めんどくせぇことばかり 本 山
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『日本菌類百選』 日本菌学会編

えー!! ホコリタケって食べられるんだ。

山を歩いていて、ホコリタケを見かけると、ついつい、つついてみたくなるんだよね。真ん中の穴から吹き出すように胞子を飛散させる様子が面白くてね。・・・そうか、胞子を飛散させるような形態になったのは老菌で、こうなるともう、食用には適さなくなるんだそうだ。

その前の未熟なうちは全体がクリーム色で、表面は褐色で円錐状の突起ばブツブツ突き出しているんだそうだけど、このくらいの時期が食用に適すんだそうだ。

残念だけど、それをフクロダケだと思って、見たことはない。・・・やはり、食べるのはやめておこう。

ずっと以前のことなんだけど、キノコ採りのおじさんに指導してもらって、一緒に山を歩いた。中に、食用として比較的分かりやすいイッポンシメジというのを教わった。実際、うまかった。後に、一人で歩いているときに、その時教わったイッポンシメジにまず間違いないキノコを採って、その日、テントを張ってから、うどんに入れて食べた。そして、当たった。

あとから調べたら、おじさんに教わったのはウラベニホテイシメジというものだったらしく、地方によってはこれをイッポンシメジと呼ぶんだそうだ。それでもって、似ているキノコには、毒キノコもあるんだそうで、どうやらそれを採って食べてしまったらしい。

あの時は苦しかった。ものを知らない頃だったので、死んじゃうこともあるなんて考えもしなかった。

そんなわけで、私はスーパーで売ってるキノコ以外は、まず食べない。キノコ自体は大好きで、冷蔵庫にキノコを切らすことは、まずない。シイタケ、ブナシメジ、エノキダケ、マイタケあたりのキノコ。ちょっと、みそ汁の具が足りないなとか、炒め物にもう少し何か足したいななんて思ったときに、すぐになにがしかのキノコを取り出して、使ってしまう。

“シイタケの・・・”とか、“マイタケの・・・”という料理を作るのではなく、いろいろな料理にも、なにがしかのキノコを、ついつい放り込んでしまうっていう感じかな。

だけど、野性のキノコは、やはり食べない。それでも、山でキノコを見つけると、なんだか楽しい。珍しい形や、きれいな色をしているものもあるので、花と同じで、名前を知っていれば、なお楽しい。

食べられるキノコだと思っても食べないが、「おお、こんなところにタマゴダケが・・・」などと思えれば、山を歩くことが、またさらに一つ二つ楽しくなりそうだ。


『日本菌類百選』    日本菌学会編

八坂書房  ¥ 1,980

この菌、知ってる!?日本人と深い関わりを持ち、学術的にも重要な100種を厳選
タマゴタケ
テングダケ
ホテイシメジ
ナラタケ
オニフスベ
マイタケ
クリタケ
ブナシメジ
ホコリタケ
ナメコ
ヒラタケ
マツタケ など100種




それにしても、毒キノコに与えられている異名がすごい。

タマゴテングタケは毒性が強く、1本で複数名を死に至らしめることが出来るそうだ。「名実ともに毒キノコ中の毒キノコ」と書かれている。しかも、症状が出るのは食後半日前後から、腹痛、嘔吐、下痢、・・・私も“イッポンシメジ”を食べたとき、そうなった。だけど、タマゴテングダケの場合、そこから一旦回復するんだそうだ。ところが体内では肝臓や腎臓を中心に内蔵の破壊が進行していって、次第に黄疸、血尿、下血が始まり、4~7日後には肝不全及び腎不全で死に至る。・・・ひえ~、こわっ!

ご安心を・・・。日本にはあまり見られないものらしい。《世界に名だたる殺し屋キノコ》

その立ち姿が美しい、ドクツルタケ。さっきのタマゴテングダケと違い、国内でふつうに見られるキノコで、中毒例も多い。「野性の白いキノコを食べた」と詳しい者が聞けば、瞬時に緊張が走るというくらいのものだという。

どうやら中毒の症状が、相当壮絶なものらしい。《デス・エンジェル(死の天使)》または、《デストロイング・エンジェル(殺しの天使)》

なんだかかっこいい。毒にしろ、無毒にしろ、菌類は、この自然界で大切な役割を果たしている。それは植物や動物が死んだとき、その遺体を分解するという役割だ。自然界の掃除やと呼ばれているそうだ。

菌類による分解の過程で生まれた栄養は、他の生物にも利用される。それによって、自然界の物質循環に貢献しているというわけだ。

とは言うものの、キノコ、カビ、酵母だからね。特にカビは嫌われる。菌類は、その仕事である分解、吸収の過程で、人間にとって必要なものを黒ずませたり、分解しちゃったりするからね。

だけど、菌類の働きがなけりゃ、自然界は死体だらけになっちゃうからね。

松本零士のマンガに、『男おいどん』というのがあった。

九州男児の主人公は、中学を出て上京し4畳半暮らしをする若者で、かつては定時制高校に通いながら仕事をしていた。しかし、その仕事先がつぶれたことから学校もやめてしまい、それでも何とか生活を建て直して定時制に戻ろうとしている。そんな主人公の、生活に追われるばかりの毎日を描いた漫画だった。

主人公の暮らす4畳半の押し入れには、彼のパンツが山積みになっており、ジメジメした季節には、そこにサルマタケというキノコが生えてくる。たしか主人公は、あまりの貧乏から、そのサルマタケを食っていたはずだ。

あのサルマタケは、何を分解し、自然界の物質循環に貢献しようとしていたんだろうか。やっぱり、パンツを分解してたのかな。


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『希望の峰マカル-西壁』 笹本稜平

新進気鋭のアルパインクライマー奈良原和志。和志のパートナーで、クライミングの師でもある磯村賢一。和志のスポンサーである日本の山岳用品メーカノースリッジを立ち上げた社長の山際功。ノースリッジの社員で、和志の挑戦を前面サポートすることを仕事とする。広川友梨。

ヨセミテからアラスカへ、磯村賢一に鍛えられた和志が次にめざしたのがヒマラヤ。一時は、ネパールで風来坊のような生活を送りながら、低予算で登れる6000~7000m級のピークを、より困難なルートから登り、次第に名前を知られる存在になりつつあった。

そして、再び磯村賢一に巡り会う。

磯村は、ヒマラヤのトレッキングや一般向けの登山を企画する山岳ガイドの仕事をしていた。和志は、そんな磯村の企画であるバルンツェ登山ツアーに相乗りし、単独でバリエーションルートに向かいバルンツェ南西壁を攻略した。その時、磯村のバルンツェ登山ツアーに、ノースリッジの広川友梨が参加していた。

それ自体は、個人としての参加であったが、彼女の勤務するノースリッジでは、新進気鋭のクライマーを発掘してスポンサーシップを提供し、世界進出の一助にしようという計画が進行中だった。

磯村から和志の力量を聞いた友梨は、さっそく和志に白羽の矢を立てた。かつて、名クライマーとしてヨーロッパアルプスでならした山際も、友梨の話を聞いて和志の可能性を確信した。

とまあ、こんな感じで、ヒマラヤを舞台に、アルピニストたちの生き方が描かれていくわけだ。

なんでこんな人間関係から説明しているかというと、この関係で進められた話は、これで三作目。つまり、シリーズ化していて、この三作目が完結編だった。そんなわけで、基本となる人間関係から入らせてもらった。

新進気鋭のクライマーだった奈良原和志は、典型的なソロクライマーで、シリーズを通しても、クライミングの師である磯村をパートナーとする以外、救助と残を除けば、すべてソロ。それは彼という人間に偏りがあるからというより、自分のやり方を貫きたいという、クライマーとしての真摯な姿勢の表れでもあった。

そんな和志の山に対する姿勢を知る磯村は、なんとか彼を、もうひとランク上のアルピニストの世界に押し上げたいと考えていた。折から、ノースリッジから持ちかけられたスポンサーシップの話を、そのためのバネにするべきだと考えていた。



祥伝社  ¥ 1,980

ヒマラヤ最難関マカルー西壁の冬季ソロ登攀。余命僅かな登山の師の想いを胸に
第一章 ヘッドウォール
第二章 救出行
第三章 ドロミテ
第四章 アルピニズム
第五章 ヴィア・フェラータ
第六章 ライバル
第七章 フィッツ・ロイ
第八章 異変
第九章 再会
第十章 巨大雪崩
第十一章 魂のパートナー
第十二章 約束
エピローグ


物語の中で、一番の魅力を発揮するのは、この磯村だ。自身も一流のクライマーでありながら、偏に和志を育て上げようとする。そこには、大きな秘密があった。

磯村と再会したあと、和志はカラコルムのゴールデン・ピラー、続いてローツェ・シャールからローツェ主峰への世界初縦走を磯村と共にした。その世界初縦走に苦しむ中で、その秘密も明らかになった。

これが、シリーズの中でも、大きな柱になっていく。

その秘密の結末も、もちろん、完結編で明らかになる。

アルピニズムの世界にも、競争があり、金の力があり、汚職があり、金儲けがあり、嫉妬や妬みがあり、差別があり、卑怯がある。だけど、同時に愛があり、友情があり、思いやりがあり、助け合いがある。なによりも、私が知らない純粋な生があり、死がある。

そう、山岳小説は、それをどう描くかなんだよね。

なかでも、ここまで先鋭的なアルピニズムの世界を描こうとすると、すこし、主人公の奈良原和志は、性格的にノーマルすぎるような気がする。本人の口から、「僕のように、何本か足りない人間」という言葉が出てくるが、何本か足りないにしては、和志はノーマルだ。もう少し、“何本か足りない”和志を描いて欲しかったところだな。

その“何本か足りない”和志を、友梨や山際が苦労しながら、一流のアルピニズムの世界に押し上げていく。どう、話として、こっちの方が魅力的じゃないかな。

残念ながら、至ってノーマルな正確なので、アブノーマルな世界は、他の者に任されることになる。・・・そのへんが、少し残念なところかな。

それでも、十分、山岳小説の世界では、記憶に残るシリーズになるだろう。

“中国”発の感染症のおかげで、例年とは違う夏を過ごした。長野の山に行ってみたら、拘束から下りた途端に、いろいろな注意書きが登場していた。仕方がないことながら、理性的に考えてあまり意識しないようにと思うんだけど、たくさんそれを見ることで、サブリミナル効果のように、心に染みついてしまう。

もの凄く暑いこともあり、ずいぶん、出不精になってしまった。

先鋭的なアルピニズムの世界とはまったく縁もゆかりもないけれど、山であることは変わりない。登ってみれば、いつもとは違う世界を垣間見ることが出来る。

そろそろ、山に出かけてみようか。




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『天気を読む知恵とワザ』 農文協編

ちょっと観天望気でも習おうかと思って買ってみたんだけど、とんでもない。もの凄い本だった。

一つ一つの記事を追っていくと、それらのほとんどは、月刊誌の『現代農業』に掲載されたもの。農業を本気でやっている人たちが、生活をかけて読む本だった。

観天望気もそうだけど、地域地域に根ざした自然の出来事が教えてくれる気象予想は、今でも実際に役に立っているようだ。

青森では、雪の多い年はイネもリンゴも豊作だそうだ。そんな青森では、雪が少なく、春が早くやってくると遅霜や雹の心配をしなければならなくなると言う。

徳島のブドウ農家は、ニセアカシアの花を目安に農作業を行なうそうだ。

春は、いろいろな花が順に咲く。梅、アンズ、スモモ、桃、桜、ボタン、菖蒲、バラ、つつじ。それを目安に、作物に対して適期に適切な処置をするんだそうだ。なにしろ天候不順の年でも、その不順な天候に合わせて、これらの花が咲く。だから、そういう年ほど、いわゆる生物歴って言うのが役に立つようだ。

どうやら、一つ、桜前線の北上するニュースを聞いても、我々とはまた、違う印象を持ってそれを聞いている人たちがいるんだな。

青森のリンゴ農家の人が入ってたけど、農業やる人にとって、遅霜ていうのは、とても怖いもののようだ。そんなことも知らないでいたことが恥ずかしいが、遅霜が降りると農作物がやられるんだそうだ。作物にビニールをかぶせてあったりするのは、遅霜対策か。夏野菜は一発でやられるそうだ。お茶畑で、扇風機みたいなのを回しているのもそうか。

遅霜が降りるってことを、事前に察知できるか、できないかは、たしかに死活問題にもなりかねないわけだな。




農山漁村文化協会  ¥ 1,760

「天気を読む」ワザは昔から重要な農業技術の一つだった
1 「天気を読む」のは面白い
2 作業に使える指標植物
3 短期予測のワザ
4 長期予測のワザ
5 最新のツールを使いこなす
6 農家天気予報に挑戦


台風10号がすごいな。

現在9月6日の午後。すでに小倉競馬場には台風の影響が出始めている。芝ダートともに重馬場場ということだったが。メインレースが行なわれる今、開催最終週でもあり、不良馬場と言ってもいいくらいに荒れて見える。

小倉2歳ステークスで、武豊騎乗のメイケイエールが、外からさし切って勝った。

えっ、メイケイエールはあの白馬、ユキチャンの孫か。ひいおばあちゃんはシラユキヒメ、お母さんはシロインジャーなのに、メイケイエールにはお父さんであるミッキーライルの鹿毛が出た。福永のお手ウマのようだが、福永が新潟記念に乗りに行ったので、武にまわってきたんだな。ピンチヒッターの機会を生かして、見事に勝ちきった。たいしたもんだ。

台風で大変なときに競馬なんかやってて申し訳ない気もするけど、もとはといえば、日本中央競馬会にしろ、日本軽種牡馬協会にしろ、農林水産省生産局の管轄だからな。この『農家が教える天気を読む知恵とワザ』とは、農業つながりと言うことで勘弁してもらおう。

九州の農作物はどんなもんだろう。9月の台風は要注意なんだってことが、この本にも出てくる。昭和の3台台風と言われる室戸台風(1934年)、枕崎台風(1945年)、伊勢湾台風(1959年)は、いずれも9月の台風だったそうだ。室戸台風は死者2700人、枕崎台風は死者2000人、伊勢湾台風は死者5000人、それぞれそれ以上の犠牲者を出したそうだ。

去年、大きな被害を出した台風は15号と19号。いずれも10月だったな。9月10月は、台風に用心と言うことだ。

じゃあ、農業はどう用心すればいいのか。

九州で、うまい米がとれるようになったそうだ。それにも天気を知ることが、とても大きな影響をしているそうだ。この農業気象予測を寒だめしという。これで、九州の米が東北の米並みにうまくなったという。ただ、やはり台風が恐ろしい。寒だめしは、台風前に刈るか、刈らないかの判断にも使えると言うことだが・・・。

まもなく6日の17時になる。鹿児島県の一部が暴風雨圏に入った。くれぐれも、大きな被害が出ませんように・・・。

それから、どうでも良いことだけど、最終レースは外れました。




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観天望気『天気を読む知恵とワザ』 農文協編

《カマキリの卵は雪に埋まらない》

だから、カマキリの卵が高いところに産んであるときは、冬、大雪が降るってわけだ。

うちの玄関先、サザンカの植え込みに、毎年、必ず一つか二つ、カマキリの卵が産んである。4月とか、5月あたりに孵化して、ウジャーッとわけの分からないのが出てきて、周囲に散っていく。それ以降、ふと気がつくと、もう大人とおんなじ姿のミニチュアが、小さな葉っぱの上で、大人と同じような姿で私を威嚇していたりする。そんな時、もちろん迷わず、吹き飛ばす。

おんなじ玄関先に、毎年、カナヘビが卵を産んでいるようで、ちょくちょく見かけることがある。そうか、春には小さなカマキリを餌にしているわけだな。

2014(平成26)年、関東で大雪が降った。1m近かったんじゃないかな。農業が大きな被害を受けた。埼玉は知られざる農業王国。ハウスがつぶれたりして大変だった。あっちこっちで、車庫の屋根が落ちていた。その年、サザンカの上の方の枝にカマキリの卵が産み付けられていた・・・かどうか、私は知らない。

子どもの頃、夏の夕方、夕立が通り過ぎたあとに残る匂いがある。あれを雨の匂いだと思っていた。朝、外に出て、その匂いがすると、その日、雨が降ることがあった。結婚してまもなく、晴れた日に雨を言い当てたら、洗濯物を濡らさずに済んだと感謝された。もともと、空気の匂いに敏感で、山でも重宝された。その後、長く山から離れて勘が鈍った。取り戻すのは無理だろうから、ここは一つ、《知恵とワザ》で勝負したいもんだ。

自然現象や生物の行動の様子などから、天気の変化を予測することを、観天望気という。

子どもの頃は簡単だった。生まれた家は、武甲山の北側斜面、現在、盛んに石灰岩を切り崩している側に、正対するように立っていて、さえぎるものは何もなかった。山の半分から上が雲に隠れれば雨だった。その状態は、すでに降っているか、すぐに降り出す状態。雲がもう少し高ければ、少し時間がかかる。まず、間違いなかった。



農山漁村文化協会  ¥ 1,760

「天気を読む」ワザは昔から重要な農業技術の一つだった
1 「天気を読む」のは面白い
2 作業に使える指標植物
3 短期予測のワザ
4 長期予測のワザ
5 最新のツールを使いこなす
6 農家天気予報に挑戦


よく知られている観天望気を、いくつかあげてみよう。

「ツバメが低く飛ぶと雨」。これは、おそらく本当だろう。

「猫が顔を洗うと雨」。これはいかがなものかな。ミィミィと名付けた猫を14年ほど飼っていたが、雨だろうが天気だろうが、あれが顔を洗っている姿を見たことがない。

「カエルが鳴くと雨」。一概にそうとも言えない。田んぼの近くのアパートに住んでいる頃、晴れだろうが雨だろうが、カエルはのべつ幕なし鳴いていた。

「飛行機雲がいつまでも消えないと雨」。これは実際そうだね。飛行機雲が出るんだから、晴れた青い空。だけど、明日かあさっては、もう雨が降るね。

「夕焼けは鎌を研げ、朝焼けは簔を出せ」。夕焼けは、明日晴れるから、道具を出して段取りしておけ。朝焼けは雨だから雨具を着て働け。これは鉄板。だけど、どっちにしても働くんだね。雨でも休まないのか。そりゃ、カメハメハ大王じゃないからな。

千葉県にはこんなのがあるそうだ。

「朝雨と女の腕まくりは恐るるに足らず、午後には上がる」。朝のうちに降り出した雨は午後には上がる。これはよく当たるそうだ。“女の腕まくり”っていうのは、怒ってることを言ってるんだそうだ。女が怒ったって気にすることはないと、千葉の男たちは、とんでもない間違いを・・・。

「蛇が日中出てくると、翌日雨になる」。最近、蛇も見なくなってしまって、1年に一度あるかないかのそんな機会に、天気予報を任せるわけにもいかない。

すごい台風が近づいている。奄美地方で風速80m?・・・わが目を疑う。風速80なんて、人間が生きていられる状態ではない。九州南部でも70m。北部でも50M。

地球温暖化対策なんて、本当だかどうだかわかりもしないことに資金と労力をつぎ込んでいる間に、目の前にとんでもない問題が立ち上がってしまった。

海面温度の上昇が巨大台風の温床になっているというけど、海面温度は、誰がどうやって計っているものだろう。実際海面温度が上がっているとしたら、それの原因はなんだろう。ものを考える順番というのは、こういうもんだろう。

水害が毎年発生するような状況にあるなら、河川沿いの、水が上がる恐れのあるところには、もう住めない。それに資金をつぎ込むべきなのであって、二酸化炭素の排出を悪者と決めつけたわけの分からない温暖化対策に、資金と労力を注ぎ込むのはもうやめた方がいい。

自然環境の移り変わりには、まだまだ人間には解明できないところがたくさんある。2100年の気温上昇を防ぐために、努力して二酸化炭素の排出を抑える?

寝ぼけてないで、風速80mの台風が来ても、河川が氾濫しても、大きな被害を出さない方策を考えた方がいい。とにかく今は、台風10号が大きな被害を出すことなく通り過ぎることを祈るばかり。


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『もっともっと ゆる山歩き』 西野淑子

『ゆる山歩き』はシリーズ化されていて、これで3冊目。

1冊目が出されたときに、紹介している。2冊目も買ったんだけど、ブログでは紹介しなかった。特別大きな理由はないんだけどね。1冊目を紹介してから、間がなかったからだろうな。

1冊目が出されたのは2016年の3月。私が股関節の手術を受けたのがその年の10月27日だから、3月頃は、まだ1日に2~3回、座薬で痛みを抑えながら仕事をしていた。仕事場にも杖を持ち込み、身体を傾けながら歩いていたころだ。

きつかろうが、ゆるかろうが、山を歩くなんてとてもじゃなかった。

股関節の手術は、そのあたりで突然、大きな変化があった。その少し前、私がかかっていた医者は、その道の権威と言われた人だけど、レントゲン写真を見て、「この状態なら、もう少し手術を待った方がいい」と繰り返した。「そんなに痛くないはず」なんて言われて悔しい思いもした。

おそらく骨に置き換える素材の耐用年数の問題だったんだろう。痛みに耐えられず、医者を変えたら、「一刻も早く手術」と言うことになった。いち早く新しい素材に切り替えた医師だったのだろう。

本当は仕事の区切れのいい2017年の年度末に手術を受けようと思ったんだけど、股関節の骨頭の状態が急激に悪くなり、少し早めることになった。

私の左足にはチタン合金で作った股関節が入っている。私が多少長く生きたとしても、生きている間に人工股関節の耐用年数が切れることはない。術後、股関節の痛みは一切ない。

もし悩んでいる人がいれば、今すぐにでも手術を受けるべきだ。

足が痛い時期でも、いや、足が痛いからこそ、希望を持っていた。いつかまた、山に登ってやる。手術を受けて、もう一度山を歩く。そうでも考えないと、痛くってやってられなかったからな。山に登るってことを支えにしていたけど、それは言わば観念的なもので、具体的に、どこの山を、このルートで登ろうってものではなかった。

そういうことを考えるようになったのは、手術後、足の痛みが消えてからのこと。最初は、恐る恐る、近くにある“こども動物園”を歩くことからだった。なにしろ山をやめてから20年以上経ってる。四六時中痛かったわけじゃないから、当初はそれなりの運動もしていた。痛みがひどくなって、杖に頼って歩くようになったのは、最後の5年くらいのもの。

それでも足は弱くなってたからね。最初は本当に、恐る恐る歩いた。ただ歩いているだけで、よく転んだ。膝を打って、けがをしたこともある。年が明けて2017年、奥武蔵の山を歩くようになった。山岳部で山に登ってたんで、逆に、奥武蔵の地味な山はあまり知らなかった。歩いてみると、地元の低山もいい。歳を取ったせいか、山の中を歩いているだけで、それだけで気持ちいい。

そんな時期に、この『ゆる山歩き』シリーズの1冊目に目を留めたんだな。「ああ、こういう、素人でも気軽に出かけられるコースだけを紹介している本があるんだ」って、なんというか、“我が意を得たり”ってところだな。





東京新聞  ¥ 1,320

ゆっくり歩いてとっておきの景色へ。首都圏から行けるおススメの全50コースを紹介

高尾城山 多摩森林科学園 金冠山(静岡) 渋沢丘陵
富士山(茨城) 武山(神奈川) 浅間嶺(東京) 相模嵐山 
硯岩(群馬) 官ノ倉山(埼玉) 檜原都民の森 西沢渓谷

金倉あじさい寺巡り 箱根湿性花園 塩原渓谷遊歩道 簔山(埼玉)
竜門峡(山梨) 霧ヶ峰 たんばらラベンダーパーク 夕日の滝(神奈川)
湯滝(栃木) 那須茶臼山 鳩ノ巣渓谷(東京) 横谷峡(長野) 縞枯山(長野)

踊子歩道 川津七滝 飛龍の滝(神奈川) 富士山御中道
神ノ主山(栃木) 多峯主山(埼玉) 千畳敷カール 吹割の滝(群馬)
赤城山沼巡り 大山寺(神奈川) 鎌倉アルプス 八王子城山

三十槌の氷柱(埼玉) 越生七福神 城ヶ島 をくづれ水仙郷
寄ロウバイ園 祇園山(神奈川) 国営昭和記念公園 入笠湿原(長野)
箱根駒ヶ岳 荒崎潮騒のみち(神奈川) 川津城山 高尾梅郷 曽我梅林   





この本で紹介されているコースは、だいたいが2時間以内で歩けるコース。越えても2時間半。3時間を越えるコースは例外的に2・3あるかどうか。

山歩きのコースだけで考えれば、3年前ならともかく、今の私には物足りない。ただいずれも、長くても3時間に納めるコースになっているが、周辺と合わせて5~6時間のコースに作り直すことも可能。ミドルコースやロングコースから、ハイライトだけ切り取ってショートコースを作ったようなもんかな。

それに、あまりアウトドア好きというわけでもない連れ合いと一緒に歩くなら、この程度で十分だし、これらのショートコースに近隣の観光を合わせれば、1日の日程を作ることも可能だろう。

どちらかと言えば、今はそういう意味で、このシリーズに頼っている。

手術から3年半、このシリーズの本をはじめ、首都圏からの日帰りコースを紹介する本にはけっこうお世話になった。そして、よく歩いた。昨年あたりから、ようやく足も出来てきたように思う。

さっきも書いたけど、当初はよく転んだし、5~6時間も歩くと足がパンパンになって、翌日は歩くのにも苦労しているような状態だった。今はもう、そういうこともない。

とりあえず、埼玉県東松山市に住む私には、奥武蔵という強い見方がある。

このシリーズでも何カ所か紹介されたが、2時間前後のショートコースで、春夏秋冬、四季に合わせて、それなりに見栄えのいいコースを作れと言われれば、いくつか思いつくところがある。

春の花、夏の沢や滝、秋の紅葉には事欠かない。冬と言っても雪景色が楽しめることは多くないが、なにしろ奥武蔵は、尾根や山頂と行っても樹林の中で展望がない場合が多い。そうなると、葉が枯れ落ちた冬こそ、奥武蔵は展望を楽しむ季節になるんだな。

さて、アウトドアなら、さほど感染の恐れもないだろう。人が多くなる週末と、人気の観光地は避けて、ちょっとマイナーそうな場所を選んで、出かけてみようかな。




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『つりが好き』

夏休みは、竿とビクを持って、よく浦山川に釣りに出かけた。

朝から行って、10時ころまで釣って、良けりゃ20~30匹くらい雑魚を釣り上げて帰った。オイカワとか、ハヤとか、ヤマベとか呼ばれている魚だろう。私はただ、雑魚としか言ってなかった。ひれが大きくて、色の濃い奴はバカ雑魚って、ひどい名前で呼んでいた。

熊谷の叔父に釣りを教えてもらった。一番単純で簡単な釣り方で、竿と人とハリだけでいい。餌は、川の石の裏にくっついているチョロっていう奴。カゲロウの幼虫だな。これの口からハリを入れて、あとは川に入って、流れに沿って竿を揺するだけ。雑魚が食いつけば、腕を引くとき、ビクビクッとあたりが来る。

謂われは知らないが、あんま釣りって言っていた。みんなでバケツ一杯の雑魚を釣って、腹を出して洗い、母に素揚げにしてもらって、塩をふって食べた。アレは本当にうまかったな。

そのあと、大きな石の下にいるヤマメをヤスで突いて捕ることに熱中した時期があった。細い竹にヤスを差し込んで、1mくらいの長さにして川に入った。小学校の1年上の子が、それをやっていて、自分の足を突いて大けがをしたことがあって禁止された。

そのあとも隠れてやっていて、2匹いっぺんに突いて、大興奮したことがある。しかし、学校の決まりを破っていたので、みんなに自慢できず、家族にだけ聞いてもらった。案の定、兄に怒られて、その年の“突き”は諦めることになった。



『つりが好き』


河出書房新社  ¥ 1,815

川、海、釣り堀で、つれなくてもつれても、やめられない24人の釣りアンソロジー
辻まこと 春の渓流
桂歌丸 噺百編  矢口高雄 二重の呪文
沢野ひとし ザリガニ釣り  佐藤垢石 春饌譜
福田蘭童 オクラとアユ釣り  井伏鱒二 ワサビ盗人
幸田露伴 釣魚談一則  幸田文 鱸  林房雄 釣人物語  
團伊玖磨 黒鯛釣り  西園寺公望 釣魚迷の「人民公社反対論」  
大場みな子 アラスカの鮭釣り
開高健 セーヌ川の雑魚にナメられ、手も足もだせなかったこと
獅子文六 釣りの経験  坂口安吾 釣り師の心境
森下雨村 不具の蟹  北杜夫 食用蛙
火野葦平 ゲテ魚好き  長辻象平 脇役たち
三遊亭金馬 釣友今昔  今西錦司 魚釣り
宮本常一 一本釣り  永井荷風 日高基裕『釣する心』序


24人の釣り話を読んでいて思った。

釣りって言うのは、10人いれば10通りの、100人いれば100通りの釣りがある。それぞれの人に、それぞれの釣りのスタイルがある。

釣りにまつわる話にしたって、こうやったからうまく釣れた、たくさん釣れたなんて話にはならない。そんな手柄話どころか、どっちかって言えば恥ずかしい話が多い。「本当のところ、人に言うのもはばかられるんだけど、今日は楽しい酒の席だから、ちょっとだけ聞いてもらおうかな」なんて言いながら話し始めるような、そんな話。

沢野ひとしさんの《ザリガニ釣り》なんて、完全に子どもの頃の失敗談。私の子どもの頃もザリガニを釣った。なんかの紐だけ持って行って、まずは蛙を捕まえた。蛙を石にたたきつけてつぶし、足をひっぱんてちぎり、紐にそれを結んでザリガニを誘った。いくらでも取れたけど、かえるには悪いことをした。

小さい生き物に対する子どもの残酷というのはひどいもので、捕まえた蛙の肛門に爆竹を突っ込んで、火をつけて人に投げつけていた。

自分の子どもたちは、そういう酷いことをしなかった。少ないとはいえ、それなりに蛙でも、ザリガニでも、虫でもいたんだけど、それらで遊ぶことはなかったな。下の長男なんか、喜ぶと思ってセミを捕ってやったり、昆虫捕ってやったりしたんだけど、なんだか嫌だったみたい。それはずっと後から聞いたんだけどね。

獅子文六さんの話なんか、どうも「釣りが性に合わない」って話だからね。自分はどうも、釣りにはむかない。実際、友人と釣りに出かけてもつれたことがない。川の中のどこにいるか分からない魚を釣り上げようという了見からして、並々ではない。そういうところ、釣り師というのは好色家に似て、女の習性や天候の潮目を読んでたらし込むようなものなんて。・・・たしかに釣りにはそういうところがある。

井伏鱒二さんの話は、天城山麓の渓流に釣りに出かけて、ワサビ泥棒を捕まえた話だ。結局、その話にはほとんど釣りの話は出てこない。だけど、かつての貧しい日本には、そういう裏話がたくさんあった。そのワサビ盗人だって、それが一本二本持ち帰るという話なら、事を荒立て足りはしなかったはず。

竹の子がなくなったり、まんじゅうが消えていたりすることはよくあった。祖父母や父母は、食い物を持って行く人がいるのは、「それはそれでいいんだ」と言っていた。

矢口高雄さんの話がすごい。矢口さんは子どもの頃から、食料調達のために魚を釣ったそうだ。そのために、餌として蜂の子を使うようになったんだそうだ。アシナガバチの子だそうだ。ところが、蜂の子を手に入れるためにはアシナガバチに指されなければならない。

そんな様子を見て、おじいさんがハチに刺されない呪文を教えてくれたという。一息に心の中で三度呪文を唱えれば、巣を手づかみにしても蜂には刺されない。ただし、呪文を人に教えれば、その効き目はなくなる。

だから、おじいさんは自分の特権を矢口さんに譲ってくれたわけだ。

矢口さんが一息に三度その呪文を唱えると、アシナガバチが動かなくなったように見えたらしい。矢口さんは小さく一度、とどめの呪文を唱えて手を出した。

・・・矢口さんの顔は豚のように腫れ上がったという。

私も実は、お金ほしさに、毛布をかぶって、スズメバチの巣に手を出したことがある。そのあとの記憶ははっきりしないのだが、私は豚の顔くらいでは済まなかった。 



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『山岳捜査』 笹本稜平

武漢発感染症の流行で、しばらくの間、山登りも控えていた。

緊急事態宣言が解除されて、6月に入り、山登りを再開した。県境を越えての移動ははばかられるので、地元埼玉の山ということになる。奥武蔵は手軽で人気のあるところなので、週末は避ける。秩父に入っていく西武鉄道、寄居に向かう東武鉄道、それから名栗に入っていくバスは利用しない。

秩父郡市は医療が貧弱で、高齢者の多いところ。つまり過疎地。宣言期間中は「しばらく来ないで」と観光駐車場まで閉じていた。今は、閉鎖は解かれたが、「県外は遠慮して」と警戒を続けている。

埼玉県がそうなんだから、群馬も栃木も長野もそうだろう。奥多摩だって警戒してるだろう。それを思えば、埼玉の山に、こぢんまり登ろう。その気になれば、都県境でもいい。「あそこは埼玉!」と言い張って。

『山岳捜査』・・・山の本?警察の本?

山の話しや警察の話しを書いていた笹本さんが、それをあわせた話を書いちゃった。『駐在刑事』だったそうか。ただ、『駐在刑事』に比べて、こちらはサスペンス感たっぷり。

なんだか最初から、怪しい場所にテントを張っている連中がいる。休暇を取って春先の鹿島槍北壁登攀にやってきた長野県警山岳遭難救助隊に属する2人が、テントを張った稜線上から、それを見ていた。翌日、登攀を終えて戻ると、怪しいテントはすでになく、そこには死体が一つ転がってるんだ。

なんだか最初から、ずいぶんチョロそうな事件なんだけど、これがビックリ、先へ読み進めば進むほど、わけが分からなくなってくるんだ。3分の2ほど読んだところで、私は思ったな。

「これ、残りの紙数で終わらせるのは、無理じゃないかな」

表紙を見直してしまった。『山岳捜査 上』だったんじゃないかと思って。でも、“上”とは書いてない。「終わるんだ」って、ホッとしたような、がっかりしたような思いで、次のページに進んだ。


『山岳捜査』    笹本稜平


小学館  ¥ 1,870

吹雪の北アルプスでの壮絶な捜索行。その果てに明かされた真実とは―。
長野県警山岳遭難救助隊に所属する桑崎祐二は、鹿島槍北壁からの下山途中、谷あいに倒れている人物を発見する。すでに死亡していたその女性の首には、索条痕と吉川線があり、他殺死体だと認められた。しかし桑崎らをヘリコプターに収容する直前、雪崩が発生し、死体は飲み込まれてしまう。桑崎は、死体を発見する前日、同じ場所で不審な三人組を目撃していた。さらに三月の気温の上がる時期にもかかわらず、死体は完全凍結していた。三人組と女性との関係は?なぜ死体は凍ったまま発見されたのか。


鬼気迫る救助シーンが何度も出てくる。季節はいずれも春先の、転向の不安定な時期。

北アルプス五竜岳に向かう遠見尾根、大遠見山。中央アルプス主峰宝剣岳。八ヶ岳主峰赤岳。いずれも厳しい現場での救助活動で、梅雨入り前の蒸し暑さの中で読んでいても、背筋が凍えるような、足がすくむような感覚を覚えながら読んだ。

らすとは吹雪の北アルプスでの壮絶な捜索行。場所は北アルプスの五竜岳と鹿島槍ヶ岳のあいだの深く切れ落ちた鞍部で、八峰キレットと呼ばれる危険な縦走路。

折しも太平洋岸を北上する大型の低気圧に加え、日本海にも低気圧が発生し、二つ玉低気圧の様相を見せ始めている。二つ玉低気圧は春先、まさにこの頃発生し、台風なみに発達する。これが連休に当たったりすると、山では大量遭難が起こりやすい。

そんな中、夜中に向けて、八峰キレットに突入していく、3人の山岳遭難救助隊員。救助対象者はまさに事件の核心をしる二人の人物。

おお、背筋が凍る。足がすくむ。八峰キレットは、若い頃に一度越えたことがある。もちろん、夏場。それでも十分恐かった。足場もホールドもしっかりしてたけど、私はこの高度感に“慣れる”ということはないだろうな。

高度感に対する人間の恐怖は、人間にとって本能的なもののはず。この本の主人公は、その恐怖心をときめきに変えてしまう触媒のようなものを体内に持っているかどうかと言っている。

なんだか分かるような気もする。道に迷いかけたとき、困ってるはずなのに、なんだかときめいていることがある。

あるいは、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』という本にあったが、安静時心拍数の低い人が反社会的行為に走る確率が高いという話があった。高度感に恐怖を感じないというのも、それと似ているかも知れない。

通常、人にはそれぞれ最適な覚醒度があって、心拍数が低いとなかなかそこに到達できず、必然的により強い刺激を求めて反社会的行為に走りやすいというような話だった。

それが、反社会的行為ではなく、通常ならば恐怖を感じる高度感によって、心拍数があがり、最適な覚醒に達して“ときめく”のではないか。

だったら、反社会的行為に走りやすい奴は、みんな八峰キレットに連れて行くか。・・・ダメだよね。

早く県境を越えて、山に行きたいな。




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ジャンル : 本・雑誌

『「日帰り登山」を楽しむ本』 今泉忠明

ああ、山、行きてー!

ずいぶん、山に登ってないような気がするな。連休前から、奥武蔵から秩父の山を抱える自治体のほとんどが、「しばらく来ないでね」って言うもんだから、仕方がないよね。埼玉県北部なんかほとんど群馬なんだから、群馬で受け入れてくれないかな。

ずいぶん前の本、2009年の本だ。だけど、いい本だよ。なにしろ、今泉忠明先生の本だからね。

今泉先生は、動物学者だよね。この本の“はじめに”にも、そんな自己紹介が書かれていて、それを読んで思いだした。もともと私は、それが誰が書いた本かってことに、本当に無頓着なので、この本を手にして先生の名前を見ても気づかなかった。


いずれも、今泉先生が書いたか、監修で関わっている本。

先生は、動物を追い回して、山を歩き回ったんだな。生態や行動を調査したり、観察したりすることが先生の本業だからね。そんな仕事で訪れたのは、北は利尻山や大雪山に日高山地から、早池峰山、富士山、南は西表島の御座岳などを調査して回ったんだそうだ。

だけど、動物を追いかけてのことだから、道が無いよね。あっても、けもの道。夜行性の動物を見るためには、当然、夜の森。道の無い夜の森を歩くのか。

イリオモテヤマネコの調査をした若い頃は、5万図しかなかったんだそうだ。5万図の3km四方に100m間隔で直線を引き、ヤマネコの痕跡を探しつつ、森の中を直進するんだそうだ。森を直進するってのは、難しいし、恐ろしい。地図を見たって、何が待ってるか、実際のところは行ってみないと分からないからね。

こういう体験が背景にあるから、今泉さんの本はおもしろいんだな。



PHP文庫  ¥ 時価

中高年からでも気軽に始められる低山を中心に、山歩きの醍醐味をレクチャー
プロローグ 日帰り登山のすすめ
第1章 日帰り登山の魅力
第2章 日帰り登山のプランニング
第3章 山歩きのテクニック
第4章 知っておきたい山の天気
第5章 低山の四季と自然
第6章 雪山物語、アニマル・トラッキング
第7章 日帰り登山の安全対策
第8章 日帰り登山の楽しい記録


日帰り登山と言ったって、どこから登山を開始するのかによって、ずいぶんと違う登山になる。

富士宮ルートなら、5合目は2400m。3776mの山頂までの標高差は1376m。空気が薄くなるけど、まあ、このくらいなら、ごく当たり前に、いつもの日帰り登山で歩いている。標高だけ考えても、2500mを越える場所に行くなら、やっぱり泊を伴う登山を考えた方がいいでしょうけどね。

いずれにせよ、一口に日帰り登山と言っても、ケースに応じて、いろいろな装備とか、体力とか、経験とか、知識が必要になる。

もし、これから日帰り登山を始めようかという中高年の方がこの本を手にしているとしたら、怖がらずに、人がたくさん歩いている高尾山でも、御岳山でも、歩いてくるといい。不安に感じたら、すぐ下りちゃえばいいんだから。

第1章の《日帰り登山の魅力》、第2章の《日帰り登山のプランニング》、第3章の《山歩きのテクニック》あたりは、山の中を歩いてくることで、段違いに実践的に読むことが出来る。

私は、第4章の《知っておきたい山の天気》に一番惹かれた。いや、それを読むために、この本を買ったと言ってもいい。観天望気を磨きたい。夕焼けは晴れ、朝焼けは雨とかね。レンズ雲が出たら山を下りろとかね。

ニュース番組を見ていると、気象予報士という身分の方々が、今日の天気を、明日の天気を教えてくれる。あれに疑問を持っている。以前と違い、詳細な天気図を元に、それ故に、このあとの天気は、このように変化すると解説するのが天気予報ではないのか。

スーパーコンピューターがはじき出した答えを読み上げるだけなら、気象予報士はいらない。先日、予報にはなかった雨に、「私も濡れてしまいました」と言ってた恥知らずな気象予報士がいた。

高校の、それも高校1年の時は、ほぼ毎日天気図を書かされた。最初は宿題として家に持ち帰って、仕上げて翌日先輩に提出。もちろん山に行ったときも。3年になると、その天気図で翌日の天気を予報し、行動を決めた。痛い目に遭ったこともいくらでもある。だから、天気予報の精度が上がったことはとてもうれしい。だけど、スパコンまかせって言うのは、いかがなものかと思うな。

そこに、天気図を見て自分の判断を加えて、さらには観天望気。必死の思いで翌日の天気を推しはかった先人の知恵は、きっと元代の天気予報の強みにもなる。

若い頃は、翌山をほっつき歩いていた頃は、晴れた日に雨の匂いを感じることがあった。・・・そして最後は、勘だよね。




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ジャンル : 本・雑誌

『山の霊異記 黒い遭難碑』 安曇潤平

『山の霊異記』ファンなんだけど、なんかの巡り合わせで、この《黒い遭難碑》は読んでなかった。

でもなぁ、怖いのは嫌だしな。実際、私は山に行くからな。今年からは、山中に一人で泊まることになるし、・・・そんなとき、怖くなるのは目に見えている。だけど、読まずにいられない。ど、・・・どうしよう。

そうじゃなくたって、若い頃は、怖い目に何度もあった。剣の岩壁とか、八峰キレットが怖いって言うんじゃない。・・・いや、剣も八峰キレットも怖い。かなり怖い。涙が出るほど怖かった。だけど、そっちの怖いじゃない。ヒュー、ドロドロの方の“怖い”の話。

山でのそういう思いの一つは、高校1年の正月、1月1日の武甲山。山岳部仲間の横田君とご来光を見に行ったとき。初めての個人山行での夜間登山。高ぶる気持ちを抑えられず、紅白が終わってから、まもなく横田君に電話して出かけてしまった。うちは影森という武甲山の麓、横田君の家は荒川村。都合上、浦山鍾乳洞で待ち合わせて、バイクで登り口に向かった。真っ暗な登山道をヘッ電で照らしながら登るのは、本当にしびれた。しびれすぎたせいか、ゆっくり登ろうなんて気は、まったくなかった。

だけど、やっぱり、ご来光には早すぎた。1月1日のご来光は7時前後。おそらく私たちは、4時には山頂にいた。そんな時間じゃ、山頂に人がいるはずもない。テントなんかもってきてないし、もちろん寝るには寒い。一杯飲みながら時を過ごした。

私が大学の2年の時に、武甲山本来の山頂には入れなくなり、その後、その山頂は崩された。その直前に登って以来、武甲山には登っていない。だから今の山頂を私は知らないが、当時の山頂は、山頂直下の急登がすごかった。山頂からは、最後の厳しい登りが見下ろせた。

しばらく飲んでから、何かの拍子に見下ろすと、ヘッ電の光が二つ登ってくるのが見えた。まだ、だいぶ下の方だった。だけど、20分もすれば、十分登ってくるだろう。5時、それでも早すぎるくらいだ。まだ夜明けの気配すら始まらない。

少しして、様子を見に行ってみる。ヘッ電の光は、さっき見たあたりから動いていない。休憩か。横田君が「おーい」って声をかけた。すると、ヘッ電の光が上を向いて、その直後に消えた。

「えっ、なになに?」

・・・実は、それだけの話なんです。

当時は、今のような登山ブームからはほど遠い時代で、人もさほど多くなかった。この1月1日の朝も、結局、山頂は私たち二人だけ。ご来光は二人占めだった。日の出間際の温度は零下10度を下回った気温が徐々に上昇して、ポカポカ温まってくるまで山頂で過ごした。あの、夜明け前の出来事を忘れるために。

あの、いったん上を向いて消えた二つのヘッ電の光がなんだったのか、その後もまったく分からない。




角川文庫  ¥ 748

心身ともに強靭な山男たちを震撼させる、恐ろしくも不可解なできごと
顔なし地蔵    青いテント   三途のトロ
山ヤ気質     真夜中の訪問者 大弛峠
ポニーテールの女 霧幻魍魎    黒い恐怖
鹿神旅館     霧限の彷徨   釜トンネル
目        青い空の記憶  滑落
はないちもんめ  裏山      乾燥室
ひまわり     櫛       八方温泉
山神トンネル


不思議な出来事と、恐ろしい出来事は違う。

私が若い頃に体験したのは、ふしぎな出来事だな。

山の方からキャンプ場に向かって、「おーい、おーい」って呼びかける声が聞こえる。

夜、満月に向けて歩いていたら、いつの間にか月は後ろにあって、じゃあ、前にある明かりはなあに?

後ろからザックを引っ張るのはだあれ?

瞬く星々の中で、ほんの三つ四つだけが、変に動いているとか。

なんか、ちょっと前なら、狐に化かされたってことで済まされちゃうような出来事だな。

ヒュードロドロで恐ろしいっていう質の悪いのは、登山にかこつけて谷底に蹴落とされたとか、東京で殺されて、秩父の山に埋められたとか、そういう希有な霊なんだろう。

山で死んじゃうっていうのは、もちろん不本意な死であったろうけど、好きで来た山だからね。それが成仏できないっていうのは、まずないでしょう。だから、遭難碑を見ても、それ自体が恐ろしいとは思わない。

自分が死んだことに気づかずにさまよってるってのは、あるかも知れないね。だけどそれなら、人をビックリさせることはあっても、こっちの世界に引きずり込もうという悪意はないはず。

まあ、『山の霊異記』は怪談話の本だからね。追いかけてきたり、引きずり込もうとしたり、取り憑いてみたり、そういう霊たちばかりを登場させる。もう、恐ろしくて、恐ろしくて。

ただ、不気味さを感じさせる場所っていうのはあるね。早く遠ざかりたい場所。なんだか、後ろから気配の感じられる場所。さっきまでそんなじゃなかったのに、そこに通りかかったら、急に冷気に包まれるような場所。なんだかざわつく場所。

もしも、この話に出てくるような、通りがかる登山者に災いしようという霊があるとしたら、それは・・・。

理由は分からない。その理由を創作して、怪談話にまとめ上げるのが安曇潤平さんの仕事ということだな。

あの、いったん上を向いて消えた二つのヘッ電の光。あれはやっぱり、死んだ人だろう。つい、自分が死んだことを忘れて、ご来光を見に現れちゃったんだろう。だけど、二人はいつまで経っても、山頂にはつけなかったんだ。山頂につけずに死んだから。急登にあえいで、息が苦しくて苦しくて、・・・そんなとき、山頂から「おーい」って呼びかけられて、自分たちが遭難して死んだことを思い出したんだろう。

「おっと、いけねえ」って、ヘッ電の明かりが消えたんだ。



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『白き高峰の殺意』 森村誠一

2006年にワンツーマガジン社から出された本だけど、もとは1991年に天山出版から刊行されたものだそうだ。

私が31歳の時だ。まだ、山をやめてない頃だな。

まだ、最初に赴任した高校に勤務していた。その学校の新設2年目に新任で赴任して、翌年、十歳ほど年上の先輩に声をかけられて、一緒に山岳部を作った。若かったこともあって、どんどん鍛えて、山に連れて行った。自分がそうされたような新人いびりは、絶対させない山岳部にしたかった。それなりに、いい山岳部だったと思う。だけど、最後は管理職ともめてしまって、山岳部の顧問を降りる羽目になってしまった。

潮目だったんだな。ちょうど股関節の痛みが強くなってきた時期でもあって、そういう形で山から離れるきっかけを作ったと言えなくもない。

それから二十数年、56歳で股関節を手術して、57歳からその時勤めていた学校で、山岳部の顧問を再開した。この間に生徒の質もだいぶ変わってきていて、山岳部員といってもそんなに山に登りたがらない。???不思議な人たちを相手に、山岳部の顧問をすることになった。

あまり遠くに行きたがらない。日帰りがいい。泊があるなら、山小屋がいい。電波の届かないところには泊まりたくない。

日光湯元は電波が届く。夜通しゲームをしていた奴がいて、翌日、たたき起こして日光白根に向かったが、外山の登りで寝そうになり、ガレ場で転倒。全員登山を中止して、引き返した。

尾瀬ヶ原は電波が届かない。テントを張ったあと、電波を求めて尾瀬ヶ原を右往左往する部員たち。良く歩いたと見えて、この日はよく寝たようだ。翌日全員で至仏山に登頂できた。

そいつらも、この3月で卒業する。私は1年先に学校を去ってしまったが、卒業式にはお祝いに駆けつけるつもりでいた。先日、学校から便りをもらった。新型コロナウイルスの影響で、今年の卒業式は、卒業生と教員だけで行なうそうだ。
《山岳ミステリー傑作選》と銘打った六つの話。場所は、いずれも北アルプス。“K岳”、“H岳”、S岳”、M岳と表されるが、唐松、穂高、白馬、三俣蓮華と想像がつく。多くは垂直に切り立った岸壁や、冬山の視界もままならない吹雪の中で、事件が起こる。

そしてその時、どう振る舞うかが問われる。生きるために、変節するのか。生きるために、奪い取るのか。生きるために、置き去りにするのか。生きるために、命をかけるのか。

〈いやいや、山も“下界”も、人間の欲望に変わりはない。たかだか標高を二、三千メートル上げたからといって、人間の欲望は浄化されない。されると思うのは、ことさらに山を美化して眺めようとする人間のロマンティシズムにすぎない〉

六つの山岳ミステリーの中の、『裂けた風雪』の中で、山で起きた殺人事件に関して、山小屋の主人二宮の犯行ではと疑う緒方が、心の中でそうささやく。

六編の話に、共通して流れる、作者森村誠一の“山と人”に関わる思いのようだ。


『白き高峰の殺意』    森村誠一


ワンツーマガジン社  ¥ 時価 582より

岸壁の登攀や、悪天候の冬山登山が、リアリティ豊かに描かれた山岳ミステリー傑作選
夢の虐殺
高燥の墳墓
挑戦の切符
裂けた風雪
垂直の陥穽
北ア山荘失踪事件


『垂直の陥穽』で、父親から大学山岳部に入ることを反対された息子が、父親も若い頃山に登ってたじゃないかと反論する。「奥秩父や奥多摩くらいのところだったとしても」と言っているのが引っかかった。危険を顧みず、先鋭的に難しいルートや季節に挑戦するのが登山家のあり方と、彼は思っていたようだ。

物語は、そのことに一切立ち寄ることなく通り過ぎるが、この問題、実はこの本のテーマに深く関連している。「たかだか標高を二、三千メートル上げたからといって、人間の欲望は浄化されない」ことはその通りだと思う。

だけど、登山シーズンの奥秩父や奥多摩を歩いてみるといい。傑作選の中で、なんとなく批判を向けられているように思える“山の世俗化”がそこかしこに見られる。だけど、そこに見る多くの顔は輝いている。絶景に心打たれ、ここまで歩いてきた自分の脚を賛美し、心が打ち震えていることを隠そうともしない。

・・・“二、三千メートル”じゃない。あの人たちは、たった標高305mの日和田山で浄化されてる。

たしかに、かつての登山ブームにおいて、本当にあったひどい話のいくつかを聞いたことがある。道標を動かしちゃうとか、ベースにしているテントに勝手に入ってものを盗むとか。女の子のパーティーに嫌がらせするとか。夏山で翌朝3時起きだってのに遅くまで騒いでるテントに頭にきて、全部ペグを抜いてテントをつぶしてやったこともある。二十数年ぶりに山歩きを再開したけど、今の方が圧倒的にマナーがいい。女の子が一人で歩いているのも、よく見かけるもの。

浄化されないのは、浄化される能力に乏しいやつが山を歩いているからに他ならない。

殺人事件を取扱ったドラマの中で、犯人はよく、秩父の山に死体を捨てに行く。私の故郷だ。東京の人であれば、“秩父の山”というだけで、すでに「絶対見つからない」という意味を持たせることができるのかもしれないが、“秩父の山”はもともとは、上州、信州、甲州への街道の通っていた場所。山を歩く人は少なくないし、車が入れるところであれば、釣り人や沢登りが入る。

本当に絶対に見つからないのは、和名倉山の西側だ。あそこは、ほとんど人が入らない。今でも狼が居るとすれば、あそこしかないだろうという場所だ。そこまで行くのが大変だけど。

だったら、やがて死体になる人に、そこまで歩いてもらって、そこで死んでもらうのが楽でいい。ガレ場で先を行き、上から岩を落とすのが一番いいだろう。確実に殺したら、あとは和名倉山の西側の谷間に落としておけばいい。

高校の頃、山岳部の部室でそんな話をしていた。浄化される必要すらない、汚れを知らぬ時代だった。


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本




















































































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