めんどくせぇことばかり 本 日本史

貴の乱『歴史の生かし方』 童門冬二

JIJI.COM 2018/3/29
貴乃花親方、2階級降格=最下位「年寄」に-相撲協会
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018032900808&g=spo
(抜粋)
日本相撲協会は29日、東京・両国国技館で理事会を開き、貴乃花親方(元横綱)を「委員」から「年寄」へ2階級降格させる懲戒処分を決めた。「年寄」は親方の階級では、定年後に再雇用された参与を除けば、最下位に当たる。理事を1月4日に解任され、3カ月足らずで5階級も降格した。
(続きを読む)に全文

日馬富士が貴の岩を殴りまわした問題から、その取り扱いをめぐる相撲協会との行き違い。さらには、弟子の貴公俊の暴行問題と、すったもんだは4カ月に及びました。結果は、貴乃花親方の全面降伏、ものによっては「命乞いをしてまで」と書かれています。そこまでして、なんとか相撲界にとどまったという状況らしい。

著者の童門冬二さんは、この貴乃花騒動を、「そのまま上杉鷹山や二宮金次郎の改革事件を想起させる」と、貴乃花親方の改革にかける姿を鷹山や金次郎の姿に照らし合わせ、そこから学ぶものがあると指摘している。

改革を目指した貴乃花親方は、完全に敗れました。しかし、財政が破綻しかけていた米沢藩の名君・上杉鷹山も、その改革を推し進めるにおいて、一度は失敗しているんだそうです。


『歴史の生かし方』    童門冬二


青春出版社  ¥ 994

組織の、リーダーの、そして自分自身の、「壁」を乗り越える歴史との向き合い方
第一章 人間も歴史も「向き合う人」しだい
第二章 夢かなわぬ人生にもまた意義がある
第三章 忘れられていた歴史にこそ「日本人の誇り」
第四章 時代が変わっても変わらぬリーダーシップの源泉
第五章 正論だけでは渡れぬ世を生きる心得
第六章 歴史から学んだ「譲れない生き方」


改革を志した鷹山は、江戸藩邸の藩士たちをもって改革の陣営を構成したんだそうです。江戸藩邸に集まった改革派と言うのは、実は、《国許から追われたトラブルメーカー》みたいな連中だったんだそうです。じっくり国許に腰を据えて改革を目指す者たちを中心に改革を進めるべきだったんですね。

結局、上杉鷹山は隠居に追い込まれています。その後、鷹山の改革はことごとく廃止されてしまってるんですね。だけど、鷹山がまいた改革の種はやがて芽を出して、隠居していた鷹山を再び改革の第一線にかつぎあげていきます。

改革には、結局、多くの協力者が必要で、その協力者は各階層、要所要所に必要なんですね。そういった協力者を育て上げるための十分な時間も、また必要なわけです。

上杉鷹山と言う、多くの時間と協力者を得た改革の成功例と対照的に、この本には短期間に企てられ、いきなりの暴挙に出て失敗した大塩平八郎を登場させています。

大塩は、一カ月の間民家に潜伏し、捕吏に取り囲まれて、家に火をつけて自決しましたが、貴乃花親方は、まだ相撲界に生き残りました。

今、大相撲七月場所が開催されていますが、幕開けから4日目の7月11日、幕内力士土俵入りの様子をテレビに録画してみておりました。土俵入りの登り口には貴乃花親方が陣取っていたのですが、土俵に上がる力士たちが、そこで深々とお辞儀をし、ていねいに手刀を切って、土俵に上がっていくんです。そこにはいつもの土俵入りとは少し違う緊張感があり、力士たちの貴乃花親方への誠実な思いが感じられました。

もしかしたら、人が育っているのかもしれません。さて、貴乃花親方の改革の第二幕が始まるのは、もう少し先のことになるのでしょうか。

もちろん、その改革が日本相撲界にとって本当に素晴らしいものになるかどうかは、また別の話ですが・・・。
まだこれからも、貴乃花親方が、幕内力士土俵入りの登り口に陣取ることがあるんじゃないかと思います。これは見ものです。私ももう一度見て見たいです。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

続きを読む

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『平城京』 安部龍太郎

本当に日本史というのは、物語の宝庫ですね。なかでも、飛鳥時代ってのは、まさに国家としての日本が誕生した時代。で、あるにもかかわらず、この時代は謎に包まれてます。かつ、手を付けようとする人が少ないですね。

新しい国造りをするにあたって、古くからの伝承をまとめようという動きがありました。しかしその動きは、激しい政治的動乱に巻き込まれていきます。その動乱の中、日本はわざわざ朝鮮半島に遠征軍を派遣して、唐・新羅連合軍と戦って敗れるという国家存亡の危機に立たされます。日本は、日本という国名を名のるに至る前に、もう国家存亡の危機ですからね。

それが済むと、今度は国を二つに割っての内乱です。なんとも忙しいことです。そんな大動乱の果に、『日本書紀』という正史が登場します。正史とされる『日本書紀』が登場すると、それ以外の書物が消えてしまうんです。まるで『日本書紀』に書かれていること以外の説を抹殺する意図でも働いていたかのように。イエスから300年後に新約聖書が編纂されると同時に、それに反する一切の説が抹殺されたのによく似てます。

近代史の中で、国家神道という偏狭な支配機構に国民を編成するなかで、安易に天皇やそこにつながる神話が利用されてきたってことはありました。でも、《羹に懲りて膾を吹く》じゃありませんが、戦後になって、『日本書紀』に関する研究、そこに書かれた時代に対する研究は、やはり停滞していたんでしょうね。

最近になってようやく、その時代に関わるとっても面白い、新しい説が登場しているみたいです。きっと、この『平城京』も、そんな流れの中で登場してきた物語なんじゃないかなって、そう思いながら読みました。・・・とても面白く読みました。

主人公は安倍船人。白村江海戦において、唐の水軍に大敗を喫した阿倍比羅夫の息子っていう役回りです。白村江の敗戦処理としての遣唐使船の船長の一人になるんですが、命令に背いて戦争捕虜の解放に関わって唐に留め置かれます。数年後に恩赦になって帰国するんですが、朝廷からは罰せられるものの、一部からは英雄視されるってわけです。

平城京の建設は、白村江の敗戦で政治の中枢から追いやられた安倍氏にとっては、起死回生のチャンス。安倍氏の当主である安倍宿奈麻呂を助けて安倍船人が奔走するっていう成り行きの中で天智派と天武派の争いに巻き込まれ・・・。っていうようなお話です。


『平城京』    安部龍太郎

角川書店  1,944

たった三年で、唐の長安に並ぶ新都を奈良に―実力者・藤原不比等からの必達の命だった
第一章   新しい都
第二章   建都の計画
第三章   新たな指令
第四章   葛城一族
第五章   見えざる敵
第六章   帝の行幸
第七章   奈良山の激闘
第八章   百済の泊
第九章   天智派対天武派
第十章   鳥部谷
第十一章  即身仏
第十二章  大極殿


白村江の戦いに敗れたことへの危機感は、とてつもなく大きいものだったでしょうね。だいたい、なんで唐・新羅連合軍と戦わなきゃいけないんでしょう。百済復興のために日本が滅びてもよかったんでしょうか。じつは、そのへんのことも、微妙にこの物語のあらすじに出てくるんですけどね。

ただ、そのあたりは、非常に表面的に感じました。もっともっと、飛鳥時代の闇というか、『日本書紀』が闇に葬ろうとしたことは、もっともっと重大なことにつながってるんじゃないかと思います。

いつか、さらに突っ込んだ物語を書いてもらいたいな。・・・絶対読みたいな。
ずい分前に読んだ本ですが、服部剛さんの『感動の日本史』って本に、白村江の戦いで捕虜となり、唐に留め置かれた大伴部博麻という人の話が書いてありました。

大伴部博麻は、遣唐使として唐に渡ったものの戦争の余波で帰れなくなった人たちと一緒のなるんですね。ある時、唐が対日遠征軍を編成しようとしているという情報を掴んで、なんとかその情報を伝えなくてはと躍起になるんです。博麻は自分の身を奴隷に落としてお金を作り、仲間を日本に帰すんです。

結局、唐の遠征軍は送られずに済むんですが、博麻は農奴として唐にとどまります。ずいぶん経って、すでに持統天皇の時代になったころ、日本に渡る僧侶が博麻のことを知り、僧侶に買い戻されて帰国し、持統天皇にその愛国心を讃えられたそうです。

白村江の戦いにおける敗戦の危機って、考えれば考えるほど半端ないですよね。・・・半端ない ああ半端ない 半端ない

・・・愚かな私を許してください。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『古代史 不都合な真実』 関裕二

著者が《・・・不都合な真実》なんて題名をつけるから、ついついこの本の内容とは関係のない記事を書いてしまいました。ひとえに著者の責任ですね。

とはいうものの、内容は良かったと思います。かつての関裕二さんの本は、古代史のなかから一つ一つの課題を抽出して、それに関わる謎を解明していくというスタイルだったと思います。そのようにして個々の謎を解き明かし、最近は古代史の謎の核心が何なのか。その核心について、さまざまに角度を変えて、あるいは言葉を変えてあらわしているように感じられます。

そのようにして表された本の中でも、この『古代史 不都合な真実』は、きわめて古代史の謎の核心を分かりやすく解き明かしているように思えます。

《日本の歴史》、なかでも古代史は、正史とされている『日本書紀』をもとにして書かれています。『日本書紀』は、天武天皇の命に寄って編纂が始められた書物で、天武天皇につながる血筋がこの国を統率する根拠を示し、壬申の乱によって皇位についた天武天皇の正当性を明らかにするために編纂されたということになっています。そして、日本は今も、その流れのままに天皇をいただく国であるのですから、これを正史とすることに異論は挟まれません。

そのこと自体が、“核心”なんですね。その『日本書紀』に対する理解の中に、日本古代史の謎の核心があるわけです。『日本書紀』は、日本古代史の真実を封印するためにこそ書かれたと・・・、そういうことなんですね。



実業之日本社  ¥ 864

『日本書紀』が封印した歴史の「真実」が明らかに!! 古代史が謎だらけなのはなぜか。
第一章 『日本書紀』の裏側に何があったのか
第二章 『古事記』と『先代旧事本紀』が暴く不都合な古代史
第三章 『上宮聖徳法王帝説』と『元興寺伽藍縁起幷流記資財帳』が暴く不都合な古代史
第四章 『万葉集』と『懐風藻』が暴く不都合な古代史
第五章 『古語拾遺』と『藤氏家伝』が暴く不都合な古代史
第六章 『竹取物語』と『御伽草子』が暴く不都合な古代史
第七章 『風土記』と『続日本紀』が暴く不都合な古代史


『日本書紀』は事実を語っていない。だから、疑問が生じる。だから、矛盾している。だから、齟齬がある。それらはすべて、ある一つのことを成し遂げるために生じたものである。それらはすべて、ある黒幕をめぐって成し遂げられたことである。

彼らはその後、日本社会において権力のにぎり続けた。さからうことはできなかった。事実を暴き立てることは自らの破滅を意味した。誰もが、捻じ曲げられた歴史を受け入れざるを得なかった。

しかし、涙をのんだものたちも、なんとか事実を後世に伝えようとした。本当の歴史を、いつか構成の人々に分かってもらいたいと、“不思議な文書”をいくつかの書物の中に紛れ込ませた。

この本は、そんないくつかの書物の中に紛れ込んだ“不思議な文書”から、葬り去られた真実の歴史を世に出すべく、『日本書紀』の封印を破ろうとするものですね。

上記の目次に並べられた、12の書物がそれに当たります。

今まで、著者はそれぞれの書物を取り上げて、その“不思議な文書”の謎を解き明かしてきました。だから、この本に書かれていることは、そのダイジェスト版のようなものなんですね。ここで、そのダイジェストを見て、過去にそのことについて書いた著者の本を読んでみるのも面白いですね。
とりあえず、興味を持ってもらえそうなところから言うと“かぐや姫”あたりはいかがでしょう。

だいぶ、ベタベタな持って行き方かもしれませんが、興味はもってもらえるような気がします。なんていっても、面白い点と分かりやすい点でね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『大人の日本史講義』 野島博之

なんだろうな。実際、読みやすくて、頭にもすらすら入ってくるんだけど、面白いと思えないんです。ポイントが太字で書かれていて、そこを中心に呼んでいけばいいという、配慮の行きとどいた書き方がされているのに、だめなんです。

これはもう、肌が合わないとしか言いようがないでしょうね。とても残念です。その人の嗜好により、この本に肌合いのいい人もいると思うます。肌合いのいい人にとっては、とてもいい本でしょう。“読みやすくて、頭にもすらすら入って来て”、それでいてグローバル時代のビジネスマンに必須の教養があっという間に身につくっていうんですから、こんないい本はございませんよね。

ただ、私は合わなかったというだけの話です。なにが合わないのか考えてみました。

おそらく、教科書的なところです。でも、教科書なんかよりも、断然すらすら入ってくるんですよ。でも、教科書くさい。教科書の枠内の本に思えてしまいます。

だいたい、その手の本は、第二次世界大戦についての書き方を見ます。この本でもそうしました。その点、この本は、とても教科書的だと思いました。だけど、教科書に書かれている内容に沿っているわけですから、一般常識の範囲内ですよね。おめでたい話です。

イヤミな書き方をしてすみません。


祥伝社  ¥ 1,728

グローバル時代のビジネスマンに、必須の教養があっという間に身につく
第1章 日本、国として歩みだす
第2章 秩序なき世の申し子、武士の大躍進
第3章 実力主義から身分社会へ
第4章 敗者の理性と勝者の興亡
第5章 すがるべき原理の喪失


古代史に関しても、基本的には教科書的、まあ、現状踏襲ですね。

日本にただからぬ緊張感を与え、中央集権国家へと急成長させる大きな契機となった白村江の戦いですが、“こんな無謀な戦い”に日本が挑んだのは、長年お世話になった百済を助けたいという以上に、もっと切実な事情があったというんですね。日本が百済にどんだけ“長年お世話になった”のかよくわからないのもそうなんですが、この“もっと切実な事情”というのもわかりづらいんです。

百済が滅ぼされたら、高度な文明を持つ新羅が攻めてくるかも知れない。何より、唐がやってくる恐れもある。つまり、日本にとって百済は大切な防波堤でした。だから何としても再興したかったのです。そうでもない限り、唐と新羅の連合軍には向かうなどという一種の自殺行為には及ばなかったことでしょう。
本書p36

ほとんど意味不明です。高度な文明を持つ新羅や唐がやって来て日本がつぶされちゃうかもしれないから、とりあえず“一種の自殺行為”に及んでしまったというんでしょうか。・・・すみません。書いている私自身、自分の書いていることまで分からなくなってしまいました。

日本国憲法は「アメリカに押し付けられた憲法」という議論に対して、《GHQ主導のもと、原案も英語で作られていたため、そう思われることが多いのですが、このGHQ案も、実は日本の民間の憲法研究会が作成した「憲法私案」をベースにしているのです》と紹介しています。

さらに、その中心となった東大の高野岩三郎が紹介されてますが、高野岩三郎は共産主義者ですよね。一緒に憲法私案を作った鈴木安蔵も共産主義者ですよね。GHQから助言を与えたハーバート・ノーマンはレッドパージで追われてますね。日本国憲法は「アメリカに押し付けれれた憲法」ではなく、「スターリンに押し付けられた憲法」だったんですね。

そんな細かいことはこの際抜きにして、教科書に沿ったかきかたではあるけれども、まあ、今の日本の一般常識として面白く読める日本史の本と受け止められるなら、とてもいい本だと思います。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『日本の洋食』 青木ゆり子

《天皇の料理番》っていう本がありましたね。杉森久英さんの書いた本で、宮内省大膳職司厨長を務めた秋山徳蔵の半生を描いたものですね。

私、本を読んだのはだいぶあとのことで、テレビドラマでお目にかかったのが最初でした。堺正章さんが秋山徳蔵役をやってて、とても面白かったですね。

ドラマの始まりは、秋山徳蔵と西洋料理の出会いでした。どういう状況であったかは不確かなんですが、田舎から出てきた秋山徳蔵が、仕事を求めてなんでしょうか、軍の料理長さんのテントかなんかに紛れ込むんでいたんですかね。その料理長さんの好意でカツレツを振る舞われるんですよね。そのあまりの旨さに・・・、という展開だったような

カツレツとは、とんかつですね。もともとはコートレートと呼ばれて、牛肉を使ったものだったそうです。あまり評判が良くなかったカツレツを改良していく中で豚肉を使ったポークカツレツになり、“とんかつ”と呼ばれて親しまれるようになったんですね。

とんかつを初めて食べたのは、17歳の大学受験のときです。3月下旬の生まれなもんですからね。東京の私立大学を受験するために兄の下宿に泊まった時、兄がなけなしの金でごちそうしてくれました。井の頭公園の近くのとんかつ屋さんです。とにかくうまかった。秋山徳蔵の気持ちがわかる。

それ以前に、もちろんカツ丼は食ったことがあったんですが、とんかつ屋なんて、高校まではとても行く機会がなかったもんですからね。


『日本の洋食』    青木ゆり子

ミネルヴァ書房  ¥ 2,160

カレーライスもスパゲッティナポリタンも日本の料理? では、とんかつは?
はじめに
1 日本料理と和食
2 牛肉を食べる
3 全国各地で発展した「日本の洋食」
4 パンもラーメンも日本の食文化


コロッケ。オムライス。ハヤシライス。ドリア。いろいろな洋食が紹介されています。もちろん、その始まりは西洋料理で、いつしか日本風の洋食になっていったものですね。

秋山徳蔵じゃないけど、洋食は、帝国陸海軍がその食事に取り入れたことから、国民の間に広まっていったようですね。そうそう、日清・日露の戦争では、脚気で命を落とすものが非常に多く、食事に関係していると考えた海軍が洋食や麦飯を取り入れた海軍でそれが改善したんですよね。陸軍はそれが遅れて脚気による死亡者を減らせなかった。その時の陸軍の医療官僚が森鴎外でしたよね。

海軍の洋食といえば、横須賀の海軍カレーが有名ですね。もとは、イギリスが植民地であるインドの香辛料を使って作ったシチューだったようです。イギリス人好みの牛肉、じゃがいも、にんじん、玉ねぎを使ったシチューに香辛料をたっぷり使って、長い航海でも日持ちのする料理になってたんですね。

その時点でインドのカレーとは違うものになっていたわけですが、日本の調理人はそれにとろみを加えてご飯にかけて食べるようにしたんですね。・・・ありがとうございます。

まだまだ、肉じゃがも、もともとはイギリスのビーフシチューだそうです。

スパゲッティ、それもナポリタン。イタリア人の方、ごめんなさい。そしてそれらを洋食に仕立て上げてくれた人たち。本当にどうもありがとう。

ミネルヴァ書房の本だし、《シリーズ・ニッポン再発見》って銘打った本だから、「何だかかたっ苦しいのかな」とは思ったんですけどね。決してそんなことはなくて、とても面白い本でした。《シリーズ・ニッポン再発見9》ですからね。この前に8冊も出てるんですね。機会があれば、読んでみましょうか。



にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

アル・ゴア『古代史 不都合な真実』 関裕二

映画.com ニュース 2017/9/21
「不都合な真実2」のアル・ゴア氏来日決定!本予告で「未来に希望を残せ」
https://eiga.com/news/20170921/8/
(全文)
元アメリカ副大統領アル・ゴア氏が地球温暖化問題に警鐘を鳴らす長編ドキュメンタリー「不都合な真実2 放置された地球」の本予告が完成。あわせて、同作が第30回東京国際映画祭(10月25日~11月3日開催)のクロージング作品に選出されたことを受け、ゴア氏の来日が決定した。
(続きを読む)に全文

ったく、アル・ゴアの『不都合な真実』には腹が立つ。あんなのがアメリカの大統領になるところだったっていうんだから、本当に危ないところでした。ああ、でも、ノーベル平和賞の受賞者なんですよね。

だけど、『不都合な真実』はイギリスで訴訟騒ぎになって、学校積極的にあつかうべきではないという判決が出ましたよね。

《イギリス教育機関が公立の小中学校に教材として映画「不都合な真実」を配布しようとしたところ、生徒の親が「作品の内容に科学的にウソがある」と訴えを起こす。そして、その訴えに対し英高等法院は9つの科学的な間違いを指摘した上で教材として利用する場合、部分、部分に注釈を与えるよう指示を出したのだ。》

これは当時の新聞記事からの抜粋です。当時このような判決が出された背景には、地球環境は極めて複雑な構造の上に成り立っているという認識がしっかりあったんですね。その複雑さは、『不都合な真実』が示しているような単純化された勧善懲悪の世界からは程遠い者であるというのが常識だったんです。

だけど、NHKの《みんなのうた》は🎶氷が解けて、白くまくんがおぼれ死んじゃう🎶みたいな歌を流して勧善懲悪にのっちゃうし『不都合な真実2』が作られて、アル・ゴアが来日すると、十分時間をかけて宣伝の時間を与えてた。

たしかに、NHKの絶え間ない努力により、地球環境は極めて複雑な構造の上に成り立っているという認識は今は昔。『不都合な真実』程度のアメリカ特撮映画が受け入れられちゃう土壌づくりに成功しましたね。きっとそのうち、🎶白くまくんの歌🎶もリバイバルがかかるに違いない。

アル・ゴア氏
「嵐は巨大化し、大量の水が街を襲う。これが地球温暖化だ。」
「人類の運命は、人類によって定められる」


『不都合な真実』を見る限り、もう十分絶望なんですが、絶望と言ってしまっては、みんなからお金を集められなくなっちゃいますからね。なにが、“不都合な真実”じゃい!(*`へ´*)

というわけでこの本、『古代史不都合な真実』です。



実業之日本社  ¥ 864

『日本書紀』が封印した歴史の「真実」が明らかに!! 古代史が謎だらけなのはなぜか。
第一章 『日本書紀』の裏側に何があったのか
第二章 『古事記』と『先代旧事本紀』が暴く不都合な古代史
第三章 『上宮聖徳法王帝説』と『元興寺伽藍縁起幷流記資財帳』が暴く不都合な古代史
第四章 『万葉集』と『懐風藻』が暴く不都合な古代史
第五章 『古語拾遺』と『藤氏家伝』が暴く不都合な古代史
第六章 『竹取物語』と『御伽草子』が暴く不都合な古代史
第七章 『風土記』と『続日本紀』が暴く不都合な古代史


『日本書紀』の研究も、今はすごく進んでいるんですね。なかでも、森博達さんの研究が紹介されているんだけど、これが面白い。『日本書紀』は漢文で書かれているわけだけど、森博達さんはそこに使われている漢字の形、音、意味を研究していったんだそうです。すると、ある部分は正確な漢文であったのに対して、ある部分は日本的な誤用が残されていたんだそうです。

正確な漢文で書かれた部分をα群、日本的誤用が残された部分をβ群とすると、α群を書いたのは中国語を、β群を書いたのは日本語を母語とする人物であると考えたんだそうです。さらにα群の中にも誤用が散在しており、それは後からの潤色や加筆であるということなんですね。

具体的には、乙巳の変直前と孝徳朝の記事がα分に属して正確な漢文で書かれているにもかかわらず、蘇我入鹿が大悪人と考えられるきっかけとなった上宮王家滅亡や乙巳の変に関わる記述に、大幅な「日本人的加筆」が認められるんだそうです。

つまりこれって、《蘇我入鹿を大悪人に仕立て上げるために、一度完成したストーリーに、手を加えた人物がいる》ってことが分かるということなんです。

むむむ・・・、でしょ。  これは『日本書紀成立の真実』って本に書かれてるみたいです。

藤原不比等ですよね。彼は父親の中臣鎌足が支えた、天武天皇の宿敵の天智天皇の側に立って『日本書紀』の編纂をしているわけですよね。天武朝で冷や飯を食わされた不比等は、自分の子や孫を皇位につけようとする持統と結託して天武の政治をすべてくつがえしていったわけですね。

そこで多くの古くからの豪族たちが蹴落とされ、姿を消していっています。そして、不比等は藤原氏の一人勝ちの政権を確立するわけです。《このタイミングで《日本書紀》が編まれたのだから、『日本書紀』が藤原氏のために書かれたということは、火を見るよりも明らか》・・・ということなんですね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

続きを読む

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

南蛮料理『日本の洋食』 青木ゆり子

参った、参った。『日本の洋食』っていう題名から、ついつい明治期に西洋文明が濁流のように押し寄せたとき、自分たちに食いやすいように作り直してお目見えした、“和洋折衷”の料理のことだとばかり思ってました。だから、最初からあんパンだの、すき焼きだのって話が始まるものとばかり思ってたんですね。

私の予想は見事に外れました。というよりも、“これらの洋食”たちのことが、見事に頭から抜け落ちていました。“これらの洋食”ってのは、大航海時代にスペインやポルトガルが日本に持ち込んだ料理。そう、《南蛮料理》たちのことですね。
日本に初めて西洋料理をもたらしたのは、ポルトガル人、スペイン人でした。種子島にポルトガル人が漂着した1543年から、江戸幕府がポルトガルとの関係を断絶した1639年までのたった100年足らずの間に、キリスト教の宣教を目的としたフランシスコ・ザビエルをはじめとする宣教師や商人が頻繁に九州やその周辺を訪れ、長崎を中心に天ぷらやカステラ、金平糖など、今なお残る「南蛮料理」「南蛮菓子」と呼ばれるさまざまな食べ物を日本に伝えました。

これらの食べ物を九州の人々は日本人好みに変えていき、やがて長い歳月をかけて日本の食べ物として定着させていったのです。
本書p32

ポルトガル人が種子島にやって来て鉄砲を伝えてますね。1543年は「以後、予算は鉄砲へ」って覚えました。

それにしても、どうも、その影響はかなり大きくて、私が考えていた範囲をはるかに凌駕するようです。

『日本の洋食』    青木ゆり子

ミネルヴァ書房  ¥ 2,160

カレーライスもスパゲッティナポリタンも日本の料理? では、とんかつは?
はじめに
1 日本料理と和食
2 牛肉を食べる
3 全国各地で発展した「日本の洋食」
4 パンもラーメンも日本の食文化


《揚げたり、ゆでたりした魚か肉を、タマネギなどの野菜を加えた酢や柑橘系の果物の汁につけた料理》って言ったら、やっぱり『南蛮漬け』ですよね。骨まで軟らかくなるほど揚げた小鯵の南蛮漬け。・・・私は大好きです。これは、地中海料理の『エスカベッシュ』というのがもとになってるんだそうです。最近では、宮崎の『チキン南蛮』が有名ですね。食ってみたいな。

味付きのころもで海老などを揚げるフリッターですが、これが天ぷらのもとになったのかというと、どうもそうも言いきれないみたいです。どうやら衣をつけた具を油で揚げる料理は、奈良・平安町からあったらしいんですね。“長崎天ぷら”という料理はフリッターそのものであるようですが。

でも日本では、さつま揚げやジャコ天みたいな、魚のすり身を油で揚げる料理も天ぷらって呼びますよね。これはどうも、フリッターからの流れかもしれませんね。

九州には『かしわ飯』という鶏肉の炊き込みご飯がありますが、ポルトガルにもそれがあって『アロス・デ・フランゴ』というんだそうです。

卵を食べる風習はポルトガル人が日本に伝えたもののようです。たまごを使ったお菓子の『ぼうろ』もそうだって。

同じように、小麦粉と卵を混ぜて油で揚げたお菓子がポルトガルにあるんですね。そのお菓子の名前が『フィリョース』っていうんだそうです。『フィリョース』ですよ、『フィリョース』。その方や大きさが、水けを絞った豆腐に野菜などを混ぜて成型して油で揚げたあの料理にそっくりなんですよ。

おそらく、その名前も『フィリョース』から取られたものでしょう。水けを絞った豆腐に野菜などを混ぜて成型して油で揚げたあの料理とは、そう、がんもどきの『飛竜頭』です。

ねっ。ビックリするほどポルトガル、スペインの料理が、日本にその足跡を残してますよね。慶長遣欧使節としてスペインに渡った人たちの子孫が、今でもかの地に残されていると言いますね。なんでも、日本という意味で「ハポン」と名のっているそうです。「ハポン」さんですね。足跡を残したこともお互いさまということでしょうか。

とりあえず、今後、飛竜頭を食う時は、帆船で荒海を越えたポルトガル人を思い出すことにしましょうか。





にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『歴史講義 満洲事変』 倉山満

《日本の軍部独走・侵略史観に基づく悪玉扱い。逆にその反動としての「日本は悪くなかった」という日本小国史観。海外大国による外圧、陰謀史観は、満洲事変においてはすべて間違いです》

・・・、ということで始まる本なんです。鍵になる言葉は、“憲政の常道”。“憲政の常道”は英米との協調関係、つまりはワシントン体制が前提で、もちろんちょうど時期も重なります。そして、対英米協調関係と“憲政の常道”が崩れた時、日本は米英との対戦に突入していくのです。

これまで倉山さんの本は数多く読んできましたけど、実は“憲政史”の研究こそが倉山さんの本職で、“憲政の常道”をキーワードとするこの本こそ、倉山さんの“本気”なんだそうです。

“憲政の常道”が英米との協調関係を前提としている以上、イギリスやアメリカの研究を疎かにできるはずもなく、では中国は?ロシアは?フランスは?ドイツは?と、隣接分野に手を伸ばしているうちにバルカン半島にまで行き着いたということなんだそうです。

それが崩壊したことで米英との大戦への道を歩き出すという“憲政の常道”とは、総選挙により国民から選ばれた第一党が内閣を組織すること。憲政会と政友会の二大政党を前提に、第一党が内閣を組織し、第一党の内閣が失政により倒れた場合は野党第一党が首相を出して内閣を組織するという政治的慣例のこと。

1932年の五・一五事件で終焉した“憲政の常道”。その動揺が始まるのは、前年9月の満洲事変。満洲事変に至る日本に足りなかったものはなにか。満洲事変で動揺した“憲政の常道”を、その後の懸命な選択によって立て直すことは不可能だったのか。
倉山さんの本気を聞いてみましょう。




KKベストセラーズ  ¥ 1,399

いつの時代の話だ、まるで今の日本ではないか。そう思った方もいるかもしれません
 序章  満洲事変を正しく知って賢くなろう
第一章  満洲事変•前史1〜「平和ボケ」日本の幕開け〜
第二章  満洲事変•前史2〜ババをひく日本〜
第三章  満洲事変〜「憲政の常道」の終焉
第四章  満洲事変 その後〜不幸になっていく日本と世界〜


日本で教えられている歴史は、日露戦争後の日本が世界最強の、無敵な国であったことを教えていない。それどころの話じゃない。基本的には、アメリカがほどこしたウォー・ギルド・インフォメーション・プログラムは、いまだにそのまま。教育の世界では、公職追放でアメリカに追随した敗戦利得者とその後継者が、いまだに日本の歴史を書いていますからね。

日本は軍部独走によって朝鮮、中国を侵略しただけでは飽き足らず、アジアを支配下において各民族に隷属を強い、連合国にこてんぱんに打ちのめされた。軍部独走の背景には日本人の民族性があり、その背景に日本文化や歴史の特殊性がある。結局、日本人が、どうしようもなく悪いということになっている。

しかもその悪さは、時間を追うごとにどう仕様もないものとなり、「それでも日本人は戦争を選んだ」と、もはや日本人はいない方がいいんじゃないかというところまで行っている。・・・あ~あ。

その反動としての「日本は悪くなかった」も、面倒だ。「悪くなかった」はずがない。なにしろ、大日本帝国という国が消滅したんですからね。どれだけの日本人が絶望の果に血の涙を流したか。ロシアの暴虐のもとで死んでいったか。世界最強、無敵の国家が、なぜそのような羽目になったのか。

「ソ連も、アメリカも、大英帝国も手を出せない」くらいに強かった日本が、アジアだけでなく、世界情勢にまで責任ある地位にあった大日本帝国が、なぜ消えてなくなったのか。

倉山さんが言うんです。「それは頭が悪かったからに他ならない」って。「この問から逃げている限りは」、私たち日本人は影響に敗戦国のままだって。

たしかにそうですよね。自分たちで第二次世界大戦に関する検証ってのが、全くしてないわけですからね。まずは、それをやる。それをやりもしないで、一歩も前に進めるはずは、・・・。



にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

21か条要求『歴史講義 満州事変』 倉山満

一九一八年四月中旬から六月中旬には、アレキサンドリアから約一〇万の兵をマルセイユに護送し、九月下旬にはエジプトからサロニカへ連合軍の陸軍部隊を護送したことは、イギリス国防委員会が作成した『欧州戦争中の海上通商』に、ドイツ潜水艦の攻撃に悩まされていた「連合軍として若干意を強うするに足る事実少々之無きに非ず」、日本海軍の支援によって「我軍隊輸送船の行動上の危険が従来より著しく減少したことなり」と記されており、緊迫した当時の連合軍側の戦況を有利に転換する上に大きな影響を与えたであろう。戦後の調査によれば、日本海軍は一隻も撃沈していなかったが、本作戦中にドイツ潜水艦と三四回交戦し有効攻撃二三回、そのうち撃沈または損害を与えたもの一三回に達したと当時は評価していた。
「第一次世界大戦と日本海軍ー外構と軍事の連接」より

第一次世界大戦における日本海軍の功績について書かれているわけですが、読む限り、すごいですね。

この時はイギリスからの参戦要請が二転三転して、まあ、結局日本は、日英同盟から参戦しますね。青島にいたドイツ軍を攻撃して接収し、更に太平洋からドイツを駆逐します。もちろんそれだけじゃありませんでした。ロシアがドイツに劣勢に立たされますからね。英仏は日本軍をヨーロッパ戦線に呼び込みたかったわけですね。

でもねえ、日本は軍が強くても、お金がありませんでしたからね。結局、海軍だけを送り込むことになりますね。この時、陸軍も送っていれば、この闘いから本格化した“総力戦”の本質を理解して、第二次世界大戦を回避できたとか、せめて“生かせた”なんて意見を読んだことがあるけど、ドイツ兵やフランス兵が何十万も死んでるところに日本軍を行かせて、総力戦の本質を体感させようってことでしょうか。ちょっとひどくないかな。

陸軍は行かなかったけど、日本海軍の活躍は目覚ましかったんですね。イギリス海軍がいるっていうのに、連合国はドイツのUボートにずいぶん苦しめられたんですね。それが、日本の海軍が大西洋と地中海に進出したことで、ドイツ海軍を沈黙させてるんですね。・・・これはすごい。



ベストセラーズ  ¥ 1,399

大日本帝国を滅ぼしたのみならず、満州事変は人類が不幸になっていく始まりの大事件である
序章  満洲事変を正しく知って賢くなろう
第一章  満洲事変前史1~「平和ボケ」日本の幕開け
第二章  満洲事変前史2~ババをひく日本
第三章  満洲事変~「憲政の常道」の終焉
第四章  満洲事変 その後~不幸になっていく日本と世界


中華民国は、革命による建国以来、ほぼ分裂状態でしたね。第一次世界大戦に関しては、早々に中立を宣言しています。英仏にしたって、最初から中華民国に用はなかったでしょうが、日本を頼りにしている状況とは対照的ですね。求められていたのは日本で、相手にされてなかったのが中華民国だったわけですね。この時は、アメリカも、中華民国と同じように中立国だったわけです。
1915年、大隈重信内閣は、ヨーロッパ諸国が戦争をしている機会に、中国政府に21か条要求をつきつけた。その内容は、山東省のドイツ権益の継承、旅順・大連の租借地と南満州鉄道の権益の99年間の延長、中国政府への日本人顧問の採用などで、単なる経済的要求にとどまらず、中国の主権を著しく侵害するものであった。交渉は中国各地で起こった激しい反対運動やアメリカの牽制によって難航したが、日本政府は最後通牒という強圧的手段によってその大部分を承認させた。
実教出版『高校日本史B』・・・ひどい方

ひどいなぁ。『二十一カ条の要求』も、本当は『十四か上の要求と七か条の希望』であると、倉山さんも言ってます。しかも、十四か条は「国際法を守ってね」っていう要求です。七か条の中ではたしかに虫の良いことを要求してるけど、これは「通ればラッキー」っていう程度のことでしょう。《最後通牒》は袁世凱の頼みによって、彼の体裁を整えるために出しました。袁世凱は、秘密条項だった七か条を公表して、《二十一カ条の要求》として、日本の侵略意図を世界に宣伝することに大成功したんですね。

結局、七か条は棚上げにしているわけです。中華民国は、いくら約束したからと言って、国際法なんか守る気も能力もないわけですから、日本はなんにも得るものなく、世界の評判を落としただけなわけですよね。

倉山さんの言う通り、「秘密交渉を逆手に取られてまんまとプロパガンダに利用されたという点で、まったくの汚点」となった出来事でした。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『秘伝・日本史解読術』 荒山徹

🎶 過去に書いた記事に頼るような人間になっちゃいけないと、今日まで務めたこの私だけど 🎶・・・由紀さおりの「手紙」調で

なんて振りかぶるつもりはないんですけど、できるだけそうしようと思っていたのですが、仕事と遊びに追われてせいも金も尽き果てました。おまけに競馬で叫びすぎて、のどが炎症を起こして、「も~、た~いへんなんすから」

どうぞ、そのへん、推し量り下さい。 ・・・ちょうど、一年ほど前のものです。

著者は同世代の作家さんなので、楽しく読めました。これまで生きてきた時代背景が同じで、歴史好きで同じような本の海を泳いできたんですから、本書を読んでいても、共鳴できることも数多くありました。

著者が新米新聞記者として警察周りをしていた頃の、こんな話が紹介されてました。
とある所轄署の刑事課長から、「青葉の笛なんて歌、君はもう知らんだろう」と云われたことがあります。何事ですかと訊いてみれば、先だって逮捕した窃盗犯が留置場で低く歌っていたとの由。「切ないよなあ、まったく」と噛みしめるように云った課長の声が今でも思い出されます。あの頃の日本人は、正反対の立場の人間が『平家物語』を媒介にして感応し合えたのでした。
本書p13
時代小説、歴史小説ばかりに頼る私たちの世代に比べ、父母、祖父母の世代は、学はなくても教養は深かった。そういうふうに認識できたのは、渡しの場合、若い頃ではありませんでした。どこか、数多く本を読み、歴史の勉強をしていることを鼻にかけていたわけでもないんだけどね。どこか自分は、「親たちとは違う」みたいに思い込んでるところがあった。

ところが、ちょっとその手のことが話題になると、なぜか本なんか無縁に見える祖母が、よく知ってたりする。ホルモン屋で酔っ払った親父が、平家物語や、太平記を語ってたりする。

気がつけば、それを教養として持ってない日本で最初の不幸な世代が、私たちだった。

謡曲、歌舞伎、文楽、浪曲、そうそう落語に至るまで、父母、祖父母の世代は、けっこう分厚く、しかも共通する歴史認識を持っていた。物語として歴史を認識しているから、なにを喜びとし、なにを悲しみとするか、国民感情としても、同じ景色を見ることができた。

先日なくなった渡部昇一さんが云ってた。もとはイギリスの学者先生の言葉のようだが、「歴史は虹のようなものだ」という言葉。そうそう、父母、祖父母の頃まで、日本人は同じ虹を見ていた。


新潮新書  ¥ 864

歴史小説作家だからこそ気づくことのできた、日本史の盲点とツボ
序章  「史観」を語る前にスべきこと
第一章  「遺跡は人なり」と心得よ
第二章  秘伝・日本史収納整理術
第三章  古代史学は伝奇文学か
第四章  日本書紀を再評価せよ
第五章  史料は原文が面白い
第六章  超「仏教」入門(上)
第七章  超「仏教」入門(下)
第八章  遷都の裏に政教分離あり
第九章  藤原氏で知る系図の秘訣
第一〇章  時代の境目とは何か
第一一章  日本市場の二大画期
第一二章  二つの中国とモンゴルの侵略
第一三章  「皇統」は誰が決めるのか
第一四章  歴史は「応仁の乱」以後で十分化
第一五章  歴史と地理は不可分なり
第一六章  「太閤記もの」の読み方
第一七章  世界史から捉える島原の乱
第一八章  史的眼力を「忠臣蔵」で考える
第一九章  近くの国より遠くのオランダ
第二〇章  小説を楽しむためのスキル
終章  歴史は「取扱い注意」で

この本は、著者の読書遍歴の披露でもあります。そして、そんな読書遍歴を経て、著者は独自の《日本史解読術》を手に入れたのです。

もちろん、簡単なことではなかったでしょうね。本書の“まえがき”に《日本史における基礎トレーニング》というのがあって、おそらくその読書遍歴を通して会得していったトレーニング法なのでしょう。

せっかくですから、これだけでも紹介させてもらいます。
  1. 5W1Hの重視
  2. 律令を理解する
  3. 仏教は、律令とともに日本史を彩る二大要素
  4. 外国と日本を比較する
あんまり丁寧な説明じゃないけど、詳しくは本書を読んでね。おそらく著者は、たくさん本を読んで、試行錯誤してそこにたどり着いたのでしょうから。

最後に、著者はどんな本を読んで、この技を身に着けてきたのか。興味深いですよね。いくつか揚げていきますけど、あっけないほど当たり前の本ばかり、そのほとんどは、私も読んでました。

『雨月物語』、『日御子』、『遙かなる大和』、『聖徳太子』(黒岩重吾)、『天平の甍』、『檀林皇后私符』、『王朝序曲』、『桓武天皇ー平安の覇王』、『花と火の帝』、『新平家物語』、『炎環』、『沈黙』・・・他にもいろいろと。
最後に同世代ならではの、共鳴の感動を一つ。ヘイトスピーチに眉をひそめるのはいいけれど、だったらちゃんと、“韓国”という存在に向き合えという一節で、自分だけいい子ぶりっこして済まそうという人たちを皮肉って、著者が持ち出したのは天知茂の昭和ブルース。

♫ 生まれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか 何もしないで生きていくなら それは容易いことだけれど ♫

もうまったく、泣かさないでよね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」

リンク

よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください
人気ブログランキングへ にほんブログ村 政治ブログへ


古代史は謎だらけだといわれる。
なぜか――。
理由ははっきりしている。
壮大に仕掛けられた
古代史の「罠」=『日本書紀』に
誰もがとらわれているからである。
これから出る本
















































































人気図書 




































カウンター
カテゴリ
ブロとも一覧
アジシオ次郎の時事原論
はりこのはやしや 
ハシビロコウ
素足のアイドル達
うさぎ屋の四方山話
わくわく株式投資
プロモデラー林哲平のジャンクロボット創作ブログ『ケルバーダイン』
大好き!グラビアアイドル!
伊織のブログ
Re:BAD TASTE♥
QWERT 5w1h
「伝わる技術」オトデザイナーズ・坂本真一
歌と知恵でハッピーライフ^^
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事
応援して下さい