めんどくせぇことばかり 本 世界史
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『世界の5大神話入門』 中村圭志

高校の教員をやめて、もう2年が経つ。

教科は社会、社会は地歴と公民に分かれたんだけど、社会の時代に免許を取った教員は、地歴でも公民でも教えられる。学力の高い学校だと専門教科にこだわったりするんだけど、そうすると自分の担任するクラスの授業がなかったりする。生徒指導重視の学校だと、授業の中で生徒との人間関係を作ることも大事なので、地理でも、歴史でも、現代社会でも、何でもやった。

ただ、授業をやってて楽しいのは、やはり専門科目だね。私は生徒との関係は別で作るから、担任クラスの授業がなくても、他の事情が許せば専門科目である世界史をやらせてもらっていた。

世界史を嫌がる先生が少なくなかったので、だいたい世界史もできたかな。だいたい1人2科目はやることになるんだけど、2科目の内の1科目は世界史だった。

日本史でもそうだけど、世界史の授業はいろいろな神話から始めた。メソポタミアの神話、エジプトの神話、ペルシャの神話、ギリシャ神話。ペルシャの神話のところで一神教にも言及しておくかな。そういう神話の合間合間に教科書の内容を入れていく。ただ、ごく限定的なものばかり。あまり細かいことをやっても、すぐ忘れちゃうしね。

さらに、旧約聖書の物語からユダヤ教に触れ、アレクサンダーを登場させて、ヘレニズム世界を展開させる。そこからはインドの神話に触れる。バラモン教時代から仏教の成立、ガンダーラ美術あたりまで流して、日本にも触れておく。

そのあとはローマの神話。もちろん古代ローマを絡ませて、エルサレムにイエスを登場させる。キリスト教が成立して以降は、ローマの拡大と、そこでキリスト教がどのように生き残り、西ローマが滅亡しながらも、支配的宗教に成長していく様子を紹介する。時代は中世に入っていく。

歴史の教科書っていくのは、常に時間軸が優先されている。大変馬鹿馬鹿しい話で、教科書会社の方には常々要望していたんだけど、それじゃあ歴史を勉強したことにならない。

私の授業は、メソポタミアの神話から始まって、最後の中世の入り口くらいのところまで話をすると、おそらく2学期も後半を迎える時期にさしかかる。何かしら関連があれば、どの時代にでも飛ぶからだ。

特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と連なる一神教に関しては、その思想や精神性は、とてつもなく現代世界に大きな影響を与えている。

だいたい、神話について話している間は、寝る奴はいない。目をキラキラさせて聞いている。教科書の内容になると、なかなかそうはいかない。それでも少しは持つ。「鉄は熱いうちにうて」・・・時代を飛ばない手はない。



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神話的思考は現代でも生きている。ときには現実の政治にも姿を現わす
第1章 日本神話
第2章 ギリシャ神話
第3章 インド神話
第4章 中東神話
第5章 北欧神話
第6章 その他の神話
第7章 神話とは何か?


かつては、自分の興味もあるけど、授業で生徒に話をすることも前提として、いろいろな地域の神話に触れていた。

今はそうじゃない。純粋に自分の興味。神話って面白い。

なかでも、インド・ヨーロッパ語族が面白い。

もともとは黒海北岸からコーカサス山脈にかけての地域に住んでいたらしい。それが紀元前2000年頃から、おもに南下する形で移動を開始する。

小アジアに進出したヒッタイト。エーゲ海に南下したギリシャ人。カイバル峠を越えてインドに侵入したアーリア人。その一部はペルシャに国を作りイラン人となった。地中海世界を支配したローマ帝国のラテン人、アルプス以北でケルト人、4世紀に大移動を展開したゲルマン人やスラヴ人。

これがみーんな、インド・ヨーロッパ語族。英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ヒンディー語などは、みーんなインド・ヨーロッパ語族系の言語。この語族に属する言語を公用語としている国は、100を超えるという。

そして、黒海北岸からコーカサス山脈にかけての地域に住んでいた頃、当時彼らが使っていた言葉はインド・ヨーロッパ祖語と呼ばれているが、その言葉でディエーウスと言う神を崇めていた。天であるとか、光であるとかの意味があるらしい。

彼らは、その神への信仰を失わずに各地に移動して言った。その間に、言葉は次第に変化していき、インド・ヨーロッパ語族系のさまざまな言葉へと変化していった。

ラテン語では神をデウスという。日本のキリスト教を伝えた宣教師たちは、日本人に神をデウスと教えている。ギリシャ神話では最高神をゼウスと呼んだ。そう言えば、ゼウスは雷霆神だ。黒海北岸からコーカサス山脈にかけての地域に住んでいた頃、彼らが崇めたディエーウスは、天とか、光という意味だったようだが。それはおそらく、雷霆だろう。

インドのサンスクリット語にも、テーヴァという言葉がある。意味は、神だそうだ。

北欧神話に、チュルという神がいるという。ゼウス、ユピテルと同じ語源とある。ユピテルは、もとはデュウピテルで、デュウの部分だけでゼウスと同意になる。それにしても、もとのディエーウスがどうすればチュルに変わるのか。チュルと言う神を調べてみた。

北欧神話と言えばオーディンとトールくらいしか知らない。チュルというのは、オーディンの子か。かっこいい神だったらしい。軍神か。

ゲルマン祖語ではティワズ、ディワズがドイツ語のテュールに変化したようだ。テュールは、かつては神をあらわす一般名詞でもあったようだ。そういうことになると、ラテン語のデウス、サンスクリット語のテーヴァと同じと言うことになる。
このテュールがチュルになる。

インド・ヨーロッパ語族の影響の大きさにびっくりだ。

先日、日本神話とギリシャ神話の類似性について書いた。日本神話の中の雷霆は、最高神という扱いこそ受けなかった。それでも“神鳴り”と表わすこともあるように、雷は神のなせるわざと考えられていた。

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『中野京子の西洋奇譚』 中野京子

イエスが十字架を背負わされてエルサレムの町を歩かされていた時、疲れ果てて靴屋の壁にもたれかかろうとして拒まれた。イエスは、そのユダヤ人に言った。「自分は死して安らぐが、お前は永遠に彷徨い続けなければならない」

このようにして、彼は“さまよえるユダヤ人”になった。

喜望峰の沖合で、オランダの帆船が嵐に遭遇した。思うように舵を切ることができず業を煮やした船長が、南十字星の十字に向けてピストルを発射した。神を罵り、悪魔に助けを求めたのだ。そのために船長は呪いを受け、死ぬことも許されず、未来永劫、幽霊船と共に海を漂泊しなければならなくなった。

さまよえるオランダ人船長は、7年に1度だけ陸に上がることを許される。そこで真実の愛を捧げてくれる乙女に出会えれば、呪いは説かれ、救済され、死を許される。

日本の場合、無念を残して亡くなったものは怨霊と化し、自分を死へと陥れたものに祟った。人々は恐れおののき、その霊を慰め、崇めて、祀った。怨霊の怒りを静めたとき、御霊はその力を世を守護する神に変わる。

だけど、西洋の場合、どうやら、祟るのは最初から神らしい。そうなると、その祟りはかなり質が悪い。

あの《エクソシスト》という映画は1973年か。13歳の時だ。本当に怖かったな~。それに続いて、《オーメン》なんていう悪魔ものの映画が続いた。

大学の時、同じサークルに、6月6日生まれの友人がいた。オーメンの主人公悪魔のデミアンは、頭に6・6・6のアザを持っていた。友人は4年間、オーメンと呼ばれていた。

あの映画の3年後のドイツで、20代の娘に悪魔が憑いたと信じた両親が、エクソシストに悪魔払いを依頼した。エクソシストは娘にルシファーが憑依していると、10ヶ月にわたる過酷な儀式を行なった。その結果、娘は栄養失調で死んだ。

世界中がこの出来事に震撼し、以後、悪魔払いに対する規制が厳しくなった。

消滅したかに思われたエクソシストだったが、2005年にベネディクト16世が教皇になると、彼は悪魔払いの儀式を支持し、以来、エクソシストの需要が急増しているという。教皇はフランシスコ1世に代わったが、今でも需要は増え続け、エクソシストの数が足りなくなって困っているという。

なにしろ、イエスが悪魔払いをしている。



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事件や伝承に隠された、最も恐ろしい真実。中野京子が贈る、21の「怖い話」
第一話 ハーメルンの笛吹き男 第二話 マンドラゴラ
第三話 ジェヴォーダンの獣  第四話 幽霊城
第五話 さまよえるオランダ人 第六話 
ドッペルゲンガー
第七話 ゴーレム       第八話 ブロッケン山の魔女集会
第九話 蛙の雨        第十話 ドラキュラ
第十一話 犬の自殺      第十二話 ホワイトハウスの幽霊
第十三話 エクソシスト    第十四話 貴種流離譚
第十五話 デンマークの白婦人 第十六話 大海難事故
第十七話 コティングリー事件 第十八話 十字路
第十九話 斬られた首     第二十話 ファウスト伝説 
第二十一話 ディアトロフ事件



イエスが弟子と共にガダラの地に到着すると、墓場に住んでいた2人の男が近づいてきた。2人は汚れた悪霊に取り憑かれており、町の人は誰も近づけないひどい有様だった。しかし、イエスに面と向かうと、憑依していた霊は怯えだし、こう頼んだ。「人間の身体から出されて底知れぬ場に追放されるより、近くの豚の群れに取り憑かせて欲しい」と。

イエスは言った。「行け!」

すると、それまでおとなしくしていた豚(ユダヤ人にとっては不浄の家畜)が突然パニックに陥って暴れ出し、狂乱して走り出した。その数、2000頭の豚が、高い崖からはるか下の湖に飛び込み、ことごとく溺れ死んだ。

エクソシストは、まさに神の行為。

実際に、そういうことがあったのかと思わされるのが、ディカプリオが主役を演じた映画の“鉄仮面”。その男1703年にがバスティーユ牢獄で息を引き取ると、所持品はじめ、彼に関連するすべてのものが焼却され、彼の生きた証しはすべて消されてしまった。にもかかわらず、この男への関心は、今に至るも消えていない。

なにしろルイ14世自らの指示で、男は34年の長きにわたって幽閉されたのだ。なぜか監獄長からも丁重に扱われ、衣食の贅沢を許され、楽器まで与えられ、定期的に医師の診断も受けていた。ただし、人前では仮面、あるいはベールを強制され、外したら即死刑と厳命されていた。

常識を越えて敬意を払わなければならない存在であり、絶対にその顔を見せてはならない人物だったことになる。

ルイ14世の母アンヌ・ドートリッシュは、ハプスブルク家からブルボン家に嫁いだ。後の、マリー・アントワネットと同じだな。次の王を生むことは国民の大きな期待であり、ルイ13世とドートリッシュの寝室は、大きな関心事だったはず。

だけど、数回妊娠したものの、流産し、もともと女嫌いのルイ13世は、その後、妃を顧みなくなったそうだ。そんなドートリッシュの頼りは宰相のマザランで、二人の関係は以前から公然たる秘密だった。

彼と同じ顔をした、双子、もしくは年の近い兄弟がいたとしたら・・・。これは昔からささやかれ続けた仮説の一つで、映画の《鉄仮面》も、その仮説を前提としたものだったそうだ。

太陽王と呼ばれるルイ14世だけに、光が強すぎる分だけ、闇も深い。

西洋が世界で光り輝くのは、大航海時代を迎えてだいぶ時間が経ってからのこと。世界の富をかき集め、それを原資として発展の道をたどり始める。

産業革命がイギリスに始まり、その波が西ヨーロッパに広がり、西洋の世界進出が始まる。その後のヨーロッパが、私たちの印象には強いわけだ。しかし、それ以前の、輝きを放ち始める前の西洋にこそ、今の西洋の精神を支える奥深さがあるように感じる。

それに比べて、中世を持たないアメリカは軽い。


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ギリシャ神話『世界の5大神話入門』 中村圭志

イザナミは、カグツチを生んだ際のやけどで命を落とした。

イザナミは死んで黄泉の国へ行ってしまう。イザナギは生きた身体のまま、イザナミを追って黄泉の国へ行き、イザナミを連れ戻そうとする。しかし、すでに黄泉の国の食べ物を食べてしまったイザナミは、再び生の世界には戻れない。イザナミは黄泉の国の神に相談に行く。「その間に、私の姿を見ようとしないでね」と言い残して。

なかなか戻らないイザナミにやきもきして、イザナギは言いつけを破ってイザナミの姿を見てしまう。それは、生々しい“死”の実体だった。イザナギは衝撃を受けて、逃げ出す。それに気づいたイザナミが、怒り狂って追いかけてくる。

アポロンから竪琴を賜ったオルフェウスは歌い手として、演奏者として並ぶものがないといわれるほどすぐれていた。誰もが彼の楽の音に聞き惚れた。ところが、妻のエウリュディケが、言い寄るアリスタイウスから逃れようとして、うっかり蛇に噛まれて死んでしまう。

冥界に去ったエウリュディケを連れ戻すために、オルフェウスは地下世界に下りていった。冥界の川を渡り、亡者たちの世界に入り込んだ。亡者たちはオルフェウスの楽の音に聞き惚れた。さらには冥界の王ハデスもオルフェウスの歌に耳を傾けた。

オルフェウスは、ハデスがペルセポネを思うように、自分もエウリュディケを思っていると歌った。ハデスは心を動かされ、エウリュディケを連れて帰ることを許可した。「ただし・・・」とハデスは言った。「地上に出るまで後ろを振り返ってはならない」

暗い坂道をどこまでも登りながら、オルフェウスは妻が本当についてきているか、次第に心配になった。そして結局、彼は愛するものの姿を確かめようと、振り向いてしまう。妻はいた。しかしその姿はみるみる遠ざかり、「さよなら」という声を残して見えなくなった。

日本神話の黄泉の国も、ギリシャ神話の冥界も、どうも地獄というのとはだいぶ違うようだ。人が死ぬと、ヘルメスやタナトスに案内されて冥界に行く。ステュクスというこの世とあの世を隔てる川があって、その支流の一つアケロン河を渡ってあの世に渡る。その時、カロンという渡し守がいて、渡し賃も決まっているそうだ。

イザナギが黄泉の国に行くのに川を渡った様子はないが、日本でもあの世に行くのに渡る川があるよね。そう、三途の川。カロンに当たる渡し守は知らないが、渡し賃は六文で、これがないと身ぐるみ剥がされたそうだ。

ちなみに、六文銭は真田氏の旗印だな。

ここまで共通点があると、なんだか、関連性がないと考える方が難しい。この本の著者は、「超古代にさかのぼる両神話の元ネタがあったのかもしれない」と書いている。

だけど、アカイア人、イオニア人がギリシャに定住するのが起源前1500年頃でしょ。民族の移動や定住の過程で、神話が語られるようになったなら、遅くても紀元前1000年頃には、ある程度の物語は伝えられたろう。





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神話的思考は現代でも生きている。ときには現実の政治にも姿を現わす
第1章 日本神話
第2章 ギリシャ神話
第3章 インド神話
第4章 中東神話
第5章 北欧神話
第6章 その他の神話
第7章 神話とは何か?


それが極東にまで伝えられる機会があったとすれば、やはりヘレニズム以降の話になる。

中でも、面白いのはミスラ神。ペルシャの、ずいぶん古い英雄神のようだけど、その名には“契約”、“約束”という意味があるという。ゾロアスター教が確立する中で軽んじられるが、やがて、アフラ・マズダと同等、あるいは表裏一体の神と考えられるようになった。

ローマではミトラ教として信者を集めた。ミトラ教は太陽神ミトラスを信仰する宗教として、1世紀から4世紀にかけては、キリスト教の勢いを上回ることもあるほど盛んだったようだ。

ミトラ教においては、太陽神ミトラスは1年に1度、冬至の日に生まれ変わるという考えがあり、12月25日に冬至祭を祝った。キリスト教がヨーロッパ世界で支配的になっていく中で、ミトラ教の冬至祭がキリスト教の中に取り入れられ、後付けで、イエスの誕生日ってこじつけたんだろう。

このミトラ教の宗教体系が仏教の中に取り入れられ、キリスト教の救済のイメージと重なってが菩薩信仰につながったのかもしれない。ブッダ入滅の56億7千万年後にこの世界に現れ、人々を救うマイトレーヤ、日本で言うところの弥勒菩薩の誕生だな。

ミスラ神、ミトラ神、ミトラス神が入って来ていて、ギリシャ神話が入ってきていないという方が考えづらいだろう。

さて、先に挙げた冥界の王ハデスだけど、ゼウス、ポセイドンと同じく、クロノスとレアの夫婦から生まれている。豊穣の女神であるデメテルもそう。

ゼウスとデメテルの間にはペルセポネという娘が生まれ、豊穣の女神デメテルと穀物の霊であるペルセポネは、セットとして人々に尊崇された。

ところが、ゼウスの思いつきで、ペルセポネをハデスの妻にすることが決まり、花を摘んでいたペルセポネが、突然地が裂けて現れたハデスに連れ去られてしまう。

愛する娘を失ったデメテルは、神殿の奥に引きこもってしまう。豊穣の女神が姿を隠したことで、飢饉が世界を覆い尽し、困惑したゼウスは妥協策を出して、年に3分の1の冬の間だけ、ペルセポネはハデスの妻として冥界で暮らすことになる。

これも、天照大神の天の岩戸神話と、大変によく似ている。



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ドッペルゲンガー『中野京子の西洋奇譚』 中野京子

人間というのは、心に折り合いをつけないと、安心して生きていくことができない。

ナイル川下流域の氾濫は、人々の生活を脅かすと共に、水が引いたあとにたくさんの肥沃な土をもたらした。その沃土で栽培される小麦は、そこで多くの人々が生きていくことを可能にした。しかし、そこは砂漠地帯で、雨は、ほぼ降らない。彼らは、それなのになぜ川の水が増えるのか、必死で考えた。

神の存在を前提とすることで、彼らは心に折り合いをつけた。

心に折り合いをつけないといけないことは、科学が進歩したことで、ほんの少しだけ減った。しかし、それは本当に、ほんの少しでしかない。私なんか、起きている時間の大半は、折り合いに苦心している。

だけど、いくら折り合いをつけるためと言っても、一神教を受け入れてしまった地域は、最初に折り合いが付いたと思った頃は良かったんだろうけど、あとが大変よ。

その“折り合い”を守るために、また新しい折り合いをつける必要に迫られる。そのうち、折り合いのために、人を殺し始める。今度は、その人殺しにも折り合いをつけなければならなくなる。

だいたいキリスト教は、どのくらいの魔女を殺したんだろう。研究者に言わせても、4万、数十万、数百万、ずいぶん開きがあるそうだ。もちろんこの数字には、拷問中に死んだ人は数えられていないそうだ。

《魔女は近隣社会に住みつき、人と変わらぬ日常を送っている。ところが影では妖術を使い、ひそかに農作物を枯らし、人間や家畜を呪い殺している。その彼女たちの総大将である魔王に招集されれば、体中に特別な軟膏を塗り、箒にまたがって夜空に飛翔し、サバトの開催地に向かう。競争に満ちた夜宴は一番鶏の鳴き声と共に終わり、そのあとは文字通り家へ飛んで帰って、何食わぬ顔でいつもの生活に戻る》

これで、彼女たちを殺すことに、折り合いが付く。

“西洋奇譚”と題された本ではあるが、折り合いをつけなければやっていけなかったのは、西洋も東洋も同じ。この本を読んで分かった。私たちも、同じことに対して折り合いをつけていると感じることがあった。

たとえば、ドッペルゲンガー。・・・ちょっと、取り上げてみたい。



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事件や伝承に隠された、最も恐ろしい真実。中野京子が贈る、21の「怖い話」
第一話 ハーメルンの笛吹き男 第二話 マンドラゴラ
第三話 ジェヴォーダンの獣  第四話 幽霊城
第五話 さまよえるオランダ人 第六話 
ドッペルゲンガー
第七話 ゴーレム       第八話 ブロッケン山の魔女集会
第九話 蛙の雨        第十話 ドラキュラ
第十一話 犬の自殺      第十二話 ホワイトハウスの幽霊
第十三話 エクソシスト    第十四話 貴種流離譚
第十五話 デンマークの白婦人 第十六話 大海難事故
第十七話 コティングリー事件 第十八話 十字路
第十九話 斬られた首     第二十話 ファウスト伝説 
第二十一話 ディアトロフ事件



ドッペルゲンガーというのは、不思議な話だな。

これはドイツ語で、直訳すると「そっくりに動く人」、そこから、「生き写し」、「分身」、「生き霊」というような捉え方をされる言葉らしい。必ずしも、本人が自分のドッペルゲンガーを見るとは限らず、他人が他の場所で、そこにいるはずのないその人を見るケースもある。

単に見たと言うだけならば、幽体離脱ということもある。

葵祭の見物の場所をめぐって、光源氏の正妻である葵の上と、方や恋人の一人である六条御息所、双方の従者が諍いを起こし、葵の上の従者が御息所の乗っていた牛車を破壊してしまう。これでプライドを傷つけられた六条御息所の精神が暴走することになる。なんと、幽体離脱した生き霊となって、葵の上に取り憑いて殺してしまう。

自分でドッペルゲンガーを見た者は、まもなく亡くなるという話を聞いたことがある。しかし、エイブラハム・リンカーン大統領が、鏡の中に2人の自分を見たのは、暗殺されるよりもだいぶ前のことだ。

ゲーテは、自伝にドッペルゲンガー体験を書いているそうだ。以下のようなものだ。

《若きゲーテは恋人のもとへ馬を走らせていた。すると向こうから明るいグレーの服を着たドッペルゲンガーが馬にまたがってやってくる。驚いたものの、やがてそのことは忘れてしまう。8年後、ゲーテはまた同じ道を、今度は逆方向に馬を走らせていたが、その時、忽然と思い出したのは、今の自分があの時のドッペルゲンガーと同じ、明るいグレーの服を着ていたと言うことだった》

なんと、ゲーテは、時を超えていた。

イギリスの戦艦ヴィクトリア壕の司令官サー・ジョージ・トライオン海軍中将はシリア沖での艦隊訓練中に亡くなった。衝突事故によって、戦艦と乗組員357名ともども海の藻屑になったんだそうだ。

ちょうどその時間帯、彼の妻はロンドンの屋敷でパーティを催しており、複数の招待客から、軍服姿のトライオン海軍中将を、今さっき見かけたと言われたという。

これは、日本風に言えば、“虫の知らせ”というヤツだな。


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『君は君の道をゆけ』 齋藤孝

この本を出した齋藤孝さんは、小学生の頃から、謙虚なふりをして自分を守るタイプの人が苦手だったんだそうだ。

そりゃ苦手だろう。小学生で、そんな処世術を身につけていたら、気持ち悪すぎる。齋藤さんの言う「“出る杭は打たれる”という見えないシステム」や、「互いを監視し合うような不自由な雰囲気」っていうのは分からないではないけど、そんなものに前途を立ち塞がれたことはない。

だけど、たしかに、何でもかんでも遠慮がちな人はいる。自分の力を信じられず、何事にも及び腰な人もいる。そういう人に、ニーチェの言葉を贈りたいというのがこの本。

だけど、その辺はどんなもんだろうな。そういう人たちって、それが自分にとって、一番楽な生き方なのかもしれない。そういう人たちに向けて、ニーチェの言葉は、どんなもんだろうな。

「安易な道を選ぶこと勿れ」

「たとえ絶望していても、仕事をこなしてみよ」

「自分の殻を脱ぎ捨て、脱皮し続けよ」

まあ、人によりけり、時によりけり、場によりけりって気がする。だいたい、決してニーチェ自身、幸福な人生を送ったわけじゃない。彼らしく生きた人生ではあったかもしれないが。

ただ、私には、これらの言葉は、とても刺激になる。ちょこちょこっと読み飛ばさずに、しっかり読んで考えておけば良かった。ニーチェのこの言葉を知っていれば、あの時、違う道を選ぶこともできたかもしれない。

「不向きなことを、回避する勇気を持て」

「君の過去の行動を、否定することなかれ」

「愛せないなら、そこを通り過ぎよ」

「つまらぬ嫉妬で、身を滅ぼすな」

この本は、まず、そんなニーチェの言葉が紹介されて、齋藤孝さんが2ページくらいかけて解説していく形で進められる。


ワニブックス  ¥ 1,430

哲学者ニーチェに学ぶ。自分の足で立ち、強く生きていく方法
空高く飛ぶために、君がすべきこと
最大の敵は、おのれ自身である
友と喜びを共有し、分かち合え
安易な道を、選ぶことなかれ
おのれの言葉で、自分を鼓舞せよ
苦痛の中にこそ、得るものがある
たとえ絶望していても、仕事をこなしてみよ
不向きなことを、回避する勇気を持て
君の魂は今、光り輝いているか
ときには、自分の孤独の世界に入ること
君自身が、世界を創造せよ
ほか


そうは言ったって、我慢しなきゃいけないこともあるのが人生。

家族を養わなきゃいけなかったし、親を見送らなきゃいけなかった。そういうものを自分の人生の中に抱え込んで、みんな生きている。自分にはやりたいことがあるからといって、そういう“しがらみ”を、全部、力尽くで引きちぎったら、結局それらは、自分に返ってくる。

結局は、うまいこと、折り合いをつけて生きていくってことだな。そのうち、なんかさ。「嬉しいな~」って、「生きてて良かったな~」って思えることに巡り会えるから、そう思ってやっていくしかないんじゃないの。

そんなことを、寅さんが言っていた気がする。

だけど、折り合いをつけなければならないものも、だいぶ少なくなった。今は、できる限り、魂の声に耳を傾けていきたい。そんな私には、ニーチェのこんな言葉がふさわしい。

「君の行動の理由や、またその目的が、君の行動を善となすのではない。その行動をするとき君の魂が打ち震え、光り輝いているかどうかである」

刺激的だな~。だけど、もっと刺激的なのがある。

「自己賛美は健康的である!ー自己賛美は風邪をふせぐ」 私はできる。私はすごい。私ならやれる。私なら大丈夫。風邪なんか引くはずがない。

ニーチェの言葉は、どこか雰囲気がブッダの言葉に似ている。

「仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め」

「最高の目的を達成するために努力策励し、こころが怯むことなく、行いに怠ることなく、堅固な活動をなし、体力と智力を具え、犀の角のようにただ独り歩め」

「音声に驚かない獅子のように、網にとらえられない風のように、水に汚されない蓮のように、犀の角のようにただ独り歩め」

《孤独を恐れて、自分を見失うな。怯まず、怠らず、何事にも惑わされることなく、自分を貫け》ということだろう。ただ、こうも世の中が面倒くさいものになっちゃうとな~。自分を見失わないって言うのが、難しい世の中になっちゃったな。



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『地名で読み解く世界史の興亡』 宮崎正勝

妙高山、「妙なる高みの山」という意味だそうだ。

古代インドの世界観の中で、その中心にそびえる聖なる山であるスメル山。その世界観はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教に受け継がれる、インド全体で受け継がれているという。

それを漢字で音訳したのが須弥山で、意訳したのが妙高山。日本にはスメル山があるということだ。ジャワ島にもある。スメル山とそのままの名前で呼ばれている。チベット仏教ではカイラス山をそれに当て、聖地としている。

9世紀のジャワ島で、シャイレンドラ朝がスメル山に模して作ったのが、ボロブドゥールだそうだ。さらには、カンボジアのクメール人が建てたのがアンコール朝。アンコールワットの中心となる仏塔もスメル山に模したものだそうだ。

ものに名前を付けるとき、いろいろなことが動機になる。

ヨーロッパで最大面積の国は、ウクライナだそうだ。フランスよりも大きい。ただ、その名前の由来は、あまり良いものではない。「辺境」だそうだ。ウクライナが辺境ならば、その中心はどこにあったのか。当時の東欧の中心はポーランドだそうで、ポーランドから見るとそこは僻地で、ウクライナ=辺境としか呼びようがなかったと言うことのようだ。

15世紀の中央アジアで、サマルカンド(古ペルシャ語で「人の集まる町」の意)を中心に、モンゴル帝国を再興しようとしたのがティムール帝国。ティムール帝国はそれを達成することが出来ないまま、南下してきたウズベク族に滅ぼされるが、その残党が北インドに侵入して建てた国がムガル帝国。このムガルとは、モンゴルのことだそうだ。

ヨーロッパの地名を見ていくとき、地中海周辺に関しては、まずはフェニキア人に由来する地名が多い。

キプロスは「糸杉」、マルタは「避難所」という意味だそうだ。さらに、地中海最大の島であるシチリア島は、フェニキア人が農業移民を送ってエジプトに次ぐ穀倉地帯にした場所だったんだそうだ。そんなこともあって、シチリアは「農民の島」という意味だそうだ。

フェニキア人は地中海貿易を掌握して、その沿岸に彼らの痕跡をたくさん残した。徐々に力を付けたギリシャは、彼らの地盤であるエーゲ海とさらにその奥の黒海に向かった。のちのコンスタンティノープル、当時のビザんティオンはギリシャ語で「船溜まり」という意味だそうだ。ボスポラス海峡は風と海流の影響が強く、そこは航海の好機を待つ船溜まりだったと言うことだ。

その後、アレクサンダー大王の東征により、フェニキア人の後ろ盾でもあったアケメネス朝ペルシャが滅びることになる。この東征を、ギリシャ人商人たちは支援していた。そして、フェニキア人とギリシャ人の力が逆転し、地中海沿岸にギリシャ風の地名が残されていくことになる。

ヘレニズム時代を代表する彫刻に、『サモトラケのニケ』というのがある。勝利の女神が翼を広げた様子が彫刻されたものだ。ナイキのかっこいいマークは、その勝利の女神の翼をモチーフにしているという。さらにナイキという企業名は、勝利の女神ニケそのものだ。



KAWADE夢新書  ¥ 968

地名の語源を探れば、世界の移りも明らかに。地名はまさに歴史の化石だった!
第1章 文明発祥の秘密がたどれる「エジプト・西アジア」の地名
第2章 「古代地中海」を舞台にした商業民の活躍がわかる地名
第3章 諸民族が興亡を繰り広げた「ヨーロッパ」の地名
第4章 “豊かな辺境”の歴史を物語る「インド・東南アジア」の地名
第5章 独自の世界観を誇示する「中華帝国」の地名
第6章 アラブとモンゴル、二大遊牧民が駆け巡った「ユーラシア」の地名
第7章 「大航海時代」、新たに地図へ書き加えられた地名
第8章 19世紀、「大英帝国」の世界戦略がわかる地名
第9章 現代の覇権国家「アメリカ」の成り立ちを示す地名


地中海を除くヨーロッパの原型を作ったのは、ケルト人だった。ケルトとは「卓越する者」という意味がある、ケルト人の自称だったそうだ。前9世紀、すでに鉄製の両刃の剣を持ち、戦車をいち早く導入していたという。中央アジアから、馬と馬車でライン川、ドナウ川中流域に移動していった。

中央アジアからヨーロッパに、馬と馬車で出ていった。しかも、かなり早い段階で鉄器を使っていたとなると、ケルト人というのは、スキタイに起源があると言うことだろうか。

そのケルト人のうち、ベルガエ部族が住み着いた土地が、現在のベルギーだそうだ。ベルガエには「輝く者」という意味だそうだ。「卓越した者」と言い、「輝く者」と言い、どうもケルト人というのは、ずいぶん自意識の高い人たちだったようだ。

そのケルトが作ったヨーロッパの原型に、ローマが進出していく。すべての道はローマに通ずという勢いで領域を拡大し、ヨーロッパに覇権を確立した。そして、各地にローマ軍の駐屯地が作られていく。ロンドンは、ケルト人の好戦的な神ルッドが転化したロンドからロンデニウムと呼んだ。「勇者の土地」という意味だそうだ。パリは、そこに住むパリシー人からついた名だが、これは「乱暴者」という意味で、ローマ人がそう呼んだもの。ケルンは、植民市を意味するコロニアが転化したもの。

さらに、そこに、ゲルマン民族が移動してくる。

フランク族、ブルグンド族、ゴート族、ヴァンダル族、ランゴバルド族が入り乱れ、ヨーロッパ各地にその痕跡を残す。まるで、この間テレビで久し振りに放映した『ルパン三世 カリオストロの城』じゃないか。

さらに、東ヨーロッパを中心に、スラブ人が拡散していく。

かくしてヨーロッパは、フェニキア、ギリシャ、ケルト、ラテン、ゲルマン、スラブが入り乱れる。

先日、日本の地名の謎を解く本、『秩父の地名の謎 99を解く 秩父が解れば日本が分かる』という本を読んだ。やはり、地形から刳る地名が多いんだけど、それは世界中にある。

アイルランドの首都ダブリンは、「黒い池」という意味。北アイルランドのベルファストは、「砂州の渡し場」という意味。 スコットランドのグラスゴーは、「緑の窪地」という意味。ウェールズのカーディフは、「暗い川に面した城」だそうだ。

ただ、日本との違いは、おそらく彼らは、危険な場所に住む必要はなかった。

南木曽(なぎそ)は、土石流災害が発生する場所であることを教えている。鳴滝塾の鳴滝は、水害が発生する場所であることを教えている。日本の地名は、それがあまりにも多い。

先祖たちは、地名に託して、子孫にそれを教えてくれている。そんな動機で付けられた地名が多いってことだ。無駄にしないようにしないとね。


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イスカンダル『地名で読み解く世界史の興亡』 宮崎正勝

まったく、松本零士はすごい。

『宇宙戦艦ヤマト』がテレビで放映されたのは、1974年だそうだ。いやもう、毎週、まさに興奮してみていた。たくさんの爆弾を打ち込まれて、地球は放射能に犯されて、人間が生きていけない状況になりつつあった。しかし、宇宙の彼方から朗報が届く。遠く離れた大マゼラン星雲のイスカンダルという星にたどり着くことが出来れば、放射能除去装置を手に入れることが出来るという。人類の運命をかけて、宇宙戦艦ヤマトが旅立つ。

猶予はあと1年。

モデルは、原爆を投下された日本じゃないか。

1974年に、“戦艦大和”をあれだけ持ち上げて、右翼扱いで弾き飛ばされなかったんだからすごい。マンガ、アニメという手法だったからこそだろうけど、そう意味で、マンガやアニメもすごい。

私は14歳の時か。中学校の3年か。おそらくその前の年だと思うけど、父に入間基地の航空ショーに連れて行ってもらった。下の兄も一緒だった。私たちはその日、埼玉の空を零式艦上戦闘機が飛ぶ姿を見て、胸をドキドキさせて興奮していた。たしかそれは、戦争中に米軍が鹵獲していたものを、飛べるようにしてお披露目したものだったと思う。

私は父にねだり、零式のポスターを買って持ち帰った。翌日、学校に持っていって友人たちに見せた。それが先生に見つかって、怒られた。「たくさん人を殺した、戦争の道具だぞ」って教えられた。取り上げられはしなかったけど、二度と学校には持っていかなかった。

兄と共有の部屋の壁に貼って、ニヤニヤ眺めた。その隣には、兄が買ってもらったヘルキャットのポスターが並んでいた。



KAWADE夢新書  ¥ 968

地名の語源を探れば、世界の移りも明らかに。地名はまさに歴史の化石だった!
第1章 文明発祥の秘密がたどれる「エジプト・西アジア」の地名
第2章 「古代地中海」を舞台にした商業民の活躍がわかる地名
第3章 諸民族が興亡を繰り広げた「ヨーロッパ」の地名
第4章 “豊かな辺境”の歴史を物語る「インド・東南アジア」の地名
第5章 独自の世界観を誇示する「中華帝国」の地名
第6章 アラブとモンゴル、二大遊牧民が駆け巡った「ユーラシア」の地名
第7章 「大航海時代」、新たに地図へ書き加えられた地名
第8章 19世紀、「大英帝国」の世界戦略がわかる地名
第9章 現代の覇権国家「アメリカ」の成り立ちを示す地名


松本零士が右翼扱いで弾き飛ばされなかったのは、おそらくいろいろな理由があるだろう。

『宇宙戦艦ヤマト』という物語が、放射能による汚染に苦しめられて追い詰められた人間が捨て身の作戦に打って出る様子は、アメリカに追い詰められた日本が真珠湾攻撃に打って出るのに似ている。そこに第二次世界大戦の終盤、海底に沈んだ戦艦大和を持ち出してくるのは、ノスタルジーをも感じさせる。

しかし、爆弾を打ち込んで地球を苦しめる相手は、が三ラス帝国の相当デスラー。その立ち居振る舞いは、ドイツ第三帝国の相当ヒトラーがモデルであることを疑わせない。日本に対して原子力爆弾を使った、アメリカを持ち出しはしなかった。

なによりも、地球を救おうとする女王スターシアを要するイスカンダルという名の惑星だ。なんというロマンチックな響きだろう。

当時は、何にも知らなかった。中学3年の頃であれば、私はすでに、『若き英雄』という、少年向けに書かれたアレクサンダー大王の伝記を読んでいる。かなり、胸を熱くして読んだ。昔のことは忘れてることが多いんだけど、なんかの感想文で、この本について書いて表彰されたから、さすがにこれは覚えている。

アレクサンダーはその東征の途上、ギリシャからインドの間に、数多くの軍事拠点を築いた。これはギリシャ風の都市で、戦争物資を運ぶ兵站としての役割を果たした。作られた数は、なんと70にもなるという。現在確認できるのは25ほどであるという。

アレクサンダーは、その軍事都市に、自らの名前を付けた。アレクサンドリアという。なんと言っても、エジプトのアレクサンドリアが有名。

アレクサンダーが熱病で死んだ後行なわれた、ディアドコイ戦争というのがある。後継者争いだ。その結果、アレクサンダーの部下だった男が、エジプト最終王朝を建てることになる。プトレマイオス朝だ。

そのプトレマイオス朝の時代にアレクサンドリアは大発展を遂げ、人口100万を超える地中海最大の商業都市になったという。「ないのは雪だけ」という言葉は、アレクサンドリアの繁栄を語った言葉だそだ。

70ものアレクサンドリアの大半は、東征の途上のペルシャ語圏、アラビア語圏に建設された。アレクサンダーは、このペルシャ語圏、アラビア語圏では、イスカンダルと呼ばれた。アレクサンドリアは、イスカンダーリアとなる。

イスカンダーリアは、シルクロードの西半分をつなぐ。そう、イスカンダルは、夢の国ガンダーラの色彩をもまとって、私たちのロマンをかき立ててやまないわけだ。

多くの人は、戦艦大和を持ち出した松本零士を攻める前に、『宇宙戦艦ヤマト』の醸し出すロマンの虜となってしまったんだろう。


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『日本人が知らない最先端の世界史』 福井義高

習近平の世界観は、勘違いの上に構成されている。

彼はこんなことを言っていた。「中国人民が世界反ファシズム戦争に果たした偉大な貢献を、しっかり記憶しなければならない。」・・・笑わせようとしているのか。

外相の王毅は、さらにネタが豊富である。
「《反ファシズム戦争勝利》を打ち出すのは、世界に向け《中国は国際秩序の擁護者で、挑戦者ではない》と訴える狙いもある」
「七〇年前に日本は戦争に破れた。七〇年後に良識を失うべきではない」
「加害者が責任を忘れずにいて、初めて被害者の傷は癒える」
「日本の政権を握る者は、胸に手を当てて自問すべきだ」
「歴史の重みを今後も背負っていくのか、過去を断ち切るのか」

やはり、笑いを取るには、恥を忘れることが必要だ。

一九三二年一月、中国側の挑発に応じる形で大軍が派遣された第一次上海事変の際、日本軍は停戦交渉が五月に成立するや即座に撤収した。上海は勢力圏外であり、現地法人を保護するという目的を果たした以上、大軍を駐留させておくのは好ましくないというのが、陸軍も含めた日本の国家意思であった。満洲事変勃発以来の軍事的対立も、一九三三年の塘沽停戦協定で終止符が打たれた。蒋介石は、満洲分離独立を事実上黙認することで、共産党と対峙する道を選択した。

海軍は、国民政府の招聘により、中国海軍近代化のため、一九三四年に寺岡謹平大佐を国民政府顧問として派遣し、一九三七年まで滞在した。

一九三五年九月発行の『転換期の国際情勢と我が日本』において陸軍は、「未だ誤れたる国民党部の欧米依存、排日政策より完全に脱却するに至らない」ものの、「支那政権は昨今若干覚醒の機運に在る」としていた。

中国共産党が瑞金から延安に至る「長征」と言う名の逃避行に出たのは、日本との関係が安定したことを背景に、蒋介石の国民政府が主敵とみなしていた共産党を追い詰めていた事の証拠である。

そんな風に、中国共産党は、日本と戦うどころか、蒋介石から逃げ回っていただけだ。

スターリンは一九三〇年代、ヒトラー率いるナチス・ドイツ台頭を受け、それまでの「社会主義対資本主義」という対立軸を表向き引っ込めて、「民主主義対ファシズム」という公式に基づく人民戦線路線を掲げ、英米仏との共闘を基本方針とする。各国の共産主義者は、それまで敵対していた社会民主主義者や自由主義者と、同じ「民主主義者」として共闘することを、スターリンから命じられた。このスターリンに始まる《民主主義=反・反共主義=反ファシズム》という現代リベラルの公式は、冷戦後むしろ純化された。

スターリンは大嫌いだが、その相手に対する汚さが日本の政治家にも欲しい。



祥伝社黄金文庫  ¥ 902

歴史認識の鎖国状態を打破すべく、重要な、しかし見過ごされがちな論点を取り上げる
1 「歴史修正主義」論争の正体
2 「コミンテルンの陰謀」説の真偽
3 大衆と知識人
4 中国共産党政権誕生の真実


フランクリン・ディラノ・ルーズベルト大統領時代のアメリカが、コミンテルンのスパイの巣窟になっていたことが、次第に明らかにされている。

クラウス・フックスは、マンハッタン計画の参加していた英国人物理学者である。もともとはドイツ共産党員で、イギリスに帰化したあともソ連のためにスパイ活動をしていた。1949年にFBIから尋問されて自白している。投獄された後、釈放され、1959年に東ドイツに移住した。

ハリー・ゴールドは、フックスの自白で逮捕された。自白して、刑期30年の半分を残して1965年に出所した。ゴールドの自白で、デービッド・グリーングラスが逮捕。彼の自白で妻のルース、義兄のジュリアス・ローゼンバーグ、その妻のエセル・ローゼンバーグらが逮捕。1953年、ローゼンバーグ夫妻は二人の幼い子を残して処刑された。ローゼンバーグ夫妻は無実の罪で処刑される殉教者を演じきって処刑された。

これら、原爆に関わるスパイ活動は朝鮮戦争に大きな影響を与えた。1949年の原爆実験の成功がなければ、米国との対決に慎重であったスターリンは、北朝鮮軍の南侵にゴーサインを出さなかっただろう。

アメリカの政権に食いついて活動するコミンテルンのスパイの中でも、日本にもっとも関連の深い一人がハリー・デクスター・ホワイトだな。彼は、「ハル・ノート」に直接関わった。KGB幹部ヴィタリー・パヴロフは1941年5月にホワイトに会い、日本の対ソ連攻撃を回避すべく、アメリカが対日強硬策を進めるようホワイトに依頼し、それが最終的にハル・ノートのつながった。

背景にはスターリンがいた。それに比べれば、やはり日本人は純朴だった。

アメリカのケネス・B・パイルという日本研究者が、『新世代の国家像』という書物に、明治以降の日本のエリートたちの思想的分裂を描いている。

徳川時代前の日本では、親から教えられた価値観や伝統・文化を受け継げばよかったのに対し、明治以降の日本では西洋から入ってきた新しい文化を受け入れることを義務付けられた。近代化と称して西洋の文明を取り入れ、経済的にも軍事的にも発展していくことが、日本の独立を守るために必要だと信じた。そうしなければ、日本も他のアジア諸国と同じように、欧米列強の植民地にされてしまうという生々しい危機感がそうさせていた。

その結果、親が教える価値観や伝統・文化を受け継がないことがエリートの条件になってしまった。

ラフカディオ・ハーンは、学生たちに共通する精神的不安定に気がついていたという。ある時、学生たちの親の世代の人々が学校を訪れ、自分たちが受け継いできた先祖のこと、忠義や儀礼、古来の精神について語った。学生たちは心を打たれた様子だったが、そのあとハーンに以下のように語ったという。

「いかに古来の道徳が優れていようが、私たちはそのような道徳律に従うことはできない。そんなことをすれば、国家の独立を守ることも、進歩を達成することもできません。私たちは、自分の過去を捨て去らねばならないのです」

明治時代、まだ維新の元勲が健在で福沢諭吉のような識者もおり、急速な近代化の中で生み出された貧困問題には皇室が政府の仕事を補完するかたちで対応しようとしていた。しかし、現実にロシア革命が成功してしまった大正時代になると、貧困問題に取り組んでいたのはキリスト教とと社会主義者だった。

社会問題に真剣に取り組もうとしたエリートたちも少なくなかった。しかし政府は、それらのエリートを社会主義者とひとまとめにして弾圧した。そうやって、同胞の苦境に心を痛めていたエリートたちの多くを、反体制の側へ追いやってしまった。

そこでもスターリンに利用されてしまったことが、とても悔しい。

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『かわいそうな歴史の国の中国人』 宮脇淳子

《儒教ファンタジー》
支那から儒教、そして朱子学を受け入れた韓国は、支那よりもさらに尖鋭的で、原理主義的。それは朱子学が夷敵とするところの半農半牧の満洲民族によって明王朝が倒され、満洲民族が打ち立てた清に、属国として使えることになった屈折がそうさせているのだろう。

宮脇さんはこう書いている。「韓国は歴史上、自分たちが政治的に責任のある立場に立ったことがないので、儒教の教理を実際に運用することもなく、理念・哲学として教条的にそのまま取り入れた結果、リアルな部分がぜんぜん存在しなくなりました。」・・・まさしくその通り。

だから、立ち入り禁止のロープが張られてる外からキャンキャン吠えてることで、相手に対して優位に立った気分でいられるんだな。従軍慰安婦と言っちゃあ、キャンキャン。植民地支配と言っちゃあ、キャンキャン。

宮脇さんの言うとおり、「まったく現実味のない、ファンタジーの世界の住人」なんだよね。

そう、あまりにも滑稽なんだけど、あそこまで滑稽に、自らを貶める“はずがない”と、そこに何らかの“意味”を探し出そうとする人が、世界に入るんだな。それでもって、「あそこまで韓国人がキャンキャン泣いてるんだから、きっと日本が泣かすようなことをしなかったはずがない」なんてね。ったく、中途半端な理解で勝手に勘違いして韓国人に同情寄せられたら、その分、日本は悪者になるわけでね。ああ、迷惑、迷惑。・・・でも、日本人にもそういう人がいるんだよね。・・・そろそろ、ちゃんと気付いてよね。

「目くそ、鼻くそ」の部類だけど、日本人にとってはそんな韓国人よりも、支那人の方がいく分なりとも対応しやすい。支那人もおんなじように「南京だ、上海だ」ってありもしないことをでっちあげてキャンキャン言うけど、言った本人がそんなことどっちだって構っちゃいないからね。そんな教育を受けちゃった若い連中は知らないけどさ。ただ、言った方が自分にとって得だから言う。本当にそう思ってるかどうかって言うのは、まったく別の問題。

朱子学的上下関係から言って、日本人はこうであるはずだ。そういう物差しですべてが推し量られるから、キャンキャンでっちあげた事実は、彼らの頭の中で、しっかりと“事実”として認定されちゃうんだよね。・・・たまんねえな。




徳間書店  ¥ 時価

歴史を読み解けば、中国人がわかる! アジア史の泰斗による中国人解説!
第1章 あきれるほどないないづくしでかわいそうな中国
第2章 日本人はなぜ中国人を見誤るのか
第3章 ではどうやって中国人と付き合ったらいいのか
第4章 中国という国をどう見たらいいのか
第5章 「偉大なる中華文明」は決して復興しない
第6章 中国は権力闘争から崩壊していく



《中国人意識》
共通語はない。地方地方で全然違う言葉を使っている。支那の人々に話し言葉を超えた国家の紐帯やまとまりができたのは最近のことで、一九一九年の五四運動がはじまり。その四年前の二十一か条の要求に対する反対という形で支那の人々が一つにまとまった。そのあと、満州事変、支那事変と、「侵略する悪い日本を追い出せ」という反日意識が、《中国人》を創りだしていった。

しかし、長い伝統の中で言えば、漢字を知らない人たちはまず郷里で生き、郷里を離れる時も同じ郷里の人たちの中だけで暮らしてきた。違う土地の人たちとは、利害関係が対立すれば敵対するし、共通すれば手を組んだ。


《少数民族》
支那には五五の少数民族が入るとされる。しかし、問題となるのはチベットとウイグルと内モンゴル。この三民族は独自の歴史を持ち、漢字など使ったこともない。ちょっと前まで漢族とはまったく別の政治組織だった大民族を、新たに恣意的に認定した一万人以下のエスニックグループと一緒にして、彼らの問題を五五分の一に矮小化する共産党政府の企み。

支那の少数民族は全体の八%にすぎないのに、六四%の領域に住んでいる。そこには木材があり、水があり、レアアースなどの地下資源、石油や石炭もある。パンダもいる。残りの三七%にはそれがない。

支那の経済は鄧小平の改革開放によって発展したと言われるが、それだけじゃない。背景にあるのは、チベット、ウイグル、内モンゴルからの資源の収奪である。

とてもおもしろい本だった。もちろん、ブログで紹介したんだけど、覚書にして、機会があれば紹介しようと思ってたものが、そのまま残ってた。

残念ながら、この本は“時価”になっちゃったけど、古本ならKindleより安く読める。



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『古代オリエントの神々』 小林登志子

太陽神シャマシュのように、大神は眷属にあたる神や随獣を従えることがある。古くは牛人間を眷属にした。牛人間は人間の上半身と牡牛の下半身を合体し、しかも人間のように後ろ足で立っている姿で表現される。太陽神と野牛の頭とが結びついていたのが古い形であったようだ。牡牛そのものはメソポタミア北部で祀られていた天候神アダドなどの随獣であった。

次第に太陽神の随獣は牛の合成獣から馬に交代する。翼のある馬、あるいは上半身が人間で下半身は馬という合成獣、ケンタウロスが中期アッシリア時代、前1500~前1000頃の印章に見られる。馬の頭部のモチーフは、イシン第2王朝ネブカドネザル1世(1157~1026)の時代に見られる。この頃には馬がひく戦車が戦争で使われていて、太陽神にふさわしい動物として認知されたものと思われる。

牛から馬への交代は、インド・ヨーロッパ語族の影響という指摘もある。イラン起源の太陽神ミスラは馬を随獣としていた。また、インドの太陽神スーリヤは七頭の馬に、ギリシャの太陽神ヘリオスは四頭の馬に引かせた戦車で天空を行くと信じられていた。

日本の信仰の中で牛や馬って言うと、・・・あれか、午頭天王とか、馬頭観音とか。

牛頭天王は八坂神社か。7歳にして身長が7尺5寸、3尺の牛の頭って、こりゃ恐ろしい。素戔嗚尊と同一視されたり、大国主命の荒魂と考えられていたり、さらには蘇民将来の話の中でも重要な役割を果たしたりする。

馬頭観音は、サンスクリット語でハヤグリーヴァで、“馬の首を持つ者”という意味をもつ。通常、観音様といえば柔和な表情で描かれるが、馬頭観音は憤怒の表情で描かれることが多い。

やはり、牛も馬も、オリエントに起源を持つものが、日本にまで影響を与えてるんだな。



中公新書  ¥ 1,015

さまざまな文明が興り、消えゆくなか、人がいかに神々とともに生きたかを描く
序章 神々が共存する世界―古代オリエント史の流れの中で
第1章 煌く太陽神、霞む太陽神
第2章 地母神が支配する世界
第3章 死んで復活する神々
第4章 神々の王の履歴書
終章 「アブラハムの宗教」が対立する世界


ミトラス神は、バラモン教ではミトラ神、ゾロアスター教ではミスラ神と呼ばれる。ギリシャ人はミトラス神、ローマ人はミトラ神と呼んだ。インド・イラン語族に属する人々がオリエントに持ち込んだ神と考えられる。

古くは「交換」、「契約」を意味した言葉らしい。始まりは契約の神だが、「すべてを見、すべてを知る」という特性を持つことから、派生して太陽神となった。


ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダは「全知」「知る者」「知恵主」といった意味で、アケメネス朝やササン朝の守護神であった。伝統的なアーリア人の神々の中には存在しなかったはずの神で、ゾロアスターの改革によって創造された神という説、またバラモン教のミトラと並ぶ最高神ヴァルナに起源を求める説もある。

アフラ・マズダは善きものの創造者で光明と密接な関係を持つことから伝統的な光明神のミスラと対立することになる。本来、ミスラこそ、光明神であり、闇と戦う軍神であった。

ゾロアスターによる改革で一時脇に追いやられ、他の一段低い善神と同じレベルに下げられた。しかし、ミスラはやがて、アフラ・マズダと並ぶペルシャ王朝の守護者として復権する。


ゾロアスター教では、ミスラは、アフラ・マズダと后妃アナーヒター女神の子神として、三神は聖家族として一体となって祀られた。

ミスラはアナーヒターの体内からではなく、岩の洞穴から十二月二十五日に誕生したと信じられた。幼児神として表されたミスラが、キリスト教に“神の子イエス”という発想を与え、クリスマスのもとになったといわれている。


一方、中央アジアに広がったゾロアスター教の土台の上に仏教が流入し、ミスラは遠い未来に出現する救世主のであるマイトレーヤ・ボッディサットヴァの誕生を促した。これを“中国”では弥勒菩薩と漢訳した。

ミスラがギリシャ語化したミトラス、ローマ語化したミトラは、当地で太陽神として信仰を集め、様々に習合して幅広く信者を集めた。帝政ローマにおいては、ディオクレティアヌス帝は“帝国の恩恵者”“不敗の太陽神”としてミトラスを祀っている。

しかし、313年のミラノ勅令でローマがキリスト教を公認するとミトラス教は衰え始め、テオドシウス帝が異教禁止令を出すに及んで、ミトラス教は5世紀初頭を最後にその姿を消した。

この多様な神々の物語は、とてつもなくダイナミック。それがつまらないルサンチマンにより、味気ない一神教に取って代わられていったのは、返す返すも残念。



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Author:イーグルス16

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ポスト・コロナの新たな世界において日本の歴史と国民性を基盤とした「日本独自の戦略」とはなにか。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































































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