めんどくせぇことばかり 本 近現代東アジア(支那・韓国・北朝鮮)

『黄砂の籠城』 松岡圭祐

義和団事件をもとにした小説。

義和団事件は、1900年に清朝時代のチャイナで本当に起こった事件。西洋諸国の進出とキリスト教の布教に反発した宗教勢力である義和団が、「扶清滅洋」のスローガンのもとに勢力を急拡大させ、その勢いに乗じて北京の大使館区画を包囲し、襲撃を始める。それに励まされた清王朝の実力者西太后が、大勢を見誤って北京に大使館を持つ西洋諸国及び日本に対して宣戦布告するに及ぶ。当時、北京には外国人900とシナ人のカトリック信者が3000人。諸国の軍はなく、大使館付き武官とわずかな守備隊の500弱。北京に集結した義和団は20万。さらに、そこに清朝軍兵士が合流する。各国の軍が救援隊を差し向けるが、義和団による鉄道の破壊など、妨害工作によって、なかなか北京にたどり着くことができない。11カ国の兵隊たちが協力して籠城戦に臨むことになる。

“義和団事件物”というと、すぐに思い出すのが『北京の55日』というアメリカの映画。若い頃に見た。そして、映画の内容を真実と取り違えていた。映画では、アメリカの将校さんの活躍して厳しい籠城戦を戦い、救援隊の連合軍が到着して、籠城する北京の大使館街を解放するまでが描かれている。

でも本当は、20万の義和団を前にすったもんだして自分勝手な主張を繰り返す各国の代表たちの気持ちを、協力して戦う方向に持っていったのは、柴五郎という名の、会津出身の日本人将校だった。

会津は、戊辰戦争のハイライト、会津戦争において鶴ヶ城に籠城し、多くの犠牲を出して敗北した。柴五郎に関して言えば、この闘いで祖母・母・兄嫁・姉妹が自刃して果てている。


『黄砂の籠城』    松岡圭祐

講談社文庫  ¥ 1,382

一九〇〇年、暴徒とかした義和団が外国公使館区域を襲撃する。足並み揃わぬ列強十一ヵ国を先導したのは、新任の駐在武官・柴五郎率いる日本だった。
松岡/圭祐
1968年、愛知県生まれ。デビュー作『催眠』がミリオンセラーになる。代表作の『万能鑑定士Q』シリーズと『千里眼』シリーズ(大藪春彦賞候補作)を合わせると累計1000万部を優に超える人気作家。『万能鑑定士Q』シリーズは2014年に綾瀬はるか主演で映画化され、ブックウォーカー大賞2014文芸賞を受賞。

関係者の日記などをまとめて書いた『北京籠城』の著者、ピーター・フレミング
 戦略上の最重要地である王府では、日本兵が守備のバックボーンであり、頭脳であった。日本を補佐したのは頼りにならないイタリア兵で、日本を補強したのはイギリス義勇兵だった。
 日本軍を指揮した柴中佐は、籠城中のどの士官よりも勇敢で経験もゆたかであったばかりか、誰からも好かれ、尊敬された。
 当時、日本人とつきあう欧米人はほとんどいなかったが、この籠城をつうじてそれが変わった。日本人の姿が模範生として、みなの目に映るようになった。
 日本人の勇気、信頼性、そして明朗さは、籠城者一同の賞賛の的となった。籠城に関する数多い記録の中で、直接的にも間接的にも、一言の非難も浴びていないのは、日本人だけである。》

一般居留民として籠城したアメリカ人女性ポリー・スミス
 柴中佐は小柄な素晴らしい人です。彼が交民巷で現在の地位を占めるようになったのは、一に彼の知力と実行力によるものです。
 最初の会議では、各国公使も守備隊指揮官も、別に柴中佐の見解を求めようとはしませんでした。でも、今ではすべてが変わりました。 
 柴中佐は、王府での絶え間ない激戦でつねに快腕をふるい、偉大な士官であることを実証しました。だから今では、すべての指揮官が、柴中佐の見解と支援を求めるようになったのです。
 このころの日本人たちは――士官も、インテリの義勇兵も、農民や職人あがりの兵士たちも、なぜこのように勇敢で、沈着で、しかも明るかったか、うまく説明はできない。
 国民性といっても、こういう外面的な所作や反応は、時代とともに変わりやすい。
 明治人――といっても、幕末から明治初期に生まれ育った日本人には、こういう立居振舞を当然と心得る気風が、全体にあったようである。
 サムライの栄光は、すでに過去のものであった。しかし、まさに死滅した武士のモラルの残光が彼らを照らし、彼らの行動の模範となっていた。


とっても人気のある作家さんみたいですね。その作家さんが初めて書いた歴史物でとしても話題になっていたようです。内容に触れるわけにもいかないのでこんなところにしますが、読み終わって3時間ほどたちますが、まだ興奮状態です。



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『本当の中国の話をしよう』 余華

もともと、2012年の本で、その時読んで、ブログにもしつこく書いた。

最近、この本が文庫で出ているのを見つけた。とても影響を受けた本なので、かつまた、習近平がこの秋に行われる共産党大会で、毛沢東の高みに挑もうとしている状況において、この本を見直す必要がある。文庫版が、このタイミングで出版されたのも、おそらくそのへんに関係しているんだろう。
著者の余華は支那の作家。1960年生まれといから、私と同じ歳。私も支那に生まれていれば、同様の体験をした可能性があるということか。

6才から17才までが文化大革命に重なり、改革開放後、29歳で天安門事件。そしてその後のいびつな経済成長。作家活動の中で精神の危機もあったようだが、考えてみればそれも当然のことと思える。この本は、そんな支那近代史とともに生きてきた著者が、自らと、自らの生きた支那を振り返り、支那社会の本質をえぐったた随筆。

次の文章には背筋に電流が走りました。同時に、今の支那社会の激変の一端がかいま見えたような思いがしました。
なぜ私は、今の中国を語るとき、いつも文化大革命にさかのぼるのだろう?それは二つの時代が密接につながっているからだ。社会形態はまったく違うが、精神の中身は驚くほど似ている。たとえば、国民総動員で文化大革命を行った我々は、またも国民総動員で経済発展を進めているではないか。

ここで強調したいのは、民間経済の急激な発展が文革初期に突如登場した無数の造反司令部に類似しているということだ。一九八〇年代の中国人は、革命の熱狂を金儲けの熱狂に置き替え、またたく間に無数の民間会社を登場させた。(中略)数えきれないほどの民間会社は一方ですぐ消滅するが、また一方ですぐ登場する。革命と同じで、先人の屍を乗り越え、勢いよく前進を続けた。唐の白居易の詩句を引用するなら、「野火焼けども尽きず、春風吹いてまた生ず」である。中国経済の奇跡は、このようにして引き起こされた。

文化大革命が完全に終わって改革開放が始まったことは、支那がまったく正反対の方向へ進み始めたことを意味している。これまでそう信じきっていた。そのように見えて、“革命の熱狂が金儲けの熱狂に置き替えられた”のであり、本質は変わらないという著者の考えは、大変新鮮である。たしかに現在の“金儲けの熱狂”のいびつさは、文革のいびつさを引きずっていないか。そういえば、二つのイメージはピッタリ重なるように思える。

この本の中に紹介されている“金儲けの熱狂”が生み出すいびつさは、あとで、別記事で紹介したいと思う。たしかにそこに見られるいびつさ、社会の歪みは、文化大革命の時に表現された生徒が先生を、年少者が年長者を、子が親を、愚者が賢者を引きずり下ろして袋叩きにしたあの頃に、見事なまでに重なるように思える。

周恩来が死に、毛沢東が死に、四人組が引きずり降ろされて文革は終わったはずだった。でもまだ、あの頃の熱狂の本質が今も引きずられているなら、支那は一体どこまで走り続けるのだろう。その先にもう、道が続いているようには思えないのだが・・・。
 
文化大革命の中、人びとはどう日常生活を送っていたのでしょう。人々は壁新聞を恐れた。反革命の告発は、この壁新聞で行われていたという。
私は学校の友達の父親が何人か打倒されるのを目撃した。「資本主義の道を歩む実権派」というのが罪名で、造反派に殴られて顔が腫れていた。胸の前には大きな札を下げ、頭には紙で作った三角帽子をかぶっている。彼らは一日じゅう箒を手にして、おどおどしながら通りを清掃していた。通行人はいつでも彼らを蹴飛ばしたり、彼らの顔に唾を吐いたりしてよかった。彼らの子供にも当然類が及び、たえず学校の友達から侮辱と蔑視を受けていた。

これは『ほんとうの中国の話をしよう』に書かれている、著者余華氏の体験である。
いったい、このような状況で、本好きたちは、どうやって本を読んでいたのでしょうか。

余華の『ほんとうの中国の話をしよう』に、文革時代、著者たち読書好きが、必死にその読書欲を満足させた様子が書かれています。
私の家には当時、両親が仕事で使う十数冊の医学書を除くと、四巻本の『毛沢東選集』と赤い宝の本と呼ばれる『毛沢東語録』しかなかった。赤い宝の本は、『毛沢東選集』から抽出された言葉を集めたものである。私は元気なく、それらの本のページをめくった。読書欲という化学反応が起こることを期待したが、いくらページをめくっても、まったく読む気になれない。
(中略)
私は赤い宝の本を選択せず、『毛沢東選集』の第一巻を手に取り、じっくり読み始めた。そして、読書の新大陸を発見した。『毛沢東選集』の注釈に引きこまれたのだ。それ以降、私は片時も休むことなく『毛沢東選集』を読んだ。
(中略)
しかし、私は毛沢東思想を学んでいたわけではない。読んでいたのは『毛沢東選集』の注釈だ。歴史的事件や人物に関するこれらの注釈は、町の図書館の小説よりもずっと面白かった。注釈の中に感情はないが、ストーリーがあり、人物もいた。
(中略)
2つ目の読書体験は中学時代で、私は毒草とされた一部の小説を読み始めた。これらの焼却の運命を免れた生き残りの文学は、ひそかに我々の間で流通していた。おそらく、本当に文学を熱愛する人たちが慎重に保管し、その後こっそり回し読みされるようになったのだろう。どの本も千人以上の人の手を経て、私のところに回ってきた時にはもうボロボロだった。最初と最後の十数ページが欠けている。私が当時読んだ毒草の小説は、一冊も完全な形を保っていなかった。書名も作者名もわからない。ストーリーの始まりと結末も、わからなかった。

ストーリーの始まりがわからないのはまだ我慢できるが、結末がわからないのは大変つらかった。いつも頭と尻尾のない小説を読んで、私は熱い鍋の上のアリのようにのた打ち回った。人にこの物語の結末を尋ねたが、誰も知らない。彼らが読んだのも、頭と尻尾のない小説だった。(中略)

結末のない物語が私を苦しめても、助けてくれる人はいない。私は自分で物語の結末を考えることにした。(中略)毎晩、明かりを消してベッドに入ってから、私は暗闇の中でまばたきして想像の世界に浸った。あれらの物語の結末を考えると同時に、自分の創作に感動して熱い涙を流した。

後に少年は、完全な形のこの小説に巡りあう。しかし、彼にはわずかな時間しか与えられなかった。友人が人から借りたその本は、翌日が返却の約束日。彼と友人は、世を徹して一文字一文字をノートに書き写す。写本。彼らは、こうして“本”を読んだ。

これが文化大革命という革命。あの郭沫若でさえ、それまでの自分の文学活動を「今日の基準からいえば、私が以前書いたものにはいささかの価値もない。すべて焼き尽くすべきである」と全否定しなければならなかったそうだ。
われわれは、左右いずれのイデオロギー的立場をも超えて、ここに学問芸術の自由の圧殺に抗議し、中国の学問芸術が(その古典研究も含めて)本来の自律性を快復するためのあらゆる努力に対して、支持を表明するものである。・・・学問芸術を終局的には政治権力の具とするが如き思考方法jに一致して反対する。
これは、文革の“文化弾圧”に対する川端康成、安部公房、石川淳、三島由紀夫連名の抗議声明である。



河出文庫  ¥ 994

体験的中国論。毛沢東、文化大革命、天安門事件から、魯迅、格差、コピー品まで。
人民
領袖
読書
創作
魯迅
格差
革命
草の根
山寨(シャンチャイ)
忽悠(フーヨウ)
失業生活を長く続けている夫婦が幼い子供を連れて、帰宅途中に露天の果物屋の前を通りかかった。

息子は多くの果物のうち値段の安いバナナに目をつけ、両親に一本だけでいいから買ってくれと頼んだ。

しかし貧しい両親は有り金を全部はたいても、バナナ一本買うことができなかった。

子どもを強引に露店の前から連れ去るしかない。

子供は大声で泣いた。

もう長いことバナナを食べていないので、どんな味だったかも忘れかけていた。

両親に家まで連れ戻されても、子供の悲しげな泣き声は止まらなかった。

泣き止まないことに腹を立て、父親は子どもを殴打した。

母親が駆け寄って父親を押しのけ、夫婦喧嘩が始まった。

次第に言い争いが激しくなり、子どもは「バナナ」と泣き叫んだ。

突然、父親は悲哀を感じ、悲哀はすぐに憎悪に変わった。

父親は自分を憎悪し、自分の無能さを憎んだ。

仕事も収入もなく、バナナを食べたいという息子の願いをかなえることすらできないのだ。

憎悪の気持ちが彼をベランダに導いた。

彼は振り返ることもなく身を躍らせ、マンションの十数階から飛び降りた。

妻は大声を上げてドアから飛び出し、階段を駆け下りた。

夫はコンクリートの上の血だまりの中に横たわっていた。

妻はひざまづいて、夫を抱き起こそうとした。

夫の名前を呼んだが、なんの反応もない。

しばらくして、妻は夫の命が尽きたことを知った。

突然、冷静さを取り戻し、もう泣き叫ぶこともなく、夫をそのままにして立ち上がり、マンションの方へ引き返した。

家に戻ると、幼い息子は何が起こったのかわからず、なおもバナナを欲しがって泣いていた。

母親は息子が泣きながら見ている前で、一本の縄を探し出し、踏み台を部屋の中央に運んだ。

踏み台の上に立つと、落ち着いて縄を室内灯の釣り鉤に結びつけ、縄の輪の中に自分の首を入れた。

息子は泣きながら、当惑した様子でこちらを見ている。

母親は縄から首を出し、踏み台から降りて、息子のところへ行った。

そして息子と息子が座っている椅子の向きを逆にして、背中を向けさせた。

その後、母親はまた引き返し、踏み台に上がり、あらためて縄を首にかけた。

泣いている息子の後ろ姿を悲しそうに見つめながら、踏み台を蹴り、首吊り自殺を遂げたのだ。

両親が亡くなったあとも、子供は泣き続けた。

子供はもはや、バナナが欲しくて泣いているのではなかった。
余華氏の『ほんとうの中国の話をしよう』に出てくる、現在の支那の貧困を語る物語である。この本の中には、他にも現在の支那の、そのままの姿が紹介されている。ぜひ読んでいただきたい本です。
文庫で出たみたいなので、まだだったらぜひ一度。 




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旅順大虐殺『日本に外交はなかった』 宮崎正弘・高山正之

通州事件におけるシナ兵の残虐行為は、それこそ、言葉に出したくもない。だけど、シナの歴史においては、それは特別なことじゃなくて、いつも行われていたこと。

歴史に興味を持った子供のころ以来、世界各地ので行われる残虐行為に触れるたび、顔をおおった両手の指の間から目を細めるようにして窺って来た。日本軍がシナ人に行った、私の理解と表現力を超える残虐行為は、私の心をひどく苦しめた。

しかし、後に知った。理解を超える残虐行為は、成しうることができないし、表現力を超える残虐行為も同様である。その残虐行為は、それを理解できる、表現できる者の仕業でしかないのだ。そして、それを理解し、表現しうる者たちは、まさに日本人を対象に、その残虐行為を行使していたのだ。

通州事件のように・・・。

そして、この本で語られる《旅順大虐殺》に関わる一件は、通州事件よりも前、日清戦争時のできごとである。

シナ人は捕虜を取らない。捕まえたらむごたらしい殺し方をする。耳をそぎ、鼻をそぎ、目をえぐり、性器を切断し、手足を切り落とす。行く先々で戦友の手足が軒下にぶら下げられ、心臓をえぐった後に石を詰め込まれた遺体がそこここに放置されている。

第一軍司令官山形有朋は、こう訓令を出した。

「シナ人は古より残忍の性を有す。もし生擒に遭わば、必ず残虐にして死に勝る苦痛を受け、ついには野蛮惨毒の所為をもって殺害せらるるは必定。決して生擒するところとなるべからず。むしろ潔く一死を遂げ、以って日本男児の名誉をまっとうすべし」

のちの戦陣訓「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」は、もとはここから始まってた。


『日本に外交はなかった』    宮崎正弘・高山正之

自由社  ¥ 1,080

二人のジャーナリストが語る、外交から見た日本の混迷
上 古代から明治維新
「日本に外交はなかった」という言葉
日本文化を花開かせた「遣唐使」廃止
足利義満の屈辱の外交
鎖国は賢明な外交政策
江戸の外交
研ぎ澄まされた聖徳太子の外交感覚
元寇に見せた北条時宗の外交
とんでもない朝鮮通信使
キリスト教排除
幕末に見る日本人の気概外交
下 明治維新から現代
ロバート・バウン号と榎本武揚
お雇い外国人エミール・ベルタン
外交官試験に通った堀口九萬一と白鳥敏夫
日英同盟と日露戦争
日米対立
真珠湾奇襲
アメリカのエージェントとなった外交官
ノンキャリアをいじめる外務省
慰安婦問題で朝日と共犯になった外務省
三島由紀夫が乗り移ったストークス
朝鮮問題で引きずり込まれた日清戦争
お雇い外国人ヘンリー・デニソン
三国干渉とドイツ
対華二十一箇条の要求
日米開戦
「最後通知」手交延滞
外交官試験廃止
教育主権を中国、韓国に手渡した
南京事件が世界遺産になった


まもなく旅順の要塞を、いとも簡単に陥落させ、日本軍は市外に入り、残敵を掃討する。ここでも、家々の軒先にむごたらしく殺された戦友の手足がぶら下げられている。「日本軍は手を挙げるシナ兵に怒りを抑えて対応した」と仏紙特派員が書いている。

ピューリッツァー賞のニューヨーク・ワールド紙記者クリールマンは、こう書いた。「無防備の住民を、報復に殺しまくった」「命乞いする老人を殺した」「浅瀬を逃げる子供たちを撃ち殺した」「6万人は殺した」

ベルギーの駐日公使アアルベール・ダネタンが、「日本人はそんなことはしない」と仏観戦武官らを訪ね歩いて、米国紙の記事は嘘だと広報してくれた。
日本の外交がなすべきことだよね。どうして、それができないんだろう。戦争のことばかりじゃなくて、戦後、世界で戦う日本企業は、さまざまな苦難にさらされてきた。でも、日本の外交は、日本企業を守るために、どんな働きをしてくれたのか。

アメリカでは、いろいろな企業が難癖をつけられて、苦しんだ。だいたいが民主党政権の時代。日本の外交は、日本企業を守るために働かなかった。

さて、オバマ政権時代に話題になったのが、エアバッグのタカタ。それを難癖とは言わないけど、日本の企業力を落とさないためにも、外交にはなすべき仕事があったんじゃないかな。




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『拉致と日本人』 蓮池透 辛淑玉

なんだかんだ言いながら、私も情報はマスコミに頼りっきりで、あとはいくらかの本を読む程度。だから拉致問題にしたって、マスコミの報道の頻度とともに、私も関心を低下させてしまった。・・・しょうがねぇな、まったく。
蓮池透さんが、『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』という本を出されたときには、正直なところ唐突な感じがした。蓮池さんは、家族会の一員として露出していた頃から、さかんに政府の不作為を攻撃していた。どうも性格的に、怒っている人がいると、怒られている側に立ってものを考えてしまう。怒られている政府の立場に立って、「なにができるんだろうか」を考えてしまう。

なにもできないのだろうか。だとしたら、それはなぜか。そう考えていくと、《日本が確固たる独立国家ではないからだ》というところまで行ってしまう。

おそらく、蓮池さんにとって、家族会の主要メンバーとして活動していた時も、安倍首相を“冷血”とののしる今も、その部分への強い不信感・・・というよりも憤りが、当時と今に共通する行動のエネルギーになっているんだろう。


『拉致と日本人』    蓮池透 辛淑玉

岩波書店  ¥ 1,836

拉致被害者家族と在日朝鮮人 国家に翻弄された家族と人間をめぐる対話・・・?
はじめに──この社会で共に生きてきた蓮池透さんへ
第1章 拉致問題に取り組まない政治
辛淑玉の目線……❶
 朝鮮籍=北朝鮮国籍?──無知と無関心を利用したプロパガンダ
第2章 家族と国家
辛淑玉の目線……❷
 「拉致」に群がった人々の作る未来
第3章 北朝鮮と在日朝鮮人
辛淑玉の目線……❸
 「拉致事件」とはなんだったのか
第4章 分断を超えて

辛淑玉さんは、叔父さんとおじいさんを、北朝鮮帰還運動で北に送り出したんだそうだ。彼らは、北に到着した瞬間から、労働力もお金も知識も、全部吸い上げられて、吸い上げるものが無くなると、最後は捨てられるんだそうだ。

《敗戦後も朝鮮戦争などで祖国に帰れなかった人たちは、日本での差別に苦しんでいたこともあり、北朝鮮という新しい社会に希望を見出そうとしました。韓国政府は在日を敵視していたし、また軍事独裁政権だったこともあって、社会主義を標榜する北朝鮮が「楽園」として伝えられ、金日成も在日朝鮮人を「海外公民」と表現し、祖国に帰れば差別もなく、平等に扱われて教育も受けられる、というキャンペーンを日本のメディアとともに展開したのです。一方、日本政府は貧しい朝鮮人を日本から追い出したかったし、朝鮮植民地支配の結果である在日を見たくなかった。p92》


気持ちはわからないじゃないけど、人のせいにしたって仕方がないって・・・。

《1959年から約20年間の間に、日本国籍を持った女性やその子も含めて、約9万5000年が北朝鮮に渡りました。しかし、そこは楽園ではなく、一度来てしまったら二度と戻ることのできない地獄でした。財産を没収された在日の命の綱は、日本に残る親族だけです。p92》

叔父さんとおじいさんは、辛淑玉さんが仕送りをやめてしばらくして、どうやら亡くなったらしい。

蓮池薫さんは、北朝鮮で、日本語の新聞や雑誌、書物などを朝鮮語に訳す仕事をしていたんだそうだ。もちろん、当局からチェック済みの記事を渡されるらしいんだけど、その中に、たまたまなんかの手違いで見過ごされた重要なものが紛れてることがあるらしい。

なんと蓮池さんは、手渡された記事の中に自分の両親の写真を発見したんだという。ご両親は、どうやら救出活動をしている周回で、たすきをかけた姿で写真に写っていたという。それを見て蓮池さんは、自分の両親が元気で、自分を助け出すために頑張ってくれているということを知ったんだろ言う。その上で、自分が日本に変えれる日は来ないだろうと思っていたんだそうだ。・・・せつない話だね。

蓮池さんにしろ、地村さんにしろ、カップルで拉致されたのは、男を人質にして、女に海外工作活動をさせるという意図があったらしい。だから、蓮池さんの場合なら、祐木子が狙いで、薫さんは人質として拉致された。

当初は別々に監禁されて、互いに、相手は日本に帰されたと言われていたらしい。・・・北朝鮮にいたころのこと、もっともっといろいろ書かれているけど、このくらいにしとくね。後は読んでみてね。

拉致問題に関して、マスコミとともに関心を低下させてしまったことは確か。辛淑玉さんの物言いには、正直頭にくる。だけど、それは朝鮮人に特有のもので、“ああ言えばこう言う”という世界に迷い込むだけだから、私はあえてなにも言わない。それはそれとして、この本を読めたことは、自分にとって幸運だったと感謝している。個人と国家という重い問題も、いかに解決することが難しくても、目をそらしてはいけないことだしね。







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辛淑玉『拉致と日本人』 蓮池透 辛淑玉

章の間に辛淑玉さんのコラム収まる形になっている。4章編成だから、コラムは三つある。今回は、このコラムについて書く。

いずれもビックリ。そう、人間って、見たいものが、見たいように見えるようになるんだよね。おんなじものを見ていても、その人には全く違うものに見えているんだ。私の周りにも一人、そういう人がいる。「えっ? これを見て、そういうふうに捉えるわけ?」って人。日本人ですよ。在日朝鮮人を、最初からうがった目で見てるわけじゃないからね。

「朝鮮人は怖い」

それが戦後間もなくの、日本人の朝鮮人観だ。もちろん、人づてに得た情報ってのは実体験じゃないし、その確実性が立証されているわけでもない。しかし、日本人もバカじゃないから、もしも人づての情報を信用するなら、各々、それなりの裏の取り方ってものがある。

自分が見たこと、実体験をした人から聞いたことと、その人づての情報を総合して、それぞれが判断する。

それは、そうそう、大きく外れるものでもない。

終戦後のしばらくの間、日本人にとって、それは警戒すべき事実だった。一部であったにせよ、目につく現象だったからこそ、人の口の上った。朝鮮から引き揚げた人たちの情報は、それに拍車をかけた。それはひどい話だった。

『拉致と日本人』    蓮池透 辛淑玉

岩波書店  ¥ 1,836

拉致被害者家族と在日朝鮮人 国家に翻弄された家族と人間をめぐる対話・・・?
はじめに──この社会で共に生きてきた蓮池透さんへ
第1章 拉致問題に取り組まない政治
辛淑玉の目線……❶
 朝鮮籍=北朝鮮国籍?──無知と無関心を利用したプロパガンダ
第2章 家族と国家
辛淑玉の目線……❷
 「拉致」に群がった人々の作る未来
第3章 北朝鮮と在日朝鮮人
辛淑玉の目線……❸
 「拉致事件」とはなんだったのか
第4章 分断を超えて

《冗談ではない。怖くて声も出ないのは在日の方だ。多くの在日は、震えながら、日本人の顔色をうかがいつつ、この社会で生き延びてきたのだ(p51)》

朝鮮人だからと言って、一様ではない。それは当然だ。戦後の混乱の中、さまざまなことが起こった。

そういうことでは済まないというなら、《戦争に負けたという認識しか持たない日本人は、その前に自分たちが何をしていたか、すっかり記憶から消し去っている(p51)》と日本人を断罪しようつするなら、日本人の思いもぶつけよう。

「日本人はしおれて聞いておけ」と韓国人のでっち上げにさらされ続けてきたから、ヘイト・スピーチなんて言ううすらみっともない連中の登場につながったのだ。作用もないのに反作用なんかするもんか。

《娯楽としての朝鮮人差別は、潮目が変われば容易に殺戮へとエスカレートする(p52)》

もう、言葉が見つからない。同じ日本社会に生きているのだから、多かれ少なかれ、同じような景色を見ているはずだ。でも、明らかに、辛淑玉さんには違うものが見えている。それは彼女の見たいものなのだろう。

だから、《大衆にとって「拉致」は、「チョーセン」を叩き、大手を振って差別する娯楽を楽しむための手段(p118)》という定義になる。ちなみにここでは、“大衆”という言葉を使ってる。あくまでも“市民”とは違うようだ。私にとって拉致とは、「ごく普通の生活を営んでいた善良な日本人が、北朝鮮人の工作員によって暴力的に連れ去られた国家的犯罪」ということになるのだが、彼女は違うようだ。
さて、あんまりおもしろすぎて、三つのコラムだけ先に読んで、記事を書いてしまった。これから、辛淑玉さんと蓮池透さんの端断を読みます。蓮池さんが、この違うものを見ている辛淑玉さんとどんな対談をするのか。とても楽しみ。蓮池さんも、違うもの見てたりして。




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『曲がり角に立つ中国』 豊田正和・小原凡司

秋に行われるという中国共産党第19回全国代表大会。“秋に行われる”っていうのを、私は勝手に10月だと思い込んでいたんだけど、実際にいつ行われるのか、ネットで調べてみても出てこない。

今年に入ってからのシナにおける政治絡みの日程は、おそらくすべて、この“党大会”に向けて設定されているんだろう。国家主席の地位は人気が5年で、習近平はこれで任期を終えるのだ。ただ、通常、国家主席は2期10年っていうのが前例で、5年目の1期の終わりに、第2期を始まるにあたり、後継者を指名、もしくは“匂わせる”ことになる。

しかし、習近平の場合、わけが違う。順調に2期目に突入したとして、10年で国家主席の地位を下りれば、権力を失った瞬間に習近平は報復を受けることになりかねない。それだけの恨みは、十分に買っている。

ついこの間、重慶市党委員会書記を務めていた孫政才(53歳)が“重大な規律違反”を問われて失脚した。次世代のリーダー候補と目されてきた人物だそうだ。後からその地位に抜擢されたのは、習近平の側近だそうだ。

この本によれば、王岐山の去就が注目どころらしい。69歳の王岐山。《七上八下》という党のルールがあるんだそうだ。68歳以上は公職を退くというもので、王岐山は政界を去ることになる。習近平が“汚職撲滅”の先陣を任せてきた人物であるだけに事は簡単ではない。

しかも、《七上八下》は明文化されたルールではない。その点は、任期は2期までというルールも同様である。王岐山を留任させることは、任期は2期までという暗黙のルールを破る前例ともなるわけだ。


『曲がり角に立つ中国』    豊田正和・小原凡司

NTT出版  ¥ 2,700

シナって国は、好きと嫌いに関わらず、未来永劫の永遠の隣国
第一部 曲がり角に立つ中国(内憂篇)ー社会経済の激変
第1章  高度経済成長とその終焉
第2勝  社会に溜まる不満
第3勝  政権及び党の経済構造における不協和音
第二部 曲がり角に立つ中国(外憂篇)ー国際秩序への挑戦
第4章  既存国際経済システムに不満な中国
第5章  硬直する外交
第6章  中国が求める国際安全保障秩序
第三部 中国のエネルギー・環境問題
第7章  深刻化するエネルギー・環境問題
第8章  国際枠踏みの中で高まる中国の存在感
第9章  エネルギー・環境政策のこれから
第四部 米新政権下に予想される対中関係ー日・米・露・周辺国との対立と融和
第10章  中国の経済政策と米新政権
第11章  中国対外政策の変化に向き合う米新政権
第12章  中国の軍事力の増強に向き合う米新政権
第五部 中国との賢い付き合い方
第13章  未来永劫の日中関係
第14章  日本にとっての中国との賢い付き合い方

高級幹部の汚職摘発は、中国共産党の民衆操作の新たな手法である。経済の停滞が明らかになりつつある中、貧しい大衆は、自分が経済発展のおこぼれにあずかれそうもないことに気付き始めている。そこから生まれた彼らの怒りは、幹部たちが並外れた豪勢な暮らしを営む共産党に向けられる。

習近平は、こうした大衆の不満を緩和するためにも、汚職にまみれた高級幹部たちを摘発し、大衆の目の前で厳しく処罰するのである。

谷俊山の摘発は、うってつけのものであった。彼は人民解放軍の中将で、基地や隊員宿舎、集合住宅の建設管理を任される立場にあった。そこで不正に得た金銭を江沢民派の高官たちに上納していたのである。

谷俊山は、巨額の不正を摘発されて失脚し、2014年1月、彼の実家が家宅捜索される様子がインターネットで公開された。巨大な金製品、トラック4台分にもなる財宝、広大な敷地をもつ豪勢な住宅に、大衆は度肝を抜かれた。

さらにその後に流れた醜聞によれば、収賄は63億人民元に上り、79の家やマンションを持ち、23人の情婦を抱え、家族はみなドイツに移住している。

「中国の女優らはみな、飽きるまで弄んだ。金を使って彼女たちを手に入れたのだ。中央は、我々が取っているのが小銭に過ぎないことを知っている。大部分は指導者のものだ。中国には清廉な官僚などいない。誰があえて《反腐敗》などするだろうか。わかってもだれが手を出すだろうか。汚職をせず、女色におぼれないならば、お前は大馬鹿だ」・・・摘発前にこう語ったとされる谷俊山が処分されることに、中国の大衆は喝采を送ったということだ。

シナにとって、秋の党大会は大きな曲がり角になることは間違いないだろう。だけど、曲がり角を曲がったとき、“大部分を手に入れている指導者”は、そこにいるのだろうか。




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ジップンチェンシン『世界を感動させた日本精神』 黄文雄

《ジップンチェンシン》って、なんだか分かりますか。

台湾で使われている言葉で、漢字で表せば、《日本精神》だそうです。“日本時代”に日本人が台湾残したもので、年配の台湾人の方からよく聞かれる言葉だそうです。

日本人が追い出されて、国民党軍が進駐することによって始まった台湾の戦後。「犬が去って豚が来る」と表現されたこのできごと。「アメリカは日本に二発の原爆を落としただけだったが、台湾には蒋介石を投下した」という言い方もあるそうです。なにしろ、国民党軍が起こした二・二八事件と白色テロの時代が数十年間続くわけですからね。比べるべきものでもないけど、台湾人にしてみれば、“二発の原爆よりも強烈”とまで言いたいわけですよね。

なにしろ、その前もあとも、そこには台湾人がいたわけで、彼らはその前もあとも、よく知っているわけだ。そして、あとから入ってきた国民党軍の兵隊たちの様子を《支那人根性》とあらわし、去っていった日本人の様子を《日本精神》という言葉で表したわけだな。

そこに自然に付加されているイメージは、前者が、無法・違法・私腹を肥やす・台湾人に難癖・集団汚職・不正・賄賂といったものであり、後者が、勇気・勤勉・誠実・奉公・法治・伝統的美徳といったものでした。



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日本が好かれ、中韓が嫌われるには理由がある 台湾人だからわかる 本当は幸福な日本人
はじめに 戦後日本人が忘れた日本精神
序 章  なぜ私は日本人の「心」を探訪するのか
第一章  「水」と「森」が生んだ日本文明
第一節 日本人の「水心」
第二節 日本人の「森の心」
第二章  武士道と商人道
第一節 世界と中国が驚嘆する武士道
第二節 武士道と対等の「商人道」
第三章  日本仏教の真髄・空海と道元
第一節 日本人の心を網羅した空海の『十住心論』
第二節 時空を超えた道元の『正法眼蔵』
第四章  日本人も知らない不思議な日本の心
第一節 「もののあはれ」と「無常」
第二節 日本美の結晶「わび」「さび」
第三節 「無心」という奥義
終 章  日本的霊性と台湾的霊性


《日本精神》という言葉に、自然と付加されているイメージは、台湾人にしてみれば、“武士道”という言葉に集約されるもののようです。だけど、武士道ってのも難しいですよね。イメージだけで使ってる分には、まあ、そんなに当たり障りがあるわけではないんだけど、その中にある日本人らしさを厳密に捉えなおそうとすると、非常に難しい。

“道”ってのが、好きなんだなあ。・・・日本人はさ。自分の目の前にある“そのこと”に、懸命に精進すること。懸命に精進することの、その先になにがあるのか。基本通りに言うならば、解脱でしょ。

鈴木正三という、武士出身のお坊さんが、百姓から、「自分立場畑に追われて仏道に励む暇もない」と嘆かれ、「炎天下、ひとえに畑に励むことそれ自体が仏道」と諭したとか。

そこから、精進の対象は無限に広がった。柔道・剣道・弓道・華道・茶道・相撲道・野球道。武士道も、その中の道にすぎない。“そのこと”に懸命に励むことを“ひたすら”と言いかえれば、“ひたすら”の道。仏道とは言っても、それはあまりにも日本的な心のあり方に通じる。

“明き心”とか、“正直”とか、“誠”とか、“真”とか、“美”とかいった、仏教以前の、大自然を前にして、何者にも恥じない心のあり方ですよね。

だから、「これでいい」ってところがないんだ。生きていれば、常に精進を続けなければいけないし、プラス・マイナス差し引きしてプラスになればいいってもんでもない。ただひとつの“卑怯”を“恥”と刻んで、自分を戒め続ける必要がある。しかも、人はだれでも、そんな“恥”の一つや二つ、三つ四つ五つ六つ・・・、持ってるもんだから、どうにもならない。

へりくだった生き方は、人に対してじゃない。そんな自分が見ているからね。




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王立軍『習近平の中国』 林望

王岐山は、現在、党中央規律委員会書記を務める。習近平政権のもと、“汚職摘発”の名のもとに江沢民派を摘発し、習近平の政権基盤を毛沢東並みに高めていくという重要な役割を任されているおじさんだ。9月に行われる共産党大会は次の5年の大勢固めだけではない。ここまで政敵を有無を言わさず葬り去ってきた習近平であるから、権力から離れれば、その時点で瞬殺されるのは間違いない。だから、終身に渡り、報復を許さない大勢を創り上げることが、習近平が生きていくためには必要だ。党大会は、そのための一里塚となる。

習近平が毛沢東並みの化物になるか、倒されて違う道を歩むか、実はそんなに興味はない。いずれにせよ、シナ人のやることだ。ただ、中国共産党独特の嘘八百は、もういい加減あきあきした。シナ人もそろそろ、本当のことを語りながら生きたいと思わないものだろうか。

さて、その、いずれにせよ、しばらくは習近平と運命をともにせざるを得ない立場の王岐山が、米スタンフォード大のフランシス・フクヤマ教授のインタビューに答えた様子が掲載されている。中共独特の嘘八百を承知の上で、紹介しておく。


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五年に一度の党大会を前に、その一強体制を盤石にしたように見える習近平指導部

序章  習近平の描く夢
第一章  勃興する大国、波立つ世界
第二章  中国式発展モデルの光と影
第三章  十三億人を率いる党
終章  形さだまらぬ夢

《欧州の歴史を理解するのも難しいが、中国は欧州以上に複雑です。中国の歴史は長く、人口も多い。中国の歴史を外国人がしっかりと理解するのはとても難しいことです》

これを読んだだけで、この言い分を受け入れている以上、私たちはシナ人の作り出した混沌の中に引きづりこまれ、彼らの助け無くしては、立っていることさえままならないような不安感にとらわれることになるのです。“複雑”なことなど何一つないし、“長い歴史”など微塵もない。“外国人がしっかりと理解することはとても難しい”と言われても、微塵もないものを理解することなど、花から不可能だ。そもそも、“中国”そのものが彼らの作り上げた幻想で、あの大陸の過去のどこを動作がしてみても、“中国”を見つけることは不可能なのだ。有りもしないものを追いかけようとするから、足場を失いような不安にさいなまれることになる。そんなことを考えながら、彼の発言の続きをどうぞ。

《二〇一三年に我々は新しいスタート地点にいました。五千年の歴史を持つ国が新たなスタートラインに立てたというのは、大変なことなのです。ここまでには長い時間がかかった。この文脈でわれわれのガバナンス能力、全面的な改革、依法治国を理解していただきたい。この国を率いる党が新しいスタート地点に立つ時、そこに十三億の民がいることを忘れるわけにはいかない。これが中国の特色なのです。あなた方が言っていることやあなた方の尺度を我々は理解していますが、中国が一つの方向に進む時、十三億人に切り立った崖の上を歩かせるわけにはいきません。中国のことは、まだまだ慎重に進めねばならないのです》

“中国”という国は、アメリカの間違いで一九四九年に誕生した中華人民共和国という国の略称です。その前に中華民国の時代があったと言われるが、それは軍閥抗争による内乱の中の一大勢力だった。その時代には日本も関わったが、“日本の侵略”なんてよく言えたもので、こっちは巻き込まれて迷惑を被った側だ。

その中国が“五千年の歴史”だからね。“大変なこと”は〈嘘で塗り固める〉ことで、十三億はていのいい人質で、「ニ~三千万くらい死んでもかまわない」ってことは毛沢東も言っていた。シナの、事件事故の対応を見ていれば、それが冗談ではないくらいシナ人の命が軽く扱われているのがよくわかる。・・・ああ、腹立たしい。

彼も必死なのだ。習近平が倒れれば、自分も運命をともにするのだから。




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『ルポ 絶望の韓国』 牧野愛博

北朝鮮は今年の2月、マレーシアの国際空港で金正日の長男、金正男を化学兵器でも使う猛毒のVXで殺害するというテロ行為に出た。

実は、この本によると、事件から2週間後の3月の1、2日に、アメリカの元政府当局者らと意見交換を行う予定だったという。現役政策担当者は出席しないものの、アメリカは、北朝鮮側の崔善姫(チェソンヒ)米州局長らにアメリカへの入国ビザを出す予定で、北朝鮮にとっては大きなチャンスにもつながるものであったらしい。そのチャンスは、もちろん失われた。

韓国政府関係者は、「金正男は、北の中に何の人脈もなく、金正恩にとっての脅威ではない。なぜそちらにこだわって、もっとも重要な相手であるアメリカとの対話をダメにしたのか理解できない」と語ったそうだ。

北朝鮮のトップの座を引き継いで依頼、“粛清”を強力な鎧としてまとってきたのは、金正恩自身である。しかし、そのために、北では組織の意思疎通が異常化してしまったらしい。たとえば、金正恩が『金正男は生意気だな』と言っただけで、下っ端の人間は縮み上がり、金正恩への忠誠の証を建てるために金正男を殺す。・・・忖度・・・だな。

北の人間が最も恐れるのはアメリカの軍事力なんかじゃない。金正恩の刹那のご機嫌だ。アメリカとの対話のきっかけにつなげるチャンスがどうであろうが、金正恩のその時の顔色のほうが遥かに重要なのだ。

だけど、そんな北朝鮮のそんな悪逆非道を、世界は追求しきれないんだもんね。もともと、日本人を拉致して自分の国のために使うなんてそれ以上の悪逆非道なんだからさ。いまさら驚かないけどさ。助けに行ける日本を作ろうよ。いい加減にさ。



文春新書  ¥ 950

朴槿恵大統領の弾劾・罷免・逮捕の過程で垣間見えた韓国という隣人の「病理」
第1章 政治-スターリンは言った。「韓国人は三人集まれば、四つの政党を作る」
第2章 歴史-歴史問題の背後にちらつく北朝鮮の影と、日毎に細る日韓のパイプ
第3章 経済-韓国全土に広がる不況の影と埋まらぬ格差
第4章 教育-壮絶なまでの学歴競争社会
第5章 社会-地縁・血縁・人脈が支配する世界
第6章 軍事-韓国の三戦術は、北朝鮮の三つの切り札に対抗できない
第7章 外交-米国と中国というニ大国に挟まれ、身動きが取れない韓国外交

行けない。この本は、北を云々という本じゃなくて、韓国に関する本でした。

そうそう、2014年12月、南スーダン国連平和維持活動で、南スーダンの治安が急激に悪化して、弾薬の備蓄量に余裕の亡くなった韓国軍が近くにいた自衛隊に助けを求め、日本側は急遽、武器輸出三原則の例外とする官房長官談話を出した上で、無償で弾薬を韓国軍に都合したってことがありましたね。

ここまではなにも悪い話じゃないんだけど、その後が後味悪かったですよね。なんか、お願いされて都合してあげたにも関わらず、余計なお世話だみたいなこと言われてさ。“日本から融通された”ってことが、韓国人の国民感情から受け入れられない、ってことなんだね。

ご都合次第で、反日のためならなんでも持ち出す韓国人。旭日旗を持ち出した時は驚いた。自分らが国際的な批判にさらされることを相対化するために、それまでなんにも言ってなかった旭日旗を、わざわざ持ち出して槍玉に挙げた。あれも、きわめて不愉快なことだった。

朴槿恵が、習近平におもねって、ハルピンに安重根の記念館を作ってもらった。もう、あきれ返った。
この本には、さまざまな韓国の“絶望”が記されている。それを書いたのは、朝日新聞ソウル支局長の牧野愛博さんだ。・・・「え?朝日新聞がそういう立場でものを書くの」って思いながら読んだ。朝日の特派員は、産経の特派員と違って、上層部にコミットできる分、立体感のある報告になっているように思う。・・・産経さん、ごめんなさい。いつもあんなにお世話になってるのに・・・

かつては、日本をこき下ろすために韓国を支持する立場でものを書いていた朝日新聞にすれば、ずいぶんと大きな変化だ。韓国社会を“絶望”といっているわけだからね。朝日はついこの間まで、進んで韓国を“絶望”に追いやっていたんだからね。

だけど、気をつけてね。この本は、韓国の現状を、真実のままに書くことにしただけで、日本をこき下ろすことを取り下げたわけではない。《せっかく良化しかけていた両国の関係が、安倍首相の靖国神社参拝で振り出しに戻った》とか、《稲田朋美防衛大臣の靖国参拝で台無しになった》とか、結局、懸案の問題に関しては日本人の足を引っ張ることを止めない。

朝日が焚き付けた“慰安婦問題”に関しても、まったく反省が足りない。反省が足りないのは朝日新聞のはずなのに、文章を読んでいると、こう言われているように感じてくる。「日本人は反省が足りないよ」って。




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競争社会『ルポ 絶望の韓国』 牧野愛博

文在寅の政党?昔の、金大中の時の民主党でしょ。別に民主党のままでいいのにね。ちょっと政治母体が変わるたびに、くるくる政党名が変わる。《新千年民主党》、《統合民主党》、《共に民主党》。“新千年”って、前の千年はいつからいつまでを指すのかって突っ込みたくなるし、なんか心療内科にかからせたくなる名前とか、“共に”なんて言われると、もうなんでもあり。“せーので”とか、“それじゃあ”とか、“とりあえず”とか。・・・もう、ワクワクしながら次を待とう。

韓国の政治家は、けっして楽な仕事ではないようだ。ちょっとした縁故を頼りに、いろいろな陳情が寄せられるのだそうだ。陳情も、世間のためになることならいいけど、もちろんそうじゃない。地元支援者と言うのは、そのために候補を選ぶ。仲間の警察官の昇進の働きかけなんか当たり前のようだ。韓国で誰もがうらやむ世界的企業に就職した娘が希望の部署に配属されるようにとか。そういう、仕事がらみのことが多いらしい。企業などは、そういった政治家からの依頼にうまく応じることを通して、逆に政治家を管理誘導していくようにしているのだそうだ。

ちなみに、娘の件で依頼してきたのは、その政治家の子供の、学校の先生だったそうだ。

朴槿恵が引きずりおろされるきっかけとなった友人がチェ・スンシル。その娘、チョン・ユラは、高校三年生の時に年間17日しか登校していなかったにもかかわらず、名門梨花女子大学に進学した。そのことが取りざたされると、チョン・ユラはSNSを通じて、「能力がなければ親を恨め。つべこべ言うな。金も実力だ」と言って、世間の人を激怒させたという。

なんだか、一枚のカードの裏表みたいな話だね。

ある元議員の話として、こんな意見が紹介されていた。
《韓国は圧縮成長した。欧州が百年、日本が五十年かけて築いてきた繁栄を、我々は三十年で達成したと息巻いているが、そのかわりに社会的葛藤がたくさん生まれた。地縁や学閥があちこちある。だから、賄賂やコネ、圧力を使った社会的不正がまかり通るのだ》

確かのその一面はあるだろう。でも、地縁や学閥は、ときにはそれが人材発掘のきっかけになったり、相互扶助として機能することも多い。社会的葛藤、あるいは弊害という側面ばかりを肥大化させてしまったのは、そこにこそ、韓国人らしさがあるのかもしれない。


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朴槿恵大統領の弾劾・罷免・逮捕の過程で垣間見えた韓国という隣人の「病理」
第1章 政治-スターリンは言った。「韓国人は三人集まれば、四つの政党を作る」
第2章 歴史-歴史問題の背後にちらつく北朝鮮の影と、日毎に細る日韓のパイプ
第3章 経済-韓国全土に広がる不況の影と埋まらぬ格差
第4章 教育-壮絶なまでの学歴競争社会
第5章 社会-地縁・血縁・人脈が支配する世界
第6章 軍事-韓国の三戦術は、北朝鮮の三つの切り札に対抗できない
第7章 外交-米国と中国というニ大国に挟まれ、身動きが取れない韓国外交
韓国の高校生は、1日に8時間28分も勉強しているんだそうだ。「9割以上が泣き、1割が笑う社会」で、親たちは子供を勝者にしようと必死なのだそうだ。個人教育の開始年齢はガンガン下がり、平均で22か月。2歳になる前に国語、体育、美術、英語等の塾通いが始まるんだそうだ。私の孫は、もうすぐ4歳だと言うのに、日々、“戦いごっこ”に勤しんでいる。・・・おそらくそれは、よろこぶべきことだろう。

どうやら、ここのところの若年層の失業率が高くなっていて、2016年2月には12.5%を記録したそうだ。そうなると、「他の子よりも、少しでも早く教育を始め、少しでも長く勉強して、子供を勝ち組に育て上げなければ」という事になってしまうのだそうだ。

著者も言うとおり、「他人に迷惑をかけるな」って、日本の子どもは育てられる。他はどうか知らないけど、私はそうした。でも、韓国は違うそうだ。「どんな場所に出ても気後れするな」と教えるのだそうだ。生存競争の激しい韓国では、下手に譲り合っていては競争から振り落とされてしまうという思いが強すぎるようだ。

なんだかかわいそうだな。

だってさ。結局、みんな、チョン・ユラの言ってることを肯定しているわけじゃないですか。もちろん、程度の佐ってのは大きな問題だけど、勝てば、「能力がなければ親を恨め。つべこべ言うな。金も実力だ」って言う側に回れるわけで、そんなことを言いたいわけではないだろうけど、そこを目指して入るわけだからね。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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