めんどくせぇことばかり 2011年10月
FC2ブログ

北方領土 ソ連による占領までの経過

北方領土 
1885(安政元)年
日露和親条約により、択捉島と得撫島の間を日露間の国境線とする。

1869(明治2)年
蝦夷地を北海道と改称。
命名は開拓判官の松浦武史郎。
国後島と択捉島は、「千島国」として五郡が置かれた。

1875(明治8)年
ロシアとの間に樺太・千島交換条約を結び、千島列島を日本領、日本とロシアの共同統治としながらも、両国民の紛争の絶えなかった樺太をロシア領とした。
得撫島から占守島までが、千島国に編入された。

1905(明治38)年
日露戦争後のポーツマス条約で、南樺太が日本に割譲された。

1941(昭和16)年
日本とソ連の間に、日ソ中立条約が結ばれる。
相互不可侵および、一方が第三国の軍事行動の対象になった場合の他方の中立などを定めた全4条の条約本文、及び、満州国とモンゴル人民共和国それぞれの領土の保全と相互不可侵を謳った声明書から成る。
有効期間は5年であり、その満了1年前までに両国のいずれかが廃棄を通告しない場合は、さらに次の5年間、自動的に延長されるものとされた(第3条)。

1943(昭和18)年
10月、米・英・ソ首脳によるモスクワ会談が開かれる。
その席で、ドイツ戦終了と同時に対日参戦するというソ連の意思がアメリカ側に伝えられる。

11月、米・英・中でカイロ会談が開かれる。
この席で、日本の無条件降伏を目指すことが宣言された。
また、第一次世界大戦以後に日本が諸外国より奪取した太平洋諸島の領土を剥奪すること、台湾・満州の中国への返還、日本が暴力・貪欲により略取した地域からの駆逐が定められる。
南樺太や千島列島については触れられていない。

11月、米・英・ソ首脳によるテヘラン会談が開かれる。
この席で、ルーズベルトとチャーチルは、1944年の5月までにヨーロッパで第二次戦線を開くことを約束。
その見返りにスターリンは、ドイツ敗戦の後に対日戦争に参加することをはっきり約束し、そのためにいかなる「要望」を提出するかは、後で明らかにすると言明。

1944(昭和19)年
ソ連はアメリカに対し、南樺太や千島列島などの領有を要求することを伝える。

1945(昭和20)年
2月、米・英・ソ首脳によるヤルタ会談が開かれる。
この席で、戦勝国間で戦勝権益の分割が話し合われる。
ドイツ降伏の2ないし3か月後にソ連が対日参戦する見返りとして、日本の敗北後、南樺太をソ連に返還し、千島列島をソ連に引き渡すべきとした。

4月5日、ソビエトが日ソ中立条約を破棄通告。
日ソ中立条約は規約により締約更新の1年前に通告しなければ自動更新されることになっており、このソビエトの通告により、1946年4月25日に失効することになった。

8月8日、ヤルタ協定通り、ソ連は日ソ中立条約を破棄し対日宣戦布告。

8月11日、国境を侵犯し南樺太に侵攻したソ連第二極東軍部隊は、8月25日に南樺太を占領。

8月14日、御前会議にてポツダム宣言の受諾を決定され、連合国にポツダム宣言受諾を通告。

8月18日、カムチャツカ半島方面より千島列島に侵入した第一極東軍部隊は、8月31日までに得撫島以北の北千島を占領。

8月28日から9月1日までに、北方領土の択捉・国後・色丹島を占領。
終戦時、択捉島以南の四島には、約1万7,000人の日本人が居住していた。
ソ連軍の占領により、約半数の者は自ら脱出したが、それ以外の島民は、1947(昭和22)年から1948(昭和23)年に四島から強制退去させられ、サハリンでの抑留生活を経て、函館に送還された。
                                               人気ブログランキングへ   

テーマ : 領土・領海・・経済水域
ジャンル : 政治・経済

「日本経済の底力」戸堂康之

日本は、経済をグローバル化し、それに見合った制度改革をしていくことで、今以上の実力を発揮することができる。もちろん、TPPにも参加すべきである。
という立場の著者の本です。

“TPP参加問題”では、私は反対の意見ですが、「日本経済の現状と今後のあり方」について著者の述べることは、間違っていないと思います。

制度的転換効果
臥龍企業、そして人材
産業集積の効果と日本の現状分析、今後のあり方
地域の実情にあった特区構想

思いついた言葉だけ上げましたが、どれもすぐに検討、実行していくべきことだと思います。
グルーバルかの促進にしても、是々非々の立場を貫いて検討すべきことと思います。

グローバル化の促進は必要としても、私は、現状の“TPP参加”には反対である。
これは日本経済の問題ではなく、アメリカ経済の問題だと思う。
TPP参加決定国の日本に対する態度も、思い出すだに腹が立つ。

*書き足し
グローバル化=アメリカ化。
これを飲むかどうかという話ならば、グローバル化は悪です。
アメリカは経済そのものがハイエナ化している。
とても日本が付き合える相手ではありません。
ともに終りを迎えるのは愚策です。

個人的感情はさておいて・・・

TPP参加により日本経済が成長路線に乗るであろうことは、たしかにそのとおりであろうと思う。
もちろん適正な制度改革を必要とするが。
「明治維新においても、戦後復興においても、日本は見事な経済成長を遂げ、しかも日本人の良さはいささかも失われていない。」と著者は言うが、これは間違いである。
明治維新においても、戦後復興においても、日本は、「これが本当にあの日本か」というまでに変わっている。

「外国人労働者の流入」や、「アメリカの諸制度を無理やり押し付けられた」からそうなったわけではない。
世界が目を見張る経済発展の途上において、日本人自身が「よき日本」を叩き壊してきたからだ。
ぜひご一読を


それでも、明治維新後も、戦後復興後も、「日本らしきもの」は残った。
でも、もうそれすら残らない。
私はそう思う。
それでいいとは、思わない。
                                               
人気ブログランキングへ  

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

10/30のツイートまとめ

jhfk1413

新防大校長 国分良成 http://t.co/YBgJyfG9
10-30 17:10

日韓首脳会談概要

「憂国の夜明け」さんで見てビックリ ほぼ同じ内容ですが、あえて書きました。
外務省  平成23年10月19日

 10月19日(水曜日)午前10時20分から約80分間,野田総理大臣は,訪問中の韓国ソウルにおいて,李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領と日韓首脳会談を行ったところ,概要以下のとおり(同席者:日本側から,齋藤官房副長官,長島総理大臣補佐官,武藤駐韓大使ほか,韓国側から,ミン・ドンソク外交通商部第2次官ほか)。

 なお,両首脳は本首脳会談に続いて,共同記者会見を行った後,青瓦台内の別棟の昼食会場に二人で徒歩で移動し,大統領主催の午餐会が行われた。

1.日韓関係総論

(1)今回の訪韓は,野田総理にとって総理大臣としてはじめての二国間会談のための外国訪問。本会談では,最初の少人数会合で,両首脳は,日韓両国は基本的価値を共有しているのみならず,政治家としての信念を共有していることをお互い確認し,二人の首脳の間の心から信頼感をもったやりとりから始まるという,大変良い雰囲気の下で行われた。

(2)李明博大統領は,1)野田総理の来韓につき歓迎の意を述べるとともに,経済,安保,国際舞台での協力について,緊密に協力したい,2)日韓間には時に難しいことがあるが,野田総理と共に未来に向かって協力したい旨の発言があった。これを受けて,野田総理より,1)ニューヨークでの首脳会談以来,早々に大統領と再会できて嬉しい,2)今般の李明博大統領の訪米のご成功をお祝い申し上げる,3)日韓両国は,共に米国の同盟国であり,基本的価値,東アジア地域の平和と繁栄の確保等の利益を共有している旨述べた。

(3)両首脳は,日韓関係には時折難しい問題が起きることもあるが,両国が未来志向の考えの下,日韓関係全体に悪影響を及ぼすことがないよう,大局的な見地から協力していくことで一致した。

2.要人往来等

(1)両首脳は,首脳・外相を含む両国の人物往来を活発化させ,緊密に意見交換をしていくことで一致した。この中で,両首脳は,首脳レベルでの「シャトル外交」の活性化,出来るだけ早期の李明博大統領の訪日に合意した。

(2)両首脳は,「第2期日韓新時代共同研究プロジェクト」(注)の開始について合意した。
(注)第1期共同研究は,2008年4月の日韓首脳会談で合意し,2009年2月に開始。「国際政治」,「国際経済」及び「現在及びこれからの日韓関係」をテーマに両国の専門家が共同研究を行った。2010年10月に第1期の報告書を発表・提言。 同報告書には,日韓両国が協力して取り組むべき協力内容を記述(例:日米・韓米同盟と日韓安保協力の強化と発展,域内の金融危機再発防止及び金融秩序安定のための協力)。第1期日本側座長は,小此木政夫 慶応大学名誉教授,韓国側座長は河英善(ハ・ヨンソン)ソウル大学外交学科教授。本首脳会談で第2期プロジェクトの開始について合意・発表した。

3.図書の引渡し等

 図書の引渡しについて,李明博大統領は,今回,野田総理に図書を持ってきてもらったことは韓日関係の未来のため象徴的な意味合いがある旨述べ,野田総理は,今回の訪韓に際し,本年発効した日韓図書協定で引渡すこととなっている図書のうち一部(注)を持ってきた,残余の図書については適切な時期に引き渡せるよう調整したい旨述べるとともに,日本由来の文書のアクセスの改善について要請した。

(注)今次引渡しの対象となった図書は,王世子嘉礼都監儀軌(おうせいしかれいとかんぎき)2冊,大礼儀軌(たいれいぎき)1冊,正廟御製(せいびょうぎょせい)2冊の合計5冊。

4.日韓EPA,日韓通貨スワップを含む日韓経済関係等

(1)野田総理から,最近の民間企業の連携を後押しし,地域における基本的なルール作りを日韓で主導していくためにも,可能な限り早期に日韓EPA交渉再開に合意できるよう,交渉再開に必要な実務的作業を本格的に行わせたい旨発言し,李明博大統領から賛同を得た。

(2)日韓通貨スワップについて,両首脳は,金融市場の安定の確保が日韓両国経済の安定的な成長に大変重要であるとして,総額700億ドルに拡充することで一致した。

(3)野田総理から,東北地方の復興は引き続き日本の最重要課題であり,復興・観光・風評被害対策等について,韓国と協力して取り組みを進めていきたい,これが人的交流のさらなる活性化につながることを期待する旨述べ,李明博大統領は,5月に大統領自身が被災地を訪問した際の経験を踏まえ,被災地の方々のご努力を評価し,そうした方々から学ぶべきことが多い旨述べた。

5.北朝鮮問題等

(1)両首脳は,北東アジアの安保情勢等にかんがみ,また,直前の李明博大統領訪米の際の韓米首脳会談を踏まえ,日韓関係及び日韓米関係はこれまでにも増して重要であり,引き続き緊密に意見交換をしていくことで一致した。

(2)北朝鮮問題について,両首脳は,北朝鮮によるウラン濃縮活動を含む核開発やミサイル問題への対処において日韓及び日韓米が緊密に連携すること,南北対話・米朝対話を引き続き実施し,北朝鮮の具体的行動に繋げていくことが重要であることで一致した。また,野田総理から,拉致問題に関し,総理は被害者全員の一日も早い帰国を目指して全力で取り組んでおり,韓国と連携していきたい旨述べた。そして,野田総理から,拉致問題に係る韓国側の理解と協力に感謝し,李明博大統領から改めて支持と協力する旨の表明があった。

6.その他

 両首脳は11月のG20サミット,来年3月のソウル核セキュリティサミット等国際場裡での日韓の協力の重要性等についても一致した。


2.要人往来等の(2)にある「第2期日韓新時代共同研究プロジェクト」は極めて重要。
何しろ「第1期」の報告がものすごいものだから。(青いところクリック) 

1)近代の日韓関係を、日本による韓国への侵略行為の確認
2)上記1)を共通の歴史として認識
3)両国の共通課題を解決するための協議体の設立
4)日韓構造基金を設立し、後進地域の開発をすすめる。

併合時代の日韓関係は決着していないものとし、日韓基本条約を反故とすること。
それとともに結ばれた「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」を無意味化し、将来にわたって日本は韓国のために金を使うこと。
韓国が北朝鮮を統一した場合、かかる費用を日本が負担すること。 

慶応義塾大学の教授陣が大活躍。
特に、小此木政夫の考えがそのまま反映されていると思う。
慶應義塾大学法学部は、いわば巣窟になっているようだ。
その一人国分良成は、春から防大校長に収まるらしい。

なんてこった。
学生や受験生はよく考えてね。

                                            人気ブログランキングへ 

テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

新防大校長 国分良成

防大校長に国分良成慶大教授 来春、五百旗頭氏退任へ

国分良成国分良成


政治学者、専門分野は支那を中心とする東アジアの政治、外交。

新聞等では、「政府は軍備増強を進めて存在感を増す中国の専門知識も起用の判断にしたとみられる」などと言っているが、これはありえない。
まず、民主党政権では自ら進んで日本を譲り渡すことはあっても、防衛部門で本気で対支問題に取り組むとは思えない。
将来の幹部自衛官養成機関である防大が、特定の仮想敵に絞って教育をすすめる必要はない。
支那を仮想敵として研究の対象にするなら、むしろ防衛省の顧問にすればいい。

もちろん民主党政権が、支那を仮想的にするはずがない。
校長になる国分良成氏も「中国専門家」という看板はあるが、「中国を警戒しろ」とは言ってない。
どちらかと言えば、「トップレベルの協調によって、日中の良好な関係を維持すべき」という立場をとっている。
つまりまあ、「中国を刺激せず、ちょっとぐらいのことは聞いてやんなさい」ということでしょう。
そこ、ここに見かけるあちらよりのインテリのなかでも、だいぶスマートなタイプに感じられる。

内閣官房「日・ASEAN包括的経済連携構想を考える懇談会」、外務省「新日中友好21世紀委員会」など支那を中心としたアジア関係の外交・経済問題に関する政府の審議委員を務めるなど、政府機関への登場も多い。

でも、なぜ防大校長なのかは、まったくわからない。
五百旗頭真という最悪の時代のあとには、なんとか卒業生校長に立ってもらい、立て直しを測ってもらいたいと思ったんだけど。

人気ブログランキングへ

テーマ : 民主党
ジャンル : 政治・経済

10/29のツイートまとめ

jhfk1413

もう「日本人だから・・」はやめよう! #blogos @ld_blogos http://t.co/7ui4qgaq 国民性の違いはさまざまある。ここに出ている「日本人は・・・」も、言い方を少し変えれば、一つを除いてすべて当てはまる。迷信ではない。
10-29 21:03

【プロ野球】球団名に巨人・渡辺会長「DeNAなら文句なし」 - MSN産経ニュース http://t.co/463pGYp8  モバゲーがダメでDeNAなら文句なし。なんの基準もない。そんな気がするだけ。
10-29 17:46

5つの対米公約表明へ TPP、武器輸出三原則… 来月の日米首脳会談  - MSN産経ニュース http://t.co/HzauxbLX 国民との公約を守るつもりはないが、アメリカに対しては・・・
10-29 17:06

従軍慰安婦の始まり

1977(昭和52)年 
吉田清治『朝鮮人慰安婦と日本人』を新人物往来社から出版。
その中で、第二次世界大戦中に日本軍人が朝鮮の女性を強制連行し慰安婦にしたなどと証言。

1983(昭和58)年
吉田清治は、いわゆる従軍慰安婦問題の発端となった『私の戦争犯罪』を上梓。
その後も朝日新聞・しんぶん赤旗などで自身の「戦争犯罪」の告白を展開。
韓国にも赴き、講演と謝罪を繰り返す。
このような告白、謝罪を行ったのは吉田のみであった為、当時、吉田は「勇気ある唯一人の告白者」とされた。

1989(平成元)年8月
韓国済州島の地元紙『済州新聞』が取材結果をもとに「『私の戦争犯罪』は捏造」と報じる。

1991(平成3)年
朝日記事スクープ。
記者は植村隆。
軍に強制連行された元従軍慰安婦が名乗りをあげた..。植村記者は彼女が親に売られた...と言っているのを知りながら強制連行に捏造して記事を書いた。
植村隆が見つけ出した元慰安婦が東京地裁に提訴。
訴状には親に売られたと明記。
強制連行ではなかった証拠になるが前の記事は訂正せず。

1992(平成3)年3月
秦郁彦が、吉田の「慰安婦狩りを行った」という証言について済州島で現地調査を行ったがまったく裏付けは取れなかった。
当時を知る島民は「この島で人間狩りが起こったら大騒ぎになって誰でも知っているはずだが、そんな話は聞いたことすらない」と証言。

1993(平成4)年1月11日

朝日新聞は、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。
韓国紙と連動して、訪韓予定の宮沢喜一首相に圧力をかける。

1993(平成4)年1月16日

宮沢喜一首相が訪韓。
首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束する。

1994(平成5)年8月4日
河野洋平官房長官談話、政府調査の結果「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は、慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。

1996(平成7)年5月

週刊新潮インタビューで、吉田は「本に真実を書いても何の利益もない。事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやるじゃないか」と『私の戦争犯罪 -- 朝鮮人強制連行』中の記述において、「人間狩りを行なった場所がどこであるかについては創作を交えた」と認めた。

1998(平成9)年
吉田は秦との電話会見に応じ「人権屋に利用された私が悪かった」と反省の弁を告白。

多くの人の尽力で、吉田清治のでっち上げは暴かれた。
植村隆と朝日新聞は、せっかく沈静化しつつあったこの問題を、韓国内の世論に訴えてまき散らした。

植村隆
高知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業後、1982年朝日新聞入社。
千葉支局、韓国特派員を経て、現在朝日新聞中国特派員。
韓国語の学習のため朝日新聞社員になってから延世大学に留学している。
妻は、韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会の常任理事、粱順任の娘。
粱順任は日本政府に対してアジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件を起こし、また、日本政府からの補償金に絡む詐欺事件で容疑をかけられている。                                                       
                                                                         人気ブログランキングへ 

テーマ : 大東亜戦争の本当のこと
ジャンル : 政治・経済

「太平洋戦争 最後の証言-零戦・特攻編」 門田隆将

「太平洋戦争とは大正生まれの若者の戦争である。昭和二十年八月の終戦時、大正世代の男子は、十九歳から三十三歳であった。それは戦争を主力として戦った青年たちである。」

"はじめに"に出てくる著者の言葉です。

戦争のことを知りたいと、これまでいろいろな本を読んだ。
関わった人たちの年齢も分かっていた。
でも、この言葉に触れて、「ああ、・・・」と絶句してしまった。
著者は、まさしく時代そのものに寄り添っていると感じたからだ。
私には、その意識が十分ではなかった。
 大正に生を受けた男子は、約千三百四十八万人(総務省統計局資料「男女別出生数及び出生率」による)にのぼるが、その内、およそ二百万人が戦死している。全体の実に七人に一人が戦死したことになる。明治生まれの父と母に育てられた大正の若者は、地獄の戦場で突撃を繰り返し、子孫も残さないまま、多くが何も語らないまま死んでいった。
 生き残った大正生まれの若者たちは、亡き戦友の無念を胸に、戦後がむしゃらに働き、世界から"奇跡の復興"と呼ばれる経済成長の中核を担った。
本書は、戦場で主力として戦った末端の兵士たちの証言を元に、著者がその痛烈な体験を忠実に再現したノンフィクションです。

二十歳で真珠湾を経験した兵士は、2011年で九十歳になる。
もはや時間は残されていない。

それは元兵士たちにとってではなく、私達戦後生まれの日本人にとって。

「零戦・特攻編」に続き、「陸軍玉砕編」、「日本沈没編」が計画されているそうです。
楽しみにします。                                           
                                               
人気ブログランキングへ 

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

浙江省暴動

中国浙江省湖州市で大規模暴動
日本経済新聞 2011/10/28
 中国・浙江省湖州市の織里鎮で27日、大規模な暴動が発生した。28日付の香港各紙によると、地元政府が子供服を生産する零細企業に対して打ち出した一方的な増税に反発した数千人の市民が公安当局と衝突。公安の車両が焼き打ちに遭うなど、少なくとも数十人が負傷、死者が出たとの情報もある。27日夜時点で市民と公安の対峙が続いているという。
浙江省浙江省はここよ。

テーマ : 支那
ジャンル : 政治・経済

累進課税 所得税の税率

[平成22年4月1日現在法令等]

 所得税の税率は、分離課税に対するものなどを除くと、5%から40%の6段階に区分されています。

課税される所得金額税   率        控 除 額  
195万円以下5%0円
195万円を超え 330万円以下10%97,500円
330万円を超え 695万円以下20%427,500円
695万円を超え 900万円以下23%636,000円
900万円を超え 1,800万円以下33%1,536,000円
1,800万円超40%2,796,000円

(注) 例えば「課税される所得金額」が700万円の場合には、求める税額は次のようになります。
 700万円×0.23-63万6千円=97万4千円
                                                国税庁 所得税の税率
『財政には景気を左右する力がある。景気が低迷している時期には、“減税”や“有効需要の創出”により国民の購買力を高め、景気を刺激する策がとられる。』と教えています。

なぜか日本はそうしないけど・・・
  

人気ブログランキングへ  

テーマ : しっかり勉強!
ジャンル : 学校・教育

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事