めんどくせぇことばかり 漫画
fc2ブログ

『手塚治虫の怪』 手塚治虫

動物の怨念や人間の業、自然界の不思議な話・・・。手塚治虫が描く怪奇世界を堪能できる傑作選!

動物の化け物や自然が生み出した怨念、人間の業をめぐる奇怪な話など、手塚マンガの王道作品とはひと味違う、手塚流の怪談をセレクト。

人間の業や自然界の不思議な力を浮かび上がらせる、手塚治虫のアメイジングワールドが堪能できる作品集です。

解説を書いている田中康弘さんは同じ世代。「漫画は成長するための栄養素だった」というのも、私にも、まったくそのまま当てはまる。日本の漫画文化の成長と共に、私たちも大きくなった。

もちろん、それ以前から漫画はあったが、私たちの世代には一種の特殊性がある。田中さんは「身長が182㎝になったあたりで漫画を手にする習慣はほぼなくなった」と書いているが、私たちの世代の多くは、成長してからも、漫画と縁を切らなかった。

だから、手塚治虫後半の作品も読んでいるし、手塚治虫の強い影響を受けた漫画家たちの作品も読んでいる。それは日本漫画史と呼べるものでもあるのだが、歴史と言ってしまうと面白くもなんともなくなってしまう。「いい歳をして、マンガなんか読んで」という世間の評価への後ろめたさをどこかに感じながら読むことこそ、漫画を読む醍醐味なのだ。

つまり、何歳になっていても、いたずら小僧の気分で読む漫画こそおもしろい。

ヤマケイ文庫の手塚治虫シリーズが面白い。「手塚治虫の山」、「手塚治虫の森」、「手塚治虫の動物」、「手塚治虫の海」、「手塚治虫の挑戦」ときて、「手塚治虫の怪」となった。

この“怪”を読んでいて、この“怪”にこそ、私が手塚作品の惹かれた理由があるように感じられた。


『手塚治虫の怪』    手塚治虫

ヤマケイ文庫  ¥ 1,320

動物の怨念や人間の業、自然界の不思議な話。手塚治虫の怪奇世界。
01 ブラック・ジャック_人面瘡
02 雨ふり小僧
03 ミッドナイト_ACT16
04 ザ・クレーター_鈴が鳴った
05 イカヅチ山が泣いている
06 ウォビット
07 ザ・クレーター_巴の面
08 四谷快談
09 ザ・クレーター_生けにえ
10 すべていつわりの家
11 どろろ_四化入道の巻
12 ザ・クレーター_風穴
13 最上殿始末


《本書で一番好きな話しは「雨ふり小僧」だ。山の分教場で暮らすモウ太には友達がいない。ある日奇妙な子どもと出会うが、それは山の妖怪雨ふり小僧だった。孤独な二人はいつしか友達になったが、分教場の廃止が決まりモウ太は街へ引っ越してしまう。雨ふり小僧との大事な約束を忘れて・・・。二度読んで、二度とも落涙。雨ふり小僧の一途さとモウ太の激しい後悔が胸に迫る》

解説にある田中さんの言葉だ。確かにそうだなぁ。切ないなぁ。

人の生は有限で、失ったものは取り戻せない。大切な人に逢うこともできない。ああすれば良かった、こうすれば良かったとどんなに後悔しても、やり直すことはできない。あの人のことを思えば、心臓をわしづかみにされたように、胸がキューッとなる。そんな切なさが、“怪”には詰まっている。

人面瘡の男の、隠された良心。

雨ふり小僧との約束を忘れてしまったモウ太の激しい後悔。

夜の海に現れる子どもの、切なる思い。

鈴の音一つで引き出される、亡き人への強い思い。

和登さんのパンティーを落としたイカヅチ山には、古代人の蓄電池が隠されていた。

バンパイアに取憑かれた男の執念。

心優しき醜女の怨念は、般若面に乗り移っていた。

視力を失いかけた戦災孤児を救いたい、お岩さんの優しさ。

現代の日本で“幸せ”を味わった魂は、古代アステカの生けにえの少女のものだった。

人類絶滅に取り残された少年の、何気なく続く日常の父と母は、悪魔のような足をしていた。

高尚だった和尚は生き埋めにされ、動物の精気と混ざり合って妖怪として生き返った。

マネキンにしか心を開けなかった青年は、洞窟で進路を失い、そして最後は・・・。

家族を殺され、最上殿の影武者となった“しょんべ”は、最上殿に成り代わり、その妃を手に入れたが・・・。

いずれも、何かしらの強い力が働いている。“怪”に収録されている話しの多くは、人にはいかんともしがたい、その強い力に翻弄され、あるいは助けられた人々の話になっている。手塚漫画の中での強い力とは、神であったり、妖怪であったり、化物であったり、人間の業であったりする。

そこに表現される人の生は、いつか必ず失われてしまうという、逃れがたい宿命を持つ。本質的に“切なさ”をともなうものである。“怪”の漫画はそれを、神・妖怪・化物・人間の業のちからを通して、私たちに伝えようとしている。

最後に一つ、手塚漫画は、いつでもちょっとエッチなのがいい。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『幻の戦争マンガ』 矢口高雄 バロン吉元ほか

一冊、まるまる戦争マンガの本。

子どもの頃には、戦争のマンガはたくさんあった。テレビアニメにもなっていた。♬ あれはゼロ戦ぼくらのはやと 機体に輝く金色の鷲 平和守って今日も飛ぶ♬って、《0戦はやと》なんて、歌まで覚えている。

「ゼロ戦に乗ってるパイロットは、平和を守っている」なんて、常識中の常識。《紫電改のタカ》はちばてつやのマンガね。これは単行本になっているやつを読んだな。たぶん、おじさんが買って読んだのを、家に置いていたんだな。

私が子どもの頃は、マンガは子どもの読むものだった。大人でマンガを読んでいるような人は、まず、いなかった。読んでいたのかも知れないが、見かけたことはない。おそらく、こそこそ隠れて読んでいたに違いない。

基本的に、マンガは子どもに向けて書かれている。戦争も、当然のように、子どもの身のまわりにあった。なにしろ、戦争に行って帰ってきた人たちが、身のまわりにたくさんいた。まさに戦後の社会を背負って立っているのが、その人たちだった。手足を失った傷痍軍人を見かけることも珍しくなかった。今のように、戦争を語ることが憚られるような時代ではなかった。

本書は、1970年代と2000年代に発表され、埋もれていた戦争マンガの作品集である。具体的には、矢口高雄のデビューまもない頃の「燃えよ番外兵」(原作・小池一夫)、バロン吉元の初期の傑作「黒い隼」など、5作品。いずれも太平洋戦争を扱っている。ウクライナにおいて戦争が進行中の今こそ、戦争とは何か、戦争は人間や社会にどのような影響をもたらすのか、を考えるべきではないだろうか。そして、もし自分が戦争に巻き込まれたらどうなるか――。そんな緊張感を持って読んでほしい。「『我が国はもう戦争なんてするはずがない』と思い込んでいるかもしれないが、いつ何がどうなるか、先のことはわからない」(里中満智子「解説」)のだから。

大東亜戦争の敗北は、日本人が民族として存続していけるのか否かの危機となった。なんとか存続できたものの、その間に日本人が体験した悲劇は生半可なものではない。

ウクライナ紛争の中、ウクライナの人たちがたいへんな思いをしている。しかしそれは、かつて日本人が体験した悲劇とは、比べものにならない。待ちを焼き尽くすような空襲、広島・長崎への原爆投下、引揚げ、戦災孤児、占領、餓死、強姦、洗脳・・・。

多くの者たちが帰還できず、帰還した者も、多くを語らずに死んでいった。思い出しては、口に出していては、生きていけないほどの悲劇だった。


『幻の戦争マンガ』    矢口高雄 バロン吉元ほか

祥伝社  ¥ 1,485

埋もれていた名作が甦る!バロン吉元 木村直巳 矢口高雄 北川玲子 川島れいこ
  
「黒い隼」 バロン吉元
「銃後(15)の春」 木村直巳
「燃えよ番外兵」 矢口高雄・作画、小池一夫・原作
「かわいそうなゾウ」 北川玲子
「初恋の桜」 川島れいこ


『黒い隼』・・・「週刊少年サンデー」小学館、1973年1月14・21日合併号
『銃後(15)の春』・・・「ビジネスジャンプ」集英社、2005年9月1日号
『燃えよ番外兵』・・・「週刊少年チャンピオン」秋田書店、1971年7月12日号~11月8日号
『かわいそうなゾウ』・・・「まんがグリム童話」ぶんか社、2005年2月号
『初恋の桜』・・・「嫁と姑サスペンス」黒田出版興文社、2001年4月号

1970年代までは、戦争から帰ってきた人たち、戦争のことをよく知っている人たちが社会の第一線を引っぱっていた。だから、負けた戦争ではあっても、戦争を戦った日本の大義を社会は認識していた。マンガや映画にも、それが反映されていた。日本がアジアを侵略するために戦争を起こしたなどというデタラメが幅を効かすようになるのは、それらの人たちが第一線を退いてからだ。

それに、当時は、マンガは子どもの読むもの。子どもに戦争の悲惨さだけを印象づける必要もない。私はまさに、マンガと共に大人になってきたが、私の世代移行、大人もマンガを読むようになる。大人になってみると、ただ、格好いいだけの戦争マンガでは、当然物足りなくなる。

そのあたりが1970年代の《燃えよ番外兵》、《黒い隼》から、2000年代の《初恋の桜》、《かわいそうなゾウ》、《銃後(15)の春》の変化なのだろう。それに加えて、「女たちの戦争」という視点も加わっているようだ。

多くの戦争体験者は、自分の体験を語らずに亡くなった。それでも、40年前に比べれば、新たに明らかになりつつあることも多い。いまなら、より多角的な視点を持った戦争マンガが描かれてもいい。

『はだしのゲン』には、原爆を投下された直後の広島の、地獄のような様相を教えられた。ただ、著者の中沢啓治さんの戦争認識には、イデオロギーが反映されてしまっている。その点は残念だった。

新しく書かれる戦争マンガは、イデオロギーや偏った史観から自由なものであって欲しい。


テーマ : 漫画
ジャンル : 本・雑誌

『風流江戸雀/呑々まんが』 杉浦日向子

本屋で手に取り、ぺらぺらめくってみた。

絵には見覚えがあった。表紙に戻り、漫画家さんの名前を見る。“杉浦日向子”とある。名前にも覚えがある。覚えがあるが、思い出せない。最近、富みにそういうことが多くなった。別段、気にかけているわけではない。

カバーの折り込みに、杉浦日向子さんの写真とプロフィールが紹介されている。《ガロ》で漫画家デビュー。それで思い出した。杉浦日向子さんだ。《お江戸でござる》にも出ておられた。

若旦那の放蕩、長屋の夫婦模様など古川柳の世界を描き文藝春秋漫画賞受賞した『風流江戸雀』に併せ、小噺集「呑々まんが」を文庫初収録。

「たのしい。おいしい。ほほえましい」と、南伸坊さんの解説にある。

舞台は江戸時代の江戸町人の世界。数百年の時の開きがあれば、言葉だって言い回しだって大きく変わる。それでも、話す言葉が日本語であることは間違いない。伸坊さんは、次のように書いている。

《スジがわかるわけじゃない。ワケがわかるわけじゃない。いいねえ、この気分。いいなあ、この漫画の中の人たち。カワイイなあ、ばかだなあ、いいやつだなあ、ゆかいだなあ》

そう、なんとなく分かる。言葉も、それからものごとの感じ方も。同じ日本人だから、分かるんだなあ。


『風流江戸雀/呑々まんが』    杉浦日向子

ちくま文庫  ¥ 858

川柳の世界を描く名作に加え、全56篇初収録の小咄漫画
風流江戸雀
古川柳つま楊枝
ぶらり俳諧散歩まんが横の細道
吞々まんが


いいなあ。江戸時代と比べりゃ、今の方が圧倒的に便利なことは分かりきっている。だけど、江戸時代に生きた人にしてみりゃ、そんなことは知ったことじゃない。困難に直面した人を救う仕組みが確立しているわけじゃないから、思わぬ理不尽を受け入れなければならないこともある。でも、その分、小さな事に喜びを見つけ出す能力に長けている。ただ、人を大切にし、毎日を丁寧に生きている。

「くどかれて あたりを見るは承知なり」「朝帰り 首尾のよいのも 変なもの」町娘の純情な恋、すねかじりの若旦那、長屋の夫婦模様…川柳を引用しつつ江戸の日常を短編の中に見事に描き出し、1988年、文藝春秋漫画賞を受賞した『風流江戸雀』に加え、江戸を舞台に、手書きの吹き出しで、一話を5~7コマでのびのびとユーモラスに描いた『吞々まんが』全56篇を文庫初収録。

そう、味のある川柳を主題にして、それが詠まれたと思われる状況を漫画が描き出している。男と女の機微だったり、色気を感じさせる川柳が多い。また、江戸庶民の生活を描いたものもあった。俳句とか川柳とか、詠まれた状況を言葉で説明するとなれば、これはかなり厄介なことになる。それが漫画になると、絵一つが多くを物語る。たとえば、次の川柳は、どんな絵を想像する?

《四角でも 炬燵は野暮な ものでなし》

《揺りおこす 手をたたかれる あじけなさ》

なんとなく分かるような気がする。でも、次の川柳はどうだろう。

《二日の夜 浪のり船に 楫の音》

これを、たった四ページで、見事に悟らせる杉浦日向子さんの感覚はすばらしい。他の本も読んでみたくなった。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『深夜食堂 23』 安倍夜郎

そうめんほど、始末のいい食い物もない。

第314夜、マスターが出してきたそうめんは、多めの青ネギとおろし生姜を乗せて、自家製のつゆをかけたもの。量はそうめん猪口に一杯だから、かなり少なめ。「〆にちょうど良い」という人もいれば、真由美ちゃんに言わせると、余計に食欲をそそられてしまうようだ。

用意した昼ごはんがちょっと軽すぎるような気がするときは、お椀に軽く一杯のそうめんを汁代わりに出すとちょうど良い。寒い時期には、よくにゅうめんにして出していた。片栗粉でとろみをつけると、溶き卵がほどよく固まって、おいしくて暖まる。

これからは冷たいスープにそうめんを入れて出すといいな。“オクラの冷たいスープ”、“モロヘイヤの冷たいスープ”、“きゅうりと茗荷の冷たいショウガスープ”なんてところに、そうめんを入れてね。

どうもそうめんは、それだけで一食とするよりは、軽い丼物のおつゆとして出した方が似合う気がする。

マスターは、海苔の佃煮やたらこなどで和えたそうめんを出したりもしている。私はたくさん食べる方なので、当たり前に、おつゆにつけてそうめんを食べていると、どうしても途中で飽きてしまう。以前は、飽きたらおつゆにごま油を落して、味を変えたりしていた。でも限界がある。

そこで私も、マスターのような工夫をするようになった。テーブルで、自分で盛り付けて、たくさんの薬味から好きなようにトッピングして食べる。準備するのは、大根おろし、胡麻、焼き海苔、ネギ、茗荷、納豆、オクラ、焼きなす、それからトマトを刻んでオリーブオイルと塩で和えたソース。

お椀にほんのちょっぴりそうめんを入れて、何でも好きなものを乗っけて、ほんの少しおつゆをかけて食べる。トマトソースは、それだけで十分だけどね。“わんこそうめん”と呼んでいる。これは本当に楽しいよ。

お寺の次男坊の塚田くんが、お通夜の帰りに深夜食堂によって、そうめんをすすっていた。この塚ちゃん、じつはジュンちゃんの務めるゲイバー《紫の上》のお客さん。もちろん深夜食堂に、性的マイノリティへの偏見なんてない。



『深夜食堂 23』    安倍夜郎

小学館  ¥ 897

「ビッグコミックオリジナル」の大人気作品『深夜食堂』、待望の最新巻登場
第310夜 タコさんウインナー
第311夜 刺身こんにゃく
第312夜 八宝菜
第313夜 ザーサイとメンマ
第314夜 そうめん
第315夜 油淋鶏
第316夜 ラーやっこ
第317夜 青唐辛子の味噌漬け
第318夜 えのきのステーキ
第319夜 里芋の鶏そぼろあんかけ
第320夜 しょうゆマヨスバゲッティ
第321夜 とろろ昆布かけ湯豆腐
第322夜 板わさ
第323夜 七草がゆ


めったに日本酒は飲まない。

ついつい飲み過ぎちゃうのもそうなんだけど、やっぱり焼酎の方が安上がりだからね。でも、たまには呑みたくなる。そういう時は、なにかしら、酒に合う肴を用意する。正月を少し過ぎると、スーパーで紅白のかまぼこが安く売られることが多い。それを迷わず手に入れ、日本酒を買って帰る。板わさで一杯だ。

第322夜、マスターが出した板わさは、ずいぶん分厚く切ってある。客はわさびを醤油に溶かず、かまぼこに乗せて醤油をつけて食べる。そのあと猪口を口に運ぶのだが、この猪口が小さい。

以前は、冷やを湯飲み茶碗に注いで呑んでいたが、私も最近は、猪口で飲む。ちょこちょこ呑む。一合徳利でちょこちょこ呑むのがいい。だけど、残念ながら、うちには一合徳利がない。二合徳利だ。二合徳利のおかわりで終わればいいんだけど、ついついもう一度、おかわりをしてしまう。

“おかわり”とはいっても、連れ合いに頼むんじゃないからね。自分でつけてくるんだよ。もう一回おかわりすると、最近はもう、飲み過ぎなんだな。境目は、五合にありそうだ。

年配の坂上さんは、箱根駅伝の隣で走る。時々そういう人がテレビに映ることがある。一度それをやったら、幼なじみのミサコちゃんが連絡をしてきてくれた。ミサコちゃんは病気で入院してて、そのミサコちゃんに見せるために、坂上さんは走っている。そうそう、映らないのに。

箱根ランナーの向井くんが、坂上さんに嚙みついた。向井くんは四年の時に初めて箱根を走り、肉離れを起して棄権した。このあと、この二人は、気持ちを通じさせた。でも、その年、坂上さんは箱根を走らなかった。年末に、ミサコちゃんの訃報が届いたんだという。

向井くんが、暖かくなったら、箱根を走りに行きましょうと、坂上さんを誘った。

男と女は面倒だ。性を介さなければ、人は性別も年齢も乗り越えてつながることができるのに。面倒だけど、性を携えて、面倒な人生を生きていくのが人間だな。

また、今回も、いろいろな人が、深夜食堂にやってきた。


 

テーマ : マンガ
ジャンル : 本・雑誌

『はらぺこ万歳 おかわり』 たかぎなおこ

なんだかこの絵に記憶があって、調べてみたら、ずいぶん前にこの人の本を読んでいた。

『良いかげんごはん』という本。二〇一六年の本だな。『はらぺこ万歳』の最初の巻はさらにその前、二〇一四年に出されれている。『良いかげんごはん』を読んだとき、次のような感想を書いている。

《この本のテーマは、“食い意地”。分かるんだ。この女。私と同じ趣向を持った人間だ。所詮、人間には二種類しかない。“食い意地”が張っている人間と、そうでない人間だ。この本を書いた人も私も、もちろん、“食い意地”の張っている人間だ。与えられた、許された条件の中で、少しでも“美味く”メシを食おうとする。その、《少しでも》という部分に、他人から見れば、バカバカしいほどの情熱を注いでしまう。そういう種類の人間だ》

その『良いかげんごはん』のあとがきの部分に、結婚されたことが明らかにされて、その時の状況では、連れ合いの方との生活感覚とのズレから、なかなか本来の“食い意地”を発揮できなくなっていたようだった。そこ状況に対して、私は次のように書いている。

《やっぱり女は大変だよね。・・・でも、私、知ってます。同時に、女は、・・・強い。いつまでも、このままではありえない。じきに、二人分の〈良いかげんごはん〉が、とある所帯に成立していくことだろう》

すごいな、私。・・・どうやら、ことは私の予測した通りに進展したようだ。


『はらぺこ万歳 おかわり』    たかぎなおこ

文藝春秋  ¥ 1,210

家族ご飯はじめました。おろしも満載の「おいしい!」が詰まったコミックエッセイ
はじめに
1皿目 はらぺこ夫婦の2人暮らし
2皿目 はらぺこ家族の3人暮らし
あとがき

どうやら、連れ合いの方、「B級グルメ好き」、「ビール好き」、「野菜好き」、「刺身好き」、「炭水化物好き」、「肉好き」、「辛い物好き」と、食の面では様々な共通点があったようだ。

それでもなぁ。お互いの四〇代での初婚となると、自分の生き方を完成させてしまっている。完成した生き方を、一部分だけ崩していくだけでも、かなり難しい。結婚当初、本来の“食い意地”を発揮できなくなっていたのも、そこに原因があるだろう。

しかし、作者は、見事にそれを乗り越えた。偉い。それも、どちらかと言えば、作者が折れるのではなく、“食い意地”を発揮することの素晴らしさに、連れ合いとなられた方を巻き込んでいった。それが、なにより偉い。

それよりも幸運だったことがある。

東京生まれで東京育ちの連れ合いの方、大学は自転車で一五分、会社も家から通える範囲で実家を出たことがない。四〇年間人の作ったものを食べて生きてきた人が、自分でやってみたら、料理にはまった。

結婚当初から、進んで料理をしてくれる人だったらしいが、作者の妊娠が判明し、つわりで苦しむ姿を見て、愛する妻に少しでも食べさせようと努力するようになった。それがきっかけになったのか、“やる気スイッチ”が入ったかのように、料理にはまった。

作者も正直に、「うれしい誤算」と書いている。

これで一気に、“食い意地”全開・・・、なんて行くはずがない。なにしろ子供が生まれるんだから。

だけど、作者の姿勢は崩れない。乳飲み子を抱えながらも、与えられた、許された条件の中で、少しでも“美味く”メシを食おうとする。その、《少しでも》という部分に、他人から見れば、バカバカしいほどの情熱を注いでしまう。それこそ、この人の真骨頂。

まったく目が離せない、手も離せない数ヶ月。“与えられた、許された条件”も、思い切り削り取られた中で、作者がどうやって“食い意地”を発揮したのか。いくつかの工夫が書かれている。

じつは一週間前、息子のところに子供が生まれた。予定より四週早く生まれてきた。その息子夫婦に、片手で食べられるものを準備しておくよう勧めよう。

そんな時期を乗り切って、娘さんも幼稚園に通い始め、連れ合いの方のお母さまと同居するようになり、ここでいよいよ食い意地全開。

なんだか、マンガで綴った日記のよう。マンガが描けるってうらやましいな。



  

テーマ : マンガ
ジャンル : 本・雑誌

『スタミナ深夜食堂』 安倍夜郎 左古文男

子どもの頃、豚のバラ肉を醤油で焼いて汁ごとキャベツの上に乗せたおかずが、なにより一番食べたかった。

一人あたり、バラ肉は二枚くらいしかなかった。だけど、肉一枚でご飯を茶碗に一杯、計二杯、それから焼き汁のかかったキャベツでもう一杯、皿に残った汁だけでさらにもう一杯ご飯を食べた。世の中にこれ以上のおかずがあるとは、とても想像がつかなかった。だけど、めったに食べさせてもらえなかった。

経済成長の余波が田舎にも及び、徐々に家計にも余裕が生まれて、肉の枚数も、おかずになる頻度も増えていったが、五歳上の兄は、肉は二枚まで、ごくたまにしか食べられない状態で、子ども時代を終えてしまった。

そんな兄が大人になって、就職をして、安定した収入を得るに及び、彼は自由に肉を食べられるようになった。自由に食べられるようになると、食べたくて食べたくて溜まらないのに我慢しなければならなかった日々の記憶が、彼を肉喰い妖怪に変えてしまった。

自然と肉が食べられるようになった五歳年下の弟と違い、実際、兄の肉の食べ方は、異様に見える。いつ行っても、義姉に叱られつつ、たいてい肉を食べている。あの肉好きは、子どもの頃に我慢をしなければならなかったことからの、反動に違いない。

「義姉さん、喰わせてやって下さい」

学生の頃、次兄とアパート暮らしをしていた時期がある。不摂生が祟って風邪をひいたのか、微熱があって身体がだるい。次兄に言うと、「駅前まで行って、飯を食おう」ということになる。“喰って直そう”というのは、私たちの信念みたいなもので、身体の不調は栄養のあるものを食べれば直ると思い込んでいた。

震えを感じる身体に毛布をかぶって駅前まで歩き、いつもラーメンライスしか頼まない中華料理屋に入る。「おごるからな」という次兄に、だったら今日は、ラーメン大盛りにライス大盛りにしようかと思っていたら、次兄が勝手に注文した。

「レバニラ炒め定食にたまごスープ」

次兄がそこまで私のためを思ってくれていると、私は懸命に涙をこらえた。


『スタミナ深夜食堂』    安倍夜郎 左古文男


小学館  ¥ 1,210

スタミナ料理の名店案内+名作マンガで2倍“おいしい”滋養強壮グルメガイド
書き下ろし「スタミナ深夜食堂」
第一章 魚介料理の名店
第二章 スタミナ食材の名店
深夜食堂 第237夜 カツオのたたき
深夜食堂 第168夜 とろろごはん
第三章 肉料理の名店
明日もまた頑張れる スタミナ回復対談
深夜食堂 第9夜 カツ丼
深夜食堂 第270夜 ビフカツ
深夜食堂 第175夜 トンテキ


食べ物のことで次兄に泣かされそうになったのは、じつはその時が二度目だった。東京で一人暮らしを始めた次兄は、一人でアパートを借りるだけの余裕が家になかったので、井の頭公園近くのお宅に二食付で下宿していた。大学受験の二週間ほどの間、私もそこに転がり込んだ。

都内の大学を五つ受けたのだが、その二週間の前半は大学の下見。吉祥寺から反対側の電車に乗ってしまって見覚えのある山で間違いに気づいたり、飯田橋を目指して山手線をぐるぐる回ったりと大変だった。最初の受験日が近づくと、緊張してしまって、なんだか東京に怖じ気づいていた。

受験前日、次兄は下宿の夕飯を断わって、外にご飯を食べに出かけた。ラーメン屋かなと思っていたら、なんととんかつ屋。とんかつ屋でご飯を食べるのは生まれて初めてで、おどおどしていたら、次兄も初めてだったという。

この時、とんかつに辛子をつけて食べるのを、始めて知った。肉を噛んだときのサクッという食感、まずはソースと辛子の風味に刺激され、続いて肉のうまみが口いっぱいに広がる。あんまりうまくって、涙が出そうになった。四〇年以上前のことであるが、あのとんかつの味は、今でもはっきり憶えている。

鰹タタキ、鰻重、鰻の串焼き、牡蛎のバタ焼きに牡蛎フライ、アジフライ、場外丼、かき揚げ丼、とろろ、ホルモン、鯨、レバ丼、鶏カラ定食、にんにくホイル焼き、カツ丼、餃子にニラレバ、ビフカツ、トンテキ。

そんなスタミナ重視のグルメガイドと深夜食堂のコラボ本とでも言えばいいのかな。

この本の話が持ち上がったのは昨年二〇二〇年の二月だったそうだ。“中国”が感染症の蔓延を隠しきれずに、ようやく情報を流し始めた頃だな。

当時の状況でも息切れしていたお店、後継者のない年配者が経営するお店の多くが、その後の緊急事態宣言下に、店を閉めざるを得なくなる。そんなこともあって、この本は先に回され、二〇二一年三月三日に日の目を見たものの、今や第四派真っ最中。

まだまだ青息吐息のお店も多いだろうけど、そんな店を応援したいという気持ちもあって、あえて世に出された本だろう。“あとがき”で「どうしても食べたくなったらマスクをして、来て」と言っているけど、飲食店の方々は、本当にきびしいね。

感染症の流行で身体はもちろんだけど、心のスタミナも失いがちな人も多いだろう。


「何があったか知らないけど、とりあえずうまいものを喰えよ」というのが、この本の落ち着き処。身体だけじゃなく、心の不調も、やはり、栄養があるものを食べれば直る。そう、私も信じている。

 

テーマ : 漫画
ジャンル : 本・雑誌

『深夜食堂22』 安倍夜郎

3年前だったか。

当時3歳だった孫を、イチゴ狩りに連れて行った。2号が生まれる前だったから、孫とその両親、私たち夫婦と息子(孫のおじちゃん)の6人で、車2台で出かけた。おいしいイチゴで、孫も喜んで食べた。じいちゃん、ばあちゃんは、孫が喜んで食べてくれるのが嬉しいばかり。母親は、途中から止めにかかった。だけど、そのはじめてのシチュエーションも刺激になったようで、孫の手と口が止まらない。

孫のおかげで、十分すぎるほどに元を取って、帰途についた。私の車に息子と孫、妻の車に娘夫婦、私は息子と「お昼を食べる余力はないね」なんてことを言いながら、家に向けて運転していた。後部座席でチャイルドシートに座っている孫が、珍しく静かだった。

「じいちゃん、気持ち悪い」という孫の言葉の直後、それは突然始まった。

孫が、口から噴水のようにイチゴを吹き上げた。そこそこ交通量のある道路で急停車するわけにも行かず、私はイチゴの噴水を頭に浴びながらも、すぐに目についたコンビニの駐車場に冷静に車を入れた。息子に、もう一台にも救援を頼んでもらい、私は孫を抱き上げた。

イチゴを吹き上げた孫は、すでに気持ち悪さから解放され、すっきりしたような顔をしていた。応急処置の後、家に帰ってからぞうきんで車内をきれいに拭き取った。しかし、甘酸っぱいイチゴの香りは、しばらくの間続いた。

《イチゴと練乳》という話がある。ついてない男と、不幸を背負った女が、深夜食堂で出逢う。占い師のユキちゃんが言った。「マイナスとマイナスが一緒になるとプラスになるのね」

みんなの愛情を独り占めにしていた孫は、2号が生まれて以降、図々しい妹を持ってしまった自分の不幸を嘆くようになった。孫1号に、幸多かれ!


『深夜食堂22』    安倍夜郎

小学館  ¥ 897

心とお腹を優しく満たす珠玉の全14話に舌鼓を打ってください
ドライカレーと福神漬け煮込みハンバーグ
おでんのじゃがいも白菜のとホタテのクリーム煮
イチゴと練乳かき餅
親子丼のあたまカツサンド
ホーレン草とツナの和え物ゆかり
さば缶鯛づくし
深川めし豚バラ串と柚子こしょう


どんなに集中して頑張っても、全くゆがみのない円、真円を書くことなんか出来ない。それは、イデアの世界にしかない。魂はイデアの世界を知っているのだ。しかし、肉体という借り物に閉じ込められたせいで、そのたしかな姿にたどりつくことができず、もどかしい思いで、イデアを追い求めている。

その肉体というのが、実に厄介な存在で、あんまり歪んでいるものだから、魂がイデアを求めてるなんて、到底考えられないような人もいる。仕方がない。歪んでいるのは肉体であって、魂に罪はないと信じよう。

歪みの理由は、いろいろとある。ギタリストの幸田さんは、若い頃の相棒が、実は大嫌いだった。ダメ男の啓太郎は、子どもが子役で売れてステージパパ気取りで、自分の仕事はほっぽり出す。単身赴任中の神尾さんは、単身赴任中。自分に好意を持ってくれているシングルマザーに、単身赴任中の2年間だけ付き合ってくれと言い出す。

歪んでるな~。

嫉妬だったり、妬みだったり、金だったり、性欲だったり、肉体という借り物に閉じ込められているがゆえに、その魂までが、自分が理想を追い求めていることを忘れてしまっている。

若い頃は苦しかったが、歳を取ると共に楽になることもある。むやみな性欲に悩まされずに済むようになることも、その一つ。まったくなくなるわけでは無いんだけど、楽になる。

周囲の人間への嫉妬心も、もはや煮えたぎるようなものはない。優れた能力や経済力に恵まれた者を羨ましいとは思うが、だからといって、還暦ともなれば、どちらにしても似たり寄ったりになる。何とか生活が成り立つ程度の金があれば、それ以上欲しいとも思わない。金の力を振り回す奴に出逢うと、むしろ哀れになる。

大きな間違いを犯さずにここまで来たが、それがよかったのかどうかは、分からない。間違える方が人間らしいのかも知れない。その方が、人間として、奥行きが生まれるかも知れない。・・・ただ、いずれにしても、面倒くさいけど。

相変わらず、深夜食堂にはいろいろな男と女がやってくる。みんなそれなりに歪んでる。歪みを隠そうともしない人もいる。そうかと思うと、イデアなんてものとは関係なく、ホッとするような人たちも登場する。

たとえば、AV女優の舞華さん。不幸にもめげず、健気に生きている。たまたま妊娠した子どもを、相手にも報せず、バイセクシャルのパートナーと一緒に育てていこうとしている、ライトノベル作家のアリサさん。

そんな人たちを見ていると、イデアなんか関係なく、思いやりを持って、幸せを求めることの大切さを再認識してしまう。イデアをが存在するなんて思うことが、人を不幸にするのかも知れない。

だいたい、プラトンは・・・


テーマ : マンガ
ジャンル : 本・雑誌

『深夜食堂 21』 安倍夜郎

自分を捨てた母親が、大人になってから突然現れたら、どんなだろう。

今の私は仕事も引退した身だから、まあ、大抵のことは受け入れられるけど、大人と言っても20代の後半くらいだったら・・・。正論吐いて、理論武装とか言ってる鼻持ちならない若造だったら、どうだろう。

きっと、とち狂って暴れただろうな。

私が36歳の時に母は死んだけど、その時、母は66歳だった。母が死んだときの歳まで、もう何年でもない。なんだか変な感じだな。もう、今は、深夜食堂に通ってくるようなヘンテコな奴ら、みんな、「頑張れ、頑張れ」って、応援しているよ。

ケチャップで味をつけたチキンライス。真っ赤っかだよね。あれ、私の母は、あれがチャーハンだと思ってた。チャーハンだよって、私に食べさせた。もちろん私も、ずいぶん大きくなっても、あれがチャーハンだと思ってた。高校の山岳部で、チャーハン作ることになって、自分の間違いをはじめて悟った。

私がチャーハンに目覚めたのは、たしか桃屋だったと思うんだけど、《ちゃんとチャーハン》でチャーハンを作ってから。「これでいいんだ」と悟って、しばらくの間、チャーハン生活を続けた。《ちゃんとチャーハン》は、私を一度で悟らせてくれた。だから、一度しか買ったことがない。

なんだか、無性に、あの真っ赤は“チャーハン”が食いたいな。

チキンライスって言ったって、子どもの頃に肉屋にお使いに行かされたけど、鶏肉を買ってこいと言われた記憶がない。鶏肉を食べた記憶は、卵を取るために飼ってた鶏が、卵を産まなくなると、締めて食べちゃうんだけど、その記憶しかない。肉、豚肉だけど、肉そのものも、いつもいつも食卓に上るものでもなかった。

カレーには、ソーセージが入っていることもあった。きっとチキンの代わりにソーセージ使ってたな。よし、明日作ってみよう。

母親に、遊園地に置き去りにされて、養護施設で育った“赤井さん”は、母親のチキンライスの味を覚えていた。今はお金持ちになった“赤井さん”がテレビに出たことがきっかけで、“赤井さん”は母親に会うことになる。

深夜食堂に“赤井さん”を訪ねてきた母親を、一度はたたき出した“赤井さん”だけど、あとで自分から母親を探し出したのは、やはり、チキンライスの味を覚えていたからだろうな。



『深夜食堂 21』    安倍夜郎

小学館  ¥ 897

寒さの厳しい時期だからこそ心もじんわりあったっかくなるようなそんな食堂
第282夜 チキンライス
第283夜 タラの芽の天ぷら
第284夜 春キャベツ炒めペペロンチーノ風
第285夜 手羽先の唐揚げ
第286夜 カレーラーメン
第287夜 大根おろし
第288夜 トウモロコシの唐揚げ
第289夜 わさび漬け
第290夜 なすときゅうり
第291夜 塩焼きそば
第292夜 ネギトン
第293夜 レモンサワー
第294夜 ひじきの煮物 
第295夜 カキのホイル焼き
箸休め 節目だねぇ




でもなぁ、男と女のことに関しては、いや、女と女、男と男でもいいんだけど、・・・実際、そういう話もあったしね。芸能界とかの特殊な世界ならいいけど、ごく一般の世界では、まだまだ厳しい思いをしている人も多いんだろうな。高校の教員をやってて、実際そういう相談を受けたし、この子はそうだろうなって思ったことも何度かある。おそらくあまり外れてない。

そうそう、男と女の話。どうにもならない性ってもんがあるからね。そういう男なり、女なりにぶつかっちゃったら、それはもう運命っていうかさ、そういうものとして受け入れるしかないね。これって相手を決めたってことは、その時点ではちっとも嘘じゃないんだもの。真剣にそう思ってるんだよね。

ただ、あとから、もっといい相手が出てきちゃっただけでね。

そういう、どうにもならないものを持っている人かどうか、見極められればいいんだけどね。若いうちは、まず無理だし、歳を取れば直るってもんでもないし。

だけど、人生をなめてかかって、いつの間にか生活が崩れ始めて、まき直そうとしても、どうにもならない奴って、本当にダメね。高校生の段階でも、すでに崩れ始めているのは、たくさんいたよ。

クズには、ちゃんと、「クズ」って言って教えてやった方がいいんだ。ダメんなりたくなかったら、しっかり学校に通って来いって。もうしばらく、待っててやるからって。

何人かは戻ってきたけど、多くの奴は戻ってこなかったな。せっかく、カレーラーメンの味を、樺山くんに教えてもらったって言うのにね。橘くんはどうやらダメだね。

いつの頃からか、生徒に本当のことなんか、とても言えない状況になっちゃった。言うと、訴えられちゃうって。

兄貴が1年ちょっとで退学で、妹は最後まで頑張ったってケースがあったな。母子家庭で、お母さんがラブホテルで働いていた。同窓会に呼ばれて妹に聞いたら、兄貴はトラックの運転してて、子どもが生まれたって。絶対、浮気とか離婚とか許さないって、言ってあるとか。

大根下ろしに揚げ玉入れて、ごはんに乗せて、めんつゆをかける。おお、これきっと、間違いないぞ。執事喫茶の奥様が教えてくれたやつね。

そばにいる人を大事にして、真っ当にやってれば、きっといい死に方が出来ると思うぞ。



テーマ : 漫画
ジャンル : 本・雑誌

『翔んで埼玉』 魔夜峰央

7日の金曜日。仕事を休んで映画を見に行きました。クイーンの『ボヘミアン・ラプソディー』

友人がファンで、よく聞かされました。だから、曲はだいたい聞いたことがあります。連れ合いが行くって言うから、「だったら私も・・・」っていう程度で行っただけなんです。

なのになんだ❢ 涙が止まらない。恥ずかしいよ。涙が止まらない。

そんな思いをした映画館で、見つけてしまいました。来年2月22日に封切りになる映画のポスター。「えー、こんなの映画にしてもいいのかよ」と、心の中で叫びました。その映画こそ、『翔んで埼玉』です。

あまりの驚きに、引っ張り出して、再読してしまいました。「本当にこんなの映画にしていいのかよ。私は見るけど」

というわけで、一昨年の8月に書いたものですが・・・

『埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ
『私たちは牛じゃない・・・』
・・・
『サイタマラリアだ
・・・
『埼玉狩りだー

内容の一部が表紙に使われていて、そこに書かれているセリフね。・・・どうですか。私?私は埼玉県民ですが、遠慮なくおっしゃってください。なにしろ埼玉県民の私自身が、これらの衝撃的な言葉に、快感を味わっているんですから。

ページをめくってみれば、もっともっと刺激的な言葉が飛び交います。アッウッヘッ
っと、めくるめく世界があなたの目の前に広がること、間違いありません。
『翔んで埼玉』   魔夜峰央
宝島社  ¥ 756

我々は埼玉県民を見つけ出すための特殊訓練を受けているのです
翔んで埼玉 Part1
翔んで埼玉 Part2
翔んで埼玉 Part3
時の流れに
やおい君の日常的でない生活
埼玉県についての風土的考察
あとがきに代えての作者の身勝手な作品紹介

この漫画、むかし読んだことあります。いやー、面白かった。ここまで興奮したのは久しぶりです。しかも、この種類の興奮は癖になるんですよね。

かつて私も東京都内の“埼玉県民居留地”に住んでいました。都民からは「お前の話す言葉は分からない」と方言を蔑まれ、銭湯も都民の入浴時間とは別に設定されていました。許された入浴時間はわずかに5分。それを越えれば、裸のままでも路上に放り出されたもんです。

夜間は“居留地”から出ることができず、定められた時間内に“居留地”に帰らないと、それだけで都内生活パスを没収されます。“居留地”に帰りつけなかったある日、都民の家の敷地に潜り込んでいるところを見つかり、酔っぱらいをよそおってトラ箱に入り、なんとかごまかすことができました。

私より一年遅れて“居留地”暮らしを始めた幼なじみは、都民の娘に恋をした。あれほど「あきらめろ」と言ったのに、都民の娘を埼玉に連れて行こうとしたところで都民の娘が豹変したもようです。あれからどうしたろうか。都民の娘は、その後、何事もなかったように都民の男性と結婚したという噂を聞きましたが・・・。幼なじみの消息は、それきり知れません。
魔夜峰央さんは、一時期、所沢にいたんですね。そこで、『翔んで埼玉』三話を書いたみたいです。ところがそこで、埼玉脱出に成功し、横浜に居を構えた。埼玉で『翔んで埼玉』を書く分には感じなかった良心の呵責も、横浜で『翔んで埼玉』を書こうとすると魔夜峰央さんの心を苦しめたんですね。

そんなんがあるかー描けー描いてくれ-『犬以下の埼玉県民』となじってくれ- 

秘境埼玉。そこに住む埼玉県民から、「埼玉じゃない」と仲間はずれにされ続けた秩父。いまだに、「北部、南部、秩父」とわけの分からない分類をされる秩父。埼玉県民から埼玉県民と名乗ることを許されず、「秩父原人」と名乗ることを強いられた秩父生まれの私ではありますが、お願いです。四半世紀以上の時空を超えて、この先を描いてもらえないもんでしょうか。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 漫画
ジャンル : 本・雑誌

『猫なんかよんでもこない4』 杉作

実業之日本社  ¥ 972

ブキヨウさにニヤニヤ、ゆるゆるなごんで、最後にホロリ。大人の実録猫マンガ
漫画です。

七年前、高三の娘が子猫を拾ってきた。学校帰りの娘の自転車の前に、ミィミィと泣きながらヨチヨチと歩み出たらしい。どうやら入れられていた紙袋から這い出したらしい。生まれたばかりの黒猫だった。

娘は幼い頃から色々な生き物を拾ってきた。雀の子や、燕の子、トカゲや昆虫類にミミズ、ダンゴ虫。いつも言っておいた。「猫や犬は絶対拾ってくるな。うちでは飼えない。」子猫を胸に抱いた娘が私に言った。「私が拾おうとしたんじゃない。この子が私に拾われようとしたんだよ。」「・・・」

三日で私は子猫の虜になった。この本の表紙の黒猫は、ミィミィ(うちの猫の名前)の小さい頃にそっくり。そして私は、この本の虜になりました。主人公の杉作の猫に対する態度が、ミィミィがうちにやってきた頃の私にそっくりだったから。その通り、“猫なんかよんでもこない”し、呼ばないのに、かまって欲しかったり、腹が減ったりすると寄ってくる。こちらの都合にはお構いなしに。

朝、明るくなって腹が減っていると、「ちょっと、ちょっと」と私の顔に触ってくる。無視して朝寝を決め込むと、顔にスリスリしてくる。それでも無視していると、ドスンと私の顔に横倒しになって、自分の腹で私の口と鼻をふさぐ。熱帯夜を過ごした夏の不快な朝にこれをやられると、これから始まる一日を台無しにされたような気分になる。

主人公杉作(作者ご本人のようだが)が猫に翻弄されながら、猫の世話をするようになり、「猫なんかよんでもこない。まったく勝手な生き物だ」なんて言う頃には、すっかり猫に支えられている。かつて自分にあった変化を、追体験するようにこの漫画を読んだ。ただ・・・、最後は涙を流した。みなさんも気をつけてお読みください。

実業之日本社  ¥ 972

クソッ 猫なんか好きになったばっかりに!
その第二弾が出ました。著者の杉作さんは、まだ漫画家を続けていました。前作、猫を買うことになるなんて思ってもいなかった私が、おそらく世界一の猫の下僕になり下がった私自身を重ね合わせながら読んだ。笑いながら読んだ。そこに油断があった。ラストでは涙が止まらなくなった。ボロボロだった。さて、今回は・・・

もうすぐ八年になるミィミィとの暮らし。高校三年だった娘は美大を出て、えっ、なになに?張り子職人?なんだそれ?食っていけんのか?とか言ってたら、卒業もしてないのに結婚? じぇじぇじぇじぇじぇ(あまちゃん)・・・たまげている間もなく挙式。娘のいない生活にもそろそろ慣れてきたかと思ったら、えっ、子供ができた?・・・・・・・・あ~あ、八年もたつのか~。

八年も一緒にいれば、そろそろなんでも分かる。まったく、年とともに愛想はなくなってくるものの、めんどくさ可愛いのは相変わらず。小さい頃に、一晩、一人にして帰ってきたら、血尿出してた。それ以来、家をあけたことはない。

猫を拾ってきた娘は、勝手に嫁に行っちまったけど、ミィミィ、ずっと私めがお仕えさせていただきますので、どうぞ、心安らかにお過ごしください。

第2巻も面白かったよ。ちまたの大ボス“キャハン”。死んじゃったクロの親友だった“ハイイロ”、野良との関わりは難しいね。もしかして、“ハイイロ”は死んじゃったの?大家さんちのデカ犬の“デカ”、大家さん死んじゃってかわいそうに。アパートの新住民“クー”。そして、もしかしたら新しい家族?捨て猫の“ポコ”。それ以上に興味深いのが、杉作さんの私生活。これって本当?

今回は、心ならずも泣かされるような展開にはならなかったけど、ペットとの付き合いって、遠くない将来の別れをいつも秘めたものだから、せつないですよね。杉作さんの猫との向き合い方にも、真正面から向かい合っている感じがして、全編に哀愁が漂っています。そのへんが魅力かな。 

クロは死んじゃったけど、チンコは杉作さんと元気に生きてた。とにかく、まだまだ話は展開しそう。

実業之日本社  ¥ 972

猫の一生は短い。だから覚えておこう。なにもかも。猫好き必読 感動の第3巻!
結局、拾い猫のポコも家族になっちゃったんですね。分かってました。本当は、誰よりも杉作さんが一番わかっていたはずですよね。

そしてウメサンまで家族に加えちゃって・・・。うらやましい。でも、新居に引っ越して、チン子がちょっとかわいそう。“猫は家につく”っていいますからね。

でも、しょせんはペットとしてしか生きられない生き物。どこまで折り合いをつけてやれるかってことですよね。チン子だってそう。少しずつ、少しずつ、ポコの存在に折り合いをつけていった。

うちのミィミィも、早いもので、もう九歳。拾い主の娘が、この間、孫を連れて帰ってきました。はじめて自分より格下を迎えたミィ。

ミルクの匂いがたまらなかったらしく、真近に寄って“ジッ”と・・・。危ない。危ない。

最後の場面、切ないね。猫は背中でモノを言うからね。どうなるんだろう、このあと・・・。


実業之日本社  ¥ 972

ときには泣きながら、ときには笑いながら、オレたちはいつも一緒だった。
第1章 新生活
第2章 シャー‼
第3章 ただならないムード
第4章 ヤブ医者
第5章 チン子、ボスになる
第6章 行方不明
第7章 今までとちがうの
第8章 赤ちゃん
第9章 あきらめの後ろ姿
第10章 最後のお別れ
最終章 ときには泣きながら ときには笑いながら


第4巻を読まずにいました。本屋さんに行っても、なんとなく忘れてて、視界にあっても、意識に上がりませんでした。4年も前にこのシリーズは終了してました。

クロとチン子から始まった話も、一つの幕切れを迎えたわけです。そう言えば、分かっていただけると思います。クロに続いて、チン子も。・・・そういう事です。

チン子は17歳だったそうです。うちのミミ、・・・本当はミィミィなんだけど、ついつい縮まってしまいます。ミィミィは17歳ですね。何かと生き物が目の前に飛び出してくる娘に拾われて、「だめだよ!」「ええ、だって~」「そんなこと言ったって」「・・・そこをなんとか」ってことで、・・・あれからもう12年。

その間に、6人家族が2人に減って・・・。もとい、6人と1匹家族が、2人と1匹家族に減ってしまいました。時は、移ろうんですね。

今年の夏でしたか、家猫のミィミィが脱走したことがありました。それは珍しくないのですが、その時は、一晩、帰って来ませんでした。そういう脱走が、今年の夏だけで、2回続いたんです。このまま、・・・そんなことも考えました。

それから、息子が家を出てからだから、2年半になりますが、あちこちにおしっこをするようになって、連れ合いをイライラさせてます。いろいろと工夫を重ねてブロックしておりますが。

ミィミィの寿命も気になりますが、逆に、ミィミィを残して私たちが逝く訳にもいきませんので、とりあえずは、こっちが元気で頑張らないと。・・・そんな日常を楽しんでいる2人と1匹家族です。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください

スクリーンショット 2024-01-25 135720
腹を探れば世界の動きがよく分かる!
知れば、もう騙されない!
変化の激しい時代だからこそ、変わらぬ原理・原則を見抜け!
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本
スクリーンショット 2024-01-04 093839

この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。

スクリーンショット 2024-01-04 093904

中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。

スクリーンショット 2024-01-04 093932

高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。

スクリーンショット 2024-01-04 101026

今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
スクリーンショット 2024-01-05 142731

スクリーンショット 2024-01-06 021227

スクリーンショット 2024-01-06 032248

スクリーンショット 2024-01-18 143105

スクリーンショット 2024-01-18 143445

スクリーンショット 2024-01-18 143650

スクリーンショット 2024-01-25 134638

スクリーンショット 2024-01-25 135025

スクリーンショット 2024-01-25 135252

スクリーンショット 2024-01-25 135418

スクリーンショット 2024-01-25 135540

スクリーンショット 2024-01-29 090133

スクリーンショット 2024-01-29 090446

スクリーンショット 2024-01-29 090655

スクリーンショット 2024-02-15 131650

スクリーンショット 2024-02-15 131850

スクリーンショット 2024-02-15 132226

スクリーンショット 2024-02-15 132416

スクリーンショット 2024-02-15 132605

スクリーンショット 2024-02-15 132740

スクリーンショット 2024-02-15 132951

スクリーンショット 2024-02-22 120032

スクリーンショット 2024-02-22 120254

スクリーンショット 2024-02-22 120959

スクリーンショット 2024-02-22 121156

スクリーンショット 2024-02-22 123949











































































スクリーンショット 2024-01-25 135720

検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事