めんどくせぇことばかり 本 山
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『ソロ登山の知恵』 山と渓谷編集部

水袋、保温ポット、テーピングテープ、ヘッドランプ、エマージェンシーシート、ろうそく、ライター、ガスカートリッジ、バーナー、クッカー、非常食、折りたたみ傘、スリング・カラビナ、防寒着、ツエルト、トレッキングポール、ザック、防水スタッフバッグ。

登山ガイドの木元康晴さんの、基本装備だそうだ。もちろん、これに、食料や飲料水が入る。

難しいよね。荷物は軽くしたい。だけど、山ではなにが起こるか分からないから、どんな事態にも対応できるように準備しなければならない。そう思うとどうしても、荷物が増える。単独なら、全部、自分持ち。装備が重くなれば、体力を消耗する。

木元さんは、かつて、3度きびしいビバークを経験し、それを含める数々の経験を通して厳選された装備が、上記の18点。

エマージェンシーは、テーピングテープとエマージェンシーシートだけか。私は、ごちゃごちゃと、色々なものを持ちすぎだな。テーピングテープは、本来の使い方はもちろんのこと、他に、なにに使えると思う?

ケガをしたとき、テープで直接傷口を塞ぐ。登山靴のソール剥がれの修理等、使い道はさまざまあるらしい。なんと、火起こしの着火剤にも使えるという。

エマージェンシーシートは、私は持たない。ツエルト持ってるから、いいと思ってるんだけど、寒い時期にビバークしたことないからな。重いもんじゃないし、エマージェンシーケースに入れとくかな。

ろうそくは持って行かないな。考えてみれば、ろうそくがあれば、ツエルト内の保温になるし、電池の節約にもなる。スリングは持たないけど、細引きを使ってるな。防水スタッフバッグは、やっぱり使うべきか。ええっ!枕としても使えるって。

《単独登山はやめましょう》っていう表示を出している自治体もあるそうだ。私は見たことがない。禁止されているわけじゃないし、道徳的に考えても、おかしいことじゃない。人が死に至る原因の中で、それが避けうるものであるにもかかわらず、放置するべきではないという姿勢なんだろうか。

登山遭難者の死亡率を見たとき、ソロの場合が16パーセントで、パーティの場合が8パーセントだそうだ。遭難死のリスクが、ソロの場合2倍になる。共通する8パーセントは、遭難の時点で死んでいる滑落等だろう。残る8パーセントは救助できるか、あるいは、救助が呼べるか、その違いだろう。

孤独死が、話題になった時期があった。今でも、そうかもしれない。年寄りであれば、あるいは、何らかの病気を抱えている人であれば、山に登るまでもなく、突発的な事態になって、助けも呼べずに命を落とすこともある。

とはいえ、こんだけ高齢化が進み、かつ家族が分解され、コミュニティのつながりが緩やかになった状況にあっては、珍しい事態ではない。なんとしても避けたいのであれば、施設に入ればいいんだし、そうでなくても万が一の場合の準備をするだろう。あとは覚悟の問題だと思う。

一人で山に入るのも同じ。たしかに、捜索のことも考えなきゃいけないけど、それも含めて、“覚悟”だと思う。“はじめに”に書かれているとおり「危険度の高さと天秤にかけても、実戦する価値のある、魅力的な行為」であるし、死にに行くわけじゃない。ワクワクしながら、輝いて生きるために、一人で山に行くんだ。

もちろん、死なないために色々な準備をするし、実際、緊急事態に至っても最後の最後まで手を尽くす。そこまでやって、なお、残念ながら生還できないとなったら、それはすべての人の死とまったく同じ。


『ソロ登山の知恵』    山と渓谷編集部

山と渓谷社  ¥ 1,100

その魅力やリスク、必ず身に着けておきたい登山技術を解説。ソロ登山者必読の一冊
第1章 ソロ登山の意義
私が考える「ソロ」 私のソロ登山スタイル
第2章 ソロ登山実践の知恵
ソロ登山の計画術 歩行技術 ペース配分 ナビゲーション 天気
第3章 ソロ登山の遭難事例
「滑落」「ビバーク」「ビバーク」「ヒヤリハット体験集」
第4章 ソロ登山の安全管理の知恵
入山前の遭難対策 状況把握と進退判断 ビバーク
ファーストエイド 救助要請


『山と渓谷』は、毎年、ソロ登山の特集を組むそうだ。

それがソロ登山を煽ってるという声もあるらしい。しかし、『山と渓谷』の主張の通り、雑誌が特集をやめてもソロ登山は減らない。山岳会などの組織に属さず、技術や知識習得の機会を得にくい人も多い。だったら、単独のリスクを明確にした上で、役立つ知識を掲載した方が、遭難防止につながる。

そうした意味で、この本が出された。

よく、山岳遭難発生状況を、埼玉県警のHPで見ることがある。

ちなみに、さっきも、12月1日現在の状況を確認してみた。埼玉県内で、11月のひと月だけで、10件の遭難が発生している。滑落が2件。小鹿野の二子山と越生の鼻曲山。鼻曲山は、どこで滑落したんだろう。二子山は4人パーティ、鼻曲山は300人とあるから、越生や毛呂山町が開催したハイキング大会だろうか。

単独山行は5件で、道迷いが4件に、疲労が1件。いずれも無事救出されている。武甲山が2件、両神山1件、雁坂峠1件、棒の嶺1件。

雁坂峠、単独、道迷いは、良く無事救出できましたね。他の山は、いずれも登山者が多く。手がかりも多そうだけど、雁坂だと、山が深いからね。

私は、土日を避けて登山しているし、人がたくさんいない山を選んでいる。だから、緊急事態を招かないように、それなりに努力している。一番ありそうで、注意しているのは、滑落や転倒による骨折。

まずは、滑落しない、転倒しないで歩くこと。若い頃は、考える必要すら感じてなかったけど、バランス感覚と身体の柔軟性は、間違いなく落ちている。

この本の第2章にも出てくるんだけど、いま、歩き方を見直している。

ナンバ歩きという方法で、筋肉の力で地面を蹴って前に進む方法ではなく、筋肉よりも骨を意識して、身体の軸を移動させながら、前に進む。着地はかかとからつかず、足裏全体を置くようにして地面につける。この歩き方は悪い道に向いていて、雪道を滑らず歩く方法の一つである。さらに歩幅が狭くなるので、軸を移動させるときにバランスを崩しにくくなる。

以前の山行で感じたんだけど、地下足袋で歩くと、岩を蹴ったり、とがったところに足を置くと痛いから、歩きが丁寧になる。ただ、寒い時期は足が冷たくなっちゃうからね。ナンバ歩きをマスターして、歩幅を小さく、一歩一歩、丁寧に歩くことを身につけたいと思う。

感染症流行下、他の都県に出かけるのを控えて、顔なじみの地元の山を歩いている。こんな時こそ、同じ山でも、新しいテーマをもって、丁寧に歩くことにしよう。


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ジャンル : 本・雑誌

『山とあめ玉と絵具箱』 川原真由美

そうか、山で絵を描くというのも、ひとつだな。

山の楽しみ方には色々ある。《山をたのしむひと》という項目で、著者が書いている。

百名山を目指して山に登る人。名もないひっそりとした山に登る人。ただ山道を歩く人。同じ山を何百回と登る人。ひたすら高い山を目ざす人。登山ルートをすべて制覇しようと試みる人。高山植物をたのしむ人。花の名所を巡る人。バードウォッチングをたのしむ人。キャンプを目的とする人。山小屋を満喫する人。

「山の楽しみは、行くほどに増えていく。この先、定まっていくのか。それとももっと広がるのか、もしかしたら山には登らずに、麓から眺めるようになるかも知れない。山の匂いを吸い込んだときに体中に広がるもの、それが今の楽しみだ」

そう書いている。

私は、・・・どうだろう。山にはじめて登ったのは、・・・山頂をめざしたのは武甲山だけど、それ以前に、遊び場が山だった。自分では記憶にないのだが、幼稚園から帰った後、一人で山、そのまま登山道を詰めれば武甲山山頂に至るのだが、その山に入り、帰れなくなったことがあるそうだ。地域の人に、山狩りされて助けられてしまったらしい。

そんなわけで、“山のいる”ということが、なにより好きなのかも知れない。高校で山岳部に入り、あちこちふらつくようになるわけだけど、記憶に残る多くのことは、極めた山頂よりも、そこに至る行程が多い。あの頃は、友達と山を歩けることが嬉しくて仕方がなかった。いつの頃からか、どうも性格が歪んでしまったようで、人と一緒に歩くことが苦手になってしまったが。

そうだな。それから人がたくさんいる山は、ちょっと避けてるな。土日は出かけないようにしているしね。もちろん、気持ちが広がるような、雄大な景色には出逢いたい。そのためには、高い山に登りたい。深い山を彷徨いたい。

それでも、いろいろなものをそぎ落として、最後に残るのは何かなって考えると、残るのは“山にいる”ってことのような気がする。




リトル・モア  ¥ 1,980

あの色、あの匂い、あの音。山を歩くのは、なんてたのしいのだろう。
鈍行電車に乗って三十年前の上高地から
山の上の誕生日ケーキ突風と雪の蝶ヶ岳
テント場さがしの八ヶ岳のら猫と旗振山
野口五郎岳山で絵を描く
高尾山の朝ごはん八方尾根のバッチ
RCCの伯父を辿って犬とイタツミ尾根
山をたのしむひと冬の河童橋
木曽駒のおじさん雪ノ平へ
地図とトレイルと線白いモンブラン
柱のにおい雨の北八ツと双子池
南御室小屋のテント場六甲山を越えて有馬温泉へ
こいのぼりと残雪の奥穂家からみえる山
山に行くのはおっくうだ光る石のある山
十月の雪先輩の麦草岳
島々谷を歩く高取山で会った人
お正月の森







あめ玉と小ぶりの手帳とペンを、いつもポシェットに入れて持って行くんだという。あめ玉は疲れを癒やす糖分として、手帳とペンは、道中であったことや天気、歩いた時間やルートをメモするんだという。

山岳部出身の者なら、誰もがそういう登山を知っている。最近は、便利なものがあるからね。だけどこの間、久し振りにタイムを記録している人を見たな。

何泊かするときは、スケッチブックと色鉛筆、絵具箱がプラスされるんだそうだ。この本には川原真由美さんが描いた絵がたくさん紹介されている。

いいなぁ、山で絵を描くって。

高山植物を描いたものもある。ハクサンフウロ、ニッコオウキスゲ、キンガサソウ、クロユリは荒川だけのカール、ミヤマキンポウゲは千枚小屋と、それを見た場所も描かれている。

うらやましいな。だけど、私は絵が下手だから無理だな。

この本は、山のエッセイ集。山に登るようになったのは40を過ぎてからで、どんどん山に惹かれていったようだ。テントをかついで行くこともあれば、山小屋を利用することもある。ソロもあれば、仲間と一緒のこともある。形にとらわれず、思うがままに山をたのしんでいる感じだな。

私がいつも持っていくものって、なんかあるかな。・・・せいぜいカメラくらいのものか。

今年から泊登山を始めようと思ってた。感染症の流行で、だいぶ気持ちがしぼんじゃったけど。それでも何度か出かけたけど、そんなとき、ついつい酒を飲んでしまう。

三ツドッケにいったときは、避難小屋の前に宴会場を設定して、日が暮れるまで、そこで呑んだ。ときどき、鹿が現れる。何してるんだって顔でこっちを見て、やがて平然と去って行く。寄っていってくれればいいのにね。あれは楽しかった。

あれは、感染症が下火になって、久し振りに電車とバスを使って、日原に入ったんだ。今また、感染症の流行がひどくなって、遠出する気になれない。

やむを得ず、行き慣れた地元、奥武蔵の低山に出かける。「なんかワクワクしないな~」なんて思いつつ、無理やり出かけることもある。それでも山を歩いているうちに、なんだかいい気分になってくるんだから、不思議なもんだ。

著者が、「山の匂いを吸い込んだときに体中に広がるもの、それが今の楽しみだ」って言ってるのと同じかな。


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ジャンル : 本・雑誌

『剱岳ー線の記』 髙橋大輔

思わぬところで三角点を見つけることがある。

この間登った虎秀山で、三角点を見つけたときも驚いた。三角点には一等から四等まであるという。一等は1500㎢に一点、二等は55㎢に一点、三等は8㎢に一点、四等は2㎢に一点といった間隔で設置しているという。

その三角点が何等かは、側面に書いてあるんだそうだ。今度見つけたら必ず確認しよう。ただし、風雪で消えている場合もあるらしい。そんなときは一辺の長さを測る。一等は18㎝、二等と三等は15㎝、四等は12㎝だそうだ。

虎秀山の三角点は、いったい何等のものだったんだろう。おそらく三等か、四等だろう。ああ、確認したい。

『剱岳ー線の記』の著者である髙橋大輔さんが、誰が、どのルートから剱岳初登頂を果たしたのかに興味を持つきっかけとなったのは、もちろん、『劔岳〈点の記〉』にある。“点の記”とは、三角点設置の記録のこと。

宗教登山による開山となった山をのぞき、日本の山のほとんどは、明治時代に陸地測量隊によって初登頂がなされている。そして、最後に残された山が、弘法大師がワラジ3000足を使っても登れなかったという剱岳だったわけだ。そこで陸地測量隊が、何度もの挫折を乗り越えてようやく登頂を果たしたとき、そこに修行僧の使う錫杖の頭を見つけたわけだ。

“いつ” 山頂に立ったのは何年か
“誰が” 山頂に錫杖頭と鉄剣をおいたのは誰か
“どのように” どのようにして山頂を極めたのか
“どの” どのルートから山頂にたどり着いたのか
“どこに” 山頂のどこに錫杖頭と鉄剣をおいたのか
”なぜ” なぜ山頂に立とうとしたのか

髙橋大輔さんは、それを知りたくなった。分かっていることもある。

“いつ” 古代 奈良時代から平安時代
“誰が” 山伏
“どのように” 登攀技術や装備のない、空身で登った
“どの” 別山尾根ルートか早月尾根ルート
“どこに” 剱岳山頂
“なぜ” 仏教の祭事か修行のため

だけど髙橋さんは、これでは満足できなかった。だから、とりあえず、剱岳に登ってみた。



『剱岳ー線の記』    髙橋大輔

朝日新聞出版  ¥ 1,870

岩と雪の殿堂、剱岳。誰が、どのルートから。探検家髙橋大輔がその謎に挑む
点から線へ
剱岳のファーストクライマーを追う
「Z地点」はどこか
立山開山と剱岳
もうひとつの山岳霊場
失われた山の古道を求めて
立山三山をゆく
謎のトンガリ岩
ハゲマンザイへ
推理
時を超えた邂逅
線から面へ



髙橋さんの一連の探求は、2016年に始まった。

そして、その成果の一部であるルートの探求に関しては、すでに2018年11月にNHKの特注番組で放映されている。ロッククライミングの技術も、近代的な装備もない平安時代のことだからね。靴だって履いてない。わらじだよ、わらじ。

ただし、山岳修行で鍛え上げたとてつもない体力と、真理を目ざす宗教的探究心があふれ出すような人だったに違いない。それはまさしく、技術や装備の欠落を補ってあまりあるものだったということになる。

私は、それを見ていた。ガイドの案内で、立山川をハゲマンザイと呼ばれる場所まで遡行し、そこから45度の谷筋を上がって早月尾根に合流する。

先日読んだ、地名に関する本にもあった。ハゲマンザイの“ハゲ”は、岩崩れでできた地形を意味する。見るからに、これは厄介だった。上部まで行けば木があるが、まあ、それなりに薮をこぐことになるが、木があれば掴まることができる。しかし、そこより下では、草付きに頼るほかはない。これは怖い。

でも、このルートで髙橋さん一行が剱岳登頂を果たしたことで、1000年前の平安時代でも、剱岳に登ることができると、実証されたことになった。

そのテレビ番組の記憶をもとに、この本を読んだ。

ルートの探求は、とても面白いものだった。その過程で、髙橋さんは、色々なことに気づかされていく。ハゲマンザイのハゲだけでなくマンザイにも、実は深い意味があった。その他にも色々とね。 

だけど、テレビで放映されたのはあくまでもルート探索であった。でも、雄山から登って、大汝山、富士ノ折立、別山と歩いた人なら、そして別山から剣を見た人なら、誰でもがドキッとすることを、髙橋さんが書いている。ここが縦走路としてつながっていることに、大きな意味があるというのだ。

雄山山頂の神社の拝殿での参拝は、剣を拝むことになる。縦走の半ば、富士ノ折立には「不死の世界におり立つ」という意味があるらしい。雄山に登ってから別山に向けて歩く途中、剣の見所はさまざまある。だけど、別山について気がつく。これ以上、剣がかっこよく見えるところはない。

そしてそこで思うのは、地獄を恐れることとは考えにくい。魂の未来営業を祈ったのではないかというのだ。

なんだか、主峰の月山を過去、羽黒山を現在、出羽三山の奥宮の湯殿山を未来とし、月山で死とよみがえりを体験し、湯殿山で再生を体験する三山信仰に、よく似てるじゃないか。

読んでもらえば、もっと奥が深い。


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鎌北湖周辺の山でリハビリ

この間、山を歩いてきたのが12月8日。

その2日後、10日の木曜日だな。早朝のランニング中に、右ふくらはぎを痛めた。軽い肉離れだろう。2kmほど行って、身体も温まったので、そろそろスピードを上げていこうかと思ってから、ほんの2・3歩のところでの激痛。2kmを家まで帰ってくるのが、とってもつらかった。

木金土日と我慢を重ねて、痛みも取れた。火曜日の山歩きに向けて、月曜の朝、暗いうちに歩きに出た。大丈夫そうなので、早歩き。異常はないので、本当にゆっくり走り出してみる。・・・・・・・あれ、右ふくらはぎの奥の方に、・・・なんだか。

残念ながら、まだ完全には直っていなかった。ちょっと力を加えたことで、ほんの少し痛みが出た。2日前、土曜日あたりの状況に戻った感じ。

結局その後、月火水を完全休養、木曜日に歩きに出て、5kmほど歩いても異常なかったので、今度はリハビリに、近くの山に出かけてみた。鎌北湖から蟹穴山へ、そこから茶嶽山、スカリ山、北向地蔵と廻って下りる、いつもながらのおなじみのコース。

蟹穴山の展望スポットからは、富士山がよく見えた。8日にもここから富士山を見たが、その時よりもくっきり見えた。雪の上にジグザグの登山道まで確認できた。
IMG_7440.jpg (山頂に続く、ジグザクの道が見える)

IMG_7441.jpg (大岳山を左に、御前山を右に)

IMG_7442.jpg (蕎麦粒山と三ツドッケ)

東には筑波が見えているので、富士山と筑波山に挟まれて、なんだかいい気分だ。
IMG_7439.jpg IMG_7438.jpg (キリッとした空気で関東平野一望)      (冬にならないとこの方角は見えない)

IMG_7443.jpg (ほら、ここはこんな感じ。この写真にも富士山が写っているんだが・・・)

今週に入ってから、超冬型の気圧配置になって、関東はいい天気が続いた。肉離れで出かけられなかったのは残念だったが、感染症流行下でもあり、もうしばらく、近くの山を巡ることにしよう。

スカリ山からは、日光方面、赤城、尾瀬、上越方面の、雪をかぶった山が見えた。上越はもの凄い積雪で、生活に支障が出る状態だという。あれらの麓では、そんな人々の苦労があるのか。あそこに、そんなにも雪を降らせて、乾燥した冷たい空気が関東平野を覆い尽している。どうやら、それがウイルスに力を与えているらしい。
IMG_7444.jpg IMG_7445.jpg (日光方面)                 (赤城山)

IMG_7446.jpg IMG_7448.jpg (尾瀬から上越方面)              (関東平野、右に筑波、左に日光)

IMG_7447.jpg (手前左が茶嶽山、鉄塔はさんで右が蟹穴山。鉄塔の上に越上山。その奥に重なるように関八州見晴台)

樹林に囲まれた山道だけど、葉が落ちて、ずいぶんと見通しがよくなってきた。まさに、“冬の低山”だな。

半日にも満たない山歩きだけど、右ふくらはぎは、奥の方に多少の違和感を感じるものの、何とか持ってくれた。週明けの天気のいい日に、もう少し距離を伸ばして歩いてみようか。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

地図


テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

50代から始めるトレッキング サポートBOOK 2020』

朝、走ってるんだ。

そうすると、いろいろなことを考えさせられる。今は明るくなるのが遅いから、腕と足に反射板つけて、ライトも持ってる。自分で見るよりも、車の人に気づいてもらうために。

5時くらいになると、暗い中で、ウォーキングをしている方を見かける。年配の方が多いようなんだけど、だいたいが、闇の中から唐突に現れる。黒・・・ではないかも知れないが、黒っぽい服を着て、闇の中から現れられると、ビックリする。まるで、あちらの世界からいらしたのではないかと・・・。

何人かの人が、夜中にコンビニでカップラーメンを買って食べたのか。空のカップと、箸と、お手拭きみたいなものが散乱してることもある。心貧しき者たちめ!

ここは箱根駅伝出場を目ざす大学が近くにあるので、学生が走っている場合もある。そういう人たちは、やはり速い。でも、彼らは、真っ暗なうちは、まだ走らない。・・・はずなのに、とても速い足音が、後ろから迫ってくる。邪魔にならないように、ライトをつけて存在を報せる。ところが、なかなか抜いていかないんだ。足音はとても速いのに、いつまでも後ろから聞こえてくる。そして、いつの間にか消えるんだ。

電灯が遠い暗い道を走っていると、視角の一番端を、何かが動いたのを感じることがあるんだ。そちらに目を向けると、ただ闇が広がっているだけ。長い間、捕食される立場にあった人類の遠い記憶が、闇の中でうごめくものに敏感にさせているに違いない。

そんなことを考えているうちに、そろそろ身体が温まってきた。この辺から少しスピードを上げてみようか。そう思って歩幅を広げて、ほんの2~3歩目、右ふくらはぎに激痛が走る。

立ち止まって、右足をおろし、体重をかけてみる。・・・やってしまった。おそらく重くはないと思うけど、肉離れっぽい。突き方によっては、右足も使える。家から2キロほどの場所。その距離を、1時間ほどかけて帰った。

これじゃ、明日の山は、行けないな。

月に6回くらいのペースで、山歩きに出かけている。ほとんどは日帰り。明日の天気が良さそうなら、「行ってみようかな」って感じ。《山高きがゆえに貴からず、樹あるをもって貴しとなす》ってことで、山の中を歩けることに喜びを見出している。高山を目ざそうとすれば、その分準備が必要になる。

時には準備をして出かけることもあるが、面倒くさければ、近くの山を歩く。「なんか、ワクワクしないな」なんて思って出かけても、歩いているうちに嬉しくなってくる。人間が、安上がりにできているらしい。




ネコ・パブリッシング  ¥ 1,320

トレッキングで健康寿命を延ばそう。絶景山30選 やっぱり山って気持ちいい!
Scene リフレッシュトレッキング
Scene 爽快達成トレッキング
Scene チャレンジトレッキング
トレッキングHow-to
フィールドの知識とトレッキングの装備
トレッキングと身体の関係
トレッキングをシミュレーションする


そんな安上がりな私に、この本は、ほんのちょっぴり遠出をすることを進めてくれる。ほんのちょっぴり遠出をすれば、「ほら、こんなに良いところがあるよ」って、そういう本だな。

最初の《リフレッシュトレッキング》で紹介されているコースは、以下の通り。
《尾瀬ヶ原、白駒池~高見岩、毛無山~破風山、西ノ湖、双子山~双子池、宝永山、刈込湖~刈込湖、羅漢寺山~昇仙峡、高尾山、鉄砲木ノ頭、赤城自然園、八千穂高原自然園、那須平成の森、栂池自然園、蓼科御泉水自然園、日光澤温泉》

このコースは高低差も小さく、1日に歩く距離も短い。一番長い尾瀬ヶ原は、10キロ歩くけど、高低差のない木道歩き。帰り、山の鼻から鳩待に上がるときに、ちょっとのぼるだけ。

次の《爽快達成トレッキング》で紹介されているコースは、以下の通り。
《金冠山~達磨山、杓子山、黒斑山、にゅう、湯ノ丸山~烏帽子岳、北横岳、大野山、日の出山、那須岳(茶臼山~朝日岳)》

これは、汗をかき、弱音をこらえて歩くコース。だけど、10キロを超えるコースはなく、登りの累積も3桁を超えることはない。しかも、歩行時間も5時間以内ってことだから、大変お手頃だな。

最後に《チャレンジトレッキング》で紹介されているコースは、以下の通り。
《燕岳、蓼科山、硫黄岳、蝶ヶ岳、富士山(吉田ルート)》

山頂で迎える感動を想像しつつ、期待を込めて長いルートをたどるコース。燕岳、蝶ヶ岳、富士山については、泊登山を前提にしたコース設定。それでも、1日の登りの累積が4桁になることはない。蝶ヶ岳に関してのみ、1日の距離が行き帰りとも10キロを超える。登りの11キロはきついけど、下りの16キロは、後半は惰性で歩ける道だから大丈夫。

出かけてみようかな。2020年からは、実際、お泊まり登山も始めている。テントや、避難小屋泊まり。こんなご時世だから、避難小屋泊まりの時も、念のためテントを持っていった。

遠出するときは、遠出した分だけ、楽しみたい。だから時間を有効に使えるように、車中泊もした。そうすると、早朝から行動できるからね。車中泊が人の迷惑にならない場所を探さなきゃ行けないけどね。

この本にあるようなコースを元にして、自分なりのコースを作り、遠出をするなら、やっぱり車中泊か、泊登山で考えていきたいな。

とりあえず、右ふくらはぎの肉離れが治ってからね。



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『日本菌類百選』 日本菌学会編

えー!! ホコリタケって食べられるんだ。

山を歩いていて、ホコリタケを見かけると、ついつい、つついてみたくなるんだよね。真ん中の穴から吹き出すように胞子を飛散させる様子が面白くてね。・・・そうか、胞子を飛散させるような形態になったのは老菌で、こうなるともう、食用には適さなくなるんだそうだ。

その前の未熟なうちは全体がクリーム色で、表面は褐色で円錐状の突起ばブツブツ突き出しているんだそうだけど、このくらいの時期が食用に適すんだそうだ。

残念だけど、それをフクロダケだと思って、見たことはない。・・・やはり、食べるのはやめておこう。

ずっと以前のことなんだけど、キノコ採りのおじさんに指導してもらって、一緒に山を歩いた。中に、食用として比較的分かりやすいイッポンシメジというのを教わった。実際、うまかった。後に、一人で歩いているときに、その時教わったイッポンシメジにまず間違いないキノコを採って、その日、テントを張ってから、うどんに入れて食べた。そして、当たった。

あとから調べたら、おじさんに教わったのはウラベニホテイシメジというものだったらしく、地方によってはこれをイッポンシメジと呼ぶんだそうだ。それでもって、似ているキノコには、毒キノコもあるんだそうで、どうやらそれを採って食べてしまったらしい。

あの時は苦しかった。ものを知らない頃だったので、死んじゃうこともあるなんて考えもしなかった。

そんなわけで、私はスーパーで売ってるキノコ以外は、まず食べない。キノコ自体は大好きで、冷蔵庫にキノコを切らすことは、まずない。シイタケ、ブナシメジ、エノキダケ、マイタケあたりのキノコ。ちょっと、みそ汁の具が足りないなとか、炒め物にもう少し何か足したいななんて思ったときに、すぐになにがしかのキノコを取り出して、使ってしまう。

“シイタケの・・・”とか、“マイタケの・・・”という料理を作るのではなく、いろいろな料理にも、なにがしかのキノコを、ついつい放り込んでしまうっていう感じかな。

だけど、野性のキノコは、やはり食べない。それでも、山でキノコを見つけると、なんだか楽しい。珍しい形や、きれいな色をしているものもあるので、花と同じで、名前を知っていれば、なお楽しい。

食べられるキノコだと思っても食べないが、「おお、こんなところにタマゴダケが・・・」などと思えれば、山を歩くことが、またさらに一つ二つ楽しくなりそうだ。


『日本菌類百選』    日本菌学会編

八坂書房  ¥ 1,980

この菌、知ってる!?日本人と深い関わりを持ち、学術的にも重要な100種を厳選
タマゴタケ
テングダケ
ホテイシメジ
ナラタケ
オニフスベ
マイタケ
クリタケ
ブナシメジ
ホコリタケ
ナメコ
ヒラタケ
マツタケ など100種




それにしても、毒キノコに与えられている異名がすごい。

タマゴテングタケは毒性が強く、1本で複数名を死に至らしめることが出来るそうだ。「名実ともに毒キノコ中の毒キノコ」と書かれている。しかも、症状が出るのは食後半日前後から、腹痛、嘔吐、下痢、・・・私も“イッポンシメジ”を食べたとき、そうなった。だけど、タマゴテングダケの場合、そこから一旦回復するんだそうだ。ところが体内では肝臓や腎臓を中心に内蔵の破壊が進行していって、次第に黄疸、血尿、下血が始まり、4~7日後には肝不全及び腎不全で死に至る。・・・ひえ~、こわっ!

ご安心を・・・。日本にはあまり見られないものらしい。《世界に名だたる殺し屋キノコ》

その立ち姿が美しい、ドクツルタケ。さっきのタマゴテングダケと違い、国内でふつうに見られるキノコで、中毒例も多い。「野性の白いキノコを食べた」と詳しい者が聞けば、瞬時に緊張が走るというくらいのものだという。

どうやら中毒の症状が、相当壮絶なものらしい。《デス・エンジェル(死の天使)》または、《デストロイング・エンジェル(殺しの天使)》

なんだかかっこいい。毒にしろ、無毒にしろ、菌類は、この自然界で大切な役割を果たしている。それは植物や動物が死んだとき、その遺体を分解するという役割だ。自然界の掃除やと呼ばれているそうだ。

菌類による分解の過程で生まれた栄養は、他の生物にも利用される。それによって、自然界の物質循環に貢献しているというわけだ。

とは言うものの、キノコ、カビ、酵母だからね。特にカビは嫌われる。菌類は、その仕事である分解、吸収の過程で、人間にとって必要なものを黒ずませたり、分解しちゃったりするからね。

だけど、菌類の働きがなけりゃ、自然界は死体だらけになっちゃうからね。

松本零士のマンガに、『男おいどん』というのがあった。

九州男児の主人公は、中学を出て上京し4畳半暮らしをする若者で、かつては定時制高校に通いながら仕事をしていた。しかし、その仕事先がつぶれたことから学校もやめてしまい、それでも何とか生活を建て直して定時制に戻ろうとしている。そんな主人公の、生活に追われるばかりの毎日を描いた漫画だった。

主人公の暮らす4畳半の押し入れには、彼のパンツが山積みになっており、ジメジメした季節には、そこにサルマタケというキノコが生えてくる。たしか主人公は、あまりの貧乏から、そのサルマタケを食っていたはずだ。

あのサルマタケは、何を分解し、自然界の物質循環に貢献しようとしていたんだろうか。やっぱり、パンツを分解してたのかな。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『希望の峰マカル-西壁』 笹本稜平

新進気鋭のアルパインクライマー奈良原和志。和志のパートナーで、クライミングの師でもある磯村賢一。和志のスポンサーである日本の山岳用品メーカノースリッジを立ち上げた社長の山際功。ノースリッジの社員で、和志の挑戦を前面サポートすることを仕事とする。広川友梨。

ヨセミテからアラスカへ、磯村賢一に鍛えられた和志が次にめざしたのがヒマラヤ。一時は、ネパールで風来坊のような生活を送りながら、低予算で登れる6000~7000m級のピークを、より困難なルートから登り、次第に名前を知られる存在になりつつあった。

そして、再び磯村賢一に巡り会う。

磯村は、ヒマラヤのトレッキングや一般向けの登山を企画する山岳ガイドの仕事をしていた。和志は、そんな磯村の企画であるバルンツェ登山ツアーに相乗りし、単独でバリエーションルートに向かいバルンツェ南西壁を攻略した。その時、磯村のバルンツェ登山ツアーに、ノースリッジの広川友梨が参加していた。

それ自体は、個人としての参加であったが、彼女の勤務するノースリッジでは、新進気鋭のクライマーを発掘してスポンサーシップを提供し、世界進出の一助にしようという計画が進行中だった。

磯村から和志の力量を聞いた友梨は、さっそく和志に白羽の矢を立てた。かつて、名クライマーとしてヨーロッパアルプスでならした山際も、友梨の話を聞いて和志の可能性を確信した。

とまあ、こんな感じで、ヒマラヤを舞台に、アルピニストたちの生き方が描かれていくわけだ。

なんでこんな人間関係から説明しているかというと、この関係で進められた話は、これで三作目。つまり、シリーズ化していて、この三作目が完結編だった。そんなわけで、基本となる人間関係から入らせてもらった。

新進気鋭のクライマーだった奈良原和志は、典型的なソロクライマーで、シリーズを通しても、クライミングの師である磯村をパートナーとする以外、救助と残を除けば、すべてソロ。それは彼という人間に偏りがあるからというより、自分のやり方を貫きたいという、クライマーとしての真摯な姿勢の表れでもあった。

そんな和志の山に対する姿勢を知る磯村は、なんとか彼を、もうひとランク上のアルピニストの世界に押し上げたいと考えていた。折から、ノースリッジから持ちかけられたスポンサーシップの話を、そのためのバネにするべきだと考えていた。



祥伝社  ¥ 1,980

ヒマラヤ最難関マカルー西壁の冬季ソロ登攀。余命僅かな登山の師の想いを胸に
第一章 ヘッドウォール
第二章 救出行
第三章 ドロミテ
第四章 アルピニズム
第五章 ヴィア・フェラータ
第六章 ライバル
第七章 フィッツ・ロイ
第八章 異変
第九章 再会
第十章 巨大雪崩
第十一章 魂のパートナー
第十二章 約束
エピローグ


物語の中で、一番の魅力を発揮するのは、この磯村だ。自身も一流のクライマーでありながら、偏に和志を育て上げようとする。そこには、大きな秘密があった。

磯村と再会したあと、和志はカラコルムのゴールデン・ピラー、続いてローツェ・シャールからローツェ主峰への世界初縦走を磯村と共にした。その世界初縦走に苦しむ中で、その秘密も明らかになった。

これが、シリーズの中でも、大きな柱になっていく。

その秘密の結末も、もちろん、完結編で明らかになる。

アルピニズムの世界にも、競争があり、金の力があり、汚職があり、金儲けがあり、嫉妬や妬みがあり、差別があり、卑怯がある。だけど、同時に愛があり、友情があり、思いやりがあり、助け合いがある。なによりも、私が知らない純粋な生があり、死がある。

そう、山岳小説は、それをどう描くかなんだよね。

なかでも、ここまで先鋭的なアルピニズムの世界を描こうとすると、すこし、主人公の奈良原和志は、性格的にノーマルすぎるような気がする。本人の口から、「僕のように、何本か足りない人間」という言葉が出てくるが、何本か足りないにしては、和志はノーマルだ。もう少し、“何本か足りない”和志を描いて欲しかったところだな。

その“何本か足りない”和志を、友梨や山際が苦労しながら、一流のアルピニズムの世界に押し上げていく。どう、話として、こっちの方が魅力的じゃないかな。

残念ながら、至ってノーマルな正確なので、アブノーマルな世界は、他の者に任されることになる。・・・そのへんが、少し残念なところかな。

それでも、十分、山岳小説の世界では、記憶に残るシリーズになるだろう。

“中国”発の感染症のおかげで、例年とは違う夏を過ごした。長野の山に行ってみたら、拘束から下りた途端に、いろいろな注意書きが登場していた。仕方がないことながら、理性的に考えてあまり意識しないようにと思うんだけど、たくさんそれを見ることで、サブリミナル効果のように、心に染みついてしまう。

もの凄く暑いこともあり、ずいぶん、出不精になってしまった。

先鋭的なアルピニズムの世界とはまったく縁もゆかりもないけれど、山であることは変わりない。登ってみれば、いつもとは違う世界を垣間見ることが出来る。

そろそろ、山に出かけてみようか。




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『天気を読む知恵とワザ』 農文協編

ちょっと観天望気でも習おうかと思って買ってみたんだけど、とんでもない。もの凄い本だった。

一つ一つの記事を追っていくと、それらのほとんどは、月刊誌の『現代農業』に掲載されたもの。農業を本気でやっている人たちが、生活をかけて読む本だった。

観天望気もそうだけど、地域地域に根ざした自然の出来事が教えてくれる気象予想は、今でも実際に役に立っているようだ。

青森では、雪の多い年はイネもリンゴも豊作だそうだ。そんな青森では、雪が少なく、春が早くやってくると遅霜や雹の心配をしなければならなくなると言う。

徳島のブドウ農家は、ニセアカシアの花を目安に農作業を行なうそうだ。

春は、いろいろな花が順に咲く。梅、アンズ、スモモ、桃、桜、ボタン、菖蒲、バラ、つつじ。それを目安に、作物に対して適期に適切な処置をするんだそうだ。なにしろ天候不順の年でも、その不順な天候に合わせて、これらの花が咲く。だから、そういう年ほど、いわゆる生物歴って言うのが役に立つようだ。

どうやら、一つ、桜前線の北上するニュースを聞いても、我々とはまた、違う印象を持ってそれを聞いている人たちがいるんだな。

青森のリンゴ農家の人が入ってたけど、農業やる人にとって、遅霜ていうのは、とても怖いもののようだ。そんなことも知らないでいたことが恥ずかしいが、遅霜が降りると農作物がやられるんだそうだ。作物にビニールをかぶせてあったりするのは、遅霜対策か。夏野菜は一発でやられるそうだ。お茶畑で、扇風機みたいなのを回しているのもそうか。

遅霜が降りるってことを、事前に察知できるか、できないかは、たしかに死活問題にもなりかねないわけだな。




農山漁村文化協会  ¥ 1,760

「天気を読む」ワザは昔から重要な農業技術の一つだった
1 「天気を読む」のは面白い
2 作業に使える指標植物
3 短期予測のワザ
4 長期予測のワザ
5 最新のツールを使いこなす
6 農家天気予報に挑戦


台風10号がすごいな。

現在9月6日の午後。すでに小倉競馬場には台風の影響が出始めている。芝ダートともに重馬場場ということだったが。メインレースが行なわれる今、開催最終週でもあり、不良馬場と言ってもいいくらいに荒れて見える。

小倉2歳ステークスで、武豊騎乗のメイケイエールが、外からさし切って勝った。

えっ、メイケイエールはあの白馬、ユキチャンの孫か。ひいおばあちゃんはシラユキヒメ、お母さんはシロインジャーなのに、メイケイエールにはお父さんであるミッキーライルの鹿毛が出た。福永のお手ウマのようだが、福永が新潟記念に乗りに行ったので、武にまわってきたんだな。ピンチヒッターの機会を生かして、見事に勝ちきった。たいしたもんだ。

台風で大変なときに競馬なんかやってて申し訳ない気もするけど、もとはといえば、日本中央競馬会にしろ、日本軽種牡馬協会にしろ、農林水産省生産局の管轄だからな。この『農家が教える天気を読む知恵とワザ』とは、農業つながりと言うことで勘弁してもらおう。

九州の農作物はどんなもんだろう。9月の台風は要注意なんだってことが、この本にも出てくる。昭和の3台台風と言われる室戸台風(1934年)、枕崎台風(1945年)、伊勢湾台風(1959年)は、いずれも9月の台風だったそうだ。室戸台風は死者2700人、枕崎台風は死者2000人、伊勢湾台風は死者5000人、それぞれそれ以上の犠牲者を出したそうだ。

去年、大きな被害を出した台風は15号と19号。いずれも10月だったな。9月10月は、台風に用心と言うことだ。

じゃあ、農業はどう用心すればいいのか。

九州で、うまい米がとれるようになったそうだ。それにも天気を知ることが、とても大きな影響をしているそうだ。この農業気象予測を寒だめしという。これで、九州の米が東北の米並みにうまくなったという。ただ、やはり台風が恐ろしい。寒だめしは、台風前に刈るか、刈らないかの判断にも使えると言うことだが・・・。

まもなく6日の17時になる。鹿児島県の一部が暴風雨圏に入った。くれぐれも、大きな被害が出ませんように・・・。

それから、どうでも良いことだけど、最終レースは外れました。




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観天望気『天気を読む知恵とワザ』 農文協編

《カマキリの卵は雪に埋まらない》

だから、カマキリの卵が高いところに産んであるときは、冬、大雪が降るってわけだ。

うちの玄関先、サザンカの植え込みに、毎年、必ず一つか二つ、カマキリの卵が産んである。4月とか、5月あたりに孵化して、ウジャーッとわけの分からないのが出てきて、周囲に散っていく。それ以降、ふと気がつくと、もう大人とおんなじ姿のミニチュアが、小さな葉っぱの上で、大人と同じような姿で私を威嚇していたりする。そんな時、もちろん迷わず、吹き飛ばす。

おんなじ玄関先に、毎年、カナヘビが卵を産んでいるようで、ちょくちょく見かけることがある。そうか、春には小さなカマキリを餌にしているわけだな。

2014(平成26)年、関東で大雪が降った。1m近かったんじゃないかな。農業が大きな被害を受けた。埼玉は知られざる農業王国。ハウスがつぶれたりして大変だった。あっちこっちで、車庫の屋根が落ちていた。その年、サザンカの上の方の枝にカマキリの卵が産み付けられていた・・・かどうか、私は知らない。

子どもの頃、夏の夕方、夕立が通り過ぎたあとに残る匂いがある。あれを雨の匂いだと思っていた。朝、外に出て、その匂いがすると、その日、雨が降ることがあった。結婚してまもなく、晴れた日に雨を言い当てたら、洗濯物を濡らさずに済んだと感謝された。もともと、空気の匂いに敏感で、山でも重宝された。その後、長く山から離れて勘が鈍った。取り戻すのは無理だろうから、ここは一つ、《知恵とワザ》で勝負したいもんだ。

自然現象や生物の行動の様子などから、天気の変化を予測することを、観天望気という。

子どもの頃は簡単だった。生まれた家は、武甲山の北側斜面、現在、盛んに石灰岩を切り崩している側に、正対するように立っていて、さえぎるものは何もなかった。山の半分から上が雲に隠れれば雨だった。その状態は、すでに降っているか、すぐに降り出す状態。雲がもう少し高ければ、少し時間がかかる。まず、間違いなかった。



農山漁村文化協会  ¥ 1,760

「天気を読む」ワザは昔から重要な農業技術の一つだった
1 「天気を読む」のは面白い
2 作業に使える指標植物
3 短期予測のワザ
4 長期予測のワザ
5 最新のツールを使いこなす
6 農家天気予報に挑戦


よく知られている観天望気を、いくつかあげてみよう。

「ツバメが低く飛ぶと雨」。これは、おそらく本当だろう。

「猫が顔を洗うと雨」。これはいかがなものかな。ミィミィと名付けた猫を14年ほど飼っていたが、雨だろうが天気だろうが、あれが顔を洗っている姿を見たことがない。

「カエルが鳴くと雨」。一概にそうとも言えない。田んぼの近くのアパートに住んでいる頃、晴れだろうが雨だろうが、カエルはのべつ幕なし鳴いていた。

「飛行機雲がいつまでも消えないと雨」。これは実際そうだね。飛行機雲が出るんだから、晴れた青い空。だけど、明日かあさっては、もう雨が降るね。

「夕焼けは鎌を研げ、朝焼けは簔を出せ」。夕焼けは、明日晴れるから、道具を出して段取りしておけ。朝焼けは雨だから雨具を着て働け。これは鉄板。だけど、どっちにしても働くんだね。雨でも休まないのか。そりゃ、カメハメハ大王じゃないからな。

千葉県にはこんなのがあるそうだ。

「朝雨と女の腕まくりは恐るるに足らず、午後には上がる」。朝のうちに降り出した雨は午後には上がる。これはよく当たるそうだ。“女の腕まくり”っていうのは、怒ってることを言ってるんだそうだ。女が怒ったって気にすることはないと、千葉の男たちは、とんでもない間違いを・・・。

「蛇が日中出てくると、翌日雨になる」。最近、蛇も見なくなってしまって、1年に一度あるかないかのそんな機会に、天気予報を任せるわけにもいかない。

すごい台風が近づいている。奄美地方で風速80m?・・・わが目を疑う。風速80なんて、人間が生きていられる状態ではない。九州南部でも70m。北部でも50M。

地球温暖化対策なんて、本当だかどうだかわかりもしないことに資金と労力をつぎ込んでいる間に、目の前にとんでもない問題が立ち上がってしまった。

海面温度の上昇が巨大台風の温床になっているというけど、海面温度は、誰がどうやって計っているものだろう。実際海面温度が上がっているとしたら、それの原因はなんだろう。ものを考える順番というのは、こういうもんだろう。

水害が毎年発生するような状況にあるなら、河川沿いの、水が上がる恐れのあるところには、もう住めない。それに資金をつぎ込むべきなのであって、二酸化炭素の排出を悪者と決めつけたわけの分からない温暖化対策に、資金と労力を注ぎ込むのはもうやめた方がいい。

自然環境の移り変わりには、まだまだ人間には解明できないところがたくさんある。2100年の気温上昇を防ぐために、努力して二酸化炭素の排出を抑える?

寝ぼけてないで、風速80mの台風が来ても、河川が氾濫しても、大きな被害を出さない方策を考えた方がいい。とにかく今は、台風10号が大きな被害を出すことなく通り過ぎることを祈るばかり。


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『もっともっと ゆる山歩き』 西野淑子

『ゆる山歩き』はシリーズ化されていて、これで3冊目。

1冊目が出されたときに、紹介している。2冊目も買ったんだけど、ブログでは紹介しなかった。特別大きな理由はないんだけどね。1冊目を紹介してから、間がなかったからだろうな。

1冊目が出されたのは2016年の3月。私が股関節の手術を受けたのがその年の10月27日だから、3月頃は、まだ1日に2~3回、座薬で痛みを抑えながら仕事をしていた。仕事場にも杖を持ち込み、身体を傾けながら歩いていたころだ。

きつかろうが、ゆるかろうが、山を歩くなんてとてもじゃなかった。

股関節の手術は、そのあたりで突然、大きな変化があった。その少し前、私がかかっていた医者は、その道の権威と言われた人だけど、レントゲン写真を見て、「この状態なら、もう少し手術を待った方がいい」と繰り返した。「そんなに痛くないはず」なんて言われて悔しい思いもした。

おそらく骨に置き換える素材の耐用年数の問題だったんだろう。痛みに耐えられず、医者を変えたら、「一刻も早く手術」と言うことになった。いち早く新しい素材に切り替えた医師だったのだろう。

本当は仕事の区切れのいい2017年の年度末に手術を受けようと思ったんだけど、股関節の骨頭の状態が急激に悪くなり、少し早めることになった。

私の左足にはチタン合金で作った股関節が入っている。私が多少長く生きたとしても、生きている間に人工股関節の耐用年数が切れることはない。術後、股関節の痛みは一切ない。

もし悩んでいる人がいれば、今すぐにでも手術を受けるべきだ。

足が痛い時期でも、いや、足が痛いからこそ、希望を持っていた。いつかまた、山に登ってやる。手術を受けて、もう一度山を歩く。そうでも考えないと、痛くってやってられなかったからな。山に登るってことを支えにしていたけど、それは言わば観念的なもので、具体的に、どこの山を、このルートで登ろうってものではなかった。

そういうことを考えるようになったのは、手術後、足の痛みが消えてからのこと。最初は、恐る恐る、近くにある“こども動物園”を歩くことからだった。なにしろ山をやめてから20年以上経ってる。四六時中痛かったわけじゃないから、当初はそれなりの運動もしていた。痛みがひどくなって、杖に頼って歩くようになったのは、最後の5年くらいのもの。

それでも足は弱くなってたからね。最初は本当に、恐る恐る歩いた。ただ歩いているだけで、よく転んだ。膝を打って、けがをしたこともある。年が明けて2017年、奥武蔵の山を歩くようになった。山岳部で山に登ってたんで、逆に、奥武蔵の地味な山はあまり知らなかった。歩いてみると、地元の低山もいい。歳を取ったせいか、山の中を歩いているだけで、それだけで気持ちいい。

そんな時期に、この『ゆる山歩き』シリーズの1冊目に目を留めたんだな。「ああ、こういう、素人でも気軽に出かけられるコースだけを紹介している本があるんだ」って、なんというか、“我が意を得たり”ってところだな。





東京新聞  ¥ 1,320

ゆっくり歩いてとっておきの景色へ。首都圏から行けるおススメの全50コースを紹介

高尾城山 多摩森林科学園 金冠山(静岡) 渋沢丘陵
富士山(茨城) 武山(神奈川) 浅間嶺(東京) 相模嵐山 
硯岩(群馬) 官ノ倉山(埼玉) 檜原都民の森 西沢渓谷

金倉あじさい寺巡り 箱根湿性花園 塩原渓谷遊歩道 簔山(埼玉)
竜門峡(山梨) 霧ヶ峰 たんばらラベンダーパーク 夕日の滝(神奈川)
湯滝(栃木) 那須茶臼山 鳩ノ巣渓谷(東京) 横谷峡(長野) 縞枯山(長野)

踊子歩道 川津七滝 飛龍の滝(神奈川) 富士山御中道
神ノ主山(栃木) 多峯主山(埼玉) 千畳敷カール 吹割の滝(群馬)
赤城山沼巡り 大山寺(神奈川) 鎌倉アルプス 八王子城山

三十槌の氷柱(埼玉) 越生七福神 城ヶ島 をくづれ水仙郷
寄ロウバイ園 祇園山(神奈川) 国営昭和記念公園 入笠湿原(長野)
箱根駒ヶ岳 荒崎潮騒のみち(神奈川) 川津城山 高尾梅郷 曽我梅林   





この本で紹介されているコースは、だいたいが2時間以内で歩けるコース。越えても2時間半。3時間を越えるコースは例外的に2・3あるかどうか。

山歩きのコースだけで考えれば、3年前ならともかく、今の私には物足りない。ただいずれも、長くても3時間に納めるコースになっているが、周辺と合わせて5~6時間のコースに作り直すことも可能。ミドルコースやロングコースから、ハイライトだけ切り取ってショートコースを作ったようなもんかな。

それに、あまりアウトドア好きというわけでもない連れ合いと一緒に歩くなら、この程度で十分だし、これらのショートコースに近隣の観光を合わせれば、1日の日程を作ることも可能だろう。

どちらかと言えば、今はそういう意味で、このシリーズに頼っている。

手術から3年半、このシリーズの本をはじめ、首都圏からの日帰りコースを紹介する本にはけっこうお世話になった。そして、よく歩いた。昨年あたりから、ようやく足も出来てきたように思う。

さっきも書いたけど、当初はよく転んだし、5~6時間も歩くと足がパンパンになって、翌日は歩くのにも苦労しているような状態だった。今はもう、そういうこともない。

とりあえず、埼玉県東松山市に住む私には、奥武蔵という強い見方がある。

このシリーズでも何カ所か紹介されたが、2時間前後のショートコースで、春夏秋冬、四季に合わせて、それなりに見栄えのいいコースを作れと言われれば、いくつか思いつくところがある。

春の花、夏の沢や滝、秋の紅葉には事欠かない。冬と言っても雪景色が楽しめることは多くないが、なにしろ奥武蔵は、尾根や山頂と行っても樹林の中で展望がない場合が多い。そうなると、葉が枯れ落ちた冬こそ、奥武蔵は展望を楽しむ季節になるんだな。

さて、アウトドアなら、さほど感染の恐れもないだろう。人が多くなる週末と、人気の観光地は避けて、ちょっとマイナーそうな場所を選んで、出かけてみようかな。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































































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