『作ってあげたい小江戸ごはん』 高橋由太
日本の物語には、ある一定の型がある。
おつうは反物を織り上げてよひょうを富ませるが、よひょうに裏切られて、そのもとを去って行く。
男に羽衣を奪われた天女は、その男の妻となり男を富ませるが、ようやく隠された羽衣を見つけて、男のもとを去って行く。
なんだか、そんな話を思い出しちゃった。
苦手な厚焼き玉子をきっかけにレストランを首になる。実家の食堂をを一人で背負ってきた父親が倒れる。実家の食堂を継ぐことになるが、父の味に慣れた常連からそっぽを向かれる。
頭のどこかに、ダメかも知れないと言う思いがよぎる。
そんなときだった。父の見舞いに出かけたのはいいが、なんだか気後れして足が向かず、病院のすぐそばにある的場たぬき山公園で時を過ごす。生い茂る木々に囲まれたたぬきの置物があり、思わずお土産の、ゆで卵の紙袋をおいて手を合わせる。ふとわれに返れば、食堂の、夕方の開店時間が迫っている。さて帰ろうと思ったところ、脇に置いたはずのゆで卵の紙袋がない。袋ごときれいになくなっている。周囲を見渡してもない。首をひねりつつも、さして気に留めることもなく食堂に戻る。
どこか時代がかったバカ丁寧な言葉遣いで、二十歳ぐらいの年格好、丸顔で長い髪の、小柄な女性が食堂を訪ねてきたのは、その翌日のことだった。


“小江戸”と呼ばれる町が、各地にある。
関東だと、栃木県栃木市、千葉県佐原市、佐原市は今、合併で香取市になってるのか。それから埼玉県川越市。他にもあるんだろうけど、このあたりしか出てこない。
私の住む東松山市から川越までは、電車で20分、車で30分。遊びに行きやすい場所で、子どもが小さい頃には良く行った。今も娘の夫婦は川越に住んでいる。
なにしろ江戸時代、川越城は親藩、譜代の大名の居城となり、その多くは大老や老中、側用人など幕政を担う重臣ばかりだった。今も目を引き蔵造りの町並みは、明治地雷の大火ののち、火災に強い町作りを進める中で今につながることになった。
須佐之男命を主祭神とし、以下、脚摩乳命と 手摩乳命、奇稲田姫命と大己貴命と、どうみても出雲系としか言えない神々を祀る氷川神社から、歩いて10分ほどのところに食堂はある。商店街の一角ではあるが、駅から遠いこともあり観光客が訪れる店ではない。
うどん380円、たぬきうどん450円、コロッケ定食450円、鮭の塩焼き定食580円、カレーライス580円、豚肉の生姜焼き680円、カツ丼880円、ミックスフライ定食980円。
最高だな、こんな店。ちょっと、本当にはないかな。これじゃあ、やっていけないだろうね。そんな店に、ある日突然、雇ってくれと見知らぬ若い女がやってくる。
この女、「た*き」と名乗る。「えっ?たまき?」と聞き直したことで、“たまき”と呼ぶことになる。たまきは不思議と、人のふところに、ふっと寄り添ってくるところがある。場合によっては、“無神経”と攻められるようなことも、相手がたまきだと、なぜか受け入れてしまう。
そしてその結果、なぜか、あきらめていたことを、頑張ってみることになる。結果はどうあれ、やってみようかと。そう思いきってみれば、そこは父が長く苦労してきた人情商店街。江戸時代から続く、商人の街。
たぬき食堂の新たな主となった大地に、そんなきっかけを与えてくれた“たまき”には、隠しておかなきゃならない謎がある。だけど、慌てふためくと、ついついあれを出してしまう。
それを大地は、見たことがあるような、ないような。
おつうは反物を織り上げてよひょうを富ませるが、よひょうに裏切られて、そのもとを去って行く。
男に羽衣を奪われた天女は、その男の妻となり男を富ませるが、ようやく隠された羽衣を見つけて、男のもとを去って行く。
なんだか、そんな話を思い出しちゃった。
苦手な厚焼き玉子をきっかけにレストランを首になる。実家の食堂をを一人で背負ってきた父親が倒れる。実家の食堂を継ぐことになるが、父の味に慣れた常連からそっぽを向かれる。
頭のどこかに、ダメかも知れないと言う思いがよぎる。
そんなときだった。父の見舞いに出かけたのはいいが、なんだか気後れして足が向かず、病院のすぐそばにある的場たぬき山公園で時を過ごす。生い茂る木々に囲まれたたぬきの置物があり、思わずお土産の、ゆで卵の紙袋をおいて手を合わせる。ふとわれに返れば、食堂の、夕方の開店時間が迫っている。さて帰ろうと思ったところ、脇に置いたはずのゆで卵の紙袋がない。袋ごときれいになくなっている。周囲を見渡してもない。首をひねりつつも、さして気に留めることもなく食堂に戻る。
どこか時代がかったバカ丁寧な言葉遣いで、二十歳ぐらいの年格好、丸顔で長い髪の、小柄な女性が食堂を訪ねてきたのは、その翌日のことだった。
『作ってあげたい小江戸ごはん』 高橋由太 角川文庫 ¥ 660 不思議な二人が切り盛りするこの店は、心も体も軽くなる、ほっこり定食屋さん物語 |
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“小江戸”と呼ばれる町が、各地にある。
関東だと、栃木県栃木市、千葉県佐原市、佐原市は今、合併で香取市になってるのか。それから埼玉県川越市。他にもあるんだろうけど、このあたりしか出てこない。
私の住む東松山市から川越までは、電車で20分、車で30分。遊びに行きやすい場所で、子どもが小さい頃には良く行った。今も娘の夫婦は川越に住んでいる。
なにしろ江戸時代、川越城は親藩、譜代の大名の居城となり、その多くは大老や老中、側用人など幕政を担う重臣ばかりだった。今も目を引き蔵造りの町並みは、明治地雷の大火ののち、火災に強い町作りを進める中で今につながることになった。
須佐之男命を主祭神とし、以下、脚摩乳命と 手摩乳命、奇稲田姫命と大己貴命と、どうみても出雲系としか言えない神々を祀る氷川神社から、歩いて10分ほどのところに食堂はある。商店街の一角ではあるが、駅から遠いこともあり観光客が訪れる店ではない。
うどん380円、たぬきうどん450円、コロッケ定食450円、鮭の塩焼き定食580円、カレーライス580円、豚肉の生姜焼き680円、カツ丼880円、ミックスフライ定食980円。
最高だな、こんな店。ちょっと、本当にはないかな。これじゃあ、やっていけないだろうね。そんな店に、ある日突然、雇ってくれと見知らぬ若い女がやってくる。
この女、「た*き」と名乗る。「えっ?たまき?」と聞き直したことで、“たまき”と呼ぶことになる。たまきは不思議と、人のふところに、ふっと寄り添ってくるところがある。場合によっては、“無神経”と攻められるようなことも、相手がたまきだと、なぜか受け入れてしまう。
そしてその結果、なぜか、あきらめていたことを、頑張ってみることになる。結果はどうあれ、やってみようかと。そう思いきってみれば、そこは父が長く苦労してきた人情商店街。江戸時代から続く、商人の街。
たぬき食堂の新たな主となった大地に、そんなきっかけを与えてくれた“たまき”には、隠しておかなきゃならない謎がある。だけど、慌てふためくと、ついついあれを出してしまう。
それを大地は、見たことがあるような、ないような。