めんどくせぇことばかり 2014年05月
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『常識から疑え! 山川日本史 近現代史編 下』 倉山満 

高校日本史教科書の事実上のスタンダードである山川出版社の『詳説 日本史B』は、「アカ」(左翼)ではなく、ただの「バカ」である。

教科書の編纂者は・・・
  1. とにかく文句をつけられるのがイヤ
  2. 二十年前の通説を書く
  3. イデオロギーなどどうでもいい
  4. 書いている本人も、何を書いているのか分かっていない
  5. 下手をすれば、過いていることを信じていない
  6. でも、プライドが高い権威主義的記述をする
  7. そして、何を言っているのかさっぱりわからない
「ひどいことを言うな~」・・・そう思われるかもしれいないけど、とりあえず上巻を読んでみて。「学者先生に対してそんなひどい口を聞いて・・・」って、思われるのももっともなんだけど、全部あたってる。本当にその通りって分かるから。そして第二巻。こちらのほうが更に面白い。

学者先生たちの方で、このままでは早晩、日本はメチャクチャにされる。・・・山川以外のまともな教科書?・・・ないよ、そんなもの。

そのうち、もっとすごい教科書紹介するね。

『常識から疑え! 山川日本史 近現代史編 下』 倉山満 『常識から疑え! 山川日本史 近現代史編 下』 倉山満 
(2014/03/10)
倉山 満

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「研究者もどき」がつくる「教科書もどき」
はじめに・・・麻生太郎が明らかにした断末魔の歴史教育
第1章  「無法地帯・中国」は昭和史の基本
第2章  満洲事変の反省を妨げているのはダメな教科書である
第3章  「日中戦争」は存在しない
第4章  なぜ、日米は大東亜戦争で戦わなければならなかったのか
第5章  誰が第二次世界大戦の勝者だったのか 


下巻で扱っているのは、満州事変から第二次世界大戦まで。著者が述べるのは、「使える教科書をかけ」という、ただそれだけのこと。それだけのことができないんだから、教科書なんか書かなきゃいいのにね。まあ、書いている人も、商売としてやってるわけで、それを許して来てしまった日本の社会に根本的な問題があるわけだけどさ。

本来なら、日本近現代史は、日本人が“世界”を学び直すための宝庫。ところが日本史教科書は、日本人にそれを許さない。日本近代史から“世界”を学んでいるのは、それこそ、日本以外の“世界中”ってんだから嫌になる。日本以外の“世界”は日本の近現代史をケーススタディの一つにして、「いかに世界の中で自国がサバイバルするか」を学び取ろうとしている。著者が言うには、「山川日本史の悪いところを取り入れつつあり、改訂のたびに笑える記述が増えている韓国の国史教科書でさえ」・・・。

    

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靖国参拝に一言 『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人

靖国参拝に一言ある。支那や韓国が首相の靖国参拝にわけの分からない理不尽な抗議をしてくるのとは違う、“日本人”としての一言である。

靖国神社、もとの名は東京招魂社。『幕末から明治維新にかけて功のあった志士に始まり1853年のペリー来航以降の日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」と称して祀り、その柱数は2004年10月17日現在で計246万6532柱にも及ぶ。(wikipedia)』

ここには戊辰戦争の旧幕府軍、薩長から無理やり戦争をふっかけられた会津藩士、奥羽烈列藩同盟の戦死者は祀られていない。

私も靖国神社には何度も参拝した。明治以降、自分の“生”を国のために捧げた人に感謝するために。でも、そのたびごとに、いつも会津を・・・。

首相が靖国神社を参拝するのは当然だ。でも、同時に会津を・・・。 一言あると言いながら、会津を思うと言葉にならない。

 以下、二〇一二年八月の過去記事です。
『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人
(1971/05)
石光 真人

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1971年5月25日初版
2009年5月15日47版
血涙の辞
いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく時を過して齢すでに八十路を超えたり。

多摩河畔の草舎に隠棲すること久しく、巷間に出づることまれなり。粗衣老軀を包むにたり、草木余生を養うにあまる。ありがたきことなれど、故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤すれど、懊悩流涕やむことなし。

父母兄弟姉妹ことごとく地下にありて、余ひとりこの世に残され、語れども答えず、嘆きても慰むるものなし。四季の風月雪花常のごとく訪れ、多摩の流水樹間に輝きて絶えることなきも、非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮かびて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余を憐れむがごとし。

時移りて薩長の狼藉者も、いまは苔むす墓石のもとに眠りてすでに久し。恨みても甲斐なき繰言なれど、ああ、いまは恨むにあらず、怒るにあらず、ただ口惜しきことかぎりなく、心を悟道に託すること能わざるなり。

過ぎてはや久しきことなるかな、七十有余年の昔なり。郷土会津にありて余が十歳のおり、幕府すでに大政奉還を奏上し、藩公また京都守護職を辞して、会津城下に謹慎せらる。新しき時代の静かに開かるるよと教えられしに、いかなることのありしか、子供心にわからぬまま、朝敵よ賊軍よと汚名を着せられ、会津藩民言語に絶する狼藉を被りたること、脳裏に刻まれて消えず。

薩長の兵ども城下に殺到せりと聞き、たまたま叔父の家に仮寓せる余は、小刀を腰に帯び、戦火を逃れきたる難民の群れをかきわけつつ、豪雨の中を走りて北御山の峠にいたれば、鶴ヶ城は黒煙に包まれて見えず、城下は一望火の海にて、銃砲声耳を聾するばかりなり。
「いずれの小旦那か、いずこへ行かるるぞ、城下は見らるるとおり火焔に包まれ、郭内など入るべくもなし、引き返されよ」
と口々に諫む。そのころすでに自宅にて自害し果てたる祖母、母、姉妹のもとに馳せ行かんとせるも能わず、余は路傍に身を投げ、地を叩き、草をむしりて泣きさけびしこと、昨日のごとく想わる。

落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏する褥なく、耕すに鍬なく、まこと乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に筵を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。


明治はあまりにも大きな過ちのなかに始まった。過ちは正されないまま、かと言って歴史は流れを止めるはずもない。会津の名誉は回復されなければならないが、今さら薩長を蔑んでもなんにもならない。ただ私たちは、近現代の日本はこれほどまでに大きな悲劇を内部に包含しながら始まったのだということを知らなければならない。

1900年の義和団の乱で、北京の各国大使館は暴徒に包囲された。その時、柴五郎は清国公使館付き駐在武官として居留民保護に当たる陸軍中佐だった。のちにロンドンタイムスは、その社説で「籠城中の外国人の中で、日本人ほど男らしく奮闘し、その任務を全うした国民はいない。日本兵の輝かしい武勇と戦術が、北京籠城を持ちこたえさせたのだ」と絶賛した。その日本兵の指揮官が柴五郎であり、実質、各国籠城部隊の大将であった。

その柴五郎の最晩年の言葉がこのようなものであると思えば、なおさら重みがある。私達が語るべき“戦争”とは、大東亜戦争が全てじゃない。そして、このような想いを包含しながら守られてきた日本であるから、なおのこと良い国にしていかなきゃならない。じゃなきゃ、申し訳が立たない。


    

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『天狗の剣―幕末京都守護職始末』 藤本ひとみ

時は幕末、薩摩藩島津久光の強引な献策に体制をあらためた幕府。将軍後見職には一橋慶喜、政事総裁職には松平春嶽をあて、そして火中の京都守護職は会津藩主松平容保に押し付けられようとしていた。この物語は、まずは会津を舞台として始まる。

一刀流溝口派最年少の「手形目録」を目指す服部孝太郎。神道精武流の師範を務める父は旧家の子弟で、孝太郎より三歳年長の北原真之介の指導に余念がない。二人が幼いころ、父は稽古の中で真之介に怪我を負わせたという。真之介はそれがもとで片腕の自由を失った。腹を切って詫びようとする父に、北原家は片腕の真之介を一人前に鍛えてから腹を切れと言ったという。以来、父は真之介の指導に専念し、孝太郎は外に出された。すでに男と逃げたという母に棄てられた孝太郎は、これ以後、父にも棄てられたと考えるようになる。


『天狗の剣―幕末京都守護職始末』 藤本ひとみ『天狗の剣―幕末京都守護職始末』 藤本ひとみ
(2011/03)
藤本 ひとみ

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『天狗の剣』という題名と本の体裁から感じられるのは、痛快歴史活劇のおもむき。「へ~、著者の藤本ひとみさんの本にしては珍しい」という興味と、『幕末京都守護職始末』という副題に惹かれて読むことにした。なんて理屈はつけなくても、会津に関わるものは、とりあえず読んでおくことにしている。

違和感は最初からあった。『天狗の剣』という題名と、『幕末京都守護職始末』という副題がしっくりこない。“小天狗”を思わせる表紙の体裁も同様だ。会津を痛快歴史活劇として書くのはあまりにも困難だろう。

しかし実際、主人公の服部孝太郎をめぐる物語は痛快歴史活劇そのもの。しかし、それだけではない。物語の中には、松平春嶽を中心にその周辺の様子が織り込まれていく。つまり、会津が幕末の混乱の、一方の雄の立場に無理やり立たされていく様子である。この横糸が『幕末京都守護職始末』につながっていくことになりそうだ。

ブチン
おっと、物語が突然終わってしまった。・・・孝太郎の様子には一応の決着は見られるものの、全体の流れはなんの結末も見られない。結末が見られないどころか、なんにも始まってすらいない。続編は?・・・二〇一一年の本か。その後続編が出てるんだろうか。続編一冊くらいでは終わりそうもないけど・・・。

調べてみたらあった。時期に読む。


    

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『サイパンから来た列車』 棟田博

倉本聰さんの『歸國』、見た?

調べたら、二〇一〇年の八月十四日に、TBSの終戦ドラマスペシャルとして放映さらたんだそうだ。面白かったよなぁ。


『サイパンから来た列車』 棟田博『サイパンから来た列車』 棟田博
(2010/08/04)
棟田 博

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これがあの、『歸國』のもとになった本


この『歸國』じゃなくて、『サイパンから来た列車』、昭和三〇(一九五五)年の本だそうだ。そんなに前か。私は生まれてすらない。物語も、日本兵たちの魂が帰ってきた“現代”はこの本が出た昭和三〇(一九五五)年だった。敗戦ののち、十年しかたってない時代だった。

それがNHKのラジオドラマで放送されたんだそうだ。それを聞いてた倉本聰さんが、二〇一〇年の“現代”に、六十五年ぶりに英霊たちを戻したわけだ。

一九五五年という“現代”に帰った英霊たちにさえ、著者は「こんな、だらしのない、腰の抜けてしまった日本には、さらさら用はない」と語らせている。二〇一〇年、倉本聰さんに言わせれば、「消費経済が世をせっけんし、義務より権利が重視され、個人の自由が優先され、国家の品格などどこかに吹っ飛んだ」“現代”に英霊たちを帰還させる。

ちなみに、原作は短編で、内容も淡白。でも、本質はしっかり受け継がれている。棟田博さんによって書かれ、倉本聰さんに踏襲されているこの物語の本質は、英霊たちの優しさだと思う。どこまで優しいんだ。できれば応えたいなぁ、その英霊たちの優しさに・・・。


    

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タイ クーデター

タイのクーデター、インラック氏らが出頭 155人に出国禁止令
http://www.afpbb.com/articles/-/3015789

タイの混乱は、ついにクーデターという事態を迎えた。

反政府派は総選挙を拒否している。つまり議会制民主主義を否定している。議会制民主主義では、タクシンーインラック路線に抵抗できないということだ。選挙は昨年12月、インラック首相が政治不安を解消するために実施を発表したものだったが、反政府派のボイコットと妨害で実施できなかった。

タイでは二〇〇一年以来、選挙でタクシン派の勝利が続いている。反政府派は、選挙ではタクシンーインラック路線に勝てないのだ。だから、選挙によらない政権移譲を目指す。でも本来、選挙は殺し合いによる政権移譲の代替措置で、これを否定することはきわめて危険。なんだかわけがわからない。

タクシンは農村を中心とする貧困層に公金をばらまいて分厚い支持層を作り上げた。これがタクシン派を構成し、六〇〇万バンコク市民や上層・中間層、官僚、軍主流派が反タクシン派を構成する。
クーデター今回のクーデター。軍は明らかにタクシンーインラック路線、つまり権力とは違う意志によって動いている。議会制民主主義を否定する反政府派を武力で鎮圧するならわかるけど、軍主流派は反タクシン、反政府勢力よりっていうんだから、クーデターは反政府勢力の筋書きか。 でも、軍内にも主流派があれば、反主流派だってあるだろう。どうなることやら。

もとはといえば、タイの華人社会に問題がありそう。インラック・シナワトラはタクシン・チナワットの妹。チナワット家は客家系の華人で、政財界に人材を排出している。タイの華人はタイ人に同化しつつあるものの、華人としての意識はちゃんと受け継がれている。幼い頃から金銭感覚を身につけさせ、教育に金を惜しまず、結婚も富裕層の華人同士。なにより、支那という出自を強く意識させるよう育て上げる。

その華人がタイの経済界を牛耳る。華人のネットワークはタイを支配している。しかし、一枚岩ではない。二〇一〇年のタクシン派デモへの武力弾圧から政権を失ったアピシット・ウェーチャチーワも有力華人。今回の反政府デモも、インラック首相による恩赦法など、タクシン氏の処遇を巡って始まっている。
 
タクシン派v.s.アピシット派。東南アジアの華人社会に手を突っ込みたい支那の思惑。華人をタイ人として受け入れてきたタイ社会。

今回の出来事もその根底には貧富の格差が放置されてきたことがある。華人がそういったタイ経済社会を作り上げてきたわけだ。なんだか、たった一四%の華人に、タイ人が鼻面を引き回されているようにしか見えないんだけどな。


    

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『アジア全方位 papers 1990-2013』 四方田犬彦

まだ一昨日の記事が引っかかってる。公開しちゃった以上、今更引っ込めるのもかっこ悪いしなぁ。あんまり熱くなった記事を書きたくないんだよなぁ。

昨日書いた以上の原因がはっきりした。あの記事書いていたとき、この本読んでたんだ。そんで、頭に血が登ってたんだな。そんなわけで、貧血気味の人は是非どうぞ。

『アジア全方位 papers 1990-2013』 四方田犬彦『アジア全方位 papers 1990-2013』 四方田犬彦
(2013/10/12)
四方田犬彦

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アジアという文脈の中で考えてきた?


著者の四方田犬彦さんという方は、東大で宗教学を学んで、長らく明治学院大学教授として映画史の教鞭をとった方だそうだ。今は物書きに徹しているとか。この本の中にも書かれているけど、朴正煕時代の韓国に留学し、建国大学校に勤務した経験もあるということで、日韓関係にも一家言を持っているらしい。
Ⅰ  誰もしらないところに行く
Ⅱ  鳥を贈る
Ⅲ  離騒のなかの映像
Ⅳ  パレスチナ芸人、日本に来たる
Ⅴ  他者と内面


一九九〇年から二〇一三年までのエッセイ集で、アジア各地を飛び回る著者の旅の記録という趣きの本。ずいぶん忙しい方のようだ。

…旅の記録…は面白かったり、そうでなかったり、眉をひそめさせられたり。でも、“コカの葉とトウモロコシ”とか、“朴正煕大統領が暗殺された日”とか、“シオニズムの映画的表象”とか、結構興奮するものもあった。中でも韓国体験は、著者の軸を構成する大事な要素らしい。それは分厚いエッセイ集の底流として全体を支えているように感じられるんだけど、『Ⅴ 他者と内面』の中の、“他者としての日本、内面化された日本―日本による韓国併合百年を振り返って”という著者本人による講演録を読めばはっきりする。

歴史認識は、三十年前の私が学生の頃と一緒。著者は一九五三年生まれなので、おそらく四十年前の知識のままに今日までを過ごした方だろう。そのままの眼で、日本と日本人を、韓国と韓国人を見て、そして感じたことを書いている人のようだ。
この屈辱的(ペリーの黒船外交で不平等条約を“押しつけられた”こと)な心理的不充足感を解決するもっとも簡単な方法とは、自分よりも遅れている隣人を見つけ出し、自分が欧米諸国にされたのとまったく同じ屈辱を、その隣人に体験させることでした。西欧近代の模倣を国是とするに至った日本は、その悪徳である植民地主義をも模倣したのです。台湾を、「満州国」を、そして韓国を植民地化せんとする欲望の背後には、こうした無意識的な反復強迫が働いていたのだと、私は考えています。
ということです。

その文脈の中では、これほどの人が福沢諭吉の“脱亜論”の本質を知らないはずはなかろうに、「“脱亜入欧”と掛け声だけは勇ましく」と、本質を無視して使われます。

戦後の韓国と真正面から向き合った人物として、大島渚にいろいろなことを代弁させているけれど、同じように本気で向き合ったからこそ日本は韓国を併合せざるを得なくなってしまったとは、考えてもいないらしい。

この本読んでたから、熱くなって一昨日のような記事を書いちゃったんだな。・・・人によるけど、さっき紹介した『Ⅴ 他者と内面』の該当の講演録から読むことをおすすめする。分厚い本でね。全部で五二五ページ。終盤の四三〇ページにして該当の講演録を読み、熱くなりたくなかったらね。あっ、でも、貧血気味の方にはそのほうがいいかも。

前に書いたけど、この方は今、明治学院大学をやめて文筆に専念されているらしい。それだけは良かったと思う。

    

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『みみずくの夜メール』 五木寛之


なんで昨日みたいな記事書いちゃったかなぁ。『みみずくの夜メール』で五木寛之さんの“引き揚げ”の話を読んじゃったのが原因なのはわかってるけど・・・。それにしても、それを読んだ状況が良くなかった。前に読んだ本を探そうと、物があふれて足の踏み場のない納戸で、半身を押入れの下段に突っ込んで、崩れ落ちてくるトイレットペーパーやティッシュの箱に抵抗しつつ読んだ。もともとが閉所恐怖症気味なのに、この状況は良くなかった。

にもかかわらず、時間を忘れて読みふけってしまった。特に、五木寛之さんの書いたものが好きだってわけでもないんだけど、なんだかいやに“懐かしさ”を感じてしまって・・・。

なんだか今は話題にもならないけど、子供の頃は世間のあちこちに戦争の名残があった。祭りで賑わう街角で、傷痍軍人がアコーディオン引いてたり、大人の会話の端々に“戦争未亡人”だの何だの聞こえてきたり、父の親友はが特攻くずれ”だったりね。
祖母の妹は満州からの“引き揚げ”で、子どもを向こうにおいてきた。「見つけに行って、連れてきた」って話は、いつだったか、祖母から聞いた。その人が働く中華料理屋でラーメン食わせてもらいながら。

都はるみさんが、五木さんとの対談で、「父は慶州から来たんです」ってさり気なくつけ加えたなんて話が、それこそさり気なく書かれている。だけどみんなそうだったんじゃないかな。あれだけの戦争をして、あれだけ負けた国なんだもの。右を見ても、左を見ても、み~んないろいろなものを引きずっていた。でも、凧の尻尾とおんなじで、多少は引きずってたほうが良さそうね。バランス失って、きりもみ状態で墜落してる人が、最近は多いような気がする。

 

私にとっての五木寛之さんの本は、なんといっても『青春の門』。おそらく、兄の買った本を、布団の中でこっそり読んだ。あの甘美な“罪悪感”。できることならもう一度体験したい。かと言って、いま、筑豊編を布団の中で読んでみてもなぁ。バカみたいだしなぁ。

分かった。五木寛之さんの文章に触れて、私はきっと何か感じちゃったんだ。足の踏み場もない納戸の押入れの下段に半身を突っ込んで・・・、という状況の中で、あの時の甘美な“罪悪感”に近い感覚を感じちゃったんだな。だから頭がいつも以上に反応しちゃったんだ。


    

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引き揚げと女性

「韓国人女性が従軍慰安婦として日本軍兵士に慰みものにされた」
かつて日本人によってさらわれ無理やり従軍慰安婦にされたと、ありもしないことをあったかのように勘違いして名乗り出る年配の韓国人女性。声高に叫ぶ韓国人。

これが文化の違いというものか。

未曾有の敵地からの“引き揚げ”のなか、多くの日本人女性が悲しい思いをした。ロシア人に、朝鮮人に、韓国人に、アメリカ人によって。・・・しかし、いくつかの例外を除き、日本人は沈黙した。その理由は様々だろうが、・・・沈黙した。

韓国人は朝日新聞の捏造に乗じて声高に、“犯された、犯された”と騒ぎ立てるが、日本人には「今」を守るための沈黙が了解だった。

でも、日本人の沈黙を、犯った連中が利用しようとしている。プーチンであり、ブッシュであり、習近平であり、金正恩であり、朴槿恵だ。

敵地から六六〇万人が引き揚げるということが、どういうことか。馬鹿じゃなきゃ容易に想像がつく。
「歴史改ざんを阻止」とプーチン大統領、中国・ロシアが“反米反日”共同戦線を結成
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=88568&type=0

ソ連兵の日本婦人への暴行は、すさまじいの一語に尽きる。それが十に、三歳の少女であろうとm七十近い老婆であろうと、そして、人前でも白昼でも、また雪の上であろうとも、そういうことは全く頓着しなかった。樺太の場合同様、女性たちは丸坊主になり顔を墨で塗り男装して逃れようとしたが、彼らは一人一人胸を触って女であることを確かめると引き立てていった。

南満へ疎開した人たちが、終戦後また新京の自分の家に帰る途中、公主嶺の駅で、進駐してきたソ連軍の列車とばったり出くわした時おこった事件は、「誰も知らぬものはない事実だ」という。それは、あわてて発車しようとする日本人の乗っている列車をソ連兵が止め、女は一人残らずプラットホームに降ろされ、「白日の下、夫や子どもや公衆のまん前で集団暴行を受けた」のである。

もとより日本女性のすべてが唯々諾々とソ連兵の毒牙に身を任せたわけではない。陵辱に耐えかねて死をもって抗議する若い婦人、暴行から身を守ろうとみずから死を選ぶ人妻もいた。例えば敦化の日満パルプKKの社宅では、ソ連軍は命令によって男と女を分離させ、一七〇人の婦女子全員を独身寮に監禁し、夜となく昼となく暴行の限りを尽くしたが、この際二、三人の女性は一斉に青酸カリによって自殺している。

高松宮日記 第八巻   P175~P176 (※昭和20年の日記)

十月二十三日(火)雨、雲行早、曇
[上欄]〇八三〇~一四〇〇。
 靖国神社例祭。臨時大祭来月中旬行はれる筈につき、今日参拝せず。
 MC司令部にて靖国神社をなくしようと云ふ考へある由。昨今雨中に参拝者多数ありしことなど、MC司令部の認識を改めしむべき国民的祭事を証し得たるべし。之を軍国主義の表兆とは云はざるべし。     

夜、石渡中佐、渡辺大佐、銘刀を見にくる(一等~三等見せる)。

〇八一五厚生大臣、戦災援護に関する放送を私にせよとの話、承諾す。但し厚生省の仕事の滞るのを云いわけするのではつまらぬ、之を機会に愈しつかりやることにしたいと話す。

北朝鮮に侵入せる「ソ」兵は白昼街道にて通行中の婦女を犯す。汽車の通らぬため歩いて来る途中、一日数度強姦せらる。二人の娘を伴ふ老婦人はかくして上娘は妊娠、下の娘は性病に罹る。元山か清津にては慰安婦を提供を強ひられ人数不足せるを籤引にて決めたり、日本婦人の全部は強姦せらる。強要せられ自殺せるものも少からず。男女は別にせられ男は労働せしめらる。知事其他の高官も道路清掃等をさせられつつあり。幼児の死亡するも少からず。満州より南下する列車も殆んど平壌に止められ悲惨な光景を呈しありと。その他の地はおして知るべきなり。
まったくソ連兵ってのはひどかった。ドイツもだいぶひどくやられたらしいね。ところがだ。ところが、いくつかの本を読むと、そのソ連兵よりも、朝鮮人のほうがたちが悪かったらしい。・・・ソ連兵よりも悪いって・・・、想像を絶する。

ヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんの『竹林はるか遠く』を紹介したとき、以下のようにまとめている。もう一度、同じ言葉でまとめる。

多くの日本人が悲しい記憶を胸にしまい込み、“戦後”と呼ばれる時代を必死に生きてきた。生きてきてくれただけでありがたい。黙って生きて来た人は、今さら言う必要なんかない。日本人は韓国人とは違うからね。

それでも、私たち日本人は“おもんばかる”。ソ連兵や朝鮮人に殺された日本人のことも、ソ連兵や朝鮮人にひどい目にあわされた日本人のことも、誰も何も語らなくても、“おもんばかる”。終戦時、海外に残された日本人は六六〇万人。祖国の土を踏めなかった人も多い。戦時中の、他の出来事も含めて、こんなにも近い歴史の中に、日本人はこれだけの悲劇を持っている。それなのに、“おもんばかる”ことが及ばないことも、まだまだ多い。





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『みみずくの夜メール』 五木寛之

基本的には新しい本を紹介してるわけなんだけど、最近押入れを引っかき回す機会があって・・・。これを始めると大変。ものであるれる納戸の押入れに、身体半分入った状態で、「あれっ、こんな本が・・・」ってペラペラページをめくると・・・、あっという間に三十分・・・、一時間・・・、気がつけば日は西に傾いて・・・。

間をつなぐつもりで読んだエッセイ集に、今更引っかからなくても良さそうなもんなんだけど、ペラペラと、たまたま開いたページが著者、五木寛之さんの出自に関わるエッセイで・・・。


『みみずくの夜メール』 五木寛之『みみずくの夜メール』 五木寛之
(2003/11/14)
五木 寛之

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正直言って、なんとも言いようのない世の中だ



五木寛之さんのご一家は平壌からの“引き揚げ”だったって。
当時、ソ連軍の管理下にあった地区を脱出し、開城の難民キャンプに収容されたのち、仁川から米軍の軍用船で博多にたどり着いたグループだ。

博多港外で検疫のため長いあいだ待たされたあと、ようやく上陸が許された。

まず、まっ白な粉を頭から浴びせかけられる。それがDDTという強力な殺虫剤であることは、あとで知った。

そのあと、四つん這いになって肛門に検査の棒をさしこまれる。男はそれで済んだが、女性たちは婦人相談室という部屋で相談を受ける人と、その必要がない人たちがいた。かたちの上では相談だが、実際は調査である。

その調査、もしくは面接は、子どもと、ひと目で高齢者と分かる女性は、はぶかれた。その理由を書くきにはなれない。

要するに敗戦の混乱の中で、レイプやその他の被害を受けた日本人女性が数多くいたということだ。
敗戦時、軍民あわせて六六〇万人ほどが外地に居り、引き揚げ対象者となった。一九四六年末までに五〇〇万人ほどが引き上げたと言うが、敗戦という過酷な状況の中、ものすごい民族移動ということになる。

ずいぶん前に読んだ本なんだけど、副題が「引き揚げ女性中絶の歴史」という。

“引き揚げ”とはいったいどういうことなのか。私はこの本で知った。

五木寛之さんは、この過程を体験してきた。この本の後半に、彼自身がトラックに積み込まれて平壌のソ連軍管理地域を脱出する時の様子が紹介されている。
ともかく地獄の沙汰も金次第。トラックに積み込まれて、深夜、南下するうちに、ソ連軍の検問にぶつかってしまった。金を出せば通す、というお定まりの話である。全員、ヘソクリを出して、運転手に渡す。やっと通過したと思ったら、また別の検問に引っかかった。

金はない、と伝えると、女を出せ、と要求していると運転手が言う。それも三人出せとの話。グループのリーダーたちが何やら相談した結果、三人の女が指名された。娘さんと、人妻と、子連れの母親と、高齢夫人は省くと決めたらしい。

指名された三人は全員の視線に追いつめられたように、トラックの荷台の隅に身をよせあって顔をひきつらせていた。

「みんなのためだ、頼むよ」
ずいぶん前の本だし、いまさら本文をそのまま紹介したところで、何の罰も当たらないだろうと思ったんだけど、ダメだ。これ以上、書けない。

五木さんはその章の冒頭で、『戦争ほどいやなものはない。しかし、もっと大変なのは戦後の方だと思う』と書いている。気持ちは分かる。でも、本当は“もっと大変なのは戦争に負けるということだ”というべきじゃないかな。

もう一度あの戦争を、みんなで言い合ってさ。あの戦争がなんだったのかロシア人と語り合おうよ。支那人とも、韓国人とも、アメリカ人とも、ヨーロッパの方の人ともさ。・・・なんか、熱くなっちゃった。




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『昭和天皇 第七部 独立回復(完結篇)』 福田和也

 昭和天皇について書かれた本は、夥しく存在しています。
 浩瀚な伝記から、エピソードを集めた本まで、毎居にいとまがありません。
 来年度には、昭和天皇の実録が刊行されるそうです。
 にもかかわらず、歴史の専門家でもない私が、文芸評論を業とする人間が、なぜ屋上屋を重ねる事になったのか。
 それは、昭和天皇―彼の人―の視座を借りると、ありとあらゆる事件、人物を登場させることができる・・・
本書、“あとがき”にある著者の言葉。面白い試みだな。読んでみてびっくりした。昭和天皇はもちろんのこと、東久邇宮稔彦王が登場したと思えば、対極で徹底抗戦を呼びかけた小園安名大佐が、かと思えば高見順や川端康成が、ちょっと油断をすれば、支那にとどまって、ただその日を生き抜いている人々が・・・、そういった無数の人々が、まったくフラットに、同じ舞台に次から次へと登場してくる。

それらの登場人物は、次の展開に何の影響も与えずに舞台を去っていく。・・・にもかかわらず、あとには何かが残るのだ。まるで、音も立てずに雪が積もっていくように、積もっていくものがある。それは時期に、とてつもない厚みを持って、その舞台に登場したはずの人物たちの物語を飲み込んでいく。・・・たぶん、それが“時代”なのだろう。

『昭和天皇 第七部 独立回復(完結篇)』『昭和天皇 第七部 独立回復(完結篇)』
(2014/04/18)
福田 和也

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この本は第七部。そして完結編。仕方がないでしょ、知らなかったんだから。第一部は二〇〇八年に出てますね。熱くなって読むようなタイプの本じゃないけど、その気になったときに、より興味の持てるところから読んでみよう。
第一部  日露戦争と乃木希典の死
第二部  英国王室と関東大震災
第三部  金融恐慌と血盟団事件
第四部  二・ニ六事件
第五部  日米交渉と開戦
第六部  聖断
第七部  独立回復(完結篇)


だめだ❢ これじゃ、全部読みたい。ハハハ、・・・でも、今すぐそんな訳にはいかないし・・・、まあ、時期にね。

この書き方で、昭和天皇と相対化されると、何だかみ~んな歴史のピースとして、ただ、生身の等身大でそこに存在する。いろいろな肩書を削ぎ落とされて等身大まで相対化されると、マッカーサーあたりがよ~く見えるように思える。

昭和天皇とマッカーサーの三度目の会談の時、マッカーサーはこう言ったという。

『驚くべきことは、世界中の人々が、戦争は世界を破滅に導くということを十分に認識していない、ということです。戦争は、今や不可能です。戦争を放棄する以外に世界を救う道はありません。私は予言します。五十年後、日本が道徳的にいかに勇猛であったかが、証明されるでしょう。百年後、日本は世界の道徳的指導者になるでしょう。すべては歴史が証明するでしょう』

証明されたのは、方法論的に自分の格を高めるすべを熟知していたということ以外、マッカーサーがノータリンだったということだった。昭和天皇は、“やれやれ”と言った面持ちで、これを聞いただろう。それから、こんな馬鹿さかげんを思うと、“戦争放棄”自体、幣原喜重郎から持ちかけたことじゃないかという考えも、信憑性を持つ。

さて、とりあえずは、第六部の『聖断』かな。


    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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