めんどくせぇことばかり 本 料理
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『大原千鶴のすぐごはん』 大原千鶴

1年半ほど前のこと、お向かいの奥さまが脳出血で倒れた。

血液をさらさらにする薬を飲んでいたんだけど、胃の検査をすることになって、一時的にその薬をやめていたんだそうだ。奥さまは、数年前に御主人を亡くされて、一人暮らし。鍵を閉めた家の中で斃れて、たまたま電話してきた娘さんが異変に気づいて駆けつけ、消防が玄関のドアをこじ開けた。幸いなことに、大事に至ることはなかった。

その後、奥さまは、少し離れたところに住んでいる娘さんと同居することになった。お向かいの家は、いずれ戻ることも考えておられるようで、人手に渡してはいないようだ。

それ以来、落ち葉や雑草の処理は、自分の家の側のついでに、お向かいの側も片付けてきた。奥さまは心苦しく思われているようで、時々娘さんと一緒に顔を見せてくれる。その都度、おいしい物をいただいてしまう。

年末に顔を見せていただいた際、新潟のおいしいお餅をいただいた。連れ合いと相談して、娘家族が帰ったら、二人だけでいただくことにしておいた。

そして、先日、いよいよ、新潟のおいしいお餅をいただいた。餅を小さく切っておいて、大根おろし、ひき割り納豆、きなこを準備した。いやいや、おいしいこと、おいしいこと。

お腹いっぱい食べたあとに、ひき割り納豆が残ってしまった。

翌日の朝、キャベツときゅうりの千切りに塩をして絞って、それにひき割り納豆をまぶして食べた。とても、おいしかった。それが癖になって、ここのところ毎朝、納豆をドレッシング代わりにしてサラダを食べている。

どうやら、これも、京都で言うところの、“始末”というもののようだ。

“始末”と言えば、ものごとの始まりと終わりのこと。どちらかと言えば、終わりを表わすことが多いように思う。火の始末と言えば、火事が出ないように火を消すこと。店の始末と言えば、店じまいのこと。「万事この始末」と言えば、なにかと終わり方の悪さを表わす。

京都で言うところの“始末”も、しっかりと使い切ることを言っている。食材に限定すれば、それを上手に生かし切ることだな。口に入るものは、もともとは、すべて命を持っていたもの。成仏してもらうには、生かし切らなきゃいけない。



高橋書店  ¥ 1,650

今ある素材を、おいしく上手に使い切る。押しつけがましくない善良な料理
1 卵・豆腐・油揚げ
2 野菜・果物
3 冷凍のもんの肉・魚
4 ちょい残りでステキな一品に
5 お昼やしめに。こっそり低糖質
6 冷蔵庫に残っている瓶詰めで


ところが、日本でも大量の食料が捨てられている。

食べ物を捨てるのは良くないな~。そんなことを言いながら、うちでも頻繁にではないが、あることはある。だいたい事件が発生するのは、冷蔵庫の野菜室。もう何ヶ月も前のことだが、一番最近で犠牲になったのは、オクラだった。

今、世の中の移り変わりが、どんどんスピードを上げている。そんな時代に、“始末の良い生き方”を考えるのは、おそらく向かう方角が逆だ。スピードを上げる今の世の中から下りて、ホームの反対側にやってくる下り電車に乗りこむようなもんだ。猛スピードで走り去る電車に手を振って、どうしよう、一駅か二駅戻ろうか。

大原さんだったら、冷蔵庫の残り物に始末をつけて、また反対ホームから特急電車に乗り込むんだろうな。そんなことが平然とできそうな大原さんが、なんだかかっこよく見えるな。私だったら、もう、途中下車して、それっきりだな。実際、2年近く前に、人よりだいぶ早く下りちゃって、それっきり。食材にも、自分にも、始末をつけるための毎日だ。

「卵、豆腐、油揚げ」の始末。いつでも、まず必ず、冷蔵庫に入っている食材だな。始末と言うより、お助け食材。家だったら、これに納豆が加わるな。関西の人は、油揚げの扱いがうまいのに驚く。卵を、黄身と白身に分けて使うのも新鮮だ。

「野菜、果物」の始末。結局、ここに尽きる。野菜をいかに生かし切るか。しかも、「ちょい残り」の始末となると、顔ぶれはその時々で変わる。顔ぶれに合わせて縦横無尽に立ち回る必要がある。

そんなときに、「冷蔵庫に残っている瓶詰め」が役に立つ。“のりの佃煮”、“ピクルス”、“なめたけ”、“ザーサイ”、“アンチョビ”、・・・アンチョビって食べたことなかった。まあ、瓶詰め食品は、味が固まってるから、調味料の代わりになる。

だいたいいつも、ネギ味噌が作ってある。それから、ネギのみじん切りの醤油漬け。けっこう、いろいろな場面で重宝する。ネギのみじん切りの醤油漬けで焼きめし作ったら、絶品。

明日の朝、試そうと思っているのが、“しょうゆ卵”。卵の黄身をしゅうゆ漬けにしたもの。3時間ほどとあるから、今晩からつけてみよう。白身は翌日、白身のオムレツにする。少し泡立ててハムを混ぜ、塩少々で焼く。黄身だけ使う料理はたくさんあるが、この本ではきっちり白身も使い切る。

どんだけ始末に心がけても、必ず残り物は出る。でも大丈夫。それが私の、日々のつまみになる。



テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『野菜たっぷり具だくさんの主役サンド150』 エダジュン

昔、ある登山家が、ヨーロッパ人のパン食について書いているのを読んだ。

ヨーロッパアルプスの絶壁に、早朝から取り付こうと言うとき、ヨーロッパ人はお湯だけ沸かして紅茶をいれ、パンにジャムを塗って食べて、紅茶で流し込んで出かける。お湯を沸けば、すぐに食事になる。こっちはごはんを食べないと力が出ない。おかずは梅干しだけでもいいが、ご飯とみそ汁は欠かせないと来ている。どうしたって、スタートダッシュを相手に譲ることになる。

そんな話だった。私も純然たる和食派で、そこには疑いの余地など、これっぽっちもない。それでも上記の登山家のように、頑なではない。スタートダッシュで相手に譲ってしまうことが分かりきってて、ごはんを炊いて、味噌汁を作ろうという気が知れない。鍋に冷やご飯と水と味噌を入れて、一煮立ちさせればおいしい雑炊ができるじゃないか。

じつは、私も山にパンを持っていく。ジャムをつけて重ねた食パンを二つに切って、ラップで包んで取り出しやすいところに入れていく。これは便利で、ちょっと小腹が空いたら、すぐに取りだして食べられる。安全な道なら、歩きながらでも食べられる。その手軽さがいい。半分がいい。ちょっとしたスナックといった感覚だな。ジャムで甘みが取れるのもいい。

以前は“むすび”に頼っていたが、“むすび”だと手軽さに欠ける。半分食べたら、包み直して、ポケットに入れるようなことが何度もあった。

山にサンドイッチを持っていくようになって、パンに対する認識が少し変わった。洋食ではあるが、粉ものと考えれば、うどんやそば、それにラーメンのような身軽さがある。

身軽さはいいが、上記の登山家と同じように、パンだとどうしても腹持ちが悪い。言わば、重さに欠けるのだ。だから、行動食ならいいが、メインの食事にパンでは、どうしても物足りない。

ラーメンやうどん、スパゲッティを昼ごはんにすることが多いんだけど、身軽ではあるが、パンよりは腹持ちがいい。それでもご飯には負けるので、ラーメンやうどんなら餅、スパゲッティならハンバーグをつけ加える。

最近、日帰りならバーナー、ボンベなしで、ポットにお湯だけで出かけることを憶えた。食器の底にネギ味噌をたっぷり入れて、その上にご飯を詰め込んで持っていく。お昼に、それにお湯を注いで、しばらく待って、ネギ味噌雑炊で食べる。これは、なかなかうまい。次回は、ネギ味噌を、肉味噌に代えたらどうだろうと考えている。



誠文堂新光社  ¥ 1,760

野菜や肉、魚をふんだんに使った、具だくさんで栄養満点のサンドレシピを紹介
1章 洋風サンド
2章 和風サンド
3章 エスニックサンド
4章 中華、韓国サンド
5章 フルーツサンド


この本のサンドイッチは、山に持っていくことが出来るものは、多くない。ただ、この本で、また認識をあらためなければならなくなりそうだ。なにしろ、パンが“主役”なのだ。パンに挟まれているのは、“具”と言うだけでは、もう収まりがつかない。あれは、おかずだ。おかずを食パンで挟んだサンドイッチだ。

さらには、しっかり野菜も挟んでいる。その量も多い。食パンサンドが、パンパンに膨れ上がるくらい。しかも、焼き目がついている。どうやって焼いているのかは、誰にでもできるように書かれている。

すでに私もやってみた。ポテトサラダが残っていたので、それを挟んだ。挟み方にもコツがあるんだけど、割と上手にできた。焼きたては、とてもうまい。

“焼きキャベツとコンビーフサンド”、“ハッシュドポテトとコンソメキャベツのサンド”、ちゃんと野菜が挟まっている。だけど、これらは想像の範囲と言っていいだろう。

じゃあ、これはどうだ。

“塩こうじ鶏胸肉とわかめのわさびサンド”、“納豆ときゅうりのたくあんチーズサンド”、“しらすとキャベツの塩昆布クリームサンド”。

ちょっと奇異に聞こえるが、ごく普通の、和食のおかずだな。

朝ごはんのおかずを考えてみる。今朝は、白菜の甘酢漬けを食べた。あれとしらす、あるいはハムを刻んだものを混ぜてもいいかもしれない。卵かけごはんを食べることがあるが、パンに生卵をかけるわけにはいかない。目玉焼きを使ったサンドイッチは、この本にもあった。

卵焼きはいろいろなものと合わせて、パンに挟めるな。そうそう、タルタルソースなんかにしたら、絶品サンドだな。納豆好きの私なら、シンプルに納豆サンドでもいい。もちろん、私はネギを入れる方。納豆のオムレツを挟むのも、かなりいいだろう。

ししゃもを使ったサンドイッチは、この本にもあった。鮭や、鯖をほぐして挟んでも、間違いはない。漬物はどうだろう。刻んで挟めば、いけるだろう。

これらは結局、パンをご飯代わりに考えているわけだ。そう考えれば、あとは、どう、おかずを上手に挟むかという問題になる。

ああ、そう考えていたら、ごはんが食べたくなってきた。




テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『二十四節気のお味噌汁』 山田奈美

今年の冬は、葉物が安い。

こんなに安い年は、めったにない。たくさん食べられて嬉しいが、生産者さんは大変だろう。値段が下がってる分、たくさん買って、たくさん食べなきゃ。

今日のみそ汁は、蓮根をすり下ろして汁に混ぜ、春菊とレタスを入れたもの。春菊とレタスは、鍋からあふれ出るほど入れても、火が通るとすんなり収まる。レタスは生のものをサラダで食べるより、火を通した方がおいしい。例年はこんなに安くないから、みそ汁に入れるのを躊躇してしまうんだけど、今年は安いから大丈夫。たくさん入れてしまう。

ちなみにおかずは、鮭の味噌漬け、焼きシイタケの大根下ろし和え、蓮根の甘酢漬け、白菜漬け、赤カブの漬物、沢庵漬け。納豆を忘れた。

『二十四節気のお味噌汁』は、すごい本。

私も、“それなりに”、だけど、みそ汁に思い入れがあるから、この本を買った。だけど私には、とても、ここまではできない。味噌だって、米味噌、白味噌、豆味噌、麦味噌と使い分けてるけど、私の家には米味噌しかない。たまに、料理の必要上、白味噌を買って、その後、あわせ味噌煮しておくことがある程度。

出汁は、たいてい、煮干し。一晩つけておくなんてことは、したことがない。どの出汁が、どの具材に合うかというところまでは、考えていない。「具材に魚介や肉類などのうまみの強いものを使うときは昆布だしが合う」そうだけど、そんなときは、出汁はとらない。この本でも、それでも良いと言っているけど。

だいたい、著者の山田奈美さんは、味噌も手作り。

さらに、“二十四節気”、その時々に力を持つ、旬な野菜を使っている。今、野菜には季節感がなくなってきているが、やはり旬な野菜には力がある。その時期に一度や二度は具材に使うが、何を使うかは、その日の朝に冷蔵庫をのぞいて決める。

それ以上のことをやろうとすると、じきに面倒くさくなる。

そう、私は適当で、いい加減な人間なもんで。




wave出版  ¥ 1,540

“味噌汁は、薬になるごちそう"人気発酵料理研究家が教える味噌汁の新定番
春(立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨)
夏(立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑)
秋(立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降)
冬(立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒)


「お味噌汁は薬だからね」

といのが、著者である山田奈美さんの口癖だそうだ。味噌の発酵パワーはもちろん、味噌のすごいのは具材を選ばないところ。野菜にしろ、海藻にしろ、肉や魚介でも、逆に味噌汁には合わないってものを見つける方が難しい。実際、私は思いつかない。それらを合わせることで、さまざまな栄養分や成分を摂取できる。

加えて、山田さんの味噌汁は、そこに季節を取り込むところが良い。。春なら、ふきのとうに、菜の花、よもぎの新芽なんかも使っている。木の芽なんかも含めて、香りの立つものがいいね。夏に向けては、ふきにうど、しそは1年を通してあるけど、とりあえず夏か。ゴーヤを忘れてた。秋は菊花。一年中あるけど、キノコも秋。銀杏も良い。冬なら根菜かな。大根、ゴボウににんじん。香りなら断然、柚子の皮。寒い時期だから、粕汁にしたり、ショウガを絞ったり、キムチをそのまま味噌汁にしても良い。

朝は弱いっていう人が多いけど、私は強い。

朝早く起きるのは、なんて言っても気持ちいい。その分、夜は、8時には眠くなって、9時を過ぎたら、記憶が無くなる。さすがに高校生の頃は、深夜放送を聞かなければならないという事情があったから、今のように4時に起き出すことはなかった。ドラマやコマーシャルで、やはり夜更かしをして、朝ごはんもそこそこに学校に出かける高校生とかが出てくるが、私があの状況ならば、迷うことなく遅刻を選ぶ。

山田さんは、「ごはんは食べなくても、味噌汁だけ飲む日もあります」とおっしゃる。場合によっては、“味噌汁だけでも十分”と。おそらくその場合、お腹にたまる具材を入れた味噌汁にしているんだろうけど、それでもやはり、ごはんも食べたい。味噌汁があればおかずはいらないし、卵かけごはんでも良い。

「味噌汁は朝の毒消し」なんて言葉があるそうだ。味噌汁は、お腹の調子を整えて、排泄を促してくれるという。そんな力を引き出すためにも、沸騰させてはダメ。山田さんは、味噌を溶き入れて、“煮えばな”が火を落とすタイミングと言う。私は、具材を煮立てて火を通し、火を落としてから味噌を溶き入れます。

これは真似たいと思ったのは、“吸い口でバランスを取る”ってところ。さっき、「山田さんの味噌汁は季節を取り込むところが良い」って書いたけど、その多くは“吸い口”として季節を演出している。

“吸い口”っていうのは汁ものの仕上げに添えるもので、香りや風味を与え、色合いにもなり、季節感を出すこともできる。具体的には、ネギ、しそ、山椒、ワサビ、しょうが、唐辛子、辛子、柚子、スダチ、ごま、三つ葉、柚子胡椒、茗荷・・・。

私は、ネギばっかりだな。・・・これは真似よう。

さて、スーパーで愛知県産のセロリをすごく安い値段で、株で売っていた。さっき、大量の葉をちぎって塩昆布をまぶしておいた。半日くらいで食べられるようになるだろう。茎2本は、そぎ切りにして、甘酢につけておいた。

明日の朝は、もちろんセロリの味噌汁。豆腐とわかめを合わせて、ショウガを添えるか。



テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『レシピがなくてもごはんはつくれる』

最近は、年寄りの一人暮らしや、二人暮らしの家が増えている。

そうなると、スーパーで買った食材を、料理に使い切れずに、無駄にしてしまうことも多くなる。そんなこともあって、最近は、野菜でも、小さいサイズ、少ない量で売っている。

年寄りだけとは言わないまでも、3世代同居なんて少なくなってるから、スイカを一個まるまる売ってない。すくなくとも、私の行きつけのスーパーでは。

私のところだってそうだ。豆腐は、一丁使い切れない。だから、その半分のを買う。朝のみそ汁には、それでも多い。だから、半分の半分をみそ汁に使う。残りは、電子レンジで水切りしておく。

水切りした半丁の半分は、滑らかにつぶして白和えに使ったりする。マヨネーズとすり胡麻を混ぜて、温野菜にかけてもいい。

私はいい加減な人間で、何でも適当だ。その正確は、料理にも反映されていて、私の作るものはいい加減で適当だ。今朝のみそ汁には、思いつきで“キムチの元”を入れた。思いつきで酒粕を入れることもあれば、牛乳を入れることもある。

ESSEという雑誌で、《レシピなしでつくれるごはん》という企画があったんだそうだ。「毎日が楽になった」と、これが大好評で、それなら、「この企画を一冊の本にしてしまえ」ということで生まれたのがこの本。

私なんか、しっかりレシピがあったって、“いい加減”に、かつ“適当”に理解する。細かいところまでは、しっかり頭に入れるわけじゃない。ましてや、それを見ながら作ろうとは、思いも寄らない。だいたい、すぐには作らない。

料理の本をたくさん買い込んで、「いつか作ってみようかな」ってくらいで読み飛ばす。ある日、ごはんを作るときに、冷蔵庫や何度にある食材を確認しているうちに、いつか読んだ本の、あの料理が、なんとなく頭に浮かぶ。

レシピの細かい部分は、もちろんながら覚えていない。なんとなく作り始める。本に書いてあったとおりじゃないかも知れないけど、おいしく作る方向性は、いくつかのパターンの中から選択し、味つけの量は経験による。



扶桑社  ¥ 1,320

エッセで反響続々!超絶簡単!節約にもなる!!とにかく楽!!!
1章 お料理ビギナーでも失敗なし!味付けいらずおかず
2章 これだけ覚えればOK!調理の掟BEST3
3章 和洋中のおかずに!黄金比ダレで味つけ名人
4章 炊飯器におまかせ 炊き込みごはんなら1品でおかずいらず
5章 お助け素材さえあれば 副菜の掟BEST6


レシピなしで作ろうって言うんだから、この本は、もともと矛盾している。

だって、レシピなしでいいって言うんなら、この本だっていらなくなってしまう。それでは、この本自体が売れないことになってしまう。だから、「レシピがなくてもごはんはつくれる」というのは、本当であって、本当ではない。

ある程度の期間、家族のご飯を作ってきた方なら、この本に出てくるパターンは、だいたい経験している。そういう経験を持っている人なら、この本を読む必要もない。文字通り、『レシピがなくてもごはんはつくれる』。

決して、お客さん向けの料理が作れるようになるってことじゃないけど、家族においしい料理を提供するなら十分。もちろん、料理好きの方々は、ワンパターンにならないように、いろいろと料理のことを調べてるんだろうけど。・・・私も同じ。

料理経験の薄い人、それから、もう一回りしちゃって、何にも思い浮かばなくなっちゃった人には、この本はいい。パウロではないが、まさに「目から鱗が落ちる」だろう。

この本の、“レシピなし”パターンは、1章は「味つけなし」、2章は「味をつけて焼く、炒めて塩か醤油、市販の調味液で煮る」、3章は「醤油:酒:みりん=1:1:1で焼く、炒める、煮る、漬ける」、4章は「炊き込みごはん」、5章「副菜」。

《1章の味つけなし》を担当したのは、料理研究家の“きじまりゅうた”さん。わざわざ名前に印を付けたのは、ひらがなで名乗っているので、判別しづらいと思ったから。村上昭子の孫で、杵島直美の息子。料理研究家3代目。

NHKの《きょうの料理》では、江戸懐石近茶流の柳原尚之さん、中華の陳建太郎さんとともに、“おかず青年隊”を結成して頑張っている。私の連れ合いは、柳原尚之さんのファン。いい男に弱いタイプなんだな。

1章は、味つけしない料理だからね。それをどうおいしく食べるか。簡単。冷蔵庫や納戸の食材を見て、今まで食べてうまかったものを思い出せばいい。どうやら、“きじまりゅうた”さんの料理の基本もそのへんにあるようだ。

塩、醤油、ポン酢、ソース、ケチャップと、そういう味つけで、うまかったもの。・・・あるでしょう? それと食材を組み合わせて考えているみたいね。どれも、手早く出来て、満足感の高いものばかり。

料理を作るのは女の人ばかりじゃないけど、今でも女の人に頼る場合が、やはり多いんだろう。仕事もしている女の人は、大変だな。だから、“きじまりゅうた”さんのような料理との向き合い方も必要になってくる。他の章の料理も、レシピを調べて、食材を揃えてと、そういった時間を省いても作れる料理が紹介されている。時代に合わせた生活を、料理の側面から応援している本でもあるわけだな。

ちなみに、今日のお昼は、《豚丼》。納戸を見たら、娘の家になってる柚をたくさんもらってきてあった。あと、玉ねぎもあった。冷凍庫に、小分けにした豚の細切れがあった。

ボウルにショウガとにんにくをおろして、ゆずの絞り汁、醤油を加えておく。肉は塩こしょうで下味を付けて、片栗粉と甘酒でもんでおく。油を引いたフライパンで薄切りにした玉ねぎと肉を炒めて、いい感じになったら、ボウルに混ぜ合わせた汁をかける。片栗粉のとろみが出たら、できあがり。

酸味を強くきかせた方がうまい。


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ジャンル : 本・雑誌

『毎日おいしいサラダが食べたい』 浜内千波

先日、スーパーでにんじんを買ってきた。

夕食の時に、毎日野菜ジュースをいただく。4日に1度くらいのペースで野菜スープを作って、それをジュースにして飲んでいる。内容は、多少変化はあるが、キャベツ、玉ねぎ、カボチャ、にんじんが基本。基本の野菜が常時ストックされていないと、なんだか不安になる。

最初、大きめのにんじん2本で150円くらいのものを買い物かごに入れたが、契約農家の棚を見ると、土突きのにんじんが、さっきのものよりも多少やせてはいるものの、5本で150円。さっきのにんじんをもとの棚に戻し、契約農家のものを買うことにした。

その契約農家のにんじんが、めずらしく立派な葉っぱ付きのにんじんだった。にんじんの葉も、若くて柔らかいうちは、芹に似たような香りで美味しいんだけど、立派に育つと固くなる。

だけど、せっかくの葉付きのにんじん。食べないわけにはいかない。とりあえず、すごい量だから、葉の部分だけ切り取り、よく洗って湯がいておいた。その中から3分の1ほどを、ごま油で炒めて塩を振ってみた。香りはいい。だけど、やはり固い。茎の部分もそうだけど、葉の部分の繊維が口に残る感じ。

残ったものから半分ほどを、細かく刻んでふりかけにしてみた。ごま油で炒めて、同じく細かく刻んだゆずの皮とごまを多めに入れ、醤油で味をつけた。これはいける。にんじんの葉、独特の香りは失われていないし、ゆずの皮、ごま、醤油の香りが加わって奥深い。茎、葉ともに、繊維が口に残るような感じは少しもない。なかなか良い食べ方を見つけた。

ずいぶん前の本なんだけど、もしかしたら、すでに紹介したことがあったかもしれない。浜内千波先生の、サラダの本。

浜内先生が、日頃、野菜を主にしたサラダを心がけているという。それは、腸の状態を整えておきたいからだそうだ。やさいに含まれる栄養素を摂取することも大切ではあるが、それ以上に腸の状態を整えることに重きを置いているという。

腸内の善玉菌は、野菜・果物・海藻類に多く含まれる食物繊維とオリゴ糖を食べて増えるんだそうだ。きっと先生のことだ。善玉菌の喜ぶ姿を想像しながら、サラダを食べているに違いない。




日本文芸社  ¥ 時価

サラダ=最も簡単な野菜料理と考えれば、バリエーションは無限にある
1 とっても簡単シンプルサラダ
2 体質改善サラダ
3 付け合わせサラダ
4 ごちそうサラダ
5 びっくりサラダ


それにしても、サラダってなんだ?

なかったからな、子どもの頃。最初にであったサラダってなんだろう。ポテトサラダかな。ポテトサラダが最初なら、母の作ったものだな。うちのジャガイモは、うまかった。いまだに、家で作ったジャガイモ以上にうまいジャガイモは食べたことがない。

生まれ育った秩父では、ポテトと言えば、それだけ完成した一つの料理だった。ポテトは畑で掘ったジャガイモとは違う一つの料理で、ゆでたジャガイモを一口大にして天ぷらに揚げたものを言う。最近は、秩父の名物《味噌ポテト》として有名だが、私はその甘味噌につけて食べるより、ソースをかけて食べる方が好き。

ポテトを作ってもらえるのは、母に時間的な余裕のあるときで、そうは行かないときもある。そうは行かないときでも、茶箪笥を開けると、ふかしただけのジャガイモが入っていることがあった。実は、それだけでもうまかった。ほんの少しだけ塩を付けるととてもうまいんだけど、そのまま食べてもうまい。

ポテトサラダがサラダなら、新は十分サラダじゃないか。

ちぎったレタスと薄く切ったきゅうりに、ドレッシングをかけて食べるというのは、いつ体験しただろうか。秩父ではない。東京に出てからだろう。

あれには抵抗があった。レタスを真っ当な野菜と捉えられるようになったのは、ずいぶん後の話だ。あんな栄養もなさそうな、水っぽいペラペラしたものに、油をかけて食べるなんて、なんて不健康なんだろうと思っていた。

そんなわけで、渡しにとって、サラダはとても取っつきにくい食べ物だった。

ある程度、年齢が行ってから、私も浜内さんと同じ理由で野菜をとろうと思うようになった。ただそれは、サラダを食べるというのとは、ちょっと違っていた。そのへんがサラダになじめなかった世代の弱みだったろう。

サラダを、「野菜をキーとして、食材・味付け・調理法の創意工夫で、進化発展させた“料理”」と捉えれば、野菜を食べようと思った時点で、私の食べているものはサラダだった。

さらにこの本を読んで、サラダの認識は、大きく広がった。

温めてもサラダ、茹でてもサラダ、鶏レバーを混ぜてもサラダ、マリネにしてもサラダ、なますにしてもサラダ、鮭と一緒にしてもサラダ、肉味噌ソースでもサラダ、蛸でもサラダ、揚げてもサラダ、ひじきもサラダ。

これなら、私は年がら年中、サラダを食べていると言ってもいい。


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ジャンル : 本・雑誌

『昆虫食最強ナビ』 ムシモアゼルギリコ

ついつい、“本 料理”に分類してしまったが、それで良かったんだろうか。

子どもの頃、虫に夢中だった。カブト、クワガタ、カミキリムシ。夏の朝、一番に行けば、必ず、カブトやクワガタがついている木があった。それだけでは我慢できず、夏場は、森の中をさまよった。昼間、木の上の方にいるクワガタを、木を蹴っ飛ばして落として取った。

木にあいた小さなうろの中に、何やら数匹のクワガタがいるようだ。挟まれることも気にせずに、手を突っ込んで手を突っ込んで握り、引っ張り出した。つかみ出した数匹すべてがゴキブリだった。

アリの行列を見つければ、ろうそくを持ち出して火をつけ、溶けたろうを行列に垂らした。小屋の軒下に蟻地獄があった。そこにアリを落として、蟻地獄に食われる様子を観察した。モンシロチョウを蜘蛛の巣にかけ、蜘蛛がどうモンシロチョウを餌食にするのかを、何度も何度も観察した。ほかにも、蜘蛛を、ほかの蜘蛛の巣にかけるとどうなるか。知りたかったらやってみて。

ジグモの袋を、地面から破れないように引き出し、ジグモを取りだして指に持ち、身体を屈曲させて、口の部分に腹を押しつけると、ジグモは自分で自分の腹を切ってしまう。切腹だな。私たちは腹切り蜘蛛と呼んでいた。どれだけの命を切腹に追い込んだことか。

冬も、木々が葉を落とした森に入った。枯れて倒れた木の、その皮の下にもぐり込んで冬ごししようというクワガタを探した。いや、冬はクワガタに限らない。いろいろなところに隠れて、冬ごししている昆虫を探し出すこと自体が喜びだった。・・・悪いことをした。

実はそんなことでは収まらないのだが、話を魚類、両生類、は虫類、鳥類、哺乳類まで拡大しても仕方がない。この本は昆虫食の本なのだから。

いつだったか、祖母と一緒に教養番組を見ていた。オーストラリアの先住民アボリジニの生活を追ったものだった。アボリジニは木の皮をはいで芋虫を取り出し、そのまま口に入れて食っていた。

私が、「ゲー、芋虫、そのまま食ってるよ」と言ったら、祖母も嫌そうな顔をして、「そうだいなぁ、おれらの若い頃は、焼いて食ったがなぁ」と言っていた。

秩父でも、食っていた。



『昆虫食最強ナビ』    ムシモアゼルギリコ

タツミムック  ¥ 1,540

高栄養の新たなタンパク質に世界が熱視線! 美容やダイエットにも効く未来食
巻頭特集 昆虫食のメッカ 伊那
第1章 HOU TOW はじめての昆虫食
第2章 昆虫はどこで食べられる?
第3章 昆虫食レシピ
第4章 私たちの昆虫食

第5章 キャッチアンドイートに挑戦!


「イナゴならギリギリ食べられる」

昆虫食の世界では、良く耳にする言葉だそうだ。私もそうかも知れない。実際イナゴは何度も食べている。大学の時、同じサークルに信州出身者がいて、酔っ払って泊めてもらったとき、さらにそこでイナゴをつまみにして夜を明かした。

トノサマバッタやショウリョウバッタもいけるらしい。イナゴが大丈夫なら、トノサマバッタ、ショウリョウバッタもなんとかいけるだろう。バッタ類は加熱すると赤くなり、その姿はまさにエビを思わせるんだそうだ。なんだか夢が広がるじゃないか。

肢先のギザギザと羽を取り除いて加熱すればいいそうだ。外皮をパリッとさせるには高温で揚げればよく、それに塩でも振ればかなりうまそうだ。

カミキリムシの幼虫は美味しいらしい。それがいるのは樹木の幹の中で、そこで孵化して幹の内部をトンネルのように食べて育っているそうだ。薪を燃料にしていると、薪割りの時にたくさん出てきたんだそうだ。そのおいしさは、「昆虫界の大トロ」の異名を持つという。フライパンの上で、身体を転がすようにして火を通せばいいという。

アボリジニが食べたのは、この種類らしい。ウィッチェティ・クラブといい、生木に住む幼虫をみんなこう呼ぶという。と言うことは、私の祖母が焼いて食べていたのも、ウィッチェティ・クラブということになる。

カミキリムシに関して言えば、じっくり揚げればポリポリと、成虫も相当美味しく食べられるという。

問題は蚕だな。

蚕のさなぎはかわいそうだけど、養蚕の副産物としてたくさん出てくる。秩父はかつて、絹織物の一大産地だったし、養蚕は秩父を支える産業だった。蚕が作った繭は高温のお湯につけられて糸を引揚げられる。そのあとには煮出した蚕のさなぎが残る。

これはまずいそうだ。しかし、繭をカットして新鮮なさなぎを取りだし、これを食べると美味しいらしい。煮出した蚕のさなぎが多少まずくても、ウィッチェティ・クラブを食べていた祖母たちが、これを見逃したとは思いづらいんだが。

・・・じっくり一冊読んでみると、やはり気持ち悪い。

幼き日には、こちらから追いかけ回して捕まえて、首をちょん切ってみたり、針で刺してみたりしていた。にもかかわらず、彼らが真っ白い皿に盛り付けられて、私の目の前に、「さあ、どうぞ」と置かれると、気持ち悪い。今の私には、この本が禁じている罰ゲームのようにしか思えない。

しかし、何事も慣れ。トノサマバッタをエビだと思って食べるところから始めてみようかな。


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『やさいの常備菜』 庄司いずみ

秋が深まった。

・・・たしかにそんな感じがする。だけど、ちょっと待って。まだ身の回りに紅葉は下りてきていない。そう、奥武蔵の紅葉は、例年11月に入ってから。中旬以降でも十分楽しめる。

深まった秋っていうのは、冬の直前に感じる秋。どこかに冬を感じさせる秋。色が変わりきった葉が、落ちればそこを、木枯らしが駆け抜ける。それを予感させる秋。

今は、まだ違う。ただ、たしかに気温は、少し先に進んだような気がするが・・・。

“おひたし”という野菜の調理法がある。

古い文献では、“浸物”と書かれているそうだ。「ひたしもの」と読むのだろう.“おひたし”は、その美称か。江戸時代には煎り酒や酢で味をつけた物が多かったそうだが、明治以降は煮た野菜にしょうゆをかけて食べるのを“おひたし”と呼ぶようになったそうだ。ほうれん草が思い浮かぶな。鰹節をかけても美味しいよね。

家での食事は、もっぱら、連れ合いと二人っきり。朝は、だいたい毎日、“おひたし”を出す。うちの“おひたし”は、明治期のものでも、江戸期のものでもない。煮汁にそのまま浸しておくので、戦国時代以前の、“浸物”に近いだろう。

ただし、煮汁は、おそらく当時と違って、出汁に醤油と砂糖、酒、みりんで、甘辛く味をつけたもの。これで、その時ある野菜をちょちょいっと煮て、汁ごと器に移して出す。ちなみに今日は、白菜、ニラ、エノキダケ、シメジのおひたし。

それからゴボウと蓮根のみそ汁。これにもエノキダケとシメジを入れた。たくさん買いすぎたんだ。蓮根は半分甘酢漬けにした。めざし1尾に、卵焼きはネギ入り。これはタマゴ一つで作って二人で分けるの。それに納豆。漬物はいつも見切り品。今日は白菜漬けに沢庵。ごはんは今、新米だからうまいね。

朝ごはんの紹介になってしまった。“おひたし”に戻る。食べたあと、器に残った汁は、取っておく。野菜ごと余っちゃって取っておくこともある。今日はこのパターン。この汁で、鶏肉を煮て、卵でとじて、今日のお昼はちょっと変わった親子丼になるかも知れない。

そんなことを、日頃やっていたわけなんだけど、もっともっと野菜を有効に使いたいと思って、この本を読んでみた。そしたら、この本の基本的な姿勢は、私が“おひたし”において、日頃やっていたことと同じだった。



『やさいの常備菜』    庄司いずみ

世界文化社  ¥ 1,650

毎日の食卓に少しでも欲しいのが野菜料理。でも意外に手間がかかるもの。
1 レパートリーがどんどん増えるマリネ&ピクルス
2 浅漬け&あえるだけでOK サラダ漬物
3 味がなじむほどに美味しくなる常備菜サラダ
4 かんたん仕込みで超時短!野菜だしでおかずスープ
5 がんばらない「常備菜」が役に立つ野菜のストック術
6 ストックしたい万能ドレッシング&万能だれ


たとえば、マリネ、ピクルス、なますに浅漬け、ナムル、塩漬け。

おひたし同様、そのまま食べて美味しくて、ちょっと手を加えても、もっとおいしい。面白いのは、野菜はわりと、パンに合う。今日の朝食べた蓮根の甘酢漬け。ほんの少しだけど残った。そこで、実験のつもりで、パンを一枚焼いて、のせて食べた。これはうまい。・・・しまった。この本では、さらに蓮根も焼いていた。

キャベツの浅漬けで、焼きそばを作っているな。浅漬けにした野菜は、火を通してもいいのかな。焼きそば以外でも、パスタに使ったり、焼いてパンに合わせてもいいそうだ。ナムルだったら、なんだってパンにはさみたくなる。

野菜っていうのは、シャキシャキした食感が魅力だけど、そう思ったまんまだと、なかなかたくさんは食べられない。そこに塩をしてしまう、焼いたり煮たりして、火を通してしまう。そうすることで、野菜は一気にたくさん食べられるようになる。

もちろん、シャキシャキ感はなくなるけど、しっとりした野菜は甘みも増して、また美味しい。

スープにするのは、遠慮しちゃいけない。昨日、お昼のスパゲッティに合わせたほうれん草のスープは、お気に入りの梅干しだけで味をつけたものだった。これはうまかった。

仕事を辞めて、よく分かった。比較の話だけど、仕事を辞めたから、それなりに時間がある。さらに、仕事をしているときは、効率を重視していた。効率を重視するというのは、特に人と一緒に、協力して仕事をしているものにとっては、絶対に必要なことだと思っていた。

効率を重視していると、野菜は食べられない。ごはんや肉類と違って、野菜は適当に噛んで飲み込んでしまうわけにもいかない。食卓に、何種類ものやさいの数を並べれば、それだけで食事の時間は長くなる。おそらく、それも、野菜を食べることの効用の一つだろう。

さて、冷蔵庫の野菜室が、寂しくなってきた。


テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『スープでごはん』 みないきぬこ

40年も前のことだ。

ほんの一時期だが、東京の武蔵境駅から15分ほどのアパートに、二つ上の兄と一緒に暮らしていたことがある。二人とも学生で、都内の私立大学に通っていた。勉強するほどに、やることも考えることもめちゃくちゃで、いい気になって、夢と希望をふくらませているという、質の悪い学生だった。

場合によっては返済が免除される当時の育英会奨学金を受け、親からも仕送りされていたが、それでも友人たちと対等に付き合おうとすれば、すぐ底をつく。それでもつらいなんて感じたことはなかった。楽しくて仕方がなかった。

兄が卒業してからは、下北沢から徒歩10分、家賃1万1千円の汚いアパートに移った。一緒に住んでいるときは、兄のことを邪魔に思っていたが、一人になってみると、寂しいってわけじゃないが、二人と一人は大きく違う。

冬の寒い頃、風邪なんかひくと、どうにも心細くなる。もちろん、医者にかかるわけでもない。一晩寝て、汗をかけば直るという信仰があるもんだから、寝袋まで引っ張り出して、ふとんをかぶって寝る。寝る前に、“おっきりこみ”を食っておけば、汗をかくこと間違いなし。それで翌日直っていなければ、すでに打つ手はない。

夕方、雪だるまかというほど重ね着をして、駅前の中華料理屋へ向かう。一世一代の贅沢のつもりで、レバニラ定食とにんにく卵スープを注文する。食べ終わったら、そのエネルギーを夜風に吸い取られないうちに素早くアパートに帰り、ふとんにもぐり込む。これ以上の打つ手は、本当にない。

2年間の一人暮らしの間に、この手は何度か使ったが、失敗した記憶はない。

朝、焼いた鮭がけっこう残ったので、昼飯は鮭チャーハンにした。鮭の他には、ネギ、ピーマン、チンゲンサイを加えた。その場合、スープを何にしようか、いつも迷う。チャーハンの時のスープを考えると、わかめスープしか思い浮かばない。他の中華に合わせるスープなら、適当に鶏の出汁でまとめちゃうんだけど、チャーハンに合わせようとすると、わかめスープしか出てこない。

町中華でチャーハンを頼むと、熱々のラーメンのスープに、刻んだネギをちらしたスープがついてくる。あれじゃ寂しい。だから、わかめ。そこにネギを散らしてもいい。竹の子も面白いかも知れないが、今は冷蔵庫にない。今日は、ニラを試してみた。わかめスープにニラ。これはけっこう美味しかった。

だけど、所詮はわかめスープ。ううん。



『スープでごはん』    みないきぬこ

池田書店  ¥ 1,265

かんたんに作れて、栄養面もボリュームも満足のスープレシピ集
PART1 野菜たっぷり おかずスープ
コラム1 もう一品欲しいときに!かんたん副菜
PART2 肉がっつり おかずスープ
コラム2 なめらかな舌触りが嬉しい!かんたんポタージュ
PART3 シンプルスープ+主役ごはん
コラム3 疲れた、風邪っぽい etc 体調を整えるスープ


スープは、自由だ。

何をあわせてみたって、それほど失敗と言うことがない。素材の味をスープに出して、その味を見て、最後に塩でも、しょうゆでも、味噌でも、薄めから味をつけていけばいい。

素材から出る味だけで、出汁が入らない場合もある。特に、肉や魚のスープなら、出汁なんて入らない。肉や魚を使わない場合、この本で利用している出汁は、チキンスープ、中華スープ、和風だしと言ったところ。

おかしな言い方だが、野菜をそのスープで煮れば、それだけで間違いなく美味しいスープになる。何を入れるか、どの出汁にするか、それ以外も含めて、やはりスープは自由だ。

私は、邪道と知りつつ、カレールウを使うこともある。カレールウは、万能だ。だけど、カレールウまでいくと、少し卑怯かも知れない。

秋は、なんと言っても“きのこ汁”だな。高尾山の、城山や景信山の茶店で、きのこ汁を出している。たかがきのこ汁でそれだけの代金を取るのかと驚いて、ワンゲルの高校生を連れて行ったとき、生徒にはおむすびだけ用意させ、大鍋でどっさりきのこ汁を作って、お昼ごはんにしたことがある。これは大変評判がよかった。

この時、きのこは何でもいいんだけど、もしもマイタケを入れるなら、私は出汁は必要ないように思う。一度、マイタケを含むきのこ類で、しょうゆで味をつけただけのきのこ汁をスープにしたラーメンを作ったことがある。これはとてつもなくうまかった。

スープは、偉い。

なんと言っても控えめだ。おかずスープくらい具だくさんになっても、ごはんを引き立てる。いや、もう、ごはんすらいらない。スープだけで、十分、お腹にもたまる。たとえ、そんな状況であったとしても、ごはんやパン、いつもの主菜をないがしろにはしない。スープだけの食事というのは、あくまでも非日常という態度を崩さないところが偉い。

日頃、取りづらい野菜が、スープならたくさん取れるというところも偉い。食欲がないときでも、食べやすいというところも偉い。私なりの意見だけど、何でもないごはんを、なんかすごいごはんのように演出してくれるところが偉い。なんと言っても、いつもごはんを美味しくしてくれるところが、とっても偉い。


テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『六甲かもめ食堂 野菜がおいしい季節の献立』 船橋律子

4連休は、孫のお守りで終わった。

一週間ほど前に連絡があり、4連休は、久し振りに親子4人で来ることになっていた。連れ合いと二人で、事前に買い出しに出かけ、いろいろなものを存分に食わせてやろうと買い出しをしておいた。

ところが、連休前日に、娘が、・・・私の娘、孫の母親、その娘が熱を出したらしい。ここのところ、更年期にはまだ間があると思うが、頭痛や発熱に悩まされることが少なくないようだ。結局、孫二人を爺婆が預かって、娘にゆっくり身体を休めてもらうことにした。

娘が来るのは久し振りのことだったので、大好きな煮ものを作ってやろうと、茄子を買い込んでおいた。半分に切った茄子の背中に、斜めに細い切れ込みを入れ、油で炒めた上で、甘辛い煮汁で煮る。そのまま冷やして食べるんだけど、冷えた煮汁で素麺を食べてもうまい。茄子素麺と呼んでいる。

連休最終日、孫を車で送り返すときに、作っておいて持ってってやろうかと思ったんだけど、孫のお世話で私にはそんな暇はなかった。なにしろげんき盛りの孫たちで、四六時中目を離すことが出来ない。あれじゃあ、娘も疲れ果てるだろう。

ごはんの時間もそうで、おとなしく食べるような玉じゃない。「ごはんの時間にふざける子は、大人になってから、ごはんが食べられなくなるぞ」と脅しつけて、卓に戻して食べさせる。とても余分なことは、していられない。

連れ合いが頑張って、孫たちを寝かしつけてからなにか作ったようで、それを買っておいた肉と一緒に持っていった。

そうか、感染症の流行で苦労してた六甲かもめ食堂も、ようやく、9月に入ってから、イートインを再開したのか。

この本は、『六甲かもめ食堂の野菜がおいしいお弁当』の第2弾。“食堂”が本を出すんなら、“食堂”の献立の方が先に本になりそうなもんなのにね。順番が逆のような気がしないでもないけど、まあ、そんなことはどうでもいいや。

外食ではあっても、自分の家で食べているような、食べ慣れた料理。こだわるのは、“旬の野菜とごくふつうの調味料”って言うのがいいね。

そこで出される定食は、ごはん、汁もの、漬物に、旬の野菜をたっぷり使った7品のお惣菜。組み合わせで気をつけるのは味や素材がかぶらないようにすることだそうで、それだけでもけっこう大変そう。



誠文堂新光社  ¥ 1,540

色とりどりのおいしさが花開く、かもめ食堂の季節ごとの献立
春の献立
夏の献立
秋の献立
冬の献立
おそうざい
メインのおかず
サブのおかず



まずは春夏秋冬の定食に供されている、12の献立。

その中の、汁もの一つ取っても参考になる。

セロリのみそ汁、レタスととろろ昆布のすまし汁、トマトとニラのみそ汁、モロヘイヤのスープ、カボチャとオクラのごまみそ汁、ニラともやしのみそ汁、小松菜と天かすのみそ汁、冬瓜入りコーンスープ、カリフラワーの豆乳ポタージュ、春菊となめこのすまし汁。

なかでも小松菜と天かすのみそ汁には驚いた。血圧を気にしている連れ合いは、ラーメンの汁は飲まない。うどんの汁も残すんだけど、先日、冷やしたぬきそばを昼に出したら、めんつゆのしみた天かすがあまりにもおいしくて、汁まで全部飲み干していた。室のしみた天かすは、たぬきそば、たぬきうどんだけと限る必要はどこにもない。

たとえば、そこで紹介されているのがデミグラスソース風ハンバーグ定食の献立ならば、ハンバーグのアレンジレシピとして、おろしハンバーグや、照り焼き蓮根ハンバーグが紹介されていたりする。

たとえば、そこで紹介されているのがゴーヤの肉巻カレー照り焼き定食の献立で、その副菜にトマトと厚揚げの卵とじがつけられていれば、卵とじのアレンジレシピとして、マイタケの卵とじ、竹の子の卵とじ、なすの卵とじ、白菜の卵とじが紹介されていたりする。

仕事を引退するような歳になって、それでも肉や魚が食べたいけれども、野菜の料理にホッとする思いは、圧倒的に強くなってきた。

買い物の仕方にもよるけど、感染症が流行する中、混雑するスーパーに行く数は減らしたい。夫婦二人暮らしの私のところでは、卵の特売日の火曜日に、スーパーで買い出しをする。その日に農産物直売所も訪ね、目についたものを買い込んでくる。火曜日の買い出しだけで全部まかなえるわけじゃないけど、とりあえずは、その日の買い出しが基本。

旬のものと思えば、似通った野菜を使った料理が続く。せめて、目先は少しずつ変えていきたい。今時の農産物直売所には、なすとオクラがところ狭しと並ぶ。

なすの卵とじ、麻婆なす、なすとトマトのそぼろ煮、なすとトマトの甘酢マヨサラダ、なすの明太子和え、焼きなすと茗荷のエスニックサラダ、蒸しなすの梅しらす和え

ほんの少し、目先を変えるだけで大部違う。

蒸したなすを納豆昆布で和えたらどうだろう。ささみを割いて、なすと一緒に梅肉で和えたらどうだろう。そういう食べ方があってもいいんじゃないかな。そんな風に考えさせてくれる本だな。

とりあえず今朝は、刻んだオクラと納豆昆布を混ぜ合わせて、しょうゆを少し垂らして食べた。これがうまいこと、うまいこと。なんだか朝ごはんから遊んでいるようだけど、ふざけているわけじゃないからね。大きくなってから、ごはんが食べられなくなることはないだろう。


テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『ちょこっと、つまみ』

これは、河出書房新社が打ち出している、《おいしい文藝》というシリーズの中の一冊だな。

《おいしい文藝》シリーズは、名前の付け方が上手だね。この『ちょこっと、つまみ』もそうだけど、なんだか、手軽に手を出してしまいそうな、そんなネーミングの本が並ぶ。

『はればれ、お寿司』、『こぽこぽ、珈琲』、『うっとり、チョコレート』、『まるまる、フルーツ』、『こんがり、パン』、『ずっしり、あんこ』、『ひんやりと、甘味』、『ぱっちり、朝ごはん』、『ぐつぐつ、お鍋』、『つやつや、ごはん』、『ずるずる、ラーメン』、『ぷくぷく、お肉』

どうやら、要はリズムだな。

『ちょこっと、つまみ』も、やはり他と同じように、いい調子を持っている。他にいい調子の言葉を“つまみ”に合わせられないかと考えてみたが、それがなかなか見つからない。それもそのはずで、つまみはあらゆる料理が、いや、あらゆる食い物が、それに該当する。あっさり系の言葉でも、こってり系の言葉でもふさわしくない。

人によりけりだけど、大抵は、一仕事終えて、家であろうが、居酒屋であろうが、酒のあるところに駆けつけて、いよいよ酒とともにつまみに向かい合うわけだ。そんなときの私の気持ちは・・・?

「やれやれ、つまみ」、「それじゃあ、つまみ」、「のんびりと、つまみ」、「どれどれ、つまみ」・・・う~、どうにも、こうにも・・・

さて、家で飲むときの話。酒の飲み方、特にどんなつまみと合わせて飲んでるかというのもいろいろで、それなりに人の来し方行く末をさらけ出すようで、どこか恥ずかしいところがある。

もちろん、ごく一般に受け入れられているつまみの取り方というのがあるから、恥ずかしいなんて思うことはない。たとえば、冷や奴。冷や奴で日本酒を飲もうが、ビールを飲もうが、焼酎にしようが、恥ずかしいことなんて何にもない。冷や奴の上に、ネギを乗せようが、茗荷を乗せようが、ショウガ醤油で食おうが、ワサビ醤油にしようが、恥ずかしいことなんてない。

だけど、この豆腐を崩して、「なんかの古漬けを刻んで、崩した豆腐にまぶして食うとうまいんだ」とは、恥ずかしくてなかなか言い出せない。崩した豆腐におからをまぶしておく。それを、なんかの古漬けで巻いて食べるのもおいしいけれど、やはり恥ずかしい。白菜キムチで巻いてもおいしい。私はこれで日本酒を飲むのが、本当に大好き。

チーズだろうが、海苔だろうが、つまみとしてちっとも恥ずかしくない。だけど、「海苔でスライスチーズを挟んで食うと、これがうまいんだ」と言うのも、もしかしたら恥ずかしいことなのかも知れない。連れ合いは、これでワインを飲むのが好き。



河出書房新社  ¥ 1,760

文筆界の「左党」たちによるつまみエッセイを集めたアンソロジー
檀一雄
池波正太郎
阿川佐和子
島田雅彦
種村季弘
田辺聖子
吉田健一
内田百閒
小泉武夫
吉村昭
杉浦日向子
中谷宇吉郎
伊丹十三
川本三郎
福田蘭童
東海林さだお
柳家小満ん
江國香織
佐藤垢石
久住昌之
遠藤周作
平松洋子
角田光代
丸谷才一
牧野伊三夫
山田風太郎
髙橋みどり
宇能鴻一郞
椎名誠
鴨居羊子
古谷三敏
姫野カオルコ
獅子文六
吉行淳之介
辰巳浜子
澁澤龍彦




文豪たちの語る、つまみの話が面白い。

高くてうまいのは当たり前。それを面白がるやつは、最初っからどこかおかしい。文豪たちにしたって、そんなものでは文は書けない。安くてうまいのが最高レベルだけど、そのあたりのランクには、いろいろなケースが出てくる。

高くはないが、安いわけでもない値段でうまい。どうもこれもつまらない。場合によっては、高くてうまいのよりもつまらないかも知れない。その程度の値段でほどほどだと、なんだか損した気分。やはり、つまみを食って面白いのは、安いことだな。安くてうまいを筆頭に、安くてほどほどなら上々だし、安くてまずいも文は書けそう。

意外と面白そうなのは、高くてまずい。・・・どうしてなの?ってところから、話は始まるかもよ。

料理に関するエッセイをたくさん書いている東海林さだおさん。つまみを題材に、何を書いているのかと思ったら、「𠮷飲み」だって。へー、東海林さだおさんが𠮷飲みしてるの?

JR神田駅高架下の𠮷野屋は、1階がそのまま牛丼屋で、2階は平日の5時以降「ちょい飲み」の店に変わるんだそうだ。東海林さん、とりあえず刺身を頼んで周りを見渡し、𠮷野屋で牛丼を食ってる客がいないことに衝撃を受けている。アサッテ君に書くのかな。

獅子文六さんは、“どじょう”じゃなくて、“どぜう”がお好き。店ですき焼き風や柳川も食べるけど、家でも食べるそうだ。家で食べるのは“どぜう汁”。みそ汁だな。その“どぜう汁”から“どぜう”だけをつまみ上げると、「いかにも死骸になりました」っていう“どぜう”の姿がいいという。

獅子文六さんのところでは、つまみの準備は奥さまのお仕事だったそうで、その“死骸”の姿を見て、「女性はあまりいい顔をしない」と言っておきながら、奥さまに“死骸”作りを任せるって言うんだから酷い人だ。

ただ、“死骸”作りの方法は教える。鍋に生きた“どぜう”を入れて、おもむろに日本酒を振りかける。途端に“どぜう”は大騒ぎだ。ふたをしないと飛び出しちゃうくらい。奥さまが驚いて、「“どぜう”が大変、暴れます」と報告に来たそうだ。

私は大抵、自分でつまみを用意する。恥ずかしいつまみを作るのは、あまり時間がかかるものでもない。それに、朝昼の食事の準備は私の仕事なんだけど、その際に、つまみになりそうなものを、多めに作っておくんだ。それを、酒を飲む時間、夕方の5時になったら冷蔵庫から出してくる。

そのせいか、私の家の、特に朝食のおかずは、どこか酒が飲めそうな、おつまみみたいなおかずが多い。ちなみに今朝は、”きゅうりとしめじの白和え”を多めに作って、残りは冷蔵庫の中に入っている。


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ジャンル : 本・雑誌

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極北の自然に見せられた写真家の旅を一冊に! 
大切なことは出発することだった
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































































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