めんどくせぇことばかり 2014年07月
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『日本人が驚く中南米33カ国のお国柄』 造事務所編

一番最初に《あなたが「知りたい」、「興味がある」といった国を見つけてみましょう》っていうのがあるの。スタートから始まって、質問に「はい」、「いいえ」で答えていって、自分にあった・・・にたどり着くってやつ。わかりますよね。

私はこう進んだ。[大勢で騒ぐのが好きだ]…いいえ→[南米を旅行したことがない]…はい→[コーヒーはやっぱり“エメマン”]…いいえ→[毎日、肉料理を食べている]…いいえ→[陸上競技を見ると興奮する]…はい→[レゲエを聞くと身体がリズムをとる]…いいえ→[ホンモノのテキーラを飲みたい]…はい→[辛いものもへっちゃら]…いいえ→[ドレッドヘアにしたい]…いいえ→メキシコ

ということで、P126のメキシコを皮切りに、「エリア2 中米」を最初に読んでみた。
『日本人が驚く中南米33カ国のお国柄』 造事務所編『日本人が驚く中南米33カ国のお国柄』 造事務所編
(2014/06/04)
造事務所 編著

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驚きと魅惑のラテンワールド



治安が悪いな。人口10万人あたりの殺人件数を比較した「世界の危険な都市ランキング(2012)」によると、2位シウダー・フアレス、4位アカプルコ、7位トレオン、8位チワワ、9位ドゥランゴと、5都市がTOP10にランクイン。パチパチパチ・・・。まったく嬉しくないよな。

基本的には著しい貧富の格差が原因で、メキシコの場合、2006年以降、麻薬取引をめぐる犯罪が増加し、縄張り争いに巻き込まれた被害を含め、今年までに7万人が死んでいる。 
テキーラ
概してラテン・アメリカは治安が悪い。なかでもホンジェラスがすごい。殺人発生率が人口10万人あたり86人。日本が1人で、アメリカが5人なのに、ホンジェラスは86人。しかも、首都テグシガルパでは約100人。10万人中100人って、テグシガルパでは1000人中1人は殺人で死ぬ。

世界最大規模の貿易港であるパナマの港湾都市コロンは、「なにも知らない外国人が足を踏み入れると、30分で死体になる」という場所らしい。

どうにも治安の悪さばかりに目が行ってしまう弱虫の私。貧困、貧富の格差、低い識字率、麻薬といった根本的な問題の背景にはこの辺りを裏庭としてきたアメリカの姿がちらほら。それでもラテン系のいい加減さか、問題の解決を目指すより人生を楽しむことが優先。よく言えば、そんな楽天的で陽気な気質に呆れてしまう。でも、彼ら、私の100倍は生きることを楽しんでいそうだ。

さてっと、人生を楽しむって、いったいどんなことだったっけ?




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戦乱を終わらせた求心力(覚書)『井沢元彦の激闘の日本史 南北朝動乱と戦国への道』

大河ドラマ、見てます? 黒田官兵衛のやつ。一年に及ぶドラマとなれば、どうしたって《お話》作って挿入することになるのはやむを得ないとしても、“いっくらなんでも”っていうのがたくさんあってね。そういやこの間も、本能寺で信長の隣に寝てるのはお濃。森蘭丸ならわかるけど。お濃も本能寺で一緒に死んでたぞ。

歴史ドラマなんだからさあ、なんかさあ、どうして“今”をこってり当てはめるかなぁ。み~んな、正妻を大事にしちゃってさぁ。官兵衛なんか梅毒で顔が崩れたんでしょ。そんなに女に媚びたけりゃ、大河ドラマなんて銘打つのはやめにしてさぁ。

まあ、いいや。そんなこと言うつもりじゃなかったんだ。
官兵衛この間の、本能寺で信長が死んで、その知らせを手に入れた官兵衛が秀吉に奮起を促す場面、見ました?「御運が開けましたぞ❢」って秀吉に光秀討ちの発破をかける場面。岡田准一という役者、ヨカッタですね。この目つき、メフィストを思わせる。たしかに天下を取った後の秀吉は、その時の官兵衛を思い出して、さぞゾッとしたことだろう。
 

『井沢元彦の激闘の日本史 南北朝動乱と戦国への道』『井沢元彦の激闘の日本史 南北朝動乱と戦国への道』
(2014/06/24)
井沢 元彦

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現代の常識、日本の常識だけでは、見えない歴史がある❢



さて、この本の第一章は《戦国をもたらしたもの-足利将軍たちの苦悩》。内容に関しては後で書くとして、第一章の冒頭を読んでいて、あることに気づいた。“気づいた”というのはおかしいか。“ようやく理解できた”という方が正しい。何だと思います?ものすごい基本的で、単純で、当たり前のこと。・・・ここに書くのが、ちょっと恥ずかしくなるくらいに・・・。
農民として穏やかに暮らしたい人にとっては、戦争の場にいちいち引っぱり出されるのはたまらない。戦争とは、自分のやりたくない、敵を殺さねばならない、場合によっては逆に殺される危険もある、タダ働きの仕事なのである。

また町人にとっても、いわゆる学者や芸術家にとっても、いつ戦争で家を焼かれるのかわからないのだから、やはり良い時代とはいえない。商人の中には大儲けのチャンスと目を輝かせていた者がいたかもしれないが、それは全体から見ればほんの一部で、大多数はやはり地道に商売をしたいと思っていたはずである。「戦いの世界」に飛び込めば自分の命が危険にさらされるからだ。そんなリスクを犯しても大儲けしたいというのは、やはり少数派だろう。

つまり当時ほとんどの人間が、「こんな乱世は嫌だ」と考えていたことは間違いないのである。
本書P11

元亀四年、西暦では一五七三年に、信長は足利義昭を追放して事実上室町幕府は滅亡する。幕府直臣の多くは京都に残り、信長の配下に入る。当然周囲は、信長の天下人たらんとする意志を、強く意識せざるを得なくなっただろう。これ以前、美濃を手に入れた後から「天下布武」を表明し、足利義昭を将軍に擁立して京都に入った永禄十一(一五六八)年あたりから周囲の警戒を集めていたはずだ。

浅井の裏切りを受けて朝倉との間に挟み撃ちにされかかった金ヶ崎の戦い。秩序が乱れた戦国時代であっても、戦国には戦国の秩序があって、浅井は戦国の秩序にしたがって行動したのだ。その戦国の秩序を破ったのは信長の方で、信長は戦国の秩序を壊して、世に本物の秩序を確立しようという意志を持った。
信長 《戦国を終わらせる》という意思表明が「天下布武」の旗印ということになろうが、そんなことを言う奴があらわれた、しかも結構強いらしい、もしかしたら本当に戦国を終わらせるかもしれない。そういう人々の思いが、結局戦国を終わらせることになったんだな。
地図はWikipediaから拝借
その段階における勢力図を見ると、京を手にしているとはいえ、到底天下人なんて言える状況じゃない。でも、流れたんだな、時代が。“こんな乱れた時代を終わらせて欲しい”という人々の思いが。その大きな流れを、信長が作ったということなんだろう。

そんなことを、ようやく理解することが出来ました。チャンチャン。


    

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支那皇帝は総合商社の社長(覚書)『岡田英弘著作集 第四巻 シナとは何か』

先日読んだ、長谷川慶太郎さんの『破綻する中国、繁栄する日本』の中で、支那の経済を支えてきたシャドーバンキングはすでに破綻しているということを書いていた。そしてそのシャドーバンキングを経営していたのが人民解放軍であること、破綻したシャドーバンキングを救済することで、習近平は人民解放軍を手の内に入れたと書いている。

その理屈は分からないでもないんだけど、なぜ人民解放軍がシャドーバンキングの経営主体であるのか、さっぱり理解できなかった。

この本を読んで、それがよくわかった。

『岡田英弘著作集 第四巻 シナとは何か』『岡田英弘著作集 第四巻 シナとは何か』
(2014/05/24)
岡田英弘

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What is China?



皇帝とはヨーロッパ人が言う「エンペラー」でも、「カイザー」でもない。それはわれわれが「中国」と呼んでいる総合商社の社長である。・・・この本の著者、岡田英弘氏はそう書いている。
シナの徴税制度には「租」と「税」があるが、租としてはおもに穀物などの農産物が実物徴収され、これらは県城の倉庫に収められ、首都には運ばれなかった。一方、税については都市の城門が税関となり、そこを通る商品の一割相当が市場を管理する皇帝の手数料として徴収された。国内にもいたるところに税関があり、そこでも手数料が徴収されたが、この税は皇帝の私財となった。

また、皇帝は銀行家でもあった。最近までシナには銀行がなく、資金を借りたければ紫禁城の窓口の宦官に借用書を出して金を借りた。また、皇帝は磁器や絹織物などの直営工場も数多く所有しており、なかでも最高級品はそれらの直営工場で生産され、皇帝の専売となった。また、皇帝は鉱山の開発や経営にも携わっていた。このように皇帝はさまざまな事業を経営しており、戦争と外交には皇帝の私財が当てられた。

一方、官吏は本来皇帝の倉庫に泊まり込んで食料を食べる人のことを指し、皇帝の奴隷であったが、皇帝が偉くなると官吏の地位も上がった。皇帝制度、すなわち官僚制度は、唯一の産業あるいは企業であり、シナでは役人にならなければ意味がなかった。漢人の上昇志向とは、役人になることであった。現在でも共産党や国家の幹部の給料は高く、内部情報が得られるという利点もある。この内部情報には二十二等級のレベルがあり、幹部のレベルに応じて情報の質が異なる。また、上級幹部になればなるほど外国製品が手に入るなどの特権も多い。このような制度は皇帝制度の時代からまったく変わっておらず、同じ原理で出来ている。
本書P103

支那の皇帝は、支那という総合商社の社長であり、帝国とは社長の会社経営の縄張りということのようだ。これだけだと、なぜ、皇帝の奴隷である官吏が経営主体になりえるのかわからないけど、それは次のような理由のようだ。
シナの独特のやり方で、地方のあらゆる官庁は独立採算制なのである。それぞれサービスをする範囲が決まっており、サービスを供与したらその分だけコミッションを取るというシステムで、官吏は原則として俸給はもらっていない。・・・

つまり、地方に出かけているシナの役人は、裁判で原告と被告の療法からコミッションを取ったり、口利きするなどして生活費を稼いでいたので、だから独立採算制といったのだが、今でもそうで、中国人民解放軍は万を数えるほどの私企業を抱えている。それは兵隊や将校の生活を支える糧になっているのである。

・・・だから、兵器工場でピストルを大量生産して、日本のヤクザに売りさばく、などというのは彼らにとっては常識的なことで、こういうことを言えば言うほど、中国はいったい国家であるのかということが疑問になってくる。じつは中国はいまだに国家になっていない。皇帝時代のままなのである。
本書P119

疑問の大半が解決した。著者がこれを書いたのは一九九八年から一九九九年にかけてのようだけど、なんでこういった知見が一般に普及してないのだろう。「馬鹿は知らなかった私だけ」ならいいんだけど、いろんな報道に触れても、私以上の馬鹿がたくさんいるみたいで、とても心配。

    

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GHQ民政局 教育勅語の廃止

『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』という長い題名の、高橋史朗さんが書いた本を読みました。膨大な占領期の資料にあたり、とても丁寧に書かれた本で、とても感銘を受けました。この本の中にもありましたが、私も以前、“教育勅語”が廃止に追い込まれた理由を調べて書いたことがあって、今日はそれを紹介させてもらいます

二〇一一年一二月の過去記事です。

敗戦直後の東久邇宮内閣は、敗戦という未曾有の危機の中でこそ、教育勅語の重要性はよりましていると考えていた。八月十七日に成立した東久邇宮内閣の文相前田多聞は、その就任記者会見で、「日本の教育の基礎は教育勅語と終戦の御詔勅抜きでは考えられない」と述べている。

さらに九月十五日には、「新日本建設ノ教育方針」を制定した。それは、教育の基礎を「国体護持」に置き、「科学教育振興」と「平和国家建設」に邁進するというものであった。
今後ノ教育ハ益々国体ヲ護持ニ努ムルト共ニ軍国的思想及施策ヲ払拭シテ平和国家ノ建設ヲ目途トシテ謙虚反省只管(ひたすら)国民ノ教養ヲ深メ科学的思考力ヲ養イ平和愛好ノ念ヲ篤クシ智徳ノ一般水準ヲ昂メテ世界ノ進運ニ貢献スルモノタラシメントシテ居ル」「教科書ハ新教育方針ニ即応シテ根本的改訂ヲ断行シナケレバナラナイガ差当リ訂正削除スベキ部分ヲ指示シテ教授上遺憾ナキヲ期スル・・・
 と始まる「新日本建設ノ教育方針」の概要は以下の通りである。
①教育方針
 国体護持、平和国家建設の推進、軍国的思想の払拭、教養・科学的思考力の養成、智徳水準の高揚
②教育体制
 決戦教育の解除、平常教育への復帰、軍事教育の全廃
③教科書
 新教育方針に則る改定断行
④教職員対策
 再教育
⑤学徒対策
 勤労動員による学力低下への補習、陸海軍学校生徒の他校への転入
⑥科学教育
 単なる功利主義でなく、真理探究に根ざす科学的思考力の養成
⑦社会教育
 国民道義高揚と国民教養向上、成人・勤労者・家庭教育・図書館等の振興
⑧青少年教育
 郷土を中心とする青少年の自発能動・共励切磋の団体育成
⑨宗教
 国民の宗教的情操の涵養
⑩体育
 体位の回復向上、運動競技の奨励
⑪文部省改革
 学徒動員局廃止、体育局・科学教育局新設

これに対してGHQは「十月十三日指令」を出して、「新日本建設ノ教育方針」に真っ向から反対した。
【昭和二十年十月十三日のGHQ指令】
①初等・中等教育の改革
②教科書の書き換え
③日本人の道徳観の養成、日本文化の改善
④「修身」を教えた教学局廃止(盲目的忠誠心を説いたため)
⑤国粋主義を鼓舞した全研究所廃止
⑥民主主義の信念を植えつける為の教師再教育
⑦文部省の権限分化・民主化

この指令は、GHQが日本の占領を、「日本国の無条件条約」による占領として振る舞いはじめた最初の行動である。
九月二日の戦艦ミズーリでの休戦調印直後、占領軍は日本政府に対し「米軍による日本全土の軍政布告命令」を出した。

九月三日、重光葵外相は、マッカーサーに対し「無条件降伏をしたのは日本軍であって日本国ではない。ポツダム宣言は日米両国を共に制約する条約であり、今回の米国の軍政布告命令はポツダム宣言違反である」として、前日の命令撤回を要求した。マッカーサーは、これを聞き入れ前日の命令を撤回した。江藤淳氏は、マッカーサーが命令撤回した理由を「日本軍未復員将兵三百五十万人の無言の圧力によるもの」と述べている。

しかし十月、陸海軍の武装解除は完了した。GHQは、日本がなにをされても逆らえないこの時期を待って、本来、有条件であるはずのポツダム宣言を、何の改変もしないままで無条件として押しつけてきたのである。仮にポツダム宣言が国家としての無条件の条約であったとしても、ドイツと違い、日本には統治能力をもった政府が存在する。占領とは、本来、勝者が敗者を思うがまま裁くことを意味しない。また、勝者が、占領地の法律を勝手に改廃してはならないハーグ陸戦法規に明文化されていることである。ましてや、勝者が、敗者に対し文化や生き方まで変えよと要求することは、近代史上類例のない暴挙である。

さらに十二月にかけて、 「教育に関する四大指令」が矢継ぎ早に打ち出される。
①十月二十二日「日本教育制度ニ対スル管理政策」
 教育内容(軍国主義・超国家主義イデオロギー普及の禁止・軍事教練の禁止)     
 全教職員の思想調査(職業軍人・超国家主義者・占領政策反対者の罷免)~公職追放につながる
 教科書(軍国主義思想の削除、新教科書・新教科「公民」の導入)
 GHQとの連絡組織常設(文部省内)

②十月三十日「教職員ノ調査、除外、認可ニ関スル件」
 全教員の調査
 軍国主義・国家主義者・占領政策反対者の排除

③十二月十五日「神道指令」
 教科書から神道教義の排除、学校行事の神社参拝禁止
 「大東亜戦争」・「八紘一宇」の公文書からの削除
 神道に関わる神棚などの学校・役所からの排除
 公立学校での神道研究・神官養成の禁止
 神道への行政(財政他)支援の即刻停止
 神道教義の宣伝禁止
 内務省神祇院の廃止など

④昭和二十年十二月三一日「修身、日本歴史、及ビ地理停止ニ関スル件」
 学校での修身・歴史・地理の即刻停止
 修身・歴史・地理の全教科書の学校からの回収

四大指令が破壊したものは、軍国主義ではなく日本の「歴史・文化・伝統に基づいた教育」であった。教育勅語の精神は、それが廃止される前に、すでにズタズタにされた。教育勅語の廃止は、その状態が占領終了後にも永続することを目論んで行われるのである。

昭和二十一年に来日した米国教育使節団は、三月三十一日、「教育現場からの教育勅語追放」を勧告した。「日本では独立した地位を占め、かつ従来は服従心の助長に向けられて来た修身は、今までとは異なった解釈が下され、自由な国民生活の各分野に行きわたるようにしなくてはならぬ。平等を促す礼儀作法・民主政治の協調精神、これらは、皆広義の修身である。・・学校における勅語の朗読・御真影の奉拝等の式を挙げることは望ましくない。」
①「教育内容変更」の指示 
 修身廃止、
 地理・歴史教科書書き直し
 国字のローマ字表記(膨大な文献の「焚書」)
 勅語朗読・御真影奉拝禁止

②「教育制度変更」の指示
 教育の地方分権化(地区教育委員会創設等)
 男女共学
 義務教育九年  

昭和二十一年七月十日、民間情報教育局(CIE)宗教部WKバンスが同局教育部ジョージ中尉に対し、教育勅語の『危険性』に言及した。
「教育勅語は日本人のラジカル(即ち民主的)な傾向を押さえ込む目的で書かれた儒教的な文章である」
「国家神道の聖書だ」
「軍国主義者たちや国粋主義者たちは、この勅語から(戦争遂行の)精神的弾薬を得ていたのだ」
などと私見を述べた上で、教育勅語の廃止を提言している。
「どんなに広く解釈しても、教育勅語は新しい憲法草案の精神から外れている。・・公立学校で読み上げられるべきではないし、ましてや、教科書に入れられるべきではない。大学では歴史的文書として組み入れられてもよいが・・。」

田中耕太郎文相(吉田茂内閣)の、教育勅語擁護発言
二十一年六月十四日
「近来、国民道徳の頽廃は極度に達し・・教育勅語の内容まで疑惑を以て見られ、また外国人の元首に払っている尊敬すらも日本国民として天皇陛下に払わない者も少なくないのであります」
二十一年七月十五日
「教育勅語は絶対に護らねばならない。教育勅語は実践されるべきで、そのためには日本の古典やキリスト教の『聖書』なども取り入れ、教育の新しい基礎を作るよう努力しなければならない」

田中文相が「聖書を取り入れても・・・」としたのは、教育勅語を守りたい一念であったろう。この田中発言の直後の十八日、民間諜報局(CIS)は、GHQ参謀第二部に「教育勅語廃止」を勧告している。GHQの情報教育局(CIE)教育部アイリーン・ドノバン(婦人教育担当)は、8月6日、オア教育部長に「教育勅語廃止」を提言した『ドノバン・メモ』を送った。

『ドノバン・メモ』
育勅語をどう扱うべきかについて、日本民族の心の中に、そしてGHQにも混乱が生じている。これは直ちに解決されるべき重大問題だ。我々の勅語政策の発表が九ヶ月も遅れたことで、既に難しい事態(田中演説)が生じている。・・この勅語は、極度の西洋化に対する恐怖感から生まれたものである。・・百三十語の漢字からなる勅語は日本民族主義のマグナ・カルタ(大憲章)であり、軍国主義者や超国家主義者の行動の源になったものである.


より直接的な危険は、“一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし”という言葉の中にある。
 
日本人の道徳・倫理の目的は皇室の繁栄のためだけにある。

これは新憲法の精神である一個人の権利という考え方と完全に食い違うものだ。

二十一年には日本国憲法草案が国会において審議されているが、その二十六条に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。すべて国民は、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」とある。これを受けて、教育基本法が登場することになる。憲法がそうであったように、教育基本法もまた、GHQの民間情報教育局(CIE)が日本政府を指導・監督して作らせたものである。

最後に教育勅語にとどめを刺したのが、GHQ民政局課長のチャールズ・L・ケーディスである。彼は、国会での「教育勅語廃止決議」実施をウイリアムス国会課長に指示し、ウイリアムスは、衆参両院議長に教育勅語の廃止決議を行なうように強硬に申し入れた。

田中耕太郎・参院文教委員長(教育基本法制定時の文相)が、「教育勅語廃止」に大いに活動した。田中耕太郎自身、国会の「教育勅語廃止決議」が、GHQ民生局の指示でやむを得ないものであったことを語っている。


    

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天皇の処遇(覚書)『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗

当初アメリカ上院は、「天皇を戦争犯罪人として処罰する」ことを全会一致で決めていた。この決定に基づいてマッカーサーは議会から天皇に戦争責任があることを立証する証拠集めを命じられ、それを担当したのがボナー・フェラーズであった。ボナー・フェラーズは、日本人再教育を実施する幕僚部として設置されたGHQ呪法頒布部のトップであった。

フェラーズは、「日本人の心理においては愛国心と神道は不可分であり、国家的危機において神道は純粋な形で驚異的な力になり、愛国心は他の国よりも大きな意味を持つ」と認識していた。

このような認識を持ったフェラーズが、天皇の処遇に大きな影響力を持つことになったわけである。
『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗
(2014/01/29)
高橋史朗

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こうして日本人は国を愛せなくなった



マッカーサーは調査の結論を、一九四六年一月二十五日付でアメリカ陸軍省宛極秘電報として送っている。
天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺が引き起こされるだろう。その結果もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国民は分解する。連合国が日本を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未来永劫に続くであろう。復讐のための復讐は、天皇を裁判にかけることで誘発され、もし、そのような事態となれば、その悪循環は何世紀にもわたって途切れることなく続く恐れがある。政府の諸機構は崩壊し文化活動は停止し、混沌、無秩序はさらに悪化し、山岳地域や地方でゲリラ戦が発生する。私の考えるところ、近代的な民主主義を導入するという希望がことごとく消え去り、引き裂かれた国民の中から、共産主義路線に沿った強固な政府が生まれるだろう。

そのような事態が発生した場合、最低百万人の軍隊が必要である。軍隊は、永久的に駐留し続けなければならない。さらに、行政を遂行するため威は、公務員を日本に送り込まなければならない。その人員だけで、数十万人にも上るだろう。

このマッカーサーの判断に影響を与えたのが、マッカーサーからの命令で天皇に戦争責任があることを立証する証拠集め担当したフェラーズの覚書である。これは一九四五年十月二日付でマッカーサーに提出されている。
戦争犯罪人として天皇を裁判にかけることは、不敬であるのみならず、精神的自由の否定となるだろう。政府関係者の最上層の信頼しうる筋によれば、戦争は天皇が自ら起こしたものではないという確証がある。天皇は東條英機が利用したような形で、『開戦勅書を使わせるつもりはなかった』と述べている。天皇を大いに利用したにも関わらず、戦争犯罪人として彼をさばくならば、それは日本国民の目には裏切り行為に等しいものと映るであろう。その上、日本人はポツダム宣言で示した無条件降伏は、天皇を含む国体の存続を意味するものと考えている。もし天皇を戦争犯罪人として裁くようなことがあれば、統治機構は崩壊し、全国的な反乱は避けられないであろう。

日本人は武装解除されているにせよ、混乱と流血が起こり、大規模な派遣軍と、数千人もの行政官が必要となるであろう。占領期間は長引き、そうなれば占領軍は日本人の信頼を失うことになるであろう。

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必至であって、特別警備区域以外の白人は暗殺を免れない。
天皇がアメリカ大使館公邸にマッカーサーを訪ねたのは九月二十七日。フェラーズの覚書は、その本の数日後にマッカーサに提出されている。

アメリカの恐るべきところは、だから日本の国体を、違う形で何とかしようとしたところだ。アメリカの力でそれを行うことが難しいならば、日本人の手でそれを行わせればいいと、そう考えたところだな。時間はかかったものの、たしかにかなりの成功を収めたよな、アメリカの作戦は。


    

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日本を変えた『菊と刀』(覚書)『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗

ルース・ベネディクトの『菊と刀』に見られる「日本人の国民性研究」は、OSS(戦略諜報局)、OWI(戦時情報局)、CIE(民間情報教育局)の情報源となり、とくに戦後日本の教育改革のベースになった。

ベネディクトは一九四四年にOWIの外国戦意分析課のアナリストとして着任しているが、それは前任のゴーラーが自らの後任としてベネディクトを推薦したからであったという。

日本研究には、ホルトムやゴーラーと言った先人がおり、ベネディクトはその強い影響下に対日研究の一線に立ったということらしい。でも、ベネディクトには来日経験はなく、ホルトムやゴーラーの影響のもとに日系人や来日経験のある米国人からの聞き取りだけで『菊と刀』を書き上げている。そんなものをもとに、日本は作り変えられてしまった。ルース

『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗
(2014/01/29)
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こうして日本人は国を愛せなくなった



アメリカ占領軍のスタッフが日本に来る前に、予備軍として訓練を受けた時の教科書、つまり軍政要因のガイドブック『民事ハンドブック-日本』のベースになったのが『菊と刀』に表わされたベネディクトの「日本人研究」の成果であり、ハンドブックはベネディクトの直々の講義を受けた者たちによって執筆されたものであったという。

『菊と刀』については、日本人識者からもさまざまな批判があることが、この本でも紹介されている。なかでも津田左右吉の「儒教と伝統的な道徳を混同している」という指摘は重要だな。戦後日本の教育政策の中で、日本人の伝統的な道徳や文化が、“軍国主義的”と攻撃を受けたことで、戦後教育を受けた日本人が、日本文化や精神的伝統に自身を失ってしまったからである。

アメリカは占領前に日本の修身教科書の研究を終えて、その結果を次のように分析していたという。
昭和十六年以前の修身教科書は親孝行や愛国心を教えているが、それはどの国でも教えている普遍的な道徳教育である。ところが昭和十六年以降は、超国家主義、軍国主義の色彩が強く出てくる。
昭和十六年以前の道徳教育には何の問題もないという結論である。しかし実際の占領政策によれば、日本の伝統的な道徳や文化と軍国主義や超国家主義を混同して、日本人の国民性自体が戦争の原因になりうるという誤解のもとに行われた。

それが「日本人の再教育、再方向付け」という名の下に行われたCIEの政策、“ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム”である。

果たしてこれは、“誤解”なのか。このような根底からの「日本人再教育」は、むしろアメリカのために必要なことだったんじゃないだろうか。私はそう思ってる。

    

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『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』 田中秀雄 

佐々木到一は陸軍きっての支那通。孫文とも親しく交わり、蒋介石以下国民党領袖のほとんどと親しかったという。その時々に彼の書いたものを読むと、中国革命に肩入れしすぎにも思える。孫文支持者にそういったものが多い印象があるが、彼も同様だったようだ。

それでも、一九二七年の南京事件や漢口事件のように、日本の利権や日本人が傷づけられることについてまで、支那の立場を代弁しているわけではなく、冷静に分析しているように思える。こういった見方も必要だっただろう。しかし、一九二八年の済南事件では日本軍と蒋介石の仲介役を務めるが、その際、支那軍に捕まり支那暴民に殺されかかる。

蒋介石の使いに何とか救出されたものの、国内からは卑怯者、売国奴の声を浴びせられ、支那側からは不信な日本陸軍のまわし者扱いされる。新たな支那は佐々木到一の描いたものとは大きく異る形で姿を現しつつあった。失望した佐々木は、以後、対支那強硬論を唱えるようになっていったという。

『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』 田中秀雄 『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』 田中秀雄 
(2014/05/29)
田中 秀雄

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支那通軍人・佐々木到一の足跡から読み解く



吾々同胞はこれを支那民族の残忍性の一面として牢記せねばならぬ。将来といえども機会だにあらばこれを再び三度繰り返すものであることを銘肝しておかなければならないと思うのである。弱しと見ればつけ上がり威たけだかになるところの心理は、おそらく支那人を知る限りの日本人は承知している筈である。これに油を注げば如何なる非道の行為にも発展するものであるものを。
これは一九四二年に彼が書いて満洲で出版した『私は支那を斯く見る』の中の一節である。若い頃から支那と関わり、孫文を尊崇し、蒋介石に期待し、その一味と親しく交わった支那通と言われる彼の、五十六歳段階の結論である。結局彼は、長い支那経験の果てに、“支那人を知る限りの日本人は承知している筈”のところに戻ってこざるをえないことになったのだ。

なにが間違ったのか。やはり、孫文への尊崇だろうし、蒋介石への期待だろう。元を言えば、支那の政治に共産党を引き入れたのは孫文だ。その力量を日本から疑われ始めると、あっさりコミンテルンの手に引っかかった。バクー油田の金によだれ垂らして。その上で、世間に不満を抱きながらなすすべもない支那の有象無象に、やりたい放題の理屈をつけてくれたのがコミンテルンだ。“弱しと見ればつけ上がり威たけだかになる”支那の有象無象に混紡をプレゼントしたようなもんだ。
序章   日本は中国を「侵略」したのか
第一章  北伐前夜の混迷  一九二二~一九二五
第二章  容共v.s.反共の巻き添え、居留民の受難(南京事件)  一九二五~一九二七
第三章  国府軍の暴挙(済南事件)、対日プロパガンダ戦の始まり  一九二七~一九二八
第四章  蒋介石独裁と張学良の野心、満州事変の背景  一九二八~一九三二
第五章  満州国建国、「王道楽土」創造の途上  一九二三~一九三四
第六章  挑発の規模拡大化、支那事変という帰結  一九三四~一九三八
終章   佐々木到一の支那軍観から汲むべき教訓
江沢民中山服をデザインしたのが佐々木到一だったとわね。全く知らなかった。“中山服”というくらいだから、たぶん孫文なんだろうくらいに思ってたんだけど。

写真は、本書の序章でも紹介されている、一九九八年に江沢民が国家主席として来日した際、宮中晩餐館に中山服で登場した江沢民の様子である。
中山服を着た事自体が、江沢民の日本人に対する大きなアピールだったんだろうけど、残念だったね。日本軍人のつくったもんだぞ、それ。

「近代史上、日本帝国主義は体外侵略拡張の誤った道を進み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災難をもたらし、日本国民も深くその害を受けました。“前事を忘れず、後事の戒めとする”と言います。我々はこの痛ましい歴史の教訓を永遠に汲み取らなければなりません」

これが佐々木到一が言っている“弱しと見ればつけ上がり威たけだかになる心理”をもつ支那人が共産主義という恥知らずな棍棒を与えられた状態ということだな。 
 

    

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ウォー・ギルド・インフォメーション(覚書)『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗

じつはこの間、飲み会に出かける直前にこの本を読み始めて、面白くてそのまま持って出て電車の中で読んで、飲んで、帰りの電車でも読んで、酔っぱらってたんで、そのまま電車のなかに置き忘れてしまった。翌朝、二日酔い状態で気づいて、すぐに駅に電話。「分かりました。確認しますので、もう一度ほんの題名をお願いします。」「はい、日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったことです。」…「はっ?」 「日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったことです。」…「ああ、分かりました。白っぽい本ですね。」

こんなに長くて、内容のわかりやすすぎる題名はいかがなもんでしょうか。

この本に書かれた内容の一部を、ほぼそのまま紹介しちゃうけど、いいよね。この手の本だから、なにより少しでも多くの人に感心を持ってもらって、手にしてもらうことがあれば、それに越したことはないもんね。

『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 高橋史朗
(2014/01/29)
高橋史朗

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こうして日本人は国を愛せなくなった



ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム。日本語にすれば、「日本人に戦争犯罪の意識を刷り込む情報宣伝計画」ってことみたい。

戦争に負けたとはいえ、その直後には、日本人に贖罪意識、戦争を戦ったことに対する道徳的過失の感情はなかった。そのことはGHQが月報に書いているという。でも今の日本人には、戦争を反省する気持ちがきわめて強い。「すべて日本が悪かったのであり、日本は侵略国家だった」という“自虐史観”とまで呼ばれる意識がある。このように日本人を変えてしまったのが、ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラムであったということだ。

ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラムは、どのような明確な目的をもって行われたのか。本書では、昭和二十年十二月二十一日付、GHQダイク民間情報局長のメモとして、それが紹介されている。
  1. 侵略戦争を計画し、準備し、遂行もしくは遂行に加担せる罪の露見した者の処罰は、倫理的に正当であることを示すこと
  2. 戦争犯罪の容疑者を訴追しつつあることは、全人類のためであることを示すこと
  3. 戦争犯罪人の処罰は、平和的にして繁栄せる日本の再建と将来の世界の安全に必要であることを示すこと
  4. 戦争犯罪人には日本国民の現在の苦境をもたらした一番大きな責任があるが、国民自身にも軍国主義時代を許し、あるいは積極的に支持した責任が有ることを示すこと
  5. 戦争犯罪を容認した制度の復活を避けるため、日本国民の責任を明確にすること
  6. 政治家、実業家、指導的扇動家など、日本国内のさまざまなグループに戦争責任があることを示すこと
  7. 戦争犯罪人は、公正かつ開かれた裁判を受けることを示すこと
  8. 山下奉文(トモユキ)大将の場合のように、死刑宣告に対する予想される批判の機先を制するため、残虐行為の責任者の処罰形態の決定にあたっては、名誉を考慮するにはあたらないことを明確にすること
  9. 日本国民に戦争犯罪と戦争犯罪人に関して議論させるように仕向けること
日本人に“自虐意識”を持たせること。それが目的だったことは明らか。八番目の山下奉文大将に関する記述は、変質的なまでの異常性を感じる。この変質的異常性は、マッカーサーのものだろう。マッカーサーは山下奉文大将に直接負けているし、マッカーサー帝国ともいうべきフィリピンから逃げ出さざるを得なかった。

戦勝国の将軍マッカーサーは「山下を死刑にしろ」と命令した。
山下
生きていられちゃ都合が悪かったんでしょ。

とても不愉快なことが紹介されていた。アメリカでは日本占領政策に関するシンポジウムが毎年行われていて、占領軍の幹部だった人たちがたくさん参加していたという。マッカーサーの夫人やあのケーディスまで参加していたという。そんなシンポジウム、今でも開催されているんだろうか。

それはともかく、出席者は当時の映像を見て、満面の笑みを浮かべながら「占領政策は大成功だった」と言い合い、今日の日本の繁栄は自分たちの占領政策の結果であると言い合うという。

嫌なやつらだな~。アメリカが他国を占領し、「再教育・再方向付け」を行った最初の経験が日本占領であり、最初の経験にしてアメリカは成功した。それを自分たちの占領政策の成果と考えているわけである。

残念だけど違う。本書の著者も言っているが、日本の戦後の繁栄は、日本人の持つ気質と努力によるものである。それが分かってないから、アメリカは何度も間違いを犯す。最近は、アフガニスタンやイラクにおいて・・・。

    

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続 『愛と暴力の戦後とその後』 赤坂真理

この本は、『愛と暴力の戦後とその後』を経て、さて、憲法改正論議をどうしましょうか、という本でした。

昨日の記事に書いたような戦後日本のとってもわかりにくい歴史は、国民の手で戦後の総括が全くされなかった、アメリカによって敗戦国民に与えられた“民主主義”の名の下に、アメリカの許容の範囲を、ときには叱り飛ばされ、ときには媚びへつらいながら体得していく。それをときには野党の反対を押さえつけながら、ときには慣れ合いながら国民に下ろしていく。それが戦後日本の政治だった。
 
特別間違った解釈とは思わない。確かに力量を超えた戦争に直面し、様々な無様を晒した戦争だった。戦闘によるよりも、餓死と病死という無駄死に、犬死にに国民を追いやった戦争だった。でも戦争っていうのは相手がある。この本はそのことに対する言及が欠けている。著者の言うとおり、“総括”なしには先に進めないのはそのとおりだとしても、戦争の一方の当事者だけを総括して、著者は先へ進んでいくらしい。
『愛と暴力の戦後とその後』 赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』 赤坂真理
(2014/05/16)
赤坂 真理

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私の国には、なにか隠されたことがある



「私たちがつくったものではないが、美しく、私たちの精神的支えとなってきた」と言えないのだろうか。日本人がそう世界に対して言えれば、それは日本人の度量を示すことにもなる。うまく負けることは、ただ勝つよりおそらくむずかしい。プライドの示し方は、強さの誇示だけではない。

“精神的支え”とは、九条のことを言っているようだけど、このように考えている人もいるようだ。『ノーベル文学賞にも、平和賞にも値すると私は思う。』って言われてみれば、「九条の会」っていうのがあるんだよね。大江健三郎たちが中心になってるの。私はダメ、大江健三郎っていうだけで。

私も現在進められている憲法改正について言いたいことはたくさんある。なにより、占領下の、占領国による国家体制の改変は無効である。基本的にそれ以上でも以下でもない。アメリカによって与えられた“民主主義”に関しては、ありがたがるにはあまりにも悪意に満ちている。

著者が言う『世界はきっと、「物語戦争」ともいうべき新しいフェイズに入った』というのも、そのとおりとしても、勝者のみが“歴史”を書き残せるという意味なら、昔からそうだ。それこそ支那・韓国の得意技だ。結局は“相手がある”というということだ。

付け焼き刃の“大日本帝国憲法”というなら、その通り。民主主義が神に対する人間という意識から始まったものなら、それに似た天皇に対する赤子という関係があったから利用したに過ぎない。もちろん最良の策ではないが、窮余の一策だ。“相手がある”ということだ。

まともな民主主義を描けなかった日本を絶望するのはかってだけど、『なんぴとも、それを無理に起こすことができず、阻止することもできない何か』を求める行為は、ロベスピエールやスターリンや毛沢東の大虐殺を招いた。頭の中の美しい何かに将来を委ねることがどんなに危険なことかは、すでにわかりきっているのに。

    

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『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』

投票したとき、オリヴァー・タンボ、クリス・ハーニー、アルバート・ルツリ、ブラム・フィッシャー
が傍らにいるのを感じた。
ジョサイア・グエデ、G・M・ナイカ-、アブドゥラ・アブドゥラフマン、リリアン・ンゴイ、
ヘレン・ジョセフ、ユスフ・ダドー、モーゼフ・コタネ、スティーヴ・ビコら
沢山の人々が傍らにいるのを感じた。
その一人ひとりが、投票用紙を記入する私の手を握り、
投票用紙をたたんで投票箱に入れるのを手伝ってくれるのを感じた。
プラム・フィッシャー記念公園で 1995年6月9日
『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』
(2014/06/01)
ネルソン・マンデラ

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心からの言葉が人間の生死に以下に影響を与えるか


目も当てられない貧困は屈辱的なもので、
それに苦しむ人々の尊厳をひどく傷つけるだけでなく、
最終的には私たち全員の品位を貶める。
私たち全員が自由を手にしても、
その意義が乏しくなってしまうのだ。
全米人権博物館自由賞受賞にあたって 2000年11月22日

1990年、27年間の獄中生活からネルソン・マンデラを解放したのは、当時の南アフリカ共和国大統領、フレデリック.ウィレム.デクラークだった。彼は、アパルトヘイト廃止の主要な立役者であり、マンデラと同時にノーベル平和賞を受賞した。反アパルトヘイト運動の高まりや国際的非難の中、自らが開放したネルソン・マンデラと協力してアパルトヘイトを軟着陸させた政治的手腕は卓越したものであるが、彼の大統領任期中には多くの黒人反体制派が暗殺されている。

そんなデクラークがアパルトヘイトの廃止に踏み出した要因は何だったのか。それが1990年であることは重要である。前の年、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦はソ連の敗北で終結した。

南アにおける白人はマイノリティーであり、アパルトヘイト撤廃は、マジョリティーである黒人政党のANCに政権を譲り渡すことを意味した。ANCの最大の支援者はソ連だった。冷戦終結によってソ連の資金提供も停止し、これによってANCによる共産化の脅威が減少したこのタイミングをデクラークは逃さなかったということだ。

最後に、ネルソン・マンデラ時代とその後の黒人大統領によって作り上げられた南アフリカ共和国とは、貧富の差が激しく、犯罪発生率がきわめて高く、エイズが蔓延する社会であることも事実。


    

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前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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