めんどくせぇことばかり 山歩き
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伊豆ヶ岳東尾根。どんどん急になって、最後は・・・

奥武蔵のマイナールートも、冬なら葉が落ちて、薮もだいぶ薄くなる。尾根を歩けば、梢をすかして遠望に恵まれることもある。

今のうちにそんなマイナールートを歩いておきたいんだけど、このご時世、公共交通機関は控えたい。本当はある程度はいいと思っているんだけど、制限をつけてコースを考えるのも、なんだか、それなりに面白い。実際、こんなご時世でなければ、通らなかったろう道を、このところ、いくつか歩くことができた。

この日は、奥武蔵でも人気の伊豆ヶ岳に、マイナールートで登ってみた。正丸駅に車を置いて、ロードを3キロほど歩いて登り口に向かい、東尾根ルートで山頂をめざす。

登り口の琴平神社で身なりを整え、急坂を尾根を目ざして登る。神社で防寒具を脱いだのだが、尾根に出ると、北からの風がかなり冷たい。ヤッケを身につけ、ネックウォーマーで鼻まで隠す。登り下りを繰り返しつつ高度を上げていくが、ほぼそのすべてが、すごく急。
IMG_7575.jpg (あの鳥居が東尾根への入り口 道ばたにも木の標示あり)

2021120_210120_5.jpg (ムジナ入とあった。“入”はこの辺では小さな沢のこと。ここはどうやら“ムジナ入の頭”)

670の表示のついたピークをから、いったん鞍部まで下りて、その先は反っくり返りそうなくらい急な道なので、ゆっくり慎重に歩いた。ここからは、急な坂道を登れば、その次の登りはもっと急。古御岳からの縦走路への巻き道が左手、南側に二度ほど現れるが、今日は巻かずに直登する。
IMG_7578.jpg (670ピーク。向こうは伊豆ヶ岳かな)

2021120_210120_3.jpg IMG_7581.jpg (南側に古御岳と思われるピーク)       (古御岳からの縦走路の向こうに長沢背稜がみえる)

2021120_210120_2.jpg IMG_7582.jpg(穏やかそうに見えるけど、嫌になるくらいな急登)(登ると黒々とした伊豆ヶ岳が壁のように)

2021120_210120_1.jpg 2021120_210120_0.jpg (やせ尾根を越えるとさらに急な登りが現れる。これを越えれば、あとは40メートルの壁だけ)

最後の最後、ロープが現れると、そこから落差40メートルは、ほぼ壁。最初の短いものを加えると、全部で4本のロープをつないで直接山頂に出る。東尾根ルートのゴールは、大黒様のすぐ後ろ側だった。最後の登りは、気持ちがはやって、気がついたら取り付いてしまっていて、写真に収めることができなかった。・・・残念。
IMG_7585.jpg (頂上にある大黒様の後ろがゴール)

山頂からは、浅間山から谷川連峰までが、きれいに見えていた。冬以外ではあり得ない。
IMG_7583.jpg (伊豆ヶ岳でこの景色が見られるのは、この季節だけだな)

IMG_7587.jpg (頂上から東尾根を振り返る)

新しい道を歩いた達成感と、山頂からの展望の余韻を感じながら、正丸峠を経て、正丸駅を目指した。
IMG_7591.jpg (奥武蔵グリーンラインの走る山々。左手の飯盛山から関八州見晴台にかけて)

この日歩いたのは、以下のようなコース。
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越生の山に山本坊の痕跡を訪ねる

昨日の続きで、今日も越生の山を歩いてきた。

黒山三滝に山本坊を開いた栄円は、違う場所に根拠地を求めたという。なんとそれが、“嶽岩“という場所だったと知って驚いた。

三滝入り口にある熊野神社から、龍ヶ谷の龍穏寺を最短で結ぶ道のちょうど真ん中あたりから、これまた最短で関八州見晴台に向かう道がある。四寸道と呼ばれている。この四寸道を中において、周囲をのたうつように林道がグリーンラインまで上っていく。猿岩林道という。

四寸道は猿岩林道と二度交差する。二度目に交差したところから先、しばらくすると急な登りが始まり、そのピークが岳岩である。熊野ヶ嶽とも呼ばれたという。岳岩のピークを越えても、さらに登りが急になる。嫌というほどの坂を登り切ったところが関八州見晴台で、高山不動奥の院が祀られている。

そこから30分ほど下ったところが高山不動だが、そこからさらに高畑林道の側に下ると、大滝、白滝、不動の滝からなる“不動三滝”がある。

もしも栄円が岳岩に、修験の根拠地を求めようとしたなら、当然、その辺りまで視野に入っていたんじゃないだろうか。

今日は龍穏寺に車を置かせてもらい、龍ヶ谷川沿いの舗装された梅本林道から飯盛峠に向かい、関八州見晴台を経て岳岩を通るルートで周回してみる。最後に龍穏寺をお参りさせてもらって、帰る予定で出かけてみた。

梅本林道は、ずっと龍ヶ谷川に沿って登っていくが、この龍ヶ谷川がいい。夏場は、是非一度歩いてみたい。色々な形の巨石があって、あちこちの沢筋から滝が流れ落ちてくる。それらのいくつもの沢筋の先に、四寸道がある。
2021114_210114_3.jpg 2021114_210114_4.jpg (恋人岩と滝不動の滝。色々な巨石があって飽きない道。巨石をもっと撮っておけば良かった)

巨石を楽しみながら進んでいくと、道が塞がれている。遠くからでも、通行止めと分かる。歩きなら大丈夫だろうと思いつつ近づくと、〈歩行者も通れません〉とのこと。

がっかりして、戻りつつ、地図と格闘。北側の斜面の先には、戸神から羽賀山を経て野末張見晴台に向かう道がある。そこに通じる道が、一つだけある。今も通じている道がどうか不安もあるが、ダメなら龍穏寺に戻って、今日の山は中止にするつもりで行ってみた。・・・うまく行った。最後は藪こぎになったが、良く踏まれた登山道に出られて嬉しかった。

野末張見晴台に出たが、きれいな青空だが、地平は霞んで遠望はない。それでも、この見晴台は清々しい。
IMG_7555.jpg (野末張見晴台。「のずばり」と読む。地平が霞んで遠望はない)

IMG_7558.jpg (関東平野の側)

IMG_7557.jpg (堂平山と笠山)

コース変更で時間を使ったので、飯盛峠や飯盛山にこだわらず、関八州見晴台に向かった。誰もいなかった。この天気、11時頃、この場所で一人というのは、いくら平日でも珍しい。
IMG_7559.jpg (関八州見晴台より)

さて、気合いを入れて、岳岩に向かう。こっちから行くと、もの凄い下り。ゾッとするけど、だんだん慣れてくる。やがて、嶽岩。岩場を登って蟻の門渡りがあるが、そのすぐ脇を、木や根をつかみながら登った。山頂部分は全体に岩場になっていて、〈武巖琴宮〉と刻んだ石碑が建っている。やはり、修験が入っているのは間違いないんだろう。
IMG_7561.jpg (蟻の戸渡と呼ばれる岩場。向こうは関八州見晴台)

IMG_7563.jpg (岳岩の山頂部分)

それ以降、梅本林道に向けて、ショートカットできそうな道を探るが、残念ながら、下りで無理を押したくないので諦めた。

龍穏寺に戻って、お参りさせてもらった。やはり、山本坊の影響のもとにあったようで、道場では厳しい修行が行なわれていたそうだ。太田道真・道灌父子の墓も見学できた。
IMG_7567.jpg IMG_7570.jpg (立派な山門には四天王像、獅子や象の彫刻もいい)(本堂では、般若心経を唱えるお年寄りがいた)

IMG_7571.jpg IMG_7572.jpg(境内には太田道真・道灌父子の墓や熊野神社があり、何かと見どころが多い)

この日歩いたのは、以下のようなコース。
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テーマ : 登山
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黒山三滝に山本坊の面影を探す

先日、『日本人と山の宗教』という本を読んだ。その本で、越生の黒山三滝には、かつて関東一円の修験道に大きな影響力を持つ勢力が存在していたことを知った。

かつて、この黒山の地には、聖護院本山派修験二十七先達の一つに数えられた山本坊があり、人々の信仰ばかりでなく、地域の開発にも大きな影響力を持っていたという。

ここには何度も何度もお邪魔しているにもかかわらず、私は何にも知らなかった。そう言えば、以前、ここからそう遠くない宿谷滝で、滝行をしている山伏の人を見たことがあった。

私は、「面白い趣味の人もいるんだな」くらいにしか思ってなかったんだけど、とんでもなかった。現在でも越生や毛呂山には、山伏として山林修行をしている人たちがいるようだ。

山本坊を開いたのは栄円という人物で、ここに熊野権現を勧請し、黒山三滝を熊野の本宮、那智、新宮に見立てて、小さな熊野修験霊場を武蔵国に誕生させたもののようだ。

黒山三滝の背景となる山の中に大平山という所があり、山頂近くの開けた気持ちいい場所に、修験の祖とされる役行者と前鬼、後鬼の石像がある。

それすら、これまでは、「たまたまある」くらいにしか考えたことがなかった。申し訳ないので、あらためて訪れることにした。

令和元年の台風19号で大きな崩落があり、登山道が封鎖された傘杉峠への道の状況の確認がてら、一廻りして大平山へ向かう。
IMG_7510.jpg (黒山三滝に向かい途中のお地蔵さま。じっくり見ると、いい顔をしておられる)

IMG_7527.jpg (天狗滝。元年の台風でずいぶん荒れていたが、きれいに整備された)

IMG_7536.jpg (男滝と女滝。実はこの時、男滝の前で行をされている方がいて、手持ち木魚を叩くコンコンコンコン・・・っていう甲高い音が、滝の壁に響いていた)

傘杉峠に向かう道は、橋が架かっていたところが、すべて徒渉となる。ピンクテープが施されたところもあり、徒渉に問題は感じられない。崩落地へ下りるときと、そこから登るとき、まずそこにはピンクテープがある。ただ、下りるときも、登るときも、足場が悪い。そこは注意。崩落後、三度歩いたが、歩くたびに、道がはっきりしてきている。

大峰を越えて先へ進み、大平山に向かう。大峰から大平山に向かう道は、詳細図には密薮とあり、冬場の家に歩いてみたい。来年かな。

役行者像の場所に到着。それと知って訪れると、なんだかその場所の清浄さが、強く感じられるような気がした。
IMG_7539.jpg (大平山の、石像のある平坦な場所にやってきた。清々しさの満ちるこの場所だからこそなんだろう。右側の杭には「聖護院門跡登拝記念」とある)

IMG_7542.jpg (記録はないが、古いものらしい。ただ平成18年に破壊され、修復されたそうだ)

IMG_7543.jpg IMG_7544.jpg (苔むす前鬼)                 (苔むす後鬼)

その後、笹郷に下山して、渋沢平九郎自刃の地、及び、全洞院にある墓を訪ねた。なにしろ、渋沢栄一の大河ドラマが始まるからね。
IMG_7548.jpg (渋沢平九郎自刃の地。幕末、振武軍に属して官軍に敗れ、右手の路傍の岩で自刃した。平九郎は栄一の妻千代の弟で、見立て養子となっていた。平九郎の血を吸った茱萸の木も、ほら、そこに)

IMG_7552.jpg (自刃の地からほど近い全洞院には、平九郎の墓がある。もともとは山本坊の本坊である熊野神社の修験寺院だという)

その後、三滝入り口に近い、熊野神社にも立ち寄る。ここに山本坊が置かれた場所のようだ。
IMG_7549.jpg (全洞院のすぐ西側、三滝入り口まで100メートルほどのところに、熊野神社がある)

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図



テーマ : 登山
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蟹穴山に新しいルートで・・・

かつて、高麗本郷や吾野と、毛呂の鎌北や阿諏訪は、いくつかの峠で結ばれている。

高麗本郷ならヤセオネ峠を経て宿谷滝へ。横手なら北向地蔵を経て鎌北湖へ。東吾野ならユガテ、みちさと峠を経て鎌北へ。

グリーンラインのこっちと向こうは、盛んに交流していたのが分かる。虎秀谷津に入ると、福徳寺からユガテに向かう道と、新田からユガテに向かう道がある。新田からさらに先へ進むと、阿寺の諏訪神社から二手に分かれ、一本杉峠を越えて越生に向かう道と、顔振峠を越えて越生に向かう道がある。

新田から阿寺に至る途中に、間野という集落がある。かつては、この間野地区からも、直接、グリーンラインに上がり、五六峠、もしくは十二曲峠から、鎌北や阿諏訪に向かったようだ。

その道をたどってみようと思って、出かけてみた。

鎌北湖第2駐車場に車を止めて、みちさと峠からエビガ坂に向かい、ここからユガテを経ずに、松倉ヤツ沿いに、直接、新田を目ざす。分かりづらい地図上破線の道を越えると、そこからは舗装された林道になる。脇を流れる松倉ヤツが、夏場なら歩きやすそう。

どうも、沢沿いに歩くと、夏になったら沢歩きができそうかどうか、のぞき込んでしまう。この癖が、あとで思わぬ展開を招くことになる。
IMG_7496.jpg (エビガ坂から、ユガテを経ずに、虎秀谷津の新田まで下りてきた)

IMG_7497.jpg (諏訪神社の丁目石。ここは十五丁目)

新田から阿寺に向かう道を、虎秀川沿いに歩く。きれいな水が流れる川を、のぞき込みながら歩いていると、追い越していった軽トラが先で不自然な停まり方をした。進んでいくと、窓が開いた。私に何か用があるらしい。ちょっと、強面のお父さんが顔を出す。

「ここは禁漁区だよ。いくらもいるわけじゃないけど・・・」

どうやら、私がここで釣りをしようとしていると思われたらしい。「釣りなんかしませんよ」と答えると、「じゃあ、なんだ。歩いているだけか」ときた。どうやら、以前にも、時期はずれに禁漁区で釣りをする不逞の輩にあっているらしい。

間野の林道の先から、向こうに抜ける、今は使われていない登山道があるらしいので、それを探しに来たと説明すると、突然、そのお父さんが、にこ~っと笑った。

「子どもの頃に、その道で、よく阿諏訪に遊びに行ったよ」と話してくれた。その後、そこに至る道を熱心に教えてくれた。別れ際には、「じゃあ、頑張ってね」と励ましてくれた。
IMG_7498.jpg (十二丁目 「右 阿すは、たきの入 道」とある道標がうれしい)

道は、お父さんの教えてくれたとおりだった。林道の途切れたところに廃屋があり、そこから右手の石段を登っていくと、人の家の庭先に出るけど、今は誰も住んでない。そこを通り過ぎるとお墓があって、道は墓の左手に続いている。
IMG_7499.jpg (林道終点の廃屋。右手に上に上がる石段がある。間野地区も限界集落によう)

お父さんは、今は歩いている人はいないと言っていたが、その前はあたりまえの道だったようで、よく踏まれている。ただ、枯れ葉枯れ枝、さらには倒木におおわれているので、注意は必要。

道が尾根に上がると、なんとそこからは未舗装の林道歩きになった。林道に沿って少し下に山道がありそうだけど、あえてそこまで下りずに、林道を行った。
IMG_7500.jpg (目ざす尾根に上がったら林道が続いているのにびっくり)

IMG_7503.jpg (グリーンラインに上がって、来た道を振り返る)

グリーンラインに出ると、五六峠の目前だった。期待していた道の多くが林道歩きになってしまったので、いつもの蟹穴山の展望スポットに、五六峠を使わず、直接、グリーンラインから登る道を探す。上から下に向けて道がついているのは確認している。

案の定、ちょっと心細いけど、それとおぼしき登り口を見つけた。後ろにずり落ちそうな急坂だけど、何と木をつかみ、草をつかんで這い上がると、いつもの展望スポットだった。
IMG_7504.jpg (蟹穴山直下。白く見える看板に向かって、もう少し左が登り口)

IMG_7507.jpg (上が見えた)

IMG_7506.jpg (上から振り返れば、こんな道)

ここで、今日の山歩きの成功を祝って、カップラーメンライスを食べようと思ったら、カップラーメンを忘れた。白いごはんにお湯をかけて、おかゆのようにして食べた。

そう言えばこの日の朝ごはんは、七草がゆだった。


テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

今年も竹寺・子の権現、ただし周回で

4日に初詣山歩きと決めて、年末以来、飲み続けた。

前日になって、「どこに行こう、こっちにしよう、あっちにしよう」っていう、いつものパターン。私は、ずっとそうやって、適当に山を歩いていくんだろう。

「この間、下見した、お諏訪さまでもいいんだけどな」なんて地図を眺めているうちに、一つひらめいた。昨年、東飯能からバスで原市場に入り、そこから尾根伝いに竹寺に向かった。その竹寺に、吾野から山越えで行けば、子の権現経由で吾野に戻れる。秩父御嶽神社の駐車場に車を置かせてもらえば、子の権現から、小床峠経由で、直接、秩父御嶽神社に下りられる。

ちょっと出遅れて、7時40分に秩父御嶽神社の駐車場を出発。吾野駅から前坂に登る。最初からの急登で、身体が温まる。前坂で防寒具を外していると、後から来た女性は大高山に向かうという。山・・・、今日の私のコースには、山頂がない。どこかで、山頂を都合しようか。

前坂から飛村という地区に下り、少し林道を歩いて再び山に入る。長久保坂を越えて栃屋谷という地区に下る。栃屋谷林道に出たら、それをそのまま下る。飛村にしろ、栃屋谷にしろ、細い谷筋に人の生活がある。飯野頼治さんの『埼玉の川を歩く』の世界は健在なんだな。

しばらく行くと、右手に子の権現に向かう道との分岐となる。この角に立派な神社があった。“権五郎神社”という。お参りし、由来書きを探したが、見当たらない。家に戻って調べたら、祭神は鎌倉権五郎景政、菅原道真とあった。鎌倉権五郎景政は、鎌倉の開拓地主。鎌倉にある権五郎神社を勧請したもののよう。
IMG_7482.jpg (後三年の役に従軍し、目を射られながら奮闘した逸話が有名)

そこから、少し行けば、中沢バス停となる。その辺りが、竹寺への入り口で、角にあった標示では、竹寺まで2.5キロとあった。

竹寺は静かだった。本殿に参拝し、鐘楼のある高台まで登ってお昼にした。ここは都県境の山々もよく見えるし、関東平野側も見える。心が晴れ晴れとする場所だ。
IMG_7486.jpg (竹寺に続く道)

IMG_7490.jpg (茅の輪くぐりは蘇民将来に由来するとされる疫病除けであり厄払い)

IMG_7491.jpg (午頭天皇を祀る本殿。・・・上から済みません)

IMG_7492.jpg (鐘楼のある高台から 棒の嶺の広い山頂が近い 右は川苔山)

IMG_7493.jpg (鐘楼のある高台から 蕎麦粒山 三ツドッケの姿がいつもと違う)

IMG_7495.jpg (鐘楼のある高台から 筑波山が浮かんでいるかのよう)

子の権現に向かう途中、豆口山に登っておいた。この日、唯一の山頂。豆口峠に向かう途中、直進すれば、“子の権現けもの道”という標示があった。「近道かな」と思って少し向かってみたが、道のついている尾根が、だんだん東に向かっていく。近道ではなく、まったく別のルートのようなので、もと来た道を戻った。

子の権現には、12時頃についた。こちらは、竹寺と違って人が多い。早々に通過。小床峠経由で、直接、秩父御嶽神社に下山する。ざれた道だが、足を滑らさないように、スピードを抑えて下った。このルートは、登りで何度か歩いたが、ここ数年で、整備が進み、道標などが設置されたようだ。一カ所、尾根道をそのまま進みたくなるところがある。道は、左手、テープの印し通りに進む。

秩父御嶽神社は静かだった。お参りして、下山した。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

蟹穴山経由で初詣コースを考える

今年の初詣は、竹寺と子の権現に訪れた。東飯能駅からのバスを原市場で降りて、周助山から続く尾根道を竹寺に向かった。そのまま子の権現をお参りし、スルギ尾根を経て吾野駅に下った。今年も同じコースでいいかと思ってたんだけどな。ここまで続けてきた“バス電車利用最低限”の原則にこだわるのも疲れてきたが、それを考えるのが癖になってきているようだ。

バス電車を使わない初詣も考えた。顔振峠のお諏訪さまに初詣に行くコース。黒山三滝の駐車場に車を置いてもいいし、鎌北湖でもいい。ただ、そのまま戻るのもつまらないので、周回にしたい。どんなもんだか、実際に出かけてきた。

耐震工事のために、今は水を抜いている鎌北湖第2駐車場に車を置かせてもらって、おなじみの蟹穴山に登り、越上山を経由してお諏訪さまに詣でる。そこから、虎秀尾根を使って虎秀谷津に下り、福徳寺から、ユガテ、エビガ坂を経て鎌北湖に下るコース。・・・また蟹穴山か!

鎌北林道からエビガ坂に向かい、山道に入るところを直進すると、大谷木浄水場に行き着く。ここから蟹穴山に向かう登山道が始まるのだが、たまたまヤマップの地図を確認したら、びっくりマークがついている。確認すると、「11月19日に熊が目撃された」という情報。

じつは、その二日前の17日に、私もここで目撃している。11月後半のことなので、見間違いかと思ったが、やっぱりそうだったんだ。

そこから、蟹穴山、越上山を経由してお諏訪さまにお参りする。「今年の初詣は幸先詣」って言われてるので、山に関係のない初詣は、じつはすでに高麗神社で済ませた。「そんなに人はいないだろう」って思ってたら、いやいや、けっこう幸先詣”の人がいるのに驚いた。
IMG_7467.jpg (奥多摩三山と富士山)

「お諏訪さまにも、それなりにいるのかな」と思っていたんだが、こちらには、人っ子一人いなかった。新しい物に代えられた紙垂れと、《三密を避けて、間隔を開け、マスクをしてお参り下さい》という看板が、ちょっと寒々しかった。1月1日には、みんな登ってくるのだろうか。
IMG_7471.jpg (人っ子一人いないお諏訪さま)

ここからは、虎秀尾根を使って虎秀谷津に下りる。阿寺の岩場からだと舗装道路が長くなるので、こちらの方が楽しい。
IMG_7473.jpg (手前の黒々としているのが虎秀山に至る尾根)

IMG_7474.jpg (伊豆ヶ岳に古御岳、武川岳に前武川、武甲山に大持山と山々が重なる)

IMG_7475.jpg (虎秀山山頂直下から。山が▲)

いったん下って、福徳寺から登り返し、橋本山でお昼にする。食器の底にネギ味噌を入れ、その上にごはんを盛り付けておく。そこにポットのお湯をかけて、ふたをして、およそ3分。冷やごはんだけど、そこそこ暖まって、ネギ味噌雑炊ができあがり。結構うまい。

ここからは、山並みが重なって見えるのがいい。一番手前に連なるのが、虎秀山から顔振峠に向けての尾根筋。
IMG_7477.jpg (大高山から天覚山)

IMG_7478.jpg (左の▲が虎秀山。右手に顔振峠に続く尾根)

お昼の後は、ユガテ、エビガ坂を経て、みちさと峠から鎌北湖に下るのだが、ユガテとその前後で、何人もの人とすれ違った。ユガテが人気のようだ。

さて、本番の初詣はどこを歩こう。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
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テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

男鹿岩から女鹿岩へ、きびしい道だった

薄明るくなってくる頃に、車のエンジンかけたら、《メリークリスマス、今日はクリスマスです」と車が教えてくれた。

知らなかった。今年、数少なくなった、山に行ける日としか思ってなかった。のんびりと、ときがわ町の山を歩いてこようかと思ってたら、孫2号が水疱瘡にかかったらしい。午後から様子を見に行くことになったので、午前中のうちに切り上げることにした。

弓立山の山頂近くに、男鹿岩という巨石がある。弓立山は427メートルの低山ながら、山頂が開けていてとても気持ちが良い。ここに登る人は、まず間違いなく男鹿岩に足を止める。

男鹿岩があれば、女鹿岩もある。最初に男鹿岩を訪れたとき、じきに、なんかのついでに女鹿岩に行く機会があるだろうと思い込んでいた。ところが、そのまま女鹿岩を訪れることはなく、この間に、なんど男鹿岩に足を止めたことか。

こうなったら、なんかのついでを待つのではなく、女鹿岩を目的に山の計画を立ててみた。

せっかくだから、男鹿岩と女鹿岩はセットにしたい。弓立山に登って男鹿岩に立ち寄り、そのまま登山口に戻って、女鹿岩を目ざす。女鹿岩は雷電山の山中にあり、そのまま雷電山に登って、尾根伝いに堂山を経由して、車を置かせてもらうときがわ町第二庁舎に戻るコース。

男鹿岩は大きな岩で、無理やり下に下りて正面から見るとけっこうな迫力がある。真ん中からスパッと切られたような亀裂があるが、鬼滅の刃で切られた岩は、たしか丸かった。そこからほど近い、弓立山の山頂ですがすがしい景色を楽しんで、とりあえず元来た道を戻る。
IMG_7450.jpg (登山道は岩の裏側を通る)

IMG_7451.jpg (今度は上からの様子 遠くに筑波山)

IMG_7453.jpg (山頂はとても気持ちいい。向こうに見えるのは日光の山)

IMG_7454.jpg(関東平野一望)

登山口まで戻ったら、女鹿岩は1.2キロほど都幾川沿いにさかのぼったところから山に入る。この1.2キロは、登山口から男鹿岩までの距離に相対する。あとから地図で確認すると、女鹿岩は、男鹿岩から都幾川を挟んで対岸の山中にあるということになる。

調べたところでは、女鹿岩というのは巨石の呼び名であると共に、その周辺の地名であるようだ。“ときがわ町大字西平字女鹿岩”ということになる。地図を見ると、女鹿岩公会堂のところに山に入る道がありそうなので、その先は、薮をこいで、地図にある山道に合流することにした。

公会堂の近くで、近所の方に聞くと、「行けないことはないが・・・」と言いよどむ。「ここから入れば、50メートルほどで、道がある」と言う。道沿いに行けば、何とかという感じの話しっぷり。覚悟をして薮に入る。

近所の方が言っていた“道”というのは、小さな堀のようなもので、いったんは通り過ぎた。その道をたどれば、何とかたどり着くのだが、何カ所か、その道が完全に薮でおおわれる。逃げると道を失う。薮を突っ切るか、迂回してその先に進む。最後の最後、女鹿岩直下にしっかりした道標があるのだが、その手前で二本の倒木に塞がれて、道標が見えない。ともあれ、目標の女鹿岩にたどり着いた。
IMG_7455.jpg (薮をかき分けてたどりついた女鹿岩)

IMG_7456.jpg (大した巨石 これも割れている)

IMG_7457.jpg (こちらには悪魔が・・・)

大した巨石である。巨石の左側を廻って、巨石の上に出る。少し進むと墓があり、舗装道路に出る。女鹿岩だけを目ざすのなら、この墓を目印にした方がたどりつきやすい。下に下りるのは、ちょっと注意が必要だけど。私がたどりついたコースは、蜘蛛のいない季節が良いだろう。藪こぎで蜘蛛の巣なんて、考えてもゾッとする。

ここから雷電山に向かうには、雲河原の集落を抜けるのが正規のルートのようだが、舗装道路が長くなる。道路に出たところから、反対側の山に入る道が、地図に書かれている。どの程度の道か分からないが、さっきとは違って尾根道のようなので、こちらを選択。向かってみると、薄いが、藪こぎはなさそう。やがて、堂山からのルートと合流して、雷電山にたどりつく。

樹林に囲まれた雷電山の山頂で腹ごしらえをして、堂山を目ざす。途中、樹林が切れて周囲を見渡せる場所がある。ごはんは、こっちが良かったかも。この先で、短い区間で50メートルほど下る急坂がある。落ち葉が積もって道の全容が分からない。ほんの短い区間ながら、この50メートルの落差のために、チェーンスパイクを履いた。

堂山を経て、下山。ときがわ町第二庁舎に向かう途中、堂山と雷電山が並んで見えた。
IMG_7464.jpg (この近くの橋を渡ったとき、河原にカワセミを見た 望遠に付け替えている間に消えた)

男鹿岩には華がある。女鹿岩には、それがない。だけど、女鹿岩集落から岩までのルートを整備し、岩周辺の環境を整え、そのまま尾根経由で雷電山、堂山とつなげれば、もっとここを訪れる人が増えると思う。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

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テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

比企三山、残りの大霧山

11月30日、堂平山と笠山を定峰峠から入るルートで歩いた。比企三山のうち大霧山は、そのうち、また、あらためて登って、爽快な景色を楽しもうと思っていた。

頑張れば、1日でも行ける比企三山を、二回に分けたのはなぜだろう。

なぜか、その方が、心が躍ったんだな。それとも、1日で廻る、長い距離のコースを避けたい気持ちが強かったのか。その両方か。どちらかというと、・・・“たまたま”だな。

残りの大霧山は、ヤマメの里公園駐車場に車を置かせてもらって、皆谷からバスで白石車庫まで行き、白石峠から廻っていくことにした。

冬型の気圧配置が緩んだそうだ。上越の雪は、ほとんど災害レベルのようだが、今日は雪にはなっていないらしい。すでに白石峠に登る途中から、ときどき、葉を落とした森をすかして、日光から上越方面の白い山が見えた。大霧山での景色も期待できそうだ。

白石峠まで上がって、はじめてカメラを取りだした。・・・バッテリーの充電が切れていた。なんてことだろう。ヘナヘナヘナ~。力が抜けた。

気を取り直して、山歩きを楽しむことにしよう。

川木沢ノ頭への階段を上がり、その上の落ち葉に埋もれた急坂登ってたら、その向こうに逃げ道があったので、ついつい逃げてしまった。相変わらずの、負け犬だ。ずいぶん、回り込んで、南側から川木沢ノ頭にたどり着いた。
20201222_201222_20.jpg (この階段の上に、さらに急坂が続いて、川木沢ノ頭に至る)

定峰峠に向けては、下り基調の道になるが、ここにも枯葉の積もった急な下りがある。何カ所かは慎重に、枯葉を上から押さえつけるようにして、歩幅を縮めて歩く。
20201222_201222_15.jpg (こちらは旧定峰峠。じつは、この道を秩父側にずーっと行ったその先に、私の生まれた家がある)

20201222_201222_16.jpg (蔓の向こうにポコッと見える山頂が大霧山)

20201222_201222_13.jpg (東側が開けた場所からは筑波山が見えた)

槻川の流れる谷間を挟んで、向こう側に立ち上がる笠山と堂平山が、時々姿を表わす。私が一番好きなのは、定峰峠を過ぎ、旧定峰も過ぎて、大霧山の手前のピーク、高原牧場が管理している草地から見える両山の姿。まるで寝そべる裸婦のようで、ついつい足を止めてしまう。
20201222_201222_14.jpg (ほんの少し移動するだけで雰囲気が変わる。絶妙な位置を探して歩く)


大霧山への最後の登りは、登りなら良いが、下りは、やはり枯葉が積もっているところは厄介だろう。すれ違った年配の3人グループには、そう声をかけた。

山頂からの絶景は、やはり、堂平山よりも上だろう。使い物にならないカメラが重い。
20201222_201222_18.jpg (日光方面、男体山や白根山)

20201222_201222_3.jpg (真っ白いのが谷川で、左に谷川連峰が連なる。右は朝日岳)

20201222_201222_7.jpg (浅間山の右、鼻曲山の奥の白いのは、草津白根かな)

20201222_201222_4.jpg (でーんと和名倉山。左の方のピークは唐松尾山らしい)

20201222_201222_5.jpg (酉谷山から、その右手は雲取山)

粥仁田峠からは、皆谷に向かう道が昨年の台風で崩落した。一年前にそこを通り、大きく遠回りして下山した。いったん橋場に向かい、途中から皆谷につなげる道もあるが、あえて、そのまま皆谷に向かった。道がどうなったか、確認したかった。

大きな崩落は2カ所あって、最初に出てくる現場は、ほぼ手つかずの状態ながら、崩れたのは道の半分なので通過できる。問題は次の現場。ここも手つかず。全崩壊しているので、崩壊現場のすぐ山側を通過することになる。落ちると「痛い」では済まない。
20201222_201222_1.jpg (側溝を残して道路は全部崩れている。側溝の山側を歩いて通過)

さらにそこを通過しても、道は直後に360度回転し、崩落現場の直下を通る。つまり、崩落した土砂で、道が完全に埋まっている。それも、1年前のまま。今回は遠回りせず、地図を見て、道が続いているはずの方角を確認しつつ進み、ルートに復帰した。

メインのバスルートだって、この間、修復を終えたばかりだもんな。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

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テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

西山高取山の日の出6:38、後はおまけ

12月に入って、西高取山なら、スカイツリーの近くからのぼる日の出が見られる時期になった。

とりあえず、西高取山で日の出を見ることにした。その後は、おまけ。おまけで、大高取山まで行って帰るか。ちょっと頑張って、桂木観音まで行って帰るか。もう少し頑張って、鼻曲山まで行って帰るか。ええい、こうなりゃ富士山も見てやるとばかり、蟹穴山の展望スポットまで頑張るか。

とりあえず、蟹穴山まで頑張ってしまった場合でも大丈夫なだけの食料と水をもって、自宅を朝5時15分に出発した。いつものように、越生町役場に車を置かせてもらって、・・・おっとっと、これをこうして、あれをああしてと、出発準備に手間取って、ライトをつけて6時の歩き出し。
IMG_7408.jpg (無名戦士の墓までのぼって振り返る。だいぶ明るくなっている。少し急ぐ)

西高取山山頂到着が6時30分。ちょうど良い具合。
IMG_7411.jpg IMG_7413.jpg (到着した直後の様子)            (西高取山6時38分 始まった!)

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今日の日の出を拝み、かつ、写真に撮って、イチゴジャムをたっぷり塗った食パンを食べる。おまけの大高取山に向かう。

大高取山では、ずいぶん日が高くなった。筑波山がきれいに見えている。元気が出た。少しお腹が減ったので、桂木観音でラーメンを食べることにした。
IMG_7420.jpg IMG_7421.jpg (大高取山まで来ると、筑波山が見えていた)   (関東平野は、薄雲が広がっているよう)

桂木観音まできた。令和2年10月12日に鼻曲山周辺で熊のような動物が見かけられたという、注意喚起のポスターが掲示されていた。それに怖じ気づいて帰ったと思われたら癪なので、ラーメンを食べて出発した。熊鈴、蚊取り線香使用。
IMG_7424.jpg IMG_7425.jpg (桂木観音まで下りてきた。向こうに越上山が見える)(正面から日差しを受けてお堂がきれい)

椎ノ木山、鼻曲山の急な登りに、熊のことも忘れて一生懸命登り、たどり着いてみれば、鼻曲山山頂の三つの山頂標示が、どうもゴルゴダの丘を思わせる。少しは、グリーンラインの山が見られるところもあったけど、ずっと樹林の中を歩いてきたので、蟹穴山まで富士山を見に行くことにした。
IMG_7427.jpg IMG_7428.jpg (鼻曲山直下の登り)              (山頂の道標が、ゴルゴダの丘を思わせる)

IMG_7429.jpg (一本杉峠の一本杉)

蟹穴山の展望スポットにつくと、かろうじて富士山は見えていた。もう、十分。お昼ごはんの焼きそばを食べて帰る。おまけが、ずいぶん長くなってしまった。まあ、雑誌やお菓子のおまけだって、本体よりも豪華だったりすることもある。
IMG_7432.jpg (鎌北湖からは近いのに、今日はこの景色が遠かった)

IMG_7434.jpg (蟹穴山の展望スポット、いつもながらの景色)


おまけだとしても、危ないところは、しっかり集中して歩く。鼻曲山・貝立場間の幕岩とやせ尾根。それから、鼻曲山の北側の急坂。その一つ北のピークの北側の急坂。あと、椎ノ木山の北側の急坂も合わせて、ここは、特に下る時は注意した。

帰り、桂木観音と、西高取山で、ジャムパンを食べた。

この日歩いたのは、以下のようなコース。
地図


テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

虎秀山コースから大高・天覚山縦走コースへ

今回は、電車やバスの使用しないで山の計画。・・・たまたま、なんだけどね。

本当は、伊豆ヶ岳を絡めた計画を立てたんだけど、ふとんに入ってからも、どうも今一ワクワクしてこない。「こんなのはどうかな、あんなのはどうかな」って考えているうちに、いつの間にか寝てしまった。

そして朝起きたら、なぜか頭の中に、昨日とは違う、新しい計画ができあがっていた。夢の中で作ったのかな。

東吾野駅に車を置いて(¥500)、虎秀地区に入り、虎秀山に登って、尾根筋を阿寺方面に北上する。グリーンラインに出たら、顔振峠からの道を下って吾野駅に下りる。吾野駅から前坂にあがり、大高山、天覚山と縦走して、東吾野駅に下るコース。

吾野駅を7時半頃スタート。虎秀山コースはひたすら静か。虎秀山に向かって虎秀川を渡り、まもなく山に入るんだけど、山に入る、ほぼ同じ場所に、二本の道がある。以前登ったときは、先にある広めの道を入って行って、道を失い藪こぎをした。今回は、少し細めの、手前の道を入った。こちらが正解だった。
IMG_7383.jpg (虎秀谷津には、まだ日が当たらない。寒い。山の端の月)

正解とは行っても、道は細く、虎秀山は先のとがった三角形の山。登れば登るほど急になる。急登は、三度現れる。もちろん、下りも同様なので、慎重に。それ以降の道ははっきりしている。
IMG_7385.jpg (虎秀山山頂。三角点があった)

虎秀山の直下、それから448ピークを下りたところで、南西方面の景色が広がる場所がある。ずっと樹林を歩くコースだけに、とてもすがすがしい気持ちになる。まもなく、舗装道路に出て、顔振峠からの下りにぶつかる。
IMG_7388.jpg (虎秀山山頂直下より。大高山が大きい。左側に川苔山に棒の嶺。右手には長沢背稜。武甲山も見えている。月はまだ見えている)

IMG_7391.jpg (奥に御前山から武甲山までの山並み。山の国だな)

IMG_7394.jpg (顔振峠からの下山道と交差したあたりで、富士山を見た。ここから吾野駅に下りる)

IMG_7395.jpg (吾野駅。向こうの山の上を歩いてきたんだと思う)

吾野駅が10時半頃、今度は高麗川を挟んで、反対側の山に登る。急な登りを頑張って、子の権現から来る道にぶつかり、前坂までは登りが続く。前坂からは尾根道の縦走となる。大高山や、その先の天覚山へと続く道は、細かいが、急な登り下りの連続。登りはともかく、下りは慎重に進む。
IMG_7402.jpg (大高山。写真は通り過ぎてから撮ったもの。虎秀山から見たときと、まったく形が違う)

IMG_7399.jpg IMG_7400.jpg (期待してなかっただけに嬉しかった)

大高山山頂周辺では、まだきれいな紅葉が残っていた。12時をまわり、好天ながらも、そろそろ霞んできちゃうかなと思ったが、天覚山からも、長沢背稜、奥多摩、丹沢まで、よく見えていた。
IMG_7404.jpg (天覚山より 川苔山から蕎麦粒山、三つドッケ。なんだか懐かしい)

IMG_7405.jpg (大山から関東平野が広がる)

天覚山であった人と話した。途中見かけた、うんこの話。この日、虎秀山コースでも、大高・天覚コースでも、黒いうんこを見かけた。4回も見た。人間のうんこと同じくらいの太さ、大きさ。共通するのは色だけじゃなく、消化されていない、柿の種(煎餅じゃないよ)が含まれていた。

この日歩いたのは、以下のようなコース。

地図

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































































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