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『侍ジャパン 証言WBC』

3大会ぶりの世界一奪還!

知られざる激闘の裏側を、選手、スタッフ、関係者らが激白。

栗山英樹監督の信じる力、ダルビッシュ有のチームへの献身、大谷翔平の強い意志と楽しむ心……秘話満載、永久保存版の一冊。
“6月9日第一刷発行の本”

遅すぎる?いや、私には、まだ早すぎたくらい。

まだ、あの時のほてりは、体のどこかに残っていた。それが完全に消える前に読もうとは思っていた。だけど読めば、録画を見たくなるに違いない。今は読みたい本がたまっているので、それはまずい。それなのに、我慢できずに購入してしまった。

購入した以上、もちろん読んだ。あの時の感覚は、すぐによみがえった。いや、後日談、コーチ陣やチームを裏から支えていた人たちの話も含め、情報としては、あの時以上。

各国チームとの力関係が、詳細なデータの比較を通して紹介されている。それによれば、日本が勝つべくして勝っていることが分かる。さらには、初戦から決勝まで、一試合ごとのデータが紹介されているので、各試合の一場面一場面を思い出すことが出来る。

このデータがあるなら、日本ラウンドの対“中国”戦から録画で見直すしかない。膨大な時間を消費することになる。年末年始の酒が入った状態で見るのが良かったんだが、やはり、早すぎたか。

今すぐ見たいところだが、・・・そういう訳にも・・・



宝島社  ¥ 1,320

最強メンバーが「ワンチーム」になるまでの人間ドラマを徹底取材!
巻頭グラビア 大谷翔平が教えてくれた強い意志と楽しむ心と信じる力
大谷翔平 「決めた。絶対に塁に出てくる」
栗山英樹 「人って凄い。本当に凄い。そう信じた大会だった」
データが語る完全優勝。侍ジャパン、強さの秘密
ダルビッシュ有 日本代表を“ワンチーム”にした人間力の核心
中村悠平 初めて尽くしの大谷翔平 決勝戦9回「15球の真実」
ダルビッシュと大谷翔平がチームにもたらした革命
白井一幸 最高のチームが最強のチームになる
城石憲之 村上の劇的打を生んだ栗山監督の信じ抜く力
決勝戦前のブルペンで6年ぶりに受けた大谷のボール
近藤健介 こんな野球がしたかった
村上宗隆 「3年後は全試合4番で」
山田哲人 苦悩の男を救ったダルビッシュの言葉
通訳 小島克典 「今回の日本代表は群を抜いて結束力が強い」
OBが見た侍ジャパン 里崎智也 川﨑宗則 五十嵐亮太
愛と情熱と栄養を選手に 「弁当」に込めた思い
WBC2023 侍ジャパン全記録


2019年プレミア12、2021年東京2020五輪を中心選手として支えてきた山田哲人は、打撃の低迷に悩んでいた。昨季、打率はプロ12年でワースト。招集を受けて悩んだ山田に、「どうしても来てくれ」と栗山監督は頼んだ。

キャッチャーの中村悠平は、このWBCで人生最大の緊張感を味わっていた。5試合出場した中で初戦となった韓国戦、負ければ1次ラウンド敗退の可能性も出てくる。試合が近づき、5分くらいベンチで待機していた時、中村はタオルで口をふさぎながら、試合が始まるまでずっとえずいていた。

源田壮亮は3月10日の韓国戦で、右手小指を骨折した。ベンチに戻った源田の小指は、不自然に外側を向いていた。プレーを続ければ、シーズンに影響する可能性もある。場合によれば、選手生命にも関わる。それでも本人は、「絶対に出る」と言い張った。栗山は、源田が所属する西武の渡辺久信GMに連絡した。渡辺は「本人の意思の通りにしてほしい」と応えた。

日本のホームラン王村上宗隆は苦しんでいた。1次ラウンド4試合で14打数2安打、打率1割4分三厘。3月3日の強化試合、試合前に5階席に飛び込む大谷のフリーバッティングを見せつけられた。あまりのすごさに笑ってしまう選手もいる中で、村上の表情はこわばっていた。微妙な心情が、村上のバッティングを狂わせた。

みんな、そんなにも苦しんだのに優勝決定後のインタビューでは、「このチームで戦えなくなるのが寂しい」、「このメンバーでもっと試合がしたい」、「ありがとう」、「幸せな時間だった」、「最高の時間だった」と答えている。

WBCを特集した本は幾つか出ているようだが、この本が一番みたいだな。

・・・ここのところ、野球だけではなく、日本選手はさまざまなスポーツで、世界と真っ向勝負できるようになってきている。サッカー、バレーボール、バスケットボール、陸上、水泳。「大したもんだな」と思いながら、いつも感心して観戦している。日本のスポーツ界の因囚が取り沙汰されることもあったが、それを通して一皮むけたんだろうか。

若い人たちが溌剌として頑張っている姿を見ていると、とても気持ちがいい。それこそ、寿命が延びる思いがする。これからも、もっともっと私の寿命を延ばしてもらいたいものだ。

やはり録画は、年末年始に一杯やりながら見よう。


テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

『名馬を読む』 江面弘也

サッカーワールドカップで日本がスペインに勝ったとき、吉田選手が次のようなことを言っていた。

「勝ったときの喜びは短いが、負けたときの悔しさはいつまでも続く」

過去のレースを思い起こしてみると、競馬に関しては、そうとばかりは言い切れない。競馬の場合は、強さを見せつけるようなレースや、名勝負も強く思い出に残る。

三冠レースで、他馬を引き離しての圧倒的な強さを見せつけたナリタブライアンやディープインパクト。菊花賞で三冠を狙うミホノブルボンを影のように追跡し、直線交わして三冠を阻止したライスシャワー。阪神大賞典で、直線二頭並んで後続をを引き離したナリタブライアンとマヤノトップガン。なんと200mにわたって馬体を合わせたマッチレースを演じた。毎日王冠でエルコンドルパサー、グラスワンダーという強烈な若駒の挑戦を受けたサイレンススズカは、二頭を並ばせることもなく、さらに突き放してゴールに向かった。

思い出しただけでも、ゾクゾクする。そのゾクゾク感を確かなものにしようと、JRAのHPを除いてみた。そうしたら、競馬名勝負列伝というのがあった。ファン投票で、10の名勝負が選ばれていた。ライスシャワーが勝った菊花賞、ナリタブライアンとマヤノトップガンの阪神大賞典、サイレンススズカが勝った毎日王冠も、名勝負列伝に選ばれていて、とても嬉しかった。

レースに関しては、自分が勝った負けたに関係なく、衝撃的な強さを見せつけられたレースや、名勝負が記憶に残るんだな。だけど、馬券となると、やはり悔しい思いをした記憶の方が残るかな。

私の場合はなんといっても、1996年のマイルチャンピョンシップ。以前、『名馬を読む3』をブログで紹介したときの内容に記憶違いがあったので、訂正もかねて紹介しておく。エイシンワシントンという部類の高速馬を追いかけていた私は、前走阪急杯2番人気を裏切り15番人気と、思い切り人気を下げていたこの馬に期待を託した。ジェニュインという圧倒的な人気の馬は実力でも抜きん出ている。だけど、エイシンワシントンも落ち着いて逃げれば遜色ない。いや勝ちまでありうると信じて、馬連一点で勝負した。

案の定、エイシンワシントンが逃げる展開。直線入り口では、エイシンワシントンを追いかけた先行馬が沈み始める。一頭、外からジェニュインだけがワシントンを追ってくる。ジェニュインがワシントンに並びかけた。ゴールは近い。私はこの時点で馬券を確信した。その直後、ワシントンのさらに内から一頭、スルスルッと上がってくる馬がいる。・・・アアッ、やめろ!やめてくれー!


『名馬を読む』    江面弘也

三賢社  ¥ 1,870

はじめて知る名馬、うわさに聞く名馬、なつかしい名馬。名馬に歴史あり。
第一部 戦前 競馬の黎明期
1 クモハタ 四白流星の貴公子
2 セントライト 史上初の三冠馬
3 クリフジ 戦前の大女傑
第二部 競馬の復興期
4 トキツカゼ 皐月賞、オークス優勝馬
5 トサミドリ 種牡馬として成功を収めた悲運の英雄
6 トキノミノル 十戦十勝、ダービー勝利後に夭逝した幻の馬
7 メイヂヒカリ 強さと優美さを兼ね備えた、グランプリ初代王者
8 ハクチカラ 日本馬初、海外重賞制覇
9 セイユウ サラと勝負したアラブの怪物
第三部 競馬の大衆化
10 コダマ 傑出したスピードのスターホース
11 シンザン “鉈の切れ味”の歴史的名馬
13 スピードシンボリ 二度の海外遠征と有間連覇の晩成型
14 グランドマーチス 獲得賞金三億円突破の歴史的ジャンパー
15 ハイセイコー 社会現象にまでなった元祖アイドルホース
第四部 競馬の成長期
16 トウショウボーイ スピードと馬体で魅了した天馬
17 テンポイント 数奇な運命を背負って走った流星の貴公子
18 マルゼンスキー 八戦無敗のスーパーカー
19 ミスターシービー 天衣無縫の豪脚、奇蹟の三冠馬
20 シンボリルドルフ 史上初、無敗の三冠馬。不世出の天才
21 メジロラモーヌ 牝馬三冠の意義を定着させた麗しき青鹿毛
第五部 バブルの余韻 日本馬のレベルアップ
22 オグリキャップ 新時代の競馬ブームを支えた灰色の怪物
23 メジロマックイーン 父子三代の天皇賞制覇 史上最強のステイヤー
24 トウカイテイオー 名品の地を伝える“皇帝”の最高傑作
25 ナリタブライアン 三冠レース圧勝 シャドーロールの怪物
26 タイキシャトル フランス伝統のGⅠを制したベストマイラー
27 エルコンドルパサー 凱旋門賞制覇まであと一歩に迫った万能型
第六部 2000年代 世界の中の日本競馬
28 テイエムオペラオー 4歳時8戦全勝GⅠ5章。日本歴代賞金王
29 ディープインパクト 飛ぶように駆ける、七冠を制した天才ランナー
30 ウオッカ ここ一番の走りが感動を呼ぶ。64年ぶりのダービー女王
31 ジェンティルドンナ ジャパンカップを連覇した最強の貴婦人










部屋に夕陽が射し込んで、やがて日暮れ時を過ぎる。

二階で競馬観戦をしていた私に、当時10歳の娘が呼びかける。「お父さん、お風呂入ってって。」私は、その声でようやくわれを取り戻す。最終レースも終わり、テレビはなんだか分からない番組を放送している。レースが終わってから1時間と少し。私は放心状態となっていた。部屋はすっかり暗くなっていた。

確認すると、1着は1番人気のジェニュインで、2着は8番人気のショウリノメガミ。1番人気、8番人気の決着で、馬連2980円もついている。エイシンワシントンは3着で、ジェニュインとは0.1秒差、ショウリノメガミとは同タイムの首差だった。複勝で2260円もついているから、おそらく馬連なら万馬券だったと思う。

一番の記憶に残るレースは、残念ながらこの悔しいレース。それを間違えるのだから、記憶というのはあてにならない。

クリフジ、シンザン、ハイセイコー、テンポイント、オグリキャップ、ディープインパクト……。はじめて知る名馬、うわさに聞く名馬、なつかしい名馬。殿堂入りした名馬たちには、語り継ぐべき栄光と蹉跌のドラマがある。

背景となった時代に、その生い立ちや知られざるエピソードを織り交ぜながら綴る、JRA顕彰馬32頭の蹄跡と、それを支えた人びとの物語。

さっき挙げた、JRAがファン投票で決めた“競馬名勝負列伝”の10レース。一番古いのは1988年の有馬記念。オグリキャップとタマモクロスのレース。そこから2008年に、ウオッカとダイワスカーレットが天皇賞秋ですごい勝負をするところまで、7レースが私の競馬歴に入る。そのしばらく後、家計の事情により、競馬を慎んだ。子どもの学費を捻出するためね。

今は子どもも自立したし、こっちも呑気な隠居身分になったので、話題になっている重賞レースに限って、週上限2000円で遊んでいる。そして列伝の中でも一番新しい、2020年のジャパンカップ。アーモンドアイ、コントレイル、デアリングタクトの名勝負も、私の競馬歴に入る。嬉しいことだ。

競馬にはたくさんの思い出を貰った。

馬たちには、いくら感謝しても、感謝しきれない。


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ジャンル : 本・雑誌

『騎手の誇り』 本城雅人

競馬小説という分野がある。

そりゃそうだ。人と大型動物が、互いに命を懸けて一つの文化を築き上げている世界は、競馬をおいて他には、そうそう見られるものではない。ただし、競馬小説と言ってしまうと、どうも、馬券が先に連想されてしまう。馬券小説となると、やくざな生活を送る人間の話になってしまう。ここは、もっといい名称が必要かもしれない。

ここのところ、競馬小説に恵まれている。馳星周の『黄金旅程』は、実際に存在した競走馬、ステイゴールドの競走馬時代を土台にした話だった。もう一つが『あかり野牧場』で、今日紹介する『騎手の誇り』の本城雅人さんが書いた本。こちらは家族経営の生産牧場に生まれた馬が、生産者、馬主、調教スタッフ、騎手、みんなの夢を背負いながらダービーを目指す話。

どちらも面白かった。

『あかり野牧場』を読んだとき、作者の本城雅人さんが、他にも競馬小説を書いていることを知り、読んでみたいと思っていた。巡りあえたのは偶然で、たまたま古本屋で見つけてきた。

昨日の夕方読み始めて、ちびちび飲みながら読んでいたら、いつの間にか、幸せに眠りに引き込まれていった。そして今日、朝起きて、ご飯食べて、片付けをして、「さあ、読もう」と本を手にしたときのときめきは、理解してもらえるだろうか。

私、六二歳なのだが。


『騎手の誇り』    本城雅人

新潮文庫  ¥ 時価

1父の死の真相を知るため、騎手になった。父子の絆に感涙必至の長編ミステリ
序章  落馬ー一二年前 中山競馬場
第一章 転厩 二月末 ダイヤモンドS
第二章 洗礼 三月初旬 弥生賞
第三章 歓喜 五月 青葉賞
第四章 疑念 六月 夏競馬前
第五章 追跡 八月 札幌記念
第六章 警告 九月 セントライト記念
終章   敵手 翌年三月 スプリングSからそして


十二年前の落馬事故。その真相を知るために、息子の和輝は騎手となり、かつての父の好敵手で不動のトップ騎手である平賀と同じ厩舎に入った。父は、本当は平賀に殺されたのではないか・・・。新人競馬担当記者である仁美とともに事故の謎を追う中で、平賀のある秘密に気づいた和輝は、自らの身にも迫る危険を感じ取る。亡き父と息子の絆に涙する、長編ミステリー。『サイレンスステップ』の改題。


主人公の小山和輝は、有力厩舎に属する騎手。その厩舎の第一ジョッキーが平賀剛で、第二ジョッキーが小山和輝。一二年前の落馬事故で亡くなった和輝の父である忍も、長く同じ厩舎で平賀の第二ジョッキーを務めていた。

その設定だけで、作者はこの物語に通奏低音のような緊張感を与えている。

厩舎を取り仕切る調教師は、馬が勝てる最善策をとる。勝ちを目指すレースなら、第一ジョッキーを乗せる。第二ジョッキーは第一ジョッキーの代替である。同じレースに同じ厩舎から二頭出す場合は第二ジョッキーにも出番がある。ただし、有力馬は第一ジョッキーが乗る。夏場の地方開催、ドサ回りとも言われるが、それなら第二ジョッキーにもチャンスはある。

そんな程度で、厩舎所属の第二ジョッキーには、なかなかチャンスが回ってこない。

ところが、父親の忍は、厩舎の有望馬ウインターヘブンに乗って落馬事故に遭っているのだ。なぜかそのレースだけ、主戦の平賀剛はウインターヘブンへの騎乗を、小山忍に譲っている。小山忍は、たまたま譲られた有力馬への騎乗レースで、落馬事故に遭っているのだ。

緊張感漂うのが分かるでしょ。

それでいて、ラストはものすごく・・・。やめましょう。書いてしまったら読んだときの、・・・。やめましょう。なんでしたら、ぜひ読んでみて下さい。決して失望することはないと思うよ。

さて、他にも面白い競馬小説を読んでみたいな。なんでも、イギリスには騎手出身のディック・フランシスという名競馬小説作家がいたらしい。二〇一〇年にお亡くなりになっているから、古本屋か図書館で探してみようかな。


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『嫌われた監督』 鈴木忠平

こんなにおもしろい本、そうそう出会えるもんじゃない。

私は競馬が好きなんだけど、生産され、育成され、訓練を施されてレースに出場するサラブレッドの中でも、一流馬と呼ばれるのは、わずかに一握り。

馬と人を一緒にするつもりはないが、人間でも、音楽と運動に関する才能は、遺伝に影響されるところが大きいそうだ。遺伝により恵まれた才能を持つ者たちの中から、わずかに一握りが“一流”と呼ばれるようになれるのも、競馬と野球の共通するところだな。

プロの野球選手っていうだけで、それなりの才能に恵まれている。私も子どもの時分には野球をやっていたが、同じチームの中にプロ野球選手になった者はいない。地域の、数多くのチームと試合をしたが、それらの中にもプロ野球選手になった者がいたとは聞いたことがない。

それだけで、プロ野球選手っていうのは、ずば抜けた才能の持ち主なのだ。そういった、ずば抜けた才能を持った人たちが、しのぎを削ってレギュラー入りを目指す。あるいは、チームに掛け替えのない選手になることを目指す。そうなった者たちは、莫大な収入を得ることになる。そうならなかった者たちは、なんとか、長くプロで続けていけることを願う。

プロ野球選手って言ったって、三〇代半ばまで続けることが出来る選手は、それだけでも優秀な部類。そこまで行かない選手が大半だろう。三〇歳でやめたとすれば、平均寿命まで、あと五〇年残されている。

その時、どんな監督に出会うことが出来るか。それは選手にとって決定的に大きな問題だ。


ヤクルトで一時代を築いた川崎憲次郎は、四年八億という契約で中日に移籍した。ところが移籍したその年のオープン戦で肩を壊し、一軍で投げないまま三年が過ぎた。そんな時、落合が監督として中日のユニフォームを着ることになる。年が明けた一月二日、落合からの電話があった。なんと、開幕投手を命じられた。

たしかに、これじゃ、わけが分からない。

わけが分からないんだけど、川崎憲次郎はこの年、納得してプロ野球の世界を去った。最後、優勝を決めたそのシーズン終盤のヤクルト戦、落合監督は川崎の古巣との試合を、花道となるマウンドとして用意した。

その試合の一回表、川崎はマウンドに立ち、古谷、宮本といったかつての戦友を相手に、ありったけのストレートを投げて三者三振を奪った。川崎はそこでマウンドを降り、両軍の選手に胴上げされて現役時代を終えた。

落合監督は、きっちり川崎に引導を渡した。



『嫌われた監督』    鈴木忠平

文藝春秋  ¥ 2,090

なぜ 語らないのか。なぜ いつも独りなのか。そして、なぜ 嫌われるのか
プロローグ 始まりの朝
2004 第1章 川崎憲次郎 スポットライト
2005 第2章 森野将彦 奪うか、奪われるか
2006 第3章 福留孝介 二つの涙
2007 第4章 宇野勝 ロマンか勝利か
2007 第5章 岡本真也 見方なき決断
2008 第6章 中田宗男 時代の逆風
2009 第7章 吉見一起 エースの条件
2010 第8章 和田一浩 逃げ場のない地獄
2011 第9章 小林正人 「2」というカード
2011 第10章 井手峻 グラウンド外の戦い
2011 第11章 トニ・ブランコ 真の渇望
2011 第12章 荒木雅博 内面に生まれたもの
エピローグ 清冽な青


二〇一一年夏、荒木雅博は落合から、謎かけのような声をかけられてた。

「お前らボールを目で追うようになった。このままじゃ終わるぞ」

二〇一〇年、球界最高と謳われた荒木と井端弘和の二遊間コンビを、落合は入れ替えた。荒木は守り慣れたセカンドから、本来井畑の守備位置であるショートにコンバートされた。右肩に故障歴があり、スローイングに不安をかかえる荒木は、その年、二〇失策を記録した。大半がスローイングによる失策だった。

荒木には、コンバートの意味が分からなかった。・・・通常、分からない。この二〇失策というのは、この年のリーグワースト二位の記録で、チームにとっても大きなマイナスであったはず。評論家やメディア、チームの中にも賛意はなかったという。

これを、落合は説明しないんだそうだ。それでも、かつて落合から、「お前はその足にこそ価値がある」と諭された荒木は、自分は追い詰められながらも、落合への信頼は失わない。

ただ、荒木が二〇失策を犯したこのシーズン、中日は四年ぶりのリーグ優勝を果たしている。守備の要であるショートがこれだけのエラーを出しておきながら、落合は守りの野球でチームを優勝に導いた。

どうやら、問題は井畑にあったようだ。井畑が足で追わず、“ボールを目で追う”ようになったことで、三遊間、二遊間を抜けるヒットが増えていたようだ。荒木をショートにコンバートすることで、その“抜けヒット”が減少した。「そこで取ったアウトは、二〇失策を補ってあまりある」ということだったらしい。

二〇一一年、落合監督最後の年、中日は首位を走ったヤクルトを引きずり下ろして優勝を決めた。優勝監督となる落合は、優勝をかけたヤクルト戦の大一番を前に、今季限りの解任を発表された。

落合は、勝ちすぎた。勝者と敗者、プロフェッショナルとそうでないもの、真実と欺瞞、野球に関わるあらゆるものを輪郭を鮮明にしすぎた。それを見極めることを拒むものには、落合の価値観も決断も、常識外れで不気味なものと映った。彼は、球団からも嫌われた。

おかしな噂があったという。落合の退任が発表される直前の巨人戦。負けた直後に社長がガッツポーズをしたという。真偽はともかく、その噂はまもなくチーム内に浸透し、その直後に落合の解任が発表された。球団は、落合の解任理由になれば、中日が負けた方がいいのか。それが、選手の心に火をつけた。

それで優勝だからな。落合、凄い。

持って生まれた野球センスに、鋭い洞察力。そんな力を持った男が、一日二四時間、起きている間はずっと野球のことを考えている。そんな日を三六五日続けて、そんな年を何年も続ける。そうすると、落合のように野球を見られる人間ができあがるのか。凡人には、思いも寄らない。

だけど、振り返ってみるに、落合は中日だけじゃなく、確実にプロ野球を変えたよ。

「心は技術で補える。心が弱いのは、技術が足りないからだ」

座右の銘にしちゃおうかな。でも私には、これから技術を高める時間は残されてないか。



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『黄金旅程』 馳星周

昨年の年の暮れ。久しぶりに本屋に行った時のこと。久しぶりと言っても、十日ほど間が空いたに過ぎないが・・・。

入り口を入ってすぐに、そこに置かれた本を見てびっくり。『黄金旅程』、おまえ、ステイゴールドじゃないか。いったいこんなところで何をしてるんだ。・・・お前、本に書かれたのか。あの馳星周にか。

慌てふためいてしまった。と、と、とりあえず。・・・子どもの頃のどもり癖をだしながら、買って帰った。

そこまで興奮して買ってきたのに、家で、その辺に放り投げて、とりあえず読みかけの本を読んでいたら、なんとなく後に回してしまった。北京オリンピックを前にして、ウイグル民族に対するエスニック・ジェノサイドが取り沙汰される中、“中国”に関わる本を先に読んでおきたかったこともある。そっちを読んでいるうちに、興奮が収まったって感じだな。

年が明けて、ほかの本にも順番を抜かされて、「さて、それじゃあステイゴールド、・・・いやいや『黄金旅程』に取りかかるか」と、読み始めた。《黄金旅程》というのは、ステイゴールドの最終戦、引退レースで走ったGⅠ香港ヴァーズの時につけられた中国語名だ。

実は、本屋で見つけたときこそ興奮したが、《黄金旅程》という名で書かれた、まるで違う馬の物語かもしれない。実際、表紙の《黄金旅程》という題名の上に、〈EgonUrrea〉という小さな副題が書かれている。それもあって、「そうだな。違う話だな」と考えたわけだ。

だから、馳星周が書いた“馬の話”を楽しもうという思いで、最初の何ページかを読んでいった。そこで再び、本屋でこの本を見つけたときの興奮がよみがえった。

「こ、こ、これは!」


『黄金旅程』    馳星周

集英社  ¥ 1,980

一頭の馬に人生を託す人々。その思いを背負ってエゴンウレアは走る
人の手で生み出されたサラブレッド。彼らは人なしでは生きられない。そして人は、競馬がなければ彼らを養えない。直木賞作家が、その受賞後第一弾として、競走馬に未来を託す者たちの生き様を、リアルに描いた感動巨編。

まさに、ステイゴールドの話だった。

もちろん名前は違う。名前は表紙に副題として書かれている〈EgonUrrea〉、エゴンウレアである。エゴンウレアが出走する新潟大賞典で話が始まる。この段階で、エゴンウレアはGⅠどころか、GⅡ、G Ⅲといった重賞レースでは勝ちきれず、二着三着送り返すシルバーコレクターとして紹介されている。

その戦績は、まさにステイゴールドそのもの。そして主戦騎手は、熊谷智久という名前。ステイゴールドの主戦は、熊沢重文だった。もう間違いないだろう。これは、ステイゴールドの物語だ。

そのあとに出てくる。馬主は、スティービー・ワンダーの♬ステイゴールド♬をバスク地方の言葉に置き換えてエゴンウレアにしたという設定になっている。

私がステイゴールドを好きだったのは、身体の小さい馬だったから。競馬を始めた頃に好きだったライスシャワーも身体が小さかった。四三〇キロ台から四四〇キロ台。小さな身体で大きな馬たちに引けをとらない走りっぷりがかっこよかった。ステイゴールドは四三〇キロ台を上回ったことはなかった。それに加えて、勝ちきれないもどかしさ。そういうところに惹かれた。まあ、馬連で、そこそこ儲けさせてもらったけどね。

馳星周が、ステイゴールドの物語を書いてくれた。馬に人生を託す人たちの物語を書いてくれた。そして、競馬が背負う宿命と、その宿命を少しでも受け入れやすいものにしようとしている人たちの物語を書いてくれた。

それならば、もう多くは語らない。

ただ、ステイゴールドは、多くの人々から思いを託され、そして自分の未来を切り開くために走りきった。



種牡馬となってからのステイゴールドは、GⅠ三勝ドリームジャーニー、史上7頭目となる牡馬クラシック三冠馬オルフェーブル、GⅠ五勝のゴールドシップの父となり、他の産駒もよく活躍した。

ステイゴールドは二〇一五年二月、大動脈瘤破裂により二一歳で亡くなった。




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『幻の旗の下に』 堂場瞬一

一九四〇年、私が生まれる二〇年前に、東京オリンピックが開かれるはずだった。

ところが、一九三七年に盧溝橋事件が発生して、日本は“中国”との戦争に引きずり込まれてしまった。アメリカは、盛んに“中国”で反日を煽っていた。ドイツは“中国”に武器と軍事支援を提供することで、中国国民党軍の近代化に協力していた。さらにソ連と中国共産党の共産主義勢力は、中国国民党軍と日本軍の衝突をお膳立てした。

日本はそのまま“中国”に深入りし、いつの間にやら引くに引けないところまで行ってしまった。

一九三七年の暮れには首都南京を陥落させている。その前からオスカー・トラウトマン駐華ドイツ大使によって進められた和平交渉がまとまっていれば、日本からオリンピックを返上する必要はなかった。ところが、南京を陥落させたことで、日本で強硬論が強くなる。ここでも新聞が国民を煽る。「対等条件での和平案など愚劣にも程がある」との論調に、国民は踊らされることになる。その年の七月には東京オリンピックを返上することになるんだから、まったく日本の新聞は質が悪い。きっと、朝日新聞だろう。

だけど、かりに日本がトラウトマン工作を受け入れて、南京陥落前の条件で蒋介石と和平を結んでいたらどうだっただろう。・・・蒋介石を支えるアメリカがそれを許さないとも思うが、それでも東京オリンピックは無理だった。

ヨーロッパの方がきな臭いからね。一九三三年にはヒトラーが首相に納まって、三五年にはニュルンベルク法でユダヤ人の公民権を奪った。一九三六年一月に再軍備宣言、三月にラインラント進駐。着々と第一次大戦前のドイツを取り戻し、八月にはベルリンオリンピックでドイツ復活を世界にアピール。

オリンピックが終わると、一時的にお休みしていたユダヤ人差別に加速度をつけていく。日本がオリンピックを返上した一九三八年、三月にはオーストリアを併合し、九月にはミュンヘン会談を通してズデーテン地方をチェコスロバキアから奪い取っている。さらに、一一月には水晶の夜と呼ばれる対ユダヤ人暴動を発生させている。

チェンバレンの宥和政策もむなしく、周辺への拡大はその後も続き、一九三九年の九月にはポーランドの侵攻して第二次世界大戦勃発。

どちらにせよ、西暦一九四〇年、皇紀二六〇〇年の東京オリンピックは、開催できる状況ではなかった。




集英社  ¥ 1,980

幻に終わった1940年東京オリンピック。代わりに計画された国際競技大会があった
プロローグ
第一章 巻き直し
第二章 闘争
第三章 大いなる前進
第四章 架け橋
第五章 あの海の向こうに


西暦一九四〇年の東京オリンピック返上の後、何とかオリンピックに代わるスポーツの国際大会を開けないものかと、奮闘した人たちがいた。

日本におけるオリンピックの開催を切望し、東京開催こぎ着けたのは嘉納治五郎の尽力に負うところが大きかったという。しかし、嘉納治五郎は、オリンピックの開催を見ることなく、その返上も知ることなく、一九三六年に亡くなった。その嘉納治五郎の精神を引き継いだ人たち、大日本体育協会はスポーツの持つ力を信じて、平和の象徴としての代替大会の開催を模索した。

この本は、その大日本体育協会の若手として、在野の実力者や陸軍首脳と折衝し、粘り強く前途を切り開いた人物を主人公にしたお話だ。

そして実際、“第一回東亜競技大会”として、この国際競技大会は開催されている。参加したのは大日本帝国、満洲国、中国汪兆銘政権、フィリピン、蒙古自治邦、ハワイ準州。競技種目は一七種目もあったそうだ。

もちろん政治的な含みの強い大会ではあったろう。今とその時では、スポーツと政治の関係に対する考え方も違う。その辺の意識は、この話の中でも取扱われている。

ハワイ準州からの参加というのは、ハワイに住む日系人の野球チーム。これが招かれて参加している。この物語は、日本でオリンピックの代替となる国際大会開催を目指す若者と、日本の大会に参加すべくチームメイトをはじめとする周囲の説得に当たる日系ハワイ人の若者、二人の奮闘を軸にして話が進められていく。

この話を読みながら考えてしまった。このハワイの若者たちが日本にやってきて、日本のチームと対戦できたとしたら、数年後、彼らの中には日本と敵対するアメリカ兵として、第二次世界大戦を戦う者が出てきたかも知れない。

オリンピックほどの大会ではなくても、スポーツの国際大会が政治と無縁でいられるはずはない。それでも、より多くの人々が、納得できるところに折り合いをつけるのが、開催する側の責務だろう。今、中華人民共和国は、その責務を果たしていない。

中国共産党幹部に人生をねじ曲げられた女子テニスプレイヤーがいた。・・・どうも、“中国”には本当のスポーツの精神というものが育っていないようだ。


二〇二一年に開催された東京オリンピック・パラリンピック二〇二〇においても、武漢から世界中に拡散されたコロナウイルスによって、またも開催が危ぶまれた。

あの時、各界各層から、いろいろな発言が行なわれた。芸人の田村淳さんも、オリンピック開催に対して発言していた。田村さんは“コロナ禍の開催は難しいので延期すべきだ”という趣旨の発言をしたんだそうだ。それを政治的な意図からオリンピックを中止に追い込みたい勢力、中でも反日系のマスコミが、森喜朗氏の発言と絡め合わせてしつこく取り上げた。

そのせいか、一部に「東京オリンピックに反対したくせに、田村さんは北京オリンピックには何も言わない」という発言があったらしい。でも田村さんは、「人権問題が解決できない国では開催すべきでない」と発言しているんだそうだ。「田村さんは何も言わない」と言った人は、それを知らなかったんだな。

なぜ知らなかったかと言えば、今回の田村さんの発言は、反日系のマスコミにとって、都合のいい話ではなかったから。だから前の時のように、マスコミに取り上げられることがなかった。そのために、その田村さんの発言を知らない人が多かったんだな。前の時は、反日系のマスコミにしてみれば、利用価値のある発言だったわけだ。



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ジャンル : 本・雑誌

『沁みる競馬』 平松さとし

仕事をやめて、再開したよ。・・・競馬をね。

どれくらいぶりだったろう。下の子が中学校に入る頃、上の子が大学受験の時分だな。それまでは、なんとか細々と続けていたが、子どもの学校にお金がかかる。やめたいわけではなかったが、なんとなく遠ざかるのが自然な流れ。

ずいぶん長く離れていたな。下の野球少年は一児の父、上の美大を目指した娘は二児の母だ。

競馬に関わるあらゆることが様変わり。新馬、未勝利はそのままだけど、500万下、900万下なんて言い方はなくなっていた。一勝馬クラス、二勝馬クラス?

騎手の顔ぶれも変わった。知らない騎手ばっかりだ。おお!武豊に横典、善臣、勝春なんてところが、まだ乗っていた。はじめて万馬券を取らせてくれた江田騎手も現役じゃないか。あれ、調教師になってる騎手もいる。中館調教師は逃げてなんぼの競馬ばかりしていたけど、調教した馬は逃げてない。

再開したとは言え、お金にゆとりがあるわけじゃない。なにせ仕事をやめた身分。それも、自分から好き好んでの早期退職。当然のように無収入。一万二万なんて競馬は論外。ありがたいのは、馬券は一〇〇円から買えること。

メインレースの本命に単勝一〇〇円賭けて、朝からドキドキして一日を過ごす。・・・なんて安上がりな男なんだろう!そんな自分に感動を覚える。

さてこの本は、『沁みる競馬』。表紙の裸のおやじたちは、マキバオーに出てきた人たちだな。新聞見ながら、その日の競馬を反省か?表情が穏やかなのは、さては、この日はもうけたか?当てたレースを振り返る。それはまさに神の楽しみ。ああ、至福の時間。

府中競馬場の帰り道、私は“南里”で飲んで帰る。12R まで勝負をすれば、たいてい店には入れない。外に並べる細めのテーブルと丸い椅子に陣取って、とりあえず頼むのはビールともつ煮。そんな裸のおやじたちが、一杯飲み屋に勢揃い。夕焼け空に照らされて、酔っているのかいないのか。


『沁みる競馬』    平松さとし

KADOKAWA  ¥ 1,375

騎手、調教師、馬主らホースマンたちの心に染みるエピソードを綴った一冊

第1部  騎手魂 ――心奥に秘めた想い

第2部  ホースマンの本懐 ――ひたむきに競馬を愛して



ずっと昔、まだ二十代の頃、中山競馬場の指定席に入るため、早朝から並んだことがある。そこで隣り合った人の話。常に馬連三番人気を買い続ける。どうやら、三番人気が一番当たる可能性が高いという。

1Rで一〇〇円賭ける。外れたら、2Rでは二〇〇円。3Rでは四〇〇円。4Rでは八〇〇円と、倍々で賭けていく。当たるまで倍々で賭けていって、当たったら、次のレースは一〇〇円に戻る。そうすれば、「損をすることはあり得ない」と言う話だった。

一日中外れ続けると、12Rには二〇四,八〇〇円を賭けることになる。それに外れると、翌開催日第1Rは四〇九,六〇〇円から始まる。早めに退職して、退職金をつぎ込んだという話だった。「バカじゃなかろうか」と、耳を疑った。二日目の9Rで、すでに一億を超える。 ろくな人生を送れなかったに違いない。

真っ当に働いて、全うに人生を送っているほど、おそらく競馬は面白い。レースの当たり外れは常として、競馬の楽しみは様々だ。馬に関わる人たちの、生き方に触れることも、その一つ。

競馬学校を出て、新人騎手たちはいずれかの厩舎に所属する。調教師を恩師とし、厩舎の様々な人からホースマンとしての生き方を学んでいく。新人騎手たちが学んでいくのは、「感謝を忘れるな」、「挨拶をしっかりしろ」、「努力を怠るな」という、何だか当たり前のことばかり。

競馬には様々な人が関わっている。その様々な人のつながりの中に、自分の存在もある。自分が今、この馬に乗れるのは、多くの人のつながりのおかげ。それへの感謝を忘れてはいけない。そんな当たり前のことだった。

騎手や調教師、調教助手や厩務員は、馬に関わって一生懸命生きている。そんな、人と人とのつながりの中に、もちろん人と馬との関わりの中に、感動が生まれる。

だからこそ、真っ当に働いて、全うに人生を送っているほど、おそらく競馬は面白い。

著者の平松さとしさんは、取材を通してそれらの心温まる話を知った。そして可能であれば、それを世間に紹介してきた。それがこの一冊にまとめられたという。

ところが、この『沁みる競馬』の前に、『泣ける競馬』があったという。

・・・二冊目を先にしてしまった。



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『名馬を読む 3』 江面弘也

土日の競馬に思い切り入れ込んで、日曜の夕方からは抜け殻のようになって時間を過ごす。

月曜に職場に行くと、同好の士との情報交換。「えっ、あの馬券をとったのか!そりゃすげぇ」とか、「あんだよ。あんな堅いレース買って偉そうにしてんじゃねぇよ」とか、なんだかんだと言い合って、片手間に仕事をこなす。

火曜日は競馬ブックの発売日。土日のレースのデータをもとに電卓を叩く。自分なりに割り出した数字をもとにしてレースを検証する。さらに次の土日に行なわれるレースの概要を頭に入れて、金曜日の帰りには、競馬新聞を買って帰る。

そんな一週間を、どれだけ続けていただろうか。

GⅠレースの時だけ、馬券を買う人が職場にいたが、私は手を出すことはなかった。ある年、電話投票権を持っている競馬ファンが、同じ職場に非常勤としてやってきた。私より一〇歳ほど若い奴だったのだが、とにかく周りの人間と競馬の話をするのが大好きなようで、人の馬券を嫌がりもせずに代わって買ってくれた。とても楽しそうにしているので、ついつい私も、付き合い程度ながら、馬券をお願いするようになった。

記憶に残るのはダイユウサクが勝った有馬記念。その週、ダイユウサクに騎手として騎乗する南井騎手のお父さんが亡くなった。騎手はレース前日から缶詰になって、身内とも連絡取れなくなる。お辛いことだったろうと思う。そんなことを話題にしていたせいか、私を含め、職場の数人がダイユウサク馬券を買っていた。もちろん、われらの競馬伝道師である非常勤君を通して。

「これはビックリ、ダイユウサク!!」翌週、私たち競馬サークルは、祝勝旅行に出かけた。

職場に、一気に競馬ブームが訪れた。まもなく私は、電話投票権をてに入れた。

それにともなって、ノートパソコンも手に入れた。私のような前近代の面倒くさがりが、まがりなりにもパソコンを使いこなせるようになったのは、ひとえに、競馬をやりたいがためであった。

じつは私、「賭け事だけは手を出すな」と、祖母からきつく言われていた。「お前のおじいさんのおじいさんという人は、三人男兄弟だった。三人がそろいもそろって博打に嵌まり、田畑売り払って身上を潰してしまった。おじいさんがなんとか立て直したが、元の田畑の半分の半分も返ってこない。お前たちも男三人兄弟だから、おんなじことが起こるといけねぇ。絶対、賭け事に手ぇ出すんじゃねーで!」と言うわけだ。

ずっと祖母の言いつけを守ってきた私だが、やはり祖父の祖父の代、その三兄弟の血筋を引いていたようで、すっかり競馬に嵌まってしまった。二年ほどの間に、定期預金をいくつか解約した。

定期を解約して得たお金を使い切ったあたりで、さすがに私も考えた。これじゃ私も身上を潰してしまう。すでに妻も子もある身、そういう訳にもいかない。


『名馬を読む 3』    江面弘也

三賢社  ¥ 1,870

いまも語り継がれる22頭の名馬。競馬を活字で楽しむシリーズ第3弾! 
第1章 人とダービー馬の話
ヒカルイマイ 「サラ系」の二冠馬
カブラヤオー 隠しとおした弱点
ウイニングチケット ただダービーに勝つために
ネオユニヴァース 瀬戸口勉という人
キングカメハメハ 大王は大種牡馬
第2章 きれいな牝馬は、好きですか
タマミ 天下の美少女
シスタートウショウ 才色兼備のサラブレッド
ヒシアマゾン 「女傑」と呼ばないで
メジロドーベル 四年連続「最優秀牝馬」
スティルインラブ 名門牧場の名花
ブエナビスタ GI六勝、二着七回
第3章 この馬、予想不可能につき
カブトシロー 新聞を読む馬
ギャロップダイナ 皇帝を抜き去った馬
ダイユウサク ゼッケン「8」の馬を買えましたか
ヒシミラクル ミラクルは三度ある
ゴールドシップ 「気まぐれシップ」はどこへ行く
第4章 「最優秀短距離馬」という勲章
メイズイ 二冠馬は「最良のスプリンター」
ニッポーテイオー 「マイルの帝王」の可能性
サクラバクシンオー その名も驀進王
デュランダル 大外、直線一気の快感
ロードカナロア 日本競馬の未来
第5章 キタサンブラックをつくった男たち(特別編)





月々三万五千円の小遣いで、“飲む打つ買う”・・・“買う”はない。“飲む打つ”だけは賄わないといけない。そのためには、馬券を当てればいい。当たればお金がなくなることはない。

そんなわけで、競馬研究にのめり込んだ。いろいろな方法を試したが、長く続けたのは西田式スピード指数と血統理論。時間をかけただけあって、それなりに当たるようになった。とは言え、所詮は博打。胴元でもなく儲かるはずはないんだけど、身上を潰してしまうような状況ではなくなった。もちろん月々のばらつきはあるものの、なんとか小遣いの範囲内で遊べるようになったと言うことだ。

転勤してからも、競馬は続けた。競馬研究も以前の通りだけど、競馬は仲間とわいわい言い合うのが楽しい。その分だけ、熱は冷めた。

さらに、子供たちが成長して、学費にお金がかかるようになった。ご丁寧に長女も長男も、お金がかかる学部に進学した。三万五千円の小遣いが確保できなくなり、結局、競馬を縮小せざるを得なくなる。まあ、馬券は一〇〇円から買えるので、金額を縮小するのは難しくない。それで済めばよかったんだけど、レースを制限せざるを得なくなった。

レースを制限するようになったら、膨大な時間をかけていた競馬研究に身が入らなくなった。それを自覚した時点で、競馬から撤収した。

先日本屋に行ったら、新刊のところに、この『名馬を読む 3』が並んでいた。じつは、昨年の有馬記念を機会に競馬を復活した。以前とは違って、競馬研究にのめり込むわけでもなく、予感で一〇〇円、二〇〇円くらい買っている。

人間、見ようとしないものは見えないもので、競馬をやめている間に『名馬を読む』『名馬を読む 2』が出たらしいのだが、本屋で見かけた覚えがない。競馬を再度始めたら、しっかり『名馬を読む 3』が見えるようになるんだから不思議なものだ。

『名馬を読む』では二〇一七年時点で顕彰馬となった三二頭の名馬を取り上げたそうだ。『名馬を読む 2』では顕彰馬に選ばれてもおかしくない名馬など、著者が一番熱中していた一九八〇年代から九〇年代の馬たち。そして『名馬を読む 3』では強さや成績にとらわれず、GⅠは一勝しかできていなくても、今も多くのファンに語り継がれる名馬を取り上げたそうだ。

もちろん、前の二冊も読まなきゃな。


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『あかり野牧場』 本城雅人

感染症が流行してから、いろいろなスポーツの大会が中止になったり、延期になったりしている。最近、ようやく、対策を施して、いろいろなスポーツの大会が再開されつつあるけどね。

JRAの競馬は、レースをやめなかった。走るのは馬だからね。人間の感染症のせいで、競走馬として走れる短い期間を棒に振らせたらかわいそうだもんね。お金が絡んでくる部分もあるけど、それ以上に競馬という一つの文化、競馬に関わる一つの社会が途切れてしまう可能性だってあったろうからね。

競馬場に観客は入れないで、レースはそのまま行なわれていった。競馬界って、かなり限定された社会だから、流行が中に入ってしまったら大変なことになるだろうから、関係者の緊張感は並大抵のものじゃなかったろう。

週末になっても、テレビでも、まったくスポーツ観戦が出来なくなった中、競馬だけはやってた。本当、競馬中継に救われたようなところがあった。

武豊がデビューした頃に競馬を始めた。オグリキャップが活躍してた頃だ。一時はかなりのめり込んだけど、子どもの教育費が馬鹿にならなくなって、馬券からは離れてしまったけど、上記のような理由で、また1レース100円、200円で遊ばせてもらうようになった。競馬って、本当に面白いね。

さて、この本。

あかりの牧場で生まれたサラブレッドのキタノアカリ。私も最初、ジャガイモみたいとか、小麦みたいとか思ってしまった。この本の中にも出てくる話だけど、ジャガイモならキタアカリ、小麦ならキタノカオリだった。そのキタノアカリに関わるさまざまな人間模様が描かれたこの物語、とても面白かった。

家族経営の生産牧場、馬主、調教師、騎手、それぞれの関係者に、それぞれの人生があるんだな。まさに『騎手の一分』であり、牧場主の一分、調教師の一分、馬主の一分だ。

『優駿』に連載されていたものを、一冊にまとめたものだそうだ。


『あかり野牧場』    本城雅人

祥伝社  ¥ 1,760

ダービーのスタンドが、ファンで埋め尽くされる日が戻りますように
第1話 馬産地のざわつき
第2話 家族牧場の意地
第3話 噂の女
第4話 最後の連絡
第5話 初めての嘘
第6話 町のあかり


物語でもドラマでも、最近は現実的であることが求められることが多いらしい。

私のように、人生に躓きながら生きてきた人間にすれば、本当のところ、そういったものには夢を見させてもらいたいという気持ちが強い。馬券を買うときも、ついつい夢を見がちで、・・・つまりは外してしまう。現実は厳しい。

競馬を始めて間もない頃、最初に入れ込んだ馬が、ライスシャワーだった。

的場に乗り変わった皐月賞から追いかけるようになった。皐月賞と、それに続くNHK杯で大敗し、その次がダービーだった。ミホノブルボンの一番人気のレースで、スタートから逃げるミホノブルボンを番手でライスシャワーが追いかける展開。

結局、このレースは行った行ったの決着になって、一着ミホノブルボンに続き、ライスシャワーは4馬身差の二着に残った。前の二走を大敗していただけに、馬連300倍近い万馬券。菊花賞ではミホノブルボンを逆転して一着に入り、ステイヤーとしての才能を開花させた。

しかし、ライスシャワーはミホノブルボンの三冠を、最後の菊花賞で邪魔したと、とらえたファンも多かった。天皇賞春では連覇を狙う一番人気のメジロマックイーンまで破ってしまった。連覇を邪魔しちゃったわけね。鞍上は人気絶頂の武豊。どうも、ライスシャワーは、悪役ムードが漂っていた。漆黒の小さな馬体でね。だけど私は、大好きだった。

そのライスシャワーは1995年の宝塚記念で、3コーナーで骨折して転倒、レース場で予後不良と判断され、殺処分となった。落馬した的場騎手は、馬運車で運ばれるライスシャワーを最敬礼で見送っていた。的場を男にした馬だからね。

武豊が乗ったサイレンススズカは、他馬を大きく引き離して逃げる4コーナーだった。鞍上の武豊が突然手綱を絞って馬を止め、下馬。その脇を、後ろから追ってきた他馬が通り抜けていく。

レース終了後、4コーナーで、顔を蒼白にした武豊とサイレンススズカがテレビ画面に映し出される。えっ、サイレンススズカまで!

物語やドラマでも、リアルであることが求められるご時世、私はこの物語のラストに描かれるダービーの場面、キタノアカリが、ただ無事に走りきることだけを祈りつつ読んだ。

そして、歓声を上げた。


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『ファイト』 佐藤賢一

なんだー。なんだ、なんだ???

佐藤賢一さんの本らしく、いつもながらの“語り言葉”で話が進んでいくけど、これはまだ、カシアス・クレイと呼ばれていた頃のモハメド・アリだろ。・・・なんて思ってるうちに、おいおい、試合が始まっちゃったよ。「うっ、もらった」って、パンチの一発一発まで、この“語り言葉”で、モハメド・アリの語りの中で進められていくのか。・・・なんなんだ、この本。

なんだよ。まったく。・・・ボクシングってのは、痛いスポーツだな。

最初の私の意識の中に現れる彼は、カシアス・クレイだった。でも、この本の中で彼が語る通り、最初のタイトルマッチでソニー・リストンに勝った翌日に、彼はイスラム教徒であることを発表した。さらに一週間後には、エライジャ・モハメドから与えられた《モハメド・アリ》に名を変えた。この試合が1964年だから、いくらボクシング好きとはいえ、1960年生まれの私の意識に、カシアス・クレイの名があるはずがない。

おそらく、同居していた叔父に、あとから吹き込まれた記憶だろう。どうやら、「カシアス・クレイの方がかっこいいのに・・・」という思いと一緒に吹き込まれたものらしい。

叔父たちの影響で、ボクシング大好き少年に育った私だけど、対戦相手に罵声を浴びせるあの姿勢、蝶のように舞い、蜂のように刺したそのあとで、勝ち誇るあの態度、どうしても好きになれなかった。私がモハメド・アリを好意的に受け止めることができるようになったのは、ラリー・ホームズとの戦いからだな。そう、ぶざまなモハメド・アリだった。


『ファイト』    佐藤賢一

中央公論新社  ¥ 1,836

ヘビー級王者、人種差別、戦争、老い…。全ての闘いでベストを尽くした不屈の男・モハメド・アリ。
第一試合 対ソニー・リストン
第ニ試合 対ジョー・フレージャー
第三試合 対ジョージ・フォアマン
第四試合 対ラリー・ホームズ

そして、アトランタ・オリンピックの開会式。聖火台に成果を点火する大役を担って現れたのが、パーキンソン氏病と戦うモハメド・アリだった。

母は、パーキンソン氏病で、けっこう若いころに発病したらしい。薬が合ったのか、症状はそんなに進んでいたようには思わない。母の兄も、私が赤ん坊の頃に、足の異常を発見してくれた伯父もパーキンソン病で、最後は症状が進んで死んだ。パーキンソン病は、その症状以上に、若い頃から母を苦しめた。

母は、症状が進む前に、ガンで死んだ。私が36の年だ。ちょうど、アトランタ・オリンピックの年だった。最初は、6月に脳溢血で倒れた。その時点で半分くらいあきらめたのに、7月に入って奇跡の超回復。リハビリもはじめ、やれやれと思ったのもつかの間、胃がんの末期、一ヶ月も持たないと宣告された。

オリンピックの頃は自宅に帰り、私は18歳まで母に育てられた家で、母と最後の時を過ごした。母は、病気を姑からなじられたことがあり、病院に行くのさえ嫌がった。その間にガンが進行したのだろう。最初の脳溢血も、原因は胃ガンだろう。

モハメド・アリの姿は、二人の兄たちと一緒に見た。皆、無言で見た。

母が死んだのは、オリンピックが終わってしばらくした、残暑の厳しい日だった。




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こんな本、あんな本
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。

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中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。

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高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。

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今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
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