めんどくせぇことばかり 本 日本史

『戦争の日本古代史』 倉本一宏

本来は非戦闘員であった百姓やそれ以下の身分の者を組織した奇兵隊をはじめとする諸隊によって江戸幕府を倒して成立した明治政府は、「国民皆兵」の旗印の下、家の継承者や官吏、官立学校生徒以外の男子を帝国軍の兵士として徴発し、本来は非戦闘員であったはずの彼らに「武士道」を植えつけて対外戦争へと投入したのである(大江志乃夫『徴兵制)。

そこには意図的な「武士道」の誤解・曲解が存在したことは、言うまでもない。武士のための「武士道」を国民道徳と同一視していったのである。そして、「武士道というは死ぬことと見つけたり」など、都合のいい文言だけが取り上げられることになった。

特に長州閥の支配する帝国陸軍は、北海道開拓、カムチャッカからオホーツク一体の占拠、琉球の日本領化、朝鮮の属国化、満州・台湾・フィリピンの領有という吉田松陰の「征韓論」(その根拠も「三韓征伐説話」であった)を継承していた。

やがて一八八二年(明治十五)の軍人勅諭から一九四一年(昭和十六)の陸軍省「戦陣訓」へとつづき、近代日本は果てしないアジア侵略と破滅の道を歩みはじめたのである。近代アジアにおける悲劇は、ほとんど対外戦争をおこなってこなかったという日本史の土壌の上に、古代以来の伝統的な日本の帝国指向と対朝鮮観(および対異国観)、それに歪曲された「武士道」をたたき込まれた帝国陸海軍の兵士(及びそれを賞揚する一般国民)によってもたらされたという側面が存在したということになる。
本書p290
・・・どうやら、日本人というのは、そこにいるだけで、アジアに騒乱をもたらさずにはいられない、救いようのない存在のようである。この文章は、“おわりに”に書かれた、いわばこの本の要約のようなもの。その終わりに著者は、《子や孫の世代にふたたび戦争が起こることのないように、私の大事な各国の人たちがいつまでも笑顔でいられるように》と祈りをささげているが、残念ながら、それは無理だ。

それは、上の文章を見れば明らかだ。そして、この本一冊の内容を通して、著者はわざわざ、それが不可能であることを、実証してしまっているではないか。なにをいまさら、あり得ない祈りを捧げるのか。それが可能となるのは、この地上から、日本人を抹殺するしか方法はないというのに。まさか、それを祈っているのか。
『戦争の日本古代史』    倉本一宏

講談社新書  ¥ 950

近代日本のアジア侵略は、その淵源が古代以来の倭国や日本にあった
第一章  高句麗好太王との戦い 四~五世紀
第二章  「任那」をめぐる争い 六~七世紀
第三章  白村江の戦い 対唐・新羅戦争 七世紀
第四章  藤原仲麻呂の新羅出兵計画 八世紀
第五章  「敵国」としての新羅・高麗 九~十世紀
第六章  刀伊の入寇 十一世紀
終章  戦争の日本史
  • 会社のために自己犠牲を強いられる企業戦士
  • 高校野球の犠牲バンド失敗に、「自分も生きようとしていたからいけない」という解説者
  • アウトを“死”とあらわす風潮
  • 「頑張れニッポン」と連呼する応援
  • 「日の丸を背負って」と意気込んでは実力を出しきれない選手
いずれも、拭い去れない“帝国日本”の呪縛と思えるのだそうだ。

もしこれから買おうかと考えている人がいたら、このブログ読んで、amazonのレビューでも読んで、それからで十分よ。私は読みましたよ。お金出して買ってね。まあ、たまにはこういう本を読むのも、いい刺激になるからね。

買って読んだんだから意見を言ってもいいよね。どんなことでも勝手に考えていていいから、世間に迷惑をかけるのだけはやめてね。

・・・この“世間”を気にする生き方も、“帝国日本”の呪縛と言われるだろうね




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『秘伝・日本史解読術』 荒山徹

著者は同世代の作家さんなので、楽しく読めました。これまで生きてきた時代背景が同じで、歴史好きで同じような本の海を泳いできたんですから、本書を読んでいても、共鳴できることも数多くありました。

著者が新米新聞記者として警察周りをしていた頃の、こんな話が紹介されてました。
とある所轄署の刑事課長から、「青葉の笛なんて歌、君はもう知らんだろう」と云われたことがあります。何事ですかと訊いてみれば、先だって逮捕した窃盗犯が留置場で低く歌っていたとの由。「切ないよなあ、まったく」と噛みしめるように云った課長の声が今でも思い出されます。あの頃の日本人は、正反対の立場の人間が『平家物語』を媒介にして感応し合えたのでした。
本書p13
時代小説、歴史小説ばかりに頼る私たちの世代に比べ、父母、祖父母の世代は、学はなくても教養は深かった。そういうふうに認識できたのは、渡しの場合、若い頃ではありませんでした。どこか、数多く本を読み、歴史の勉強をしていることを鼻にかけていたわけでもないんだけどね。どこか自分は、「親たちとは違う」みたいに思い込んでるところがあった。

ところが、ちょっとその手のことが話題になると、なぜか本なんか無縁に見える祖母が、よく知ってたりする。ホルモン屋で酔っ払った親父が、平家物語や、太平記を語ってたりする。

気がつけば、それを教養として持ってない日本で最初の不幸な世代が、私たちだった。

謡曲、歌舞伎、文楽、浪曲、そうそう落語に至るまで、父母、祖父母の世代は、けっこう分厚く、しかも共通する歴史認識を持っていた。物語として歴史を認識しているから、なにを喜びとし、なにを悲しみとするか、国民感情としても、同じ景色を見ることができた。

先日なくなった渡部昇一さんが云ってた。もとはイギリスの学者先生の言葉のようだが、「歴史は虹のようなものだ」という言葉。そうそう、父母、祖父母の頃まで、日本人は同じ虹を見ていた。


新潮新書  ¥ 864

歴史小説作家だからこそ気づくことのできた、日本史の盲点とツボ
序章  「史観」を語る前にスべきこと
第一章  「遺跡は人なり」と心得よ
第二章  秘伝・日本史収納整理術
第三章  古代史学は伝奇文学か
第四章  日本書紀を再評価せよ
第五章  史料は原文が面白い
第六章  超「仏教」入門(上)
第七章  超「仏教」入門(下)
第八章  遷都の裏に政教分離あり
第九章  藤原氏で知る系図の秘訣
第一〇章  時代の境目とは何か
第一一章  日本市場の二大画期
第一二章  二つの中国とモンゴルの侵略
第一三章  「皇統」は誰が決めるのか
第一四章  歴史は「応仁の乱」以後で十分化
第一五章  歴史と地理は不可分なり
第一六章  「太閤記もの」の読み方
第一七章  世界史から捉える島原の乱
第一八章  史的眼力を「忠臣蔵」で考える
第一九章  近くの国より遠くのオランダ
第二〇章  小説を楽しむためのスキル
終章  歴史は「取扱い注意」で

この本は、著者の読書遍歴の披露でもあります。そして、そんな読書遍歴を経て、著者は独自の《日本史解読術》を手に入れたのです。

もちろん、簡単なことではなかったでしょうね。本書の“まえがき”に《日本史における基礎トレーニング》というのがあって、おそらくその読書遍歴を通して会得していったトレーニング法なのでしょう。

せっかくですから、これだけでも紹介させてもらいます。
  1. 5W1Hの重視
  2. 律令を理解する
  3. 仏教は、律令とともに日本史を彩る二大要素
  4. 外国と日本を比較する
あんまり丁寧な説明じゃないけど、詳しくは本書を読んでね。おそらく著者は、たくさん本を読んで、試行錯誤してそこにたどり着いたのでしょうから。

最後に、著者はどんな本を読んで、この技を身に着けてきたのか。興味深いですよね。いくつか揚げていきますけど、あっけないほど当たり前の本ばかり、そのほとんどは、私も読んでました。

『雨月物語』、『日御子』、『遙かなる大和』、『聖徳太子』(黒岩重吾)、『天平の甍』、『檀林皇后私符』、『王朝序曲』、『桓武天皇ー平安の覇王』、『花と火の帝』、『新平家物語』、『炎環』、『沈黙』・・・他にもいろいろと。
最後に同世代ならではの、共鳴の感動を一つ。ヘイトスピーチに眉をひそめるのはいいけれど、だったらちゃんと、“韓国”という存在に向き合えという一節で、自分だけいい子ぶりっこして済まそうという人たちを皮肉って、著者が持ち出したのは天知茂の昭和ブルース。

♫ 生まれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか 何もしないで生きていくなら それは容易いことだけれど ♫

もうまったく、泣かさないでよね。




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『地形と地理で読み解く古代史』 別冊歴史REAL

ORICON NEWS 2017/06/16
『ブラタモリ』日本地質学会から表彰 「長く続くことへの期待も込めて」
http://www.oricon.co.jp/news/2092581/full/
(全部)
NHKで放送中の『ブラタモリ』(毎週土曜 後7:30)の制作チームが、日本地質学会から表彰されることになった。同学会は毎年、「学会の顔」としてさまざまな表彰を行っており、同番組の「地質学の普及」への貢献が評価された。
(続きを読む)に全文

見てます。見てます。“いいとも”やってる頃の、東京の町をブラブラしてた頃から、連れ合いと楽しみに見てた。東京の町って、“坂”の町で、“高低差”があって、“断層”があって、少し歩くと、すぐに“ヘリ”に行き当たるからね。そうは言っても、タモリってけっして、むき出しのアウトドアじゃないんだよね。「それら自然の地形に人が手を加えて町に変えた」って部分、「人が手を加えた」ってところに惹きつけられるみたいね。

「人の営み」ってやつだな。・・・むふふ

だから、川だって、さらさら流れる小川に惹かれるわけじゃない。その小川が、人の手にかけられて、暗渠にされて、今自分の足のしたを流れてるんだろうって考えて、タモリはそれに感動するんだ。・・・むふふ。

やっぱり変態だな。・・・むふふ

洋泉社MOOK

地理から“現場”を知る 新しい歴史の楽しみ 日本の歴史は独特な地理・地形抜きには語れない
PART1  地形と地理で解き明かす古代史の謎10
PART2  地形と地理で西日本の古代史を読み解く
PART3  地形と地理で東日本の古代史を読み解く
PART4  古代の地形と地理にまつわる話
 
“地理と地形”で、この本が解き明かそうとする古代史の謎は、たとえば、《稲作はどのようなルートで伝来したのか》。そんなテーマなら、本一冊分、読者を引き回すこともできる。《邪馬台国はどこにあったか》なんてテーマには飽き飽きしたが、《壬申の乱で大海人皇子が勝利できた理由とは》って事になったら、やっぱり、タモリだって黙ってはいないだろう。

日本の古代史には、まだまだ多くの謎がある。文字に残されなかったこともたくさんある。戦争に負けて、“日本人”という紐帯のもとである日本神話が遠ざけられたこともある。日本の古代が謎めいているのはそれだけじゃない。日本書紀の成り立ちそのものが、何かを隠している。

「そこに書かれているものを、そのままに受け取ればいい」という意見があり、私もそのとおりだと思う。だけど、謎は楽しく、謎は奇しく、謎は魅力的だ。目を背けるのは、もったいない。隠された事実は、いろいろなところに、いろいろな形で痕跡を残している。それらに挑戦する本を読むのは楽しい。

そして、文字に残されていなくても、仮に、本当に日本書紀が何かを隠そうとしていても、地理は変わらない。そして、地形は動かない。

《神話と遺跡が語る古代出雲王国の姿とは?》、《古代の一大聖地となった玄界灘の孤島》、そんな謎を目の前に広げられて、あなた、黙って指をしゃぶっていられますか。




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死に絶えた漢族『秘伝・日本史解読術』 荒山徹

遠回りのようでも、中国史の悠久の流れを簡単に振り返っておくことにします。日本が中国大陸から受けた影響は、今更ここで述べるまでもなく絶大で、中国史の基本的骨格を頭に入れておくことは、日本史を学ぶ上で望ましいどころか、必須と言っても過言ではないと思うからです。
本書p144
まったく同感です。でも、高校の社会なんかでは、日本史は日本史で、チャイナの歴史っていうのは世界史の中の一部として取り扱われているので、日本史の理解のために利用されることがない。本来、歴史は、現状把握のための学問。日本史理解のために、チャイナの歴史に、西洋の歴史に照らし合わせてみることは、きわめて重要な作業のはずなんだけどね。

そうそう、これ、何だか分かりますか?
《いんしゅうしんかんさんごくしん なんぼくずいとうごだいそう げんみんしんちゅうかみんこく ちゅうかじんみんきょうわこく》

これを、🎶もしもし亀よ🎶の曲で歌うんです。漢字で書くと、こうなります。《殷周秦漢三国晋南北隋唐五代宋元明清中華民国中華人民共和国》・・・チャイナの王朝交代を覚えるための暗記歌です。

私は、中学生の頃から、「“りこれいへいけいこう”で三省六部」とかって無意味に唱える世界史オタクでしたので、チャイナの王朝交代くらい屁のカッパでした。だけど、世界史さっぱりなO君という友人がおり、たまたま知っていたこの暗記歌を教えました。彼は本当に嬉しそうに、私に感謝の言葉を並べました。

そして、試験当日。先生は問題作りがめんどくさかったと見えて、期待通り王朝名を並べる問題が出題されました。出席番号が私の次のO君は、私の後ろの席で、楽々正解を書いていると思いきや、変な声が聞こえるのです。「アレ?アレ?いーんしゅうー・・・アレ?」 彼は必死に、🎶桃太郎🎶の曲に王朝名を乗せようとして、苦戦しておりました。



新潮新書  ¥ 864

歴史小説作家だからこそ気づくことのできた、日本史の盲点とツボ
序章  「史観」を語る前にスべきこと
第一章  「遺跡は人なり」と心得よ
第二章  秘伝・日本史収納整理術
第三章  古代史学は伝奇文学か
第四章  日本書紀を再評価せよ
第五章  史料は原文が面白い
第六章  超「仏教」入門(上)
第七章  超「仏教」入門(下)
第八章  遷都の裏に政教分離あり
第九章  藤原氏で知る系図の秘訣
第一〇章  時代の境目とは何か
第一一章  日本市場の二大画期
第一二章  二つの中国とモンゴルの侵略
第一三章  「皇統」は誰が決めるのか
第一四章  歴史は「応仁の乱」以後で十分化
第一五章  歴史と地理は不可分なり
第一六章  「太閤記もの」の読み方
第一七章  世界史から捉える島原の乱
第一八章  史的眼力を「忠臣蔵」で考える
第一九章  近くの国より遠くのオランダ
第二〇章  小説を楽しむためのスキル
終章  歴史は「取扱い注意」で


しかし、残念ながら現代チャイナの源流は、夏・殷・周・秦・漢・三国時代(魏・呉・蜀)・晋ってところにはないんですよね。「中国史の流れを現代からさかのぼっていくと“代”という国に行きつく」と、著者は言ってのけます。そう、チャイナのルーツは夏でも、周でもなければ、現代チャイナの民族名をあらわす“漢”ですらないんですよね。

晋王朝によるつかの間の統一のあと、チャイナは南北朝時代に入る。その直前、鮮卑族の一部族である拓跋部が晋帝から代王に封ぜられた。この“代”の後裔が“北魏”ー“西魏”ー“北周”ー“隋”とつながるわけですね。この北方民族が、南部に歴史を重ねてきた最後の漢民族王朝“陳”を滅ぼしてチャイナを統一する。だから、このとき、漢民族が紡いできたチャイナの歴史は鮮卑族によって受け継がれていったわけだ。

チャイナに漢字で表記された周辺国、周辺民族名は、漢字による意図的音写である。あえて、“意図的”というのは、“ヒノミコ”、あるいは“ヒメミコ”を「卑弥呼」などと音写するからだ。「鮮卑」もまた、ひどい意図的音写である。『新編東洋史辞典』が出どころだそうだが、鮮卑の原音はバックルを意味するモンゴル語の「serbe」であろうという。「セルベ」である。

このセルベが漢民族の陳を滅ぼしてチャイナ全土を手に入れたことを、教科書は何と書いているか。この本で参考にしている野とは違う東京書籍の『世界史B』の文章を紹介する。
『581年、北周の外戚楊堅は、禅譲の形式で隋王朝を建て、長安に大興城を築いた。589年には南朝の陳を滅ぼし、ここに秦漢帝国以来の中華帝国が再建された』
やはり、それまでのチャイナの滅亡を、“中華帝国の再建”と呼んでいる。




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『首都圏近郊:出雲系神社探索ガイド』 出川通

まえがきによれば、出雲の神様が、ブームなんだそうですね。・・・ちょっと、聞いたことないけど。・・・式年祭が行われて、参拝客が増えたという話は聞いたけど、そのことか?・・・どうやらその模様。

そこで、本書の登場。著者が書いている。『出雲と関東には共通性を感じる』と。そして、『「関東を含めた東の国の歴史」が、出雲のもつ「土着の神さま、国津系の神さま」の歴史の底流と重なってくるストーリーを感じる』と。

「それは、同じものに対して起こったことであって、出雲と関東では、時間差を持って発生しているに過ぎない」ということはないだろうか。つまり、この東国も、もともと大国主命の治める“葦原中津国”の一部だったんじゃんかいか。

この本で語られるとうり、そう思えるほどに、東国は出雲系の神社で満ちている。

こうなったら、それらを巡りながら、“葦原中津国”がいかなる国であったのか。思いを馳せてみるのもいい。・・・夏休みの課題研究として、9月に学校に提出しようか。



言視社  ¥ 1,728

なぜ東日本に「出雲系」の神々が、これほどたくさん鎮座しているのか。由来を探りながらの歴史散歩
第1章  出雲の神々は東国に多数鎮座する
第2章  関東・首都圏の出雲系神社の概要
第3章  首都圏における各県別出雲系の主要神社紹介
第4章  関東圏における出雲系主要神社
第5章  関東に近い中部圏の出雲系神々の一部の神社紹介
コラム  大国主命の凄さ 神々のルーツと神社の成り立ち 他


出雲系の神といえば、まずは、“大国主命”だけど、やたらと別名が多い。おそらく、統合が進むたびに、地域の神や王の性質を受け継いだのか。あるいは、代表したのか。大穴牟遅(オオナムジ)、大穴持(オオアナモチ)、大己貴(オホナムチ)を、本書は“大きな穴”と見るのはいいが、鉱山の守護神と言っている。大国主が明らかに代表者を務める名前だから、性質を物語るのはこの名前になる。最高神が“鉱山”と言うのはどうもね。大きな穴は“噴火口”のことを言うのであって、地震やマグマといった、火山に関わる畏怖の対象の総体をあらわす神ではなかったか。

八千矛は武力の象徴で武神としての性格。葦原醜男(アシハラシコオ)も、野性的で力強い男を表し、武の神。大物主は、大きな力を持つ高い霊格をあらわす名前。“もの”は人知の及ばない力。大国魂、顕国玉、宇都志国玉は、国土の霊魂をあらわす。

大国主の子供として、まずは事代主。“事”は神事、“代”は依代、その主だから、第一人者。つまり、神を祀る側の第一人者が神格化されたもの。つまり神格化された王ということだ。大国主は、国を譲る判断を事代主に任せている。つまり、大国主を祀る王が、国譲りを判断したということだ。
もう一人の子供が、建御名方。建御名方って言うのも変な名前で、「建き御名の方」だって。「すごい名前の人」って意味。これはすごい。匿名希望の人なんですね。なぜかって、名前言ったら、みんな分かっちゃうからでしょ。この辺の話を書いてくれたのが、この本。ぜひ読んでみて。

あとは、スサノオと、大国主の妻たち。妻たちの中でも、奇稲田姫が圧倒的らしんだけどね。

これらの中で、一番多いのがスサノオ関連の神社。それに続くのが建御名方ってのも、不思議だな。なにしろ建御名方は、武御雷にこてんぱんに破れて、命乞いをして諏訪大社におさまるじゃないですか。ちょっと情けないにも程があるよね。この本は、その前後の猛々しさを強調するけど、“命乞い”は多い隠せない。多い隠せないくらいに情けない。

この、建き御名の方を、無理に陥れている印象がある。それに、事代主が国を譲ってお隠れになっている後のことなので、建御名方を貶めるために書かれた逸話と考えるほうが自然。出雲神話が書かれた当時、そんなにも貶めたい“建御名方”って、一体誰でしょう。

話が、この本の紹介からずれちゃった。・・・ごめんね。




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『渡部昇一の少年日本史』

ヒストリーは、ストーリー。歴史は、物語である。それを教えてくれたのは、渡部昇一さんでした。そして、語られるのは人です。法や制度ではありません。人だけが、感動を呼べるのであり、人こそが、歴史を虹として見せてくれる。

第一章から第六章までの93項目、それにコラムを加えると、ちょうど100項目の歴史が語られている。そのいずれもが、上記のような、日本人の物語。日本人が、自分たちだけの“虹”としてあおぎみる歴史です。

あとがきで、ご本人が言うように、『少年日本史』は、渡部昇一さんの遺言になってしまいました。今でこそ、理解者は増えましたが、ちょうど朝日新聞を相手に大げんかしている頃は、まさに孤軍奮闘で、厳しい時代の灯台の役割を果たされました。


致知出版社  ¥ 2,160

日本人にしか見えない虹を見る 高校生からも感動の声、続々
序章  日本人にしか見えない虹を見る
第一章  神話と歴史が地続きになっている国【神代・古代】
第二章  遠い祖先たちが生きていた古代日本の姿【古代】
第三章  武士政権の誕生と荒ぶる天皇の逆襲【中世】
第四章  信長・秀吉・家康の時代から江戸幕府の興亡へ【近世】
第五章  新しい日本の創生と欧米列強の圧力【近代】
第六章  日本の底力を見せた戦後の復興【現代】
コラム


私の父母は、どちらも昭和3年生まれです。渡部さんよりも二つ年上ですね。でも、もうだいぶ前に亡くなりました。母は22年前、父が亡くなったのも、すでに11年も前のことになりました。母の時はそう思わなかったのですが、父が亡くなってから、同じような年恰好の人を見ると、時々、その人に、父の姿を重ねていることがありました。

母の時にそういうことがなかったのは、おそらく、まだ父がいたからだと思います。

ただ、同じ年恰好ならだれでもというわけではありません。父は、家の中では不愛想な人でしたが、外ではいろいろと周囲に気遣いをする人でした。それでいて、こうと決めたことは、どうでも曲げない頑固おやじでした。どうも私が父の姿を重ね合わせている人は、私が“きっとそうだ”と思っている人なのです。

たとえば、渡部さん。そらから、畏れ多くも今上天皇陛下。

ただの、私の、手前勝手な思い入れです。・・・でも、父の姿を重ね合わせられる方が、少なくなってきてしまいました。陛下のご健勝をお祈りいたします。

いま、私の心にある渡部昇一さんは、少年の姿をしています。そう、まだアメリカとの戦争が始まるよりも前でしょうか。そんなころの渡部少年が、空一杯にかかったでっかい虹の上を、小躍りするように駆けている姿が、私には見えるのです。




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ザビエルの見た日本人『異人たちが見た日本史』 内藤孝宏

《ザビエルのインド人観》
この地方の人々は、私が見ている限り、一般的に言って極めて未開で、自分たちの無知な習慣に都合のよいことでなければなにも知ろうとしません。神のことについて、また自分の救霊について、耳を貸そうともしません。自然の強烈な力が彼らを支配し、すべての徳を破壊しつくしています。彼らは数々の罪の中で生活し、異常なまでに無節操でほとんど真実を話しません。(1549/1/14)

《ザビエル アンジロウについて》
私はアンジロウに、もしも私が彼とともに日本へ行くとしたら、日本の人々は信者になるだろうかと尋ねました。彼は、彼の郷里(鹿児島)では、すぐに信者にならないだろうと答えました。そしてさらに、日本人はまず初めに私にいろいろと質問し、私が答えたことと、私にどれほどの知識があるかを観察するだろう。とくに私の生活態度が私の話していることと一致しているかどうかを見るだろう。そして、もし私が二つのこと、すなわち彼らの質問によく答えて満足させ、また私の生活態度に咎がむべきことを見出さなかったら、半年ぐらい私を試してみた後で、領主(島津貴久)や貴族(武士)たち、また一般の人々も、キリスト信者になるかどうかを考え、判断するだろうと言いました。彼が言うには、日本人は理性によってのみ導かれる人々であるとのことです。(1548/1/20)

《ザビエルの依頼でポルトガル人商人ジョルジュ・アルバレスが作った日本に関する報告書》
日本人は中背でずんぐり型。労働に強い体格で、肌は白く容姿端麗である。日本人は誇り高く、小さなことでもすぐ怒る癖があり、武器を大切にする。彼らは西欧の国々の国情をひどく知りたがる。私たちの船に来るときには、御馳走になり、見たいと思うものを見せてくれることを期待し、歓迎されることを望んでいる。盗みを極度に嫌う。
・一日に三度食事をする
・酒を好むが酔うとすぐ寝てしまうため理性を失うものを見たことがない
・日本人は妻を一人持つだけで、金持ちや貴人が女奴隷を持つ場合もある
・僧侶は妻帯を禁じられ、それを見つけられれば殺される
・僧侶は肉食をせず、芹や野菜だけ食べ、魚も食べない



洋泉社  ¥ 時価

ユニークだとされる日本人の気質、宗教観、自然観など浮き彫りする、もう一つの日本史
PART1  中世に来日した外国人・・・宣教師と商人の時代
PART2  江戸前期に来日した外国人・・・朱印船とオランダ商館の時代
PART3  江戸後期に来日した外国人・・・研究者と侵略者の時代

ザビエルが日本人を高く評価したからってありがたがるつもりは毛頭ないんだけど、ただ、当時の日本人に、今の私たちとのつながりを発見できることは、大きな喜びである。人は、自分と同じ地平にあるものであれば、それがいかに離れていようと判断することは可能である。そういう意味で、日本は西洋と同じ地平にあった。だから、ザビエルは、それを評価することができたんじゃないかな。その証明に、ザビエルは、インドを全く評価できてない。ザビエルにとってインドは、次元の違う世界なのだ。・・・さてさて、それでは、ザビエルの日本人観を見てみよう。

《ザビエル最初の日本人観》
私たちが交際することによって知りえた限りでは、この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人々は、異教徒の間では見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人々で、他の何物よりも名誉を重んじます。大部分の人々は貧しいのですが、武士も、そうでない人々も、貧しいことを不名誉とは思っていません。(1549)

《ザビエルの日本人観》
彼らは地球が丸いことを知りませんでしたし、太陽の軌道についても知りませんでした。彼らはこれらのことやその他、たとえば、流星、稲妻、降雨や雪、その他これに類したことについては質問しました。それらの質問に私たちが答え、よく説明しましたところ、大変満足して喜び、私たちを学識のあるものだと思ったようです。そのことは私たちの話を信じるためには少しは役立っています。(1551/4)




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『鬼神』 矢野隆

いつごろからだろう。私も鬼の側に立っている。

子供の頃のお話で一番好きなのは、「赤鬼と青鬼」の話だった。人間と仲良く暮らしたいと思っているがきっかけを見いだせずに悩んでいる赤鬼のために、青鬼は残虐非道を装って大暴れし、赤鬼に人間を助けさせて、人間と交わるきっかけを与えてやる。ボロボロに傷ついたはずの青鬼は、手紙を残して、いづくともなく旅に出る。でも、私は子供の頃から知っていた。青鬼は、死んだのだ。

“死”を概念として受け止めていたわけじゃない。でも、“旅に出た”とあれば、“帰る”ことが前提になるが、青鬼が帰ってくるということは、思いもよらない事だった。もう、誰の前にも現れず、読んでも声も聞こえず、やがて、ただ忘れられていく。それって、死んだってことだよね。人間と交わった赤鬼は、もはや人間となった。そして、鬼は、死んだのだ。

桃太郎は、まだいい。やっつけられた鬼たちは、その後も鬼が島に暮らし、状況を睨んで都に出没するだろう。なにせ、鬼を懲らしめにやってきたのは、桃から生まれた桃太郎と、犬と猿と雉だ。やられたけど、しょせん同類みたいなもんだ。桃から生まれた怪力無双が人間連中から受け入れられるのは、鬼から奪った金の続くうちのこと。

金の切れ目が縁の切れ目で、そのうち化け物扱いされて、・・・なんだったら、鬼ヶ島の親分として迎え入れるってのはどうだろう。あんな強い親分なら、鬼ヶ島でも願ったり叶ったりだ。

でも、いずれは都の軍勢が向けられて、鬼の時代にも終止符が打たれる。まあ、それまでは、存分に暴れることもできるだろう。


『鬼神』    矢野隆

中央公論社  ¥ 1,836

これは、この国にまだ、神と鬼がいた頃の話
壱  人のみやこ
弐  鬼の山
参  酒呑みし童
肆  人と鬼の戦
伍  慚愧の鉞

タバコを辞めて3年になる。まあ、ちょっと、息苦しさがひどくて、「こりゃ本当にまずいかも」って、足治す前に命が終わっちゃ、シャレにもならないので、医者に行って禁煙した。今は、片隅に追いやられてるけど、昔は職場のデスクでタバコ吸ってた。会議室でも吸ったし、食堂はもちろん、歩きタバコも当然で、電車の中でも吸っていた。考えてみると、乱暴な時代だった。

一つ、タバコだけの話じゃない。酒だってそうだし、車もそうだよね。女の扱いもそうだった。・・・私がってわけじゃないよ。そうそう、山の登り方も乱暴だった。いろいろとていねいな世の中になって、そりゃけっこうなことだけど、残念ながら、私は前の時代の住人だなぁ。・・・そう、追われていく方ね。

面白かったよ。焦点は、坂田金時と酒呑童子。いずれも、本来は、“まつろわぬ民”。しかし、源頼光に拾われることで、金時は“人の世”に出る。酒呑童子は元の世界で踏ん張る。“人の世”に出ても、金時が共感を寄せられるのは、“まつろわぬ民”の世界、山の領域なのだ。“まつろわぬ民”の世界に共感を寄せつつ、それを追いやる側に回った金時。迎え撃つ酒天童子。

・・・そういう話だ。

前の時代を思いながら、追われていこう。そうと決めたら、新しい時代に、自分からおもねることもない。だけど、パソコンとかは便利だからね。便利なものは、便利な範囲で使わせてもらうが、それに見合った義務まで期待されるのは嫌だ。そのへんは、なんとかごまかしつつ、逃げ切る。

時代は、新しく移り変わることで、いつも“鬼”を生み出していくんだな。




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既成概念『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』 加来耕三

「どんなものを食べているか、言ってみたまえ。君がどんな人であるかを、言い当ててみせよう」

フランス革命の頃の行政・司法官を務めたブリア・サヴァランという人の言葉だそうです。まさに、“食は人なり”ということですね。

信長の生涯は、あらゆる既成概念を否定し、固定観念から抜け出たことで、“天下布武”を実践、天下統一にあと一歩というところまで迫った。そんな信長は、食に関しても、既成概念や固定観念へのにこだわりを持たなかったという。

それはちょっと、どうだろう。

こと、食べることに関していえば、既成概念や固定観念と言った経験則が、とても大事。食に関する文化は、“安全”であるとか、“健康”であるとか、あるいはまた、“信頼”であるとかが基本にある。その上に、技術や作法が形づくられてきた。信長のイメージの置かれている場所は、たしかに、“行儀作法”といったところからは遠い。だけど、桶狭間に向かうにあたって、“敦盛”を舞い、「立ったまま、湯漬けをかっこんだ」とか、若い時分に、「人目もはばからず、柿や瓜にかぶりついた」とかを取り上げて、行儀作法云々を言うのは、ちょっとおかしい。《時と場合による》というものだ。

“和を以て尊し”とする日本の歴史において、戦国時代は例外的に、“和”をちょっと棚の上に乗っけておいた時代。優先すべきは、変化しつつある時代に合わせて、もはや障害としかならない諸制度や風習を、大胆に捨てさり、改革していくことだった。

有名なところでは、楽市楽座がある。信長の登場で、“食の世界”も刷新されたところが多々あったはず。信長の、《あらゆる既成概念を否定し、固定観念から抜け出た》姿勢は、行儀作法をやぶって、一緒に食べる人に不快を与えるものではなく、逆に、“食の世界”に新たなエネルギーを吹き込む効果を与えたことだろう。

でも、私、茶碗の持ち方、はしの持ち方もそうだけど、一緒に食べている人に嫌な思いをさせる人が嫌いだ。そういう人とは、一緒に食べたくない。結構いるんだよね、そういう人が・・・。



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歴史をつくったあの人は、その時なにを食べていた? 「食」から読み解く日本史
第1章  幕末~明治 激動期の英傑たちの「食」
第2章  江戸 太平の世に花開いた「食」文化
第3章  鎌倉~戦国 乱世の英雄たちの「食」と合戦
第4章  古代~平安 あの有名人が愛した「食」

加来耕三さんの本は、ずいぶん読んでいると思うけど、本当に、細かいところまで研究している勉強家なんだな。そういった研究の、“食”に関する集大成がこの本になったのか。あるいはまた、歴史上の人物の、“食”に対する向き合い方から、新たなお話を紡いで行こうとされているのか。

意外だったのは、大久保利通だった。維新の独裁者。日本のビスマルク。まさに、新しい日本を作り上げた。そりゃそうだ。そのために僚友、西郷隆盛を殺したのだから。彼に至るまでに消失された多くの命を、彼は背負っていたのだから。伊藤博文だって、山県有朋だってそういうところがあったかもしれないけど、違うのは、自分の意志によって、僚友西郷隆盛を殺したことだ。だから、伊藤や山県みたいに、女に入れあげたり、金に汚かったりしない。“食”のこだわりは、漬物だったそうだ。

とても面白く読ませてもらいました。

日本人であってよかったと思うことはいくつかあるが、“食”に関しては、まさにそう。この既成概念のなさはなんだろう。既成概念というと、・・・もしかして、そこにも信長が関わったりして・・・。いやいや、これこそが日本人本来のものなんだろう。

今日のツマミは、安く買ってきたカブの茎を塩でもんで置いたものに、塩昆布と干しエビを混ぜて、置いておいたもの。相撲も佳境に入ったし、そろそろ一杯やるかな。




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江州牛(覚書)『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』 加来耕三

どうにも改革派ってのはかっこいい。幕末で言えば、島津斉彬、阿倍正之といった一橋派だな。それに比べ、守旧派ってのは、どうもいけない。古臭くて、頭が固くて、物わかりが悪くて、時代を知らない。幕末でいえば、南紀派だな。もちろんその筆頭が、井伊直弼。今やってる大河ドラマ、《おんな城主 井伊直虎》を引き継ぐ一族の者だな。

・・・でも、本当にそうか?

司馬遼太郎さんは、暗殺を否定しておきながら、「桜田門外の変だけは例外的に時代を動かした」と、その特別なことを強調してたな。でも、往々にして、暗殺は時代を動かす。司馬遼太郎さんのいいたいのは、好ましい方向へ動かすことはほとんどないが、桜田門外の変は、例外的に好ましい方向へ動いたということなんだろう。

つまり、井伊直弼は、暗殺されてよかったと・・・。

でも、それは司馬遼太郎さんの好みの問題じゃないかな。

この間、書いたけど、攘夷論者って、現実に目をつぶった“原理主義者”でしょ。こずるい連中は、かわいい“原理主義者”の皮をかぶった狼だったりするわけだけどさ。

いわば、“原理主義者”は迷妄の徒で、列強の力を認識し、外交に未熟なところはあっても、通商に頭を切り替えた方が開明派だった。それでも、司馬遼太郎さんは、桜田門外の変は、“例外的にいい暗殺”だったとおっしゃる。


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歴史をつくったあの人は、その時なにを食べていた? 「食」から読み解く日本史
第1章  幕末~明治 激動期の英傑たちの「食」
第2章  江戸 太平の世に花開いた「食」文化
第3章  鎌倉~戦国 乱世の英雄たちの「食」と合戦
第4章  古代~平安 あの有名人が愛した「食」
ただし、井伊直弼の食に対する態度は、もしかしたら歴史を大きく動かしてしまったかもしれない。江戸時代、けもの肉を食わせる店は、「ももんじ屋」と呼ばれたという。江戸時代も押し詰まると、けもの肉も一般化し、「ぼたん」といって猪の肉を、「もみじ」といって鹿の肉を食うようになったそうだ。でも、ここでは、牛肉の話。

私は埼玉の人間だから、肉といえば、豚肉。めったに食ったことはないが、すき焼きも豚肉だった。それが関西は牛肉なんだってね。だから、関西の人は、「牛丼」とは言わないそうですね。この本にありました。関西では、「肉丼」といえば、丼ご飯の上に乗ってるのは牛肉なんですって。

関西でも、牛肉というと、近江牛、神戸牛、松阪牛となって、ようやく近江で井伊直弼につながる。当時は、「江州牛」と呼ばれて珍重されたそうだ。

去年の4月、息子が滋賀県に就職して、彦根城を訪れた。残念ながら、江州牛は食わなかった。今考えれば、食っときゃよかった。なんせ、江戸時代、彦根藩の産する江州牛は、幕府に唯一公認されたもので、それは“赤備え”を旨とする彦根藩の軍装を整える皮革産業に通じるものだったという。つまり、鎧兜の皮を産するおまけとして、肉を食う。なんてご都合主義で、原理主義から遠く離れた姿か。

牛肉の味噌漬けは、彦根藩の隠れ名物で、歴代藩主は、寒中見舞いに、将軍家はじめ親藩諸家に届けたそうだ。これが大好物だったのが、なんと水戸の徳川斉昭だったって。ところがそれが、パタリと届かなくなる。

理由は、直弼が藩主となって、領内での牛肉食を禁止したんだそうだ。理由は、直弼が禅と国学を修めたことにあったらしい。「殺生の嫌う」という気持ちが強かったということだ。・・・ああ、こんなところで“原理主義”が。

桜田門外の変のメンバーは、一人の薩摩浪士を除き、水戸浪士だった。大半の尊皇攘夷主義者などと違って、現実路線を見極める井伊直弼なのに、「肉食禁止」とは。

彼が、それこそ、新たな時代を切り開くエネルギー源に、肉を食うほどの人物であれば、きっと、もっとマシな“維新”があったかも・・・。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本










































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