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若者言葉『日本語の奥深さを日々痛感しています』 朝日新聞校閲センター

分からない言葉は、辞書で引いて調べた。

そういう世代。だけど、“若者言葉”というのは、そう言うのとは違う。自分が若い頃にも、“若者言葉”などと言うものがあったんだろうか。まあ、仲間内で通じる“隠語”のようなものは存在したが、それを楽屋の外では使わない。

自分が若者と言われなくなった頃、若い連中の話す言葉に、分からないものがあることに気がついた。高校の教員をしていたから、そういう言葉に触れる機会は、他の“大人”より多い。よく、放課後の教室で、生徒たちにその意味を教えてもらった。

大半は一時的流行で、その言葉を使っていた人たちも、いつしか使わなくなる。だけど、その中のいくつかは、後々までその世代によって使い続けられるものもあるそうだ。その場合、年長者が、それに煩わされることはない。

さらには、その世代の間で生き残った言葉が、それに続く若い世代でも使われていく言葉もある。こうなると、年長者も、多少の影響が出てくることは間違いない。このあたりの言葉になると、私なんか、若者たちの話し言葉にイライラしてしまう。

さらには、若者たちが使う言葉が一般化してしまって、いつの間にか年長者も使っている。私はイライラを、世の中に向けることになる。そのくせ、ちょっと前まで「なんだ、その言葉は!」なんて怒っていたのに、いつのまにか、自分まで使うようになってしまっている。

“イライラ”以降の言葉でも、たとえ一般化しても、自分はまず絶対使わないだろうというものも多い。「ディスる」なんて絶対使わないな。これは、世の中であたりまえに使われるようになっても、なにを言ってるのかまったく分からなかった。『翔んで埼玉』を見て喜んでいる埼玉県民なのに。「なんで埼玉県民はディスられて喜んでるの?」って、なにを言われているか分からなかった。

だいたい、dis~なら、disarmだって、distrustだって、disableだって、いくらでもある。なのになんで、disrespectだけに限定してるの。わけが分からない。

だいたい、「ディスる」って、音が良くない。・・・ぼやくのは、このくらいにしよう。特定の言葉に「る」をつけて、特定の動きを意味するってのは、江戸時代からあったという。「ちゃづる」、漢字込みで書くと「茶漬る」。つまり、「お茶漬けを食べる」。「おい、〆にその辺りで、茶漬ってかえろうぜ」なんて酔っ払いが、お江戸の町を歩いていたかも。

「~る」言葉なら、私たちの時代にもあった。「江川る」、これは「ずるをして他人に迷惑をかける」こと。「田淵る」、これは「太り気味である」こと。「ジュリる」、これは「気取る」こと。「バドる」、これはバドリオ政権が連合軍に寝返ったように、「仲間を裏切る」こと。



さくら舎  ¥ 1,650

日常語・新語・難語から言い回し・使い方まで、ことばの最前線から、その核心に迫る
1 ことばは生き物。変身もする、盛衰もある(
2 ことばの最前線!新語が生まれるとき
3 知るたのしみ、使うたのしみ…語彙力で心豊かになる
4 ことばは物語をもっている。歴史の断面が語られる
5 語感、言い回し、使い方…日本語はおもしろい


最近は、人の顔色を気にしすぎることから生まれた、特殊な言葉の使い方を、多く耳にするような気がする。

この本の中で取り上げられているのは、「大丈夫です」という言葉。それを書いている校正員の方も、スーパーで「箸をおつけしますか」と聞かれたとき、自分が口癖のように「大丈夫です」と答えているのに気づいたという。・・・若い人だろうか。

本来、大丈夫は、「立派な男子」のこと。そこから、「健康であるようす、危なげないようす、心配いらないようす」の意味でも使われるようになる。

「箸をつけますか」もそうだけど、何らかのサービスの提供を申し出られたとき、何らかの勧誘を受けた時に、この「大丈夫です」が使われているようだ。

「箸をつけますか」「大丈夫です」・・・つけなくても大丈夫なのか、つけても大丈夫なのか。

「コーヒー、お注ぎしましょうか」「大丈夫です」・・・注いでいいのか、悪いのか。

「飲みに行こう」「大丈夫です」・・・行くのか、行かないのか。

今の若い人は、人に迷惑をかけることに敏感で、相手から自分への働きかけに対して、「問題ありません」と気遣っている配慮が、「大丈夫です」と言わせているようだ。

だとすれば、一概に、“拒否”と受け取っていいのか。コーヒーはもう欲しくないし、飲みにも行かないのか。遠回しな断りなら、「結構です」という言い方がある。一時、強引なセールスに対して、「結構です」では、「結構」という言葉にある“満足なさま”と揚げ足取りをされる危険があると言う話があった。「いりません」って言った方がいいって。

だけど、サービスの提供や勧誘に対して、「結構です」は、「いりません」と同義。その、「結構です」にも、相手を突き放してしまっているように、若い人たちは感じてしまうらしい。それじゃあ、「いりません」とか、「行けません」と、はっきり断わるのは難しいだろうな。

校正員の方は、「相手を不快にさせないよう慎重な人が多い」で済ませているが、「大丈夫です」には危うさを感じる。若い人たちは、どこでそこまでの処世を身につけなければならなかったのか。

「・・・っとか」、「・・・って言うか」、「・・・みたいな」、これらの、なんだか曖昧な言い回しは、“とか弁”って言われるそうだ。

「オガワ製作所という会社から電話がありました」と伝えた場合、それが“トガワ製作所”だったら責任を問われる気がするが、「オガワ製作所とかいう会社から電話がありました」なら、責任を問われないような気がするらしい。

つまり、逃げ道を作っておかないと、不安なようだ。・・・いったい、誰に対して?

これって、心配してやった方がいいんじゃないだろうか。



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虎秀川周辺『秩父の地名の謎 99を解く』 髙田哲郎

先日、埼玉県飯能市の東吾野駅近くのパーキングに車を置いて、周囲の山々を歩いてきた。

まずは、東吾野駅から虎秀川を遡るように歩いて行く。虎秀川はここで高麗川に合流することから、落合という地名がある。虎秀川の両岸はすぐに山が迫っており、川沿いに、ずいぶん上流まで点々と集落がついている。集落の名前を落合から追っていくと、中居、虎秀、新田、間野と続き、しばらく途切れてその上に、阿寺という地名が見える。

この日は、中居から川の右岸を登り、虎秀山山頂に上がり、尾根伝いに阿寺に向かった。これがまた良い道で、なにより人がいない。人はいないけど、熊はいるようで、未消化の柿の種(煎餅ではない柿の種)が混ざった黒いウンコが登山道に転がっていた。

樹林に囲まれた低山ではあるけれど、植林や伐採の都合で、ときどき景色が広がるところがある。もとから山の中のことだから、景色が広がるとこれがすごい。良い場所なんだ。

ここは関東平野の終わるところだから、山を見るなら西側がいい。このルートでは西から南にかけての景色が広がるところがあり、秩父の山から埼玉と東京の境をなす長沢背稜はじめ奥武蔵の山々。南に目を向けていくと奥多摩の山と、その向こうに富士山が頭をのぞかせている。

関東平野から立ち上がる最初の壁は、南は日高市の日和田山に始まり、北は寄居町の釜伏山まで続いていく。ずっと、奥武蔵グリーンラインという舗装された道が走る。山襞はいくつもの谷や入に隔てられ、主立った谷や入には川沿いに集落が作られた。山はまさに生活の場だった。

そういった谷あいを谷津という。先日読んだ、『龍神の子どもたち』という小説は、とても面白い物語だった。都会からさほど遠くない龍神伝説を持つ山里が、ニュータウンとして開発されていく中での話だった。

ニュータウンに立つ都会的な住居に住む子どもたちと、谷津流という山里の旧住民の子どもたちが、同じ中学校に通う中で起こるさまざまな出来事を通し、地域の抱える問題に直面していく話。

ニュータウンに住む人たちと、谷津流に住む人たちが、まさに典型的な形で描かれる。谷津流地区はくみ取り式のボットン便所で、ニュータウンは水洗トイレ、もちろん腰掛け式。谷津流の子どもたちが、そのトイレの使い方が分からずに恥をかいたりする。ニュータウンの子どもたちは優越感を隠そうともせず、谷津流の子どもたちは劣等感に苛まれ、粗暴な行動に出る者もいる。それをニュータウンの親たちは、野蛮と非難がましく言い立てる。

学校でも対立することばかりの子どもたちだが、ある時、ニュータウンの子どもたちと谷津流の子どもたちが、一緒になって、地域が抱える本質的な問題に立ち向かうことになる。




埼玉新聞社  ¥ 1,210

秩父の地名は、一つ一つに秩父ならではの生活や文化、歴史が深く刻まれている
赤柴―河口・川沿いの水が運んだ石場から生まれた柴・芝地名
赤谷・赤屋・赤田・赤城―赤羽=赤埴と同様に赤い土の色から
阿熊―アグの付く地名の原点は“上ぐ”で高い所をいう
新志―新居・新井・荒井などと同様に、新しく開拓した土地
麻生―麻の自生地ばかりでなく、大方は湿地か大地の縁が崩れたところ
集人―狩人たちの祭祀の場
天沼―高知にある沼。または雨によって拡大縮小を繰り返す雨沼
新木―荒れ地を開墾する意味の古語「新墾」を残す地名
飯塚―飯を山盛りした形の飯盛塚を略したもの
伊古田―伊古田は類語をたどると池田にたどり着く
ほか


この谷津流という地域も、古くから水害、土砂災害と戦い続けてきた地域だった。そして先日、虎秀川にそった地域を歩いているとき、地域の掲示板に、《虎秀谷津》という文字を見た。おそらく、落合、中居、虎秀、新田、間野と続き、阿寺に至る谷筋を、《虎秀谷津》と呼ぶのだろうと思われた。

虎秀谷津の話ではないが、以前読んだ『埼玉の川を歩く』という本に、虎秀川より8キロほど北を、同じ尾根筋から流れ落ちる北川という川の話が載っていた。北川は、檥峠付近から流れ出し、西吾野駅近くで高麗川に合流する。その途中に全昌寺という寺がある。この境内のお地蔵さまは、昭和43年の大洪水で行方不明になった。この時、一人の子どもも流されたが、木の枝に引っかかり無事だった。、その後、夜になると、子どもが救出された川の付近から泣き声が聞こえるようになる。川底を掘ってみると、行方不明だったお地蔵さまが出てきた。

お地蔵さまは、子どもの身代わりになって、川に沈んでくれたと考えられるようになり、それ以後、「夜泣き地蔵」と呼ばれるようになったという。

虎秀川沿いの水害・土砂災害を現わす話というわけではないのだが、北川沿いの風景と、虎秀川沿いの風景は、本当にうり二つなのだ。

下流から地名を確認していくと、落合は川の合流部であることを意味し、合流により水量が増えることを意識させる。

中居は、ナカイと読むが、ヌクイからの転化の可能性がある。ヌクは“貫く”の意で、土砂崩れや山崩れがあった場所を現わす。

虎秀を飛んで、新田は新田開発を思わせるが、この山の中には田んぼはない。アラキダと読んで新しく開墾された畑を現わす場合もあるが、ニタはヌタと同じで、湿地や沢を現わす。

間野はマノと読むが、ママ、マメからの転化の可能性がある。ママは崩れたところや崖を現わす古語。

一番上部に位置する阿寺はアジと読む。アズからの転化の可能性があり、アズは谷川に沿った険しい崖か、土砂崩れのあった場所を現わす。実際、《阿寺の岩場》という、クライマーが訪れる岩場がある。

どこもかしこも、地形との戦いの場だった。

さて、飛ばしておいた虎秀だが、これが分からない。著者の、髙田さんの意見を聞いてみたい。



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『秩父の地名の謎 99を解く』 髙田哲郎

私の生まれた家は、秩父市の、大字下影森、字田の沢、小字薮というところにある。

影の森で、田の沢で、しかも、薮。明るいイメージは一切なし。というより、暗い森の中に流れる、ジメジメした沢沿いの薮だ。出来れば違うところに住みたいもんだ。

先日、紅葉を見に、奥武蔵の山に出かけた。大持山に登って、ウノタワという人気の場所を通るコース。いったん、武川岳という山に登り、そこから妻坂峠に下る。意味ありそうな名前の峠でしょ。畠山重忠が鎌倉に出仕するとき、いつも妻がここまで見送ってくれたことからついた名前だそうだ。

おっと。この本でも、歴史上の人物を引き合いに出した地名はたくさん出てきたんだ。そのほとんどは、後付けだって。この妻坂峠の場合は、“つま”が味噌だな。つまがつく地名というと、嬬恋、吾妻なんてのがある。どうもこれも、日本武尊に結びつけられて語られてしまうようだ。

“つま”にはものごとの端という意味がある。“つま”が“つば”からの転化なら、崖地や崩壊地形を意味する。妻坂峠から武川岳に登るにしても、大持山に登るにしても、もの凄い急坂を登ることになる。特に、武川岳と峠の間の斜面は、何カ所か崩落しかかっている場所がある。峠は秩父と反応を結ぶが、どちら側に下っても、昨年の台風19号で崩落した斜面がある。

また、“つま”には建物の、棟と直角をなす壁面を意味する場合もある。たしかに、武川岳への登りも、大持山への登りも、垂直の壁のように見えないこともない。

地名の考察って難しいな。

そうそう、その妻坂峠から大持山に登り、少し戻って大持山の肩で休んでいるときのこと。妻坂峠からエッチラオッチラ登ってきたお父さんがいて、その人と少し話した。なんだか武甲山周辺の話になって、私の生まれた家のことを話すと、「じゃあ、田の沢かい」って言うんだ。

国土地理院の地図にも載ってないし、番地にも「字田の沢小字薮」は使わないのに、知っている人がいることの驚いてしまった。年齢は私より少々上に見えた。そういうことを知ってる人と話をするのは楽しい。



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秩父の地名は、一つ一つに秩父ならではの生活や文化、歴史が深く刻まれている
赤柴―河口・川沿いの水が運んだ石場から生まれた柴・芝地名
赤谷・赤屋・赤田・赤城―赤羽=赤埴と同様に赤い土の色から
阿熊―アグの付く地名の原点は“上ぐ”で高い所をいう
新志―新居・新井・荒井などと同様に、新しく開拓した土地
麻生―麻の自生地ばかりでなく、大方は湿地か大地の縁が崩れたところ
集人―狩人たちの祭祀の場
天沼―高知にある沼。または雨によって拡大縮小を繰り返す雨沼
新木―荒れ地を開墾する意味の古語「新墾」を残す地名
飯塚―飯を山盛りした形の飯盛塚を略したもの
伊古田―伊古田は類語をたどると池田にたどり着く
ほか


明治以降、合併やらなんやらで、ずいぶん地名が失われたんだろうな。上で紹介した、私の生まれた地域も字も小字も、まったく使われれてない。

大字は江戸時代の村を継承した範囲であり地名。私のところは、もともと影森村で、祖父はその助役を務めていた。祖父の時代に合併があって、だいぶ苦労をしたんだそうだが、それ以降、大字下影森になったようだ。

字は大字よりも小さい集落のまとまりにつけられたものだそうだ。集落のまとまりと言うなら、うちの場合、小字の“薮”の方がふさわしい。字の田の沢は、だいぶ広い範囲に及ぶ。押掘川に流れ込む分水を指しているような気がする。

字田の沢小字藪を飛ばして、大字下影森○○番で住所を示せるんだから、字田の沢以降には、あまり集落も人も、多くはなかったと言うことだろうな。

さて、この本。

『秩父の地名の謎99を解く』という題名だけど、おそらくこの題名でだいぶ損をしている。まるで秩父限定の“地名学”の本であるかのよう。いや、そうとしか取れない題名だと言ってもいい。

副題に、『・・・秩父が分かれば日本が分かる』とあるが、それではまったく足りない。『日本の地名の謎を解く・・・秩父の地名を例として』くらいが良かったんじゃないかな。まあ、出版元が埼玉新聞社だからね。

それにしても、7割以上が山地という日本の地形。残る3割弱の平野にしたって、いわゆる沖積平野で、河川によって運ばれた土砂が堆積して出来たもの。

水は山を滝のように駆け下って、山が終わるところで扇状地を作る。次第に斜度がなくなると、水は少しでも低いところを求めてのたうち、氾濫原となる。さらに先に三角州で海に至る。結局、平野に出たって安心な場所があるわけじゃない。

どこに住んだって安心できるわけじゃないけど、まあ、それぞれの置かれた事情によって、少しでも“まし”なところを見つけて住んだわけだ。ただ、自分の住んでいるところにどんな危険があるかは、しっかり自覚した。

火山、地震、雨に風。場所場所によって、いろいろな違いはあるだろうけど、山と沖積平野からなる日本の国土からすれば、雨は恵みであるとともに、大いなる脅威でもあった。その危険にさらされるのは自分だけでなく、子や孫も同じ。それより先の子孫も同じ。何とかその危険を知らせなければならない。

そんな思いが地名にこもった。

ならば、自分の住むところを誇る地名も良いかもしれないが、子孫に危険を知らせる地名には祖先の必死な思いがこもっていると自覚すべきだ。

この本に紹介されている話なんだけど、とある町のマンション開発業者が、市議会に働きかけて地名の変更があったんだそうだ。谷・沼・池のような埋め立て地を示唆するような地名は敬遠され、地価が下がるという理由だそうだ。その地名は“谷津”と言ったらしいが、それを“秦の杜”に変更しようという働きかけだ。

反対意見もあったものの、結局、地名は“谷津”から“秦の杜”に変わったそうだ。ご先祖様の思いは、踏みにじられた。

話は変わるけど、最近、関東平野の終わる丘陵地帯の南向きの斜面を、太陽光パネルが埋め始めた。いや、どんどん進行している。本当に、心底腹の立つ。私は今、自分がぼけたら、必ずあそこに石を投げ込むだろうと心配している。


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幼なじみ『秩父の地名の謎 99を解く』 髙田哲郎

小学校の時の同級生に、大浜君という子がいた。

苗字の通り、身体の大きな子で、性格の上でも小さいことにこだわらない、まさに、大きな海を思わせるような子だった。ところが、この大浜姓、どうも海とは関係がないという。そりゃそうだ。だいたい、私たちの生まれ育った秩父には、海はない。山なら嫌というほどあるんだけどね。

もちろんのことながら、浜のつく地名は、海岸線に多くある。ところが、それが内陸部にも見かけることがある。秩父にある大浜という地名もそうだ。

関西地方では、河川の船着き場、荷下ろし場を浜と呼ぶこともあるそうだけど、秩父を流れる荒川は、市内でもまだ上流に属する。まして、浜地名があるのはさらに奥深い、渓谷の上流部である。

種明かしに寄れば、ハマはハガが転じたものであるという。オオハマは、オオハガということになる。ハガは、その意味を表わす適当な漢字は“剥”で、剥がれるのハガ。

渓谷の両岸に、剥ぎ取られたように屹立する、切り立った険しい崖。

それが大浜君の、隠された素顔だったか。

赤岩君は、小学校の校門の目の前に店を構える、赤岩肉店の子だった。顔がまん丸で、ほっめたが真っ赤で、前髪がまっすぐ切りそろえられた、とてもかわいいか男の子だった。

赤がつく地名は数々あるが、東京の赤羽には世話になった先輩が住んでいた。「ビーフラット」というカラオケスナックによく連れて行ってもらった。

赤羽は、赤埴(アカハニ)がアカハネに転じたもので、埴とは赤土や粘土のこと。赤羽は赤土で陶器を作る職人が多く住んでいたための地名だそうだ。

関東ローム層は、古代の富士山や浅間山の噴火で堆積した火山灰が酸化して赤褐色を呈している。赤羽は赤土の崖がむき出しになった場所であり、赤坂は赤土の傾斜地である。埼玉県の羽生は、もとは埴生である。

赤石、赤岩は、同じ赤でも、土のようにこねるわけにはいかない岩石。赤い色の岩石の目立つところで、赤い岩盤が露出した、あるいは、その色の岩石がゴロゴロしている渓谷だろう。

そんな渓谷の鋭さは、赤岩君からは感じ取れなかったが。



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秩父の地名は、一つ一つに秩父ならではの生活や文化、歴史が深く刻まれている
赤柴―河口・川沿いの水が運んだ石場から生まれた柴・芝地名
赤谷・赤屋・赤田・赤城―赤羽=赤埴と同様に赤い土の色から
阿熊―アグの付く地名の原点は“上ぐ”で高い所をいう
新志―新居・新井・荒井などと同様に、新しく開拓した土地
麻生―麻の自生地ばかりでなく、大方は湿地か大地の縁が崩れたところ
集人―狩人たちの祭祀の場
天沼―高知にある沼。または雨によって拡大縮小を繰り返す雨沼
新木―荒れ地を開墾する意味の古語「新墾」を残す地名
飯塚―飯を山盛りした形の飯盛塚を略したもの
伊古田―伊古田は類語をたどると池田にたどり着く
ほか


高校の時の友人に、五十嵐君という生徒がいた。

押掘川を挟んで隣の地区の、和菓子屋さんが彼の家だった。五十嵐姓の発祥は新潟県三条市の五十嵐川源流の五十嵐神社だという。祭神は垂仁天皇第8皇子の五十日帯日子命(イカタラシヒコノミコト)である。神社名は「五十(イガ)」と読み、祭神は「五十日(イカ)」と読む。

この話は、秩父市太田にある伊古田という地名との関連で、引き合いに出されている。延喜式にのる古社として、摂津国に伊古田神社がある。現在の大阪府池田市で伊古田神社をイケダ神社と呼んでいる。どうやらイコとイケは同根で、横浜市緑区には池辺とかいてイコノベという地名がある。

皆野町三沢の五十新田はイゴニタと読む。これとの関連で、五十嵐が引き合いに出されているわけだ。そこから、イカ・イガを追いかけてみると、栃木県藤原氏に五十里(イカリ)・五十里湖(イカリコ)、新潟県相川町に五十浦(イカウラ)、同県三川村には五十島(イカジマ)、兵庫県山崎町には五十波(イカバ)、愛媛県には五十埼(イカザキ)町、石川県門前町には五十洲(イギス)などがある。

五十についている文字を見ると湖・浦・島・波・埼・洲と、いずれも水に関係している。皆野町三沢の五十新田(イゴニタ)の新田は、開発田を表わすのではなくニタ・ヌタという湿地帯を意味する。

秩父市太田の伊古田は、水たまりや溜め池の多い土地を表わす言葉で、池田、五十田と書かれていてもおかしくない地名ということになる。

好きになった女の子に、新井さんという娘がいた。

次男・三男が独立し、本村、本家から分離して新たに開拓した土地であると示す地名が、新居であり、新井であり、荒井という地名だそうだ。そこに寄って立った人たちが、それを苗字として名乗ったんだそうだ。


なんと、懐かしい友達の苗字をいくつか思い出しただけでも、地名や苗字というのは、これほどまでに奥深い。


テーマ : 読んだ本
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『シルバー川柳 8』

仕事辞めちゃったから、時間がいくらでもある。

何かしようって言うんじゃない。趣味と言えば、山登りと読書、それから“えへへ”くらいのもの。安定した天気が続くなら、山に入り浸るけど、そうでもなけりゃ、本を読んで一日過ごす。あとは、“えへへ”。

数年前から連れ合いと二人暮らし。一昨年、仕事辞めると話したら、「じゃあ、私は主婦やめる」と切り替えされた。

主婦やめる?・・・あなたは主婦だったのか。主婦ってなに?漢字から推しはかるのはやめよう。碌なことになるはずがない。私は仕事を辞めて、無職になる。この間、献血に行ったとき、過去のデータの職業欄の訂正を求めたら、「卒業ですね」と言われたので、「退職です」と応えてしまった。大人げないことであった。訂正してもらったら、職業欄が無職に変わった。

連れ合いは、主婦をやめて、いったい何になるんだろう。おそらく、職業欄に主婦という分類はないだろう。最初から無職だろう。無職の主婦が、主婦をやめても、無職に変わりは無い。

そんな、不明瞭な立場で、よく30有余年もやってきたもんだ。いや、以外とその不明瞭さに甘んじてしまえば、けっこう楽な立場なのかも知れない。

「主婦やめる」っていうのは、なんだろう。私は無職になって収入がなくなるから、収入に関して私に頼っていたからこそ甘んじて我慢していたことを、これからは我慢しないと意味だろうか。なら、甘んじて我慢していたというのは、何のことだろう。

私は、料理が好きで、人のために何かを作るのを厭わない。仕事を辞めて、今は、朝と昼は私が準備する。お勝手ごとに関しては、片付けまで含めて全部やる。連れ合いが起きてくる前に、庭の掃き掃除も済ませてしまう。

まだまだ家のことに関しては、“元主婦”に聞かなければ出来ないことがたくさんある。洗濯物はたたむ。庭木の剪定は、仕事をしているときからやっていた。繕い物が出来るように、息子の使っていた針箱をもらった。

今できることはやっているし、出来ることを増やしていこうとは思っている。・・・それにしても、“元主婦”が甘んじて我慢していたこととは、いったい何なんだろう。





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口コミ人気で、シリーズ累計80万部の最新刊、第8弾がいよいよ登場
「「インスタバエ」新種の蝿かと孫に問い」
「お揃いの茶碗にされる俺と猫」
「うまかった何を食べたか忘れたが」
「朝起きて調子いいから医者に行く」


退職を するなら私 主婦やめる

買替えも これが最後と 三台目

70代 あきらめきれず 免許証

薄闇の 影は老人 散歩中

還暦は 二度目ももはや 夢じゃない

「耳の中でセミが鳴いているよう」と、連れ合いが言い出したのは1年ほど前のこと。夜、気になって眠れないと。思いもよらないことに、「耳にセミ?」と、笑い飛ばした。だけど、顔つきが深刻で、医者に行くという。

後日、「できるだけ気にしないように」と言われたと、気落ちした様子。ネットで調べて、川のせせらぎのような音を流すと眠れるらしいことが判明。早速、CDを買ったら、よく眠れたという。

耳鳴りって言うのを意識した、最初の体験だった。よくよく考えてみると、私の耳の中では、ずいぶん前からセミが鳴いている。連れ合いに言われて、はじめてそれと分かった。

虫の声 耳鳴りのセミ 収まりぬ

五十肩 片腹痛い 六十歳 

先に行く 猫の姿に ホッとする

仕事を辞めて、1年と少し。老人たちの行動パターンが、少し見えてきた。できるだけ、お金を使わずに時間を過ごすことが重要なようだ。

朝、ご飯の前に散歩だな。夫婦で一緒に散歩をしている人もいる。家に帰ってからのことは分からないが、食事の準備、後片付け、洗濯、掃除なんてやってれば、まあ、9時近い時間になるだろう。図書館が開く。もう、利用しない手はない。私は、自分の予約した本が入った時しか行かないが、10時から11時くらいの時間は、新聞・雑誌の閲覧スペースは、ほぼ満員。11時を過ぎたら、今度はスーパーマーケットに行って、その日のお昼ご飯の買い出しだな。ゆっくり選んで、家に帰れば、十分午前中はつぶれる。

感染症の自粛期間、およそ2ヶ月ほど図書館が閉まった。新聞・雑誌の閲覧スペースにいた老人たちは、行き場を失った。今も閲覧スペースは、その3分の2が利用不能。スーパーマーケットに行っても、老人は戻りきっていない。

じつは、この『シルバー川柳 8』は、ずいぶん前に刈ってあったもので、2018年度発行のもの。おそらく、『シルバー川柳 10』が出てるんじゃないかな。そこには、今年の、このご時世を詠った川柳が、多く取り入れられているだろう。

読んでみたいな。



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『失礼な日本語』 岩佐義樹

あっ、そうそう!

そう、その通り。わたしも、同じように思ってた。そういう言葉がたくさん載ってた。特に、《第5章 イラッとする使い方―仲間内だけで結構です》には、そんな言葉がたくさん載っていた。

「~だそう」って言う表現、私もなにか、不自然さを感じてた。百名山を紹介する、小野寺昭さんがナレーションしている民放の番組で、この言い方をしていた。それを皮切りに、さまざまな番組で、この言い方がされているのに気がついた。「~だそうです」、「~だそうだ」までしっかり言ってもらわないと、なんだか収まりが悪い。「~だそうです」、「~だそうだ」という言い方で、相手に、断定的と捉えられるのを恐れてるんだろうか。

そうそう、それもそう。・・・この、「~そう」は良いよね。どれが“それ”かというと、コンビニで弁当を買うと、店員が「温めますか」って聞くの。私は、コンビニで弁当を買ったことはないんだけど、買った人がそう言われているのには、何度も出くわした。「温めますか」と聞かれたら、どう答えるのが正しいかって考えちゃって、・・・「余計なお世話だ」という言葉が浮かんじゃったんだ。私は弁当を買った人の後ろに並んでたんだけど、思わず吹き出してしまってね。弁当を買った人に振り向かれてしまった。

アカウンタビリティー?・・・なんじゃ?それ。・・・説明責任っていう意味なのか。そう言えよ。

ダイバーシティ?・・・なんじゃ?それ。・・・多様性って言う意味なのか。そう言えよ。

なんか、国会でも野党の議員が騒いでたな。イカデンス?タコデンス?ちがう、エビデンスだ。・・・わかんないよ。科学的裏付けっていう意味なのか。最初からそう言えよ。

新聞の校閲を仕事にする、言わば言葉のプロの方にしてみれば、いろいろな場面で引っかかるんだろうな。そう感じるたびに調べてね。生活の中で、言葉に触れないってことはあり得ないから、そのたびに立ち止まって調べるんだろうな。それをやっておかないと、仕事に差し障りがあるだろうからね。

《第6章 第6章 「たが」の外れた文章―書き言葉は丁寧に》、《第7章 失礼ワード20選―誤解必至です》は、大変、勉強になった。曲がりなりにも、ブログでつたない文章を晒しているわけだからね。恥をかくのは承知の上だけど、少しでもね。分かりやすく、読みやすい文章にしたいものだと思う。

ちゃんと、自分の文章を振り返ることが大事なんだな。・・・私は不十分だな。


『失礼な日本語』    岩佐義樹


ポプラ新書  ¥ 946

うっかりミスが致命的な失態になる。新聞のベテラン校閲者が教える文章マナー
第1章 「綸言汗のごとし」―首相の言葉チェック
第2章 敬語は難しいけれど―畏敬か敬遠か
第3章 固有名詞の怖さ―誤りはこうして防ごう
第4章 いわゆる差別表現―理解と配慮があれば
第5章 イラッとする使い方―仲間内だけで結構です
第6章 「たが」の外れた文章―書き言葉は丁寧に
第7章 失礼ワード20選―誤解必至です


あらたまった場所は、あとは身内の葬式くらいのもんだろう。

公の場での挨拶や、社会的な立場からの発言って言うのは、あらたまった場所だからこその失敗というものがあり、それ故のおかしさが生まれる。その場合、会場のざわざわが収まったあたりで、近くの人がこっそりと耳打ちすれば、それでいい。あとの飲み会の席まで引きずって、本人のいないところで大笑いというのは、人格のいやらしさが透けて見えて、出来れば同席したくない。

「慎んで・・・」は、「謹んで・・・」ですよ。「ご静聴」は、「ご清聴」ですよ。そんな感じだね。

《第1章 「綸言汗のごとし」―首相の言葉チェック》は、ちょっとやり過ぎて、嫌らしい。校閲の仕事とはいえ、毎日新聞の人らしいと言えばいいのか。私たちが毎日使う、大事な日本語に関する、とても面白く、ためになる本なのに、どうしてそこに政治的嗜好を持ち出してしまうのか。権力側を攻めている限り、自分に恥じることはないとでも思っているのか。だけど新聞の人って言うのは、守られた場所にいるからね。そこから反論できない立場の人を責めるのは、やはり卑怯に思える。たしかに、首相官邸から出てくる言葉が間違っているというのは、ちょっと困りもんだけどね。

差別的な表現というのも、たしかに扱いが難しいよね。《第4章 いわゆる差別表現―理解と配慮があれば》で取扱われているけど、言葉をかえると差別がなくなるわけじゃない。

目の見えない人、耳の聞こえない人、口のきけない人が、以前のような呼称がいやだって言うんなら、もう使わない。私は4年前まで片足が悪く、びっこを引いて歩いていた。びっこは歩くときに釣り合いのとれない状態を言うのだから、その人をそれ故に低めているわけじゃない。4年前以前に、私に対して「びっこ野郎」という奴がいたとしても、私が腹を立てるのは、言葉に対してじゃない。言った本人に対してだ。すべて、個々のケースだと思う。

妙齢は、年頃の女性を指す。それが最近、微妙な年齢の女性ととらえる人が増えているらしい。微妙な年齢ってなんだろう。もう若いとは言えないような歳の女性ということになると、元の意味からずいぶん離れてしまう。著者の岩佐さんは、これを扱いにくい言葉で、使う際には注意が必要と言う。

扱いにくい言葉という意味だろうか、「片手落ち」という言葉は、障害者差別の放送禁止用語に入っているそうだ。これは、「片手・落ち」で、一方の手がない人を指す言葉ととらえる人がいるからのようだ。そうではなくこれは、「片・手落ち」で、一方に対しては十分であるが、もう一方に対しては不十分であることを示す。

以前は傷痍軍人がたくさんいたからな。たしかにそういう人の前では、そういう意味合いではないとは言え、「片手落ち」は使いづらい。だからこそ、話題にすべきだと思うよ。

問題のありそうなことを、言葉を、避けちゃうのは、どんなもんかなぁ。まあ、著者の方は、新聞の校閲マンだからね。仕方がないよね。

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LGBT『失礼な日本語』 岩佐義樹

お父さんとお母さんが、両方とも男のお宅、あるいは両方とも女のお宅が近くにあったらどうだろう。

さすがになれるまで、少し時間がかかるだろうな。時間がかかっちゃダメって言われるかも知れないけど、そうしたら、表面的には本心を隠して繕うしか仕方がないな。

このことは、この本の中でも取り上げられている。たとえば、『禁断のボーイズラブ』という表現は、不適切なんだそうだ。そう、男同士の同性愛が世の中で当たり前のことになるなら、それを“禁断”といって特別視してはいけないことになる。

時間がかかっても、それを特別視しないことには慣れていこうと思う。だけど、男同士の同性愛というのは、身体の関係という点において、私は気持ちが悪い。昔から、『サブ』とか、『薔薇族』なんて雑誌があって、目にしたこともあるけれど、正直、身震いするほどおぞましく感じた。

そう感じるってことはどうなんだろうね。

そう言えば、同性愛という性的指向を持った人は、同性同士の身体の関係に指向があるわけで、その場合、異性との身体の関係にどんな感じを抱くんだろう。私が同性愛に対して抱く感じを、果たして異性愛に対して感じるんだろうか。

LGBTと表現されてるね。

Lはレズビアン、Gはゲイ、Bはバイセクシャル、Tはトランスジェンダー。バイセクシャルは両性愛者でトランスジェンダーは性同一性障害ね。よく、「LGBT(性的少数者)」と表されることが多いけど、性的少数者=LGBTではないよね。しかも、LGBT以外の少数者もいるしね。

この本の著者である岩佐義樹さんは、毎日新聞の校閲をしている人だから、そのへんにもいろいろ思うところがあるらしい。毎日新聞では、「LGBTなど性的少数者」と書いているという。



『失礼な日本語』    岩佐義樹


ポプラ新書  ¥ 946

うっかりミスが致命的な失態になる。新聞のベテラン校閲者が教える文章マナー
第1章 「綸言汗のごとし」―首相の言葉チェック
第2章 敬語は難しいけれど―畏敬か敬遠か
第3章 固有名詞の怖さ―誤りはこうして防ごう
第4章 いわゆる差別表現―理解と配慮があれば
第5章 イラッとする使い方―仲間内だけで結構です
第6章 「たが」の外れた文章―書き言葉は丁寧に
第7章 失礼ワード20選―誤解必至です


そんなに前のことじゃないんだけど、LGBTのTの子の担任をしてた。

その子の担任になったのは、その子が高校2年の時。その子は女子生徒。セーラー服の似合う子だった。学年主任が女の先生で、その人から相談があるといわれて、保健室で話をした。

その子は最初、保健室の先生に話をしたようだ。保健室の先生から学年主任の女の先生に話がいき、お二人から私が聞いた。その子は、自分の身体は女であるが、自分の性認識は男なんだそうだ。小学校の高学年になるあたりからそう感じていたらしい。それでも誰にも相談せずに来て、高校2年ではじめて保健室の先生に話をした。

その段階で、学年主任の女の先生と、担任の私に話すことは納得していたそうだ。修学旅行があるからね。その必要を感じていたんだろう。ただし、本人から依頼がない限り、私から働きかけはして欲しくないということだった。そのことは、個人面談でも、本人に確認した。

結果として、1年間、私から働きかけすることはなかった。ただ、進路に関する相談には乗った。自分と同じ悩みを持った人の助けになりたいと考えていたそうで、そういった勉強が出来る心理学部を持った学校を探した。

3年になって担任は代わったが、相談は受けていた。希望の大学への進学を決め、卒業も間近に迫ったとき、同じ悩みを持った人の力になりたいなら、まずはお母さんに話をしてみたらってすすめた。実は2年の時、お母さんからも相談を受けていた。

大学に入って半年、高校に遊びに来た。私を見つけたその子が、廊下の向こうから走ってきて、そのまま私に抱きついた。まず一言目、「お母さんに話した」って。大学ではまだだけど、いずれカミングアウトすると言っていた。

お母さんは、その子が中学生の頃から気づいていた。でも、「本人が言い出すまで待つ」、年頃なので何かあったらよろしく頼むと私に告げていた。じつはその子、周りの人、みんなから愛されていた。なにより、それが一番大事なんだろうな。

だけどなあ。廊下の向こうから走ってきて私に抱きついてきたとき、18歳の大学生であるその子の性認識は、・・・私には女に思えてしまったんだけど、・・・やっぱり男だったのかな。



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『日本人のための漢字入門』 阿辻哲次

「正」という字の上の横線を除くと、「止」という字になる。「止」はもともと、人間の足跡の象形文字だそうだ。たしかに、「歩」という字にも「止」がある。上についている横線は、古くは四角や丸の形に書かれたという。城壁に囲まれた集落だそうだ。つまり、「正」という字は、集落を囲む城壁に向って進む人、攻撃を仕掛けている形をあらわすんだそうだ。

ところが、・・・だ。本来、それ自体が「戦争を仕掛ける」という意味を持っていた「正」が、勝てば官軍で、勝って正義を手に入れた。それでこの字が「ただしい」という意味を含むようになり、さらにはそれが主な意味をあらわすと思われるようになり、元来の意味が忘れられていった。

そのため、「他者に対して戦争を仕掛ける」という、「正」の本来の意味をあらわす新たな漢字が必要となる。そこで登場したのが、本来その意味の漢字であった「正」に「道・行進」を示す「彳」をつけて、「征」という漢字なのだそうだ。

この話のあとに、著者の阿辻さんは、《正露丸》の話をあげている。本来、この薬は露西亜征伐に出かける兵隊さんのために作られた整腸剤で、《征露丸》と書かれた。薬の効きもあったのか、ロシアには勝った。だけど、第二次世界大戦で敗戦国となった日本では、《征露丸》はマズイだろうということになり、《正露丸》としたんだという。

まあ、「正」本来の意味を考えれば、何も変わっていないことになるわけだ。

ちょっと前に、『漢語の謎』という本を読んだ。その本に、「一語十年」という言葉が出てきた。奥深い知識の世界を、膨大な参考文献に溺れるようにして、その出自をたどる。膨大なエネルギーと、なにより時間が必要だということのようだ。

「正」という字一つとっても、「一語十年」、いや、この場合「一字十年」か。それが身にしみるように思える。




講談社現代新書  ¥ 968

漢字は知恵の玉手箱!あなたの周りにある漢字の秘密を伝える漢字教室、開講!
第1章 漢字と暮らす
日々の暮らしと漢字
「令和」の漢字学
旅先で出あう漢字
人名用漢字について
第2章 漢字をまなぶ
漢字学のすすめ
漢字の履歴書
異体字のはなし
情報化時代と漢字


そうそう、さっき出てきた「彳」に、人間の足跡をあらわす「止」をくっつけて、「その道を進む」という意味をあらわしたのが「辵」で、「しんにょう」の本来の形だそうだ。

向こうから来る人を迎えに行く。そういう意味を持った漢字がある。人が立っている姿をあらわす漢字は「大」。それが向こうからやってくるので、上下がさかさまになる。歩いて行くので、足跡を表す「止」持ついている。

この漢字は「逆」。「逆」っていう漢字は、本来、向こうから来る人を迎えに行くという意味を持っていたんだそうだ。向こうから来る人と、こちらから行く自分。「相反する方向」というところから、「さかさま」という意味を持つようになったらしい。

面白いね。漢字って。

イギリスの言語学者ムーアハウスは、まったく手放しでアルファベットを最高の文字システムと礼讃しているそうだ。人間が、意思疎通のために絵を描くようになって以来、自然淘汰によるのでなく、人間の選択によって適者生存へ進む進化の過程とみなしうる最高の成果とまで言い切っている。

自然淘汰であろうが、適者生存であろうが、残念ながらそれは文字の力によるものではなく、白人が戦争に強かったことの証明に他ならない。

日本が戦争に負け、戦後、進駐してきたアメリカ人は、日本人が使う漢字をまったく理解できなかった。自分が分からないもんだから「悪魔の使う文字」なんて言い出して、漢字を使用するのは日本人にとっても不幸なことだと決めつけた。ローマ字を使った方が日本人も幸せだと。

ローマ字への変更までの間、当面使用する漢字として、1850種類の漢字を選んだのが「当用漢字」だという話がこの本でも紹介されている。

占領軍は、ローマ字化を本気で考えていた。日本人が戦争を仕掛けてきたのは、難解な漢字のせいで教育が遅れているからだと、最初っから最後までわけの分からない世迷い言。“進歩的“な方々にも、同調する人が多かったそうだ。

当用漢字が発表されたあとも、日本人が漢字を使いこなせているなんて、到底信じられない彼らは、日本人をテストしている。無作為に選出した15~64歳までの2万人が指名され、8割が参加したそうだ。

100点満点で平均点は78.3点。あまりの高得点にビックリ。占領軍にとってローマ字かは既定路線であったため、データの改竄するよう圧力もあったらしいけど、最終的には諦めたようだ。一般庶民の知力の高さのおかげで漢字仮名交じり文は守られたんだな。

なんだか最近、文科省は英語教育に力を入れるらしいけど、そりゃちょっと違うような気がするんだけどな。“進歩的”な人がたくさんいるのかな。



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人名『日本人のための漢字入門』 阿辻哲次

2020年はオリンピックイヤーになるはずだった。

でも、ならなかった。3月24日に1年の延期が決定され、オリンピックイヤーは2021年になってしまった。だけど、2月中旬あたりまでは、社会の危機感もさほどではなかった。1月下旬に武漢が封鎖されても、日本には、まだどこか高をくくってしまったところがあった。本当は日本も、あの時、中国人を入れない政策をとれていればって、今は思う。そういう人が多いだろう。つまり、2月中旬あたりまでは、2020年がオリンピックイヤーであることに?感を持つ人は、それほど多くなかったはず。

なんでこんなことを言い出したかというと、この本の冒頭に、前の東京オリンピックイヤー昭和39年、西暦1964年に生まれた人が、《五輪男》と名付けられたという話が出てくるからだ。《五輪男》と書いて《いわお》と読むんだけど、残念ながら彼は、友人たちから違う名前で呼ばれた。

なんと呼ばれたか?・・・分かるよね。そう、《ごりお》。それしかないよね。

もしも、・・・もしも、新たな時代の《ごりお》君が、この1月から2月中旬の間に生まれていたら、これはとても貴重な名前ということになる。なにしろ2020年の五輪は失われてしまったのだから。失われた《いわお》なのだ。

私の親は、名前の付け方では、あまり悩んでいなかったようだ。三人兄弟三番目で、上から順番に漢字一字の下に一、二、三と付いている。上の漢字一字は、神社に行ってもらってきたという。

《△三》というのが私の名前なんだけど、《三》は《ぞう》と読むので、前の漢字によっては前時代的な名前になる。私はさほど、そう感じてはいなかったんだけど、そう思う人も多々いたようで、時に名前でからかわれたこともあった。

私よりもいくつか年上の同僚で、《△吾》という方がいた。実は三人兄弟三番目という私と同じ立場の方で、父親は《△》という漢字にこだわっていた。となると、私と同じ《△三》という名前になりそうなもんなんだけど、実際に、そうなるはずだったという。それを「古くさくて可哀想」というおばあさまの反対があり、《△吾》で落ち着いたという。

どうやら私の名前も、“可哀想”という分類の名前らしい。

それを私に話してしまう、《△吾》先輩の性格も、いかがなものかと思うんだけど。




講談社現代新書  ¥ 968

漢字は知恵の玉手箱!あなたの周りにある漢字の秘密を伝える漢字教室、開講!
第1章 漢字と暮らす
日々の暮らしと漢字
「令和」の漢字学
旅先で出あう漢字
人名用漢字について
第2章 漢字をまなぶ
漢字学のすすめ
漢字の履歴書
異体字のはなし
情報化時代と漢字


この本の著者阿辻哲治さんは、《人名用漢字》の見直しのための委員会に、委員の一人として関わったんだそうだ。その名も、《法制審議会人名用漢字部会》。なんだか、重々しいね。

もとはと言えば、ある男児の名前をめぐって裁判が行なわれ、行政側が敗訴したことがきっかけとなる。札幌市のある区役所が、《曽良》という名前を記載した出生届を、《曽》の字が名前には使えない字であることを理由に受け取らなかったんだそうだ。これを不服として親が訴えたんだな。

《曽良》と言えば、松尾芭蕉と『奥の細道』の旅を共にした弟子の名前。それが使えなかったんだ。

この裁判は、なんと最高裁まで行き、最終的に最高裁から《曽》の字が人名に使えないのは違法状態という判決が出されたんだそうだ。法務省は同様の裁判をいくつか抱えており、この際人名用漢字について抜本的な見直しを行なおうとなったらしい。

行政が政策の見直しや改正を行なおうとするときに、専門家による部会が開かれる。この専門家っていうのが、けっこう怪しい。この《法制審議会人名用漢字部会》は民法学者を委員長に、法曹界、文化庁・産経省の関係者、新聞や放送業界のジャーナリスト、日本語や漢字の研究者、俳人、戸籍事務現場の実務者などで構成されていたという。

気になったのは、この国際化に鑑みて、ローマ字はもちろんのこと、ハングルや現在の“中国”で使われている簡字体の名前も戸籍上の名に使えるようにすべきだという意見が出されたという話。国際的に活躍する人物としてテレビ番組などの登場する委員からの提案だったそうだ。

国の進路を決める審議会や部会の委員として呼ばれている人物にも、この手の常識のない人がいる。ローマ字にかこつけて、ハングルや簡字体の導入に重きを置いている左翼系の“知識人”かもしれない。

阿辻さんも《暴論》と言っておられるが、こりゃ当然のこと。“進歩人”の変に進んだ頭で考えて、「世の中平等が一番」とかわけの分からない平等教、あるいは平等病が蔓延し、ハングルや簡字体を取り入れることが“知識人”や“進歩人”のあるべき姿みたいなことが吹聴されなくて良かった。漢字部会で阻止してくれた阿辻さんたちのおかげだな。

そんなものを取り入れたら最後、平等教、あるいは平等病の原則により、キリス文字やタミール文字、さらにはアラビア文字の名前が戸籍に登録され、右から読むのか左から読むのかすら分からない。どうせなら右から読んでも左から読んでも山本山。戸籍係だけはなりたくない。

Q太郎にP子、それからO次郎なんて名前なら歓迎したいところではあるんだけど。


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『滅びゆく日本の方言』 佐藤亮一

大学に入ったばかりのころ、同じクラスの人たちに馴染もうと、私は会話をしている一団に無邪気に話しかけ、話題に交じっていったときのこと。

その一団の人たちが、私を怪訝な表情で見ているのに気がついた。なんだろうと思っていると、その中の一人に言われた。「君がなんて言っているのか、僕にはさっぱり分からない」

それきり、その人たちの輪は、私に対して閉じられた。私の無邪気な言葉が共通語の人間に通じないことを、私はその時はじめて知った。しゃべることが少し怖くなり、秩父弁を出さないように、用心深くしゃべるようになった。

まあ、そんなことを言う共通語の奴と友人になる必要もないのでどうでも良いのだが、語学と体育だけは一緒になる。特に体育だな。体育はなにをやっても大の得意だが、地元には私以上の奴も何人かいた。ところが、そのクラスの中では、私ともう一人、熊本出身の人が突出していた。彼と張り合うのは面白くて、体育は楽しかった。

しかし、つまらないことが起こったこともある。

例の件以来、私は共通語の一団を避けるようにしていた。一団の方でもそれに気づいていたようだ。だけど、サッカーやバスケで楽に彼らをあしらうと、どうやらそれが、私の悪意と受け止められてしまったようだ。彼らは次第に、私を止めるために身体をぶつけてくるようになった。

争いは好まないが、勝負事だと熱くなることがある。バスケの試合中にわざとらしい体当たりしてきた奴がいた。なんとか踏ん張って、そいつを交わしてシュートを決めたあと、彼を突き倒して言ってしまった。

「ぎゃーねーことしやがって、はっけぇすぞこの野郎」

私がなんて言っているか、彼にはさっぱり分からなかっただろう。でも、それ以来、絡まれることもなくなった。

そうそう、熊本出身の彼だけど、そのうち大学で見かけることがなくなった。風の噂に、大学をやめたと聞いた。ところがしばらくして、テレビに出ている彼を見つけた。

ちなみに、バスケの試合中、私が体当たりをしてきた奴に言ったのは、「つまらないことをしやがって、張り倒すぞこの野郎」という意味。




新日本出版社  ¥ 1,650

方言の分布、ことばの由来などを解説しつつ、方言の変容に思いを馳せる本
1 方言とはなにか
2 自然
3 食物・料理・味
4 人間・生活
5 動植物
6 遊戯
7 文法的特徴の地域差
8 方言の現在


方言の話なんで、あえて“おばあちゃん”と呼ばせてもらうが、おばあちゃんの話す言葉が正真正銘の秩父弁だった。言うことを聞かずにグズグズしていると、「えらぞんぜ~るんじゃね~で」って怒られた。

宿題をささっとこなして遊びに行こうとすると、「はぁおわったんけえ~、そそらっぺ~ことやったんだんべ。あそびべいってねーで、たまにゃ~はたけすけろい」とかね。

遊んでいるときなんかによく聞いた言葉で、「たんまなしたー」というのがある。この言葉に関しては、特定の風景と一緒になった記憶がある。その風景からすると、私は小学校の校庭にいて校門の方を向いている。校門の正面には《赤岩肉店》という肉屋があった。

夕方、学校で遊んでいると、職員室の窓から先生に呼ばれて、お使いに行かされたことがある。給食の残りのコッペパンをとお金を渡されて、コロッケをのっけてソースかけてもらってこいというのだ。四方田先生という女の先生だった。ソースは多めにかけてもらえって言われた。教室で、図工の時間に、ついうっかり四方田先生を「おかあさん」と呼んでしまったことがある。クラス中に大笑いされたが、誰でも一度くらいはそう呼んでいたような気がする。

話がそれた。校門の方を向いていた私の目には、《赤岩肉店》が見えている。校門の内側、私から見て左側にはブランコが、右側にはジャングルジムやシーソーがある。私たちは何人かで、鬼ごっこをして遊んでいた。私は鬼ではなく、逃げる側のようだ。途中、《赤岩肉店》のしんちゃんが、おかあさんに呼ばれて、一旦家に戻った。その時、しんちゃんはタイムを取っている。

タイムを宣言すると、他のメンバーは、その場で固まっていなければならない。しんちゃんのおかあさんの用事は簡単なことだったようで、しんちゃんが家から出てきて、校門から校庭に入ってくる。遊びを再開できる喜びで、満面の笑みのしんちゃんが、ゲーム再開の宣言をする。

それが、「たんまなしたー」

「たんま」はタイムのこと。「なした」は返した。借りたものを返すことを、「なす」という。「たんまなした」は、タイム返上という意味。それが、左のブランコ、右のジャングルジムとシーソー。《赤岩肉店》が向こうに見える校門から入ってくる、しんちゃんの満面の笑みとともに響く「たんまなしたー」の声。

しんちゃんはほっぺの赤いはなたれ小僧で、ときお君もいたような気がする。武ちゃんは、今は市会議員。やっちゃんがいつも同窓会を仕切ってくれているみたいだけど、私は不義理のしっぱなし。みんな私と同じ還暦だ。・・・いや、もう61になったやつもいるはずだ。

懐かしいな~。「たんまなした」って言って、あの止まったままの風景を動かしたいな。


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イーグルス16

Author:イーグルス16

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極北の自然に見せられた写真家の旅を一冊に! 
大切なことは出発することだった
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































































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