めんどくせぇことばかり 2014年11月
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童話に惹かれる? 『本当は恐ろしいグリム童話ー禁断のエロス編』

ブログで紹介している本の中で、クリック数が多い本を調べてみたら、『本当は恐ろしいグリム童話』のシリーズが、いずれも上位に入ってました。これは納得です。潜在的に、だれもが惹かれる部分があるんだろうと思います。子供向けに書かれているようで、でも思わせぶりに何かを暗示している。一歩踏み込んで、暗示されているものに迫ってみたい。でも、ほんとうにそれを知ってしまったら、二度と同じ場所には戻ってこれないような気がするんです。

赤ずきんちゃんは、森に入っちゃいけないっていわれたのに、行っちゃった。子供の頃ね、ドキドキしたんです。私がそういう子だったから。やっちゃいけないことを我慢できない子だった。私が入った森にも、やっぱりオオカミがいた。

でも、物語って、だから意味があるんだよね。それに意味を感じ取ることが、とても大事なんだと思うんです。

今年も、日本はいくつかの自然災害にさらされました。御嶽の噴火、夏の広島の水害は、ことさら印象に残っている。火の山に関わる物語はもちろん、広島の水害の背景にも、やっぱり物語があったわけじゃないですか。伝えようとした人がいるから物語があるわけで、それを受け取ることってとても大事なことなんだなって思いました。・・・また過去記事を使おうとしているだろうって? ・・・ピンポーン

一年ちょっと前に、『本当は恐ろしいグリム童話ー禁断のエロス編』を読んで、以下の様な記事を書いてました。
グリム童話に限らず、童話や昔話に登場する残虐性には驚かされる。『白雪姫』の中で継母である王女は焼けた鉄の靴を履かせられて死ぬまで踊り続けさせられる。『ネズの木』では母親が継子である少年の首を落とし、死体を細かく刻んでシチューに入れ、なにも知らない夫に食べさせる。

日本の昔話でも、『かちかち山』のタヌキはお婆さんを殺してその肉を煮込み、婆あ汁を爺さんに食べさせている。日本の昔話は明治以降、子供向けの差し障りのない話に書きかえれレているが、もともとのお話は本当に面白い。逆に差し障りない話に書きかえられることによって、昔話は、もともと持っていたエネルギーを失ってしまう。

当たり障りなくなってしまった物語は、本来、その隠されていた部分にこそ、物語としてのエネルギーが存在していたようだ。まるで、ドクン、ドクンと脈打つ心臓のように・・・。

‘死’、‘肉’、‘血’に向き合うことは物語の生命であるし、たとえ子供であろうとも、それらに向き合うことによって‘生’に向き合うことにも通じたのではないだろうか。

『本当は恐ろしいグリム童話 禁断のエロス編』 桐生操『本当は恐ろしいグリム童話 禁断のエロス編』 桐生操
(2013/07/20)
桐生 操

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残酷な表現には表現には寛大なグリム兄弟。しかし、性的表現は片っ端から排除していた
千匹皮               父と娘の狂おしい情愛
ナイチンゲールと薔薇の花    報われない恋に散った少女
がちょう番の娘           二人の花嫁と残酷すぎる復讐
夏の庭と冬の庭                  美女が野獣に捧げた真実の愛
雪の女王                           氷の誘惑と無垢な魂
つぐみ髭の王子                  
娼婦に落ちた美貌の姫

性に関していえば、グリムは神経質で、近親相姦、同性愛、売春、獣婚、異形の者との愛欲を思わせる記述は徹底して削除しているという。ギリシャ神話なんか見ると、大変おおらかなのに・・・。

だいたい、大地母神ガイアは息子のウラヌスとの近親相姦で幾多の神々を生み出している。ギリシャ悲劇の代表作『オイディプス』は父を殺して、母を犯した。ギリシャ神話にかかっては近親相姦、同性愛、売春、獣婚なんでもありだ。でも、それがギリシャ文化に奥深さを与えていた。

その流れはヨーロッパにそのまま流れ込んではいるのだろうが、やはりキリスト教のせいだろうか、本来持っていたエネルギーの多くを失っている。日本の昔話でも、いまやエロスばかりか残虐性までが封印されてしまったが、大人にしてみれば、エロスを封印された童話や昔話なんか、袋とじのエロ本みたいで、よけいに悩ましいとさえ思える場合がある。

狼もしもそれが‘教育的配慮’によるものであるなら、おこがましいとしか言いようがない。最近の『三匹の子ブタ』はひどい。オオカミは最後、煙突から忍び込もうとするが、熱湯で満たされた大なべの中に落ち、釜ゆでにされて豚の兄弟に食われてしまうはずなのにそうはならないらしい。けがを負って山に逃げ帰るくらいならまだいい方で、豚と和解して仲良くなるというストーリーまであるらしい。

なにが‘教育的配慮’だ。子供は悪者が残虐な最期を迎えることによって安心するのだ。狼が豚と仲良くなれるなら、人間には何の教訓もいらない。


若い娘にとって、未知なる性というものは、恐ろしく、暴力的なものに感じられる。野獣の獣性こそがそれにあたる。しかし、結婚して幸せになるためには、その思いを乗り越えなければならない。はじめこそ、夫との性は暴力的なものに思えるかもしれないが、実際は、それが女に素晴らしい喜びを与えてくれ、女としての幸せに導いてくれるものであることに気づかなければならない。

野獣との出会いは‘女’への扉なのだ。
野獣

なまじ、それを避けては、女は‘女’になれない。「その道を通れ」と、童話は教えてくれていると思うのだが…。
 

過去に自分が書いたものを読み返すのは、ときには拷問に等しいほどの苦痛を伴うものだけど、割とまともなことが書かれていた安心した。・・・あなた、今、「そう~?」って疑問はさんだ?・・・  まあ、・・・まあ、いいでしょ。毎日更新しようと決めたブログの記事に困って、目をつぶって過去記事を“ポンッ”ってしてる私だもの。

物語を持ってるって、とても大事なことだと思います。そこに現れるのは文化の厚みは、物語と共に生きる人の心の深さにもつながると思っています。だからこそ、にせものじゃいけないと思います。あけすけに書けって言うわけじゃないですよ。それをどう書くかも合わせて、文化の厚みでしょ。





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朝鮮人と元寇(覚書)『真実の朝鮮史【663-1868】』 宮脇淳子 倉山満

朝鮮人が元寇こと、元王朝による日本遠征にどう臨んだか。とても興味がある。かつて、どこで読んだか忘れたが、モンゴル人から造船を命じられた高麗人のサボタージュによる船の不良から、モンゴル軍の船はいとも簡単に沈んだと、間違いなく書かれていた。恥ずかしながら、私もそう語ったことがある。・・・ごめんなさい・・・

でも、この間の記事で書いたけど、朝鮮半島から日本に渡ったモンゴル軍は、高麗兵が多くを占めた。さらに、過去のモンゴル軍による高麗侵攻において、六十万の高麗人は北方に拉致され、元王朝の配下にある。モンゴル軍本体にも高麗人が多く含まれているのである。騎馬民族であるモンゴル人は、基本的に海戦を嫌う。当たり前だ。だから、元寇のモンゴル軍の主力は、高麗出身者であることは間違いない。

サボタージュによる不良な船が沈んで命を奪われるのは高麗人ということになる。身内を死なせるために、わざわざサボタージュしたのか。だとしたら、馬鹿げてるな。

さてと・・・。わざわざもう一度、ここでこの話題を蒸し返すのは、これまで知らなかったことで、あとに残しておきたい情報が、この本に書かれていたから。・・・それは、《冲止》という名の僧侶が、弘安の役に際して書いたという漢詩があるという話。

真実の朝鮮史【663-1868】 宮脇淳子 倉山満真実の朝鮮史【663-1868】 宮脇淳子 倉山満
(2014/08/09)
宮脇淳子、倉山満 他

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今度は白村江の戦いから明治維新期まで
皇帝が天下を統御するに、功績は堯を超えた。徳は寛大で断折を包容し、広い恩沢は隅々にまで及んだ。車は千途の轍と共にし、書は天下の文章と共にした。ただ醜い島夷(日本)だけが残り、鼎魚のように群れをなして生きていた。ただ大海を隔てていることを頼りにして、領域を分けることを図った。日本は苞茅(朝貢)にかつて入ったことがなく、班瑞(朝貢)もまた聞いたことがない。そこで帝がこれに怒って、時に我が君に命じた。千隻の龍鵲(軍艦か)の船と10万の勇敢な軍兵で扶桑(日本)の野において罪を問い、合浦の水辺で軍を興した。鼓声が大海に鳴り響き、旗は長い雲を揺さぶった

いやいや、昂ぶってるね~。こんなに嬉しかったわけだ。厳然に並ぶ海軍を見れば、日本を責め滅ぼすなど造作ないことに思えたんだろう。それにしても、この時代の半島人が、こんなにも日本嫌いだとはね。ため息、ため息・・・。

皇帝とはフビライ、我が君とは忠烈王を指す。もともと忠烈王が造船の労を進んで取ると申し出たわけだし、サボタージュがどうのこうのは、本質的にありえない。あり得るとすれば、傍からはサボタージュに見える状態が、高麗人が働く常態であったかもしれない。あるいは、一生懸命やっても、そこまでのものしか作れなかったのかもしれない。

どちらにしも、冲止の思いは忠烈王にも、他の多くの高麗人にも通じるものだったろう。彼らは対馬を襲い、壱岐を遅い、五島を襲い、日本人を殺しまくったし、連れ去った。

倭寇の被害? アホか。そこから倭寇が始まったんだよ。




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『古代史謎めぐりの旅 ヤマトから平安へ』 関裕二

このシリーズは、まさに旅のガイドブック。もちろんテーマは、題名のとおり、“古代史の謎”。関裕二さんの本がことごとく面白いのは、古代史に興味を持っているとはいえ素人には違いがない層にも分かることを書いてくれるから。そして、この“旅”シリーズも、想定してるのは、やっぱりそんな素人の旅なんだよね。だから、無理がない。足の悪い私でも、これならなんとか回ってこれそう。

『古代史謎めぐりの旅 ヤマトから平安へ』 関裕二『古代史謎めぐりの旅 ヤマトから平安へ』 関裕二
(2014/08/21)
関 裕二

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ー大人気 古代史ツアーガイドー

第一章  ヤマトをこよなく愛する奈良の旅
第二章  瀬戸内海の秘密に迫る旅
第三章  古代史の闇を暴く、伊勢と東国の旅
第四章  京都と大阪の意外な旅
コラム  ●鉄道旅の愉楽 ①関西本線 ②呉線 ③中央本線
上にも書いたけど、本書の旅のテーマは“古代史の謎”。その興味深いテーマのなかでも、興味の対象のメインの多くは前作『古代史謎巡りの旅 神話から建国へ』で語られた。でも私にとっては、この“ヤマトから平安へ”編の方が興味深い。
何故かと言うと・・・、来年、瀬戸内旅行に行くからでしたー❢❢ ウォー❢❢


でもね、半分仕事みたいなもんだから、本書に書かれてるようなルートを回れるわけでもないんだけどね。・・・それでも少しでも“隙”があれば・・・、・・・ね。・・・そんなことで興奮して、先に第二章の『瀬戸内海の秘密に迫る旅』を読んで、記事を書いてしまったわけです。
さてと、先に第二章を読んでみれば、第三章は『古代の闇を暴く、伊勢と東国の旅』。まさしく地元じゃないですか。な~んだ。こっちならその気になった時に妻を連れて回れる。じゃあ、伊勢に・・・、ってわけにはいかないけど、関東ならね。

そしたら、関裕二さんお気に入りの、東京近郊のお蕎麦屋さんが紹介されてた。その中になんと、ついこの間行ったばかりの野火止平林寺近くにあるという《新座鞍馬》という店が、“出色”と紹介されてた。タッチの差だったなぁ。先にこの本読んでればなぁ。まあ、私たち夫婦の入った《たけ山》っていううどん屋さんも、美味しかったけどね、鴨南蛮。

関さんの説によれば、東国こそがヤマト建国を決定づけた力だったわけだよね。そう、五~六世紀の前方後円墳の分布は、関東が他を圧している。私の地元、埼玉はじめ、北関東もそう。房総半島が巨大古墳密集地帯というのには驚いた。たしかに、古代のルートは、相模から海路房総に渡って、安房、上総、下総の順だからね。間違いなく、関東はヤマトを支える一大勢力。

だからヤマト政権内部に政権交代があれば、こんな厄介な勢力はないわけだ。そして実際にそれが現実になったのが七世紀。だからこそ、八世紀に編纂された『日本書紀』には、「東国は未開で野蛮な土地」とレッテルを貼られ、東国の正体は抹殺されたというのが著者の説。まさにそのとおりだろう。その後に繰り返された蝦夷討伐は、まさに東国の勢力をすり減らすという大きな意味を持っていたわけだ。

さて、それじゃあ、そのへんをこの眼で見てこよう。




    


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高麗(覚書)真実の朝鮮史【663-1868】 宮脇淳子 倉山満

高麗略年表 (元寇まで)
918年
935年
936年
960年
963年
983年
985年
993年
994年
1010年
1011年
1016年
1019年
1020年
1022年
1125年
1126年
1170年
1206年
1225年
1231年
1232年
1254年
1258年
1259年
1260年
1263年
1268年
1270年
1271年
1272年
1273年
1274年

1275年
1280年
1281年




1287年
王権が後高句麗を倒して高麗を建国
新羅征服
後百済征服
宋建国
宋の正朔を奉じる
契丹の侵入
契丹の侵入
契丹人の遼が朝貢を求めて大規模な侵入
高麗王成宗、遼に朝貢し正朔を奉じる
高麗の政変に乗じ、遼が侵入。高麗軍は首都開城を明け渡す
高麗王顕宗、講和
北宋から柵封。朝貢し、正朔を奉じる
遼の大規模侵入
遼と講和。朝貢、遼の分暦
遼の正朔を奉じ、再び服属
金が遼を滅ぼす
高麗王仁宗、金に服属し、高麗は金の藩となる(高麗藩)
庚寅の乱で武臣政権はじまる
モンゴル統一
モンゴルの高麗侵攻
モンゴル軍の大規模侵攻始まる
武臣政権は国王を江華島に移しモンゴル帝国への抵抗を続ける
モンゴル皇帝モンケ・ハーンの時、第六次侵攻
江華島でクーデター、武臣政権倒れる
高麗王高宗の世子、後の元宗(忠敬王)がモンゴル帝国フビライ勢力に服属。
モンゴル皇帝フビライ、高麗王元宗の王位を安堵
勿島で倭寇。高麗、日本に使者を送って、倭寇の取り締まりを要請
徹底抗戦を主張する武臣派を排除。元宗、いったんは廃位されるが、元の力で復位
武臣政権下の軍である三別抄(左別抄・右別抄・神義軍)は解散を拒否。反乱を起こす。珍島へ移動
元宗の世子、忠烈王、フビライの皇女の夫となる
忠烈王、フビライに日本遠征を進言。軍船の提供を申し出る
三別抄、元軍に鎮圧される
文永の役。元と高麗の連合軍、総勢3万2300人が合浦を出港し、対馬と壱岐を攻撃し、博多湾に上陸。連合軍は、暴風で損害を受け、高麗に戻る。未帰還者は、一万三五〇〇人以上。
クビライは杜世忠を正使とする使者を日本に送る。北条時宗、鎌倉の龍ノ口で使者5名を斬首に処す
元が日本遠征のための征東行省設置。忠烈王が長官となる
弘安の役。洪茶丘率いる元軍と金方慶率いる高麗軍、総勢四万人の東路軍が、予定を早めて、合浦を出港し、対馬に上陸した。東路軍、単独で日本本土を攻撃する。壱岐島に東路軍と十万人の江南軍が合流するが、暴風により壊滅的な打撃を受ける。生還者は、総勢十四万人のうち、三万三千人に過ぎなかった。
征東行省解散
元が高麗に征東行省設置。高麗王を長官とする
主にウィキペディアより(抜粋)

真実の朝鮮史【663-1868】 宮脇淳子 倉山満真実の朝鮮史【663-1868】 宮脇淳子 倉山満
(2014/08/09)
宮脇淳子、倉山満 他

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今度は白村江の戦いから明治維新期まで


高麗はコリョと読んで、これが英語に入ってコリアという名称になる。モンゴルの時代、ヨーロッパ人までが東アジアに訪れていたので、この時代の支那における各国・各地域の名称が現在の国際的名称につながる。日本は支那の南部で「ジッペングッ」っと呼ばれていたという。

モンゴルに降った段階で、北部、現在の北朝鮮に当たる部分は高麗から切り離されて遼陽行省に編入され、直轄領となる。現在の韓国に当たる部分のみが高麗として高麗王に支配させた。結局は、この地域に“朝鮮”という実態はなかったし、“朝鮮人”と呼ばれるべき主体もなかった。

そういえば、ウィキペディア年表によると日本遠征は忠烈王の進言ってなってたけど、たしか、趙彝とか言う奴がフビライに持ちかけたという話がある。
趙彝(ちょうい)は、進士に合格し、クビライの知遇を受け、クビライに、高麗に郷導(道案内)させて、日本に使者を送ることを勧める。「趙彝 帝所に出入りして、讒しりて曰く、高麗、日本と隣好す。元、使いを日本に遣わすに、本国をして郷導せしめよと。」
[高麗史日本伝〈下〉]

だいたい、忠烈王以降、代々の高麗王の母親はモンゴル人となる。代を経るにつてどんどんモンゴル人の血が濃くなり、彼らは現王朝の皇族と一緒に、夏は草原のテントで暮らし、冬は大都の宮廷でモンゴル式の暮らしをした。・・・つまり、モンゴル人ってことだな。趙彝という男も支那の進士に合格しているわけで、高麗王も含めて、彼らを朝鮮人というくくりで考えるのは、どうにもこうにも無理なんじゃないかな。

高麗人がこの時、一体どんな意識で日本遠征に望んだか。喜んで日本への手引に臨んだか、いやいや従わせられたかってところだけど、倉山氏も宮脇氏も、《喜んで》派。たしかにね。私も《喜んで》派。
遼東に連れて行かれた高麗人の二世の洪茶丘(元朝に使えた軍人 一二四四~一二九一)は、最初、文永の役の副司令官です。弘安の役でも高麗軍を率いてきます。副司令官と書いてあるけれども、肩書が、文永の役の時の副元帥から、東征都元帥に昇進している。だから司令官という言い方もできて、いち早くモンゴルの家来になった高麗人が、じつは日本に襲来したモンゴル軍の司令官だった。
本書P78
って状況考えれば、あんがい高麗人の日本遠征だったんじゃないかとさえ思わせる。そう言えば、韓国の教科書では、これを“日本征伐”って呼んでるもんね。



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また対馬で仏像窃盗 『韓国窃盗ビジネスを追え』

まただよ、また❢ なにやってんだよ、韓国人❢ 反日から離れて自我が確立されていないから、人としてごく基本的な正邪の価値基準が倒錯している。だから、何度でも、何度でも、同じことが繰り返される。そのたびごとに、さらに、さらに、韓国人はだめになる。

変に勘違いしないでね。それは日本や日本人にとっての悲劇であり、決して望むところではない。
産経ニュース 2014/11/15
また対馬で仏像窃盗、韓国人住職ら4人を逮捕 警察官が港で職質、経典も所持
http://www.sankei.com/west/news/141125/wst1411250008-n1.html
(抜粋)
韓国人4人の逮捕容疑は、対馬市美津島町の寺から銅製の仏像を盗んだこと。仏像のほか複数の経典も持っており、対馬南署は関連を調べる。

24日午後2時ごろ、対馬南署に住職の男性から通報があった。その後、署員が対馬南部の厳原港で男4人を見つけ職務質問。所持品から仏像が見つかったため逮捕した。

平成24年10月には対馬市の神社と寺から盗まれた仏像2体が韓国に持ち込まれた。うち1体の県指定有形文化財「観世音菩薩坐像」について、韓国中部の大田地裁が翌年2月、日本への返還を差し止める仮処分を決定した。
“泥棒”を悪と決めつけられない人たちに、まともな倫理観は育たない。会津並みの『ならぬものはなりませぬ』というところまで期待するではないにしろ、せめて十戒第八条『盗んではならない』ことくらい、何とかならないもんかな。前にもこの件がらみで書いたけど、反日の前に倫理観を混乱させるなら、行き着く先はもう見え見えだ。これは“泥棒”で済む話ではない。テロだ。状況は間違いなくエスカレートする。すでに一部で始まっているが、日本人を傷つけても彼らの論理なら十分正当化できる。そこまで行ったら、日本人と韓国人は、もはや“隣人”とはいえない存在になる。
以下、過去時期の過去記事、直近では2014/9月の記事です
窃盗仏像1
銅造如来立像
the hankyoreh JAPAN 2014/8/29
対馬から持ち込まれた二つの仏像の行く末
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/18157.html
窃盗仏像2
金銅観世音菩薩坐像
  • 2012年10月に対馬の海神神社と観音寺から韓国の窃盗犯らが盗んで持ち込み、当局に押収されたのち、国立文化財研究所の考古室収蔵庫で保管。仏像は法的問題が解決するまで展示や研究などが一切認められないため、ほこりを払う保存処理がされているにすぎない。
  • 今年(2014)1月、窃盗犯らの嫌疑が確定した二つの仏像に文化財保護法による押収判決が下され、検察は8月初めに判決を執行した。押収執行は占有権を犯罪者から移す行為だ。所有権が国家に帰属したのではない。したがって所有権を明らかにする専門的調査と返還をめぐる法理検討、難しい外交協議が必要になる。
  • 金銅観世音菩薩坐像の場合、常識的に考え、高麗末に西海岸を襲った倭寇の強奪説がある程度の説得力をもって受け入れられる状況にあった。寺側と信徒の集まりは、返還禁止仮処分申請を出し、昨年(2013)2月、大田地裁はこれを受け入れ、流出経路が分かるまで返還を許可しない判決を出した。
  • 銅造如来立像も容易には解決されない。この仏像の流出記録は残っておらず、裁判所の判決も適用されなかった。しかし、実際に仏像を押収した検察は「返還については簡単に決定できる事案では決してない」と明らかにしている。
抜粋
“二体は対馬の寺から韓国人の泥棒に盗まれたものである”
“二体は韓国当局が法に基づいて押収している”
“何の物証もないけど、とりあえず返さない”


そう言っている。・・・韓国人らしいといえば、韓国人らしい。最近本当に仏像とかの盗難が多いよね。私の近隣でも、熊谷の寺からやられた。野辺のお地蔵さんが持ち去られる被害も有るという。・・・誰がやってんだよ、罰当たり
以下、2012年12月の過去記事です。
『韓国窃盗ビジネスを追え』 菅野朋子『韓国窃盗ビジネスを追え』 菅野朋子
(2012/10)
菅野 朋子

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狙われる日本の「国宝」

“日本の寺院から盗まれた重要文化財が韓国で取引されている”
こんなミステリーのような・・・と、著者が言うそのミステリーに、著者本人が挑む。探し求めるのは兵庫県鶴林寺から盗まれた高麗仏画“絹本著色弥陀三尊像”と長崎県壱岐の安国寺から盗まれた経典“高麗版大般若経”の二つ。この本には、著者がそれらを追い求めた二〇〇五年からの記録である。

骨董の世界は、国を問わず魑魅魍魎の跋扈する世界である。自分が足を踏み込んでいるわけではないが、刀剣に詳しい友人の話によれば、「世の中の汚い話を集めてミキサーにかけ、ドロドロしたものを煮詰めて濃縮したような世界」なのだそうだ。そんな世界、しかも韓国のその世界に著者が飛び込んでいく。それもただの骨董の世界ではない。追い求めるのは盗品。犯罪の世界だ。
文化財窃盗
当然であるが、著者は“反日”という壁にもぶつかる。何度も「あきらめなよ。だってあれはもともと俺達のものでしょう。韓国に来たことも自然な流れなんだよ」というセリフをぶつけられたという。著者の前には、幾つもの壁が立ちふさがる。
二つの重文は見つかっていない。 

この本がミステリーなら、私は結果を言ってしまった。大変な重罪を犯してしまったことになる。しかし、この本の本質はそんなところにはない。二つの重文を追い求める著者の行動の中で垣間見える日韓のあり方、韓国社会そのもの、それこそがこの本の本質だと思う。実は、著者は実行犯に直接インタビューしている。実行犯はこう語る。
カネがない者は、そのままカネがない。カネがない者を下層というのなら、下層から上には這い上がれない。カネがなければいくら頭が良くても塾にも通えず、いい大学に進学することは無理。いい大学を出なければ給料のいい会社になんか勤められない。韓国社会の主流となる人たちとの人脈も作れない。結局、そのままずっと下層にいることになるわけ。それが今の韓国社会なんですよ。

経済の不調が言われるのなら、それはむしろ日本。韓国経済は、数字的には日本を上回って成長している。その経済成長の背景に、実行犯がいうような格差が生まれていることそのものを、もっと問題視すべきだろう。 

私たちの日常は、幸せなことに文化財に囲まれている。10kmも半径を取れば、その中にどれほどの神社仏閣を持つだろうか。道端には石仏、お地蔵様、馬頭尊。しかし、私たちはどれだけのことを知っているだろう。かつてそれらに手をあわせて来た人たちのことを。歴史のつながりを欠いているのだ。それを取り戻さなければ、私たちは韓国人窃盗犯にすら笑われる。
どうにもならない人たちですね。盗品であることが明らかな仏像が見つかって、それが当局の手にあっても、なお返さないっていうんだからね。竹島とおんなじだね。この風潮って、日本人に対する暴力行為に発展する可能性が高いね。

このたびの、どうにも気持ちのやり場のないできごとに、結局、日本人は絶望するしかない。かつてそうだったようにね。そういう国たちが、一衣帯水の関係を結ばざるをえないような目と鼻の先にある。内田樹先生は、そのたびごとに先祖の過ちを詫びているそうだけど、それって絶望の向こう側ですか。それとも絶望のずっとこっちがわ?

でもね、日本はもうかつての過ちは犯さない。過ち?・・・えっ、侵略?・・・馬鹿じゃないの。「前みたいに韓国には関わらない」ってことだよ。二度と韓国の世話は見ない。たとえ求められてもね。スイスじゃないけど、ハリネズミのように・・・。

あっ、夢みたいなこと言っちゃった。支那に関してはそれが絶対必要でも、朝鮮半島ってなるとね。「見殺しにするのか」っていう非難だってありえるしね。・・・本当、だからこの国はめんどくせぇんだよな。実際、北朝鮮がどうにかなれば、韓国を含めて見殺しにするかどうかっていう選択を迫られることになるわだしね。・・・とりあえず、盗んだものは全部返せ




    

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群馬が世界で孤立してしまう:《群馬の森》朝鮮人碑問題

バーカ、バーカ。みんなお前の事なんかだいっきらいだよ
みんなって、誰だよ
みんなはみんなだよ。うるせえな。とにかくお前は嫌われてるんだよ
だから、みんなって、誰と誰と誰と誰なんだよ。名前で言えよ。

群馬県が世界から孤立してしまう危機を迎えているらしい。世界というのは、アメリカとか、ロシアとか、マレーシアとか、ブルネイとか、キューバとか、マダガスカルとか・・・ハハハハハハ、もういいか。馬鹿にはかなわん。
東京新聞 2014/11/24
朝鮮人強制連行追悼碑問題 「史実冷静に踏まえて」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20141124/CK2014112402000156.html
(抜粋)
高崎市の県立公園「群馬の森」にある朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑の撤去問題で、歴史学者らによる学会「東京歴史科学研究会」の会員八人が二十三日、現地を初めて視察した。会員たちからは「県内でも朝鮮人の強制連行があったという史実を、冷静に、学術的に踏まえた上でこの問題を考えるべきだ」などと、県の撤去方針を批判する意見が相次いだ。 (菅原洋)

大沢正明知事は「追悼碑の存在が論争の対象になり、県民が健やかに公園を利用できず、憩いの場にふさわしくなくなった」と説明した。

「追悼碑はこんな公園の外れにあるのに、県の説明はおかしい。今回の件は(在日韓国大使館の総領事が県に懸念を伝えるなど)国際問題化しているが、このままでは群馬が世界で孤立してしまう」

「戦時中の国家総動員法に基づき、朝鮮人を群馬を含めて強制的に連行し、働かせたことは文献や証言などで裏付けられている。撤去の方針はこの史実を否定することにつながり、国際的に恥ずかしい」

「現地を見ると、市民運動で追悼碑が建立されたという重みがある」と実感を込めた。他の会員たちも碑文を読み、「穏当で、妥当な内容だ」と県の撤去方針に反対した。

しかし、過去に碑の前で開かれた集会で政治的な発言があったと外部から県に指摘があり、県は一月末の設置期限後も許可の更新を保留。県は七月、集会での「強制連行の事実を全国に訴え、正しい歴史認識を持てるようにしたい」などの発言が政治的と判断し、設置更新を不許可とした。


私ね、いじめには敏感です。なんて言うかな。臭うんですよね、いじめやってる奴って。臭えんですよ。相手がどんな言葉で怯むかをよく知り抜いた上で、その言葉を使う。『このままでは群馬県が世界で孤立してしまう』という発言をした明治大情報コミュニケーション学部(東京都)の須田努教授さんは、素晴らしいいじめの才能をお持ちである。お幾つの方か記事には書かれていないが、おそらくこれまでにもその才能を発揮されてきたのだろう。

以下、2014/4月の過去記事です。
毎日新聞社 2014年4月18日
<強制連行追悼碑>群馬県が「政治利用」と許可更新に応じず
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20140418/Mainichi_20140418k0000e040188000c.html
産経ニュース 2014.4.20
群馬の朝鮮人追悼碑を守る会、批判の中集会 「更新拒否なら国際問題」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140420/kor14042008060004-n1.htm

“群馬の朝鮮人追悼碑”といえば、前に記事に書いた「群馬の森」に建てられているヤツのことだな。以下、2012年5月の過去記事。
群馬の森1 
群馬県立公園「群馬の森」に『「記憶 反省 そして友好」の追悼碑』というものがあるらしい。強制連行真相調査や日朝友好運動に携わっていた日本市民らが「真の友好のためには正しい歴史認識、心からの反省が必要だ」との認識で2004年に建立したものだという。 まったく知らなかった。そんなものが日本国内に、しかも公有地に立っているなんて。
群馬の森2
そこで、日本の植民地時代に強制連行され過酷な労働を強いられて群馬県内で犠牲になった朝鮮人を追悼する集会が4月21日に開かれたという。その集会に、在日、“日本市民”あわせて160人が集まったという。集会では、角倉邦良県議、石川眞男玉村町議らが追悼の辞を述べ、星野已喜雄・沼田市長、新井利明・藤岡市長のメッセージが紹介されたという。
http://chosonsinbo.com/jp/2012/05/0515th-2/
韓国日本大使館前の“慰安婦像”といい、アメリカニュージャージー州の“慰安婦碑”といい、“碑”が好きな人達だ。

なにが友好か。なぜ友好などというまどろっこしい言葉を使うか。友好の名のもとに彼らが求めるのは日本人の“屈服”しかないのに。

この碑の建立に携わった“日本市民”が言っている。「真の友好のためには正しい歴史認識、心からの反省が必要だ」。これは、日本人にとって“屈服”である。そして“屈服”を要求している“日本市民”は、少なくともその心は、“日本国民”ではない。

こんなもの建てた韓国に関する本の題名がすごい。それは前にも記事に書いた。“妄想大国”、“悪”、“呆”、“恥”、”嘘つき”、”醜”、”捨て置け”なそ、など、など。でも、こんなニュース見ると・・・、ほんとうに悲しいね。

さらに悲しいのは、国内の反日勢力が、自分が何をしているかも分からずに韓国を利しているということ。上記、『群馬の朝鮮人追悼碑を守る会、批判の中集会 「更新拒否なら国際問題」 』の記事に名前を出す同会の共同代表を務める民主党の角田義一。闇献金疑惑を恥とも思わず、政治資金規正法によって禁止されている外国人からの献金、実際上は朝鮮総連系の企業からの献金を受けた疑惑も持たれている。

そういえば、以下の様なニュースも・・・
産経ニュース 2014.4.20
「特殊株主」日本企業に送り込む韓国“反日団体”の総会屋的圧力

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140420/waf14042007000002-n1.htm
ついに、韓国の反日運動は、総会屋にまで身を落としました。これって日本では、ただのヤクザモン扱いなんだけどな。しょうがない、捕まえちゃう?
なんか今度記事になった《東京歴史科学研究会》。『会員は全国の大学教員や学生、市民ら計約六百人』ということで、どんなすごいところかとおもいきや、研究会とかは参加者二〇名余で行われているようで・・・。この度の視察は、そのなかでも“肝いり”八名の方によって行われたとか・・・。あと、十六名余りで勢揃いってところで、・・・お後がよろしいようで・・・


    

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テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

『2015年〜 世界の真実』 長谷川慶太郎

著者の長谷川啓太郎さんは、今年に入って矢継ぎ早に本を出している。なかでも『中国崩壊前夜』、『朝鮮崩壊』、そしてこの『2015~ 世界の真実』は、支那崩壊、その前兆としての朝鮮崩壊による、東アジアの「冷戦」の終結について書いている。

さらに、その後出版された本でまだ読んでない本が三冊あって、もう、この激変を目前に、“書かずにいられない”って感じ。特に、今日紹介する本、『2015~ 世界の真実』は、前二作を検証するかのような内容で、不確定要素による揺り戻しや時期的なブレはあったものの、前二作で予想されていたことは大局として間違っていないことは確実のようだ。長谷川慶太郎さんの鼻息が伝わってくるようだ。


『2015年〜 世界の真実』 長谷川慶太郎『2015年〜 世界の真実』 長谷川慶太郎
(2014/07/23)
長谷川慶太郎

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これは単なる予測ではない、すでに見えている現実だ❢
第一章   日本経済は着実に成長する
第二章   迷走してもアメリカは強い
第三章   「中国崩壊」も備えあらば憂いなし
第四章   朝鮮半島統一と茨の道
第五章   EU、ロシア、そして中東
 終章   二〇一五年、日本の課題
東アジアの激変は、支那の崩壊によってもたらされるってことだな。その理由は、第一にシャドーバンキングの破綻、第二に人件費の高騰、第三に環境汚染。それに対処するには経済成長を犠牲にしなければならないが、経済成長を犠牲にしたとき、おそらくすでに二〇%を超えているであろう失業率はさらに高まる。もともとの貧富の格差に加え、そのような事態に至れば、すでに多発が伝えられているデモ、暴動はさらに大規模化し、手の施しようはなくなる。

スゲー単純に言うとそんなことかな。それにしたって、破綻したシャドーバンキングを救済するために、市場にはかなりの元が垂れ流しにされ、悪性インフレの傾向も出ているという。ビッグバンに向け、カウントダウンが加速しているようにすら思える。

支那がつぶれたら、世界の経済そのものが大きな打撃を受ける。ましてや隣国日本は、どんなとばっちりを食うか分からない。・・・本書にも、そう言った危惧があることが紹介されているけど、はたしてどうか。そのへんの検証が、本書にある。
日本からの輸出は約十三兆円でGDPに占める割合が二.五%、日本への輸入は約十八兆円でGDPに占める割合が三.四%。支那との貿易への依存度は約六%で、小さくはないが致命的ではない。

失われる支那への投資は約九兆円で、やはり致命的ではない。

問題は在留邦人。約一万九千社の日本企業が支那に進出し、在留邦人は約十七万人。自衛隊が支那へ行って邦人を救出することは許されず、日本政府ができるのは、民間機をチャーターして送り込むくらいのこと。
本書P214

支那からの企業撤退の様子が伝えられているが、加速する必要がある。著者が言うように、かつて日本は支那に深入りして見事に失敗した。一九三七年の盧溝橋事件から一九四五年の終戦まで、人の命も含めて、なくさなくてもいいものまでなくしてしまった。もとはと言えば、袁世凱以来の支那の内乱に巻き込まれた結果がこれである。著者も書いているが、徹底して支那の内乱には関与しないことだ。いくつもに分裂したうちのいくつか、場合によっては全部からお誘いがかかるだろうけど、なにがなんでも関与しない。それ以外ない。


    

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羊の写真を撮ってきた

先週末、灯油を買い、先日からストーブを使い始めた。まもなく師走を迎えようとしている。そう感じる頃から、時間がスピードを上げるような気がする。まあ、何をするわけでもないけど、有馬記念に頭を捻り、年末は家族そろって蟹を食い、行く年を惜しんでそばを食い、明ければそれなりに準備したおせちに箸を伸ばしたい。
プロフィールに使ってる写真。この一年は 『馬乗り鎮台さん』を使ってきた。いつも、張り子の職人をしている娘の作った張り子を使ってるんだけど、今度はそれがない。どうにも子育てと、その合間を無理やり作ってやってる既存の注文に応えるのが精一杯で、来年の干支張り子を作る余裕は皆無だったとか。軍馬と兵隊
やむを得ず、埼玉県立こども自然動物公園に羊の写真を取りに行ってきた。もちろん妻と一緒に孫を連れて・・・。
koala.jpgじつは、私のところは、動物園のすぐ近くで、ここに引っ越して以来、ずっとお世話になってる。いまはお母さんになった娘や、息子を連れてどんだけ世話になったことか・・・。ホームページはこちら、どうぞ見てみてね。
http://www.parks.or.jp/sczoo/index.html
飼育されているのは、結構地味派の動物たちなんだけど、広大な敷地と、旭山動物園から始まるいろいろな展示の工夫、何より動物とのふれあいがここの売りで、子供が小さいうちは本当に楽しめる。

撮ってきた写真は以下のとおり。羊の写真なんてどこにだってあるし、こんな下手な写真は物の数には入らないけど、そんな写真だからこそ利用価値がある場合も・・・。もしよろしければ、どうにでもお使いください。
 
DSCF2191.jpgDSCF2192.jpgDSCF2193.jpgDSCF2194.jpgDSCF2195.jpg
DSCF2196.jpgDSCF2200.jpgDSCF2201.jpgDSCF2202.jpgDSCF2203.jpg
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DSCF2226.jpgDSCF2227.jpgDSCF2240.jpgDSCF2241.jpgDSCF2242.jpg
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瀬戸内海の旅(覚書)『古代史謎めぐりの旅 ヤマトから平安へ』 関裕二

熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ いまは漕ぎ出でな
瀬戸内海は東西が狭い海峡に閉ざされ、しかも多島海ときている。潮の満ち引きによって太平洋や日本海から勢いよく流れ込んだ海水は、島々にぶつかってさらにスピードを上げる。大自然のポンプに押し込まれた潮が、瀬戸内海で暴れまわるのだ。穏やかに見えるその海底では潮と潮がぶつかり合って、激流を発していたのだ。潮待ちしなければ船を出すことはできなかった理由も、ここにある。

逆に考えれば、潮に乗れば漕がなくても船は進むであり、潮の流れを知り尽くせば、こんな安楽な航路はない。また、潮は早いが内海なのだから外海に比べて嵐には強い。このため、瀬戸内海は古代から近代に至るまで、水上交通の要衝となったのである。

弥生時代の最先端地域の北部九州と古墳時代の日本の中心ヤマトを結ぶのが瀬戸内海なのだから、当然、航路争奪戦が起きる。そして、この航路を支配したものがヤマトの主導権を握ったのである。
本書P71

『古代史謎めぐりの旅 ヤマトから平安へ』 関裕二『古代史謎めぐりの旅 ヤマトから平安へ』 関裕二
(2014/08/21)
関 裕二

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ー大人気 古代史ツアーガイドー

来年の秋、瀬戸内海に行く。広島から入って、まずは宮島。しまなみ海道を楽しんで、岡山に向かう予定。詳細は未定だが、是非この本を参考にしたいと思う。

本書で瀬戸内海を扱っているのは、第二章の《瀬戸内海の秘密に迫る旅》。その秘密とは、結局、上に書いてある瀬戸内海の特質ということになる。瀬戸内海の東西から流れ込んだ潮は、ちょうど吉備のあたりでぶつかるそうです。下の地図の、鞆の浦のあたりですね。
瀬戸内海 
だから船乗りたちは、好むと好まざるとにかかわらず、ここ、吉備で潮待ちしなければならない。だから、瀬戸内海の中央に位置する吉備は、瀬戸内海の流通を支配することができたわけだ。

来年の旅行では、まず宮島に泊まる。翌日、しまなみ海道を楽しんで、泊は岡山市になる予定だ。この本の中では厳島神社については触れていない。でも、しまなみ海道から岡山にかけては存分に紹介されている。

しまなみ海道では、自転車が便利なようだ。自転車で尾道から向島に渡る海峡は川のようだという。村上水軍発祥の地である因島、生口島にはにしの東照宮の異名をとる耕三寺というど派手なお寺があるという、大三島の大山祗神社がこのコースのハイライトになるという。一度行ったことがあるんだけど、もう三十年くらい前のことで、よく覚えてないな。海人の神なのに“山”?それって不思議なことじゃなくて、方向を教える山は、海人であるからこそ崇められたってことらしいですよ。

クライマックスは岡山で桃太郎と吉備津彦伝説か。第七代孝霊天皇の子とされる吉備津彦なら、十代崇神天皇とも時代的に変わらない。崇神はヤマトの初代と目され、神武、応神と重なって初期ヤマト王朝の様子を後世に伝えるというのが、著者関裕二さんの説。となれば、桃太郎と吉備津彦の伝説は、ヤマト建国に何がしか大きな関係を持っているだろう。なんだかワクワクしますね。行ってみたいな。
そうそう、ツアーガイドの関裕二さん。この瀬戸内海の旅でのおすすめがもう一つ。しまなみ海道では「ぜひ蛸を」ってくらい蛸が旨いってさ。私もね。ここに行ったのは三十年前。まだここには橋がかかってなかった時だ。もうほとんど忘れちゃったけど、大三島で食った“蛸飯”の旨さだけは忘れられない。


    

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人民解放軍も聖域にあらず(覚書)『2015年〜 世界の真実』 長谷川慶太郎

Record 2014/10/29
収賄で失脚の中国元制服組トップ、軍事検察院が起訴へ=徐才厚収賄認める―中国
http://www.recordchina.co.jp/a96488.html
(抜粋)
軍事検察院の捜査によると、徐氏は職権を乱用し、他人の昇進で便宜を図り、直接もしくは自身の家族を通して巨額の収賄をしていた。徐氏は収賄を認めている。
Record 2014/11/17
中国海軍高官が飛び降り自殺=規律検査部門の取り調べ受けていたとの情報も―香港メディア
http://www.recordchina.co.jp/a97543.html
(抜粋)
馬氏は軍の規律検査部門の取り調べを受けていたという。消息筋は、中国軍の制服組トップだった徐才厚(シュー・ツァイホウ)前共産党中央軍事委員会副主席が収賄容疑などで党籍を剥奪されたことを受け、軍高官数人が不正取り締まりの調査対象に入ったと明かしている。

『2015年〜 世界の真実』 長谷川慶太郎『2015年〜 世界の真実』 長谷川慶太郎
(2014/07/23)
長谷川慶太郎

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これは単なる予測ではない、すでに見えている現実だ❢
人民解放軍という聖域に習近平が手を突っ込んで引っ掻き回している。前に読んだ長谷川慶太郎さんの本にも書かれていたことだけど、シャドーバンキングの実態は軍であった。シャドーバンキング自体が不良債権化する中で、習近平はその救済をちらつかせて軍を手中に収めた。

だいたい、軍の不正を北京政府が叩くなんて構図はありえなかった。ちょっと前までは、北京政府が軍に気を使っていた。それが、最初に掲げたRecord Chinaの記事のような自体が進行しているということは、長谷川慶太郎さんの指摘が間違っていなかったことを示している。

とすれば、次に起こることは・・・?

北朝鮮がつぶれるということか。北朝鮮を手中にしていた瀋陽軍区が北京政府に降った以上、北朝鮮は北京政府への忠誠を示さなければならない。そのわかりやすい行動が、瀋陽軍区とつながっていた張成沢の粛清だった。しかし、忠誠を示した支那が危ない。いよいよ危ない。シャドーバンキングの破綻、デフォルト、金融危機、連鎖倒産、失業増大、さらにとてつもない問題として環境汚染も抱えている。

支那は北朝鮮に石炭、原油、穀物を各五十万トンずつを無償で提供するという援助契約を結んでいる。それが北朝鮮の命綱である。危機的な状況で、支那は北朝鮮を抱えきれなくなっている。命綱はいつ切られるか分からない。それに感づいているから拉致問題で、北の方から日本に声をかけてきた。事態は、この冬が越せるのかどうか、というところまで来ている。

それを前提とした準備をする必要があるわけだ。飢えた人の群れが三十八度線を越えたら、一度始まれば押しとどめることはできないだろう。・・・日本政府は、そのあたり、どう踏んでいるんだろう。


    

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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