めんどくせぇことばかり 本 世界史
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『君は君の道をゆけ』 齋藤孝

この本を出した齋藤孝さんは、小学生の頃から、謙虚なふりをして自分を守るタイプの人が苦手だったんだそうだ。

そりゃ苦手だろう。小学生で、そんな処世術を身につけていたら、気持ち悪すぎる。齋藤さんの言う「“出る杭は打たれる”という見えないシステム」や、「互いを監視し合うような不自由な雰囲気」っていうのは分からないではないけど、そんなものに前途を立ち塞がれたことはない。

だけど、たしかに、何でもかんでも遠慮がちな人はいる。自分の力を信じられず、何事にも及び腰な人もいる。そういう人に、ニーチェの言葉を贈りたいというのがこの本。

だけど、その辺はどんなもんだろうな。そういう人たちって、それが自分にとって、一番楽な生き方なのかもしれない。そういう人たちに向けて、ニーチェの言葉は、どんなもんだろうな。

「安易な道を選ぶこと勿れ」

「たとえ絶望していても、仕事をこなしてみよ」

「自分の殻を脱ぎ捨て、脱皮し続けよ」

まあ、人によりけり、時によりけり、場によりけりって気がする。だいたい、決してニーチェ自身、幸福な人生を送ったわけじゃない。彼らしく生きた人生ではあったかもしれないが。

ただ、私には、これらの言葉は、とても刺激になる。ちょこちょこっと読み飛ばさずに、しっかり読んで考えておけば良かった。ニーチェのこの言葉を知っていれば、あの時、違う道を選ぶこともできたかもしれない。

「不向きなことを、回避する勇気を持て」

「君の過去の行動を、否定することなかれ」

「愛せないなら、そこを通り過ぎよ」

「つまらぬ嫉妬で、身を滅ぼすな」

この本は、まず、そんなニーチェの言葉が紹介されて、齋藤孝さんが2ページくらいかけて解説していく形で進められる。


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哲学者ニーチェに学ぶ。自分の足で立ち、強く生きていく方法
空高く飛ぶために、君がすべきこと
最大の敵は、おのれ自身である
友と喜びを共有し、分かち合え
安易な道を、選ぶことなかれ
おのれの言葉で、自分を鼓舞せよ
苦痛の中にこそ、得るものがある
たとえ絶望していても、仕事をこなしてみよ
不向きなことを、回避する勇気を持て
君の魂は今、光り輝いているか
ときには、自分の孤独の世界に入ること
君自身が、世界を創造せよ
ほか


そうは言ったって、我慢しなきゃいけないこともあるのが人生。

家族を養わなきゃいけなかったし、親を見送らなきゃいけなかった。そういうものを自分の人生の中に抱え込んで、みんな生きている。自分にはやりたいことがあるからといって、そういう“しがらみ”を、全部、力尽くで引きちぎったら、結局それらは、自分に返ってくる。

結局は、うまいこと、折り合いをつけて生きていくってことだな。そのうち、なんかさ。「嬉しいな~」って、「生きてて良かったな~」って思えることに巡り会えるから、そう思ってやっていくしかないんじゃないの。

そんなことを、寅さんが言っていた気がする。

だけど、折り合いをつけなければならないものも、だいぶ少なくなった。今は、できる限り、魂の声に耳を傾けていきたい。そんな私には、ニーチェのこんな言葉がふさわしい。

「君の行動の理由や、またその目的が、君の行動を善となすのではない。その行動をするとき君の魂が打ち震え、光り輝いているかどうかである」

刺激的だな~。だけど、もっと刺激的なのがある。

「自己賛美は健康的である!ー自己賛美は風邪をふせぐ」 私はできる。私はすごい。私ならやれる。私なら大丈夫。風邪なんか引くはずがない。

ニーチェの言葉は、どこか雰囲気がブッダの言葉に似ている。

「仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め」

「最高の目的を達成するために努力策励し、こころが怯むことなく、行いに怠ることなく、堅固な活動をなし、体力と智力を具え、犀の角のようにただ独り歩め」

「音声に驚かない獅子のように、網にとらえられない風のように、水に汚されない蓮のように、犀の角のようにただ独り歩め」

《孤独を恐れて、自分を見失うな。怯まず、怠らず、何事にも惑わされることなく、自分を貫け》ということだろう。ただ、こうも世の中が面倒くさいものになっちゃうとな~。自分を見失わないって言うのが、難しい世の中になっちゃったな。



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ジャンル : 本・雑誌

『地名で読み解く世界史の興亡』 宮崎正勝

妙高山、「妙なる高みの山」という意味だそうだ。

古代インドの世界観の中で、その中心にそびえる聖なる山であるスメル山。その世界観はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教に受け継がれる、インド全体で受け継がれているという。

それを漢字で音訳したのが須弥山で、意訳したのが妙高山。日本にはスメル山があるということだ。ジャワ島にもある。スメル山とそのままの名前で呼ばれている。チベット仏教ではカイラス山をそれに当て、聖地としている。

9世紀のジャワ島で、シャイレンドラ朝がスメル山に模して作ったのが、ボロブドゥールだそうだ。さらには、カンボジアのクメール人が建てたのがアンコール朝。アンコールワットの中心となる仏塔もスメル山に模したものだそうだ。

ものに名前を付けるとき、いろいろなことが動機になる。

ヨーロッパで最大面積の国は、ウクライナだそうだ。フランスよりも大きい。ただ、その名前の由来は、あまり良いものではない。「辺境」だそうだ。ウクライナが辺境ならば、その中心はどこにあったのか。当時の東欧の中心はポーランドだそうで、ポーランドから見るとそこは僻地で、ウクライナ=辺境としか呼びようがなかったと言うことのようだ。

15世紀の中央アジアで、サマルカンド(古ペルシャ語で「人の集まる町」の意)を中心に、モンゴル帝国を再興しようとしたのがティムール帝国。ティムール帝国はそれを達成することが出来ないまま、南下してきたウズベク族に滅ぼされるが、その残党が北インドに侵入して建てた国がムガル帝国。このムガルとは、モンゴルのことだそうだ。

ヨーロッパの地名を見ていくとき、地中海周辺に関しては、まずはフェニキア人に由来する地名が多い。

キプロスは「糸杉」、マルタは「避難所」という意味だそうだ。さらに、地中海最大の島であるシチリア島は、フェニキア人が農業移民を送ってエジプトに次ぐ穀倉地帯にした場所だったんだそうだ。そんなこともあって、シチリアは「農民の島」という意味だそうだ。

フェニキア人は地中海貿易を掌握して、その沿岸に彼らの痕跡をたくさん残した。徐々に力を付けたギリシャは、彼らの地盤であるエーゲ海とさらにその奥の黒海に向かった。のちのコンスタンティノープル、当時のビザんティオンはギリシャ語で「船溜まり」という意味だそうだ。ボスポラス海峡は風と海流の影響が強く、そこは航海の好機を待つ船溜まりだったと言うことだ。

その後、アレクサンダー大王の東征により、フェニキア人の後ろ盾でもあったアケメネス朝ペルシャが滅びることになる。この東征を、ギリシャ人商人たちは支援していた。そして、フェニキア人とギリシャ人の力が逆転し、地中海沿岸にギリシャ風の地名が残されていくことになる。

ヘレニズム時代を代表する彫刻に、『サモトラケのニケ』というのがある。勝利の女神が翼を広げた様子が彫刻されたものだ。ナイキのかっこいいマークは、その勝利の女神の翼をモチーフにしているという。さらにナイキという企業名は、勝利の女神ニケそのものだ。



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地名の語源を探れば、世界の移りも明らかに。地名はまさに歴史の化石だった!
第1章 文明発祥の秘密がたどれる「エジプト・西アジア」の地名
第2章 「古代地中海」を舞台にした商業民の活躍がわかる地名
第3章 諸民族が興亡を繰り広げた「ヨーロッパ」の地名
第4章 “豊かな辺境”の歴史を物語る「インド・東南アジア」の地名
第5章 独自の世界観を誇示する「中華帝国」の地名
第6章 アラブとモンゴル、二大遊牧民が駆け巡った「ユーラシア」の地名
第7章 「大航海時代」、新たに地図へ書き加えられた地名
第8章 19世紀、「大英帝国」の世界戦略がわかる地名
第9章 現代の覇権国家「アメリカ」の成り立ちを示す地名


地中海を除くヨーロッパの原型を作ったのは、ケルト人だった。ケルトとは「卓越する者」という意味がある、ケルト人の自称だったそうだ。前9世紀、すでに鉄製の両刃の剣を持ち、戦車をいち早く導入していたという。中央アジアから、馬と馬車でライン川、ドナウ川中流域に移動していった。

中央アジアからヨーロッパに、馬と馬車で出ていった。しかも、かなり早い段階で鉄器を使っていたとなると、ケルト人というのは、スキタイに起源があると言うことだろうか。

そのケルト人のうち、ベルガエ部族が住み着いた土地が、現在のベルギーだそうだ。ベルガエには「輝く者」という意味だそうだ。「卓越した者」と言い、「輝く者」と言い、どうもケルト人というのは、ずいぶん自意識の高い人たちだったようだ。

そのケルトが作ったヨーロッパの原型に、ローマが進出していく。すべての道はローマに通ずという勢いで領域を拡大し、ヨーロッパに覇権を確立した。そして、各地にローマ軍の駐屯地が作られていく。ロンドンは、ケルト人の好戦的な神ルッドが転化したロンドからロンデニウムと呼んだ。「勇者の土地」という意味だそうだ。パリは、そこに住むパリシー人からついた名だが、これは「乱暴者」という意味で、ローマ人がそう呼んだもの。ケルンは、植民市を意味するコロニアが転化したもの。

さらに、そこに、ゲルマン民族が移動してくる。

フランク族、ブルグンド族、ゴート族、ヴァンダル族、ランゴバルド族が入り乱れ、ヨーロッパ各地にその痕跡を残す。まるで、この間テレビで久し振りに放映した『ルパン三世 カリオストロの城』じゃないか。

さらに、東ヨーロッパを中心に、スラブ人が拡散していく。

かくしてヨーロッパは、フェニキア、ギリシャ、ケルト、ラテン、ゲルマン、スラブが入り乱れる。

先日、日本の地名の謎を解く本、『秩父の地名の謎 99を解く 秩父が解れば日本が分かる』という本を読んだ。やはり、地形から刳る地名が多いんだけど、それは世界中にある。

アイルランドの首都ダブリンは、「黒い池」という意味。北アイルランドのベルファストは、「砂州の渡し場」という意味。 スコットランドのグラスゴーは、「緑の窪地」という意味。ウェールズのカーディフは、「暗い川に面した城」だそうだ。

ただ、日本との違いは、おそらく彼らは、危険な場所に住む必要はなかった。

南木曽(なぎそ)は、土石流災害が発生する場所であることを教えている。鳴滝塾の鳴滝は、水害が発生する場所であることを教えている。日本の地名は、それがあまりにも多い。

先祖たちは、地名に託して、子孫にそれを教えてくれている。そんな動機で付けられた地名が多いってことだ。無駄にしないようにしないとね。


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イスカンダル『地名で読み解く世界史の興亡』 宮崎正勝

まったく、松本零士はすごい。

『宇宙戦艦ヤマト』がテレビで放映されたのは、1974年だそうだ。いやもう、毎週、まさに興奮してみていた。たくさんの爆弾を打ち込まれて、地球は放射能に犯されて、人間が生きていけない状況になりつつあった。しかし、宇宙の彼方から朗報が届く。遠く離れた大マゼラン星雲のイスカンダルという星にたどり着くことが出来れば、放射能除去装置を手に入れることが出来るという。人類の運命をかけて、宇宙戦艦ヤマトが旅立つ。

猶予はあと1年。

モデルは、原爆を投下された日本じゃないか。

1974年に、“戦艦大和”をあれだけ持ち上げて、右翼扱いで弾き飛ばされなかったんだからすごい。マンガ、アニメという手法だったからこそだろうけど、そう意味で、マンガやアニメもすごい。

私は14歳の時か。中学校の3年か。おそらくその前の年だと思うけど、父に入間基地の航空ショーに連れて行ってもらった。下の兄も一緒だった。私たちはその日、埼玉の空を零式艦上戦闘機が飛ぶ姿を見て、胸をドキドキさせて興奮していた。たしかそれは、戦争中に米軍が鹵獲していたものを、飛べるようにしてお披露目したものだったと思う。

私は父にねだり、零式のポスターを買って持ち帰った。翌日、学校に持っていって友人たちに見せた。それが先生に見つかって、怒られた。「たくさん人を殺した、戦争の道具だぞ」って教えられた。取り上げられはしなかったけど、二度と学校には持っていかなかった。

兄と共有の部屋の壁に貼って、ニヤニヤ眺めた。その隣には、兄が買ってもらったヘルキャットのポスターが並んでいた。



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地名の語源を探れば、世界の移りも明らかに。地名はまさに歴史の化石だった!
第1章 文明発祥の秘密がたどれる「エジプト・西アジア」の地名
第2章 「古代地中海」を舞台にした商業民の活躍がわかる地名
第3章 諸民族が興亡を繰り広げた「ヨーロッパ」の地名
第4章 “豊かな辺境”の歴史を物語る「インド・東南アジア」の地名
第5章 独自の世界観を誇示する「中華帝国」の地名
第6章 アラブとモンゴル、二大遊牧民が駆け巡った「ユーラシア」の地名
第7章 「大航海時代」、新たに地図へ書き加えられた地名
第8章 19世紀、「大英帝国」の世界戦略がわかる地名
第9章 現代の覇権国家「アメリカ」の成り立ちを示す地名


松本零士が右翼扱いで弾き飛ばされなかったのは、おそらくいろいろな理由があるだろう。

『宇宙戦艦ヤマト』という物語が、放射能による汚染に苦しめられて追い詰められた人間が捨て身の作戦に打って出る様子は、アメリカに追い詰められた日本が真珠湾攻撃に打って出るのに似ている。そこに第二次世界大戦の終盤、海底に沈んだ戦艦大和を持ち出してくるのは、ノスタルジーをも感じさせる。

しかし、爆弾を打ち込んで地球を苦しめる相手は、が三ラス帝国の相当デスラー。その立ち居振る舞いは、ドイツ第三帝国の相当ヒトラーがモデルであることを疑わせない。日本に対して原子力爆弾を使った、アメリカを持ち出しはしなかった。

なによりも、地球を救おうとする女王スターシアを要するイスカンダルという名の惑星だ。なんというロマンチックな響きだろう。

当時は、何にも知らなかった。中学3年の頃であれば、私はすでに、『若き英雄』という、少年向けに書かれたアレクサンダー大王の伝記を読んでいる。かなり、胸を熱くして読んだ。昔のことは忘れてることが多いんだけど、なんかの感想文で、この本について書いて表彰されたから、さすがにこれは覚えている。

アレクサンダーはその東征の途上、ギリシャからインドの間に、数多くの軍事拠点を築いた。これはギリシャ風の都市で、戦争物資を運ぶ兵站としての役割を果たした。作られた数は、なんと70にもなるという。現在確認できるのは25ほどであるという。

アレクサンダーは、その軍事都市に、自らの名前を付けた。アレクサンドリアという。なんと言っても、エジプトのアレクサンドリアが有名。

アレクサンダーが熱病で死んだ後行なわれた、ディアドコイ戦争というのがある。後継者争いだ。その結果、アレクサンダーの部下だった男が、エジプト最終王朝を建てることになる。プトレマイオス朝だ。

そのプトレマイオス朝の時代にアレクサンドリアは大発展を遂げ、人口100万を超える地中海最大の商業都市になったという。「ないのは雪だけ」という言葉は、アレクサンドリアの繁栄を語った言葉だそだ。

70ものアレクサンドリアの大半は、東征の途上のペルシャ語圏、アラビア語圏に建設された。アレクサンダーは、このペルシャ語圏、アラビア語圏では、イスカンダルと呼ばれた。アレクサンドリアは、イスカンダーリアとなる。

イスカンダーリアは、シルクロードの西半分をつなぐ。そう、イスカンダルは、夢の国ガンダーラの色彩をもまとって、私たちのロマンをかき立ててやまないわけだ。

多くの人は、戦艦大和を持ち出した松本零士を攻める前に、『宇宙戦艦ヤマト』の醸し出すロマンの虜となってしまったんだろう。


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『日本人が知らない最先端の世界史』 福井義高

習近平の世界観は、勘違いの上に構成されている。

彼はこんなことを言っていた。「中国人民が世界反ファシズム戦争に果たした偉大な貢献を、しっかり記憶しなければならない。」・・・笑わせようとしているのか。

外相の王毅は、さらにネタが豊富である。
「《反ファシズム戦争勝利》を打ち出すのは、世界に向け《中国は国際秩序の擁護者で、挑戦者ではない》と訴える狙いもある」
「七〇年前に日本は戦争に破れた。七〇年後に良識を失うべきではない」
「加害者が責任を忘れずにいて、初めて被害者の傷は癒える」
「日本の政権を握る者は、胸に手を当てて自問すべきだ」
「歴史の重みを今後も背負っていくのか、過去を断ち切るのか」

やはり、笑いを取るには、恥を忘れることが必要だ。

一九三二年一月、中国側の挑発に応じる形で大軍が派遣された第一次上海事変の際、日本軍は停戦交渉が五月に成立するや即座に撤収した。上海は勢力圏外であり、現地法人を保護するという目的を果たした以上、大軍を駐留させておくのは好ましくないというのが、陸軍も含めた日本の国家意思であった。満洲事変勃発以来の軍事的対立も、一九三三年の塘沽停戦協定で終止符が打たれた。蒋介石は、満洲分離独立を事実上黙認することで、共産党と対峙する道を選択した。

海軍は、国民政府の招聘により、中国海軍近代化のため、一九三四年に寺岡謹平大佐を国民政府顧問として派遣し、一九三七年まで滞在した。

一九三五年九月発行の『転換期の国際情勢と我が日本』において陸軍は、「未だ誤れたる国民党部の欧米依存、排日政策より完全に脱却するに至らない」ものの、「支那政権は昨今若干覚醒の機運に在る」としていた。

中国共産党が瑞金から延安に至る「長征」と言う名の逃避行に出たのは、日本との関係が安定したことを背景に、蒋介石の国民政府が主敵とみなしていた共産党を追い詰めていた事の証拠である。

そんな風に、中国共産党は、日本と戦うどころか、蒋介石から逃げ回っていただけだ。

スターリンは一九三〇年代、ヒトラー率いるナチス・ドイツ台頭を受け、それまでの「社会主義対資本主義」という対立軸を表向き引っ込めて、「民主主義対ファシズム」という公式に基づく人民戦線路線を掲げ、英米仏との共闘を基本方針とする。各国の共産主義者は、それまで敵対していた社会民主主義者や自由主義者と、同じ「民主主義者」として共闘することを、スターリンから命じられた。このスターリンに始まる《民主主義=反・反共主義=反ファシズム》という現代リベラルの公式は、冷戦後むしろ純化された。

スターリンは大嫌いだが、その相手に対する汚さが日本の政治家にも欲しい。



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歴史認識の鎖国状態を打破すべく、重要な、しかし見過ごされがちな論点を取り上げる
1 「歴史修正主義」論争の正体
2 「コミンテルンの陰謀」説の真偽
3 大衆と知識人
4 中国共産党政権誕生の真実


フランクリン・ディラノ・ルーズベルト大統領時代のアメリカが、コミンテルンのスパイの巣窟になっていたことが、次第に明らかにされている。

クラウス・フックスは、マンハッタン計画の参加していた英国人物理学者である。もともとはドイツ共産党員で、イギリスに帰化したあともソ連のためにスパイ活動をしていた。1949年にFBIから尋問されて自白している。投獄された後、釈放され、1959年に東ドイツに移住した。

ハリー・ゴールドは、フックスの自白で逮捕された。自白して、刑期30年の半分を残して1965年に出所した。ゴールドの自白で、デービッド・グリーングラスが逮捕。彼の自白で妻のルース、義兄のジュリアス・ローゼンバーグ、その妻のエセル・ローゼンバーグらが逮捕。1953年、ローゼンバーグ夫妻は二人の幼い子を残して処刑された。ローゼンバーグ夫妻は無実の罪で処刑される殉教者を演じきって処刑された。

これら、原爆に関わるスパイ活動は朝鮮戦争に大きな影響を与えた。1949年の原爆実験の成功がなければ、米国との対決に慎重であったスターリンは、北朝鮮軍の南侵にゴーサインを出さなかっただろう。

アメリカの政権に食いついて活動するコミンテルンのスパイの中でも、日本にもっとも関連の深い一人がハリー・デクスター・ホワイトだな。彼は、「ハル・ノート」に直接関わった。KGB幹部ヴィタリー・パヴロフは1941年5月にホワイトに会い、日本の対ソ連攻撃を回避すべく、アメリカが対日強硬策を進めるようホワイトに依頼し、それが最終的にハル・ノートのつながった。

背景にはスターリンがいた。それに比べれば、やはり日本人は純朴だった。

アメリカのケネス・B・パイルという日本研究者が、『新世代の国家像』という書物に、明治以降の日本のエリートたちの思想的分裂を描いている。

徳川時代前の日本では、親から教えられた価値観や伝統・文化を受け継げばよかったのに対し、明治以降の日本では西洋から入ってきた新しい文化を受け入れることを義務付けられた。近代化と称して西洋の文明を取り入れ、経済的にも軍事的にも発展していくことが、日本の独立を守るために必要だと信じた。そうしなければ、日本も他のアジア諸国と同じように、欧米列強の植民地にされてしまうという生々しい危機感がそうさせていた。

その結果、親が教える価値観や伝統・文化を受け継がないことがエリートの条件になってしまった。

ラフカディオ・ハーンは、学生たちに共通する精神的不安定に気がついていたという。ある時、学生たちの親の世代の人々が学校を訪れ、自分たちが受け継いできた先祖のこと、忠義や儀礼、古来の精神について語った。学生たちは心を打たれた様子だったが、そのあとハーンに以下のように語ったという。

「いかに古来の道徳が優れていようが、私たちはそのような道徳律に従うことはできない。そんなことをすれば、国家の独立を守ることも、進歩を達成することもできません。私たちは、自分の過去を捨て去らねばならないのです」

明治時代、まだ維新の元勲が健在で福沢諭吉のような識者もおり、急速な近代化の中で生み出された貧困問題には皇室が政府の仕事を補完するかたちで対応しようとしていた。しかし、現実にロシア革命が成功してしまった大正時代になると、貧困問題に取り組んでいたのはキリスト教とと社会主義者だった。

社会問題に真剣に取り組もうとしたエリートたちも少なくなかった。しかし政府は、それらのエリートを社会主義者とひとまとめにして弾圧した。そうやって、同胞の苦境に心を痛めていたエリートたちの多くを、反体制の側へ追いやってしまった。

そこでもスターリンに利用されてしまったことが、とても悔しい。

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『かわいそうな歴史の国の中国人』 宮脇淳子

《儒教ファンタジー》
支那から儒教、そして朱子学を受け入れた韓国は、支那よりもさらに尖鋭的で、原理主義的。それは朱子学が夷敵とするところの半農半牧の満洲民族によって明王朝が倒され、満洲民族が打ち立てた清に、属国として使えることになった屈折がそうさせているのだろう。

宮脇さんはこう書いている。「韓国は歴史上、自分たちが政治的に責任のある立場に立ったことがないので、儒教の教理を実際に運用することもなく、理念・哲学として教条的にそのまま取り入れた結果、リアルな部分がぜんぜん存在しなくなりました。」・・・まさしくその通り。

だから、立ち入り禁止のロープが張られてる外からキャンキャン吠えてることで、相手に対して優位に立った気分でいられるんだな。従軍慰安婦と言っちゃあ、キャンキャン。植民地支配と言っちゃあ、キャンキャン。

宮脇さんの言うとおり、「まったく現実味のない、ファンタジーの世界の住人」なんだよね。

そう、あまりにも滑稽なんだけど、あそこまで滑稽に、自らを貶める“はずがない”と、そこに何らかの“意味”を探し出そうとする人が、世界に入るんだな。それでもって、「あそこまで韓国人がキャンキャン泣いてるんだから、きっと日本が泣かすようなことをしなかったはずがない」なんてね。ったく、中途半端な理解で勝手に勘違いして韓国人に同情寄せられたら、その分、日本は悪者になるわけでね。ああ、迷惑、迷惑。・・・でも、日本人にもそういう人がいるんだよね。・・・そろそろ、ちゃんと気付いてよね。

「目くそ、鼻くそ」の部類だけど、日本人にとってはそんな韓国人よりも、支那人の方がいく分なりとも対応しやすい。支那人もおんなじように「南京だ、上海だ」ってありもしないことをでっちあげてキャンキャン言うけど、言った本人がそんなことどっちだって構っちゃいないからね。そんな教育を受けちゃった若い連中は知らないけどさ。ただ、言った方が自分にとって得だから言う。本当にそう思ってるかどうかって言うのは、まったく別の問題。

朱子学的上下関係から言って、日本人はこうであるはずだ。そういう物差しですべてが推し量られるから、キャンキャンでっちあげた事実は、彼らの頭の中で、しっかりと“事実”として認定されちゃうんだよね。・・・たまんねえな。




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歴史を読み解けば、中国人がわかる! アジア史の泰斗による中国人解説!
第1章 あきれるほどないないづくしでかわいそうな中国
第2章 日本人はなぜ中国人を見誤るのか
第3章 ではどうやって中国人と付き合ったらいいのか
第4章 中国という国をどう見たらいいのか
第5章 「偉大なる中華文明」は決して復興しない
第6章 中国は権力闘争から崩壊していく



《中国人意識》
共通語はない。地方地方で全然違う言葉を使っている。支那の人々に話し言葉を超えた国家の紐帯やまとまりができたのは最近のことで、一九一九年の五四運動がはじまり。その四年前の二十一か条の要求に対する反対という形で支那の人々が一つにまとまった。そのあと、満州事変、支那事変と、「侵略する悪い日本を追い出せ」という反日意識が、《中国人》を創りだしていった。

しかし、長い伝統の中で言えば、漢字を知らない人たちはまず郷里で生き、郷里を離れる時も同じ郷里の人たちの中だけで暮らしてきた。違う土地の人たちとは、利害関係が対立すれば敵対するし、共通すれば手を組んだ。


《少数民族》
支那には五五の少数民族が入るとされる。しかし、問題となるのはチベットとウイグルと内モンゴル。この三民族は独自の歴史を持ち、漢字など使ったこともない。ちょっと前まで漢族とはまったく別の政治組織だった大民族を、新たに恣意的に認定した一万人以下のエスニックグループと一緒にして、彼らの問題を五五分の一に矮小化する共産党政府の企み。

支那の少数民族は全体の八%にすぎないのに、六四%の領域に住んでいる。そこには木材があり、水があり、レアアースなどの地下資源、石油や石炭もある。パンダもいる。残りの三七%にはそれがない。

支那の経済は鄧小平の改革開放によって発展したと言われるが、それだけじゃない。背景にあるのは、チベット、ウイグル、内モンゴルからの資源の収奪である。

とてもおもしろい本だった。もちろん、ブログで紹介したんだけど、覚書にして、機会があれば紹介しようと思ってたものが、そのまま残ってた。

残念ながら、この本は“時価”になっちゃったけど、古本ならKindleより安く読める。



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『古代オリエントの神々』 小林登志子

太陽神シャマシュのように、大神は眷属にあたる神や随獣を従えることがある。古くは牛人間を眷属にした。牛人間は人間の上半身と牡牛の下半身を合体し、しかも人間のように後ろ足で立っている姿で表現される。太陽神と野牛の頭とが結びついていたのが古い形であったようだ。牡牛そのものはメソポタミア北部で祀られていた天候神アダドなどの随獣であった。

次第に太陽神の随獣は牛の合成獣から馬に交代する。翼のある馬、あるいは上半身が人間で下半身は馬という合成獣、ケンタウロスが中期アッシリア時代、前1500~前1000頃の印章に見られる。馬の頭部のモチーフは、イシン第2王朝ネブカドネザル1世(1157~1026)の時代に見られる。この頃には馬がひく戦車が戦争で使われていて、太陽神にふさわしい動物として認知されたものと思われる。

牛から馬への交代は、インド・ヨーロッパ語族の影響という指摘もある。イラン起源の太陽神ミスラは馬を随獣としていた。また、インドの太陽神スーリヤは七頭の馬に、ギリシャの太陽神ヘリオスは四頭の馬に引かせた戦車で天空を行くと信じられていた。

日本の信仰の中で牛や馬って言うと、・・・あれか、午頭天王とか、馬頭観音とか。

牛頭天王は八坂神社か。7歳にして身長が7尺5寸、3尺の牛の頭って、こりゃ恐ろしい。素戔嗚尊と同一視されたり、大国主命の荒魂と考えられていたり、さらには蘇民将来の話の中でも重要な役割を果たしたりする。

馬頭観音は、サンスクリット語でハヤグリーヴァで、“馬の首を持つ者”という意味をもつ。通常、観音様といえば柔和な表情で描かれるが、馬頭観音は憤怒の表情で描かれることが多い。

やはり、牛も馬も、オリエントに起源を持つものが、日本にまで影響を与えてるんだな。



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さまざまな文明が興り、消えゆくなか、人がいかに神々とともに生きたかを描く
序章 神々が共存する世界―古代オリエント史の流れの中で
第1章 煌く太陽神、霞む太陽神
第2章 地母神が支配する世界
第3章 死んで復活する神々
第4章 神々の王の履歴書
終章 「アブラハムの宗教」が対立する世界


ミトラス神は、バラモン教ではミトラ神、ゾロアスター教ではミスラ神と呼ばれる。ギリシャ人はミトラス神、ローマ人はミトラ神と呼んだ。インド・イラン語族に属する人々がオリエントに持ち込んだ神と考えられる。

古くは「交換」、「契約」を意味した言葉らしい。始まりは契約の神だが、「すべてを見、すべてを知る」という特性を持つことから、派生して太陽神となった。


ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダは「全知」「知る者」「知恵主」といった意味で、アケメネス朝やササン朝の守護神であった。伝統的なアーリア人の神々の中には存在しなかったはずの神で、ゾロアスターの改革によって創造された神という説、またバラモン教のミトラと並ぶ最高神ヴァルナに起源を求める説もある。

アフラ・マズダは善きものの創造者で光明と密接な関係を持つことから伝統的な光明神のミスラと対立することになる。本来、ミスラこそ、光明神であり、闇と戦う軍神であった。

ゾロアスターによる改革で一時脇に追いやられ、他の一段低い善神と同じレベルに下げられた。しかし、ミスラはやがて、アフラ・マズダと並ぶペルシャ王朝の守護者として復権する。


ゾロアスター教では、ミスラは、アフラ・マズダと后妃アナーヒター女神の子神として、三神は聖家族として一体となって祀られた。

ミスラはアナーヒターの体内からではなく、岩の洞穴から十二月二十五日に誕生したと信じられた。幼児神として表されたミスラが、キリスト教に“神の子イエス”という発想を与え、クリスマスのもとになったといわれている。


一方、中央アジアに広がったゾロアスター教の土台の上に仏教が流入し、ミスラは遠い未来に出現する救世主のであるマイトレーヤ・ボッディサットヴァの誕生を促した。これを“中国”では弥勒菩薩と漢訳した。

ミスラがギリシャ語化したミトラス、ローマ語化したミトラは、当地で太陽神として信仰を集め、様々に習合して幅広く信者を集めた。帝政ローマにおいては、ディオクレティアヌス帝は“帝国の恩恵者”“不敗の太陽神”としてミトラスを祀っている。

しかし、313年のミラノ勅令でローマがキリスト教を公認するとミトラス教は衰え始め、テオドシウス帝が異教禁止令を出すに及んで、ミトラス教は5世紀初頭を最後にその姿を消した。

この多様な神々の物語は、とてつもなくダイナミック。それがつまらないルサンチマンにより、味気ない一神教に取って代わられていったのは、返す返すも残念。



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輪廻転生『逆説の世界史3』 井沢元彦

炎鵬は阿炎の悪くしている膝を取った。そしたら、阿炎が飛んだ。

インドには歴史がない。

そんな話が出てくる。インド古代史においては、編年体で書かれた記録がないんだそうだ。編年体の記録というのは、歴史を過去から現在、そして未来へと続く線のように捉えるからこそ成立するもの。私も歴史という学問に携わって生きてきたが、確かにその感覚を持って歴史に関わった。そういう点からすると、四大文明に数えられるインダス文明はあまりにも捉えどころがない。

どうやら時間を過去から未来に流れる直線的な流れではなく、円を描くように何度も何度も繰り返されるものとして捉えていたのではないかという。輪廻転生のサイクルこそが、まさにそれだと言う。

アーリア人が侵入してドラヴィダ人を征服してから、歴史は徐々に前に進むようになったと言うんだけど、だと知れば輪廻転生はこそがインダス文明以来の、変わらない現地のものの考え方と言うことになる。

ドラヴィダ人を征服したアーリア人は、当地の輪廻転生の思想を取り入れて、それに基づくヴァルナを再構成してバラモン教と呼ばれる宗教を生み出したのか。

アーリア人の神々は、彼らの移動先でさまざまに根付いてその関連性を感じさせる。同じように雷を操るインドのインドラとギリシャのゼウス。イランにおける善い神はアフラ、インドの悪い神はアシュラ。・・・ひっくり返っている。

ペルシャでは善神アフラの長がアフラ・マズダ。片や、アシュラを管理するヴァイローチャナは日本ではビルシャナと呼ばれる華厳宗の一番の仏様。奈良の大仏は毘盧遮那仏だな。毘盧遮那仏は真言宗では大日如来。ということになると、大日如来はゾロアスター教のアフラ・マズダに相当する。

そういや、ゾロアスター教は拝火教として日本に入ってるからね。二月堂のお水取りは、まさにその行事。

神々の系譜を見ても、もとはアーリア人として同じような習俗を持っていたと思われるのに、輪廻転生の思想はインドにしか現れない。ということは、それこそインドに移動したアーリア人が受け入れた、インダス文明圏特有の文化だったのではないか。

だとすれば、その後、ペルシャに根付くゾロアスター教は、アーリア人の習俗をもとに砂漠の文明の影響の元に成立したということだろうか。ゾロアスター教は、善悪二元論をもとにして、終末思想、最後の審判、天使、悪魔など、後の一神教に受け継がれるものの考え方をさまざまに生み出している。面白いもんだな。


『逆説の世界史3』    井沢元彦


小学館  ¥ 1,870

日本とインドには一神教に負けない「強い多神教」がある。その強さの秘密とは? 
序章 多神教社会に生きる日本人
第一章 インダス文明の滅亡とヒンドゥー教の誕生
第二章 ブッダの生涯と仏教の変容
第一話 ブッダが追求した「完全なる死」の境地
第二話 禅宗がもたらした日本型資本主義
第三話 仏教はなぜ発祥の地印度では衰退したのか
第三章 オリュンポスの神々とギリシア文明の遺産
第一話 キリスト教に敗北したギリシア神話の世界
第二話 民主主義のルーツとしてのポリス
第三話 アレクサンドロス大王の偉業とマケドニア帝国の興亡
第四話 ギリシア・ヘレニズム文明の賢者たち)



創造主ヤハウェに対する信仰を説くユダヤ教に始まる一神教、キリスト教もイスラム教も、ペルシャのゾロアスター教の影響を受けている。インドと同じようにアーリア人の移動の影響を受けて成立していったものだろうが、ものの考え方がまったく正反対の宗教観を持つようになる。

この違い方がはなはだしい。

“永遠の生”は多くの宗教の最終目標である。キリスト教でも、イスラム教でも・・・。最後の審判でイエスが降臨し、あらゆる魂が裁きを受ける。審判に合格したものだけが神の国に入り、“永遠の生”を与えられることになる。

ところがインドにおいては、“永遠の生”はものごとの大前提。それは輪廻転生と呼ばれ、輪廻転生が絶対の事実である以上、人間は永遠の“本当の死”を迎えることは出来ない。一神教の信徒が最終目標であるものが、インドにおいては逃れることが出来ない大前提なのだ。

多くの宗教が目標とする“永遠の生”は、インド思想においてはすでに達成されたものであるばかりではない。それは、克服しなければならないもの、そう考えられている。

ゴータマ・シッダールダ、仏陀は、“本当の死”を迎えることの出来ない“永遠の生”は、《苦しみ》であると考えていた。生老病死の四苦に加えて、もう四つの苦しみが加わって四苦八苦。愛するものと分かれる苦しみが愛別離苦。怨み憎んでいる者に会う苦しみが怨憎会苦。求める物が得られない苦しみが求不得苦。身体と気持ちが思うままにならない苦しみが五蘊盛苦。

生きることは苦しみばっかりで、“永遠の生”は永遠の苦しみでしかない。

バラモン教においては、自分つまり“我”を宇宙の原理である“梵”と一致させる境地に至ることによって、その苦しみを克服できると考えた。

バラモン教の世界に生まれた仏陀は、その教義に疑問を抱き、“我”に対して“無我”、すべて空と悟ることこそ本当の解脱だと考えた。“梵”と一体化するよりも、そういったものは実在せず、永遠の不滅も存在しないなら、それに執着することは愚かと悟ること。その境地こそが本当の解脱であり、輪廻転生で巡る“永遠の苦”からの解脱としたわけだ。

そう考えると、やはりインドは深い。






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インダス文明『逆説の世界史3』 井沢元彦

インダス文明がどんな文明だったのか、実ははっきりしたことはまったく分かっていないらしい。

私も分からない。この間まで世界の歴史を教える立場だったのに、申し訳ないけど分からない。エジプト文明、メソポタミア文明、黄河文明と、いわゆる四大文明と並び称される他の文明は、かなり詳しいところまで解き明かされつつあるというのに、である。

なぜ分からないのか。理由は三つ。文字が読めないばかりか文書と言えるものがほとんどない。そして、突然滅んでしまった。それから、その後インド亜大陸に成立したヒンドゥー文明との連続性が見当たらない。

だけど、インダス文明が起こったのは紀元前2500年。メソポタミア文明やエジプト文明よりも500年~1000年遅れる。なら、何らかの影響を受けていると思うのが当たり前だけど、それがあれば手がかりになるが、残念ながら見当たらないそうだ。

さらに他の三つの文明に見られる王権や神の存在を示す遺物がまったく発見されていないという。これは困るな。四大文明は、それに近い呼び方で四大河文明とも呼ばれる。ギリシャの歴史家ヘロドトスが、エジプト文明を“ナイルのたまもの”と喝破したが、インダス文明は“大河文明”でもないとも言われるようになってきているんだそうだ。

河川の氾濫がもたらす肥沃な土砂が食料増産を促し、社会性を高め、氾濫への対応が権力を生み出した。同時に、知識や、技術、さまざまなものがその影響の元に高められた。宗教だってその過程で高度化したはずだ。授業では今でもそう教えているだろう。私もそうしていた。

実際、ハラッパー、モヘンジョダロの両都市国家こそインダス川の近くにあるものの、その他の都市国家は大河に関与せず、全体としてのインダス文明は大河に依存する文明ではなかったという考え方になっているらしい。

そう、多くの遺跡は砂漠にある。それらは川の豊富な水量に頼るのではなく、雨期に集中的に降る雨を利用した農業を行なっていたと考えられるようになってきているらしい。大河文明ではなくモンスーン文明ということだ。作物は、われわれ日本人にはおなじみのイネ、キビ、アワなどのモンスーン作物。



『逆説の世界史3』    井沢元彦


小学館  ¥ 1,870

日本とインドには一神教に負けない「強い多神教」がある。その強さの秘密とは? 
序章 多神教社会に生きる日本人
第一章 インダス文明の滅亡とヒンドゥー教の誕生
第二章 ブッダの生涯と仏教の変容
第一話 ブッダが追求した「完全なる死」の境地
第二話 禅宗がもたらした日本型資本主義
第三話 仏教はなぜ発祥の地印度では衰退したのか
第三章 オリュンポスの神々とギリシア文明の遺産
第一話 キリスト教に敗北したギリシア神話の世界
第二話 民主主義のルーツとしてのポリス
第三話 アレクサンドロス大王の偉業とマケドニア帝国の興亡
第四話 ギリシア・ヘレニズム文明の賢者たち)



モヘンジョダロは、インダス川が流域を変えたことで衰退した。

モヘンジョダロに関してはそう言えるかもしれない。私は、それをインダス文明全体に当てはめて理解していた。「インダス文明は、インダス川が流域を変えたことで衰退した」と。不思議とも思っていなかった。

しかし、モヘンジョダロが広大なインダス文明圏の一都市文明で、その他の多くの遺跡においては雨期に集中して降る雨を利用したモンスーン作物栽培が行なわれていたということになれば、インダス川が流域を変えようが、それが文明が衰退した理由にはならない。衰退の理由は今のところ分からないようだ。

紀元前15世紀頃、中央アジアからカイバル峠をこえて侵入したアーリア人が、インダス文明を滅ぼしたという説もある。しかし、アーリア人の侵入以前にインダス文明が衰退していたというのは、ずいぶん前から言われている。

いずれにせよ。アーリア人がインダス川流域に侵入したとき、かつて隆盛を誇ったインダス文明を支えたドラヴィダ人が細々と生活をしていたんだろう。だけどアーリア人との抗争にあっけなく敗れ、後にカースト制と呼ばれるようになる階層制度の最下層に組み込まれていったらしい。それはそのまま、彼らの宗教であるバラモン教の中にまで組み込まれ、支配の揺るぎない根拠となる。

その後、アーリア人は先住民族の文明を破壊し、それに変わる新たな文明を築き上げたため、先行するインダス文明は“わかりにくい”ものとなってしまった。

インダス文明は、他の三つの文明に照らし合わせて理解することが難しいのは確かなようだ。ただ、他の三文明は民族が入れ替わっても、その本質的部分は受け継がれた。インダス文明だけ、アーリア人に滅ぼされたあとにまるで起源の違う新しい文明としてヒンドゥー文明が生まれたんだろうか。

井沢さんは、「最新の考古学的知見によれば、むしろ強固なインダス文明の土台の上にアーリア人たちの文化が混合したと考えた方がよさそうだ」といっている。

そしてその“わかりにくさ”こそが、ヒンドゥー教に受け継がれたインダス文明の土台ではないかと言うんだけど・・・。こりゃ、分かりにくい話になりそうだな。神道と同じように。

話は変わっちゃうけど、バラモン教の聖典であるリグ・ヴェーダで最も称えられている神にインドラがいる。雷を使う神様で、ギリシャならゼウス。起源はアーリア人の天空神か。仏教はインドラを帝釈天として取り入れた。寅さんに出てくる柴又の帝釈天は、インドラのことか。





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『欲望の名画』 中野京子

図書館に行ったら、“秋の本”という特集を組んで本を紹介していました。読書の秋ということでしょうか。

私にとって、秋と言ったら何でしょうね。スポーツの秋、・・・スポーツって言ったって山に登るくらいか。食欲の秋、・・・これは大いにあり得る。さんまを食いましたよ、先日。徳島の親戚から送ってもらったすだちを絞ってね。芸術の秋、・・・絵も、音楽も、映画も好きだけど、すべて受け手側ですね。

まあ、それらの本が並べられていたわけですが、芸術の秋代表には、中野京子さんの本も含まれておりました。この本は、一冊にまとめられた本としては、中野京子さんの最新作じゃないでしょうか。

なんでも、文藝春秋に時々書いている《中野京子の名画が語る西洋史》というコラムがあって、それを大幅に加筆修正してまとめたのがこの本ということです。

表紙の女性、正面にある鏡を見ながら真珠の首飾りをつけようとしています。口は半ば開き、瞳を輝かせてうっすら笑みをたたえているのは、思う人にでも会いに行くんでしょうか。フェルメールの《真珠の首飾りの女》っていう絵ですね。

中野京子さんが書いているんですが、彼女の前方に広い空間があり、そこには何も描かれずに、ただ向こう側の壁があるんですね。それがいかにも意味ありげです。

俵屋宗達の風神雷神図屏風の、風神と雷神の間の空間を思い起こさせます。風神雷神は千手観音の眷属だそうですから、背景には千手観音千体が並んでいるのを思わせるわけでしょう。三十三間堂みたいに。・・・勝手にそう思ってたんですが。背景が金色だし・・・。

そう言えば、この絵も前から金色の光が注いでいませんか。そのあたり、面白い解釈があるんだそうです。それを読んで、もしそうなら、本当にすごいなって思いました。


『欲望の名画』    中野京子

文春新書  ¥ 1,078

隠された意味を紹介し、画家の意図や時代背景を読み解いてきた中野京子の最新刊
第一章 愛欲
第二章 知的欲求
第三章 生存本能
第四章 物欲
第五章 権力欲
欲望の果てに


本書の最初に登場するドラクロアの《怒れるメディア》。

この絵を見た人に、どんなシーンを描いたものか質問したことがあったんだそうです。大半の人は、「悪者に追われた母親が子どもを守ろうとしている」と答えたそうです。

それにしては二人の子どもの様子が変です。二人ともなんとか母親の手から逃れようとしているようにしか見えません。そう、この二人の子は、このあと母親に殺されます。

エウリピデスのギリシャ悲劇、『王女メディア』ですね。高校の世界史の教員でしたから、こういうのをよく読みました。高校生は教科書の勉強よりも、こういう話を遥かに喜ぶんですよ。ギルガメッシュ叙事詩、エジプト神話から始まって、ギリシャ神話、旧約聖書なんて話してると、そのうち一学期は終わりです。

二番目のジェロームの《フリュネ》。フリュネが裁判にかけられたのには「諸説あり」とあります。不敬罪ということらしいんですが、ある本には、年寄と結婚してその夫のを殺し、遺産を自分のものにすることを繰り返したと言う説が書かれていました。

裁判の形勢が不利になると、フリュネは法廷で裸身を晒し無罪を勝ち取ります。

老裁判官たちはよだれを垂らして判決に手心を加えたかと言えばそうではなく、古代ギリシャに於いては完璧な肉体美はそれ自体が神にも等しいと考えられており、彼らはフリュネを通して美の女神を見たわけです。

有罪判決なんか出せるわけがありません。

男子生徒は大受け間違いなしです。

ですが、女子生徒に口を利いてもらえなくなりかねませんので、この絵を授業で使ったことはありません。

一つ一つの絵に、素人にはなかなか捕まえにくいポイントがあるんですね。ただ単に言われ曰くを知ることよりも、やはり作者は細部に神を宿らせているので、そういうところにこそ、その絵の本質が隠されているんですね。

面白い本でした。




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カリエール『欲望の名画』 中野京子

物事の主題となる様々な出来事は、すでに私から遠ざかっていきました。父母を思おうにもすでに亡く、故郷さえ遠ざかって、もう思い出の中にしか存在しません。子らはなんとか無事育ち、すでに手元には居りません。楽しいことも、苦しいこともあったけど、全部、通り過ぎたこと。

そうは言っても、今日取り上げた、死を間近にした子を描いた絵なんか見ると、やはり心が締め付けられる。そうそう、キャンプ場から消えてしまった子は、一体どうしちゃったんだろう。

ウジェーヌ・カリエールという画家のことを、私は知りませんでした。

「靄のかかったような独特の絵画手法」で知られる画家さんだそうです。彫刻家のロダン、作家のドーテらと親交があり、著名人の肖像画を多く書いたことで知られる人物なんだそうです。彼の残した肖像画には、ロダン、ドーテに加え、詩人のヴェルレーヌ、政治家のクレマンソーのものもあるそうです。

インターネットで彼の作品を見ると、それらの肖像画にしても、たしかに靄のかかっったような、なんとなく輪郭をぼやかしたような絵です。そして彼が好んで書いたもう一つのモチーフが、母子像だそうです。

この本で取り上げられているのは、『病気の子供』という作品です。
《黒髪の若い母は、涙をこぼすまいとするように固く目をつぶる。病気の子の背にまわした左手の美しさと結婚指輪が際立つ。病気は重い。どんどん悪化してゆく。神さま、どうか私からこの子を取り上げないでくださいまし。カリエール
この絵を見るたびに胸が疼くのは、伝統的絵画に於いて腕をだらりと下げた表現が「死」を表すからだ。眠りと死を区別する一種の絵画用語で、ピエタに典型的に見られる。

つまり本作の子どもにも、すでに死は定められているのだ。幼いながら、いや、幼いだけにいっそう鋭く本能的に死を悟った子どもは、すでに生存のための戦いから身を引いている。母も敏感にそれを感じ取っている。母の服は喪を想起させる黒、子は死装束の白を身にまとう。

そしてーそれがまたいっそう哀切なのだが、ー半ばもう天使となったこの幼い子は、母の悲しみを少しでも慰めようとして、小さな手でそっと彼女の頬を撫でる。母が子を思う以上に、子はいじらしいまでに母を思いやり、懸命に伝えようとするのだ。ママ、泣かないで。大丈夫だよ。死ぬのは怖くない・・・。》

こんな風に解説されたら、この絵を見たくてたまらなくなってしまいます。・・・うう、オルセー美術館。フランスか。日本でもカリエール展をやってたことがあるようです。二〇一六年ですか。


『欲望の名画』    中野京子

文春新書  ¥ 1,078

隠された意味を紹介し、画家の意図や時代背景を読み解いてきた中野京子の最新刊
第一章 愛欲
第二章 知的欲求
第三章 生存本能
第四章 物欲
第五章 権力欲
欲望の果てに


この絵が描かれた一八八五年、カリエールの第二子で、長男のレオンが三歳で病死しているんだそうです。その子と、その母を、カリエールは描いたんですね。

絵をご覧いただいてもお分かりの通り、やはりこの絵もカリエール独特の靄で、その輪郭はぼやかされています。著者は、この神秘的な靄は、慈雨のように母子を包んでいるといっています。

「抱」という字は手偏に「包」と書きます。「抱く」ということは、手で「包む」こと。さらに「包」という字は、子宮の中に胎児がいる形からできています。子宮の中で「包まれ」て生きてきたいのちは、親たちによって「抱かれ」て育てられます。これももちろん、この本からの受け売りです。

神秘的な靄に、カリエールはそんな思いをかけていたんでしょうか。

長生きすれば、その分だけ悲しい思いをたくさんすることになります。でも、楽しい思いもたくさんすることになります。少しでも楽しいことを増やして、悲しいことを減らしましょう。

子どものことは、今でも心配です。いくつになっても子は子ですからね。その子どもも人の親になって、子育ての大変な様子を見ていると、なんとかしてやりたいと思うんですが、でも、我慢をしています。

おじいちゃんは論外ですが、おばあちゃんが子どもを抱いていている婆子像に人が心を動かされることも、おそらくないでしょうから。




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Author:イーグルス16

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極北の自然に見せられた写真家の旅を一冊に! 
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































































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