めんどくせぇことばかり 2013年01月
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『軍医たちの黙示録』 1.蝿の帝国 2.ホタルの航跡

2011年8月26日、及び2012年1月14日の記事に加筆修正したものです。
蝿の帝国―軍医たちの黙示録蝿の帝国―軍医たちの黙示録
(2011/07)
帚木 蓬生

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いろいろな戦争があった。医師たちの戦争もあった。

様々な事情で従軍した軍医たちが書き残した手記をもとに、著者がそれをつなぎ合わせ、復元し、物語として整えたもの、ということのようだ。全部で15編からなる短編集。

まさしく「手記」をもとにしたものらしく、ただ淡々と、なぜ従軍し、どこへ行き、誰と交わり、どんなことがあり、その時期を終えたか、が書かれている。ただ淡々と・・・。

著者も、おそらくできる限り虚飾を慎み、手記を残した軍医たちの実物大を描き出そうとしたのではないだろうか。どの一編を取り上げてみても、そこには著者の存在は感じられない。しかし、全体を通してみると、一人一人の軍医たちの自分に対する大きな矛盾への苦悩に、著者が寄り添う様子が感じられる。

彼らは間違いなく、歴史の中に存在した。命を永らえることを許され手記を残せた者も、そうでなかった者も・・・。そう感じさせる。

味わって、ゆっくり読みたい本。
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蛍の航跡―軍医たちの黙示録蛍の航跡―軍医たちの黙示録
(2011/11)
帚木 蓬生

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いろいろな戦争があった。医師たちの戦争もあった。

今回も15編の話からなるが、第一巻の「蝿の帝国」と同じく、いずれもただ淡々と、あの戦争のほんの一部分が語られている。もちろん戦争は、それらのピースを寄せ集めれば完成するジグソーパズルのように単純なものではない。どれだけ話を集めようとも、戦争の全体像は見えない。

ただ、こういった話の一つ一つが語られなければ、戦争を考える価値そのものが消失する。そういった意味も含めて、この本は貴重だ。「軍医」の目を通して戦争が語られているのも、とても面白い視点だと思う。一般の兵たちよりも一歩引いた位置で、同時に同じ戦場を体験し、命の消長に最も近い場所で関わってきた軍医たちの見た戦争。

物事を合理的に捉える訓練を続けてきた彼らは、ときには人の体と同じように、戦争そのものを合理的に捉えることもできたであろう。そんな立場の人達の戦争体験を読む機会に恵まれたのは、私にとっても貴重な体験となった。

この本を読み終えた今、やはり、“疲労感”がある。著者も“あとがき”に、「軍医もの二巻を書き上げた今、宿題の一端をやり終えた心境で、肩の荷をおろしている。」と語っているが、あの時代に生きた、あるいは死んだ日本人のことを思い起こすのは、やはり辛い。しかも、一旦捨ててしまった歴史は、ほじくり返すようにしないと現れてこない。まるで、自分の傷口に向かい合うようにして。でもそれをしないで、日本は歴史をつないでいくことができるだろうか。「できない」と、私は思う。

著者には、さらにそんなご苦労を続けてもらいたい。

北には、消し去られた歴史がある。大きな傷跡の中に・・・。
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韓国はドイツが嫌いなんじゃなかった・・・ 『韓国が取り上げたがる日独の戦後』

韓国では“日独の戦後対応”を比較して日本の対応を批判することが得意技の一つ。この記事もそんな韓国の報道の姿を伝えている。
Searchina  2013/01/28(月)
独がナチス犯罪に「永遠の責任」…日本と対極の姿=韓国

ドイツ現地紙は26日、同国のメルケル首相が国際ホロコースト記念日(1月27日)とアドルフ・ヒトラーが政権を掌握した日(1月30日)を前に、「ドイツは第2次世界大戦とホロコーストなどナチスの犯罪に対して永遠の責任がある」と述べたと報じた。

韓国メディアはこの報道を相次いで取り上げ、日本政府の態度とを比較しながら「両戦犯国の姿はあまりに違う」などと伝えた。

メルケル首相はホームページで、「私たちは歴史を直視し、どんなことも隠したり押しつけたりしてはならない」と主張し、ナチスの犯罪行為に対して「永遠の責任」があることを明らかにした。

韓国メディアは、メルケル首相の発言を報じながら、「一方で日本の政治指導者は、懺悔(ざんげ)や謝罪どころか軍国主義の亡霊を生き返らせている」とし、自民党幹部による「竹島の日」(2月22日)式典への出席などを非難した。

憂慮(ゆうりょ)すべき日本の問題点として、平和憲法の修正、河野談話・村山談話など歴史の反省に対する修正、戦犯企業の強制徴用の賠償拒否などを指摘。日本とは異なるドイツの態度として、ユダヤ人博物館をベルリンに建立、ナチスの誤りを教えない教師を処罰、戦犯企業が数度に渡り謝罪していることなどを挙げ、日本とドイツを比較した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130128-00000027-scn-kr

 ところが、この韓国、ドイツが好きってわけじゃないらしい。

二〇一二年のロンドンオリンピックフェンシング女子エペ個人準決勝。韓国代表シン・アラム選手がドイツ代表ブリッタ・ハイデマン選手と戦って敗れた。ラスト一秒での決勝点が勝敗を分けた。ところが韓国側が、「時間測定の仕方がおかしい」とクレームを付け、三十分にわたる猛抗議。しかし、判定は覆らなかった。

これに韓国ネットユーザーたちが大騒ぎ。審判の電話番号とメール・アドレスがネット上に晒され、「次は住所を晒す」と謝罪を強要。相手選手のハイデマンに対しては、彼女が二〇〇四年に雑誌「プレイボーイ」に載せたヌード写真をあっちこっちにばらまいた。さらに彼女にフェイスブックに悪口を書き込んで炎上させた。
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=63487

サッカーW杯等におけるドイツ戦では、「ヒトラーの子供たちは去れ!」という横断幕や、ハーケンクロイツでの嫌がらせなどなど。スポーツにおける相手国への敬意など、欠片も感じられない行為が横行する。
ヒトラーの子供たちは去れ ハーケンクロイツで嫌がらせ 負けて下さい1負けて下さい2
ドイツで行われたW杯では、悪名高い韓国のサポーターたちがドイツ国内で暴れ回って悪印象を蔓延させ、両国の感情を険悪なのにした。やるだけやっといて、韓国の対ドイツ感情が悪化する理由が分からないが・・・。

もちろん一番嫌いなのは日本。だけど、やっぱり一番は日本だから、その日本をこき下ろす材料になるならドイツだって持ち上げる。・・・そんなところでしょう。

ついでに書いておこう。

記事のなかに、“メルケル首相はホームページで、「私たちは歴史を直視し、どんなことも隠したり押しつけたりしてはならない」と主張し、ナチスの犯罪行為に対して「永遠の責任」があることを明らかにした。”とあるが、ひでぇことを言うもんだ。“隠したり押しつけたりしてはならない”とか言いながら、全部ナチスに押し付けてるのはどういうこと。遠因はパリ講和会議とヴェルサイユ条約にあるわけだけど、みんなヒトラーの登場を諸手を挙げて歓迎したじゃない。支那を炊きつけて日本に挑戦させて、ガンガン兵器輸出して経済の建直ししてたじゃない。

韓国の報道なんて自分に都合のいい情報を引き出すことしか考えてないから、そんなところに神経を使うことはないんだろうけど、ちょっとは考えてみたらいいんじゃないかな。もう一度あの戦争を・・・。・・・まっ、言うだけ無駄か。

    




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相撲界を頼んだ 『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』

相撲界を頼んだ 『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』相撲界を頼んだ 『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』
(2012/12/13)
貴乃花光司

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これからの時代、ますます世界に出て行く日本人が増えていくだろう。そういう子たちの胸に「日本人としての誇り」の種を蒔くことは我々、大人だと思うのだ。「母国に対する誇り」なき者は世界では戦えないのだから。

子供の頃、私のごひいきの力士は藤ノ川だった。学校から帰って、ランドセルを放り投げるや遊びに出かけるのだが、相撲をやってる時だけは、遊びもそこそこにうちに帰り、祖父母とともに相撲に熱中した。なかでも小兵ながら“今牛若”と呼ばれる藤ノ川、強さよりも諦めない相撲に惹かれた。文字通り判官びいきということになるが、大柄な力士に立ち向かっていく姿勢には、“凄み”を感じた。 
藤ノ川
藤ノ川に惹かれていた私は、ごく自然に、それに続く小兵力士貴ノ花に熱狂した。貴ノ花に対する思い入れは、藤ノ川に対するもの以上で、“僕のヒーロー”としか言いようがない。いつも、貴ノ花の前に立ちはだかる厚い壁を憎んだ。輪島を、北の湖を・・・。
貴ノ花1

実はその日のことがこの本の中にも書かれているが、貴ノ花の引退は本当に悲しかった。もちろんその後も相撲好きの私ではあったが、貴ノ花時代の熱狂からは遠ざかった。あの時の熱狂が蘇ったのは、若花田、貴花田の登場だった。
 
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この本には、まるで宿命であるかのように、父の道に自分を重ねて相撲界に入った貴乃花光司が、どのような姿勢で相撲に向き合い、どのようにして“あの一戦”に立ち向かっていったかが書かれている。その純粋さを理解できないマスコミは、自らの作り上げたイメージから離れていく貴乃花を、今度は引きずり下ろしにかかった。当たり前の若造であれば、彼は耐えられなかったろう。でも彼は違った。彼の純粋さは、彼自身を相撲に昇華させたといっていいだろう。マスコミになんと書かれようと、彼の生きざまはその相撲そのものに表現されていた。
貴乃花1 
あれだけの“魂”を感じさせる力士が出ることは、おそらくもうないのではないか。すくなくとも、私の人生の中ではないだろう。しかし、それに出会えたことに感謝したい。彼の引退後、相撲界は迷走を続ける。八百長事件、賭博事件といろいろあるが、なによりも私が危惧するのは、土俵上でとられる相撲そのものだ。美しくないのだ、相撲が・・・。土俵上のひっぱたきあいはいかにも見苦しい。
この本は、貴乃花親方が自分の半生を振り返り、おそらくこれまでを振り返ることにより、これから辿るべき道を模索しようと出版されたものと推察する。読んだ私は、なんとも波乱万丈の人生を・・・、と思わざるをえない。それでもあえて言わせてもらう。「頑張ってください。私も相撲が好きです。心を揺さぶられるような相撲が、これからも見たいです。」


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『チョウの羽はなぜ美しい?―昆虫観察Q&A』

チョウの羽はなぜ美しい?―昆虫観察Q&Aチョウの羽はなぜ美しい?―昆虫観察Q&A
(2005/07)
矢島 稔、宮沢 輝夫 他

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虫の名前、知らないんだよなぁ。子供の頃、あんな虫だらけの環境で遊んでたのになぁ。チョウチョ、トンボ、ギッツ。それより細かく分類するのはカブトやクワガタのたぐいだけ。・・・ギッツ?・・・ギッツはギッツよ。

なんか、ブログのテーマ分類が適当なものがなくて「子供の本」にしてしまった。なんか自分でやっといて自分で腹立たしい。本質的には虫は好きだ。昭和三十年代後半から四十年代の秩父育ち。春から秋は虫だらけ。ダンゴ虫をパチンコで飛ばして戦争ごっこしてたからな。これじゃあ、好きって事にはならないな。

でも、詳しく名前知らない。知ってるのはカブトやクワガタの類。トンボもヤンマは知ってるけど、あとはトンボ。チョウチョもそんなもの。ギッツ・・・、そうそう、「“ギッツ”ってなに」って笑われたんだ。うちの方では夏の終わりくらいから鳴く虫はみんなギッツ。コウロギもバッタも。♫あれ松虫が泣いている♫ なんて歌っているが、いっくらでもいたんだけど、めんどくさいからみんなギッツ。

ギッツがうちの中に入ってくると大変だった。それが寝静まった頃から鳴き始めるんだ。♫スイーッチョン、スイーッチョン♫ これね。アクセントは“イー”と伸ばした一番最後の部分にあるんだ。兄が二人いるんだが、兄たちが私に命令するんだ。「おい!スイッチョン、外に出してこいよ。」「んあ~」「早くいけよ、うるさくってしょうがねぇよ」・・・嫌な思い出だ。

そんな私なのに、なぜか新しい図鑑見つけると、どうしても欲しくなる。「あの時のスイッチョンはこいつだったのか」ってね。とにかく陸上でも、水中でも数限りなく虫をみたから、それでいてそいつが本当は何者であるか知らずに来たので、昆虫図鑑で確かめたくなるんだ。「おっ、あん時のカマキリ仙人はタイコウチ君か。え~、絶滅寸前。押堀川で遊んだじゃねぇけ」っていう感じですかね。
スイッチョン タイコウチ1
この本は“昆虫観察”の本。Q&A形式で昆虫学者の矢島稔先生という方が、色々と教えてくれます。質問者の宮沢輝夫さんは読売新聞記者。でも日本産のチョウ全種の撮影をライフワークにするという虫好きだけに、質問は子どもたちみんなが興味をいだきそうなものが選びぬかれてる。

*蝶の羽はなぜ美しい?
*虫の声って・・・?
*スズメバチは悪党?
などなど、38質問。

納得出来ないのは、“擬態”。あれは違いますよ、矢島先生。あれは神様が弱っちくてすぐ食われちゃいそうな奴や、うまく餌取れそうもない奴が可哀想だから、見つかりにくいように木に似せたり、花に似せたりしたんですよ。あるいは“目ン玉マーク”をつけてやったんですよ。そうじゃなきゃ、あんなに木そのもの、花そのものの姿になるわけねぇじゃねぇですか。擬態してるんだけど、いまいち擬態になってねぇ奴らは、神様が適当に作っちゃったからそうなったんですよ。
ナナフシ1 ハナカマキリ1 蝶の目ン玉
神「よし、お前、これなら鳥に見つからないぞ」
神「ほーら、これならうまくエサを捕まえられるだろう」
神「ウワッ、大勢ににらまれているようで、近寄れないよ」・・・なーんてね。


そうそう、質問の一つに、“*昆虫は厳しい冬をどう過ごす?”というのがあって、これは私も知ってる。冬の雑木林って、意外におもしろい。隠れている奴らを探しだして血祭りにあげるのは、子供の時分の興奮する遊びの一つ。

・・・ごめんなさい・・・
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国王殺しのパリで・・・ 『小説フランス革命 IX ジャコバン派の独裁』 佐藤賢一

国王殺しのパリで・・・ 『小説フランス革命 IX ジャコバン派の独裁』 佐藤賢一国王殺しのパリで・・・ 『小説フランス革命 IX ジャコバン派の独裁』 佐藤賢一
(2012/12/14)
佐藤 賢一
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『人民の友』の発行者ジャン・ポール・マラー、『デュシェーヌ親父』の発行者ジャック・ルネ・エベール。教科書の文字面でしか知らなかった奴らが強烈な臭気とともにパリの熱狂を煽る。そしてロベスピエールは・・・

前巻のラストで、国民の父と呼ばれたブルボン朝ルイ16世は断頭台に消えた。フランス国民、特にパリ市民は自ら“親殺し”となった。“親殺し”の罰か、はたまたパリの空を覆うルイ16世の怨念か、革命は苦難にさらされた。プロイセン、オーストリア同盟は、イギリスの加盟と呼びかけで対フランス大同盟となってフランスを包囲した。さらに王党派・宣誓拒否僧に率いられたヴァンデの農民反乱は、さながら内戦と呼ぶに相応しい状態となった。

国民公会で多数を握るジロンド派は内外の危機に打つ手もなく、食料不足に怒りを強めるサン・キュロットとその代表たるジャコバン派の追い落としばかりに執心する。ジロンド派の無為無策。追い詰めようと逮捕したマラーとエベールを追い詰め切れず、結局自分の首を締めていく。いよいよロベスピエールが動く。一七八九七月十四日のバスティーユ牢獄襲撃、一七九二年八月十日事件に続く三度目の民衆暴動が一七九三年五月三十一日に発生した。ロベスピエールが望み、促した民衆暴動である。

物語の最後でダントンがロベスピエールに言う。

「おまえが言うなと返されるかもしれねえが、あの時とは事情が違う。今回は議会に銃を向けちまったんだよ。七月十四日も八月十日も、相手は専制君主だった。しかし今度の相手は人民の代表なんだ。どれだけ腐っていても、国民公会の神聖な議員なんだ。これを排除しちまったら、もう民主主義の理想もなにも無くなっちまう。」「ところで分かってるんだろうな」「分かっていねえはずはねえよな。ああ、今度のことで出来上がるのは、ジャコバン派の独裁なんだって」

こうしてロベスピエールは、民主主義を求めながら自らそれを押しつぶし、その先にある未知の世界に足を踏み出していく。すでにジャコバン派の派遣委員はフランス各地を飛び回り、革命裁判所、公安委員会と、“恐怖政治”の舞台は完全に準備されていた。

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本当に私はなにもわかってない。マラーもエベールも、教科書の文字面だけの理解しかなかった。こうでなけりゃ、この本のようでなけりゃ、サン・キュロットじゃない。なにしろ私の理解の中にあったマラーやエベールは、この肖像のイメージ。
マラージャン・ポール・マラー1 ジャック・ルネ・エベール1 エベール
「もしか偉そうな顔してたかもしれませんが、何を隠そう、俺っちエベール、今も糞がこびりついたままなんで、けつの穴が強烈に臭くってね」

「そんな糞もしてねえような台詞を吐いたら、サン・キュロットの魂に悖るよ」

「だったら、ケツの穴みたいに皺のよった、この猿面を見てくれや」
股ぐらの縮れ毛よりも薄くなった、この前髪の淋しさを見てくれや。こんなんで俺っち、まだ三十六でしかねえっていうんだぜ。そう一気に捲し立て、要するに自分は苦労人なのだと、貧乏も下の下の出なのだと、それがエベールの言い分だった。
これでこそエベール。汗と埃と垢と糞の匂いが混ざり合った異常な臭気の中に這いずりまわって生きてきたサン・キュロットこそが革命のエンジン。有産階級からは粗暴で無学の徒と侮られるが、彼らには彼らなりの知恵がある。だからこそ、彼らなりの見極め、進退がある。ミラボーもダントンもマラーも、それをよく理解していた。おそらくルイ16世も。

しかしこの後、革命はそれを知らないものの手に委ねられていくことになる。

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テーマ : 歴史・時代小説
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日本人であることを理由に殺した!

日本人殺害2 日本人殺害1

よくも日本人を殺したな。



「J-CASTニュース
日本人と分かったうえで射殺」証言 これは何を意味するのか
2013/1/21 20:00
http://www.j-cast.com/2013/01/21162106.html?p=all
アルジェリアの人質事件で、犯行グループが日本人と分かったうえで銃を向けていたと、解放された人たちが現地のテレビ番組などで証言している。未確認情報に変わりはないものの、もはや日本人は狙われる存在になった可能性が出てきた。
 

  「日本人が英語で話していた。すると犯人が『神は偉大なり』と言いながら、日本人を撃った」

テレ朝系「報道ステーションSUNDAY」では2013年1月20日、解放されたアルジェリア人男性が証言するこんな映像を流した。

アルジェリア人「日本人を殺して私たちを解放」

また、「日揮」の現地プラントで働いていた別の男性は、「犯人のチュニジア人の男が『日本人を外に出そう』と言った。テロリストは日本人を殺して私たちを解放した」と話していた。ムスリムかと聞かれ、男性が「はい」と答えると、「心配しなくていい」と声をかけられたともいう。

今回の事件では、日本人が容赦なく銃を向けられた、という情報が相次いでいる。仏通信社AFPの報道によると、日揮のアルジェリア人職員の目撃情報として、事件が16日に発生した直後には、日本人9人が処刑されてしまった。空港に向かうバスから逃げようとして3人が撃たれ、犯人が宿舎に押し入って「ドアを開けろ」と英語で叫びながら銃を乱射し、2人が犠牲に。さらに、居住区では、日本人4人の遺体が見つかったという。

アルジェリア政府は19日に犯行グループを完全に制圧したと発表したが、この最終作戦でも、日本人1人が犯行グループに殺されたと報じられている。日本政府はこうした情報を確認できていないとするが、安否が分からない日本人10人と数のうえでは合う。

ネット上では、イスラム世界では日本人は尊敬されていると聞いていたとして、驚きの声が上がっている。もはや、日本人であっても過激派のターゲットになる時代になったのか。

専門家「日本憎しでなく、身代金など狙った」

中東事情に詳しい国際開発センターの畑中美樹研究顧問は、「アフガン・イラク戦争で日本がアメリカなどと国際テロへの統一戦線を張るようになってから、確かにイスラム世界の日本に対する見方が変わった」と指摘する。

とはいえ、日本人に銃が向けられたとしても、今回の場合は、憎まれているからとはいえないと言う。

「犯行グループは、対テロ戦争で武力行使やむなしとする欧米とは違い、日本が人命第一と考えていることに着目したと考えられます。日本政府が『手荒なことをしないでほしい』とアルジェリア政府や欧米に働きかけてくれることを期待したのでしょう。また、身代金の交渉において、日本は比較的容易に応じてくれるとの見方をしていたこともあるはずですね。今回日本人に銃を向けたのは、人質に取ったものの計算や思惑とは違い、交渉が進まないことにいら立っていたのだと思います」

畑中氏は、テロに巻き込まれないためには、まずそのような状態にならないようにすることが大事だと強調する。巻き込まれた場合には、ムスリムと取り繕っても「コーランを唱えてみろ」と言われて逆効果になるので、まず相手を刺激しないことを考えるべきと言っている。

社団法人現代イスラム研究センターの宮田律(おさむ)理事長も、同様な見方をしている。

「イスラム世界は、日本がアメリカの戦争に協力して言いなりになるようになったと、批判するようになっています。しかし、犯行グループは、身代金を狙っていたとみられ、日本憎しということはあまり考えられませんね。銃を向けたとすれば、や
けになっていたことが考えられるでしょう」

日本人殺害3 
なにが「神は偉大なり」だ。自分たちが求める祝福を、自分たちの要求する通り認めさせることができる神のどこが偉大だ。ベルモフタールという人物に率いられた国際テロ組織でアルカイダ系の武装勢力イスラムマグレブ諸島のアルカーイダAQMIというグループの犯行だという。彼らが存在する背景。それを今は問題にしない。

殺害された日本人は、家族を愛し、自分の持つ知識や技術に自信と誇りを持ち、真っ当な仕事をする立派な人達だった。日本には帰国を待ちわびる家族がいた。イスラムの本義は“助け合い、支えあって生きろ”ということなら、私たちはイスラムの人々と手を携えることができる。でも、こいつらとはダメだ。

よくも日本人を殺したな。

今日は、とてつもなく悲しい日だった。
2013/1/25

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会津なくして近代日本なし 『維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉』

維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉
(2012/11/22)藤本 ひとみ

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1868年11月6日、刀折れ矢が尽きて降伏し、会津落城。
「松平家代々の甲冑や骨董らをはじめとし、一般家庭も含めてすべてを略奪された。薩長軍らの蛮行もすさまじく・・・」
銃姫、山本八重のその後は・・・

NHK大河ドラマ「八重の桜」が始まった。いくつか見所がある。NHKがどこまで‘会津の悲劇’をえがき切れるか。‘見処’は同時に‘心配処’でもある。あれだけの悲劇、今にまで持ちこされている会津の恨みをNHKがえがき切ることができるだろうか。心配なのは、会津の悲劇、恨みをお茶の間向けに一般化してしまうことだが、どうもその辺でお茶を濁されてしまいそうに思う。

明治維新の面白さは、人間の面白さである。薩長と会津がぶつかりさまざまな遺恨を残しながら、個人と個人の間では長人が、薩人が会津に手を差しのべる。唾棄すべき輩ももちろんいるが、そういった人と人のつながりにより、会津人自身が‘恨み’を明治という時代の日本の成長の中に昇華させていくのである。いったいこの人と人とのつながりの不思議さは何なのだ。 NHKによるドラマ化でもう一つ心配なのが、会津人の心の昇華を矮小化してえがいてしまうことだ。

1900年、会津人柴五郎は陸軍中佐として清国公使館付きとして義和団事件に遭遇している。暴徒に公使館を包囲される中、柴五郎は他国の護衛兵たちをまとめて指揮し、六十日に及ぶ籠城戦を戦い抜いた。ロンドンタイムスはその社説で「籠城中の外国人の中で、日本人ほど男らしく奮闘し、その任務を全うした国民はいない。日本兵の輝かしい武勇と戦術が、北京籠城を持ちこたえさせたのだ」と記している。この柴五郎と日本兵の優秀さが、一九〇二年に結ばれる日英同盟の基礎となる。

ここまで日本の成長の中に‘恨み’を消化していった柴五郎であっても、晩年、こう書き残している。
血涙の辞
いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく時を過して齢すでに八十路を超えたり。

多摩河畔の草舎に隠棲すること久しく、巷間に出づることまれなり。粗衣老軀を包むにたり、草木余生を養うにあまる。ありがたきことなれど、故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤すれど、懊悩流涕やむことなし。

父母兄弟姉妹ことごとく地下にありて、余ひとりこの世に残され、語れども答えず、嘆きても慰むるものなし。四季の風月雪花常のごとく訪れ、多摩の流水樹間に輝きて絶えることなきも、非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮かびて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余を憐れむがごとし。

時移りて薩長の狼藉者も、いまは苔むす墓石のもとに眠りてすでに久し。恨みても甲斐なき繰言なれど、ああ、いまは恨むにあらず、怒るにあらず、ただ口惜しきことかぎりなく、心を悟道に託すること能わざるなり。

過ぎてはや久しきことなるかな、七十有余年の昔なり。郷土会津にありて余が十歳のおり、幕府すでに大政奉還を奏上し、藩公また京都守護職を辞して、会津城下に謹慎せらる。新しき時代の静かに開かるるよと教えられしに、いかなることのありしか、子供心にわからぬまま、朝敵よ賊軍よと汚名を着せられ、会津藩民言語に絶する狼藉を被りたること、脳裏に刻まれて消えず。

薩長の兵ども城下に殺到せりと聞き、たまたま叔父の家に仮寓せる余は、小刀を腰に帯び、戦火を逃れきたる難民の群れをかきわけつつ、豪雨の中を走りて北御山の峠にいたれば、鶴ヶ城は黒煙に包まれて見えず、城下は一望火の海にて、銃砲声耳を聾するばかりなり。
「いずれの小旦那か、いずこへ行かるるぞ、城下は見らるるとおり火焔に包まれ、郭内など入るべくもなし、引き返されよ」
と口々に諫む。そのころすでに自宅にて自害し果てたる祖母、母、姉妹のもとに馳せ行かんとせるも能わず、余は路傍に身を投げ、地を叩き、草をむしりて泣きさけびしこと、昨日のごとく想わる。

落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏する褥なく、耕すに鍬なく、まこと乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に筵を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。

『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人
(1971/05)
石光 真人

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血を吐くほどのこの思いを矮小化することは許されない。

この本のなかでも、八重自身がそうだった。極貧の中でいくつか差しのべられた救済の手は、八重にも延ばされた。薩長にくみした仙台藩士からの誘いもそうである。京都で死んだと思われていた兄、山本覚馬は薩摩藩の保護を受け、廃都となりすたれかけた京都の再興に人生をかけていた。兄を頼って京都に移った八重は、そこで新島譲に出会って‘恨み’の象徴であるスペンサー銃を封印する。 それでも彼女は最後まで会津人であり続けた。苦しみをせおい続けて生きていたのだ。もちろん、憎しみに飲み込まれて死んでいった者たちは数知れないだろう。

藤本ひとみさんの文章が肌に合うのか、読んでいて何の引っ掛かりも感じないのだ。情景が鮮やかに浮かび、戦場の砲煙の火薬のにおいまで漂うのだ。八重の声は低く私に響く。NHKの綾瀬はるかさんの声よりはるかに低い。・・・これは私の先入観であって、著者の文章とは関係ないか。この本の中では会津落城、朝敵としての会津人の明治が始まり、捕囚、斗南時代から廃藩置県。藩から切り離されて一人ひとりとして生き始める時代の会津人の姿がえがかれ、やがて士族の反乱へ。山本八重と、なんとか会津人の生活を成り立たせようともがく山川大蔵の恋心が横糸となって、大変面白く読ませてもらえました。

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日本人はなぜこうなのか 『日本人はなぜ震災にへこたれないのか』

これは、2011年8月22日の記事に加筆修正したののです。

日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
(2011/07/16)
関 裕二

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私たち日本人は、明治維新において、自然の前に頭をたれることを放棄して一神教的世界観を受け入れた。 

日本人は自然に頭を垂れて生きてきた。それは敵対すべきものではなく、征服すべきものでもなかった。ただ共にあるべきものだった。しかし、十九世紀、日本は欧米の圧倒的な暴力にさらされた。その巨大な波を乗り越えるため、日本人は欧米の世界観を受け入れた。しかし、乗り越えたかに思えたその力によって叩き伏せられた。組伏せられて、戦後を迎えた。自然と敵対し、征服して従えることに疑問を持つこともなかった。そして、三月十一日。
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第一章 日本列島はどのような災難に見舞われてきたのか
第二章 災害にへこたれない日本人
第三章 なぜ日本人はよく笑うのか 
第四章 目の前にできた転換への道
                                                                                      
読み慣れた著者の作品で、すんなり心に落ちた。第一章、第二章と、丁寧に日本人の宗教的心象を描きあげる。その中で、本来の日本人の宗教的心象は、藤原氏によって再構成された神道ではなく、修験道のなかにこそ、色濃く繁栄されてきたことを解き明かしていく。それこそまさに、縄文以来一万年間、日本人に刻み込まれた自然と共にある生き方だった。

第三章では、日本人の宗教的心象の本質である自然信仰、健全なる多神教を、日本人自らが放棄してきた様子を描き出す。自分たちが世界を制覇することを正義とする一神教、しかもそれが圧倒的な暴力をもって襲いかかって来る時代。明治維新である。日本人は、自然の前に頭をたれることを放棄して一神教的原理を受け入れた。受け入れずにその圧倒的な力に抗して国を保つことはできなかったろう。修験道に裏打ちされた神仏習合を解体し、神道を再構成した。こうして一神教的暴力に対抗して、日本は袋だたきにされた。戦後、日本は欧米の世界観こそが正義であることを完全に受け入れさせられた。疑問をはさむことさえ許されなかった。日本人自らがその最も優れた実践者となった。
鹿鳴館2 鹿鳴館1 植民地化1
だから、三月十一日、日本人は自然の威力の前に泣き叫び、ののしり合い、奪い合うという醜態をされしているはずだった。世界各地で災害が発生したときに必ず見られる無様な有様を、三月十一日の日本人もさらしていてもおかしくkなかった。しかしそうはならなかった。親しい者の遺体に縋りつきながらも、日本人は隣人に心を配った。救援の手に整然と列を作り、「ありがとう」と感謝をささげ、我慢して譲り合いさえした。一神教的原理を受け入れることで一神教的正義に対抗し、敗れ去ってその前に跪いた。この過程を通しても、日本人の宗教的心象のコアの部分は、全く破壊されていなかった。
                          
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第四章、大団円である。第三章でその姿を現した日本人の宗教的心象のコアとは、一万年をこえた縄文によってもたらされたものであり、捨て去ろうとしてさえ捨てることのできない日本人の心そのものであるという。そこにこそ、日本人のへこたれない理由があるという。日本人は、そのように生きるべきなのだろう。さらに本書は、一神教の本質を明らかにしていく。明らかにした上で、あくまで多神教徒として、一神教徒と渡り合っていく道を探って行かなければならなとまとめる。

おもしろかった。

日本人はこの百数十年間、その本質を捨て、一神教的原理を受け入れようとして生きてきた。一神教世界は日本を打ち負かし、完全にそれを受け入れることをせまり、日本人はそうした。そうしたのだと思っていた。それでもなお、捨てきれない‘日本人の本質’が、私たちの奥底に眠っていた。
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外国人に日本語を教えるって難しい?簡単? 『日本人の知らない日本語』

日本人の知らない日本語日本人の知らない日本語
(2009/02/18)
蛇蔵、海野 凪子 他

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「それは花ですか」  「いいえ、馬です」

日本人の知らない日本語2日本人の知らない日本語2
(2010/02/19)
蛇蔵、海野凪子 他

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「素敵なお召し物ですね」 
「いえ、こんなものはボロでございます」

日本人の知らない日本語3  祝! 卒業編日本人の知らない日本語3 祝! 卒業編
(2012/03/08)
蛇蔵、海野凪子 他

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「バツが悪い」という言葉があります。
・・・じゃあ、「マルは良い?」

腹を抱えて大笑い!!
 
笑わないで読み終わる自信のある人、だれか私と勝負して見ませんか。

この本はだいぶ前に出た本で、すでに読まれている人も多いと思いますが、もし呼んでなかったら・・・是非

amazonのカスタマー・レビュー
はこちらをご覧ください。

まず、普通なら・・・

A「先生に叱られたくらいでへこたれちゃダメよ」 B「まあ、生意気言うわね」

・・・という会話があったとします。
これを、任侠映画で日本語を勉強したフランス人女性のマリーさんと、時代劇で日本語を勉強したスウェーデン人女性のエレーンさんの間で会話するとこうなるそうです・・・

A「先生に怒られて、ケツまくんなよ!!」 B「へっ!チョコザイな。」

さらに、今では敬語も自在に操るイギリス人のジャックさん。来日間もない頃、取引先の社長のお宅に一人で伺うことになった際、取次に出た娘さんに丁寧な言葉を使わねばと焦ってこう言ったそうです。
 
ジャック「お、お嬢さんの、・・・おちちはございますか?」

外国人からこんな質問されたら、あなたは答えられますか?
マリー「先生、“冷める”と“冷える”の違いはなんですか?」
ジャック「年齢を書くときは“才”と“歳”どっちですか?」

外国人相手の「日本語教師」って、難しいな~。ちなみにマリーさんの質問に対する答えは、「冷める」は熱いもの→常温、「冷える」は常温→更に冷たく、だそうです。ジャック君の質問に対する答えは、「歳」が正式で、「才」は「歳」を習わない小学生の代用漢字だそうです。

おかしな言い間違いは数限りなくあるようです。

A「お前、キンニク食ったろ」 B「あー、お昼にキンニクたっぷりの餃子を二皿さ」

ロシアのダイアナさん「先生、男性の好きな色を教えて下さい。お世話になった方にニクタイをプレゼントしたいです」

でとても楽しそうだな~。読んでいて思うのは、日本語教室に通ってくる外国人って、みんな一生懸命で、前向きで、真剣なんだな~。 だからこそなんだよね。真剣だから、腹がよじれるくらいおかしいんだよね。

真剣な奴にもの教えるって、本当におもしろいんだよね~。[※一応同系統の職業なので、よく分かります]

   


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日本の神話の面白さ 『古事記の恋』 清川妙

古事記の恋古事記の恋
(2012/12/06)
清川 妙

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大昔の物語でありながら、現代の私たちよりも、むしろ情熱的で、果断、知的でさえある登場人物たち。
おとぎ話のような面白さ、語りのリズムの楽しさ、歌謡に美しさ・・・

オシリスとイシス、アダムとイブ、ペルセウスとアンドロメダ、エロスとプシュケ、ランスロットのグィネヴィア。世界の神話にあらわれる様々な恋の話を知っている。
オシリスとイシス1 アダムとイブ1 ペルセウスとアンドロメダ1 エロスとプシュケ1 ランスロットとグィネヴィア1
では、日本神話のなかの恋物語を知っているかと問われると・・・。もちろん知っている。私はもういい年だから・・・。では、若い人たちはどう?一九六〇年生まれの私は、少なくとも学校で日本神話にふれたことはない。中学校、高校の歴史の中でも、国語の授業でも・・・。もちろん大学ではマルクス経済学一辺倒だったから・・・。祖父母や父母から子守唄代わりに聞かされたことはあっても、知識としてそれらにふれたのは、実際には自分の自由意志であった。

日本神話は軍国主義に結びつく。そう判断したGHQによって、神話を語ることは禁じられた。公職追放後の新リーダーたちはGHQの判断に迎合し、日本神話を葬り去った。そんな経緯があったことを知ったのは、ずっと後のことだ。どれだけ長い時間が立ったろう。いつの間にか、素直に日本神話をすばらしいといえる時代になっていた。

著者、清川妙さんは一九二一年、大正一〇年のお生まれ。あの戦争で最も多く犠牲になった世代だ。大陸や南方に赴き、的と向かい合い、飢餓や病気に苦しみ、特攻隊として敵艦に突っ込んでいった、あの世代。女子師範学校を出て教壇に立った人物なら、GHQによって日本の文化が否定され、本来日本人なら知らなければならないことを、教えたくても教えられない経験を持つ方だろう。

昔はどうの、今はどうのと言えば、若い人から煙たがられるのは分かっている。でもあえて言う。今の子供達は幸せだ。こんな素晴らしい日本神話の本に触れることができる。この本は小学校高学年ならば十分読めるが、恋の話ゆえ、中学生、高校生におすすめしたい。もちろん男子もだ。自然とともに生き、自然と同じように大らかで、良いことも悪いことも受け入れて、泣いて、笑って、抱き合って・・・。そんな私達の神話の物語を楽しんでほしい。

第一章 伊邪那岐と伊邪那美
第二章 色許男と須勢理
第三章 海佐知、山佐知
第四章 沙本比売
第五章 倭建命
第六章 石之日売と女鳥
第七章 赤猪子

伊邪那岐・伊邪那美1 大国主と須世理姫 山幸彦1 佐保姫 倭建命
最後に、自分を避けて大和に旅立とうとする大国主に、妻の須勢理比売が歌う歌を紹介して終わり。これ、とてもいい。 
八千矛の 神の命や 吾が大国主
汝こそは 男にいませば
打ち廻る 島の埼々
かき廻る 磯の埼落ちず
若草の 妻持たせらめ
吾はもよ 女にしあれば
汝を除て 男は無し
汝を除て 夫は無し
綾垣の ふはやが下に
蚕衾 にこやが下に
たく衾 さやぐが下に
沫雪の 若やる胸を
拷綱の 白き腕
真玉手 玉手さし枕き
股長に 寝をし寝せ
豊御酒 奉らせ

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現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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