めんどくせぇことばかり 本 山
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『登山ボディ』 芳須勲

そりゃ、ひどいもんだった。

2016年10月下旬に足の手術を受けて、信じられないくらいに痛みがすっかりなくなって、二十数年ぶりに山歩きを再開した頃のこと。

山には登らなくても、生活がありますからね。なんとか歩いてはいた。ただ、山には登らなかった。とある富山方面の岩山の下りで股関節の痛みが始まっちゃって、自力で下山できなくなった。危険な箇所はすでに越えて、小屋までさほどでもないところだったんだけど、まったく動けなかった。・・・遭難だな。当時は、通常の生活にほぼ支障はないんだけど、痛みが始まると動けなくなっちゃうって状況で、それが山でさえなければ問題なかった。それでも山はあきらめることにした。

はじめの頃は走ることだって出来た。だけど、年月とともにだんだんと悪くなって、ちょくちょく痛むようになって、そのうちいつも痛むようになって、痛みも強まって、最後は座薬が切れると夜も眠れなくなった。

この間に医療の方が進歩してくれて、60歳を待たずに手術という運びになって、その後は一切痛みなし。・・・そんな顛末だ。

・・・で、いい気になって山歩きを始めるんだけど、二十有余年というのは、やはり長かった。最後の方は、仕事から帰るとほぼ寝たきりみたいなもんだったからね。

痛みはなくなっても、足は萎えてたんだな。おまけに182cmの慎重に対して86kgの体重。その後走り込んで、今は70~72kgで安定してるから、やっぱりだいぶ太かったんだな。

歩くことは出来たけど、よく転んだ。手術前は杖をついてようやく歩いているような状態だったから、筋肉が全体に不足して、足が萎えているような状態だったんだろう。なかでも、かなり危険な大転倒が3回かあった。右でも左でも、つま先が上がりきってなかったんだな。その状態で足を外側にひねるような形になる。通常であれば、よくある捻挫の原因だ。そこに、念のため足首までの登山靴を履いている。登山靴のおかげで足首をひねらないで済むものの、体はそのまま外側に投げ出されるようになって一回転する大転倒。

運が良かったのは、いずれも平地であったこと。一度だけ、山で尾根筋を歩いているときに、その時は前に投げ出されるようになったんだけど、もう片方の足が間に合った。あれは危なかった。

何しろ平地であっても、その破壊力はスゴい。3回中2回は、一回転して、引っかかった方の足とは逆の足の膝を舗装道路に打ち付けた。1度は皿が割れた。1度は皿の下の柔らかい部分がパックリ切れた。皿が割れた方は、そのうちなんとなく直った。皿の下が切れたのは深かったから医者に行って縫ってもらうべきだった。でっかい絆創膏で無理矢理治したら、今でも時々まがまがしい痛みに襲われる。

そんなことがあっても山は歩き続けたし、ランニングも始めた。時々足を滑らせて尻餅をつくことはあるが、以前のような転倒は、山を再開して1年もするとなくなった。

少しは登山ボディが出来てきたかな。


『登山ボディ』    芳須勲


山と渓谷社  ¥ 2,090

安全登山の為のトレーニングと栄養管理、やっておきたいリセットとメンテナンス
【第1章】理想の登山ボディとは
【第2章】登山ボディをつくるエクササイズ
【第3章】登山ボディをつくる歩き方
【第4章】登山ボディを維持するメンテナンス
【第5章】登山ボディのための食事


いやいや、それがどうも、そう簡単なもんでもないらしい。

そりゃ、そうか。山を始めた頃の、高校の山岳部の練習はきびしかったしな~。学校から走り出して影森に行って、巴橋を渡って長尾根走って、秩父の札所の24番法泉寺。ここの石の階段をやる。登ったり下りたり、片足跳びに肩車。学校に帰った頃にはお腹が減って、部室前でご飯を炊いて食べたりしてた。

登山ボディは二種類の体力からなるということだ。一つが行動体力。もう一つが防衛体力。行動体力はバテずに登り続ける力と危険を回避しけがを防ぐ力。防衛体力は様々なストレスに抵抗する力。

そうだな。こういうふうに考えると、今の自分に足りないものが見えてくる。今、月に6~8回登ってる。やっぱり、実際に登るのが一番いいトレーニングになると思う。それと照らし合わせて考えてみると、《危険を回避しけがを防ぐ力》が、おそらくまだまだ足りない。

危険を回避しけがを防ぐ力は、バランス感覚、敏捷性、巧緻性、柔軟性。特にバランス感覚が衰えているのを感じる。チェックポイントとして、片足立ちで左右両足の靴下をはいて、脱げるかと言うことなんだけど、これできない。

手術前は、自分で靴下をはくことも出来ないで、連れ合いにはかしてもらってた。手術したあとは自分ではけるようになったけど、それに満足して、立ってはこうなんて考えもしなかった。片足立ちすら、おそらく満足に出来ないだろう。

岩場や急斜面を、手も使ってよじ登ったあと、垂直を失っていてドキッとすることもあった。あれもきっと、バランス感覚なんだろうな。急斜面の下りを以前より怖く感じて行動が遅くなるのは、敏捷性、巧緻性が減退していることを無意識に感じているからだろう。時間をかけて行動することは悪いことではないけど、体が縮こまっては困る。

登山ボディにはマダマダだな。ちょっとその辺を、意識して体を作ってみよう。

今の段階で、この本を読めて良かった。




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ジャンル : 本・雑誌

『駅から山歩き』 おとなのえんそくブック

山に登ってる人の様子も、だいぶ様変わりしてきたように感じる。

足が悪かったからこその今の私だからなんの文句もないんだけど、それだけに手術で痛みがなくなったときはうれしかった。ここまで痛みが消えるとは思わなかった。

11月の頭に、ほぼ1年ぶりに医者に行って、股関節の手術のあとを見てもらった。股関節の骨頭部分が変形、さらに空洞化していて、そこを人工股関節に完全に変える手術をしたんだけど、今はその人工股関節の周辺の筋肉や筋がまとわりついて、非常にいい具合だと言われた。

医学の進歩の恩恵を受けた。昔の人口股関節は寿命が短くて、手術は60歳過ぎてからって言われた。30歳の頃にね。・・・。この間、あらためてお医者さんに確認したら、今の人口股関節には寿命はない、死ぬまで大丈夫って。使い減りすることもないから、山に登っていい、ハーフマラソンくらい走っていいって。

言われるまでもなく、30代からあきらめていた山に行ってるんだけど、今のようにのべつ幕なし山に行くとなるとお金がかかる。お金がかかるから、安上がりな地元の山を大事にするようになった。

一番近い山塊は奥武蔵。車で15分の越生駅から山に入れば、・・・実はこれがスゴい。山の中だけを通って奥武蔵すべての山につながるし、長沢背稜から奥秩父、奥多摩の山にもつながる。奥秩父から大回りをして大菩薩、そこから三頭山を経て高尾山まで、あるいは南に行って山梨の山々につながることが出来る。これが一切町に下りることなく、山だけで越生からつながれる。

考えてみると、結構スゴいな。・・・やってみようとは思わないが。

さて、『駅から山歩き 関東版』、“駅”の起点とされてるのは、新宿、池袋、東京、上野。それにしても“駅から”というのは、結構ハードルが高い。駅から山って想像してみて、それだけの田舎駅。駅はもちろん無人駅、駅舎を出ると蛙の声が響いていたでしょう。駅前は牛がつながれているばかりで、人の姿は見受けられないことでしょう。



『駅から山歩き』    おとなのえんそくブック


JBCパブリッシング  ¥ 1,650

駅から歩き始められる山 初心者・ファミリーも楽しめる日帰り50コース
新宿駅起点
池袋駅起点
東京駅起点
上野駅起点


私の地元、東松山は埼玉県の真ん中あたり。

西部には丘陵地帯があり、関東平野が終わる越生町やときがわ町に隣接する。その越生町やときがわ町は、“ハイキングの町”を自称して町おこしの一策にしている。

いずれも東上線の沿線になる。だけど、越生駅は、坂戸駅から越生線への乗り換えになる。越生駅から登れる山は奥武蔵の中でも支尾根で、主脈にでるにはバスを使うのが便利になる。越生を発する越辺川は越生を象徴する越上山を源流とする。その越上山への“駅から”ルートを西武線に取られてしまったのは痛い。越生駅からだっていけるんだけど。


ときがわ町は武蔵嵐山駅からになる。、一ついいルートがあるがこの本では紹介されていない。奥武蔵の北端にとどめを刺す堂平山、笠山は、バスを使わなければならない。小川町駅から考えても、やはり同様。東上線は西側に、奥武蔵を抱えるものの東側は関東平野だからね。

そこへ行くと西武線は東も西も奥武蔵。そのまま北上して正丸峠の下をトンネルでくぐって秩父盆地に出る。周りが全部山。飯能駅以降は、どこの駅で降りても“駅から登山”が可能だ。東飯能、高麗、武蔵横手、東吾野、吾野、西吾野、正丸、芦ヶ久保、横瀬、終点西武秩父まで、どこで下りてもだ。

奥武蔵には、もう一つの山間がある。それは飯能から入間川沿いに名栗に向かう山間。ここは鉄道でカバーされていないので、この本の対象とはならない。だけど、飯能からバスが出ていて、最近はとても利用者が多い。

自分のホームグラウンドの話になってしまった。

ここに紹介されている山歩きは、“駅から登山”だけに、いずれの起点にしても、結構ハードルが高いことを承知しておくべきだろう。行き着いた駅から、ほんの少しバスを使うことで、山選びの幅は大きく広がるはず。





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ジャンル : 本・雑誌

『山のぼりおり』 石田千

本屋にしても、図書館にしても、古本屋にしても、本がたくさんある場所に行くと時間が早く過ぎる。

ずいぶん前のことだけど、本当に時々だけど、仕事を休んで神田界隈の古本屋を回っていたことがある。まだ二十代の後半から三十代あたりかな。大学の時、論文を書くのに古書店の本をよく利用した。まだ若くて、そういう世界と縁が切れるのが怖かったんかな。学問って世界と何らかのつながりを持っていたいというか。それで、その都度何冊か買い込み、ビアホールでビール飲みながらペラペラページをめくってニヤニヤしていることがあった。

ビアホールに流れていたラジオで、連続幼女誘拐殺害事件の犯人が捕まったってニュースが流れていたのを覚えている。ありゃ、地元の事件だっただけに、強烈な印象に残っている。やっぱり、二十代の後半だ。

あの頃、それなりのお金を出して買った本は、その後、みんな処分した。謡曲全集なんかは力を入れたこともあったんだけど、どこか、格好をつけていた。読んでないけど取ってある本もある。それらは文字通り、その気になればいつでも読める。だけど、格好をつけて買った本は、取っておいても、変に心の重りになるだけだから。

最近訪れる古本屋ってのは、近所のブックオフ。買ってくるのも、いつでも読める本。仮に読まなかったとしても、心の重りになることなく忘れるだろう。

そんな気持ちで買ったきた本の一つ。・・・失礼かな?

山登りのエッセイだ。これは私にしてみれば拾いもの。いえ、お金を出して買ったんだけど。目次を見れば、登った山の名前が並ぶ。それぞれの山の山行記録のようなたたずまい。その点も非常に興味深い。

・・・石田千という人は知らなかった。本は好きだけど、作家にはまったく興味がないもんだから。なんだろう。山登りをする人かな。北村薫さんの『八月の六日間』とか、唯川恵さんの『バッグをザックに持ち替えて』なんかもあるから、もしかしたら作家かもしれないとは思ったんだけどね。

登山家が山のエッセイを出すより、作家が山のエッセイを出す方が、読む方にしてみればいいに決まってるよね。何しろ文章の専門家なわけだから。





山と渓谷社  ¥ 時価

のぼっておりた十の山。「山と渓谷」に連載の石田千初の「登山」エッセイ集
北八ヶ岳・天狗岳
東北・栗駒山
北アルプス・燕岳
信越国境・苗場山
高尾山稜・影信山
屋久島・宮之浦岳
北海道・大雪山
中部・御嶽山
富士山
東北・鳥海山


残念ながら、時価になってた。2008年の本だから、それもやむを得ない。だけど、古本屋でこの本に巡り会えたのは幸運だった。

目次にあるとおりの山に登った経験を、そのままエッセイにしたものなんだけど、登った山が入ってるのも興味深いよね。登ってないのは東北の栗駒山と鳥海山、それから屋久島の宮之浦岳。

山に行くのはお金がかかるから、遠方の山には登ってない。大雪山は、大学の時、先輩たちの遠征を支援するために食料を入れた缶を指定の場所に埋めに行ったとき、ついでに登ってきた。・・・部費で。

もちろんコースが違うケースも多々あるけど、自分が登った山の話だとなると受け止め方も違う。

面白いのは、この作家さんの表現。私はこういう文章は作れない。仮に同じ日に、まったく同じ道を歩いたとしても、私は“それ”に目を見ない。それを聞かない。それに感じない。

倒れた幹から、あたらしい葉が出ている。さまざまなきのこ、クローバー、苔がかさなって、小さな森をつくっている。幹は、じぶんが木だったことをだんだん忘れていくように見える。うとうとと、土となじんでいる。

石田さんは、北八ヶ岳の森の中で、そのように感じた。・・・面白すぎる。

誰かの言葉に、「」がつけられていないので、それが誰かの言葉なのか、それとも著者の心の声なのか、ちょっと迷う。時制が行ったり来たりして、いつ起こったことなのか不安定になる。

そんな揺らぎが、この人の書き方の大きな特徴なのかな。その揺らぎに身を任せるのが結構快感だった。

そのとき笹の波のおくでも、がさりと気配がした。横をむくと、黒くてまるまるした背がはねて、消えた。

これが、熊が現れたときの記述。昨年の夏に私が御前山で熊を見たときに似ている。おいおい、怖いじゃないか。

どうしよう。その後、山には登ってないのかな。山のエッセイは書いてないのかな。書いているなら、是非読みたいんだけどな。

そうそう、装丁もとてもきれいで、本としても魅力もなかなかだと思いますよ。・・・この本、もうけ!




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ジャンル : 本・雑誌

『ヒマラヤ 生と死の物語』 池田常道

なぜそこまでするのか?

私は、分からない側の人間。山で痛い思いをしたくはないし、寒い思いもしたくはない。・・・できるだけ。

股関節変形症でいったんは山をあきらめ、手術を受けて二十数年ぶりに再開したが、再開して以降はその気持ちがさらに強い。二十代終盤にマッターホルンにさそわらたけど、金の心配と準備のめんどくささで簡単に断ってたからな。山においてそこまでの高みを目指そうという気持ちは、もともと持ち合わせていないと言うこと。

今年の箱根駅伝では、たくさんの記録が出た。いくつかの区では、一人だけじゃなく、数人が区間記録を出していた。一体何なんだと思ったら、選手のみんなの履いている靴に言及している声があった。たしかに、・・・なんだろうあの厚底靴は。

厚底靴はナイキの靴で、ヴェイパーフライネクスト%って言う靴だそうだ。カーボンの反発で楽にスピードを出せるんだそうだ。たしかに多くの選手が履いているようだけど、この記録ずくめの箱根駅伝は、ナイキの靴あってこそって言うことなんだろうか。

だけど、大迫傑がそれについてコメントをツイッターに残したそうだ。「ベイパーも勿論凄いけど、やっぱり選手の能力、そして沢山まじめに練習したからこその好記録だと思います」ということだ。

たしかに、記録の出にくい1区でも区間記録に近いタイムが出たと言うことは、選手たちが気迫が感じられる。オリンピックイヤーと言うこと、さらに箱根OBがマラソン代表に選ばれたことが、選手たちのモチベーションを高めているんじゃないかと思う。

ただ、そのように言う大迫選手もナイキ所属なんだとか。ナイキは、もとはアシックスの販売代理店。そこから共同開発を通してアシックスのノウハウを身につけて独立した会社。まったく、うまくやられたわけだ。

それはともかく、ナイキが大迫のような選手を所属として抱えるのは、やはり、彼ら一流選手の意見がシューズ開発に大きな影響を与えるからだ。

山の道具でも同じ。私のような、あまり小物にこだわらない人間でも、いい山の道具は欲しい。実際、30代前半から山を離れて50代後半まで、道具の進歩には本当に驚かされた。そういう道具の進歩には、この本にあるような人たちが山を開拓していく中で、様々な登攀用具が開発されていき、それが国内の山々にもフィードバックされていく。




山と渓谷社  ¥ 1,760

奇跡の生還と遭難の悲劇。 生死を問わず困難に立ち向かった人間の物語
第1章 マロリー、アーヴィンの謎 世界最高峰は登られたのか
第2章 ジルバーザッテルの敗退
ナンガ・パルバットの血塗られた歴史
第3章 人類初という栄光の陰に
アンナプルナ初登頂物語は悲惨な逃避行だった
第4章 最終キャンプからの救出行
嵐のK2ハイキャンプから友を助けるための決死の救出劇
第5章 メスナー兄弟、生還への遠い道
ナンガ・パルバット、未知の谷への下山
第6章 人喰い鬼からの脱出
未踏の岩峰、バインター・ブラック初登頂後の苦闘の記録
第7章 ミニヤコンカ奇跡の生還
友を失い孤立無援となったクライマーが見せた生への周年
第8章 日本人エヴェレスト無酸素初登頂の葛藤
日本人初を争う結果、生死を分けたものは何だったのか
第9章 ブラックサマーの生存者 K2最終キャンプで嵐にあった7人の生と死
第10章 6000mの宙吊り
トランゴタワー頂上直下に宙吊りになった友の救出劇
第11章 公募登山隊の破綻 エベレストガイド登山の落とし穴
第12章 7400mの国際救助隊
人命救助のためにアンナプルナ南壁に集った国際クライマー集
第13章 ギャチュン・カンの奇跡 嵐につかまった山野井夫妻の生への執念



自分で行こうとは思わないけど、映像で一を寄せ付けない山々の様子を見るのは好きだ。見るのは好きだというのも無責任な話で、それをカメラに収めに、危険を冒している人がいるわけだからね。まあ、私のような人間がいるからこそ、それらの人も、山に関わることが生きるよすがにもなり得るんだろうけど。

ドキドキ、いろいろなことにときめきながら毎日を送れたらいいですよね。ドキドキときめくというのは、いわば、心拍数が上がるということ。その心拍数が上がる感覚がドキドキかんなわけだから、心拍数の上がりやすい一ほどときめくような毎日を送りやすいと言うことになる。

どうやら私は、幸運にも心拍数の上がりやすいタイプのようだ。これまでの人生を振り返ってみても、すぐいろいろな女の人にドキドキしてしまう。惚れっぽいというのかな。

そういう観点からすると、この本に出てくるような、危険をも顧みず、自分の命を燃やし尽くして未踏峰に挑む人たちというのは、もしかしたら心拍数が上がり憎いところがあるのかもしれない。

それが、生きるか死ぬかの挑戦の中で感じるドキドキしたときめきに引きつけられたとき、もう、それこそが自分の人生の喜びと感じても決しておかしくない。

私が近所の山を歩きながら、ちょっとした風景にドキドキしているのは、未踏峰に挑むような人たちが通常ではたどり着けない絶景に臨んでドキドキしているのと、基本的に変わりない。

きっとね。

さて、そろそろ今年最初のお山に出かけようと思うんだけど、そのまえにこの酒気を抜かないと。




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ジャンル : 本・雑誌

『東京ウェストサイド 極楽!丘歩き30』 清野明

三十代でいったん山をやめたときまでは、「山に行く」というのは、テントを持って山に行くって言う意味だった。家族もそう思ってたはずだ。

だけど、今の私の登山は、ほぼ日帰り登山。三年前に山を再開できるようになって、おっかなびっくりやってる頃は仕方がないとして、だいぶ歩けるようになった今は、そろそろ本来の登山に戻っていい。本来の登山は、やっぱりテント泊登山だ。

だけど、山に泊まれば、その日は連れ合いを家に一人にすることになるからね。以前は家族がいたから。連れ合いの父親に母親、子どももいたからね。

・・・おかしいな。子どもが生まれる前、二人でアパート暮らしをしている頃は、飲みに行って平気で家を空けてた。怒った連れ合いが、私が大事にしていたライフの写真集をボロボロに引き裂いたこともあった。今更何をいい夫ぶってるんだろう、私は・・・。

まあ、そんなわけで、今年は自治会長をやってて、なかなか自由にならないところもあるんだけど、そればかりじゃない。テント泊登山となれば、それだけ準備も必要だし、体力もいる。歩けるようになったとはいえ、荷物は背負えるのか。・・・それはまだまだ未知数。

自治会長を降りる、来年春からの私の山は、どうなっていくんだろう。なんだかわくわくするな。還暦にして。

さて、この本は“丘歩き”のコースを紹介する本。《東京ウェストサイド》とある“東京”は、23区の東京と考えればいいかな。三浦半島の丘陵地帯を除けば、この本の丘陵地帯っていうのは、関東平野の終わりの、山の始まりの丘陵地帯だな。

場所によって様々だけど、ほぼ山歩きといってもいいような丘陵もあれば、ニュータウンや工場団地として開発されて、歩くのは大半が舗装道路みたいなところもある。日本人と自然の関わりの縮図のようで、そういう面でも興味深い。



山と渓谷社  ¥ 1,540

平地でも山でもない、丘散歩の30コースを紹介した最新情報満載ガイド
神奈川の丘
大磯丘陵 三浦丘陵 
東京の丘
多摩丘陵 加住丘陵 狭山丘陵 青梅丘陵 霞丘陵
埼玉の丘
狭山丘陵 加治丘陵 高麗丘陵 岩殿丘陵 比企丘陵 
羊山丘陵 長尾根丘陵


丘歩きの領域の多くに里山がある。日本人は山の始まる間際まで田んぼを作って食糧を確保してきた。この里山というのが面白い。里と山の両方がそこにあるんだから。






テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ロープワーク』 水野隆信監修

ロープが使えるというのは、人のできないことができると言うことだから、やっぱりかっこいい。

台風19号による埼玉県東松山市の被災地ボランティアで、軽トラで何度も往復して、被災荷物をゴミ集積所に運んでた。うちには軽トラはないので、同乗して積み卸しをしてた。荷物は、それこそ何でもあり。

そうそう、畳はすごかった。水をたっぷり吸った畳ってすごいんだよ。まず、重い。軽トラの積載量は350kg。ぐっしょり水を吸った畳は、男二人だと、じきに腰を悪くしそうな重さ。50kgはくだらなかったと思う。50kgだとして、7枚で350kg。7枚積んだらタイヤがかわいそうな状況になっていた。でも、これは縛る必要がない。これだけ重い畳が落ちることは考えられないからね。

それから家電。新婚の頃は1台だった大型冷蔵庫が、子どもが二人も生まれれば2台は必要になる。それが全部だめになって戸外に出されている。それを2台軽トラに乗っけて、扉を開けておく。開けた扉の中に、本当ならいろいろなおいしい食材が入るところに、ヘドロまみれのいろいろなものを押し込んでいく。これは縛らなきゃいけない。運んだ先で家電を並べていくと、ほんの二・三日でケーズデンキを遙かに上回る品揃えになった。

畳と家電を運び終えると、その後はもう選んでいられない。できるだけ同じ種類のものを選んで、軽トラに荷台に載せていく。とんがったものとか、ペラペラしたものとか、とにかく不揃いで、縛らないでは運べない。

途中で荷物を落とすわけに行かないから、強く縛らなきゃいけないけど、ほどけないんじゃ、また困る。・・・そういう荷物を縛るロープワークがあるんだな。

一緒にボランティアに携わっていたメンバーの中に、これに長けた人がいた。同じ縛り方ができる人は他にもいたけど、その人はとにかく手際が良かった。私はいつも、その人の軽トラに乗っていてので、何度もそれを見て覚えようとしたが、あんまり手際が良すぎて、最後まで分からなかった。

後からインターネットで調べたら、万力縛りとか南京縛りと言って、トラック輸送に携わる人たちの結びの技なんだそうだ。何度もYOUTUBE
見ながら習得したぞ。


『ロープワーク』    水野隆信監修

山と渓谷社  ¥ 2,420

キャンプや難所通過など、様々なシーンで使えるロープワークを徹底図解
[1]ロープの種類と結び方
[2]キャンプで役立つ結び方(テント、ツエルト、タープ、そのほか)
[3]登山で役立つ結び方
[4]登山で役立つ結び方/上級編
[5]クライミングロープワークの基本
[6]ロープのメンテナンスなど


どうも、ロープワークの本が出ると、ついつい買ってしまう。まるで、すぐに習得したはずのロープワークを忘れてしまうのは、前に買った本に欠陥があったとでも言うかのように・・・。

まあ、その都度、何かしら新しい側面が取り入れられて、読む者の好奇心をくすぐる編集になっているんだろうけど、それにしたって三冊も四冊もいるはずがない。

だけど、新しい本を手に入れて、「そうそう、こうだった」なんて思いながら結んでみると、我ながらそこそこ覚えているもんだと、密かににんまりしてしまう。そりゃさすがに、四冊目にもなればね。

ワンゲルの顧問だったときはザイルを持って行った。・・・いや、持って行かせた。一般道でも、、ちょっとしたところなら、登りでも下りでも、すぐにザイルを出させた。女の子もいたしね。怖いと思わせるのは良いことじゃないし、ザイルはお手軽に使っても良いんだと思ってないと、いざという時にね。

単にロープワークという意味でも、泊登山が中心なら、いくらでもロープワークが必要になる場面があるんだろうけど、高校生たちがテント泊をあまり喜ばなかったのでね。一度、天気が崩れるのが分かっているとき、細引きとターフを持って行って、その下でお昼にしたことがあったけど、単発じゃ覚えてもらえない。

仕事辞めて、一人で山に行くことになると、ザイルは持って行かないな。本当は装備しておいた方が良いんだろうけどね。沢を歩く時に使い道はあるけど、そのほかの方法で対処してしまう。それで済んでしまうところしか行かないしね。

次に暖かい季節を迎えたら、一人でキャンプに出かけよう。最近分かったんだ。仕事を辞めた私が家にいることは、連れ合いにとって、喜ばしいこととは限らない。おそらく、「亭主元気で外が良い」っていうのは、それなりの真理だろう。テント泊で、ロープワークを身につけよう。

使わないと、忘れるからね。そうそう、習得した万力縛り。すごいかっこいいんだけど、軽トラもないし、全く使い道がありません。




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『関東百名山』 小林千穂編

うちのパソコンがウィンドウズ7だったので、買い換えなければいけないって言われて、「そんなもんなのか」と思って買い換えました。

使ってみると、・・・当然、使いつけないんだから、最初から何のストレスもないというわけにはいかない。でも、今までが7で、これが10なんだから、三つ分良くなっているんだろう。・・・そういうもんなのかどうかさえ、分かっていないけど。そんなストレスと、新しいおもちゃをいじくり回す楽しさの中で、週末は過ぎていった。

週明けの12月3日火曜日は、秩父夜祭り。ここ三年は孫たちを連れて行ったんだけど、今年はつい先週孫を預かったこともあって、話が進んでない。どうも、これから行くって話にはなりそうもない。月曜日の天気はあまり良くないものの、火曜日からはいい天気が続きそうだ。夜祭りにしても、山にしても、どこかしら出かけてみよう。

さて、いい本を手に入れた。

私は埼玉県の生まれ。もうちょっとポイントを絞ると秩父。高校の時のお祭りでは屋台を引いていた。さらにもっと絞ると影森で、武甲山の麓。かつては武甲山の北参道が庭先を通っているような家に生まれた。

一番最初は、小学校4年の時に、歩け歩け運動の一環で、父や近所の友だちと一緒に登った。高校の時は山岳部にいたんだけど、新人歓迎合宿は毎年、武甲山だった。武甲山に登ることは山岳部のトレーニングの一つでもあった。

日曜日に縁側で山を眺めると、中腹に丸山というところがあったんだけど、そのあたりを登っている人が見えた。その道は、今はない。武甲山は北側斜面をごっそりと削られた。

「痛々しい」と言われることもある。「日本の発展を支えた」と言われることもある。心ない言葉は論外ながら、真摯な言葉にも、地元の者の心は複雑に揺れるのだ。・・・どうしてこの山は石灰岩の塊だったんだ。

どのような姿になっても、地元の者にすれば、心の山であることに違いない。・・・そんなことを言っている私はどうかといえば、大学2年の時、山頂を崩す前に上って以来、一度も武甲山には登ってない。

この本に出ている関東を代表する山々、いずれも同じように、地元の方の心の山であるに違いない。


『関東百名山』    小林千穂編

山と渓谷社  ¥ 2,420

関東地方各地の山々から「名山」にふさわしい100山を「関東百名山」として選出
[群馬]
朝日岳、谷川岳、仙ノ倉山、白砂山、四阿山、黒斑山
浅間隠山、鼻曲山、吾妻耶山、嵩山、岩櫃山、榛名山
至仏山、武尊山、アヤメ平鹿俣山、赤城山(黒檜山)
鳴神山、妙義山1(裏妙義縦走路)、妙義山2(表妙義縦走路)
荒船山、鹿岳・四ツ又山、立岩、赤久縄山、諏訪山
大山・天丸山、帳付山 

[栃木]
鬼怒沼山、日光白根山、男体山、太郎山、霧降高原・丸山
皇海山、鳴虫山、石裂山、三本槍岳、茶臼岳、日留賀岳
高原山、古賀志山、晃石山、三毳山、雨巻山

[茨城]
八溝山、男体山、神峰山、佐白山、難台山、筑波山
[千葉}
鹿野山・マザー牧場、大福山・梅ヶ瀬渓谷、鋸山、伊予ヶ岳
御殿山、富山、烏場山・花嫁街道、高塚山

[埼玉]
二子山、両神山、和名倉山、甲武信ヶ岳、城峰山、宝登山
簑山、笠山・堂平山、武甲山・大持山、日和田山、伊豆ヶ岳
天覧山・多峯主山、棒ノ折山、雲取山

[東京]
蕎麦粒山、鷹ノ巣山、川苔山、高水三山、御岳山、大岳山
御前山、三頭山、浅間嶺、陣馬山、高尾山、三原山、天上山
八丈富士、生藤山 

[神奈川]
石老山、大室山、檜洞丸、蛭ヶ岳、塔ノ岳、大山、ミツバ岳
不老山、大野山、金時山、明神ヶ岳、幕山、鎌倉アルプス、大楠山











百名山と言えば、深田久弥の『日本百名山』。

「あれは山を題材にした文学作品だが、同じ百名山でも本書は登山ガイドブックだ」と書かれている。楽しく安全な登山のヒントとして役立ててほしいという観点からの選考だそうだ。基本的に日帰りを前提としているが故に、選考から漏れたものもあるようだ。島の山は無理だろうけど・・・。

確かに公共交通機関でも、日帰りが可能な計画になっている。時間的に厳しい場合のコース短縮案も添えられている。同時にマイカー情報があって、車で行った場合のコース、駐車場情報もあって便利だ。

それでも、この山なら、ここで一泊した方がいいって山も、実は選ばれている。そういう山の場合は、山小屋情報も添えられているので、是非こちらを使いたい。

深田久弥は山を文章で表した。「この山は、・・・のような山だ」と書いた。山と真っ向から向かい合わないと、なかなかそれは書けない。山の姿は一様ではない。どこから、どんな季節に、どんな天気の中を登るかによっても、その姿は全く違うものになる。

この本は、『日本百名山』とは違って文学作品ではない。楽しく安全な登山のヒントとして役立てるためのガイドブックだ。そう、これをヒントに、山と向かい合ってはどうだろう。

いずれ、このガイドブックである『関東百名山』を土台にして、文学作品である『関東百名山』が生まれ出る日が来るかもしれない。

さて、天気の悪い明日、月曜日は手術した足の経過観察のために病院に行くとして、それ以降、天気がいいようなので、どこかしらの山に登りたい。この本を見て、ゆっくり決めてみようかな。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ぼくたちのP』 にしがきようこ

“P”とはなんだ。

“パンツ”・・・『ぼくたちのパンツ』では話にならない。“ボケモン”・・・『ぼくたちのポケモン』なんて本当にありそうだけど、私はまもなく還暦だ。“パプリカ”・・・この間、孫が音楽に合わせて踊っていた。『ぼくたちのパプリカ』はすでに現実のものとなっているようだ。何度も言うようだけど、私はまもなく還暦だ。

“パラダイス”・・・『ぼくたちのパラダイス』、これが正解。パラダイスという向こうの言葉、キリスト教世界の言葉だな。辞書によれば天国であるとかエデンの園であるとかが出てくるが、日本人のイメージからすれば“楽園”何ていう言葉がふさわしいか。

かつて、挨拶で使ったことがある。

私は定時制高校に勤務した時期があった。とある全日制高校での勤務が10年を超え転勤を考えなければならない頃、諸般の事情から迷った挙げ句に定時制高校を希望した。おそらく今でもそうだが、定時制高校を希望すれば、ほぼ間違いなくその希望は叶う。希望する者はいないのだ。

希望する者がいないにはそれなりの理由がある。それなりの理由っていうのに馴染むまでの間は苦労もあるが、基本的に定時制高校っていうのは、私にとって水があった。まだ定年までに10年を超える年数があったが、定時制で終わりでいいと思っていた。ところがその定時制のほうが無くなってしまうことになり、私は県内でも学力が中程の全日制高校に転勤することになる。

転勤したのは定時制がなくなる2年前で、まだ二つの学年を残したまま転勤した。4月の下旬に離任式に呼ばれ、残る二つの学年、四年生と三年生を前に離任の挨拶をした。

「全日制高校の仕事になれるのは大変だけど、いつか必ず今の仕事場を自分にとってのパラダイスに変えてみせる。みんなもあきらめるな」

県内でも学力が中程の全日制高校っていうのは、私の教員人生の中では一番楽なところのはずなんだけど、私にとっては厳しかった。定時制高校っていうのは、教育ってものの本来持ってる姿に近いものがあって、それが肌にあっていた。でも、新しい学校は、それとはだいぶ違った。「パラダイスに変えてみせる」と言いながら、結局私の方から逃げ出した。

今、学校が求められているものって、どんどん、本来の教育から遠ざかっているような気がしてならない。
『ぼくたちのP』というこの本。くくりで言うと、児童文学ということになる。

私がこの本を手にした理由は、言わずと知れた、この装丁にあある。登山靴があしらわれているからね。“P”が何を表すか分からなくても、山に関わる話であることは間違いないだろうからね。


『ぼくたちのP』    にしがきようこ

小学館  ¥ 1,540

ユウタは人には言えない弱点があった。そのせいで人が苦手で、あまり友だちがいない
プロローグ
一日目 別荘への道、光る池塘、山の男たち
二日目 道普請、ぼくの秘密
三日目 ヒメさん登場
四日目 山を守る
五日目 山の生きものたち、避難小屋で、夜の嵐
六日目 下山
エピローグ


9月1日に自殺する子供が多いそうだ。なんて世の中なんだろう。

樹木希林さんの娘さん、内田也哉子さんが『9月1日 母からのバトン』という本をお出しになった。樹木希林さんとの共著という形になっているようだ。9月1日に自らの命をたってしまう子どもたちが後をたたないことを知った樹木希林さんの憤りを、娘の内田也哉子さんが引き継いで綴った本だそうだ。

命を断つことにつながるのかどうか分からないが、中学二年生のこの物語の主人公も、すでに自分と自分を囲む周囲に対するどうにもならない無力感にとらわれてしまっている。

そんな状態で彼は、山に関わった。大学教授のかたわら、山の保全活動に勤しむ叔父を持っていたことは、彼にとって幸運だった。小学生の頃、雷に敏感で、極度な怖がりを笑われたことがトラウマとなっていたが、それは山では特技だった。これも幸運だった。

弱点だと思っていたその力で、彼は山において、それまでの自分を乗り越えた。彼が学校に戻ってどんな行動を取れるのか。もう、そんなことは関係ない。何も変わらないかも知れない。でも、彼は自分が無力であるとは、もはや思っていない。自分の周囲が無力でないということも、おそらく受け入れられるだろう。

羨ましいような幸運が私にないのは悔しいが、そこまでの幸運に恵まれなくても、きっと山には、そんな少年に、自分を乗り越える機会を与えてくれるだろう。

高校生になると、もう少し情緒が安定してくる。しかし、そこまでの段階で、通常、いくつもの淘汰が行われている。ほとんど全員が、傍目に、あるいは真っ向から、そういった状況を経験してきている。だから、他人に足を引っ張れれるような言行を取らないよう慎重で、他人の足を引っ張れるチャンスにはきわめて敏感である。それを利用するかどうかはともかく。あとは程度の差ってところかな。

数は多くないと信じたいが、時には教員の足でも平然と引っ張るやつまでいる。必要ならば涙を流しても見せる。男でも女でも、関係ない。そこまでいくと、怪物だ。

定時制では、小学校や中学校段階で淘汰されちゃったやつ、高校に上がってからいろいろな事情で退学したやつ、グレて高校を卒業してないやつ、若い頃に高校進学の機会がなかった年配者、日本に働きに来た外国人の子弟、中卒で相撲部屋に入ったが続けられなくなったやつ、いろいろな段階の学習障害・知能障害を抱えたやつ、とにかくいろいろな生徒がいた。

いろいろな事情と向き合わなければならない彼らを指導する能力は私はあったが、怪物を指導しようとして足をすくわれかかった。・・・危なかった。





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『生還者』 下村敦史

舞台はカンチェンジュンガ。

標高8586mは、エベレスト、K2に次いで3番目。挑戦者の死亡率の高い山で、エベレストの4%に対して、カンチェンジュンガは22%。すでに、舞台はカンチェンジュンガであると言うだけで、誰かが命を落とす物語であることがはっきりするような山なわけだ。

冒頭から、積雪が液状化したような、雪山の半分が滑り落ちるような雪崩で、この物語は始まる。日本人登山者7名が、この雪崩に巻き込まれる。7名の内、4名の遺体は早々に発見された。その中に、この物語の主人公増田直志の兄、謙一の遺体も含まれていた。

兄の遺品を片付けるうち、直志は兄がカンチェンジュンガで使っていたザイルに細工がされているのに気づく。彼は兄の遭難に疑問を持ち始める。生存が絶望視された中、ひとりの遭難者の生還が確認された。奇跡の生還を果たした彼は、兄たちのパーティーに見捨てられた、見殺しにされるところだったと語った。そんな自分が生還できたのは、いまだに発見されていない最後の一人に助けられたからだと語った。最後のひとりは、兄たちパーティーのメンバーとたもとを分かってまで自分の命を救ってくれたと。

世間は、兄たちの非道を詰り、自業自得、天罰という声まで聞こえた。

だがその後、もうひとりの生還者が現れる。兄たちのパーティーのメンバーで、その証言は最初の証言者のものと真っ向から食い違っていた。その最後のひとりこそ卑怯者で、この遭難の責任はすべて彼にあると。

この遭難の背景には、過去に起こったもう一つの遭難事件が関係している。その過去の遭難に、兄謙一は深く関わり、それが原因で、彼は全く山を離れた。完全に山を離れたはずの兄が、なぜヒマラヤの高峰の中でも危険度の高いカンチェンジュンガに挑戦したのか。過去の遭難事件こそが、謙一がカンチェンジュンガに登らなければならない理由だった。

このくらいにしておこう。なにしろ、山岳ミステリーだからね。いくらなんでもネタバレはまずい。

『生還者』    下村敦史

講談社文庫  ¥ 792

兄の死は事故か、それとも・・・。ヒマラヤを舞台にいくつもの謎が絡み合う傑作山岳ミステリー
二人の生還者はどちらが真実を語っているのか?
兄の死の真相を突き止めるため、増田は女性記者の八木澤とともに高峰に隠された謎に挑む!


山をやってる人にも、嫌な人はいくらでもいる。

道端でおしっこしちゃう人。これはいる。男だけじゃなく、女の人でもいる。とある山頂で、私がいるにも関わらず、景色を眺める私の後ろで、お尻を出しておしっこはじめたご婦人がいた。ジャーという音に後ろを見ると、まあるいお尻が見えた。終わると、何ごともなかったかのように、平然と山頂を通り過ぎていった。どうしたってしたくなることはある。山じゃトイレがないことも多い。仕方がないことだから、形だけでも薮に入ればいいのにね。

がれ場で、ガラガラ石を転がしながら歩いている人。落石に無頓着すぎる。これは高校生と山に登る時、口が酸っぱくなるくらい注意した。でも、がれ場をガラガラ歩く人って本当にいるから怖い。

息を上げながら登っている時、前からくる人が勢いよく下ってくる。まるで、お前が道を開けろって、勢いで示しているかのような人。石の下にゴミを隠す人。岩の間に吸い殻を押し込む人。ザックのポケットに野草を刺している人。

でも、昔に比べると、山に来る人のマナーは遥かに良くなった。山岳部なんかどうなんだろう。昔はひどかった。山岳部にはいじめがつきものだった。いい人もいたんだけどね。ひとつ上の人から、あからさまにいじめられた。どうにも我慢できなくなって、私は復讐をした。食当だった私は、彼に、人が本来口に入れてはならないものを食わせた。

それ以降もいじめは続いたが、ちっとも悔しくなくなった。平然と受け止めて、彼に、本来口に入れてはならないものを食わせた。時期に彼がいじめをしなくなったのは、なにかに気がついたのかも知れない。

もしかして、本来口に入れてはいけないものが、いい薬になったのかも知れない。

ただ、何人かの先輩を彼の道連れにしてしまったことは、今でも心が痛い。

この物語、当初、山で遭難者に出会った時に取るべき行動ってのが問題になっている。昔からあるテーマだと思う。遭難者に会うかどうかはともかく、誰がより重い荷物を担ぐのか、弱い人達には分け合うべきなのかどうかとか、山では人間性があからさまにされる機会が、一般社会よりも多い。ずるい人はいくらでもいる。私もそのひとり。でも、本質的に悪いやつっていうのは、幸運なことに今までお目にかかった試しがない。

この話、クライマックスに向けて、どんどん読めてしまう。そうなったらもう止められない。止まらなくなった時、止まらなくなってもいい環境にいればいい。止まらなくなってはいけない環境にいたら、それは不運と言うしかない。

ただ、この物語の終わり方、私はちょっと作りすぎの気がした。どちらの本が先なのか知らないけど、この間読んだ『失踪者』の方が後味が遥かに良かった。その感じ方は人それぞれかも知れないが。




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『峠を歩く』 中川健一

私は埼玉県の秩父の生まれです。

秩父は盆地です。盆地の中は、外からは隔絶されているとは言え、それなりの文化を持って開けているんです。ただ、秩父に入るためには、その周辺の山岳地帯を越えなければなりません。今は、通常、車や電車で越えることになります。私がはじめて連れ合いを両親に合わせたとき、西武秩父線で秩父に向かいました。吾野あたり、山に挟まれた渓谷沿いを列車が進んでいる時に、連れ合いが言いました。「ここよりも、もっと先なの?」

“先”なんです。

その“先”で正丸峠を越えて、秩父に入るんです。列車は正丸トンネルをくぐることになります。私がガキンチョの頃、西武鉄道は、すでに吾野まで来ていました。でも、秩父には通じていなかったんです。正丸トンネルができたのは、私が小学4年のときです。秩父市内の小学校に通う子どもは、西武鉄道に招待されて、電車で正丸トンネルをくぐりました。あの時の感動は、今も記憶に残ります。

来年還暦を迎える私の世代なら、その多くは青年期を迎える時に秩父を出ます。大学教育を受けるためであったり、秩父では得られない仕事の機会を見つけるためであったりします。その時、秩父の若者は皆、なにがしかの峠を超えるんです。

この本は峠の本。著者の中川健一さんは、建築業という仕事から断層に興味を持ち、その露出している峠を訪れるようになったんだそうです。その後、峠そのものの魅力に引かれるようになり、日本に3773ヶ所あるという峠のうち、現在普通の人が歩いて訪れることができる2954ヶ所を完全制覇したんだそうです。・・・すばらしい!


『峠を歩く』    中川健一

内外出版社  ¥ 1,760

戦国時代から現代まで、人の暮らしの歴史が刻まれた峠を歩き方
峠って面白い!
峠の楽しみ方-奥深い峠の魅力
効率よく回るために乗り物に工夫を重ねた
厳選峠!33の物語
絶対行きたい峠120
僕が回った峠リスト2801


“峠”という漢字は和製漢字、日本で生まれた漢字ですね。うまいこと作ったもんです。「山偏に登って下る」ですからね。登りきったところが峠で、そこから道は下って、そこには違う世界が広がるわけです。こっちの世界とあっちの世界を分けるのが峠なんですね。同時にこっちの世界からも、あっちの世界からも、一番遠いのが峠です。しかも、深い山の中。危険もあります。だから、峠にいる道の神さまにお供えを手向けて守っていただいたんだそうです。

「たむけ」、それが「とうげ」の語源だそうです。

馬に乗せられた花嫁は親族に守られて峠に向かい、そこで夫の親族に受け渡されていきました。峠を通って、絹織物などの大事な品物が江戸の町に運ばれていきました。少女たちは、峠を越えて街に出て、女工として働きました。峠に陣を張り、敵に対峙しました。父親は息子のために峠を越え、病気平癒のお札をもらって帰りました。

そう思えば、峠には多くの人々の思いが漂っているに違いありません。

《厳選峠!33の物語》においては、この間行った大菩薩峠が初っ端です。続いて天城峠、金精峠、雁坂峠、安房峠と、私の山体験の中に登場する峠が続きます。中でも雁坂峠には、高校時代にたびたび歩荷やアルバイトに通った山小屋があります。広々としている明るい峠です。・・・そうかぁ、ここは武田信玄の軍用道路の一つの要衝だったんですね。

《絶対に行きたい峠120》には、歩きなれた奥武蔵の妻坂峠が取り上げられています。いい名前でしょう。秩父の荘官であった畠山重忠が鎌倉に出向くとき、ここまで妻に見送らせて別れを惜しんだのが由来とか。ここは大持山と武川岳の鞍部で、上杉謙信が大持山に陣を張って北条氏に対峙したとか。

峠には、人の跡が感じられます。

これも一つ、山の歩き方になりうるかも知れません。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本




































































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