めんどくせぇことばかり 2017年03月
FC2ブログ

東ティモール(覚書)『変見自在 オバマ大統領は黒人か』 高山正之

時事通信 2017/03/25
新大統領にルオロ氏=独立闘争の戦士-東ティモール
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032500629&g=int
(抜粋)
【ジャカルタ時事】東ティモールで20日行われた大統領選で、同国選挙管理委員会は25日、国会第2党東ティモール独立革命戦線(フレティリン)のフランシスコ・グテレス(通称ルオロ)党首(62)が当選したと発表した。
(続きを読む)に全文

最初に植民地化したのはポルトガルだった。あとからオランダがやってきて、ティモール島の西半分をポルトガルから奪った。オランダ領となった地域とポルトガル領となった地域、いったいどっちがマシだったろう。まあ、大差はないだろうが、ポルトガルの支配が最低で、かついい加減であったことは間違いない。

20世紀になると、本国ポルトガルの経済的苦境を補うために、東ティモールにおける収奪はさらに強化されたという。ポルトガルは第二次世界大戦には中立を表明したが、開戦早々、オランダとオーストラリアに保障占領されてしまう。ポルトガルはイギリスに講義するものの、結局このあと、日本がティモール島全体を占領する。

第二次世界大戦後、西ティモールを含むオランダ領東インドは、独立戦争を経てインドネシアとして独立する。ポルトガル領ティモールは1975年に、本国ポルトガルの政変に合わせて独立話が立ち上がるが、時を合わせてインドネシアが占領する。

上の記事にある“独立闘争の戦士”ってのは、インドネシアに対する独立闘争ということになる


記事には、フランシスコ・グレテスというポルトガル人の名を持つ男の顔写真が乗っているから見てみてね。彼がクリオーリョであることがわかる。ポルトガル人は、ティモール島を支配下に置くと、言質の女を強姦して子を産ませ、生まれた子たちにポルトガル人の名と武器を与えて、現地人を支配させたという。母を強姦されて生まれた子達にとって、そのポルトガル人風の名前はティモール島ででかい顔をするための証明であったそうだ。



新潮文庫  ¥ 529

尽きることのない世の非道を炙り出す、「週刊新潮」超辛口名物コラム集

以下は、本書からの抜粋
昭和16年11月、大日本航空は東チモールのディリに定期運行を始めた。しかし、翌月大東亜戦争が始まると、豪州軍1500がディリに上陸。中立国ポルトガル領での違法な軍事行動で大日本航空社員を捕虜とした。昭和17年2月、ポルトガルの許可のもとに日本軍が上陸すると、豪州軍は蜘蛛の子を散らすように逃げた。日本軍は西チモールを制圧してオランダ軍を追い払い、現地人は白人の支配から解放された。

東チモールには3種類の人がいた。現地人が46万人。ポルトガル人が510人。ポルトガル人が現地の女に産ませた混血が3000人。混血児は父の名と容貌をもらい、銃を持ってポルトガル人を守った。

西チモールのように自由を勝ち取りたい現地人はポルトガル人と混血児を狙うようになった。ポルトガル人から保護を求められた日本軍は、現地人を縛ってきた塩税などを廃止して現地人をなだめた。

戦後日本軍が去ると、ポルトガルは財政事情から島を去り、西チモールと同じようにインドネシアに併合された。白人が消え、多数の現地人と少数の混血児がにらみ合ったころ島の沖に海底油田が見つかった。

豪州の白人が再び登場し、混血児と組んで「島民はインドネシアの圧政からの独立を望んでいる」とウソを並べた。混血児のラモス・ホルタにノーベル平和賞が与えられ、東チモールは晴れて独立した。今、海底油田の利益は混血児と豪州が山分けしている。
世界は、《白人の血を引くものたちがインドネシア人による迫害に対し、命がけの戦いを続けている》という位置づけで、東ティモールのクリオーリョと現地カトリック教会司教にノーベル平和賞を送った。

2002年の独立後も、たびたび治安維持が不可能となり、オーストラリアが、自分の利権を守るために治安維持軍を覇権している。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

続きを読む

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『新史論4 天智と天武 日本書紀の真相』 関裕二

4巻は、おそらく新史論の革新と言えばいいだろうか。乙巳の変→白村江の戦い→壬申の乱→天武政権と続いていく。でも、それで終わりじゃない。司馬遷の史記は、武帝の支配の正当性をうたい、だからこその繁栄を寿ぐのが目的。だから、武帝の支配を記述して終わる。

日本書紀は天武の意志により編纂が始められるが、記述は天武の時代で終わらない。さらに続く。この行き着く先に、日本書紀が書かれた本来の目的が存在することになる。つまり、この段階でわかっていることは、日本書紀は、天武政権の正当性を主張するために書かれたものではないということだ。

では、日本書紀の最後に語られているのは何か。持統が、その在位の最後に、天皇の位を皇太子に禅譲する。そして、日本書紀は終わる。皇太子というのは、軽皇子。持統から禅譲されて皇位につき、文武天皇となる。

日本書紀は、文武天皇が皇位につくことの正当性を明らかにするために書かれた。

日本書紀の編集を宣言したのは、天武天皇である。天武天皇には、日本書紀を編纂して、自分の支配の正当性を訴える必要があった。なにしろ天智天皇の後継者である大友皇子、おそらく即位していたであろうから弘文天皇と言った方がいいか。そういうことなんだよね。即位していたであろうから、その天皇を滅ぼして、大海人皇子は皇位を手にするわけだ。

だからこそ、自分の正当性を訴える必要があった。自分が皇位につくのが本来の姿であることを主張するためだ。弘文天皇の父、天智天皇こそが、本来、自分が就くべき皇位を簒奪した張本人であることを明らかにするために。天智天皇、中大兄皇子こそが、反改革勢力を利用して蘇我入鹿を暗殺し、蘇我本宗家を葬り去って、蘇我本宗家の力を背景に時期天皇位を約束された漢皇子から、その位を簒奪した。そのことを歴史に残すために。そして、その漢皇子こそ、中大兄皇子の“兄”、大海人皇子ということであれば彼は訴えないではいられない。



小学館新書  ¥ 799

正史『日本書紀』が古代史から消し去ったこと、そしてその理由を暴く
第一章  乙巳の変と朝鮮出兵
第二章  天智天皇と天武天皇
第三章  壬申の乱の謎
第四章  天武天皇と持統天皇
第五章  伊勢神宮と藤原不比等

それでは、文武天皇の即位の正当性には、何がしかの問題があったのか。もちろん、ある。文武に天皇位を禅譲した持統は、蘇我入鹿を暗殺して漢皇子から天皇位を簒奪した中大兄皇子の娘だからだ。その地位を支えている藤原不比等は、中大兄皇子を欲で引き回して操った中臣鎌足の息子だからだ。

持統天皇は、夫である天武の意思を継承しているかのように考えられている。そう考える人々は、この政権を「天武・持統朝」と呼ぶとこの本の中に書かれているが、たしかにそうだよね。ごく自然の流れで古代史に触れていくと、そのように受け止めてしまうように流れが作られている。でも、違う。

《持統・不比等》政権というのは、白村江の戦いと壬申の乱の敗戦で、完全に政治の世界から消滅したはずの《天智・鎌足》政権の再来だからだ。かつて私利私欲のために、日本を滅亡の淵に立たせた《天智・鎌足》政権が、天武天皇系の顔を持たままで復活したのだ。

彼らは私利私欲のために、天武亡き後、天皇となる立場にあっただろう大津皇子を抹殺した。持統時代に、最大の実力者となっていた高市皇子も、おそらく彼らが死に至らしめた。

その事実を、歴史のひだの中に、完全に封じ込まなければならない。隠すだけではない。女帝の地位について、孫に支配を受け継がせるのは、天照大神が地上界の支配を孫のニニギノミコトに任せた姿そのものだ。神々の姿に自分を似せたのではない。自分が孫に政権を受け継がせる姿を、神話にしたのだ。神の行いこそが、自分たちの行為の焼き直しなのだ。

天照は伊勢神宮に祀られているわけだが、あれは、持統・文武の継承を焼き直した神話の神を、無理やり当てはめたものだ。伊勢神宮に祀られた本当の神は、実は男だ。

・・・このあたりの話、ワクワクする。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

大霧山・堂平山・笠山

お彼岸の3連休の中日、19日に奥武蔵の人気コースの一つ、東秩父村をぐるりと取り囲む、粥新田峠~大霧山~定峰峠~白石峠~堂平山~笠山を縦走してきました。本当は18日に歩くつもりだったんだけど、娘が川越でお孫様方と遊びませんかということで、ヘラヘラしながら行ってきた。「だったら、うちに来りゃあいいじゃねえか」なんて言葉を飲み込んで、お孫様と遊んだ。

さて、お山。お山を再開してから、ずっと半日コースを歩いてきたけど、ここは1日コース。楽しく歩けたけど、やっぱり、午後3時に家に帰ってみると、ぐったり。相撲も大詰めの6時近く、一杯やり始めたら元気が出たけどね。
笠山今回もマイカー登山です。皆谷のやまめの里駐車場、あとで写真を出しますが、広くて、安心な駐車場です。

手術した股関節が痛むということはありません。ただ、無理な姿勢や転倒は脱臼につながりかねないので、絶対にだめ。・・・なのに、緩やかな下りは、気持ちが良すぎて走り回っちゃいました。

それから懸案の登山靴。メレルのモアブね。指の部分でグニャッと曲がって、両親指のつけ根をはさみつぶす。
めんどくさいから、生地がこなれるまで履いてやる作戦をとることにしました。足先の靴ひもを緩めにして、靴のなかで足先を少し遊ばせる感じで、1日持ちました。これでやっていくことに決定です。

駐車場を出ると、すぐに第一村人発見。2万5千図を手に道を尋ねると親切に教えて下さいました。粥仁田峠には、バス停を一つ戻った“橋場”からが一般的。だけど、第一村人によれば、「ここからの方が近い」とのこと。地図上から考えても当然そう。ただ、高原牧場に出てからななめひだりに向かう部分にはなんのお知らせもなし。注意。
P3190052.jpgP3190054.jpgP3190055.jpg
粥新田峠まで上がってきた大霧山は西から北に展望。ただし
春らしい霞んだ景色
東秩父の村を挟んで、向こうに、
これから向かう堂平と笠
粥仁田峠に上がるまでに50分かかっちゃいました。東屋があるので、荷物をおろして身なり、靴ひもを整え、気持ちを入れ直して登山道に入ります。山頂までに二つのグループにあいました。あとは、1日を通してすれ違う人ばかり。逆回りが一般的なのかな。こっちからのほうが絶対いいと思うんだけどな。
P3190056.jpgP3190059.jpgP3190063.jpg
じっくり眺めて、連れ合いを思っちゃい
ました。・・・あれ?
旧定峰峠の祠。うちのご先祖も、秩父から
ここを越えて小川町に向かったはず
高みから、定峰峠を見下ろす。バイクの
おっさんたちがいっぱい
大霧山から、旧定峰峠を経て、定峰峠までは、基本的に緩やかに下る樹林の道。もう、気持ちよくて気持ちよくて、走り下ってしまいました。気がつけば、コースタイムの半分もかかってない。道も道標もしっかりしているしね。迷うような心遣いは、ここでは無用だな。
P3190065.jpgP3190069.jpgP3190070.jpg
すごい急坂だけど、驚いたのは手すりの方。
勘弁して欲しい
堂平山から、東秩父を挟んで、あれは
朝登った大霧山?
笠山へ向かって出発。もう一度、
堂平を振り返る
定峰峠からは、登ったり下ったりだけど、基本的に上り。写真の手すりは、・・・ねぇ。白石峠直前は階段の下りなんだけど、ちょっと恐怖を感じるくらいの下り。あれは、違う道を作ったほうがいいんじゃないかと思ったぞ。堂平は玉石混交。人も、雰囲気も、いろいろな意味で何でもあり。西を見ると東秩父を挟んで、あっちからこっちを見てたのに、今度はこっちからあっち。
 P3190072.jpgP3190075.jpgP3190076.jpg
ここがおっぱいの先っちょ、笠山神社。
もちろん、ツンツンしておきました。
笠山から下山。萩平に向かう途中。
東秩父は桃源郷。
萩平から皆谷に向かう。駐車場が見える。
朝は愛車を入れて2台だったが。
堂平は混雑していた。トイレも混んでいて、あきらめる(・・・途中、藪の中で失礼した)。大半は笠山から来た人の模様。笠山に向かうと、次々と新たな人達とすれ違う。頂上直下の急登を経て西峰へ到着。さらに、笠山神社の建つ東峰へ。懐かしい。以前、雪の中、ここにテントを張った。笠山をあとに駐車場を目指す。まだまだ、新しい登山者とすれ違う。子供二人と夫婦の家族連れ。子どもは元気。父親は頑張る。母親から「もうすぐですか?」と聞かれたので、「すぐそこです」と応えておいた。本当は、まだまだ。

萩平に向かう途中、花桃の咲く集落を通った。まるで桃源郷。けっこう疲れたし、足も痛いけど、歌いながら気分良く舗装道路を歩いた。そうだ。そういや、山と高原地図の奥武蔵版に、毛呂山町の奥の方に《桃源郷》っていう記述があった。来週行ってみようか。

途中、下に駐車場が見えた。朝、私がついた時は、1番右手の車が1台止まってるだけだった。本当に人気の登山コースなんだな。私の愛車は前列、右から五番目、名前はロシナンテ。・・・ごめんなさい。嘘です。名前なんかありません。今、考えました。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

あかねさす(覚書)『新史論4 天智と天武 日本書紀の真相』 関裕二

私もそうでしたよ。万葉集にひかれるようになったのは、中学校の時に、なんかの機会に読んだこの歌がきっかけ。国語の授業かなって思ったんだけど、考えてみると、中学校の国語の授業で、こんな色っぽい歌を扱うかなって思ってね。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも


よく言われるように、この歌は宴席の戯れ歌だと思っていました。かつての妻は、さまざまな確執を経て、いまは権力者である兄の妻となって、有力者の集う宴席でもそつなく振る舞っている。宴席に停滞が漂い始めた時、女は人に緊張を強いるかのように、思いもよらぬ歌を披露する。投げかけられたもと夫は、その意図を心得て、歌を返す。現在の夫も、二人の意図を心得て、・・・。

大海人皇子と額田王の関係を知り、日本の歴史の中でも、もっとも激しい歴史の荒波に、人々の人生が翻弄されていく中の、ほんの一こまなのかもしれないけど、それがこんなにも鮮やかに・・・。なんてね。そんなふうに言えばかっこいいんだけど、多感な中学生の私には、そんな上品な言い回しはできるはずもなく、ただ、いけないと分かっていながら溢れ出す思いを持て余す男と女の姿に、私までがある種の感情と体の変化を持て余すばかりでした。

小学校の時、クラス内の班で、班名を決める時、「白虎隊」を提案して、「あかとんぼ」に敗れました。中学生になった私は、同様に、「あかねさす」を提案して「ピノキオ」に敗れました。どちらのときも、同じ班に、大好きな女の子がいました。「白虎隊」はともかく、「あかねさす」を提案した私は、その対象として、その娘を意識していました。・・・敗れて当然ですね。


小学館新書  ¥ 799

正史『日本書紀』が古代史から消し去ったこと、そしてその理由を暴く
第一章  乙巳の変と朝鮮出兵
第二章  天智天皇と天武天皇
第三章  壬申の乱の謎
第四章  天武天皇と持統天皇
第五章  伊勢神宮と藤原不比等
この本を読んで、認識を新たにしました。宴席の戯れ歌なんて考えていたら、この歌がもったいなかったですね。ものすごい力を持った歌でした。

中大兄皇子と中臣鎌足は、女を人質とするやり方を多用している。どうも、日本書紀で語られる様々な陰謀にはある共通性があって、やられる側があまりにも淡白すぎると感じていた。なにも、そうやすやすと死を受け入れなくてもいいものをってね。

蘇我倉山田石川麻呂は嵌められて、一族皆殺し。唯一助かったのは、中大兄皇子に嫁いだ遠智娘で、持統天皇の母に当たる人物だけど、塩漬けにされた父の生首をみせられて、気が触れてしまう。なんともやるせない。遠智娘は、嫁いだのではなく、誘拐されて、人質となっていた。そう考えると辻褄が合う。

本書ではさらに、百済救済の遠征に、多くの女たちが同行させられていることの不自然を訴えている。たしかに、出陣に《熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな》という歌を送った額田王も同行していた。だいたいが、天皇である斉明もまでが人質だったと。つまり、百済救済に、大勢は熱心じゃなかった。それを、女たちを人質代わりにしてまで、強引に行った。その前に、難波宮に取り残されて憤死した孝徳天皇も、みんなが孝徳天皇を置き去りにしたのは、人質を取られたからじゃないかと。

そう考えると、大海人皇子との間に子までなしたにも関わらず、天智天皇の妻となった額田王にも、それ相応の事情があったことが伺える。そして、“あかねさす”の歌だ。

この歌が歌われた時、強引に勧めた白村江の戦いに敗れて、天智天皇は日本を危機に突き落とした。権力を維持するために、彼は最大の政敵であるはずの弟、おそらく本来は兄の、大海人皇子に6人の娘を嫁がせてまで妥協し、和解した。乙巳の変で排除された漢皇子こそ大海人皇子で、天智天皇の娘たちを妻として受け入れることで政界に復帰した。そのために大海人皇子も、妻の額田王を差し出し、額田王との間に生まれた十市皇女は天智天皇の子の大友皇子に嫁いだ。

多くの女たちが政治に利用された様子に、額田王は命がけの抗議をしたのではなかったか。大海人皇子が自分を思う気持ちを試すとともに、新たな夫である天智天皇に、思い切りあてつけたのではなかったか。・・・痛快だな。・・・すごく怖いけど。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

いい加減な世界史(覚書)『誰も教えてくれない真実の世界史抗議 古代編』 倉山満

歴史を学んでて、良いこと。これが、“はじめに”に5つ書いてある。なんだと思います?まあ、もったいぶらずにご披露しましょう。
  1. 正しい事実が分かる
  2. 現在の自分の立ち位置が分かる
  3. 未来に何をすべきか見えてくる
  4. 他人の嘘を見抜けるようになる
  5. 頭がよくなる
著者は、この5つがいらないなら、歴史を勉強する必要はないと言ってます。

たしかにその通り。だけど、なんか、軽く言われちゃったような気がするけど、これ、どの一つを取ってみたって一生もんで、果たして一生かけて手入れることができるかどうかってもんだよね。いや、これで良いなんてもんはなくて、見果てぬ夢のごとく追い求めるべきもの。

4番は比較的容易いか。慣れてくると、あいつが言ったことは全部ウソってのが分かってくるからね。あの国とか、あの国とか、あの国とか、あの新聞とか、あのテレビとか・・・。



PHP研究所  ¥ 1,512

日本人は、不完全な東洋史と西洋史の野合に過ぎない世界史に騙されてきた
第一章  文明の発祥ーどこが文明の先進地域だったのか
第二章  紀元前の世界
第三章  消された神の先進地域
第四章  ほんとうは怖いキリスト教の誕生
第五章  暗黒の世紀の始まりと東西の明暗
第六章  世界の大激動と東西衝突

現在、日本人が学んでいる世界史は、“不完全な東洋史と不完全な西洋史の野合”だって。東洋史に関しては、その中心にシナがドカンと座っている限り、まともなものになることはありえない。西洋史に関してもそう。西洋史をヨーロッパ史って考えれば、とてつもなく底が浅いものにしかならない。

だからヨーロッパは、ギリシャに甘い。古代ギリシャの歴史はヨーロッパとは何の関係もない。だいたい、古代ギリシャと今のギリシャでは人が違う。古代ギリシャの神ゼウスは雷を使った。雷霆だな。インドラと同じ。元はインド・ヨーロッパ語族の天駆ける神か。バルカン半島に入ってドーリア人とかイオニア人と呼ばれ、先住民族を屈服させた。古代アテネならイオニア人だし、スパルタならドーリア人。先住民を奴隷化し、地中海文明を吸い上げることでギリシャ文化を築き上げた。今のギリシャ人ってのはスラブ人を基本とした混血だからね。古代ギリシャ文化を形成した人々とは無関係。

だけどヨーロッパは、特に西ヨーロッパは、やたらと古代ギリシャの後継者を気取りたがる。関係ないって、古代ローマを取り上げるのならともかく、ギリシャは関係ない。

古代ギリシャの後継者たらんとすることで、自分たちに完全に不足し得ている歴史を補いたいのかな。だから無理やりEUに入れて、財政破綻を補填している。ギリシャは、ヨーロッパがギリシャをEUから切れないことを知っていて、いくらでもたかろうとする。《助けてくれないドイツが悪い》なんて図式まで出来上がる始末。

倉山さんはひどい言い方をしている。「ギリシャは古代で終わった国」だって。ハハハハ。でも、誰も傷つかない。古代のギリシャ人なんて、どこにもいないんだから。まさに、終わったんだ。ところが、その終わっちゃった古代ギリシャ文化のご威光で、現在のギリシャは生かしてもらってる。

私たちが作った。

バルカン半島も、**半島も、半島人ってのはそうなるものなんだな。これは、地政学の世界。半島の付け根を抑えられれば、それだけで干上がる。だから何でもやる。強く出れば卑屈になって、甘い顔をすればどこまでもつけあがる。

さて、ヨーロッパがギリシャを欲しがるのは、浅い歴史を補うためと、先ほど書いた。この本ではこういう言い方のしている。オリエントを統一した“東方”の巨大勢力であるペルシャを、“西方”の民主勢力であるギリシャが打ち破った。“東方”に対する“西方”の勝利は、“専制”に対する“民主”の勝利そのものであると。・・・まあ、大概、そんなところ。

だから、東洋史同様、西洋史も真に受けちゃいけないよってね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『焚き火の達人』 伊澤直人

同じような世代の男なら、・・・いや、“私よりも年上の方”ということにしておこう。そういう方なら、誰でも、“火”にまつわる失敗の一つや二つは抱えている。昔は、農家ならば、家庭ごみの大半は家で燃やしていた。小学校の頃から、よく火の番をさせられて、退屈なもんだから、火をいじくりまわして遊んだ。

その時の成功体験は、何か男としての誇らしさに通じた。そして失敗は、夜、夢の中の私を苛んだ。

口にしてもいい失敗を上げておこう。祖母に命じられたものは、まもなく燃え尽きようとしている。私はもっと燃やしたかった。しかし、前日までの大雨のせいか、まわりのなんもかもが湿っていて火が付きそうもない。仕方がない。小屋の中のものを燃やそう。いらなくなったものが、いくらでもあるはずだ。・・・ああ、だめだ。やっぱりこれ以上は書けません。

火が、大きくなりすぎてしまったこともあった。あれも困ったな。そんなとき、男にはできることがある。できることがあるにはあるが、そのくらいでは焼け石に小便。隣の大工の若い衆が来てくれたとき、私はまだ、必死の形相で、燃え上がる炎に小便をかけている途中でした。

時効が来るのを、指折り数えて待ったと言えば、・・・やはりここまでにしましょう。


『焚き火の達人』    伊澤直人

地球丸  ¥ 1,296

寒さと恐怖に震え、挫けそうになる気持ちは、焚き火のおかげで何とか持ちこたえられた
第1勝  焚き火とは?
第2章  焚き火の基礎知識
第3章  焚き火の準備①薪について
第4章  焚き火の準備②火をおこす
第5章  焚き火実践術①薪の組み方
第6章  焚き火実践術②薪の組み方
第7章  焚き火のあと始末
第8章  焚き火の道具
第9章  全国の直火が楽しめるキャンプ場
自分のうちでたき火をして、いもを焼いて食った。いもを焼いて食うとというと、多くの方はさつまいもを連想するんだろうが、私は、じゃがいもだ。じゃがいもを焼いて食った。幼いいとこたちが泊りがけで遊びに来た時も、よく焚き火をして、いもを焼いてやった。

ダイオキシンがどうのこうのと、言うだけ言っといて、大騒ぎして、それが大したことないと分かっても、口をつぐんだまま。・・・へっ、卑怯者め。大型の焼却炉を市町村に売りつけるためだけの大騒ぎだったのか。

でも、煙が嫌だって人は確かにいる。気になって、小さい子と一緒に花火もできない。さんまを始め、魚を焼いて食えないし、焼肉も食えない。バーベキューなんて危険極まりないし、燻製なんてとんでもない。

“市民”たちは、私から、生きる喜びを奪い取っていく。

だけど、焚き火をやろう。こうやって焚き火をやろう。そういう本だ。そうだ、まだ、こうやって喜びを味わいながら生きていく道があるんだ。どうぞ、“市民”の皆さんと一緒になりませんように。

直火ってのは、今や、キャンプ場でもできなくなってるんだ。んんん、残念だな。火が、大きすぎたことが原因じゃないんかな。だから、危険でもあるし、迷惑にもなるし、後始末も大変だし。

まあ、ずいぶん前の話になるけど、キャンプ場で焚き火をしている人を見ると、どうも、火が大きすぎる。そうに感じたな。5~6人くらいで火を囲むんなら、小さな火で十分。小さな火を、ちょろちょろと、長い時間燃やしながら、眠くなるまで飲みながら過ごすってのがいいんだけどな。

カッコつけすぎだけどさ。火を燃やすことなら、本当にけっこう自信あるよ。20年ほどやってないけどさ。たくさん失敗したからね。あの時の“火”みたいにさ。・・・もしかしたら、今日、久しぶりにうなされるかも。

ちなみにうえで紹介している小型の薪ストープ。楽しいよ~❢




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

乙巳の変と日本書紀(覚書)『新史論4 天智と天武 日本書紀の真相』 関裕二

聖徳太子が聖者であればあるほど、蘇我入鹿は大悪人になっていく。その視点の役割を担っていたのが山背大兄王であり、聖徳太子と山背大兄王はどちらも架空の存在である。聖徳太子という虚像に蘇我入鹿の業績を担わせたので、聖徳太子の末裔の一族には、蒸発するかのように、歴史から消えてもらう必要がある。その役割を蘇我入鹿に行わせることによって“入鹿悪人像”を確立し、「討たれて当然」という錯覚を作り出す。

3巻でも語られたところであるが、見事なしくみである。

本来、歴史というのは、自分の正当性を主張するために書かれた。ヘロドトスが『歴史』という題名で、ペルシャ戦争におけるギリシャの正当性を訴えたように。司馬遷が『史記』で武帝の支配の正統性を訴えたように。

にも関わらず、「日本の正史とされる『日本書紀』に書かれたことは正しい」という錯覚は、日本には王朝交代という実態がなかったからだろう。

しかし、『日本書紀』という歴史が書かれている。その理由は・・・。壬申の乱で勝利した天武天皇が自らの正当性を訴えるために。・・・たしかに。

たしかに、シナに強力な統一王朝が成立しつつある状況から始まった東アジア動乱のなかで、大和朝廷も白村江の敗戦という一大事を経て、壬申の乱によって新体制を整えつつあった。そこで、壬申の乱の勝者である天武天皇が、その正当性を訴える必要性が、『日本書紀』が編纂される理由であったことは間違いない。

しかし、それが世に出る時、天武天皇は、すでにこの世になかった。その時、権力の地位にあったのは藤原不比等であった。

「日本には王朝交代という実態がなかった」から、それ以前の歴史を捻じ曲げてまで自らを正当化しなければならない必然性はなかった。自らの正当性を主張する可能性のあるのは天武天皇であるが、それがために大きく真実を歪めているあとは見られない。
そのように考えて、『日本書紀』を正史ととらえる。

だけど、日本には、王朝の交代に匹敵する政変があった。その立役者となったのは、中大兄皇子と中臣鎌足であり、中臣鎌足の息子が藤原鎌足である。『日本書紀』が世に出る時、権力の地位にあったのは、藤原鎌足であった。 



小学館新書  ¥ 799

正史『日本書紀』が古代史から消し去ったこと、そしてその理由を暴く
第一章  乙巳の変と朝鮮出兵
第二章  天智天皇と天武天皇
第三章  壬申の乱の謎
第四章  天武天皇と持統天皇
第五章  伊勢神宮と藤原不比等

だけど、日本書紀による歴史の捏造は、すごい大胆だ。あったことをなかったことにし、なかったことをあったことにしている。これは単に、藤原不比等の権力に、周りは何も言えずに口をつぐんだというのとはちょっと違う。

藤原家ににらまれるのが恐ろしいということもあるにしろ、それだけで、これほどまでの歴史を捏造することは不可能だ。口をつぐまなければならない、何かほかの理由があったんだろう。

それは、中大兄皇子と中臣鎌足のやったことを、洗いざらい世に問おうとすれば、自然と自分や、自分の父祖の行為を世に問うことになるということだろう。つまり、積極的なものであるかどうかはともかく、自分たちも加担者でらるということ。

入鹿を当主とする蘇我本宗家は、東アジア世界新秩序に対応するための国家改革の旗振り役であり、原動力だった。大和朝廷最大の勢力を持つ物部氏との間においても、双方血を流しつつも、なんとか改革勢力に取り込むことに成功し、まさにここから改革は新たな段階に入るというところまで来ていた。

改革は、どうしたって“痛み”を伴う。それを覚悟で、大和朝廷は皇極天皇を中心に、国を上げて改革を推進するというところまで来ていた。そこへ中大兄皇子と中臣鎌足のコンビが登場する。その望むところは、改革云々にはない。それぞれ単に、私利私欲である。ただし、私利私欲を満足させるためには、どうしても蘇我入鹿を倒す必要がある。「疎外の入鹿がいなければ・・・」、その一点で、彼らは改革に反発を抱く者たちの口をつぐませたのだ。

日本書紀が世に出たとき、彼らがその、あったことをなかったことにし、なかったことをあったことにしている日本書紀に何も言えなかったのは、蘇我入鹿が倒されたときに、蘇我派の側に立って糾弾の声を上げなかったから。改革派の原動力である蘇我本宗家が倒されたことで、旧来の自分の権益が守られると、改革派の抗議の声を押しつぶした段階で、何も言えない存在になってしまっていたのだろう。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

傘杉峠・顔振峠・越上山

地図

行ったのは、3月11日。今回も、“午前中山歩きコース”のマイカー登山。黒山三滝入口に車をおいて、まずは傘杉峠に上がる。奥武蔵グリーンラインが走っているが、できるだけ登山道を歩いて、顔振峠に向かう。そこから越上山に登り、一本杉峠から貝立場へ。貝立場から鼻曲山へ向かえば、越生駅まで山を抜ける1日コースになるが、今日のところは、貝立場から下山。黒山三滝の駐車場へ向かう。
P3110040.jpgP3110041.jpgP3110042.jpg
黒山三滝から傘杉峠までは、何度か
沢筋を渡る樹林の中の道。木漏れ日
が気持ちいい
ここで舗装道路に出る。直前に鎖場
があったのに、写真撮り忘れた
並行している山道に入る。いい道
だった
なんどか、舗装道路を通りながら、顔振峠に向かう。顔振峠についたのは山道からで、建物の裏側に降りた感じだった。すぐに、見晴台に向かう。問題はここから。見晴台から峠に戻るのが本来の道。でも、このまま諏訪神社に向かう山道もないわけではなさそう。ちょっと地図を見てね。

見晴らしだから、本来の道の内側を、心細い道があるらしいんだ。もちろんそっちへ行くことにした。見晴台から本来の道に沿って下ると鞍部に出た。そこにはっきりした道はなかったが、地図に照らして赤いテープのある尾根上を目指した。半信半疑の状態だったので、尾根上に上がった時、次の赤いテープにホッとしてしまった。そのテープは尾根上から右にあった。あんまりホッとしたので、左手を確認せずに、右手に行ってしまった。   迷

間違ったことはわかったんだけど、けっこう下ってから、諦めて登り返し手元に戻ったら、左手に赤いテープが連続していた。
P3110046.jpgP3110047.jpgP3110048.jpg
顔振峠見晴台心細い道の標識“一丁目”の石柱
迷ったことで、ロスした時間は30分位かな。
P3110050.jpg P3110052.jpgP3110053.jpg
諏訪神社到着。広い境内に、蔵やトイレ
もある。
越上山を目指す途中、道の脇に鳥居。
もちろん行ってみると、お社があった。
お社の後ろから、元の道に合流
越上山山頂。樹林のなかで展望はない。
でも、ここは岩山。ここまでの道中も、木
がなければ、スリルがありそう。
越上山からは、舗装道路もあるんだけど、できるだけ山道を越えて黒山三滝の駐車場を目指す。前に、鎌北湖から上がった一本杉、貝立場を通り、黒山に降りる道があったのでそこを通る。
P3110055.jpg   P3110057.jpgP3110064.jpg
一本杉峠の一本杉は、多くの杉に
囲まれながら、見事に一本杉でした
貝立場。目立たないが、けっこう
重要な分岐になっている
貝立場から舗装道路に下り、
そこから30分ほど
朝、黒山の無料駐車場についたのが7:30頃で、戻ってきたのが11:00頃。道迷いでロスした他にも、舗装道路から何度も山道にチャレンジしてあきらめたから、あれがなければ、1時間短縮できた。

それから、顔振峠を過ぎてからの腹痛には参った。そこにトイレが有ることは調べてあったから、なんとか諏訪神社までもたせたけど、出かける時の準備、コース選び、いろいろ考えなきゃいけないな。以前、考えなくても済んだのは、体力があったのと、恥知らずだったからだろうな。

それから、今はいている登山靴。秋の手術後に買った、メレルのモアブっていうシリーズの靴。ミドルカットの軽登山靴なんだけど、店で試履した時には、すごいフィット感に警戒感が緩んじゃって買っちゃったんだけど、脚底が柔らかいんだ。曲がるの。ちょうど指の付け根の部分。クニャって曲がるもんだから、親指の付け根が挟まれる感じで痛い。最初は、靴紐を通す金具の裏部分が当たってるのかと思ったけど、金具はない。ちょうど当たる部分をいじってみると、そこまでの硬さじゃない。まあ、そのうち馴染むだろうと、放置することにした。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『兵士に聞け-最終章』 杉山隆男

略歴によれば、著者は、1996年に『兵士に聞け』で新潮学芸賞を受賞して以来、『兵士を見よ』、『兵士に告ぐ』と“兵士シリーズ”を世に送り出し、この『兵士に聞け-完結編』が、題名通り、本作の完結ということのようです。

おそらく、この“兵士シリーズ”。このうち何冊かは読んでいる。おそらく、最初の『兵士に聞け』も読んでいると思う。それが1996年だから、21年越しのお仕事だったわけだ。・・・おっと、読んだ中に買いてあったんだった。取材を含め、足掛け24年、四半世紀に近い仕事だったんだな。

逆に、なぜ今やめるのかという疑問が湧いてくる。このシリーズ“最終章”の中でも色濃く語られているとおり、2012年の尖閣国有家以来、“国防”という仕事は生身の身体を持って、私達の前に現れたかのような状況だ。まさに、今こそ、“兵士たち”に聞いてみたいのではないのか。

・・・と、私なぞが問題提起するまでもなく、理由は“あとがき”にありました。2012年以来の新たな状況のなかで、取材環境が激変したことが原因だそうだ。これまで、著者は、F15にも体験搭乗しているし、このシリーズではP-3Cに乗っている。過去には潜水艦の訓練後悔に同行したこともあるそうだ。つまり、これまで自衛隊は、そこまでの突っ込んだ取材を許可してきた。

ところが、今回、著者の取材先には、必ず、基地幹部が同席し、家族へのインタビューに関しては、これまでと打って変わって、誰も応じてくれる自衛隊員が現れなかったという。

日本人としての自衛隊員を、彼らの人生を生きる“個”としての、等身大の自衛隊員を描き出すことが困難となっては、これまでどおりの『兵士に聞け』は書けない。・・・そういうことのようだ。



新潮社  ¥ 1,728

一般人には知られていないが、彼らのまわりには、戦争がある
第一部  オキナワの空
第二部  センカクの海
第三部  オンタケの頂き
エピローグ  神は細部にやどり給う

“自衛隊”と呼び変えてみたところで、その使命が“国防”である以上、やはり彼らの本質が“兵士”であることに違いはない。この本の題名として、あえて“兵士”という言葉が使われているのは、著者にそんな気持ちがあるからだろう。そして、彼らは“兵士”である以上、有事か平時かの別に関係なく、常に“国防”のために、その生命を使わなければならない立場にある。

なかでも航空自衛隊は、その傾向が顕著である。彼らは常に、機の性能の限界と向き合わなければならない。本書の“第一部 オキナワの空”では、F15戦闘機でスクランブルに備える“兵士”が、“第二部 センカクの海”では、東シナ海に潜む人民解放軍の潜水艦を追い回すP-3Cに乗り込む“兵士”たちが紹介されている。

その任務にかける心構えは、まさに“兵士”そのものである。特に、P-3C隊長が結婚の時に妻に依頼したことは、心に残った。「もし自分たちが乗った飛行機に何かあったら、十人の部下のご家族を一軒一軒訪ねて、機長の妻として頭を下げてくれ」

そこまでの心構えは、通常の仕事には、まずありえない。本来、それなりに評価を受けることのできる社会であった欲しい。

“兵士シリーズ”が終わるのは惜しい。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

『生のまま冷凍 凍ったまま調理』 金丸絵里加

この本を喜んだのは、むしろ連れ合いの方です。

息子が就職して家を出てから、ちょうど一年。連れ合いと私、二人の生活は、それなりに楽しい。二人の生活は、寄り添う程度で、もたれあっちゃだめね。一緒にできることなら、二人が楽しめるならもちろんやるけど、無理は禁物。

そんなふうに考えられるようになったのも、手術を受け手足の痛みが消えた今だからこそなんだけどね。前は、私は家で留守番するばっかりで、完全に鬱屈してたからね。

私は山に行く。連れ合いが行くって言うなら、二人で楽しめる場所を選ぶ。そうじゃなければ、行きたい山に登る。連れ合いは好きなところに出かければいいし、出かけなくてもいい。連れ合いは、以前の私と違って、足が痛いわけじゃないしね。しかも、あと三年で、私も定年。私がいない時間が、おそらく連れ合いには必要だし、欲しているでしょうしね。

子どもたちがいない生活も、またいいもんだ、と思えるようになりました。だけど、スーパーに行くと、私も連れ合いも、ついつい買いすぎちゃう。ため息を付きながら、肉や魚を切り分けて、冷凍室へ。肉や魚はそれでいいけど、野菜がねぇ。

と言うところで、この本です。



学研プラス  ¥ 1,080

生のまま冷凍するから楽 凍ったまま調理するから時短
PART1  日々の調理がお手軽に 定番野菜レシピ
PART2  彩りメニューが手間なくできる 春夏野菜レシピ
PART3  時短で野菜に味が染み込む 秋冬野菜レシピ

もちろん、お題目どうり、「生のまま冷凍、凍ったまま調理」なんです。味噌は、“凍ったまま調理”ってことで、なまじ解凍しようとすると水が出ちゃうのね。だからといって、凍ったまま切るわけにもいかない。だから、そのまま調理できる状況にして冷凍。その形状のまま鍋に放り込む状態に切るわけだな。・・・まあ、そのへんは適当よ。

もちろん、あえて調理前に解凍しなくても、冷凍のまま食うわけじゃないから、鍋のなかで溶ける。溶けながら水が出る。水が出るってのは、細胞組織が壊れて中の水分が抜けるってこと。

その分、味は濃縮される。組織が壊れてるから、火が通りやすい。味が染み込みやすい。もちろん、長期保存が可能になって、鮮度や栄養価をキープできる。

たとえば、キャベツ。ざく切りなら中華かな。炒め物ね。くし切り、8分ノ1カットでポトフ。細切りにしたキャベツ、きゅうり、にんじんをあえて解凍して、浅漬け。

キャベツ、玉葱、トマト、ジャガイモ、にんじん、きのこ、大根、ほうれん草、長ネギ、もやし、きゅうり、レタス、なす、かぼちゃ、ピーマン、とうもろこし、ゴーヤ、ニラ、セロリ、アスパラガス、オクラ、ししとう、さやいんげん、白菜、ブロッコリー、里芋、さつまいも、カブ、ごぼう、小松菜、レンコン、山の芋

なんでも、凍りつかせろ❢

冷凍室の整理法も・・・。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事