太郎がくる!》を思わせる方々。最後の審判のあとは、あちら側で美味しい思いができると信じていたんでしょう。

そのお立場はソ連崩壊で砕け散り、哀れな余生を送るしかないという運命だったはず。ところがどっこい、多くの方々は、“進歩主義”であるとか、“リベラル”であるとか、なんだか昔よりもスマートな装いで、いぜんとして「先生」と呼ばれる毎日を送っている。

「そのしぶとさはゴキブリ以上」なんて言い方はちょっとひどいと思うけど、たしかにそのしぶとさは見事なほど。そういうのが目につくからこそ、日本人は“潔さ”を尊ぶんだろうな。



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経営コンサルタントの大前研一が、25の視点から「武器として使える経済学」を指南する

第1部  新聞ではわからない「株価と為替と景気」の新常識
「円」の強さ―円安と円高、結局、どちらのほうが日本にとってよいのか
物価―日本は将来、インフレになるのか。それにどう備えるべきか
株価―なぜ日銀とGPIFが株を“爆買い”しているのに株価が上がらないのか
ほか
第2部  新しい「日本経済」と「世界経済」への視点
チャイナリスク―中国経済は、いつ、何がきっかけで崩壊するのか
日米貿易の行方―トランプが求める「二国間協議」にはどう対峙すべきか
自国第一主義―トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」はアメリカの貧困層を救えるのか
ほか
第3部  「2020年」のための成長戦略
新たなビジネス―「高齢化」と「少子化」社会で、どんなビジネスを見いだすべきか
観光産業―外国人観光客「3000万人時代」に向けて日本は何をすべきか
残業問題―「月60時間」の残業規制は働き方・仕事をどう変えるか
ほか


高校生や大学生にとって、就職に夢をかけられないというのは、大変な悲劇だ。その大変悲劇的な状況が、けっこう長い間続いた。“長く続いた”ってことがまた、日本の悲劇だった。それが目に見えて上向いたのは4年前だ。今年は今まで以上の売り手市場で、高校生も大学生も、これまで夢見た将来像をそのまま就職活動の上に乗せているだろう。

そのやり方は、いくらでも文句をつける余地があるだろうが、これがアベノミクスの成果であることは疑いない。

そのあたり、大前さんの問題提起は、「そこまで就職の状況が良いのに、景気が良くならないか」という点に向けられる。

若い頃に心酔したマルクス経済理論は、ソ連の崩壊で完全に葬り去られた。「マルクス経済理論にも見るべき点がある」という人もいるが、それが論理展開のことを言うのであれば他にいくらでもあるし、弱者の視点であるなら、残念ながらその出発点には“歪み”がある。だいたい、戦後の世界において、マルクス経済理論に出る幕はなかったのだ。

経済政策の基盤は、ケインズ経済学にあった。だけど、大前さんは、「もはや、ケインズ的な経済学はおわった」と言い放つのだ。当然のように、ケインズ経済理論を土台に組み立てられたアベノミクスは、大前さんの攻撃の対象となる。

だけど、安倍政権の高支持率は、「経済は上向いている」という庶民の感覚に支えられている。私もそうだが、息子の就職の時期にあたり、アベノミクスの実効性は実感している。ただし、言葉のとおりに進んでいない実情に、支持と同じくらいに大きな不安を感じながらではあるが

大前さんの話には、理屈の上で唸らされる部分が多いんだ。アベノミクスに感じる不安を、大前さんはしっかりとついている。ケインズ的政策を土台とするアベノミクスに対する強い警鐘となるだろう。

決して暗い話ばかりが書かれているんじゃない。経済のことは、アベノミクスにおまかせ、大前さんにおまかせじゃなくて、良質な報道をしっかり抑えていくことでしょうね。




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『不思議の国のジャパニーズ』 片野優 須貝典子

ジジイになったのだから仕方がないんだけど、昔の日本のほうが良かった。昔の日本のほうが良かったのに、それを自分の子供達に伝えきれない、全然伝えきれていない自分も、本当に情けない。今は子供も独立して、あとは勝手に頑張ってもらいたいもんだ。連れ合いと二人の暮らしになった。この連れ合いが、実は私以上に昔の日本人で、神仏への感謝を忘れない女だ。私の人生の一番の成功は、この女を連れ合いとしたことだろう。少々強引だったが、・・・良かった、良かった。

いつだって、物事には表と裏があって、どちらが表でどちらが裏か、表裏のようでいて、実はおんなじなのだ。表でも裏でもない。同じものを、こちらの都合で、表に見たり、裏に見たりしているだけだ。“良かった”と言っている昔の日本もそうだ。

しかし、心して置かなければならないことがある。表に見えようが、裏に見えようが、生きていくために、先人たちが積み重ねた経験の上に作り上げた世間であるということだ。

戦争に負けたもので、真っ当な日本は、真っ当なものではないことになった。それが戦争に負けたあとの日本の始まりで、その前提でリーダーの地位に立ったものが戦後の日本を作り上げた。もはや、以前の日本には戻れない。

「保育園落ちた。日本死ね」

多くの外国人が、日本に魅力を感じているんだそうだ。おめでたい話だ。でも、その日本は、今の日本人が作ったもんじゃない。今の日本が壊しきれなかった日本だろう。


『不思議の国のジャパニーズ』    片野優 須貝典子

宝島社  ¥ 1,296

激動の幕末日本を訪れたシュリーマンは、平和で、秩序だった日本社会に感嘆したという
第一章 セルビアから未来の国・日本にタイムスリップ
第二章 ヨーロッパ人が日本文化を初体験
第三章 外国人がサプライズした日本人の精神性
第四章 外国人に受ける日本の名所

国民性ジョークに《もしも明日、世界が滅亡するとしたら》というのがあるんだそうだ。
アメリカ人は、軍事力でなんとかしようとする。
ドイツ人は、明日までに新技術を開発して滅亡を防ごうとする。
フランス人は、世界の終焉を芸術にしようとする。
イギリス人は、最後の午後のティータイムに誰を呼ぼうかと考える。
イタリア人は、最後のベットをともにする女性を探す。
ロシア人は、明日はウォッカを飲んでも二日酔いにならないと喜ぶ。

ハハハ・・・、面白いですね。日本人はと言うと、《会社に行って、明日までに仕事を終わらせようとする》ということです。世界は、そんなステレオタイプ化された日本人を“笑い”の対象にしている。でも、そんな日本人も、もうじき消え去るだろう。

日本に良質の関心を持つ外国人が増えているのは事実のようだ。結果として、世界を敵に回して闘い敗れた日本に、世界が関心を寄せているんだという。何だ、そりゃ。

面白いことに、世界を敵にした“悪い”日本を、日本人の中でも戦後を主導した人たちは、根っこから掘り起こして変えてしまおうと躍起になってきた。だけど、外国人が関心を寄せるのは、それでも“変わらない日本”だったわけだ。

伝えきれなかったけど、全然足りなかったけど、なんとか子どもたちに、汲み取ってもらいたいもんだな。

・・・完全に、ジジイの戯言だけどね。




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メイドカフェのイギリス人『不思議の国のジャパニーズ』 片野優 須貝典子

メイドカフェってのも、おかしな流行だな。だけど、私の感覚では、当初、ノーパン喫茶だの、ノーパンしゃぶしゃぶだのと変わりなかったんだけど、どうもそうでもないらしい。

まず、その出どころが違う。メイドカフェは、風俗出身のノーパン喫茶と違って、オタク文化の出身。最近は外国からのお客様が増えているのに対応して、英語教育を受けたメイドさんが接待してくれる。これに、イギリス紳士が反応してるっていうのが面白い。

この本のコラムによれば、イギリスは民主主義のを前提にした社会であるが、階級意識は極めて強いからしい。上流階級には上流階級の、中流には中流の生活があるんだそうだ。言葉の違いは顕著のようだ。上流はクイーンズイングリッシュを、中流はBBC放送の基礎にした標準英語、ロンドンの労働者階級は“コクニ―”と呼ばれる下町訛りを使うんだそうだ。

なんか、それも最近は、だいぶか会って来たって話を聞く。 そういえば、労働党からイギリス首相を務めたトニー・ブレアは、本来中流階級の人。そのブレアが、場合によっては上手に“コクニ―”を使いこなしたんだそうだ。労働党党首に躍り上がって国民を支持を集めた背景には、そんな点もあったのかもしれない。

この本によれば、イギリスの中流以下にはⅠ・Ⅱ・ⅢA・ⅢB・Ⅳ・Ⅴと、6つのカテゴリーがあるんだそうだ。職業でいえば法廷弁護士・判事・医師・大学教授・建築家が階級Ⅰ.国会議員・会社経営者・会社重役・農場主・新聞記者が階級Ⅱというふうに・・・。

もともとは王族・貴族に産業革命で台頭した新興ブルジョワジーが中流階級となって加わった。やがて、この中流が階級が上層・中層・下層の三つに分かれて、全体として5つの階級が出来上がっていったんだそうだ。

『不思議の国のジャパニーズ』    片野優 須貝典子

宝島社  ¥ 1,296

激動の幕末日本を訪れたシュリーマンは、平和で、秩序だった日本社会に感嘆したという
第一章 セルビアから未来の国・日本にタイムスリップ
第二章 ヨーロッパ人が日本文化を初体験
第三章 外国人がサプライズした日本人の精神性
第四章 外国人に受ける日本の名所


なんの本を読んだ時だったか、ピーター・ラビットを書いたビアトリクス・ポターの話に面白い話があった。ピーター・ラビットの物語を本にすべく、出版社と打ち合わせを重ねるうち、出版業を仕事とする人物と恋に落ちる。二人のことを知ったビアトリクス・ポターの両親は大反対。

ビアトリクス・ポターは特権階級の生まれなんだな。1866年、ヴィクトリア朝時代、特権階級の女性は私的に教育を受けるのが一般的で、大学にはいかなかったんだそうだ。それでも、開明的な彼女の両親は娘を学校に通わせることに理解があり、国立芸術学校に通っている。

それでも、娘が庶民の男と結婚することには大反対。相手が出版業界で働いていることを知ると、「会社務めなんかしている奴に、娘をやれるか」とカンカンだったという。

“しっかり仕事をして生活を支える”ということは、人間が生きていくうえで、できればやらないで済ませたいものなんですね。
そんなイギリスから、メイドカフェを目的の一つに日本に来る人がいるという。「お帰りなさいませ、ご主人さま~」って、ウサギのお耳のメイドさんにニャンニャンポーズされてみたい“イギリス紳士”は、いったいどんな階級の方なんだろうか。




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『英語化は愚民化』 施 光恒

じつは、2年前の夏に読んだ本だ。ずいぶんと時間が過ぎた。だけど、この本の危惧するところは、時とともに現実化し、具体化されていく。それとともに、私の心の中にはあきらめの気持ちが広がっていく。

近代化のエネルギーは、自分たちの言葉で語り、自分たちの言葉で考えられる世界を広げていくことから蓄積されていった。

中世ヨーロッパは、ラテン語が「万国共通の普遍の言語」として認識されていた。中世のヨーロッパにはいくつもの王国が分立し政治的には分裂していたが、宗教、言語的には一体であった。人々の精神を支配するローマ教会世界はラテン語を公用語とし、聖書もラテン語で書かれたものを使用していた。

ラテン語が使用されたのは、ラテン語は文法や正書法が整備されており、聖書の内容を伝えるのに最も適していると考えられたからだ。そして15世紀終わりまで、信仰や知を担いうる言語はラテン語しかなかった。知識層の大部分は聖職者で占められており、ラテン語を習得することなく、知の世界に踏み入ることはできなかった。教会の儀式のみならず、大学の講義もラテン語で行われた。特権階級や知識階級のみがこの世界に踏み入ることを許された。

しかし、人々の生活は、それぞれの土着の言語により営まれた。彼らはラテン語の知の世界へ踏みいれることもならず、下層階級を構成した。土着語には抽象的で知的な事柄を表現できる語彙もなかったからだ。彼らの精神を支配する神の言葉の理解さえ、教会の聖職者のラテン語の知識を前提とした。

上層階級と下層階級には言語的連帯感はなく、上層階級は国境を越えて連帯が可能だった。

もしも英語が世界の普遍的言語となり、知の世界が英語の中だけで探求され、土着語による知への接近が不可能になったなら、世界は中世と同じ状況になることを意味する。

宗教改革のうねりの中、ラテン語の聖書を各地の「土着語」に翻訳する動きが生じた。マルティン・ルターはドイツ語に、ウィリアム・ティンダルは英語に、そしてカルヴァンの従兄弟のオリヴェタンはフランス語に、というように。聖書に書かれた神の言葉を、一般庶民が読めるようにするために。まだまだ識字率は低かったものの、彼らは一般の人々が普段使っている言葉を思い浮かべ、日常の言葉から離れないよう細心の注意を払った。

ティンダルの言葉である。
《鋤で畑を耕している少年の方が現在のあなたよりも聖書についてもっとよく知ることができるようにして見せる》

1 教会の支配からの解放
2 翻訳
3 文化の少数支配からの解放

聖書の翻訳は土着語の発達をうながした。書き言葉として未熟な土着語には抽象的な語彙がほとんどなく、文法も正書法も未整備だった。改革者たちは土着語にたくさんの新しい語彙をもたらし、文法を整備し、正書法を提案した。それによってラテン語やギリシャ語、ヘブライ語の抽象的な観念を、ドイツ語や英語、フランス語でもあらわせるようになった。こうして各地の土着語は、宗教、道徳、歴史など、抽象的で深遠な事柄を語ることのできる言語へと発達した。土着語は国語に発達したのである。

普段使っている日常の言語によって最高度の道徳や知識に触れ、活動できることから生まれる自信が、ヨーロッパ社会全体の活性化を促した。

『英語化は愚民化』    施 光恒

集英社新書  ¥ 821

お題目は国際競争力の向上。だが、英語化を推進すれば、日本経済は急速に力をなくす
はじめに  英語化は誰も望まない未来を連れてくる
第1章  日本を覆う「英語化」政策
第2章  グローバル化・英語化は歴史の必然なのか
第3章  「翻訳」と「土着化」がつくった近代日本
第4章  グローバル化・英語化は民主的なのか
第5章  英語偏重教育の黒幕、新自由主義者たちの思惑
第6章  英語化が破壊する日本の良さと強み
第7章  今後の日本の国づくりと世界秩序構想
おわりに  「エリートの反逆」の時代に


森有礼が日本語廃止論者であったことはよく知られている。後に初代文部大臣を務めた人物でもあるわけだからけっこう厳しいよね。まあ、列強による植民地化の脅威が決して大げさじゃない状況の中で早急な近代化を考えたときの、やむを得ざる選択ではあったんだろうけどね。でも、彼には“是が非でも”ってくらいの勢いがあったみたい。英語公用語化への賛成を取り付けようと書簡を送ったイェール大学教授で米言語学教会初代会長のウィリアム・D・ホイットニーから、逆にたしなめられている。このホイットニーという人物。米言語学教会初代会長というだけあって“言葉”の持つ効用を確実に理解していたようだ。

彼から森有礼に対する反論は、以下の様なものだったようです。母語を捨て、外国語による近代化を計った国で成功したものなど、ほとんどない。英語を日本の「国語」として採用すれば、まず新しい言葉を覚え、それから学問をすることになってしまい、時間に余裕のない大多数の人々が、実質的に学問をすることが難しくなってしまう。その結果、英語学習に割く時間のふんだんにある少数の特権階級だけがすべての文化を独占することになり、一般大衆との間に大きな格差と断絶が生じてしまうだろう。

いま、英語の勉強を一生懸命にやっている若い人たちは、何のためにその勉強をしているのだろう。グローバルな社会で活躍できる力をつけ、自分の将来を利するため。

別にそれでもかまわないよ。でも、明治時代にグローバルな社会で活躍した人たちは、それを日本っていう国のために使った。英語ができなくても世界の最先端の学問に触れられるようにしてくれた。

ティンダルの言葉を、もう一度紹介して終わりにする。
《鋤で畑を耕している少年の方が現在のあなたよりも聖書についてもっとよく知ることができるようにして見せる》



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『部活があぶない』 島沢優子

中学校はサッカー部、高校は山岳部。大学では山と映画の二股で過ごした。・・・もう、60歳が近い私だけど、部活動は大きな影響を受けたな。特に、今になってみると、山を部活ではじめたことは、とても良かった。

私たちの頃は“部活”って言葉はなかったですね。“クラブ”って言ってた。

中学校の時は、三年の学徒大会で県大会に出たんだ。二中と大滝中が強くてね。三年でようや二校を下して県大会に出た。中学校から学校の用意してくれたバスで浦和の会場まで行ったんだけど、それだけで舞い上がってた。当日は、その年初めての光化学スモック注意報が出た日。私たち、埼玉の奥座敷の者にとっては、人生初の光化学スモッグ。試合が始まってしばらく、行きが苦しくなって、何が起こったかわからなかった。後ろを見ると、影中の仲間だけが、ひざに手をついてゼーゼーいってた。今より大気汚染の酷かった時期だからね。日頃、先生が“クラブ”に出てくることは滅多になかった。

高校の山岳部になると、先生が出てくるのは合宿だけ。小さなザックを背負ってひょいひょい歩いてた。先生の荷物の大半は、部員が担いだ。酒も・・・。ある土曜日の練習で、OBの方が懸垂下降を教えてくれるということで、荒川の段丘にあたる崖にいった。ヒヤヒヤワクワクの、岩初体験だった。あの時も、先生はいなかった。

先生にとんでもないことを命令されたことがある。明日、北穂に登るという涸沢でのこと。タバコ買ってこいということなんだけど、先生の吸うハイライトは涸沢の小屋にはないっていうんだよね。どこに買いに行けって言われたと思う?・・・北穂の小屋ですよ。・・・「先生、明日登るんじゃ・・・」



講談社現代新書  ¥ 821

そもそも、なんのためにあるのか。部活は生徒のためになっているのか
プロローグ  部活動は誰のもの?
第1章  部活がもたらす効果
第2章  部活のいびつな歴史
第3章  ブラック部活動が止まらない
第4章  教師にとってもブラックな部活
第5章  ブラック部活の正体
第6章  ブラック部活から子どもを守る
第7章  部活の未来のために

私の部活体験は、苦しいこともあったけど、楽しかった。それだけです。先生が部活に強く関係することはなかった。責任を追求される今の御時世ではそうは行きませんね。

時々、以前から、高等学校に関与する仕事をしていて、最近は、外部指導員ってことで、高校の部活に関わることもある。高校の部活動に関しては、わりと生な状況を理解しているつもり。

まあ、最近の高校の先生っていうのは、部活動の指導も含めて言えば、最悪に近いブラックです。この間もブログでご紹介した定年しても再任用で働いている先生ね。自分で言ってるもん。自分の教員生活は完全にブラックだったって。ひどい時は一年のうち三六〇日は仕事してたって。・・・部活のためにね。その人はソフトテニス部。ソフトテニスってのも練習時間が長くて、生徒に対してもブラック化しやすい傾向の部活みたいね。

体罰っていう意味では、概してバレー部はひどい印象があるな。今、関わっている学校のバレー部の先生と飲んだことがあるんだけど、今は私もやらないけど、ちょっと前まではひどかった。自分で考えてもひどかったって言ってた。

最悪なのは、ずいぶん前のことになるけど、やっぱりバレー部の若い顧問。練習中に腹痛を訴える部員を、怠けようとしていると決めつけて、レシーブの練習とかこつけて、ボールをバシバシぶつけた。結局、救急車を呼ぶことになったんだけど、急性盲腸炎で即手術だった。顧問はその後、自分が盲腸を発見してやったって豪語していた。

もう、あきれちゃうよ。部活ってのはやめた方がいい。良くなることはないよ。問題は複合的で、原因もまた複合的なもの。専門の顧問が悪い。親が悪い。青少年スポーツ団体が悪い。上の協会が悪い。しわ寄せは生徒と専門外の顧問にのしかかる。

とりあえず青少年スポーツは、母体を学校に求めるのは、今すぐやめたほうがいい。だけど、そんなことできないでしょ。

だから強権によって、一度チャラに戻すしかない。甲子園大会はじめ、選手生命を縮めかねない各種の全国大会をやめる。それが諸悪の根源だから。それで食ってる大人がいる。食ってる大人が、食い物にしていることに気づいてない。

だけど、そんなわけにいかないじゃないですか。結局、折り合いをつけていくしかないんだと思うけど、やりたいのから守るべきルールを定めて、その厳守を大会参加の絶対条件とするくらいのことはやらないと、悪くなる一方だと思う。ルールは練習時間、活動日、他種目を経験させるなど。少なくてもそのくらいのことはやらないとね。それだけでも、ものすご~く大変なことだと思うけど・・・。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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