めんどくせぇことばかり 2017年04月
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『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

産経ニュース 2017/04/18
評論家の渡部昇一氏が死去 第1回正論大賞、「知的生活の方法」など著書多数
http://www.sankei.com/life/news/170418/lif1704180003-n1.html
(抜粋)
本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。
(続きを読む)に全文
渡部さんの死を悼む記事は、各紙から出ていたが、やはり、産経のものを採用。ちなみに、渡部さんが戦い続けた朝日新聞はどうか。これも、(続きを読む)の方に全文を入れておくので、ご覧ください。

若いころの一時、左翼系の運動に引っ張られた。そんな時代がどれくらい続いてたかな。その間も、なんかすんなり納得できないものを抱えていたのは、明治生まれの祖父母や、昭和3年生まれの父母のおかげだったろう。祖父母や、父母に照らし合わせて、左翼系の思想は、やはり完全には受け入れがたかった。

いくら疑いを抱いても、津波のように押し寄せる左翼系の情報に押し流されそうになる私に、しっかり自分の足で立つ自信を与えてくれた、大恩人の一人が渡部昇一さんだった。もちろん、本を通してのことであるが・・・。


『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

徳間書店  ¥ 1,404

「WGIP」の呪縛を解き、道徳を回復し、皇統を尊び、覚悟を決めれば・・・
第一章  日本人は覚悟を決めよ
第二章  日本の時代がやってくる
第三章  皇統はかくあるべし
第四章  「WGIP」の呪縛を解け
第五章  道徳の回復が急がれる

この間、先にPART1を読んで、このブログでも紹介したけど、実は、PART1の出版は見落としていて、本屋でも目に入らなかった。PART2によって、PART1を知った。そして、PART1を先に読み、今、PART2を読み終えた。その間に、渡部昇一さんは、黄泉の国へと旅立たれた。

疫病に二次感染するかのように、昭和35年生まれの私もWGIPによって洗脳された。私は、こちら側に帰ってきたけど、同世代でも、あちら側で生きている人はたくさんいる。学校なんか、やっぱり特にそうだ。最近、《産経・朝日・毎日・読売》の各新聞が、高等学校に無償で届けられるというサービスがあるそうだ。新聞は各教室に届けられ、若い人の新聞離れに、少しでも歯止めをかけようという苦肉の策らしい。

私は、高校の教員と関わることが多く、そんな話も教えてもらったのだが、「産経はいらないな」とか、「朝日だけでいいんじゃない」とかって意見が、教員の間でも多いのだそうだ。

渡部昇一さん、まだ早かったですよ、そっちに行っちゃうのは・・・。

私も、十分いい歳をこいているので、こんな泣き言を言っている場合じゃないのはわかってるんだけどね。私の父母は、ともに昭和3年生まれで、昭和5年生まれの渡部昇一さんとは同世代。すでに、母は22年前、父も11年前に亡くなった。しっかり、両足で踏ん張んないとね。

この本の“あとがき”は日下公人さん。「・・・とかなんとか、渡部先生からの連想はつきない。また対談をお願いします。 平成二九年一月」と〆ているのが、悲しい。

合掌




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苔地蔵・『始める❢ 山歩き』 佐々木亨

ったく、この間は、カメラを忘れちゃったからね。もう一度、歩きましたよ。会いに行きましたよ。この“苔地蔵”に・・・。

どうです?いいでしょ?
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毛呂山の奥、めったに人も訪れないような山道です。実際、ここを通る人が月に何人いるでしょう。誰が来ようが、誰も来なかろうが、お地蔵さまは、ここにいらっしゃる。かたじけなさに、涙がこぼるる。・・・あれ、西行のフレーズ、この間も使ったような・・・。

この時の様子は、本の紹介の後に・・・

もう始めちゃいました、…山歩き。歩けなかった二十数年を取り戻す勢いで歩いてるぞ。でも、まだ、1000mを超えてないけどね。かつての経験におごらず、頼らず、素人から始めるつもりでね。人間、謙虚さが大事ね。

しかも、若い人たちを連れて歩く機会を与えていただいたので、何度も何度も、登るたびに『始める❢ 山歩き』に戻ってね。《若いころに登った》という思いが、大きな事故につながるとか。それは、ちょっと、みっともないにもほどがあるからな。股関節が外れても困るしね。だから、この機会をもらって、より慎重になれて、ちょうど良かったかも。

『始める❢ 山歩き』    佐々木亨

山と渓谷社  ¥ 1,620

四季の日帰りハイキングから、山小屋に泊まるトレッキングまで 安全・快適な山歩き
さあ、はじめの一歩を踏み出そう
こんな用具をそろえて出かけよう
安心・快適に山歩きを楽しもう
山小屋泊りのトレッキングへ行こう
山の花図鑑
こんなときどうする?


最初に、コース計画のパターンが紹介されている。往復型、周回型、縦走型、定着型。まあ、自分の登山の目的に合わせて、どんな型の山歩きをするかを考えていけばいいと思うんだけど、一つだけ大事にしていることがある。機に臨み、変に応ず。臨機応変であることね。

私の先輩は、その達人で、あまりにも機に臨み、変に応じ過ぎて、山を前にして酒におぼれることが多い。私はそんな先輩が大好きだ。

まあ、なににつけ“こだわり”にとらわれないことね。晴れていれば、なんでもない道を、雨の中、雪の中、風の中、無理に山頂目指してなんかあっても困るからね。翌日は、穏やかに晴れるかもしれない。「お山は、逃げない」・・・先輩の口癖です。

装備のことも書いてある。お金があれば、たくさん、良い装備買えばいいし、なくても山に登れないわけじゃない。それなりの山ならね。始めるのにちょうどいいコースも紹介されているし、・・・まあ、あとは一度、安全なところを歩いてみて、それから考えりゃいいですね。
地図 
今回歩いたのは、このコース。車を毛呂駅近くのパーキングにおいて、毛呂山の奥、阿諏訪地区に向かいました。最初に紹介した“苔地蔵”は、愛宕山の巻き道に、ひっそり立ってらっしゃいます。ぜひ一度、行ってね。「涙こぼるる」よ。
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登り口の八坂神社
水がおいしい
大きさは1mにもないくらい貝立場到着
4月23日か。とても天気のいい日だったな。お地蔵さまの前を通って貝立場まで、誰にもあわず、ひたすら静かな山歩きを楽しめた。とてもよかった。この日は、まだまだ一人が続いた。でも、途中、とある山菜の群落に遭遇。摘み取った跡があったので、ここ数日の間に、人が来たことは確か。
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貝立場から鼻曲山へ向かうやせ尾根最初は岩稜が続出薄い樹林の山頂
じつは、足がダメになる前も鼻曲山には登ったことがありませんでした。500m足らずの山なんだけど、なんてこった。スゲー面白い。ミニチュアだけど、まるで両神周辺の岩稜たいみたい。しかも、ここも、人っ子一人いない。何回叫んだことか。
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下りもこんなよ。
いくつ目のコブだろう
鉄塔の下が見晴らしになってたもちろん叫んだ
鼻曲山山頂からは、下り基調。登りの時のような岩稜はなくなるが、ちょっと、「えっ」って言いたくなるような下り。しばらく行くと、みはらし。・・・ひとり占め、・・・快感。
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桂木観音から東の展望桂木観音大高取山
例えば、桂木観音から下りて、そのまま車を置いた毛呂駅に行こうかと思ったんだ。実は調べてあった電車の時間をみたら、ここから1時間で越生まで下りれば、11:08の電車に乗れるのね。そうすると、飛ばさなきゃならない。乗り遅れると、12:35と、1時間半も待つことになる。だったら、めんどうだから、下りちゃおうかなってね。

でも、元気を出して、ちょっと頑張りました。越生駅には10:50に到着しました。無理して飛ばすのも、あまりよくないですね。気をつけます。
若い人と山に登るのが楽しみ。どんな感じかな。山が好きな人になってほしいな。最初はかわいがろう。で、どんどんのめり込ませよう。そして、・・・そいつにめんどくさいことを押し付けて、荷物も担がせて、“私はゆったり山に登ろう計画”だ。




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残酷(覚書)『孔子を捨てた国』 福島香織

実は、こういうのは、あまり得意じゃない。

チャイナの神話の中に女媧という半人半蛇の女神がいる。伏羲・神農・と並んで、三皇の一つに数えられることもある重要な女神である。なにせこの女神、人間を創造した。女媧は黄土をこねて人間を創った。一生懸命創った。いい人間ができあがったのだが、そのうちめんどくさくなって、縄で泥水をはね飛ばし、その飛沫が固まって残りの人間が創られた。だから人間には、数は少ないができのいい高貴なものと、数は多いができの悪い下等なものが生まれたという。

神話は人の出自を語るものであり、語り継いだものたちは、もちろん彼らが生きていた時代を語り継いだのである。だから、女媧が語られた時、支那の祖先は、「人間には我々のように、女媧によって大切に創られたものある。同時に、何人死のうが関係のない、どうでもいい連中がある」という認識を持っていたわけである。

チャイナというのは、“場”、あるいは“領域”である。南から入った者たちが興隆し、東から入った者たちが抗争し、西から入った者たちが跋扈して、北から入った者たちが入れ替わった。いかに人が入れ替わっても、チャイナという領域が、そこに入ってきた者たちを洗脳する。そして、かつてと同じように、女媧を伝説とする。

そこにはいつも、大切に作られた数少ない高貴な人間と、大多数の、いい加減に作られたどうでもいい人間が存在するのである。誰が高貴な人間で、誰がそうでないものかは、その時最も力を持っているものが決める。そう、今でいえば、中国共産党が決めるのだ。

『孔子を捨てた国』    福島香織

飛鳥新社  ¥ 1,300

副題は《現代中国残酷物語》 シナ人が孔子を捨てると、どんな国が出来上がるのか
第1章  虐げられる女性と子ども、高齢者の人権
第2章  司法が人民に牙を剥く
第3章  政治権力闘争がすべて
第4章  環境汚染とマスメディアの暗黒
第5章  凶悪事件・重大事故続発の酷薄社会


そんなチャイナで、中国共産党が、さらに油を注ぐ、反右派、大躍進、文化大革命、・・・批林批孔なんてのもあった。現代においては一人っ子政策か。・・・そのやり方の残酷なこと。

かつて、定時制高校に関わっていた時に、チャイニーズの生徒に出会った。彼は、日本に働きに来た母とともに来日し、私が出会った段階で4年を経ていた。母には日本人の夫がいるという建前になっていた。しかし、その生徒に日本人の父親の気配は全くなかった。おそらく方便だったのだろう。

時々、実の父親のところに帰ることがあった。ハルビンである。ハルビンには、彼の姉もいた。しかも二人も。いったい、どこが“一人っ子政策”なんだ。

ごちそうを食べるのは、いつも、弟の彼が先だったそうだ。彼がたくさん食べた後、残ったものを姉たちがたべた「・・・らしい」と彼が言ってた。学校には、姉たちは通っていなかった「・・・らしい」と彼は言ってた。

場合によっては、生まれたことになっていなかったりして・・・。そんなこともあると、なんかの本で読んだ。
一気に、第1章、第2章と読んで、息苦しくなって、本を離して、間を置いた。・・・呼吸が小さくなってたらしい。残酷な話は、読んでいてつらい。どうしてそこまで残酷になれるのか。おそらく、その人たちも、それに見合う分くらい残酷に取り扱われたからだ。それは長い時間に培われたもので、残酷であることが、すでに処世術になってしまった。そうなると、下に深く、上に高いらせん階段みたいなもんで、始まりも終わりもない。それがチャイナか。

残酷の一端でも紹介して、この本の何たるかをお伝えしようとも思ったが、周辺をうろうろするだけで、あらためて私は、こういう話が苦手だ。ただ、この間も書いたけど、目を背けても、いずれ、向こうから私の目の前にやってくる。気を取り直して、第3章から第5章を読もう。

・・・明日あたりね。




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覚悟(覚書)『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

トランプはひどいな。選挙期間中に、ヒラリーに対して、そんなひどいことを言ってたんだ。ご存知でしたか。次のような書き込み。「夫を満足させられないくせに、ヒラリーはなぜアメリカを満足させられると思っているのか?」・・・ひどい。だから、モニカ・ルインスキーちゃんに、あんなことやこんなことをしてもらったんだろうって。

ずいぶんと長い間、“グローバル化”って風が吹いてましたよね。文科省なんか、ようやくここんところ、「あとはどうなったって、俺の知ったこっちゃね~ぞ」ってくらいの感じで、英語教育だ、アクティブ・ラーニングだと、わけの分からないことに手を出して、日本の少年少女や現場を困らせている。

グローバル化によって、国境の壁は低くなり、人々の移動が自由になる。人は、生まれ持ったバックグラウンドは問われずに、ただ能力だけで評価を受ける。唯一無二のルールが定められ、誰もがそのルールにのみ縛られる。

たしかに、グローバル化ってそういうものだからね。まさしく2000年にわたって、ユダヤ人が夢見たことが、現実の世界に実現されようとしている。グローバル化の正体は、ユダヤ系金融資本の望む、“一つの世界”化だ。

たしかに、ヒラリー・クリントンは、あっち側に立ってグローバル化の旗を振った。そのヒラリー・クリントンに対して、「そんなことよりも、自分の亭主を満足させてやることを考えたらどうだ」って、トランプは言ったわけだ。


『「和の国」のかたち』渡部曻一 日下公人

徳間書店  ¥ 1,404

「WGIP」の呪縛を解き、道徳を回復し、皇統を尊び、覚悟を決めれば・・・
第一章  日本人は覚悟を決めよ
第二章  日本の時代がやってくる
第三章  皇統はかくあるべし
第四章  「WGIP」の呪縛を解け
第五章  道徳の回復が急がれる


ドナルド・トランプがあっちこっちで角を立て、物議をかもしている。物議をかもしているが、トランプの言うことは、わかりやすくないか?単純明快じゃないか?

北朝鮮問題にしてもそうだ。核武装して、大陸間弾道弾も手にしようとしている。アメリカの脅威になるからには、その前に止める。6カ国協議では、チャイナの顔を立ててきたけど、チャイナは本気で何とかする気はないらしい。チャイナが本気で止めるつもりがないなら、アメリカがやる。アメリカ国民が危険にさらされそうになってるなら、やらざるを得ない。日本や韓国は、とばっちりがあるかもしれないよ。

アメリカで認められているジャーナリストの一人であるチャールズ・クラウトハマーは、「日本に核武装させるべきだ」という考えを持論にしているという。私もそう思う。誰が何と言おうと、すでに、北は核保有国だ。日本はその脅威にさらされ、何の手も打てずにいる格好だ。

それでなくても、日本を取り囲むようにチャイナ、ロシア、海を挟んでアメリカ、これに北を加えれば、これだけ、核兵器に囲まれた国も他にない。この状況で日本は核保有してはならないというのは、いったいどんな罰ゲームだろうか。

明治維新後の日本の悲願は、欧米列強に匹敵する力を持つことだった。今の日本でいえば、力とは、核武装だ。

ドナルド・トランプドナルド・トランプが、アメリカ大統領としてどれだけやれるかは、わからない。でも、ドナルド・トランプ大統領の登場が、日本の閉塞感漂う政治状況に一石を投じたのは確かだ。あとは、日本人に覚悟があるかどうかの問題だ。




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『鴨川食堂 おまかせ』 柏井壽

ちっとも順番に読んでないけど、これが最新作の第四弾。第二弾と第四弾を読んだんだな。今のところ・・・。じゃあ、このあとは、第三弾、第一弾って感じかな。・・・まったく順序に意味は無いけどさ。

人情を語るのに、やはり、料理はいい材料になるね。やはり、第二弾を読んだときと同じように、いずれの話も、自分に置き換えてしまって、ただただ、切ない。料理は、思う人に食べさせるものだからね。だから、食べ物のことを語ることそのものが、お話になるんだね。

そこに交錯する思いは千差万別で、おそらく人の数だけ物語はある。ただ、普通、人はそれを胸に秘める。秘められたものだからこそ、力を持つ。口に出しちゃあ、いけないんだ。口にした途端、その力は失われちゃうからね。ただ、何年も、何年も経って、かつてそこにあったさまざまな関係性や、強すぎた思いや、そういった色々なものが解きほぐされて、新たな装いに移り変わったとしたら・・・。秘められた思いは、明かされることで、大きな力になりうる。

秘められた思いは、物語として大きな力を持った時、人の生死を止揚する。


小学館文庫  ¥ 616

憶い出の食を捜していただけなかったら、私はずっと過去ばかりを追いかけてしまっていたと思います
第一話  味噌汁
第二話  おにぎり
第三話  豚の生姜焼き
第四話  冷やし中華
第五話  から揚げ
第六話  マカロニグラタン

夢をあきらめて故郷に帰るか、それとも挑戦を続けるか。憶い出の味噌汁を味わって、それを決めようとする、18で故郷をあとにしたきりの司法浪人。

「4年待って欲しい」と、一流になることを目指して、料理の道に邁進した恋人。その4年目の今年、別れの日に彼が食べさせてくれたおにぎりを依頼。そして、この4年間に決着をつけ用とする女。

別れた女が作ってくれた豚の生姜焼き。自分は、あの女にとって特別だと思いたい男。

冷やし中華。なぜ私は、あの冷やし中華を食べたいのか。それがわからない女。

そのから揚げを食わせてくれた男は、自分の過ちを恥じつつも、まっとうに生きる人だった。若者は、その思いをしっかり受け止められるのか。

自分の浮気がもとで、我が子と別れた女。別れる日、女は、自らの思いをマカロニグラタンに託した。それを、美味しく食べた子は、今。
取材だけでも、本当に大変だと思うんだけど、ぜひ、頑張ってほしいなあ。もっと読みたいよ。私、心の底から思ってるんです。強い人って、物語を持っている。たくさんの物語を持っている。本を読むって、疑似体験だけど、読むほど人は強くなれる。さまざまなパターンの悲しさや切なさを、読むことで体験して、心が鍛えられる。もしそれを、自分のものとして考えられるならね。

「旨さを感じ取ったんは舌でもなければ胃袋でもない。心なんですわ」・・・これ、《第五話 から揚げ》に出てくる、流れのセリフです。
GWには、滋賀県で働いている息子が帰ってくるし、娘家族もやってくる。息子や娘も、何かしら、思い出の味って持ってるのかな。まあ、せいぜいうまいものでも食わせてやろう。さて、包丁でも研ぎますか。・・・今、夜中の12時だけど・・・。



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『もう時効だから、すべて話そうか』 一橋文哉

この本を見たとき、最初、てっきり『一橋文哉』という題名の本かと思った。著者は、通常を超えて、自己顕示欲が強いのか。・・・ムムッ、犯罪の匂いがする。

まあ、こんだけ犯罪取材の世界にどっぷりつかってりゃ、その程度の“香”は漂わすだろうし、精神的にも、こちら側の世界に軸を残すために、それなりの努力をされているに違いない。

私は、つらいことからは目をそらす。悲しいニュースは極力見ない。千葉県の小学生殺人事件を避けるために、どれだけチャンネルを回したことだろう。

だけど、この本でこれだけ読まされると、否応もなく理解せざるを得なくなる。かりにチャンネルを回してその事件から目をそらすことができたとしても、いつか現実の世界で今の日本社会の現実を突きつけられる。もうすでに、孫たちが社会の主役。孫たちの時代だからな。・・・保育園児だけど。

“血”と“地”のつながりを、ただの悪しき因習として退けてきたのが戦後の姿だった。そのなかに、新しい生き方を提示されて、多くの人がそれに飛びついていった。私もその一人だった。音頭を取ったのは、戦後民主主義を引っ張った人たち。提案された“家族からも自由に、地域にも縛られない、新し生き方”。わおぅ❢

あるいは人に秀でたなにがしかの才能を持っていたりすると、場合によっては、血だの、地だのが邪魔になることもある。“邪魔じゃないか、煩わしいじゃないか・・・ねえ”って言われて、思わずうなずいて若い頃を行きてきたけど、この歳になると、やたらと邪魔にしてきた、煩わしく思ってきたものが懐かしい。

そう、かつて、“血”や“地”は、世間の大半の人間を保護し、おそらくは必然的に生まれてくる“鬼”を封じ込める役割も担わされていたんだろうと思うんだけどな。



小学館  ¥ 1,728

グリコ森永事件 3億円事件 宮崎勤連続幼女誘拐殺人 酒鬼薔薇聖斗 八王子スーパー射殺
第1章  身勝手過ぎる凶悪犯罪に喝!
第2章  女心ほど不可解なものはない
第3章  未解決に陥るには理由がある
第4章  絶対正義をうたう司法の裏切り
第5章  グリコ森永事件こそ私の原点だ
第6章  スクープのコツはここにあり
第7章  アスリートと芸能人を支配する闇
第8章  少子高齢化社会は病んでいる

1998年か。もう、ずいぶんと昔の事件なんだな。和歌山県の毒入りカレー事件。結局、決定的な証拠があるわけじゃない。《疑わしきは罰せず》ってところから考えれば、有罪、死刑は難しいんじゃないかくらいに思ってた。でも、警察の“捜査”ってのはすごいもんですね。この事件、林眞須美が犯人であることを立証したんじゃなくて、林眞須美が犯人でないことはありえないことを立証したんだそうです。つまり、複雑なジグソーパズルの周囲をすべて埋め尽くして、最後に林眞須美というピースを残して完成させた。

ものすごいね。

さて、死刑っていうのは平日の午前中、9時ごろに執行されるんだそうだ。その告知は、朝食後の8時ごろ、つまり、執行のおよそ1時間前に行われるという。いつもと違う刑務官が房の扉を開け、外に出るように命じた瞬間、死刑囚たちは運命を悟ることになるんだという。
刑場はカーテンで半分に仕切られ、手前に阿弥陀如来像と十字架が安置された祭壇があり、奥には天井から太さ3センチのロープが吊り下がる。奥の中央に、ボタン操作で下に開く約1メートル四方の踏み板がある。

目隠しと手足を縛られた死刑囚がその前に立ち、首にロープをかけられる。数秒後、別室で3~5人の刑務官が一斉にボタンを押すと、その中の一つと連動した踏み板が開き、死刑囚が大きな音を立てて落下する。

踏み板から下の床まで4メートルある。十数分後、医師が脚立を上がって死刑囚の左手首の脈と心音を確認し、心停止を宣告して刑の執行が終了する。
本書p123

2001年に大阪教育大付属池田小に乱入して児童8人を殺害した宅間守は、「死ぬことは快楽だ」とかほざいて、多くの犯罪嗜好者が憧れるカリスマだったんだそうだ。その宅間も、いざ刑場に向かうときには、腰が抜けて一人で歩けず、大勢の刑務官に腕を抱えられて、引きずられていったんだそうだ。

連続幼女誘拐殺人の宮崎勤は、最後まで死刑の執行を免れようとしていたんだそうだ。幻聴に苦しめれらていると向精神薬を服用していて、弁護士はそれを理由に精神鑑定を依頼し、状況によっては再審請求する予定だったそうだ。精神障害を装っていたのに、ついつい焦って、死刑廃止派の弁護士に悲壮感漂う手紙を送ってしまったんだそうだ。それを知った法務省は、逆に彼が正常で、死刑の意味を理解し刑を受ける資格を有すると判断したんだそうだ。

彼の刑の執行は、けっこう執行順位を飛び越えて行われたんだそうだ。

彼の房の前に刑務官が立ったとき、彼は「あっ」っという声を漏らしたそうだ。

どんなにそこに近づいても、その向こうに行く人と、とどまる人の差は、きわめて大きい。もともと、そういう人って、いるんだと思う。だけど、それでも大半は、こっちにとどまっているはず。

世の中には、その人たちの背中を押してしまっているできごとが、おそらく毎日毎日起こっているんだろう。

“穢れ”思想は、同時に、さまざまな歴史的不合理を生み出してきた。しかし、小さな“穢れ”を遠ざけることで、大きな災いを免れる知恵ってのが、こういう出来事をも対象にしていたのかもしれない。

最近の、国内のニュースを見ていると、ついついそんなことを考えてしまう。




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『いくつになっても歩けるヒザをつくる本』 佐藤友宏

圏央道ってのは、とても便利な道で、とりあえず、奥多摩が近い。お休みの日の朝、家を出て、もう、1時間後には、御岳山を登りにかかってる。ずっと以前に、まだ山をやめる前に登ってた頃は、感覚的には、奥多摩は秩父の山の裏側だった。でも、圏央道ができたら、時間的には、実家の秩父市影森に行くよりも、御岳山のほうがはるかに早い。・・・ということで行ってきた。
地図7:00前に家を出て、滝本まで48キロ。坂戸西スマートから高速に乗って1000円くらい。車に乗ってたのは、正味1時間くらい。8:00前に駐車場に入った時には、もう3分の1くらい埋まってたかな。

今日は、メレルのモアブをはいて行ったんだけど、痛かった親指の付け根の部分にゴムを張って、靴ひもの通し方を工夫したら、完璧に機能した。モアブの弱点を完全に克服した。
もし、モアブで苦労して、「もう、捨てちゃおうかな」とかって思ってる人がいたら、完璧な方法を教えてあげるよ。

・・・ということで、御岳山。

そうそう、ここのケーブルカーは富士山と同じで、「見るものであって、乗るものじゃない」ってのが、昔からの、考慮の余地のない信念で、まったく迷わず乗り口を通過。・・・「えっ、乗らないの?」って言う連れ合いに怪訝な目を向けながら、登り口の鳥居をくぐる。今度は、連れ合いの方が、私に向けて怪訝な表情。・・・「ここ歩かないと、御岳に登ったことにならないし、舗装だけど、とってもいい道だから・・・」と、だまし、だまし、先へ。
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連れ合いは、当然、乗るものと
思ってたらしい
私は迷わず参道へ。これが
連れ合いの隊長以上に影響したか
でも、歩き始めたら、納得
してくれた。・・・と思ったら
天気は「曇りで、午後、雨に注意」って感じだったんだけど、上まで登りきる頃には、逆に、薄日がさしてきていた。とても久しぶりに歩いたけど、やはり気持ちいい道だった。“かたじけなさに なみだこぼるる”って感じだった。
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黒々とした杉林を背景に、
若葉が美しい
神代欅御嶽神社に着く頃には、
もうヘロヘロだったみたい
人に抜かれることが大嫌いな私だけど、数グループに追い越されながら、十分にゆっくり歩いたつもりだった。だけど、この急な上りそのものが、連れ合いには厳しかったみたい。坂を登りきるのに、全部使い果たしちゃったみたい。

そこから、神社まで、1キロ位あるじゃないですか。あとから、「登ってからあんなにあるとは思わなかった」とか、「3キロ位あったよね」とか言ってたから、・・・んん、かわいそうなことをした。もっとゆっくり、休み休み歩けばよかった。

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長尾平展望台 日の出山帰りはケーブルカーに乗りました下りの乗客は私たち二人だけ

ヘロヘロ状態で歩いたから、神社の階段の上りでヒザをやり、下りで痛みがひどくなった模様。長尾平の展望台まで行ったけど、ここを終点にすることにしました。お昼のパンを食べて、ケーブルカーまではだましだまし歩きました。早帰りだったので、ケーブルカーは二人だけ。ツツジが綺麗だった。

それでも、「今度はどこに登る?」って言ってた。1時間で登れるところを探さなきゃ。


青春出版社  ¥ 1,404

体幹・股関節・足関節を調整すると、膝の痛みが改善する 老化現象ではない
第一章  そのヒザ痛と一生付き合いますか
第二章  なぜ病院で治らなかった痛みにすぐ効果が現れるのか
第三章  いくつになっても「歩けるヒザ」をつくる8つのヒザ痛改善法
第四章  もう膝の痛みを再発させない生活術


帰ってから、ヒザ痛の本を読んでみた。実は、私もヒザが痛いので、なにも連れ合いのためだけってわけじゃない。読んでみて、間違いなく改善できることを確信した。さっそく、8つの改善法を実践している。そう、三章こそが、この本の核心。

・・・もちろん、連れ合いも、強制的に突き合わせている。嫌がる場合は、くんずほぐれつ、捕まえて、ひん剥いて・・・。 アレー
滝本の駐車場は、料金が高い。“350円で、1時間毎に・・・。最高1400円”ってな感じだったんだけど、11時には駐車場を出たのに、もう1400円の最高額になってた。半日も経たないに1400円も取られた。ショック❢まあ、今回は連れ合いも一緒だから、お金かかるのは、OKということです。

売店で、わさびを買いました。




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酒鬼薔薇聖斗(覚書)『もう時効だから、すべて話そうか』 一橋文哉

日テレNEWS24 2017/04/13
首引きちぎられたハト死骸 埼玉・東松山市
http://www.news24.jp/articles/2017/04/13/07358896.html
(全文)
12日、埼玉県東松山市の住宅街で首を引きちぎられたハトの死骸が見つかった。

警察によると、12日昼前、東松山市松風台で、「家の前に首のない死んだハトが置かれている」と近所の住民から交番に届け出があった。ハトの死骸は1羽で、首は刃物を使わず引きちぎられていたという。現場に血痕はなかった。

また先月末、この現場から600メートルほど離れた住宅の鳥小屋で、インコやウズラなど23羽の鳥とウサギ1羽が首の骨を折られるなどして死んでいた。警察は器物損壊事件として2つの関連性を調べている。
どうも、うちの近所には、酒鬼薔薇聖斗が住んでいるのかもしれない。

当初は、四国に住んでいるという話があったが、なんか写真を撮られていて、それが東京の足立区だと特定されたとか。知らないうちに、自分の後ろに立っているとか。・・・ぞっとする。

上記のニュースのようなことをする奴、世間に二人といないと思ってた。思った通り二人といなくて、A君本人か。それともA君に憧れるB君、C君は、いくらでも出てくるのか。

それは私だって、生き物を殺しましたよ。ずいぶんひどいことをした。だいたいが昆虫類と両生類と爬虫類。人類はもちろん、哺乳類の括りでも、猫一匹だけ。それも、今でも心の中で手を合わせている。・・・悪かったね~って。

小学館  ¥ 1,728

グリコ森永事件 3億円事件 宮崎勤連続幼女誘拐殺人 酒鬼薔薇聖斗 八王子スーパー射殺
第1章  身勝手過ぎる凶悪犯罪に喝!
第2章  女心ほど不可解なものはない
第3章  未解決に陥るには理由がある
第4章  絶対正義をうたう司法の裏切り
第5章  グリコ森永事件こそ私の原点だ
第6章  スクープのコツはここにあり
第7章  アスリートと芸能人を支配する闇
第8章  少子高齢化社会は病んでいる


Aが何をやったか、あらためてこの本で読んで、本当にゾッとする。そんな世界にしか生きていられない人間がいるんだな。どうやらわずかながら、ほんの数パーセントの確率で、間違いなく存在するって。

『言ってはいけない 残酷すぎる真実』って本の中でも触れられていたが、安静時心拍数の低い人が反社会的行為に走る確率が高いという話があった。A君も安静時心拍数、低いんだろうな。

通常、人にはそれぞれ最適な覚醒度があって、心拍数が低いとなかなかそこに到達できず、必然的により強い刺激を求めて反社会的行為に走りやすいというような話だった。その求める刺激の傾向が、A君の場合、小動物や年少者をいたぶることに偏っていたということだろうか。

Aは首を絞めながら性的に興奮し、相手がエビぞり状態になると自分も勃起して《満足感でいっぱいになった》という。翌日、再つがい現場で首を糸鋸で切断。頭部は自宅浴室でゴシゴシ洗い、自室において何度も観察した。《J君はあおむけで目は開いていた。抵抗はありませんでした。僕が殺した死体であり、いわば僕の作品だったからです》。《人間首を切っていると思うと、エキサイティングな気分になり、首の皮一枚になったとき、左手で髪の毛を掴んで引っ張り、首の皮を伸ばし一気に切りました》。Aは「自分の最高傑作」である男児の首を母校の正門に飾る晴れの舞台に感激し、《性的興奮は最高潮に達し、性器に刺激を与えていないのに何回もイッた》のだ。
本書P35

関東医療少年院でも、やるだけのことはやった。既存のプログラムを超えて、法務省の口利きで、精神科医三人とベテラン法務教官らでチームを結成した。A君の母は、A君が期待に応えなければ体罰を課したそうだ。精神鑑定で母との信頼関係の欠如を指摘されたA君に、チームは男性主治医を父親役、女性副主治医を母親役として“疑似家族”を作り、育児段階からやり直す特別治療更生教育プログラムを実施した。法務省幹部は、これを“国家プロジェクト”と呼んだそうだ。

“国家プロジェクト”を経たのだから、もはや、A君には退院しかありえないことになったんですね。これ以上、もう何もやれることはない。それはメンツをかけた“国家プロジェクト”として実行されたわけだから、これ以上のことをやってはいけない。そういう意味で、“退院しかない”ということなんですね。

その後も、日本のどこかで、気持ち悪い猟奇事件が起こるたびに、医療少年院関係者、法務省の担当者たちは、A君の所在を確認して、ドキドキしているんだそうだ。・・・つまり、本当は世間に出せるような状態じゃないってことを、彼らが一番知っているわけだな。
私のところの近所で、鳩、インコ、うずら、ウサギが殺されている事件、それが酒鬼薔薇聖斗であろうがなかろうが、しばらくの間、うしろから心拍数の低いのが近づく気配に、敏感でいることにしよう。・・・全国の真っ当な毎日を過ごす心拍数の低い人、ごめんなさい。




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『まんがで学ぶ 世界の宗教』 相澤理

ホテルに就職して4年目の上川ちとせが、このまんがの主人公。病気で入院した父に代わり、実家の旅館、“ひつじ屋”に帰ることになる。ひつじ屋では、父親が始めた英語のHPの影響か、外国人の客が増えていた。

そんな設定で、海外からのお客様へのおもてなしに追われるちとせは、おもてなしのためにも、お客様たちの宗教にも、正面から向かい合うことの必要を感じるようになる。そんな中、インドネシアから、イスラム教を信仰するご家族のお客様が・・・。そして、他のお客様からは、それを不安に思う声も・・・。

こんな調子で、いろいろな宗教の本質、習慣、禁忌、ものの考え方が、非常にコンパクトにまとめられている。《世界の宗教》と銘打って、同様の紹介本がいくつもあるけど、それらのなかで比べても、質が高い本だと思う。

いろいろな宗教と向かい合いながら、ちとせが、実際には、自分自身と向かい合っていく様子に、とても好感が持てる。お姉ちゃんが、かわいいしね。


あさ出版  ¥ 1,200

イスラム教は怖い?キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の神様は同じ!? 日本人は無宗教?
第1章  イスラム教は怖くない?
第2章  日本人は無宗教!?
第3章  南無阿弥陀仏の意味
第4章  日本には神様がいっぱい
第5章  宗教はなんのためにあるのか
エピローグ
一話一話の話のたびに、そこで取り扱われている宗教について、まんがだけでは描ききれない、ちょっとした解説がついている。さらに、“エピローグ”のあとにはプラスアルファの解説もついている。

啓示宗教であれば、第5章のように「宗教はなんのためにあるのか」という疑問は、通常であれば表に出ない。それを提示したのは、イギリスの雑貨商のショーンさん。イギリスの雑貨商のショーンさんもクリスチャンらしいけど、どんな宗教でも、宗教がために殺し合いをするほど馬鹿馬鹿しいことはないからね。

本編のまんがで扱われているのは、イスラム教、キリスト教、仏教、神道。200ページ弱の本で、しかも、まんがだから、これだけで宗教を理解できるわけじゃない。それは最初から当然として、あとは自分で勉強すべきことだろう。ただ、この5章「宗教はなんのためにあるのか」があることは、この本の内容を分厚いものにしている。

日本人は無宗教じゃない。そりゃ、啓示宗教なんかと比べれば、日本人の信仰心は宗教とは呼べないものになってしまうが、神様がいて、経典があってってだけが宗教じゃないでしょ。人を超越する何らかの存在を前提に、それは人と人の関係をつないだり、人と物、人と自然の関係をつなぐ。考え方や生き方そのものに大きな影響を与える。

そういうものの前で、あるいは、そういうものの前ではなくても、そういうものの存在を前提に、常に真摯であろうとし、言行を慎もうとする精神なら、おそらく日本人は、十分に持っている。

ただ、時々調子に乗って、山を削ってゴルフ場を作ったりする。・・・ゴルフ好きな皆さん、ごめんなさい。私の住んでいるところは、右を見ても、左を見ても、馬鹿と阿呆の絡み合い。ちょっと、あまりにも多すぎて




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『お盆のはなし』 蒲池勢至

私の家は本家で、父が7人兄弟だったので、お盆といえば、親戚がたくさん集まって、とても賑やかだった。うちの方のお盆は8月で、3人のおばは、いずれも長男に嫁いでいて、自分のところも本家だったけど、いとこたちは遊びに来た。一緒に叔父に連れられて、川に魚捕りに行ったり、川遊び、山遊び、スイカ食って、夜は花火で、本当に楽しかった。

あの頃、お盆が近づくたびに、どうにも納得出来ないことがあった。その年の夏になってから捕まえた各種、数々の虫たちを逃してやらなきゃならない。ご先祖様が帰ってくるから、あの世に行った人たちの供養のために、殺生は禁止。虫取りもダメだし、捕まえてあった虫もみんな逃してやるってのが、親からの無理難題だった。・・・どうして魚釣りはいいん?池の金魚はいいん?卵は食っていん?

自慢の強くて赤っぽいカブトも、貫禄のあるハエトリカン(ミヤマクワガタのことをそう呼んだ)も、水槽に放り込みっぱなしのタガメもゲンゴロウもミズカマキリも、みんなダメなん? 隣の地区の子は、そんなこと言われてねーで。

そんな餓鬼の頃の怨念はともかく、お盆の話。お盆は仏教の行事で、根拠になるのは“盂蘭盆教”というお経だそうで、シナでは西晋の時代に翻訳されたとか。盂蘭盆はサンスクリット語では“ウランバーナ”。一説にはイラン語の“ウルヴァン”に由来し、その意味は「死者の霊魂」とか。それはそれでピッタリ来ますね。

ところが、シナ翻訳の盂蘭盆教をとおすと、死んで地獄・餓鬼・畜生道に落ちた親族を救うために、生きた人間が供養をするなんてことになる。供養をすれば、あの世で親族が救われるなんて、なんてシナらしい、生々しいお経なんでしょう。

自分は三男で、お寺づきあいをする必要はなかったんだけど、お盆には惣領が“施餓鬼”に行くね。この、お寺で行われる施餓鬼と、あの世から帰ってくるご先祖様をお迎えしてお祭りするという二本立てで、お盆という行事が構成されているように思う。

施餓鬼が表で、ご先祖様が裏。施餓鬼が外で、ご先祖様が内。施餓鬼が公で、ご先祖様が私。施餓鬼が新で、ご先祖様が旧。・・・そんな感じ。じゃあ、施餓鬼が仏教で、ご先祖様は・・・日本?


法蔵館  ¥ 1,296

宗教を語る本ではありません 実は、今の日本にはなくなった家族を語る本です
「盆」は仏教行事か
盆行事の歴史と成立
盆行事の諸相
真宗と盆
お盆の行方ー死者と聖者の交流


人間が生きていくのって、とても大変なことだったから、みんないろいろな工夫をしてやってきた。お盆はご先祖様と生きている人の交流で、それを通して日本人は家を守ってきた。家を守ることが自分を守ることであった。親族が連帯し、家を守り、家族を守るってことは、本当に大変なことだった。

昭和初期生まれの父や母の人生を思うと、たいへんさが身に染みる。だけど、若いころは、それを呪った。最も避けたい生き方だったし、頭から否定してかかった。

長男が家を継いだので、18で家を出た私は、たまに親に顔を見せるの程度で、親が死んだあとは、冠婚葬祭の付き合いくらいのもの。いつしか自分が家庭をもって、おそらく私の子供は、私が若いころに感じたような家庭観はもってない。

私は反発したし、否定もしていたけど、今になると、なぜか、あの家が懐かしい。むやみやたらと、懐かしい。

私と同じような家庭観を持たないであろう私の子供たちは、おそらく私と同じような“懐かしさ”も、持たないのではないだろうか。

子どもにとって、もう少し、居心地の悪い家庭を作らなきゃいけなかったかなと、反省している。

お盆は、毎年、秩父の実家に帰って、二人の兄と酒を飲む。父や母は、いつもそれを見ているんだろうと、確信している。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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