めんどくせぇことばかり 2016年02月
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『日本でいちばん大切にしたい会社 5』 坂本光司

「ようやく次が出た」と思って読んでみたら、なんだか話がチグハグ。確かめてみたら、一巻、二巻と読んで、その後、三巻、四巻を読んでなかった。・・・で、いきなり五巻、そんなチグハグでした。まあ、いいや。三巻、四巻は、どうしようかな。まっ、じきにね。
第五巻、その刷り上がりの最初の本を、著者はこの本の完成を楽しみにしていたというご母堂の仏前に供えたはず。「昨年、九三歳の天寿」を全うされたそうなので、お生まれは大正一一(一九二二年)。ここにも大正天皇治世下に生まれ、あの苦難の時代を生き抜いた方がいた。
大東亜戦争。そう呼ぶべきだ。太平洋戦争の呼称は、一八七八年のチリ・ボリビア戦争に譲らなければならない。そう、大東亜戦争は大正生まれの日本人の戦争だった。日本の歴史の中で最大の苦難の時代を耐え、戦後の復興と経済成長を支えた人たち。
著者坂本光司さんのご母堂も、そんな時代を生き抜いた方の一人だった。

この本は、そんな方の九三年間の生涯に捧げられるにふさわしい。しかも、著者がご子息ということならば、これ以上の供養はないだろう。

あさ出版  ¥ 1,512

「きれいごと」という人もいる ここに紹介される会社は、「きれいごと」を一途に追い求めた
社会福祉法人北海道光生舎 
過酷な運命を背負った障害者が設立した夢の様なクリーニング会社
株式会社クラロン
高齢者、女性、障害者を主役に据えた人間愛あふれる運動着メーカー
株式会社さくら住宅
「会社はみんなのもの」との信念で幸せを輪のように広げるリフォーム会社
株式会社天彦産業
女性が活躍する鋼材会社は“お互い様”の精神で社員と家族に支えられる
日本植生株式会社
「社員と家族を幸せにする」創業者の意思を脈々と継ぐ環境緑化・保全会社
株式会社ふくや
「世の中に役立つ」ための会社だから不動のNo.1であり続ける明太子メーカー


ご母堂のことは、「はじめに」と題する本書前書きに書かれている。いつものことながら、まえがきを読んだのは一番最後。いつもそう、前書きは後書きの後で読む。最後に前書きを読んだところで気がついた。この本に書かれている一番大切にしたい“何か”は、大正生まれの人々の精神の中から生み出されているんじゃないだろうか。
北海道光生舎を立ち上げた髙江常男さんは昭和二年生まれ。ご兄弟には戦死された方もいるそうだ。
クラロン創業者の田中善六さんは、「激戦の地、ビルマで戦」ったとか。それってインパール作戦じゃないか。日本植生の創業者柴田正さんは大正十年生まれ。駆逐艦「谷風」の通信兵としてミッドウェー海戦を経験しているという。
明太子のふくやの創業者川原俊夫さんは、なんと五回も招集され、終戦は宮古島だったとか。苦労は奥さんの千鶴子さんのほうが上か。三歳の息子さんの手を引いて新京からの引き揚げだそうだ。
多くの同世代を失った世代。死んだ者によって生き残った世代だから、死んだ者の分まで生きなければならなかった。死んだ者が生きていれば、きっと作り上げたであろう素晴らしい日本社会を、死んだ者に代わって彼らは作り上げようと、“戦後”と呼ばれる時代を彼らは生きてきた。そんな思いが、この本に紹介されているような会社を作ってきたんじゃないかな。

著者の坂本光司さんは、・・・法政大学の教授先生か。へんな学校だよな、法政って。いろんな先生がいてさ。そんなこと言っといて、実は、自分も法政の出身なんだけどね。学部は経済。今、法政の経済って、どんな勉強してるんだろう。私の頃は・・・。知ってる?“マルケイ”って。

「まるこめ軽自動車」? 「マルチ計算機」? 「アニマル産経新聞」?・・・違う、違う。《マルクス経済学》だよ。『資本論』とかさ、『共産党宣言』とかさ。経済学部なんて、マルクス経済学の古漬けみたいな教授ばっかよ。江戸っ子の教授がいてね。その人が『経済原論』の先生だったんだけどね。「しょうひんしじょう」って言えないんですよ。〈し〉と〈ひ〉が逆転しちゃうから。商品市場が出てくるたびに、「ひょうしんひじょう」って言うもんだから、もう面白くて、面白くて・・・。

マル経の漬け物みたいな先生方は、その後、いったいどうなさったんだろう。私は卒業後、早々に宗旨変えしたけど、あそこまで古漬けになった先生方じゃ、今さら生野菜に戻れないだろうしね。

最近のニュースで、次の記事のような法政大学の先生がいることが紹介されていた。
産経ニュース 2016/2/22
【SEALDs高校生版デモ】
山口二郎教授「安倍政治は若者使い捨て!」 「あいね」さん「私は言いたい。まだまだ安保法制反対の声を」

http://www.sankei.com/politics/news/160221/plt1602210031-n1.html
(抜粋)
【山口二郎法政大教授】
「高校生の皆さん、本当に今日はありがとう。こんな情けない日本をつくったことについて私や佐藤さんの世代は本当は責任をとらなきゃいけない。だから、なんでこんな日本をつくったんだとみんなに糾弾されても仕方ないんだけど、今日は本当に一緒に歩いて、平和と民主主義を訴えてくれて本当にありがとうございます」

「今年は参院選がある。18歳以上の若者が投票に行けるようになった。今の安倍政治の本質は何でしょうか。今この瞬間のことしか考えない。5年先、10年先、20年先、そんなことはどうでもいい。だから原発を再稼働し、若者を使い捨て、日本の社会からドンドン未来も活力もなくなっていく。そういう政策を安倍政権は進めようとしている。人生があと10年しかないような年寄りが若者の未来を決めてはいけない。若者の未来は若者自身が決めなければいけない。それが本当の民主主義です」

山口二郎先生は高校生の皆さんに糾弾されても仕方がないんだそうです。安倍政権は若者を使い捨て、日本から活力を奪い取ろうとしているんだそうです。あと十年しかない年寄りが若者の未来を決めては行けないんだそうです。若者の未来は若者自身が決めなければいけないんだそうです。

自分の願望のために、ついに高校生まで利用することになったようです。そのためには、上記のような歯の浮くようなことだろうがなんだろうが、・・・気持ちわりい。

法政大学には坂本光司先生みたいな立派な先生もいるのにね。山口二郎先生は東京大学出身の先生なんですね。かたや坂本光司先生は法政大学の出身だから、正真正銘私の先輩。子どもの自分からずいぶんと苦労をされたみたい。同じ大学の教授と入っても、人間としての格が違うみたいね。




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秩父もあるでよ(覚書)『地名でたどる 埼玉県謎解き散歩』 宮内 正勝他

著者の紹介ね。
宮内正勝
昭和十四年、大宮市生まれ。大宮歴史文化懇話会代表。元大東文化大学非常勤講師。
加藤高榮
昭和二十二年、大宮市生まれ。郷土史研究家。天沼神社役員。
千田文彦
昭和二十六年、岩手県盛岡市生まれ。埼玉県立高校教員。
史織悠河
昭和四十四年、吉川市生まれ。郷土史研究家。
こう言っちゃあ何だけど、・・・地味ですよね。・・・でもね、この本、面白いよ。例えばさ、《上サ》っていう地名があるんだってさ。えっ?なんにも間違えてないよ。《上サ》、漢字の“上”にカタカナの“サ”で、「かさ」って読むんだって。ハハハハハ。ふざけてるわけじゃあないよ。本当にあるんだから・・・。しかも埼玉県内に三ヶ所も。

さいたま市西区西遊馬の「上サ」。ときがわ町の「上サ」は堂平山の中腹。秩父市の「上サ」は三峰口駅のすぐ側の集落だって。“上”は、文字どおり上下の上の意味なんだろうけど、“サ”はなんだろうね。「秩父では話し言葉に〈さー〉と言うことが多い」って書いてあった。本当にその通りで、「そうかなー?」は、秩父では「そうかさー?」になる。だけど、ときがわ町はともかく、大宮で秩父弁が使われるわけがない。わかんないな。この本でもわかんないって言ってる。秩父弁だと、「なんでかさー」ということになる。

新人物文庫  ¥ 810

地名に残された、埼玉の豊かな物語
第二章の冒頭で秩父のことを扱っている。最初に、『秩父を知らない埼玉県民はいない』と書かれているが、確かにその通り。だけど、秩父は知っているけど、同じ埼玉県とは思っていない人は多い。《埼玉の奥座敷》、《埼玉のチベット》って言う人は、きっと優しい人だ。・・・それに、その表現は、私が高校を卒業する自分までを考えれば、けっこう的確だ。
心ない天気予報は、こう言う。次に埼玉県各地の天気です。『〈南部〉は晴れ、〈北部〉は曇で風が強いでしょう。〈秩父〉は雪で寒いでしょう』・・・お分かりでしょうか。埼玉県には〈ナンブ〉と〈ホクブ〉と〈チチブ〉があるんです。

だけどね。そう言われる、そう思われることは、秩父の人間の誇りなんだ。外の連中には理解することすら難しい“凄さ”がここにはある。太陽は武甲山の裾から上り、月は両神山に傾く。荒川が谷を削り秩父を発して関東を潤す。和銅の発見は歴史に刻まれ、かつて秩父銘仙は広くを魅了した。長瀞の岩畳は専門の学者に「地球の窓」と呼ばれているという。
秩父のお祭りに来たことはあるかい。もしなかったら、一度、来てみて。屋台囃子の鼓動は、あれこそが秩父の人間の脈動だよ。
第二章《地名から探る埼玉史編》の最初の項目は、《秩父ー埼玉県で生まれた日本で一か所だけの地名》。そこにこう書かれている。『川越・熊谷・行田・川口・浦和・大宮などの名が文献にあらわれる遥か以前、すでに秩父は秩父であった』とある。・・・これを書いたのは宮内正勝さんなんだけど、大宮の生まれの方である。秩父の人ではない。たまたまこう言ったんだろうか。《秩父は秩父》。秩父の人間にとって、これ以上の褒め言葉はない。

“ぶ”という音に縁がある。父の名は武一と書いて“ぶいち”と読んだ。子供の頃同級生から笑われて喧嘩になったこともあり、なんかこの、“ぶ”という音が好きになれなかった。秩父という地名も、自ら誇るよりも、他からの嘲笑のほうが頭にこびりついた。私の中では“秩父”と“父の武一”は、まったくおんなじ存在だったんだ。

“父”とかいて“ぶ”と読む。そんな地名は、佐賀・兵庫両県にある二つの《養父》と《秩父》の三つしかないんだそうだ。佐賀の養父は、和銅六年に律令政府が各国に命じてまとめさせた《風土記》に、すでにその名の起こりを報告しているという。兵庫の養父は、平城京出土の木簡にその名の墨書が見られるという。

秩父は・・・? そこに書いた《和銅六年》・・・。和銅採掘の記録の中に、当然、“秩父”の名がある。もとは知知夫だったという。漢字二字地名を勧める中央の方針により“秩父”になったという。だけどなぁ、秩と父の組み合わせで、“ちちぶ”。たしかに“養父”とは比べものにならない難解さだね。・・・それでこそ秩父。どうだ、まいったか




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『ちょっとロープワーク』 羽根田治

二十年、放りっぱなしの細引きを引っ張りだしてみた。久しぶりにやってみたら、なかなか細引きが手に付かない。“もやい結び”すらままならない。
この本は解説の図がきれいに書かれていて、分かりやすいです。先週の週末は、この本一冊で、ずいぶん楽しませてもらいました。最初は戸惑ったけど、この本に促されて細引きいじっているうちに、指が思い出してくれて、けっこう縛れるようになった。
もののついでだ。連れ合いでも縛ってみるか。・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。もう二度と言いません。お願いだから見捨てないで・・・。
山と渓谷社  ¥ 1,080
5・6種類の結び方をマスターするだけでも十分役立つ
1章  ロープを使いこなそう
2章  テント設営のロープワーク
3章  ツェルトを張ってみよう
4章  野営に役立つロープワーク
5章  基本の結び方を覚える
6章  一歩先のロープワーク
もともと、そんなに何種類もの縛り方は覚えなかったなぁ。テント立てたりするときには、“自在結び”あたりはどうしても必要だろうね。外張り引っ張れないもんね。最初はいいけど、使ってるうちに、装備もくたびれてくるし、いつの間にか細かいところが痛んだり、欠けたり、なくなったりね。そんなときにロープは必需品だよね。DSCF3360.jpg
 DSCF3333.jpg張り綱を石で固定する場合もあるな。ペグってのは、いつの間にかなくなるしね。登山靴で踏んづけて地面に差し込もうとしたら、すぐ下に石があって、ペグが曲がるんだよね。おそらくあなたも経験あるよね。この結び方。なんて言ってた?この本には、「ツー・ハーフ・ヒッチ」という耳慣れない名前で紹介されているんだけど。“二重結び”じゃおかしい?
ツェルトとか張る時、立木があれば利用するよね、そんな時は“巻き結び”と“二重結び”DSCF3353.jpg
DSCF3330.jpg「ハーネスループ」っていうんだって。知らなかった。これならテントの中でも便利そうだし、テントじゃなくても、右のように、家の中でもけっこう便利。DSCF3334.jpg
もやい結び、自在結び、二重結び。・・・分かった。《・・・結び》って言ってれば安全なんだ。これを、《・・・縛り》って言ってしまうと、ついつい、「連れ合いでも縛ってみるか」っていう話になっちゃうんだな。気がついて、本当に良かった。これからはしっかり、《・・・結び》と呼ぼう。《・・・縛り》は夜八時以降にしよう。



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教育への介入(覚書)『アメリカの鏡・日本』 ヘレン・ミアーズ

日本国民へ
新年を迎えました。新しい年とともに、日本に新しい朝が明けたのです。もはや未来は少数のものによって決められることはありません。軍国主義、封建主義、あるいは集団主義による肉体的、精神的束縛は取り除かれました。思想統制と教育の悪用はもうありません。今やすべての人が、不当な規制を受けることなく、宗教の自由と表現の権利を享受できるのです。集会の自由も保障されます。
ダグラス・マッカーサー将軍 東京 1946年1月1日          
本書p206
間の抜けた声明ですが、この声明とともに、前日、GHQは日本史、地理、道徳の授業を中止する命令を出し、教科書、教本を回収、焼却することを文部省に命じた。戦時中の対日プロパガンダを前提とした日本改造計画が動き出したわけだ。
『アメリカの鏡・日本』 ヘレン・ミアーズ
角川ソフィア文庫  ¥ 691
彼女の関心はアメリカにある  日本という鏡を通して見たアメリカが、ここに書かれている
GHQの、日本の教育に対する介入に関しては、『教育勅語』の廃止にかかわる部分を中心に、以前まとめておいたことがある。仕事の使うためのまとめで、何の遊びもありません。お読みいただくこと自体が恐縮です。
ただ、GHQの占領政策であるとか、検閲であるとか、何かをお調べの時には、“そう言えば、ブログにそんなこと書いた奴がいたなぁ”って思いだしていただければ、いくらでもお使い下さい。裏はとってあります。


敗戦直後の東久邇宮内閣は、敗戦という未曾有の危機の中でこそ、教育勅語の重要性はよりましていると考えていた。8月17日に成立した東久邇宮内閣の文相前田多聞は、その就任記者会見で、「日本の教育の基礎は教育勅語と終戦の御詔勅抜きでは考えられない」と述べている。

さらに9月15日には、「新日本建設ノ教育方針」を制定した。それは、教育の基礎を「国体護持」に置き、「科学教育振興」と「平和国家建設」に邁進するというものであった。 「今後ノ教育ハ益々国体ヲ護持ニ努ムルト共ニ軍国的思想及施策ヲ払拭シテ平和国家ノ建設ヲ目途トシテ謙虚反省只管(ひたすら)国民ノ教養ヲ深メ科学的思考力ヲ養イ平和愛好ノ念ヲ篤クシ智徳ノ一般水準ヲ昂メテ世界ノ進運ニ貢献スルモノタラシメントシテ居ル」「教科書ハ新教育方針ニ即応シテ根本的改訂ヲ断行シナケレバナラナイガ差当リ訂正削除スベキ部分ヲ指示シテ教授上遺憾ナキヲ期スル・・・」 と始まる「新日本建設ノ教育方針」の概要は以下の通りである。
①教育方針
 国体護持、平和国家建設の推進、軍国的思想の払拭、教養・科学的思考力の養成、智徳水準の高揚
②教育体制
 決戦教育の解除、平常教育への復帰、軍事教育の全廃
③教科書
 新教育方針に則る改定断行
④教職員対策
 再教育
⑤学徒対策
 勤労動員による学力低下への補習、陸海軍学校生徒の他校への転入
⑥科学教育
 単なる功利主義でなく、真理探究に根ざす科学的思考力の養成
⑦社会教育
 国民道義高揚と国民教養向上、成人・勤労者・家庭教育・図書館等の振興
⑧青少年教育
 郷土を中心とする青少年の自発能動・共励切磋の団体育成
⑨宗教
 国民の宗教的情操の涵養
⑩体育
 体位の回復向上、運動競技の奨励
⑪文部省改革
 学徒動員局廃止、体育局・科学教育局新設

これに対してGHQは「10月13日指令」を出して、「新日本建設ノ教育方針」に真っ向から反対した。
【昭和二十年十月十三日のGHQ指令】
①初等・中等教育の改革
②教科書の書き換え
③日本人の道徳観の養成、日本文化の改善
④「修身」を教えた教学局廃止(盲目的忠誠心を説いたため)
⑤国粋主義を鼓舞した全研究所廃止
⑥民主主義の信念を植えつける為の教師再教育
⑦文部省の権限分化・民主化

この指令は、GHQが日本の占領を、「日本国の無条件条約」による占領として振る舞いはじめた最初の行動である。9月2日の戦艦ミズーリでの休戦調印直後、占領軍は日本政府に対し「米軍による日本全土の軍政布告命令」を出した。9月3日、重光葵外相は、マッカーサーに対し「無条件降伏をしたのは日本軍であって日本国ではない。ポツダム宣言は日米両国を共に制約する条約であり、今回の米国の軍政布告命令はポツダム宣言違反である」として、前日の命令撤回を要求した。マッカーサーは、これを聞き入れ前日の命令を撤回した。江藤淳氏は、マッカーサーが命令撤回した理由を「日本軍未復員将兵三百五十万人の無言の圧力によるもの」と述べている。
しかし10月、陸海軍の武装解除は完了した。GHQは、日本がなにをされても逆らえないこの時期を待って、本来、有条件であるはずのポツダム宣言を、何の改変もしないままで無条件として押しつけてきたのである。仮にポツダム宣言が国家としての無条件の条約であったとしても、ドイツと違い、日本には統治能力をもった政府が存在する。
占領とは、本来、勝者が敗者を思うがまま裁くことを意味しない。また、勝者が、占領地の法律を勝手に改廃してはならないハーグ陸戦法規に明文化されていることである。ましてや、勝者が、敗者に対し文化や生き方まで変えよと要求することは、近代史上類例のない暴挙である。

さらに12月にかけて、「教育に関する四大指令」が矢継ぎ早に打ち出される。
①10月22日「日本教育制度ニ対スル管理政策」
 教育内容(軍国主義・超国家主義イデオロギー普及の禁止・軍事教練の禁止)     
 全教職員の思想調査(職業軍人・超国家主義者・占領政策反対者の罷免)~公職追放につながる
 教科書(軍国主義思想の削除、新教科書・新教科「公民」の導入)
 GHQとの連絡組織常設(文部省内)

②10月30日「教職員ノ調査、除外、認可ニ関スル件」
 全教員の調査
 軍国主義・国家主義者・占領政策反対者の排除

③12月15日「神道指令」
 教科書から神道教義の排除、学校行事の神社参拝禁止
 「大東亜戦争」・「八紘一宇」の公文書からの削除
 神道に関わる神棚などの学校・役所からの排除
 公立学校での神道研究・神官養成の禁止
 神道への行政(財政他)支援の即刻停止
 神道教義の宣伝禁止
 内務省神祇院の廃止など

④昭和二十年十二月三一日「修身、日本歴史、及ビ地理停止ニ関スル件」
 学校での修身・歴史・地理の即刻停止
 修身・歴史・地理の全教科書の学校からの回収

四大指令が破壊したものは、軍国主義ではなく日本の「歴史・文化・伝統に基づいた教育」であった。教育勅語の精神は、それが廃止される前に、すでにズタズタにされた。教育勅語の廃止は、その状態が占領終了後にも永続することを目論んで行われるのである。

昭和21年に来日した米国教育使節団は、3月31日、「教育現場からの教育勅語追放」を勧告した。「日本では独立した地位を占め、かつ従来は服従心の助長に向けられて来た修身は、今までとは異なった解釈が下され、自由な国民生活の各分野に行きわたるようにしなくてはならぬ。平等を促す礼儀作法・民主政治の協調精神、これらは、皆広義の修身である。・・学校における勅語の朗読・御真影の奉拝等の式を挙げることは望ましくない。」
①「教育内容変更」の指示 
 修身廃止、
 地理・歴史教科書書き直し
 国字のローマ字表記(膨大な文献の「焚書」)
 勅語朗読・御真影奉拝禁止

②「教育制度変更」の指示
 教育の地方分権化(地区教育委員会創設等)
 男女共学
 義務教育九年  

昭和21年7月10日、民間情報教育局(CIE)宗教部WKバンスが同局教育部ジョージ中尉に対し、教育勅語の『危険性』に言及した。
「教育勅語は日本人のラジカル(即ち民主的)な傾向を押さえ込む目的で書かれた儒教的な文章である」 「国家神道の聖書だ」 「軍国主義者たちや国粋主義者たちは、この勅語から(戦争遂行の)精神的弾薬を得ていたのだ」
などと私見を述べた上で、教育勅語の廃止を提言している。 「どんなに広く解釈しても、教育勅語は新しい憲法草案の精神から外れている。・・公立学校で読み上げられるべきではないし、ましてや、教科書に入れられるべきではない。大学では歴史的文書として組み入れられてもよいが・・。」

田中耕太郎文相(吉田茂内閣)の、教育勅語擁護発言
21年6月14日
「近来、国民道徳の頽廃は極度に達し・・教育勅語の内容まで疑惑を以て見られ、また外国人の元首に払っている尊敬すらも日本国民として天皇陛下に払わない者も少なくないのであります」
21年7月15日
「教育勅語は絶対に護らねばならない。教育勅語は実践されるべきで、そのためには日本の古典やキリスト教の『聖書』なども取り入れ、教育の新しい基礎を作るよう努力しなければならない」 田中文相が「聖書を取り入れても・・・」としたのは、教育勅語を守りたい一念であったろう。この田中発言の直後の18日、民間諜報局(CIS)は、GHQ参謀第二部に「教育勅語廃止」を勧告している。GHQの情報教育局(CIE)教育部アイリーン・ドノバン(婦人教育担当)は、8月6日、オア教育部長に「教育勅語廃止」を提言した『ドノバン・メモ』を送った。

『ドノバン・メモ』
「教育勅語をどう扱うべきかについて、日本民族の心の中に、そしてGHQにも混乱が生じている。これは直ちに解決されるべき重大問題だ。我々の勅語政策の発表が九ヶ月も遅れたことで、既に難しい事態(田中演説)が生じている。・・この勅語は、極度の西洋化に対する恐怖感から生まれたものである。・・百三十語の漢字からなる勅語は日本民族主義のマグナ・カルタ(大憲章)であり、軍国主義者や超国家主義者の行動の源になったものである」 「より直接的な危険は、“一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし”という言葉の中にある」 「日本人の道徳・倫理の目的は皇室の繁栄のためだけにある」 「これは新憲法の精神である一個人の権利という考え方と完全に食い違うものだ」

21年には日本国憲法草案が国会において審議されているが、その26条に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。すべて国民は、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」とある。 これを受けて、教育基本法が登場することになる。憲法がそうであったように、教育基本法もまた、GHQの民間情報教育局(CIE)が日本政府を指導・監督して作らせたものである。

最後に教育勅語にとどめを刺したのが、GHQ民政局課長のチャールズ・L・ケーディスである。彼は、国会での「教育勅語廃止決議」実施をウイリアムス国会課長に指示し、ウイリアムスは、衆参両院議長に教育勅語の廃止決議を行なうように強硬に申し入れた。 田中耕太郎・参院文教委員長(教育基本法制定時の文相)が、「教育勅語廃止」に大いに活動した。田中耕太郎自身、国会の「教育勅語廃止決議」が、GHQ民生局の指示でやむを得ないものであったことを語っている。



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『ギリシャ人の物語 Ⅰ 民主制の始まり』 塩野七生

てっきり、ギリシャは書かないもんだと思ってた。だってねぇ。今さらねぇ。
一番最初に塩野七生さんを読んだのは、たぶん高校の時分だと思うんだけど、題名は覚えてないけどルクレティア・ボルジアの話だったと思う。もちろん、高校生だからね。関心はエロスに走ってたけどね。ルネサンスの周辺を書いていたよね。そういう作家さんなんだと思ってた。 『海の都の物語』なんかにしてもね。

でも塩野さんの世界はどんどん広がっていって、近代を迎える前のヨーロッパ全域に拡大した。で、いよいよ『ローマ人の物語』が始まった。・・・じつはあの時、完全に出遅れたんだよね。第一巻『ローマは一日にして成らず』を読み始めたのは、すでに四巻目が発売されるはずの年になってからだった。

しかも、なまじ得意分野だったもんで、これがよくなかった。細かい部分まで読み飛ばせない。一つの章が、一項目が、一ページが、一行が重いと感じたこともあった。本当のところを言えば、最終巻を読み終えた時には、正直ほっとした。

その後は、幾つかの随筆と、『ローマ亡き後の地中海世界』、『十字軍物語』、『皇帝フリードリヒ二世の生涯』あたりを読んだ。いずれもローマから先の世界だった。・・・ここで、ギリシャが来るとはね。ちょっとびっくり。

新潮社  ¥ 3,024

ヘロドトス、ツキディデス、クセノフォン、プラトン、アリストテレス、誰もローマを語らなかった
第一章  ギリシャ人って、誰?
第二章  それぞれの国づくり
第三章  侵略者ペルシャに抗して
第四章  ペルシャ戦役以降
私の場合、実はそれだけじゃないんだ。小学校のときに、『若き英雄』っていう、アレクサンダー大王の伝記を読んで、胸を熱くしていたんだ。だから、子どもの読める範囲で古代ギリシャに接していた。具体的には神話だけどね。そのせいか、古代ギリシャの歴史って言うと、マケドニア勃興に至るギリシャっていう捉え方になっちゃってる。
古代から世界史を勉強していくとさ。とらえどころのないオリエントが終わってギリシャ、ローマに入ったあたりでホッとするんだよね。突然量的に拡大するものの、型にはまってるから、頭に入りやすかったんだよね。もちろん、受験勉強上の話だけどね。例えば、アテネならソロン、ペイシストラトス、クレイステネス、テミストクレス、ペリクレスっていう風にね。

『ローマ人の歴史』の時もそうだったけど、塩野さんの書き方はそれをけっして否定せず、かつ教科書なんかではけっして味わうことのできない、その人物の魅力、その社会の雰囲気を描き出してくれる。

そういう意味では、このギリシャってのは厄介な場所だね。もともと、バルカン半島そのものが厄介なんだろうけど、さらにその先のエーゲ海沿岸のリアス式海岸となると、海と山によって人々の人々の居住地域は寸断され、谷を超えれば、山を越えれば、舟一漕ぎで違う文化、違うポリス、違う人がいたわけだ。だけど、まさにその厄介さが古代のギリシャ文化を成立させ、アテネの民主政も成り立たせたわけだ。
それでも第一巻の魅力は、やっぱりペルシャ戦役だね。ギリシャは第三巻までみたいだけど、第一巻にして、このペルシャ戦役がハイライトだろうな。だって、レオニダスが一途に突き進み、テミストクレスが大活躍するんだもん。
第二巻はペリクレス時代からペロポネソス戦役かな。・・・なんだ、まだまだギリシャも楽しめそうですね。




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山下奉文とマッカーサー(覚書)『アメリカの鏡・日本』 ヘレン・ミアーズ

《マレーの虎》こと山下奉文大将は、「人道に対する罪」と「崇高なる軍人信仰の冒涜」によって有罪とされた件が書かれている。マニラを戦場としたことに、山下将軍はまったく責任がない。配下の部隊を統制できずに民間人虐殺に走らせたというのも的外れである。いずれも、それこそ、配下を見捨てて逃げたマッカーサーの、いかにも歪んだ復讐心から出たことである。
だいたい、マニラの死者は、ほとんどがアメリカの砲撃によるものだ。そういうのを隠蔽するという意味も、山下将軍の裁判には込められていたわけだ。山下将軍は粗末な掘っ立て小屋に収容され、便所には汚物があふれていたそうだ。処刑に当たっては、軍服も許されず、囚人服でマンゴーの木につるされたそうです。本当にマッカーサーという人物は、とことん歪んでいます。
ジャップと現地住民の関係はまずくはなかった。・・・ジャップは現地労働者を口汚く罵ったり蹴飛ばしたりして恨みは買っていたが、全体として住民の扱い方はよかった。子供たちが八時から十一時まで学校に行くことを義務付けた以外は、現地の生活習慣に介入しようとはしなかった。ジャップは、すべてが首長に帰属するマーシャルの共同財産制度を破ろうとした。当然、これは島の上流階級には不人気だったが、一般島民は歓迎していた。
(マーシャル諸島に関するドナルド・T・ワインダー中佐の無線送稿)   本書p47
米軍は、殺戮的な爆撃と圧倒的火力で日本軍を焼き払った。島そのものが地獄と化すような攻撃だった。だけど、つくづく思う。・・・一体、なんのために・・・。
前も書いたけど、アメリカ人が書いた日本論、それも第二次世界大戦を直接の研究対象にした本の中で、この本はおそらく一番まともです。だけど、山下奉文大将を鏡にしてマッカーサーを写そうと思えば、山下将軍をだいぶ歪めなきゃならないようですね。
『アメリカの鏡・日本』 ヘレン・ミアーズ
角川ソフィア文庫  ¥ 691
彼女の関心はアメリカにある  日本という鏡を通して見たアメリカが、ここに書かれている
飛行機の保有数と生産能力の比較が出ている。
真珠湾の時点
日本二六二五機
連合国一二九〇機
日本の方が多いとはいえ、日本は満洲から南太平洋まで、広く薄く配備していた。続いて、月間生産量の比較。
四一年四三年四四年四五年
日本六四二機二五七二機
米国一六〇〇機八〇〇〇機九〇〇〇機日本が戦争中に生産した二倍
ここでもそうだ。日本の軍需産業に写して見ても、だいぶ、歪めておかないとアメリカの軍産複合体を写しだすことはできない

移民以来、彼らがやってきたことを写しだすために、アメリカ人が歪めてしまった日本の歴史がフォーチュン誌の《太平洋関係》というパンフレットにまとめられていると紹介されていた。
中世の日本は長期にわたる封建戦争の時代を通じて好戦的理念を作り上げてきた。日本と西洋世界の出会いは、十六、七世紀、西洋式戦争技術を真似ることから始まった。そこから秀吉の朝鮮侵略、キリスト教改宗者に対する血の迫害、そして徳川の差国へとつながっていく。二百年に及ぶ鎖国は、おそらくどこの国も経験したことのない長い平和の時代だったが、その間でさえ、庶民の人間性を無視し、無益の武士階級に戦争集団としての特権を与えるという不思議な社会制度を育てていた。そしてこの不思議な制度が大多数の国民を隷属させてきたのである。このような歴史の上に新日本を築くことはできまい。・・・国家の歴史は国家そのものだからである。
こんな愚かな連中に、“新日本”は築かれてしまったのだから、それこそ恐ろしい。だいたい、中世を経験もしていないアメリカ人には封建時代の重要性を認識できるはずも、端からないだろうけどさ。長い歴史の中で取り上げるのは《朝鮮侵略》に《キリスト教の弾圧》かい。いかにも安っぽい。


日本の歴史をゆがめていること以上に問題と思えるのは、彼らが自らの歴史を、これっぽっちも把握できていないということだな。これに関しては、いかなる理由も情状酌量の条件にはなり得ないだろう。

結局、そこまで歪めてみたものの、アメリカの真の姿を写すことはできていない。《地球上でもっとも強い国民》になったアメリカ人は世界が置かれている無秩序の責任を免れる事はできない立場となった。そのアメリカのために、アメリカを見つめ直そうとする著者の七〇年前の思いは切実だった。だけど彼女の思いは叶えられることなく、アメリカは戦後世界を突っ走った。

今世界で起きているあらゆる問題に、アメリカは責任を免れることはできない。





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『山の単語帳』 田部井淳子

“山の単語帳”って言ったって、・・・ねぇ。・・・これで商売に持ち込もうってのは、ちょっと田部井さんもどうかと思うけどなぁ。でもまあ、栗田貞多男さんの写真がとっても素晴らしいから、まあいいか。

まあね~、最初の頃は、覚えたての山言葉をよく使ってましたね。
「おい、メシできたから田中さん呼んでこい。岩の上でトカゲになってたから。武器持ってきて下さいって」
・・・
「ん?どうした?田中さんは?」
「なんか急にもよおしたみたいで、武器持ったまま雉を撃ちに行っちゃいました」
・・・とかってね。
『山の単語帳』    田部井淳子
世界文化社  ¥ 1,944
「ガレ場ってなに?」 「行動食ってなに?」 「ガスってくさい?」
山に登ろう
富士いろいろ
高山への誘い
沢と峡谷
登山という行為
山の空
山の季語
秋の彩り
岩の王国
火山とその恵み
山の草木
山の動物
雪山讃歌
山の道具
「山」と「峰」のつく言葉
特別、山の言葉には関心はない。山やってる人の間であれば、一度体に入っちゃえば、ただの言葉だからね。文化人類学的に山を“せん”と読んだり、谷を“たん”と読んだりってことだったら、なんか興味深いなって思うけどね。

そういえば、「おおわが母校」の秩父高校山岳部は、毎年からならず、山行記録を一冊の本にして残していた。ガリ版で刷ってさ。折ってさ。綴じてさ。 ♬それをこの葉でチョイと隠す ♬ ・・・めんどくさかったなぁ。その山行記録の冊子名が『でえら』と言った。漢字で書けば“平”なんだろうな。誰にも聞いたことなかったけど。実家の押し入れに残ってるかもなぁ。
この本、写真はいいね。前半の色鮮やかな写真もいいけど、後半にある白黒の写真もいいですね。栂池高原をハイキングしている女の人とか、八方池付近のワンゲルの人たちの写真がいい。色がない方がいいんじゃないか。

昔、甲武信の小屋でバイトしてた時、朝、お客さん送ったら、信州側に降りて歩荷して、昼過ぎに帰って小屋の仕事をする。一度、ずいぶん小屋でゆっくりしているお客さんがいて、信州側に下るっていうんだけど、私が先に小屋を出た。欲張って35キロ背負って、ヒイコラ言って上ってくる途中で、そのお客さんが下りてきた。お互い小休止入れて話したら、新聞社のカメラマンだという。別れ際に荷物背負った写真撮ってもらった。あとから写真送ってもらったんだけど、あの時は白黒写真で、がっかりした記憶がある。今見れば違うかも。実家に置いてあるのかなぁ。





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『アメリカの鏡・日本』 ヘレン・ミアーズ

この本が日本で出版されたのは一九九五年。すぐじゃないけど、まもなく読んだ。衝撃を受けた。こんな本を書くアメリカ人がいるのか。これを書いたヘレン・ミアーズは当然のように日本擁護者として批判の対象となり、この本とともに学者として世に出ることができなかったそうだ。そんな本を書くアメリカ人がいたんだ。アメリカのすごさだな。しかも彼女がこの本を書き上げたのが一九四八年だって言うんだから、・・・すごい。
マッカーサーは日本語版の出版を許さなかった。マッカーサーの退任後も、占領の終了後も、その後も長くこの本の日本語版は出版されなかった。危険な本だったからだろうな。やっと出版されたのが一九九五年。そのとき私が呼んだのは右の装丁の本だった。


最近、下の装丁の本をネットで見つけて、なつかしくなって、読み返してみることにした。押し入れに頭突っ込んで探し出して見れば、当時はこの本、二三〇〇円もした。今は六九一円で読めるんだから、うらやましいな。
〈パールハーバーは、〉「世界征服」を企む野蛮人による「一方的」で裏切りの攻撃だったのか。あるいは、圧倒的に強い国との力のゲームに引きずり込まれたと思っている国が、経済封鎖に対して挑んだ攻撃だったのか。この違いは極めて大きい。
本書p34

著者は確信を持っている。だからこそ上記のような疑問を提示しているわけだ。しかもこんなにも重要なことが、読み始めて間もなく、p34に登場してくるんだからね。マッカーサーでなくとも発禁にする。 
『アメリカの鏡・日本』 ヘレン・ミアーズ
角川ソフィア文庫  ¥ 691
彼女の関心はアメリカにある  日本という鏡を通して見たアメリカが、ここに書かれている
第一章  爆撃機から見たアメリカの政策
第二章  懲罰と拘束
第三章  世界的脅威の正体
第四章  伝統的侵略性
第五章  改革と再教育
第六章  最初の教科「合法的に行動すること」
第七章  鵞鳥のソース
第八章  第五の自由
第九章  誰のための共栄圏か
第十章  教育者たちの資質


しかし、著者がこの本を書いたのは、失意の日本人を慰めるためなんかじゃなく、あくまでもアメリカのためなのだ。《地球上でもっとも強い国民》になったアメリカ人は世界が置かれている無秩序の責任を免れる事はできない立場なのだ。そのアメリカのために、著者ができることは、アメリカを見つめなおすこと。日本という鏡に映してアメリカを見つめなおすこと。

もしもアメリカが建国の理念を忘れてしまって世界の独裁者となり、もはや自らの精神の統御者たりえなくなっているなら、そのアメリカを力から自由へ引き戻す。虚偽と汚濁に輝く支配と権力の暗黒の光芒を放つ皇帝の王冠を捨て、額には自由と独立の神妙なる光を放つ理念の徴を掲げる。そのために著者はこの本を書いた。
《パールハーバーは世界征服にくくりつけられた日本民族の先天的侵略性が引き起こしたという、単純きわまりない説明を受け入れていいわけがない》と、著者は言うが、結局マッカーサーはそれを前提に日本を再構築した。日本だけではない、戦後世界そのものがそれを大前提としてスタートを切り、そのまま今に至る。結局、”挙句の果てがこのざま”ということなのか。

どうでしょう。関心を持っていただけました。『菊と刀』なんかよりもよっぽどまともな本であることは間違いない。昨年、『日本‐喪失と再起の物語』を紹介した時に、その本の著者のデイヴィッド・ピリングって言う人が「外国人の目から見た、戦争や、戦後の日本の歴史を書いた本の中では、これが最も優れている」と、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』をあげていた。『敗北を抱きしめて』は私も読んだけど、いい見方をしている部分もあるけど、全般的には頓珍漢だ。これもそのとき書いたことなんだけど、「ヘレン・ミアーズの『アメリカの鏡・日本』。この本の上をいくものは今のところないと思う」という気持ちに、今も変わりはない。



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鎮魂の歌集(覚書)『百人一首の謎を解く』 草野隆

撰集の依頼人は、蓮生こと宇都宮頼綱。依頼されたのはすでに歌人として揺るぎない地位にあり蓮生の娘婿でもある藤原定家。依頼内容は嵯峨中院山荘の障子色紙に書き込む和歌の撰集。数は障子の数に合わせて百枚ほど。

本質は和歌。一般には、古今の和歌からとくに優れた秀歌百首を感性豊かに選び抜いたと言われる。しかし、依頼人である蓮生は、もとは鎌倉幕府に使えた御家人宇都宮頼綱。

蝦夷を勝手に敵にまわして討伐した平安貴族は、ふと気がつけば己が怨霊に取り囲まれているように感じられたのか、無責任に治安維持を放棄した。それを代行するこちになったのが武士たちだった。そして平安から鎌倉という時代の変わり目は、源平合戦を軸に多くの騒乱を必要とし、多くの怨霊を発生させた。

貴族と違い、武士がそれに無頓着だったわけじゃない。一所懸命に、必要だったからそうしたに過ぎない。彼らこそ、蓮生こと宇都宮頼綱らこそ、より”鎮魂”を切望していたわけだ。

山荘には阿弥陀堂があり、池を隔てて母屋があった。その母屋の障子に色紙は飾られた。著者は、「苦界に沈んだ今昔の歌人の優れた和歌を飾って《苦の集積》を空間的に再現し、歌人たちを極楽浄土に導くべく祈念し」ようとしたのではないかというが、はたしてそれだけだったろうか。御家人としての彼の前半性を考えれば、ただそこに集められた歌人たちだけではないんじゃないかな。彼は、この時代の移り変わりの中で現世に無念を残したあらゆる魂の鎮魂を目指したんじゃないかな。

新潮新書  ¥ 799
長年、解かれぬままになっていた様々な謎に、明快な解答を
鎌倉幕府も安泰ではなかった。頼朝、頼家、実朝と、幕府の核ともいうべき源氏嫡流は、その役割を終え葬り去られた。周辺では義経に範頼も、幕府を支えた梶原一族、比企一族、畠山一族が滅ぼされ、宇都宮一族も時政失脚に巻き込まれそうになり、これが頼綱の出家のきっかけになる。出家の後も和田一族が滅亡し、源氏嫡流が途絶えた混乱に乗じようと承久の乱が起こる。

常に渦中にあった頼綱。出家して蓮生となり仏の道に生きる彼が、それらの魂に無関心でいられると考えるほうが不自然だ。しかもその蓮生が、和歌の撰集を依頼するとなれば余計である。もともと和歌には、そういう力がある。
柿本人麻呂、大友家持、阿倍仲麻呂、小野篁、在原行平、藤原敏行、陽成院、蝉丸、源融、菅原道真、壬生忠見、藤原実方、藤原道雅、藤原実定、崇徳院、源実朝、天智天皇、猿丸、小野小町、・・・。

だからこの百人一首。私たちは遊べばいい。無心に百人一首で遊ぶことそれだけで、じつは歴史の中で無念を残した者たちの鎮魂を繰り返していることになる。




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『日本の神々』 松前健

キリスト教はヨーロッパを取り込んでいったが、土着の宗教はかえってキリスト教の中にその居場所を確保した。北欧では冬至祭のことをユールと読んでいたというが、キリスト教に取り込まれた今でも、クリスマスのことをユールと呼んでいるという。徐々に力を失っていった太陽神ミトラは、クリスマスをきっかけに力強さを取り戻していく。

日本神話にも同じような話があって、天岩戸神話では、新嘗祭の前日、旧暦の十一月の中寅日に当たっており、衰えた太陽の光熱を回復させる冬至の祭りにほかならない。同時に、穢れにより本来の力を失った魂を奮い立たせるための祭りであった。

イザナギの左右の目から、それぞれ天照と月読が生まれたという古事記の神話がある。ニュージーランドのマオリは、太陽と月は天空神ランギの子であり、天空の目として天上界に置かれたという。ハーヴェイ群島では、やはり日月は天空神ヴァイテアの左右の目となっているそうだ。

イザナギとイザナミが、天空神と地母神の一対の夫婦であり、その結合と国生み、および別離の神話が、天と地の結合と万物の化成とその分離を物語る神話であるなら、それは天空神ウラヌスと地母神ガイアを擁するギリシャ神話とまったく同じ。先ほどのマオリの神話の天空神ランギの妻も地母神パパだそうだ。

まったく、ビックリだよ。やっぱり学問っていうのは、ちょっとした発想の転換と地味な努力の積み重ね。地道に知識を積み重ね、塩をふって重しを乗せ、蓄積された知識を発酵させて新しい何かが生まれるのを待つ。・・・ もしかしたら腐ってるかも、・・・虫が湧いてるかも、とか不安に思いながら新たな発想を待つ。

この本を読んでいて感じたのは、苦労してとてもうまい漬物にたどり着いたのと同じような興奮。・・・えっ?ふざけるなって?・・・でも、この本を読んでいて、本当に、何らかの化学反応が起こっていることを感じたんだけどな。


講談社学術文庫  ¥ 929
一九七四年の知見は、すでにここにあった  考古学的発見はまだ追いつかない
第一章  イザナギ・イザナミ神話の形成
第二章  スサノオ神話の形成
第三章  アマテラス神話の源流
第四章  伊勢神宮とアマテラス
第五章  日本神話を歴史とするために


イザナギの崇拝圏は淡路島を中心に、播磨、摂津、大阪湾沿岸、紀伊、大和、伊勢、近江と近畿一帯に広がる。イザナギの神話の舞台はここである。天空神として地母神と交わり、世界を生み出して、さらに日月神を産む。しかし、三貴子の活躍の舞台はここではない。イザナギが皇祖神天照の親とする信仰は、古くからあったものとは思えない。さらに天照が皇祖神となった事自体、そう古いことではなく、七世紀になってからであろう。その段階で従来の祖神タカミムスビを押しのけて天照が皇祖神となり、さらにその親としてイザナギ、イザナミが迎えられた。

朝廷が天皇の権威を高天原神話に求めるとき、日本神話にいてスサノオはあまりにも巨大であった。朝廷では、これを高天原にも関係する神とするため、あえて高祖神の弟という地位を与えた。こうしてスサノオを取り込み、さらに皇室の権威を強調するために邪霊の風を装わせた。古い神話の形としては、スサノオは高天原でさんざん乱暴を働いたので、根の国に追放されたと言うかたいで完結していたのでは、と著者は言う。もともとはなかった日神の岩隠れが挿入されたのは、のちの天孫降臨神話を導き出そうとする作為からではないかと。

天照御魂神社と言うのが結構あって、「アマテルミタマ」と読む。天照御魂について著者は、「伊勢の天照大神とは別の日神であること」、「男性神格であること」などの霊格を示している。伊勢神宮の神ももとは男性太陽神で、土地の斎女が選ばれていたものだろう。そこへ朝廷が着目し、これを皇祖神を重ねて投影し、斎宮を派遣した。

いずれも七世紀だというのだ。

唐王朝という巨大な統一王朝が大陸に登場。全方位外交を展開する改革派の雄である蘇我本家が滅ぼされる。白村江の戦いに敗れて国家存亡の危機。壬申の乱でいよいよ国の行末が定まるかと思えば・・・。

七世紀の終わり、持統天皇の時代。藤原氏が国を簒奪する。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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