めんどくせぇことばかり 2012年08月
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『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介

『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介『新・沖縄ノート―誰も語れなかった沖縄の真実』 惠隆之介
(2011/12/21)
惠 隆之介

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このところの沖縄を考えれば、まるで“小さな韓国”を見るようで、その上で韓国のように突き放して考えることもできない。自分の体の一部であるのに動かそうとすると痛みを伴う。かと言って、切り取ってしまおうなんて考えることもできない。

“琉球処分”とそれ以前の歴史について触れるつもりはないが、19世紀末の世界事情の中で考えてみれば、双方にとって悪い選択ではなかったのではないかと思う。しかし、沖縄の本土並みの近代化には大変な時間がかかったし、結局日本は大東亜戦争でアメリカに負け、やり通すことはできなかった。琉球処分で完全に日本に編入された沖縄は、やはり本土との間には文化的にも歴史的にも大きな差があったといういうことである。

敗戦後、沖縄を支配した米軍政府は、日本が71年かかっても出来なかった沖縄の開発振興を、わずか27年で成し遂げた。戦勝国の地位を背景としていたとはいえ、悔しいけどアメリカの保つ力を認めざるを得ない。そして1972年5月15日、沖縄は日本に復帰した。

著者の惠隆之介氏は、1954年、コザ市の生まれ。返還の時は、高校2年死だったという。幼少時、「国語の勉強なんて不要ではないのか」という疑問に、彼の祖父は「日本はたしかにアメリカと戦争して負けた。しかし日本人は勇敢で優秀だった。いずれ国力を回復してこの沖縄住民を迎えに来るだろう。貴君らはその時のために日本人としての矜持を一時も失うな。国語を重点的に勉強せよ」と語ったそうである。

その著者がいま、沖縄の教育界、言論界では少数派として苦戦を強いられている。彼の戦いの対象は、沖縄県教職員組合、地元マスコミを主体とする極左勢力による異常なまでの言論統制である。話題になった“教科書採択”に関わる問題は、沖縄における“言論統制”を全国に明らかにした点においても重要であった。それら極左勢力に、支那が盛んに働きかけている。

返還以後、日本政府は13兆円以上の補助金を沖縄に投下してきた。他県民の“自責の念”と沖縄県民の“当然の迷惑料”という気持ちがそれを許し、それが沖縄県民をダメにした。各界で活躍する沖縄県民は多いが、この各種補助金の額はあまりにも異常である。

地上戦に巻き込まれたのは沖縄県民だけではない、千島列島から、北方領土から、樺太から、満州から、朝鮮半島から、家族や仲間を殺されたり強姦されたりしながら、故郷を追われて本土に逃れてきた者もいる。すべてを呑み込んで、死にものぐるいで生きてきた人達もいる。苦労したという事なら、決して沖縄だけが特別ではない。ガンバレ沖縄県民。

本書の構成
第1章 沖縄に迫る危機
第2章 普天間基地問題は解決できる
第3章 歴史のなかに見る沖縄の姿
第4章 米軍政下で味わった贅沢
終章  沖縄をどう統治するか

「沖縄ノート」と間違えないで。この『新・沖縄ノート』こそ、本当に沖縄のことを考えぬいた、沖縄人の書いた本だと思います。各章とも大変面白いが、第3章の「歴史のなかに見る沖縄の姿」が大変重要であると感じました。

この本も面白かった。




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テーマ : 沖縄
ジャンル : 政治・経済

華人コミュニティーが「白人女性も慰安婦にされた」と反日啓蒙活動を推進

華人コミュニティーが「白人女性も慰安婦にされた」と反日啓蒙活動を推進-米国
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120829-00000013-rcdc-cn

慰安婦問題訴えるポスター 主要都市に3千枚掲示
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120731-00000041-yonh-kr

支那人や韓国人が世界のあちこちで歴史を捏造し、日本人を悪玉に仕立てあげようとやっきになっている。まったく卑劣な連中だ。彼の地にも、道をわきまえた多くの方々がおられるであろうことを信じているが、それにしても嫌なことをやってくれる。

いま、少しづつ変化の兆しを見せつつある日本の歴史認識、敗戦と東京裁判で捏造された歴史を取り戻そうという動きに、正面から牙をむき出しにするのは、捏造された歴史によって国を立てた支那・韓国、樺太・千島列島・北方領土をかっさらったロシアくらいのものだ。この捏造の主力は米・英だったわけだが、19世紀から20世紀、そして21世紀という歴史の流れの中で、成熟した精神構造を持つ国の人間なら、日本が歴史に果たした役割を見つめなおそうとする動きに文句をつけるわけにはいかないだろう。

ただしアメリカには多少の疑いを持つ。日本が本来の歴史を取り戻す動きの中で、彼らは自らの行った日本人に対する無差別殺戮を追求されることを恐れている。日本にしてみれば、軍民合わせたあらゆる戦没者に手を合わせつつ、明日の世界の平穏を祈るばかりだが、彼らの中にはその思いが必ずある。それが上記のような卑劣な行動に、彼ら特有のチンケな正義感が煽られないとも限らないし、現にあった。

日系アメリカ人でカリフォルニア州シリコンバレー選出のマイク・ホンダ下院議員が主導した「アメリカ合衆国下院121号決議」、いわゆる「慰安婦に対する謝罪要求決議」もその一つである。マイク・ホンダはいまだに韓国と足並みを合わせた反日行動に忙しいらしいが、アメリカにはそれに賛同してしまう“うしろめたさ”の裏返しの幼稚な正義感がかいま見られることがある。日本を信じて、冷静に物の本質を見極めて欲しいもんだ。
aikoku369azさんから借用

テーマ : 大東亜戦争の本当のこと
ジャンル : 政治・経済

英国でも報じられた日韓の関係 ユーザーからは「日本がかわいそうだ」の声も

ヤフーUKに掲載された同記事のコメント欄には「世界大戦はいつも不景気の後、訪れるものだ」「(第二次大戦中に)極東地域の英国軍がどのような扱いを受けたか、識者たちは忘れたようだ」「インドネシアで慰安婦だったオランダ人は日本大使館に毎年行っている」と、日本に対して冷ややかな意見が多く寄せられた。

一方で、「仕事で韓国人に会うことが多い。できれば関わりたくない。複雑な劣等感を裏に持っていてメチャクチャな態度に出ることが多い。日本人が可哀想だ」「(韓国人は)いい人たちだが、劣等感で理性を失うと、ロンドン五輪で政治的メッセージを掲げたような行動もする。あの島だって岩2つがそびえているだけのものだ」など、韓国を非難する意見も寄せられている。(抜粋)

自分たちがアジアでどういう存在だったか、まだわかってないイギリス人もいるようだが、それはまた別の機会に・・・
民族性ジョーク ― 朝鮮半島編より

神が天地を創造された時のこと。
 
「日本という国を作ろう。そこで、世界一素晴らしい文化と世界一素晴らしい気候を、世界一勤勉な人間に与えよう。」

大天使「父よ。それでは日本だけが恵まれすぎています。」

「我が子よ、案ずるな。隣に韓国をつくっておいた。」


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テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

『小説フランス革命Ⅶ ジロンド派の興亡』 佐藤賢一

 『小説フランス革命Ⅶ ジロンド派の興亡』 佐藤賢一『小説フランス革命Ⅶ ジロンド派の興亡』 佐藤賢一
(2012/06/26)
佐藤 賢一

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ヴァレンヌ事件で地に落ちた王権。政争に敗れたラ・ファイエットは一線を退く形に追い込まれた。七巻『ジロンド派の興亡』での主役の一人はロラン婦人。ジロンド派の名士を集めてサロンを経営し、政界再編に影響力を及ぼすことで、自分の才能を確認し、自信を深める。

政権に手をかけたジロンド派は、フランスをオーストリア、プロイセンとの戦争に駆り立てる。しかし、ロベスピエールが言ったとおり、フランス軍は敗北を続ける。敗北を重ねる軍へのいらだちと、もとより食糧難に苦しむパリ市民の怒りを国王へ向けようとジロンド派は企み、パリ市民のデモがテュイルリー宮を襲う。この時のルイ16世の対応は、本書のハイライトの一つ。

ジロンド派の企みに便乗し、パリ市民のデモで王室やフイヤン派に揺さぶりをかけようとしたダントンの計画は失敗に終わった。しかし、彼はそれで終わる男ではなかった。まもなく、運命の1792年8月10日を迎える。

著者、佐藤賢一の軽妙な筆致は、やはりフランス人を描き出すことに向いているのだろうか。フランス人の友人の一人も持たない私がこういうことをいうのは完全に間違ってるな。おそらく佐藤賢一を呼んでいるうちに、彼の作り上げたフランス人像が、私のなかにいついてしまってるんだろうな。革命の段階から見ても内容的に地味になるのもやむを得ない状況でありながらも、最後まで緊張感の中で読み切らせてしまうあたりは、著者の技と深い研究、人間観察、あるいは理解のゆえだろう。

九月には『Ⅷ 共和制の樹立』が刊行されると予告されていた。いよいよ、大きく動き始める。



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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

犬張子

犬張子1 
女が子を生すことは、どの時代でも命がけのことでした。基本的には、今もそれは変わっていません。そして、女が命をかけて産んだ子らが世代をつなぎ、父や母の記憶を、さらに次の世代につないでいきます。子は宝、女は宝を生み出す神性を帯びています。それは、人に作物をもたらす大地の持つ神性に通じます。つまり、大地母神。

たとえ一神教の時代になっても、人々はマリアに惹かれます。赤子のイエスを抱くマリア像こそは、母の愛の具現。そこには子を生す女の神性への崇めの思いが色濃く滲みます。

作物に恵まれますように、子に恵まれますように、女が無事でありますように、子がすくすく成長しますように・・・

安産、多産、子の無事な成長を願う思いから、犬張子は生まれました。
詳しくはこちら・・・
はりこのはやしや
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テーマ : 伝統工芸
ジャンル : 学問・文化・芸術

『Dr.クロワッサン 100歳までボケない101のレシピ』

『Dr.クロワッサン 100歳までボケない101のレシピ』『Dr.クロワッサン 100歳までボケない101のレシピ』
(2011/07/29)
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長生きに興味はないけど、生きてるあいだはボケたくない。何気なくペラペラめくってみたら、料理そのものが美味そうだったので、読んでみました。

結論的には、“料理はバランス”。それから、“年寄りこそ肉を食え”ってことになるんじゃないでしょうか。

「フレッシュジュースがアルツハイマーに良い」とかで、ずいぶんページを割いていたけど、新鮮な野菜や果物を十分取ればいいんだろうな。

「ムチンが取れるネバネバ食材」は大好き。納豆、オクラ、山芋、それにわかめもいいらしい。紹介されていた料理の中では“わかめごはん”、“納豆豆腐”(これは食ったことがある)は大好き。“トマト納豆”はいかがなものかと思うが、とりあえず食ってみよう。

「ブロッコリー、トマト、にんじん、かぼちゃ」が身体にいいのは当たり前。

「かいわれ、豆苗、もやしなどの新芽には抗癌作用」があるそう。この中では、貧乏人の友“もやし”。毎日食ってる。

「DHAを含む魚」ね。含有量トップはダントツで“鮟鱇の肝”、でもそんなの食えない。“マグロのトロ”に“ぶり”に“筋子”。これじゃあ食えない。貧乏人の見方はいないのか、って思ったら、いました。“イワシの丸干”、生の時よりも含有量が倍加する。魚は“イワシの丸干”を中心に、バランス良くね。

「魚の中でも抗加齢効果が高いのが鮭」とは知りませんでした。うちのお母ちゃんの朝飯には週一くらいで出てくるかな。

あとは「肉」だ。この本の中で取り上げられているのは、“豚ヒレ”、“鳥ムネ”、“牛ヒレ”に“羊肉”。この中では“豚”に“鳥ムネ”だな。

紹介されている料理も、手間がかからず、しかも美味そうですよ。


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テーマ : 最近読んだ本
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『国民の修身』 渡部昇一 日本人らしい日本人

『国民の修身』 渡部昇一『国民の修身』 渡部昇一
(2012/07/18)
渡部昇一

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私は昭和35年の生まれ。修身ではなく道徳の時代。でも、父母はどちらも昭和3年生まれ、祖父母は明治の生まれ。学校の先生方も、大半が大正から昭和初期生まれの方々だった。小学校は、それこそ‘修身’の世界だった。中学校の時の校長先生は、朝礼での講話で、シベリアに抑留された部隊の小隊長で、部隊の兵を一人も損なうことなく帰国できたことをが自慢であると、話しておられた。

中学校時代には、そういった先生方とはちょっと雰囲気の違う先生方もおられた。しかし、‘修身’の世界は、小学校の段階で自分の中に根づいてしまったと思う。著者が「序文に代えて」の中で言っているが、子供のころに味わった感動は、記憶によらず、その人間の根をなすもののようだ。さまざまなニュースに触れても、意識とは無関係に好悪の感情が湧きあがる。動かしがたい感情である。きっと幼いころに植え付けられた‘根っこ’なのだろう。

戦前・戦中の歴史の見直しが、ようやく端緒が開かれた感がある。著者らのたゆまない活動のおかげだと思う。ただ、真摯な活動も、私にもよく意味はわからないのだが、‘ねとうよ’呼ばわりで片づけられてしまうことも多い。これからがいよいよ大変なところだろう。

戦前の日本は、まだまだ未発達な部分を多く抱えていた。でも今、それを言い始めればきりがない。少なくとも、祖父母や父母の時代の日本人は、私たちよりも立派だった。この‘修身’で鍛えられたのだから、それも当り前か。


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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

世界から見た大東亜戦争 

アメリカ
ダグラス・マッカーサー(日本占領連合軍最高司令官・元帥)
「日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。」(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)

ハミルトン・フィッシュ(政治家)
ルーズベルト大統領は、その絶大な権力を使って遂に米国を日本との戦争に巻き込むことに成功した。そのことは、米国を欧州における戦争に参戦させるという彼の最終的な目的を達成させた。
 


ジョージ・S・カナヘレ(政治学博士)
日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。(中略)
インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。

これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。
日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。


イギリス

H・G・ウェルズ(歴史学者)
「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」

アーノルド・J・トインビー(歴史学者)
「第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」(1965年十月二十八日、英紙「オブザーバー」)

英国最新最良の戦艦2隻が日本空軍によって撃沈されたことは、特別にセンセーションを巻き起こす出来事であった。それはまた永続的な重要性を持つ出来事でもあった。なぜなら1840年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、この地域における西洋全体の支配を象徴していたからである。1941年、日本はすべての非西洋国民に対し、西洋は無敵でないことを決定的に示した。この啓示がアジア人の志気に及ぼした恒久的な影響は、1967年のベトナムに明らかである。(昭和43年三月二十二日「毎日新聞」)

インド
ネール(初代インド首相)
彼ら(日本)は謝罪をする必要とすることなど、我々にはしていない。それ故、インドはサンフランシスコ講和会議には参加しない。講和条約にも調印しない。

ラグ・クリシュナン氏(元大統領)

インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。(昭和44年「日本経済新聞」)

ラダ・ビノード・パール氏(極東国際軍事裁判判事)
要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の17年間(昭和3~20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と刻印する事が目的であったに違いない。

私は1928年から1945年までの17年間の歴史を2年7ヶ月かかって調べた。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。

その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。
満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。

日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き換えなければならない。(昭和27年11月5日、広島高等裁判所での講演)


グラバイ・デサイ(インド弁護士会会長)
インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで30年早まった。この恩は忘れてはならない。

これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。

インド国民は、日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。


インドネシア

ブン・トモ氏(元情報宣伝相)
我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。


我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。

一度持った自信は決して崩壊しない。日本が敗北したとき、「これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる」と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。
 
モハマッド・ナチール(インドネシア共和国元首相)
大東亜戦争というものは、本来なら私たちインドネシア人が、独立のために戦うべき戦争だったと思います。

 

もしあの時私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。大東亜戦争はそういう戦いだったんです。


戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦争に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、「聖なる戦争」であった。


二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。(昭和42年10月)



オランダ
サンティン(元アムステルダム市長)
あなた方日本は、先の大戦で負けて、勝った私どもオランダは、勝って大敗しました。今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。私たちオランダはその間屈辱の連続でした。勝ったはずなのに、世界一の貧乏国になりました。戦前のオランダは、アジアに本国の36倍もの大きな植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で本国は栄耀栄華を極めていました。今のオランダは日本の九州と同じ広さの本国だけとなりました。

あなた方日本は、アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑み、ぺこぺこ謝罪をしていますが、これは間違いです。あなた方こそ自らの血を流して東亜民族を解放し、救いだす。人類最高の良いことをしたのです。なぜならあなた方の国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って、真相を見つめる必要があるでしょう。

本当は私ども白人が悪いのです。百年も、三百年も前から、競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。植民地や属領にされて、長い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想をかかげて大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。本当に悪いのは侵略して権力をふるっていた西欧人の方です。

日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。すなわち日本軍は戦勝国のすべてを東亜から追放して終わりました。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ最高の功労者です。

自分を蔑むのをやめて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。(平成3年、日本傷病軍人会代表団が戦時中敵国であったオランダを訪問した際のアムステルダム市長のあいさつ)


韓国
朴 鉄柱氏(韓日文化研究所)
大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。
彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。

戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦争に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、「聖なる戦争」であった。

二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。
(昭和42年10月)

タイ
ククリックド・プラモード氏(タイ国元首相

日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。


今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。


十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。
我々はこの日を忘れてはならない。(十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」)


ビルマ

バー・モウ(ビルマ元首相)
約50年前ビルマは3回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。

愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。

ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。

 

ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり。(独立宣言より)

マレーシア
ラジャー・ダト・ノンチック(マレーシア元上院議員)
私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓喜の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に、今まで感じたことのない興奮を覚えました。

しかもマレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育を行ってくれたのです。


サンバス(元復員軍人省長官)
特にインドネシアが感謝することは、戦争が終わってから日本軍人約1000人が帰国せず、インドネシア国軍と共にオランダと戦い、独立に貢献してくれたことである。

日本の戦死者は国軍墓地に祀り、功績をたたえて殊勲賞を送っているが、それだけで済むものではない。
 
 


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ジャンル : 政治・経済

『シオン修道会が明かすレンヌ=ル=シャトーの真実』 ロバート・ハウエルズ

『シオン修道会が明かすレンヌ=ル=シャトーの真実』 ロバート・ハウエルズ『シオン修道会が明かすレンヌ=ル=シャトーの真実』 ロバート・ハウエルズ
(2012/07/21)
ロバート・ハウエルズ

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副題は「秘密結社の地下水脈からイエス・キリストの血脈まで」

「シオン修道会は長く、謎めいた歴史を持っています。彼らが無名でいることは、膨大な数の団員を誇るテンプル騎士団の中でも保証されていました」

ときにシオン修道会はテンプル騎士団と重なり、その衣をまとって活動する。ときに聖体秘蹟教会、薔薇十字団、オーヴァル騎士団、もちろんフリーメイソン。シオン修道会は秘められた使命を守り、受け継ぎ、しかるべき時にふさわしいメッセージを流すことで人類の進化に影響を与える。テンプル騎士団の姿を借りようと、フリーメイソンの姿を借りようと、その使命がかわることはない。

面白かったです。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチコード』で興奮したのはもうどれくらい前のことだったか。キリスト教に関わる謎解きは、永遠に続けられるんでしょうね。それは成立以前からのキリスト教世界が持つ歴史性が、あまりにも面白すぎるからでしょうね。しかも、ヨーロッパ精神世界を支配するようになって千七百年。キリスト教原理主義から生まれたアメリカ合衆国が、世界を牛耳るようになっているわけだから、この歴史のなかに隠された数々の謎、特に教えそのものをひっくり返しかねないキリスト教成立そのものに関わる謎となれば、面白く無いはずがない。

『キリストと姦淫の女』 ニコラ・プッサン 1653
姦淫の女 
女の名前は書かれていないが、美術の伝統では長らくマグダラのマリアと同一視されてきた。この伝統は、マリアはイエスによって許された性的な罪人であるとする誤解に基づいている。絵ではイエスとマグダラのマリアが画面中央の手前で向き合っている。二人の中間、奥の方に女性が子どもを抱いて立っている。明らかに二人目の子どもを身ごもっているのが分かる。イエスは右手で姦淫の女を指さしているが、その指は背景にいる子どもをだいた女性と重なっている。・・・・マグダラのマリアを指すイエスの指が子どもを抱いた女性にも重なっているのは、この二人が同一人物だと示唆しているかもしれない。そうだとすると、プッサンは血脈の秘密を知っていることになり、レンヌ・ル・シャトーの謎と関係していることになる。
こういった絵画に隠された謎解きも相変わらずおもしろい。

この本は、シオンの広報係ともいうべきニック・ヘイウッドから得た情報を元にシオン修道会とレンヌ・ル・シャトーの教会の秘密に迫っていくという形で進められていく。マグダラのマリアとイエスの磔刑後の足取り、アルカディアを故地とするフランク族の繁栄と、そこに残されたイエスの血脈。

ただし、これが黙示録に秘められた終末に関する考察に入ってしまってからは、私は興味を失った。キリスト教という宗教から権力につながったベールを剥がすことにより、イエスの教えが持っていた“博愛”の生身の姿を取り戻すことにこそ興味を惹かれていた。それがさらに違うベールに覆われてしまっては元も子もない。それがシオン修道会の使命なら、勝手にやっていてくださいとしか言えなくなってしまう。私にはそう思えたのだが、いかがでしょうか。


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『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人

『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人
(1971/05)
石光 真人

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1971年5月25日初版
2009年5月15日47版

血涙の辞
いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく時を過して齢すでに八十路を超えたり。

多摩河畔の草舎に隠棲すること久しく、巷間に出づることまれなり。粗衣老軀を包むにたり、草木余生を養うにあまる。ありがたきことなれど、故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤すれど、懊悩流涕やむことなし。

父母兄弟姉妹ことごとく地下にありて、余ひとりこの世に残され、語れども答えず、嘆きても慰むるものなし。四季の風月雪花常のごとく訪れ、多摩の流水樹間に輝きて絶えることなきも、非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮かびて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余を憐れむがごとし。

時移りて薩長の狼藉者も、いまは苔むす墓石のもとに眠りてすでに久し。恨みても甲斐なき繰言なれど、ああ、いまは恨むにあらず、怒るにあらず、ただ口惜しきことかぎりなく、心を悟道に託すること能わざるなり。

過ぎてはや久しきことなるかな、七十有余年の昔なり。郷土会津にありて余が十歳のおり、幕府すでに大政奉還を奏上し、藩公また京都守護職を辞して、会津城下に謹慎せらる。新しき時代の静かに開かるるよと教えられしに、いかなることのありしか、子供心にわからぬまま、朝敵よ賊軍よと汚名を着せられ、会津藩民言語に絶する狼藉を被りたること、脳裏に刻まれて消えず。

薩長の兵ども城下に殺到せりと聞き、たまたま叔父の家に仮寓せる余は、小刀を腰に帯び、戦火を逃れきたる難民の群れをかきわけつつ、豪雨の中を走りて北御山の峠にいたれば、鶴ヶ城は黒煙に包まれて見えず、城下は一望火の海にて、銃砲声耳を聾するばかりなり。
「いずれの小旦那か、いずこへ行かるるぞ、城下は見らるるとおり火焔に包まれ、郭内など入るべくもなし、引き返されよ」
と口々に諫む。そのころすでに自宅にて自害し果てたる祖母、母、姉妹のもとに馳せ行かんとせるも能わず、余は路傍に身を投げ、地を叩き、草をむしりて泣きさけびしこと、昨日のごとく想わる。

落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏する褥なく、耕すに鍬なく、まこと乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に筵を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。

明治はあまりにも大きな過ちのなかに始まった。過ちは正されないまま、かと言って歴史は流れを止めるはずもない。会津の名誉は回復されなければならないが、今さら薩長を蔑んでもなんにもならない。ただ私たちは、近現代の日本はこれほどまでに大きな悲劇を内部に包含しながら始まったのだということを知らなければならない。

1900年の義和団の乱で、北京の各国大使館は暴徒に包囲された。その時、柴五郎は清国公使館付き駐在武官として居留民保護に当たる陸軍中佐だった。のちにロンドンタイムスは、その社説で「籠城中の外国人の中で、日本人ほど男らしく奮闘し、その任務を全うした国民はいない。日本兵の輝かしい武勇と戦術が、北京籠城を持ちこたえさせたのだ」と絶賛した。その日本兵の指揮官が柴五郎であり、実質、各国籠城部隊の大将であった。

その柴五郎の最晩年の言葉がこのようなものであると思えば、なおさら重みがある。私達が語るべき“戦争”とは、大東亜戦争が全てじゃない。そして、このような想いを包含しながら守られてきた日本であるから、なおのこと良い国にしていかなきゃならない。じゃなきゃ、申し訳が立たない。


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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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こんな本、あんな本
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。

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中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。

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高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。

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今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
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