めんどくせぇことばかり 本 沖縄

『野菜たっぷり丼ぶりレシピ』 柳澤英子

“丼もの”という認識でこの本を見たら、まず、がっかりします。どれも、“丼もの”と呼ぶにしては、とてもちまちましていて、中華屋でラーメンと一緒に頼む半ライス程度の認識で見て欲しいもんです。全体の中で、まさに“丼もの”という名に値するのは《さっと煮てDon❢》代表の“トマトのカレーソース丼”、“かき揚げみぞれに丼”、《あんかけでDon❢》代表の“チンゲンサイと湯葉のあんかけ丼”くらいのものしかありません。

《かけスープでDon❢》に至っては、ねこまんま同然です。・・・ねこまんまが私は大好きなので、私にとってはとてもありがたい本なのですが、世の中にはそういう人ばかりではないので、ねこまんまは猫が食うものだと言う認識の人は、ご遠慮ください。

それ以外のものに関しては、“丼もの”と考えると問題があります。いずれも小さすぎるのです。かつ、丼級に大きくするだけの魅力に欠けます。だけど、小鉢なら、十分にその魅力を発揮できる連中揃いなんです。しかも、いずらも、とことん手間いらず。

上の“丼もの”のなかでも、“かき揚げみぞれに丼”は、まったく間違い無し。トマトのカレーソース丼は、トマトにこだわらないカレーソース丼として、休みの日の私の昼の定番になっています。


河出書房新社  ¥ 時価
さっぱり味からしっかり味まで、またあんかけ丼やスープ丼も、さらに火を使わないでできるメニューまで
蒸し焼きでDon❢
炒めてDon❢
ソテーしてDon❢
さっと煮てDon❢
あんかけでDon❢
電子レンジでDon❢
かけスープでDon❢
火を使わずにDon❢

私はスーパーマーケットが大好き。いろいろな食材を手にとって、どんな料理が可能か考えるだけでワクワクする。もともとの料理好きで、しかも万年食当ですから、スーパーマーケットを巡りながら山でどんなものを食べようか考えるのが好きなんだな。昔、唯一無二の山仲間と呼べる先輩がいて、その先輩とスーパーマーケットで“ああでもない、こうでもない”とやっていて、店長から敵対業者のスパイと疑われ、事情を話すと腕章をつけてやってくれと言われたことがある。

山をやめている間も、やっぱりスーパーマーケットに行くとワクワクしたけど、山を再開してからはなおさら。しかも、経験の薄い若い人を連れて行くにあたって、“ああでもない、こうでもない”ってね。

いろいろなメーカーが競い合って商品開発をして、この間にずいぶんと便利になってました。まずびっくりしたのがアルファー化米が美味しくなったこと。防災グッズの一つとしても、大きな飛躍を遂げていた。フリーズドライは“それなり”という感覚があったが、十分すぎるほどうまくなっていた。缶詰の多様化も進んだ。だけど、常温保存可能なパックの豆腐が手軽に手に入らなくなっていたのは残念だった。

そんな中で見つけたのが、キッコーマンの《うちのごはん》シリーズ。基本的に、1種類か2種類の具材を炒めて絡めるだけ、あるいは一緒に煮るだけ。
たとえば、このすき焼き肉豆腐。牛肉・豚肉・玉ねぎ・長ねぎ入りで、あとは豆腐を用意して煮絡めるだけだけど、豆腐は、持ち運びに神経使うし、暑い時期なら保存が利かない。だけど、柔らかく煮たじゃがいも・にんじんに絡めて糸こんにゃくでも加えれば、美味しい肉じゃがになる。

もっと簡単に、好き焼きうどんっていう手もある。

なにも私はキッコーマンの手のものというわけじゃないんだけど、“山で・・・”ということを考えると、塩・しょう油・味噌・だし・片栗粉なんて食材を考えなくてもいいというのはとてもありがたい。肉やたまごみたいに、山に持ってくのがむずかしい物を使う場合もあるけど、いくらでも代用できる。アレンジ料理なら、まだまだ広がる。

おまけにこのシリーズ。全般的に『野菜たっぷり丼ぶりレシピ』の趣旨にピッタリあっている。 じつは私、最近の昼飯はもっぱらこれ。ごはんはアルファー化米にキッコーマンの“うちのごはん”シリーズ。一通り食い終わったら、アルファー化米ですし太郎が食えるようになるかどうかに挑戦だ。




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テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『沖縄の不都合な真実』 大久保潤 篠原章

辺野古の基地建設場所はもともと軍用地域にあって漁師が立ち入れっる場所ではない。その海を埋め立てるために漁師には振興策とは別に多額の保証金が入る。それで普天間の危険をなくせるならそうした方がいいに決まっている。

沖縄側が「基地を使い続けて欲しい」とお願いし、防衛省が「いい加減、基地を返させて欲しい」と困惑する。名護市の海兵隊基地キャンプ・ハンセン内の山林一六二ヘクタール(東京ドーム三五個分)の返還話のことで、一九九八年に返還が決まっていたものを、いまだに年一億三〇〇〇万円の借地料を払い続けている。・・・名護には「基地を使い続けてくれたら普天間の移設を受け入れてもいい」という理屈があるという。

『沖縄の不都合な真実』 大久保潤 篠原章『沖縄の不都合な真実』 大久保潤 篠原章
(2015/01/16)
大久保 潤、篠原 章 他

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ー隠された沖縄の現実ー
序章  沖縄はこれからどうなるのか
第一章  普天間問題の何が問題なのか
第二章  高まる基地への依存
第三章  「基地がなくなれば豊かになる」という神話
第四章  広がる格差、深まる分断
第五章  「公」による「民」の支配
第六章  本土がつくったオキナワイメージ
第七章  「沖縄平和運動」の実態と本質
第八章  異論を封殺する沖縄のジャーナリズム
第九章  「構造的沖縄差別論」の危うさ

沖縄に絡んで、日本民族主義と沖縄民族主義の対立が、残念ながら目立ってきている。「沖縄を差別するな」「沖縄を植民地扱いするな」という声に、「日本から出て行け」と答える声。

この本は、“沖縄”の、なにが問題なのか。それを冷静に見極め、解決につなげようとする内容が書かれている。詳しくは読んでもらうとして、“あとがき”から端的に・・・。『日本政府と基地反対派は、結果的に共犯関係。被害者は納税者。この観点に立てば、誰もが沖縄問題の当事者になれる』・・・いかがなもんでしょう。・・・さて、沖縄問題を解決しましょうかね。まずは、基地負担を平等にしましょう。
米軍基地の割合
本土 七七%(七八九平方km)
沖縄 二三%(二三二平方km)
自衛隊専用基地の割合
本土 九九%(三六九平方km)
沖縄   一%(三平方km)
日米合わせた軍事基地全体の割合
本土 八三%(一一五七平方km)
沖縄 一七%(二三五平方km)
米軍基地のうち米軍専用基地の割合
本土 二六%(七九平方km)
沖縄 七四%(二二八平方km)
自衛隊と米軍の騒音被害、墜落可能性に大きな差はないので、軍事基地全体の割合が大事ですね。つまり、沖縄の軍事基地集中度は一七%。普天間移設など日米合意が実行されれば、本土八六%、沖縄一四%になるそうです。それでもひとつの都道府県としての負担が大きいのは事実。本書はこの一四%をどこまで減らせるかが今後の課題であると言っています。

確かに、でも同時に沖縄は自分の足で立たなきゃね。基地反対派は日本政府との共犯者っていうんなら、被害者の一人である私は、日本政府ともども基地反対派をも、許す必要はないわけだよね。これまでに十兆円の振興予算は十年延長が決まったそうです。
 
産経ニュース 2015/2/6
翁長知事、2度目の官邸詣でも袖… 菅長官なお根強い不信「面会予定ない」
http://www.sankei.com/politics/news/150206/plt1502060080-n1.html






    






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右も左も持ちつ持たれつ(覚書)『沖縄の不都合な真実』 大久保潤 篠原章

オスプレイが配備された普天間野嵩ゲート。平日でも退職教員や元公務員、週末には県内外から市民活動の活動家が集まる。抗議行動を仕切るのは沖縄平和運動センター。連合沖縄傘下の労組、社民党沖縄県連合、沖縄社会大衆党、自治労沖縄。沖教組、沖縄国家公務員労組などが加盟している。

平和センターは、一九九三年に社会党護憲反安保県民会議と原水協(社会党系原水禁沖縄支部)反戦平和運動を統合して設立された。

そこに至る、戦後左翼運動の経緯をおさらいしてみる。反米・反安保を掲げて労組を仕切った総評は、反米・反安保・護憲を旗印にする社会党と強く結びついた。一九八〇年代、労組組織率の低下、公社の民営化のあおりを受け、一九八九年には総評系が同盟系に合体して連合が誕生する。

連合は安保堅持を掲げ自衛隊を容認したため、反戦平和運動は労組からは切り離されることになる。資金は労組が提供し、自治労、日教組などの労組幹部が役員を兼任するが、活動組織はあくまで労組から独立したものとして再編成される。

沖縄平和運動センターはこういった経緯で誕生し、日本中から「反安保」「反戦」「反米」と言った運動自体が消えていく中、沖縄だけが正面からそれらのスローガンを掲げる唯一の場所となった。あの勘違いの時代の最後の砦、それが沖縄。

でも、事態は深刻。このままじゃ、沖縄が立ち枯れる。問題は、本当に基地なのか?


『沖縄の不都合な真実』 大久保潤 篠原章『沖縄の不都合な真実』 大久保潤 篠原章
(2015/01/16)
大久保 潤、篠原 章 他

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ー隠された沖縄の現実ー


沖縄は、東京裁判史観と唯物史観を前提とする、いわゆる日本的“反戦平和運動”の最後の砦となり、さながら平和センターは砦の守護神。神は今でも守っている。自治労や日教組や社民党が沖縄に築いてきた権益を・・・。

ところが、だ。保守系政治家が集票活動として基地反対運動に肩入れすれば、基地反対運動は、それこそ県民総意の体裁を整えてしまう。でも、県民総意の基地反対運動なんて、実際にはどこにも存在してない。ただ、そう仮定するだけで、多くの人たちが幸せになる。

唯一、基地反対運動にこそ存在意義を許された労組や社民党、それから何市の人だか知らないけど市民活動家。借地料ウハウハの人、それから自治体。下地さんところみたいに補助金で潤ってきた県内外の企業。「基地が必要なのはヤマトンチュであって、ウチナンチュには必要なのであります」って演説で票を稼ぐ政治家さん。

でもね。「結局は“カネメ”でしょ」っていう石原伸晃みたいな奴のそういう意識が、沖縄をダメにしてんのよ。だから、放っておけば東北もダメんなる。

そうはさせないぞ-❢ オー❢ もう一度書くけど、問題の深刻さにはゾッとする。私も沖縄県民とおんなじ日本人。かねだしてる以上、口は出させてもらう。もう、このへんで変えなきゃね。
産経ニュース 2015/2/6
翁長知事、2度目の官邸詣でも袖… 菅長官なお根強い不信「面会予定ない」
http://www.sankei.com/politics/news/150206/plt1502060080-n1.html






    






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左翼ジャーナリストが使うひどい言葉 『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』 仲新城 誠

2011年から2012年にかけて、八重山が日本全体の注目を浴びた。最初、問題の所在がどこにあるのか、私にははっきり分からなかった。要は、2011年の9月、正規の手続きで決定された育鵬社版公民教科書に対して、八重山採択地区協議会内の一地区である竹富町教育委員会が反旗を翻して東京書籍版公民教科書を採択したことにはじまる。これ自体、大したことではない。非は竹富町教委にあり、しかるべき機関から指導が入り、竹富町教委がそれを撤回すれば済む話だ。ところが沖縄ではそうはならず、問題は複雑化した。

全国紙でも大々的に取り上げられるようになったのは、沖縄県教育委員会が竹富町教委の立場に立って仲裁に入り、育鵬社版公民教科書の‘逆転不採択’を決定したあたりからである。さらに裁定は文科省にも持ち込まれ、‘逆転不採択’を無効としたにもかかわらず、竹富町教委がそれを取り下げなかったこと。文科省が‘教科書無償配布’の枠外を認めて、独自予算による東京書籍版公民教科書に道を開く流れにつながっていく。この間、沖縄のマスメディアは一貫して育鵬社版公民教科書、ひいては育鵬社そのものと、それを採択しようとすること自体を取り上げて騒ぎ立て、沖縄ゆえのわがままを押し通して、‘教科書採択’、‘教科書無償配布’という制度そのものの土台を揺るがせることに、その力を発揮し続けた。
『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』 仲新城 誠『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』 仲新城 誠
(2013/02/28)
仲新城 誠

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沖縄と八重山の無法イデオロギー

上記の本は、この顛末に関して大変わかりやすく、詳しく書かれている。さて、著者は現在八重山日報の編集長。八重山日報は石垣市、竹富町、与那国町で購読されるローカル紙で、発行部数は6000部。八重山地区における大手には八重山毎日新聞があり、1万4000部。「県紙」と呼ばれる沖縄全域をカバーする新聞は沖縄タイムスと琉球新報で、2社合わせて30万部。この出来事において、八重山毎日、沖縄タイムス、琉球新報は、八重山採択地区協議会が育鵬社版公民教科書の採択を決める前からその批判を始められた。批判は育鵬社版の採択を主導した石垣市教育長玉津博克はじめ、育鵬社版に手を上げた地区協議会メンバーへの個人攻撃も辞さない激しいものとなった。自らのイデオロギーのみを正義とする批判は、その対象を悪と決めつけるもので、個人攻撃を受けた者たちの人権を踏みにじることなど、正義のイデオロギーの前には少しも考慮されるところは感じられない。

日本への編入から沖縄戦、アメリカ軍政下から復帰後の米軍基地の居続けまで、一貫して被害者の立場を強調する沖縄民族主義こそが彼らの正義を支えるイデオロギーである。育鵬社版に書かれた“国境”の問題、つまり尖閣をめぐる支那、台湾との角質は、“日本国”としての問題であり、彼らのルサンチマンをエネルギー源とする民族主義からすれば、決して相容れることのできない存在でしかない。正義を背負ったジャーナリストは、全身全霊を込めて悪を叩く。本書に登場する、それらの言葉を紹介する。正義のジャーナリストと、正義の教育者の、正義の言葉の数々である。
沖縄タイムス
連載『ゆれる「国境の学び」』 2011・8・1~
  • [育鵬社の歴史教科書は、軍が住民の集団自決に関与したことを隠蔽していると断じ、]日本の侵略戦争や植民地支配の加害責任に向き合う歴史記述を『自虐史観』とする歴史修正主義[と位置づけた]。
  • 八重山では沖縄戦記述を歪めた教科書の採択される可能性が増している。
  • 中国や台湾を敵視させるような雰囲気の教科書で教えるのは良くない。
社説 2011・8・17
[改革は]『新しい歴史教科書をつくる会』系の自由社、育鵬社の選定を想定しているのではないかとの疑念が広がる。『愛国心』を強調する両社の歴史教科書では沖縄戦の『集団自決(強制集団死)』について日本軍の関与には触れていない。原因を米軍に求める記述がなされ、沖縄戦の実相からかけ離れている。

『教科書の岐路 八重山の選択』
石垣町教育長の玉津博克は、集団自決の体験者と面会した際、体験者の体験談を表情も変えずに聞いていた。

『八重山教員に危機感「戦争に向かわせる教科書」』(8・17第二社会面)
『教科書選定「憂慮」相次ぐ 退職教員ら4団体声名』(8・19一面トップ)
『史実歪曲 我慢ならん 「集団自決」体験の吉川さん』(8・20社会面トップ)
『杉並・横浜から八重山注視 市民団体、「偏った歴史観」に反対』(8・23第二社会面)

社説 2011・8・24
  • 十分な説明や議論もないままの突然のルール変更、調査員が推薦していない教科書の選定。全てはこのためだったのかと結論ありきの感が拭えない。
  • 認識の偏りなどから、『つくる会』系の教科書を採用している自治体は、全国的に見ても少ない。その中で、なぜ八重山で唐突な動きがあったのか。次々と明らかになる同地域への自衛隊の配備計画と、今回の教科書問題が見えないところでつながっているのではないか。

琉球新報
2011・8・16
[自由社、育鵬社の]教科書は、『愛国心』を強調し、沖縄戦の『強制集団死』(集団自決)への日本軍の関与に触れない記述を貫き、他の五社と一線を画す。こうした特定の教科書の採択を初めから意図した『改革』なのか

『生徒は大人の背中を見ている』 2011・9・1
肝心の子どもたちやその保護者が置き去りにされ、その教科書を選ぶかという教育の課題が政治・社会問題化している。

『八重山協は「意図的」選定で緊急アピール』(8・16一面)
『「史実を伝える教科書を」戦争体験者が訴え』(8・16社会面トップ)
『戦前回帰の教育懸念 現場意見無私を憂慮』(8・21社会面トップ)
『「軍隊の実態伝えて」 八重山教科書きょう選定』(8・23社会面トップ)

住民の会、沖教組八重山支部、沖縄県退職教職員会の抗議声明
  • なんと非民主的で独断的な暴挙だろうと怒りを禁じ得ません。調査員からの推薦もなかった教科書が選定されるのは全国でも例を見ない異常な選定。県民、国民への大きな挑戦
  • 基地問題から子どもたちの目をそらそうとする意図が見え隠れする。日本国憲法や基本的人権などの権利を軽視し、沖縄の米軍基地に関してまったく触れられていない教科書
  • 憲法9条を改正し、戦争のできる国造りへと誘導し、国民より天皇と国家を優先する内容
両紙とも、育鵬社版が選定された直後、協議会の委員名を実名で報道した上で、誰がどの教科書に投票したのかを明らかにする記事さえ掲載した。

『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介
(2011/12/21)
惠 隆之介

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著者はいま、沖縄の教育界、言論界では少数派として苦戦を強いられている。彼の戦いの対象は、沖縄県教職員組合、地元マスコミを主体とする極左勢力による異常なまでの言論統制である。話題になった“教科書採択”に関わる問題は、沖縄における“言論統制”を全国に明らかにした点においても重要であった。それら極左勢力に、支那が盛んに働きかけている。

 
「沖縄ノート」と間違えないで。この『新・沖縄ノート』こそ、本当に沖縄のことを考えぬいた、沖縄人の書いた本だと思います。各章とも大変面白いが、第3章の「歴史のなかに見る沖縄の姿」が大変重要であると感じました。

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『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』 仲新城 誠

沖縄タイムス 2013・5・1

 私たちは日本人ですか? 
ことあるごとに本土へ投げ掛けてきた問いを、自らの心に向けてみる時が来たのかもしれない

▼28日、わが国の「完全」な主権回復を記念するとした式典では万歳三唱が起きた。お祝いにはしない、としていた国側の本音が透けて見える。「沖縄が経てきた辛苦に(略)思いを寄せる」とした首相の言葉もうつろに聞こえる

▼沖縄大会では「がってぃんならん」の叫びがこだまし、いつものガンバローよりも、怒りの深さを感じさせた。時を同じくして行われた二つの集会は、東京と沖縄の埋めがたい溝を照らし出す

「差別」「切り捨て」「離縁状を」「独立」などの文字が紙面に並んだ。数々の抗議集会、東京行動…。束になって異議申し立てを繰り返しても一顧だにされない無念の思いが、鋭い言葉の裏側に潜んでいる

▼「沖縄を返せ」の歌詞を「沖縄に返せ」に替えて歌うことが定着し、大会でも合唱された。沖縄のことは沖縄で決めたいという願いに呼応しているのだ。冒頭「民族の怒りに燃える島」の「民族」も別の意味を持って響く

ニッポンは母国にあらず島人の心に流す血を見つむのみ(玉城寛子)。28日付本紙歌壇に寄せられた短歌が重い。もしかすると多くの政治家には、その血潮さえも見えていないのかもしれないが。(具志堅学)

「がってぃんならん」、「差別」、「離縁状を」、「独立」、「沖縄のことは沖縄で決めたいという願い」も、これまでずっと沖縄タイムスが県民を煽ってきたものであり、沖縄タイムスの願いだ。「ニッポンは母国にあらず島人の心に流す血に見つむのみ(玉城寛子)」と、どれだけの覚悟で歌を詠むのか。このような人をどれだけ増やせば気が済むのか。
言いにくい言葉だが、“自分たちが一番苦労した”と
思い込んでる人は見苦しい。

沖縄タイムスには、真摯に歴史を見る目がまったく感じられない。日本化に関しても、戦中・戦後の出来事に対しても。主張するところは、“被害者”の立場からの要求ばかりだ。なにもかも、引きずり下ろす勢いだ。これら沖縄の新聞が、とんでもないことをやらかしていた。
『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』 仲新城 誠『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』 仲新城 誠
(2013/02/28)
仲新城 誠

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沖縄と八重山の無法イデオロギー

八重山地区教科書騒動の顛末
2010年
2月28日  中山義隆石垣市長誕生 16年ぶりの保守市政誕生
10月1日  現職校長の玉津博克が石垣市教育長に就任
2011年
5月  玉津、教科書選定方法の改革に着手。「八重山採択地区協議会」メンバー変更。調査員報告書内の順位付けと一種絞り込み廃止。
6月27日  協議会総会開始。玉津改革の変更点承認
8月23日  協議会総会(8人)で、公民に育鵬社版が採択される
8月27日  竹富町教委が育鵬社版を全会一致で不採択
9月1日  石垣市教育委員長の中本英立が石垣、竹富、与那国3市町の教育委員全員による「八重山教育委員協会」の召集を要請
9月8日  「八重山教育委員協会」臨時総会で、育鵬社版が逆転不採択となり、東京書籍版が採択される
9月13日  文科省が「逆転不採択は無効」との見解
10月26日  文科省が、協議会の答申に従わない竹富町について「無償給付の対象外」と国会答弁。自費購入は容認
2012年
2月22日  竹富町教委、寄付を受けて、東京書籍版を購入することを決定

革新の砦沖縄に、八重山の離島のこととはいえ、玉津博克による教育改革で「公民」教科書として育鵬社版が導入されるという決定は、確かに唐突にも思われる。しかしそれは、国境が賑やかになったことが原因で、国境についてしっかり触れられている育鵬社版の選択は、国境の町にすれば当然でもある。そう考えれば、沖縄教育界やマスメディアの反応の方が異常であり、玉津博克の改革は正規の手続きを踏んだものであり、しかも長らく無責任に放置されてきた教科書採択を考えれば、改革の必要性は正当であった。

横槍を入れて、文科省の教科書採択システムを無視したのが「逆転不採択」であり、そのイニシアチブを取ったのは、竹富町教育長の慶田盛安三と沖縄県教育委員会だった。そしてその背景にあるのが、長年において沖縄の世論を操ってきた沖縄タイムス、琉球新報といった、沖縄限定の主要マスメディアという構図である。そして、“独自購入”により教科書採択システムの抜け道を許した文科省の責任も大きい。

沖縄マスメディアの特徴は、イデオロギー色の強さにある。“沖縄人の生存と人権を脅かす米軍基地を前面撤去するため、日米両政府との闘争を続ける”という思想である。日本人の抱える沖縄への罪悪感は、沖縄の特別視を容認することにつながり、沖縄イデオロギーに濃厚な“反日、反米”という姿勢は、日本各地で足場をなくしつつある左翼の格好の隠れ蓑となっている。もちろん、沖縄マスメディアも、それを臆面もなく利用している。今では、県民を炊きつけることなど、いとも簡単にやってのける。

“竹富町教委には「自分たちは違法行為はしていない」という方い信念があった”という。彼らは今もわかっていない。自分たちのゴリ押しが、いかに日本の教科書採択制度を不安定にしたか。沖縄のやり方に一石を投じた玉津博克が悪い、“沖縄”の決定を認めなかった日本政府が悪いと、自らを省みようとはしない。イデオロギーは、全てに優先するのだろう。まだまだ今後も、沖縄は激動するだろう。

報道されない沖縄  沈黙する「国防の島」報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」
(2012/04/28)
宮本 雅史

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『「戦争中、唯一国民を巻き込む地上戦の行われた沖縄は日本本土の被害を最小限に食い止めるための犠牲であった」、「沖縄には在日米軍基地の大半が集中している」、「我慢の限度を超える騒音だけでなく、米兵による事件、事故の犠牲まで押し付けられてきた」 。沖縄を取り巻く感情は、あまりにも複雑である。その複雑さに耐えかねて、上記のような“被害者像”だけで沖縄を語ろうとするなら、それは“日本”を苦しめ続ける。もちろんそこには沖縄も含まれる。』

上記のような文脈で書かれた本。しかし、『政府は、予算や基地問題でも、他の都道府県の時と同じような感覚で交渉するが、沖縄は違う。沖縄は政府対自治体の交渉をしているのではない。我々は日本国と外交交渉をしているのですよ。それが全く分かっていない。沖縄の歴史を見ればすぐに理解できるはずだが』という沖縄の在り方が今後も続けられるなら、沖縄が傷つけているものは決して‘本土’だけではなく、切り離すことのできない日本の一部である沖縄そのものなのではないだろうか。この本にはそういう視点がある。


『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介
(2011/12/21)
惠 隆之介

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沖縄県民が自分の足元を見つめ、前へ進むために書かれた本。今のままでは沖縄はどこへも行けない。本土をへきえきとさせているように見えて、結局は自分が一番傷ついている。これまでも沖縄は血を流してきた。でも、血を流したのは沖縄県民だけじゃない。それに築かなければ沖縄は前に進めない。

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『オスプレイとは何か40問40答』 かもがわ出版

『オスプレイとは何か40問40答』 かもがわ出版『オスプレイとは何か40問40答』 かもがわ出版
(2012/09)
石川 巌、松竹 伸幸 他

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オスプレイの日本配備は日米関係そのもの
「安保や同盟」という問題についても、少し思考を巡らせてみたい」というこの本の考えに、まったく依存はないのだが・・・
                   ミィ5
オスプレイの代名詞になっているのが“事故”。事故確率の数字がよく取り沙汰されますが、「オスプレイ」と一まとめにされることもあれば、海兵隊仕様のMV22、空軍機CV22に分けて語られることもある。また、事故のランクにもABCの三通りあり、これが一様に語られないとさっぱりわからなくなる。

この本でも、「オスプレイ」という場合と「CV22」と使い分けをしているが、そもそも空軍機のCV22は、日本に配備されるわけではなく無関係だ。

とは言っても、意図を持ってこれだけの分量で書かれたものであれば、いくらでも文句はつけられる。要は、軍用機というのは、常に危険と隣合わせにあり、米軍は自衛隊のように日本国民には気を使ってないということだ。そのオスプレイや米軍の存在による危険を測るのは、日本人にとって当たり前だ。執筆者の特異な意志を感じるが、在日米軍の存在を知る上で、勉強になる知識も多い。
この本には知ってて知らんぷりをしているようにも思えるが、アメリカは日本を属国という状態において在日米軍を駐留させているということだ。日本は“国防”と“外交”をアメリカに握られている。“属国”といってなんの不思議もない状態だ。 
オスプレイ
日米関係に思いを巡らせて見ることは、絶対に必要だ。同時に、今現在の日本にとって米軍の軍事力は、絶対に必要だ。“属国”の状態に甘んじてでもだ。それだけの危険が、今の東アジアにはある。

この本が、その危険について触れないことは、不公平だ。

この本は、40の質問に3人の人物が答えるという形で書かれている。
石川巌
軍事リポーター。元朝日新聞社会部記者。

大久保康裕
沖縄県平和委員会事務局長

松竹伸幸
日本平和学会会員

沖縄平和委員会ってなんだ。
インターネットで見たら、『日本平和委員会』っていうのがあった。

http://j-peace.org/
 日本平和委員会の目的は、「あらゆる人々の平和の願いをもとにし、戦争と侵略の政策、すべての他民族支配に反対し、日本と世界の平和の確立に寄与すること」(規約第2条)です。
 21世紀の今日は、国際的には、核兵器廃絶、国際紛争の平和的解決、民族自決権擁護、外国軍事基地撤去・軍事同盟解消を、国内では、憲法9条守れ、非核3原則の厳守、米軍基地撤去・日米軍事同盟解消、侵略戦争の反省と戦後補償の実現などが大切なテーマと考えて活動しています。

大変わかり易い団体でした。

もう一つ、日本平和学会というのは・・・

http://www.psaj.org/
 われわれは早急にこの立ちおくれを克服し、被爆体験に根ざした戦争被害者としての立場からの普遍的な平和研究を制度化しようと考えている。他方、70年代の日本は今後アジアの小国に対しては、再び加害者の立場に移行する危険性をも示しはじめている。日本平和学会はあくまで戦争被害者としての体験をすてることなく、将来日本が再び戦争加害者になるべきでないという価値にもとづいた科学的、客観的な平和研究を発展させようと考えている。研究は客観的、科学的であるべきであるが、研究の方向づけにおいてけっして道徳的中立性はありえない。
ということでした。

    





 


テーマ : 沖縄
ジャンル : 政治・経済

『本音の沖縄問題』 仲村清司

本音の沖縄問題 (講談社現代新書)本音の沖縄問題 (講談社現代新書)
(2012/05/18)
仲村 清司

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“本音”って誰の?


第四章「沖縄という土地 - 復帰が問われる時代」15“独立を目指す人々”に、1999年11月24日に97歳で亡くなった大山朝常氏が著者に語った話を含めてこうある。
復帰後のヤマト世は幻滅するばかりの日が続いたという。そして1995年、米兵による少女暴行事件が発生する。
「三度目の過ちです。少女を守ってやることができなかった。痛恨の極みです」

そして、復帰前も復帰後もヤマトは沖縄をアメリカに売り飛ばしたと吐き捨てるようにいい、少女はその犠牲者の一人だと付け加えた。

「本当に祖国なら同胞にそんなまねができるはずがない。こんどこそ沖縄の針路を間違えてはいけない。沖縄の人間は薩摩の琉球侵略までさかのぼってヤマトの正体を見るべきでしょう」
と、宙をにらみながら氏は、「沖縄は独立すべきですよ」と静かにいった。

著者は、“大山朝常氏の思いにまだ応えきれていない”思いを抱きつつ本書を執筆してきたようだ。

ある社会的命題を取り上げて一冊の本を書き上げるのに費やす努力は並大抵のことではない。細かなテーマについても、いちいち様々な見方があり、時には立場によって正反対の見解に至る。だから、ここではそういった一つ一つの著者の見解に触れることは控えておこうと思う。それをしても意味が無いように思われるからだ。

この本はよく書かれていると思う。“反ヤマト”という立場から書かれた本としては、ひとつの完成形と言っていい本ではないだろうか。ただし、本書の題名『本音の沖縄問題』とは、一体誰の“本音”なのだろうか。著者の“本音”か。それは間違いないだろう。だけど、イコール“沖縄の本音”か、と考えれば、到底そうとは思われない。おそらく曖昧に、“わたしたちの本音”と広範囲に、できる限り広く受け取らせることが出来れば大成功というところだろう。

本書は沖縄戦、日本復帰時の裏切り、普天間移設問題での背信を取り上げて、日本は“日本の利益”のために沖縄を切り捨てた。今も“切り捨て続けている”ということを、反ヤマトの根拠とする。そうとしか考えられないのであれば、“反ヤマト”もやむを得ない。そういった考えの人々に、いくら“19世紀以降の世界史的視点”とか、“敗戦後、戦勝国欧米の立場から再構成された近現代史”とか言ってみたところで無駄なのであれば、残念としか言いようがない。

同時に多くの“日本人”が、彼らが反ヤマトの根拠とする問題に対して罪悪感を抱いている。その罪悪感が沖縄への各種補助金となり、沖縄経済の依存体質を生み出していることを考えれば、なんと不幸な関係かと嘆かざるをえない。

著者に同調できる部分が、冒頭“プロローグ”にある。

「いずれにしても、日本も沖縄も、一つの覚悟を要する時期にさしかかっている」

沖縄人とは呼ばず、沖縄県民と日本の将来を心配する立場から考えても、たしかにそう思う。



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昭和天皇、沖縄の軍用継続を要望



 



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最近読んだ沖縄関連の本

大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判。鳩山由紀夫元首相を原因としておきた普天間基地移設問題をめぐるゴタゴタ。支那が東シナ海での活動を活発化させたことに始まる尖閣諸島問題の先鋭化、および支那不安定化に伴い重視される在沖米軍の存在。オスプレイ配備をめぐる騒動。

沖縄が注目を集めている。これまでもそうだった。そのたびに本土人は自責の念をかきたてられ、各種補助金が沖縄に手当てされることを容認してきた。沖縄はいつも涙を飲んでいるように見えて、基地関連費用が県の経済を支える体制は、ますます強固になっていった。最近は、“沖縄はもともと我が領土”などという支那の戯言まで聞こえてくる始末。驚くことに、沖縄そして日本にはそれに呼応する連中が存在する。

変化といえば、もう一度‘沖縄’という存在を問い直そうという立場からの出版が見られることだろうか。大東亜戦争の中で‘唯一の地上戦’という犠牲を強いられた沖縄。日本からアメリカに譲渡され、ひとり本土経済発展から取り残された沖縄。在日米軍基地の75パーセントを日本政府、本土日本人から押し付けられている沖縄。今まで語られてきた、そういった沖縄。でも、それだけではない沖縄の姿が、最近の出版の中で語られ始めている。琉球王国時代から、支那帝国と日本の間で国を保ってきた沖縄の外交力、交渉力には、外交べたの日本の政治家のお手本にしたいほどのしたたかさを持っている。それは今、ひとへに日本国に対して用いられている。

ここのところ一年くらいの間に読んだ沖縄関連の本を、以下にあげてみました。

本音で語る沖縄史本音で語る沖縄史
(2011/06)
仲村 清司

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薩摩の侵略から琉球処分、沖縄戦と続く歴史を、‘甚大な被害’と捕える立場から書かれた本である。ではあるが、かといって本土を批判する立場から書かれたものではない。一沖縄人として沖縄の歴史と行く末を憂慮している本である。

この本を読んだ当時、私は、「沖縄を救えなかった。戦争には負けてはいけなかった」と書いている。このことに関しては今でもそう思っている。しかし、「彼らは復帰運動で日の丸を振った。だからと言って‘沖縄は日本だ’と言い切るのは傲慢では・・・」という書き方をしている。この点、今ならこうは書かない。沖縄は、何よりも日本と同じ地平の文化に属し、別種の歴史を歩んだ時期はあるものの、近代以降一体化された歴史を持つ、切り離すことのできない日本の一部である。確固たる教育と、県民の努力により、補助金に頼る財政に見切りをつけ、県の独自性の上に新たな日本人としての自覚を育てていくべきである。


報道されない沖縄  沈黙する「国防の島」報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」
(2012/04/28)
宮本 雅史

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『「戦争中、唯一国民を巻き込む地上戦の行われた沖縄は日本本土の被害を最小限に食い止めるための犠牲であった」、「沖縄には在日米軍基地の大半が集中している」、「我慢の限度を超える騒音だけでなく、米兵による事件、事故の犠牲まで押し付けられてきた」 。沖縄を取り巻く感情は、あまりにも複雑である。その複雑さに耐えかねて、上記のような“被害者像”だけで沖縄を語ろうとするなら、それは“日本”を苦しめ続ける。もちろんそこには沖縄も含まれる。』

上記のような文脈で書かれた本。しかし、『政府は、予算や基地問題でも、他の都道府県の時と同じような感覚で交渉するが、沖縄は違う。沖縄は政府対自治体の交渉をしているのではない。我々は日本国と外交交渉をしているのですよ。それが全く分かっていない。沖縄の歴史を見ればすぐに理解できるはずだが』という沖縄の在り方が今後も続けられるなら、沖縄が傷つけているものは決して‘本土’だけではなく、切り離すことのできない日本の一部である沖縄そのものなのではないだろうか。この本にはそういう視点がある。


兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録
(2012/03/16)
松本 仁一

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整備兵として沖縄戦を迎えた、ある一人の日本への物語。

「なぜこんな無謀な戦争を始めたのか」というセリフが、この物語の主人公の言葉として語られている。このセリフの背景には少なくとも、‘戦う必要のない戦争だった’という心情がある。果たしてそうか。この戦争に突入する世界の状況、ヨーロッパ諸国の状況、アメリカの狙いといったものが、いま徐々に研究の対象になりつつある。無謀な状況に日本を追い込んだのは世界だ。

「なぜこんな無謀な戦争を始めたのか。」少なくとも、このことは日本にだけ向けられて済む問ではない。でなければ、沖縄はどこへも進めない。


『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介
(2011/12/21)
惠 隆之介

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沖縄県民が自分の足元を見つめ、前へ進むために書かれた本。今のままでは沖縄はどこへも行けない。本土をへきえきとさせているように見えて、結局は自分が一番傷ついている。これまでも沖縄は血を流してきた。でも、血を流したのは沖縄県民だけじゃない。それに築かなければ沖縄は前に進めない。

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『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介

『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介
(2011/12/21)
惠 隆之介

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このところの沖縄を考えれば、まるで“小さな韓国”を見るようで、その上で韓国のように突き放して考えることもできない。自分の体の一部であるのに動かそうとすると痛みを伴う。かと言って、切り取ってしまおうなんて考えることもできない。

“琉球処分”とそれ以前の歴史について触れるつもりはないが、19世紀末の世界事情の中で考えてみれば、双方にとって悪い選択ではなかったのではないかと思う。しかし、沖縄の本土並みの近代化には大変な時間がかかったし、結局日本は大東亜戦争でアメリカに負け、やり通すことはできなかった。琉球処分で完全に日本に編入された沖縄は、やはり本土との間には文化的にも歴史的にも大きな差があったといういうことである。

敗戦後、沖縄を支配した米軍政府は、日本が71年かかっても出来なかった沖縄の開発振興を、わずか27年で成し遂げた。戦勝国の地位を背景としていたとはいえ、悔しいけどアメリカの保つ力を認めざるを得ない。そして1972年5月15日、沖縄は日本に復帰した。

著者の惠隆之介氏は、1954年、コザ市の生まれ。返還の時は、高校2年死だったという。幼少時、「国語の勉強なんて不要ではないのか」という疑問に、彼の祖父は「日本はたしかにアメリカと戦争して負けた。しかし日本人は勇敢で優秀だった。いずれ国力を回復してこの沖縄住民を迎えに来るだろう。貴君らはその時のために日本人としての矜持を一時も失うな。国語を重点的に勉強せよ」と語ったそうである。

その著者がいま、沖縄の教育界、言論界では少数派として苦戦を強いられている。彼の戦いの対象は、沖縄県教職員組合、地元マスコミを主体とする極左勢力による異常なまでの言論統制である。話題になった“教科書採択”に関わる問題は、沖縄における“言論統制”を全国に明らかにした点においても重要であった。それら極左勢力に、支那が盛んに働きかけている。

返還以後、日本政府は13兆円以上の補助金を沖縄に投下してきた。他県民の“自責の念”と沖縄県民の“当然の迷惑料”という気持ちがそれを許し、それが沖縄県民をダメにした。各界で活躍する沖縄県民は多いが、この各種補助金の額はあまりにも異常である。

地上戦に巻き込まれたのは沖縄県民だけではない、千島列島から、北方領土から、樺太から、満州から、朝鮮半島から、家族や仲間を殺されたり強姦されたりしながら、故郷を追われて本土に逃れてきた者もいる。すべてを呑み込んで、死にものぐるいで生きてきた人達もいる。苦労したという事なら、決して沖縄だけが特別ではない。ガンバレ沖縄県民。

本書の構成
第1章 沖縄に迫る危機
第2章 普天間基地問題は解決できる
第3章 歴史のなかに見る沖縄の姿
第4章 米軍政下で味わった贅沢
終章  沖縄をどう統治するか

「沖縄ノート」と間違えないで。この『新・沖縄ノート』こそ、本当に沖縄のことを考えぬいた、沖縄人の書いた本だと思います。各章とも大変面白いが、第3章の「歴史のなかに見る沖縄の姿」が大変重要であると感じました。

この本も面白かった。




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『報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」』 宮本雅史

報道されない沖縄  沈黙する「国防の島」報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」
(2012/04/28)
宮本 雅史

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政府は、二四年度内閣府沖縄振興予算案を前年度比27.6%(六三六億円)増の二九三七億一九〇〇万円とした。三〇〇〇億円を要求していた県側にとっては、ほぼ満額に近い回答となった。

二〇年度の全国の主要国税の徴収総額に占める沖縄県の納付額とその割合を見ると、法人税は全国で九兆四七三七億円。そのうち、沖縄県は0.40%の三八〇億円。申告所得税は全国が二兆六四九四億円で、うち沖縄県は二一四億円(0.81%)。源泉所得税は全国が一四兆四三二〇億円で、沖縄県は五一三億円(0.35%)。消費税は全国が七兆三四一四億円で、沖縄県は四一七億円(0.56%)。合計すると、全国の主要国税の徴収総額は三三兆八九六五億円で、そのうち沖縄県が占める割合は、一五二五億円で0.44%だ。そこに三〇〇〇億円近い予算が投入されることになったのである。

「戦争中、唯一国民を巻き込む地上戦の行われた沖縄は日本本土の被害を最小限に食い止めるための犠牲であった」
「沖縄には在日米軍基地の大半が集中している」
「我慢の限度を超える騒音だけでなく、米兵による事件、事故の犠牲まで押し付けられてきた」

沖縄を取り巻く感情は、あまりにも複雑である。その複雑さに耐えかねて、上記のような“被害者像”だけで沖縄を語ろうとするなら、それは“日本”を苦しめ続ける。もちろんそこには沖縄も含まれる。

大戦中、沖縄守備隊が潰滅したとき、沖縄根拠地隊司令官の大田實は、海軍次官宛に、高最後の電報を打った。「・・・沖縄県民斯く戦えリ 県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」

唯一、国民が巻き込まれる形で地上戦が戦われ、戦後、二七年間アメリカ軍政下にあり、復帰後も県土の10%強を米軍基地が占めた。

日本復帰後四〇年がたち、大田實海軍中将が配慮を求めた沖縄県民といまの沖縄県民は、同じようで違う。同時に、違うようで同じ存在である。本書のあとがきに“ある沖縄保守党議員”の象徴的な言葉があった。

政府は、予算や基地問題でも、他の都道府県の時と同じような感覚で交渉するが、沖縄は違う。沖縄は政府対自治体の交渉をしているのではない。我々は日本国と外交交渉をしているのですよ。それが全く分かっていない。沖縄の歴史を見ればすぐに理解できるはずだが」
彼ら沖縄の代表は、常に最大限の“沖縄の利益”を考えている。さらにルーピー鳩山に代表される民主党が火をつけた、無意味な普天間混乱で、“独立”を口に出す沖縄県民さえ現れた。ルーピー以降はともかくとして、沖縄は、たしかに他の日本社会とは異質なものを持っている。でも確かに、それはもともとそうだ。

戦後の特殊事情の中に、いまにつながる問題を探してみるべきだろう。戦争中の住民被害は、悲惨なものであっても、沖縄だけに特有のものではない。では沖縄の特殊事情とはなにか。

本土国民と日本政府の必要以上の贖罪意識と沖縄への偏見。左翼運動家が自己目的を達成するため、“住民を巻き込んだ唯一の地上戦”、“二七年のアメリカ軍政”、“米軍基地の集中”といった戦後の沖縄の状況がされ放題に利用された。これらが沖縄を歪めたことはな違いないだろう。

沖縄県民は、上記のような本土初の状況のもとで、“被害者”であることを最大限に利用した。彼らがそのように行動したことは、沖縄のたどった歴史と無関係ではなかったろう。しかし、沖縄と本土がこれまでのような関係を続けていくことは、そろそろ限界だろう。

日本は、沖縄を日本の中の一県として、日本の米軍基地問題を考え、将来どうしていくかを語らなければならない。インフラ整備が終われば、沖縄の産業の発展は沖縄県民に任せればいい。沖縄県民も、他の県民の収めた税金をこれまでどおり使えるとは思わないほうがいいだろう。

酔ってしまってまともなことが書けないけど、とても勉強になる本でした。
酩酊陳謝

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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