めんどくせぇことばかり 2015年07月

安保法制と徳富蘇峰(覚書)『頑蘇夢日記』 徳富蘇峰

経ニュース  2015/7/29
【安保法案・ヒゲ隊長質疑詳報(5)完】 「リスク負う自衛官に名誉を!」 
http://www.sankei.com/politics/news/150729/plt1507290008-n1.html
今や日本は、一兵寸鉄も帯びず、まったくの丸腰国家となったのである。丸腰国家となったうえは、自力ではない。他力である。栄螺や田螺でさえも、自分の殻をもっている。しかるに日本はまったく宿借蟹の如きものであって、我れ自ら我を護る物は何もない。これで平和とは誠に以て驚き入りたる考えである。我々の見るところによれば、自らの平和を、自らの力を以て保つことなき国家なるものは、未だかつてその存在を見ない。それが在ったとしても、それは決して完全なる国家ではない。属国か、半属国か、あるいは四半属国かに過ぎない。眇たる瑞西でも、自衛の力だけは持っている。他人の仁恵の下に国家は無いが、民族は存在するものもある。しかし、一億近き七、八千万の寄生虫的国家というものは、おそらく世界ありて以来、日本が破天荒であろう。
昭和二十年九月五日      本書P96
『頑蘇夢日記』  徳富蘇峰

講談社学術文庫   ¥ 1,328

明治・大正・昭和を通じた大言論人、徳富蘇峰が終戦後三日目から書き残した膨大な日記

安保法制に賛成であるとか、反対であるとか、ブログの中で意見表明をするつもりはさらさらないんだけどね。いやいや、徳富蘇峰ってのはすごいな。この本を読んでいて思い知らされたのは、《時代》って言うのを理解するってのはつくづく難しい。

私は戦後十五年目の一九六〇年に、埼玉の時代に取り残されたかのような山里に生まれて、今思い起こせば、子供の自分の思い出のあちらこちらに戦争を連想させるものがちりばめられている。実際戦争に行った人たちが、まわりにはいくらでもいた。・・・でも、やっぱり違った。この本を読んで、やっぱり思い知らされた。
この間、過去記事絡めて紹介したけど、二〇一〇年八月に放映された『帰国』。倉本聰さんの脚本で楽しませてもらった。サイパンで散った英霊たちの魂は、現代の日本に帰ってきて「こんな、だらしのない、腰の抜けてしまった日本には、さらさら用はない」と叫ぶ。
ところが、その原作である『サイパンから来た列車』では、英霊たちが帰国を果たすのは、一九五五年の日本だった。英霊の魂は、終戦から十年、一九五五年の日本に対して、「こんな、だらしのない、腰の抜けてしまった日本には、さらさら用はない」と叫んでいるんだ。

《安全保障関連法案に反対する学者の会》というのがあって、往々にしてこういう人たちの声はでかい。私には耐えられない。《学者》という名のりだけで、「おつきあいは御免こうむりたい」と思ってしまう。・・・私とつきあいたいという《学者》は、一人もいないだろうけどね。
彼らは自分は学者であるから、自分の意見は、学者でない一般人の意見よりも重要視されるべきだと思っているらしい。HPがあって、見せていただいた。トレードマークは学者がかぶる帽子らしい。最初に動画があって、東大名誉教授の上野千鶴子という髪の毛の赫い女の人が意見を述べている。
昔の映画で《赫い髪の女》というのがあって、主演の宮下順子が好きだった。右の写真は、『四畳半襖の裏張り』だけどね
ぼうし


そこに、ポチっと押して賛同者であるっことを示すスイッチがあって、今どれくらい賛同者がいるか表示されている。た・だ・し・、賛同者は《学者・研究者》に限るんだそうで・・・。一体何様のつもりでしょう。・・・学者さま?
http://anti-security-related-bill.jp/
夏の夜を涼しく過ごしたい方は、のぞいてみたら・・・。

・・・反省。そういう言い方だけで済ませるのはやっぱり良くないや。赫い髪のご婦人がたの意見も、この場で紹介します。以下のようなご意見です。

私たちは、かつて日本が行った侵略戦争に、多くの学徒を戦地へ送ったという、大学の戦争協力の痛恨の歴史を担っています。その歴史への深い反省から、憲法九条とともに歩み、世界平和の礎たらんと教育研究活動にたずさわり、再び戦争の惨禍を到来させないようにしてきました。二度と再び、若者を戦地に送り、殺し殺される状況にさらすことを認めることはできません。

私たちは、学問と良識の名において、違憲性のある安全保障関連法案が国会に提出され審議されていることに強く抗議し、それらの法案に断固として反対します。

2015年6月
安全保障関連法案に反対する学者の会

安保法制に対する反対表明の最後の部分だけ紹介されていただいた。まあ、徳富蘇峰もビックリサイパンの英霊もビックリ







 


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ジャンル : 本・雑誌

『獅子の城塞』 佐々木譲

ちょっと前に書いた記事です

そのほう、西南蛮で十分学んでこい。そしておれのために、あの安土城がみすぼらしく思えるほどの城を築くのだ。城下もまかせる。惣構えの、これこそ天下びとがいる場所と誰もがうなずく町を築け。西南蛮の坊主どもさえ、驚嘆して声を失うような。いいな
石積みの特殊技能集団である穴太衆。戦国から織豊時代に、数多くの寺院や城郭の石垣を手がけ、安土城の石垣を積んだのも穴太衆であった。その技術は今にまで伝えられているという。

その親方の次男として生まれた戸波次郎左は、信長の意思とイエズス会の援助を受けてヨーロッパに渡る。強勢を誇るイスパニア、「サッコ・ディ・ローマ(ローマ劫掠)」から立ち直りつつあったローマ、フィレンツェ、そして世界帝国イスパニアからの独立戦争を戦うオランダと、常に求められて各地を回り、やがて彼の築城術はヨーロッパでも絶対的信頼を勝ち取っていく。しかしその間、故国日本は、思いもよらない変化を遂げていく。

石積み職人に、あるいは築城家に活躍の場があるということは、戦いが行われているということである。逆に、戦いの日々が終わり、人々の生活に平安が訪れるということは、仕事がなくなるということである。当時のオランダは、戸波次郎左に修行と熟達の機会を与えるに十分な戦いが行われた時代だった。
『獅子の城塞』 佐々木譲『獅子の城塞』 佐々木譲
(2013/10/22)
佐々木 譲

商品詳細を見る
西洋式築城法を学ぶため、海を渡った男がいた
著者の佐々木譲さんは、ずいぶん久しぶりの歴史物じゃないかな。なんだか警察物が続いていたようで、歴史物を待ち焦がれてた。安土築城後の信長が穴太衆の若者をヨーロッパに送るあたりは、『天下城』のあとに繋がる話のようでもある。そう言えば、『天下城』が出されてからずいぶん時間がたったもんだ。
オランダ独立の戦いの様子が描かれていて、これは面白かった。世界史の教科書でも『オラニエ公ウィレムを中心に独立戦争が展開され、カトリック国家スペインからかカルヴァン派のオランダが独立した』くらいの記述しかない部分だからね。城郭を破られれば街は略奪を受け、男は殺され、女は犯される。

そんな緊迫感の中でオランダは徐々にイスパニアの力を排除していく。そんな時代の雰囲気に触れ、面白く読ませてもらった。
「ローマの教会は、ひとは善行を積めば救われるという。でも、神は人間ひとりひとりの善行を注視して、その量をはかったりしていない。人間、誰が救われ誰が救われないかなど、善行に関係なく最初から決まっている。ひとは、生きるも死ぬも神の思し召しとして生きるしかない」

「でもローマ教会は違う。善行を積めばひとは救われると説く。でも彼らのいう善行とは、聖書に記された言葉を実践することじゃない。教会に寄進することだ。多く寄進した人が救われる。聖職者たちの淫蕩と贅沢三昧を許してやった者が救われるんだ」

というような、カトリックに対するプロテスタントの立場の表明もあった。この時期のヨーロッパを書くことはとても難しいことだと思うんだけど、十分とは思わないけど、果敢なチャレンジだったとは思うな。
リボルノの仕事で、次郎左ははじめて鋭角的稜角をもった城郭づくりに携わる。五基の稜堡を持つ城壁で街全体を囲む仕事だった。、そののち、オランダでも鋭角的稜角をもった城郭が一般化し、次郎左の仕事になっていく。このへんから、もしかしたら、話はいずれ、函館五稜郭にまでたどり着くんじゃないだろうかとも思ったんだけど、さすがにそこまでは行かなかった。五稜郭





 


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テーマ : 本の紹介
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『初女さんのお料理』 佐藤初女

第一章  料理への探究心がますます強まっています
切り干し大根の酢の物  切り干し大根の煮物  ひじきの煮物 他
第二章  その季節が来ると食べたくなるもの
五目ずし  ふきみそ  なすのしそ巻き  なめこおろし  さんまの塩焼き  ゆでとうもろこし  ふろふき大根 
干し柿のてんぷら 他
第三章  私が毎日食べているもの
ごはん  おむすび  おつゆ  梅干し  漬物  みそ  昆布のつくだ煮 
第四章  「イスキア」で喜ばれたお料理
人参の白あえ  ほうれん草の胡麻よごしとおひたし  棒ダラの煮付け  キャベツ炒め  ポテトサラダ  
ごぼうの煮付け  いんげんの炒めもの  他
第五章  心と心が結ばれる食

私が料理の本を手にする時、まず注目するのは、やっぱり紹介されている献立ね。それから作り方を書いた文章。簡潔で、的確なのがいいね。それからどんなことにもポイントとなる〈こつ〉ってもんがある。それが書かれていることね。なんか写真はとっても魅力的なのに、「家でそんなもの作れないよ」って感じの本もけっこうあるからね。

この本、いきなり《切り干し大根の酢の物》、《切り干し大根の煮物》だからね。一発で決まりよ。

『初女さんのお料理』  佐藤初女

主婦の友社  ¥ 2,160

佐藤初女さんは、青森県の弘前にお住まいで、岩木山の麓に「森のイスキア」という心と 命を感じる施設を建て、そこを訪ねる方々を心のこもった料理でもてなしています。

どの料理の作りからを見ても、自分が考えるよりもひと手間、あるいはふた手間余分にかけている。切り干しの酢の物にしたって、戻した切り干しを、まずは出汁に浸して、そこから塩と酢で味をつけていく。「しち面倒臭ぇ」って拒否したくなるところだけど、なんともそれが出来ない雰囲気ってもんが感じられる。
「一体何もんだ?このばあさん」・・・そう思ってちょっと調べたら、とんでもない人物でした。

青森県の弘前にお住まいで、岩木山の麓に「森のイスキア」という心と命を感じる施設を建て、そこを訪ねる方々を心のこもった料理でもてなしているんだそうだ。・・・まったく、そんなばあさんにかなうわけがない。

そうそう、最初に目次を紹介したけど、この料理の本の真骨頂は、第五章ね。ここには料理はなんにも紹介されてません。初音さんの書いたコラムみたいなもんです。でも、これを読むと、初音さんがこの本で紹介した料理が、間違いなくうまいことがわかります。・・・どんなことが書かれているかって?  ・・・こんなことだよ。
食べるものほどストレートに心を伝えるものはありません料理は科学、そして哲学です
私の料理は出会いのなかからいただいたもの代々伝わる思い出の味
命を活かす料理法手をかけて、心をかけて作る
日本人こそ、ごはんがふさわしいおいしいおむすびをつくるまで
「にんじんの白あえ」はイスキアのトレードマーク忙しい時は常備菜があると助かります
おいしいものは赤ちゃんでもわかります正しい食があるところに問題は起こりません
親子で料理するとますます楽しい塩分を悪者にしていませんか?
めんどうくさいという心が地球を破壊します

どうだ、まいったか。  ヒェ~、このブログの題名、《めんどくせぇことばかり》だゾ~。・・・どうする? とりあえず今夜の晩メシはむすびと味噌汁にするか。






 


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テーマ : 料理の本
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対日戦勝七〇周年(覚書)『岡田英弘著作集 第四巻 シナとは何か』

二〇一五年っていうのはけっこう特別な年になるかもね。一九八九みたいに・・・。いや、インパクトとしては、もっともっと大きいかもね。昨年あたりから急激に変わり始めた。

ロシアはウクライナの親欧米路線への対応を誤ったか。西側陣営と互角に渡り合ったソ連時代の幻影に踊らされたか。一時の経済低迷からは脱したものの、原油や天然ガスといった資源の輸出に依存した体制は相変わらずで、サウジアラビアから仕掛けられた原油安によって、ルーブルは暴落した。
東洋経済ONLINE 2014/12/22
ルーブル暴落ショック、「ロシア売り」止まず
http://toyokeizai.net/articles/-/56466
(抜粋)

ロシアはサウジアラビアに次ぐ世界第2位の産油国。GDP(国内総生産)の75%を石油と天然ガスに依存する。ウクライナ問題に伴う米欧からの経済制裁も、ロシア経済を締め上げている。14年夏以降、原油価格が下降線を描くとともに、比例してルーブルも下落を続けてきた。

プーチンは住民投票に関係なく、ロシア大統領としての意志によりクリミアを併合するつもりであったことを明らかにし、そのために核戦力を臨戦態勢に置く容易があったことも公表している。対ドイツ戦戦勝記念は隣のポーランドに笑われていたけど、当然のことだな。八月にメドベージェフを択捉島に送り込むという嫌がらせが計画されているらしいが、次のニュースが今のロシアの真実だ。
CNN.co.jp 2015/7/25
ロシア内務省職員11万人を解雇、経済苦境でプーチン氏
http://www.cnn.co.jp/world/35067890.html?tag=top;mainStory
(抜粋)
ロシア経済は今年1~3月の第1四半期で2.2%のマイナス成長を記録。国際通貨基金(IMF)は今年通年は3.8%、来年は1%以上のマイナス成長を予測している。ロシア政府によると同国の失業率は今年6月に5.4%に増加した。前年同月は4.8%だった。

でもね。支那もそうなんだよね。仲良く今年は、対日戦勝七〇周年記念を準備しているらしい。それはこの間の記事でも紹介したけど、それを紹介した後で、岡田英彦さんの本のことを思い出した。んで、四月に書いた記事のことを思い出した。

『岡田英弘著作集 第四巻 シナとは何か』『岡田英弘著作集 第四巻 シナとは何か』

藤原書店 ¥ 5,292

第Ⅰ部 シナ文明とはなにか
第Ⅱ部 歴史はこうして作られたーシナの歴史家たち
第Ⅲ部 シナ史の諸相
第Ⅳ部 漢字とはなにか

NEWSポストセブン 2014/11/20
中国抗日戦争70周年式典になりふり構わず各国に参加を要請
http://www.news-postseven.com/archives/20141120_285043.html
昨年から始まったこの話題。特に騒いでるのは支那とロシア。なかでも支那。抗日戦争を勝利に導いたというのが、中国共産党が支那を支配する、今や唯一の理由だからね。・・・特に1989年以降はね。

面白いんだよね。日本側には中共と戦った記憶はほとんど無いんだからね。この記事も、本来おかしな記事で、以下のように書かれている。
中国は日本が国民党政府に降伏文書を手渡した9月3日を「抗日戦争勝利記念日」と制定。今年9月3日には習近平国家主席らが出席し、北京郊外の「抗日戦争記念館」で大々的に記念式典を開催した。中国メディアは、「日本が過去の軍事侵略の歴史を否定、歪曲したり、軍国主義に回帰することを中国は決して容認しない」という習近平の相も変わらぬ発言を報じている。

日本が降伏文書を手交した相手は国民党政府なわけで、現在、中華人民共和国という国家を支配する中国共産党ではない。日本軍と戦ったのも国民党軍であって、共産党軍ではない。共産党軍は、戦中、戦力を温存したからこそ、戦後の国共内戦に勝利したわけだ。だから、“日本と戦わなかった” という事こそが、中国共産党が現在の世の中に存在できた理由になるわけだ。だから、ほら、今年に入って、台湾から突っつかれてる。
Record China 2015/3/10
中国共産党は歴史を捻じ曲げるな❢ 日本と戦ったのは国民党だー台湾
http://www.recordchina.co.jp/a103964.html
(抜粋)
中国共産党の宣伝を台湾側は史実の捏造だと批判してきた。先日、中国の王毅(ワン・イー)外交部長は日本が歴史を真摯に見つめるよう発言したが、これを受けて台湾国防部政戦局の王明我局長は日中戦争の主力が国民党だったという歴史的事実も変えられないと指摘。日本を批判する中国が歴史をねじ曲げていると批判した。

それにしても腹の立つのは、最初の記事における習近平の『日本が過去の軍事侵略の歴史を否定、歪曲したり、軍国主義に回帰することを中国は決して容認しない』っていう発言だよね。本当に腹が立つ。でも、習近平は間違っていないんだよね~。支那人の言う“歴史”というものと、日本人の“歴史”がおんなじものだと考えるからおかしなことになる。これは、上の本、岡田英弘さんの著作集の第四巻『シナとは何か』には、以下のように書かれている。
中国人にとって、歴史とは、「正確」でなければならない。「正確」というのは日本語ではなく、現代中国語の「正確」である。現代中国語で「正確」というのは、「その時々の政府や皇帝の政策のラインに添ったものの見方」という意味であって、現政権にとって都合のいい歴史の解釈が、「正確な歴史」である、ということになるわけだ。

シナ大陸では、紀元前一世紀の初めに書かれた司馬遷の『史記』に始まり、歴代王朝の正史が明代まで書き連ねられた。これをいわゆる「二十四史」という。清代にもその伝統が続いたが、それは事実の客観的な記録の集積ではない。その時々の皇帝の天下を誉め讃えるための文献なのである。今の皇帝がいかに正統な権利を天から受けて天下を統治しているかということを証拠立てる文献が、中国人のいう「正確な歴史」なのである。

だから、徹頭徹尾、現政権を正当化しなければいけない。これが中国人の考える歴史であって、純然たる政治そのものなのである。
本書P112

・・・、どうしよう・・・

どうしようもないよね。習近平にしてみれば、習近平の、中国共産党の支配の正当性を支える物語そのものが「歴史」なわけで、それ以外の「歴史」はありえない。あり得ることになれば、中共の支配、習近平の支配は崩壊する。だから、中共の支配が終わる時、「歴史」は変わるわけだ。・・・もうすぐかな・・・?

おまけだけどさ。おんなじ記事の中で習近平は、『来年は国連設立70周年であり、かつ、反ファシズム戦争と中国人民の抗日戦争の勝利から70周年でもある』とかってとぼけたこと抜かしてる。ファシズムってのは、政治的には、国家機構の上に政党が君臨する状態を言うわけで、朝鮮労働党や中国共産党がそうなんだよ。今の支那の体制こそがファシズム❢






 


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日本は侵略国家に非ず(覚書)『頑蘇夢物語』 徳富蘇峰

1939年にヨーロッパの戦争が始まると、戦争に関係のないアメリカ大統領フランクリン・D・ルーズベルトはイギリス首相ウィンストン・チャーチルと大西洋上で会談し、大西洋憲章を発表した。
  1. 両国は、領土的たるとその他たるとを問わず、いかなる拡大も求めない。
  2. 両国は、関係する人民の自由に表明された願望に合致しない、いかなる領土の変更も欲しない。
  3. 両国は、すべての人民が、彼らがそのもとで生活する政体を選択する権利を尊重する。両国は、主権および自治を強奪された者にそれらが回復されることを希望する。
  4. 両国は、現存する義務に対して正当な尊重を払いつつ、あらゆる国家が、大国小国を問わず、また勝者敗者にかかわらず、経済的繁栄に必要とされる世界の通商および原料の均等な開放を享受すべく努力する。
  5. 両国は、労働条件の改善、経済的進歩および社会保障をすべての者に確保するために、経済分野におけるすべての国家間の完全な協力を実現することを希望する。
  6. ナチスの独裁体制の最終的崩壊後、両国は、すべての国民が、彼ら自身の国境内で安全に居住することを可能とし、すべての国のすべての人が恐怖と欠乏から解放されて、その生命を全うすることを保障するような平和が確立されることを希望する。
  7. このような平和は、すべての人が、妨害を受けることなく、公海・外洋を航行することを可能とするものでものでなければならない。
  8. 両国は、世界のすべての国民が、現実的および精神的なるいずれの理由からも、武力行使の放棄に到達しなければならないと信じる。陸・海・空の軍備が自国の国境外に侵略の脅威を与え、もしくは与えそうな国々によって行使される限り、いかなる将来の平和も維持され得ないのであるから、一層広範かつ恒久的な全般的安全保障システムが確立されるまで、こうした国々の武装解除は不可欠であると信じる。両国は、同様に、平和を愛好する国民のために、軍備の圧倒的負担を軽減するすべての実行可能な措置をを支援し、かつ促進させるであろう。
フィリピン人はかわいそうだった。アメリカは米西戦争でスペインから切り離した後、独立を望む60万人を虐殺してアメリカの植民地にした。米国支配に抵抗する者は膝と肩を一日一発ずつ銃で撃ち、十分に死の恐怖に慄かせてから殺した。水責めは大の字に寝かせ、じょうごで泥水を飲ませ、膨れた腹に米兵が飛び降りると「土人は6フィートも水を吹き上げて絶命した」(米上院公聴会) そうだ。米兵が何人か殺されたサマール島と、その隣にあっただけのレイテ島では、島民数万人が皆殺しにされた。フィリピン人殺戮数は、指揮官アーサー・マッカーサーの自己申告で20万、実数はその数倍か。

インディアンを絶滅させていようと、いかに黒人差別がひどかろうと、フィリピン人をどんだけ虐殺していようと、ルーズベルトは恥知らずだからまったく意に介さない。だから兵器で大西洋憲章なんてものを発表できる。それでいて側近に「大西洋憲章は有色人種のためのものではない」と語っているあたり、非道さはウッドロー・ウィルソンに劣らない。

それでも、アメリカが、ここで新機軸を打ち出したのは確かだ。そしてその追い落としの対象はイギリス。そしてイギリスを頂点としたそれ以前の世界秩序だろう。

だから、ドイツのUボートに苦しめられるイギリスを、アメリカは容易には助けなかった。かつての宗主国イギリスが膝を屈して援助を請うてようやく、ルーズベルトは武器貸与法を成立させた。レンドリース法という。法律番号は“1776”。イギリスの支配から脱してアメリカが独立した年だ。

『頑蘇夢日記』  徳富蘇峰

講談社学術文庫   ¥ 1,328

明治・大正・昭和を通じた大言論人、徳富蘇峰が終戦後三日目から書き残した膨大な日記
 スターリンは日本を侵略的国民というが、これは盗っ人猛々しいといわねばならぬ。侵略国の標本を世界で言えば、ソ連、英帝国、次に北米合衆国である。彼らは何によって、大を成したかといえば、皆ほとんど侵略によって大を成したのである。その侵略の方法には、あるいは戦争によるものもある。あるいは外交によるものもある。ソ連の如きは、もっとも火事場泥棒の名人で、どさくさ紛れに、いつも奇利を専らにしている。たとえば、英仏同盟軍が大沽を陥れ、円明園を焼き、清国皇帝が熱河に蒙塵したるに際し、奇貨措くべしとして、イグナチーフ将軍は、支那より黒龍江一体沿海州を掠奪下¥したではないか。近くは日本が絶対降伏を宣する暁において、ほとんど手を濡らさずして、満洲のみならず、朝鮮半分を手に入れたではないか。掠奪国とは、かかる国を言うべきものである。英国米国いずれもその通りであって、いやしくも歴史の何頁かを読んだ者は、中学校の子どもでも、よくこれを知っている。今さら日本を侵略国呼ばわりするなどということは、あまりにも事実を誣うることの甚だしきものである。また英米諸国は日本を好戦国などと称しているが、日本のどこを探せば、好戦国たる事実があるか。好戦国という文句は、誰よりも、英米両国が、自ら引き受けねばならない名称である。日本は島原耶蘇の乱以来、戊辰に至るまで、ほとんど三百年に垂んとして、一回も戦争らしき戦争をしなかった。・・・これに反し、平和平和と言いながら、英米両国は、ほとんど毎年とは言わぬが、矢継ぎ早に、戦争から戦争を継続しえいる。論より証拠、統計をとってみれば、極めて明白な事実である。日本人の性格は、戦国時代日本に宣教のために来航したるザベリオ師が、よくこれを語っている。日本人は不正を為す者ではない。不義を行う者ではない。ただ極めて面目を重んずるものであるから、その面目を傷つくるものに対しては、必ず報復する、と言っているが、これが最も日本人をよく了解したる者の言と思う。もし日本が戦うという場合があったらば、報復のためである。戦わねばならぬまでに、仕向けられたる為である。語を換えて言えば、防御的戦争というの外はあるまい。自分は決して軍閥の味方でもなければ敵でもない。別に軍閥を庇護せんとする者でもなく、また同時に軍閥を罪におとさんとする者でもない。戦争の責任を軍閥のみに帰するという事は、まったく間違いである。
昭和二十年九月二十三日
これは本書p126~からの抜粋だけど、マッカーサーと彼のお陰で利得のあった者たちに封印されてしまう前の、日本の常識ね。こんな当たり目で反論のしようのない常識が、非常に巧妙に隠蔽されていった。後からこってり漆喰を塗りつけられたなまこ壁みたいに、かつての常識はうかがい知ることも出来ない状況となった。

負けたよね、日本はさ。あの時から70年目の夏だという。ロシアが、支那が、対日戦勝70週年を記念する行事を執り行うという。あんまりおかしくて、へそが茶を沸かす。
時事ドットコム 2015/4/29
ロシアで「対日戦勝記念日」法案=70年で愛国心高揚、領土けん制も
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201504/2015042900253

産経ニュース 2015/1/28
中国、対日戦勝パレードに露大統領ら招待 露軍参加の報道も
http://www.sankei.com/world/news/150128/wor1501280014-n1.html
相変わらずの恥知らず。国民性というか、お国柄というか、少なくとも70年位じゃ変わらないものらしい。・・・そうそう、あなたのへそは茶を沸かした?沸かしてなかったら、壊れてるかもよ。



 


 


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『サイパンからきた列車』 棟田博

以下は、昨年五月の記事に手を加えたものです。

倉本聰さんの『富良野風話 日本人として』を読んだ。で、一昨日その記事を読んでいただいた。筋の通った方だ。右だとか、左だとかではなく、ものを判断する軸があるみたい。義理だとか人情だとか、そうそう、『日本人として』の中では《絆》という言葉を使っておられた。

《絆》・・・もとは「しがらみ」や「束縛」というイメージの強い言葉で、人とのつながり、支えあいを言うようになったのは最近のことだという。でも、「つながり」は、当然「しがらみ」を生むよね。だから、もともとそういう意味を持っていたとしても、何にも不自然じゃないな。
《絆》から行われる最たる行為は、他者のために自らの命を投げ出すことである。かつて、多くの日本人たちが、家族のために、知人のために顔も知らない誰か日本人のために、自らの命を投げ出した。きっと、きっと日本が素晴らしい国になると信じて・・・。
倉本聰さんの『歸國』、見た?

調べたら、二〇一〇年の八月十四日に、TBSの終戦ドラマスペシャルとして放映されたんだそうだ。面白かったよなぁ。

もう五年も前のドラマなんだね。
帰国
『サイパンからきた列車』  棟田博

TBSサービス  ¥ 1,296

人は二度死ぬという言葉がある。一度は肉体的に死んだとき。もう一度は完全に忘れ去られたとき


『帰国』のもとになった『サイパンから来た列車』は、昭和三〇(一九五五)年の本だそうだ。そんなに前か。私は生まれてすらない。物語も、日本兵たちの魂が帰ってきた“現代”はこの本が出た昭和三〇(一九五五)年だった。敗戦ののち、十年しかたってない時代だった。

それがNHKのラジオドラマで放送されたんだそうだ。それを聞いてた倉本聰さんが、二〇一〇年の“現代”に、六十五年ぶりに英霊たちを戻したわけだ。

一九五五年という“現代”に帰った英霊たちにさえ、著者は「こんな、だらしのない、腰の抜けてしまった日本には、さらさら用はない」と語らせている。二〇一〇年、倉本聰さんに言わせれば、「消費経済が世をせっけんし、義務より権利が重視され、個人の自由が優先され、国家の品格などどこかに吹っ飛んだ」“現代”に英霊たちを帰還させる。

これすごいな。一九五五年を「こんな、だらしのない、腰の抜けてしまった日本には、さらさら用はない」とはね。でも著者にははっきりそう感じられていたということだな。一九六〇年生まれの私にすれば、大きん変化は自分が一五・六歳の、一九七五・六年のことで、そのあたりで新世代が社会の中心を占めたんじゃないかな。

それ以前の社会は、今考えても、はっきり戦前を背負ってたような感じがするんだけどな。おそらく私が言ってるような、甘い意味じゃないんだろうな。英霊たちが一九五五年ころの日本社会を「腰抜け」と罵るのは・・・。

ならば、その彼らを二〇一〇年の日本に帰国させた倉本さんはどんだけ大変だったかね。

結局は、それが敗戦から一〇年後の一九五五年であれ、六五年後の二〇一〇年であれ、後世の日本人との絆のために命をなげうった英霊たちの気持ちに、私たちは相変わらず答えられていないということだ。そしておそらく二〇一五年の私たちも・・・。

ちなみに、原作は短編で、内容も淡白。でも、本質はしっかり受け継がれている。棟田博さんによって書かれ、倉本聰さんに踏襲されているこの物語の本質は、英霊たちの優しさだと思う。どこまで優しいんだ。できれば応えたいなぁ、その英霊たちの優しさに・・・。





    



 


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『頑蘇夢物語』 徳富蘇峰

1887年 25歳
『国民之友』を創刊。坪内逍遥、森鴎外、二葉亭四迷、内村鑑三、新渡戸稲造、安倍磯雄、片山潜、金子賢太郎、中江兆民、新島襄、フェノロサらの論客を擁して、貴族的欧化主義、国粋主義を批判して、平民主義を唱える。
1890年 28歳
『國民新聞』を創刊。藩閥政治を批判して、たびたび発刊停止。桂太郎内閣時代は、実際に政治にも関与。日露戦争時は、桂首相の委嘱を受け国論統一と国際世論への働きかけに協力。ポーツマス条約に賛成したことで、国民新聞社は日比谷暴動の際の焼き討ちにあう。

明治・大正・昭和の三つの時代に常に時流に乗って指導的役割を果たした人物が、「昭和二十年八月十八日、順序もなく、ただ予が現在の心境に徂来することを、そのまま書き綴ることとする」と、玉音放送ののち、三日目の朝から書き始めた。

なぜ、負けたのか

『頑蘇夢日記』  徳富蘇峰

講談社学術文庫   ¥ 1,328

明治・大正・昭和を通じた大言論人、徳富蘇峰が終戦後三日目から書き残した膨大な日記

第一巻
陛下の玉音放送を謹聴して  敗戦論者の筋書き  万世太平の真諦  自ら吾が愚に驚く  敗戦の原因


第二巻
盗人猛々し侵略国呼ばわり  日本は侵略国に非ず  日本の地理的条件  朝鮮及び台湾との別離
日本の心的去勢  勝つべき戦争に自ら敗る  天皇尊厳の冒涜と支配階級の幇間化
軍官を糾弾す  官界の流弊を抉る  統制経済の失敗と食料政策の貧弱  他

第三巻
日本軍人と降伏  日本敗因の一  陸海将官の瀆職、下級軍人の貪欲  驚くべき日本上下の急豹変
米国、神道の廃絶を期す  ミッドウェイ敗戦の因  対米従属の日本政府  他

第四巻
日本精神の一大消耗破壊  一切の悪事、軍閥に期す  日本人たるを恥じる  東條の人物  
山下大将に死刑宣告  近衛公の服毒死に思う  他

第五巻
首相東條と予  力即正義か  日本の宝皇室  戦争における皇室の御態度  他  
「あんな戦争はやるべきじゃなかった」  「だから俺は最初から反対だったんだ」  「アメリカを相手に勝てるとでも思ったのか」・・・うんざりだ。
なんかうまくいかないことがあると、後からどうのこうのって輩はいくらでも出てくる。目先の聞く奴はずいぶん早くから日本を見限って、そちら側に回っている。なかには戦争の真ん中近くにいながら、あらかじめ負けた時のための言質を残している人までいる。
日本は派手に負けちゃって、乗り込んできたマッカーサーに思想改造されちゃうから、そのかわり見の早い連中の存在はとっても上手く利用された。
そいつらの言ってるのが本当になって、「馬鹿な軍閥に引っ張られた結果、国民は未曾有の苦しみを味わうことになった」なんていう、原爆も焼夷弾も、あたかも“日本軍閥”という架空の存在の仕業であるかのような、わけの分からない歴史が本当になっちゃった。
知りたいのは時代の空気。マッカーサーが封印した、その時代の空気だ。・・・この本は、まさしくその時代の空気の缶詰と言っていい。・・・さてと・・・、準備はいい? 缶詰開ける準備だよ。マッカーサーに封印される前の空気100%の缶詰だからね。・・・準備しないと、かなりむせ返ることになるよ。
8月という、特別な月を目前に控えて、むせ返るのは夏の日差しだけでいいでしょう。



 


 


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『富良野風話 日本人として』 倉本聰

財界出版社?・・・ああ、そう言えば、『財界』っていう雑誌があったね。その中に、著者の倉本さんが「富良野風話』という題名のコラムを書いているらしい。それが一冊にまとめられたのがこの本。なんか不思議な感じがするんだ。だって、財界の人たち、どんな顔をしてこの本を読むんだ?
最近、歩いてるんだけどね。・・・「そりゃ、歩くだろう」って言われそうだけど、股関節がいかれてるからね。必死なんだ。だけど、ここ何年間か、用心しすぎた。「痛いから歩かない」は、もう駄目だ。歩かなくなってから痛みが進んだ。だから、痛みをごまかしながらでも歩く。これが“手術”以外の最後の手段。ごまかしごまかし歩いて筋肉をつける。それでだめなら、どうせ手術を速めるだけのこと。連れ合いに内緒だけど、ほんの少しだけど、走っちゃったりしてるんだもんね。

そんでね。山ん中に踏み込むんだ。道を外れてさ。時には藪をこぐようにしながら。・・・うちは関東平野の行き止まり。奥武蔵の前衛みたいなところで、自転車のおっさんもおばさんも、あんちゃんもねえちゃんも、ひぃこらひぃこらやってくるような終着点みたいなところ。そんなところにも関わらず、道を外れて、ちょっと奥に踏み込もうとするとやがて鉄条網に行き当たる。「なんだよこれ」って思ってると、その向こうからゴルファーの声。
富良野風話 日本人として』  倉本聰

財界研究所   ¥ 1,620

日本人は一体どうなってしまったのだろう。絆という言葉はどこへ行ったのだろう。


もくじには淡々と題名が並ぶだけなんだけど、それを年ごとに分けてみた。以下のようになる。
2011年
覚悟  馴れる  ゴミに非ず  一億総懺悔  70センチ四方  断捨離  夜泣きゼミ  マグロ  
卑怯の原点  不都合な真実  活動時間  手紙  そもそも  無関心  日本人として  

2012年
無主物  パブリック・アイ・アワード  正月の憂鬱  復興庁  ひどすぎる  偉い人  甘えるな!  
見えない  理屈と行動  いつしか  需要仕分け  不利益の分配  水クラゲ  近いうちに  
因果関係  愛国無罪  島  復興予算  監視  万歳

2013年
御神木  100円ショップ  記憶  一億総認知症  スピード  教師  砂の山  1票の格差  修理人  
待機児童  憲法第9条考  殺人ロボット兵器  「左翼のクソ」  抗日ドラマ  8月の憂鬱  職人消滅  
オリンピック雑感  ささやかな抵抗  スピード狂時代  聞く耳 神の目、法の目

2014年
足元  特定秘密保護法  性善の誓い  小野田寛郎氏  信なくば  作品  死について  ヘイト菌  
赤電話  風化  シルバーエイジ  ノーベル平和賞  カネコ君  国境  恥  第四の矢  
69年目の夏  気象  テレビの品格  日和見菌  悲劇の風化  片仮名  馬の話  

2015年
灰色コマーシャル  空しさの春  重量  まどろむ  
最初の『覚悟』が掲載されたのは2011年4月19日号。それ考えただけでも分かるよね。そして、それ以来のコラムに付けられた題名。そのへんを見ても、倉本さんは、福島第一原発爆発事故を含む東日本大震災の悲劇から一歩も離れようとしない。
『日本人はどうなってしまったのだろう』『絆という言葉はどこに行ったのだろう』

倉本さん声には悲壮感さえ漂う。でも、それってもともとありました?倉本さんの言う“日本人”ってどんなものですか。もしかして、倉本さんの心に中にだけあったんじゃないですか。

日本人はつながってきましたよ、以前はね。自然が隣にあったからね。というよりも、私たち自身が自然の一部だったからね。恐れもしたし、ありがたくもあった。でもね、山の中にね。入れないんですよ。その向こうっ側ではゴルフやってるわけですよ。あ~んな芝生に、神さま降りてこないですよ。

家族がいて、地域があって、みんなが自然と関わり合って生きてた。そこには神様がいて、みんながつながってた。神が降りてくる大自然がそこにあってこそ“日本人”だったし、“日本人”としてのつながりもあった。そんなことお構いなしにぶっ壊しちゃってさ。絆を断ち切ってきたのは私たちだったんじゃなかった?

東北には、それが濃厚に残ってましたね。自然と人が結びついて生きている度合いが強かったんですね。東北の人には日本人の“なごり”、絆の“なごり”を見せていただいた。見事なもんだった。日本人って、こうやって生きてきたんだってことをまざまざと見せつけられた。心の底から取り戻したいって思った。
倉本さんも分かっていて言っておられるのだろう。失われつつあるからこそ輝かしい、取り戻せないからこそなんとしても手に入れたい。分かっておられるからこそ、書いて来られたのだろうから。


私はどうかと言えば、・・・何だか考えようとすると小難しい。ただ、働いている。「しょうがねぇ、とりあえず定年まで、文句言わずにしっかり働こう」って、そう思ったんだ。

2011年のあの当時、若い連中に意見する立場にあって、震災後、久々に集まった連中を前にしてこう言った。「日本は未曽有の災害に見舞われた。皆さんの生涯は、この災害を克服することに費やされる。物資の援助とか、寄付だとか、ボランティアだとか、苦手だったら考えなくてもいい。ただ、一生懸命働いて、税金を納めろ」・・・働ける連中がしっかり働いて、働けない状況の人たちを支える。

邪魔する集団があればそんなものには目もくれず、邪魔する政治家がいれば次の選挙で必ず落選させる。単純な話として考えないと、心が疲れてしまう。






 


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在韓日本大使館改築

時事ドットコム 2015/7/20
日本大使館、一時移転  =  老朽化で建て替え  -  韓国
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201507/2015072000261&g=pol
(抜粋)
 大使館の建物は45年前の1970年に建てられた。その後、日韓間で問題が起こるたびに、抗議の矛先が向けられてきた。92年からは、いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる抗議集会が毎週水曜日に正面玄関前で開かれ、2011年には慰安婦問題を象徴する「少女像」が建てられた。

聯合ニュース 2015/1/18
在韓日本大使館 6月ごろ隣接ビルに臨時移転=本館新築へ
http://japanese.yonhapnews.co.kr/pgm/9810000000.html?cid=AJP20150116003200882
(全文)
【ソウル聯合ニュース】ソウルの在韓日本大使館が本館の新築のため、6月末ごろに隣接するビルに臨時移転することが18日、分かった。近く賃貸契約を結ぶという。大使館関係者やビル関係者が明らかにした。
   日本大使館側は立地やセキュリティーなど条件に合う物件が見つからず、移転先探しに苦慮してきた。臨時移転先には本館近くのビルにある領事部も入る。韓国の外交部に対し、臨時移転の計画を伝えたという。
   日本大使館側は2020年の完成を目指し、本館を建て直す計画だ。76年に建てられた本館は地下1階・地上5階(高さ23.45メートル)だったが、新たに建設されるビルは地下3階・地上6階(高さ32.4メートル)の規模となる。延べ面積は現在の3604平方メートルより約3倍増えるという。 
   日本大使館の敷地は文化財保護のため、建物の高度制限(30メートル、景福宮から半径100メートル以内は14メートル)が設定された地域。韓国文化財庁は12年、日本大使館側の新築計画案を不許可としたが、13年に決定を覆し、国会の国政監査で議論になっていた。
   日本大使館の本館は敷地の一部が文化財庁の許可が必要な景福宮の半径100メートル以内に位置している。この部分はほかより低く建てられる。
 ・・・ったく、よくこういう嫌がらせをするよね。結局は周辺の高層ビルに囲まれてさ。国家の威厳も何もあったもんじゃないね。そういうことをする国だってこと、しっかりと胸に刻みつけておきましょう。
ずいぶん前に書いた記事です


日本大使館の建て替え計画を韓国政府が認めない
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323364604578319670599601866.html
在韓大使館1理屈は通ってるんだけどね。周辺のビル考えれば整合性はないよな。“新大使館の建設がもたらすリスクについて、韓国文化財庁に質問したが、何らの返答はないという”っていうんだから、お得意の嫌がらせなんだろうけどね。

まぁ、いいよ。頭下げるこたぁないよ。東京の韓国大使館は、より大きなものに建て替え中っていうのは腹がたつけどね。
慰安婦像のないところに行こうよ。あっ、追いかけてくるか。

ソウルの日本大使館に抗議男が汚物
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130223/kor13022312360004-n1.htm
汚物1ウワッ❢・・・これは嫌だな。でも、よく日本大使館に遊びに来る人みたい。切り取った自分の指を大使館に郵送してくれたこともあるそうだ。

この日は、ずいぶん賑やかだったらしい。こういう人たちがみんな集まって、ぶっ叩こうとしているような人たちも一緒に集まっていたらしい。



在韓日本大使館にトラックが突っ込む「慰安婦像の杭に抗議」=韓国
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0709&f=national_0709_020.shtml
暴走トラック 
杭つき慰安婦ああ、あった、あった、そんなこと。慰安婦像に杭が設置されたことに怒ってやっちゃたんだったよね。わかりにくいけど、写真中央辺りにあるのが慰安婦像かな?



駐韓日本大使館に火炎瓶
http://japanese.joins.com/article/426/161426.html?servcode=A00§code=A10
劉強容疑者
コイツもとんでもないんだけど、余計とんでもないのは韓国政府だよな。靖国神社にも放火したコイツの引渡し要求を拒絶しやがった。支那から圧力かけられて、政治犯として認定だと・・・。アホか~❢



日本大使館前の慰安婦像設置
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2011/12/14/0200000000AJP20111214004100882.HTML
慰安婦to 
韓国大使館1
日本大使館って、こういう環境にあるんだよね。毎日、毎日、韓国人の嫌がらせを真正面から意識させられて・・・。本当に最低だな。

それにしても日本大使館。小さくて、みすぼらしい。本当に韓国人から辱めれているんだなぁ。

ここで仕事するの嫌だなぁ。何かあるとすぐ韓国人が来てウンコ投げたりするし・・・。

下の写真は麻布にある韓国大使館。

立派~。

いったい外務相は何をやってんだよ。しっかりしてくれよ。








 


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テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

『マンガでわかる イスラムv.s.ユダヤ 中東3000年の歴史』 吉村作治

《イスラム国》ってのが一大勢力として浮かび上がって、中東はなんだかひどいことになってしまっている。・・・でもさ。ここがひどいことになってるのはさ。ずいぶんと前からのことじゃないかな。・・・ずいぶんってのは、・・・んん千年。

とりあえず第二次世界大戦が終わり、一九四八年にイスラエルが建国されて以降っていうのはそれこそ最悪の時代であって、どうにもならない状況って言うことだよね。どうにもならない期間は、イスラエル建国以降の六七年間か。だけど、三〇〇〇年の歴史の中での六七年間なんて、微々たるもんだよね。その間、あんなことがあって、こんなことがあって・・・。そして今後も、いろんなことがあるんだろうね。
「ついこの間までアラブとユダヤが戦争をしていると思ったら、今度はアラブとアラブが戦っている」とか、「イラクとクウェートん戦争にアメリカが出てくるのは石油が絡んでいるからわかるとしても、なぜイスラエルにミサイルが打ち込まれるのか皆目わからない」とか、「イラクは三千年来の宿敵イスラエルを攻めないで、軍事弱小国であり、同じアラブのクウェートを攻めるなんて、なんとも狂っている」

湾岸戦争の当時、多くの日本人から「中東はわからないところだ」と、上のような意見が寄せられていたんだとか・・・。

だけどさ。一九四八年以来のこの地域の紛争で、イスラエルが無関係なんてあるはずがないよね。そしてキリスト教国家は、それ以前から中東の石油資源を巡ってこの地域に手を突っ込んで引っ掻き回してね。あの人たち(キリスト教徒の方々)、今ではユダヤ人差別なんてどこ吹く風ってかんじだもんね。そんな奴らがしつこくこの地に関わって、こんなどうにもならない問題が解決できるわけがないよね。・・・終わっちゃ困るような奴らがいっぱいいるんだもの。

『マンガでわかる イスラムv.s.ユダヤ 中東3000年の歴史』  吉村作治

CCCメディアハウス  ¥ 1,296

これからのアラブの行方を考える場合、アラブの混乱はあと一世紀は続くと考えた方がいい
第一章  ユダヤ教
第二章  キリスト教
第三章  イスラム教
第四章  アラブの覚醒とシオニズム運動
第五章  混迷の中東
第一章の《ユダヤ教》で描かれているのは、”バビロン捕囚”からの解放、前五三八年まで。『こうしてペルシャが弱体化する前三三〇年代に入るまで、ユダヤ人は平穏な時代を過ごすことになる」と、終わる。

第二章《キリスト教》の始まりは、”アレクサンドロス大王の東征”から。ディアドコイ戦争後の分裂と、ローマの強大化の波の中、ユダヤの世界に一つの変化が生まれる。・・・そんな流れ。そしてユダヤ教から切り離されたキリスト教の成長と、両教の確執。ユダヤ戦争、ディアスポラ、ローマ帝国におけるキリスト教の国教化(三九二年)まで。

第三章《イスラム教》は”ムハンマド時代”、”正統カリフ時代”から、ウマイヤ朝の始まり(六六一年)まで。

第四章以降は、読んでいて心が痛い。第一次大戦におけるサイクス・ピコ条約、フセイン・マクマホン協定、バルフォア宣言によるイギリスの裏切外交はひどい。サイクス・ピコ条約でオスマン帝国アラブ領の分割を仏露と約しておきながら、空手形でユダヤ、アラブの戦争協力を取り付ける。英外相バルフォアは、パレスチナの一〇%のユダヤ人を取り込んでフランスの縄張りのパレスチナに食い込もうと、ユダヤ人によるナショナルホームの樹立にゴーサインを出した。

第四章ではナセルのパン・アラブ主義までを、第五章ではそれ以後のさらなる混乱を描いている。

第三章と第四章の間には《三教について》という項目が設けられている。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はすべて『旧約聖書』を聖典とし、エルサレムを聖都のひとつと考え、唯一の神を信じる兄弟関係にある。それでは、共通点と相違点とはなにか?
ここをしっかり理解しておくことも重要だろう。
それにしても三千年か。ひでぇもんだな。宗教は人が生きる指針とは言うものの、こんな指針ならいらないんじゃないかな。

原案・監修・解説の吉村作治さんは、『これからのアラブの行方を考える場合、アラブの混乱はあと一世紀は続くと考えたほうがいいだろう』という。その前提としてパレスチナ問題の根本的な解決と貧富の格差の縮小の二つを上げている。・・・そう考えると、どうにも一世紀くらいでどうにかなるもんかどうかと思ってしまう。

イギリスはひどいよ、・・・たしかにね。だけどね。もうそれから一世紀が過ぎてるよね。さまざまな要因が重なりあってのこととはいいながら、百年も経てば、いい加減人のせいにもしていられないだろう。

んで、どうだろう。もとから同一の神への信仰。三宗教も分け方によっては二分割できないか。最後の一人が倒れるまで教えを貫くグループと、折り合える部分で折り合うグループ。教えを貫くグループには場所を与えて仲良く共倒れてもらえばいい。そうでもしないと、一世紀が二世紀になろうと、三世紀になろうと・・・。ねえ・・・。





 


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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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