めんどくせぇことばかり 2013年06月
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『柔訳 老子の言葉』 谷川太一

瀋陽からやってきた支那人の少年がクラスにいたことがありました。諸子百家について授業してた時、その少年に「道」が支那でどう発音されてるのか聞きました。帰ってきた答えが・・・“タオ”でした。神道を“シントウ”と読みますね。「にごりをとる」ために“ドウ”と読まずに“トウ”と読んだと聞いたことがありますが、老子のいう『道』、“タオ”に対する意識があったんじゃないでしょうか。神道は“かんながらの道”。漢字で書くと“随神”。その意味するところは、“人為の加わらない天然、自然のままの道”。老子の言う“無為自然”そのまま。日本古来の自然への感謝と恐れが老子の“タオ”の影響を受け入れつつ“シントウ”と呼ばれるようになったと考えても決して不思議じゃないんだけどな。
『柔訳 老子の言葉』 谷川太一『柔訳 老子の言葉』 谷川太一
(2013/04/25)
谷川 太一

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“原文”、“独自の訳”、“感想”という構造で、老子の八十一の言葉が綴られています
上善如水。水善利萬物而不爭、處衆人之所惡、故幾於道。
居善地、心善淵、與善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
夫唯不爭、故無尤。
上善如水上善は水のごとし。水は善く万物を利してしかも争わず。衆人のにくむ所におる。故に道にちかし。居には地を善しとし、心には淵なるを善しとし、まじわりには仁を善しとし、言には信を善しとし、正には治を善しとし、事には能を善しとし、動には時を善しとす。それ唯だ争わず、故にとがめ無し。

最上の善とは、水のようなものである。水は万物を利して争わず、人が避ける所にも流れる。故に、道に近い。
居には地を固めることが善、心には奥が深いことが善、与には、仁がが善、言には、信が善、政には、治めることが善、事には、力を尽くすことが善、動には、機が整うことが善である。
ただ人と争わず、だからこそ誤まることがない。
 
道生之、徳蓄之、物形之、器成之。
是以萬物、莫不尊道而貴徳。道之尊徳の之貴、夫莫之命而常自然。
故道生之、徳蓄之、長之育之、亭之毒之、養之覆之。
生而不有、為而不恃、長而不宰。是謂玄徳。
道これを生じ、徳これをやしない、物これを形づくり、器これを成す。これを以って万物、道を尊びて徳を貴ばざるはなし。道の尊きと徳の貴きは、それこれを命ずるなくして、常に自ずから然り。故に道これを生じ、徳これをやしない、これを長じてこれを育て、これをかためこれをあつくし、これを養いこれを覆う。生ずるもしかも有とせず、為すもしかも恃まず、長たるもしかも宰たらず、是れを玄徳と謂う。

道とは真理、道理、自然の摂理。万物は道により生じ、徳を受けて成長する。道も徳も見返りを要求することもなく、それをわがものともしなければ支配もしない。これこそが本物の徳である。

    
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『昔ばなし あの世とこの世を結ぶ物語』 古川のり子

子供の頃、親から聞かされた“お話”で、一番印象に残っているのは、題名は忘れたが、青鬼と赤鬼の話。人間と仲良くなりたい赤鬼のことを思って、青鬼が進んで悪者役を務め、赤鬼に人間と仲良くなるきっかけを作って旅に出るというお話。あとは、コブとり爺さんに山姥。「どうして赤鬼は泣いてるの?」「どうしてコブが取れちゃうの?血は出ないの?」「山姥はなんで包丁を研いでるの?僕を食っちゃうため?」・・・怖かったなぁ。

この本を読んでビックリ。あの恐ろしげな“山姥”の正体、というか真の姿がはじめて分かりました。

『昔ばなし』 古川のり子『昔ばなし』 古川のり子
(2013/05)
古川 のり子

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神の化身に導かれ 人はどこに向かうのか
 桃太郎 
なんといっても、桃。

桃と言えば、死んだイザナミを迎えに黄泉の国へいったイザナギが、恐ろしく変わってしまったイザナミに追われて黄泉つ平良坂まで逃げてきたとき、そのふもとには桃の木が生えていた。イザナギが桃の実を投げつけると、追ってはみな逃げ帰っていった。

桃は生と死の境に立ち、生者イザナギを助けた生命力の象徴である。この神話には古代中国の桃信仰が取り込まれており、『桃太郎』はこの神話をふまえて生み出されたもので、桃の呪力を発揮する桃の子が鬼退治をする物語である。

犬は自然と文化、あの世とこの世の境目にあって、異なる世界との間を移動する人間を守り導く。同時に優れた狩りの能力を発揮して鬼と戦い、花咲爺さんの犬と同じく隠された宝を発見してこの世へもたらす能力まで発揮する。

猿の名をもつ神、猿田彦に猿女。共に閉ざされた通路を開いて太陽を導く役割を果たす。桃太郎の従者としての猿は、人間界と鬼の世界の境界で生命力の象徴である桃太郎を出迎え、異なる世界に導く役割をもっている。

雉は、野において夜と朝の境目に鳴く。闇の世界と光の世界の間で扉を開く。

最後はキビ団子。人が亡くなると、枕元には山盛りの飯を置く。今では誰も気にも留めないが、本来は生者のご飯とは違う特別な竈で炊いた飯。イザナミは、使者の国の竈で炊いたご飯を食べたから帰れなくなった。『千と千尋の神隠し』では、異界でつくられたご飯を食べた両親は豚に変わっていた。キビ団子はお婆さんがこの世の竈で作ってくれた。だから、食べた者を異界に所属させるのではなく、異界にいながらも自分の世界に所属させる、自分の国に戻してくれる食べ物となる。

面白いでしょう。こんな風に、いろいろな物語の背景に秘められた意味を、いろいろな角度から焦点を当てて教えてくれるのがこの本。
第一話 桃太郎ー桃太郎は、なぜ、犬と猿と雉を連れていくのか
第二話 かちかち山ートリックスター、因幡の素兎の末裔たち
第三話 鬼の子小綱ー笑いと性の力が春を呼ぶ
第四話 三枚の護符ー便所はあの世の出入り口
第五話 蛇婿入りー苧環はなぜ蛇を退治するのか
第六話 鉢かづき姫ー顔を覆い隠す花嫁
第七話 一寸法師ー脱皮する少年たち
第八話 ホトトギスと兄弟
第九話 蛇女房ー無欲と貪欲の報酬
第十話 産神問答ー魂を掃き出す箒の力
第十一話 ミソサザイは鳥の王ー仁徳はいかにして聖王になったか
第十二話 花咲爺さんーお爺さんはなぜ犬の灰をまくのか
第十三話 浦島太郎ー分断された乙姫の玉手箱

とても興味深い分析があったので、桃太郎のほかにも、‘覚え書き’を残しておこうと思います。

   

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テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

『ヒゲの隊長 絆の道』 佐藤正久原作

奥大使遺稿「イラク便り」に寄せての川口大臣メッセージ

 私たちの同僚である奥克彦大使、井ノ上正盛一等書記官とジョルジース・スレイマーン・ズラ運転手の三人は、11月29日、イラクのティクリート南方で、何者かの襲撃により亡くなられました。
 厳しい環境の中で、日夜粉骨砕身、イラク復興のため懸命の努力を続けていた仲間を失った怒りと悲しみに胸が張り裂ける思いです。ご遺族の皆様のご心痛とご無念をお察し申し上げ、謹んでお悔やみ申し上げます。三人のご冥福をお祈り申し上げますとともに、そのご功績に心からの敬意と感謝を捧げます。
 私たちにとって、今回の事件は痛恨の極みとしか言いようがありません。しかし、これによって、「テロに屈せずイラクの復興支援に積極的に取り組む」との我が国の基本方針が揺らぐことはありません。今、私たちがなすべきことは、亡くなられた方々の御遺志をしっかりと胸に刻み、受け継いでいくことです。それこそが最大の供養であり、私たちの責務です。
 奥大使は、本年4月より亡くなられる2日前までイラク復興の現場での思いを是非日本の皆様に知っていただきたいと、激務の合間をぬって、「イラク便り」を71回にわたり書きつづり、本ホームページにて皆様に読んでいただいてまいりました。
 「イラク便り」には、奥大使の熱い思いが溢れています。一人でも多くの方にお読みいただくことにより、奥大使の気持が皆様に届くことを願ってやみません。また、数多くの日本人が世界のさまざまな場所で厳しい環境に耐えながら使命感に燃えて、日本のために日夜奮闘していることにも思いをいたしていただければ幸いです。

2003年12月1日  外務大臣 川口 順子

                                                                                                                 外務省HPより           
『ヒゲの隊長 絆の道』 佐藤正久原作『ヒゲの隊長 絆の道』 佐藤正久原作
(2013/04/25)
佐藤 正久、加藤 礼次朗 他

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~果たしたい約束がある~

原作の佐藤正久氏は、昭和35年生まれ、私と一緒。防衛大出身の陸上自衛官で、最終階級は1等陸佐。平成16年からの自衛隊イラク派遣では先遣隊長、第一次復興業務支援隊長を務める。平成19年に退官し、同年、参議院議員選挙に自由民主党全国比例区から出馬して当選。元陸上自衛官の国会議員として活躍するとともに、国民に生の情報を発信し続けている。
序章   「ありがとう 自衛隊」~絆の原点~
第一章 「果たしたい約束がある」~奥克彦氏との出会いと別れ」~
第二章 「ヒゲの隊長 イラク奮戦記」~アンダースタンドの精神~
第三章 「政治家としてなすべきこと」~自衛隊が抱えるジレンマ~
第四章 「‘絆’の道を行く」~子どもたちの笑顔が輝く未来を~
     

外務省参事官、奥克彦氏と佐藤正久氏との間にこのような交わりがあったとは・・・。‘熱き思い’とは、こうして人から人へ、人と人の‘絆’を通して伝わっていくものなんですね。

今回、漫画という手法をとったのは、これまで政治や国防にまったく興味を持っていなかった人たちにも、漫画によってより読みやすくすることで、ご自分の思いを少しでも伝えて行きたいということのようです。

たしかにこの漫画によって、著者の思いの‘中心核’をなす部分は、かなり強烈に伝わるだろうと思います。しかし、残念ながら内容が薄すぎるように思う。結果として、‘佐藤正久’という人間の個性が表面に現れすぎ、自己PRのような一冊と受け止められてしまうことになるのではと心配です。奥参事官が外交官としてどのような活動をされてきたか。また、イラクにおける第一次復興業務の取り組みについて、ここの隊員の行動や家族との絆。漫画での表現は難しくなるのかもしれないが、挑戦してほしかったなぁ。


   

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テーマ : マンガ
ジャンル : 本・雑誌

満州事変の原因 『真実の満洲史【1894-1956】』

 満州事変の原因       
「ここは中国だから出て行け。日本の侵略だ。補償なんかしない。とにかく裸で出て行け」と言われ、日本としては「条約違反じゃないか」と突っぱねた。これが満州事変の原因である。

一九三一年九月十八日、一万数百人の関東軍は奉天公害の柳条湖で満鉄線路を爆破して総攻撃を開始した。南満州主要都市を瞬く間に占領し、独断越境した約四千の朝鮮軍の増援を得て管轄外の北満洲にまで進撃した。十一月、馬占山軍との戦闘を経てチチハル、ハルビンを占領し、一九三二年二月、東三省を制圧する。

張作霖の死語、張学良は蒋介石の下に入り、それを示すために満洲の五色旗を中華民国の青天白日旗に変える易幟を行う。中華民国に参加した張学良は、「国権回復運動」と呼ばれる激しい排日運動を展開する。満鉄に対して二本の平行線を敷設、武装警官が日系企業を襲って閉鎖を命じ、設備を破壊したり、鉱山採掘を禁止して坑道を壊したりした。満鉄の付属地には柵をめぐらし、通行口には監視所を設けて、大連から入ってきた商品には輸入税を支払っているにもかかわらず、付属地から持ち出す物品には税金を課した。

また「懲弁国賊条例」を制定し、日本人や朝鮮人に土地を貸したり売ったりした者を、土地盗売者として処罰した。その他、六十に及ぶ法令を発して、土地・家屋の商祖禁止と、以前に貸借した土地・家屋の回収を図った。このため、満洲に入植した多数の朝鮮人が土地を奪われ、抵抗したものは監獄に入れられた。

日本国民の関わった揉め事の多くが、実は朝鮮人の起こしたものだった。日本人はこの当時現地の人とほとんど接触がなかった。揉めるのは基本的に日本国民となった朝鮮人で、「俺は日本人だ」と言って、言質で威張っていた様子である。当時、満洲には二十万人の日本人しかおらず、支那人の間に入り込んで暮らした者はほとんどいない。

『真実の満洲史【1894-1956】』 宮脇淳子
『真実の満洲史【1894-1956】』 宮脇淳子
(2013/04/24)
宮脇淳子

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満州史は、私たちの母国である日本の近現代史
 ヴェルサイユ条約   
【秘密外交の禁止】
大戦中に英・仏・伊・日が結んだ約束を全部無効にし、アメリカの要求に従って一からやり直そうとするもの。
【航海の自由】
七つの海を支配する大英帝国の縄張りを、自由に航海させるよう要求したもの。同時に、海軍大国になった日本に対する挑戦。
【民族自決】
日本支配下の朝鮮半島における三・一運動、中華民国における五・四運動などの反日思想の思想的根拠となった。アメリカは支那への進出を図って、すでに支那に力を持つ諸国の行動を抑えにかかるが、これが支那人のナショナリズムを刺激し、日本やイギリスに見境なく挑戦してくるようになる。
【バルカン半島と中東の新秩序構築】
ハプスブルク帝国を八つ裂きにし、オスマン・トルコを抹殺するもの。この両国から二十もの独立国が誕生し、現在では両国の旧版図に五十もの国がひしめく事態となる。

アメリカ大統領ウィルソンは、東アジアでは徹底した反日政策をとる。同時にロシア革命に対しては寛大な姿勢を示して、レーニンへの側面支援を展開。大英帝国の海洋覇権に挑戦し、英・仏・日が合意していた対独戦後秩序を全否定。日本がはじめて世界に主張した人種差別の撤廃を、突如、全会一致採決を導入して葬り去り、自ら国際連盟を主張しながら自らは参加しなかった。

 ワシントン条約 
【四カ国条約】
日・米・英・仏。日英同盟を解消させるために結ばれたもの。
【九カ国条約】
日・米・英・仏・伊・ベルギー・オランダ・ポルトガル・中華民国。支那に権益をもつ八カ国が、中華民国を主権国家として認めようというもの。この頃の中華民国を代表して出席したのは広東軍政府の孫文だが、支那を分割していた軍閥の一つに過ぎず、中華民国を代表できる立場にはなかった。
一九二二年にはソ連が成立しており、二一年にはコミンテルンからマリーンが派遣されて孫文に合っている。孫文はワシントン会議に呼ばれていないので、九カ国条約に拘束されず、利害関係の深い日本が批判を受ける立場になった。
【五カ国条約】
米・英・日・仏・伊。海軍軍縮条約。主力艦である戦艦を制限して建艦競争による財政負担からの開放を目的とした。日米交渉における「米・日=10:6」を日本が受け入れるかどうかに注目が集まったが、この条約の焦点は違うところにある。米英交渉である。「米・英=10:10」とする条約は、十九世紀以来、世界第二位と第三位の海軍力を合わせた量を上回ることを国是としてきたイギリスには、本来受け入れがたいものであった。
イギリスは、第一次大戦の借金のカタに日英同盟を解消させられ、日本の恨みを買った。軍縮条約も屈辱そのものだった。
イギリスは新興大国アメリカを警戒し、アメリカは日本を恐れて嫌がらせに走り、日本は同盟を解消されてイギリスを恨んだ。太平洋に関係するNo.3までの大国がそれぞれ孤立し、暗躍するソ連の動向や支那の事態に共同して対処することができなくなった。それがワシントン会議であった。

    
左の二冊は著者、宮脇淳子さんの、右の三冊は、本書の中で参考として使われているものです。

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テーマ : 歴史関係書籍覚書
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『中国人が死んでも認めない捏造だらけの中国史』 黄文雄

『中国人が死んでも認めない捏造だらけの中国史』 黄文雄『中国人が死んでも認めない捏造だらけの中国史』 黄文雄
(2012/09/28)
黄文雄

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中国の歴史とは巨大な嘘❢真実を知れば日本人はもう騙されない❢
序章 真実の中国紙を知る鍵
*中華思想の実態とは何か
*「華」と「夷」の争奪史
*「孔子」はすべての免罪符
*朱子学と陽明学の虚と実                                       
*なぜ日本精神があって中国精神がないのか
*空虚な「一治一乱」史観
*誇大妄想の元「資治通鑑」
*五千年の歴史はただの建前
第1章 捏造される近代中国史
*清も「征服王朝」だった
*孫文は辛亥革命を知らなかった
*中国革命史から消された日本人の支援
*中華民国史は一国多政府の内戦史
*孫文は中華民族主義の反対者だった   
*「中華振興」とは中華帝国復活のこと
*「革命史」は粉飾された歴史
*孫文はじつは革命の疫病神
*蒋介石はなぜ日本陸士卒と学歴詐称したか
*中華民族主義はアンチ・ナショナリズム
第2章 身勝手に飾られた現代中国史
*人民解放軍は正義の軍隊どころか強盗軍
*日中戦争は「新三国志演義」だった
*なぜ毛沢東は日本皇軍に感謝したか
*欲しい領土は全てに及ぶ「中国は一つ」
*中華人民共和国は情報統制の集大成
*なぜ社会主義と改革開放が同居できるか
*日本軍に勝ったのは人民解放軍という嘘        
*「日中戦争」終結後に悲劇は始まった
*中華民国が亡命した根本的理由
*社会主義の看板を降ろせない宿命
*「尖閣は固有の領土」の滑稽な理由
第3章 語られなかった中国植民地史
*捨てられた「中華植民地帝国」の視点
*中国人の植民地史が語られない理由
*夷による植民地と華による植民地
*「中国」は清の植民地だった
*台湾は日本によって開放された
*歴史に逆行する最後の植民地帝国
*「中国人」は漢人でも唐人でもない
*秦漢帝国の植民地政策は失敗した
*南北の「文明の衝突」が続いた
*「租界」は中国人のかけ込み寺だった     
*なぜ満州国に中国人が殺到したか   
           
第4章 「詐」と「騙」と「偽」の中国文化史
*今も続く差別的な世界観
*病的な懐古趣味の呪縛がある
*「騙されるな」が中国人の文化
*日本だけが知らない中国の偽作研究
*日本人が中国に教えた近代文化
*「詐」でないと生き残れないのが中国人
*偽作の伝統は最古の古典から始まる
*道教は大衆の土俗的迷信
*なぜ中国で「交渉学」が発達したか
*「日本に文化を教えてやった」の真相
*儒教の国がなぜ道徳最低社会になったか
第5章 日本人が知らなすぎる日中関係史
*「日本人は中国人の子孫」という妄想
*国学者たちが見抜いた中国人の本性
*「反日歴史」はこうして創られる
*歴史教科書の共同研究は絶対できない
*コロコロ変わるのが中国の「原則」
*日本の朱子学者は真実を知らなかった      
*「二十一ヶ条」の通説は嘘
*中国人は「支那」を誇りにして愛用した
*「正史」は正しい歴史認識ではない
*建前と本音を使い分ける中国人の論理
感想よりも、こうして項目を見てもらったほうが、何が書かれているかがわかると思う。著者、黄文雄氏の主張が、材料を変え、角度を変えて、さらに新たな視点を加えて語られている。

第1章では辛亥革命、第2章では日中戦争をめぐる日本人の“常識”にメスが入れられる。第3章では、植民地帝国としての支那の歴史が語られている。この視点は珍しい。第4章では支那の文化的特色。第5章では、日本との関係における嘘から、支那人の特色が語られている。

それにしても孫文に関わる歴史認識は、シッカリと検証しておいたほうがいい。あっちによろよろ、こっちによろよろ、弁は立ったようだが、あんまりいきあたりばったりで人に頼りすぎて人が離れていく。その部分で多くの日本人が関わったわけだが、頼り先がなくなった時、コミンテルンから声かけられてあっけなく靡いていく。あとに残したのは、数十年におよぶ大混乱の種だけってんだから、なんともね。本来、国父なんて呼ばれていい人間じゃない。

もう一つ、歴史教科書の共同研究だけは、絶対にやってはいけない。なにしろ、「歴史」に対する観念そのものが違うんだから。通常、「歴史」とは、過去の出来事の因果関係を明らかにすることだが、支那では違う。過去の出来事を今の自分にとって都合よく解釈することが、彼らの「歴史」なのだから、決して同じ土俵には立てない。同じ土俵にたとうとすれば、日本が支那の土俵に立つしかなくなるのだ。ところが日韓の間では、すでに始められてしまっている。韓国の歴史観も、支那と基本的に同じである。日本の歴史家は、韓国の歴史家から、「韓国に対する愛情はないのかーっ!」とか、「研究者としての良心はあるのかーっ!」とかの罵声を浴びせられているらしい。共同研究は、談合による“歴史の捏造”にしかなり得ない。
 
黄文雄の本はこちらをご覧ください

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日本人も殺されたルクソール無差別テロと現エジプト政権

産経ニュース 2013.6.23
 【カイロ=大内清】1997年に日本人を含む多数の外国人観光客が殺害されたエジプト南部ルクソール県の知事に、事件を起こしたかつてのテロ組織「イスラム集団」の傘下政党「建設発展党」幹部アーデル・ハヤト氏が任命された問題で、ハヤト氏は23日、記者会見し辞任を発表した。観光業への影響を懸念する地元業者らの圧力を受けてのものとみられる。
馬鹿にした話だ。あの時のテロ集団参加の人間が、しかもルクソールの知事を務めていたという。
エジプトの著名な観光地であるルクソールにあるハトシェプスト女王葬祭殿の前において、1997年11月17日にイスラム原理主義過激派の「イスラム集団」が外国人観光客に対し行った無差別殺傷テロである。また別名をエジプト外国人観光客襲撃事件ともいう。この事件により日本人10名を含む外国人観光客61名とエジプト人警察官2名の合わせて63名が死亡、85名が負傷した。なお犯人と思われる現場から逃亡した6名は射殺された。  (
以下は、過去記事を加筆修正したものです。)
 午前9時直前、警官の黒い制服を着て、手にビニール袋を持った6人の若者が神殿の境内に入った。若者のひとりが守衛に発砲し、そのあと、全員が目印のため赤いハチマキを巻いた。全員がイスラム集団のメンバーだった。警察との銃撃戦に備え、ふたりがあとに残ってゲートを固めたが、警察はとうとうやってこなかった。残りの4人はテラス状になった神殿内部を縦横に走りまわりながら、観光客を次々と襲った。まずは足を撃って、身動きできないようにし、しかるのちに一人ひとりの頭部を至近距離から撃ちぬき、完全に息をとめた。一瞬のためらいののち、一部の死体は、肉切り包丁によって損壊された。ある日本人の高齢者は内臓を摘出された。のちに彼の死体に詰め込まれているのが発見されたパンフレットには「エジプトに観光客はいらない」と書かれ、さらに「ガアーマ・アル・イスラミーア(イスラム集団)オマル・アブドゥッラフマーン破壊・撲滅大隊」というサインが記されていた。
ルクソール事件出口を塞がれ、雪隠詰めとなった観光客は、石灰岩の柱廊の背後で怯えながら、なんとか身を隠そうとしたけれど、逃げ場などどこにもなかった。それは完璧な罠だった。犠牲者の悲鳴に重なるように、「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)!」と絶叫する声が響き渡り、襲撃犯たちは再び武器に銃弾を装填した。殺戮は、床に血の川ができるまで、45分間にわたって続けられた。死者の中には、わずか5歳のイギリス人少年、日本人のハネムーン・カップル4組もいた。華麗な装飾を施した壁には脳や髪の毛の断片が飛び散っていた。

犠牲者で最も多かったのは、35人が亡くなったスイス人で、あとは日本、ドイツ、イギリス、フランス、ブルガリア、コロンビアからきた人たちだった。・・・ひとりのスイス人女性は、目の前で父親の首が切り落とされる様子を目撃することになった。

翌日、イスラム集団が犯行声明を発表した。作戦を実行した者たちは、獄中にあるイスラム主義者のリーダーの釈放をめざして、人質を取ろうとしたのだ ― とリーファイ・タハは弁明したけれど、その殺し方があまりにも組織だっていたため、そんな主張など真っ赤な嘘だと誰にでも分かった。

全エジプトがショックを受けた。吐き気を催し、恥ずかしさにたまりかね、エジプト国民は決然としてイスラム主義者に背を向けた。イスラム主義者側もすぐさま、犯行にたいする支持を撤回し、おなじみの相手に非難の矛先を向けた。盲目のシャイフは獄中から声明を発表し、今回の虐殺事件はイスラエルの情報機関モサドがおこなった作戦であるとした。ザワヒリは、観光客を実際に殺したのはエジプト警察だと決めつけた。さらに返す刀で、こんな国にやってきた犠牲者の方にも責任の一端があるとして、外国人観光客を非難した。「エジプト国民は彼らの存在を、ムスリムとエジプトに対する侵略と考えている」とザワヒリは言った。

このいわゆる「ルクソール事件」は結果的に、エジプトにおける反テロ運動の転換点となった。在アフガンの作戦立案者が今回の一撃で何を意図したのかはともかく、事件がもたらしたダメージは、彼らの敵ではなく、みずからに返ってきた。イスラム主義者に対する支援は雲散霧消し、国民とのつながりを亡くした彼らには、もはやいかなる逃げ場もなかった。ルクソール事件に先立つ5年間に、イスラム主義を信奉するエジプトのテログループは1200人以上を殺し、その多くは外国人だったが、ルクソール以降、イスラム主義者による攻撃はぱったりと止んだ。
  この二冊は、イスラム世界の今を知るのに最適。
ルクソール県知事に、ルクソール・テロ実行犯の母体となった団体の幹部を任命したことからも、モルシー大統領が暴力的原理主義に近い人物であることは間違いない。さらに、ハマスによる監獄襲撃で脱獄したことは、次の記事のように明らかである。
産経ニュース 2013.6.23
 【カイロ=大内清】エジプト北部イスマイリーヤの裁判所は23日、ムバラク前政権が倒れた2011年の大規模デモの際、刑務所に収監中だったモルシー現大統領らイスラム原理主義組織ムスリム同胞団の幹部が脱獄したのは、同胞団や同盟関係にあるイスラム原理主義組織ハマスなどの襲撃によるものだったと認定した。また捜査当局に対し、襲撃に関与した人物らの身柄を拘束するよう命じた。 エジプトでは、モルシー政権発足から1年となる今月末に大規模な反同胞団デモが計画されており、今回の判決でさらに同胞団への批判が強まる可能性がある。
エジプトは現在、そんな人物を大統領にいただいているということである。

 
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テーマ : エジプト
ジャンル : 海外情報

李鴻章と孫文の反日 『真実の満洲史【1894-1956】』

 李鴻章は日本が嫌いでロシアについた 
一八八一年、李鴻章は朝鮮に係る事務の所管を礼部から北洋大臣、つまり彼自身に移し、朝鮮の属邦化を目指して配下の袁世凱を朝鮮に送っている。壬午事変、甲申政変では巧妙に立ちまわって日本に傾きかけた朝鮮の流れを清朝に引き戻す。この過程で、彼は事実上の朝鮮公使として振る舞う。それもそのはず、朝鮮を所管する李鴻章は朝鮮国王と同格であったからだ。 

李鴻章に言わせれば、清朝に朝貢していた琉球を“日本に奪い取られた”という思いがあったからだろう。日本も清朝も、前近代的国際関係と近代的国際関係との狭間にあった。わずかに早く近代的国際関係に切り替えた日本は、清朝に先んじて行動し、琉球に清朝との関係を断ち切らせた。朝鮮への袁世凱起用は、同じ轍を踏むわけにはいかないという思いだろう。

強行に出て、日清戦争を招き、敗れ、下関の講和会議では朝鮮を失って屈辱的な条約を結び、挙句の果てに暴漢に襲われて負傷した。“夷を以て夷を制す”を国是とする支那が、ロシアを満洲に引き入れて日本を駆逐しようとしたのは、分かりやすい流れである。


     
孫文の共産主義化・反日化    
 
日露戦争で、ロシアは満洲から追い払われた。しかしその後、ロシアとの関係は改善され、秘密協定としての四回に渡る日露協約が結ばれ、満洲の安定的発展が図られた。状況が一変するのは、ロシア革命でソ連が登場してからである。友好国のロシア帝国を倒したソ連とは、当初から敵対関係にありシベリア出兵におよんだ。ソ連にとっての日本は、アジアにおける手の出しようのない最大の障害であった。そんな中、ソ連が目をつけたのが孫文であった。

日本での孫文の評価は高い。日本に亡命した孫文を、多くの日本人が援助した。英語ができて弁が立つ孫文は、日本が手を組むべき支那近代改革のリーダーと考えられたのだろう。日本人の援助を背景に海外華僑の寄付も集まり始めた。実際に武昌蜂起をきっかけに辛亥革命が起こり、清朝が崩壊して中華民国が誕生する。

しかしその段階で、孫文は大総統の地位を袁世凱に譲らざるを得なかった。袁世凱は広東政府を代表し、広東政府の力の及ばない地域については滅亡した清朝を代表した。皇帝への就任は、支那をもう一度一つにする苦肉の策だったろう。それも失敗し、やがて袁世凱が死ぬと、支那は軍閥が割拠する混乱状態に落ち入った。

孫文への日本人の援助は、日本の援助を意味するものではない。外務省の石井菊次郎は孫文を相手にもしなかったという。群雄が割拠する中で、日本人に愛想をつかされ、資金もない孫文は、コミンテルンからの働きかけにやすやすと靡いていった。孫文は、ロシア革命後、ロシア帝国が清朝と結んだ不平等条約の破棄を宣言したソ連に傾斜していった。コミンテルンがナショナリズムを煽り立てたことにより始まった一九一九年の五四運動以後、孫文の共産化、反日化は明らかなものとなる。

満洲が支那の領土といわれるようになるのも、この時期である。ソ連は日本に奪われた満洲に関して、支那人のナショナリズムを煽ることで、支那人をして日本勢力の駆逐に動いたのである。さらに、ロシアがソ連になって過去の国際関係を無視したように、ソ連の後ろ盾を得た支那も、清朝が決めたさまざまな条約、約束を反故にしようと考えた。そこには袁世凱結んだ二十一ヶ条の要求も含まれた。”満洲からも支那からも、すべてを捨てて出て行け”と彼らは要求し始めたのである。

『真実の満洲史【1894-1956】』 宮脇淳子『真実の満洲史【1894-1956】』 宮脇淳子
(2013/04/24)
宮脇淳子

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満州史は、私たちの母国である日本の近現代史
この記事は、上記、『真実の満洲史【1894-1956】』をもとにしてまとめたものです。
    
左の二冊は著者、宮脇淳子さんの、右の三冊は、本書の中で参考として使われているものです。

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『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二

藤田伸二騎手といえば"任侠キャラ"で競馬界に君臨していたトップジョッキー。彼の言動はいつも注目の的だった。が、今やその威光はすっかり薄れてしまったようだ。追い日には騎乗こそしているが、調教スタンドに近づかないため、記者がその姿を見ることはほとんどないという。

「競馬マスコミが伸二を悪くいうのは仕方がないわ。だってアイツ、ここんところずっと『騎乗後コメント』を出しとらんやろ。アイツの馬のコメントは、ほとんどが調教師か助手のもん。またいつものマスコミ嫌いが出て、記者には近寄らんから。でも記者の方も記者の方で『だったらええわ』いうスタンスで、昔のようにマスコミ側が頭を下げてくれんもんやから、本人も意固地になってるんやわ。

あまりにも態度が横柄で、騎乗ぶりもワンマンだと批判されて、栗東で干されたことがあったやろ?あん時は辣腕エージェントの故・植木さんの尽力で、軸足を関東馬へ移して乗り切った。その後も不祥事やら何やら色々あって、大手厩舎や馬主がそっぽを向き始めた。それで最近は、昔世話になった厩舎なんかに顔を出してるらしいわ。山内さんには、頭を下げて手打ちしたそうやしな。アイツもさすがにこのままじゃヤバイと思って、そろそろ本気出すんとちゃうか?」

とはいえ、あるジョッキーに聞いてみると、その評判は決してよろしくない。

「藤田さんはもう『ヒルノダムールが引退したら、俺も一緒に辞める』『トランセンドが辞める時は、俺も潮時だな』なんてことをしょっちゅう口にしてて、俺らの間では『一体いつ辞めるんだ!?』っていわれてましたよ(笑)。でもさすがに、昨年の成績を見た時は『今年は騎手免許を更新しないんじゃないか』という噂が流れたほど。でもどうやら、それも藤田さん流の手なんですよ。付き合いのある調教師や厩舎スタッフに『そろそろ辞めるタイミングかもしれんな』とグチって同情を買い、走る馬への営業をかけてるらしい。どうやらプライベートでも何事が揉めてるらしく、引退できる状況ではなさそうだし。最近一緒に飲むこと?ないですね。誰かと一緒にいるところも見かけない。もう、誰も近づけない雰囲気ですからねえ」
雑誌「競馬最強の法則」4月号 『今月の地獄の早耳』より 一部抜粋
・・・評判悪いなぁ・・・

ここ10年くらい、まともに競馬をしていない。年に二度、仲間に誘われて府中競馬場に行くくらい。かつての熱中は今はない。もちろんそれは、多分に私の事情による。でもそれは、藤田の言う、競馬界が変わっていった時期と、妙に重なる。もしかしたら、私は感じていたのかもしれない。

“最近の競馬はちっとも面白く無い”と・・・

『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二
(2013/05/31)
藤田伸二

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だから、自分自身のためだけではなく、後輩のためにもこれだけは言っておきたい。「競馬界を今のうちにどうにかしないと、取り返しの付かないことになる」
競馬にハマったのは、仲間に連れて行かれた新潟競馬場。緑のターフを駆け抜ける馬たちの、一陣の風のようなスピード、ドドドドッっと腹に響く蹄音、筋肉の躍動感、なんといってもあの爽快感に心を奪われた。本来、賭け事は好きでも得意でもなかったが、それはご愛嬌のうち。・・・とは言っても、熱くなって我を忘れ、あとで自分が嫌になるほど後悔したことも再々・・・

でも、人が競馬にのめり込むのは、絶対的に、そこに人の手が入っているからだ。生産・育成に関わる牧場、調教師、調教助手や厩舎関係者、騎手、ファン。人が関わるからこそ競馬は文化だし、だからこそそこに“物語”が生まれる。私自身、本当に競馬にハマったのは、その“物語”に触れたからだ。テンポイント、オグリキャップ、トウカイテイオー、ライスシャワー、サイレンススズカ、・・・胸が締め付けられる。ライスシャワーと的場のあのシーンが、サイレンススズカの脇に立つ武豊の青ざめた顔が甦る。



“物語”を失えば、競馬は競馬じゃなくなる。それはただの博打。パチンコでもやってりゃ十分だ。何も危険を犯して馬を走らせることもない。いや、待てよ。競馬には人が介在しているじゃないか。なのに“物語”を失う道理があるか。

藤田のモノの言い方は好きではない。金髪パーマも嫌いだ。タトゥー?冗談じゃない❢違う表現方法がある。だけど、藤田にはそんな表現方法しかできないのなら仕方がない。言い分を受け止めて、慮るしかない。何しろ題名が『騎手の一分』だ。九分は捨てても、どうしても捨てきれない一分がここに書かれているというなら、彼の言い分を受け入れて、慮ろう。藤田はそれだけの価値のある“騎手”だ。

彼が九分を捨ててまで訴えようとしたのは、“競馬が物語を失いつつある”ということではないだろうか。それは、馬を育てると同時に、人を育てるのが競馬であることを忘れているということになるだろう。だとすれば、人が人として、そこに介在している事にはならない。そう考えれば“物語”が失われる道理も納得がいく。

藤田は「悪いのはJRA」と言う。そうだろう。「エージェント制も、大手クラブや有力馬主もルールに基づいてやっている」と言う。そのとおりだろう。しかし、それはJRAだけで解決できる問題か?確かにJRAが問題意識を持ち、先頭に立たなければ競馬は更につまらなくなる。しかし、背景には日本社会が置かれた状況があるのではないか。成果主義に流される日本社会の状況こそが、すべての問題の根っこにあるのではないか。 とすれば、競馬界はグローバル化の波にさらされる日本社会の将来を先取りして問題を明らかにしているようにも思われる。

本物の競馬が見たい。強い馬が走るレースが見たいし、人馬一体の美しい騎乗が見たい。その美しさの背景には無数の“物語”がある。成果に追いまくられても、最後に残るのは何?パチンコには、“物語”なんてこれっぽっちもないんだよ。

気がつけば、著者に敬称もつけずに書いていた。私は著者のことをデビュー当時の小僧っ子時代から知っていたもんですから・・・。ということで勘弁して下さい。

  
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なぜ歴史を学ぶのか 世界への影響力を日本人は自覚していなかった 『真実の満洲史【1894-1956】』

なぜ歴史の学ぶのか
歴史とは、因果関係を明らかにすることである。

歴史は、個人や国家の行動が道徳的に正義であったか、罪悪であったかを判断する場ではない。歴史に道徳的価値判断を介入させてはいけない。現代からみてよかったのか、悪かったのかというのは、歴史ではなく政治である。

歴史を学ぶのは、その時何があったのか、なぜそういうことになったのか、そこにいた人たちはどう考えていたのかを、実感をもって理解するためである。歴史家の仕事は、出来事をできる限り正確に、臨場感をもって表現するのが本来の役目となる。しかし、残念ながら完全な歴史などあり得ない。まったくの公平、中立な立場などあり得ないからだ。それでの歴史家は、起こったすべての出来事のつじつまが合うような、よりよい歴史を残そうと努力する。その姿勢を失ったものは、もはや歴史家ではない。

「過去に日本のしたことのすべてが悪い」という善悪の言論は、歴史の名に値しない。しかし、
支那や韓国が「歴史」と言った場合、この善悪の言論の枠を出ない。

『真実の満洲史【1894-1956】』 宮脇淳子『真実の満洲史【1894-1956】』 宮脇淳子
(2013/04/24)
宮脇淳子

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満州史は、私たちの母国である日本の近現代史
日本は自分たちがしたことについて、まったく自覚がない
日本がパリ講和会議で出した人種差別撤廃案。それがいかに欧米諸国を困らせたか。日本人は全然理解していない。

アメリカがハワイを併合した。その時、日本は強く抗議した。また日本は、アメリカが長く望んだ支那への進出の大きな障壁となった。アメリカは日本を強く憎んだ。日本人は全然理解していないが、その憎しみは、国際法を無視した通商破壊や無差別爆撃、原爆の投下を見れば明らかである。

ロシアは、日露戦争で満洲や朝鮮への野望を、日本に打ち砕かれた。さらにロシア革命の後、日本はシベリア出兵で革命に干渉した。ロシアがどれだけ日本を憎んだか。日本は自覚していないが、その憎しみは一九四五年の終戦時、満洲で日本人の女性や子供まで虐殺されるほどであった。

ノモンハン事件で、日本は一万九千人もの戦傷病者を出した。しかし、一九九一年のソ連崩壊後に公表された資料によれば、ソ連の戦傷病者数は二万四千人である。さらに、一九四一年に関東軍特殊演習に結集された七十万の日本軍による圧力に、スターリンは恐怖した。終戦間際の弱体化した日本軍に対して、スターリンは百七十四万の軍勢を満洲国境に展開した。

日本人は、日本が世界を大きく変えてしまったことを自覚していない。ロシアやアメリカがどれだけ日本の力を恐れていたかを自覚していない。

日本はあまり搾取もせず、条約も遵守し、国際法規にも触れなかった。それでもアメリカは覇権を求めた。その戦争でアメリカは、日本を叩きすぎた。そのせいで、その後、支那を失い、朝鮮半島やベトナムで戦争をしなければならなくなった。ソ連が強大なライバルになり、長引く冷戦に耐えなければならなくなったのも、そのためである。

さらに、無差別空襲に原爆の投下、日本人を虐殺しまくったその戦争を正当化するために、戦前の日本に‘異常な軍国主義国家’の汚名を着せた。そうまでしなければ、日米戦におけるアメリカの正統性は説明できないものだった。利害が一致する限りにおいて、ソ連の北方領土占領、南京大虐殺や従軍慰安婦の捏造も受け入れた。今も、受け入れつつある。

なぜ、彼らはそこまで日本を憎んだのか。それは日本が、白人支配に対する唯一の抵抗者であったからに他ならない。だからこそ、徹底的にやられた。特攻や硫黄島・沖縄といった命がけの戦いがなければ、また冷戦の萌芽がなければ、日本は地球上から消え去ることになったのではないだろうか。

世界の、日本に対する恐怖は消えたわけではない。だから、事あるごとに日本は苦しめられる。彼らのルールで頑張っても、追いつき追い越そうとする頃には、理不尽なまでにルールを変更される。日本への恐怖は、今でも健在だ。明治以降の積み重ねは、現代日本人の意識以上に私たちに対する大きな評価につながっている。それを理解した途端、日本人は元気になる。日本の歴史の本当の姿が分かれば、それだけで将来は開ける。

この記事は、『真実の満州史【1894-1956】』を参考に、その内容を多く取り入れて書きました。

    

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『嘘だらけの日米近現代史』 倉山満

この本は、宮脇淳子氏の『真実の満州史[1894-1956]』の中で、‘若いけれどもものすごく博識の友人倉山満氏’の本として紹介されていました。

以下、2012年11月16日の記事を、加筆修正したものです。
『嘘だらけの日米近現代史』 倉山満『嘘だらけの日米近現代史』 倉山満
(2012/09/01)
倉山 満

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たった一度、戦争に負けたくらいで縮み上がるなど、先人たちに申し訳ない

日米間に構築されたさまざまな“通説”の壁を、筆者が次から次へとぶち壊していく。崩れた壁の向こうには、新たな世界が広がる。それこそが、かつて世界を相手に自分の足で立ち、アジアを背負って踏ん張っていた先人たちが見ていた世界である。

第一章の中から、筆者がぶち壊した壁の向こうの世界を、ほんの幾つか紹介します。
  • イギリスの落ちこぼれが大西洋流され、ヘロヘロでアメリカ大陸にたどり着いた。それがメイフラワー号。
  • 一七八三年に誕生したUnited States of Americaは、アメリが合衆国ではなく、アメリカ連邦。今のEUみたいなもの。その憲法と言われるのは十三の州が結んだ条約のようなもの。
  • 一八一二年、イギリスがナポレオン戦争に忙しいのに乗じて、アメリカ連邦が英領カナダに侵略を行った。一八一四年、イギリスの返り討ちにあったアメリカは、大統領官邸まで焼き討ちされた。最後の戦いでアンドリュー・ジャクソン将軍が勝利を納めて体面を施したと言われているが、それは条約が結ばれたあとのだまし打ち。
  • リンカーン大統領はただの極悪人
  • 北部の黒人差別はもっとひどい
  • 南北戦争は、アメリカ連邦(北)によるアメリカ連合(南)への侵略戦争。
  • 敗れたアメリカ連合は破壊しつくされ、これをもってUnited States of Americaは再構築された。これが統一国家としてのアメリカ合衆国の始まり。

ほんの二〇ページの第一章の中だけで、これ以上のことが語られている。とても充実した本です。

アメリカをこき下ろすことを目的として書かれた本ではありません。日本人の覚醒を促す本です。ただし、アメリカはその建国の段階において、歴史を改ざんしている。ピルグリム・ファーザーズなんて言葉で飾ってみても、所詮はエリザベス1世に追い詰められた偏屈者。

さらに嘘の最たるものは、“日米戦争における米国の行動は正当なものである”という嘘。“日本=悪 日本=弱 日本=卑怯”という嘘。嘘は、嘘を重ねることでしか、その発覚を免れることはできない。

最近は、韓国や支那がアメリカに同じ匂いを嗅ぎとって、事あるごとにアメリカの力を日本に向けてほのめかす。アメリカも辟易としているように見えるが、それは、自業自得。ただし、彼らは嘘つきの天才だから、同調しない方が身のため。それとも、もしかしたらアメリカのほうが上手・・・?

日ごろ、韓国や支那の歴史の捏造に悩まされる私達日本ですが、彼らは巧妙に、アメリカの嘘を土台にしている。だから、韓国や支那の歴史に捏造を追求していけば、アメリカの嘘にぶち当たる。アメリカの嘘をぶち壊すつもりでないと、韓国や支那の嘘にすら立ち向かえないのが日本だ。そしてそんな度胸なんてさらさらないのが、今の日本。


「よくそれで生きてこられたな」
・・・とは、日本のことです。

それこそ昭和四〇年代まではアメリカのことを「番犬様」と呼ぶ心の余裕、心のどこかで「たまたま一回負けただけで、別に民族として我々が劣っているわけでも何でもない」という意識が日本人の大半にありました。ところが、今や国そのものが戦力外通告のような状態です。
私たちは、つくづく本当の歴史を学ばなければならないし、本当の歴史を血とし肉としなければならないな。

    
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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