めんどくせぇことばかり 本 日本史
FC2ブログ

『埼玉の川を歩く』 飯野頼治

今年の春、すでに武漢発感染症は、日本社会に暗い影を投げかけていた。

それでも私は隠居の身、世のすったもんだに口出しする立場にあらず、せめて邪魔にならないようにと逼塞していた。まあ、ときどき出かけて、山を歩くくらいのことはしていたが・・・。

そんな山歩きの一つとして、奥武蔵の北部の低山を歩いたことがある。以下のようなコースである。
花桃の里地図

登谷山や皇鈴山を見上げる位置にあり、“花桃の郷”と記してあるのが、東秩父村の大内沢という集落である。大内沢川は登谷山や皇鈴山といった山懐から流れ指すいくつかの支流を集めて南に流れ、少し先の落合で槻川に合流する。

“花桃の郷”と記したとおり、花桃の時期のこの郷は見事である。ただ、個人が庭先を飾るのではなく、地域として斜面を花桃で飾ろうと取り組んでいるようだ。

IMG_6348.jpg

大内沢は、間に伸びる尾根によっていくつかに分かれるが、南側の集落に、私はなじみがあった。南側の集落は斜面を利用してみかんを栽培している農家が多く、その時期にはみかん狩りが楽しめる。その中の一つが、かつて私が担任を務めたお嬢さんのお宅なのである。

“花桃の郷”は、そこから一つ尾根を越えた北側の集落に広がる。この集落を上から、皇鈴山山頂付近から見たときは驚いた。春先の花の風景に“桃源郷”という言葉を使うことがあるが、まさにこの里のためにある言葉のように思われた。

IMG_6330.jpg
これだからね。

この本の中では、著者の飯野頼治先生は落合から大内沢川をさかのぼっている。まもなく左手に虎岩と呼ばれる巨岩が現れる。これは私も見た。その付近のチックビ山には落城した忍城の宝物が埋めてあり、掘ると血の雨が降るんだという。



『埼玉の川を歩く』    飯野頼治


埼玉出版会  ¥ 1,650

小中学校のころの夏休みは、毎日川遊びや魚取りで明け暮れていた
第一部 奥武蔵水源の渓流
一 入間川水系の渓流
二 高麗川水系の渓流
三 越辺川水系の渓流
四 土岐川水系の渓流
五 槻川水系の渓流
第二部 平地の里川と用水
一 入間川とその支流
二 新河岸川とその支流
三 荒川へと注ぐ里川と用水
四 見沼代用水と周辺の水路
五 利根川水系の河川と堀川


昔、桓武天皇の曾孫にあたる恒望王という方が、讒訴されて武蔵国へ左遷された。その居所が大内沢だったという。のちに身の潔白が認められ、武蔵権守となり、付近を恒望庄と呼んだそうだ。

著者の飯野頼治さんは高校の地理の先生で、長く秩父郡の小鹿野高校の先生をしていた。お目にかかったことはないが、私はすぐ近く秩父高校の山岳部だったんで、先生のお名前は聞いていた。その頃は百名山登頂ばかりに注目していたが、秩父の奥では、当時、いくつかのダム建設計画が進んでいて、水没地域の民俗調査にも従事していたんだそうだ。

私の友人の家は浦山ダムで沈んだ。おそらくそれには関与してないと思うんだけど、そのあと続けざまに作られた滝沢ダムや合角ダムの調査をしておられたんだろう。

他にもなにかと、秩父に尽力をされた方だな。

熊本はじめ、九州各地や岐阜、長野が水害にやられたが、それでも人は、川から離れて生きていくわけにはいかない。球磨川水系は、ダムを造らない治水に取り組んでいたそうだ。

素晴らしい取り組みだと、私も心底、そう思っていた。今回、球磨川流域では大きな被害を出すことになってしまったが、志が間違っていたとは思わない。

ダムを造らず、川幅の拡幅や堤防のかさ上げなどの案もあったそうだが、都市部の土地の買収でつまずいたそうだ。その点、ダム建設の対処となる地域は、正直なところ、山奥の僻地であって、人口も少なく、政治の介入で、たやすく土地を手放すことになる。弱い立場につけ込まないと、買収が進まない。日本は、土地に関する個人の権利が強すぎるような気がする。

埼玉は、特に奥武蔵周辺は、尾根筋と沢筋が細かく入り乱れ、それが関東平野につながっていく場所である。さらにその奥には、昔から秩父盆地が存在感を漂わせている。そのため往来が激しく、細かい沢筋まで人々にもすみかを求め、場所を選んで先祖や神を祀った。

高山不動、慈光寺、子の権現、龍穏寺など、要所要所に信仰の拠点が設けられ、自分の在所からそれらの拠点に向けて道を開いた。さらに、沢をあがり、尾根をたどってつけられた道に、人々は安寧を求めて塚を築いた。

“道”っていうのは、おそらくそれだけで、信仰の対象だったんだろう。そこを歩くということは、それだけで“祈り”だったんだろう。そこにあった人々の思いを、細かく拾い集めた、まさに労作といえる本だな。

今回の豪雨で山が崩れ、川が氾濫して、多くの道が閉ざされた。それだけで、どうにも心が痛い。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『おとぎ話に隠された古代史の謎』 関裕二

どうやら、日本という国、その元となるヤマトという国だな。

そのヤマトの国が成立する前後で、大きな出来事があったらしい。どうやら、それで、それまでの支配勢力は完全に力を失った。ヤマトは、根こそぎその国を奪う事によって成立した。

古代日本史の正史である『日本書紀』は、なぜか、その様子を語らない。これがいけない。『日本書紀』は、建国の過程を、なぜかはぐらかす。

前政権を倒し、新たな支配を立ち上げたなら、その正当性を並べ立てればいい。平和的に禅譲されたでもいいし、政をないがしろにし、民を苦しめたので放伐したでもいい。

『日本書紀』は、なぜかそれさえ語らない。だから、日本人は、自分たちの国の起こりを知らない。

「まったく、ちゃんと書いてよ」ってのは、やはり藤原不比等に言うべきことなんだろうな。『日本書紀』成立時の最高責任者なんだから。

それを書くと、なんか都合の悪いことがあったって言うことみたいだ。だけど、それもおかしい。藤原不比等のご先祖は、まあ、関裕二さんは、百済王子の豊璋だって言ってるけど、まあ、順当に考えれば中臣氏ということになる。百済王子の豊璋であるとしても、藤原不比等が建国の課程をごまかさなきゃならない理由にはならない。それは中臣氏と考えても同様で、なにしろニニギと一緒に天下りしてきた天児屋命なんだから。

じゃあ、なんだって不比等は、建国の課程をごまかさなきゃいけないのか。不比等がごまかさなきゃいけないのは、父親の中臣鎌足が、中大兄皇子と一緒になって、蘇我入鹿を殺し、蘇我本家を滅ぼしたって事。

たしかに、それは成し遂げている。

そのために、蘇我入鹿をたぐいまれな独裁者で、帝位を狙う極悪人に仕立て上げた。東アジアが動乱の時代を迎える中で、改革を阻害する抵抗勢力で、これを倒さなければヤマトは国を誤る。殺されてあたりまえの存在で、その蘇我氏を倒し、改革を先に進めた中臣鎌足と中大兄皇子の側こそ正義であると、歴史を書き換えた





PHP文庫  ¥ 524

おとぎ話は単なる童話ではなく、古代史の真相に行き着く「民族の記憶」である
第一章 おとぎ話と古代史の奇妙きてれつな関係の巻
第二章 浦島太郎と武内宿禰の謎の巻
第三章 『竹取物語』に隠された古代史の闇の巻
第四章 金太郎伝説と酒呑童子説話の裏側の巻
第五章 一寸法師と崇る水の神の巻
第六章 ヤマト建国とおとぎ話の不思議な関係の巻
第七章 因幡の白兎に隠された邪馬台国の巻
第八章 桃太郎と謎の吉備の巻
第九章 ヤマトタケルとヤマトの謎の巻
第十章 鶴の恩返し(鶴女房)の謎の巻
第十一章 天の羽衣伝承に残された謎の巻
第十二章 カゴメ歌の謎の巻
第十三章 伊勢神宮とトヨの秘密の巻





しかし、それなら、なぜ建国の課程まで、ごまかすようなことをするのか。そんなことをするから、建国の課程がわからない国になってしまった。

なぜ、鎌足や中大兄皇子の行為を正当化するために、その前後のなり行きだけを改竄するだけでは飽き足らず、ヤマト建国の課程までごまかすようなことをしたのか。

それはヤマト建国の課程において、彼らが卑劣な動機と手段で倒した蘇我入鹿、そして蘇我氏の祖先が重要な役割を果たしていたことを、隠さなければならなかったからのようだ。蘇我氏の祖先の名をあげずには、ヤマト建国は語ることもできなかったにもかかわらず、藤原不比等は蘇我氏の祖先を書かなかった。

しかし、冒頭に書いたように、ヤマトの国が成立する前後で、それまでの支配勢力は完全に力を失った。ヤマトは、根こそぎその国を奪う事によって成立した。

その課程に、『日本書紀』の言う《出雲の国譲り》があり、《天孫降臨》があり、《神武東征》があった。それらのすべてに、蘇我氏の祖先が不可分に関わっていた。

古代豪族は、訓読みの名を持つ。例外的に音読みの名を持つのが蘇我氏だという。これを訓読みで意味を考えれば「よみがえるわれ」になる。古代、ヤマト建国に関わって、力思っていた豪族が、6世紀に入り、再び勢力を拡張したのか。

蘇我の由来は「スガ」で、鉄に関わりのある名だという。「素鵞」で「スガ」と読む。しかし、「スサ」とも読む。各地に存在する素鵞神社の祭神は、スサノオである。蘇我氏はスサノオを氏神とする一族の可能性が高い。

スサノオは高天原で暴れ回り、放逐されて出雲の国を開く。スサノオの子孫が受け継ぎ広めた出雲は天孫族に国を譲り、ヤマトは建国し、出雲は力を失う。放浪して南九州に逼塞した出雲が、神武東征してヤマトに入る。この課程でよみがえった勢力を、藤原不比等の父親が卑劣な動機と手段で倒したなら、不比等はそれを隠さなければならなかった。

しかも、藤原氏は、その後もずっと権力の中枢にあり続けたため、滅ぼされた蘇我氏の側の人々は、改竄された歴史を修正する機会を失った。

だから、おとぎ話に託した。

浦島伝説、一寸法師、竹取物語、天の羽衣、金太郎、酒呑童子、因幡の白ウサギ、桃太郎、鶴の恩返し、山姥。みんな、本当の歴史を伝えようとしている。

そう言えば、女がやってきて、男を、そしてその家を励まし、豊かにし、やがて裏切られて去って行く話、間違いなく同じ事を伝えようとしているな。





テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『オオクニヌシ 出雲に封じられた神』 戸矢学

神道の祭儀は千百年前に基本ができあがり、それを記したのが『延喜式』五十巻であるという。その第八巻には最古の祝詞があり、その全二十八編を『延喜式祝詞』という。その二十八編目が『出雲国神賀詞(かんよごと)』には、以下のような、面白いことが書かれているという。

これは、著者の戸矢さんが、解説してくれたものを紹介する。

オオナムチは自身の和魂を八咫鏡に託して、ヤマトの大物主と共に三輪山に祀らせた。のちの大神神社である。オオナムチは自身の子である阿遅鉏高日子根命(あじすきたかひこねのみこと)の御魂を葛城の鴨の山に祀らせた。のちの高鴨神社である。オオナムチは自身の子である事代主命を雲梯(うなで)に祀らせた。のちの高市御県巫(たかいちみあがたにいます)鴨事代主神社である。オオナムチは賀夜奈留美(かやなるみ)命の御魂を飛鳥坐神社に祀り、「近き守護神」とした。

カヤナルミ神は記紀に記載がなく、由緒不明な神で、その分、さらに古い神で国つ神・出雲神だろうという。このように、三輪、葛城、橿原とあげて、飛鳥が最も近いということであるから、守護する対象の宮殿は飛鳥にあったということになるだろう。

これらの祭祀差配をオオナムチが行なったのであれば、そこはオオナムチの支配エリアだろう。つまり、三輪、葛城、橿原、飛鳥を含む大和地方はオオナムチの領地である。

天皇は飛鳥に皇居を構え、そこでオオナムチから国譲りを受けた。譲られた国とは、大和を中心とした出雲国である。

出雲系の神を祀った神社の分布からすると、出雲国の勢力は、出雲を中心とする参院山陽、北東方面は北陸から信濃に及び、南は大和から紀伊に及ぶ。

それが国譲りの対象となった出雲国全体で、中でもその核心は、三輪、葛城、橿原、飛鳥を含む大和地方と言うことか。





河出書房新社  ¥ 1,980

出雲神話は何を隠蔽しているのか。最大の謎の神・オオクニヌシを解明する
第1章 「出雲の神社」に不思議な共通点―東の彼方に恋する神々
第2章 「出雲の地理」は今も昔も僻遠僻地―地の果てに流された大王
第3章 「出雲の祭祀」は特異なスタイル―封印された縄文信仰
第4章 「出雲神話」は、いずこの神話か―お伽噺の底深くに潜む史実


出雲国造家は、崇神天皇の御代に天穂日命の十一世孫である宇賀都久怒(うかつくぬ)が国造に任命されて出雲氏を名乗り、出雲国造の称号と、出雲大社の祭祀権を、氏族の長が代々受け継いできた。

その後、出雲氏は南北朝期に兄弟間で世襲の争いがあり、千家氏と北島氏に分裂。以後、両家が共に出雲国造を名乗り、祭祀も分担してきた。その状態は幕末まで続き、明治に入ってからは千家氏が世襲で勤めるようになり、北島氏は出雲大社の祭祀には関与しない。

アメノホヒはアマテラスの第二子で、アメノオシホミミの弟神である。オシホミミは天皇の祖神であるから、出雲国造家は、天皇家とは兄弟の血統ということになる。

国の礎は、オオクニヌシが建設した国を奪うことによって成立したが、国を奪われ、命を奪われたオオクニヌシは、怨霊神、祟り神となるに十分すぎる理由を持っていると、誰もが考えた。

そこで杵築に壮大な社殿を建設し、その神霊を慰め、鎮め続けることにした。その重責を担うことになったのがアメノホヒの子孫たちである。

しかし、延喜式祝詞に見られる神賀詞(かんよごと)の奏上の文言は、出雲国造家が天皇の臣下であることを明確に示しているという。どうやら出雲国造家がアメノホヒの子孫で、天皇家と同一の血脈に連なるというのは、後付けの創作の可能性が高い。

国造とは、村々の君主の祀った神を、子孫として祀っているものに与えられた称号だったようだ。出雲族の氏神はスサノオであって、オオクニヌシではない。オオクニヌシは、ヤマトがヤマトのために出雲国造に祀らせた。だから、祀り方、神座の配置、向きがことなるのは当然で、ヤマトの監視下で設定されたはずだ。

オオクニヌシは、天孫ニニギに国を譲った。自ら開拓し経営してきた国を、突然降臨してきたニニギに譲り渡した。話の成り行きでは、息子二人は多少抵抗するものの、大きな抵抗もなく、なにしろオオクニヌシその人が、立派な隠居所を条件に完全に譲り渡すと決意した。

オオクニヌシはさまざまな呼称を持つ。オオナムチ、オオモノヌシ、アシハラシコオ、ヤチホコ、オオクニタマ、ウツシクニタマ。それに関する著者の推理が面白い。

オオクニヌシはヤマト朝廷が作り出した神名で、統合神として国つ神の象徴とされたのではないかと。ヤマト族は、出雲の核心である大和地方に盤踞する出雲族重鎮たちを征討し、合わせて大社に祀りあげることで政権を成立させた。オオクニヌシとは、彼ら征討された者たちの集合体としての神名ではないかと。

すごい壮大な話だな。





テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

八岐大蛇『オオクニヌシ』 戸矢学

東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな

半年ほど前、お隣の奥さんが脳溢血で倒れて救急車で運ばれた。症状はさほど重くはなく、リハビリもうまく行ったものの、以前のように一人で住むのは不安があるということで、少し離れたところに住む娘さん家族と同居することになった。お隣は空き家になってしまった。

今朝、ブロック越しに顔をのぞかせているあじさいが、色づき始めているのを見た。

梅雨入りも近い。


本来、神社ってのは、南を見てるんだそうだ。

9割が南向きって言うんだから、ほとんどと言っても良いだろう。太陽信仰に基づくという説、「天使は南面す」という周易由来の説、双方誤りではないと戸矢さんは言うが、それだけに“南向き”ってのは絶対的というわけでもない。つまり、それに勝る理由があれば、違う方向を向くこともある。

ところが出雲地方の主要な神社の多くは東を向いている。主要な神社の中で、南を向いている神社がある。それが出雲大社だそうだ。

出雲大社には、「オオクニヌシの霊異は京都亀岡の出雲大神宮から遷祀された」という伝承があるという。

出雲大社が正式な名称になったのは明治4年で、それ以前は杵築大社と呼ばれていたという。出雲神話では、オオクニヌシが国譲りを容認したのちに、その要望で建築された高楼が杵築大社ということになっている。社殿によれば32丈、97m。東大寺大仏殿がそのおよそ半分で、その後の立て替えで32丈が16丈に縮められ、現在はその半分になっているそうだ。あんまり高すぎて、何度も倒れたらしい。

その巨大さこそ、オオクニヌシの偉大さを表していたのだろう。

しかし、平安時代前期までは、出雲大社の祭神はオオクニヌシだったのだが、その後、1664年までスサノオが祭神だった。神仏習合で神宮寺となっていた寺が変更したらしい。江戸時代に出雲国造家が運動して、記紀の記述に従って、旧に復したという。

平安から江戸まで800年の間祭神だったスサノオは、大社本殿真後ろの素鵞社に祀られているそうだ。オオクニヌシはスサノオの娘スセリビメを妻としているので、オオクニヌシの出雲大社は、後からスサノオに見守られている。

出雲大社は巨大な注連縄が有名だ。注連縄は鎮座する神の偉大さを示すものではない。その神を祀る者たちの恐怖心、畏怖心の大きさを表すものだという。アマテラスは天岩戸に注連縄を張られてしまって、もう戻ることができなくなったそうだ。それが張られては入ることも出ることもできないという、封印の証し。




河出書房新社  ¥ 1,980

出雲神話は何を隠蔽しているのか。最大の謎の神・オオクニヌシを解明する
第1章 「出雲の神社」に不思議な共通点―東の彼方に恋する神々
第2章 「出雲の地理」は今も昔も僻遠僻地―地の果てに流された大王
第3章 「出雲の祭祀」は特異なスタイル―封印された縄文信仰
第4章 「出雲神話」は、いずこの神話か―お伽噺の底深くに潜む史実


祀る側には、オオクニヌシは十分祟る可能性を持った神であるという意識があったということだ。「国譲り」という美名によって糊塗されているが、実際は「服属」であったろう。オオクニヌシを大社に祭りあげ、各地に盤踞したオオクニヌシの勢力を葬り去って、ヤマト政権は誕生した。

そこに生まれた恨みを鎮魂し、怨霊化を封じる社が出雲大社ということになる。

ヤマトタケルは父の景行天皇から熊襲討伐を命じられ、成し遂げて、戻るまもなく、今度は東征を命じられた。厳しい命令を嘆いて、伊勢神宮の斎宮を務める叔母の倭姫命を訪ねたヤマトタケルは、叔母から天叢雲剣を授けられる。この剣の名前は、ヤマトタケル東征の旅の中でのエピソードから、草薙剣と呼ばれるようになる。

第十代崇神天皇の時、八咫鏡と天叢雲剣が祟りをなしたので、皇居の外に祀ることにした。最初に檜原神社、さらには倭姫命によって伊勢神宮に祀られた。倭姫命は伊勢神宮における最初の斎宮となった。

斎宮となった倭姫命が仕えた神は誰か。八咫鏡はアマテラスの依り代。それでは天叢雲剣は誰の依り代か。天叢雲剣はスサノオがヤマタノオロチを倒したとき、その体内から現れたという。この時、スサノオは十握剣を以てオロチと戦った。十握剣が勝者スサノオの剣。天叢雲剣は敗者ヤマタノオロチの剣である。

記紀に、崇神天皇の時、ヤマトは流行病に悩まされ、なんと人口の半分が死んでしまったという。占ってみると、祟っているのはオオモノヌシでその子孫である大田田根子に祀らせれば、流行病は治まるという。その通り、オオモノヌシは三輪山を神体とする大神神社に祀られて鎮まった。そう言えば、オオモノヌシは百襲姫に小さな蛇の姿、つまりオロチとなって現れている。

ヤマタノオロチはオオモノヌシだったのか。多くの部族からなる賊衆の長か。ヤマタノオロチを部族連合と捉えれば、天叢雲剣はその首長の剣。連合体の中心地は大和。その元の首長はオオクニヌシ。後を引き継いだオオモノヌシがそのまま天叢雲剣を引き継いで、大和を切り開いた。

三輪山の神の姿は蛇。旧き神で、縄文の神で、祟る神。

まだ半分も読んでない段階。ものすごく面白いんだけど、話の展開が早く、めまぐるしく変わる。新たな内容に引き込まれる頃には、それまでに読んだことがどこかの置き忘れられてしまう。あとあと、戻ってこられるように、覚え書きに残した。

すでに関連が見い出せないような事が書かれているかも知れませんが、悪しからず。きっと、最後にはバラバラな事柄が、一つの結論に結びついていく。・・・と、いいんだけど。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

倭建『おとぎ話に隠された古代史の謎』 関裕二

小碓命こと、ヤマトタケルは、兄の大碓命の手足を引き裂いて殺してしまうほど、手に負えない乱暴者だった。これに恐れを抱いた父の景行天皇は、毒を以て毒を制すという形で熊襲退治に向かわせた。ヤマトタケルは熊襲建と出雲建をだまし討ちで殺し、凱旋した。

しかし、休む間もなくヤマトタケルは東国の平定を命じられ、伊勢にいる叔母の倭比米命のもとに立ち寄って父の仕打ちを嘆き悲しむ。ヤマトタケルは、倭比米命から天叢雲剣を与えて励まされて東国に赴き、その帰りに悲劇的な死を迎える。

倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるわし

病魔に冒されたヤマトタケルが、倭を偲んだ歌である。

この“ヤマト”という言葉を聞くとき、私たち現代人も、なぜがこの言葉に感慨深いものを感じてしまう。《ヤマトダマシイ》、《ヤマトナデシコ》、あるいは《ヤマトコトバ》という表現に見られるように、本来私たちが持っていたものを表すときに使われる言葉、どこかで縄文につながっている匂いがする。

熊襲から出雲を転戦し、東国を目指したヤマトタケルは東北地方南部まで到達し、信濃を経て、尾張、伊勢に至る。その途中、ヤマトタケルは、私の故郷の秩父を通っている。三峯神社はヤマトタケルを創始者として、大きな像が建っている。その像が見つめる先に、武甲山がある。武甲山には、ヤマトタケルが武具・甲冑を納めて戦勝を祈願したという伝承がある。それが三名の由来になったとか。この武甲山の龍神と秩父神社が、秩父の人間の信仰の対象として最たるもの。

武甲山に限らず、秩父にはヤマトタケルの伝承がたくさんある。長瀞の宝登山も、ヤマトタケルを創始者としているそうだ。このあたりでヤマトタケルは山火事に遭い、山犬に助けられているという。


熊襲建を倒したときのヤマトタケルは、倭男具那命と名乗っていた。倭男具那は倭童男とも書く。つまり童子である。鬼のような熊襲建を倒すのは、やはり鬼の力を持つ童子という昔話のパターンが使われている。

乱暴者の前半と、英雄的な後半にきれいに分かれるのは、出雲建国の神、素戔嗚尊に通じる。

素戔嗚尊は手に負えない乱暴者で、姉の天照大神はこれを警戒し、高天原から素戔嗚尊を追放する。地上に降りた素戔嗚尊は、女装して八岐大蛇を退治し、その後は心を入れ替えたかのように出雲国造りに邁進する。




PHP文庫  ¥ 524

おとぎ話は単なる童話ではなく、古代史の真相に行き着く「民族の記憶」である
第一章 おとぎ話と古代史の奇妙きてれつな関係の巻
第二章 浦島太郎と武内宿禰の謎の巻
第三章 『竹取物語』に隠された古代史の闇の巻
第四章 金太郎伝説と酒呑童子説話の裏側の巻
第五章 一寸法師と崇る水の神の巻
第六章 ヤマト建国とおとぎ話の不思議な関係の巻
第七章 因幡の白兎に隠された邪馬台国の巻
第八章 桃太郎と謎の吉備の巻
第九章 ヤマトタケルとヤマトの謎の巻
第十章 鶴の恩返し(鶴女房)の謎の巻
第十一章 天の羽衣伝承に残された謎の巻
第十二章 カゴメ歌の謎の巻
第十三章 伊勢神宮とトヨの秘密の巻





大国主命は素戔嗚尊の六世の子孫だという。その大国主命が素戔嗚尊の娘である須勢理姫と一緒になって、出雲国を発展させていくことになる。

ところが、天照大神から、地上世界の支配権を自分の孫に譲るように強要される。その時、大国主命は自分で天照からの要求に応えていない。二人の息子に相談したいって言ってるんだな。それが事代主神と建御名方神。

“建き御名の方”というだけで、本名を明かせない神とはいったい誰なのか。建御雷神に敗れて諏訪まで逃げ、命乞いをして、諏訪大社に収まったとされている。だけど、命乞いまでした神様なのに、坂上田村麻呂や武田信玄といった名将が、ここで戦勝祈願をしてるんだよね。名前を出してはいけない建き御名のあの方というと、思いつくのは一人しかいないんだけど。・・・それは別の機会に。

事代主神の方なんだけど、強要された国譲りを承諾し、「乗っていた船を踏んで傾け、天の逆手をパンっと打って青柴垣をつくり、その内に隠れた」と言うことになっている。

事代主とはどんな存在なのか。
以前読んだ『火山列島の思想』という本に、「月読・月代・事代」という言葉の説明があった。月読を、「月を読む」と考えれば、太陽暦であれば「日を読む」になる。「日読み(かよみ」から「こよみ」という言葉が生まれたという。月読は暦の技能者ということになる。


沖縄には“月代”がいて、月の神の依り代となる。月の神の代行者と言うことになる。同じ“代”でも、神事の代行者なら事代。コトシロを神格化したのがコトシロヌシということになる。共通するのは、神は自ら立ち現れず、神を祭るものを通してその態(わざ)を見せる。

出雲の大国主が高天原側へ国を譲らなければならなくなった時、出雲側で全責任を負ったのは、大国主でも、その尊称で呼ばれる大己貴命でもなかった。“その子”とされる、八重事代主神である。タケミカヅチの要求に大国主は「僕(あ)はえ申さじ。わが子、八重事代主、これ申すべしと答える」

つまり、大国主命は事代主という自分を祀るものを通してその態を見せる存在なのだろう。大国主命のもともとの名は大己貴命(おおなもちのみこと)、これを大穴持とかく場合もある。非常に振るい神で、火山の火口を覗けば見えるマグマ表す神と思われる。

事代主は、マグマの神の真意をうかがい得た、マグマの依り代だった。その神格化である出雲でヤエコトシロヌシという祭る技術の神を奉じて、一人マグマの神の神意をうかがいえたコトシロの一族こそ、古出雲の平定者であった。その後、大和朝廷のあっせんにより、土地の支配権とオオナモチの祭祀権を引き継いだのが、今日、出雲で「国造さん」と尊称される千家、北島家の祖、出雲臣たちか。

ヤマトタケルから、ちょっと遠くに来すぎて戻れない。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

一寸法師『おとぎ話に隠された古代史の謎』 関裕二

金太郎こと坂田公時(金時)は66代一条天皇の時代、ちょうど1000年頃の人。

大江山の鬼、酒呑童子を退治したことで知られる、源頼光の四天王の一人。この話は山賊退治の話がおとぎ話になったという説が根強かったが、今では疫病説が有力だそうだ。疱瘡、天然痘らしい。

陰陽道では北東の方角を鬼門と称して忌み嫌う。ずいぶん早くに陰陽道が入ってきているが、日本では早くから、西北から吹く風を、悪い気を運んでくると信じられていた。菅原道真の祟りも、京の北西に現れた雷雲によってもたらされたとされているらしい。

都人にとって、大江山はまさに北西の方角にある。その大江山を通り越してさらにその先には朝鮮半島があって、実際、疫病は朝鮮半島からもたらされた。酒呑童子の説話によれば、彼らのねぐらは大江山の岩穴の先とされている。それはどこかというと、なんと竜宮だという。

竜宮の主は龍王、水の神。水の神である酒呑童子を退治するのが金太郎。陰陽五行によれば、金は水に克つ。それで公時が金時に変化したと。熊に乗っていたのはともかく、担いでいた鉞は、水に克つ金属。

金太郎は山姥の子としても知られる。山姥は人の子を喰う。だから大きな口をもっている。髪の毛の中にもう一つ口を隠している山姥もいる。山姥は多産でも知られ、さらに死んだあとは、屍から穀物やらの食べ物を生み出す。地母神の性格を持ち合わせている。

京都府福知山市大江山町に豊受大神社と皇大神社がある。祭神は、前が豊受大神、後が天照大神、つまり伊勢神宮の外宮と本宮のコンビになる。そして、こちらが豊受大神の故郷である。豊受大神は食物を司る神だから、これも地母神的性格を持っている。天から羽衣で舞い降り真名井で沐浴をした水に関わる。“トヨ”の名前は龍王の娘、豊玉姫にも符合する。水の神の“トヨ”は、食物の豊穣を表す“豊”と言うことか。

豊受大神は山姥的な豊穣の神であり、水の神でもあった。大江山の彼方の竜宮城とは、水の神であり、豊穣の神である豊受大神のいる場所だったと言うことか。




PHP文庫  ¥ 524

おとぎ話は単なる童話ではなく、古代史の真相に行き着く「民族の記憶」である
第一章 おとぎ話と古代史の奇妙きてれつな関係の巻
第二章 浦島太郎と武内宿禰の謎の巻
第三章 『竹取物語』に隠された古代史の闇の巻
第四章 金太郎伝説と酒呑童子説話の裏側の巻
第五章 一寸法師と崇る水の神の巻
第六章 ヤマト建国とおとぎ話の不思議な関係の巻
第七章 因幡の白兎に隠された邪馬台国の巻
第八章 桃太郎と謎の吉備の巻
第九章 ヤマトタケルとヤマトの謎の巻
第十章 鶴の恩返し(鶴女房)の謎の巻
第十一章 天の羽衣伝承に残された謎の巻
第十二章 カゴメ歌の謎の巻
第十三章 伊勢神宮とトヨの秘密の巻





「お椀の舟に箸の櫂」、腰には針の刀を差していたっけ。

妻が40歳になっても子に恵まれないことから、夫婦は住吉大社に願をかけて子を授かる。ところが、一寸法師と名付けられて、いつまで経っても小さいままで成長しないその子を、夫婦は化け物だろうと考える。それを悟った一寸法師は、「お椀の舟に箸の櫂」で、京都に旅立つわけだ。

一寸法師、田螺長者、豆助、親指太郎、みんな小さい。みんな不思議な誕生秘話を持っていて、鬼を退治して、立派になる。

一寸法師は住吉大社が授けた子ども。住吉大社には、住吉大神が神功皇后と夫婦の秘め事を交わしたという伝承がある。そして神功皇后が産んだのが応神天皇ということになる。住吉大社に祀られる神は、日本を代表する海の神、底筒男命、中筒男命、そして神功皇后である。

応神天皇こと八幡神が祀られるのが宇佐神宮。八幡神は三歳の童子として、笹の葉の上に出現したという。宇佐の土着の信仰だった八幡神に、後から応神天皇が重ねられたものだそうだ。

この宇佐神宮最大の祭りに相撲が奉納されるという。東軍と西軍に分かれ、東軍圧勝ののち、後から現れる住吉さまが東軍をコテンパンにしてしまう。・・・これ、”住吉さま”と呼ばれている怨霊を鎮魂している.住吉の神は、歴史上の敗北者と言うことになる。応神天皇は化け物の類いとして生まれ、神功皇后とともに、恨みを抱いて九州をさまよったのか。

鹿児島神宮は大隅正八幡と呼ばれ、神社の裏には奈毛木(なげき)の杜という社があり、蛭子、不虞に産まれたため海に流された神が漂着した場所であるという。

高貴ではあるが、化け物の類いとされた子が捨てられ、海を漂流して漂着したのが九州の南部。神功皇后と息子の応神は、九州から攻め上がり、ヤマトの政敵を倒して勝者となる。まるで神武東征。

勝者になっては怨霊化するのがおかしい。北九州で強くなりすぎたトヨはヤマト政権から疎まれるようになり、やがて悲惨な末路を迎えているはず。なにしろ、西軍が負けそうなところに現れて、東軍力士をバッタバッタと投げ飛ばすほどやっつけないと気が済まないって言うんだから。

ともあれ、一寸法師のお母さんは住吉さまということは間違いなさそう。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

浦島・羽衣『おとぎ話に隠された古代史の謎』 関裕二

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020051100907&g=pol
“火事場泥棒”か、“市民”の方々のプロパガンダは中韓に習ったのかな。
「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました」

なんで~?って言うんだ。なんで、「おじいさんとおばあさんなの」って。どうして、「お兄さんとお姉さん」でも、「お父さんとお母さん」でもなくて、「おじいさんとおばあさん」なのかって言うんだ。

どうせ、子どもが生まれるんだから、「お父さんとお母さん」が一番いい。「お兄さんとお姉さん」だと、やっぱりちょっと問題だ。だけど、一番子どもからは遠いはずの、「おじいさんとおばあさん」なんだよね。

そして、おじいさんとおばあさんのところにやって来たその子が、大人の男たちでも怖がって近寄らない恐ろしい鬼を退治に行く。

意味があるんだそうだ。老人と子どもは、他の者たちよりも、生と死の境界に近いところにいる。子どもの近くにある生の向こう側、老人の近くにある死の向こう側は、まさに神の領域なんだな。それに生まれることそのもの、死ぬことそのものが、ふしぎな出来事だしね。だから、老人と子どもってのは“不思議な存在”であり、“神に近い存在”と考えられた。

しかも、日本の神様ってのは、八百万の神々ってくらいの多神教で、唯一真の世界の絶対正義であったり、絶対善であったりしない。時には恵みをもたらす神であるが、同時に祟りを成す鬼でもある。

一寸法師は、子どもの出来ない老夫婦が住吉大社に願掛けをして、やっと授かった一粒種。だけど、何年経っても背が伸びない。老夫婦は不気味に思い、「こいつは化け物の類い」と思って、体よく家を追い出してしまう。一寸法師は小ずるい才覚を発揮して、やがて鬼を退治することになる。

ヤマトタケルは手のつけられない人間離れした乱暴者で、父の景行天皇は「化け物かその類い」と考えたのか、厄介払いよろしく敵対勢力の討伐に向かわせる。九州に出かけた彼は日本童男(やまとおぐな)と名乗って熊襲建を殺し、熊襲を平定する。童男とは子ども。子どもとして恐ろしい敵である鬼を倒す。

敵の鬼を倒すのは、「化け物の類い」、つまりこちらも鬼ってことだ。

おとぎ話の形がここにある。




PHP文庫  ¥ 524

おとぎ話は単なる童話ではなく、古代史の真相に行き着く「民族の記憶」である
第一章 おとぎ話と古代史の奇妙きてれつな関係の巻
第二章 浦島太郎と武内宿禰の謎の巻
第三章 『竹取物語』に隠された古代史の闇の巻
第四章 金太郎伝説と酒呑童子説話の裏側の巻
第五章 一寸法師と崇る水の神の巻
第六章 ヤマト建国とおとぎ話の不思議な関係の巻
第七章 因幡の白兎に隠された邪馬台国の巻
第八章 桃太郎と謎の吉備の巻
第九章 ヤマトタケルとヤマトの謎の巻
第十章 鶴の恩返し(鶴女房)の謎の巻
第十一章 天の羽衣伝承に残された謎の巻
第十二章 カゴメ歌の謎の巻
第十三章 伊勢神宮とトヨの秘密の巻





蘇我馬子と物部守屋が、仏教の導入をめぐって争い、果ては大きな戦となってしまった。

その大戦、守屋を館の追い込んだものの、武人守屋の敢闘の前に、馬子の軍は攻めかかっては退却を繰り返す。この戦いに、厩戸皇子、後の聖徳太子も15か16くらいの歳で参加していた。束髪於額(ヒサコハナ)と呼ばれる童子の髪型で参戦し、願掛けをして守屋を倒したという。

童子が、大人の男たちも尻込みする恐ろしい敵を倒す。鬼を倒す子ども、鬼を倒す力をもった「化け物の類い」、つまりは鬼。聖徳太子も鬼か。

片や、おじいさんも、大事なところで出てきて、常人にはない知恵を発揮する。塩土老翁(しおつつのおじ)は兄の釣り針を失って途方に暮れている山幸彦に語りかけ、彼を誘って海神の宮に連れて行く。山幸彦はそこで、海神の娘である豊玉姫と結ばれる。そして3年を海神の宮で過ごした後、地上に戻る。

・・・浦島太郎の話につながっていく。

豊玉姫もそうだけど、古代史には“トヨ”と呼ばれる女性が、これまた重要なところで登場する。豊玉姫の産んだ山幸の子は、神武天皇のお父さん。伊勢神宮の外宮に祀られる豊受大神は、もとは丹後半島に舞い降りた。丹後半島は浦島伝説の故郷だという。舞い降りた豊受大神が沐浴しているうちに、羽衣をおじいさんに隠されちゃうんだよね。

本当は誰が隠したのかというと、・・・。

春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天香具山

白妙の衣が天の羽衣で、天香具山から羽衣を盗んだのは、持統天皇ということか。持統天皇は藤原不比等の悪知恵を利用して大津皇子を殺し、天武天皇の改革を藤原不比等に売り渡した。

その天武天皇の政治は、蘇我馬子、蝦夷、入鹿と続いた蘇我氏全盛期の改革路線だったんだろう。壬申の乱でようやく政権を取り戻した改革派は、羽衣を持統に盗まれるんだな。


邪馬台国の卑弥呼の宗女の台与も、大事なところで登場する“トヨ”の一人。台与は魏にヒスイを送ったヒスイの女王。女性ではないが、トヨトミミと呼ばれた人がいる。聖徳太子である。

九州北部の宗像大社に伝わる神功皇后に関する伝承によれば、北九州から朝鮮に渡ろうとした神功皇后は、竜宮城の海神に妹を差し出して協力を求めたという。その名が豊姫であるという。

魏志倭人伝は、「卑弥呼亡き後男王が立つも混乱し、よって女王台与が立てられた」と記録している。

卑弥呼に神功皇后、台与に豊姫、・・・伝承は何を語ろうとしているのか。

その時長く滞在した場所は、「トヨの港の宮」という意味で豊浦宮(とゆらのみや)と呼ばれたという。豊浦宮と言えば、蘇我系の女性天皇である推古天皇の宮も豊浦宮だった。飛鳥は内陸なのにね。

推古を支えた宰相が、蘇我馬子。その別名が嶋大臣(しまのおおおみ)と言った。豊浦宮に嶋の大臣。『丹後國風土記』には、藤堂する浦島太郎は、浦嶋子と呼ばれていたそうだ。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本を創った12人』 堺屋太一

すでに時価の本ではあるが、外出を控える日々を送る中、ずいぶん前に読んだ本を引っ張り出してみるのもいい。

“日本を創った12人”を選抜するっていうのは、すさまじく難しい。自分だったら誰を選ぶだろう。そのあたり、人によってだいぶ変わってくるだろう。誰が、どういう観点から、誰を選ぶかってのはとても興味深いところだ。

堺屋さんが選んだ12人の人となり、業績、後の日本人にどのような影響を与えていったのか、それが書かれているのがこの本。前編と後編の2冊に分かれる。

前編で取り上げられているのが、聖徳太子、光源氏・・・光源氏?、源頼朝、織田信長、石田三成、徳川家康。そして後編で取り上げられているのが、石田梅岩、大久保利通、渋沢栄一、マッカーサー、池田勇人、松下幸之助。

もしも私が選んだとしても、源頼朝と石田梅岩は入れると思う。それ以外は、たぶん重ならない。光源氏は絶対選ばない。

堺屋さんの選抜基準は、現代の日本の社会構造と私たちの発想の始祖であるということ。マッカーサーに関しては、“発想の始祖”というよりも、東京裁判史観を洗脳したというにとだな。敗戦から75年経っても、いまだにあの洗脳から解けない者も多い。なにそろマスコミと学問の世界をその戦後史観の利得者で押さえてあるから、少年少女の人生は、洗脳された状態で始まる。現代の日本に与えた影響力から考えても群を抜いている。

そんな中でも、池田勇人、松下幸之助らに牽引されて、経済で一流になることを目指し、戦後の高度経済成長を遂げ、まさに世界の経済を引っ張ってきた。しかし、・・・

この本は1997年第一版なんだけど、バブルが弾けて、その後長く続く日本経済低迷期真っ只中。真っ暗なトンネル中で、出口の明るささえ感じられないような時代。

グローバル化が叫ばれる中、経済不況から脱出できない日本は多くのものを失っていった。そのような状況であるからこそ、日本は大きな変革を迫られていた。そんな中で、堺屋さんはこの本を著した。




PHP新書  ¥ 時価

何を守り、何を切り捨てるか。その選択が日本と日本人の未来を決める
石田梅岩
大久保利通
渋沢栄一
マッカーサー
池田勇人
松下幸之助


これまで通りの日本では、もはや、立ちゆかない。

かといって、アメリカの求めるグローバル化を受け入れるということは、さらにアメリカナイズされた日本、・・・いや、アメリカそのものにならざるを得ない。それはもはや、日本ではない。

ハンチントンは『文明の衝突』の中で、日本を他に類例のない独自の文明として、西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明、中華文明、ヒンドゥー文明、東方正教会文明、イスラム文明、日本文明と、八大文明の一つに数えた。日本をそのような独特の国にした先人たちの代表として、堺屋さんは、この12人を選抜したわけだ。

聖徳太子が発想した同時多宗教信仰は、たしかに日本を除く地域ではあり得ない。それが日本であり得たのはなぜか。ユダヤ教徒とイスラム教徒が、イスラム教徒とキリスト教徒が、各宗教の原理主義が、宗教と宗教が、宗派と宗派が、民族と民族が、国と国が、お互いの違いばかりをあげつらう中、日本人が今に引き継ぐ聖徳太子の発想は、もしかしたら世界を救えるかも知れない。

源頼朝が作り上げた権力の二重構造、権力と権威の二重構造は、堺屋さんは“世界に例のない”というが、イスラムにおいて、アッバース朝のカリフがセルジューク朝にスルタンの称号を与え、政治権限を譲って、カリフは権威だけの存在になったという時期があった。後に、イスラムの盟主であるオスマン朝が、国王の権威を強化するためにスルタン・カリフ制を前面に出すことになる。どうも、イスラムにおいては、その方が座りがいいらしい。

郷土の先輩、渋沢翁が押し進めた合本主義、いわば官民協調と業界談合制度。官と民は、日本の場合、欧米のように対立項ではないんだな。談合も、いかにも日本らしい。

従来の日本らしさを活用し、新しい発想と合致させることで、先人たちは道を開いてきた。だけど、その反面、いつだって多くのものを失ってきたことも事実。

私たちの生きる現代に近いところでも、明治維新とその後の明治期、日本は新しい世に対応できる大変革を成し遂げたが、失ったものも大きい。まさに、渡辺京二さんの『逝きし世の面影』に書かれたところだ。

戦後の国際政治優先の時期を経て、日本は高度経済成長期に入る。いくつもの要因が指摘されているが、なによりも日本人の意識が変わった。政治よりも、精神性よりも、豊かになることを、日本人は優先した。

いま、世界が感染症流行に見舞われている。感染症対策にしても、日本は独自の対策を試みている。その先に、きれいな虹を見せてくれるリーダーが登場すれば、日本はこの感染症の流行を、変革の好機に出来るかも知れない。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『縄文探検隊の記録』 夢枕獏 岡村道雄

題名に注目。

『縄文探検隊の記録』だって。・・・“探検隊”に興味はそそられるものの、“縄文”の“記録”と言われて、私は尻込みした。縄文研究の専門家の“記録”を読んで、私に分かるとは思えなかった。それで、その書架の前を通過しかかったとき、背表紙に夢枕獏の名を見つけた。

手にしてみれば、対談ものらしい。登場する縄文の専門家は岡村道雄さん。獏さんの、“縄文の師匠”なんだそうだ。その獏さん、今、縄文人が信仰していた神々の神話をでってあげようと企んでいるという。

獏さんの書く話には、怪しいものが多い。そういうのを伝奇小説と言うそうだ。その起こりは、“中国”の唐や宋王朝時代にあって、仙人、仙女の登場する怪しい話が書かれるようになったそうだ。そう言えば、唐王朝時代、道教や、それに関わる仙神思想が大流行した時代のはず。

獏さんが、そのルーツとしてあげている『捜神記』はさらに古く、儒教一辺倒の漢が滅びて、政治的には大混乱期を迎えるが、その分、文化は多様化して、仏教や道教も盛んになったという。その頃から動物や仙人や神様を登場させる短い話がたくさん作られたんだそうだ。

ちょっと前の、日本の伝奇小説としてあげているのが、芥川龍之介の『杜子春』、半村良の『黄金伝説』、『妖星伝』、吉川英治の『鳴門秘帖』。なんだ、ずいぶん前のことになるけど、全部読んでる。と言うことは、私は伝奇小説が好きなのか。

そのジャンルを突き詰めたきた獏さんだが、最後には「日本人とはなにか」「記紀神話以前の神々とは」という問いにたどり着いたという。それが獏さんにとっては、縄文だったと言うことのようだ。

さらにもう一つ企みがあって、旅する縄文の運び人「わたり」なるものが、行く先々で縄文の神とであう物語。・・・縄文の神々のでっち上げでも、縄文の車寅次郎でも、私はどちらでもいい。

この“あとがき”が書かれたのは、2018年とある。そのなかで、「2019年のどこかで」それをスタートさせるとある。すでにスタートしているようだ。

まもなくお目にかかれる。楽しみでならない。


『縄文探検隊の記録』    夢枕獏 岡村道雄


インターナショナル新書  ¥ 946

日本列島に住んだ祖先たちはどのような生活を送り、どんな精神文化を築いていたのか
第1章 日本人の食の源流
第2章 住まいとコミュニティー
第3章 翡翠の道をたどる
第4章 土偶と諏訪信仰
第5章 生命の木「クリ」
第6章 漆文化のルーツ
第7章 天然の接着剤「アスファルト」
第8章 縄文の神々


世界最古の漆製品は北海道の垣の島Bという遺跡の墓穴から出土したシャーマンが身に着けていたもので、素材は糸で帯状にして漆で固めたもの。これはその時期の本州にはない独特の作り方である。また本州の縄文漆器は中国にもない塗りの独自性を持ち、特徴の一つが現在の漆器と同じ重ね塗り技術であると。ウルシの木そのものは縄文草創期の福井県鳥浜貝塚などから出土しているが、縄文時代より前のウルシの木の化石は見つかっていない。そして日本に生えているウルシは遺伝的に中国、朝鮮半島のものと同一であると。本来、日本列島に分布していない植物でありながら、利用は大陸よりもかなり先行している。


垣の島Bから発見された漆製品は9000年前のもの、“中国”最古のものは8000年前。さらに古いものが、今後、“中国”から発見される可能性はある。ウルシの木が、縄文より前の日本にはない植物であったとするなら、起源は大陸にあると言う説が有力であるが、その後の利用の広がりと、現在、日本で行なわれている漆器技術につながる高度な技法を考えると、日本起源も捨てられないと言うことのようだ。

今後の発見によりけりだそうだ。“中国”からもっと古い漆製品が発見されること。あるいは、日本の縄文より前の地層から、ウルシの木の化石でも、花粉でもいいから見つかること。そうすりゃ分かるって。

ウルシの木が、縄文より前にはなかったって言うのは知らなかった。2018年なら現役の教員として、漆器は日本起源と生徒に伝えていた。勉強不足って言うのは、あとから知ると恥ずかしい。

発見された遺物の古さってことだけで片付けられるもんじゃないけど、漆器も土器も、日本列島は世界最古のグループに入ることは間違いない。すごい場所だったんだな。

ちなみに、アスファルトの章は地味そうだから飛ばそうかと思ってた。あぶない、あぶない。

土偶は、その多くが壊れた状態で発見されることから、「壊すことに意味があった」と言われていた。それを壊すことによって、災いを土偶に背負ってもらう。“ひとがた”だね。それが、どうも、そうではなかったようだ。

なぜか。破壊説は、腕や足、首がよく壊れていて、“ひとがた”に代表されるような呪術的儀式の結果とするもの。しかし、壊れた状態で発見された土偶の中には、アスファルトで接着補修したものが少なからずあり、壊すことを目的に作られたという破壊説は疑わしくなってきた。

アスファルトでくっつけて大事に使っていたのが事実ではないか、ってことのよう。・・・なんか、こっちの方が納得できる。

縄文に関しては、ここのところの調査技術の進歩によって、どんどん新知識が登場してる。私なんかじゃとても追いつきそうもない。獏さんの縄文小説に期待して、雰囲気だけでも味わうことにしよう。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

調略『反日プロパガンダの近現代史』 倉山満

第二次世界大戦における日本には、高度なプロパガンダはまったく感じられない。

生きることそのものがプロパガンダ、口から出る言葉のすべてがプロパガンダであるかのような“中国人”。自ら放ったプロパガンダに自分がだまされ、正義の鎧を身につけるアメリカ人。同じ枢軸国だったはずなのに、いつの間にか日本に宣戦布告しているイタリア人。あっという間にドイツにたたきのめされて、大戦中9割方、被占領状態だったにもかかわらず、なぜか五大国に食い込むフランス人。

恐るべし。おかげで日本は、彼らの付けを全部肩代わりさせられてしまった。

だけど、日本にも、このプロパガンダが飛び交った時代があったそうだ。・・・戦国時代。戦国時代と言えば合戦の時代と考えてしまうが、これは間違いだそうだ。戦いは戦いでも、真っ向から力でやり合う合戦はまれなことで、戦いは基本的に間接侵略とプロパガンダ。合戦に至ったとしても、それは最後のセレモニーで、そこに至るまでの間接侵略とプロパガンダで勝負は決する。

この間接侵略とプロパガンダを合わせて、戦国時代はこれを調略と読んだそうだ。調略と言えば、豊臣秀吉か。この本の著者、倉山満さんに言わせると、信長、秀吉、家康の中で、秀吉こそが本物の天才だそうだ。倉山さんは例をあげて論証するのがうまい。この間は、“ウルトラマンエースに出てきた悪魔怪獣ヤプール人を改心させる”という話を取り上げていた。

それに続いて今度は、三人の性格の違いを表したホトトギスの俳句を取り上げた。鳴かないホトトギスを、“殺す”信長、“鳴かす”秀吉、“待つ”家康。・・・たしかに、天才は秀吉だ。




アスペクト  ¥ 時価

国内外の反日勢力が仕掛ける情報戦&謀略戦に負けないために知っておきたいこと
はじめに  ――もう反日プロパガンダには騙されない!
第一章 現代日本を取り巻くプロパガンダ
第一節 歴史問題
第二節 アメリカのプロパガンダ
第三節 中国のプロパガンダ
第四節 朝鮮のプロパガンダ
第二章 プロパガンダが得意だった戦国日本人
第一節 戦国時代の基本はプロパガンダ戦
第二節 織田信長
第三節 豊臣秀吉
第四節 上杉謙信
第五節 毛利元就と徳川家康
第六節 石原莞爾と武藤章
第七節 世紀のザル法! 特定秘密保護法
第三章 近代日本のプロパガンダ
第一節 強力だった明治の外交
第二節 明石元二郎
第三節 石井菊次郎
第四節 満洲事変 プロパガンダ戦敗北まで
第五節 正論が通らなくなる謎
第四章 世界史におけるプロパガンダ
第一節 四面楚歌が世界最初のプロパガンダ?
第二節 異教徒を改宗させる宣教委員会
第三節 イギリスを世界大戦に勝たせた近代プロパガンダ
第五章 反日プロパガンダに勝つ方法
第一節 ユーゴ紛争にヒントがある
第二節 外国人参政権
第三節 「北朝鮮に拉致された中大生を救う会」の戦い
第四節 アベノミクス vs. 日銀の死闘






調略渦巻く戦国時代。

東奔西走の末、信長は、どうやら戦国時代を終わらせる目星をつけつつあった。そのさなかに起こった本能寺の変。その時、極めて重大なプロパガンダが仕掛けられていたんだな、これが。

大河ドラマ『麒麟がくる』。久し振りに大河ドラマを面白がって見ている連れ合いの隣で、ついでに見ている私だが、明智光秀を中心に、信長、秀吉、家康が錯綜するが、その切り口がずいぶん新しそうで、期待している。

秀吉は中国方面司令官、柴田勝家は北陸方面司令官、滝川一益は関東、丹羽長秀は四国。なのに明智光秀は京都周辺に留め置かれたことから、信長から能力を認められていなかったなんて説があるらしいけど、倉山さんの言うとおり、一番便りにしているやつをそばに置いておくに決まってるよね。

あの段階で、信長は光秀が裏切るなんてことは、100%想定していなかったと言っていい。なにしろ、謀反を知ったとき、信長はまず、息子の信忠の裏切りを考えたらしい。

光秀の裏切りを知った信長が、「是非に及ばず」と言ったそうだ。信長は何を思ったものか。ものによれば、「仕方がない」という人がいる。さらに進んで、「ああ、やっぱり」という人もいる。いずれも、光秀の裏切りを心のどこかで“あり得る”と思っていた場合に出る言葉だ。

これはあり得ない。信長にとって光秀は、まさに親衛隊。だからこそ、そこにいたんだから。それが裏切ったと聞いて「是非に及ばず」であれば、「こりゃ、終わったな」だろう。

しかしそこで、信長は最後の謀略に出る。遺体を隠すと言うこと。僧侶が持ち去ったという説があるが、一番簡単なのは、本能寺に火をつけて他の遺体と判別できないようにすること。遺体を持ち去るとか、燃焼し尽くす必要はない。信長の遺体が特定できなければそれで十分。

秀吉はそれを生かした。「信長さまは生きている」とプロパガンダを流しまくって、光秀に味方する者を牽制した。案の定、光秀は仲間を集められず、秀吉に討たれる。

その後、織田家の天下を乗っ取るまでのプロパガンダも見事なもの。まさに、鳴かないホトトギスを、秀吉は天才的調略で鳴かしたことになる。

さて、『麒麟がくる』。いったいそのあたりを、どう描いてくれるのか。ここで易きに走ったら、私はもう、二度と大河ドラマを見ないかも。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


あなたにとって切ない歌とはなんですか?
いい歌はたいてい切ない。あるときふとそう気づきました。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事