めんどくせぇことばかり 山歩き
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地元越生の低山を、ちょっと長めに

地元の低山を歩ける季節になった。

久し振りに、地元の山を、思いっきり歩いてみた。越生の町役場に車を置かせてもらって、とりあえず大高取山を越え、その向こうに下りて、麦原地区を囲む山をぐるっと一回り。そして、もう一度、大高取山を越えて、町役場に戻るコース。

たいしたことないだろうと思ったら、けっこう距離が長かった。高低差も思ったよりもあって、私は疲れてしまった。年寄りは、やっぱり冷や水を避けるべきだと悟った。

この日、16日(金)は曇り、翌日の17日(土)は冷たい雨の予報。曇りとなると、たしかに空の90パーセントは雲でおおわれているが、今日の私にとって大切なのは、降水確率が10パーセントであること。景色は期待できないかも知れないが、降水確率10パーセントなら、場合によっては恵まれることがあるかも知れない。

歩き始めは7時前。半袖の下着に長袖のシャツ、その上にヤッケを着て歩き始める。最初は、耳を出してたら冷たくて、覆いをつけた。防寒用の上着にも持って行ったが、これは使わずにすんだ。

高取山の山域では、行き帰りとも、人にあった。行きが一人、帰りが二人。しかし、麦原地区を囲む山域に入ってからは、誰にも会わなかった。

野末張見晴台に向かう道は、巻き道はあるが、ずっと尾根を通って、羽賀山山頂を越えていく。羽賀山は、ヤマップに山頂認定されていない。野末張見晴台に着くと、案の定、青空がけっこう広がっている。景色は期待していなかったが、よく見れば、雲の上に、かすかに赤城、日光白根、男体山の山頂だけが見える。

IMG_7123.jpg (野末張見晴台。“のずばり”と読む。北の展望が開け、天気がよければ、右から筑波、男体山、日光白根山、赤城山、谷川岳まで見える)

IMG_7122.jpg (南東の方面。奥の特徴のある山容は越上山)

IMG_7126.jpg (雲の上に頂上だけが見えている。左から赤城山、日光白根、ススキの向こうに、かすかに男体山の頂上も)

IMG_7125.jpg (堂平山と、その向こうにちょこんと出っ張っているのが笠山)

なんだ、見えるじゃないか。

気持ちよくラーメンを作って食べて、大築山に向かう。ここの登山道は赤土が掘れてしまって、大きな溝になって歩きにくい。しかも、自転車が入ってきているので、登山道としては、歩きづらくてたまらない。そんなわけで、今日は境界を示す杭を目安に、尾根をなぞって歩いた。かすかに踏み跡はあるが、こっちを整備してもらえば、もっと登山者も入ってくるんじゃないかな。
IMG_7127.jpg (野末張見晴台から見た大築山、小築山)

大築山山頂は、梢が茂ってしまって周囲が見えない。残念。大築山は、最近、ヤマップに山頂認定されたようだ。羽賀山、小築山と含めて山頂認定されれば、登山者も増えて、それぞれの山頂も、もう少し整備されて、魅力のある山域になるんじゃないかと思うんだけどな。特に大築山は城山と言うくらいで、戦国時代に慈光寺を攻めるための根拠地になったところ。城好きを引き寄せることも出来る。

さらにその先、広見越のちょっと不気味な馬頭尊、六万部塚、大楠と、あまり人に知られない見所がある。是非ヤマップに、羽賀山と小築山の山頂認定をして欲しいな。
IMG_7129.jpg (広見越の馬頭尊。三面のちょっと不気味な石像)

IMG_7130.jpg (六万部塚。膨大な経文を運んだ僧侶が、ここに六万部を埋めて隠し、二万部を椚村の経塚へ、四万部を運んだ自分の寺が、秩父巡礼札所一番の四万部寺だとか)

IMG_7131.jpg (上谷の大楠。令和元年の夏、枝の一つが倒伏し、今は直下のテラスには入れない)

大楠から梅園までロードを歩いて、登り返す大高取山を見上げたとき、疲れちゃって、ちょっとげんなりした。
IMG_7132.jpg (車を置いた役場の駐車場は、あの山の向こう)

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

紅葉の赤城山を歩いてきた

天気予報で好天を確信して臨んだ谷川岳で雨混じりの霧にまかれ、「やっぱり山はそんなもんよ」なんて分かったようなふりをしても、やっぱり、青空の下に山に登りたい。谷川の失敗は、厳しそうだと判断した段階で、下山しなかったこと。働いている人たちと違って、年寄りは暇なんだから、早く家に帰って、酒でも飲み始めるべきだった。

そんなことを言っていたら、新型コロナを身近に感じる出来事があって、孫を2号だけ、3泊4日で預かることになった。ちょうど、台風14号がらみで、その4日間の天気は荒れ気味。孫を帰して、家に戻ると青空が出てきたのが12日月曜日のこと。翌日の13日に天気が良さそうなのが埼玉と群馬。まだ、埼玉に紅葉は見られない。と言うことで、群馬にお邪魔。

急ごしらえの山行なので、前に歩いた道にプラスアルファの楽しめる赤城山に行く。赤城なら車で2時間。5時前発で赤城ビジターセンタに6時半頃到着。身なりを整えて、黒檜山登山口に向けて出発。途中、はじめて赤城神社に参拝し、登山口に着くと、登山口駐車場には何台もの車。さらに、登山口でおむすびを食べていたら、二組の夫婦、・・・夫婦ではない羨ましい関係かも知れないが、年配のカップルが登っていった。今日は人が多いと言うことか。

ビジターセンターの気温は11度だった。長袖の下着に、長袖シャツ、それにヤッケを着て登山口まで来たが、ここで長袖シャツを脱いで登山開始。急登を登ると、一気に汗ばんでくる。最初の展望のきく場所を過ぎ、もう一度樹林帯の急登にかかったところで、ヤッケを脱ぐ。

中腹まで登ると、下山してくる人とがいる。「早いな」と思っていたら、そのあと何人もの方とすれ違う。登山口駐車場に車を置いていた人たちか。

ようやく、頂上尾根にでる。実は、後から分かることなんだけど、実はこの時、かなりあぶないことが起こっていた。

山頂にも展望台にも、人がいた。ああ、紅葉シーズンの百名山は、平日でも人が多いんだ。週末は大変だろうな。ただ、残念ながら、上越も日光も、頂上部分には雲がかかっている。日光白根も、皇海山も、武尊岳も、谷川岳も、さらには浅間山も、頂上部分は雲がかかっていて見えない。ちょって粘ってみたけど、・・・変わらない。先へ進む。

駒ヶ岳へ向かう道は、あちらこちらに顔を出す紅葉に時の経つのを忘れさせられる。こっちを見て、あっちを見て、・・・結局、きりがない。そうか、紅葉は今、2000mよりも1500m以下なんだ。
IMG_7080.jpg (黒檜大神あたりから。駒ヶ岳と小沼)

IMG_7081.jpg (黒檜山と駒ヶ岳のコルあたりまで下りて、黒日山を振り返る)

20201013_201013_1.jpg (駒ヶ岳に向かう)

IMG_7085.jpg (駒ヶ岳を彩る綾錦)

駒ヶ岳から大沼に下りる道を使わず、そのまま鳥居峠に向かうのが今日のテーマの一つ。山と高原地図には、道は書かれていないが、見たところ道はある。活動日記を参考にさせてもらってる人の山行でも、ここを下山していた。このまま鳥居峠に行ければ、そのままスムーズに縦走して、駐車場に戻れる。

そちらに進む前にひとつ。分岐で休憩してた人が、この日、子連れの熊と3メートルくらいの接近遭遇をしたと言う。場所は黒檜山山頂辺り、熊はその人に向かって近づいてきて、3メートルほどのところで、黒檜山に直接登ってくる道の方の茂みに下りていったそうだ。その方は、そちら側に下山する予定だったが、熊の下りていったあとをたどる気になれず、登ってきた駒ヶ岳方面に下山することにしたそうだ。その人と分岐であったんだから、熊が茂みに消えたちょうどその時間、私は熊が下りた茂みの脇の登山道を登っていたはずだ。気配もなにも、感じなかったが。

さて、この日のテーマの、鳥居峠にそのまま下りる道。道ははっきりしていた。最後、尾根を進むルートと、巻き道のルートが分かれる。尾根を進むルートには“岩場”という標示があったので、巻き道を選択。大きな岩の間を縫うように進む道で、あんまりはっきりしていない。だけど、ピンクテープが数多くつけられていて、迷うことはない。

鳥居峠に着いたら、ここにも車がたくさん止まっていて、今まさに、巻き道から、尾根道から駒ヶ岳に向かう人たちが出発していった。こんだけの人が道を使えば、遠からず、安定した道に変わるだろう。このルート、紅葉が見事だった。

鳥居峠からは、長七郎山に向かう。さっきまでと違って、こっちは少し人が少ない。長七郎山でお昼ごはん、ラーメンを食べて、小沼に下りる。今、小沼はとてもきれい。
IMG_7100.jpg (長七郎山を少し過ぎた賽の河原越しに地蔵岳を見る。お地蔵さまのありがたさ)

IMG_7102.jpg (小沼水門より 逆さ赤城とはいかないが・・・)

IMG_7103.jpg (小沼の水面に映える紅葉)

IMG_7105.jpg (小沼を周回する道)

そこからは、地蔵岳に登り返し。だけど、八丁峠からは距離600mしかない。コースタイムは30分だけど、急な登りだからね。八丁峠に車を置いて、山頂を往復する人も多いようだ。赤城山塊の中で、ここも人気の山なんだな。案の定、山頂にはけっこう多くの人がいた。きれいなお姉さんもいた。
IMG_7109.jpg (地蔵岳山頂付近から見た小沼)

ここからは、北斜面を大沼に向けて下山する。6月にこの道を上ったが、川底を歩くような、嫌な道だった。そこを下るので、チェーンスパイクを使った。効果てきめん。ちょっと嫌だったけど、決定的に嫌ではなかった。
IMG_7113.jpg (下山をはじめて地蔵岳を振り返る。休憩している人も分かる)

紅葉シーズンの赤城山は、平日でも人が多かった。今週末は、もっと人が多くなるだろう。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図 

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

好天の谷川は夢のまた夢

6日、火曜日は、どうやら広く晴れた空が広がるらしい。

そんな予報に浮き足だって、即決で谷川岳を選択したのは、ひと月ほど前から最高の天気を求めて、何度か谷川岳を見送っていたから。しかも、紅葉シーズンがはじめっているはず。30年ぶりの谷川は、最高の山行であってほしい。

何日か前から、水上や土合を起点にした天気を調べたけど、大丈夫。せっかくだから、余裕のある登山にしたいということで、前日の夜、道の駅水上で車中泊した。満天の星、翌日のしあわせを確信し、酔っ払いは寝る。

6日、4時半頃目覚めると、薄い雲が星を隠している。月はおぼろに東山。・・・どうも様子がおかしい。天気予報を確認すると、水上は晴れになってるけど、土合は12時まで曇り。

実は、こうなることは頭のどこかにあった。谷川岳の天気を調べると、水上の天気をもとにしているようだが、念のため調べた湯沢の天気が曇りだった。この情報は、見ていないことにしておいた。・・・大日本帝国陸軍と同じ、自分に都合の悪い情報は、無かったことにしてしまった。

曇りでも仕方がないかと、予定通り西黒尾根の登山口から登り始める。30年ぶりの谷川だけど、西黒尾根は登るたびに、二度と登りたくないと思うんだ。でも30年ぶりの谷川も、西黒尾根。ロープウェイが9月の豪雨で破損したらしく、10月31日まで運休を決めていることもあるんだけどね。紅葉シーズンに、お気の毒な。

長袖の下着に長袖シャツ、それにヤッケを着て樹林の中の道を登り始める。しばらくすると、だいぶ汗ばんでくる。「ヤッケを脱ごうかな。面倒くさいな」なんでうだうだしている間に、いつの間にか汗が収まっている。斜度はますます急だというのに、どうやら気温が下がっている。鎖場手前の、展望の広がる岩場に出たときには、完全にガスってしまって何も見えない。このコースを歩き慣れているらしい人が一人休んでいて、上に行っても何にも見えないだろうから、ここから引き返すという。

挨拶を交わして上に向かうが、さらにガスが濃くなってくる。天気としては、雨混じりの濃霧って感じになってしまった。しかも風がけっこう強い。これから蛇紋岩の岩場を越えていくのに、ちょっと“ヤなかんじー”。案の定、足場は滑りやすい状態。気温も下がって、自分の吐く息が白い。どうせ何にも見えないし、慎重に行くことだけを考える。
IMG_7040.jpg (蛇紋岩も鎖も濡れていて、よく滑る)

我慢すること1時間あまり、ようやく山頂直下に出るが、ますます霧が濃くなってあまり視界も効かない。背の高い道標が、おぼろげながらうかがえる程度。人も少ない。トマノ耳で一人、オキノ耳で一人あっただけ。オキノ耳でアルファー化米にカレーをかけて食べる。視界は10mくらいかな。時々、霧が動くと、新潟側の斜面が紅葉しているのがうかがえる。・・・ああ、晴れてればなぁ。
IMG_7046.jpg (これ以上霧が濃くなると、ちょっと怖いくらい)

2020106_201006_5.jpg (トマノ耳。実際には、写真よりも、もっとガスっていた印象)

2020106_201006_2.jpg (オキノ耳。山頂であった人は、「寒すぎる」と言って下山にかかった)

トマノ耳に戻って周囲を見渡すも、状況は変わらず、カレー効果も長続きせず、風が強く、寒さが増すばかり。天気予報では昼過ぎに晴れるようだけど、そこまで待てないので天神平に向けて下山する。

下山を開始してまもなく、霧が動き出した。ときどき、谷川岳大きな斜面が見える。霧は下から消えていって、天神平までの道が見えてくる。天狗の留まり場からは、上を見ても下を見ても、とてもきれい。でも、このあともしばらくの間、山頂付近は雲の中という状態。空まで突き抜けたのは、土合もまもなくと言うこところまで降りてからのこと。
IMG_7054.jpg (下りてきた天神尾根を振り返る)

IMG_7056.jpg (天狗の留まり場から上)

IMG_7057.jpg (天狗の留まり場から下)

IMG_7058.jpg (熊穴沢の避難小屋から先の巻き道)

田尻尾根に入ってからが酷かった。濡れている場所は、全部滑る。滑らないように気をつけていても、見事に滑る。石も、木の根も、土も滑る。2度、尻餅をついた時点で、チェーンスパイクを履く。田尻尾根を下山中、獣が薮を走り去るのを感じた。
IMG_7059.jpg (土合近くまで下りてきた。白毛門が青空にそそり立つ)

天気の上では残念な登山だったけど、谷川には天気に関わらない風格があるな。来年は、ロープウェイを使って、天神平らから往復しよう。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図


テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『おすすめ登山ガイド』・・・蟹穴山に富士山を見に

今、事情があって、車が自由に使えない。

9月30日の水曜日は、久し振りに車を使える日と晴れがぶつかって、近所の山を歩いてきた。木曜日も車が使える日だったのだが、雨という予報だったので、医者に行ってきた。

4年前に股関節骨頭置換手術をして、昨年から経過観察が1年おきになって、そのための検診に行ってきた。レントゲンではまったく問題なく、むしろ、筋肉や筋が患部に絡みついて、補強するような形になっていると言われた。来年は予約を入れておくからいつが良いかと聞かれ、雨の日にしてくれとお願いしたら、笑われた。

2日の金曜日も天気が良いという予報だった。ただし、車で出かけても、10時までには戻らなければならない。やめとこうかと思ったけど、この間、CFカードの謀反で写真を諦めた悔しさを思い出し、富士山の展望のある蟹穴山まで行って、すぐに帰ってくることにした。

CFカードは新しいのを注文した。フォーマットしたCFカードは、不安が残るままではあるが・・・。

鎌北湖第2駐車場に車を置いて、エビガ坂から茶嶽山経由で蟹穴山をめざす。蟹穴山を100mほど過ぎたあたり、突然光があふれて展望ポイントに出る。富士山は大岳山と御前山の間に・・・いない。奥多摩まではクリアーなのに、富士山が見えるはずのあたりは、べっとりとしつこそうな雲が居座っている。
IMG_6998.jpg (蟹穴山に、最近、山名を記す札がつけられた)

IMG_6991.jpg (奥武蔵では目立った形の越上山。左手に、武甲山の山頂がちょこっと)

IMG_6996.jpg (奥多摩まではクリアーなんだけど、その向こうの雲が富士山を隠す)

IMG_6997.jpg (手前に子の権現につながる山、その向こうに吾野や名栗の山並みが重なり、最奥に川苔山、蕎麦粒山、三つドッケと続く)

富士山が顔を出すまで、しばらく、トンボでも追いかけてすごそうかと思ったら、トンボもいない。まだトンボが湧く時間になっていないか。奥武蔵の山々を眺めて過ごすが、結局、富士山を隠す雲は微動だもせず。車を戻さなけりゃいけない時間も気になるので、残念ながら引き返す。

帰り道、照葉樹の葉が輝いていた。ゆずや柿の実が色づいて、とてもきれいだった。
IMG_6999.jpg (照葉樹の葉が輝く日・・・蜘蛛の巣がたくさん)

IMG_7004.jpg (ゆず 鎌北の里山)

IMG_7005.jpg (柿の赤はしあわせ)

IMG_7006.jpg (アオツヅラフジの実 食べちゃいたいほど可愛いけど、有毒)

山を歩いている人にはあまりいないかもしれないけど、変形性股関節症で痛みを抱えている人がいたら、早めの手術をおすすめする。今は、以前とは違い、一度手術をすれば、埋め込んだ部品は死ぬまで持つようになった。痛くない毎日って、とても素晴らしい。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図
『おすすめ登山ガイド』    ステップアップ登山編集室

メイツ出版  ¥ 1,650

日帰りから山小屋泊まで、キャリアやレベルに合わせた快適に登れる爽快コース
気楽に歩けるコース
ステップアップコース
一泊二日のコース


連れ合いとの二人暮らしで車2台とは贅沢ではあるが、年寄り夫婦ができる限り違う時間を過ごすための必要経費と思えば、決して高くないと思う。

連れ合いは、しばらく前から、いろいろな安全装置のついた車にしたいと言っていた。「じゃあ、車検の機会にでも考えれば」ということで、なじみの修理屋さんから、連れ合いの希望に合いそうな軽自動車のパンフレットをもらっておいた。

車検の切れるひと月ほど前になって、何を買うかを決めた。いつも車のことは、一切合切修理屋さんに任せているので、買い換えの話も修理屋さんに持っていった。

すると、発注してから2ヶ月は待たされるという。常識のない夫婦なので、そんなことも知らなかった。そういうことになると、ひと月以上は、車一台で過ごすことになる。

「どうしよう」と言われれば、「その間、僕のを使って」と言わざるをえないじゃないか。結局、私は毎週、木金土日と車を使えなくなった。今思えば、それを見越しての「どうしよう」だったに違いない。・・・私としたことが。

それに加えて、夏の猛暑とその後の天候不順で、ひと月以上も山に行けなかった。連れ合いの車は、まだ来ない。いつの間にか、出不精になってしまった。ここまで涼しくなると、山はだいぶ冷え込んでいるかも知れない。そろそろ、動き出したい。

レベル別と言っても、いずれも一般的なコース。ここに来て、近くの山を歩いてみたら、少しくらい遠出もしたくなってきた。しばらくの間は、自家用車のみで楽しめる山を工夫しようと思う

さてさて、この本にそんなコースがあるかな。・・・そうだ、是非、そんな本を出してほしい。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

鎌北湖周遊 奥武蔵はいつも通り

ひと月ぶりに山を歩いてきた。当たり前だけど、山の方は、何にも変わらない。

6月にも、ほぼ同じ場所を歩いている。あの時は、雪が溶けて、地肌を見せ始めた富士山を見た。今日は、あの時と同じ蟹穴山の見晴らしから初冠雪の富士山を見ようかと思ったんだけど、富士山は見えても、冠雪があったというのは確認できなかった。

それにしても、富士山から雪が消えている間、私はここに来てなかったんだな。

感染症の流行で、あちらこちらの登山口知覚の駐車場が閉じられてしまった期間が、結構長かった。その間でも、毛呂山町は、なぜか鎌北湖の駐車場を閉じなかった。

奥武蔵の登山口は、埼玉県に関しては、飯能市、日高市、毛呂山町、越生町、ときがわ町、小川町、東秩父村、寄居町、長瀞町と、南から北へと続く。私が確認した範囲では、山との関連が深くて、かつ、ある程度の広さを持つ駐車場を閉ざしていなかったのは、毛呂山町の駐車場だ。私はその間、鎌北湖の駐車場と、毛呂山総合公園の駐車場を利用させてもらった。

感染症の感染者数を見てみると、飯能市(33)、日高市(15)、毛呂山町(26)、越生町(3)、ときがわ町(4)、小川町(11)、東秩父村(2)、寄居町(2)、長瀞町(3)となっている。

受け止め方はさまざまだろうけど、結果は結果ということか。

山小屋は大変だよね。ひと月前に行った将監小屋も、閉鎖状態だったしね。週末の人気の山なら、歩いてるだけでも、密になることもあるだろう。しっかり、山を選んで歩くことが必要なんだろうな。

山歩きがひと月ぶりになったのは、実は感染症とは関係ない。関係ないとは言い切れないが、感染症予防で閉じこもっていたわけではない。実は、この間、車を使えなくなっていた。その事情が解消したわけではないが、今日はたまたま使えた。しかも晴れている。いつの間にか季節が変わって、奥武蔵の低山でも暑くなさそう。

そんなわけで、こんなんなっちゃいました。
 
なにしろ、ひと月ぶりだと、山に行く準備の仕方もあたふたして、段取りが逆になったり、持っていくものを忘れたり。道具も、なんだかひと月の間ほっとかれて、むくれちゃってるみたいで、カメラなんか言うことを聞いてくれない。後半になって、ようやくまともに取れるようになったと思ったのに、帰ってきたらCFカードが謀反を起こした。

結局、そうそうに、念のためにスマホで取っておいた2枚のみ。

2020930_200930_1.jpg(宿谷滝の入り口に、シュウカイドウが咲いていた。ときがわ町の椚平の群生を見に行きたいな)

2020930_200930.jpg (宿谷滝も相変わらず清冽)

おなじみのコースだけど、特筆すべきことを少しだけ。物見山山頂についたとき(本物の山頂から山名の書かれた柱のある山頂に行ったとき)、何かが向こう側の薮に飛び込んだ。そのあと、山名の書かれた柱から少し下がって、ススキ越しに山頂の写真を撮ろうと思った。その写真は撮ったんだけど、カメラ不調で没。そのススキの脇の薮で、「グー」っとうなってる奴がいて、そのあと、“バキッ”って枯れ木が折れる音がした。

もう一つ、蟹穴山の山頂からは、富士山がしっかり見えた。残念ながら、冠雪が確認できるような見え方ではなかった。

十二曲峠から下山。鎌北地区を鎌北湖へ向かう途中、二羽の鷹が、おそらく巣のある山の上空を、かなり大きな半径の円を描きながら旋回していた。

鎌北地区では、柿が良い色に実っていた。ゆず丸君のゆずは、また実が固かった。猫がひなたぼっこをしていて、曼珠沙華があちらこちらに咲いて、里山は桃源郷のようだった。

富士山も、鷹も、柿も、ゆずも、猫も、曼珠沙華も、みんなCFカードの謀反で落城してしまった。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

将監峠 テント泊楽しかった

7日から孫の2学期が始まって、おじいちゃんはまた暇になった。春先から、テントを使っての山歩きを考えていたが、感染症で控えてきた。もうそろそろ良さそうなので、出掛けてみた。

30代で山を離れるまでは、山と言えば、必ずテント。山を歩くよりも、山に泊まることが目的だったかな。56歳で山を再開してからは、気軽な日帰り山歩きばかりになってしまったが、たまには山に泊まってみたい。そんなわけで今回は、テント泊の山歩き。

そんなにきついコースを選んだつもりはないんだけど、やっぱり、テントかついで歩くって、それだけでも負担は大きい。少なくとも、何食分かの食料とテント、それにこの時期でも防寒具がザックに入るからね。

久し振りの山泊まりに選んだのは、将監峠の下にある山小屋。そこにテントを張って泊まり、翌日、将監峠から唐松尾山、笠取山をまわって、車を置いた作場平に下山するコース。奥秩父の主稜縦走路なら、どこを切り取っても、歩いているおなじみのコース。・・・などと言っても、それは30年以上前の記憶。コースは同じでも、私は30年分、古ぼけた。・・・実際、思い知った。

直前に、作場平の駐車場は、だいぶ早い時間に一杯になるらしいとか、将監小屋のテント場は人気だとかいう情報を見てしまい、少々、予定を変更。駐車場着を、10時から7時に変更。早めにテントを張って、周辺をうろうろしてみることにした。

《20日》
朝、4時半頃、自宅を出発。軍畑で青梅街道に合流し、登山口の一ノ瀬高原をめざす。一ノ瀬高原を通る林道は、青梅街道から分かれて、いくつかの集落や拠点をつないで青梅街道に戻る。しかし、東側の分岐から林道に入ってまもなくのところが、昨年の台風19号で大きく崩れたようで、今は西側の分岐からしか一ノ瀬高原には入れない。

細く、舗装も少し心細い西側分岐から林道を進み、駐車場の作場平には7時前についた。1台もない。目の前に、笠取山への登山口がある。明日、ここに下りてくる。将監峠に向けて、林道を三ノ瀬登山口に向かう。登山口から先は、未舗装の林道で、実際、山仕事の軽トラが、荷台に4人のおじさんを乗せて、急斜面を駆け上っていった。

牛王院下の分岐からは林道を離れて、七ツ石尾根を牛王院平に向かう。思い出の中の将監小屋は、いつも峠から下っていって、上から小屋の屋根を見てホッとした。あの感じが良い。

すぐに後悔した。テント泊用の重い荷物が背中にあった。あえて急な上りを選ぶこともなかった。だけど、七ツ石尾根の上部は展望が開け、黄色い花、おそらくマルハダケブキの群生が広がる。振り返れば、大きな富士山の姿も・・・。このあたりが、おそらく牛王院平。分岐を東に向かって下っていくと、まもなく将監峠。草原は南に向かって下っていき、まもなく、将監小屋の屋根が見えてくる。・・・これこれ!
IMG_6867.jpg (牛王院下から七ツ石尾根を行く)

IMG_6868.jpg (七ツ石尾根の上部。周囲が開けてくる)

IMG_6870.jpg (牛王院平まで登ってきた。マルハダケブキの群生の向こうは国師か千丈だろうか)

IMG_6871.jpg (振り返れば富士山)

IMG_6873.jpg (少し下ったところから振り返ってみた将監峠)

テントは一つもない。小屋は感染症で閉じられている。テントに関する掲示はない。水も出ている。バイオトイレも稼働している模様。多少不安を抱きつつも、テントを張らせてもらう。いいなぁ、一人用の黄色いテント。・・・へへへ。
IMG_6876.jpg (将監小屋のテント場)

お昼のスパゲッティを食べて、一休み。”周辺をうろうろ”は、和名倉までは行けないものの、その途中、東仙波まで行ってみることにした。11時に出て、地図のコースタイムだと往復で3時間25分。空模様を見ながら、行動した。
IMG_6879.jpg (東仙波に出かける。上から小屋を見下ろす。テントも見える)

和名倉は、高校1年で、山岳部顧問にだまされて、いや、勧められて登った山。今、和名倉から南側、山ノ神土までの道は、山と高原地図では実戦の道になっている。高校の時は、山頂の南側だって苦しんだ。当時、地図の表記がどうだったか覚えていないが、今はきっと良い道なんだろうと思って行ってみることにした。

あれ? 山ノ神土から山腹を巻いて尾根道をめざす間、ずっと笹藪の藪こぎ、酷いところは両手を使って笹藪の中を泳がないと、前に進めない。見えない足下には、いろいろな罠が一杯。谷側の笹藪は、笹藪だけで足場がない。ずいぶん時間を使っているように感じて、少し焦る。昔の記憶と変わらない。
IMG_6881.jpg (やっと笹藪の藪こぎから解放されそう)

尾根からは、リンノ峰の西側を巻き、西仙波のシャクナゲのトンネルをくぐって、東仙波に続く開放的な稜線に出る。東仙波では、時間的にはずいぶん余裕があった。和名倉まで行ってみたい思いもあったが、なんだか足が気持ちに逆らっている。「疲れた」って。雲の量も増えてきているし、将監小屋に帰ってゆっくりすることにする。
IMG_6882.jpg (西仙波の前後はシャクナゲのトンネル)

IMG_6883.jpg (東仙波に向かう明るい稜線)

IMG_6885.jpg (雁坂嶺の向こうに三宝、甲武信、木賊)

IMG_6886.jpg (東仙波)

IMG_6887.jpg (西仙波の向こうは唐松尾山か)

大きな失敗をした。サブザックに必要なものを入れ替えたとき、ココヘリを忘れた。私が遭難したら、ヘリは将監小屋からの信号をキャッチするだろう。

帰りも同じ藪こぎに手こずって、山ノ神土でホッと一息。将監峠から下りるとき、上から自分のテントを見つけて、なんだかとても嬉しい。依然、他にテントなし。テントの前にシートを敷いて昼寝、目が覚めたら一杯やる。日差しは出たり、雲に隠れたり。「頑張れ雲!」と応援する目の前をトンボが飛び交う。
IMG_6893.jpg (シートを敷いて昼寝をしてたら、焼けてしまった)

IMG_6892.jpg (寝っ転がったら、空にトンボ)

日が西に傾き始めたら夕食の準備。晩ご飯はうどん。小屋の豊富な水で十分冷やして、つゆをかけて食べる。水が良いから、とてもうまい。つまみのサバ缶がなくなる頃、酒も終わる。一度峠まで上がって周囲を見下ろし、下りるときにはヘッ電をつけた。

テントに戻って寝る。

《21日》
日をまたいだ頃から、時々目を覚ます。とりあえず、眠れた。ヘッ電なしで歩ける時間には出かけたい。5時くらいだろうか。

3時半、テントから顔を出すと、満天の星。圧倒される。いつ以来だろう。何十年ぶりだろう。テントから出て星を見たり、中に入ってまた見たり、トイレに行っても星がきれい。

4時頃、気がつくと真っ暗じゃない。朝食は野菜入りの春雨スープ。それだけで身体を覚まし、アルファー化米にお湯を注いで、ワンピッチ歩いてから朝カレーを食べることにする。スープだけで撤収にかかる。食材は消費しても、朝露に濡れたテントは昨日よりも明らかに重い。

5時前、まもなく日の出って時間にテント場を出る。峠に登って、山ノ神土に向かう途中で山の端から朝日を拝む。唐松尾山に向かう途中にある分岐から、展望ポイントである西御殿岩をめざす。すでに、朝のクリアーな富士山は見た。湿気の多い中、いつまで富士山の姿を見ることが出来るか。
2020821_200821_3.jpg (山ノ神土に向かう途中で朝日がさしてくる)

2020821_200821_2.jpg (富士山の見え方も、なんだか奥秩父らしい)

西御殿岩に向かう道は、まさに奥秩父を思わせる、原生林と苔むした急斜面。異世界の雰囲気に少々気圧されるが、気を取り直して先へ進む。急斜面の巻き道が尾根に出ると、今度は岩場を登る。角の立った岩場で、根っ子と合わせてホールド、足場に苦労はない。

登り切ると、すごい景色が待っている。なんだか回り灯籠の、真ん中に自分がいるみたい。山が深いな。山だらけの中に、ぽつんと自分が取り残されているよう。なかでも、和名倉の大きさに圧倒される。
IMG_6901.jpg (西御殿岩より 和名倉山が大きい)

IMG_6902.jpg (西御殿岩より東方を写した写真 一番奥の独立峰が気に掛かる。もしかして・・・)

IMG_6903.jpg (西御殿岩より 端正な大菩薩と富士山)

IMG_6904.jpg (西御殿岩より 右下の影はイカじゃありません。私です)

IMG_6905.jpg (西御殿岩より 南アルプス)

分岐に戻って、唐松尾山をめざす。西御殿岩から登り下りもそうだけど、唐松尾山から笠取山の間は、何度かやせ尾根の急な登りや下りを越えた。いい歳だから、ちょっとした転倒が大事につながる。荷物が重いと、なにかと身体が振られる。慣性の法則というのは、怖いものだと感じた。ゆっくり、慎重にと言うのが、技術なんだと思った。
IMG_6908.jpg (唐松お山の山頂は、こんなところ。展望はないけど気持ちいいところだった)

IMG_6913.jpg (唐松尾山から少し行ったところから 南アルプスに雲が拳固を突き上げる)

笠取山にピークが二つあるのは、覚えてなかった。笠取小屋から例の、意地悪なくらいの急な登りの上のピークの方が広くて景色がいいが、その一つ東のピークの方が標高は高いそうだ。山名の標示は、双方にある。富士山は、そろそろ空の中に融けてしまいそう。笠取よりも西側に続く主稜の山々を写真に収めて、下山する。笠取山からの急な下りには、スパイクを使った。
IMG_6915.jpg (笠取山東峰より 富士山、いよいよ融けちゃいそう)

IMG_6916.jpg (笠取山西峰より下山路を見下ろす。なんだか真下に下りるみたい)

2020821_200821_0.jpg (下まで下りてくると、こんな感じ)

IMG_6922.jpg (ちょっと上から見たら、人が遊んでいるのかと思った)

大きなハプニングが一つ。作場平に下りたら、数台の車が止まっている。先着の肩から声をかけられ、しばらく帰れないという。林道を青梅街道に戻る道が、工事をしているという。工事は朝8時半から夕方の4時までで、それまで通れない。もう一方の道は、台風19号による崩落以降、まったく通れなくなっているから、工事が終わらなければ、帰れない。

11時半に下山したっていうのに、ここで4時間半待ちになってしまった。昼寝して、川に下りて冷たい水に浸した手ぬぐいで身体を拭いて、濡れたテントを干して、本を読んで過ごした。

この山行で歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

越生の山で足慣らし

孫が、小学校に上がる年だったんだ。

それが感染症の蔓延で、6月に入ってから、入学式もないままに小学校生活が始まった。時に、式典なんかには意味がないという意見の人もいるけど、私はそうは思わない。けじめをつけるって言うのは、とても大事なこと。孫にとっても、孫の親にとっても。

始まりが遅かったので夏休みが短くなった。孫の夏休みは、8月1日から14日までの2週間。15、16日の土日を入れて、16日間。

それを聞いたらとても可哀想になって、休みの間、合計で7日間、下の保育園児ともども預かった。山にセミを捕りに行ったり、川遊びをして過ごした。川で釣りを教えようと思ったんだけど、下の保育園児がいるため、釣りに適した場所には行けなかった。それでも、沢ガニ、ドジョウ、ミズスマシなどを捕まえ、川に即席の池を作って、そこにはなして遊んだ。川で水につかって遊ぶ面白さは、伝わったと思う。

この間、孫がうちに遊びに来られる日が分からなくて、霧ヶ峰に一度行ったきりで、あとの予定を立てられずにいた。それも16日で終了して、孫の2学期が始まった。

さっそく、・・・と思ったものの、なんだか山スイッチが入らない。19日には遠出をしようと思ってたんだけど、昨日(18日)は準備をする気になれないまま、酒を飲み始めてしまった。飲み始めて、自分を叱った。「こんなことではいけない!」

とりあえず、翌19日早朝、近くの山を歩いてみることにして、そのまま飲み続けた。

案の定、起きそびれた。自宅を出たのが5時。これでは朝日に間に合うはずがない。いや、もう日の出の時刻。越生の役場に着いた頃には、すでに日は登っていた。
1_20200819103351b3b.jpg (待ちをに下ろせるところまで来た。朝日とは言え、すでに熱を感じる)

2_202008191033523cf.jpg (無名戦士の墓まで上がってきた。今日も暑くなりそうだ)

最初の1ピッチで30分ほど歩いて西高取山。おむすびを食べ、水分補給。すでに汗が噴き出している。風がない。・・・帰ろうかな。

これで帰ると、夏場、山に登れなくなりそうなので、もう少し頑張ることにする。森に入ると、少しひんやりして、気持ちいい。なんとか大丈夫そう。大高取山をめざす。何度か現れる急な登りを越えるたびに、弱気が消える。大丈夫そう。大高取山で朝ラーメンを食べ、今日はこれで引き返す。高取山経由で、役場に下山。2時間ほど歩いた。
3_20200819103354bcf.jpg (さっきより気温は上がったはず。だけど、今の方が爽快感がある。問題は私にありそう)

帰って明日の山の準備をする。

そうそう、この時期、低山では、ストックは足下につかない。常に身体の前に、刀のように構えて、蜘蛛の巣を除去する。下りた頃には、蜘蛛の糸が層になってストックにまとわりつき、ネバネバしている。

町まで下りてきたら、小中学校の登校時間だった。孫は、元気で学校に出かけたろうか。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

霧ヶ峰だから霧でも仕方がないと思ったが

ひと月、山に行かなかったのは、とても久し振り。

原因は複合的なものだけど、基本的には、よく雨が降った。豪雨災害が発生した地域、特に被災した人たちには、心からお見舞い申し上げます。亡くなった方、親しい方を失った方はお見舞いの言葉もありません。仏壇の前に座ったとき、祖先に手を合わせると同時に、どうぞ、どうぞ・・・って、気持ちだけなんですけどね。

それからやっぱり、感染症ね。Go To トラベル以降、数増えてるしね。しばらくは、マイカー登山を続けよう。

この間、一度、姪から甲武信に行こうって誘われた。7月後半の連休の終わりあたり。でも、4連休は、ずっと孫のお世話。

豪雨と感染症と孫。孫は、豪雨や感染症レベル。

今シーズンから、テント泊登山を始めようと楽しみにしていたのに、山小屋のテント場は、山小屋が営業してれば使えるけど、営業してなければ使えない。いつも以上に、下調べが必要。めんどくさい。

登山口近くのキャンプ場を使うのもいい。ベースキャンプ方式でも良いし、前の日に入って翌日登山でも良い。ただ、それにマイカー登山をくっつけると、・・・ああ、めんどくさい。

前日入山で、そこに帰ってくるなら、そこが駐車場でもいいということになる。つまり、車中泊。ということで、今回は車中泊登山。

場所は、霧ヶ峰。車山の肩の駐車場に車中泊して、翌早朝から、あの稜線や湿原を楽しみたい。天気の良いところを狙いたい。5日、6日が最高みたいだと思っていたら、孫が来る。9日、10日も来る。14日、15日、16日も来る。

やむを得ない。晴れじゃなくてもいい。雨じゃなければ行くと決めたのが3日夕出発で、4日登山。当初、そんなに良い予報じゃなかったんだけど、当日になったら雨マークが消えた。

行く日になってから、一日かけて山の準備をすれば良いってのも楽。暗くなってから山道を運転するのは嫌だから、明るいうちに着きたい。ゆっくり準備して、3日夕方、16時に家を出る。上信越道を使って、だいたい3時間。この時期なら7時でもまだ明るい。

到着は18時45分。まだ明るい。梅雨が明けて本格的な夏。夏らしい夕立があって、その後も、空には雲がかかっている。暗くなっても星はない。

準備してきたおむすびとカップうどんで、一杯やる。時々、ビーナスラインを走る車を見送る。霧が出てきて、遠ざかる車のテールランプが霧に写って、ぼうっと赤く浮かび上がる。

1台入ってきたと、心強く思っていたら、しばらくして出て行ってしまった。そうなると心細い。鹿が鳴き始めた。「キュッ、キューウ」と、なにか私を威嚇しているかのよう。・・・なんだか、怖楽しい。

4日、3時半起床。車中泊って、何でもなく、よく眠れた。酔いは、残ってない。霧が巻いている。視界が悪い。日の出は5時前。とりあえずそれに合わせて出かけるか。朝ごはんはアルファー化米をカレーで食べる。車山でも、その先でもいいや。お湯を注いで、そのまま準備して出発。

やっぱりどうも、霧だなぁ。霧ヶ峰だから仕方がない。山頂についても案の定。いきなりレーダードームが目の前に現れてビックリ。しばらく待つが、晴れそうな気配もない。日の出時刻も十分すぎたので、先へ進む。
IMG_6808.jpg (日の出時間帯を過ぎた。あきらめて先へ)

IMG_6813.jpg (車山乗越。なんだか期待できそう。・・・この期待は裏切られました)

IMG_6820.jpg (再びガスに巻かれている。身体が濡れてきそう)

南の耳、北の耳を経て、八島が原湿原に向かうコース。途中、殿城山、大笹峰による。朝カレーご飯を食べたのは、南の耳に向かう稜線上。道沿いの岩に腰掛けて食べたけど、早い時間なので、誰もいない。
IMG_6822.jpg (殿上山をピストンし、稜線に戻る。南の耳と北の耳)

南の耳から北の耳に向かう下りはとにかく滑った。転倒1回。未遂3回。濡れて滑りそうな土に気をつけて、石に足をおいても、石ごと滑る。

ようやくこのあたりで、なんだか向こうが見えるような見えないような。どうやらあれば蓼科山。あれが見えれば八ヶ岳も・・・。北の耳に付く頃には、本当に赤岳あたりまで見えてきた。青空もある。だけど、それは、八ヶ岳の上あたりまで。・・・こっちまでは無理かな。
IMG_6824.jpg (南の耳から見えた。あれは・・・)

IMG_6826.jpg (北の耳より。ようやく雲があがってきた。ここからの蓼科山は存在感の塊)

IMG_6827.jpg (大笹峰に向かう稜線から 八ヶ岳南部の山も見えてきた。ただクッキリ見えたのはこの時間帯だけで、最後に車山に登り返したときは、頂上部は雲に隠れていた)

大笹峰を確認してゼブラ山に向かう。途中、南の耳の、笹の広がる斜面が美しい。北の耳ごしの蓼科山もいい。この日はじめて車山も姿を見せた。急激に天候が良化している。八島が原湿原に向かう。
IMG_6831.jpg (北の耳ごしの蓼科山)

IMG_6832.jpg (南の耳と、この日はじめて姿を見せた車山)

とてもよかった。花ってこんなにも可憐なのか。蝶々ってこんなにきれいなのか。・・・でもね、名前を知らないんだ。それらのいくつかには、名札がつけられたものもあった。いくつか覚えたつもりなんだけど、今回は、きれいな花ってことで勘弁。
IMG_6833.jpg IMG_6835.jpg
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IMG_6840.jpg IMG_6843.jpgIMG_6838.jpg IMG_6841.jpg

ここで、晴れた。気温も確実に上がった。

八島が原湿原を抜けて、もう一度、稜線をめざす。途中、日差しが強くなったので、帽子を宮笠にかえる。蝶々深山って、ミヤコ蝶々みたいな名前の山をめざす。途中、1792mのピークに出る。蝶々深山と南の耳の稜線が見える。蝶々深山から八島が原湿原に向かう道は、南の耳の山腹を巻いている。このピークに来る人は、まずいないようなので、ここでお昼にした。キャベツ、もやし、卵いりラーメン。卵が入っているだけで、文化を感じさせられる。
IMG_6846.jpg (蝶々深山に向かう)

IMG_6847.jpg (まずは、1792ピークへ)

IMG_6848.jpg (1792のピークから見た蝶々深山と車山。時々、物見石へ向かう人が見える。こちらに来る人はいないようなので、ここで野菜たっぷりの卵入り塩ラーメン)

IMG_6849.jpg (山彦尾根の向こうに蓼科山)

IMG_6853.jpg (空と雲と蓼科山と山彦尾根と登山者)

IMG_6851.jpg (南の耳を巻く道に登山者)

IMG_6850.jpg(八島が原湿原を振り返る)

IMG_6854.jpg (蝶々深山山頂から車山)

IMG_6856.jpg (蝶々深山に向かう登山者)

蝶々深山を過ぎると、そのまま車山の肩に向かう道が見える。どうしようか考えたが、もう一度、車山に登ることにした。時間にゆとりがあるし、晴れてたらどうなのかも見たい。

結果的に、疲れた。南八ヶ岳は山頂付近は雲がかかっていた。でも、今日歩いた全体像が確認できたのは、良かったかも知れない。
IMG_6859.jpg (朝、深い霧におおわれた山頂も・・・)

次は、どこに行こうかな。・・・その前に、孫を川に連れて行く。釣りを教えるんだ。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

兄・姪と一緒に両神山

先日、奥武蔵タタラノ頭で偶然あった兄から連絡が来た。日曜日に姪と両神に登るから、一緒に行かないかと。「おっと、日曜日の百名山」と思ったが、断る理由もなく同行することにした。

連絡をもらったのは土曜日の夜。NHKの《ウイルスVS人類》を見ながら一杯飲んでいるところだった。“ながら”を一つ追加して、山の準備。おむすび作って、水分準備して、ザックに詰めて・・・、そして、早めに寝た。

約束では秩父の実家に朝の5時。自宅を3時45分に出る。高速使って、制限速度を守って、約束の時間には実家に着いた。実家は、石灰岩の採掘で削られてしまった武甲山の北面が一望できる場所にあり、子どもの頃、縁側に座って登山者を探して喜んでいた。昨年のお盆以来になるが、久し振りに来ると、山の威圧感がすごい。削られる前は、もっとすごかったのかな。

そこからは兄の車で、日向大谷コースの登山口両神山荘に向かう。6時少し前に到着し、身なりを整え、軽く体操をして出発。なんとなく、兄、私、姪という順になる。
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夕べ確認したときは、昼過ぎには晴れるという予報だったが、一夜明けて、一日中曇りという予報に変わった。ただ、雲は低くない。途中、薄日が指すこともあり、展望は行ってみないと分からない。
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縁のあった高校のワンゲルには、新たに専門の顧問が就いたと言うことで、今年から同行は遠慮した。それもあって、人と一緒に歩くのは、先日の兄との“遭遇”を除けば久し振り。もちろん、姪との同行ははじめて。山にはまってずいぶん歩いているという話は聞いていたが、両神特有の、急斜面の細い道も、危なげなく歩いていた。
両神山_200705_9

梅雨のさなかの両神だから仕方がないが、岩も根っ子も濡れていて、思いもよらないスリップをしないよう気を使った。また、川は増水しているので、度々出てくる徒渉では、慎重にルートを選んだ。清滝小屋の上にある岸壁が滝になっているのは初めて見た。荘厳な風景だった。
両神山_200705_10

両神のきつい登りや、ヒヤヒヤさせられる稜線も、近しい者と声をかけながら歩くのは、やはり楽しい。
両神山_200705_16

清滝小屋からのきつい登りを終わり稜線にでる。樹林越しに見える風景は、あちこちに雲が湧いているものの、雲海の上に稜線を見せている場所もある。鎖場を慎重に越し、神社でおむすびをエネルギーにして山頂に向かう。
両神山_200705_13 (やはり、秩父では狼) 

両神山_200705 (ここまで来たぞ!孫悟空) 

依然、曇り空であるが、雲は高い。雲は二層あり、高い雲を背景にして、雨に洗い流された稜線をクッキリ見せてくれているところもある。低い雲が山裾や街を隠しているところもある。帰りはあの雲の中に入ることになるかも知れない。
両神山_200705_14 (正面に雲取。和名倉がでっかい。

両神山_200705_15  (赤岩尾根がゴツゴツだな)

混雑しているわけではないので、山頂でお昼にする。兄たちは、家で取れた野菜と味付け肉で鍋だそうだ。私もラーメンを食べたあと、お裾分けをいただいた。

徐々に登頂を果たす人が重なってきた頃、お昼を終えて下山にかかる。お昼を食べながら話した。最近の登山者には二種類いて、12時までには山行の決着をつける人と、12時頃に山頂でお昼を食べようとする人。どうやら私たちは3人とも前者だったが、下山途中、後者の人たちと数多くすれ違った。清滝小屋の上であった人には「頑張って」と声をかけられたが、清滝小屋の下であった人には、心配になって、声をかけるのがはばかられた。

なぜかというと、すでに、さっき見たであろう雲海に突入していて、周囲は薄暗い。おそらく、山頂に到着するのは13時を過ぎる。休憩を取っていれば、下山は16時を過ぎるんじゃないだろうか。12時台で、森の深いところでは、足下がおぼつかないほど暗くなった。人ごとじゃないと思ったが、沢筋を歩くあたりからは明るさを取り戻して、安心した。

途中、姪からもらったみかんがおいしかった。果物を持って歩くなんて考えたこともなかったが、私も持って行ってみたい。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

有間山に行って長沢背稜を眺めてきた

梅雨の貴重な晴れ間。今日(7/2)は、奥武蔵の真っ只中、有間山に出かけてみた。3日前、赤城山では寒くて凍えたが、今日は暑くってへたばった。

朝、東松山の自宅を5時過ぎに出て、車で名栗の名郷に向かった。車で山に向かうとき、かつての私は、早朝の取り締まりがないことをいいことに、かなり飛ばした。今は、飛ばさない。ゆっくり行く。時間には、追われない。

名郷についたのが6時半過ぎくらい。私より早い人がいて、車が2台止まってる。身なりを整え、軽く体操をして、出発する。

まずは名郷から蕨山に登るが、このコースは昨年の夏に歩いた。林道を20分ほど行き、そこから山道に入る。尾根筋までは、ひたすら急登を我慢する。なんか足が重い。「3日前の疲れが取れてないのかな」なんて考え始めた頃に、ようやく尾根に上がる。

尾根に上がればいいってもんじゃなくて、ここからも急登の連続。ただ、尾根に上がる前と比べれば、変化があるのが、・・・嬉しいというか、なんというか。途中からは、「おいおい、いい加減にしろよ」と言いたくなる頃、蕨山にたどり着く。
IMG_6787.jpg (ロープがかかった登りは2カ所。それ以外にも急登が繰り返し、繰り返し、・・・繰り返し)

IMG_6788.jpg  (なんだか日差しはあるんだけど、ガスが広がり始める)

IMG_6792.jpg (ギョリンソウかな) 

朝、家を出たときは曇り空だった。名郷についた頃は青空が広がっていた。登り始めた頃は晴れていたんだけど、途中、気がつくと、なんて言うんだろう、未明までの雨で山が持っていた湿気が、日に照らされて湧き上がり、ガスになって山を取り巻いている感じ。
IMG_6794.jpg (ガスに巻かれそう) 

蕨山の展望台は、完全に真っ白け。

望みは捨てない。今日のメインは、コース後半の長沢背稜のながめ。きっと晴れる。晴れて下さい。

まあ、そうお願いしつつ、鞍部に向けて下る。案の定、ガスが動き始める。頭上に青空が現れる。春セミの声に包まれつつ橋小屋の頭に向かう。ただ、橋小屋の頭は、いい加減にしろというような登りの先。・・・またかよ。
IMG_6797.jpg (この山全部が有間山ということかな) 

橋小屋の頭には、《有間山》の標示もあった。まあ、この辺が有間山ってことでいいんだろうけど、この尾根筋の最高標高、1213mのタタラの頭まで行ってくる。ただ、周囲の展望が開けるところはないので、お昼の休憩は、その先にする。
IMG_6796.jpg (その後、ガスは晴れたが、タタラノ頭までは展望なし) 

橋小屋の頭に戻って鳥首峠に向かう。この間の道はいい。途中からは、長沢背稜と正対。もう、見放題って感じ。それを見ながらのお昼ラーメン。
IMG_6799.jpg (浦山から長沢背稜に向かう仙元尾根がクッキリ。左手に蕎麦粒山、少し右手には三ツドッケ)

IMG_6800.jpg  (三ツドッケや大平山に向かう尾根が、筋肉のように盛り上がる)

IMG_6801.jpg (ショウジクボノ頭)

IMG_6803.jpg  (滝入ノ頭)

ただ、長沢背稜と分かれて暗い森に入ると、ガレた急な下りが始まる。下りきると痩せ尾根をたどって、再度、ガレた下り。

登りにしても下りにしても、メリハリだけは自信あり。

実は、今日の山行では、特別なことがあった。橋小屋の頭からタタラノ頭に向かう途中で道を譲ってもらった人と、タタラノ頭で再会したんだが、・・・実の兄だった。本当に偶然の出会い。以降、一緒に名郷まで歩いた。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
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テーマ : 登山
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本




















































































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