めんどくせぇことばかり 2013年12月
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『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』 池間哲郎

なぜ、「日本が悪いことをした」「アジアの人々から嫌われている」「反省しないといけない」などと子どもたちに教え続けるのだろうか。私から見ると非常におかしな教育である。

日本の歴史は素晴らしい。『古事記』『日本書紀』などを多くの日本人が読んでほしい。真の近現代史を知ってほしい。
本書の中で、著者が何回か繰り返す言葉です。私には、悲鳴のようにも聞こえるのです。つい先日、興味深い記事が埼玉新聞に掲載されました。県議会が公立高校の教育内容を問題視しているというもので、“政治が教育に首を突っ込んでくるのか”と思っていたのですが、読んでみるとどうやらとんでもないことが行われていたようなのです。 

県議会文教委、朝霞高の台湾修学旅行を問題視 指導徹底を決議 
http://www.saitama-np.co.jp/news/2013/12/18/01.html

同校の修学旅行先は台湾だったようです。どうやら先生方は「植民地支配によって、日本は台湾に多大な苦痛を与えた」「過酷な労働を強制し、略奪も行われた」ということを生徒に分からせたかったようです。同校では県議会で問題にされたことを受けて訂正授業を行い、「日本統治下ではプラス面もあったことを生徒に理解させるようにしました」ということです。“プラス面もあった”だそうです。いったい、台湾の何を知ってるっていうんでしょう。

台湾修学旅行で反日教育が行われた? 埼玉・朝霞高校が訂正授業を実施
http://www.j-cast.com/2013/12/20192354.html?p=all


『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』 池間哲郎『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』 池間哲郎
(2013/08/10)
池間 哲郎

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なんでアジアの人たちが日本を恨んでいるなんて思うんですか?
最近、ようやく、本当のことを教えてくれるこのような本が出版されるようになりました。著者を始め、出版に携わっている方々には感謝するばかりです。ただし、どんなに素晴らしい本が増えても、すべての生徒が読むわけじゃない。でも、学校ではすべての生徒が同じような教育を受けるわけです。その力は極めて大きいと言わざるを得ません。一公立高校の教育内容に県議会が首を突っ込まざるをえない異常な事態に、“プラスの面もあった”なんてわけの分からないお茶の濁し方。余計に勘ぐってしまいます。日頃の授業では、いったい日本はどう教えられてるんでしょう。
第1部  アジアの人たちが教えてくれた本当の日本
第1章  「なんでアジアの人たちが日本を恨んでいるなんて思うんですか?」・・・カンボジア
第2章  「日本はただ一人、白人たちに戦いを挑んだ」・・・スリランカ
第3章  「それでも日本を愛しています」・・・パラオ
第4章  「自分の子供たちは、必ず日本へ留学させる」・・・ミャンマー
第5章  「日本人のように頑張れば、必ず豊かになれると信じている」・・・ネパール
第6章  「オッチャン、学校造ってくれてありがとう」・・・ラオス
第2部  日本はなぜアジアの国々から愛されるのか
第7章  アジアの人たちから尊敬される日本
第8章  なぜ日本人は「アジアから嫌われている」と思うのか?
第9章  「日本人って何ですか?」
第10章  仁義ある戦い・・・東日本大震災と自衛隊
第11章  日本国民のために・・・天皇

もし、その気になれば、今はこんな本がある。若い人たちは、とにかく自分で勉強しよう。アジア人の中でただ一人、白人に立ち向かっていった時代の日本人は、間違いなく今の日本人よりも優れていた。

    

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『政治の起源 上』 フランシス・フクヤマ

20世紀の最終盤、自由な民主主義こそが、政体の既定値としての形態であることが、当然のこととして受け止められるようになった。

21世紀にはいってからの10年間で、今度は“民主化後退”が起きた。

ロシア、ベネズエラ、イランでは民主主義の前進が逆転した。選挙で選ばれた指導者が不正選挙を行い、テレビ局や新聞社を閉鎖、買収したり、反政府活動を弾圧している。

カザフスタン、ウズベキスタンなど旧ソ連後継諸国の多くでは、権威主義と民主主義のはざまにはまりこんでしまった。制度が民主主義的なものでも、実力がなければ社会にその効果をもたらすことはできない。

統治不全ということなら、ベネズエラのウーゴ・チャベスやボリビアのエボ・モラレスらのようなポピュリスト型指導者は、格差社会における民衆の不満を表面化させ正常を不安定にすることはあっても貧困を根絶できていない。コロンビア、メキシコ、エルサルバドルでは、犯罪組織が国家とその制度を脅かしている。

経済変動も、人々が政治に懸念を抱く原因の一つとなる。グローバル資本主義は必ず定期的な危機を招く。1990年代始のヨーロッパ、1997年のアジア、1998年のロシアとブラジル、2001年のアルゼンチン、2008年のアメリカ。

『政治の起源 上』 フランシス・フクヤマ『政治の起源 上』 フランシス・フクヤマ
(2013/11/06)
フランシス・フクヤマ

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人類以前からフランス革命まで
一人の天才の出現か、多くの者達の長年の、何世代にもわたる血と汗の結晶として生み出されたものであっても、今、眼の前にあるものならば、今に生きる者の常識でしかない。著者の言うとおり、“民主主義”というのもそういったものの一つだろう。

西欧社会は、さまざまな歴史の積み重ねによって“民主主義”というシステムを作り上げた。ただしそれは、“民主主義”という単品で存在するわけではなく、“国民国家”とか、“資本主義的自由経済”とか、“近代的軍隊”とかとセットになって世界に乗り出した。世界の多くの地域は圧倒的な力を持つ西欧諸国の植民地にされていった。国家を運営する体制を民主主義セットに転換することなく、すでにそれを備えた国家の圧力に抗することは不可能だった。

そんなこんなで戦争と革命の20世紀が存在したわけだけど、その最終盤に民主主義は政体の既定値として受け入れられるようになった。本来は、西欧という世界の辺境における“特殊”であったものが“普遍”の地位を獲得した。それが、21世紀に入って後退の局面に転じたという。

本書は、当たり前に存在してきた政治制度の歴史的起源を明らかにすることによって今ある諸制度の機能への理解を深め、制度の崩壊の過程を解き明かすために書かれた本のようです。

政治制度の発展の様子を歴史を追ってみていくわけだけど、第一部は【国家以前】っていう題名。ホッブス、ロック、ルソーの自然状態から始まるっていうんだから、著者は徹底した人のようだ。

第1部  国家以前
第1章  政治の必要性
第2章  自然状態
第3章  家族・群れから部族へ
第4章  部族社会における所有権、正義、戦争
第5章  リヴァイアサンの出現
第2部  国家建設
第6章  中国の部族主義
第7章  戦争と中国における国家の台頭
第8章  偉大な漢システム
第9章  政治制度の崩壊と家産制の復活
第10章  インドの経験した回り道
第11章  ヴァルナとジャーティ
第12章  インドの政体の弱さ
第13章  イスラム教徒の部族主義からの脱却
第14章  イスラム教を守ったマムルーク
第15章  オスマン帝国の機能と衰退
第16章  家族関係の弱体化を招いたキリスト教

下巻ではフランス革命辺りまで進むらしい。・・・あれ。・・・
失礼。“序言”に書いてあった。なんでも、・・・『政治の起源』には続編があって、その続編で現代まで話を進めるということ。

ということで、第2部を読もう。・・・ごめんなさい。読む前に書いちゃった。


     

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『仏教の釈迦・キリスト教のイエス』 ひろさちや

もともとは一九八八年に出版された『釈迦とイエス』という本をもとにして書き下ろされたとのこと。ひろさちやさんの本は結構読んでると思うけど、『釈迦とイエス』という本は・・・、ん~、記憶にない。とりあえず、楽しく読めました。

『仏教の釈迦・キリスト教のイエス』 ひろさちや『仏教の釈迦・キリスト教のイエス』 ひろさちや
(2013/11/21)
ひろさちや

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信仰の立場からは、人間扱いできない二人です


人類史に大きな足跡を残した二つの世界宗教の開祖を、あえて人間として比較することによって、教えの違いと共通点、社会への関わり方の特徴を鮮明に浮かび上がらせたい。そんな狙いを持って書かれた本のようです。
プロローグ  歴史の中に生きた釈迦とイエス
1  その誕生
2  大いなる放棄
3  宗教者か政治家か
4  使命を自覚する
5  この世との関係
6  何が奇跡か・・・・・?
7  その孤独なる死
エピローグ  歴史を超えた仏陀とキリスト

実際読んでみて、“教えの相違”という点に関していえば、釈迦については大変面白かったんだけど、イエスに関してはちょっと既成の概念というか、聖書に書かれていることにとらわれ過ぎかなぁって感じてしまった。聖書はイエスとは無関係に書かれたって前提でイエスの生涯を捉え直してもらいたかった。そう考えること自体がない物ねだりかな。

教えを説くにあたって人の世にどうか変わっていったかは、二人の違いが鮮明で、とても面白かった。釈迦はあくまでも彼岸に立ち位置をおいて此岸を見ていた。しかし、イエスは違う。あくまでも人の世の秩序に挑戦する。その価値観を転倒させようとする。宗教者という立場を自覚しながら政治家として殺されていくのはそのためだ。

彼の処刑後半世紀ほどで、ユダヤはローマに大反乱を起こす。後の反乱も合わせて、ユダヤ地方に生きる団体としてのユダヤ人の歴史は崩壊していくわけだ。まさに、土壇場にイエスは登場したことになる。ユダヤには、イエスを神の声を伝えるもとのして受け止めることはできなかったということなのか。神の力を代行するものとしてしか、彼は受け入れられる余地はなかったということか。そのユダヤ人の落胆が、あの結末を産んだということか。

ん~、もっといろいろ読んで考えよう。


    

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『最後の零戦乗り』 原田要

支那の戦線から大東亜戦争の終戦まで十二年八ヶ月の軍歴。空母勤務の零式艦上戦闘機搭乗員。飛行時間は約八〇〇〇時間。撃墜機数は共同撃墜を含むと十九機。

最後の零戦乗り最後の零戦乗り
(2013/11/21)
原田 要

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飛行時間8000時間の猛者
著者は大正五年生まれ。ということは、今年九十七歳か。大東亜戦争を一兵士として戦った中では高齢に属する。著者本人が言っているように、この本に出てくるような経験を語れる下士官搭乗員は、著者が最後かもしれない。正直、すごい話がゴソゴソ出てくるので、ビックリ❢

初陣は上海事変か。そこから南京に行って、陥落後の南京の町にも入っている。便衣隊の処刑はあったものの、街中の様子はのどかなものだったようだ。便衣隊処刑しても、それは戦争の中でのこと。虐殺とは言わないよね。その直後に起こったパネー号事件にも関与していたそうだ。

その後、零戦乗りとして蒼龍配属になって真珠湾攻撃。セイロン島付近でのイギリス艦隊との戦い。ミッドウェー海戦。ガダルカナルでの死闘。この間、三度、死にかけたそうだ。その後、霞ヶ浦航空隊や千歳航空隊で教官となり、終戦を迎えたという。

そんな戦場を闘いぬいてきた人が、まだ生きていた。失礼な言い方だけど、率直な感想だ。なにしろミッドウェー海戦でドーントレス急降下爆撃機に追いすがろうとしてかなわず、赤城、蒼龍、飛竜が被弾して火を噴く様子を上空から見なければならなかった人だよ。そう思うと、背筋に震えが走る。

この間見た映画『永遠の0』を重なる部分もありました。終りの方にありましたが、著者は原作の百田さんにもあったそうです。いろいろな零戦乗りの話の中から出来上がった偶像が、‘0’の主役の宮部久蔵だったということです。なら、映画の中のセリフのように、“物語はまだ続いている”ということだね。

終戦の年、著者は二十九歳だろうか。その後、六十八年を生きたわけだ。・・・感慨深い。


    

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天女を抱こうとした釈迦(覚書)『仏教の釈迦・キリスト教のイエス』 ひろさちや

釈迦は天女を得ようとした
著者は、「人間は人生のそれぞれの局面にあって特定の行動を選択します。が、その選択は、すべてその局面において評価されなければなりません。釈迦は二十九歳の時に出家を選択しました。その選択は二十九歳の時点において評価すべきです」というが、まったくその通り。当時のインドに、「出家によって来世は天界に生まれ、天女を抱ける」という考えがあったなら、釈迦だけがそこから自由であったというのはおかしい。俗世のできごとかから決別したということが結果として《仏陀》となることにつながったが、出家の時点では来世の天女を抱いた天界の生活が思い描かれていたというのはとても面白い。

それにしても、『ブッダチャリタ』っていう叙事詩の中のヤショーダラーの恨み事はいいなぁ。なんかこう、ぞくぞくするものを感じる。
私の心は嫉妬といさかいを好みますが、正しい行いを好む主人は、そのことをたびたびそれとなく知って、恐れることなく楽々と怒りっぽい私を捨ててインドラの国で天女たちを得ようとしたに違いありません。

天女たちを得るために、王位と私のひたむきな愛を捨てて夫は苦行をしているわけですが、その女たちがどんな美しい姿をしているのか私には気がかりです。


『仏教の釈迦・キリスト教のイエス』 ひろさちや『仏教の釈迦・キリスト教のイエス』 ひろさちや
(2013/11/21)
ひろさちや

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信仰の立場からは、人間扱いできない二人です
仏教がインド社会から消え失せたのは・・・
釈迦が作った仏教教団をサンガといった。サンガの特徴は徹底的な平等主義で、社会的身分、職業、カーストさえも問題とされなかった。しかし、カーストを無視したこの平等主義ゆえに、サンガの構成員全員が、そのうちの最低のカーストの人間と同じに扱われた。構成員のみならず、その支援者である在家の信者まで含めて、非常に低いカーストの人間にされた。

篤く三宝を敬え
聖徳太子も、十七条憲法の二番目の項目として『仏法僧を敬え。それが命あるものの最後で、最上のよりどころである』としている。「三宝に帰依しなさい」ということだけど、驚いた。「帰依する」の本来の意味は、「避難所に逃げ込みなさい」だそうだ。仏教とは逃げ込む場所だったんだ。

仏教に逃げ込めば、もう大丈夫。そういう地位を、世間が仏教に許していた。それは権力も許していたということになるわけで、《彼岸をめざすもの》なら、かかずらわる必要もないという認識なんだろう。

ところがイエスは違う。イエスは人の世の価値観に喧嘩を売った。金持ちが不幸で貧乏人が幸せだと・・・。それは当時のユダヤ人社会のおかれた状況が、イエスという宗教者が人の世の外に立つことを許してくれなかったということなのかなぁ

エリ、エリ、レマ、サバクタニ
『わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか』・・・十字架上のイエスが神をのろう悲痛な叫びのように受け取っていたけど、旧約聖書の「詩篇」にある句だそうですね。
私の神よ、私の神よ、なぜ私をお見捨てになるのか
なぜ私を遠く離れ、救おうとせず、呻きの言葉も聞いて下さらないのか
私の神よ
昼は、呼び求めても答えて下さらない
夜は、黙ることをお許しにならない

だがあなたは、聖所にいまし、イスラエルの賛美を受ける方
私たちの先祖はあなたに依り頼み、依り頼んで、救われてきた

助けを求めてあなたに叫び、救い出され、あなたに依り頼んで、裏切られたことはない


    

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『大切にしたい、にっぽんの暮らし。』さとうひろみ

♫ もういくつ寝るとお正月 ♫
待ち遠しかったなぁ、お正月。もちろん、クリスマスなんか問題にならないくらいに。親戚がみんな集まってさ。きれいな服来て、朝から酒飲んで(子供の頃から飲んでた)、お雑煮食って、凧揚げや羽根つきやこま回し。書き初めして、百人一首やって・・・。

亡くなった祖父母や両親、叔父叔母もみんな若かったよな。なつかしいなぁ。

『大切にしたい、にっぽんの暮らし。』さとうひろみ『大切にしたい、にっぽんの暮らし。』さとうひろみ
(2013/11/25)
さとうひろみ

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理にかなった暮らしをしてたんだよね


月を追って生活していた日本人。そんな日本人の生活を、一月から始まって、季節を追いかけるようにまとめた本。

鮮やかなまでにうつりゆく季節。その季節季節に合わせて工夫された生活。すごく内容が盛りだくさんで、いろいろなことを思い出させられた。季節は変わらないのに、日本人の生活はずいぶん変わったね。石油のお陰だろうね。寒い季節でも暖かく過ごすことはできるし、暑い季節でもスイッチひとつで・・・。

季節の移り変わりを敏感に感じて、それに合わせて生きる。めんどくせぇこともたくさんあって、考えてみれば一年中バタバタと、出してはしまい出してはしまい・・・。母はそれがどこにあるか、全部頭に入ってた。出してはしまい出してはしまい・・・。

それで鍛えられた日本人の知恵っていうのもたくさんあったはず。スイッチひとつの生活では、今の日本人は生まれなかったんじゃないかな。だったらこれからの日本人はどこに行くんだろう。なくしちゃいけないものもたくさんあったはず。
二十四節気もちつきは年の暮れと、それから春先、お彼岸の時分にもやったな。土手のよもぎを摘みに行ってね。梅を天日に干した時のあの匂い。いまでも忘れられない。年に一度は家中の畳を上げて、庭に並べて篠竹で叩いた。パーン、パーンってね。

柿をすだれのように干した光景も季節を思わせるね。私の里では家々の軒先につるし柿が並ぶともうすぐお祭り。お祭りに沸き立って、それが終わると冬。お正月を待ち遠しく思う季節になる。

色や音、匂いになって思い出されるあの頃の生活。便利な生活を放棄しろと言うんじゃなくて、やっぱり、月に合わせた生活を取り戻すべきなんだろうな。暦とともに、しっかり季節を感じられるように・・・。

明治五年十二月三日を明治六年一月一日として旧暦を新暦に切り替えた。それが明治維新だった。あの時代だったわけで、今の私たちは私たちでもう一度考えていい。いろいろな工夫があっていい。混乱とはいっても、明治改暦に比べればなんてこともないだろう。


    

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『軍師 黒田官兵衛』 高橋直樹

岡田准一一月から始まる新たな大河ドラマは黒田官兵衛だそうで・・・。面白いかな。二十一日に映画『永遠の0』を見てきたんだけど、その主役だった岡田准一さんが官兵衛役だそうで、期待しちゃうな。面白かったかんな、『永遠の0』。

キムタクとの違いは、キムタクはどんな役やっても所詮キムタクだけど、岡田君は宮部久蔵だった。・・・これはうちのお母ちゃんの言い分。
坂本龍馬はなんとか最後まで見たんだけど、最近の大河ドラマではそれだけだなぁ。いつも途中で飽きちゃったり、嫌んなっちゃったりで見なくなっちゃう。お江なんてひどいもんだったからなぁ。 二・三回で見るのやめた。
軍師 黒田官兵衛軍師 黒田官兵衛
(2013/11/05)
髙橋直樹

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NHK大河ドラマは面白いかな?
十一月に高橋直樹氏の『軍師黒田官兵衛』が発行になったので読んでおいた。 面白かった。

この間読んだ『近代の呪い』の内容と重なるところがあった。『近代の呪い』では、権力と人々の間には様々な中間団体があり、これが権力との間に様々な特殊関係を築いて、人々は自律的に生きていた。権力は中間団体を通じて支配を貫徹したとする。近代化とはこの中間団体を排除して人々を国民として国家と直接的に結びつけていく過程であり、そうして国民国家が形成されていく。

『軍師黒田官兵衛』では、織田信長による統一事業を、国人衆、門徒衆、様々な職能団体といった“衆徒”を解体し、信長の支配のもとに一元化していく過程としてとらえる。衆徒である官兵衛は信長の“近代化”に圧倒されながらも抵抗し、結局は押し流されることになるわけだけど、その中でも独自の生き方を貫こうとする。

最終的には、家康が天下を握ることにより、変革は不徹底に終わる。果たしてそれは、日本にとってよかったのか悪かったのか。そんなこと、今さらどうのこうの言ってもしかたがないけどね。でも、それが日本の歴史に特殊性を与えたような気もするんだけどな。
この本みたいに歴史を読み込んだドラマづくりまでは期待してはいないけど、時代をしっかり捉えてほしい。歴史風ドラマにだけはして欲しくないなぁ。できれば毎週楽しみになるような大河ドラマを作って欲しい。官兵衛




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フランス革命とは(覚書)『近代の呪い』 渡辺京二

神話化されたフランス革命

封建社会を徹底的に変革し、近代市民社会を実現した典型的なブルジョワ革命。国民主権の確立、市民一人ひとりの人権と平等はフランス革命の成果である。

フランス革命は世界史の新しい時代を切り開いた輝かしい革命であり、フランス革命を抜きにして現代世界を考えることはできない。

『近代の呪い』 渡辺京二『近代の呪い』 渡辺京二
(2013/10/17)
渡辺 京二

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豊かさの背後に刻まれた呪い
アンシャン・レジームの特徴は、王権のもとに多種多様な中間団体が存在したことで、貴族団体、教会、自治的な都市、村落共同体、ギルドなどは、それぞれ王権から特権を認められていた。専制君主と言ってもこの特権を侵害できず、侵害しようとすると猛烈な抵抗が受けた。王自身が、この中間団体を介して王国の統治を実現していたからである。

この時代、同時にすすめられた中央集権化は、根本的にフランスを中央から統制された均質な行政国家に変えつつあった。地域的慣習法の廃止。度量衡の統一。税制や軍政の一元化。この方向性はルイ16世の即位以来、はっきりと打ち出された。

現実的には財政再建が急務であった。そのための行財政改革は、全国的に統一された市場の創設と増税を目指す方向で行われた。テュルゴー、ネッケル、カロンヌ、ブリエンヌと担当者を変えながら、中央政府に権力を集中し、中間団体を解体して、フランスを均質的行政国家に変えていくための改革が行われた。

だから貴族の反抗にあった。しかし、反抗したのは貴族だけではない。平民も反抗した。身分を問わず土地を対象として課税しようという税制改革は王政府によって提案された、貴族は反対した。しかし、平民もこれに反対した。だから三部会が開かれた。貴族は、三部会をもって王政府に対抗しようとしたのである。これが革命のきっかけとなった。パンドラの箱が開けられた。

面白いなぁ。近代の先駆けとなったフランス革命は、王政府が行おうとする近代的改革への中間団体側からの抵抗運動であったっていうんだからなぁ。フランス革命は、バスティーユ事件、ベルサイユ行進、八月十日事件を原動力として、先へ先へと進む。民衆にとって王とは、民衆を食い物にする悪い奴らから民衆を守ってくれる存在であった。王とは民衆を保護する古き良き法の体現者であって、王がその責務を果たさないならやっつけてしまえ。そんな前近代的なエネルギーが革命の原動力であったっていうのもとっても面白い。


    

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『蒋介石が愛した日本』 関 榮次

2012年8月の記事に加筆修正しました。

蔣介石が愛した日本 (PHP新書)蔣介石が愛した日本 (PHP新書)
(2011/03/16)
関 榮次

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1887年10月31日  誕生 

1906年 4月  初来日  
 「日本全体が活気に溢れ、近代建築が次々と建ち、工業力を象徴する煙突から黒煙が立ちのぼっていた。同じ東陽の国でありながら、西欧列強の圧力にめげずに自立しようとする民族の力が感じられた」 


1908年  再来日 振武学校第11期生として入学  

1910年 12月  振武学校卒業 高田野砲兵一九連隊入隊
「一生を革命に捧げるという意志を、今日までこのように堅固に、また何ものをも恐れず持ち続けてこられたのは、完全にこの一年の兵卒生活の影響を受けたからである。仮に、あのような兵卒生活を送らなかったならば、今日のような革命事業は、あるいは成しえなかったかもしれないとすら私は信じている」
「新潟は第二の故郷である」1964年7月 大平外相との会談
「私は、日本の伝統精神を慕い、日本の民族性を愛している。日本は私の第二の故郷である」

1910年代前半からの10年 上海生活
「孫文先生はよく自分を理解し、慰藉も鞭撻もしてくれた。自分の誠実と敬愛の真情もますます深められ、先生の信頼は、自分のつまらぬ進言、忠言も大事に採択されることによって確かめられた」
「この間の悶々の情をよく汲んで下さったのも孫文先生であった。一年足らずの仲買人生活から親友たちのはからいで救い出され、自分は取るものも取りあえず広東に馳せつけて、総理の温顔に接したとき数行の涙なきをえなかった」

1927年 宋美齢との結婚を前に陳潔如と
「彼女(孔祥熙)の提案は、中国統一の私の計画を実現する唯一の方法だ。貴女に助けてもらいたい。結局のところ、真実の愛は、犠牲をいとわない程度によって測られる」
「私が装備礼と結婚して、漢口の支援なしに北伐を遂行するのに必要な援助を得るために、五年ほど僕を自由にしてもらえないだろうか。これは政略結婚にすぎないのだ」
「昔いっしょに乗りこえた日々の中で、いろいろと面倒を見てくれた。このことは一刻も忘れたことがない」(1963年 香港の孔祥熙へ)

1927年10月 最後の来日で渋沢栄一と会談
「もし国民革命が成就すれば、お話のとおり経済改革に力を尽くさねばなりません。革命が成功しなければ、日支一致しての東亜の経済発展は望めません。そこで革命国家の実現に賢明に努力しています」
「経済発展は国をすすめる基であり、もっとも心を致さねばなりません。日支両国が連携して東亜のために尽くすことは、日本のためであり、また支那のためで、共通の利益であると確信します」

1927年11月 宋美齢との結婚の日の朝
「われわれは中国革命について話しあった結果、ふたりの信念はまったく一致している。私ども二人は本日、単に個人的に円満な結婚を悦ぶだけでなく、中国社会の改造を推進することをも願うものである。私はこの志に基づき、中国の革命を完成するまで、怠ることなく努力する。私ども二人の本日の結婚は、まさに二人の革命事業の基礎を築くことなのである」

1928年3月 済南事件を前に日本人記者団に
「日中関係は列強の中でももっとも深く、国民党との交誼ももっとも長い。日本がもっともよく国民革命の意義を了解し、革命を妨害するどころか、一日も早い革命の完成を願ってくれるものと信じている。このたびの北伐再開には、中華民族の生死存亡がかかっている。日本と中国とは、相寄り、相補う関系にある。日本政府は今後、絶対にわれわれに不利になることをしないと確信する。そうすることによってのみ、アジアの幸福と世界の平和が生まれるのである。このことを日本国民と政府に、よく伝えてほしい」

1931年7月7日 満州事変直前 張学良に当てた手紙
「共産軍の討伐作戦は進捗しており、三ヶ月以内には広東の反乱も含めてこれを平定し、一切の紛糾は問題なく解決されるであろう。従って貴方には軍政と外交を適宜に処理し、北方で極力安定と秩序を維持してもらいたい。そうなれば南部方面の平定とともに、全国統一は大いに有望となるわけである」

1936年11月 国内統一を目指し西安・洛陽方面で部下に
「掃討戦はいまや最後の五分間ともいうべき大詰めに差しかかっている。この時期を逃さず迅速果敢に行動せよ」

1936年12月12日 西安事件
1936年12月14日 
スターリンから中国共産党へ「連蒋抗日政策をとり、10日以内に蒋介石を釈放せよ」との司令があり、蒋介石の殺害を決意していた毛沢東は足を踏み鳴らして憤慨したという。

1936年12月23日 西安からの解放を確実にして
「西安の首謀者たちが動揺していて、当初のように強硬でないのは確からしい。しかし、だからといって行幸を待つつもりはない。普遍の態度を貫くことによってあらゆる変化に対応する。これでこそ、天地に恥じることなく、順境にも逆境にも主体性を保ちうるのである。これが危険と困難に打ち勝つ唯一の道である」

蒋介石は、この西安事件をきっかけにして急速に変化する。やはりコミンテルンの情報が蒋介石の対日政策を大きく変化させたんだろう。蒋介石からの米・英への働きかけの背景には当然コミンテルンの情報があったはずだし、その米・英自体がコミンテルンに侵食されつつあった。本書の中では『このように蒋介石の情報判断は鋭く、正確であった。人のその場の意見に流されやすかった近衛など、日本の指導者が到底及ぶところではなかった』と蒋介石を持ち上げているが、彼の動きもまたコミンテルンの望む方角に向かっていく。

1937年7月17日 7日に発生した蘆溝橋事件後
「もし、日本が遠く東方民族の将来を思い、両国関係が最後の関頭に達することを願わず、中日両国間に永遠の仇恨を造成することを願わないならば、我々のこの最低限度の立場を軽視するべきではない。我々は和平を希望するが、一時の安逸を求めるものではない」

蘆溝橋事件後、蒋介石はそれまでになく好戦的になる。ドイツ軍事顧問団による指導により強化された軍と軍事力に相当の自信を持っていたからであろう。その蒋介石の自信と、共産ゲリラの和平つぶしにより、盧溝橋で始まった突発的な軍事衝突が、日支戦争へと拡大することになる。蒋介石の自身のとおり、日本軍はそれまでになく強化された支那軍との戦いに苦しめられる。特に上海戦においては停滞打撃を受けることになった。しかし、その打撃にもかかわらず日本が勝利を得た段階で、蒋介石は打つべき手を失い、彼自身が首都南京と部下を捨てて逃げた。 このあとの蒋介石の戦いは、重慶にこもってどれだけ米・英の援助を引き出せるかということだけになる。“日本を支那に釘付けにするとともに、米・英都の決戦に向かわせる” まさしくコミンテルンの描いた通りの展開となる。

1941年12月13日 蒋介石日記
「敵が南洋各地に進駐することになれば、その兵力は分散して弱まる。そうなれば戦区は拡大し、戦線は延長され、時間が長引くにつれて、人力、物力はいずれも持ちこたえられなくなる。その週末の悲惨さは、想像を絶するものとなろう」

これもたしかにその通りなのだが、蒋介石には日本の将来は見えても、自分の将来は見えなかったわけだ。みずからスターリンの“走狗”となり、役割を終えたあとは“烹られる”はめになったということか。台湾に足場を移して以後の二・二八事件(台湾人三万人が犠牲に)の責任を、この本では部下の陳儀台湾行政長官に帰しているが、いかがなものか。この時出された戒厳令は解除されることなく1987年まで続き、台湾知識人は投獄、暗殺の恐怖にさらされてきた。

人の一生を見れば“功罪相半ば”が関の山。本書のように蒋介石を崇めてしまうのもどんなものだろう。日支ともに、歩み寄る機会を逸したことは確かである。米・英や共産主義の悪意の前に、彼には彼の、日本にはには日本の、いかんともしがたい未熟があった。

著者は本書の中でこう言っている。『こうして蒋介石は大陸をあとにして台湾に退かざるを得なくなったが、それをもたらした最大の責任は、八年にも及んだ日中戦争で蒋介石とその政府、そして中国国民に多大の犠牲を強いて疲労困憊させ、内政に実を上げる時間的余裕を奪った日本が負うべきである。』

このあたりは、どうにも無邪気に思えてならない。


    

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『近代の呪い』 渡辺京二

熊本大学における近代について語った三回の講義、講演と、それに渡辺氏がフランス革命について取り組むきっかけとなった大佛次郎の講演を加えて一冊に仕立てあげられて本。とても興味深く読ませてもらった。面白かった。

何気なく使ってしまっている“近代”という言葉と概念。だけど、それが生み出されたと言われる時代には、ただひたすら欲望や野望、愛情や嫉妬が渦巻いていたのであって、歴史の教科書に書いてあるように鮮やかな輪郭をもって目指すべき“近代”が存在していたはずはない。

結果として出来上がった世界が“近代”であり、それをいち早く達成したがキリスト教をバックボーンとする西洋だった。“近代”は人権・平等・自由を社会的価値として、それを達成するには現段階において最良と思われる政治制度として民主主義を世界に提供した。

『近代の呪い』 渡辺京二『近代の呪い』 渡辺京二
(2013/10/17)
渡辺 京二

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豊かさの背後に刻まれた呪い

第一話  近代と国民国家 ―自律的民衆世界が消えた・・・・・
第二話  西洋化としての近代 ―岡倉天心は正しかったのか・・・・・
第三話  フランス革命再考 ―近代の幕はあがったのか・・・・・
第四話  近代のふたつの呪い ―近代とは何だったのか・・・・・
つけたり  大佛次郎のふたつの魂・・・・・

東洋にとっての近代は、それは受け入れなければ生存をまっとうできぬ、という強制力を持って押し寄せてきた。事実、ごく少数の例外を除いては植民地化された。例外であった日本が行ったのは、強引な国民国家の創出であった。その変革は無傷で達成されたものではないが、同時に経済的繁栄をもたらした。その繁栄が民主主義政治による人権・平等・自由の保障された社会の実現を可能にした。

私たちは消費生活の豊かさと、生活の快適と便利を実現した。著者は、そこには二つの呪いがかけられているという。たしかに経済成長を続けなければ今の生活を保つことさえできず、経済成長を続けることで人がその一部であるはずの自然を無意味化してしまう。

まあ、著者のいうとおり、今の私たちは西洋近代的価値観の上に世界を構築した。それは“特殊”と言って排斥されるべきものではなく、そこからいかにより良い方向を見出していけるかにかかっている。
中国共産党の指導者が劉暁波のノーベル賞受賞問題で、人権という西洋的価値は中国では通用しないなどと主張するのは、彼らがマルクス主義者ですらなく、階級闘争と反植民地主義というマルクス主義的命題をかすめ取ったナショナリストであることを、自ら暴露したに過ぎない。
著者のいうとおりだなぁ。

    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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