めんどくせぇことばかり 本 その他
FC2ブログ

『翔べ!わが想いよ』 なかにし礼

なかにし礼の歌の中で、一番好きなのは、圧倒的に菅原洋一の『知りたくないの』。

あなたの過去など
知りたくないの
すんでしまったことは
仕方ないじゃないの

あの人のことは
忘れてほしい
たとえこの私が
きいても言わないで

あなたの愛が真実なら
ただそれだけで嬉しいの

あゝ愛しているから
知りたくないの
早く昔の恋を
忘れてほしいの

いいなあ。ポイントは、ーあなたの過去などーという言葉で、これは曲をギターで弾きながら繰り返していたら、ポッと出てきたんだそうだ。ポッとだよ、ポッと。ポッと出てきたって言うんだ。

黛ジュンの『恋のハレルヤ』もいいな。

ハレルヤ 花が散っても
ハレルヤ 風のせいじゃない
ハレルヤ 沈む夕陽は
ハレルヤ 止められない
愛されたくて 愛したんじゃない
燃える想いを あなたに
ぶっつけただけなの
ハレルヤ 祈りを込めて
ハレルヤ あなたを待つの

「愛されたくて、愛したんじゃない」・・・、これは彼の人生の中で、いったいどんなところとつながって出てくる言葉なんだろう。「私のところに来てほしい」とあなたを待つ祈りを、どうして“ハレルヤ”と結びつけたんだろう。

おお、神は偉大なり!



『翔べ!わが想いよ』    なかにし礼

新潮文庫  ¥ 時価

昭和の激動を生きた作家 なかにし礼 その衝撃の自伝エッセイ
空襲・・・・・
女狩り・・・・・
残留孤児・・・・・
母倒れる・・・・・
深緑夏代・・・・・
『知りたくないの』・・・・・
三冠王・・・・・
『N響アワー』・・・・・



昭和21年9月、中西礼三少年は、母、姉とともに引き揚げ船で日本に帰る。帰ると言っても、礼三少年は満洲生まれだから、初めての日本。“なかにし礼”が、「私は亡郷の民である。根無し草である。母国にありながらも、かすかな外国人である」と口にするのは、そういうところにある。

引き揚げ船は、遼東湾の西側にある港市であるコロ島から出発する。引き揚げ船にたどり着けなかった日本人も、いくらでもいる。たどり着いた者も、ロシア兵に追い立てられ、女を奪われ、中国人に侮られ、朝鮮人に嘲られて、目線を下げ、這うようにしてやってきた。

繰り返し繰り返し、絶望を味わい、すべてを諦めるうちに、神経はささくれ立ち、精神は退廃した。夜の広い船底では、恥を忘れた男女があちこちで重なり合い、身体を動かしているのが分かったという。

礼三少年の戦後は、そんな人以下のところから始まった。

牡丹江を空爆された昭和20年8月11日午前10時に始まって、間近で多くの人が死んで行くような経験をして、しかもその一人が父親だった。満洲で、かつて我が物顔で振る舞っていた日本人が、中国人に生殺与奪の権を握られて生きるしかない毎日。

日本に“帰って”からも、結局、あちらこちらを転々として生きてきた。学校も変わった。いじめにもあった。

“帰ってきた”日本では、亡郷の民であり、根無し草であり、かすかな外国人であることを、いつもの心のどこかに抱えていた。そんな礼三少年を支えていたのは、文芸であり、映画であり、音楽だった。

姉と映画を語り合い、友人と文芸や音楽を語り合った。

それは、何かのためではなかったんだな。何かのための努力っていうのは、感じられない。なるべくして、シャンソンの訳詞家になった。なるべくして、歌謡曲の作詞家になった。それ以上でも、それ以下でもない。

私は、なかにし礼さんの“戦争観”、それをめぐる“国家観”には抵抗を感じる。たしかに日本は、稚拙に過ぎたと思うけど、好きでそうしたわけじゃない。

戦争なんて、もともと一人でできるもんじゃない。やりたがっていたのは、いつも相手の方だったよ。

あれだけの思いをすれば、なかにし礼さんのような考え方になるのも、そりゃ、分からないじゃないけどね。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『柔の道 斎藤仁さんのこと』 山下泰裕編

1985年の全日本選手権の決勝、私は斉藤が勝ったと思った。

4分あたりの返し技は、ポイントにはならなかったものの、斉藤に好印象を残すものだった。結果として、ここから斉藤は守りに入り、責めに徹した山下によって“指導”に追い込まれた。それでも、私は斉藤の勝ちだと思った。

ロサンゼルスのオリンピックは、山下が無差別級、斉藤が95キロ超級の出場だった。たしかに、当時の山下は無敵でだった。それを見て、有力な外国人選手はみんな95キロ超級にまわった。「山下には99パーセント勝てないけど、斉藤なら勝てる確率が少し高くなる」と言うことだったという。

そんな95キロ超級で、斉藤は準決勝までオール一本勝ちだった。決勝こそ判定勝ちだったけど、圧倒的な強さでの優勝だった。無差別級の山下が、足の故障を抱えながら金メダルを取ったことで、注目はそちらに集まった。しかし、戦った相手からすれば、95キロ超級の方が大変な戦いだった。

結局、斉藤は山下に勝てなかったけど、山下の現役最後の頃は、強さそのものは、斉藤の方が上だったろう。

それにしても、この頃、日本には山下と斉藤がいたんだよな。すごかったな。

山下は、斉藤の3年先輩だそうだ。畳の上では常にライバルの二人だけど、畳を降りたら柔道を軸にして信頼し合う中だったという。あるとき、山下が誘って、行きつけの寿司屋に行ったんだそうだ。そこで大ジョッキ3杯ずつを飲み、焼き鳥やウナギの蒲焼き、天ぷらに寿司を食べて、腹一杯になって帰ったんだって。

いつも畳の上で火花を散らしている山下と斉藤が店で豪快に食っていたら、これはおもしろい見物でしょうね。実際、お店の人は、いつけんかになるかと、ドキドキしながら見守っていたらしい。

斉藤の、ケガとの戦いの始まりも覚えている。1985年の世界選手権95キロ超級決勝で、韓国の趙容徹に脇固めをかけられたんだ。あれは、勝てないもんだから、わざと反則に行った。反則取られなかったけど。斉藤は、靱帯を痛めていた。間違いなく反則だ。

だけど、斉藤は弱音も吐かずに、いや、吐いたかも知れない。それでも負けずに、ソウルで95キロ超級の畳に上がった。その時、解説席にいる山下の方を見たそうだ。一番強い男が、一度も勝てなかった男の顔を・・・。



講談社  ¥ 1,650


最強の柔道家山下泰裕に「最大にして最高のライバル」と言わしめた男
「次の五輪も一緒に見守ろう」 山下泰裕
「おまえがいなければダメなんだ」 川野一成
「精力善用、自他共栄」 上村春樹
「あなたの言葉の意味が、最近わかるようになってきました」 鈴木桂治
「新しい柔道をつくっていく」 井上康生
「あいつに恥ずかしくない生き方をしよう」 髙田敏
「あきらめてはいけない」 斉藤悟
「ぜんぶ覚えてるよ」 斉藤一郎
「もう俺はガキやない!」 斉藤立
「あなたの道の続きを歩んでいく」 斉藤三恵子


この本を読んで思いだしたのは、登山家の谷口けいさんのこと。

谷口けいさんの死は、あまりにも唐突なものだった。誰もが予期しない、突然の死だった。まだ若く、これからどんなに遠くまで行くんだろうと、周りの人たちは思っていたんだろう。そう、周囲に思わせるだけの実績と、実力と、人格があった。

残された者たちは、その影を追いかけるよりほか無くなってしまった。

パートナーだった平出和也は、谷口けいと挑戦して敗退したカラコルムのシスパーレに、新たにザイルを組んだ中島健郎とともに挑戦する姿を、テレビの番組で見た。登頂したシスパーレの頂の雪の中に、平出は谷口けいの写真を埋めていた。

『柔の道 斎藤仁さんのこと』と題されたこの本を読んで、残された者たちの心情ってのが、谷口けいさんのときと同じようだなって感じた。

2016年のリオデジャネイロ五輪は、ロンドン五輪の惨敗からの復活をめざすオリンピックだった。そのリオデジャネイロ五輪で、斉藤さんは強化委員長になるはずだったんだって。山下さんも斉藤強化委員長の下でリオデジャネイロ五輪を迎えたいと願っていたという。

リオデジャネイロ五輪の柔道会場に立った山下さんは、斉藤さんの愛用していたネクタイをしていたという。斉藤さんの奥さんから渡されたものだという。

それを締めて、一緒に日本代表の戦いを見守ったそうだ。井上康生監督率いる日本男子は、金メダル二つを含め、7階級すべてでメダルを取った。

山下さんも、井上康生さんや鈴木桂治さんも、もちろん二人の息子さんも奥さまも、ずっと斉藤さんの影を追いかけていくんだろうな。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ノムさんへの手紙』 週刊ベースボール編

子どもの頃のヒーローたちが、亡くなっていくね。・・・寂しいな。

カネヤンに続いて、こんどはノムさんか。カネヤンもノムさんも、超一流ってだけじゃ済まない人物だからね。ある一定の世代であれば、その大きな存在感が、胸の中にしっかり場所を取っちゃってるんだよな。だから、それが亡くなったと言われると、産んでもらったわけじゃないし、教えを受けたわけでもないけど、そんなに大きな穴ではないとしても、心の中を風が吹き抜けるんだ。

いま、あっちこっちのチームで監督やコーチをしているのが、野村や長島、それに王が監督の時に育てられた人たちだ。だからこそ、関わりを感じられるけど、その人たちが一線を退いたら、それでも野球に関心を持っていられるか分からないな。

『ノムさんへの手紙』の前提になったのが、2018年に出された『野村克也からの手紙』という本だ。

『野村克也からの手紙』は、恩師へ、ライバルや友人へ、教え子へ、家族へ、そしてプロ野球界を背負う新たな野球人へ向け、手紙の形で野村克也氏の思いを伝えた本だった。『ノムさんへの手紙』は、その逆バージョン。

恩師やライバル、友人たちが鬼籍に入るか、高齢化する中、いずれも後輩、教え子、当時の担当記者、そして息子の克則氏からの手紙ということになる。

誰の目から見た野村克也氏も、巨人ファンの私からすれば、敵の立場の人物だった。特にセリーグの監督になってからは、目の上のたんこぶみたいな人物だった。野村克也氏のせいで視界が狭くなって、うっとうしいんだ。

それなのに、どこかで野村の野球に惹かれるところがあるんだな。なんでそうなんだろうと思うと、やっぱりその理由は、現役時代の輝きなんだな。


『ノムさんへの手紙』    週刊ベースボール編


ベースボール・マガジン社  ¥ 1,760

それぞれかけがえのない記憶から、あらためて「野村克也の教え」が見えてくる
1 脇役の一流になる 宮本慎也
2 変わる勇気を持つ 山﨑武司
3 結果論を言わない 佐藤道郎
4 妬み、僻みをバネにする 江本孟紀
5 考える野球の合理性 井関真
6 何事にも根拠がなければいけない 広澤克実
7 難しさを知って、やさしくやろう 中井聡
8 全知全能を振り絞り、全身全霊を傾けて事に当たる 松井優典
9 野球に学び、野球を楽しむ 野村克則


野村克也氏は、史上二人目の600号本塁打を記録したあとのインタビューで、次のように話している。

「自分をこれまで支えてきたのは、王や長嶋がいてくれたからだと思う。彼らは常に、人の目の前で華々しい野球をやり、こっちは人の目のふれない場所で寂しくやってきた。悔しい思いもしたが、花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」

だけど、月見草にしたって、あんだけ輝けば十分だろう。

長島や王に憧れて、巨人を応援しながらも、パリーグにもスゴい奴がいるらしい。そいつはホームランバッターであって、三冠王を取ったこともあり、なにしろ四番で、キャッチャーで、兼任監督だって言うんだからな。「野村克也って言う凄い奴らしい」っていうのが頭のどこかに残っていて、なんだか他の人とは違う野球を見せてくれることへの期待もあったわけだ。

ヤクルト時代の宮本や広澤、楽天時代の山﨑の話は、三人三様の人となりが出ていた。それから南海時代以降、ずっと野球人としての付き合いを続けてきた江本の話も、笑いながらも涙がにじんでしまった。克則氏の手紙を読むと、克也氏は子どもに関わるときも、野球を通して関わっていたんだな。

本当に、《野村-野球=0》っていう人生なんだな。

最後に、実は私、この本のもとになった『野村克也からの手紙』という本を読んでない。そのうち読むだろうけど、少し先のことになりそうなんで、野村克也氏が、この本の中で、誰に、どんな手紙を書いているかを、ざっと紹介しておく。野村克也氏がどんな野球人生を送ってきたか、ここからも垣間見えるような気がするから。

《第1通 宮本慎也 様》ヘッドコーチを務める君へ―野球も人生も状況判断
《第2通 稲葉篤紀 様》侍ジャパン監督を務める君へ―監督が選手を引っ張る術は、言葉しかない
《第3通 伊藤智仁 様》独立リーグ監督を務める君へ―自分の野球観を浸透させろ
《第4通 田中将大 様》30歳になる君へ、実るほど―頭を垂れる稲穂かな
《第5通 大谷翔平 様》未知の世界を行く君へ
―大谷、神の子、不思議の子。後輩たちのよりよい見本たれ
《第6通 甲斐拓也 様》名捕手へ、成長途上の君へ―感謝の気持ちを持つ人間は、強い
《第7通 清宮幸太郎 様》プロ1年目の君へ―自分に合うものを見つけるのは、自分自身
《第8通 江本孟紀 様》あまのじゃくな君へ―開き直りはチャレンジ
《第9通 門田博光 様》頑固な“クソ努力家"の君へ―たまには別の道を行くのも、いいものだ
《第10通 江夏豊 様》寂しがりの君へ―信は万物の基を成す
《第11通 古田敦也 様》第二、第三の人生を歩む君へ
―人はジャンプするとき、いっぺんヒザを曲げ、体を沈み込ませる
《第12通 新庄剛志 様》宇宙人の君へ―あとはもう少し、努力してもよかったな
《第13通 鶴岡一人 様》恩師の貴方へ―感謝と憎しみ、正直、五分五分なのです
《第14通 杉浦忠 様》エースの君へ―生きていれば、もっと話しができたのに
《第15通 稲尾和久 様》同志の君へ―サイとの対戦は、打っても打たなくても、楽しかった
《第16通 長嶋茂雄 様》天才の君へ―今でもお前がひまわりで、俺は月見草
《第17通 王貞治 様》ライバルの君へーやはり神様は、努力する人間を見ている
《第18通 母ちゃんへ》育ててくれたあなたにー母ちゃんもまた、月見草
《第19通 克則へ》大切な息子にー育成とは、自信を育てること
《第20通 沙知代へ》愛する妻にーなんとかなるわよ、いい言葉だな
《第21通 日本プロ野球にかかわる人たちへ》リーダーのみなさんに
―『人』を育てる努力を怠るべからず


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『こういう写真ってどう撮るの?』 森下えみこ

息子が少年野球をやってる頃、できるだけいい写真を撮って、思い出に残せるようにしておいてやろうとカメラを買った。

写真を撮るって事、そのものに興味があったわけじゃない。だから、中学の野球部までは写真を撮ったが、高校に入ってからは、そうそう親が顔を出すのもおかしいかと思って、すっかり遠のいてしまった。そのうち、棚の整理かなんかの折にカメラを落とし、レンズが割れて、それきりにしてしまった。

56歳の時に足の手術をして、山歩きができるようになって、そう言えばカメラがあったはずだと思いだした。引っ張り出したが、レンズが割れている。メルカリならあるんだな。一緒に見つけた充電器と共に、すぐに購入。

息子が野球をやってた数年間、カメラまかせの自動撮影で撮ってただけだから、絞りがどうの、シャッタースピードがどうのというのは、やはり煩わしい。

だけど、人の山登りの活動報告をパソコンで見ていても、玄人はだしの写真をよく見かける。「梵天丸もかくありたい」とは思うものの、そう簡単にうまく行くとも思えない。

料理の本に、“3行レシピ”というのを強調したものが、最近受けている。「簡単な料理」というわけではない。しかしm「簡単と思わせる料理」ではある。なにしろ三つの手順だけでできるように思わせてくれるわけですから。しかし、考えてもみて下さい。三つの手順だけでできる料理なんて、そうそうあるわけありません。

①キャベツを千切りにする。②マヨネーズをかけて食べる。

①ソーセージを5ミリの厚さに斜め切りする。②フライパンで焼き、焼き上がりにしょうゆを回しかける。

これじゃあ、“2行レシピ”か。このあたりが料理と呼べるかどうか分からないけど、この範疇を一歩抜け出ようとすると、手順を3行にまとめるのは難しい。それでも、“3行レシピ”というのが成立するのは、いくつかの手順を1行に凝縮してしまっているから。あるいは、いくつかの手順を、言わずもがなと省略してしまっているから。

それがただの“いかさま”であれば、じきに誰も見向きもしなくなる。だけど、3行でレシピを表すことには、「やる気を失わせない」という重要な意味がある。




インプレス  ¥ 1,760

3行レシピみたいに、目的別撮影テクが満載!プロ写真家があなたの悩みを解決!
1章 撮影前の準備
2章 目的別撮影テクニック
3章 役に立つ実践的な構図7つ
4章 写真を形にしてみよう


料理を作ろうとするときに、そのたびに料理の本を引っ張り出す人は、そうはいない。一度、料理の本で作り方を覚えて、あとは、できることなら本に頼らないで作りたい。だけど、忘れちゃうこともある。仕方がないから本を見る。その時、最初から、長い手順を繰り返しては、やる気を削いでしまう。

その忘れた部分が、材料であり、手順であったとしても、もとがコンパクトにまとめられた手順であるから、ピンポイントで確認できる。それで思い出せれば、もう本に頼ることもなくなるだろう。・・・と、そういう効果がある。

「こういう写真を撮るなら、“ここをこう”・・・みたいな、とりあえず撮ってみる。簡単なレシピを教えてもらうとか、そういう本が良いんです」

そういう企画で作られたのが、この本ということ。著者の森下えみこさんはエッセイ漫画という分野で活躍する人で、身の回りで起きた出来事やその感想を漫画でつづっていく手法を得意にしているようだ。その手法を「写真を撮る」事に応用した本ということだな。

まさに、森下えみこさんが、カメラを買うところから、お話が始まるんだから。そこで買ったカメラが、私の持ってるものとはちょっと違うっていうのが、困ったところ。

さて、写真を撮ることについての肝は、この本の2章「目的別撮影テクニック」。カメラが違うから説明も違っちゃうんでけど、自分のカメラの説明書を十数年ぶりに引っ張り出して、カメラをカチャカチャやりながら、読み直してしまった。

この本は、私にやってみようかなって思わせるところまでは成功した。

それで新たに理解できたことは、一つあったか、二つあったか。三つか四つか。それは、山に行って写真を撮ってみないと分からない。・・・まあ、一つだろうな。めんどくさいことに労力を割こうという意思に欠けるからな。

だけど、その一つを試してみることは、今から楽しみ。・・・このブログで、山に行った記録を残してるんだった。・・・写真付きで。

人間というもの、人を評価するときは、長い目で見るという視点が大事だと、そう私は思う。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『爺の暇つぶし』 吉川潮 島敏光

すでに子育ては終わった。

娘も息子もとっくに成人し、二人とも結婚して家庭を持った。娘は二児の母となり、今や、子育てに頭を痛めている。二人とも、連れ合いと力を合わせ、この先、厳しいことがあっても、なんとか乗り越えていってくれるだろう。十分であったかどうかはともかくとして、、命をつなぐという仕事は果たした。

と言うことは、余生に入ったと言っていいんだろう。しかも、1年前に定年を待たずに早期退職し、言わば隠居生活を始めた。そして、私は今年、還暦を迎えた。私が子どもの頃であれば、そろそろ人生を終える覚悟を持たなければならないような年齢だ。でも、今は違う。どこに落とし穴があるかは分からないが、今はまだ、死を目前のものと捉える状況にはない。

私の感覚で言えば、子どもたちは自立し、仕事を辞め、還暦を迎えた私は老人だ。なぜか、この老人と言う言葉を、最近、聞かないような気がする。使いづらい、何らかの理由でもあるのだろうか。まあ、いい。とにかく私は老人だ。

以前、渡辺京二さんの『未踏の野を過ぎて』に、書かれていた。「あとは自分の好きなものを見、好きな音を聞き、好きなものに触れ、好きなものを味わっていきたいもんだと思う。そして、“人”とは、“社会”とは、そう言ったことを暇に任せて考えていく責任が老人にはある」と渡辺さんは書いていたが、それは渡辺京二であればこそ意味のあることだ。私ごときでは。耳を傾ける者もいない。

だけど、今は、こんなブログなんてものもあるし、意見の表明ができないわけじゃない。“人とは、“社会とは”と振りかぶった斧を落とすようなわけにはいかないが、私には私のやり方があるだろう。そう思いつつ、こんなことを書くのも、“爺の暇つぶし”の方法の一つになるか。

“爺の暇つぶし”を充実したものにするには、まず、自分の連れ合いとの間合いを見切ることが必要だろう。仕事をして、会社からバンバンお金を運んできた頃は、役割分担という形で、当然のように食事を作っていた妻も、その夫がリタイヤしたとなると、「なぜ私ばかりが」ということになる。

そりゃ、そうだな。しかも、朝昼晩の1日3食、毎度毎度、作ってもらって当たり前と思われたんじゃ、こりゃたまらないね。島敏光さんがすごい言い方。「こうなってくると、食事を提供すると言うより、家畜にエサを与えるような気分。いや、家畜ならまだ役に立つ」と、仕事を辞めた亭主は家畜やペット以下に落ちることもありうると。


『爺の暇つぶし』    吉川潮 島敏光


ワニブックスPLUS新書  ¥ 913

いざ定年を迎えてみたら、ありあまる時間をもてあまし気味のシニアの方々へ
第1章 食事とおしゃべりは絶好の暇つぶし
第2章 映画、音楽、ライブは暇つぶしの三種の神器
第3章 散策は金がかからない暇つぶし
第4章 旅は道連れも良し、一人旅も良し
第5章 テレビとインターネットに依存してはならない
第6章 60過ぎたら気をつけなければならないこと
第7章 先人たちから学んだこと
第8章 私の暇つぶしの相手
第9章 暇な時こそ人生の整理を


これはマズイ。

きちんと、連れ合いとの間合いを見極めないとね。連れ合いとの間合いを見極めて、お互いを尊重し合えるような、新しい関係を作っていかないといけない。仕事を辞めて1年が過ぎたけど、それができたとは、まだ言いがたい。それに、状況に合わせて、どんどん移り変わっていくものだと思うしね。

その上で、楽しい毎日を過ごすためには、・・・。実のところ、この本を読んだ上でこんなことを言うのはどんなもんかと思うんだけど、本来そんなこと、人に教えてもらうようなもんじゃないような気がする。やりたいことをやればいい。

早期退職するとき、ほぼ自分の気持ちを決めてから、「山に登りたいんだけど、仕事辞めていい」って聞いた。そのためにわざわざテントを担いで尾瀬まで行って、満天の星の下で聞いた。ざまあみろ!

だけど、新しい関係を作るに当たって、いろいろ気は遣った。私が家にいることによって、連れ合いの負担が増えるのは極力避けた。お二人も書いているけど、家で作ってもらっちゃダメだよね。外で食べればいい。それも、飯友を作って、いろいろなところに出かけて食べるのがいいそうだ。

映画、音楽、演劇、寄席、スポーツ観戦、・・・何でもいいんだよね。なかには、値段の張るものもあるけど、お手軽なものもある。映画なんて、安いもんだな。だけど、今まで、映画はいつも連れ合いと一緒なんだよな。午前中の上映を一本見て、ご飯を食べて変えるパターン。連れ合いとの新しい関係によっては、これを一人で、あるいは連れ合い以外の人と行ってこられるようになればいい。

庭園や公園の散策っていうのは、私の山登りみたいなもんかな。美術館や博物館、場合によっては神社仏閣のお参りとセットにしてね。花の名所をめぐってみるのもいい。

テレビは、あんまり見ない方がいいな。とはいうものの、映画やドラマにも面白いのがあるからね。それ以外の作られたような情報番組は、見ない方がマシ。私はラジオだな。NHKFMをかけていることが多い。ニュースだって、テレビよりもラジオの方が情報の操作が少ない分だけいい。

吉川潮さんは、おしゃれにもこだわりがある。帽子にもこだわりがあって、爺にも勧めている。《電車の中や町中で禿げ頭や髪の薄い男性を見かけるにつけ、「どうして帽子をかぶらないのかしら」と思います。中には他人に不快感を与えかねない頭の人もいるのです》と言っている。“他人に不快感を与えかねない頭”とは、どんな頭のことを言ってるんだろう。

《潔いのも考えもので、未練たらしく生きるほうがいいと思うのです。皆さんも未練をなくさず、未練たらしく長生きしましょう》と言いながら、《ただ、長生きするにも恐いのは病気です》と。さらには、《90歳まで生きても最後の10年が寝たきりだったら、「80歳で死んだ方が良かった」と思いませんか。特養ホームで生きる屍のように過ごす老人をニュースで見るにつけ、そう思うのであります》だって。

吉川潮さんの今後が、なんだか心配。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『爺の暇つぶし』 吉川潮 島敏光

いつの間にか、こんな題名の本が、真っ只中の歳になってしまった。

私は末っ子の三男坊で、しかも、子どもの頃に脚が悪かったこともあって、なにかとみそっかす扱いされた。それから、自分ではそれを意識していたような記憶はないんだけど、3月も末の生まれなもんだから、どうも小学校の低学年の頃は苦労したらしい。

何をするにつけても、まずは人に任せよう、人に頼ろうとする情けない性格は、そんな幼少期とは無縁ではないだろう。なんでも、人の方が上に見えてしまうのだ。おそらく、小学校の高学年の頃には、事実上、そういう状況はなくなっていたんだろうと思うんだけど、その傾向は、私の性格になって染みついてしまった。

仕事をするようになってからも、それは変わらなかった。同期を前にして怖じ気づいていた。そんなだから、下の奴に対してだって、意識しちゃって大変だった。ただ、そういう気持ちが向上心につながったことはたしか。人より余計に努力しなきゃとは思ってた。

劣等感なく、自信を持って仕事に向き合えるようになったのは、ずいぶん後のこと。だから、自信を持って仕事ができたのは、そう長いことではない。・・・ほんの15年くらいのことだろう。

実は、子どもの頃に脚が悪かったというのは先天性股関節脱臼で、当時にすればよく直った方だったようだ。だけど股関節に異常があるのは相変わらずで、若い頃から痛みがあって、好きだった山もあきらめた。50代に入ってから痛みが厳しくなり、56歳で手術を受けた。この手術で痛みがまったくなくなって、山を再開。面白くなって、土日だけでは物足りなくなり、定年まで1年残し、59歳で早期退職してしまった。

退職後、無職となって1年経った。

たまたま、・・・なんだけど、この1年間、地域の自治会長を務めたことから、年間に130日ほど、何かしら自治会長としての仕事があった。その合間、合間に山に登って、正直なところ、「暇を持て余す」という状況からは遠かった。それでも、すべての時間を自分の裁量で使えるという2年目への導入としては良かったかも知れない。


『爺の暇つぶし』    吉川潮 島敏光


ワニブックスPLUS新書  ¥ 913

いざ定年を迎えてみたら、ありあまる時間をもてあまし気味のシニアの方々へ
第1章 食事とおしゃべりは絶好の暇つぶし
第2章 映画、音楽、ライブは暇つぶしの三種の神器
第3章 散策は金がかからない暇つぶし
第4章 旅は道連れも良し、一人旅も良し
第5章 テレビとインターネットに依存してはならない
第6章 60過ぎたら気をつけなければならないこと
第7章 先人たちから学んだこと
第8章 私の暇つぶしの相手
第9章 暇な時こそ人生の整理を


この本は、退職後の爺が、持て余す暇を、もてあそぶための指南書と考えれば良い。二人の爺が、好き勝手なことを言っている本。

どんな好き勝手なことを言ってるかは、またちょっとあらためて紹介させてもらうが、ここでは、島敏光さんの言う“爺の暇つぶしゴールデン・トライアングル”についてだけ触れておきたい。

爺の暇つぶしゴールデン・トライアングルとは、病院の待合室、近所の公園、図書館の三カ所を指す。私はまだ、病院の待合室は無縁だが、近所の公園ではそうでもないが、図書館ではよく爺を見かける。

仕事をしているときから、本はよく読んだ。仕事が歴史の教員だから、仕事のための本を中心によく読んだ。そのための本は、新刊で購入することが多かった。他は図書館や古本もあるが、比率にすると、7対2対1くらいかな。仕事を辞めると、仕事のために本を読むってのが減ってきた。ひたすら、その時に自分の興味のために本を読むことが増えた。そしたら、図書館を使うことが多くなった。

週に2回くらいは図書館に行く。平日の午前中だな。そしたら、爺がたくさんいることに驚いた。書架の間を、本を選びながら歩いている爺は、あまりいない。私がこれに当たるが、爺はあまりいない。爺がいるのは、週刊、月刊誌と新聞の閲覧スペースだ。多くの爺がそこで暇をつぶす。

島さんが言うのは、ゴールデン・トライアングルにはまり込むと、一種の中毒となり、抜け出せなくなるという。変化がないから気楽なんだな。それが日課になると、行動範囲が狭まって、外からの刺激による驚きや感動と疎遠になり、老け込みワールドにまっしぐら。・・・なんとなく分からないでもない。

このトライアングルには入らないが、図書館で過ごした爺は、そのあとスーパーに行く。昼飯を買う。はやり、無収入の無駄飯食いは、妻に昼の準備を頼むことを心苦しく思っているようだ。先日、その時間帯に肉屋に寄ったら、爺が列を成して、揚げ物を買っていた。

爺は平日の午前中、図書館の閲覧スペースで週刊、月刊誌や新聞を読んで過ごし、昼近くなるとスーパーでできあいの昼ごはんを調達する。これで爺の半日が終わる。午後は何をするんだ、爺。昼寝して、近所の公園を散歩するていどでは、見事に老け込みワールドまっしぐらだぞ!

それでは、そうならない“爺の暇つぶし”は、そのうちにまた。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『冥途のお客』 佐藤愛子

『冥途のお客』・・・、なんとも、耳なじみの良いひびき。

なんて思って手にした本だけど、後から気がついた。『冥途のお客』じゃなくて、“冥途の飛脚”だろ。あの、人形浄瑠璃の。それじゃ、人情もののお話か。なんて思ったら、まるで違った。『冥途のお客』という題名は、“冥途の飛脚”という耳なじみの良いひびきを借り受けたもの。

しかも、著者の佐藤愛子さんのところには、実際、冥途からのお客さんが訪ねてこられるようなんだ。この本は、96歳となられた佐藤さんが80歳間近となられた頃に書かれたもの。その段階で、「この世よりもあの世の友達の方が多くなってしまった」と言っておられる。それから16年余を過ぎて、おそらく、ほとんどのお友達は、あちら側でしょう。

ただ、訪ねてくるお客さんは、どうも、あちらに行ったお知り合いばかりというわけでもないようで、どうやら、現れて欲しくないお客さんが、あちらの都合で一方的にやってくる場合が多いそう。そういう輩は、だいたい、こちらが一人になるのを待って、いよいよ気配をあらわにし、思わせぶりに足音だけをたててみたり、ものを揺すってみたり、蛇口をひねってみたりと、性格の悪さを隠そうともしない行い。

そんなことを言うからには、お前もそういう体験があるかって・・・。

かつて、あった。18までは、確実にあった。その後、徐々に少なくなり、30を少し過ぎて、なくなった。

以前書いたことがあるが、私の生まれた家の惣領の妻は、ごく狭い範囲に限定された地域信仰の巫女のような役割を務めていた。やることは占いのようなもので、地域の女たちの相談を受けて、神の託宣を下すのだ。

私の祖母は、そういった力の強い人だった。他の家族には、その傾向はなかったが、私だけがそれを受け継いだようだ。私のところに人の姿で現れるのは、だいたい、私の家につながる人だったようだ。

夜中に目を覚ましたときに、私の足下に正座をしているベレー帽をかぶった男の人を見たことがある。父親と思ってよく見ると、まったく別人で、後ろにあるはずの障子の桟が透けているの気づき、あわててふとんをかぶった。

翌日それを家族に話しても、「それはお前が馬鹿だからだ」と決めつけられた。後で祖母に呼びつけられ、それが私の曾祖父の父親であると教えてもらった。土地持ちだった家を、博打につぶした遊び人で、気取ってよくベレー帽をかぶっていたと。



『冥途のお客』    佐藤愛子


文春文庫  ¥ 660

「死ねば何もかも無に帰す」と思っている人たちにわかってもらいたい
あの世とこの世
怪人の行方
どこまでつづく合戦ぞ
ノホホンと天国行き
心やさしい人への訓話
生きるもたいへん死んでもたいへん
珍友
地獄は…ある。
あの世からのプレゼント
狼男は可哀そうか?
死は終りではない


光る球のようなものは、よく見た。昼間でも飛んでいた。しかも、家の中を。母にまとわりついて離れないこともあった。犬が、その球とじゃれ合っているのも見たことがある。自分の家での経験が多いが、高校で山岳部に入ってからは、山での不思議な経験もした。

18で、私は家を出た。その頃から、不思議な経験は減った。30を過ぎた頃、祖母が亡くなった。その頃から、そういう経験はなくなった。どうやら、その力の強かった祖母に触発されての経験だったようだ。今、60を過ぎて、私は再発を望まない。

私の母は、頭のいい人で、近代的な女性だった。惣領の妻としてその役割を受け入れたが、自分の長男の妻には、それを伝授せず、自分の責任でその役割を終わりにした。

佐藤愛子さん自身は、50歳を過ぎた頃からそういった霊的体験をするようになったんだそうだ。20歳頃までにそういう経験をしなければ、そういう力は年齢とともに落ちていくから、そういう経験をせずに済むと聞いたことがある。どうやらそうとは限らないようだ。私は祖母が死んでから、そういう経験しなくなったから安心していたんだけどな。

引っ越してきた夫婦者の夫人に取り付いた色情霊の話。
自分の葬儀の相談の場の電気を明滅させて、別れの挨拶をして逝った川上宗薫。
戦国の合戦の砦と化した、岐阜県の町営住宅の話。
取り付かれやすい体質であるにもかかわらず、それを悔やみもせず、飄々として旅立った友人の話。
優しさゆえに、取り付かれちゃうこともある。情けをかけるのも時と場合。まして相手が狐の霊ならば。
なくしたはずのネックレスが、何度も探した小銭入れから出てきた。いたずら者の狐霊の話。
あの世を信じていない人に、あの世のことを話すのは難しい。
成仏できずにいたお父さんは、今は頑張って活躍している?

あの世はあると確信する佐藤愛子さん。

親交のあった遠藤周作と、もしもあの世があったら、早く死んだ方が、生きている方に、「あの世があったよ」って連絡しようって言い合っていたんだそうだ。遠藤周作が先に死んで、しばらくしてから、「あの世があったよ」って言いに来たという。

あの江原啓之さんが、どうやら遠藤周作の霊と波長が合ったらしく、「今、遠藤周作がこういっている」「こういうことをやっている」って、実況中継してくれたんだそうだ。

どうなんだろうね、死んだ後。何も無くてもともとくらいの気持ちで、楽しみに待ちたいもんだな。もしも地獄があったなら、「源信の書いた『往生要集』なんか、今でいえば霊感商法みたいなもんだ」なんて思ってたことを謝らなきゃいけない。いや、地獄行きの私が源信に会うことはできないか。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『そうか、もう君はいないのか』 城山三郎

私にしてみれば、猫が死んだのだって、どうしたらいいか分からなかった。

私は、わりと本を読む方だ。だけど、城山三郎さんの本は、ほとんど読んでない。・・・読んだかも知れない。しかし、読んだとしても、城山三郎さんの本と意識して読んだ本は一冊もない。

調べれば、戦争をテーマにしたものもたくさん書いておられる。私の興味関心と完全に重なっているにもかかわらず、読んでない。城山三郎さんの本と意識して読んだ城山三郎さんの本は、この『そうか、もう君はいないのか』がはじめて。

この間、たまたま古本屋で暇つぶしをしなければならなくなって、小一時間ほど本棚の間をほっつき歩いて買った四冊の本のうちの一冊だ。

もちろん、題名に惹かれて買った。惹かれたと言っても、良い感じで惹かれたわけではない。『そうか、もう君はいないのか』なんて題名があるか。卑怯でさえある。結婚して、家庭を持ち、人生の大事な時間をともに過ごし、ホッと一息つける時期を迎えた夫婦なら、できれば避けて通りたいと考える言葉の一つがこれだ。

そんな言葉を本棚に見つけて、いったんは避けて通ったものの、結局その本棚の前に戻ってしまう。そのたびに、「読まないの?読まずに済ませるの?」と問いかけてくるかのよう。

結局、買って帰った。買って帰ったからと言って、読むと決まったわけじゃない。買って帰って、読まないという選択肢だってある。そんな言い訳がましい理由をつけて、買って帰った。






新潮文庫  ¥ 506

経済小説・歴史小説を牽引してきた作家が、先立った妻を偲び綴っていた原稿
城山三郎さんの本書『そうか、もう君はいないのか』というタイトルを目にしたときは、胸に鋭い一撃をくらったような衝撃であった。後に残されてしまった夫の心を颯と掬う、なんと簡潔にしてストレートな切ない言葉だろう。最愛の伴侶を亡くした寂寥感、喪失感、孤独感とともに、亡き妻への万感の想いがこの一言に凝縮されている。城山さんの悲痛な叫びが、助けてくれえ、という声まで聞こえてくるようで、ドキッとしたのだ。
――児玉清(俳優)


実は、この本のことは出版された当初から知っていた。しかし、興味を持っていなかったんだ。出版されたのは2008年。奥様が亡くなられたのが2000年。城山さんは7年間、一人の時間を過ごし、2007年に亡くなっている。

そのあと、城山さんの遺稿として、奥様の容子さんについて書いた原稿が見つかったんだそうだ。それを娘さんと出版社で再編集したのがこの本だそうだ。

だけど、本屋で『そうか、もう君はいないのか』という題名を見ても、本からは、なんの問いかけも感じられなかった。避けて通るのではなく、避ける必要さえなく通り過ぎていた。

しかし、義母が亡くなり、娘が嫁ぎ、息子が就職して家を出た。義父も亡くなって、家には私たち夫婦と猫だけになった。その猫が、昨年の6月に死んだ。

猫が死んだことで、私たちは、本当に二人きりになった。同じ車に乗っていて交通事故に遭うなんてケースを除けば、二人いっぺんにってことはないだろうから、次は、どちらかが一人になるんだな。たまには娘や息子が顔を出すことがあるかも知れないが、一人の長い時間を過ごすことになる。

そんなときに、古本屋でこの題名に問いかけられたわけだ。「うるせぇな。あっち行ってろ!」って怒鳴り飛ばしてなんとかなるもんなら、誰だってそうするよね。

事実、私たちも二人きりになったことで、考え始めた。次は、どちらかが一人になるんだねって。私と連れ合いは、学年は私が一つ上だが同じ年。私が3月生まれで、連れ合いが4月。一月しか違わない。50代までたばこを吸ったし、深酒の癖は今も続いている。順調に私が先に逝けそうなのだが、先のことは分からない。

私が山に行って一人で食べると思うと、特別食欲もわかないし、いつも簡単に済ませてしまうと、連れ合いは言う。それじゃあ、先に死んでいいよ。僕は、一人になっても、きっとちゃんと食べる。

そんな会話を交わすこともある。・・・だけど私は知っている。連れ合いは、それで終わる女じゃない。今夜も私は、酒に溺れて寝ることにする。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『奇妙な死体』 巽信二

今は、私と連れ合いの二人暮らしになってしまったが、かつては6人家族。

子ども二人に、連れ合いの両親とも同居していた。子どもたちは独立していったし、それと前後して、連れ合いの両親も亡くなった。義母は家で亡くなった。いや、救急車を呼んだときは生きていたのだ。救急車が到着したときも生きていた。しかし、私が外で救急車を誘導し、救急隊員が家にあがる頃に、息を引き取ったようだ。

それでも、蘇生の手を施しながら、義母は救急車で運ばれていった。家族も、義母が運ばれた病院に向かい、家族がそろったところで生命維持装置が外され、医師によって死亡が確認された。

翌日だったろうか、警察の方が見えて、私たち家族は事情聴取を受けた。人の死というのは、本人だけの問題ではなく、家族だけの問題ではなく、社会の問題だった。

警察の方は、義母の死いろいろな可能性を前提に私たちを聴取し、義母の死に不審がないことを明らかにする意味を持っていた。それは、私たちのためでもあった。

どうやら、不審な死は、決して珍しいことではないようだ。

法医学者である著者は、これまで2万体以上の遺体に関わり、そのうち6300体以上を解剖してきたそうだ。なんの事件性も問題もない遺体とともに、社会を震撼させた事件に関連した遺体や、ドラマのように解剖によって判明した事実に刑事が目の色を変えるような遺体もあったそうだ。

覚えないかな。交際相手の男性を次々と殺していった女の事件、「近畿連続青酸死事件」。あれは、この本の著者、巽さんによる司法解剖が決め手になったそうだ。大阪・キタの繁華街での会社員暴行死事件、これもそう。無抵抗の男性の頭をサッカーのように頭を蹴って死なせた事件。

こうした司法解剖をする人が見つけないと、そういう連中が世の中にのさばってることになるんだから、恐ろしいよね。



『奇妙な死体』    巽信二


河出書房新社  ¥ 1,540

死因が特定できない遺体を解剖で判明した驚きの真実とは 法医学者が語る衝撃! 
1章 死体に刻まれた記録。真実はひとつしかない
2章 事件を告発する遺体、犯罪を否定する遺体
3章 社会の病理に斃れた声なき犠牲者たち
4章 証人として出廷し被告人と対峙する
5章 法医学者としてどう遺族に寄り添うか
6章 阪神・淡路、東日本…震災という慟哭の現場
7章 もの言わぬ遺体から授けられた教え


自殺サイト殺人事件、あれも嫌な事件だった。あれも著者の巽さんの司法解剖だったそうだ。掘り出された遺体は白骨化していて、主要臓器は失われている。その主要臓器が失われ遺体から、著者はそれが首を絞められたことによる窒息しであることを突き止めたんだそうだ。

なんとこの男、人が苦しむ姿を見ると、性的に興奮するんだという。息ができない。苦しくなる。お腹の筋肉がけいれんして波打つ。その様子を見て、エクスタシーを感じるんだという。対象は、男でも女でも良いそうだ。

残念だけど、世の中には、低いとは言えある一定の確率で、こういう人間がいるようだ。それが常に性的興奮に結びつくものなのか、そうでもない場合もあるのかは分からないが。

ウジのわいた遺体の場合ね。このウジが死後経過時間を計る重要な指標になるんだそうだ。ウジは1日1ミリ成長する。だからウジの大きさを測れば、死後何日経ったかが分かる。だけど、動いているウジを捕まえて、体を伸ばして計るのは難しい。

そんな時どうするか。遺体にハエがやってきて卵を産み付けるのは朝と決まっている。ある日の午後、亡くなっても、卵を産み付けるのは翌日の朝。産み付けられた卵は翌日孵り、1日1ミリずつ成長する。ハエは翌日の朝もやってきて卵を産む。また翌日も産む。

だから、ウジの大きさの違いを見極めるんだそうだ。うじゃうじゃウジがたかっていても、適当に捕まえて、大きさを分類する。大・中・小の三種類に分類できれば、1日+3日で死後4日。

そんな手まで駆使するんだ。

法医学者は、人間の生きた最後の様子に関与するのが仕事。だからこそ、その仕事に真摯に向き合わなければならないという意識が強いようだ。またその最後の様子を知ると言うことは、残された者にとってもとても意味が大きい。軽々しい仕事はできないと言うことだな。

「死ぬまで生きる」

悲しい遺体に向き合ってきた著者だけに、今はそのことを大事にしたいと言っている。「全力で」とか、「頑張って」とかって修飾語はいらないってさ。

たしかにね。

とても面白い本でした。






テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『美しい四季の風景写真講座』

実は、これを書いたのは、何日か前のこと。冒頭、「2月3日には鬼鎮神社に行ってみると書いているが、行きませんでした。悪しからず。

2月3日の節分には、埼玉県は武蔵嵐山にある鬼鎮神社に行ってみようと思う。

鬼を大事にしている珍しい神社で、豆まきも「福は内、鬼は内、悪魔外」と声をかける。豆をまくのが赤鬼青鬼だっていうんだから面白い。鬼は悲しい。悲しい鬼を迎え入れる度量の大きさがうれしい神社だ。

この嵐山町、滑川町、小川町いわゆる比企地区あたり、平安時代の閉塞を打ち破る新時代のエネルギーとなったことがある。その時代の面影は、周辺のあちこちに、今でも見ることが出来る。

そんなものと一緒に見て回れれば、十分に歴史と習俗に触れる一日を過ごせるだろう。

大寒を過ぎて、立春を待つこの時期、実はとても好きだ。立春が過ぎたって、それこそ春は名のみの風の寒さに凍える日もある。山登った日に風でも吹かれたら、もう目も当てられない。寒くて死んじゃう。

それでも春が近づいてくる。行きつ戻りつしながらも、気がつけばそこまで。その頃の一喜一憂は、もどかしくもあり、恥ずかしくもあり、還暦を迎えようという今になっても子どもの頃と変わらない。

その時に見つけた春は、写真に残したい。

雪解け、ふきのとう、福寿草。・・・残したいのは、恥ずかしいけど、胸のときめきなんだ。でも、そんなもの撮れないからね。撮れるのは“ときめき”ではなく風景になる。風景にときめきを託すような写真が撮りたいもんだ。

ああ、いい写真が撮りたい。





朝日出版社  ¥ 1,430

中~上級者を目指すアサヒカメラの人気企画「美しい四季の風景写真講座」
愛弟子たちが語る 竹内敏信の教え——清水哲朗、福田健太郎、古市智之
竹内敏信と桜
春の花と新緑、水田・棚田11選を撮る——福田健太郎 平松純宏
人が育む桜風景を撮る——星野佑佳
ちょっと物足りないときの 桜撮影テクニック——星野佑佳
夏の花と渓谷を撮る——福田健太郎
全国フォトジェニックな夏の渓流と滝15選——星野佑佳
紅葉と秋の風景を撮る——福田健太郎
雪と氷、霧氷・樹氷を撮る——福田健太郎 西田省三
風景撮影のマナーを考える「富士山」「北海道」「山岳撮影」


そのための本なんだけど、中~上級者を目指すというのは、私には無理。

だけど、こういう本はしっかり目を通すんだ。私は目を通したものは必ず脳に記憶されていると信じてる。料理の本なんかでもそうなんだけど、脳の引き出しの中に残っていて、なんかの時に、それもふさわしい時に、ひょっこり顔を出してくれる。そういうことがあるって、どこかで信じてる。

ただ、ピントは合わせたいけど、露出がどうの、絞りがどうのってのは、まったく頭にない。この中に出てくる写真を見て、構図であるとか、光のあて方であるとか、今まで自分が今まで撮ろうとさえ思ってなかった写真の美しさってのを、頭の中の引き出しに入れておきたい。

そういう風に思って、こういう写真の本を読むようにしている。

でも、ダメなんだ。いい景色だとか、きれいなものを見てると、うっとりして、つい写真を撮るのを忘れちゃうんだ。それに、山を歩くのが本義だからね。そうすると、ついつい記録になっちゃうんだな。

記録としての写真も残したい。やっぱり芸術部門の人間じゃないからね。だけどいい写真も撮りたい。

中途半端だなあ。それでも、写真がね。・・・

春の訪れを告げる花々。ツツジの赤。白樺の新緑。その新緑を透化する光。水を張られた田んぼ。・・・桜。

夏の花。ひまわりと青い空。渓谷のしぶき。滝を流れ落ちる水。雪渓。夏の山。

紅葉。その中の水。なにかの実。枯れ葉。霜枯れする平原。

雪。氷。霧氷。樹氷。

そういうのが、頭の中の引き出しに入った。・・・多分。





テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


水害に苦しむ日本。
辛苦から生まれた様々な名言から治水に関する知恵や教訓を学ぶ
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本




















































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事