めんどくせぇことばかり 本 その他
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『爺の暇つぶし』 吉川潮 島敏光

すでに子育ては終わった。

娘も息子もとっくに成人し、二人とも結婚して家庭を持った。娘は二児の母となり、今や、子育てに頭を痛めている。二人とも、連れ合いと力を合わせ、この先、厳しいことがあっても、なんとか乗り越えていってくれるだろう。十分であったかどうかはともかくとして、、命をつなぐという仕事は果たした。

と言うことは、余生に入ったと言っていいんだろう。しかも、1年前に定年を待たずに早期退職し、言わば隠居生活を始めた。そして、私は今年、還暦を迎えた。私が子どもの頃であれば、そろそろ人生を終える覚悟を持たなければならないような年齢だ。でも、今は違う。どこに落とし穴があるかは分からないが、今はまだ、死を目前のものと捉える状況にはない。

私の感覚で言えば、子どもたちは自立し、仕事を辞め、還暦を迎えた私は老人だ。なぜか、この老人と言う言葉を、最近、聞かないような気がする。使いづらい、何らかの理由でもあるのだろうか。まあ、いい。とにかく私は老人だ。

以前、渡辺京二さんの『未踏の野を過ぎて』に、書かれていた。「あとは自分の好きなものを見、好きな音を聞き、好きなものに触れ、好きなものを味わっていきたいもんだと思う。そして、“人”とは、“社会”とは、そう言ったことを暇に任せて考えていく責任が老人にはある」と渡辺さんは書いていたが、それは渡辺京二であればこそ意味のあることだ。私ごときでは。耳を傾ける者もいない。

だけど、今は、こんなブログなんてものもあるし、意見の表明ができないわけじゃない。“人とは、“社会とは”と振りかぶった斧を落とすようなわけにはいかないが、私には私のやり方があるだろう。そう思いつつ、こんなことを書くのも、“爺の暇つぶし”の方法の一つになるか。

“爺の暇つぶし”を充実したものにするには、まず、自分の連れ合いとの間合いを見切ることが必要だろう。仕事をして、会社からバンバンお金を運んできた頃は、役割分担という形で、当然のように食事を作っていた妻も、その夫がリタイヤしたとなると、「なぜ私ばかりが」ということになる。

そりゃ、そうだな。しかも、朝昼晩の1日3食、毎度毎度、作ってもらって当たり前と思われたんじゃ、こりゃたまらないね。島敏光さんがすごい言い方。「こうなってくると、食事を提供すると言うより、家畜にエサを与えるような気分。いや、家畜ならまだ役に立つ」と、仕事を辞めた亭主は家畜やペット以下に落ちることもありうると。


『爺の暇つぶし』    吉川潮 島敏光


ワニブックスPLUS新書  ¥ 913

いざ定年を迎えてみたら、ありあまる時間をもてあまし気味のシニアの方々へ
第1章 食事とおしゃべりは絶好の暇つぶし
第2章 映画、音楽、ライブは暇つぶしの三種の神器
第3章 散策は金がかからない暇つぶし
第4章 旅は道連れも良し、一人旅も良し
第5章 テレビとインターネットに依存してはならない
第6章 60過ぎたら気をつけなければならないこと
第7章 先人たちから学んだこと
第8章 私の暇つぶしの相手
第9章 暇な時こそ人生の整理を


これはマズイ。

きちんと、連れ合いとの間合いを見極めないとね。連れ合いとの間合いを見極めて、お互いを尊重し合えるような、新しい関係を作っていかないといけない。仕事を辞めて1年が過ぎたけど、それができたとは、まだ言いがたい。それに、状況に合わせて、どんどん移り変わっていくものだと思うしね。

その上で、楽しい毎日を過ごすためには、・・・。実のところ、この本を読んだ上でこんなことを言うのはどんなもんかと思うんだけど、本来そんなこと、人に教えてもらうようなもんじゃないような気がする。やりたいことをやればいい。

早期退職するとき、ほぼ自分の気持ちを決めてから、「山に登りたいんだけど、仕事辞めていい」って聞いた。そのためにわざわざテントを担いで尾瀬まで行って、満天の星の下で聞いた。ざまあみろ!

だけど、新しい関係を作るに当たって、いろいろ気は遣った。私が家にいることによって、連れ合いの負担が増えるのは極力避けた。お二人も書いているけど、家で作ってもらっちゃダメだよね。外で食べればいい。それも、飯友を作って、いろいろなところに出かけて食べるのがいいそうだ。

映画、音楽、演劇、寄席、スポーツ観戦、・・・何でもいいんだよね。なかには、値段の張るものもあるけど、お手軽なものもある。映画なんて、安いもんだな。だけど、今まで、映画はいつも連れ合いと一緒なんだよな。午前中の上映を一本見て、ご飯を食べて変えるパターン。連れ合いとの新しい関係によっては、これを一人で、あるいは連れ合い以外の人と行ってこられるようになればいい。

庭園や公園の散策っていうのは、私の山登りみたいなもんかな。美術館や博物館、場合によっては神社仏閣のお参りとセットにしてね。花の名所をめぐってみるのもいい。

テレビは、あんまり見ない方がいいな。とはいうものの、映画やドラマにも面白いのがあるからね。それ以外の作られたような情報番組は、見ない方がマシ。私はラジオだな。NHKFMをかけていることが多い。ニュースだって、テレビよりもラジオの方が情報の操作が少ない分だけいい。

吉川潮さんは、おしゃれにもこだわりがある。帽子にもこだわりがあって、爺にも勧めている。《電車の中や町中で禿げ頭や髪の薄い男性を見かけるにつけ、「どうして帽子をかぶらないのかしら」と思います。中には他人に不快感を与えかねない頭の人もいるのです》と言っている。“他人に不快感を与えかねない頭”とは、どんな頭のことを言ってるんだろう。

《潔いのも考えもので、未練たらしく生きるほうがいいと思うのです。皆さんも未練をなくさず、未練たらしく長生きしましょう》と言いながら、《ただ、長生きするにも恐いのは病気です》と。さらには、《90歳まで生きても最後の10年が寝たきりだったら、「80歳で死んだ方が良かった」と思いませんか。特養ホームで生きる屍のように過ごす老人をニュースで見るにつけ、そう思うのであります》だって。

吉川潮さんの今後が、なんだか心配。




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ジャンル : 本・雑誌

『爺の暇つぶし』 吉川潮 島敏光

いつの間にか、こんな題名の本が、真っ只中の歳になってしまった。

私は末っ子の三男坊で、しかも、子どもの頃に脚が悪かったこともあって、なにかとみそっかす扱いされた。それから、自分ではそれを意識していたような記憶はないんだけど、3月も末の生まれなもんだから、どうも小学校の低学年の頃は苦労したらしい。

何をするにつけても、まずは人に任せよう、人に頼ろうとする情けない性格は、そんな幼少期とは無縁ではないだろう。なんでも、人の方が上に見えてしまうのだ。おそらく、小学校の高学年の頃には、事実上、そういう状況はなくなっていたんだろうと思うんだけど、その傾向は、私の性格になって染みついてしまった。

仕事をするようになってからも、それは変わらなかった。同期を前にして怖じ気づいていた。そんなだから、下の奴に対してだって、意識しちゃって大変だった。ただ、そういう気持ちが向上心につながったことはたしか。人より余計に努力しなきゃとは思ってた。

劣等感なく、自信を持って仕事に向き合えるようになったのは、ずいぶん後のこと。だから、自信を持って仕事ができたのは、そう長いことではない。・・・ほんの15年くらいのことだろう。

実は、子どもの頃に脚が悪かったというのは先天性股関節脱臼で、当時にすればよく直った方だったようだ。だけど股関節に異常があるのは相変わらずで、若い頃から痛みがあって、好きだった山もあきらめた。50代に入ってから痛みが厳しくなり、56歳で手術を受けた。この手術で痛みがまったくなくなって、山を再開。面白くなって、土日だけでは物足りなくなり、定年まで1年残し、59歳で早期退職してしまった。

退職後、無職となって1年経った。

たまたま、・・・なんだけど、この1年間、地域の自治会長を務めたことから、年間に130日ほど、何かしら自治会長としての仕事があった。その合間、合間に山に登って、正直なところ、「暇を持て余す」という状況からは遠かった。それでも、すべての時間を自分の裁量で使えるという2年目への導入としては良かったかも知れない。


『爺の暇つぶし』    吉川潮 島敏光


ワニブックスPLUS新書  ¥ 913

いざ定年を迎えてみたら、ありあまる時間をもてあまし気味のシニアの方々へ
第1章 食事とおしゃべりは絶好の暇つぶし
第2章 映画、音楽、ライブは暇つぶしの三種の神器
第3章 散策は金がかからない暇つぶし
第4章 旅は道連れも良し、一人旅も良し
第5章 テレビとインターネットに依存してはならない
第6章 60過ぎたら気をつけなければならないこと
第7章 先人たちから学んだこと
第8章 私の暇つぶしの相手
第9章 暇な時こそ人生の整理を


この本は、退職後の爺が、持て余す暇を、もてあそぶための指南書と考えれば良い。二人の爺が、好き勝手なことを言っている本。

どんな好き勝手なことを言ってるかは、またちょっとあらためて紹介させてもらうが、ここでは、島敏光さんの言う“爺の暇つぶしゴールデン・トライアングル”についてだけ触れておきたい。

爺の暇つぶしゴールデン・トライアングルとは、病院の待合室、近所の公園、図書館の三カ所を指す。私はまだ、病院の待合室は無縁だが、近所の公園ではそうでもないが、図書館ではよく爺を見かける。

仕事をしているときから、本はよく読んだ。仕事が歴史の教員だから、仕事のための本を中心によく読んだ。そのための本は、新刊で購入することが多かった。他は図書館や古本もあるが、比率にすると、7対2対1くらいかな。仕事を辞めると、仕事のために本を読むってのが減ってきた。ひたすら、その時に自分の興味のために本を読むことが増えた。そしたら、図書館を使うことが多くなった。

週に2回くらいは図書館に行く。平日の午前中だな。そしたら、爺がたくさんいることに驚いた。書架の間を、本を選びながら歩いている爺は、あまりいない。私がこれに当たるが、爺はあまりいない。爺がいるのは、週刊、月刊誌と新聞の閲覧スペースだ。多くの爺がそこで暇をつぶす。

島さんが言うのは、ゴールデン・トライアングルにはまり込むと、一種の中毒となり、抜け出せなくなるという。変化がないから気楽なんだな。それが日課になると、行動範囲が狭まって、外からの刺激による驚きや感動と疎遠になり、老け込みワールドにまっしぐら。・・・なんとなく分からないでもない。

このトライアングルには入らないが、図書館で過ごした爺は、そのあとスーパーに行く。昼飯を買う。はやり、無収入の無駄飯食いは、妻に昼の準備を頼むことを心苦しく思っているようだ。先日、その時間帯に肉屋に寄ったら、爺が列を成して、揚げ物を買っていた。

爺は平日の午前中、図書館の閲覧スペースで週刊、月刊誌や新聞を読んで過ごし、昼近くなるとスーパーでできあいの昼ごはんを調達する。これで爺の半日が終わる。午後は何をするんだ、爺。昼寝して、近所の公園を散歩するていどでは、見事に老け込みワールドまっしぐらだぞ!

それでは、そうならない“爺の暇つぶし”は、そのうちにまた。



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ジャンル : 本・雑誌

『冥途のお客』 佐藤愛子

『冥途のお客』・・・、なんとも、耳なじみの良いひびき。

なんて思って手にした本だけど、後から気がついた。『冥途のお客』じゃなくて、“冥途の飛脚”だろ。あの、人形浄瑠璃の。それじゃ、人情もののお話か。なんて思ったら、まるで違った。『冥途のお客』という題名は、“冥途の飛脚”という耳なじみの良いひびきを借り受けたもの。

しかも、著者の佐藤愛子さんのところには、実際、冥途からのお客さんが訪ねてこられるようなんだ。この本は、96歳となられた佐藤さんが80歳間近となられた頃に書かれたもの。その段階で、「この世よりもあの世の友達の方が多くなってしまった」と言っておられる。それから16年余を過ぎて、おそらく、ほとんどのお友達は、あちら側でしょう。

ただ、訪ねてくるお客さんは、どうも、あちらに行ったお知り合いばかりというわけでもないようで、どうやら、現れて欲しくないお客さんが、あちらの都合で一方的にやってくる場合が多いそう。そういう輩は、だいたい、こちらが一人になるのを待って、いよいよ気配をあらわにし、思わせぶりに足音だけをたててみたり、ものを揺すってみたり、蛇口をひねってみたりと、性格の悪さを隠そうともしない行い。

そんなことを言うからには、お前もそういう体験があるかって・・・。

かつて、あった。18までは、確実にあった。その後、徐々に少なくなり、30を少し過ぎて、なくなった。

以前書いたことがあるが、私の生まれた家の惣領の妻は、ごく狭い範囲に限定された地域信仰の巫女のような役割を務めていた。やることは占いのようなもので、地域の女たちの相談を受けて、神の託宣を下すのだ。

私の祖母は、そういった力の強い人だった。他の家族には、その傾向はなかったが、私だけがそれを受け継いだようだ。私のところに人の姿で現れるのは、だいたい、私の家につながる人だったようだ。

夜中に目を覚ましたときに、私の足下に正座をしているベレー帽をかぶった男の人を見たことがある。父親と思ってよく見ると、まったく別人で、後ろにあるはずの障子の桟が透けているの気づき、あわててふとんをかぶった。

翌日それを家族に話しても、「それはお前が馬鹿だからだ」と決めつけられた。後で祖母に呼びつけられ、それが私の曾祖父の父親であると教えてもらった。土地持ちだった家を、博打につぶした遊び人で、気取ってよくベレー帽をかぶっていたと。



『冥途のお客』    佐藤愛子


文春文庫  ¥ 660

「死ねば何もかも無に帰す」と思っている人たちにわかってもらいたい
あの世とこの世
怪人の行方
どこまでつづく合戦ぞ
ノホホンと天国行き
心やさしい人への訓話
生きるもたいへん死んでもたいへん
珍友
地獄は…ある。
あの世からのプレゼント
狼男は可哀そうか?
死は終りではない


光る球のようなものは、よく見た。昼間でも飛んでいた。しかも、家の中を。母にまとわりついて離れないこともあった。犬が、その球とじゃれ合っているのも見たことがある。自分の家での経験が多いが、高校で山岳部に入ってからは、山での不思議な経験もした。

18で、私は家を出た。その頃から、不思議な経験は減った。30を過ぎた頃、祖母が亡くなった。その頃から、そういう経験はなくなった。どうやら、その力の強かった祖母に触発されての経験だったようだ。今、60を過ぎて、私は再発を望まない。

私の母は、頭のいい人で、近代的な女性だった。惣領の妻としてその役割を受け入れたが、自分の長男の妻には、それを伝授せず、自分の責任でその役割を終わりにした。

佐藤愛子さん自身は、50歳を過ぎた頃からそういった霊的体験をするようになったんだそうだ。20歳頃までにそういう経験をしなければ、そういう力は年齢とともに落ちていくから、そういう経験をせずに済むと聞いたことがある。どうやらそうとは限らないようだ。私は祖母が死んでから、そういう経験しなくなったから安心していたんだけどな。

引っ越してきた夫婦者の夫人に取り付いた色情霊の話。
自分の葬儀の相談の場の電気を明滅させて、別れの挨拶をして逝った川上宗薫。
戦国の合戦の砦と化した、岐阜県の町営住宅の話。
取り付かれやすい体質であるにもかかわらず、それを悔やみもせず、飄々として旅立った友人の話。
優しさゆえに、取り付かれちゃうこともある。情けをかけるのも時と場合。まして相手が狐の霊ならば。
なくしたはずのネックレスが、何度も探した小銭入れから出てきた。いたずら者の狐霊の話。
あの世を信じていない人に、あの世のことを話すのは難しい。
成仏できずにいたお父さんは、今は頑張って活躍している?

あの世はあると確信する佐藤愛子さん。

親交のあった遠藤周作と、もしもあの世があったら、早く死んだ方が、生きている方に、「あの世があったよ」って連絡しようって言い合っていたんだそうだ。遠藤周作が先に死んで、しばらくしてから、「あの世があったよ」って言いに来たという。

あの江原啓之さんが、どうやら遠藤周作の霊と波長が合ったらしく、「今、遠藤周作がこういっている」「こういうことをやっている」って、実況中継してくれたんだそうだ。

どうなんだろうね、死んだ後。何も無くてもともとくらいの気持ちで、楽しみに待ちたいもんだな。もしも地獄があったなら、「源信の書いた『往生要集』なんか、今でいえば霊感商法みたいなもんだ」なんて思ってたことを謝らなきゃいけない。いや、地獄行きの私が源信に会うことはできないか。



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ジャンル : 本・雑誌

『そうか、もう君はいないのか』 城山三郎

私にしてみれば、猫が死んだのだって、どうしたらいいか分からなかった。

私は、わりと本を読む方だ。だけど、城山三郎さんの本は、ほとんど読んでない。・・・読んだかも知れない。しかし、読んだとしても、城山三郎さんの本と意識して読んだ本は一冊もない。

調べれば、戦争をテーマにしたものもたくさん書いておられる。私の興味関心と完全に重なっているにもかかわらず、読んでない。城山三郎さんの本と意識して読んだ城山三郎さんの本は、この『そうか、もう君はいないのか』がはじめて。

この間、たまたま古本屋で暇つぶしをしなければならなくなって、小一時間ほど本棚の間をほっつき歩いて買った四冊の本のうちの一冊だ。

もちろん、題名に惹かれて買った。惹かれたと言っても、良い感じで惹かれたわけではない。『そうか、もう君はいないのか』なんて題名があるか。卑怯でさえある。結婚して、家庭を持ち、人生の大事な時間をともに過ごし、ホッと一息つける時期を迎えた夫婦なら、できれば避けて通りたいと考える言葉の一つがこれだ。

そんな言葉を本棚に見つけて、いったんは避けて通ったものの、結局その本棚の前に戻ってしまう。そのたびに、「読まないの?読まずに済ませるの?」と問いかけてくるかのよう。

結局、買って帰った。買って帰ったからと言って、読むと決まったわけじゃない。買って帰って、読まないという選択肢だってある。そんな言い訳がましい理由をつけて、買って帰った。






新潮文庫  ¥ 506

経済小説・歴史小説を牽引してきた作家が、先立った妻を偲び綴っていた原稿
城山三郎さんの本書『そうか、もう君はいないのか』というタイトルを目にしたときは、胸に鋭い一撃をくらったような衝撃であった。後に残されてしまった夫の心を颯と掬う、なんと簡潔にしてストレートな切ない言葉だろう。最愛の伴侶を亡くした寂寥感、喪失感、孤独感とともに、亡き妻への万感の想いがこの一言に凝縮されている。城山さんの悲痛な叫びが、助けてくれえ、という声まで聞こえてくるようで、ドキッとしたのだ。
――児玉清(俳優)


実は、この本のことは出版された当初から知っていた。しかし、興味を持っていなかったんだ。出版されたのは2008年。奥様が亡くなられたのが2000年。城山さんは7年間、一人の時間を過ごし、2007年に亡くなっている。

そのあと、城山さんの遺稿として、奥様の容子さんについて書いた原稿が見つかったんだそうだ。それを娘さんと出版社で再編集したのがこの本だそうだ。

だけど、本屋で『そうか、もう君はいないのか』という題名を見ても、本からは、なんの問いかけも感じられなかった。避けて通るのではなく、避ける必要さえなく通り過ぎていた。

しかし、義母が亡くなり、娘が嫁ぎ、息子が就職して家を出た。義父も亡くなって、家には私たち夫婦と猫だけになった。その猫が、昨年の6月に死んだ。

猫が死んだことで、私たちは、本当に二人きりになった。同じ車に乗っていて交通事故に遭うなんてケースを除けば、二人いっぺんにってことはないだろうから、次は、どちらかが一人になるんだな。たまには娘や息子が顔を出すことがあるかも知れないが、一人の長い時間を過ごすことになる。

そんなときに、古本屋でこの題名に問いかけられたわけだ。「うるせぇな。あっち行ってろ!」って怒鳴り飛ばしてなんとかなるもんなら、誰だってそうするよね。

事実、私たちも二人きりになったことで、考え始めた。次は、どちらかが一人になるんだねって。私と連れ合いは、学年は私が一つ上だが同じ年。私が3月生まれで、連れ合いが4月。一月しか違わない。50代までたばこを吸ったし、深酒の癖は今も続いている。順調に私が先に逝けそうなのだが、先のことは分からない。

私が山に行って一人で食べると思うと、特別食欲もわかないし、いつも簡単に済ませてしまうと、連れ合いは言う。それじゃあ、先に死んでいいよ。僕は、一人になっても、きっとちゃんと食べる。

そんな会話を交わすこともある。・・・だけど私は知っている。連れ合いは、それで終わる女じゃない。今夜も私は、酒に溺れて寝ることにする。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『奇妙な死体』 巽信二

今は、私と連れ合いの二人暮らしになってしまったが、かつては6人家族。

子ども二人に、連れ合いの両親とも同居していた。子どもたちは独立していったし、それと前後して、連れ合いの両親も亡くなった。義母は家で亡くなった。いや、救急車を呼んだときは生きていたのだ。救急車が到着したときも生きていた。しかし、私が外で救急車を誘導し、救急隊員が家にあがる頃に、息を引き取ったようだ。

それでも、蘇生の手を施しながら、義母は救急車で運ばれていった。家族も、義母が運ばれた病院に向かい、家族がそろったところで生命維持装置が外され、医師によって死亡が確認された。

翌日だったろうか、警察の方が見えて、私たち家族は事情聴取を受けた。人の死というのは、本人だけの問題ではなく、家族だけの問題ではなく、社会の問題だった。

警察の方は、義母の死いろいろな可能性を前提に私たちを聴取し、義母の死に不審がないことを明らかにする意味を持っていた。それは、私たちのためでもあった。

どうやら、不審な死は、決して珍しいことではないようだ。

法医学者である著者は、これまで2万体以上の遺体に関わり、そのうち6300体以上を解剖してきたそうだ。なんの事件性も問題もない遺体とともに、社会を震撼させた事件に関連した遺体や、ドラマのように解剖によって判明した事実に刑事が目の色を変えるような遺体もあったそうだ。

覚えないかな。交際相手の男性を次々と殺していった女の事件、「近畿連続青酸死事件」。あれは、この本の著者、巽さんによる司法解剖が決め手になったそうだ。大阪・キタの繁華街での会社員暴行死事件、これもそう。無抵抗の男性の頭をサッカーのように頭を蹴って死なせた事件。

こうした司法解剖をする人が見つけないと、そういう連中が世の中にのさばってることになるんだから、恐ろしいよね。



『奇妙な死体』    巽信二


河出書房新社  ¥ 1,540

死因が特定できない遺体を解剖で判明した驚きの真実とは 法医学者が語る衝撃! 
1章 死体に刻まれた記録。真実はひとつしかない
2章 事件を告発する遺体、犯罪を否定する遺体
3章 社会の病理に斃れた声なき犠牲者たち
4章 証人として出廷し被告人と対峙する
5章 法医学者としてどう遺族に寄り添うか
6章 阪神・淡路、東日本…震災という慟哭の現場
7章 もの言わぬ遺体から授けられた教え


自殺サイト殺人事件、あれも嫌な事件だった。あれも著者の巽さんの司法解剖だったそうだ。掘り出された遺体は白骨化していて、主要臓器は失われている。その主要臓器が失われ遺体から、著者はそれが首を絞められたことによる窒息しであることを突き止めたんだそうだ。

なんとこの男、人が苦しむ姿を見ると、性的に興奮するんだという。息ができない。苦しくなる。お腹の筋肉がけいれんして波打つ。その様子を見て、エクスタシーを感じるんだという。対象は、男でも女でも良いそうだ。

残念だけど、世の中には、低いとは言えある一定の確率で、こういう人間がいるようだ。それが常に性的興奮に結びつくものなのか、そうでもない場合もあるのかは分からないが。

ウジのわいた遺体の場合ね。このウジが死後経過時間を計る重要な指標になるんだそうだ。ウジは1日1ミリ成長する。だからウジの大きさを測れば、死後何日経ったかが分かる。だけど、動いているウジを捕まえて、体を伸ばして計るのは難しい。

そんな時どうするか。遺体にハエがやってきて卵を産み付けるのは朝と決まっている。ある日の午後、亡くなっても、卵を産み付けるのは翌日の朝。産み付けられた卵は翌日孵り、1日1ミリずつ成長する。ハエは翌日の朝もやってきて卵を産む。また翌日も産む。

だから、ウジの大きさの違いを見極めるんだそうだ。うじゃうじゃウジがたかっていても、適当に捕まえて、大きさを分類する。大・中・小の三種類に分類できれば、1日+3日で死後4日。

そんな手まで駆使するんだ。

法医学者は、人間の生きた最後の様子に関与するのが仕事。だからこそ、その仕事に真摯に向き合わなければならないという意識が強いようだ。またその最後の様子を知ると言うことは、残された者にとってもとても意味が大きい。軽々しい仕事はできないと言うことだな。

「死ぬまで生きる」

悲しい遺体に向き合ってきた著者だけに、今はそのことを大事にしたいと言っている。「全力で」とか、「頑張って」とかって修飾語はいらないってさ。

たしかにね。

とても面白い本でした。






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『美しい四季の風景写真講座』

実は、これを書いたのは、何日か前のこと。冒頭、「2月3日には鬼鎮神社に行ってみると書いているが、行きませんでした。悪しからず。

2月3日の節分には、埼玉県は武蔵嵐山にある鬼鎮神社に行ってみようと思う。

鬼を大事にしている珍しい神社で、豆まきも「福は内、鬼は内、悪魔外」と声をかける。豆をまくのが赤鬼青鬼だっていうんだから面白い。鬼は悲しい。悲しい鬼を迎え入れる度量の大きさがうれしい神社だ。

この嵐山町、滑川町、小川町いわゆる比企地区あたり、平安時代の閉塞を打ち破る新時代のエネルギーとなったことがある。その時代の面影は、周辺のあちこちに、今でも見ることが出来る。

そんなものと一緒に見て回れれば、十分に歴史と習俗に触れる一日を過ごせるだろう。

大寒を過ぎて、立春を待つこの時期、実はとても好きだ。立春が過ぎたって、それこそ春は名のみの風の寒さに凍える日もある。山登った日に風でも吹かれたら、もう目も当てられない。寒くて死んじゃう。

それでも春が近づいてくる。行きつ戻りつしながらも、気がつけばそこまで。その頃の一喜一憂は、もどかしくもあり、恥ずかしくもあり、還暦を迎えようという今になっても子どもの頃と変わらない。

その時に見つけた春は、写真に残したい。

雪解け、ふきのとう、福寿草。・・・残したいのは、恥ずかしいけど、胸のときめきなんだ。でも、そんなもの撮れないからね。撮れるのは“ときめき”ではなく風景になる。風景にときめきを託すような写真が撮りたいもんだ。

ああ、いい写真が撮りたい。





朝日出版社  ¥ 1,430

中~上級者を目指すアサヒカメラの人気企画「美しい四季の風景写真講座」
愛弟子たちが語る 竹内敏信の教え——清水哲朗、福田健太郎、古市智之
竹内敏信と桜
春の花と新緑、水田・棚田11選を撮る——福田健太郎 平松純宏
人が育む桜風景を撮る——星野佑佳
ちょっと物足りないときの 桜撮影テクニック——星野佑佳
夏の花と渓谷を撮る——福田健太郎
全国フォトジェニックな夏の渓流と滝15選——星野佑佳
紅葉と秋の風景を撮る——福田健太郎
雪と氷、霧氷・樹氷を撮る——福田健太郎 西田省三
風景撮影のマナーを考える「富士山」「北海道」「山岳撮影」


そのための本なんだけど、中~上級者を目指すというのは、私には無理。

だけど、こういう本はしっかり目を通すんだ。私は目を通したものは必ず脳に記憶されていると信じてる。料理の本なんかでもそうなんだけど、脳の引き出しの中に残っていて、なんかの時に、それもふさわしい時に、ひょっこり顔を出してくれる。そういうことがあるって、どこかで信じてる。

ただ、ピントは合わせたいけど、露出がどうの、絞りがどうのってのは、まったく頭にない。この中に出てくる写真を見て、構図であるとか、光のあて方であるとか、今まで自分が今まで撮ろうとさえ思ってなかった写真の美しさってのを、頭の中の引き出しに入れておきたい。

そういう風に思って、こういう写真の本を読むようにしている。

でも、ダメなんだ。いい景色だとか、きれいなものを見てると、うっとりして、つい写真を撮るのを忘れちゃうんだ。それに、山を歩くのが本義だからね。そうすると、ついつい記録になっちゃうんだな。

記録としての写真も残したい。やっぱり芸術部門の人間じゃないからね。だけどいい写真も撮りたい。

中途半端だなあ。それでも、写真がね。・・・

春の訪れを告げる花々。ツツジの赤。白樺の新緑。その新緑を透化する光。水を張られた田んぼ。・・・桜。

夏の花。ひまわりと青い空。渓谷のしぶき。滝を流れ落ちる水。雪渓。夏の山。

紅葉。その中の水。なにかの実。枯れ葉。霜枯れする平原。

雪。氷。霧氷。樹氷。

そういうのが、頭の中の引き出しに入った。・・・多分。





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ジャンル : 本・雑誌

『たべたいの』 壇蜜

「色々思うところはあるけれど、まずは食べてみようじゃないか。そして思うことや過去の記憶を関連付けて毎週俳句とイラストで記していこうじゃないか。そして執筆代をもらおうじゃないか」

週刊新潮からの“連載のお願い”に、食べ物に対する情熱が低い上に、それほど造詣も深くないと自覚する壇蜜さんが、上記のような、どうも執筆代目当てとしか思われない動機で週刊新潮に連載で綴った《だんだん蜜味》というエッセイを一冊にまとめたのがこの本、『たべたいの」ということです。

干し草が 牛を通して 乳变化

納豆や 糸でも藁でも 縛られて

雨送り 代わりに迎える 水羊羹

ずいぶん前のことになりますが、日光白根に登って、その日は奥日光の、冬はスキー場になるそのゲレンデにテントを張りました。翌日は男体山を往復して、さらには日光東照宮に参拝し、歩いて駅へ向かう道の右側にある店で、水羊羹を買いました。

甘いものは、自分から進んで食べるわけじゃありません。連れ合いが、自分が食べたいもんだから、たまたまその場に居合わせた私を無視できずに声をかけてきます。そんなとき、以前は、「いらない」と言って、連れ合いを喜ばせておりました。どうも最近は維持が悪くなってしまったんでしょうか。それとも舌が変わって、甘いものを受け付けるようになったんでしょうか。「うん、食べる」と言うようになってしまいました。おそらく連れ合いは、ひどく落胆しているに違いありません。

その水羊羹は、ずいぶん前のことなので、私は食べておりません。

願えども オクラ星には 届くまい

冷ややかに 君急ぐなら ポークカレー

サプライズ 焼きナスまさかの カレー味

隠し味 萎びた林檎を すりおろす

さばカレー 極めに極めた 無国籍

サバ缶ブームは、少しは下火になったんでしょうか。火付け役が誰だったのか知りませんが、正直申し上げて、こんなにも迷惑な話はありません。若い頃から、このサバ缶は私にとって、とても安くて栄養価の高いおかずでした。それがなんと、このサバ缶ブームで、価格はおそらく倍になりました。たまに安いのが出てるかと思えば“中国”製。海産物に関しては、日本の海から持ち去った海産物を、なんで“中国”にお金を払って買い求めなくては行かないのかという思いが強く、どうしても買うきになれません。

ちなみに壇蜜さんが「試す勇気が出ない」というさばカレー。やはり缶詰で出ておりますが、私がこれを試さないのは、やはり価格の問題です。



新潮社  ¥ 792

男はざわつき、女は頷く魅惑の壇蜜ワールドへようこそ 中毒性大の食エッセイ!
一 納豆や 糸でも藁でも 縛られて
二 サプライズ 焼きナスまさかの カレー味
三 しばれ夜に グミと孤独を 噛み締めて
四 メキシカン サボテン漬けを 食べていた


壇蜜さんの文章を読むのははじめてです。

とても面白い文章を書くんですね。ものの捉え方が、とても常識的なことに驚いています。今の世の中は、常識的であることがとても珍しいっていう変な時代です。常識的であることは、実は非常識なことになっちゃってるんですね。

《「等身大」「女子力」「エンジンブレーキ」・・・これらは私が「いくら説明を受けても意味が分からないので、理解することを放棄した言葉」の一部である》とおっしゃいます。しかし、同時に、《仮に「女子力高い等身大のエンジンブレーキ」という話題になったら意識を失ってしまいそう》ともおっしゃってるので、その意味はあらかた把握しながらも、そんな世界に身を置きたくないという強い思いが、それらの言葉にアレルギー反応を起こしているんでしょう。

なにしろ、「女子力」に関わる微々たる知識をかき集めると、「はちみつレモン」に直結すると言うんですから、やっぱり分かっていてそういう態度を取るのが、見ていて気持ちいい。

名月の 艶と丸みを トロ見の夜

秋祭り 飴が糸引き 縁結び

半同棲 サンマが好きな ひとだった

女の子とデートをして、必死になってパスタの店に入りました。メニューを見て意外と庶民的な値段であることにホッとしましたが、ホッとした拍子に、そこに書かれていた納豆スパというのが食いたくなってしまったんです。いくらなんでも、まだこれからどうなるかわからないデートで、納豆スパを食べるわけにもいかず、どんな料理かさっぱりわからないスパゲッティを注文した記憶があります。・・・それが何だったかは覚えていませんが。

サンマが好きですが、やはり女の前で塩焼きにされたサンマを箸でさばいて、はらわたの部分を取り出して、そこに大根おろしを乗せ、醤油をちょっとたらして食べるっていうのは、少しスリリングにすぎるように感じます。同棲状態ならまだしも、半同棲という状態であっても、これは勝負どころってことになるでしょう。

そう言えば今年、いったんは一尾150円くらいまでなりましたが、また値段が上がってしまいました。連れ合いと私、二人とも、毎年秋ににサンマを食べるのを楽しみにしているのですが、今年はまだ二度しか食べておりません。目安は一尾150円です。

面白かったです。他にも壇蜜さんが書いたもの、機会があれば読んでみたいです。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ガンプラ凄技テクニック』 林哲平

本日発売!

先日、毎月28日に川越の成田山別院で行われる蚤の市に行ってまいりました。

土曜日ということもあって、大変賑わっておりました。半年ほど前、長男のお嫁さんをもらいに大阪に行く機会がありまして、その際、帰りに京都によって、立体曼荼羅を見ようと東寺に行ったんです。三〇年くらい前、一度、それを目当てに寄ったことがあったんですが、期せずしてその日は三月二一日、蚤の市が立つ日だったんですね。

そこで連れ合いは大好きな黄色い着物と、九谷焼の獅子を見つけ、上気した顔で「どう思う?」っていうんです。もはや留めるすべはないじゃありませんか。着物は自分なりに仕立て直して、お獅子は玄関に鎮座ましましてます。

川越で蚤の市が立つ日があるというのは、おそらく連れ合いも知っていたんですが、自分からは言い出しにくかったのかもしれません。私から水を向けると、「じゃあ、行こう」、「すぐ、行こう」ということになったわけです。

会場の成田山別院に着いたのは九時。とりあえず、一〇時に山門で合うことにして中に入りました。私は鉈や魚籠、竹製のかごなんかを見つけましたが、しっくり来るものはなく、三〇分ほどで見終わってしまいました。

ちょうどその頃、連れ合いにあったんですが、すでに丸々膨れ上がったビニール袋をかかえています。着物のたぐいのようです。私に気づくと、「一〇時じゃなくて、一〇時半にしよう」と言って雑踏に消えていきました。



ホビージャパン  ¥ 1,620

週末だけでもカッコいいガンプラが作れる究極テクニックガイド
つくる前に知っておきたい揃えておきたいオススメ工具17選
MGザグ・キャノン×砂漠ウェザリング
MG量産型ズゴック×水垢ウェザリング
MGジム・スナイパーカスタム×宇宙ウェザリング
MG量産型ゲルググVer2.0×バトルダメージ
MG RX-78-2ガンダムVer.2.0×フレームモデル
MGザグⅡVer.2.0×湿地帯
MGギラ・ドーガ×冬季迷彩
RE/100ガンダム試作4号機 ガーベラ×スプリッター迷彩
MGユニコーンガンダム3号機 フェネクス×メッキウェザリング
MGギャン×エングレービング
MGジム・スナイパーⅡ×ガンダムアメイジングレッドウォーリア
MGジム ジオン鹵獲仕様「CMS03Jゲム0082北アフリカ」
RE/100ハンマ・ハンマ×らいだ~Joe風塗装法
MGセカンドVダッシュガンダム
MG RX-78-2ガンダムVer.Ka×セイラマスオ風ディテールアップ&塗装法


そこから一時間、私は少しでも興味の持てるものを探して、市の中をさまよいました。、

歩いてみると、それがあるんですね。昔遊んだメンコやベーゴマ、あとは物置にあったような農機具とかね。唐箕なんかもあって、丹念に見ていくと結構時間を費やすことができました。

そういえば母が言ってました。田舎の物置を物色に骨董屋が回ることがあるらしいんです。「アイツラは泥棒みたいなもんだ」

だまって物置に入って物色しているんだそうです。母が見咎めると、お金を渡して目についたものを持っていこうとしていたそうです。隣の“ワケーシ”に声をかけて追っ払ってもらったって。

それを思い出したら、そこにあるものが、同じようにして持ってきたもんに見えてきて、とてもじゃないけど買おうかという気持ちにはなれなくなってしまいました。

メンコのことは、私の在所では“パース”って呼んでいたんです。どういうわけだか知りませんが、ずいぶん持ってたはずなんですが、母がなんかの際に頼んだ職人にせがまれて、みんなくれてやったっていうんです。レコードもくれてやったって言ってました。レコードと一緒にステレオもくれてやったって言ってました。求められるとなんでもやっちゃうんです。だったら、骨董屋に売ったほうが良かったんじゃないでしょうか。

そういう母なんです。もうずいぶん前に亡くなりましたけど。

私が子供の頃には、ガンダムというのはありませんでした。もしもあったら、のめり込んでいたでしょうか。

そんな、ガンダムに謂れも曰くもない私が、なぜこの本を取り上げたのかと言うと、この本の著者、実は私の縁者なんです。それもかなり近しい・・・。そんなわけで、どうぞよろしくおねがいします。

何がお願いしますなのか、よく分かりませんけどね。




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ジャンル : 本・雑誌

『ガラリ一変! 競馬の見方』 西内荘

京都の淀競馬場には一度しか言ったことがありません。

1992年10月10日のことでした。私と大先輩のI氏、後輩のK氏とともに、生徒を旅館から送り出したあと、いそいそと祇園四条駅から京阪本線に乗り込みました。メインレースまで見られないのは残念ですが、その前に競馬場を出れば生徒の帰着前に旅館に帰れます。旅館は新京極にありましたので、乗換なしの一本で帰れるのが嬉しいですね。

この日は9Rに3歳オープンのもみじステークスってのがあったんです。当時は確か、2歳オープンっていうふうに言ってたと思います。朝日杯の前哨戦みたいなレースですね。

すごい固いレースで、お金持ちのI氏だけが金に物を言わせて的中させました。一着に入ったビワハヤヒデはデビュー二戦目ながら堂々の一番人気で、好位から差し切りの強い勝ち方を身に着けているようなレースでした。この時は、ビワハヤヒデばかりが記憶に残ったんですが、あとから考えると、このレースに出ていた馬たち、その後、大活躍してるんです。

二着に入ったシルクムーンライトは、テレビ西日本北九州記念でG3のレースを制しています。三着のマーベラスクラウンはジャパンカップを制したG1馬。六着のテイエムハリケーンはもみじステークスの前に札幌3歳ステークスというG3を制していて、それ以降のグレード勝ちはないもののオープン馬として活躍しました。八着のマヤノギャラクシーは、障害に転向してグレードレースを制しています。あとから、「おいおい、あの時、淀で走ってた馬だ」ってのがしばらく続きました。

生徒にも競馬の話はたくさんしました。ライスシャワーと的場均騎手の話や、サイレンススズカと武豊騎手の話。どちらも、馬はレース中の故障で予後不良と判断され安楽死処分がとられました。そんな悲しい話の中にある、馬と人の結びつきとかを話した覚えがあります。それから、競馬にかかわって生活している人たちの話なんかですね。中にはそれらの中に、運命的な結びつきであるとか、レースがあるじゃないですか。そういう話です。

世界史の話は眠くなるらしいんだけど、そんな雰囲気が現れると、馬の話だの、山の話だの、怖い話をして、目を覚まさせてましたね。



東邦出版  ¥ 1,620

ディープをはじめ、数々の名馬を支え、救ってきた”カリスマ装蹄師”西内 荘の仕事がここに
第1章 競走馬の装蹄とは
第2章 アメリカ修行と接着装蹄
第3章 装蹄師の1週間
第4章 担当馬たちが教えてくれたこと
ダイユウサク メジロマックイーン フジヤマケンザン シーキングザパール
アグネスワールド ステイゴールド シーザリオ シンハライト 
ヴィクトワールピサ ブラックタイド ディープインパクト
第5章 競走馬のヒヅメの病気とケガ


著者の西内荘さんは、“カリスマ装蹄師”と呼ばれる人だそうです。あの細い足で400キロからの身体を支え、60キロ以上のスピードで走るんですから、馬の足回りを預かる装蹄師っていうのは、競馬界にとっても非常に重要な存在なんですね。

蹄鉄の素材もずいぶん替わったんだそうです。通勤途中に乗馬場があって、よく柵越しに馬を見ていました。「やってみませんか」って声をかけられたんですが、当時は股関節が駄目だった頃で、馬は乗れませんでした。でも、馬には触らせてもらいました。蹄鉄をもらって帰って、重り代わりに学校で使ってました。

素材が良くなったことに加えて、西内さんら装蹄師の努力で、ずいぶん馬の足回りに関わる状況も良くなっていったようです。

そうですねぇ。第四章の馬たちの名前も、とても懐かしいですね。ダイユウサクは装蹄師の仕事のやりがいのある馬だったようです。1991年のあの有馬記念。一番人気のメジロマックイーンを抑えて一着に入ったのは、「あっと驚くダイユウサク」でした。メジロマックイーンも西内さんの担当馬だそうですが、足元の弱いダイユウサクを立て直したのは西山さんだったそうです。私、馬券を買ってました。儲かりました。ありがとうございます。

1993年の天皇賞で、ライスシャワーがメジロマックイーンを抑えて優勝しましたが、このときも馬券を買ってたんです。・・・ライスシャワーをね。

どうやら、メジロマックイーンは負けるべくして負けたということのようです。メジロマックイーンは、あの頃、小さな骨折をかかえながら走っていたそうです。走ること自体には問題ないという状態だったそうです。柔らかい馬場なら何事もなく走れるけど、パンパンの良馬場だと馬が不安を感じて全力を出せなかったんだそうです。それでも二着に入るんだから、マックイーンはすごいと言ってますが、マックイーンが二着に来たことで、馬券は安くなってしまいました。

それから、ブラックタイドとディープインパクトの関係も面白いですね。ブラックタイドはディープインパクトの全兄で、かつキタサンブラックの父親ですね。種牡馬としてのディープは、すでに盤石の地位を築いてますが、これからはブラックタイド産駒をさらに注目していこうと思います。





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ジャンル : 本・雑誌

『敗者の生命史38億年』 稲垣栄洋

息子が理工学部、しかも物理学科を選んだときは、私は本当に驚いた。

なにしろ私は根っからの理科音痴。面の皮を何枚めくってみても、理系の取っ掛かりさえ出てこない。「なんで?」って聞いたら、彼が中学生の頃、私が買ってきて読んだ本が面白かったって。そこから理科に興味が湧いたってことらしい。
う~ん、なんだろう。私が理系の本なんか読むはずがない。内容を聞いてみたところ、「どうも、この本のようだ」ってのが思い当たった。『空想科学読本』・・・私は決して理系の本として読んだわけではなかったんだけど。
この本に触発されて科学に興味を持った息子は、今は自動車部品メーカーの技術屋として働いている。きっとそのうち、夢も希望もある自動車が世の中を席巻することになるだろう。

さて、この本。『敗者の生命史』と、歴史の“史”がついているものの、著者の稲垣栄洋さんは農学部の先生で植物学が専門みたい。つまり、理系の先生。[近現代日本]、[近現代東アジア]、[近現代世界]、[日本 思想]、[世界 思想]とかって、いろいろと本の分類を作ってあるんだけど、この手の本にふさわしいものはない。仕方がないので、[本 その他]に分類。[理系]とか作ってみたところで、この本が最初で最後になる可能性もある。

とは言うものの、面白かったな~。もちろん、理系音痴を悩ませる言葉が並ぶところは読み飛ばしてしまったけどね。読み飛ばしておいてこういう言い方もなんだけど、読み飛ばしても、ちゃんと面白く読めるんだからすごいね。

原始的な生命体が、植物と動物に分かれていくところなんかすごかった。共生っていうの、本当にすごいね。もとは独立した生命体だったものが、他の生命体の細胞に取り込まれて、その中で生きるってね。葉緑体を取り込んだのが植物として進化していって、ミトコンドリアを取り込んだのが動物になっていく。植物は自分で栄養を作り出せるから、動物みたいにチョロチョロ動き回る必要はなかったって、そういう物の考え方、したことがなかった。



PHP研究所  ¥ 1,728

悠久の生命の歴史の中では、最終的に生き残ったのは常に敗者の方であった
プロローグ 敗者が紡いだ物語‒‒‒‒‒38億年前
競争から共生へ‒‒‒‒‒22億年前
単細胞のチーム・ビルディング‒‒‒‒‒10億~6億年前
動く必要がなければ動かない‒‒‒‒‒22億年前
破壊者か創造者か‒‒‒‒‒27億年前
死の発明‒‒‒‒‒10億年前
逆境の後の飛躍‒‒‒‒‒7億年前
捲土重来の大爆発‒‒‒‒‒5億5000年前
敗者たちの楽園‒‒‒‒‒4億年前
フロンティアへの進出‒‒‒‒‒5億年前
乾いた大地への挑戦‒‒‒‒‒5億年前
そして、恐竜は滅んだ‒‒‒‒‒1億4000万年前
恐竜を滅ぼした花‒‒‒‒‒2億年前
花と虫との共生関係の出現‒‒‒‒‒2億年前
古いタイプの生きる道‒‒‒‒‒1億年前
哺乳類のニッチ戦略‒‒‒‒‒1億年前
大空というニッチ‒‒‒‒‒2億年前
サルのはじまり‒‒‒‒‒2600万年前
逆境で進化した草‒‒‒‒‒600万年前
ホモ・サピエンスは弱かった‒‒‒‒‒400万年前
進化が導き出した答え
あとがき 結局、敗者が生き残る


だいたい、題名、この『敗者の生命史』っていうのが、けっこう理系音痴の心をそそる。見事なもんだ。敗者こそが旅に出るんだね。負けたからさ、そこでは生きていかれないわけだ。だから旅に出る。

鮫みたいな強いのは、旅には出ないのさ。ただ、君臨していればいいからね。負けた魚は強い奴らが行かない場所に旅に出る。そこが川の河口、汽水域だったんだそうだ。浸透圧で体の中が薄まっちゃうから、ウロコを持ったんだって。ウロコで水が入ってくるのを防いだんだって。さらに腎臓を発達させて体内の塩分濃度を適性に保って真水の中でも生きられるようになったいったんだそうだ。つまり川魚になっていくんだ。

そして次の大きな変化は骨。ミネラル豊富な海から川に登るには、カルシウムなどのミネラル分を体内に蓄積しなければならない。それを蓄積する機関が骨なんだそうだ。この骨が魚たちに敏捷性を与えた。

川に行けば行ったで、そこにも戦いはあって、負けたやつはまた上流へ登る。なかには、どこに行っても食われるなら、いっそ海に戻って食われてやるとばかりに海に戻ったやつもいる。でも、川の、それも上流で生存競争を戦った彼らは、海のライバルにはない俊敏性を身に着けていた。

面白い。

さらには、その上流に追い詰められていった奴らの中から、陸上に上がるやつまで出てくることになる。

ううっ!ご先祖さま!

もはや、ここまで来ると、涙なしには語れない。だってさ。人間はアフリカで生まれて、旅に出たわけでしょう。旅に出たのは、生き残るためでしょう。生存をかけて敗れたものは、生き残るために旅を続ける。遠く離れた、この日本列島に生きるものとしてはさ、やっぱり涙なしには語れない進化の歴史だな。


面白かった。こういう本は読み慣れていなかったけど、自分には無理って敬遠するのはやめにしよう。自分の中の新しい興味が引き出されるかもしれない。うちの息子みたいなパターンもあるしね。とんびが鷹、瓢箪から駒、塞翁が丙午。なにがどんなことに繋がるかは、それこそ私なんかの想像の外のこと。



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ありがとうございました



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イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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