めんどくせぇことばかり 2016年05月
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『長谷川慶太郎の大局を読む 世界はこう激変する』

ちょっと前まで常識とされていたことが、今日は非常識とされる。最近の世界は、そこまでめまぐるしく移り変わっている。ウクライナをめぐるヨーロッパとロシアの関係。イスラム世界とアメリカの対テロ戦争。ISとヨーロッパにおけるテロ事件。支那人とウイグル人の対立やチベット問題。世界中に顔を出すチャイナの覇権主義。トルコとロシアの対立。日露間における北方領土問題と平和条約。EUにおけるギリシャ問題、またイギリスの離脱問題。・・・そうそう、北朝鮮はまだか。さらにそれらのすべてが、微妙に関連し、影響を与え合う。

こんな時に、従来通りの世界史の授業をやってる高校の先生の気が知れない。そしてこんな時だからこそ、池上さんと長谷川さんが大活躍。次から次へと本を出している。出しても出しても、世界は動きを止めない。だけど長谷川さん、9年前に死んだ父よりも年が上なんだよね。しばらくの間は、ますます頑張ってもらうようだろうからね。風邪ひかないようにしてもらわなきゃね。

長谷川さんは世の流れの基準をがっちり抑えて、誤解を恐れず大胆に世界を分析。池上さんは、極力その誤解さえ生まれないように注意深く。いずれも使いみちだし、読む側の需要に合わせて選べばいいだろうけど、私は断然長谷川派。池上さんのように回転の早い人ならいいんだろうけど、誤解を恐れていては、少なくとも私の頭はついていけないくらい、世界の動きは早い。

この本は2月29日の発行。・・・そう言えば、今年はうるう年だったんだ。小中学校時代の同級生にまこちゃんという男の子がいてね。まこちゃんは今年でようやく14歳だな。・・・そんなことはともかく、世界の動きが早すぎて、2月29日ってずい分前のことのよう。4ヶ月前に頭を戻して読まなけりゃ。


徳間書店  ¥ 1,512

今年の世界は政治・経済的に厳しい時代を迎える。しかし、日本の先行きには何の心配もない
第一章  アメリカの利上げで世界はこうなる
第二章  悪貨(中国人民元)が世界を脅かす
第三章  IS不況のヨーロッパ
第四章  アベノミクスの新ステージに入った日本
付録  日本企業を両断する
4ヶ月後の今、この本の第一章で話題にされている《アメリカの利上げ》が現実味を帯びてきた。“利上げ”がなにを意味するか。この“利上げ”を厳しく受け止める新興国の中でも、追い打ちをかけられる国はどこか。大きな潜在力で突破する国はどこか。

ISは、直接のテロ問題よりも、難民問題としてヨーロッパを追い詰めている。解決の道は・・・。それ以上に追いつめられるロシア。プーチンに現状打開の道は残されているのか。

チャイナが抱えるさまざまな問題。現況は経済。穏やかにその危機を乗り越える道は、果たしてあるのか。政敵を追い詰めて来た習近平に、もはや逃げ場はない。彼は毛沢東になれるのか。

そのチャイナ頼みのヨーロッパ経済っていったい。・・・そして、日本は・・・。

おまけは、『日本企業を両断する』と称して、“長谷川慶太郎投資レポート”でのQ&Aを載せている。言ってみれば、どこの株を買えば儲かりますか。買っちゃいけないのはどの会社?って話。本来は、会員様限定情報を小出しにすることによって有料会員を募ろうって魂胆に違いない。・・・食えないおっさんだ。




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李奉昌の慰霊碑?

朝鮮日報 2016/5/26
李奉昌が処刑された市谷刑務所跡地、慰霊塔の脇にゴミ集積場
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/26/2016052600606.html
(抜粋)
朝鮮独立運動家、李奉昌(イ・ボンチャン)が国のため犠牲になった場所(東京都新宿区)が、ごみの山に囲まれ放置されている。誠信女子大学のソ・ギョンドク教授の研究グループが25日発表した。
18_20160528063148070.jpg
ここまで読むと、李奉昌の慰霊碑が市ヶ谷のどこかに建てられているかと思っちゃったでしょ。でも、それは違うんです。写真の、ゴミに埋もれそうな慰霊碑は、1932年に日弁連が建てた《刑死者慰霊塔》なんだそうです。でも、これを韓国では、「世界中に散らばっている韓国独立運動の遺構」の一つなんだそうです。・・・怖いね。
記事本文は《続きを読む》に入れてありますので、もし良かったら見てね。続いて、過去記事です。
李奉昌(りほうしょう イポンチャン)1900~1932

1932年1月8日に桜田門外で昭和天皇の暗殺を試み失敗[桜田門事件]し、処刑された李奉昌の“義挙80周年記念式典”を、事件のあった1月8日に韓国が国をあげて執り行うそうだ。
1900年
大韓帝国漢城府龍山に李鎮球の次男として生まれる。幼年期に生家が没落。私立文昌学校卒。
1919年
南満州鉄道朝鮮鉄道局に人夫として就職。
1924年
女遊びと麻雀で借金を作り、龍山駅の操車課を退職金目当てで退職。
1925年
退職金を使い果たした後、大阪市此花区玉川町に渡り、「木下昌一」という偽名を使いガス人夫となる。
1926年
中華民国上海市へ渡り抗日運動に参加する。
1930年
偽名を「松井和夫」に変えて上京し、東京市京橋区南小田原町の漬物屋に就職する。7月には東京市本郷区森川町の守屋かばん店に転職。
1930年
守屋かばん店から売上金240円を盗み、12月に中華民国上海直轄市閔行路へ逃亡する。栄昌公司の蓄音機外交員として働くが、女遊びと麻雀で金を使い果たす。
1931年
上海直轄市内に在るこの年結成されたばかりのテロ組織韓人愛国団を訪れると、昭和天皇暗殺計画の実行者として申し出、同団体から武器と資金を受け取る。12月17日には渡日の為氷川丸に乗船し12月19日20時兵庫県神戸市に到着する。船内では麻雀を打ちながら女の話ばかりしていたという。その後大阪に入り、暗殺用にと貰った資金で大阪市内の木賃宿に泊まりながらカフェーや遊郭を回る。12月22日に東海道本線の超特急燕号で上京し、東京市浅草区松清町の尾張屋旅館に宿泊する。ここでも女遊びと麻雀に耽る。
1932年
昭和天皇が1月8日正午前に警視庁庁舎前の桜田門外を通る事を新聞で知る。1月6日、知り合った憲兵の浅山昌一から当人の名刺を手に入れる。1月8日、浅山昌一の名刺で騙り警備を突破する。1月8日午前11時44分頃、代々木練兵場の陸軍始観兵式を終えて帰途についていた昭和天皇の御料車の約33m先を進んでいた一木喜徳郎宮内大臣の馬車左後輪付近に手榴弾2個を投げ付け、馬車に傷を付けた上近衛騎兵1人と馬2頭を負傷させた。同年9月30日に大審院(裁判長和仁貞吉)にて、大逆罪として死刑判決が下り、10月10日に市ヶ谷刑務所にて処刑された。享年33歳。
李奉昌金九が党首を務める韓人愛国団の一味に属し、昭和天皇の命を狙って手榴弾を投げつけた。韓人愛国団は日本の主要人物たちを暗殺するために作られ、中でも李奉昌の桜田門事件と尹奉吉の上海天長節爆弾事件が有名。
李奉昌の事件からも分かるように、金九、あるいは彼が常に重職を務めた大韓民国臨時政府は、日本国内(ここでは半島は除く)にもかなりの手下を送り込み、組織的活動を行なっていたことが分かる。さらに掘り下げることで、関東大震災時の朝鮮人の暴動の実態を明らかにできるのではないだろうか。韓国の皆さん、関東大震災時に暴動を起こして日本人を襲った朝鮮人は皆さんにとって英雄でしょ。一緒に事実を解明しませんか。

驚くことに、李奉昌程度の小者が、なんと早くも1946年の段階で義士に祭り上げられている。市ヶ谷刑務所で処刑され埋葬された彼の遺骨は、在日朝鮮人が発掘した後ソウル市に於いて国民葬が行われた。1946年段階で韓国の政治を率いていた者と、遺骨を掘り出した在日朝鮮人は連携のとれた存在であったと考えていいだろう。韓国の政治を率いていた者たちが、自分たちの政治的基盤を強化するために引っ張り出したということだろう。

これによって彼らは、併合自体の朝鮮で、日本国民の一員として日々の努力を重ね、自分の家族をまもり、民族の力を示すために努力した朝鮮人に対して道徳的な優位性を獲得していった。李奉昌程度のならず者が、とんでもない役割を果たしたことになる。併合時代の朝鮮で日本国民として過ごした朝鮮人とは別の歴史を過ごした朝鮮人が支那・朝鮮・日本にいて、敗戦と同時に朝鮮の歴史を乗っ取ったということだ。

これでいいのか、韓国人。




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テーマ : 韓国について
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『台所のニホヘト』 伊藤まさこ

子供の頃、雪の日に、ぼやで台所が燃えた。もとから煙突が傷んでたんだろう。雪の重みで天井裏で折れ曲がり、熱がこもって火が出た。折から、大往生した背戸のおばあさんの通夜の席だった。雪の中、母が裸足で、そこに集まっていた男衆を呼びに行った。大勢の男が怒鳴り散らしながら出入りするのを、庭で、雪に震えながら見てた。

はっきり覚えてるわけじゃないんだけど、「だいどこ」は、子供時代の私にとっては遊び場の一つだった。広い「だいどこ」で、風呂の焚口に、かまどが二つ並んでてね。忙しく立ち働く母から、「お前は火の番がうまいね」って褒められた。そう言っておけば、かまどの前でじっとしていたんだろう。それが私が火を燃やすことが好きになった一番の理由だな。・・・え?危ないって?

そうそう、一度だけ、大失敗があるんだ。消防車が集まってきてね。・・・逃げた、逃げた。

『台所のニホヘト』    伊藤まさこ
新潮社  ¥ 1,620

一日のうち、一番長く過ごすところは、・・・台所❢
鍋が好き
春は新もの
食器棚 みぎがわ
おいしいごはんを食べるため
大切な料理本
母の肉料理
冬の鍋料理
ベランダ冷蔵庫
瓶の魔法
「普通」が一番
食器棚 ひだりがわ
理想の台所
うちのカレー
Q&A
冷蔵庫の大掃除
キッチン快適アイテム
私のひとりごはん

「・・・ニホヘト」ということは、「“イロハ”はないよ」ということか。まあ、ある意味、味も素っ気もない装丁の本だからね。こんな本・・・失礼、この本を手にするような人は、最初から”イロハ”を期待するような人ではないでしょうからね。”ニホヘト”ということで、よろしいんじゃないでしょうか。

《台所は料理をするだけの場所ではなく、スープを煮ているあいだ、本を読んだり、座り込んで考え事をしたり、時にはスタンディングバーになることも・・・》

いいなあ。まあ、「人さまの生活をうらやむくらいなら、自分でやれば」って言われちゃうよね。その通りなんだけどさ。ただ、“台所”っていうと、どうしても母を思ってしまってね。母にとっても、台所は一番自分らしくいられた場所であったかもしれないけどね。いくら台所でも、母にとっては、自分のために何かをする場所ではなかったしね。ただ、泣くときだけは、自分のための場所だったかもしれないけどね。

『普通が一番』は弁当に関するエピソード。いいね、木の弁当箱。ミニマヨネーズに、型取りの金具。包みの布もいい色でね。私のはアルマイトの弁当箱だったな。ただでかいだけが取り柄のね。新聞紙での上に小さいふろしきに包んであった。

梅酒、しょうがの砂糖漬け。各種の常備菜も、いろんな下準備がめんどうなんだよね。そんな仕事も、自分の好みに合わせた「だいどこ」なら、なんだかいいな。時間を忘れて没頭できそうな気がする。そう言えば、そろそろらっきょうの季節。いっぱい漬けて、娘のところにも分けたやりたいんだけど、下準備がめんどうなんだよね。

自分使いのいろいろな台所用品にしても、料理にしても、この本に紹介されているものは、いずれも角張ったものを感じさせられない。程よくこなれて、肌にすっと馴染みそうな、なにか自分の一番いい時を思い出させてくれそうな、そんな気がする。

私の連れ合いも、台所でそんな風に過ごして欲しいもんだけど、どうも、少し角張ったものを感じる。・・・それは私に対して・・・、ということか?





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テーマ : 料理の本
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『本当にうまい魚の食べ方』 魚キヨ

魚食べると上手だってよく言われるんだ。自分でもそう思うよ。人の食い方と比べてみるとね。なんか、食い終わったあとを見ると、ただ、箸でつつきまくった残骸みたいになってる人がいるじゃないですか。そういうのに比べればね。

生まれ在所の秩父は山ん中でね。子供の頃、秩父では「寿司」って言えば、お稲荷さんのことだった。魚っていうと何があったかな。すごく塩っぱい鮭の切り身か、サンマかアジの開きかな。流通もよくなかったからね、その時代は。そんな魚が、好きで好きでね。骨にこびりついたのまで食べた。かと言って、手を使ってベチャベチャ食ってると怒られたからね。教わったわけじゃないけど、いつの間にか上手に食ってたよ。

川の魚も、もちろん大好き。自分で釣ったり、突いたり、仕掛けに入ったやつを、焼いたり、揚げたりしてもらって食った。もちろん、塩かしょうゆで頭からね。それが基本だから、海の魚も、喉に引っかかりそうな骨は外したけど、食えそうな骨まで避けようという気は、もともとなかった。・・・ここまで、「魚が大好きだ」って言いたかったのね。


講談社  ¥ 1,080

“魚屋の食べ方”には難しいレシピなんてなし❢ 気取らず簡単、でもとびきり旨い
第1章  魚があればメシが旨い ❢ もっと気楽に買ってみてよ
第2章  旬の旨い魚 こうやって食べてみな❢
第3章  巷でいわれている魚のウソ、ホント
魚屋との付き合いってのが分からないんだよね。子供の頃に魚を売っていたのは、・・・なんて言っていいかわからないような、雑貨屋で、いろいろなものを売ってるところに、塩っぱい鮭の切り身となんかの開きがあった。学生の頃に下宿した三鷹では魚屋の記憶がない。魚を買ったのはスーパーだな。

大学4年の時に1年過ごした東北沢には、たしかに魚屋があった。でも、何度が利用しただけで、おばちゃんたちに混じって魚屋の大将とやり合うなんて、とてもとても。今も魚を買うのはスーパーで、連れ合いはおろしてもらうって言うけど、私はやってもらったことがない。

結局はスーパーで買った魚になっちゃうけど、でもなんだか、この本読んだだけで、今までよりも、少しうまく魚を食えそうな気がしてきた。とりあえず《魚は手間がかかる》っていう気持ちからは解放された。これまでは、自分が《手間がかかる》ようなやり方をしていたに過ぎない。そらから、《自分でさばこうとしない》。連れ合いを見習って、スーパーでおろしてもらう。

この本で読んで、絶対やってみたい。おそらくこの週末かならずやってるだろうって思うのがある。《塩で煮る》ってやつ。それが書かれたくだり。
お客さんたちにすすめると驚く人も多いんだけど、僕らは魚を「塩水だけでゆでる」っていう方法をよくやるんだよね。キンキ、メバル、鮭、タラなんかの脂ののったものが塩水でゆでるのに適している魚。それを生じょうゆやポン酢で食べたり、薬味を添えたり、オリーブオイルをかけたり、サラダにしたりして楽しむんだ。
本書P30
なんだろうなぁ。今この時期に脂ののってる魚って。

ああ、でも、これもやりたい。《アジの酢の物》。塩で締めたものを軽く洗って酢をかけるだけ。もちろん、スーパーで三枚におろしてもらう。もちろん、全部持ち帰って、頭や中骨は上げて食べる。

んんんん、魚でこんなにワクワクさせてもらった本は、なんだか久しぶりな気がする。週末が楽しみ。




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テーマ : 料理の本
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逆オイルショック(覚書)『2016-17長谷川慶太郎の大局を読む 世界はこう激変する』

実は、ニュースの確認っていうのは、大学卒業とともに始めていた。もちろんその頃は新聞の切り抜きで、中心になるのは世界情勢と、自衛隊、皇室に関わるものだった。そう考えると、基本的に今と変わりない。対象が朝日新聞だけってこともあって、1日の切り抜きは、ほんの2・3の記事。それでも、紙面全体に目を通したからね。もちろん怠けることもあったけど。

ノートに貼り付けたんだけど、まあ、見返すことはないんだよね。そんなめんどくさいことやってれば、かならず意識に残ったからね。ノートがもったいないから、関連する記事は、折りたたんで重ねて貼ってね。だから1冊終わる頃には、厚さ5センチを超えたね。何十冊どころじゃないんじゃないかな。持て余して、転勤の時に、前の職場の倉庫の奥にこっそり置いてきたりした。

面倒すぎて中断したこともあったけど、インターネットに助けられてね。ニュースのチェックと本を読むことで、世界が頭のなかで立体化して、まるで鳥瞰図で見ているかのようにね。・・・なんてなってみたいな。

雪原と吹雪でホワイトアウト状態になったり、藪こぎの最中に崖から足を踏み外しそうになったりと、世界を見失いかけることも少なくないんだけどね。そんな時、長谷川さんの本は、絶好の指標だね。

今、世界を考える時に、けっして見失っちゃあいけないこと。なのに、ちょっと前までは正反対の常識があったために、ついつい見失いがちなこと。それは、逆オイルショックって言う状態にあるってことだな。・・・これ、すごいことだよね。

徳間書店  ¥ 1,512

今年の世界は政治・経済的に厳しい時代を迎える。しかし、日本の先行きには何の心配もない

2014年6月に1バレル(約159L)107ドルを超えた原油価格が、同年11月下旬には73ドルまで下落。2015年初頭には40ドル台に突入。一時戻したこともあるものの、12月には30ドル台を記録した。

最大の原因は、アメリカのシェール革命。シェールオイルの採算ラインは1バレル60~80ドルと言われていた。採算を切ればシェールオイル採掘業者は撤退して原油は下げ止まると言われていた。しかし、止まらなかった。技術革新により、2015年末、1バレル30ドル台に入ってもシェールオイルの採掘は続いている。

すでにアメリカは不況を克服した。その証明が利上げである。利上げでドル高が進行するが、ドル高による不利益は原油安による燃料費の下落が帳消しにしてしまった。同様に、エネルギー源を購入して経済を成り立たせている国にとっては、原油安は福音である。

2009年にリオ・オリンピック開催が決まったブラジル。当時、支那による爆食ともいわれる一次産品の需要に沸き立っていた。主要輸出三品目は、鉄鉱石、大豆、原油。鉄鋼業が驚異的な伸びを見せていた支那が、最大の上得意である。2012年、支那の経済に陰りが出た。2014年からは、支那の輸入も減少を始めた。そこへ逆オイルショックが畳み掛けた。

OPECの持つ最大の力は、価格調整能力である。生産を調整して価格を吊り上げることだ。かつては、現在でも、OPECはそれを武器として国際政治にまで影響を及ぼす。日本はかつて、もらい火で全焼に近い被害を出した。ところが、そのOPECが、その価格調整能力を失っている。

ロシアやメキシコが増産でOPECの能力を減退させていたのは過去の話で、ウクライナ絡みで経済制裁を受けるロシアは、原油安の追い打ちに息も絶え絶え。この春にはOPECと生産調整を話し合ったが不調に終わった。サウジはいっそのこと、ロシアを屈服に追い込もうとしているんだろう。

さらに、制裁を解除されることになったイラン。大産油国が市場に参入して、今まで失ってきた利益を取り戻そうとしている。アメリカではシェールオイルの採掘が続いている。かつてOPECが持っていた価格調整能力という大きな武器は、すでに失われていると言っていい。

かつて中東になにがしかが起これば、すぐに世界が反応して原油価格が高騰した。しかし、それはもはやない。事実、イスラム国騒ぎだったり、イエメンを舞台とするサウジとイランの確執が先鋭化しても、原油価格は上がらない。もはやOPECは生産調整もできない。OPECがロシアと手打ちをして生産調整したところで、その分はアメリカとイランが補ってしまう。

変われば変わるもんだね。・・・ビックリだよ。




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『それっ❢日本語で言えばいいのに』 カタカナ語研究会議

「ええい、まったく、いい加減にホワイト」。冗談じゃないよね。どうなんだろうな~。やたらとカタカナ言葉を使いたがる奴。一般には知らない者も少なくないカタカナ言葉を使うことで、自分の価値が高まると信じて疑わない。そんなことでしか自分を差別化できない。目の前でわけの分からないカタカナ語を使われるということは、今まさにそいつは優越感で脳内射精するための対象として私を選んだということだ。ああ、ヘッドにカム。
秀和システム  ¥ 1,382

カタカナ語を話している自分が大好き? カタカナ語を聞かされるとイラッとくる?
第1章  よく出てくるカタカナ語ベスト15
コミットメント
フィックス
タイト
ユーザー
ジャストアイデア
イノベーション
エビデンス
シェア
リソース
スペック
ペンディング
アジェンダ
シナジー
コンセンサス
タスク
第2章  ビジネス現場で使われるカタカナ語
アーリーアダプター
ウィンウィン
コンプライアンス
ハイラント
レギュレーション
アウトソース
オブザーバー
ジレンマ
バイラル
ミッション
アウトプット
オンデマンド
スキーム
ファクト
リマインド
アサイン
キャリア
セグメント
フィードバック
レコメンド
アセスメント
クリティカル
ダイバーシティ
プロパー
マネタイズ
アライアンス
コンバージョン
ニッチ
ベンダー
レジュメ
第3章  意識高い系パーソンのカタカナ語
エッジ
ネゴシエーション
フック
モチベーション
エモーショナル
バジェット
プライオリティ
リスペクト
ガジェット
バッファ
ブレスト
リテラシー
コンセプト
パラレル
ベンチャー
シュリンク
ビジネスモデル
マイルストーン
ソリューション
フェーズ
マター
第4章  今をときめくIT業界のカタカナ語
アナリスト
クラウド
ロジック
アンチテーゼ
サムネイル
アーカイブ
ステマ
イニシアチブ
ベネフィット
インライン
ユビキタス
キュレーション
リスクヘッジ
第5章  妙な軽さのメディア業界のカタカナ語
インスパイア
ディテール
ポートフォリオ
オファー
デフォルト
メソッド
キャパ
バイアス
メディア
コンテンツ
バズ
リスケ
スピンオフ
フィジビリ
ローンチ
ターゲティング
ブラッシュアップ

ほーら、っね。ヘッドにカムでしょ。・・・それを分かってもらうために、スゲ~めんどくさかったんだけど、目次をみんな紹介しちゃいました。監修者の《カタカナ語研究会議》という、こちらもなんとも怪しい集団にしか思えないけど、どうせ身を寄せるなら、こちらがいいな。それはともかく監修者はこう言ってます。『カタカナ語には自己承認欲を満たしてくれる媚薬的な魅力がある』って。

それなりにいろんな経験を経てこの歳にまでたどりつたわけで、自分を見失っていた時期もある。だから何となく分かるんだよな~。そういう言葉を使うイヤラシさが。・・・気持ち悪いったらありゃあしない。お前は白人さまかよ。

ところがさ。最近公務員だとか、NHKが、本来、固い職業のように見えていた連中が率先してカタカナ言葉なんだよね。まったく、寝耳にウォーターだよね。なんだって?アクティブラーニングだ。「なにがカタカナだよ」って思ってると、打って変わって“学び”だの、“気づき”だの、そっちはそっちで一般人にはとても恥ずかしくて使えないような言葉を使うんだ。そう、彼らは、一般人には及びもつかない“高み”に立っているか、・・・もちろん意識だけよ、・・・それとも“恥知らず”かのどっちかで、おそらく両方なんだな。

ったく、バカもホリデーホリデーに言えってところだよね。気持ち的には仏のフェイスもスリータイムズって言って、気合をインしたいところだけど、なに言ったってホースのイヤーに念仏だし、のれんにアームプッシュだからね。所詮は負けドッグの遠吠えなわけよ。

以上、今日のお相手は、ルー大柴でした。




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神社とは何か(覚書)『神社に秘められた日本史の謎』 新谷尚紀

紀元前10世紀、玄界灘沿岸地域で稲作は始まっていた。しかし、その伝播にはけっこう時間がかかり、瀬戸内海沿岸まで200年ほど、摂津・河内まで300年ほど、奈良盆地に400年ほど、中部地方に500年ほど、南関東に600年から700年ほどかかった。東北北部には関東南部よりも早く、日本海側から前4世紀には伝わっていたが、前1世紀には東北北部では稲作を放棄してしまっていた。紀元前900年代後半に北部九州で始まって以来、紀元前200年代に関東南部にまで広がるのに650年から700年もの時間がかかった。東北北部では稲作が放棄されたため、北限は山形から仙台を結ぶ線となった。

時間がかかった原因は、基本的に稲作労働の苛酷さにある。灌漑耕作に必要な人出を統率する力、権力とシステムの登場が必要であり、労働を強制される階層と収穫物を集積する階層の分化と形成には、それなりの時間が必要だったということだろう。なにしろ採集、狩猟、漁撈といった食料確保を織り交ぜて生業としていた人々に、灌漑土木、水田労働、施肥、除草、害虫駆除といった重労働が強制されていったのだ。それなりの困難は当然あったろう。

仏教寺院への信仰が取り入れられたことにより、それ以前からの信仰にも、それに似せた形式が整えられていったのだろう。時代的には天武・字統の時代である。この頃に、「神社」祭祀が、国家規模で整えられる。

・・・さて、神社とは・・・


洋泉社  ¥ 929

古代から近現代まで、52の疑問を解決❢

「神社」と書いて「じんじゃ」と読むのは、明治以降に定着したものだそうです。それ以前は、やしろ(社)、みや(宮)が一般的で、「神社」は「かみのやしろ」、「神宮」は「かみのみや」と読まれた。

神社の原形を表す「やしろ」。もし本来の意味を表す漢字を当てるなら、「屋代」が適当で、「屋」が表す建物に「代」を補うことにより、建物そのものではなく、建物を立てるための区域を意味していた。つまり、神を迎えて祀る“時”に神殿が建てられ、その“時”が終われば神殿は解体される。その“時”に、神殿を建てるべき区域こそが、「やしろ」だった。

本の中では、常設の社殿が整備されたのは、《神マツリがしばしば行われ、神霊の常在を願う人々の気持ちが高まってくると》としているが、そこには寺院という建築物を持つ仏教の影響が大きかったんじゃないかな。いずれにせよ、「やしろ」が本来意味する空間に作られた常設の社殿が「みや」である。本来の意味を表す漢字を当てれば「御屋」、尊い建物という意味である。

常設の社殿を持った神社の創建にふれた最古の文献は『古事記』や『日本書紀』で、垂仁天皇が出雲に「かみのみや」を造営させたというものであるそうだ。出雲大社がらみでは、『日本書紀』に、斉明天皇5(659)年に天皇が出雲国造に神宮の修造を命じたというのがあるそうだ。

古代の自然崇拝は日本列島独自の自然環境のもと、支那の“道”の思想の影響などもあって形づくられていったものだろう。縄文時代を代表する三内丸山遺跡の巨大な柱穴も宗教行事が行われた建築物ではないかと考える説があるという。はっきりしてるのは古墳時代の社殿のない神社。自然そのものを御神体とする大神神社や宗像大社。

そして、飛鳥時代の7世紀。斉明天皇5(659)年の出雲大社は“修造”だよね。実際にはそれ以前に作られていたわけだ。天武天皇10(681)年の畿内・諸国への「天社“あまつやしろ”」、「地社“くにつやしろ”」もやっぱり“修理”になっている。*ただ修理には新造の意味もあるらしいけど・・・。いずれにせよ、ここから国家による神社社殿造営が本格化したわけだ。




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『名字でわかる日本人の履歴書』 森岡浩

たくさんいるからね。もう、“藤原”ってだけじゃあ、まったく区別がつかないから、住んでる場所なんかで名乗った。近衛、鷹司、九条、一条、二条、三条、西園寺、閑院、花山院、御子左、四条、勧修寺家、日野、中御門。・・・そんな名字を名乗ってるのは、ほんの上澄み。

「その他大勢」にあたるのが、いわゆる“藤姓”。“藤”の姓は、もちろん藤原さん。朝廷の木工寮官僚である木工助は工藤さん。伊勢の藤原さんは伊藤さん。加賀の藤原さんは加藤さん。尾張の藤原さんは尾藤さん。斎宮寮頭になった斎藤さん。備後や肥後の後藤さん。近江の藤原さんは近藤さん。遠江の藤原さんは遠藤さん。内蔵助を務めた内藤さん。下野国那須郡の須藤さん。武蔵の藤原さんは武藤さん。修理職大進、または少進を務めた進藤さん。江藤さんの江は、近江か大江。兵衛を務めた兵藤さん。安藤さんは安房国、安積郡、安曇郡。

一番多いのが佐藤さん。“佐”のつく理由が多すぎる。左衛門尉の佐藤さんは続いていないそうだけど、下野国佐野郡、佐渡ヶ島。左衛門の“左”が“佐”に変わったり。

なんだか、ほとんど日本を乗っ取った雰囲気だな。

講談社+α新書  ¥ 905

なぜ東日本は「佐藤」「鈴木」が、西日本は「田中」「山本」が席巻したのか
プロローグ  名字から日本人の来し方を考える
第一章  名字のルーツを分布から探る
第二章  メジャーな名字でも分布は偏る
第三章  方位に由来する名字の偏り
第四章  名字の分布は歴史を反映している
第五章  東西の名字の違いに浮かぶ日本人の足跡
第六章  漢字や読み方の違いの分布の歴史的背景
エピローグ  名字解明から日本人の歴史の解明へ


かなり、すさまじい本だと思うよ。なにしろ、“名字から日本の歴史を解明する”ことを究極の目的としている著者の書いたもんだからね。確かに名字は、歴史をいろいろな部分で裏付けてくれる。でも、常識的には、“そういう場合もある”ということであって、“恒の可能である”わけではないはずだ。でも、この本を呼んでいると、それが本当に可能なことのように思えてくる。著者は、本当にそれをめざしているし、そのためのとてつもなく地道な努力をしているからだろう。

「言われてみれば確かにそうだな」って思わせるような、いろいろなことも教えてもらった。都道府県名、市名レベルの大きな地名を名字として名のるのは、故郷を離れてからって言うようなのがあったけど、たしかにそうだよね。埼玉県で“埼玉”って名のっても区別できないもんね。逆に、字、小字レベルの小さな地名はそのまま名字になって周囲にアピールできるけれども、それができるのは、その字、小字の最有力者に限られる、とかね。

内田は多いけど外田は少ない、っていうのもあったけど勢力範囲の内側の田と考えれば、勢力範囲の外側の田は、そうそうあるもんじゃないもんね。そういう名字世界の常識を踏まえてなきゃいけないんだね。

地名から名字になったものを調べるのも大変だよね。今の地図では、だいぶ地名が変わっちゃってるしさ。時代を考えて地図を使いこなさなきゃいけないし、字、小字レベルの地名ってなると気が遠くなる。

神奈川県の三浦半島だから三浦。静岡県伊東温泉だから伊東。毛利は神奈川県厚木市の毛利だって。武田は茨城県ひたちなか市の武田。上杉は京都府綾部市上杉町。今川は愛知県西尾市今川町。・・・歴史と付き合わせて、地図と首ったけってことだな。

宮のつく名字は、やっぱり神社関係なんだね。「ねえねえ、そうなの?」って、昨日、清宮くんに聞いちゃいました。




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『本音でミャンマー』 寺井融

NLDが勝って政権を握った場合
「(過去に)首相職は大統領の下だった。私は大統領の上。(新政権では)全ての重要な政策は私が決める。トップがそうするのは当然だ」

少数民族と政府の対立について
「政府が対処する問題で、私は議会の民族委員会のメンバーではなく干渉すべきではない」
「私は関係ない」

なんだか上記のような発言が取り上げられていたけど、アウンサンスーチーは政治家だ。言を左右したとしても、またはついつい本音が出てしまったとしても、別に驚くには当たらない。

彼女の長世界に知られるようになるのは、1988年にまだビルマと呼ばれていたミャンマーに帰って、おりからの民主化運動に担ぎあげられて以来。以降、常に軍政批判の象徴として取り扱われ、“軍部独裁”を批判する欧米民主主義勢力によって後押しされてきた。欧米民主主義勢力は彼女に軍部独裁と戦うことが出来るだけのさまざまなアイテムを準備した。その一つが経済制裁であり、ノーベル平和賞の授与であった。

欧米民主主義勢力にとって、アウンサンスーチーは聖女となった。彼らは聖女が好きなんだそうだ。この本に聖女の条件が書いてあった。①欧米の価値観を持っていること。②欧米の言語で発信できること。③欧米の一流大学をでていること。④まあまあ美人であること。・・・扱いやすい程度の単純であることって言う条件はいらないのかな。

“扱いやすさ”はあくまで欧米にとってであって、彼女がミャンマーに向かい合った時、それは欧米社会がミャンマーに向かい合った時と同じかそれ以上に扱いにくい存在だった。彼女が軟禁された自宅は、おそらく私の一日の活動面積よりも広く、その期間に彼女が置かれた不自由な状況は、おそらく9割方の日本人よりも自由なものだったろう。

最初の軟禁が解かれて自宅門前で演説会を開いた時、聴衆は群衆となり、出店まで出て道路は歩行者天国状態だったという。警察が移動を促しても聞く耳を持たず、制止しようとすると「軍政当局が政治活動を妨害した」と騒ぎ出すって言う状態だったんだそうだ。・・・始末に置けない。

カナリアコミュニケーションズ  ¥ 1,512

もうこの国の建前論はいらない 定点観測で語るミャンマーの昨日今日明日 
第Ⅰ部  ミャンマーにぞっこん
第Ⅱ部  アジアに“三日酔い”
第Ⅲ部  サンダル履きアジア
第Ⅳ部  本音でミャンマー
附録  ミャンマー本あれこれ


気に入らないのはイギリスだ。イギリスから遅れたアジアたたきの材料を与えられていい気になっている欧米民主主義勢力だ。それからおまけの日本だ。・・・いつまで“おまけ”なんだ。

軍部独裁云々って言うけど、もともとアウンサン指導下のビルマ国民軍の力がイギリスからの独立の原動力だ。独立後、民主化と軍政のあいだをグズグズして経済活動を発展のレールに乗せられなかった。しかし、独立直後の民政時代から少数民族各派が高度な自治を求めて各地で反乱を起こし、周辺諸勢力からの干渉、政治闘争の激化と腐敗、印僑、華僑の跋扈と混乱が続く。そんな状況で、青年将校たちから突き上げられたネ・ウィンが1962年に決起して軍政を布く。

イギリスに植民地にされた地域ってのは、本当にかわいそうだ。・・・植民地にされたアジアなら、イギリスだろうが、フランスだろうが、オランダだろうが、アメリカだろうが、みんなかわいそうだけど、イギリスの植民地支配はあまりにも念が入りすぎていて、とりわけかわいそうだ。

イギリスは人口の70%を占める最大多数は伸のビルマ族を支配するため、山岳少数民族を山から下ろし、キリスト教に改宗させて下級公務員や警察官に登用してビルマ族を支配させた。トップにたつのは当然イギリス人、次が印僑や華僑、さらに基準した民族やキリスト教徒に改宗させた少数民族、最下層にビルマ族。

そのビルマ族の青年たちが日本軍の特殊訓練を受け、アウンサンやネ・ウィンを中心に、彼らが軸になってビルマ独立義勇軍ができる。なんだかんだあったけど、アウンサンは軍の力を背景にイギリスを追い出した。だから、“軍”とか、“軍部”とか、“軍政”と呼ばれているグループは、実はイギリスからの独立を成し遂げた原動力。イギリスと、イギリスに焚き付けられた欧米民主政力と、おまけの日本は、それに対抗する力の象徴として、アウンサンスーチーを育て上げた。言ってみれば、かつて植民地時代、アジア各地でイギリス人の手先になってアジア人の上にのさばった華僑連中の役割を与えれたのがアウンサンスーチーだ。
アウンサンスーチーの絶大な任期の背景には、もちろん父親、アウンサンの存在がある。しかし、アウンサンとアウンサンスーチーでは、あまりにも違う。最後に、次の本に書かれている父娘の違いに触れた部分を紹介して終わりにするね。
大きく異なる点が二つある。将軍は謙虚で控えめな性格でけっして驕ることがなく、他人のいうことに耳を傾ける人物であったのに対して、娘のほうは気位が高く、高慢で、強硬な自己主張をする。自分の言うことはすべて正しく、他人は自分の発言を聞き、それに従うべきだと思っている。他人の発言を傾聴することはまったくない。
将軍は素朴で粗野な性格で粗削りの野人といった印象を与える人物であったのに対して、娘は西欧流に洗練された身のこなしや衣服の着こなしにいたるまで、趣味の良さを印象づける。しかし彼女からは将軍の持っていた誠実さや率直さはみじんも感じられない。




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『深夜食堂 14・15』 安倍夜郎

ビッグコミックオリジナルに連載中の漫画。
常連から「深夜食堂」と呼ばれる“めしや”は新宿花園界隈の路地裏にあり、ちょっと訳ありそうな主人が一人で切り盛りする。営業時間は深夜0時から朝の7時。客?・・・客はもちろん、その時間に一杯やりたくなりそうな人たち。
店のメニューはわずかだが、できるものならなんでも作ってくれる。
深夜
まえに『深夜食堂』を紹介したのは2014年4月。2年ぶりだ~。
小学館  ¥ 540(各)

できるもんなら、なんでも作るよ

14巻
そら豆
ニラ玉定食
ナポリうどん
チキン南蛮
豚小間もやし炒め
もろきゅうと梅きゅう
カニかまサラダ
鰆の西京焼き
アメリカンドック
ネバネバ
あさりとキャベツの酒蒸し
卵豆腐
タバスコ
おにぎり
15巻
エビフライ
べったら漬
レンコンのきんぴら
クリームシチューと焼き魚
厚切りハムステーキ
タンメン
葉唐辛子の佃煮
弘兼憲史登場
唐揚げ親子丼
オムソバ
えのきのベーコン巻き
ちくわぶ
かんぴょう巻き
赤飯
ロコモコ

私が好きなのは常連の“まゆみちゃん”。もちろん、14・15巻でも健在です。そら豆の皮はむきません。ニラ玉定食はご飯を大盛りで二杯。厚切りハムステーキは3センチ。タンメンは麺抜きでご飯大盛り。一つ残ったちくわぶに手を伸ばして男に逃げられた。「食う」ってことの前に、その生き方は小気味いい。

酒癖の悪いのも出てくる。・・・でも、私のほうが悪い。

人間ドラマと食い物との絡みは、こんだけ書いてればどうしたって希薄になる。料理者の難しいところだけど、プレッシャーに負けて変に社会性に走った漫画もあったよね。だけど、こんだけ豊かな食文化を持った日本なら、取り組み方次第でネタは尽きないはず。頑張ってほしいな~。

もちろん、毎回毎回なんて無理は言わない。1巻で14話あるから、ビッグコミックオリジナル14週分だから3ヶ月半。1巻に最低1話、できれば2話でいい。読んでよかったと思えるような話を確保して欲しい。

・・・何より店の日が消えては寂しい。遠くに見る夜汽車の明かりの暖かさと同じ。・・・実は以前、定時制の高校に勤めていて、空き時間にタバコ吸いに外に出るんだけど、人通りも少なくなった夜の街に、そこだけ明かりが灯っていてね。昼間働いている連中が、教室にいるんだ。

寝ている奴もいる。一日仕事してるんだしね。それでも私は叩き起こしたけどね。中学校で出遅れて、全日の高校で落馬したような連中がさ。その明かりの下にいるんだ。

深夜食堂もさ、定時制の匂いがするんだよな。・・・私が勤務してた定時制は潰れちゃったけどね。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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