めんどくせぇことばかり 2015年03月

セオドア・ルーズベルトの対日観(覚書)『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之

昨日のハワイ併合史に書いたけど、日本がアメリカの一部にあったアジア戦略の出鼻をくじいたのは日本。場所はハワイ。時は一八九三年。アメリカがハワイ王朝を乗っ取ったその年、日本は巡洋艦「浪速」、艦長は東郷平八郎、をハワイに派遣して、アメリカの強引なハワイ乗っ取りに抗議した。アメリカは即時の併合を断念した。結果としてアメリカは、一八九八年までハワイ併合を見合わせなければならなかった。

・・・この時のアメリカは、真珠湾に基地を持っているわけではなく、パナマ運河どころかパナマそのものがなかった。咲きのデコ事があった翌年、「浪速」艦長東郷平八郎は、海軍の一員として日清戦争を戦った。その戦いの賠償金で、日本は大型戦艦二隻を買い込む。みずからが
海軍次官を務めていたセオドア・ルーズベルトは、海洋国家論を書いた友人のアルフレッド・マハンに、次のように書き送ったという。「I had my way(もしも私ん手立てがあるなら)、私は明日にもハワイを併合し、星条旗を島中に立てたい。我々は日本の新しい戦艦二隻が英国を離れる前に行動を起こすべきだ。我々はニカラグア(後のパナマ)運河を早く完成させ、多くの軍艦を造り、その半分を太平洋に配備したい。私は日本は脅威をひしひしと感じている」と。
 (本書P78)(本書P101)

『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之
(2014/12/22)
高山正之

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ー「日本悪者論」の嘘八百を暴くー

1901年
42歳という若さで大統領就任。

1903年
パナマ共和国がコロンビアから独立。セオドア・ルーズベルト大統領は、わずか10日後にパナマを承認。パナマ運河条約を結んで、運河建設権と関連地区の永久租借権などを取得。工事に着手した。

1904年
日露戦争。

1905年
ポーツマス条約。

1911年
義和団の乱の対米賠償金から資金拠出されて米国留学予備校として清華大学を創立。日露戦争後、急激に高まった若き支那人の日本留学熱を危惧し、清華大学を設立してアメリカへの留学を促す。

常識的には、日露戦争におけるロシアとの講和の直前、日本は戦争継続の余力を失い、危機的な状況であったと言われる。本書の中でも、そんな司馬遼太郎の言葉を引用している。でも、上記のような流れ、ルーズベルトの決して親切で日本の利を図るような人物ではないことは明らか。そのルーズベルトが日露戦争の早期講和実現をめざした。それが日本の利を図るためでなかったとするなら、一体なにか。

つまりは、日本の大勝を阻止するためではなかったか。

日本は、ハーバード大学でルーズベルトと同窓だった金子賢太郎を特使としてアメリカに派遣し、アメリカ世論を親日的にするために宣伝活動を行なっていたという。その同窓生金子賢太郎の故国日本。勝つには勝ったが、逆に窮地に陥っていた(?)日本への友情から、ルーズベルトはロシアとの間で尽力し、ポーツマス条約をまとめあげた。

・・・これは、やっぱり、ウソ❢





    




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「GHQ焚書図書開封5」 西尾幹二

ハワイ併合史
1778年
イギリス海軍探検家ジェームズ・クックがこの島にやってきた。彼自身は、原住民との誤解にもとづく抗争で殺されてしまう。クックや、それを引きついだジョージ・バンクーバーの航海は、大西洋から北西に向かい北極海を抜けて支那に向かうルートを開拓することを目的としたものだった。それらの船員のなかに、この島で暮らしたいと希望するものがあり、バンクーバーはそれを許すとともに、ハワイ島の一族長に過ぎなかったカメハメハに軍事のノウハウを伝授させた。

1810年
カメハメハによるハワイ統一。治安の安定と欧米人によるハワイ認知により、ハワイは商船の寄港地として賑わいを見せる。 主に北米北西部で仕入れた毛皮を支那に運ぶ商船であった。

1819年
カメハメハを継いだリホリホ王が、ハワイ固有の宗教行事を廃止。

1820年4月
宗教的空白地帯となったハワイに、多くのプロテスタント系宣教師が来島。
宣教師の独善
※虚飾や華美を嫌い、何より王政を嫌悪。
※カルビン派の教条通り金儲けは神の御心に合致する行為。
※ハワイの伝統や文化に一切の関心を示さず。
※西洋的ビジネスシステムを持ち込み、土地所有の自由化をめざす。
※西洋的学校システムを持ち込み、英語教育を行き届かせる。
※後にハワイの主要産業となるサトウキビプランテーションは、これらの宣教師の子孫によって経営される。
※ハワイ経済を握るこれらの宣教師の子孫たちは、後に王国の要職の殆どを独占し、内外政を壟断した。
1820年頃
ハワイの山々に繁茂する白檀に目をつけた商人があり、その需要は最盛期を迎える。日本に近い海を漁場とするアメリカの捕鯨船がハワイに寄港するようになる。

1835年
カウアイ島で、ラッド・カンパニーがサトウキビプランテーション経営を開始。

1840年頃
乱伐により白檀の輸出が衰退。それを穴埋めするように捕鯨船が増え、船員を客として賑わう。

1844年
ハワイの土地が、政府、王族、部族長、一般人に分配される。

1850年
外国人の土地所有が認められる。外国人による土地の買い占めが可能になり、プランテーション経営に道が開かれる。

1850年頃
捕鯨船の寄港は最盛期を迎えるが、60年代に入ると、南北戦争と石油の発見で捕鯨事業事態が衰退。

1868年
アメリカ人貿易商で在日ハワイ国総領事を兼ねていたユージン・バン・リードが幕府と交渉し、出稼ぎ人300人を集める。幕府に変わり明治維新政府が交渉相手に変わると、新政府は一転これを中止させるが、出向準備を整えていたバン・リードは無許可のまま153人を移民させる。

1869年
明治政府は使節団を派遣してハワイ政府と交渉し、契約と過酷な労働を不満とする40名を帰国させ、残留者の待遇改善を約束させる。


1870年頃
捕鯨船寄港、ほぼ消滅。西洋人の持ち込んだ風疹、インフルエンザ、百日咳で死亡率上昇、性病の蔓延で出生率低下により、このころまでに人口半減。

1872年
真珠湾の軍事的意味に目をつけたアメリカが、ハワイ政府に真珠湾の割譲を要求するも、島民の反対で交渉は失敗。

1873年
ルナリロ国王即位。国王は有力なアメリカ人を閣僚に据えることで、アメリカからの政治的経済的援助を期待した。

1874年
ルナリロ国王急死。カラカウア国王即位。

1875年
米布互恵条約締結(グラント大統領時代)。ハワイの佐藤に対知るアメリカの関税が撤廃される。以後、クラウス・スプレッケルスらにより、サトウキビプランテーション経営本格化。第4条「ハワイのいかなる領土もアメリカ以外の他国に譲渡・貸与せず、特権も与えない」とあるように、ハワイのアメリカ依存が強まる。

1881年
ハワイ、カラカウア国王が来日し、明治天皇に謁見。白人にハワイを強奪されることを懸念し、日本に助けを求めた。具体的には、王位を継がせるつもりの姪カイウラニと山階宮定麿親王との結婚を要望し、日本の力を背景にアメリカの圧力に抗しようとする。明治天皇は、諸情勢からこれを拒否。

1885年
日布移民条約締結。第一回移民船で946名の日本人が東京市号でハワイに渡る。

1 渡航費用はハワイ側が負担
2 三カ年の契約でハワイの砂糖耕地での労働。
  ただし労働選択の自由なし。
   日給  男 九弗+食費六弗
           妻 六弗+食費四弗
3 一ヶ月の労働日数  二十六日
  一日の労働時間  耕地十時間 工場十二時間
4 移民とその家族を無料で治療する
5 移民の給料の二割五分を天引き貯金する

1887年
銃剣憲法
アメリカによるハワイ併合をめざすアメリカ系サトウキビプランテーション経営者たちは、すでにハワイの経済ばかりではなく、経済にも大きな影響力を誇っていた。 彼らの組織したハワイ連合がこの年に武装蜂起し、カラカウア国王に銅憲法を受け入れさせた。
アジア系移民から投票権剥奪。(日本人移民から投票権を奪う)
投票権に、収入、財産の規準を設ける。(ハワイ現地人から投票権を奪う)
国王の権限を弱める。
枢密院、内閣の権限を強化する。(白人系ハワイ人の権限強化)
1890年にはすでに、日系移民は12,360名を数え、現住ハワイ人と併せれば、その数は人口の50%を超えていた。

1891年
カラカウア国王、サンフランシスコで客死。妹のリリウオカラニ国王即位。

1893年
リリウオカラニ女王は銃剣憲法とハワイ人の復権をめざし新憲法の制定を計画するが、これが白人プランテーション経営者のグループに察知される。白人グループは安全委員会を立ち上げ、アメリカによるハワイ併合を計画し、ホノルルの治安悪化を理由にアメリカ海兵隊に出動を要請する。ホノルル港に停泊していた米巡洋艦ボストン号から海兵隊が出動し王宮を占拠、リリウオカラニ女王は退位させ王政の廃止、さらにサンフォード・ドールを大統領に暫定政府の樹立を宣言する。サンフォードを追ってハワイに移った後ドール・フード・カンパニーを創業したハワイのパイナップル王ジェームズ・ドールは従弟にあたる。

日本は急遽、在留邦人保護を理由に巡洋艦「浪速」(艦長:東郷平八郎大佐)と「金剛」の2隻をハワイに派遣し、ホノルル港に停泊中の米艦ボストンの両側を挟んで真横に投錨してクーデター勢力を威嚇した。東郷は新政権を完全に無視し、リリウオカラニ女王の側近とのみ接触。アメリカのクリーブランド大統領はハワイ併合を見送った。
巡洋艦浪速

1894年
前年以来、両陣営からアメリカ議会工作が行われたが、暫定政府はこの年の7月、ハワイ共和国の樹立を宣言。

1895年
王政派による武力蜂起がおこされるがまもなく鎮圧。ハワイ軍人ウィルコックスら反乱首謀者らは内乱罪で死刑を求刑されたが、約200人の命と引き換えにリリウオカラニは女王廃位の署名を強制され、ハワイ王国は滅亡した。

1898年
ウィリアム・マッキンリー大統領時代、ハワイは正式にアメリカに併合され、アメリカ合衆国ハワイ準州となる。

ハワイ併合法案を審議する本会議に参考人として招かれたアルフレッド・マハンの証言
『我が国はより強力な海軍力を必要としています。一度戦争が(太平洋方面で)起こるようなことがあれば、(いまの海軍力では)太平洋岸の領土を防衛することはできません。それだけではありません。ハワイ諸島を他国が占領することを阻止することさえもできません。しかし我が国がこの島をさきに占領し、要塞化しておきさえすれば、(我が国よりも強力な艦隊を所有する国でさえも)アメリカ太平洋岸を侵略することは難しくなります。ハワイに海軍基地を保有せずして我が国を攻撃することはまず不可能なのです。』

1959年

アメリカ合衆国50番目の州に昇格。

『GHQ焚書図書開封〈5〉ハワイ、満洲、支那の排日』『GHQ焚書図書開封〈5〉ハワイ、満洲、支那の排日』
(2015/02/06)
西尾 幹二

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ー西尾幹二さんのすごいお仕事ー

上の年表は、以前子の本を読んだ時にまとめておいたもの。高山正之さんの『アジアの解放、本当は日本軍の❢』に書かれていたハワイやセオドア・ルーズベルトのことを呼んで、思い出して引っ張りだした。

セオドア・ルーズベルトに関しては、あとで別に改めて書くね。ここでは、ちょっと、以前書いたものを・・・。



副題は「ハワイ、満州、支那の排日」

今回開封されたのは、「ハワイを繞る日米關係史」、「少年満洲讀本」、「日本と支那の諸問題」の三冊。

「ハワイを繞る日米關係史」
この本では、アメリカのハワイ侵略と併合、さらにそれに対する日本の関わりが詳しく書かれている。おそらく、“ハワイ”という一つの文化の滅亡について、これ以上詳しく書いた本は、世界に一冊も存在しないだろう。米墨戦争の勝利とゴールドラッシュにより太平洋に出会ったアメリカのフロンティアは、一刻もとどまることなく西へ向かう。それこそ彼らのマニフェスト・デスティニーだった。目指すChinaは太平洋の対岸、その手前のJapanへ向かう中間点に位置するハワイ。地図上ハワイは、まさに宿命的な位置にある。

「少年満洲讀本」
「父が、見聞を広めさせようと、二人の息子を満洲旅行に連れ出す」という設定で語られる、"子供たちに伝えたい満洲の真実"ってかんじの本。同時代人が、満洲をどうみたか。なんの色眼鏡もなく、素の満洲が語られる。

「日本と支那の諸問題」
今回の目玉はこの本だろう。いや、著者の紹介だけでは物足りない。今すぐ手にしたい。初恋のように胸が疼く。戦前と現在をつないで、ここまで支那の排日を的確に書き表したものはないんじゃないだろうか。しかも驚いたことに、今私達が感じているのと全く同じ事を、80年前に日本人が感じ、解明し、書き留めているっていうんだから。まさに脅威の本だ。

・・・、こういうものを読むと、ものを知らないことが恐ろしくなる。この中で紹介されたの本をGHQが焚書したかった気持ちがよくわかる。 焚書の恐ろしさに唾棄するとともに、著者の発掘に感謝。





    




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『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之

昭和十二年八月十三日、蒋介石は精鋭部隊を上海の日本租界に突入させた。支那軍の武装は世界の新鋭モデルだった。縦横に張り巡らされたクリークと頑丈なトーチカに、日本軍は深刻な消耗を強いられた。この戦いで日本側は四万人強という死傷者を出した。ちなみに支那軍の死傷は三十三万五千人、敗れた蒋介石と軍は南京に向けて潰走した。

この本に教えられた。「堅壁清野」という言葉があるんだそうだ。支那で古来から用いられた焦土作戦で、南京城に立てこもって固く守り、上海から南京までの場外に日本軍を利するものは何も残さないということのようだ。でもね~。実際に上海・南京間で行われたのは略奪とその後の放火、女たちの犠牲というおまけ付き。

結局は蒋介石が敵前逃亡、あとを任された唐生智も敵前逃亡。・・・かわいそうなのはこの子でござい。親の因果が子に祟り、・・・兵隊は捨てられました。

さらに九江落ち延びた蒋介石の軍は家々を占拠して食料を略奪、住民は自分の街に居ながらにして難民となる。日本軍が迫ると兵たちは、「井戸にコレラ菌をまき、朝貢の丁卯を決壊させて」逃げたという。濁流は河南省の半分を水没させ、三十二万人の命を奪ったという。蒋介石の軍は、日本がコレラ菌に罹患した人々を治療し、家を失った住民に食料を配給し、堤防を復旧している間に逃げた。蒋介石は、この作戦を“成功”と評価した。

その後も“清野”作戦は続けられ、昭和十三年十一月には日本軍の到来の予想された湖南省長沙の由緒ある街に火を放ち、二万人の住民を焼き殺した。

汚ねぇにも程がある、ったく、ダムダム弾やマスタードガスまで使ってたっていうんだから、あきれ返ってものも言えねぇ。・・・ああ、そういえば戦勝七十年記念だそうで・・・。


『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之
(2014/12/22)
高山正之

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ー「日本悪者論」の嘘八百を暴くー
第1章  パレンバン オランダを蹴散らした空の神兵
第2章  インパール 神のごとく振る舞った英国人が青ざめた
第3章  上海・南京・武漢 日本を潰せー支那の背後にちらつく露・独・米の影
第4章  旅順 アメリカはなぜ「日露講和」に乗り出したのか
第5章  ビルマ・真珠湾 白い人が仕掛けた黒い罠
第6章  ラバウル 米豪の”白きゴーマニズム”
第7章  バターン 「バターン死の行進」はクサイぞ❢
第8章  韓国 奴隷のいた国、いない国
第9章  東ティモール 「戦後自虐史観」の方程式=白人の奸計+ウソつき教授+朝日新聞
第10章  白人はいつも腹黒い 
 

蒋介石は白人と手を組むことにした。だから、あの頃の蒋介石軍の軍備はドイツ製やアメリカ製の上物だった。作戦もドイツ軍事顧問団の指図を受け、時には直接兵を動かした。フライングタイガースとして日本軍と空中戦を演じたのは米兵だったりもした。
インドは長らくイギリスの手先であった。右は1900年、支那で発生した義和団事件の時に出動した八カ国連合軍。ちなみに左から、英、米、露、印、独、仏、墺、伊、日。ターバンはシーク教徒か?義和団
こんな関係ないところまで駆りだされてくる状況だったわけだ。だけど、イギリス様の下で、偉そうに振る舞ってたらしいよね。ビルマなんかずいぶんとかわいそうな状況だったらしい。そうそう、ビルマの英雄アウンサンの父親も、当時ビルマで偉そうにしていたインド人に殺されたとか。
ナガランドインドって、東に不自然に出っ張ってるよね。シリグリ回廊で結ばれたインド北東部は反インド分離独立の運動が激しい。ネルーは列強の植民地支配と搾取を避難し、非同盟諸国の良心のように振る舞ったけど、インドが独立する時にここを自国領に編入した。お茶で有名なアッサム、石油やタングステンなどの資源が算出されたからだ。

ここはかつて、イギリスがビルマから奪い取った場所だった。
まあ、支那にとってのチベット、ウイグル、内モンゴルといたところか。

『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』は、まえに髙山さんが出した『白い人が仕掛けた黒い罠』の続編みたいな感じの本。髙山さんが語る日本を取り囲む近現代国際社会の背景、知って生きるか、知らずに死ぬかは、大きな違い。




    




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『日米衝突の根源 1858-1908』 渡辺惣樹

二〇一一年の暮れに読んで記事を書いている。この頃は今とはちょっと違う書き方してたんだな。本の写真も崩れちゃってるんで、訂正して、あらためてご紹介しておこう。・・・とか言って、ちゃっかり過去記事で・・・
ホーマー・リーという人物が、『無知の勇気』という本を書いているという。その中で彼は、ポーツマス条約の締結時点で日米の衝突を予言していたという。 この本の中では、すでに衝突を既定の事実として時代の状況を分析している。 彼が衝突を既定の事実と結論づけた背景をあげてみる。

一つは、極東にアメリカ自身が目覚めさせた日本という国が、相応の力を持って立ち上がったということ。 特に日露戦の後は、日本が非支配民族の期待を集めたという事実も重なる。

もう一つは、アメリカは必ずそこへ行くと、著者のホーマー・リーが確信しているということだ。 これはホーマー・リーが、セオドア・ルーズベルトと同じ目で世界を見ていた、あるいはルーズベルトと同じ目がアメリカを動かしていることを彼が理解していたことを示している。

そしてそこに立ちはだかるものがいれば、衝突となる。 難しい分析ではない。しかしそれは、アメリカから見れば“難しくない”のであって、日本から見てそれを予測するのは、そう簡単なことではない。やってくる主体は、あくまでアメリカであるのだから。

『日米衝突の根源 1858-1908』 渡辺惣樹『日米衝突の根源 1858-1908』 渡辺惣樹
(2011/10/22)
渡辺惣樹

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ー根源はアメリカに・・・ー
第1章  日本人と支那人
第2章  カリフォルニアの争奪
第3章  太平洋シーレーン
第4章  南北戦争
第5章  大陸横断鉄道開通
第6章  「アメリカの湖」
第7章  岩倉使節団の失敗
第8章  フィラデルフィア博覧会
第9章  支那人排斥法
第10章  ハワイ国王カラカウア
第11章  グラント将軍の日本訪問
第12章  フロンティアの喪失
第13章  ハワイ攻防戦
第14章  米西戦争
第15章  白い艦隊(ホワイト・フリート)

だからこそ、この『日米衝突の根源 1858-1908』という本には意味がある。 もともとアメリカを見なければ、日米戦争を理解することなどできるはずはないのだから。

しかも、単なるアメリカ史ではない。 ここには、アメリカが、どう日本との戦争に向かっていったかが書かれている。 国内産業を保護して国力の増強を目ざすアメリカン・システムとその綻び。独立後も続くイギリスとの確執。成長と共に必然的にもたらされる国内の人種問題。南北戦争。ハワイ併合。米西戦争とフィリピン領有。日経移民排斥。
 
高校の世界史では、そうは教えないけど、南北戦争の前と後では、アメリカ合衆国というのは違う国家になっている。もともと独立した時は、そこには十三の独立国家ができると認識していた人も多い。特に自立できる力を持った植民地はそうだった。自立できない植民地が連邦を望んだんだ。南北戦争というのは北部が勝ったからそういうのであって、南部にしてみればこれは国際戦争。アメリカ連合国は敗戦国として、・・・何だかこのあたり、日本が重なる・・・北の奴らに蹂躙された。

ついつい熱くなってしまった。・・・なにはともあれ、統一国家としてのアメリカ合衆国が登場したわけだね。統一されたアメリカは、アメリカ連合国のからの利益に励まされて工業化を進める。資源にも恵まれて、早くも一八九〇年代にはイギリスの工業力を上回る。折から太平洋の反対側には、もうひとつの統一国家が生まれていた。それが日本。欧米列強の圧力に危機感を持って近代化を進めた日本は清朝を敗り、さらにはロシアをも退ける。いずれも自存自衛のための戦いだった。

しかし、太平洋をフロンティアの草刈り場と定め、支那への進出を目したアメリカには、・・・。日本はアメリカの国家戦略にとって最大の障害と映った。

この視点から日米戦争に迫る本書の登場は、それ自体大きな価値がある。 それだけでなく、面白い。 読んで面白い。私自身は、日米戦理解の歴史を変える一冊になると思っている。
だいぶ加筆しちゃった。





    




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『いよいよ、日本の時代がやって来た❢』 日下公人

ちょっと、もう少し題名に気を使ってほしいなあ。『いよいよ、日本の時代がやってきた』じゃなあ。ちょっと遠慮が勝った質なもんだから、なんだか逆に手を出しにくくなっちゃうよ。書いてあることは、すごく真っ当なのにさ。確かに最近、テレビでも日本の良さを再発見する番組が増えてますよね。中には「外国人に日本を誉めさせて喜んでる」って意見もあるよね。
iZA 産経デジタル 2015/2/14
日本人は自国の“再発見”番組が大好き…背景は?
http://www.iza.ne.jp/kiji/entertainments/news/150214/ent15021419190016-n1.html

まったくさ、本当は戦勝国アメリカによる敗戦国日本に対する洗脳から、ようやく覚めようとしているわけなんだけど、そんな歴史すら知らないようなアンポンタン、相手にするのもばかばかしい。そんなこと言いながら、どっかで気にしてんだよね。なにせ、この題名が気になるんだからさ。

『いよいよ、日本の時代がやって来た❢』 日下公人『いよいよ、日本の時代がやって来た❢』 日下公人
(2014/12/22)
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ー2015年〜日本と世界はこうなるー

第1章  いま、世界は静か
第2章  いま、日本が直面する問題
第3章  満つれば欠けるは世の習い
第4章  金銀溢れいづる日本
第5章  世界が日本化する
エピローグ  日本の時代がやって来る

ここまで楽天的にはなれない。たしかに日本以外の国々がさまざまな困難な問題に直面しているのに対して、日本にはそれがない。実際に、“ない” わけではないが、諸外国の状況を考えれば“ない” に等しい。震災だって、原発がはねたって土台は揺るがないんだからね。

それでもね。“家族”だよ。あるいは“家”ね。こう言うと嫌がる人がいるのは承知してるけど、今の日本が抱える問題って、全部根っこにあるのはその問題じゃん。だれだよ、“家”壊したんは・・・

この本の話に戻るけど、”まえがき” に著者がこの本を書くにあたっての基本的な考え方みたいなのがあってね。以下の7項目なんだけど・・・。
  1. 国別で考えるより宗教別、言語別、イデオロギー別、歴史別、習慣別、収入別などの考えを取り入れる。
  2. 経済はもちろん大事だが、なるべく経済統計は使わずに考える。
  3. 感性を取り入れて考える。
  4. 個人の選択を大事な要素とする。
  5. 組織の選択にも大きな違いがある。
  6. 第二幕のストーリーを考える。
  7. 中期、長期へ、長く因果関係を考える。
これってさ、危ないんだよね。だって、これまで自分が勉強してきたこと、調べてきたこと・・・、自分のものとなった血も肉も全部駆使して、誰にも、どんな組織にも遠慮せずに、書きたいことを書くぞ、っていう宣言でしょ。

この間のブログに書いたけど、「それを言っちゃあおしめぇよ」の連続よ。

さて、《第4章 金銀溢れいづる日本》なんじゃないかな、大事なところは・・・。かつては文字通り、《黄金の国ジパング》だったわけだよね。石見の銀山が世界遺産なのは、そこで産出された銀が、世界を動かしたからさ。でも、今は違うでしょ。金も、銀も枯渇して、日本は頭を下げて海外から資源を売ってもらってる。だけど、世界を動かしてるよね。それって・・・。
『日本のかけがえのない資源、それは日本人自身』

それが一番言いたかったところじゃないかな。・・・私が
著者のように楽天的になれないのは、その部分に不安を感じるからなんだけどね。




    




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日・インドネシア共同声明(覚書)『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之

三月の二二日から二五日、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領が来日した。二三日には安部首相との会談が行われ、「-海洋と民主主義に支えられた戦略的パートナーシップの更なる強化に向けて-」と題した日本・インドネシア共同声明が発表された。インドネシア
詳細はこちら・・・外務省HP 日・インドネシア首脳会談
http://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sea2/id/page4_001077.html
(骨子)
1 総論・海洋分野の協力
・「戦略的パートナーシップ」の強化。海洋国家、民主主義国家同士、地域と国際社会の平和・安定及び繁栄に貢献。
・戦後70年間、日本が一貫して平和国家として歩み、地域及び世界の経済発展に寄与してきたことを賞賛。
・海洋分野での協力(海洋安保、海洋関連産業振興等)を強化・加速するため、「日本・インドネシア海洋フォーラム」の立ち上げで一致。
・航行及び上空飛行の自由の重要性、国連海洋法条約等国際法上の諸原則に従った紛争の平和的解決。
2 政治・安全保障
・国際協調主義に基づく「積極的平和主義」を歓迎。
・外相間戦略対話の継続、「外務・防衛閣僚協議」の開催につき確認。防衛協力に関する覚書を歓迎。
3 経済・経済協力
・投資・貿易の促進のため「PROMOSI(※):日インドネシア投資・輸出促進イニシアティブ」を立ち上げ(①ビジネス・投資環境整備の推進、②産業人材育成の強化、③インフラ整備等経済・産業協力に関する閣僚級対話の設立(MPA(ジャカルタ首都圏投資促進特別地域)閣僚協議の後継)、④経済連携及び地域経済統合の推進) (※インドネシア語で「推進」の意)
・ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)等に関する資金供与の合意(約1400億円の円借款供与)につき歓迎。
・日インドネシア経済連携協定(JIEPA)の一般的な見直しを進めることを確認。
・高効率石炭火力発電への公的金融支援の必要性につき国際場裡で共有。
4 文化・人的交流
・インドネシアによる日本人に対する査証免除に関する最近の発表を歓迎。(注:早ければ4月にも査免を実施)
・JENESYS2.0、文化のWAプロジェクトへの評価、歓迎。
5 地域・国際社会における協力
・ASEAN・EAS等強化
・テロとの闘い(シリアにおける邦人人質殺害及びチュニジアでの事件を非難。穏健主義促進の重要性)
・南シナ海(行動宣言(DOC)の完全な実施及び行動規範(COC)の早期妥結の重要性、自制を働かせ、力による威嚇・力の行使によることなく解決)
・朝鮮半島(拉致問題を含む日朝関係を説明。日朝関係の進展への期待の表明)
・国連創設70周年に際した国連安保理改革における協力
日本・インドネシア共同声明(骨子) -海洋と民主主義に支えられた戦略的パートナーシップの更なる強化に向けて-

『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった』 髙山正之
(2014/12/22)
高山正之

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ー「日本悪者論」の嘘八百を暴くー

あの戦争の本質、インドネシアはわかってるよね。わかってるけど、日本から賠償金をとる側に回ったんだよね。どの国も、自国の最大限の利益を図るのは当然のこと。でもね。・・・でもね。

インドネシアはパレンバン、ムシ川にかかる橋。アンペラ鉄橋。パレンバンといえばパレンバン空挺作戦。挺身飛行戦隊輸送機を直掩するのは加藤隼戦闘隊。降下するのは空の神兵。
日本の強さは強烈だった。インドネシア人が歯向かうことすら考えなかったオランダ軍を瞬殺した。オランダ支配に終止符を打った日本は共通の言語を与えなかったオランダと打って変わってインドネシア語を共通の言語と定め、学校を作り、行政を学ばせ、警察とペタと呼ばれる軍隊を創設した。

日本は敗戦国になったが、インドネシアは独立した。著者が書いているが、日本がパレンバンやメナドを含めてオランダ軍を制圧するのに八四〇人の死者を出した。敗戦後、日本が育てたペタに殺された日本兵は千二百余命だそうだ。それでも友情からインドネシア独立にその身を投じた日本兵は二千人。うち半分が死んだそうだ。

日本は総額六億三千万ドルを倍賞プラス経済借款として支払った。先に上げたアンペラ鉄橋はその戦後賠償の一環である。アンペラの意味?・・・この「AMPERA」は、ある言葉の頭文字を並べたものだそうです。元の言葉は、「Amant PEN deritaan Rakyat」、意味は「(収奪などで)虐げられた人々への償い」だそうだ。・・・ざけんなよ

共同声明の内容にケチつけるつもりはないけど、そのへんのところ、ちっとは考えてもらいたいもんだね。


とりあえず米国のとりなしで、オランダがインドネシアから手を引いた時、植民地時代の社会資本の代償として、インドネシアはオランダに六十億ドルを支払った。それを含め、インドネシア独立記念館はオランダの植民地支配をなんにも語らない。日本の支配をひどく言うことはあってもね。著者はこの現象を以下のように言う。
彼らは弱い存在だ。独立した今でも旧宗主国オランダに文句も言えない。それはもっと酷い目にあったインドがいまだに英国に尻尾を振っているのを見ても分かる。独立記念館に事実を書いたら、つまりオランダの植民地政策を書いたら、白人国家から総スカンを食う。現に東ティモールだって簡単に奪われている。





    




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イスラム国(覚書)『イスラーム 生と死と聖戦』 中田考

グローバル化はうんざりだ。ねっ、あなたもそうでしょ。世界の平均化なんて絶対ありえないことで、グローバル化っていうのは、結局アメリカのやり方を受け入れるかどうかってことだよね。日本なんかにしてみれば、なんといっても直接アメリカに敗戦して占領された国だから、いいとか悪いとかの問題じゃない。アメリカ組の軒に鎖で繋がれた。それでも長い間、ソ連っていう親分さんがいて、アメリカに対抗してたから、アメリカも底力のある日本を、そう無碍に扱うわけにもいかなかった。

でも、ソ連組も潰れたからね。日本も含めて、世界中が「グローバル化の時代」なんて言われて、アメリカのやり方の受け入れを迫られてるわけだ。

「資本主義の行き着く歴史的必然」なんて言われてた社会主義が、机上の空論であり、結局、独裁体制養成ギブスに過ぎないことが露呈した今、資本主義はいよいよその本性である強欲を隠そうともしなくなる。少しでも乗り遅れまいと世界が動く中、アッラーに“従う”ムスリムたちは、「従えない」と主張したのだ。グローバル化という名のもとに国境を越えようとする強欲資本主義と同じように、イスラームもカリフのもとに国境を越えてつながるグローバルな宗教だった。アメリカの強要するグローバル化を受け入れることは、アッラー以外の者に“従う”ことだった。


『イスラーム  生と死と聖戦』 中田考『イスラーム 生と死と聖戦』 中田考
(2015/02/17)
中田 考

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ームスリムの死生観を分かりやすく解説ー
弁護士ドットコムNEWS 2015/1/22
「交渉できるならイスラム国に行く用意がある」中田考氏
http://www.bengo4.com/topics/2582/
(抜粋)
安倍総理が言ったとおり、日本は、イスラム国と戦う同盟国側に援助するわけですけども、あくまで人道支援に限られるという論理は、イスラム国に対しても同じように適用されるべきだと思っています。

これまでも、人道援助、経済援助の名のもとに、アフガニスタンやイラクに関して、日本や国際社会は多くの援助をおこなってきましたが、それが適切な人のもとに届いていなかった。特に、スンナ派の人々の扱いが非常に悪かった。それが、今回の事件の根源にあります。

現在のイスラム国の前身は、イラクのスンナ派イスラム運動です。彼ら自身は、アメリカによってイラクが攻撃されたことを、彼らの体験として覚えています。サダム・フセイン政権が倒れたときは、彼らも含めてほとんどのイラク人は、アメリカを歓迎していました。それが数カ月で「反アメリカ」に変わった。空爆その他で、たくさんの人が、特に女性や子どもが殺されたが、それに対して、まったく補償がされていない。現在、それが繰り返されており、イスラム国の支配地域で、多くの人びとが殺されています。

国際赤十字、中東地域では「赤新月社」と呼ばれている団体は、イスラム国の支配下にあるところでも、人道活動を続けていると聞いています。私の提言としては、イスラム国が要求している金額が日本政府の難民支援と同額ということですので、難民支援・人道支援をおこなうという条件を課したうえで、赤新月社を通じて、またトルコに仲介役になってもらって、難民支援や犠牲になっている人の支援をおこなうことが合理的であって、どちらにも受け入れられるギリギリの選択ではないかと思っています。

日本ではあまり大きく報道されていませんでしたが、イスラム国は1月17日に、ヤジーディ教徒350人を無償で、人道目的で解放しています。一つのメッセージだと考えるべきだと思います。

中田さんは、北大生をイスラム国に斡旋したということで世間を騒がせることになりましたね。この本の中でも書いている。「これまでにもイスラム圏に行きたいという人がいれば、現地の知人に紹介してきた」と。同時に、戦闘員としてイスラーム国に行くよう進めたことは一度もないそうです。

中田さんが、このイスラーム国をどうとらえているのか。その論点を紹介しておきます。そんな興味から手にとって頂いてもいい本だと思います。まずは、イスラーム国の登場を段階的にまとめてみると・・・。
  1. ビンラーディンはムスリムを迫害する異教徒をアフガニスタンから追い出そうというシンプルな発想で、特別な思想はない。
  2. ビンラーディン後、アルカーイダのリーダーとなったザワーヒリーは、今ある領域国民国家の枠組みで地域的なイスラーム国家を作り、それらの連合によってカリフ制を樹立しようとした。
  3. イスラーム国は領域国民国家の枠組みを越えたカリフ制の復興をめざした。歴史上の初代カリフと同じなを持つアブー・バクル・バグダーディがカリフの地位についた。
二〇世紀のイスラム諸国の指導者たちは、欧米列強の世界戦略によって決められた国際秩序のなかで権力を維持することに満足してきた。パレスチナを放置したままで、である。だから、イスラーム国が登場した。さて、ムスリムならカリフ制を支持する義務がある。さて、そこで中田さんの言う論点です。
1 彼らの唱えるカリフ制は本物か
2 国境の開放をどう評価するか
3 統治のあり方
全部書いちゃあダメだよね。でもね、どうも中田さんは、現在のイスラーム国のあり方を悲観的にとらえているようだな。





    



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自由に《従軍慰安婦》を語る(覚書)『いよいよ、日本の時代がやって来た❢』 日下公人

《従軍慰安婦》について語るということは、つまり「韓国人の嘘を暴く」ことである。相手の卑劣をあげつらう。まぁ、あんまり気持ちのいいもんじゃない。だから、「まあまあ・・・」と言って済ませてきた。そう言って済ませてきたら、相手が図に乗っちゃった。それをてこに、日本から金をむしろうとした。「うんうん・・・」と言って済ませてきたら、「もっともっと・・・」ってね。「もう終わったことなんだから・・・」ってはねつけたら、日本大使館前に気持ちの悪い“花子像”が作られた。そして、“花子”はアメリカに渡った。・・・んん?・・・赤い靴はいてたかどうかは知らないけど。

日本にしてみれば、もともとたいした問題じゃない。取り上げれば、傷つくのは韓国人であるのはみんな知ってた。でも人間って、チャンスのときほど、自分の足元が見えなくなるんだよね。大騒ぎしてる韓国人も、ここぞとばかり日本たたきしてきた日本人も・・・。
『いよいよ、日本の時代がやって来た❢』 日下公人『いよいよ、日本の時代がやって来た❢』 日下公人
(2014/12/22)
日下公人

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ー2015年〜日本と世界はこうなるーばくだ

 従軍慰安婦についての私の考えを言ってしまえば、日本人の朝鮮人理解には二つのことが欠けている。第一に、戦前の朝鮮は非常に貧しかった。それは想像を絶していた。第二に、住所を聞けばすぐにわかってしまうすごい差別があった。従軍慰安婦になった女性は、大抵はそういった被差別部落の出身である。 そういう被差別部落に入って行って「いい儲け話があるぞ」と言って女性を募集して歩けるのは、現地の人以外にはありえない。そこに入って行って「うまい話があるよ、お嬢さん、どう?」などということができる日本人はいるわけがない。また、実際は現地人がやってくれるから行くまでもない。だから、強制性の有無などというのは何を言っているのかと思う。
本書P49
「それを言っちゃあおしめぇよ」・・・この言葉、最初、自分のブログの題名にしようかと思ってたんだけど、まさしく「それを言っちゃあおしめぇよ」の世界ですね。

この文章の後に、著者もあらためて書いているけど、併合前の朝鮮の人々は本当に貧しかったからね。併合下、旧来の身分制は表面的には廃止される。経済状況も良化はするが、身分制下低階級の貧しさは依然として生易しいもんではなかった。どうせおんなじことするんだから、稼ぎになった方がいいに決まってる。・・・で、そうして稼いだわけだ。・・・で、みんな喜んで丸く収まったわけだ。

ところが、戦中に慰安婦として稼いだ人々は、いわば、“親日利得者”ということになるわけですよね。莫大な稼ぎで丸く収まったはずのものが、後からそうはいかなくなっちゃった。やれ、どこの出身で身分は云々だとか、どこどこの誰それが親戚にいるはずだとか、なんたらかんたらという風にさらされて・・・。朝日新聞が水向けてくれたもんだから、“日本の恐ろしい顔をした兵隊に無理やり・・・” なんてところで落ち着いちゃってさ。

あ~あ、著者の言うところが面白い。『藪をつついて蛇を出すとはこのことだが、韓国の正体は日本人の想像を超えているのではないかと思う・・・』

止める桜の手を振りほどいて柴又を出ていくのは勝手ながら、“悪かった” と思うからこそ、寅さんも盆か正月には『思い起こせば、恥ずかしきことの数々・・・』とはがきを出す。“日本人の想像を超える彼ら”には、そんなはがきは期待しませんが・・・。




    




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『天皇家と古代史十大事件』 関裕二

こんなところで紹介したら笑われるかもしれないけど、「いろはにほへと」、いわゆる「いろは歌」。おんなじ仮名を一回だけ使って、しかもすべての仮名を使いきる。手習いの見本として日本の文字教育にどれだけ貢献したか、それだけでも価値は計り知れない。しかもその内容は、仏教の無常感を的確に表現している。まさに天才の仕事。でも、・・・もうひとつ。

いろはにほへと ちりぬるを  わかよたれそ つねならむ 

うゐのおくやま けふこえて  あさきゆめみし ゑひもせす


これを作ったのは空海と言う説もあるという。「いろは歌」には、もうひとつの読み方があるという。それを知って以来、誰が作ったかよりもなぜ、誰を思って作ったのかが気にかかって仕方がない。

もうひとつの読み方というのが“七字読み”。七文字目を読んでいく。“と”、“か”、“な”、“く”、“て”、“し”、最後は七字に足んないけど、“す”。・・・“とかなくてしす”。濁点と漢字をあてがって、「咎なくて死す」、誰かが無実の罪で死んでいる。その恨みを、「いろは歌」の中に忍ばせている。
『天皇家と古代史十大事件』 関裕二『天皇家と古代史十大事件』 関裕二
(2015/01/07)
関 裕二

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古代の謎は、藤原氏が歴史をゆがめたところに始まる
第一章  大津皇子謀反事件
第二章  軽皇子立太子
第三章  石川刀子娘貶黜事件
第四章  長屋王の変
第五章  大仏殿造立事件
第六章  橘奈良麻呂の変
第七章  宇佐八幡宮神託事件
第八章  藤原種継暗殺事件と平安京遷都
第九章  藤原氏の他者排斥事件(承和の変と応天門の変)
第十章  院政の始まり・源平合戦

日本史の底流には藤原氏の暗躍と、それへの抵抗があったということか。そして藤原氏の祖、中臣鎌足は、百済の王子豊璋では・・・、というのが関裕二さんの主張だよね。関さんの書いたものを読めば、情況証拠はある程度そちらの方向を指しているようにも思える。それでも確信は持てない。確信は持てないんだけど、やっぱり違うんだよね、藤原氏ってさ。人間の質が・・・。

藤原なんて、赤子の手をひねるくらいのもんだったわけじゃない。蘇我、物部、大伴なんかにしてみれば。ところが旧勢力は、藤原を追い詰めても、ツメが甘いんだよね。それに比べて藤原は、最初から相手の息の根を止めにかかる。恨みを買い、怨霊を発生させることなんか、最初から頭にない。そう思える。・・・やはり、国内の勢力じゃないからかな。・・・関さんの主張、なんだかあたっていそう。

天武朝でまったく相手にされなかった連中が、主流から外れた天智天皇の娘鵜野讃良-草壁の周辺に集まり始めた。その中心が藤原不比等。ありそうな図式なんだよね、これって・・・。さらに、大津を謀略にはめた出来事は、当時の天武系遺臣の怨嗟の的になったろう。だから、草壁は玉座につけなかったというのが関さんの主張。鵜野讃良の即位、軽皇子の即位は無理に無理を重ねてのこと。関さんは”持統即位”は自作自演では・・・、とまで言う。そんな無理をあとから正当化するために、日本書紀に現れる『天孫降臨神話』が創作されたという筋書きは理屈にかなっちゃうね。
天照大御神---正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊---天津彦彦火瓊瓊杵尊
鵜野讃良皇女(持統天皇)---草壁皇子---軽皇子(文武天皇)

天武崩御・大津謀殺から始まる蘇我派と反蘇我派の暗闘、こう言うとなんだか対等な立場みたいで気持ち悪いな。蘇我派に対する鵜野讃良・藤原不比等テロリスト連合の攻撃は熾烈を極め、ようやく正気を見出した持統天皇の歌がこれってことか。

春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり 天香久山

霊山天香久山をとった者がヤマトの王となる。白き衣は天女の羽衣。天女こと、蘇我を象徴する「トヨ」の名を持つ豊受大神は羽衣を翁に盗まれ身動きがとれなくなった。翁こと持統天皇は、今まさに天女の羽衣を手に入れようとしている。





    




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竹田恒泰の本三冊・・・ずいぶん前のだけど

今日は過去記事なんだけどね。二ヶ月間抱えてきた仕事が金曜日に終わってね。ようやくまとも日本が読めるようになる。仕事が気になっちゃって、本開いても上の空になっちゃってね。本読みとブログを軸にした生活のリズムもボロボロになっちゃった。建てなおさないといけないんだけど、仕事もそんなに甘くないし・・・。

この週末は本に浸ろう。・・・そう思ってたら、孫が遊びに来た❢  
竹田恒泰
作家。慶應義塾大学講師(憲法学)。昭和50年、旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫に当たる。慶應義塾大学法学部卒業。憲法学・史学の研究に従事。平成18年に著書『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で山本七平賞を受賞。その他著書に『エコマインド~環境の教科書』(ベストブック)、『皇室へのソボクなギモン』(扶桑社、共著)、『旧皇族が語る天皇の日本史』(PHP新書)などがある。
《ご自身のホームページhttp://www.takenoma.com/profile.htm">http://www.takenoma.com/profile.htmより》
最初に読んだのは『語られなかった皇族たちの真実』だった。まだブログ始める前だったんで記事はないけど。物を知らない私は、皇室に対する認識を新たにした。 いまだにそれなりの矜持をいだいて生きている“旧皇族”という存在に驚くと同時に、GHQの的確な日本弱体化計画に舌を巻きました。

 
Ⅰ部 日本はいつできたのか
歴史学・考古学両面から、日本の国の成り立ちを解説。
Ⅱ部 子どもに読ませたい建国の教科書
「律令国家完成」までの機関を、中学校の歴史の教科書をイメージして書いたもの。

こんな構成の本です。 むやみに熱くなったりせず冷静に、大変まともなことの書いてある得難い本です。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

おもしろい視点があったのでいくつか紹介します。
  1. 邪馬台国は、不確かな支那の史書に書かれているだけで、統一王権の基礎になったことを示す根拠はどこにもなく、日本建国の歴史を、邪馬台国を軸に語るのは不適切。
  2. なぜ国史ではなく日本史と呼ぶのか
    そのとおり  パチパチパチ
  3. 日本国憲法は、大日本帝国憲法を根拠として制定された。大日本帝国憲法は天皇が「祖宗に承くるの大権」により宣布されたのだから、その根拠は『日本書紀』にある。
  1. 『日本書紀』は養老4(720)年における政府見解であり、現在に踏襲されている。                                                                                                                    
独特のおもしろい視点が、いろいろとあるので、とても興味深く読み進みました。

後半の「教科書」の部分も、嘘や無理がないので、一般の教科書と違って、心にストンと落ちて素直に納得できます。 ただし、いかに『日本書紀』を政府見解とすると言っても、そこにはおのずから「藤原氏の介在」があるわけです。 それを理解しないと、たとえ中学校の歴史教育でも、特にそれに続く時代を嘘や無理で通さなければならなくなります。 「『日本書紀』ありき」の歴史しか語れなくなれば、支那の史書と何ら変わらないことになります。 「『日本書紀』をさえ乗り越えなければならない」と、私は思います。
竹田恒泰氏は伏見宮家より分かれた北白川宮家の分家にあたる竹田宮家に生まれ、明治天皇の玄孫に当たる。ご自身は慶應義塾大学講師(憲法学)で、環境問題・憲法学・孝明天皇などについて研究をしている。2006年に『語られなかった皇族たちの真実』で山本七平賞を受賞。以来、皇室や日本史関連の書籍を相次いで執筆。

塩沼亮潤氏は宮城県仙台市の生まれ。吉野山金峰山寺で出家得度。平成3年に大峯千日回峰行入行し、平成11年に満行に達する。吉野山金峯山寺1300年の歴史で2人目の偉業であるという。僧侶でありながらも神道に造詣が深く、『古事記』にも精通しているという。

二人の間で語られるのは、日本がどんな国であったかということの再確認。“天皇”を研究してきたものと、僧侶。異質な組み合わせのように思えて、実はベストマッチというのが日本という国の面白いところ。神道と仏教は、本来、きわめて近い考え方のもとに成立し、同時に、両者は日本の歴史の中ではお互いに支えあい、補いあってきた。ある時期までは・・・。

明治、世界を覆い尽くそうとする欧米の力に対抗するためとはいえ、日本はそれまで培ってきた多くの日本らしさを失った。神道と仏教の関係もその一つであろう。両者が引き裂かれることによって日本人が失ったものは、計り知れないだろう。竹田氏は『逝きし世の面影』(渡辺京二著 平凡社ライブラリー)をあげて、「それほど優れた社会を築いていた日本のよさが、明治国家の欧米化政策により失われていった」と発言している。そして今も、私たちは失い続けている。





   




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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