めんどくせぇことばかり 2014年10月
FC2ブログ

『GHQ 知られざる諜報戦』 C.A.ウィロビー

今、この本を読んでいる。掛け値なしに面白い。

日本とアメリカの戦争が開始されたことの関する不可解な部分の多くが氷解したといっていい。すべてはフランクリン・ディラノ・ルーズベルトに帰結していた。残された疑問は、「なぜ日本がルーズベルトなんかに応じたのか」という点だ。

それはともかく、この本は、「ルーズベルトがヨーロッパの戦争に参戦するために日本を開戦に追い込んだ」ということだけを言ってるわけじゃない。ヨーロッパの戦いの始まり事態の背景にルーズベルトの存在があったという。・・・、そのことはまたあとで書くとして、とりあえず、・・・

以下過去記事です。
ウィリアム・J・シーボルト(元GHQ外交部長 対日理事会議長 米駐日大使)の書いた序文にこうある。
情報は作戦の侍女だとも言われている。情報官の任務は、司令官がそれを活用して作戦を成功させることができるよう、最善の情報資料を評価分析し、まとめて司令官に提供することにある。しかし、情報官たちは作戦が成功した時の勲功は司令官にあたえられ、失敗した時の責めは情報官に負わされることを知っている。作戦の成否にかかわらず、情報官は効果に対して沈黙を保ち、司令官に忠誠をつくさねばならない。陸軍少将ウィロビーから、われわれは理想的な情報官の姿を見ることができる。

なら、マッカーサーとウィロビーのコンビは、どのような成功を収めたのだろうか。

アメリカが太平洋に触肢を伸ばした19世紀中期は、日本が明治維新という国家改革を成し遂げて、世界にデビューした時期にあたる。

アメリカは太平洋制覇にあたって幾多の無理無謀を力づくで通し、最終的には大東亜戦争で日本を沈黙させた。かといって自らの行った、力づくの無理無謀を中に浮かせるわけにも行かず、それを日本になすりつけた。日本との戦いは、その責任転嫁を完璧にすることができるだけの、徹底的な勝利でなければならなかった。それが、日本全土への空襲であり、沖縄であり、広島、長崎だった。

日本は、アメリカの無理無謀に、西欧によるアジア支配のツケまで押し付けられて、それを日本の血肉として受け入れた。
その意味で、GHQの対日占領は大成功ではあるが、共産勢力の伸長で太平洋の利益は大半を失ったという意味においては大いなる失敗だ。

しかし、これを二人のコンビの責任に帰することには無理がある。アメリカそのものが、あまりにも共産主義に対する脇が甘かったのだ。あまつさえ、共産主義の脅威に体を張る日本を、同じ陣営から追い詰め、力づくでねじ伏せた。その後、アメリカが朝鮮半島でどれだけの血を流す事になろうが、日本の立場からいえば、同情の余地はない。その後、アメリカが事あるごとに、世界の問題をアメリカ国民の血と血税で贖うことになろうが、日本の立場からいえば、同情の余地はない。
 
共産主義のスパイ、シンパを内部に大量に抱えるアメリカとGHQにあって、ウィロビーとマッカーサーがいかに戦ったか、それがアメリカの日本占領に、どう影響を与えてきたか。もちろん、この本から得られるものは大きい。

しかし私には、それだけのものとして、この本を読むわけに行かないのだ。
自分が過去に書いた文章を読むことは常に苦痛を伴う行いだが、やはり今回も例外とはならず、・・・あまりにも痛い。あの時のアメリカは、“共産主義に対する脇が甘い”などという、それこそ“甘い”状況ではなかったわけだ。共産主義者ではなかったとしても、アメリカ大統領が部類の共産主義のシンパ、いや、スターリンという悪魔のシンパだったわけだからね。

    
それにしても、《時代が人を作る》という。ならば、あの頃の“人”を作った“時代”とは、一体何だったのか。レーニン、ヒトラー、スターリン、フランクリン・ディラノ・ルーズベルト、毛沢東・・・



    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 歴史関係書籍覚書
ジャンル : 本・雑誌

『ルーズベルトの開戦責任』 ハミルトン・フィッシュ

《訳者まえがき》だけを読んで確信した。この本は、おそらく私にとって、今年一番の本になる。あの戦争の全体像が垣間見えた。それにしても・・・。

時代が人を生むのであれば、あの時代はいったい何だったのか。アドルフ・ヒトラー。ヨシフ・スターリン。フランクリン・ルーズベルト。毛沢東。あまりにも下種な人間性と、とてつもなく高い政治能力を兼ね備えた、・・・こういうのを兼ね備えたというかどうか・・・、とにかく政治能力だけを肥大化させるために、他のあらゆる精神的機能を放棄したかのような化け物を生み出した時代って、いったいなんだったのか。

しかし、彼は自重した。母国アメリカが世界各地で共産主義勢力と対峙している現実を前にして、すでに世を去っていたとはいえ、自国のもと大統領の外交の失敗を糾弾することはできなかった。

長い沈黙の末、彼がようやくその怒りを公にしたのがこの書である。上梓された一九七六年は、真珠湾攻撃からすでに三十五年が過ぎ、ルーズベルトの死からも三十一年が経っていた。フィッシュ自身も既に八十七歳の高齢であった。世を去る前に本当のことを書き残したい。その強い思いで本書を出版したのである。
《訳者まえがき》本書P10~11

著者は、アメリカを参戦に導いたフランクリン・ルーズベルトの政治手腕を、例えてこう言っている。《天使も涙するほどの手口》・・・と。

『ルーズベルトの開戦責任』 ハミルトン・フィッシュ『ルーズベルトの開戦責任』 ハミルトン・フィッシュ
(2014/09/11)
ハミルトン フィッシュ

商品詳細を見る
ー大統領が最も恐れた男の証言ー

そう、ダンツィヒはもともとプロイセン領。そこに暮らす九〇%の住民はドイツ系。民族自決という悪魔を地獄から招き寄せたウッドロー・ウィルソンは、ここダンツィヒにだけは悪魔を近づけなかった。めちゃくちゃだ、このおっさん。

ヒトラーが、というよりもドイツが、ダンツィヒの帰属を問題にするのは当然の成り行きだ。ドイツの底力から考えれば、英仏、さらには米は、ここであまりにも敗戦国ドイツに対して過酷すぎたベルサイユ条約の修正に乗り出すべきだった。実際に、これよりも前の段階で、英首相のネヴィル・チェンバレンは修正に動いた。ドイツ系住民が多数を占めるチェコスロバキア領ズデーテンの帰属をめぐる問題が発生した時で、ミュンヘン会談によって、ズデーテンはドイツに譲渡された。

たしかにこの頃のドイツは目を東に向けている。英仏にすればさして危険と感じられる状況にはない。ドイツがダンツィヒとポーランド回廊を要求したのが一九三九年の三月二一日、大戦勃発の五ヶ月も前。英仏にしてみれば、さまざまな決着の道があったはずだが、結局はベルサイユ体制の修正の道を選択しなかった。頑ななポーランドの姿勢の背景に、ヒトラーは英仏を感じたはずだ。その姿勢がドイツを独ソ不可侵条約に走らせた。
ヨーロッパは、あえて二度目の大戦の道を進んだ。

そこにニューディール政策の失敗による経済的打撃に沈み、そこからの脱出の糸口を掴みたいルーズベルトが目をつけた。しかし、すでにヨーロッパでの第二次世界大戦が始まっていた一九四〇年の大統領選挙では、他の大統領候補と同じように、ルーズベルトも次のように語っていたという。
私はこれまでも述べてきたように、そしてこれからなんどでも繰り返すが、あなた方の子どもたちは外国の地での戦争に送り込まれることは決してない。(一九四〇年十月三十日)
本書P3
《訳者まえがき》にあるように、ルーズベルトは身動きがとれない状況にいた。その一年と一ヶ月後、日本がアメリカ本土を攻撃して、アメリカ参戦の道が突然開かれる。


    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 歴史関係書籍覚書
ジャンル : 本・雑誌

会津は別(覚書)『渡部昇一、靖国を語る』 渡部昇一

これは、『渡部昇一、靖国を語る』の紹介記事を書いていて、会津のことについて自分の気持ちを書き始めたら、ちょっといろいろと考えちゃって、その部分だけ別の記事にすることにしたものです。なんか、くどくどしてるかも知んないけど、ごめんなさい。

靖国についてものを述べるときに、私は常に会津に対する思いを付け加えている。いちいちそれを問うことが、大きな意味を持つと思うからこそだ。大和朝廷と蝦夷、中央と辺境にもつながる課題ともなるが、そこに日本人の重大な問題があると考えるからこそだ。
近代国家建設の過程で生じた内戦と、その後の国内融和に苦悩した明治の人々の歴史を汲まずに、一片の矛盾で靖国神社を非難するのはあまりにも偏狭ではないでしょうか。はじめに靖国神社の否定ありきだったら、そういう経緯を踏まえる必要はないでしょうが、知識人であろうとするならば、まず調べるということが必要です。
本書P75

こう仰ることにはまったく文句はない。ただし、その上で、会津は別だと思う。

会津を別にしなければ、日本は同じ過ちを繰り返しかねない。《過ち》って言ったって、軍国主義がどうとか、侵略がどうとかってことじゃないからね。日本の過ちは、《戦争に負けた》っていうこと。下士官と兵は世界最高でありながら、世界が恐れる陸海軍を持ちながら、負けるはずのない戦いに、日本は負けた。

下士官と兵が世界最高だったのは、なんのかんのじゃなくて、命よりも大切なものがあることを知っているから。命は地球よりも重いなんて馬鹿は下士官や兵になる階層にはいないからね。なのに、なのに将軍と将校のレベルがあんまりだった。その全部が全部とは言わない。というより、すごい奴ら、まさしく“武士”と呼べる者もたくさんいた。でもそれって、明治以来の日本の本道じゃないよね。明治維新によって新生日本が作られたのだとしたらさ。

『渡部昇一、靖国を語る』 渡部昇一『渡部昇一、靖国を語る』 渡部昇一
(2014/07/25)
渡部 昇一

商品詳細を見る
ー日本が日本であるためのカギー

明治維新では「天皇を中心とする国づくり」という大義名分にみんな乗っかって行くわけだよね。だけどその時、武士道を貫いたのは会津でしょ。天皇への忠義を貫いたのも会津でしょ。その対極にいたのが、薩摩と長州だよね。それで薩摩と長州が新生日本の立役者になったんだよね。だから、会津の対極にいた薩摩と長州が、武士道とか天皇への忠義を口にしたところで、彼ら自身はそんなもの屁とも思ってないわけでしょう。そんなもの屁とも思っていない連中が、明治維新後の日本の本道を歩いてきたわけでしょう。

だから、世界最高の下士官や兵、上級将校にも少なからずいた人たち、武士の如く、自らを省みずに日本のために戦ってくれた人たちっていうのは、実は本道から外れているからこそ、そうであれたということになる。まどろっこしいからはっきり言っちゃお。「天皇を中心とする国づくり」という大義名分にカモフラージュされた薩長の私利私欲が倒幕成功の最大の要因である。その本道の対極にいたのが会津であれば、その口はふさいでおかなければならない。それが会津戦争だ。そして彼らは、明治以降の日本の中枢に私利私欲を持ちこんだ。

亜流、傍流から武士道精神や無私の精神が持ち込まれるが、決して本流ではない。決して本流ではないものの、生来の質や教育によって亜流、傍流が日本を支えた。そこに受け継がれたものって、会津に象徴されるものなんじゃないかな。そんな人々が支えた日本が《戦争に負けた》。そういった軍民三百十万もの犠牲者を出して《戦争に負けた》。それはなぜなのかな。

いまさら薩摩だの、長州だの、会津だの、いまさらそんなこと言ってたってどうにもならないのは分かってる。でも、《戦争に負けた》という日本の過ちの背景には、当時の日本の政治や軍のあり方がある。その《あり方》を問題にしたとき、薩摩だの、長州だの、会津だのじゃなくて、そこから抽出されたエキスとしての日本人の生き方というのを、必然的に語らなければならなくなるんじゃないかな。だって、「靖国で逢おう」と言って散っていった世界最高レベルの下士官や兵を擁しながら、日本は戦争に負けたんだからね。

そういうことを踏まえたうえでの靖国であってほしい。なにが日本に《戦争に負けた》という過ちを犯させたのか、それを考える靖国であってほしい。



    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 精神世界
ジャンル : 本・雑誌

竹島汚すなよ❢ 汚すくらいなら不法占拠やめろよ❢

NAVER 누스 2014/10/25
天然の漁場 独島沖  30トンの海洋ゴミの“症状” (韓国語)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=214&aid=0000428472

[ニュースデスク]アンカー
今日は独島の日です。高宗皇帝が独島を私たちの土地と宣布してから114周年の日です。しかし、独島への関心と同様の管理が正しく行われているのでしょうか。海洋ごみに脅かされている独島の海をソン・リヨン記者が取材しました。

◀レポート▶
様々な奇岩群の上を闊歩している我々の独島。周辺の海は、寒流と暖流が交わる天然の漁場でもあります。しかし、独島沖の生態系がいろいろな種類の海洋ごみに脅かされています。独島沖の海中にどのくらい多くのごみがあるのか、直接入ってみます。

水深15メートルまで下りると、海藻の間に衝突された船の彫刻や漁網が絡まり合い、巨大な鉄板があちらこちらに転がっています。大人の身長よりも大きいゴム製管があちこち漂って、いつからあるのか分からない不発弾が苔生した状態で危険に放置されています。

◀ハンセグン・独島管理事務所係長▶
「船で修理中に紛失、または投棄したり、 内陸から潮流で流されて独島周辺で積もっていったものです。」
海上、同様に。

「弁だけど、それがなぜここに」
「それはモーターのように思える?」
壊れた窓など、様々な建築材料まで。船から捨てられた釣道具や、大地のごみを海に投棄して石の隙間に積まれたのです。

◀シンジュンミン・独島射手の慶北支部長▶
「毎年、私たちが回収するたびに、これよりも多くなることはあっても少なくなることはありません。」
悪天候のため1時間だけで終了した民間の奉仕団体のダイバーが回収したごみの量は2トン。まだ独島の海の中には30トン以上のゴミが放置されていますが、政府は今年、昨年策定したごみ収集予算2ウォンの打ち切りを決定しました。
Bing翻訳から意訳

まったく腹が立つ。韓国本土と竹島はおよそ220キロも離れてるってのに・・・。韓国の沿岸はもはや漁業にならない状態らしい。もちろん汚れすぎて・・・。過去に韓国の海洋汚染について何度か記事を書いてるので紹介します。

以下過去記事です。
朝鮮日報:韓国政府「でたらめな主張」 日本の独島集会に抗議
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/06/05/2014060501704.html

彼らが竹島や海に強い思い入れを持ち、大事に思っているのかと思えば、決してそうではない。次の記事によると、韓国では、昨年まで生ゴミから出る廃水などの海洋投棄が制度として認められて全国おり、全国の生ゴミ廃水の7割が海に捨てられていたという。「陸上よりも処理費用が安い」から・・・、だそうだ。

しかも、いくつかある投棄場所の一つが竹島近海であるという。
生ゴミ廃水の海洋投棄が認められていた韓国 竹島近海も投棄先
http://snn.getnews.jp/archives/303520

ずいぶん前だけど、2011/05/30のハンギョレ社説に、韓国の廃棄物海洋投棄による海の汚染の進行を嘆くこのような記事を見つけた。これは過去記事でも紹介したもの。
海をゴミ捨て場とする“海洋強国”

韓国は独島[竹島]をめぐる領土紛争で歴史的な資料確保と実効支配などの様々 な面で日本より優位に立ってる。しかし、当の独島がある東海をゴミ捨て場のように扱っている。

韓国は2010年の一年間、東海2カ所に約312万トン、西海1ケ所に約136トンなど合計447万、8000トンの遺棄性ゴミを捨てた。国民1人当り約100キログラムずつ海に捨てたわけだ。政府は 2005年、海洋投棄縮小計画を提示しながら毎年100万トンずつ減らして行くと約束したが守っていない 。1988年海洋投棄が始まって以来2010年まで23年間、何と1億2300万トンを越える廃棄物を海に捨てた。このうち1億トンの廃棄物が東海に投棄された。

2010年、海に捨てた廃棄物を種類別に調べれば、産業廃水が全体の26%である117万トンで最も多い。次に食品廃棄物110万トン(25%)、下水廃棄物109万トン(24%)、畜産糞尿106万トン(24%) の順だ。人糞も4万5000トンも捨てた。

2009年の場合、食品廃棄物、家畜糞尿、下水廃棄物、産業廃水の順だったが2010年には産業 廃水が最も多く捨てられた。他の廃棄物と違い産業廃水にはカドミウム・鉛など重金属をはじめとして有害物質が高濃度に含まれており海の生態系を大きく脅かす。

韓国海洋研究院が国会に提出した投棄海域汚染モニタリング結果を見れば、東海の53%、西海の20%で汚染が深刻化する可能性が明らかになり、鉛・カドミウムなどは行政措置が必要なほど汚染が深刻だ。廃棄物排出海域は一旦汚染すれば元の状態に回復するまで10年以上が必要と研究院は明らかにしている。安くて難なく廃棄物を処理する海洋投棄が海洋汚染と水産物汚染というブーメランになって永らく私たちの食卓を汚し健康と生命を脅かしているのだ。海上警察 が海洋投棄を取り締まっているが、大部分は罰金を課するなどの処罰で程度が非常に軽く不法行為が根絶されずにいる。

このように廃棄物を海にたくさん捨てる国は世界で韓国しかない。米国は1992年、英国は1999年そして日本は2007年に海洋投棄を中断した。世界的な傾向により韓国も海洋投棄を禁止するロンドン協約に加入して2012年から下水廃棄物と家畜糞尿の海洋投棄を中断しなければならず、2013年からは食品廃棄物の海洋投棄が中断される。しかし2013年以後も産業廃水と糞尿の海洋投棄はずっと許され、2010年度基準で130万トンを越える廃棄物がずっと海に捨てられる予定だ。

ゴミを海に捨てるなという国際協約の規制期限ぎりぎりまで投棄を継続し、例外条項を悪用して海洋投棄を継続する行為をする国が3面を海で囲まれた海洋国家・大韓民国だ。海をゴミ捨て場のように扱いながら、どうして海洋強国を前面に出して2012年麗水国際海洋エキスポを主催し、海を保護しようと主張できるだろうか?

独島[竹島]を私たちの土地といいながら東海と西海に数百万トンの廃棄物を捨てる行為は日本と中国など隣国はもちろん、国際社会から嘲笑を買って後ろ指を差されることだ。海の日の今日、この時 間にも全国で合計21隻の海洋投棄船舶が東海と西海を‘海のゴミ捨て場’にしている。
漁業協定の結ばれるまでの13年間に、韓国による日本人抑留者は3929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を出すことになった李承晩ライン。

李承晩の言い分からすれば、韓国の零細漁民の漁場を確保することもその理由だったんじゃなかったっけ?だけど結局、彼ら自身が海を汚して、近海では漁獲禁止。あまつさえ、竹島近海まで汚している。いまや竹島の不法占拠をやめて日本に返還すれば、韓国漁民の漁場はさらに狭まる。

もちろん、すでに日本の漁場を荒らしているわけだが。


    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

『渡部昇一、靖国を語る』 渡部昇一

この間、石平さんの書いた『帰化人が見た靖国神社のすべて―日本人になった中国人』を読んだばかりで、また靖国の本。でも、渡部昇一さんの書いたものなら読んでおかないとね。

戦場をさしおいて一般市民を焼きつくす米軍の攻撃、それは原爆を合わせるまでもなく非道なものだった。だいたいあの国には、自国が国際法違反に問われるなどという考えが微塵もない。そして占領、東京裁判と巧妙なWGIPによって日本人の意識は作り変えられていくが、それでも命を戦場に散らした数多くの英霊のお陰で、連合国は日本の根底を覆すことは出来なかった。

一九八〇年、大正世代、あの戦争の主役たちが社会の一線から退いていく。やはり大きな後退はその頃だろうな。GHQでさえ壊せなかった日本が、徐々に崩れ始めた。それも、日本人自身の手によって。支那がどうの、韓国がどうのって問題じゃない。これは日本人の問題。その認識も、本書に書かれたとおり。

それすらGHQが仕掛けたタイムボカンだという人もいる。たしかに仕掛けはあった。でもねぇ、その仕掛けの一つひとつにご丁寧に全部引っかかってみせるっていうのは、やろうと思ったって出来るもんじゃない。仕掛ける方だって、“なんちゃってね”って程度のはずなのに・・・。それも含めて日本人の問題と言わざるをえない。

『渡部昇一、靖国を語る』 渡部昇一『渡部昇一、靖国を語る』 渡部昇一
(2014/07/25)
渡部 昇一

商品詳細を見る
ー日本が日本であるためのカギー

第一章  歴史の審判を騙った「東京裁判」という詐術
第二章  いまこそ「マッカーサー証言」に再注目せよ
第三章  日本人にとって「靖国」はいかなる存在か
第四章  「A級戦犯分祀論」という無知蒙昧
第五章  日本はシナ文化圏に属さない
あとがき  「カミの文明圏」というもの

東京裁判のこと。パール判決書のこと。サンフランシスコ平和条約の11条で、日本は東京裁判の“諸判決”を受け入れたのであって、東京裁判そのものを受け入れたわけではないこと。マッカーサーは米上院軍事外交合同委員会で「日本が戦争に飛び込んでいった動機は“security”のためであった」と証言していること。

この本の前半では、上に書いたような、これまで渡部昇一さんがいろいろな機会に詳細に説明してきてくれたことが、順序立てて書かれている。さらに後半では、《A級戦犯とは日本人にとってどんな存在であるか》、《A級戦犯問題を生み出したのは誰であるか》、《A級戦犯分祀の無意味》、《敗戦利得者という存在》などなど、やはりこれまで渡部昇一さんが述べてきたことではあるんだけど、案外、誤解しやすそうな内容が並んでいるような気がする。その分、後半に向かうにしたがってふむふむと、頷きを繰り返しながら読んだ。

総合的に靖国を理解するのに優れた内容になっていると思う。ただし、一点だけ、「会津は別」。それだけはどうしても譲れない。・・・、でもそれは別の機会に・・・


    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 精神世界
ジャンル : 本・雑誌

《朝鮮学校無償化除外》問題 金明秀

昨日、金明秀関西学院大学社会学部教授に関する記事を書いたけど、私、前にもこの人について書いたことがあった。ご本人のブログに掲載された『リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題』という記事についてのもの。
リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題
http://han.org/blog/2011/07/post-154.html

朝鮮学校「無償化」除外問題をめぐって改めて明らかになったことは、日本政府こそが、在日朝鮮人を再生産するための教育機関を「リスク」としかみなしていないという事実であった。

『Whoso is not expressly included』という題名のブログなんだけど、どういう意味だろう。“あやふやな人はだれでも”ってようなことかな。

以下、2011年8月の過去記事です。
特別、真新しいことは言っていない。というか、その通りとしか言いようがない。社会学分野におけるリスク社会論の第一人者で、ウルリッヒ・ベックという人の名を出して、自分の文章の権威づけをしているが、そもそもその人知らない。                                                                                                                                  

日本には《恒常的に「避雷針」の役割を押し付けられる人々がいる。すなわち、「他者」》がおり、さらに《ベックはスケープゴートになりやすい「他者」の例として「ユダヤ人、黒人、女性、難民、異端者、共産主義者など」を挙げるが、日本では、「朝鮮人」が筆頭に加わることになろう》という。スケープゴートとしての「ユダヤ人、黒人、女性、難民、異端者、共産主義者など」続ければ、「迫害・虐殺」という言葉が引き出されるのが必然である。金関西大学教授は、「その筆頭に朝鮮人が加わる」という。                                                                                                                                             

そして金関西大学教授は、《在日朝鮮人は過去一世紀以上にわたって、つねに日本における「他者」として苦悩と困窮と暴力を与えられてきた》と述べるのだ。その100年以上にわたって続く「苦悩と困窮と暴力」がどこからもたらされたものかという考察は、金関西大学教授にとっては必要なことではないらしい。それこそ在日に限らず朝鮮民族全般の傾向であり、最大の問題であると思う。どうして我が身を振り返ろうとしないのだろうか。朝鮮人に関して、私が最も不可思議と感じるところである。                                                                                                                                          

・・・もし金関西大学教授が『関東大震災』のことを言おうとしているなら、もう少し勉強してほしい。地震の被災は民族を選ばないし、暴動を起こして殺されることを「虐殺」とは呼ばない。・・・                                                                                                              

ここまでは、耳にタコができるほど言い尽くされた論である。問題は大きいが、悪い意味で慣れてしまった。より大きな問題が先にある。                                                                                                                                               

いまや在日朝鮮人は、《単なる「他者」ではない。もはや、「平等」をキーワードとした訴えだけでは説得力を持たない、「リスク社会における『他者』」なのである。スケープゴート化から自己防衛するためには、伝統的な「他者」への暴力に曝されているというだけでなく、リスクへの不安のヨリシロとして新しい暴力に曝されているという自己認識を確立すべきであろう》と述べる。                                                                                                                                                

いい加減にしてほしい。文章は、後段で「リスク管理」に触れていくことになるが、それもまた絶句である。しかし、戦後の日本社会そのものが、このような在日朝鮮人言論を育て上げてしまったのだ。金関西大学教授は、在日朝鮮人は「リスクを生み出す害悪として「不安」の対象に貶められ」ていると嘆く。その原因が明らかにされない「不安」が日本人を「新しい暴力」に借りたてるらしい。だから、その「暴力に曝されているという自己認識を確立すべき」と。これでは金関西大学教授自身が、在日朝鮮人社会に「不安」をまき散らしているように思えるが・・・。                                                                                                         

金関西大学教授が、朝鮮民族特有と思える性質により、自らを省みることが不得手であればあえて言おう。日本人が感じる「不安」には、根拠があるのです。敗戦と同時に、何を勘違いしたか、瞬く間に戦勝国民になりあがった在日朝鮮人は怖かったのです。何をされるかわからない。いや、目を合わせれば、白昼堂々・・・半島を南下する引き上げの中で、そればかりか国内でも多くの日本人が・・・                                                                                                                                

もちろん、戦前・戦中も戦後も、立派な朝鮮人が多数存在したことは、存じております。でも、敗戦国民となった日本人のに、朝鮮人は“戦勝国民”を自称して横暴をふるいました。日本人の恐怖を思ったことはありますか。戦勝国に歴史をぶちきられ、新支配層が支那、北朝鮮、在日朝鮮人社会と結びついていく中でも、庶民は自分たちの記憶をもとに自衛したのです。ただ、それだけです。しかも、金関西大学教授は、なぜか北朝鮮による拉致には触れもしない。さすがにもう、右翼による扇動などと言い逃れすることはないと思うが・・・
                                                                           

「不安」には明らかに根拠がある。彼らが心を寄せる(・・・だと思いますが・・・)北朝鮮は、核爆弾を開発し、日本海に向けて、日本列島を飛び越えて、ミサイル実験をしているのです。金関西大学教授の言っていることは、日本人の「作り上げられた加害者意識」に支えられている、という状況の中でのみ意味を持つ論にすぎないのです。 

でもまあ、関西学院大学には、こんな教授がいて、いつもこんな話してるのかなぁ。



    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

特別永住資格は「在日特権」か? 金明秀

特別永住資格は「在日特権」か?   金明秀 / 計量社会学
http://synodos.jp/politics/11245
(抜粋)
一世が日本本土に渡来した植民地時代、朝鮮人は日本臣民だったからである。たとえるなら、政府が推奨する就職先を選ばずに自力で九州から東京の企業に就職した日本人大学生を「密航してきた不法入国者」と呼ぶようなものだ。

1952年にサンフランシスコ講和条約が発効するや、日本政府は旧植民地出身者の日本国籍の喪失を宣告した。その際、国際慣習にのっとった手続きはとられなかった。国際慣習というのは、植民地の独立など領土変更にともなって住民の国籍変更が生じる場合、住民に旧宗主国と新独立国の国籍選択権を与えるというものである。

日本政府がどういう選択をしたかといえば、問題を「先送り」した。すなわち、旧植民地出身者については、「別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」としたのである。

最終的に「別の法律」の定めができたのがいつかといえば、様々な紆余曲折があったが、最終的には1991年の「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」(通称、入管特例法)を待つことになった。サンフランシスコ講和条約から、じつに約40年もたってのことである。これによって在日コリアンら旧植民地出身者に与えられたのが、「特別永住」という滞在資格である。

上記は《SYODOS》という自称「知の最前線を切り開く電子マガジン」に出てた金明秀関西学院大学社会学部教授の書いた記事。不愉快な思いをしながら読みました。そのなかでも、橋下徹さん「在日特別永住者制度」に関する意見が取り上げられてた。以下の様なもの。
Jcastニュース 2014/10/22
橋下徹「在日の特別永住者制度を見直す」 これでヘイトスピーチも差別もなくなる?
http://www.j-cast.com/2014/10/22219051.html

とても遠慮がちな意見に聞こえた。上の金先生のご意見だけど、《強制連行されてきた》とは、さすがに言えなくなってきたみたいね。これもご時世というものでしょうか。でも、《東京の企業に就職した日本人大学生》を密航してきた不法入国者とは呼ばないように、《その大半が終戦後に、よりむさぼるものの多い日本列島に忍び込んだ朝鮮人》が歓迎されないのも当たり前だろう。

金先生の視点からは、昭和二十年八月一五日以降の朝鮮人が日本人に対してどう振る舞ったかという点が完全に抜け落ちている。「戦後の在日コリアンを正確に理解するには、(1)日本政府、(2)在日コリアンの代表組織、(3)GHQ、(4)朝鮮半島の政体の少なくとも4者をプレイヤーとして視野に入れなければならないが、そのことがこの問題を分かりにくくしている原因でもあるため、本稿では議論を単純化するため日本政府の政策に論点を集約する」としたのはそのためか?

いきなり戦勝国民を名のり、やりたい放題。どんのくらいやりたい放題かというと、あんなことも、こんなことも・・・。おまけにマッカーサーまでが、当初は朝鮮人を「日本軍国主義の犠牲者」としてうまく使おうなんて思って、プレスコードの一項目に“朝鮮人への批判”を入れたもんだから批判もできない。逮捕も裁判もないんだからな。その酷さときたら、あわてたGHQが「治外法権的な地位にはない」と発表したり、暴力主義的団体に指定したりするほどのもの。

金先生のお宅も、おそらくそんな時代を過ごしたんじゃない。それとも、もっともっと後の時代の密航かな。そういう時代があったことなんかきれいに取っ払って、型通りにうわべの話だけですまそうとすると、かえって事は片付かなくなるよ。


    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

『やさしい信仰史』 佐々木和歌子

この著者、しっかり時代のなかに入り込んでる。それってなかなか難しいことで、私なんて未だにダメ。きっと、「分かってやらなきゃ」って気持ちが強いんだな。とくに仏から阻害された“女”については、「私が分かってやらなきゃ、救われない」って言うような想いが伝わってくる。

どんな人なんだろうと思って検索してみたら、こんな記事が・・・
東奥日報 2013/8/23
首都圏発 あおもりNOW 古典の面白さ伝えたい/佐々木和歌子さん
http://www.toonippo.co.jp/kikaku/aomorinow/2013/0823a.html

記事は、佐々木さんの前著、『やさしい古典案内』と著者の人となりを紹介した記事で、何より大変に可愛らしい方でした。・・・こういうこと言うと怒られるかな・・・

ジェイアール東海エージェンシーの文化事業セクションでJR東海の京都や奈良に関わる歴史文化講座にたずさわったとか。『やさしい古典案内』も、そうして生まれたものらしい。そして、この『やさしい信仰史』も同一線上の一冊と考えていいでしょう。


『やさしい信仰史』 佐々木和歌子『やさしい信仰史』 佐々木和歌子
(2014/09)
佐々木 和歌子

商品詳細を見る
ー神と仏の古典文学ー
第一章  愛する人は黄泉の国へ・・・『古事記』 『万葉集』の「死後」
第二章  地獄と極楽・・・『源氏物語』と浄土教という救い
第三章  女たちの「法華経」・・・和泉式部と『更級日記』、そして遊女たち
第四章  魂よ、よみがえれ・・・『蜻蛉日記』のミソギと物詣で
第五章  平安貴族たちの習俗と「道教」・・・王朝文学のスパイスとして
第六章  平安京を襲う御霊、物の怪・・・菅原道真と『源氏物語』 『栄花物語』
第七章  交じり合う神と仏・・・歌僧・西行と神仏習合のゆくえ

ねっ、やっぱり『やさしい古典案内』の流れといった趣きが濃厚でしょ。それでもご心配なく。題名に偽りはございません。古典の側が、本質的に“信仰心”なしには理解し得ないものであるに過ぎない。

でもそれって、最初に書いたけど、しっかりと時代のなかに入り込んでそこに生きる人々を理解するって、そう簡単な事じゃない。努力だけじゃなくて才能もものをいう。著者の佐々木さん、とくに“女”を理解することに関しては抜群。『梁塵秘抄』の中から二首の今様が紹介されている。

女人五つの障りあり 無垢の浄土は疎けれど
蓮華し濁りに開くれば 竜女も仏に成りにけり

おそらくは、竜女と同じくらい成仏から遠く離れたという自覚を持っていただろう遊女たち。だからこそ成仏を願ってうたった。舞った。その「唇のふるえ、ひるがえす袖の先から、ありあまる功徳を感じとったことだろう」と、著者は語る。ん~、見事だな。
常の心の蓮には 三身仏性おわします
垢つき穢き身なれども 仏に成るとぞ説いたまふ

垢つきの汚い体だけど、そんな私でも仏に成ることができる・・・。魂をゆさぶられるな。

    

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。



テーマ : 精神世界
ジャンル : 本・雑誌

『科学者が読み解く日本建国史』 中田力

自然との適合のプロセスを通して東アジアに到達した人類

O1 海岸の民…長江デルタ(浙江省)、良渚[リョウショ]文化…洪水で消失
              →南下…海をわたって台湾→フィリピン、インド洋、太平洋、マダガスカルにも
                北上…黄河中流域で夏王朝…周王朝 
O2 海岸の民…稲作の民→O2a 南方に展開~広東から南に展開し東南アジアの稲作稲作民族の祖
                  O2b 北方に展開~拠点は現江蘇省北部から山東省。夏を倒して商をたてる。
O3 中原の民(現支那大陸絶対多数)

『科学者が読み解く日本建国史』 中田力『科学者が読み解く日本建国史』 中田力
(2014/08/18)
中田 力

商品詳細を見る
ー古事記・日本書紀の真意に迫るー
遺伝子人類学
最先端医学
遺伝子の揺らぎ
複雑系科学
文明の担い手
『史記』
新石器時代の文化
父系社会への移行
中国古代王朝
夏王朝
商王朝
殷周革命
弥生の民
縄文と弥生
線形思考の弊害
弥生前夜考
出雲と邪馬台国
遼河文明
出雲神道
姫姓王家
聖文神武
神武東征
八神殿
中臣神道
鯉と龍
女神の民
徳治の国
登龍門
龍と

どうにもまとめ用がなくて、メモしておいたものをそのまま出しちゃいます。
商王朝を建てた湯王は姓を子、名を天乙(太乙)という。天乙=太乙=太一=北極星
山東龍山文化を築いた02bの人たち

夏王朝の遺族は姫姓。周族の姫昌(文王)、姫発(武王)親子が商を倒す。

周(O1:O3)・・・文王、武王に仕えた軍師が太公望呂尚。呂尚は姜姓で、羌族の首長。

弥生時代は、呉の滅亡により、水田稲作技術とともに長江下流域から渡来した人々によってもたらされた。

呉は姫姓で、周の太伯が建てた。太伯は周王の長子ながら、三男季歴の子、昌の才覚を尊び次男の虞仲を連れて周を出奔し、呉を建てた。王族はO1、民はO2b1の国家。

前四七三年滅亡。姫姓の王とO2b1の民は海に逃れ、博多の奴国を建てる。


越(O1:O2a)・・・呉を滅亡させた勾践の父允常が、夏王朝の始祖、禹の二〇代目の末裔と自称
勾践の六世の孫、無疆の代に楚に滅ぼされる(前三三四)

呉の故地にとどまって越に支配されたO2b1の人々は、やはり海を越えて出雲・高志の国に至る。

こんな紹介の仕方じゃ本当に申し訳ないんだけど、読み終わった今も、まだ消化しきれずにいるだな。メモしてたこのあたりまではワクワクしながら読んだんだけど、ここからがダメ。日本について言及するあたりから、どうにもついていけない。どうも、精密な歴史の検証にまで、遺伝子人類学という方法に期待するのは無理がありそう。

それでも前半部分が面白かったのは、支那大陸が遺伝子人類学という方法を活かすに十分な領域を持っていたからじゃないかな。その領域は日本にはないから・・・。

・・・そういうことなんじゃないかなって思ってるんだけどな。「科学的方法で・・・」という著者が、かえって魑魅魍魎の世界に足を踏み入れていってしまったんじゃないかな。そこに踏み込まなければ、とても面白いと思うんだけどな。


    
にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 精神世界
ジャンル : 本・雑誌

『零式戦闘機』 吉村昭

MRJ産経ニュース 2014/10/18

「国産旅客機の復活は日本の夢」 MRJ完成機体を公開 半世紀ぶりの国産機

http://www.sankei.com/economy/news/141018/ecn1410180013-n1.html
YS11以来の国産旅客機が、いよいよ世界の空に飛ぶ。なんと半世紀ぶりとのこと。かつて零式艦上戦闘機を作り、世界を相手にした日本航空産業。敗戦と航空禁止。心まで折られた戦後。それでも受け継いできた技術。

先行するホンダジェットとともに、世界の空を席巻してほしい。
honnda.jpg
《国産ジェットテイクオフ》  http://www.mrj-supporter.com/technology/

『零式戦闘機』 吉村昭『零式戦闘機』 吉村昭
(2013/06/13)
吉村昭

商品詳細を見る
ー零式には使命のようなものを感じるー

以下、過去記事です。
昭和43年に刊行された本。

平成23年9月10日49刷改版新潮文庫で読みました。
はるか以前に呼んだ覚えはあるのですが、いやはやなんとも強烈な刺激を受けました。
やはり本というのは、呼んだ人間の状態によってずいぶん変わるものですね。

本書は零式戦闘機がこの世に生を受け、そして常に帝国海軍の顔として戦い、傷つき、消えていくまでを描いている。
まさしく、人の一生のように、著者はその人生を語るかのように、零式艦上戦闘機を描いている。

ロシア製I15、I16、イギリス製ハリケーン、スピットファイヤー、アメリカ製カーチスP35、P36、ブルースター・バッファローを子供扱い。
アメリカが打倒零式を目ざして繰り出すグラマンF4F-ワイルドキャット、双胴の巨鳥ロッキードP38ライトニング、ベルP39エアラコブラ、P40トマホークの上を行く。
ようやくチャンスボートF4Uコルセアの登場により、アメリカは零式への挑戦を可能とする。
零式と互角に渡り合える戦闘機は性悪女グラマンF6Fヘルキャット。
もともとは、F4Uの予備として設計されたが、零式を一番恐れさせ、打撃を与えたアメリカ製戦闘機。
しかし、ヘルキャットが登場した頃の日本は、はすでにアメリカの物量の前に完全な沈黙を強いられ、歴戦の勇士の多くを失って極めて経験の浅い搭乗員を零式に載せていた。
零式艦上戦闘機は世界の名機と戦い、進化する戦争の、ある時代を終わらせた。

零式には歴史に課せられた使命のようなものを感じる。
それは進化する社会の、ある時代を終わらせることではなかったか。
零式は確かに時代を変えた。
しかし零式は、その仕事を成し遂げたとは言えない。

やがて特攻隊員を乗せる零式。
最期の日まで、零式の生産は続けられた。
零式艦上戦闘機は、その生涯の幕を閉じる。
零式に与えられた使命、その道、未だ半ばにして。

本の話にならないけど、そう感じさせる本だと思って下さい。



   

にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 精神世界
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事