めんどくせぇことばかり 本 時代小説
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『朝嵐』 矢野隆

源為朝という怪物を知ったのは、『椿説弓張月』だったんだろうな。

だけど、どんな本で読んだのか、それがまったく記憶にない。昔はよく、“なんとか読本”なんていうのがあったので、おそらく簡単に読める、そんな感じの本だったんじゃないかと思う。私の人生の中でも、源為朝は、かなり早い段階で巡り合ったヒーローということだったろう。

歴史上のヒーロー遍歴でいうと、為朝から同じ源氏の義経に移行する。その後は、大河ドラマで取扱われるような人物を、頼朝と家康を除いて、一回りするような形になった。海外勢も時々顔を出して、最初はなんといってもアレクサンダーだな。中学2年の時だ。アレクサンダーをきっかけに世界史に興味が移り、ハンニバルやカエサルに惹かれるようになった。

そう、思い出してみると、なんだか源為朝というのは、なんだか異質な気がするな。おそらく私が読んだ『椿説弓張月』は、子どもでも面白く読めるように書かれたものだったろうけど、今、こうして『朝嵐』で源為朝の人生をたどってみると、やはり怪物というしかない。

純粋な強さだけを追い求めたその生き方は、当時の武士の中にあっても、やはり異質なものだったろう。あんなにも純粋に、強さを追い求めた生き方が、本当に可能だったのか、そのへんは少し疑わしい。

平安時代に入り、権力は藤原家に独占された。奥羽の蝦夷討伐後、平安政権は治安維持を放棄し、中央以上に地方は混乱した。地方の土豪は武装して自衛する武装農民化する。しかし、それだけでは足りず、自らの土地を権力者に寄進して、その保護下に入ることになる。

藤原家の荘園ばかりになってしまって、税も集まらない状況では、皇族にも臣籍降下するものが少なくなかった。彼らが平氏、源氏の名で地方に下ると、地方の土豪は彼らの“平”、“源”の名の下に集まり、それなりの勢力を持つようになる。

それでも結局、彼らは荘園の寄進を受けた権力者の庇護のもとに、その戦力となることで、自分の土地と立場を守らなければならなかった。“一所懸命”に生きる武士たちの棟梁たる源氏の者として、為朝のような生き方があり得たとは、なかなか思えない。

為朝の父、為義は、八幡太郎義家の孫にあたる。前九年の役、後三年の役で活躍した義家だけど、東国武士の信頼を勝ち得た義家の末裔を、平安政権はどこか警戒していったように見える。なんだか、このあたり、平安政権は源氏に冷たい。逆に平氏を優遇して源氏の先行を押さえようとしている。


『朝嵐』    矢野隆


中央公論新社  ¥ 1,870

源八郎為朝。武士として生きるため、異常な弓の鍛錬を続けた男
壱 兄と弟
弐 鎮西
参 乱
肆 鬼の住まう島


『朝嵐』の中で、為朝が一途に強さを追い求めるきっかけを作ったのは、兄の義朝だった。どうやら義朝は、父の為義から煙たがられていたらしい。京で権力におもねる道を選択した父から東国に追いやられたのは、義朝にとっては幸運でもあったろう。

私の家は、埼玉県東松山市、畠山重忠の本拠とした菅谷館はほど近い。かつては菅谷村と呼ばれたが、ここを訪れた本多静六博士が近所を流れる槻川の景観にふれ、「嵐山のようだ」と言ったことから、町制施行するにあたり、嵐山町と名乗るようになった。

その嵐山町に大蔵神社というところがある。

東国を新天地として力を伸ばす義朝に対し、それを牽制するために為義は、義朝の弟の義賢を東国に差し向ける。権力者から力を押さえられようとすると同時に、源氏は内輪でももめ事を繰り返した。

義賢は現嵐山町にあった拠点である大蔵館を、義朝の子にあたる悪源太義平に襲われて死んでいる。それが、今、大蔵神社になっているところである。
その時、家臣が助けた義賢の子が、のちの木曽義仲になる。近くにある鎌形八幡宮には木曽義仲産湯の清水とされるものが残されている。

平氏の軍勢を最初に京都から追い落とすのは義仲と言うことになるわけだから、
それを考えると、やはり源氏には、強い武人を産む血が受け継がれているように感じられる。

為朝の生き方はハチャメチャだ。保元の乱で崇徳上皇方に組みして逆賊となったのはやむを得ないとしても、九州時代にもその傾向があったが、伊豆大島に流されてのちは、あえて逆賊として生きている。

やはり、大河ドラマでは使い切れないところだろう。

それでも、為朝の血を引く子が琉球に渡り、琉球王家の祖、舜天になったというのは、説として捨てがたい。なにしろ、為朝が嫌い抜いた、義賢の子でさえ義仲という怪物になった。



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『熱源』 川越宗一

新型コロナウイルスには、参りますね。

うちの方の小学校の卒業式も中止にすると、今さっき(23日)、区長会の連絡網で回ってきた。卒業式を翌日に控えて、ギリギリの判断であったようだ。卒業生たちも可哀想ではあるけれど、その分きっと、何か良いことで、あなたたちの人生が埋め合わされることを、おじさんは信じているよ。

この『熱源』という本を読むことになったのは、全くの偶然。何しろ私が買った本じゃない。連れ合いの本。しかも、たまたま身近に真新しい本がなかったので、ここ数日間、連れ合いが熱心に読んでいたこの本をペラペラめくってしまっただけのこと。

だいたい、『熱源』という題名からでは、内容は類推もできない。表紙に書かれた犬ぞりが走る様子から、“冒険”という言葉は浮かんだ。「植村直己みたいな探検家を取り上げているのかも知れない」なんていう思いもあって、ペラペラめくってしまったわけだ。

めくってみると、まずは題名と作者の名前があり、続いて目次が現れる。“サハリン”、“日出づる国”・・・、明治期の樺太が舞台かもしれない。さらにめくると、北海道と樺太を注進とした地図が現れる。ロシア領には、ウラジヴォストークも記載されている。ロシアも絡んでくるようだ。

さらにめくると、登場人物の紹介がある。ここまで来ればはっきりする。この物語は、欧米列強と新興国家日本の台頭の中で、徐々に故郷を奪われ、その存在自体を問われるようになっていく樺太アイヌの様子を描いた物語だ。

即座に、頭に浮かんだ本がある。

それは、船戸与一の『蝦夷地別件』。1996年の本で、とてつもなく面白かった。

商人による苛烈な搾取、謂れのない蔑みや暴力、女たちへの陵辱…。和人の横暴にあえぐアイヌたちが、ついに和人に対して蜂起したクナシリ・メナシの戦いの前後を描いたものだった。



『熱源』    川越宗一


文藝春秋社  ¥ 2,035

樺太アイヌの戦いと冒険を描く、前代未聞の傑作巨編!
序章 終わりの翌日
第一章 帰還
第二章 サハリン島
第三章 録されたもの
第四章 日出づる国
第五章 故郷
終章 熱源


全権プチャーチンとの間にかわされた、日ロの最初の約束事、日米和親条約においては、千島列島では択捉島とウルップ島の間に境界が設けられた。樺太においては境界を定めず、混住の地とすることが定められた。それが安政2年、1855年のことだ。

そのあと、明治8年、1875年に千島樺太交換条約が結ばれる。この間、樺太においては、“混住”、つまりなんの定めもない中でロシアによる樺太開発が本格化していた。日ロは、再度、境界線画定のための交渉を行なうが、またも不調に終わる。両国は自国の優位を確定するため、競って移民を樺太に入れている。先住民であるアイヌにしてみれば、いい迷惑だ。事実、、日本人、ロシア人、アイヌの間での摩擦が増え、不穏な情勢になっていたという。

そこで、日本がロシアに持ちかけたのが、千島樺太交換条約であった。遠隔地である樺太でロシアと争うよりも、千島列島を確保して北海道開拓に全力を注ぐことを重視したものである。面積から、外交における弱腰を攻める意見もあるが、まずは極東の小国からの申し出を、ロシアに受け入れさせたことに大きな意味があると思う。

ロシアにしてみれば、ウルップ島から北の千島列島を確保したまま、混住地の樺太の全部を自分のものとする可能性もあったわけだ。日本は、その可能性を、ロシアにあきらめさせた。

当時、バルカン半島への影響力と黒海の制海権をめぐって、ロシアとオスマン帝国の間で長い戦いが続いていた。東ヨーロッパに食い込んだオスマン帝国の領土は、帝国の弱体化とともに、列強の間でも懸案の地となっていた。なかでもロシアの南下政策は、イギリスの覇権への挑戦という側面もあり、列強の注目を集めた。クリミア戦争はその一環であった。それが終結した平穏な時期に、ロシアは樺太開発を本格化させたわけだ。

千島樺太交換条約が調印された時期、1,875年だな。実は、ロシアとオスマン帝国の対立の地であるバルカン半島に、新たな事態が持ち上がっていた。ボスニア・ヘルツェコヴィナに住むスラブ系キリスト教徒が、ムスリムの地主による搾取に反発して農民反乱が起きていた。それはブルガリアにも飛び火し、半島全体に反オスマン帝国の機運が高まっていく。そんな時期だった。

クリミア戦争の敗北をおして、ロシアはバルカン半島への進出を狙っていた。露土戦争が始まるのは1877年だが、すでにロシアの意識はバルカン半島にあっただろう。樺太の小競り合いに決着をつけることは、バルカン半島に集中したいロシアには降ってわいた幸運だったはずだ。

そのようにして、千島樺太交換条約が結ばれる。この『熱源』は、そこから始まる話である。

「弱肉強食の摂理の中で、我らは戦った。あなたたちはどうする」 「私たちは、いや私は、その摂理と戦います。あの島の人々が持っている熱が失われないように」


『蝦夷地別件』を読んだときも思ったんだよなぁ。田沼意次の改革が続いていれば、ロシアとの関係はもっと良好な状態で始められたであろうし、松平定信時代のように、むやみにアイヌを追い詰めることもなかったろう。状況によっては、北方の諸民族の状況も大きく変わっていた可能性もあったと感じている。



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『道鏡』 三田誠広

道鏡は、看病禅師として病に伏した孝謙上皇の看病に当たり、それをきっかけに上皇とただならぬ関係となり、朝廷において大きな影響力を持つほどに出世した。重祚して称徳天皇となった女帝は、道鏡に行為を譲ろうとするが、和気清麻呂が宇佐八幡の信託を受けて、それは阻まれた。

道鏡は 座ると膝が 三つでき

道鏡に 根まで入れろと 詔

道鏡に 崩御崩御と 称徳言い

江戸時代には、そんな川柳が楽しまれるほどに、野心旺盛な道鏡が称徳天皇と男と女の関係になって出世したってことが常識になっていた。道鏡の巨根に称徳がメロメロにされちゃったなんて、ずいぶん言われちゃってる。

こういった説は、『日本霊異記』や『古事談』といった説話集で、面白おかしく取り上げられるようになったもののようだ。いずれも平安時代に入ってからのもので、信頼できる一次資料にあるものではないという。

さらに、鎌倉時代に成立した『水鏡』の異本には、称徳天皇は、道鏡だけでは飽き足らず、もろもろの法師のものを受け入れてセックスに耽ったため、女性器の中が極楽浄土になったとか。

さらには、道鏡の巨根になれて、さらなる刺激を欲した称徳天皇が、山芋をペニス型に削って楽しんでいたところ、それが膣内で折れて、取り出せなくなって、そのまま亡くなったとか。

ここまでひどい話になると、多くの人が疑問を抱く。あまりにも茶化しすぎだ。しかも下ネタで茶化しているので、言い逃れできない過去の人物である道鏡と称徳にしてみれば、風評被害も甚だしい。二人が男女の関係にあったなど、一次資料には何も見られない。

面白おかしい話に茶化しているが、そのもとである、称徳天皇が道鏡に皇位を譲ろうとしたというのは、ある種の道理にかなっていたのではないか。道理にかなった話であっ誰がために、それが排除されたとき、その排除にこそ、後付けで理由をつけなければならなくなったのではないか。



『道鏡』    三田誠広


河出書房新社  ¥ 時価 2,500より

有数の知識と学識を持ち、同時に呪禁力も兼ね備えた道鏡とは?
第一章 婆羅門僧正が宙に昇る
第二章 悪行は仏道の精華なり
第三章 女帝に憑いた魔を祓う
第四章 法王となり国政を担う
第五章 弓削宮に響く歌垣の声


二人が男と女の関係でなかったとしたら、この時代のなり行きは説明できないのか。

たしかに、二人がそういう関係にあったからこそ、道鏡の出世があり、皇位を譲るという“突拍子もない話”が出てくるとするのは、分かりやすい説明ではある。しかし、安易だ。道鏡を政策に関与させ、さらには皇位も譲るという状況は、称徳天皇から道鏡に対する尊敬と信頼があれば、不可能ではない。二人は精神的に結びついていたが、男女の関係ではなかったとしても、この成り行きは十分説明できる。

説明はできるが、十分ではない。それは、道鏡でない者に皇位を譲ると言うことが、一体どういう意味を持つのかを考える必要がある。

ことの起こりは、藤原不比等と言っていいだろう。天武朝には藤原氏の出る幕はなかった。しかし、持統、元明、元正という三人の女帝の時代は男系は天武朝であっても、女系は天智朝になっている。天智系と藤原氏というタッグで天武朝の田の皇子たちに皇位を渡すことを阻止するのが、持統、元明、元正の成すべきことだったのだろう。

藤原不比等にすれば、天武朝の皇親政治を崩し、自らが天皇家の外戚となることで、政治の実権を握っていく。それは短期間に、着実に進められる。女系天智系の文武に不比等の娘宮子を妻合わせ、生まれたのが女系藤原系の聖武天皇だ。さらに、聖武天皇に、かさねて不比等の娘光明子を妻合わせ、生まれたのが孝謙、重祚して称徳天皇となる。

聖武と孝謙は、藤原氏を外戚とする天皇である。天皇家よりも藤原氏の一族であることに甘んじることができれば、楽に生きることができただろう。

鍵を握ると思われる女性がいる。県犬飼橘三千代である。早くから命婦として宮中に仕え、最初、美努王に嫁して葛城王をはじめ、佐為王、牟漏女王を産む。その後、美千代は美努王と分かれて藤原不比等の後妻となり、聖武の皇后となる光明子を産んでいる。

当時は、多くの古代豪族が、藤原氏によって没落させられていく中で、長屋王、橘諸兄と、皇族及び皇族出身の者らが藤原氏による権力掌握に抵抗を繰り返していた。

そのどちらにも関係している女性である。しかし、父のもとから離れ藤原不比等に身を寄せた母を、橘諸兄は容易に受け入れるであろうか。彼は、もとは葛城王と名乗った。臣籍降下するに及び、母方の橘姓を継いでいる。母が父のもとを去り、藤原不比等の後妻に入ったことを、やむを得ぬことと捉えていたからこそ、彼は橘姓を受け継いだのではなかったか。

“やむを得ぬ”なにがしかの思いが、三千代から光明皇后に、光明皇后から孝謙・称徳に受け継がれていたとしたらどうだろうか。藤原氏の支配下にある者に皇位を譲ることに、もはや称徳は絶望していたのだとしたら。

彼女に称徳の名を贈り名した者は、彼女の怨霊かを恐れていた。称徳は、殺されたのではないか。その後、天智系の光仁天皇が立てられ、井上内親王の子他戸親王が立太子されるが、二人が光仁天皇を呪詛したと訴えられ、幽閉されて殺される。いずれも、式家の藤原百川の影が浮かぶ。

ここまで書いて、困った。本のことを何も書いてない。・・・仕方がない。そんな時代を、著者の三田誠広さんがどう書いたか、お楽しみ下さい。



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『新釈にっぽん昔話』 乃南アサ

うちの子供たちは、なかなか寝てくれなかった。

特に、娘を寝かしつけるのは難しかった。夕ご飯のあともなかなか眠くならない。こっちが先に眠くなってしまう。本を読んでやっても、まだ寝ない。部屋を暗くして、お話をしてやる。部屋を暗くしてあるから、なおのこと、こっちが眠くなってしまう。話をしている途中で、ふと寝てしまうらしい。話が止まってしまったことで、それが娘に気づかれてしまう。

娘は「寝ないで.寝ないで」といいながら、私の顔をピシャピシャ叩く。頬ではない、上を向いている顔の真上から手を振り下ろす。私は鼻をつぶされて、飛び起きる。「お話し、お話し」と促されて話そうとするが、とっさに何をどこまで話したか出てこない。

適当に桃太郎の話をすると、「違う!桃太郎じゃない」と怒られる。「青鬼があばれたの」と言われて、“泣いた赤鬼”の話だったことを思い出す。再開して、頑張って終わりまで話しきる。娘は静かだ。寝たかと思って顔をのぞき込むと、目をあいたまま天井を見ている。

「寝るよ」と声をかけると、「どうして青鬼はあばれたの」と返してくる。何度話しても、そう聞いてくる。仕方がないから、何度も話した青鬼の気持ちを繰り返す。青鬼の気持ちを私から聞くことが、娘のお好みだった。他のお話をしてもそれは同じ。誰かの気持ちを聞くのが好きだった。それを聞くと、納得して、娘は寝た。

そんな娘も、今は自分の息子や娘を相手に、そんな毎夜を過ごしているのだろう。

子供を授かるのは大変なことだった。花咲かじじいも、一寸法師も、犬と猫とうろこ玉も、実は話はそこから始まっている。健康な親の元で、子が心身ともに健康に育つのは、なおのこと大変だった。三枚のお札も、笠地蔵も、実は話はそこから始まっている。

結婚して、子供を授かって、健全な家庭で健康に育って、成長した子供が結婚して所帯を持つ。そうして世代が引き継がれていく。今の時代は、それが当たり前のことと捉えられている。祖父母の世代から父母の世代へ、父母の世代から私たちの世代へ、私たちの世代から子供たちの世代へ、なんとか受け渡すことができた。当たり前のように見えて、ちっとも当たり前じゃなかった。

あとは祖父母と同じように、父母と同じように、私たちも消えていけばいい。




文春文庫  ¥ 902

誰もが知る昔話が、大人も楽しめるエンタテインメントに大変身
さるとかに
花咲かじじい
一寸法師
三枚のお札
笠地蔵
犬と猫とうろこ玉


2011年3月11日、著者の乃南アサさんは、仙台市の郊外にいたそうです。被害の大きさや津波の惨状、原発の状況などを知ることができたのは、運良く東京まで帰り着いた翌日以降のことだったそうです。でも、その恐怖の記憶と東北を襲った惨状から脱出したことが、ご自分の中ではある種の後ろめたさとしてこびり付いてしまったそうです。

まんまと逃げ出してきた。

自分は何も喪っていない。

ああ、それを後ろめたく思う心情は、・・・分かると言うのはたやすいが、言っては全部嘘になってしまいそうなので言わない。言わないけど、居ても立っても居られない思い段だろうと想像する。居ても立ってもいられないから、乃南アサさんはこの本を書いた。

窮屈な避難所や仮設住宅で、互いに傷を抱え、疲れ果てながら、ひたすら肩を寄せ合って暮らす人たち。気力を失い、夢も希望も抱けずにいるかも知れない人たちが、ほんの少しでも「現実」から頭を切り離した時間を過ごせれば、その分だけ少しでも心を休ませることができるかも知れない。そんな思いから、書かれたのがこの本と言うことです。

しかも昔話なら、年齢性別問わず、時と場所を選ばずに読み始められる。事実、私はこの本をそうやって読んだ。時と場所を選ばずにね。本当は、どこか“大人の昔話うっふ~ん”を期待しているところもあったんだけど、逆にそれだと、それなりの時と場所が必要になってしまう。それはそれとして、他のなにかに託して、この本に求める必要はない。

この本で乃南アサさんは、昔話を新しい読み物にした。ある意味では新たなジャンルを切り開いたことにもなる。元から、面白いからこそ語り継がれた話。作家がその話をさらに展開したら、・・・そりゃ、面白くないはずがない。

たとえば、さるかに合戦は、元から奇想天外な話だった。そして、悪い猿をやっつけて死んだ蟹さんの恨みを晴らした一党は、自分たちにはそれができることを実証した。

そして次の相手は、狸の女房を手込めにし、首をつった女房を見て飛び出していった亭主も殺し、その娘を妾にしようとしているむじなどんらしい。一党は、仕事人になったらしい。


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『志に死す』 人情時代小説傑作選

熱がある。・・・いや、あった。

25日に不調に陥って、その日の夕方からは熱が出た。26日には熱が高くなって、昨日27日が一番ひどかった。熱のある中で自治会の仕事をこなして、早く寝た。夕べはずいぶん汗をかいた。夜の間に2度着替えをした。今日28日はだいぶ楽になった。

ずっと家にいたので、本屋とスーパーマーケットに行きたいのだが、時節柄、控えた方がいいだろうか。ほんの四日ほどのことでそう思うくらいだから、豪華客船の客室に長く居なければならなかった人は、さぞ大変だったろう。

さて、どうしたものか。

歴史物が好き。時代物が好き。

時代小説・歴史小説が好きだな。最初、この二つの区別がよく分かっていなかったんだけど、歴史小説は歴史上実在した人物を用いて、ほぼ史実に基づいて書かれる。もちろん、それを前提として作家のその時代や人物への思いが語られることになる。

これに対して時代小説は、架空の人物が創造され、または実在の人物であっても史実に拘束されずに、面白さを前提として話が展開する。

もう、洋の東西は問わない。ただ、歴史考証がいい加減で、あまりにも荒唐無稽になると、まったく興味を持つことが出来ない。せめてその時代の人の生き方、心の持ち方はしっかり踏襲して欲しい。最低でも、その物語で他国を誹謗中傷するような、“中国”や韓国の時代小説は、ぜひ勘弁してもらいたいと思う。

歴史小説にせよ、時代小説にせよ、その時代の人間の生き方が書かれているのがいい。例えば、この『志に死す』は、いずれも江戸時代の庶民や上・下級武士の死生観が描かれている。そこから学ぶことが出来るものは、とても大きい。


『志に死す』    人情時代小説傑作選


新潮文庫  ¥ 572

“男の死"をテーマに、傑作短編5編を集めた、涙の時代小説アンソロジー
藤沢周平「木綿触れ」
笹沢左保「生国は地獄にござんす」
菊池寛「敵討順逆かまわず」
山本周五郎「城中の霜」
池波正太郎「看板」



編者は縄田一男さん。

文芸評論家でアンソロジスト。時代小説・歴史小説に造詣が深く、『時代小説の読みどころ』で中村星湖文学賞、、『捕物帳の系譜』で大衆文学研究賞を受賞している。まあ、面白い時代小説・歴史小説の面白さを世間に広めることが、この人の仕事だな。

この短編集だって、そんな縄田さんならでは。なにしろ、藤沢周平、笹沢佐保、菊池寛、山本周五郎、池波正太郎ですよ。いまさら紹介されるまでもない人ばかり。・・・そう思うでしょ。だけど、ここの紹介されている短編、読んだことのあるものは一つもない。読んだことあるものは一つもないのに、やっぱり藤沢周平の話だし、菊池寛だし、山本周五郎の話なんです。

なにしろ、笹沢佐保は木枯らし紋次郎だし、池波正太郎は鬼平犯科帳なんだからね。

全部で215ページの一冊で、私は読むのが速いわけではないが、一話読み終わるのに30分とかからない。電車に乗るときに持って幾本としては最適だな。実は先日、大阪に行くときに持って行った中の一冊なんだけど、暇そうにしている連れ合いにこれを貸して、私は違うものを読んだ。まずは池袋に向かう東上線の中で、連れ合いは最初の二話を読み終えていた。

この本、『志に死す』は、“死”に対峙した男の覚悟を一つのテーマとして、時代小説のプロが選び抜いた話。実は今回、時代小説のプロは男の覚悟と同時に女の覚悟の短編集も出している。女の覚悟は“生”を貫こうとするときに決まる。題名は、『絆を紡ぐ」。手元にあるが、今はしばらく、『志に死す』の余韻に浸りたい。


藤沢周平「木綿触れ」
最愛の妻を不可解な自死に追い込んだ真実を知ったとき、夫はある決意をする。
笹沢左保「生国は地獄にござんす」
家族に捨てられ島流しにされてなお、故郷へ戻ろうとする渡世人の悲願。
菊池寛
「男に二言なし」の言葉通りに、決して破らなれかった武士の固い約束。
山本周五郎「城中の霜」
安政の大獄、罪なき罪で斬られんとした志士の、最期の背中が語った本当の意味とは。
池波正太郎「看板」
盗みには盗みの流儀がある。道を外れた部下の過ちに、党首は潔く引退を覚悟するが……。


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『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』 夢枕獏

この間、古本屋さんで買ってきた。
いや、もともとは2016年に出た本なんだけど、文庫本は出たばっかり。私が古本屋で買ってきたのは右の、2016年の本。556ページの分厚い本だから、少しずつゆっくり読もうと思ってたんだけど、あんまり面白くって、結局一気に読んでしまった。

戦いの書き方が、夢枕獏さんはうまいね。

ずいぶん前、まだ脚の手術をする前だな。『東天の獅子 天の巻』(全4巻)っていうのを読んだ。面白かったなー。明治維新後、柔術が柔道に生まれ変わっていく過程とそこに居合わせた武人たち、講道館四天王の葛藤と成長を中心に綴った物語。

明治時代という、生まれ変わった若さに満ちた時代。武道の世界も生まれ変わらなければならなかった。この時代の葛藤っていうのは、本当、エネルギーを生み出すマグマだまりっていうか、溶鉱炉というか、そういう力を感じる。ある意味では、とてもうらやましい時代でもある。

夢枕さんを追いかけて読んでるわけじゃないので、それ以外の格闘者は読んでないんだけど、『東天の獅子』の格闘シーンっていうのは、やっぱり『ヤマンタカ』の格闘シーンに通じるものがある。

『ヤマンタカ』の中の格闘シーン、・・・格闘シーンというか、机竜之介によって人が命を奪われていく様子の書き方がすごいんだ。

それを読むと、まるで、机竜之介の振るった剣が、自分の体に入ってきて、知らず知らず意識が遠のき、自分が生を放棄していくかのような感覚になるんだ。



『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』    夢枕獏


角川文庫  上下巻共 ¥ 968

人間の欲望や本能を突き付けられる、熱き剣豪小説。
序の巻 外道の贄
巻の一 大菩薩峠
巻の二 天然理心流
巻の三 日野の渡し
巻の四 日野宿争乱
巻の五 怪士の剣
巻の六 御岳山
巻の七 因縁菩薩
巻の八 魔性の剣
巻の九 異形菩薩
巻の十 試合前夜
巻の十一 奉納試合
巻の十二 秘剣の秘密
巻の十三 大菩薩峠
転の巻 大乗の剣


中でも、《巻の一 大菩薩峠》で、なんの落ち度もない老巡礼が、たまたまであった机竜之介に、大菩薩峠で切られる。巡礼の死はあまりにも唐突で、無意味で、それだけに絶望的だ。

ところが、・・・だ。

意味もなく切られる老巡礼が、ある意味ではそれを受け入れているのだ。その描写は強烈でさえある。そのシーンは23ページに出てくる。

私は、そこで持って行かれた。後は一気読みだ。

実は、私は『大菩薩峠』という本を読んでない。ずいぶん長い話だそうだ。夢枕さんも冒頭部分くらいで全部は読んでないそうだ。

この小説の題名は『ヤマンタカ』だが、これは『宮本武蔵』が『バガボンド』に再構成されたように、『大菩薩峠』が『ヤマンタカ』二再構成されたもののようだ。“ヤマンタカ”とは、大威徳明王、「閻魔を殺すもの」という恐ろしい意味を持つ密教界最強の尊神だそうだ。

昨年の9月、大菩薩峠に行った。IMG_5182_2020012717592450e.jpg
昨年9月、大菩薩峠から取った富士山。青梅街道を小菅に抜けて、大菩薩峠を目指した。おそらく
、この本の中で机竜之介や土方歳三が通った路と同じ。

途中、急斜面の細い巻き道を進むようなところもある。これが甲州裏街道といわれる道だったんだな。秋、また歩いてみたいな。・・・机竜之介が歩いた道だと承知の上で。



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『邂逅の森』 熊谷達也

明治生まれの祖父は、最後は寝たきりの状態になって、介護にあたった祖母と母は大変でした。

自宅介護は何年間続いたんだろう。高校生の時にそういう状態になって、大学6年の時に亡くなったんだから、足掛け6年くらいかな。その多くがまったくの寝たきりでしたからね。

祖母は私が山登りすることに反対でした。遭難でもした日には、身上つぶれるくらいに思っていたようです。「見つかりやすいところで遭難しろ」みたいなことを言ってましたから。祖父はそうでもなかったみたいだけど、やっぱり心配はしていたようです。

高校で山岳部に入って本格的に山登りを始めたんですが、大学に入って上京し、いつだったか帰省した時の話です。一番奥にある祖父の部屋に行くと、祖父は以前にはなかったベッドの上に寝てました。その方が介護しやすいからだったみたいです。

祖父に声をかけて顔を覗き込むと、祖父は目を開けていました。再度、声をかけると、「・・・おう、どうした、・・・山は」と祖父が話し始めました。ちょうどその時、祖母がお茶を持って入ってきました。「山は、もうさみいだんべ」という祖父の言葉に、私はてっきり、山に登る私を祖父は心配しているんだと思いました。“大丈夫だよ”と口を開こうとすると、それよりも早く、「鉄砲撃ちが山にへえってるから、穴から出るな」・・・???

「おじいさん、なにゆってるん。**だで、**がけえってきたんだで」と祖母がいうと、祖父は「なんでえ、**けえ、おらあ、たぬきが遊びいきたんだと思ったでえ」と、驚いたような目を私に向けました。

驚いたのは、私の方です。

『邂逅の森』の主人公、松橋冨治は秋田県北部を流れる米代川の支流、阿仁川上流の打当の集落のマタギ。大正3年に25歳だから、私の祖父よりも12歳年上です。まあ、ほぼ同世代ですね。


『邂逅の森』    熊谷達也

文春文庫  ¥ 902

マタギとして成長する冨治は地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。直木賞の感動巨編
第一章 寒マタギ
第二章 穴グマ猟
第三章 春山猟
第四章 友子同盟
第五章 渡り鉱夫
第六章 大雪崩
第七章 余所者
第八章 頭領
第九章 帰郷
第十章 山の神


冨治はマタギという仕事に自信と誇りを抱けるようになった頃、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われ、マタギという仕事も失ってしまいます。鉱夫という仕事で生きて行かざるを得なくなる冨治だが、マタギという仕事に自信と誇りを持ってやってきた経験は、鉱夫の世界でも確実に生かされていきます。

鉱夫の世界で悲しい別れや大きな事故を経験し、やがて冨治は、マタギの世界に戻っていきます。そして、村を追われて以来、失われてしまった自分の人生を、取り戻していくことになります。

その冨治も時代の移り変わりの中で、マタギを続けることに疑問を抱くようになります。その問いに答えるように、彼の前に山のヌシである巨大グマが現れます。

一人の人間の仕事人生を考えてみれば、多くの場合、まずは目の前にある仕事を一生懸命にやっていくということだと思うんです。本気でやっていけば、どんな仕事でも誇りを持ってやっていくことができるようになるんだろうと思います。その誇りを持った仕事を生涯通していけるとしたら、これは幸せなことでしょう。

冨治にとってマタギという仕事は、まさにそういう仕事だったわけです。しかし、時代の移り変わりの中で、マタギという仕事も移り変わっていきます。その中で冨治も迷うわけです、迷う冨治を試すように“ヌシ”は現れるわけです。

冨治が村を追われたのは、地主の一人娘と恋に落ちたからですが、冨治が娘に夜這いをかけたんですね。実は、祖父母の話なんですが、祖母は祖父のことが好きで、どうしても一緒になりたかったんだそうです。それが、他の男と一緒にされそうになって、それが嫌で秩父から行田に逃げたんだそうです。

行だと言えば足袋。その頃はとても豊かな街だったんだそうですが、そこに何らかの縁者がいたようです。とにかくよっぽどだったみたいで、無事祖母は祖父に嫁いで、四男三女に恵まれます。

祖母がそこまで祖父にこだわったのは、やっぱり祖父は、祖母に夜這いをかけていたんでしょうか。




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『比ぶ者なき』 馳星周

なにも、ここで藤原不比等を読もうと思ったわけではないんです。山の話を書き始めた馳星周さんの本を追っていて、ここにたどり着いちゃっただけなんです。

刊行された順じゃないんですけど、『蒼き山稜』、『神奈備』、『神の涙』と読んできて、たまたまなんです。でも、もとから興味を持ってる範疇ですから、さすがにすぐ分かりましたよ。「『比ぶ者なき』って、もしかして、不比等のことを書いてるの」って。

いやいや、大したもんですねぇ。だって、馳星周さんと言えばハードボイルドっていうんですか。犯罪とか、闇社会とか、んん? 暗黒小説なんて言う分野なんですか? そっちの分野からやってきて、大変難しい日本古代を舞台にして、大方の定説に挑んで、見事に理屈の通った世界を書き上げてるじゃないですか。

やっぱり、“犯罪”、“闇社会”からやってきた馳星周さんですから、その人が、この時代を見れば、大方の定説なんて「歯牙にも引っ掛けない」ってところでしょう。

でも、まともに考えれば、そういうことになるんですよね。だから、本来、畑違いだった人がこの時代に入ってくれば、大方の定説がいかにバカバカしいもんであるかが、世の中に示されることになります。

大津皇子は、鵜野讃良に殺された。
鵜野讃良は草壁を皇位につけるために、不人と悪魔の成約を交わした。
不比等は、日本書紀において、藤原氏の利益のために、この国の歴史を改竄した。
不比等は、藤原氏の利益のために、律令を制定した。

日本書紀は、日本の正史ってことになってます。でも、不比等によって改竄されたお話です。持統天皇と軽皇子の関係になぞらえて、天孫降臨の話が作り上げられて、そこから始まる話です。神話の世界から、ツッコミどころ満載です。

馳星周さんだけじゃなくて、いわゆるミステリーの世界の人に、どんどん突っ込んでいってほしいなぁ。どんどん突っ込んでいって、大方の定説なんてもの、口の出すのも恥ずかしいような感じにしてほしいなぁ。

『比ぶ者なき』    馳星周

中央公論新社  ¥ 1,836

万世一系、天孫降臨、聖徳太子――すべてはこの男がつくり出した
時は七世紀末。先の大王から疎まれ、不遇の時を過ごした藤原不比等。彼の胸には、畏しき野望が秘められていた。
それは、「日本書紀」という名の神話を創り上げ、天皇を神にすること。そして自らも神となることで、藤原家に永遠の繁栄をもたらすことであった。


この本は、藤原不比等の目で進められう話です。

藤原不比等は、悪魔的です。不比等に貶められた者たちの怨嗟に満ちた魂がまとわりついています。その不比等の目で、草壁が死んだところから不比等の生涯が閉じるまでを書き上げています。

不比等は悪すぎますから、読んでいるだけで、苦痛でした。読んでいるだけで苦痛を感じる物語を、よく書き上げたもんだと感心してしまいます。

壬申の乱の敗北で、息を潜めて生きなきゃいけないところまで落ちました。最低のところまで行った不比等が、自分を最低のところまで突き落とした天武の家系の中に寄生虫のように取り付きます。そして天武系の家系の血をすすりながらの仕上がり、やがて宿主に取って代わっていく人生に、馳星周さんは爽快感でも感じたんでしょうか。

祟られそうな不比等の話の中でも、道代とのロマンスの部分だけ、どこか初々しく感じられる部分でしたが、道代との関係においても、不比等は悪魔的だったんじゃないかと思うんです。

“県犬養橘三千代”と、のちに“橘”という姓を賜ります。道代はもとは美努王の妻ですね。宮廷の女性を束ねる才覚を持った人だったようで、不比等はどうしても、道代の能力が必要だったわけです。美努王が大宰府に厄介払いされている間に、道代は不比等のものになります。

私は、道代は不比等に脅されて、美努王を裏切ったんだと思います。美努王や、美努王との間に儲けた子どもたちの命を守るためにです。

そうじゃなければ、美努王との間に儲けた子どもたちは、父を裏切った道代を許せなかったと思うんです。しかし、子供の葛城王と佐為王が、臣籍降下した時に、道代と同じ“橘”を名乗っているのが、説明付きません。橘諸兄は、母の悲しみを知っていたんじゃないかと思うんです。

そして、それでこそ不比等だと、そう思うんです。




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『英龍伝』 佐々木譲

『武揚伝』『くろふね』に続いて、この『英龍伝』で“幕臣三部作”になるわけか。なるほどね。まあ、榎本武揚は教科書にも出てくるね。中島三郎助はまったく出てこない。江川英龍は出てくるには出てくるんだけど、手元にある実況出版『日本史B』の教科書では、開国に続く幕府の施策の中で、“開明的な人物の登用”の具体例として欄外に以下の記述がある。

《外交に関わった川路聖謨・岩瀬忠震、反射炉を築造した伊豆韮山の代官江川太郎左衛門(英龍)、洋式砲術の高島秋帆、海軍の勝海舟らがいる》

って、これだけなんですね。佐々木譲さんの目の付け所って面白いです。

たしかに江戸幕府は制度疲労が甚だしく、そのままの体制で、あの当時日本の置かれた難局を乗り切ることは難しかったでしょうね。だからこそ明治維新が行われた。だけど、それを理想的なものとして持ち上げて、明治政府であったからこそ難局を乗り切れたなんて考えるのは、これまたおかしいですよね。だいたい、その行きつく先が、第二次大戦におけるみじめな敗戦ですからね。

そこまで行かなくても、もともと明治維新は下に置かれた者たちのルサンチマンをエネルギー源とするみたいなところがあって、そのルサンチマンを抱えていた連中が今度は上になって、優越した立場で江戸時代を評価したわけですよね。それだけに、長い間、江戸時代は必要以上にその価値を貶められてきました。

幕臣の中の優れた人材なんて存在しなかったかのよう。薩長に通じていた部分のあった勝海舟くらいは名前を出してもいいかなってくらいなもんですね。

江戸時代が再評価されるようになったのは、まだまだ日が浅いですもんね。


『英龍伝』    佐々木譲

毎日新聞出版  ¥ 1,944

平和的開国に尽力した知られざる異能の行政官。その不屈の生涯
開国か戦争か。いち早く「黒船来航」を予見、未曽有の国難に立ち向かった伊豆韮山代官・江川太郎左衛門英龍。誰よりも早く、誰よりも遠くまで時代を見据え、近代日本の礎となった希有の名代官の一代記。明治維新から150年。新たな幕末小説の誕生。
『武揚伝』『くろふね』に続く、幕臣三部作、堂々完結!


この物語のアンチヒーローは鳥居耀蔵ですね。朱子学の家柄の出で蘭学を敵視し、官僚としての能力は高いが、きわめて猜疑心が強い出世主義者という役どころ。実際そういう人物だったらしい。

天保の改革の水野忠邦にくっついて出世したくせに、水野政権にほころびが生じると遠慮なく裏切って身の保全に走るっていうのも本当のことですね。

だけど、この鳥居耀蔵を、この物語の中の個性豊かな登場人物の一人と考えるだけだと、おそらく間違いですよね。江川太郎左衛門と鳥居耀蔵の確執にこそ、本当に私たちが認識しなければならない大事なことがあるような気がします。

というのも、江川太郎左衛門も、鳥居耀蔵には何度も煮え湯を飲まされるような思いをしておりますが、それはまだまだ時代が江川太郎左衛門よりも鳥居耀蔵に共感を寄せていたことを意味していますよね。徳川幕府は、そのような者まで抱えていたということです。そのような者を抱えたまま、難局を乗り切ることは、やはり難しかったでしょうね。

幕府は幕藩体制の総本山。体制を支える思想である朱子学にとっても、幕府は総本山なわけです。だから、蘭学を毛嫌いする鳥居耀蔵や、それを支持する諸勢力が強い力をもって新しい芽を摘んでいくのは、むしろ当然のことです。

江川太郎左衛門は、そこに突破口をこじ開けたということにおいて、特筆すべき人物なんですね。だけど、黒船来航から明治維新まで、まだ15年もかかるわけです。それ以前に、江川太郎左衛門の踏ん張りがなかったら、日本は朝鮮やシナの二の舞は免れなかったかもしれませんね。

それにしても佐々木譲さんの物語って、こんなにも淡々としたものでしたっけ。






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『QED 白山の頻闇』 高田崇

《白山の頻闇》と言う題名で、なんとなく、・・・ただ何となく購入。

購入してビックリ。“QED”というシリーズもので、2011年に、すでに本編は完結しているんだそうですね。そこまでに17巻、さらにその後、外伝としてこの《白山の頻闇》が3巻目。あわせて全20巻にもなるんだそうです。

もちろん、読むのははじめてです。そこそこ楽しく読んでしまったんですが、さてどうしましょう。さかのぼって読んでみましょうか。そこまですることもないような気もしないではないんですが・・・。

“QED”は "quod erat demonstrandum" (クウォッド・エラット・デーモーンストランドゥム)の頭文字で、「証明完了」という意味なんだそうです。

・・・なんだかいけすかないですね。ミステリー小説らしいっていえばらしいですが、生意気な奴が出てきそうですね。・・・実際、出てきました。もちろん、物語としてはその方が面白い。

生意気な奴ってのが萬冶漢方勤務の薬剤師桑原崇。“崇”が“祟”に似ていることから“たたる君”と呼ばれる。桑原で“たたる”ですから、当然、あっち方面。神話や歴史にやたらと詳しく、その知識をひもといて難事件を解決していく、・・・らしい。なにしろ、これ一冊しか読んでませんからね。

だいたい、殺人事件が起こるようなんですが、それに絡んで神話や歴史の知識をひもとくということになると、その殺人事件自体が、何らかの形で神話や歴史がらみと言うことなのかな。


KODANSHA NOVELS   ¥ 950

白山信仰は雪をかぶったその姿への信仰 つまり「白」に対する信仰だ
QED~ortus~白山の頻闇
QED~ortus~江戸の弥生闇


この、『白山の頻闇』のテーマは“白”なんですね。この本にも出てくるけど、今でこそ、葬式と言えば黒だけど、ちょっと前までは白だったんですよね。黒を使うようになったのは昭憲皇太后の国葬に際して西洋式が用いられて以降とか。それまでは白。白は神に通じる色だった。ある意味では、それを象徴するのが白山神社ということか。

白山神社と被差別部落の関連が出てくる場面がありましたね。たしかに関連するけど、“たたる君”が「決してそうとも言い切れない」ってるけど、私もそう思う。だからと言って、白山神社と被差別部落の関連を避けて通るのは、「寝た子を起こすな」と言うだけのこと。

黄泉の国で死穢に侵されたイザナギは禊を行って三貴神を生んだ。死に穢を感じる感覚はすでにあった。しかし、様々に穢が取りざたされるようになるのは奈良時代からで、仏教の影響が強いという。そういえば、イザナギが侵された死穢は、水で洗い清められた。

だけど、仏教は、最初からその役割を鎮護国家に求められ、支配と結びついたものだった。自然と国家の支配の網にとどまらない者を排除することにも、仏教の思想は使われていったわけだ。

この場合、“仏教の”というよりも、“インドの”と言い換えた方がいいかもしれない。アーリア人はインドにおける支配を確立する中で、自分たちの支配の正当性とそれにともなう差別の構造を宗教の中に潜り込ませた。アージア人に逆らったものは“不可触賤民”に貶められた。それは自然と仏教のなかにも流れ込んだ。

日本で仏教がその地位を確立していく時期は、律令制が日本全体に網をかけに行く時期と一致しているからね。

さらにその差別が、組織化され、構造化されて、社会を支えるシステムとして地盤を固めたのもインドの影響かな。

・・・事件と謎解きの面白さの関係は唐突だし、謎解きそのものにもそんなにも厚みは感じない。歴史の本じゃないんだから厚みのなさに文句付けても始まらないですね。

ただ、上のようなことを考える機会を与えてもらったのは事実。題名を見て、面白そうなところをかいつまんで読んでみようかな




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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