めんどくせぇことばかり 山歩き
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またも鎌北湖周辺の山を取り止めもなく

県外はともかく、それなりに遠出してみようかと思ってたんだけど、朝起きたら、なんだか面倒くさくなってしまった。山の中を歩けば気持ちよくなるのは、分かってるんだけどね。

そんなわけで、また鎌北湖周辺で済ませてしまった。とにかく、鎌北湖第2駐車場に車を置いて、歩きながら考えればいいやといういい加減さ。

どうやら鎌北湖の工事は終わったようだ。とは言うものの、大谷木川の細い流れでは、水がたまるのはいつのことやら。鎌北湖の様子を見ながら、第1駐車場まで歩いてしまった。先週、この上の道を歩いたな。宿谷の滝には行ってないから、そっちに向かう。
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近所の方だろうか、遊歩道の入り口にあるトイレを掃除していた。気持ちよく山を歩けるのも、こういう方たちのおかげ。宿谷の滝はいつも通り、鮮烈に水しぶきを上げていた。


こうなると、物見山に上がるのか。ガレ気味の急坂を登ると、宿谷川を挟んで向こうには東三角山がモコモコしている。振り返り気味に北東方向を見ると、白い山々がかすかに見える。日光だな。
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物見山から北向地蔵に向かう。まずい。北向地蔵に行ったら、そこから先は、先週歩いた。どうしよう。同じ道でもいいかと、北向地蔵から愛宕山に登り、向こうに下りたら、グリーンラインを何人かの人が歩いている。人がいるんじゃ遠慮して、愛宕山に登り返して、鎌北湖第2駐車場に向かう。

IMG_9962.jpg (鉄塔84号下から。最近、あちこちで伐採が進んでいる。ここは、とても見通しがよくなった)

これで終わりでいいかな。だけど、お昼食べてない。お腹も空いてきた。時間は10時を過ぎている。お昼を食べに、またいつもの蟹穴山の展望台に行く。

前を人が歩いている。分岐を左へ、蟹穴山の近道と同じみちさと峠方面に行く。じゃあ、私は右へ、十二曲峠から蟹穴山を目ざす。


IMG_9969.jpg (シャガが咲き乱れる、十二曲峠への登山口)

IMG_9966.jpg (お邪魔します)

十二曲峠を経て、誰にも合わずに蟹穴山の展望台に至る。おむすびとラーメンでお昼にする。ここは、お昼を食べに来る価値がある。
IMG_9971.jpg (鎌北の分岐から五六を見上げる。五六はゴーロに漢字を当てたものだろうか)

この日歩いたのは、以下のようなコース。

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鎌北湖周辺の山々をめぐり、ツツジの様子を見てきた

桜が早かった。

近所の物見山では、ツツジも早く、すでに主役は完全に交替した。近隣でツツジの名所と言われているところは、すでに盛りを迎えている。こうなると、山ツツジも早いのではと心配になる。私が楽しみにしているのは、鎌北湖周辺のツツジ。

鎌北湖から流れ出す大谷木川という川がある。大谷木川は、越辺川と合流し、後に高麗川、入間川と合流して荒川と一つになる。

その大谷木川の右岸を、鎌北湖まで向かう尾根に山ツツジがたくさん咲く。昨年は4月26日に訪れている。2週間以上早いが、心配なので出かけてみた。

先日、4月6日の山歩きから、地下足袋を履いてみた。もう十分地下足袋で歩けるくらい温かい。ツツジも咲いているかもしれない。

結論から言うと、早すぎた。飯森山から鎌北湖に向かっても、ほとんど咲いていない。登山道からうかがえるのは、本の4~5株しかなかった。少なくとも、1週間以内に見頃を迎えることはまずない。

ただ、今日は、鎌北湖を囲む山々をぐるっと歩き、最後は大谷木川沿いを、車を置かせてもらった毛呂山総合公園まで戻る。その間には、いくつか、気の早いツツジを楽しむことができた。

IMG_9926.jpg (鎌北湖東から鉄塔86号に上がり、少し行ったところを右に行くとこの景色が出てくる。
正面右手の伐採地が蟹穴山展望スポット)


IMG_9930.jpg (北向地蔵上、愛宕山の展望スポット  奥多摩三山は見えるが、富士山は見えない)

IMG_9932.jpg (スカリ山山頂 武甲山から大持山に武川岳。長沢背稜は、この角度では重なってしまって分かりにくい)

蟹穴山の展望スポットは、かつては鉄塔が建っていたところで、伐採されている。地図によっては、蟹穴山と表記されるが、本来は、“蟹穴沢の頭”の方がふさわしかったろう。
IMG_9939.jpg (蟹穴山の展望スポットまで来ると、長沢背稜が分かりやすくなる。スカリ山からの距離は1km程しかないのに、面白いものだ)

IMG_9940.jpg IMG_9941.jpg (三ツドッケと蕎麦粒山。三ツドッケの前をさえぎるのは仙元尾根だろう。さらには、川苔山と、左手が棒の嶺)

山桜も、まだまだ見頃だった。ハアハア喘ぎながら登っているとき、ふと足元の花びらに気づき、見上げると青空に山桜、・・・なんていい気分だろう。

大沢山の手前では、右側斜面から風が吹き上げる。吹き上げてくる風に、チラチラ何か交ざってると思ったら、これが花びら。梢をすかすと、さきに山桜が花をつけている。花が吹き上げられていた。

IMG_9946.jpg IMG_9948.jpg (道に花びらを見つけ、上を見ると山桜)

十二曲峠から下ると、そこでも山桜に気づいた。しかしその周辺、木々の根元が黒く焦げている。その奥も黒い。道の反対側にも焼けたあとがある。ほんの数平方mとは言うものの、これは焚き火じゃない。山火事のあとだ。昨年6月にここを通っているが、その時には気がつかなかった。

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なんでこんなところで燃えたんだろう。なんでこれだけで消えたんだろう。

ゾッとした。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

地図


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龍ヶ谷の山桜、花立松ノ峠からの花の山

ソメイヨシノは散ってしまった。

私の感覚では、山桜は一週間遅れ。前から龍ヶ谷の奥に、大きな山桜があるのは知っていた。だけど、山だけに、見頃の見当をつけるのが難しい。いや、行ってみないと分からない。

龍ヶ谷の奥に行くなら、そのまま飯森山にあがって見よう。山と高原地図に書かれている“フウリンツツジ”を見てみよう。飯森山へは舗装の梅本林道は使わずに、おそらく、ずいぶん前の伐採のために使われた林道を上がって見よう。

帰りは関八州見晴台から花立松ノ峠を経て日照水から黒山に帰る。途中、右手の斜面が、今まさにきれいなはず。これも楽しみだな。

最初、逆コースを考えていた。梅本林道は昨年秋に歩いて、かなり上に行ってから通行止めで、予定変更を迫られた。今もダメなら、羽賀山経由で下山しようと思っていた。念のため、今回は事前に役場で確認した。徒歩なら大丈夫と言うことだった。だったら、未確認の梅本から飯森山に上がる道を後回しにしたくないので、先に龍ヶ谷を歩くことにした。

車は黒山の熊野神社のところにある越生町の駐車場に置かせてもらった。コンタクトレンズの具合が悪く、目を触っているうちに取れてしまい、今日は眼鏡で歩くことにした。あまり暑くないから大丈夫だろう。

龍ヶ谷は気持ちいい。今年、熱くなったら、沢を歩いてみようか。進んでいくと、昨年秋と同じ、梅本の集落との分岐のところで道を塞いでいる。閉鎖をまたいで先に進むと、山桜の分岐に至る。しっかりした道標が立っている。


IMG_9892.jpgそこに至る途中にあった“石積み堰”

昭和21年の集中豪雨による土砂災害が龍ヶ谷川上流で発生。その防災対策として昭和26年に竣工された、町内最古の砂防ダムで、伝統的な石積み工法で作られた、貴重な土木遺産だそうだ。


分岐から300mとあるが、その先には400mとある、途中までは伐採用の穏やかな道、ラストの200mはすごい急登になる。

道に山桜のものと思われる花が落ちている。木を探してみると、大きな木がある。あれかと思い、周囲を見渡すと、その奥にもある。そこまで行くと、さらに奥にもある。登り詰めると周囲を囲った木がある。そこまで頑張ろう。

県内3番目の山桜だという。・・・大したもんだ。スマホの動画を撮ったら、やり遂げた感一杯になって、写真を撮るのを忘れた。

ここからは野末張展望台に行かず、伐採用の道で飯森山を目ざす。いったん、舗装道路にでるのだが、山と高原地図では、そこまでは破線になっているものの、良い道ではないが、確実ではある。
IMG_9895.jpg障子岩の名水

おいしくいただきました。
IMG_9898.jpg障子岩

上下50m、左右56m。障子を立てたような形状から「障子岩」と呼ばれる。岩壁の面全体が断層運動によって磨かれた断層鏡肌だそうだ。岩は火打ち石に使われたチャートで、放散虫と呼ばれるプランクトンの化石からできていて、今から2億2千万年前は深海底にあったという。

飯森山のフウリンツツジは、苦労してたどり着いたものの、ようやく葉が出始めた段階だった。まあいいや、そのうちまた来よう。大変行儀が悪いのだが、おむすびを食べながら、呑気に関八州見晴台に向かう。
IMG_9901.jpgこの日の予報は晴れだった。天気の回復が遅れたようだ。それでも朝確認したときは、8時には晴れるはずだった。それが10時半を過ぎて、ようやく晴れた。

関八州見晴台でお昼にして、花立松ノ峠を経て黒山を目ざす。途中、花立松ノ峠から少し行ったあたり、右手斜面は思った通りの素晴らしさ。
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下山後、越生黒山の三つ葉つつじ園に立ち寄った。これまた美しかった。
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この日歩いたのは、以下のようなコース。地図

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八徳の一本桜を見に、山を越えて

昨年は4月7日に八徳の桜を見に行った。

どうも今年は、花が1週間ほど早いみたい。できれば散り際を見たいと思ってるんだけど、狙いすぎて葉桜じゃ元も子もない。昨日、地元、東松山市岩殿界隈を回ってみたら、やはり散り始めている。どうも、小学校の入学式までは持ちそうもないな。

土日は出歩かないとして、来週は天気が思わしくないようだ。そんなわけで、今日、木曜日に行ってきました。

黒山バス停から少し三滝側のところにある、越生町の観光駐車場車を止めて出発。まだ通行止めが解除されてない傘杉峠に向かう。

一昨年の、台風19号の3日後、台風の影響をあちこち見て回って、傘杉峠から下山した。大崩落した場所は、まだ土砂が水を含んでいて、そこを通過するのが大変だった。徒渉地点の橋は全部流されていて、川岸が削り取られていたので、高巻きして薮をこいだ。下山してから、役場に情報提供をしたら、通行止めになった。

その後、3度ほど歩いてみた。大半、危険箇所はない。藤原入の水はきれいだし、花も咲いている。
IMG_9838.jpg IMG_9836.jpg (ひとりしずかが咲いていた。何度も通った道だけど、ここで見たのは初めてだ)

IMG_9840.jpg (なんだか表情があるみたい。・・・舞台を見ているかのよう)

大きな崩落があった場所は、下から行くと、崩落地点に下りるところを塞いでいた木がカットされているので、そこから下りればいい。3mほど下りて登るのだが、晴れていれば問題はないが、ぬかるんでいたら大変だろう。

少し手前から左手に踏み跡がある。そちらに行くと、そのまま崩落地点に入り、向こう岸の下の方から急坂を登る道も、薄いながらついていた。そっちの方が良いかもしれない。

歩くたびに、踏み跡が濃くなっている感じがする。それでもあの台風の前に比べれば道が荒れている。危険とまでは言えないが、問題があるとすれば、徒渉地点と崩落箇所なので、現状であれば、むしろ整備してしまった方がいいと思う。

通行禁止区間を歩くんだから、批判的なご意見もあるだろう。当然だと思う。だけど、土砂が水を含んでいたときはともかく、その危険がなくなれば、通行止めで放置すれば、道は荒れるばかり。今は手すりがついたけど、“危なさ”を比較するなら、大平山コースの方が危険。

さて、傘杉峠あたりから、朝は雲に隠されていたお日様が、時折顔を出すようになった。もうすぐ晴れてきそう。ゆっくり八徳に下りていった。

八徳は桜がなくても花がいい。歩いていても、心が弾んでいるのが自分で分かる。しょうがないね。いい歳になったって言うのに。

IMG_9842.jpg IMG_9846.jpg (一人だけ色白で)              (蕨が踊ってる)

IMG_9848.jpg (プリマドンナ)

そうこうするうちにだいぶ下りてきた。あるカーブを曲がると、突然、見えてくるんだ。もうすぐ、もうすぐ。あそこを曲がれば・・・、ほら、見えた。

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あとから来た自転車野郎が、桜の下に止めた自転車の写真を撮って、また上に登ってきた。「桜のために下りてきたのか」と聞いたら、「毎年なんです。この急坂を登ります」と立ちこぎしていった。
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IMG_9862.jpg (ここから山道に入る。今年はこれが見納め)

桜は散り際だった。

帰りは、風影から顔振峠、雨乞塚でお昼にした。その後、大平山に向かう道から、坂尻方面に下山した。
IMG_9872.jpg (風影の集落を、少し上から)

IMG_9875.jpg (顔振峠上の雨乞塚からの景色。右手前から鼻曲山、鉄塔の向こうが椎の木山、さらに向こうに桂木山。遠方は霞む)

傘杉峠への道がいまだに塞がれているので、顔振峠に向かうには、大平山を経由するこの道を使うことになる。そのためだろうか、役行者像の少し上に岩が露出したトラバースがあるが、切り出した木で手すりがつけられていた。

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ここは、黒山にある渋沢平九郎自刃の地。右の石碑には、「自刃岩」とある。そこに座って腹を切ったのか。そこにある木は「平九郎茱萸」といって、平九郎の血の色の実をつけるそうだ。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

地図

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慈光寺の桜を見に、・・・あとはおまけ

朝のトレーニングで痛めた膝の状態が、まだ回復しない。すでに2週間が過ぎているが、もうしばらくは、この程度の山歩きに抑える必要がありそうだ。

膝の状態が悪いとは言え、桜は待ってくれない。新たな場所の開拓は無理としても、慈光寺参道の桜と、八徳の一本桜は見ておきたい。

そんなわけで、今日は慈光寺に出かけてみた。

ときがわ町トレッキングコース駐車場に車を置かせてもらって、まだ歩いたことのない霊山院までの舗装道路を歩き、その先から山道に入り、金岳を越えて、七重の林道に出るところまで歩き、帰りは巻き道を使う。烏帽子岩に戻ったら、そこからは都幾山を経て、慈光寺観音堂の裏手に下山する。慈光寺からは、参道に植えられているいろいろな種類の桜を観賞しつつ、駐車場に戻る。

霊山院までの道にも、いろいろな花が咲いていた。曇っていても花はきれい。40分ほどかけて霊山院まで上がり、整えられた庭に、いつもながら感動する。つつじが咲く頃になると、ここは一段ときれいなんだよな。1ヶ月後にまた来ようかな。

IMG_9775.jpg (女人堂。ここから右の道を取れば慈光寺。左に行けば霊山院。左へ)

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花にせき立てられて、久し振りに曇り空の下を歩いた。晴れてないと、樹林の中って暗いな。暗いと、なんだか怖いな。

金岳を過ぎると、樹木が伐採されて、光が入って明るい林になる。伐採の際に、薮もかられたようで、このあたりにあったはずの山椒がない。下りになると、膝への負担が増す。スピードを出さないように、丁寧に歩く。

IMG_9789.jpg (なんという花だろう。調べても同じものが見つからない)

七重の林道に出たところで、少し戻って、また山に入る。例の、馬頭観世音を喰おうとする木のところから、今度は金岳に向かわずに巻き道を進む。
IMG_9786.jpg (何度か紹介した、馬頭観世音の石碑を喰う木)
烏帽子岩からは、都幾山に向かう。

最近、山に来ても、がっかりすることに出合うことが増えたような気がする。都幾山の山頂、伐採されて朽ちた木のへこみに、たばこの吸い殻が二本差し込んであった。嫌だなぁ。それから、今回の山歩きではないが、南に向いた山の斜面の木を切り払い、太陽光パネルが並べてある場所が、どんどん増えている。日本の山の持ち主さんは、山は自分のものだからどうしたっていいって考えてるんだな。

ニュータウン開発して、ゴルフ場にして、今度は太陽光パネル。

都幾山からの下山路。そこでも樹木を間引くような形での伐採が進んでいた。その際、やはり薮が刈り払われて、明るい林になっている。

慈光寺観音堂の裏手に下山。ここからは、いろいろな種類の桜を楽しみながら、ゆっくり駐車場まで歩く。

IMG_9790.jpg (慈光寺観音堂)

IMG_9794.jpg (慈光寺鐘楼)

今日の山歩きは、ここからが本番。登山靴は脱いじゃったけど。

IMG_9796.jpg (おかめ)

IMG_9798.jpg (小松乙女)

IMG_9800.jpg (ちょっと色づく小松乙女。つぼみの時は赤いのか)

IMG_9801.jpg (八重紅枝垂桜)

IMG_9802.jpg (八重紅枝垂桜)

IMG_9803.jpg (舞姫)

この日歩いたのは、以下のようなコース。

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高取山の山域にミツマタを見に

高取山の山域にミツマタが咲いているという山行記録を見せていただき、早速出かけてきた。

いつも通り、役場の駐車場に車を止めさせてもらい、出発。16日にはつぼみだったさくらの山公園の桜が、9日後の今日は見頃になっていた。そうなると、あちこちの桜をみにいかなきゃならなくなって、春は案外忙しい。

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(さくらの山公園)
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(さくらの山公園)
IMG_9757.jpg(さくらの山公園)
大高取山までは3月16日にも歩いているんだけど、その時にも思ったんだけど、登山道と周辺の樹木に整備が入っている。今日は、道にたまってた落ち葉まで掃き除けられていた。

朝のトレーニングで膝を痛めていて、膝に来ないように上手に歩く。これが案外おもしろい。上手に歩くことを追求すると、まずは心を整えなければならないことに気づく。なんだかな~。そんなことにも気づかずに、歳を取ってしまった。

IMG_9758.jpg虚空蔵尊に向かう道で)
IMG_9760.jpg (虚空蔵尊に向かう道で)
ミツマタが咲いているのは、虚空蔵尊からだいごうじ跡に向かう道らしい。大高取山から幕岩におり、だいごうじ跡への手前から虚空蔵尊に向かう道を進む。そうすれば、虚空蔵尊さくら公園の上に出るので、桜を楽しんでからミツマタを見に行ける。

咲いてる。咲いてる。虚空蔵尊さくら公園の桜も、まさに見頃。上からゆっくり、桜を楽しみながら、虚空蔵尊まで下りる。

IMG_9761.jpg (虚空蔵尊さくら公園)
IMG_9762.jpg (虚空蔵尊さくら公園 向こうに見えてるのは大高取山)
IMG_9763.jpg (大高取山をさくらで飾って)

虚空蔵尊からは桂木観音に向かう道を行き、桂木観音への道を左に見送って直進する。少し行くと、ミツマタの群生に行き当たる。こりゃ、かわいい花だな。何度も歩いている道なのに、知らなかった。人の山行記録見てると、本当に勉強になる。ありがたい。

IMG_9766.jpg (自然ボランティア管理棟からだいごうじ跡に向かう道)
IMG_9770.jpg (自然ボランティア管理棟からだいごうじ跡に向かう道)
IMG_9769.jpg (自然ボランティア管理棟からだいごうじ跡に向かう道)

だいごうじ跡までの登りはきびしいが、登り切るとそこにもミツマタが咲いていた。

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特別なものはなくても、今の時期は美しい。
IMG_9774.jpg (世界無名戦士の墓近くから) 

この日歩いたのは、以下のようなコース。

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花桃の郷から登谷山・皇鈴山

いい季節になった。

花を見に、あちらこちらほっつき歩いてこよう。まずは、大内沢に花桃を見に行ってくることにした。「行く?」って連れ合いに聞いたら、「行こうかな」って言うから、ちょっとコースを変えて、連れ合いでも楽に歩いて戻れるコース。

昨年は、中間平に車を置いて、釜伏山、登谷山、皇鈴山、二本木峠と縦走し、落合に下りて、花桃の郷経由で中間平に戻った。かなり距離があった。

今年は、花桃の郷駐車場に車を置かせてもらって、皇鈴山に登って、上から花桃の郷を見下ろし、花桃の郷に下山して、下から皇鈴山を見上げる。せっかく上まで行くのに、登谷山はどうしようかな。もったいないな。連れ合い、疲れちゃうかな。・・・歩きながら考えよう。

歩き始めて1時間ほどで疲れたと口にはしたが、表情には余裕がありそう。ゆっくりリードして、まずは登谷山に登ろう。

別荘の建ち並ぶ一帯を抜けて山道に入る。山道とは言っても、未舗装の林道。そのまま登谷山の肩に出る。そこからはコンクリ打ちっぱなしの、壁のような坂道。ただ、登谷山山頂からの景色はいいからね。その景色と行動食で、元気が戻った。

IMG_9722.jpg(上越の山)

ここからの景色は、山もいいんだけど、荒川がいい。山間を抜けて、関東平野に流れ出す様子がいいんだ。皇鈴山で食べるために、アルファー化米にお湯を注いで、登谷山を出発。
IMG_9720.jpg(山から平野に出て行く荒川)

30分ほどで皇鈴山に到着。秩父方面の山々が素晴らしい。懐かしいなぁ。アルファー化米は、私は“海鮮おこわ”で、連れ合いは“鳥ゴボウの炊き込みごはん”。今のアルファー化米は、素晴らしくうまい。見晴台に移動すると、花桃の郷が見下ろせる。

IMG_9728.jpg(皇鈴山山頂)

IMG_9729.jpg (皇鈴山から見た両神山)

IMG_9730.jpg(皇鈴山から見た甲武信岳)

IMG_9731.jpg(皇鈴山から見た和名倉山)

IMG_9734.jpg(見晴台に移動して花桃の郷を見下ろす)

股関節に来ているというので、皇鈴山からは舗装道路を下りることにした。一番上にある民家のあたりから、さっきまでいた皇鈴山の見晴台が見えた。

疲れもあったようだけど、一緒に郷を回って、色とりどりに咲く花々を楽しんだ。

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IMG_9749.jpg(さっきまでいた見晴台が見える)

IMG_9752.jpg右のピークが登谷山で左のピークが皇鈴山。あの稜線を歩いてきた)

平日だというのに、ずいぶん訪問者が多い。他県ナンバーの車もたくさんあった。こりゃ、土日は大変だろう。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

地図


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高取山の山域から大楠を見に行く

越生梅林の近くから、山道で上谷の大楠に向かう道がある。さらに、大楠から麦原峠に向かい、そこから山道で麦原入り口近くまでたどる道がある。まだ歩いていない、この二つの道を歩いてみる。

麦原の第二駐車場を使おうかとも思ったけど、越生町役場駐車場に車を置かせてもらって、高取山の山域から大楠につなげてみた。
IMG_9668.jpg (桜山公園まで上がったところの雪柳。夜明けからだいぶ経った・日の出は5時52分)

役場の駐車場は、まもなく始まるラジオ体操に、徐々に人が集まりだしていた。無名戦士の墓や、西高取山には、朝の散歩の方がいた。それ以降は、さすがに7時前ではまだ人はいない。大高取山までは歩き慣れた道。何でもない山道だけど、それだけでも気持ちがいいもんだ。
IMG_9671.jpg (そのままドライフラワーになってしまった)

IMG_9699.jpg (下を向いて咲く白い花。しかもこの木は背が低い。私はどんな姿勢で写真を撮ったでしょう)

大高取山から梅林に向かう道は、ギリギリまで山でつなげて、矢崎山から梅園神社の裏側に下りた。武蔵国司の源経基が慈光寺の寺領の境界を定めるため、弓立山から東西南北に弓を放った。その時、南に向けて放った矢がここに突き刺さったことから、矢崎山と呼ばれた。同様に、東は瀬戸の矢埼、西は西平の矢所、北は小川町青山の矢の口だそうだ。
IMG_9681.jpg (矢崎山から見た弓立山)

尾根上から神社へ下る道は、道らしき踏み跡はあるんだけど、それが所々で途切れて、そこは急坂をお尻でずり下がるような場所もあり、あまりおすすめの道じゃ無かった。梅園神社はなんとも雰囲気のある神社だった。
IMG_9682.jpg (神社の裏の山から下りてきた)

梅林の前を通って、大楠に向かう山道に入る。まもなく畑の脇を通ったが、そこに熊を捕獲するための罠が置かれていた。実際に、仕掛けられているわけでは無いが、・・・いるんだな。

初めて歩いた道だが、途中、2カ所、オリエンテーリングのポイントがあった。道もはっきりしていた。大楠までは1時間と少しかかった。そこで昼食を取り、後半戦。
IMG_9687.jpg (全国巨木ランキング第19位、埼玉県はもちろんのこと、関東一円では第1位)

六万部塚、広見越を経て、麦原峠へ。しばらく車道を歩いて山道に入る。すぐにお地蔵さまと石碑に出合う。どうやら、もともとは、これが正規の道だったようだ。
IMG_9688.jpg (おそらく今は、酔狂な登山者しか歩かない道だろう。かつては、人々が行き交ったはずだけど・・・)

途中、いったん林道に出るが、またすぐに山道に入る。そこからしばらく、ピンクテープが増えるが、すべて林業用のもののよう。さらに送電線の巡回路が出てくる。巡回路が下って行っているので、場合によっては、この道も使える。この日は、尾根を最後まで行くことにした。そしたら、最後は、人の家の庭先に通じている。小さい声で、「すみませーん」と言いながら通過。

なんだかんだといい道だった。
IMG_9693.jpg IMG_9695.jpg (松の木肌)                  (檜の木肌)

ちょっと疲れてたけど、頑張って大高取山に登り返した。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

ちず


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二十二夜塔から堂平山と笠山を周回

ときがわ町トレッキングコースからの堂平・笠山往復。東秩父のいろいろな登山口から堂平・笠山を周回する。マイカー登山で残るコースが、これ。館川ダムを起点にして、金岳から堂平山を目指し、笠山をへて東秩父と小川町の境界の尾根をしばらく歩いて、館川ダムに戻るコース。

数日前に、ヤマレコで、二十二夜塔の駐車場を使っている方の山行記録を見せていただいた。二十二夜塔の駐車場を利用できれば、館川ダムよりもかなり効率がいい。

月待ちという信仰があった。集落の者たちが集まって、飲食を共にしながら月の出を待つ。経などを唱えて悪いものが集落に入ってこないように、月に願う。十三夜に始まり、十五夜、十六夜、十八夜、十九夜、二十二夜、二十三夜、二十六夜などがあり、この集まりを講と言った。塔は、講に集まる人々が建てたもの。

早速、二十二夜塔の駐車場を起点にした計画を立てて、歩いてきた。

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二十二夜塔の駐車場から金岳に向けての登山口はほんの200mほど。下山の時も、この近くに下りてこられる。これはいい。ただ、わずかに登り口を間違えた。人の家の向こうに道が見えたので庭先を通らせてもらったら、つながれていない犬が出てきて吠え立てる。かなりしつこく吠えられた。

下山時に確認したら、人の家の方に入っていくほんの少し手前に、山への入り口があった。目印もなく、道も薄いので注意が必要。さらに30mほど南に細い枯れた沢があったが、そこからも行けそう。

登山口からしばらくは、時にガレた感じになる急登が続く。338mのピークからはメリハリのある楽しい尾根歩きになる。

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金岳からはおなじみの道。そう思っていたんだけど・・・。

七重峠から先は、通常の登山道は尾根の左側の林道を進んだ先から登ることになる。ところがその道が、七重峠から1.3kmのところで行なっている伐採のために進入禁止になっている。
IMG_9651.jpg (進入禁止の道。私はいつも通り、右手のピンクテープから山頂まで直登する)

私はいつも山頂への直登ルートを使っているが、この斜面がすでに伐採されていて、切り出した杉の木の運び出しの道までつけられている。切り出された、長い一本の杉は、ところどころにまとめられているが、半端なものがそこいら中に放置されていて、歩きにくい。もともと藪こぎで進むところ。伐採でやぶはなくなったが、今度は足元が悪すぎる。

伐採されたのは斜面の南側で、北側には手が入っていないようで、北側の道に合流したところからはいつも通りの、そそり立つ壁のような急登になった。

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少し空気が霞んだ感じだったけど、堂平の山頂からは関東北部から上越、信州までの白い山々を見ることができた。

IMG_9654.jpg (浅間山、その手前のポコポコは、東御荷鉾山と西御荷鉾山)

IMG_9655.jpg (朝日岳と谷川連峰。霞んだ空気だったけど、何とか見えた)

IMG_9657.jpg (両神山の左手の白は、八ヶ岳だろう)

IMG_9658.jpg (山ばっかり)

この山頂から笠山山頂まで、何人もの人たちに合った。笠山下山路の途中からは、山と高原地図には書かれていない登山道に入る。案の定、誰にも合わない。
IMG_9659.jpg (突然、こずえの向こうに現れた笠山の姿にびっくり。この角度で見たのは初めて)

気持ちよく、誰とも合わない山歩きを楽しんで駐車場に帰ると、7~8台は止められそうな駐車場が、ほぼ満車になっていた。びっくり。
IMG_9665.jpg (堂平や笠山の上空を飛行機雲が走る)

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この日歩いたのは、以下のようなコース。

地図


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大築山から新柵山へ

大築山は、埼玉県の越生町とときがわ町の境界にある。山頂部には、かつて城が築かれていた。ときがわ町が設置した説明板よれば、築城したのは北条方につく松山城主上田朝直で、その理由は北方5kmほどの所にある天台宗慈光寺を攻略するためだという。

北条氏は、室町幕府に連なる旧勢力である鎌倉公方や関東管領を倒すことにより、関東に平定しようとしていた。その旧勢力に支えられて繁栄し、自身も多くの僧兵を要していた慈光寺を、北条方が倒そうとしたというのはつじつまが合う。

ただ、そこから5キロの山中、越生町、ときがわ町双方の、一番近い集落でも歩いて30分はかかる場所。その山頂に、これだけの縄張りが必要となると、相手方もかなりの力を持った勢力でなければならない。
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たとえば慈光寺が、世俗勢力と結んでここを攻めるなんてことも想定されたんだろうか。

慈光寺は、都幾山慈光寺という。都幾山の山頂から東へ300mほどのところにある。大築山との間には新柵山という山があり、山頂からは、その新柵山の右手にポコッと盛り上がる都幾山山頂が見える。
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柵は城柵のことであり、軍事拠点を意味する。大築城を下りてときがわ町椚平の集落から新柵山に至るのは、ゆっくり歩いて1時間20分ほどの1行程。新柵山を北東に下りれば、下りたところが慈光寺への登り口。

しかも、慈光寺の北側を見ると、小川町腰越にある、同じ上田氏傘下の腰越城跡と、挟み撃ちにできる形になる。

そう思うと、“慈光寺攻略のため”という大築城築城理由も、捨てがたい気がする。そんなことを考えつつ、大築山から新柵山を経て慈光寺登り口に至る道を歩いてみた。

ときがわ町トレッキングコース駐車場に車を置かせてもらって、2キロ少しロードを歩く。途中にある萩日吉神社は蘇我稲目創建と言われるそうで、入り口の鳥居脇にそびえる児持ち杉からして風格を感じさせられる。
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7時前だというのに、氏子の方が社務所を開けに来ていた。お話を伺うと、三年に一度の流鏑馬も、氏子が仕切らなきゃいけないので大変だと言っていた。だけどやらないと、県の指定を受けられないんだって。

ようやく山道に入り、しばらくすると広見越という分岐に至る。三面の馬頭観音が立っていて憤怒の表情が印象的。疫病封じだったのかもしれない。
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小築山を経て大築山への最後の登りにかかる。ここのところ、いくつかの城跡をめぐってきた。その経験を踏まえ、ここを城跡と捉えて山頂をめざすと、縄張りされた痕跡が色濃く残っていることが感じ取れる。

山頂を南側に下り、鞍部の猿岩峠から椚平に向かう。椚平は、新柵山が南西に向けて緩やかに高度を下げていく、その南東側の斜面にある集落で、猿岩峠から氷川まで下り、そこから登り返すことになる。

椚平の集落を歩き、段々畑で農作業するおじさんに挨拶する。目を右に転ずると、満開の桜が目に飛び込んでくる。おじさんに聞くと、河津桜だという。椚平にはこれがある。なにかしら、花が咲いているのだ。
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登り詰めたところが越沢稲荷の大杉で、猫バスのバス停があり、昼ごはんにする。この杉も大きいが、萩日吉神社の児持ち杉の方が太いんだそうだ。
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新柵山は船底のような形をしている。一般登山道は、途中から東側に下りるが、今日は船底の、竜骨の部分、尾根の先端まで下りてみた。

帰りに、建具会館により、釣り券を買った。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

ちず

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































































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