めんどくせぇことばかり 本 日本史

『逆説の日本史23 明治揺籃編』 井沢元彦

『逆説の日本史』も23巻。『逆説の日本史』を読むたびに思うことだけど、一人の人間が日本史を古代から現代まで通して検証し直して通史を書くということは、通常、考えないですよね。考えっこない。だって、それが5年や10年でできるとは思わないだろうし、間違いなく人生をかけた仕事になるでしょう。集中砲火を浴びて途中でめげてしまったり、身体を壊して変に中途半端でやめることになれば、人生そのものに汚点を残すことになりますよね。・・・生きるか、死ぬかって問題だってことですよね。

井沢さんが週刊ポストに書き始めたのが1992年。第1巻が単行本になって刊行されたのが1993年。23巻が出たのが2017年だから、第1巻から第23巻までに24年かかってることになります。

私は33歳の時に第1巻を読んでるんですね。奇しくも、ちょうど、足のせいで山をやめる頃ですね。・・・そうかあ、あの頃第1巻を読んだのか。そう思うと、何だかやけに感慨深い。

井沢さんが週刊ポストに書き始めたのは、井沢さんが38歳あたりのはず。38歳の男が自分の残りの人生を日本史の通史を書き上げることに賭けるってのは、ちっとやそっとのことじゃあない。あるはずがありません。

そして大事なことは、24年後の今日、おそらく井沢さんは今、・・・62歳か63歳ですよね。その年になった今日においても、その挑戦は、いまだ道半ばということですよね。

私もいい歳になってしまって、悲しいことの一つは、好きな作家が死んでしまうこと。その人の書いたものをもう読めないのかと思うことは、手前勝手な発想で申し訳ないけど、そのたびにある種の絶望感を味わう。そして、「ああ、まだあの人が残ってる」って思い直して、勇気づけられる。

中でも、井沢さん、ここまで書いておいて、・・・お願いです。死なないで・・・。



小学館  ¥ 1,728

木戸孝允が病死し、西郷隆盛が戦死し、大久保利通が凶刃に倒れた。そして、日本の近代が始まる
第1章 近現代史を考察するための序論 近現代史を歪める人々
第2章 大日本帝国の構築1 琉球処分と初期日本外交
第3章 大日本帝国の構築2 廃仏毀釈と宗教の整備

数年前から、『逆説の日本史』の新しい巻が出るたびに、上記のような不謹慎なことを考えている私です。お恥ずかしい。・・・でも、御同様の方もきっといらっしゃるでしょう。

井沢さんは、西南戦争という出来事を一つの大きな境にして、それ以前を近代以前と捉えていたということです。たしかに、色濃く引きずってきた江戸時代と、この西南戦争をもって決別していくわけですよね。ちょうど、維新の三傑と呼ばれた木戸孝允、西郷隆盛、大久保利通が、この西南戦争と期を同じくして亡くなり、日本の行く末は明治維新の立役者から後続の者たちへと引き継がれていった時期に重なります。

そう言った意味で、この第23巻は、これまでの巻とはちょっと装いの違う書き方がされています。上の目次を見てもらえば分かる通り、この本の主題は第2章の『大日本帝国の構築1 琉球処分と初期日本外交』と第3章の『大日本帝国の構築2 廃仏毀釈と宗教の整備』の二つの柱です。

では、『近現代史を考察するための序論 近現代史をゆがめる人々』という第1章は、なぜそこに挿入されているのか。ということが問題になりますね。

高校の日本史に関してよく言われることに、「応仁の乱によって新しい歴史が始まっているのであるから、現代を理解するためであるなら、応仁の乱以前の歴史を学ぶ必要はない」ということがあります。たしかに、応仁の乱やそれに前後する激動によって、日本は身分なり、制度なりが、一度シャッフルされたようなところがあって、トランプのカードを配り直したような感じがある。だけど、シャッフルしてカードを配り直しても、ゲームのルール自体は変わっていないんですね。どうしてそういうルールができたかは、その前の歴史を見て行かないと分からないわけです。

ところが、そのルールが変わったんですね。それが、おそらくこの第23巻ということなんだと思います。そして、この第1章は、新しいルールに変わって新しく始まった日本史の“序文”にあたっている章だと考えればいいんだと思います。

さてその新しいルール。ここでも、あのチャイナ生まれのあの思想が、きわめて重要な役割を果たすことになるんですね。

つくづく、日本は東アジアの一国なんですね。いくら福沢諭吉が“脱亜論”を叫んでも・・・。




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『生活のなかの神道』 ひろさちや

知らないうちに“いい歳”になってしまったけど、ここまで生きてきても、まだまだなにも納得できてない。いろいろと勉強もしてみたけど、結局、一番大事なことが分からない。その答えを求めていたはずなんだけど、逆にどんどん遠ざかって、今ではなにが知りたかったのかさえ思い出せない。

すぐ近くにありそうな気がするんだけど見つからない。時々、無意識の中で手ごたえを感じるんだけど、意識すると雲散霧消してしまう。

考えてみれば、子どものころからそうだって気がする。惜しいところまで近づいて、「この分ならいずれ」と思ったものの、結局、なにもつかめずに人生の終盤を迎えようとしている。

私がひろさちやさんの本を好んで読むのも、きっとそのせいだ。何かを、その中に見つけようよしている。

日本における霊的存在を示す原初的な語は“タマ”と呼ばれるものなんだそうだ。折口信夫さんのおっしゃることらしい。この“タマ”の善的要素が「カミ」になり、悪的要素が「モノ」になった。さらに善悪両方を兼ねたものが「オニ」だということらしい。妖怪は、“タマ”の悪的要素である「モノ」の形態ということですね。

柳田国男さんの説はちょっと違って、神々への信仰の衰退が妖怪を生み出してしまうという。妖怪とは神々の零落した姿で、かつては神として信仰されていたものが、落ちぶれた結果妖怪になったと。

柳田風に捉えれば、雪女は山の神への信仰が衰退したもの。河童は川の神、あるいは水神への信仰が衰退したものということになる。妖怪にはいつも“悲しさ”や“切なさ”が付きまとっているけど、その理由の一端が見えたような気がしますね。

そういう“悲しさ”や、“切なさ”の中に、何か大事なものが隠されているような気がするんだけどな。


『生活のなかの神道』    ひろさちや

春秋社  ¥ 1,836

神社以外にも、福の神から妖怪、ご先祖様まで、日本にはたくさんの神さまがいる
1 生活の神道v.s.人生の仏教
2 「空気」のようなカミ
3 名前がついた神
4 神話の中の神々
5 ご先祖様という神
6 悲しき妖怪たち
7 福の神と貧乏神
8 神さまとの付き合い方
9 神社のいろいろ
10 神道は「やまと教」だ!


江戸時代の後期に実在した仙崖義梵という禅僧のお話は面白かった。人からめでたい言葉を書いてくれと揮毫を頼まれて、《祖死父死子死孫死》と書いて渡したという。これは怒りますよね。縁起、悪そうですもんね。仙崖義梵はこう言ったそうです。

「そんなことはあるまい。まず爺さんが死んで、そのあとで父親が死ぬ。父が死んでから子が死ぬ。そのあとで孫が死ぬ。こんなめでたいことはあるまいぞ。この順番が一つでも狂えばどれだけ人は悲しみの涙を流さねばならないか、よく考えなさい」

これは参りました。

私に関しては、今のところ順調です。祖父が死に、祖母が死に、母が死んで、父が死にました。

順番と言えば順番ですが、ここで大きな問題がありますね。連れ合いが先か、私が先か。できることなら私が先に逝きたいな。

そう、今また、この本を読んで、自分が求めていたものに、何だか近づいたような気がしたんです。そう思って、読み返してみると、それはスッと脇の下から通り抜けて、振り返ると、もうどこにもないんです。

そして最後の時、その瞬間、私はそれに気づくのかな。それとも気づかずに逝くのかな。「なんだったっけかなぁ~、あれ・・・」って。




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『火定』 澤田瞳子

この本のことを最初にネットで知った時、解説の中にあった“天然痘”や、“藤原四兄弟”っていう言葉に、私の頭はかってに不比等の晩年から、藤原氏の横暴を抑えようとする長屋王の物語を描き始めた。藤原四兄弟は自らの前に立ちはだかる長屋王を謀略によって一族滅亡に追い込み、朝堂をほしいままにするようになる。そんななか、海の向こうから渡ってきた疫病が、筑紫で流行をはじめていた。・・・なんて、勝手に思い描いたのは、長屋王の怨霊が天然痘という姿を借りて天平の都を荒らし回るという物語だった。

まったく、どうも物事を魑魅魍魎との関係で片付けようとするのは悪い癖ですね。このお話には、そういったたぐいは登場しません。

この本の題名は《火定》。火によって入定すること。焼身によって入滅すると考えれば、チベット僧の止むに止まれぬ中国共産党への抗議活動を思い出す。人間の体が燃えて、精神もろとも焼き尽くす。死への恐怖。失われていくことへの絶望感。助かりたい。助けたい。そんなささやかな感情を押し流すように焼き尽くす。

装丁にある絵は、すべてを焼き尽くす地獄の猛火。ありとあらゆるものを焼き尽くさずにはおかない炎。その狭間に見え隠れする男たち、女たち。鋤を掲げて追い立てるのは、なにも地獄の鬼とは限らない。人もまた、魔に身を任せれば鬼と化す。

やがて、身も魂も溶かされて、何もかもが一つになって流れていく。

・・・夢に見そうだなぁ。

『火定』    澤田瞳子

PHP研究所  ¥ 1,944

ときは天平 寧楽の人々を死に至らしめた天然痘 絶望の果に待ち受けるものとは
第一章  疫神
第二章  獄囚
第三章  野火
第四章  奔流
第五章  犠牲
第六章  慈雨

後世からみて、奈良時代ほど不思議な時代はない。藤原不比等から長屋王、長屋王から藤原四兄弟、藤原四兄弟から橘諸兄、橘諸兄から藤原仲麻呂、藤原仲麻呂から道鏡。藤原氏と皇族の間の綱引きのような権力闘争が激しく、なおかつ、おそらくは日本史上最悪の疫病が都の平城京で暴れまわる。

しかしこの時代、絢爛豪華、国際色豊かな仏教文化の花が咲くのである。あるいはままならぬ世の救いを仏教に託したのか。

その渦中にあったのが聖武天皇。これだけの権力闘争と疫病にたたられては、通常ならば国は持たない。聖武天皇は遷都を繰り返し、混乱の巷に大仏造立の詔を発し、そこに民の力を結集しようとする。

少年の頃、井上靖の『天平の甍』に胸を熱くした。

荒れ狂う大海を越えて唐に留学した若い僧たちがあった。故国の便りもなく、無事な生還も期しがたい彼ら。故国、日本を離れて二十年、若き日の大半を異国に過ごし、天平の甍を夢に見る彼ら。しかし、人生の荒波は彼らを押し流し、放浪のはて、・・・

彼らは歴史的偉業を成し遂げる。

鑑真が、苦難の果に、日本に渡ることに成功したのは754年。日本で天然痘の大流行が始まったのは737年。唐から高僧を招こうと考えた事自体、天然痘の記憶が、まだまだ生々しい頃だったはず。なにしろ鑑真の最初の渡航への挑戦は743年。天然痘の流行から6年しか経ってない。

まあいいや、それだけ天然痘の流行は大きな出来事だったということだ。この本は、その天然痘の大流行に、徒手空拳で立ち向かった施薬院の医師たちの物語だよ。




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『大日本史』 山内昌之 佐藤優

佐藤優さんは、一体どれだけの本を出しているんだろう。それもここのところ“対談モノ”がきわめて多い。「対談なら喋っていればいい」ってことじゃないでしょうし、その合間合間にお一人で書いてますしね。書く以上に、その何倍も何倍も読んでらっしゃるでしょうからね。・・・寝る間があるんでしょうか。なにかと考える視点を与えてもらってるんで、私としてはありがたい話なんですが・・・。

それにしても、『大日本史』というのはいかがなものでしょう。佐藤優さんは2015年に、池上彰さんとの対談で、『大世界史』って言う本を出しています。今回と同じく文春新書からです。ということで、二匹目のドジョウを狙って、安直な題名をつけたのは文春新書の仕業でした。

『大日本史』と言いながら、目次にあるように、黒船来航以来の近現代史。それも、目次の内容に限定されています。つまり、日本近現代史全般を対象にしているわけではありません。もちろん、近現代史でもポイントとなる重要問題を取り上げているわけです。だから、親切を考えれば、『大日本近現代史』と言う題名になりますね。・・・でもこれだと売れそうもないですね。

あっ、そうそう。おまけみたいになっちゃいましたけど、山内昌之さんの博識ぶりも佐藤優さん同様で、ものすごいですよ。佐藤さんの言葉を借りれば、第一バイオリンは山内さんで、膨大な知識を注入するのが役割で、それに合わせて分析的判断を下す佐藤さんは第二バイオリン。そういう役割分担のようです。

『大日本史』    山内昌之 佐藤優

文芸春秋  ¥ 929

幕末から太平洋戦争まで「日本の最も熱い時代」を縦横無尽に徹底討論
第一回 黒船来航とリンカーン
第二回 西郷と大久保はなぜ決裂したのか
第三回 アジアを変えた日清戦争 世界史を変えた日露戦争
第四回 日米対立を生んだシベリア出兵
第五回 満州事変と天皇機関説
第六回 二・ニ六事件から日中戦争へ
第七回 太平洋戦争 開戦と終戦のドラマ
第八回 憲法、天皇、国体 

自分の知識が二人に追いつける部分に関しては、・・・正直言って特別真新しいことがあるわけではない。だけど、自分の認識がそれていないことを確認できるのはありがたい話だし、二人は私と違って、私以上に深くて詳細な知識でその認識を獲得しているので、私の浅薄な認識も、二人の深くて詳細な知識に保障されることになる。

二人の対談の中で一番面白かったのは、陸軍軍事課長永田鉄山に関する部分ですね。この課長クラスが、日本の鼻面を引き回して、あげくの果ては奈落に突き落とすことになるんですからね。その課長クラスでも群を抜いて能力が高かったのが永田鉄山だったんですね。
 
一課長に過ぎない永田鉄山の指示に、参謀総長や陸軍大臣など高級統帥エリートも従わざるを得ない構図を作り上げていくことができる人物なんですね。それは山内昌之さんが報告していることなんですが、行政府の内閣でさえも文句の言えない手順で謀略を着実に組み立てて「やらざるを得ない」状況に仕立て上げるんですからね。

佐藤さんに言わせると、外交においても、自体が大きく動くときは、主導しているのは課長や課長補佐クラスらしい。一番仕事が良く見えている立場の人たちだな。彼らが省庁横断的にいろいろ調整して、なおかつ政治家を巻き込んでいく。日本的官僚機構の特質でもあるらしいけど、永田鉄山は軍人ですからね。軍人である、しかも課長級の永田が政治を手玉に取っていくのだから、大変危険な状況が生まれていたわけだ。

さらにまずいことに、その永田鉄山が相沢三郎に切り殺されてしまう。山内さんが面白い言い方をしているんだけど、永田の死のあと、「永田のような国家の長期ヴィジョンも、科学的合理性も、法的手続きの正当性への配慮もない単細胞の軍人たちが、下剋上と強引な政治介入という禁じ手のうわべだけを引き継いでいく」ことになるわけですね。

たしかに、この後は著しく永田に足りない課長や課長補佐クラスが、日本の鼻面を引き回す時期に入っていきますね。

日本は、戦争に負けて、アメリカに占領されて、みじめな状態に落とされそうなところだったわけですね。それが、冷戦の開始によって占領政策が変更されて、今のような日本が生まれることになった。いずれにせよ、日本に対する絶対正義を必要としたアメリカの基準を押し付けられることで、逆に日本は自分で自分の過去に決着をつけることができなかった。

こういう本の登場ってのは、そういう意味で、とても重要だと思います。




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19世紀後半『大日本史』 山内昌之 佐藤優

たしかに、19世紀後半っていうのは、すごい時代だったんですね。

明治維新が1868年でしょ。西洋諸国が東アジアに進出し、その流れの中で“黒船来航”をきっかけに幕末の動乱に突入し、明治維新を迎え、大勢を一新させる。これを、《国家存亡をかけて世界に対して国を開いた》日本の特殊な現象と捉えていたんだけど、《国家存亡》が掛かっていたのは、なにも日本だけじゃないんですね。

サルディーニャ王国を軸としてイタリアが統一されたのが1861年。同じ1861年には、アメリカで独立戦争が始まる。プロイセンがオーストリアに続いてフランスをやぶってドイツ帝国が経ちあげられるのが1871年。19世紀後半と言うより、1861~1871年の11年間なんですね。

誤解されがちなのがアメリカの南北戦争で、これ以前のアメリカは、いわば、今のヨーロッパ連合みたいなもんだったわけです。それが今のアメリカ合衆国のような国になったのが、南北戦争なわけですよね。

著しく違っていたのは“経済”ですね。奴隷を労働力として使う大規模な綿花栽培を中心とする農業国の南部は、イギリス経済圏の内側で綿花貿易の利益を享受するためにも自由貿易を主張した。他方、急激な工業化でイギリスと競合し流動的労働力確保のためにも奴隷制に反対する北部は、欧州製工業製品に対抗するためにも保護貿易を必要とした。

「いやだ、俺たちはお前たちとは違うんだから独立する」と言う南部諸州の首根っこを押さえこみ、軍対軍の戦いだけじゃなく、生産拠点ばかりではなく居住地域まで焼き払うようなやり方で南部の富を奪い取り、支配下においた北部。リンカーン大統領は、その北部の利益を代表する人物だったわけだよね。

そのやり方、「第二次大戦時の日本への都市大空襲に通じる」って山内さんも言ってます。

イタリアにしても、アメリカにしても、ドイツにしても、先行するイギリス、フランス、ロシアに対抗していくためには、“規模の有意さ”っていうのを手に入れる必要があったってことなのかな。


『大日本史』    山内昌之 佐藤優

文芸春秋  ¥ 929

幕末から太平洋戦争まで「日本の最も熱い時代」を縦横無尽に徹底討論
第一回 黒船来航とリンカーン
第二回 西郷と大久保はなぜ決裂したのか
第三回 アジアを変えた日清戦争 世界史を変えた日露戦争
第四回 日米対立を生んだシベリア出兵
第五回 満州事変と天皇機関説
第六回 二・ニ六事件から日中戦争へ
第七回 太平洋戦争 開戦と終戦のドラマ
第八回 憲法、天皇、国体 

いずれにせよ、アメリカにおける内戦、・・・と言うよりも、北部が嫌がる南部を押さえつけて、無理やり“国家統一”を成し遂げる戦いが終わって、“次は日本の順番”ってことですよね。

ここで二人は、“シリア”の話を持ち出しています。・・・今の、シリアね。

今のシリアは、《アラブの春》の流れの中で始まった民主化要求運動が弾圧されたのを皮切りに、イラクでたたきつぶされた連中が絡んできて、イスラム国が「ああだ、こうだ」ということになって、ロシアが大々的な援助に乗り込んで、アサドがいい気になって、イランまでが関係してきた。佐藤さんは「事実上、シリアと言う国はなくなった」と言っている。

内戦に外国勢力が関わってくると、収拾がつかなくなる。山内さんは、「幕末の日本も、一つ対応を誤れば、英仏代理戦争やアメリカの元南軍兵士が暴れまわる混乱状態」もあり得たと言う。

日本は、・・・。最後のところで、外国勢にの関与を許さなかったわけですね。「幕府も長州も、外国人が深入りすることを嫌った」と山内さんは言う。全面的に支持するわけではないが、結果としてはそうなった。だからこそ、南北戦争の死者が約50万人なのに、戊辰戦争の死者は8千400~500人で済んだ。シリアは、2015年末段階で26万人以上が死んでいる。

生きるか死ぬかの場面でも、外国勢の介入には一線を引きた。・・・その結果が敗北に終わったとしても。

そうですよね。朝鮮王朝は、時には清朝に頼り、日本に媚を売り、果てはロシア公使館に国王が駆け込んだですよね。朝鮮伝統の事大主義と言えばそれまでだけど、他国を引き込むのに迷いがないよね。古くは唐を引き込んだ新羅が、百済を滅ぼして、高句麗を滅ぼして、朝鮮を統一した国だもんね。

いずれにせよ。私は明治維新を全面的に受け入れるつもりはないものの、外国勢力を介入させないという最低限度のところを守ったまま新体制に移行できたことは大きかったですね。




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『日本人なら一度は見ておきたい国宝』

国宝を見に行こうなんて、とっても上品で、いい趣味だね。そんなことをやってみたいな。この本は、そんな上品なことを考えてるんだけど、あんまり上品すぎて「よくわからない」という人向けの、“日本人なら、一度は見ておきたい”国宝の魅力を紹介する入門書なんだそうだ。

え? 言い方にとげがある? そんなこたあ、ござんせん。

ござんせんけど、この本に出てくる国宝さんたちなら、黙ってみてもらった方がよっぽどいいんじゃないかなって思っただけ。だいたい、“日本人なら見ておきたい”なんて上から言われるのは、どうにも嫌だ。・・・とげがありましたね。
“国の宝”であるのだから、素晴らしいものであることはわかる。でもどこがどう素晴らしいのか、その魅力が分かる人は少ないだろう。小誌では、国宝の有形文化財のうち、絵画と彫刻に的を絞り、日本人なら一度はその作品名を耳にしたこと、または教科書などで目にしたことがあるであろう作品を紹介する。
(本書005)

こんな言われ方して、気持ちいい? 監修しているのは山下裕二さんという大学の先生なんだけど、「料理に例えると分かりやすいですね。本当に美味しいものはいいものをいろいろ食べてから出ないと判断できないものです。立ち食いそばしか食べたことがなければ、江戸前の手打ちそばの良さはわからないでしょう」なんて言われちゃうとね。

・・・なんか言い過ぎちゃいそうだから、一旦やめよう。

枻出版社  ¥ 2,160

国宝は先人から受け継ぎ、未来へ伝えていくべき宝である
金剛力士像釈迦三尊像菩薩半跏像
阿修羅像廬舎那仏座像鑑真和上像
帝釈天半跏像阿弥陀如来坐像天燈鬼立像・龍燈鬼立像
吉祥天像両界曼荼羅図仏涅槃図
源氏物語絵巻鳥獣人物戯画地獄草紙
平治物語絵詞六波羅行幸巻伝源頼朝像
洛中洛外図屏風松林図屏風風神雷神図屏風
彦根屏風燕子花図屏風鷹見泉石像

中学校の時と高校のときに、修学旅行で奈良・京都を巡った。あの時、いろいろな文化財に触れた経験は、あまりにも大きな衝撃だった。最近、身の回りの高校生は、奈良や京都に行ってない。・・・私は埼玉県だけど、娘は中国地方、息子は北海道だった。山に連れて行ってる子たちは沖縄に行くんだそうだ。・・・もったいないって思うなぁ。高校でも関西に行けばいいのに。

中学校の時、東大寺と法隆寺に行って、必ずもう一度期待って思った。幸運にも恵まれて、その後、なんとか訪れ、家族でも訪れた。監修の大学の先生のようなわけにはいかないけど、たしかに見ることによって目が肥えてくる。でも、例えば仏さんなら、それが作られた思いってのは、路傍のお地蔵さまのそれと何ら変わらないんだろうということにも思い至った。うちの周りのお寺にも、けっこう時代物の仏像はあるしね。・・・そういうのが作られた思いもやはり同じなんだろうってね。

そりゃたくさんのいいものを実際に見てみたいのは誰でも同じだろうけど、だけど、そんな悠長な人生を送れる人は限られている。そうしなきゃ分からないって先生が言うなら、あきらめる。

せめて先生にお願いしたのは、写真を通してその文化財の素晴らしさを教えてほしい。「いつか観たい」って、そんな気持ちは持っていたいもんね。「日本人なら見ておきたい」じゃなくて、「機会があれば見ておきたい」くらいの感じで接してほしい。こういう本が出ると、ついつい買ってしまうのも、気持ちだけはあるからなんだな。

若い人たちに話す機会があるというんだ。なにも、レオナルド・ダ・ヴィンチだ、ミケランジェロだってありがたがる必要はない。彫刻だろうが、絵画だろうが、日本にはその上をいくものがいくつもあるし、思いのこもったお地蔵さんなら、そこいら辺の道端に、いくらでも立ってらっしゃる。

《見られるものを味わう》ってのも、またそれなりにいいもんだと思うんだ。立ち食いそばも、食い方しだいよ。・・・すごい負け惜しみだな。




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『西郷隆盛』 宮崎正弘

まったく間抜けな話だけど、最近なんだか、やたらに西郷隆盛の本が出てるし、まだまだこれからも出てくる。「おかしいな~。何のブームなのかな~」なんてまぬけなことを考えていたら、この本の帯で気がついた。来年の大河ドラマは西郷隆盛なのか。私が一月半ほど前にこの本を買ったときは、ちっとも気がつかなかった。そうか。西郷隆盛なのか。よかった、よかった。何の資料もない、とは言わないものの、資料の乏しい人物では、十中九.七くらいまで創作になっちゃうからね

なんだ、そうか~。大河ドラマであるから、こんなに西郷隆盛があふれ出したのか。

それらの中で、私が一冊選んだのがこの本、・・・そういうわけじゃあないんだ。私がこの本を買った一月半ほど前の段階では、まだまだ、今のように洪水状態にはなってなかった。ただ、西郷隆盛には清濁織り交ぜて、いろいろな意味で関心があったし、なにより書いているのが宮崎正弘さんってところに惹きつけられた。

だって宮崎さんっていえば、あれでしょ、ほら。チャイナとか、韓国の本当のことを、ごく当たり前のように言っちゃう人。寅さんがチャイナや韓国だったら、「言いやがったなこのやろう。それを言っちゃあお終いだよ」っていい出しそうな。そうそう、国際情勢の専門家・・・、でいいのかな。

今までに何冊か読んでる。高山正之さんとの対談を読んだのも、ついこの間のことのような気がする。その宮崎さんが“西郷隆盛”か~。そう言えば、三島由紀夫に傾倒していらっしゃるんだよね。一途さという点で、共通するところがあるんだろうか。


『西郷隆盛』    宮崎正弘

海流社  ¥ 1,620

明治維新を成し遂げた英雄が、なぜ切腹して果てねばならなかったのか
プロローグ 夜明け前の美しさ
第一章 「敬天愛人」の震源地
第二章 明治維新のダイナミズム
第三章 廃藩置県・地租改正・征韓論
第四章 西南戦争
第五章 西郷伝説、その神話
第六章 日本に蘇る「正気」
エピローグ 西郷隆盛の湯

どうして宮崎さんが“西郷隆盛”なのか。

そのへんは《第六章 日本に蘇る「正気」》を読むと見えてくる。もちろん、ネタをばらしちゃうつもりはサラサラないんだけど、いくつか象徴的な言葉が出てきてるので、それだけ紹介する。

《歴史上の人物を動かすのはロゴス(論理)ではなくパトス(情念)である》

《歴史には、合理的解釈や経済効率、作戦面における戦術の優劣、行動や展開の拙速などから論じるだけでは説明できない計り知れない形而上学的な何かがある》

おそらく宮崎さんは、歴史を動かす“情念”や、“計り知れない形而上学的な何か”を、その大きな体に濃密に蓄えている西郷隆盛に強い関心を持っているということなんだろう。

それにしても変な本で、このブログの記事は“本 日本史”に分類したが、どうも歴史のホントは言い難い。やはりこの本は、宮崎産の専門である国際情勢の本のようだ。国際情勢の中で日本はどうあるべきか。西郷という鏡に移して日本を見ることによって、おそらく宮崎さんが出した結論は、・・・希望か、あるいは絶望か。




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『光明皇后』 瀧波貞子

著者の瀧波貞子さんという方は、光明子、光明皇后や聖武天皇が大好きなんだな。光明あっての聖武天皇、光明あっての孝謙女帝っていう見方だから、光明あっての奈良時代。奈良から京都への移行も、光明を理解してこそって立場で書いてらっしゃる。

この時代への味方は複雑だよね。

持統ー元明ー元正ー光明ー孝謙って続く女のラインを重視するか。天武ー草壁ー文武ー聖武って続く男のラインを重視するか。そんな考え方もあるんだな。

律令制導入に伴う社会変化だけでも大変なところに、天然痘の流行だの、反乱だのと、上を下への大騒ぎ。だけど、政権を主導したものを見ていくと、《藤原不比等》⇒《長屋王》⇒《藤原四氏》⇒《橘諸兄》⇒《藤原仲麻呂》⇒《道鏡》⇒《藤原百川》ってなぐわいで、藤原氏と誰か、藤原氏と誰かって感じで移行していっているのが分かる。

もちろん藤原氏が一枚岩だったってわけではないんだけど、結果としてはしっかり政敵を排除していってるんだよね。その政敵を排除していくって過程においては、光明子は不比等にとっても四兄弟にとっても、とっても大事な手駒だったわけだよね。もちろん、聖武天皇自体が彼らの手駒だったはず。つまり、彼らは藤原氏の手駒夫婦だったわけだ。

『光明皇后』    瀧波貞子

中公新書  ¥ 950

平城京にかけた夢と祈り 遷都、政争、正倉院… 天平時代の光と闇
第一章 父不比等と母三千代
第二章 父、逝く
第三省 皇太子の早世
第四章 母の死
第五章 四兄弟の急死
第六章 夫との別れ
第七章 娘への遺言


手駒夫婦は、最後まで手駒夫婦で終わったのか。手駒夫婦であることを彼らは受け入れて生きたのか。それともあらがって生きたのか。その視点はこの本にはない。

そこを無視していいのかなって思う。だってこの二人は、宿命的に政治的存在だ。仏教への帰依に心の平安を求めても、政治的存在である自分から逃げることはできるはずがない。天武の跡をたどり、宮を次々の移そうとする聖武からは、藤原の手の内から離れようとする心情が透けて見えるが、この本はそれを無視する。

政治男の藤原不比等の行動に、おそらく無駄なことなんか何一つない。三千代を自分のものにしたのも政治的な行動。そのために三千代の夫の美努王を大宰府送りにしている。・・・ほかに人がやったことじゃないでしょう。不比等でしょう。

その不比等と三千代が、“夫婦相和し”って感じで書かれてる。きっと三千代はもっと複雑。複雑な三千代は、宮子にも無神経であったとは思えない。

なぜか長屋王の事件の取り扱いが小さい。藤原氏の関与を小さく扱いすぎている。聖武が長屋王に対して怒り狂ったって書いている。そのための族滅か。そんなのありえないだろう。自分の子供を慈しむことを覚えたならば、聖武も光明子も長屋王の一族を族滅させるなんてできるはずがない。

やったとすれば、愚かとしか言いようがない。


光明皇后はあまりにも多くの身内の死に接し、人生は苦悩に満ちていたというが、そんなの誰だって当たり前と言えば言えないこともない。その苦悩は、自分と夫が手駒夫婦であったからこそ深いものであったはず。

母の苦悩の意味を知っていたから、聖徳女帝は、皇統に存在意義を感じていなかったんじゃないかな。だからこそ、仏に仕える道鏡にその地位を譲ろうと考えたんじゃないかな。

江戸時代の川柳に、「道鏡に崩御崩御と称徳言い」なんてのがあるけど、称徳を貶めるのを承知の上で、面白おかしい話をでっち上げて皇統を蔑んだのは、やはり藤原氏なんじゃないかな。

・・・そんなことを考えながら読みました。





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『本能寺の変 四二七年目の真実』 明智憲三郎

え~、実はこの本も、深~い事情があって押し入れの段ボールに投げ込んであったシリーズの中の一冊。当時でも話題になって、けっこうワクワクして買っておきながら、いざ読み始めて見ると、なぜだかページが進まない。前にも書きましたが、そんなとき私は、すべてを本のせいにして、押し入れの段ボールで眠ってもらう。そして、心機一転、違う本に手を付ける。

ごめんなさい。そんなとき、大半は本のせいではなく、私のせい。ページが進まないのは、私の体調不良であったり、仕事からくるストレスであったりが原因。この本の場合もそう。おそらくは後者。

そんなわけで、この間押し入れに頭を突っ込んだ時に、そんな仲間たちの中から何冊かを取り出しておいた。いま私、ワクワクしてる。・・・もう、あの時は本当に申し訳ないことをしました。

ということで、本能寺の変の427年目の真実なわけですが、本が出たのが今から8年前の2009年だから、実質、435年前の真実ということになる。

「イチゴパンツに本能騒ぐ」なんて言ってる場合じゃないぞ。
著者は明智光秀の子孫なのか。本能寺の変以来、そりゃあ一族の方は苦労したことだろう。なんでもおじい様は、学校で“逆賊”とあだ名されたとか。それはそれは、・・・さぞ。
七つの謎
1 謀反の動機
2 信長はなぜ無警戒で本能寺にいたか
3 なぜ光秀はやすやすと変を成功させ得たか
4 家康の安土訪問と上楽が、なぜあれほど無警戒であったか
5 光秀にはどんな政権維持策があったのか
6 変直後、甲斐・信濃を攻め取った家康が責められないのはなぜか
7 秀吉の「中国大返し」は、なぜあれほど見事に成功したのか
最初に著者が提示した本能寺の変に関わる七つの謎。著者はこの七つの謎を一つの線でつなぎ合わせることに成功し、はじめて本能寺の変の真実を解明して、世に問うたのがこの本ということ。


プレジデント社  ¥ 1,646

今、四二七年目に明かされる驚愕の新シナリオ❢ 驚天動地。事実は小説よりも奇なり
第一部 作り変えられた歴史
第1章  誰の手で史実は歪められたか
第2章  通説とは異なる光秀の前半生
第3章  作られた信長と光秀の不仲説
第二部 謀反を決意した真の動機
第4章  土岐氏再興の悲願
第5章  信長が着手した大改革
第6章  盟友・長曾我部の危機
第7章  衝撃の「家康潰し」計画
第三部 本能寺の変は、こう仕組まれた
第8章  二つの企て
第9章  信長が導いた謀反同盟
第10章  家康の謎の策動
第11章  手際のよすぎる秀吉の「中国大返し」
第12章  光秀の苦悩、そして滅亡
第四部 新設を裏づける後日譚
第13章  フロイス証言の真偽
第14章  家康が残した暗示

どうも、俗に語られている本能寺の変の顛末には、元になった本があるらしくて、『惟任退治記』という。本能寺の変から4か月後、秀吉が家臣に書かせた事件報告のような性質のものらしい。変が、光秀の単独犯行であること、動機は個人的怨みによること、光秀は天下取りの野望を抱いていたという話は、この本によって公式化されたらしい。

怨恨説に合わせて信長像も脚色されているそうで、信長が本能寺で淫乱にふけっていたと書かれているらしい。本来、“乱丸”と記されていたものが“蘭丸”と定着させたのもこの本だそうだ。・・・ゲイが細かいね。
「事実は小説よりも奇なり」

とは言うものの、後世に伝えられる本能寺の変は、それ自体が《“奇”中の“奇”》。肝になるのは信長の長期政権構想と、「土岐桔梗一揆」といって良さそう。それを軸としてこの本に書かれた諸般の事情を総合すれば、本能寺の変をめぐる七つの謎は、いずれも合理的に説明され、“謎”ではなくなる。

私たちの知っている本能寺の変は秀吉が作り上げた筋書きということになるが、秀吉にその好機を提供したのは細川藤孝であり、家康が承認したからこそ、それは定説となりえた。

2009年にこの本が出てから、もう何回か、信長の登場する映画やドラマを見た。その時は、この本のことを知らなかったわけだけど、それ以前の“本能寺の変”に解釈の変更があったようには感じなかった。いずれにせよドラマチックな時代なのだ。秀吉にしろ、家康にしろ、または信玄にしろ、謙信にしろ、この時代に触れようとするなら本能寺に触れないわけにはいかない。

『四二七年目の真実』をもとにして定説に逆らって書くよりは、なかったことにして書くほうが、少しは心が楽だ。これが時間の重みだ。覆すためには二の矢、三の矢が必要だが、そのへんはどうなんだろう。

はやり、定説の解釈に変更を加えて本能寺の変を描くことには勇気がいる。それだけ、時間がたちすぎた。




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『辞世 108選』 長生馬齢

大津皇子 「ももつたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ」

日本書紀は隠しているものの、やはり、大津こそが次期天皇だったんだろうな。ところが、自分の子供の草壁皇子を天皇位につけたい鵜野讃良皇女が大津皇子を陥れる。おそらく、天武が死んで思いついたことではなく、前々から準備していたことなんだろうな。鵜野讃良の母心に付け入って筋書きを書いたのは、藤原不比等で間違いないだろう。

才能に恵まれて、父から愛され、重く用いられていた大津皇子は24歳。見慣れた風景を懐かしみ、死に臨んで威厳を失わない様子に、王者の風格を感じさせる。

有間皇子 「磐代の浜松が枝を引き結び真幸くあらばまた還り見む」
       「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」


中大兄皇子の謀略により囚われた、先帝孝徳天皇の遺児有間皇子。南紀に移送される際、岩代の海岸で読んだ歌。一人、難波宮に置き捨てられた孝徳天皇を憤死に追いやったのは中大兄皇子。中大兄にすれば、自分を恨むに違いない有間皇子を放置できなかったのだろう。それにしても、有間皇子この時19歳。

愛育社  ¥ 時価

辞世とはいえ、本当に死の間際に読まれることは少ない そろそろ私も・・・


鑑真 「我若し亡ぜんときは願わくは座して死なん」

鑑真すごいな。753年、戒律を日本に伝えるために来日。周囲の静止を振り切った来日のその時、すでに65歳。今の私より7歳上。鑑真すごいな。死が迫ったことを予感してなおこの気迫。享年は76歳。

阿倍仲麻呂 「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」

遣唐使として唐に渡り、玄宗皇帝に使えるが、あんまり有能すぎて手放してもらえず、帰国を許されたは56歳。その送別の席で読んだ歌だそうだ。船の遭難で帰国は叶わず73歳の生涯を長安でとじることになるが、この歌はしっかり日本に帰り、日本人の心に染み付いた。

在原業平 「ついに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思わざりしを」

六歌仙の一人。こんなに冷静に言われてしまうと困ってしまうが、自分もきっとそう思ってその日を迎えるんだろう。享年56歳。

西行 「願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」

北面の武士として鳥羽院に仕える。23歳で出家して後に西行と称す。桜の名所吉野に住み、人一倍桜を愛した。歌のとおりに二月16日に73歳で入寂。まったく、そんなに都合良く死ねるのか。

渡辺綱「世を経ても わけこし草の ゆかりあらば あとをたずねよ むさしののはら

摂津源氏の源頼光に仕え、頼光四天王の筆頭に数えられた。大江山の酒呑童子退治、羅城門の鬼を切り落とした逸話で有名。なんでも鴻巣の箕田氷川八幡に歌碑があるという。綱は鴻巣由なのか。知らなかった。享年73。

後鳥羽上皇「いま一度 身ざりつるこそ 妄念なれ」

第82代天皇。承久の乱に敗れ、鎌倉の裁定によって隠岐の島に流され、沖で60年の生涯を閉じる。屈指の歌人としても知られるが、「妄念」という言葉に思いの強さを感じる。きっと怨霊になったんだろうな。

日野俊基「古来の一句 死も無く 生も無し 万里雲尽き 長江水清し」

後醍醐天皇に仕え、鎌倉幕府討伐のための謀議に加わる。諸国を巡って反幕府勢力を募るが元弘の変で捕らえられ、鎌倉に送られて処刑される。どうやらその時読まれた歌らしいが、死を目前にして、ずいぶんと清々しいね。

一休 「仮り置きし 五つのものを 四つ返し 本来空に 今ぞもとづく」

生まれたときにあずかった五つのもののうち地・水・火・風は返して残ったのは空。その空に、ようやくたどり着いたってことかな。ようやくたどり着いたその境地、・・・返さないのかな。死んで空に戻ったら、それこそ空そのものになって返せないよね。享年88歳。


太田道灌 「かかる時さこそ命の惜しからめかねてなき身と思い知らずは」

扇ヶ谷上杉氏の家宰で、武蔵・相模を代表する武将。ちょうど戦国の入口に生きてるんだけど、いい人だから下克上に突っ走れない。逆に、あんまり有能すぎて主家から恐れられ、誘い出されて殺害される。辞世の句は槍で突かれて討ち死にするときに詠んだって。さすがだな。享年55歳。
かつては、・・・と言うのは若い時分の話。高杉晋作や坂本龍馬に自分を重ねた。高杉晋作や坂本龍馬が大仕事を成し遂げながらも、若くして、しかも志半ばで死んでいったことに、「それに比べて自分は・・・」と才なき我が身を呪った。ああ、晋作の死んだ年を過ぎた、龍馬の年に近づいたと鏡にしたものの、それを過ぎてあまりに時間がたちすぎると、想いに登らせるのも馬鹿らしい。

時間的に余裕を持つなら太田道灌と思ってたんだけど、久しぶりに思い出したら、道灌の享年をとっくに通り過ぎていた。ハハハ

いまさら享年88の一休さんに切り替えたところで、いつそれが目前に現れるか分からない。それこそ、「昨日今日とは思わざりしを」ということ。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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