めんどくせぇことばかり 2014年06月
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河野談話検証への面白い反応

中央日報 6/27
【コラム】安倍首相、韓日間の橋を燃やす(1)
http://japanese.joins.com/article/046/187046.html
【コラム】安倍首相、韓日間の橋を燃やす(2)
http://japanese.joins.com/article/047/187047.html?servcode=100&sectcode=140
河野談話っていうのは、日本が韓国の意向を受け入れて河野談話を作成すれば、韓国も日本の意向を受け入れて従軍慰安婦問題を決着させるという約束を前提としたものだった。まあ、どう考えてもそんなところでしょう。

河野談話検証報告に韓国官民をあげて様々な反応があろうことは当然予想されていたが、これはおもしろい。なぜなんだ。なぜこんな反応が出てくるんだ。それが韓国人だって言われればそれまでだけど、それにしたってこれはすごい。

「それを言っちゃぁ、お終えよ~」って、寅さんは旅に出ちゃう。でもここで旅に出るのは日本人じゃないんだ。そこが面白い。こんな、くだりが・・・。
世の中、真実だからといって全て公開するのが能ではない。世の中には墓まで持っていかなければならない秘密もある。神父に告白した懺悔、記者に情報を与えた取材源の正体、医師が知った患者の病歴、そして弁護士が把握した依頼人の個人情報のようなものが代表的な例だ。外交上の秘密も同じだ。

「それを言っちゃぁ、お終えよ~」って言って、どれだけの韓国人が旅に出ることになるだろう。お盆は旅先で過ごしてもらうことになるかも知れない。寅さんは秋風が吹く頃に帰ってくるけど、韓国の人には秋風に吹かれて、ぜひ考えて欲しい。“慰安婦問題”って言われてる問題の成り立ちは、以下のとおり。
1977(昭和52)年 
吉田清治『朝鮮人慰安婦と日本人』を新人物往来社から出版。
その中で、第二次世界大戦中に日本軍人が朝鮮の女性を強制連行し慰安婦にしたなどと証言。

1983(昭和58)年
吉田清治は、いわゆる従軍慰安婦問題の発端となった『私の戦争犯罪』を上梓。
その後も朝日新聞・しんぶん赤旗などで自身の「戦争犯罪」の告白を展開。
韓国にも赴き、講演と謝罪を繰り返す。
このような告白、謝罪を行ったのは吉田のみであった為、当時、吉田は「勇気ある唯一人の告白者」とされた。

1989(平成元)年8月
韓国済州島の地元紙『済州新聞』が取材結果をもとに「『私の戦争犯罪』は捏造」と報じる。

1991(平成3)年
朝日記事スクープ。
記者は植村隆。
軍に強制連行された元従軍慰安婦が名乗りをあげた..。植村記者は彼女が親に売られた...と言っているのを知りながら強制連行に捏造して記事を書いた。
植村隆が見つけ出した元慰安婦が東京地裁に提訴。
訴状には親に売られたと明記。
強制連行ではなかった証拠になるが前の記事は訂正せず。

1992(平成3)年3月
秦郁彦が、吉田の「慰安婦狩りを行った」という証言について済州島で現地調査を行ったがまったく裏付けは取れなかった。
当時を知る島民は「この島で人間狩りが起こったら大騒ぎになって誰でも知っているはずだが、そんな話は聞いたことすらない」と証言。

1993(平成4)年1月11日

朝日新聞は、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。
韓国紙と連動して、訪韓予定の宮沢喜一首相に圧力をかける。

1993(平成4)年1月16日

宮沢喜一首相が訪韓。
首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束する。

1994(平成5)年8月4日
河野洋平官房長官談話、政府調査の結果「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は、慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。

1996(平成7)年5月

週刊新潮インタビューで、吉田は「本に真実を書いても何の利益もない。事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやるじゃないか」と『私の戦争犯罪 -- 朝鮮人強制連行』中の記述において、「人間狩りを行なった場所がどこであるかについては創作を交えた」と認めた。

1998(平成9)年
吉田は秦との電話会見に応じ「人権屋に利用された私が悪かった」と反省の弁を告白。

多くの人の尽力で、吉田清治のでっち上げは暴かれた。
植村隆と朝日新聞は、せっかく沈静化しつつあったこの問題を、韓国内の世論に訴えてまき散らした。

植村隆
高知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業後、1982年朝日新聞入社。
千葉支局、韓国特派員を経て、現在朝日新聞中国特派員。
韓国語の学習のため朝日新聞社員になってから延世大学に留学している。
妻は、韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会の常任理事、粱順任の娘。
粱順任は日本政府に対してアジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件を起こし、また、日本政府からの補償金に絡む詐欺事件で容疑をかけられている。

韓国の人は、韓国と日本が戦ったと勘違いしている人が多いけど、戦ってないよ。ちっとも・・・。旭日旗をハーケンクロイツ旗になぞらえているけど、お門違いよ。逆に韓民族の大半はその旗のもとにいたんだから、天に向かって唾するようなもの。国家の再建は当然悲願だったろうけど、亡国の原因なら自らに求めるべきで、日本に絡んでも呆れられるだけよ。そうそう、上記の記事は、次のようにまとめられてるの。
こんなやり方で、誰が日本政府と外交をするだろうか。趙太庸(チョ・テヨン)外交部第1次官が日本の別所浩郎大使を呼んで「今後、韓国だけでなくほかの国々も日本と信頼を持って外交するのは難しいだろう」と憤慨したのも無理はない。こうした状況では毎月開かれていた慰安婦関連の韓日間の局長級会談が韓国政府によって取り消されたのも当然に思える。日本のマスコミまで「日本外交が信頼を失いかねない」と嘆いてやまなかった。こういうことでは安倍首相がいなくなるまで日本とは共存することは最初から止めておこうという雰囲気が国じゅうに広がるのではないかと心配だ。
こんなところで、日本人をホッとさせてどうすんの。


    

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『キリスト教の創造』 バート・D・アーマン

2011年10月にこの本を読んでの記事を書いている。
副題は「容認された偽造文書」

著者のバート・D・アーマンは、キリスト教関連の偽造文書の研究者。そのメスは聖書そのものにも及ぶ。

「その研究成果を一般向けにわかりやすく解説したのが本書」という立ち位置の本。だけど、私なんぞは聖書すらまともに呼んでないのだから当然だけど、全般を面白く読めたというわけには行かなかった。だけど、初期キリスト教の置かれた立場。文書の偽造が必要であったことの歴史性。そういった点に関しては、とても面白く読ませてもらった。

キリスト教徒の非キリスト教ユダヤ人に対する恐れが、いかに歴史に大きな傷跡を残してきたか。キリスト教徒の異教徒に対する恐れが、いかに歴史に大きな傷跡を残してきたか。

キリスト教徒の恐れは、キリスト教に対するすべての攻撃が、それへの防御をおろそかにすれば、キリスト教そのものがあっけなく雲散霧消してしまうことを理解していたからこそのものだろう。だからキリスト教は、他者に対して常に攻撃的であり、容赦なかった。

しかし、他者を完全に排除してまで守るべきキリスト教とは、いったい、それに見合う価値を持っていたのだろうか。

『キリスト教の創造』 バート・D・アーマン『キリスト教の創造』 バート・D・アーマン
(2011/09)
バート・D. アーマン

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容認された偽造文書


この間、塩野七生さんの『皇帝フリードリヒ二世の生涯』を読んで、この本のことを思い出した。一神教で、しかも寛容性を書いたそれが、いかに人々を苦しめるか。前述の過去記事の中で、最後に私は、「しかし、他者を完全に排除してまで守るべきキリスト教とは、いったい、それに見合う価値を持っていたのだろうか。 」と書いているが、やっぱり今でも同じだな。
キリスト教の本質はパウロの言ったことにあるわけで、「人の罪をすべて背負ってイエスは十字架上で死んだと、だからイエスの復活を信じるものはすくわれる」と、これを信じるか否かが、キリスト教の本質。復活という奇跡を補うために、生前のイエスまでが書きかえられたわけだ。

『キリスト教の創造』では、キリスト教徒の“非キリスト教ユダヤ人への恐れ”が歴史に残した傷跡に触れているが、その“非キリスト教ユダヤ人”への引け目を言うなら、それは非キリスト教同時代人すべてに向けての感情だったろう。『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』も前に読んだ本だけど、真理の探求を最上の喜びとしたエピクロス派は、同時代人としてキリスト教の《奇跡》に呆れ果てている。エピクロス派が耽美的快楽主義に仕立てあげられたのは、キリスト教会の腹いせでしかない。

以下は、その時書いた記事の一部です。
キリスト教は数々の嘲笑を浴びた。“イエスは不倫で生まれた子だった。父親はどこの馬の骨とも分からない男だ。イエスには神の威厳があるという主張も、彼の貧しさと、恥ずべき末路によってあきらかに否定されている。”エピクロスは神々の存在を否定しなかった。しかし、神の概念がいかなるものであれ、それが人間の祈りや儀式に耳を貸すなどと考えるのは幻想だ。なぜ神が他の生き物ではなく“人間の姿で現れる”などと考えなくてはならないのか。しかもなぜユダヤ人の姿で現れたのか。なぜ分別ある人間が神の摂理などという考えを信じなくてはならないのか。なぜ神の屈辱と苦痛に対する賛美が、傲慢な勝利主義と結びつくのか。エピクロス派の科学的原子論からすれば、また感覚からとらえた事実から考えても、受肉だの復活だのはあまりにも馬鹿げていた。

キリスト教は、その地位を完全に確立したとき、このような敵対的な嘲笑を示す表現の大部分を破壊することに成功した。エピクロス学派の初期キリスト教徒に対する嘲笑と異議が、その後、エピクロス学派が完全に消滅するきっかけとなった。キリスト教徒は、自らが学問を捨てて信仰を選択した引け目から、真理を追求することを喜びとするエピクロス派からの嘲笑を恐れた。それ以上に、魂が死すべきものであるというエピクロスの主張を認めれば、キリスト教理念の基本構造が崩壊することを恐れた。「至高の善は喜びの追求と苦痛の低減」という倫理観は、それだけでキリスト教を否定していた。

エピクロスは愚か者で、豚のような大食漢で、頭がオカシイ人物に仕立てあげられた。信奉者で『物の本質について』の作者ルクレティウスも愚かで、豚のように放縦で、正気ではなく、最後には自殺したと際限なく繰り返した。名声を傷つけるだけでは十分ではなかった。そうすることによって彼らの著作を読むことを禁じ、関心を示す人々に屈辱を与え、写本づくりもやめさせた。 

エピクロスの痕跡は丹念に消されていった。それでもそれを辿ろうとするものは、耽美的快楽主義者にしか行き着くことはできなかった。キリスト教徒は救い主の苦しみ、人間の罪深さ、父なる神の怒りについて説き、人々は、喜びは愚かで危険な悪魔の罠であると思い込むことになった。

そのようなキリスト教世界に変化をもたらしたのが、ポッジョ・ブラッチョリーニが一四一七年にその古写本を発見した、ルクレティウスの『物の本質について』であった。
 

さてと・・・、そして最初に戻る。「しかし、他者を完全に排除してまで守るべきキリスト教とは、いったい、それに見合う価値を持っていたのだろうか。 」
 

    

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『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下』 塩野七生

フリードリヒが挑戦したのは、法王インノケンティウス三世が言い始めその後歴代の法王たちのモットーになっていた、「法王は太陽で、皇帝は月」に対してなのであった。イエス・キリストの言った、「神のものは神に、皇帝のものは皇帝に」には賛成なのだ。こう考えれば当然の理だが、フリードリヒの考えには、カトリック・キリスト教会の廃絶などはまったくなかった。
下巻 P214
なにしろフリードリヒ二世が生きたのは一一九四年から一二五〇年。ルネサンスの先駆者と言われるダンテが生まれるのはフリードリヒ二世の死から十五年目。ルネサンス文学の地平を開いたとされるペトラルカやボッカチオが生まれるのは更にダンテの最晩年。そう考えれば、やはりフリードリヒ二世は“中世”の人ということか。

『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下』 塩野七生『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下』 塩野七生
(2013/12/18)
塩野 七生

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近代をめざした皇帝



高村光太郎の『道程』という詩の中の、「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」という言葉を思い出してしまった。「イタリア語で神曲を書いた」という先進性を賞賛されるダンテだけど、フリードリヒ二世が“法による支配”を目指して制定したメルフィ憲章は、一二三一年の段階でイタリア語で書かれていた。ダンテもペトラルカもボッカチオも・・・。マキャヴェリの『君主論』なんかはチェーザレ・ボルジアを材料にしてるけど、そのチェーザレ・ボルジアの背後には、クッキリとフリードリヒ二世が浮かんでいる。みんながフリードリヒ二世の“道”を歩いているようにさえ見える。

フランスのアンリ四世やイギリスのヘンリー二世は、宗教改革騒ぎに一様の決着をつけようかという時期の人だけど、フリードリヒ二世の時期には、まだ宗教改革の風なんてソヨとも吹いていない。なにしろ教皇の権威が最高点に達したあのインノケンティウス三世の時代。そう、世界史嫌いの高校生からその名前を覚えようとする気力を奪い取るインノケンティウス三世。

そんな時に、彼は道を作ったのか。 もちろん、彼の前にまったく道はなかったとは、言えないけどね。見ようとすれば・・・。見ようとした彼には、見えたんじゃないかと思うけど。

フリードリヒ二世に関するこれまでの認識は、教皇の力が今だ健在な時代にそれに抗して近代をめざした特異な“あだ花”であって、いまだ中世まっただ中に早く生まれすぎた彼は、結果としては時代に影響をあたえることは少なかった、っていうところだったんだけど、まったく参った。・・・新たな時代は、フリードリヒ二世の踏み跡をたどってやってくる。


   

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本当に残酷な支那

産経ニュース 2014.6.24
「暴力テロ」動画を公開 中国、残酷さ強調
 中国国家インターネット情報弁公室は24日、新疆ウイグル自治区などで暴徒が市民を切りつけたり建物を燃やしたりしている様子を収録した動画を公開した。「暴力テロ」の残酷さを強調する内容となっている。中国メディアが伝えた。・・・
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140624/chn14062423300002-n1.htm

残酷が服を着て歩いているような国があれば・・・。“・・・そんな国はない”と言われる方もおかろうけど、ありますね。以下のニュース、魚拓からいただいたものだけど、・・・当時、身の毛がよだつ思いをした。
愛媛のニュース 2010/10/20
犯行後室内物色か 強殺も視野に捜査 西条男性刺殺
 西条市明屋敷の独居男性殺害事件で、殺人容疑で逮捕された中国籍の元実習生孔祥猛(コン・シャンモン)容疑者(28)が、三並清さん(64)を殺害後に三並さん方を物色した可能性が高いことが19日、県警特別捜査本部による血痕のDNA鑑定などで分かった。被害者方の実況見分などで預貯金など無くなった物はないかどうか資産関係の捜査もしており、強盗殺人容疑や窃盗容疑の可能性も視野に捜査を進めている。
 捜査関係者らへの取材で、遺体発見時に三並さんの心臓が取り出されていたことも判明。特捜本部は孔容疑者が強い殺意を持っていたとの見方を強めている。
http://megalodon.jp/2010-1025-1209-20/www.ehime-np.co.jp/news/local/20101020/news20101020585.html

飢饉や戦乱時には、普通に人肉食が行われた支那にしてみれば、伝統的方法といえるかもしれないが、胸を切り裂いておいて下腹部をドンと踏むと心臓が飛び出すと書いたものを昔読んだ。“まさか・・・”と思ったけど、それを日本人に対する犯罪で見せつけられるとはね。どうもこの方法、いまだに人民解放軍の中で受け継がれているらしい。


それにしても、まさか支那人がよその民族を“残酷”呼ばわりするとはね。まあ、さんざっぱら中共侵略国家から“侵略者”扱いされてきた日本にすれば、めずらしくもなんともないか。ただ、そう言う国だってだけだな。

以下、過去記事(2012/4/30)です。
中国がチベット、ウイグルで電気棒を口や肛門などに入れ拷問
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120419-00000012-pseven-int

中国各地の「大気の質ランク」発表 
29 北京 
30 ウルムチ(新疆ウイグル自治区)
31 蘭州(甘粛省)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120420-00000055-scn-cn

独VWが中国ウイグル自治区に新工場、180億円投資へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120424-00000035-reut-bus_all

太陽光発電産業製造基地を計画 新疆ウイグル自治区
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120429-00000011-fsi-bus_all


フォルクスワーゲンがウイグル自治区のウルムチに新工場を建設するというニュースは衝撃だ。しかし、ウイグル自治区には日本企業も進出している、サッポロビールだ。
http://www.sapporobeer.jp/news_release/0000001062/index.html?xtmc=%e3%82%a6%e3%82%a4%e3%82%b0%e3%83%ab&xtcr=1
この記事の最後にこうある。
『サッポロビールは同社を通じて、中国内陸部の新疆ウイグル自治区の発展に寄与し、中国ホップ市場でのシェア拡大を図っていきます。』 

サッポロビールファンの皆さん。サッポロビールは美味しいですか。


    

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テーマ : 支那
ジャンル : 政治・経済

皇帝の友人たち(覚書)『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下』 塩野七生

すごいな、フリードリヒ二世。たしかに、濃厚に“中世”をまとってはいる。どんな人物でも絶対に“時代”から自由になれるはずはないからね。でも、目指しているのは“近代”。というより、私たちの知ってる“近代”っていうのが、フリードリヒ二世をモデルにしてできあがったかのようにすら思える。でも、その彼も、やはりローマの時代をモデルにしていたんだろうけど。それ考えると、歴史ってなんだろう。過去へ、過去へとモデルを求めつつ、前に進むってことかな。

ここでは、本書から、彼の「友人たち」と名づけられた、歴史を動かした知識人を紹介する。彼らの業績に、フリードリヒ二世が関わっていたことも知らなかった私だけどね。

レオナルド・フィボナッチ
ヨーロッパにアラビア数字を紹介した。カトリック教会は「悪魔の数字」と嫌ったが、ゼロの概念を持ち誤算の危険の少ないアラビア数字は、ビジネスでも学問でもローマ数字に優っていた。交易業を生業とし、オリエントとの往復を余儀なくされていたフィボナッチは、皇帝から生涯年金を保証されて数学の研究に専念した。

イブン・サビン
イスラム教徒のアラビア人。手紙を介して、“神学の目的”とか“霊魂の不滅”などについての皇帝の質問に答えている。そのほとんどがアリストテレスの哲学に基づいている。彼との知的交流は、カトリック教会を不快にした。
『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下』 塩野七生『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下』 塩野七生
(2013/12/18)
塩野 七生

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近代をめざした皇帝



マイケル・スコット
一一七五年、スコットランド生まれ。学問好きを異端扱いされないため修道士となる。当時の文化の中心地、トレドはギリシャ文化をアラビア語に翻訳して保存していた。そのギリシャ文化を、マイケル・スコットは、今度はラテン語に訳した。皇帝のすすめだった。ヨーロッパ人に、千年ぶりにアリストテレスを思い出させた人物である。
アテネの学堂ラファエロの描いた『アテネの学堂』は、古今の学芸の「スターたち」を一堂に集めたことでも知られる。

レオナルド・ダ・ヴィンチに模したプラトン、ミケランジェロに模したアリストテレス、ラファエロ自身も描かれていることは有名だが、他にもヘラクレイトス、ユークリッド、ピタゴラス、ミネルヴァ。諸説あるそうだが、ゾロアスターも描かれているという。
http://art.pro.tok2.com/R/Raphael/Athens.htm
左手前にターバンをまいている人物がいる。イブン・ルシュドだという。ギリシャ文化をアラビア語に訳した人物である。となれば、それをラテン語に訳したマイケル・スコットは、ヨーロッパ人にとってイブン・ルシュド以上に重要であるはずだが・・・。塩野七生さんは、占星術まで研究していたマイケル・スコットが“占い師”と思われたフシがあり、ダンテは『神曲』の中で、マイケル・スコットを地獄に突き落とした。それが祟ったのではないかと言っている。

   

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『怖い絵2』 中野京子

『怖い絵2』 中野京子『怖い絵2』 中野京子
(2008/04/05)
中野 京子

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この絵、お好きですか?

この本から紹介するのは、ファン・アイク兄弟の『アルノルフィーニ夫妻の肖像』。教科書的に言えば、「油絵技法を洗練させたファン・アイク兄弟の代表作」って感じなんだけど、そんなことでいいの?この絵。

正直に言います。私、この絵、嫌いです。なんかさぁ、怖くってさぁ。とっても整っていて、繊細で、なんか非の打ち所のないような絵に見えて、それにしては何?この男性。アルノルフィーニ氏の不気味さ。

嫌いで、見たくないのに、見ないではいられないような、そんな複雑な気持ち。分かる?
アルノルフィーニ



この絵の中にはたくさんのシンボルがちりばめられているという。
『脱ぎ捨てられたサンダル』は「聖なる場所では履物を脱げ」という聖書の言葉で、ここが婚姻の神聖な場であることをあらわす。

『燭台に一本だけ灯るろうそく』も、中世以来、結婚の象徴。

『椅子の背に彫られた聖マルガレーテ』は安産の守護聖人。

『椅子に下げられた刷毛』は聖なる香油を振りまくためのもの。

『壁にかけられた水晶のロザリオ』・・・水晶は純血の、ロザリオは結婚の美徳をあらわす。

『犬』は繁栄と忠誠をあらわす。

『窓辺のりんご』はこの夫婦も背負っているはずの現在をあらわす。

『凸面鏡の浮き彫り』には、十のメダイヨンの十のシーン、「十字架の道行」、「磔刑」、「埋葬」、「復活」などなど、・・・でも見えない。

鏡の上には「ヤン・ファン・アイクここにありき、一四三四」は、凸面鏡に映る夫妻の後ろ姿の向こうにファン・アイクが描かれている。
確かに手の込んだ絵で、ファン・アイクの才能を思わせるが、でも、最後の仕掛けあたり、性格的にはいかがなもんでしょうね。

十四・五で結婚してなんの個性も、感情も表わさない新婦も、それはそれで不気味なんだけど、なんといっても夫のアルノルフィーニ氏だ。いったいどうしたの、この不気味さ。この本によれば、北欧の美術館にはムンクの「叫び人形」と一緒に、「アルノルフィーニ人形」も売られていたってことだから、不気味さが売りの一つであるのは最初からのものらしい。

爬虫類を思わせる残忍そうな顔は、この絵が表象する『聖なる婚姻』を完全にぶち壊している。・・・アレッ、それこそがこの絵の狙いか?


    

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『破綻する中国、繁栄する日本』 長谷川慶太郎

この間、シャドーバンキングという人民解放軍のアキレス腱をめぐって、瀋陽軍区が習近平の統制下に入ったという、この本に書かれた内容を紹介した。ということは、習近平が北朝鮮の新たな主になったということで、瀋陽軍区とのつなぎ役であった張成沢の処刑は、金正恩が習近平に忠誠を誓う事の証であった。

ということは、今後の北朝鮮は、習近平の望むような国家になるということである。習近平は北に核武装してほしいとは思っていないし、ミサイル開発を進めてほしいとは思っていないし、韓国の危機感を煽ってほしいとも思っていない。ならば、北はそういう国になる。習近平が、日本の力を必要とするなら、日本の望む方向に北を誘導することもありうる。
北朝鮮の衝撃(覚書)『破綻する中国、繁栄する日本』 長谷川慶太郎北朝鮮の衝撃(覚書)『破綻する中国、繁栄する日本』 長谷川慶太郎
(2014/01/31)
長谷川 慶太郎

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もう、最初っからビックリ❢
序章  迷走する中国
       北朝鮮の衝撃
       防空識別圏設定の誤算
       シャドーバンキングが中国崩壊のトリガー
第1章  日本に屈服するか中国
       窮地に追い込まれた中国
       激しさを増す人民解放軍との攻防
       人民解放軍の急所、「シャドーバンキング」
       リーマン・ショック後の経済対策4兆元の功罪
       不良債権処理に苦しむ銀行
       中国経済の行方
第2章  揺らぐ中国国内
       冬が山場に
       テロが頻発化する
       怪しげな不動産ブーム
       工場シャッター街と中国製品
       世界の工場でなくなった中国
       共産党が恐れる弱腰外交批判
       人民解放軍に困る習近平
第3章  国際常識を逸脱した国家
       中国が勝利するのか
       レアアースで躓いた共産党に焦り
       国際条約を守らない中韓
       苦境に陥る韓国経済
第4章  シェール革命で勢力地図が塗り替わる
       運のいい安部首相
       技術に対するトップの認識と理解度が焦点
第5章  反映する日本
       日本の独自技術が世界で注目
       メタンハイドレートの実用化に本腰
第6章  21世紀中に共産主義と民族主義は消滅する
       共産主義は人を幸せにしない
       情報化社会に負ける共産主義
       民族主義は消滅の運命
       イランにみる日本技術の素晴らしさ
       歴史が証明する日本人の素晴らしさ



リーマン・ショックからの脱出に中共政府は4兆元(約60兆円)の経済支援を実施したという。しかし、うち3兆元を地方政府に資金負担させた。それで各種インフラ整備を実施したが、その投資額は今や30兆元に拡大したという。その資金調達を、地方政府はシャドーバンキングに頼ったんだという。そのシャドーバンキングが焦げついた。そしてそのシャドーバンキングを経営していたのが人民解放軍幹部であるという。

習近平は、それを権力闘争に利用した。その結果がどう出るのか。長谷川慶太郎氏は、第2章で『冬が山場』と語っている。

    

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『我は苦難の道を行く』 上坂冬子

汪兆銘  1883年~1944年

孫文が後を託した後継者。孫文死後、国民政府は蒋介石や中国国民党との内紛をくり返したが、汪兆銘は常に穏健派の旗頭だった。そして、日本との和平派に擁立され、南京国民政府首相となる。

「米・英の後押しで、たとえ中国が勝っても、それは前門の虎(日本)を追い払うだけで、後門の狼(ソ連・共産党)を迎えることになるではないか。それはけっして中国のためにも、アジアのためにもならない」(名越二荒之助編「昭和の戦争記念館」)

[汪兆銘政権は日本の傀儡]
汪兆銘は後世、こう批判されることも覚悟していた。国共合作による対日姿勢を決めた蒋介石との決裂の際に、以下のような書を残している。
「君は栄光の道を歩め、我は苦難の道を行く」

南京国民政府樹立の後に、こう述べている。
「苦難の日を送る国民の犠牲を少なくするためには、名誉さえも捨てる」
「西洋との合従連横ではなく、王道のアジアを再建する」(胡蘭成「日本及び日本人に寄せる」)

第二次大戦後、南京国民政府への参画者はことごとく捕らえられ、中国の裏切り者として[漢奸裁判]にかけられる。その中に、汪兆銘の妻、陳壁君がいた。彼女の法廷陳述が、日中戦争のすべてを語っている。
「我々を中国の裏切り者というが、蒋(介石)の重慶派こそ国民を捨てて逃げたのではなかったか。[略]我々を日本と通謀した漢奸と呼ぶなら、蒋は米、毛沢東はソ連と通謀したではないか」(名越二荒之助編「昭和の戦争記念館)

『我は苦難の道を行く・・・汪兆銘の真実』 (文春文庫)

上坂冬子



上記は、(2011/12/28)に書いた過去記事なんだけど、最後の陳碧君の言葉については、この間、覚書に書いた。まあ、発言の時期や状況に関してはともかく、勝ったものによって語られる、彼らにとってのみ都合のいい薄っぺらな真実よりも、はるかに時代を感じさせる。
上巻
プロローグ  汪兆銘の娘、三十九年ぶりの来日
第一章  半世紀、埋もれていた資料
第二章  文人政治家のロマン
第三章  権謀術数、反共か、抗日か
第四章  日中、裸で抱き合うべし
第五章  和平工作に仕掛けられた罠
第六章  蒋介石との決別
第七章  日本政府の汪兆銘救出作戦
第八章  最終段階における部下の裏切り
第九章  悲劇の南京国民政府誕生
下巻
第十章  日米開戦前夜
第十一章  毛沢東、汪兆銘との合作を望む
第十二章  汪兆銘、死す
第十三章  「私は父を評価しない、しかし」
第十四章  獄死を選んだ汪兆銘夫人
第十五章  汪兆銘亡きあとの二つの事件
第十六章  遺書と恋にまつわる噂
エピローグ  二十世紀の日本の汚点

この本の題名にもなっている『君は安易な道を行け、我は苦難の道を行く』・・・君為其易 我任其難・・・は、重慶政府を脱出するにあたって、汪兆銘が蒋介石に送った長文の書簡の締めくくりの言葉であるという。漢奸裁判の中でも、当時の汪兆銘の心境を裏付けるものとして提出されたという。

たしかに生半可な言葉じゃない。その言葉通り、彼は志半ば、いや失意のうちに病に倒れ、彼の仲間たちのほとんどは漢奸裁判にかけられて銃殺され、妻は終身刑を受けて獄死、子供たちはバラバラになり自分を隠して生きた。勝者の歴史は彼に漢奸=売国奴のレッテルを貼り、南宋の秦檜と肩を並べる。

・・・私、汪兆銘同様、秦檜も最上級の人物と信じている。

    

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北朝鮮の衝撃(覚書)『破綻する中国、繁栄する日本』 長谷川慶太郎

北朝鮮 張成沢氏の親族も処刑=金第1書記が指示
http://www.chosunonline.com/site/data/html
_dir/2014/01/26/2014012600388.html
張成沢

北朝鮮の衝撃(覚書)『破綻する中国、繁栄する日本』 長谷川慶太郎北朝鮮の衝撃(覚書)『破綻する中国、繁栄する日本』 長谷川慶太郎
(2014/01/31)
長谷川 慶太郎

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もう、最初っからビックリ❢

二〇一三年十二月、金正恩体制のNo.2、張成沢が処刑された。金日成の娘で金正日の実妹にあたる金敬姫を妻とし、金正日の側近を務めた、金正恩からすれば叔父に当たる人物を、である。その理由がいろいろに問いただされたが、この本の指摘は、その事件に関わる全ての疑問を吹き飛ばした。もう何一つ疑問はない。拉致問題の解決には、最大の好機が到来したと考えていいだろう。もちろん、油断はならないが・・・。


支那軍区 長谷川慶太郎氏は、これまでも、北朝鮮は瀋陽軍区の支配下にあり、瀋陽軍区の意に反した政治が北朝鮮で行われることはありえないと、指摘してきた。

それでは張成沢の処刑には、瀋陽軍区のどのような“意”が反映されているのか・・・。そう考えてきた事自体が間違いだと・・・、長谷川氏は、そう言う。
これまで北朝鮮がやってきたこと、核開発や核実験、それからミサイルの発射は、すべて瀋陽軍区の意にそって行われた。そういった北朝鮮の行動が、中共政府を国際社会からの非難にさらさせることになっていた。つまり、瀋陽軍区は北朝鮮を使って中共政府に圧力をかけてきた。

そんな情勢が変わったという。二〇一三年三月、国家主席に就任するとともに中央軍事委員会主席にも就任した習近平は、まもなく人民解放軍各軍区を訪問した。そして瀋陽軍区を訪問した時に次のように訓示したという。
「軍隊は絶対的に忠誠で、絶対的に純血で、絶対的に信頼でき、どんな時でもどんな状況でも、確固として党中央、中央軍事委員会の指示に従わなければならない」
このような訓示が行われた本当の意味は、瀋陽軍区は完全に習近平のコントロール下に入ったという、全国に向けての宣伝だったという。

そして習近平が瀋陽軍区を屈服させた手段というのが、デフォルト寸前のシャドーバンキングを利用したものであったという。それらのシャドーバンキングに人民解放軍が深く関わっていたという。なんと十数年連続して二桁台の増加を続けた軍事予算、これがシャドーバンキングに転用されていたという。だから、シャドーバンキングの経営者は人民解放軍の幹部がほとんどであるという。習近平は、シャドーバンキングの救済を武器にして、瀋陽軍区の幹部を屈服させたということだ。

北朝鮮にしてみれば、自分にはまったく関わりのないところで“主”が変わったことになる。しかし、支配され慣れた朝鮮民族のこと、“新たな主”に対してどういう態度を取ればいいか、彼らはよく知っている。“新しい主”を困らせるようなことばかりをやってきた北朝鮮である。“前の主”、瀋陽軍区の指図であったからにはそれとの決別をはっきりと示す必要がある。瀋陽軍区とのつなぎ役である張成沢を処刑することは、そのためにもっとも効果的な方法である。

    

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汪兆銘の妻陳碧君(覚書)『我は苦難の道を行く』 上坂冬子

この本を読むにあたって頭にあったのは、国民党から漢奸裁判にかけられた汪兆銘の妻、陳碧君が、夫と自分の罪を認めれば減刑すると持ちかけられたが、断固としてこれを拒否したいう話である。その法廷で彼女は、「日本に通じたことが漢奸というなら、国民党はアメリカと、共産党はソ連と通謀したではないか。我々の志は間違っていたのではない。単に日本が負けたから、こうなっただけだ」と、堂々と主張したという話が頭にあった。
『我は苦難の道を行く・・・汪兆銘の真実』 (文春文庫)

上坂冬子
この本には、そのセリフは出てこない。この本に紹介されている、一九四六年の漢奸裁判の際の彼女の証言を以下に紹介する。
汪兆銘は日本の占領区にいた人々の苦しい生活を座視するにしのびず、かといって中央政府にこれを反撃する力がないのを見かねて、国を救い民を救いたい一心で決然と立ち上がったのである。

臨時政府として和平工作を手がけ、その方針にしたがって協力した者の、どこを指して“敵”のお先棒を担ぎ祖国に背いたというのか。また別個の政権を打ちたて和平を画策したというが、戦術としては中央と矛盾するものではなく、汪兆銘はかつてから主張していた『一面抵抗、一面交渉』の思想を貫いて、抗日と足並みを揃えつつ、和平に向かって努力していたのであり、二つの方針は互いに両立するものであったはずだ。
(江蘇高等法院刑事裁判判決書)



この時とは別に、中共が新たな大陸の支配者となったのち、陳碧君は毛沢東から釈放を持ちかけられた話が本書にある。毛沢東の意を受けて陳碧君への使者に立ったのは孫文未亡人の宋慶齢だったという。条件は、汪兆銘の非を認め、自らも改悛の書を提出することだったという。陳碧君はたちどころにこの申し入れをはねつけ、話し合いは決裂したという。

冒頭に紹介した彼女の言葉、もしかしたらこの時のものなんじゃないかな。気風のいい啖呵にすら聞こえるこのセリフ、投げつけられる相手としては、孫文未亡人あたりがふさわしいような気もする。

 
    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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