『ツキノワグマのすべて』 小池伸介
熊の見たのは、昨年の夏、お盆で帰省する息子が、その時どっか山に登りたいって言うから、下見にい出かけたときのことだ。
最初、奥多摩湖にかかる麦山の浮橋を渡って三頭山に登ろうかと、朝早く出かけた。ところが着いてみたら、水量が少ないとかで浮橋は渡れない。周遊道路も、開通にはまだ時間があったので、三頭山はあきらめた。その代わりに、ふれあい館に車を置いて、御前山でもと、登り始めた。
最初の厳しい急登をなんとか登り切り、勾配が緩やかになってようやく一息ついた頃、ふと顔を上げると、正面から歩いてきた小ぶりな真っ黒いのが、あわてて左側の薮に飛び込んでいくのが見えた。私との間の距離は、10mから20mの間くらい。その年に生まれた子熊ではないが、まだ身体は大きくなかった。
熊は藪下の斜面を駆け下っていったのか。それとも薮の中にとどまって、こちらの様子をうかがっているのか。
三頭山を巡り、浮島でケチがついて、周遊道路でケチがついて、今度は御前山でもまたケチがついた。どんなもんかと思ったが、どうやらこの日はつきがない。つきがないのに買った馬券で当たった試しはない。中途半端のまま下山した。
若い頃、奥秩父を一人で歩いていて、谷を挟んだ向こうの斜面に、熊が移動しているのを見たことがある。この日は、それ以来2度目だった。
この日と前後して、いろいろな森の住人と出くわした。北武蔵の山では、食事中の猪の親子。最初に気づいたうり坊が登山道に出てきたと思ったら、そのあとからもののけ姫のオコトヌシさまみたいなのが肩の筋肉を躍動させながら、ほんの5mくらいのところを駆け抜けていった。
榛名山の掃部ヶ岳に登ってる途中、黒っぽいのが目の前を通過した。熊を覚悟した。ニホンカモシカだった。どうやらビックリしたのはあっちも同じで、私の出現に慌てふためいて、登山道を横切ったらしい。
私もそうだけど、野生ほどの鋭敏な感覚を持ち合わせていても、気持ちがなにかに捕らわれていれば、それに夢中になって他者への警戒がお留守になる。ニホンカモシカに激突されていれば、滑落したのは私の方だったろう。
それ以来、嫌いだった熊鈴をつけるようになった。


熊鈴には諸説ある。こちらから、わざわざ居場所を教えてやってどうする。好奇心旺盛は若い熊には、人を怖がらないのもいる。中身の入ったペットボトルに味を占めて、人のあとをついて行くという話も聞いたことがある。・・・ううん、どうしたもんだか。
悩んでいても仕方がない。『ツキノワグマのすべて』を知ろう。
・・・私はそういう意味合いで、この本に興味を持ち、購入した。それなりの意義は十分にあった。以前読んだスズキサトルさんの『森の生活図集』にも熊対策が紹介されていたが、この本で確信を持った。
熊は、積極的に生きている人間を襲って餌にすることはない。だから、まずは、出会い頭を避けること、とくに子連れの熊に出会い頭を避けるためには熊鈴にも効果がある。
それから、この本で具体的に書かれていたが、熊はさまざまな感覚の中でも、特に臭覚は犬よりすごいそうだ。数キロ先の匂いを嗅ぎ分ける。前にいい思いをした、人間の落としたペットボトルが近づいてくるのも分かるわけだ。ただ、山火事のような煙の匂いは嫌いだと、スズキサトルさんが書いていた。こうなりゃ、鋭い臭覚を利用する。私は、人気のない山を歩くときは、蚊取り線香をぶら下げて歩いている。
それなりの価値は十分あったんだけど、読んでいるうちに、今まで熊に対して思っていたのとは違う感情が湧いてきた。怖い動物。山で出会いたくない動物。まあ、山で会いたくないのは変わらないんだけど、それだけじゃなく、この黒い生き物に、なんだか神々しいものを感じてしまった。
熊は冬眠中の穴ぐらで生まれて、母親と一緒に1年を過ごして冬眠し、夏を前に母親と別れる。3~4歳で繁殖を開始し、雄は熾烈な争いを繰り返し、雌は数年おきに子どもを産み育てる。野生では20年生きることはめったにないそうだ。
この真っ黒い動物が生きている日本の山が、なんだか誇らしく思えてきた。
そんな、森の中の真っ黒い生き物の姿をとらえた写真が満載のこの本。これ、いったいどうやって撮ったんだろう。熊がやってくるのを待ち伏せしたのかな。そりゃ、怖い。
最初、奥多摩湖にかかる麦山の浮橋を渡って三頭山に登ろうかと、朝早く出かけた。ところが着いてみたら、水量が少ないとかで浮橋は渡れない。周遊道路も、開通にはまだ時間があったので、三頭山はあきらめた。その代わりに、ふれあい館に車を置いて、御前山でもと、登り始めた。
最初の厳しい急登をなんとか登り切り、勾配が緩やかになってようやく一息ついた頃、ふと顔を上げると、正面から歩いてきた小ぶりな真っ黒いのが、あわてて左側の薮に飛び込んでいくのが見えた。私との間の距離は、10mから20mの間くらい。その年に生まれた子熊ではないが、まだ身体は大きくなかった。
熊は藪下の斜面を駆け下っていったのか。それとも薮の中にとどまって、こちらの様子をうかがっているのか。
三頭山を巡り、浮島でケチがついて、周遊道路でケチがついて、今度は御前山でもまたケチがついた。どんなもんかと思ったが、どうやらこの日はつきがない。つきがないのに買った馬券で当たった試しはない。中途半端のまま下山した。
若い頃、奥秩父を一人で歩いていて、谷を挟んだ向こうの斜面に、熊が移動しているのを見たことがある。この日は、それ以来2度目だった。
この日と前後して、いろいろな森の住人と出くわした。北武蔵の山では、食事中の猪の親子。最初に気づいたうり坊が登山道に出てきたと思ったら、そのあとからもののけ姫のオコトヌシさまみたいなのが肩の筋肉を躍動させながら、ほんの5mくらいのところを駆け抜けていった。
榛名山の掃部ヶ岳に登ってる途中、黒っぽいのが目の前を通過した。熊を覚悟した。ニホンカモシカだった。どうやらビックリしたのはあっちも同じで、私の出現に慌てふためいて、登山道を横切ったらしい。
私もそうだけど、野生ほどの鋭敏な感覚を持ち合わせていても、気持ちがなにかに捕らわれていれば、それに夢中になって他者への警戒がお留守になる。ニホンカモシカに激突されていれば、滑落したのは私の方だったろう。
それ以来、嫌いだった熊鈴をつけるようになった。
『ツキノワグマのすべて』 小池伸介 文一総合出版 ¥ 1,980 森に暮らすツキノワグマの知られざる生態に、迫力の生態写真と最新の研究が迫る |
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熊鈴には諸説ある。こちらから、わざわざ居場所を教えてやってどうする。好奇心旺盛は若い熊には、人を怖がらないのもいる。中身の入ったペットボトルに味を占めて、人のあとをついて行くという話も聞いたことがある。・・・ううん、どうしたもんだか。
悩んでいても仕方がない。『ツキノワグマのすべて』を知ろう。
・・・私はそういう意味合いで、この本に興味を持ち、購入した。それなりの意義は十分にあった。以前読んだスズキサトルさんの『森の生活図集』にも熊対策が紹介されていたが、この本で確信を持った。
熊は、積極的に生きている人間を襲って餌にすることはない。だから、まずは、出会い頭を避けること、とくに子連れの熊に出会い頭を避けるためには熊鈴にも効果がある。
それから、この本で具体的に書かれていたが、熊はさまざまな感覚の中でも、特に臭覚は犬よりすごいそうだ。数キロ先の匂いを嗅ぎ分ける。前にいい思いをした、人間の落としたペットボトルが近づいてくるのも分かるわけだ。ただ、山火事のような煙の匂いは嫌いだと、スズキサトルさんが書いていた。こうなりゃ、鋭い臭覚を利用する。私は、人気のない山を歩くときは、蚊取り線香をぶら下げて歩いている。
それなりの価値は十分あったんだけど、読んでいるうちに、今まで熊に対して思っていたのとは違う感情が湧いてきた。怖い動物。山で出会いたくない動物。まあ、山で会いたくないのは変わらないんだけど、それだけじゃなく、この黒い生き物に、なんだか神々しいものを感じてしまった。
熊は冬眠中の穴ぐらで生まれて、母親と一緒に1年を過ごして冬眠し、夏を前に母親と別れる。3~4歳で繁殖を開始し、雄は熾烈な争いを繰り返し、雌は数年おきに子どもを産み育てる。野生では20年生きることはめったにないそうだ。
この真っ黒い動物が生きている日本の山が、なんだか誇らしく思えてきた。
そんな、森の中の真っ黒い生き物の姿をとらえた写真が満載のこの本。これ、いったいどうやって撮ったんだろう。熊がやってくるのを待ち伏せしたのかな。そりゃ、怖い。