めんどくせぇことばかり 2017年05月

慰安婦『在日の涙』 辺真一

まったく、慰安婦問題では、大統領が変わるたびに新たな対応を迫られるし、そのたびに質が悪くなる。李明博は「わたしはしょっちゅう謝れとは言わない。心からの謝罪こそが真の謝罪で、いやいやながらの謝罪は謝罪ではない」と言っていたとか。

でも、次の朴槿恵は、慰安婦問題で10億円を、日本から巻き上げた。「最終的かつ不可逆的問題解決」というのが条件だったはずだけど、どうやらそれは、「私の在任中は・・・」と条件の付く話だったようだ。

文在寅に代わったら、「国民が納得しない」とか・・・。たしかに大変な国民だからね。

慰安婦問題は、もともと、日本で報じられれたいかさまが元で、辺真一さんは、「日本で報じられた後になって、韓国で運動が始まったことは恥ずべきこと」というが、もともと“慰安婦”で商ってたものはいるわけで、その時も、今も、さかのぼって日韓基本条約の時も、いつでも韓国には春を商う女性がいて、常に彼女たちは外貨を稼いで、国家経済を支えていたじゃないですか。

いったい何を“恥”と受け止めるべきなんでしょう。日本人の恥ずかしい人や新聞がそんなことを騒ぎ出して、いい気になって、それに乗って日本たたきに奔走する姿そのものを「恥ずかしい」というならよくわかります。

たとえば、辺真一さんは、「加害者と被害者の関係があっても、ものごとには“示談”という解決法がある。ところが日韓の間では、示談が成立しない」とおっしゃる。私は、“加害者と被害者”という関係そのものを考え直してほしいところだけど、これまでにも日本は、これを示談にしようと持ち込んだことがある。村山談話を出してアジア助成基金を作ったのなんかはそうだよね。

だけど、だめなんだ。それは韓国人には通用しない。

『在日の涙』    辺真一

飛鳥新社  ¥ 1,300

なぜ、これほどの関係悪化を止められなかったのか 韓国人の誤りを正し、日本人の誤解を解くために
第一章  在日に生まれた宿命ー私の生い立ち
第二章  「反日韓国」への違和感
第三章  竹島問題では「日本の完敗」
第四章  便宜的過ぎる韓国「歴史」問題
第五章  韓国外交はなぜ裏切るのか
おわりに  日韓関係の今後


彼らは、日本人がこの問題を煩わしく思って示談に持ち込もうと一歩引けば、「ほら日本人が自分の非を認めた」とかさにかかって追い落とそうとする。朴槿恵だって、性質的にその一族郎党だけど、弾劾されて、引きずり降ろされると、もう韓国ではみじめなこと。「川に落ちた犬は棒でたたけ」というのが韓国人の行動パターンだそうで、まさに朴槿恵は“川に落ちた犬”のように、国民から棒をもって追いかけられる。

その彼女も、大統領の時は、大きな権限をふるった。韓国の大統領ってのは、すごいんだね。司法まで左右するんだね。書かれたことを読んで思い出した。セウォル号の船長は救出活動を行わずに逃げたんだよね。ひどい奴だけど、船の沈没に直接の責任がなく、“逃げた”ということ自体が問われるのであるとすれば、業務上過失致死だよね。でも、朴槿恵の「殺人行為に等しい」の一言で、一審で死刑を宣告されたんだって。キャー! その後無期懲役が確定したらしいけど。

その事件の時に、朴槿恵が男と一緒にいたんじゃないかという記事で産経新聞のソウル支局長が訴えられた事件だって、まったくありえない出来事でしたよね。元は韓国の新聞の記事を引用したものなんだものね。

慰安婦に戻ると、韓国は20万人って言ってるよね。あれは、大概が韓国人の女衒が親から買い取った娘たちだから、そんなのが20万人もいたら、その親だけで40万人。女衒も入れるとものすごい数の人たちが関わってたことになる。だから、韓国人も本気になって問い直しをしようとしてるわけじゃないだろう。

そうやって、日本を下に見て攻撃すること、そのものが目的であるともいえることなんだよね、慰安婦問題ってさ。

日韓の“ズレ”に関して、面白い調査結果が紹介されてた。日韓併合100周年記念っていうから2010年にでも調べたのかな。日本人には韓国人で、韓国人には日本人で、真っ先に思い浮かぶ人物。日本人の答えの1番は〈ペヨンジュン〉だそうだ。韓国人の答え1番は誰だと思う?・・・〈伊藤博文〉だって。100年をまたにかけた大スターか。





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『365日のサラダ』 金丸絵里加

サラダと言われて、直感的に思い浮かぶのはポテトサラダとマカロニサラダ。それ以外の葉っぱ系のサラダのことは考えたくない。そんなふうに思ってる方も、けっこう多いんじゃないでしょうか。もし、私以外にもそう思う方がいらっしゃれば、この本がおすすめです。

私、別に野菜が嫌いってわけじゃないんです。兼業農家で、野菜作ってましたし、いつも腹を減らしてましたから、なんでも食べます。学生の頃、キャベツしかなければ、塩もみにして、マヨネーズで、半分くらいおかずにして食べてました。野菜だって、たくさん腹一杯になりますから。

でも、ボウルにふんわり盛り付けられた葉っぱ系の野菜に、ドレッシングをかけて食べる“サラダ”というのが、苦手です。アレルギーで食べられないとか、味が嫌いとかってわけじゃあないんです。私にとって、食べるとは、その第一に、“空腹を満たす”という理由があってしかるべきなのです。

にも関わらず、“空腹を満たす”ことを目的にしないものがテーブルに置かれた時の、あの残念な気持ち。言葉では表しきれません。

どうでしょう。お分かりいただけるでしょうか。

『365日のサラダ』    金丸絵里加

永岡書店  ¥ 1,512

「なんだよ、サラダかよ」・・・今、あなた、そう思ったでしょ。わかる。わかるけどねぇ
素材別サラダーおなじみの野菜を使って
定番サラダー一度は作ってみたい
缶詰サラダー5分で作れる
ヘルシーサラダーダイエット中でも安心
おかずサラダーボリューム満点
作りおきサラダー時間がたってもおいしい
簡単ドレッシングーいつものサラダがワンランクアップ


この本のおかげで、“サラダ”に対する認識が変わりました。私の苦手な、“ボウルにふんわり盛られた葉っぱ系のサラダ”も出てくるのですが、そればかりではない。十分、おかずとして、ご飯が進みそうなものもたくさんありますし、それだけバクバク食いたくなるような“サラダ”もありました。逆に、私の苦手な、“ボウルにふんわり盛られた葉っぱ系のサラダ”は、“サラダ”の中の、ある特殊な一パターンに過ぎず、その本質は、野菜を美味しく、たくさん食べるための料理ということにあったようです。

な~んだ。だったら、もっと早くそう言ってくれればいいのにねえ。だけど、サラダを扱った本の場合、あるいはそれを特集した数ページの場合、サラダを象徴として使われる写真のほとんどは、ベイリーフとレタスと玉葱の薄切りをボウルにふんわり盛り付けたものですよね。上からパンか、クッキーの焦げたようなものをまぶしたもの。・・・でしょう。ちょっと毛色が変わっても、そのバリエーションですよね。

でもこの本では、それ系のサラダは、ベイリーフのページか、レタスのページにしか出てきません。

レタスは、よく食います。でも、ベイリーフという野菜を自分で買ったことは一度もありません。似たような野菜なら、ほうれん草や小松菜の方がよっぽどうまそうです。煮て、たくさん手べられますし・・・。

ああ、ごめんなさい。ベイリーフを悪者にするつもりはないのですが・・・。

とにかく、この本は、野菜を美味しく、たくさん食べるための本です。今、気がつきましたが、もともと副題には《野菜のレシピ帳》とありました。最初から、ちょっと挑戦的な気持ちで購入した自分が、少し恥ずかしい。




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ビザンティン帝国の戦略『戦争にチャンスを与えよ』 エドワード・ルトワック

「ビザンティン帝国は人類史上で最も長く続いた帝国」

おお、一般書ではじめて、この事実に向き合った本に出会った。《なんと1000年間も続いたのであり、ローマ帝国よりも遥かに長く続いた》と書かれているが、ビザンティン帝国は東ローマ帝国であり、ローマ帝国の正統な継承者であった。フランク王国や神聖ローマ帝国なんかよりもよっぽど正統な継承者だよね。共和政ローマ、いや、それ以前のローマ建国から考えれば、優に2000年を超える歴史を有する。・・・ついつい興奮した。まあ、いいや。

この本でビザンティン帝国を取り上げているのは、ビザンティン帝国が最も成功した戦略の実勢者であったという視点なのだ。


『戦争にチャンスを与えよ』    エドワード・ルトワック

文春新書  ¥ 850

国連、NGO、他国による中途半端な「人道介入」が、戦争を終わらせるのではなく、長引かせる
1 自己改題「戦争にチャンスを与えよ」
2 論文「戦争にチャンスを与えよ」
3 尖閣に武装人員を常駐させろー中国論
4 対中包囲網の作り方ー東南アジア論
5 平和が戦争につながるー北朝鮮論
6 パラドキシカル・ロジックとは何かー戦略論
7 「同盟」がすべてを制すー戦国武将論
8 戦争から見たヨーロッパー「戦士の文化」の喪失と人口減少
9 もし私が米国大統領だったらービザンティン帝国の戦略論
10 日本が国連常任理事国になる方法

エドワード・ルトワックさんがまとめたビザンティン帝国の基本戦略が7つにまとめられているので紹介する。
  1. 戦争は可能な限り避ける。ただし、いつでも戦争を始められるように訓練は怠らず、戦闘準備を整えておく。戦争開始を余儀なくされる確率を減らすことを目的として、戦争の準備を整える。
  2. 心理面を含め、敵の情報を収集し、その行動を監視する。
  3. 戦闘、特に大きな戦闘は避けつつ、軍事活動を活発に行う。活発な軍事活動は敵の説得の大きな助けになる。
  4. 消耗戦や敵地の占領は極力避け、機動戦、電撃戦、奇襲で敵をかき乱し、素早く撤退する。敵もいつか味方になることもある。それを前提に、敵を壊滅することを目的としない。
  5. 同盟国をえて勢力バランスをシフトさせ、戦争を成功裏に集結させることを心がける。外交は戦時においてこそ重要である。的に近い同盟者は有用である。
  6. 政権転覆は勝利への最も安上がりな方法である。
  7. 戦争が不可避となった場合には、敵の弱点をつく戦術を適用する。消耗戦は避け、辛抱強く相手を弱体化させる。
勝利に真に必要なのは、戦争での勝利ではなく、外交と調略である。

ビザンティン帝国、恐るべし。




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『山怪 弐 山人が語る不思議な話 続編』 田中康弘

山里に住む人、山で仕事をする人が経験した、不思議な話を集めた本。『山怪』の続編ね。かつては誰でもが感じてきた、珍しくもなんともないこと。そんな話を集めた本。今ではとても、貴重な話を集めた本だな。

山の中での話じゃなくて、自分の家で、私が中学生の頃に経験したこと。

日曜日の真っ昼間、たしか午前中だった。私は居間で、ひっくり返ってテレビを見ていた。そんな私に何の関心も示す様子もなく、母が玄関から入ってきて、居間を通過して、台所へ向かった。それだけのこと。ただし、その母の後ろ、1mくらいのところを、20cmくらいのぼんやり光る玉のようなものが、スーとついて行った。それは、それは、とても自然なできごとで、なにかしら疑問を挟むことがはばかられるくらいに。言ってみれば、小さな子供が母親の後ろについていくような。あるいは、散歩中の犬が、飼い主に従うような。

人形や面は、いつも不気味だった。箪笥の上の、フランス人形。階段を登りきったところの壁にかかった般若の面。間違いなく、なにがしかが宿っていた。もしもそれらが、完全に無機質な物体であったなら、そこに存在するだけで、あんなにも私を恐怖させることはできなかったはずだ。

一日中を通して、奥の部屋、そこは祖父母の寝室であったが、その部屋からは、いろいろな音が聞こえた。

私は末っ子の味噌っかすで、もとは農家の大きな家に、一人でいることも少なくなかった。そんな私が寂しがらないようにという気遣いだろうか、いろいろなものが私に近づいていた。そして、その気配を私に感じさせ、「ここにいるよ」と告げるのだ。・・・なんて迷惑な話だ。


山と渓谷社  ¥ 1,296

人知を超えた何ものか そしてそれを恐れ、敬う心 かつては当たり前だったもの
Ⅰ  胸騒ぎの山
Ⅱ  彷徨える魂
Ⅲ  森の咆哮

これは、ほんの数ヶ月前のこと。やはり一人で山道を歩いた。まあ、山と高原地図で言うならば、あまり人の入らない破線の道。距離にして、2kmほどの距離、なんてことない道。そのくせ、歩いていて、やたらに後ろに、何かを感じる。それがやたらに嫌な感じ。樹林の中の道で、曇り空もあって薄暗い。我慢できずに、一度だけ、振り返る。なにもいない。もう一度歩き出す。さっきより何かとの距離が縮まっている気がする。でも、もう振り返ることができない。樹林を抜け、舗装道路に出る。そこでようやく気配が消えた。ああ、怖かった。

高校生の時に、御来光を見ようと、友人と二人で夜間登山をした。だいぶ後ろから、やはりご来校を見ようとしているのだろう。ライトが揺れているのを見た。私たちが山頂についた時は、たしかにそのライトは山頂を目指して、ついてきていた。しばらく待っても登ってこないので、確認に行くと、やはりライトはあった。でも、さっきとほぼ同じ位置。休んでいるのか。ライトは山頂に向かって揺れているように見えるが。しばらく待ったが、やはり登ってこない。確認に行ってみると、ライトは消えていた。

熊にあったこととはないが、犬にはあった。捨て犬か、逃げたのか。それも二頭。一頭は首輪をつけていたが、もう一頭に首輪もない。毛はボサボサ。腹のあたりは巻き上がっている。・・・これは競馬用語かな。左右に揺れながら、「ううう~」って低くうなりながら、私と対峙する。あれは怖かった。目をそらさずに、そっと座って、手近にある石を拾った。犬はしばらく左右に歩きながら私を物色し、ちょっともったいなさそうに、向こうに走り去った。あれは本当に怖かった。
私は定年間近ないい歳ですが、恥ずかしいとか、うれしいとか、怖いとか、いろいろん感覚に鈍感になってきているのですが、ときどき、突然恐怖に包まれることがある。最近では、先程書いた、山の中の気配。でも、その時感じたのは、それを感じることができることは、とても大事なことなんじゃないかということ。この先、どんだけそれを感じられるか、わからないしね。

何日かかけて、少しずつ読んだ。読むのはいつも、連れ合いの寝ている夜明け前。音楽もかけず、静かな中で読む。そのうち、家のあちこちから、いろいろな、小さな音が聞こえてくる。感じようとすれば、この家にも“気配”はあるのだ。・・・「ここにいるよ」って。




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『「暗黒・中国」からの脱出 逃亡・逮捕・拷問・脱獄』 顔伯鈞

娘が熱を出しまして、孫を預かることになりました。今日、これから、車で娘の家に迎えに行きます。3歳のお兄ちゃんだけなんですが、なにせきかん坊でね。明日の山歩きはあきらめです。

そんなわけで、過去記事なんですが、先日、日本人がシナ当局に拘束されているというニュースがありましたね。あちらの企業から温泉調査を依頼されていた会社の方らしいですね。とても大変なことだと思うんだけど、ニュースが少ないです。忖度か? 日経なんか、ニュース消しちゃったよ。

ちょっとこちらをクリックしてみて。記事が消えてるの。
https://twitter.com/jhfkh1413/status/867820116553064449

  • 中国共産党最高学府・中央党校修士課程で学んだ体制内エリートの卵
  • 北京市通州区人民政府で陳情者の対応を行うが、民衆の要望を反映できない行政に失望し、官を辞し大学教授に転出
  • 人権活動家・許志永(現在投獄中)の主宰する社会改革団体「公盟」に参加
 顔伯鈞の来歴

許志永の新公民運動は、毎月一度、全国各地の参加者たちが現在の社会問題を話し合う食事会を開く行為を中心とした運動で、正面から現体制を否定しない穏健姿勢が支持を集めたようだ。胡錦濤時代は、まだその程度の運動なら目くじらを立てないゆとりがあったんだそうだ。それが習近平時代になると変わる。その程度の運動でも弾圧の対象となる。折から公盟の運動も積極化し、当局と向き合うことになる。主要メンバーに対する拘束が始まり、組織も壊滅状態に追い込まれる。顔伯鈞の身の回りにも公安の影がさす。彼は、逃亡した。
文春新書  ¥ 842

凄まじい人権侵害と闘い続ける若者群像を描いた現代の『水滸伝』
第一章  惶惶たるは喪家の犬の如し
第二章  かくして私はお尋ね者となった
第三章  天津の「出エジプト記」
第四章  イスラーム村と秘密の隠れ家
第五章  貧しきハーケンクロイツ
第六章  家あれども、帰る能わず
第七章  南への逃亡
第八章  ミャンマー、シャン州第四特区軍閥
第九章  東へ西へ
第十章  顔伯鈞、逮捕さる
第十一章  北京第一拘置所獄中記
第十二章  都落ち、再逮捕、そして
第十三章  君子は以て自強して息まず

青竜刀を振りかざしてバッサバッサとやりあうわけではないけど、民を自分の財布としか考えない腐敗官僚を相手に立ちまわるあたり、《現代の「水滸伝」》というのは、さほどオーバーな表現とも言えない。驚くべきはシナという世界には、それを可能とする社会的背景があるってこと。

《人が人として生きる》ってことと国家の運営が同じ方向を向いている社会では、本質的にそんなことはありえない。国家の運営が《人が人として生きる》ことを困難にしているからこそ、梁山泊が意味を持つことになる。
洪武帝1《中国共産党の魔の手の張り巡らされたこの町》と言われただけで、なんとなく分かるな。とても嫌な感じ。シナの王朝には、歴史的に、その嫌らしさがついてまわるよね。弾圧と粛清の背景にあるのは、徹底した諜報と密告。歴代の王朝がごく当たり前に行ったこと。つまり必然ということ。それを組織として確立したのは洪武帝。皇帝直属の錦衣衛を駆使して、死の間際まで功臣を葬り去り続けた。洪武帝

上の二枚の肖像。両方とも洪武帝。「厳粛で端正な顔立ちで、いかにも儒教の理想とする帝王らしい威徳をそなえた」左の肖像は権威を飾るために書かせたもんだうけど、やってることを考えれば右の自画像がピッタリ。実際、「満面あばたで馬のようにあごが発達し、見るから醜悪な人相をしている」醜悪な人相の人物だったらしい。
あっ、毛沢東は福々しかった。文化大革命で、あらゆる人間の絆を断ち切って、子が親を密告するようなことまでさせた。親子に至るまで、人間のつながりを滅茶苦茶にしたこんな奴でも福々しいんだら、案外、洪武帝もにしても、左のような肖像もあながち・・・mou.jpg

逃亡劇に追い込まれていくにあたって、顔伯鈞さんが思い浮かべたのは、“梁山泊108人の好漢たち”、“清朝を打倒するために逃亡を繰り返した孫中山”、“革命を志して国外に逃亡したレーニン”。さすがは中央党校で学んだ体制内エリート。だけど、梁山泊はいいとして、孫文だのレーニンだの、他人の懐に手を突っ込んだまま人生を送って顧みないような人たちじゃないですか。

イスラームの村、ミャンマーの軍閥、チベットとつてを頼っての逃亡生活。ついに顔伯鈞さんは亡命を余儀なくされていくわけだけど、タイに入った彼は、亡命シナ人の人脈を通じて蛇頭の力を借りている。

中国共産党という巨大な組織を敵に回して、手段を云々している場合じゃないのはよくわかるんだけど、だからこそ、私は顔伯鈞さんも含めて、シナ人は怖い。その、“生きる”ことに関する貪欲さが怖い。中国共産党の怖さを思い知らされるとともに、シナ人の懐の深さも思い知らされた本でした。・・・正直な気持ちです。




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『日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし』  千葉望

三ヶ月予報が出されましたが、また、暑い夏になりそうですね。これが、二酸化炭素の出し過ぎだとでも?原因を履き違えていれば、どんな対策を立てても、無駄。事態はもっと悪くなる。アル・ゴアが、またふざけた映画を作った。自分は、冷暖房で、ガンガン二酸化炭素を排出しているこのおじさんは、自分の利益のために、いくらでも嘘をつく。その嘘をありがたがる奴らの、なんと多いことか。

人を攻めておいて何なんですが、過去記事です。
♫ 夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が繁る ♫
いいですよね、季節の移ろいとともに生きる日本人は・・・。本当に恥ずかしい話だけど、今年の十一月は家と職場の往復だけで、ほとんど季節の変化を感じるゆとりもなかった。かつての日本人の生活の中なら季節の移ろいを感じられないなんて、ただのうつけ扱いだろうにね。

旧暦から新暦への改暦は明治五年。この年の十二月三日を明治六年一月一日として、そこから日本は西暦を正式な暦として採用した。ずいぶん混乱があったはずだけど、そんの幾つかがこの本の中にも書かれている。

欧米に合わせようと導入した“西暦”は“西洋暦”ですからね。なにしろ紀元はイエスの生誕。紀元前は“B.C.”と表わされるけど、これは“Before Christ”、つまり、「キリスト以前」。紀元後の“A.D.”は“Anno Domini”で、ラテン語で「主の歳」。ってことは、ゴッドのイエスの年を数えてるってわけだ。ちなみに今年は西暦二〇一五年。イエスは二〇一五歳(・・・あとから+四歳ってことになってるらしいけど)。

岡田英弘さんの本を読ませてもらったところでは、《支那はいつの世でも皇帝が中心であり、皇帝が時間を支配した。暦をつくるのは皇帝の特権で、民間で暦を発行したら反逆とみなされた。年号をつくるのも皇帝と特権で、皇帝は空間を支配するだけでなく、時間をも支配したのである》と言うことで、なんか明治政府は大変なことをしてくれちゃったみたいだな。

グローバル化ってのは、本当に言ってるほど必要か。

旭日新書  ¥  778
寒さに肩をすぼめて迎える「新春」 梅雨の最中の「七夕」 「菊の節供」は汗だくで
第一章  暦を知れば、日本がわかる
第二章  大きなずれを生んだ新暦行事
第三章  それでも残った旧暦行事
第四章  浮世絵に見る旧暦行事
第五章  文学や芸能に見る旧暦

願はくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ

君がため春の野にいでて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ

五月雨を集めて早し最上川

天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ

なんかさ。そんな歌と一緒に生きていたいよね。さすがに私の故郷では、桃の節句は四月だったな。七夕は八月だった。だから星が見えたよ。もちろんお盆も八月。十五夜にはまんじゅう蒸かしてね。すすきと一緒に月に供えた。開けっ放しでね。翌朝起きた時には全部なくなってたな。

私は昭和三五年の生まれだけど、私の親たちの世代がなんとか残してくれたものを、私は子どもたちに伝えられなかったな。残念ながら・・・。

なんて言ってる場合じゃないか、少しでも、わずかでも残しておかなくちゃ。あとどれくらいの時間があるかわからないけどね。必要なのは、自然の移ろいをもっと敏感に感じられる生活をすることだな。そしてそれに、先人たちがどのように対処してきたのかを知ること。・・・けっこう難しいけど、ちょっとずつでも、こういう本を読んでいくことだな。

・・・これを書くにあたって、今まで書いた“暦”にかかわる記事を読みなおした。けっこうなんどもこういう本を読んでるんだけど、呼んでる人間が未熟だからな。なかなか先に進まない。
「季節を感じられない」と書いているな。この記事を書いたのは2015年の12月。手術の1年前だ。外に出られてないからね。山を歩いてる今は、私は季節とともにある。ありがたい話だ。この頃の私、いま思えば、憐れでさえあるな。



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韓国人『韓国人による北韓論』 シンシアリー

まだ読んでない、というか、買ってすらないんだけど、こんな本が出てる。まあ、だいたい、内容は想像がつく。朴槿恵が放逐されたこと。そして、文在寅が大統領になったこのタイミングで出た本だからね。当然、朴槿恵を放逐した、そして文在寅を大統領に選んだ国の人。「韓国人に生まれなくてよかった」と、言うことですよね。

まったく同感だな。

大学の時にお世話になった在日の先輩がいる。すでに帰化しておられる。あったときには帰化していた。でも、心は在日で、複雑な人だった。複雑さを吹き飛ばして余りある明るさもあって、私の学生生活は、かなり先輩の放つ光に照らされていた。あの頃、先輩は、明らかに在日朝鮮人として生きていた。

今は、・・・わからない。わからないが、あの人なら、今も周囲を照らし続けていると信じる。人として、すぐれた方だったから。お互いに無知で、あまりにも素直でありすぎた時代ではあったが・・・。

それにしても韓国は、このタイミングで文在寅大統領を出現させるとは、いったい・・・。

扶桑社新書  ¥ 821

望まれる北朝鮮崩壊が実現すると、韓国が核保有国になる・・・同じ穴のムジナ?
第一章  韓国が固執する二つの「国是」ー「反日」と「反共」
第二章  北朝鮮を暴走させる「三つの思想」
第三章  「抗日」こそ北朝鮮の絶対的根幹
第四章  北朝鮮「住民」の知られざる現実
第五章  「崔順実事件」で嘲笑う「左派」
第六章  韓国「安保」が未曾有の重大危機局面に

この本は、《韓国人による北韓論》ということだが、“北韓論”を述べる《韓国人》の何たるかも、同時に語られている。そのすさまじいこと。

2016年、「南北統一はできる限り急ぐべきだ」と思っている国民は、2006年ー28.0%、2008年―25.1%、2013年ー19.0%、2016年ー16.9%と減少傾向。それに対し、「統一を急ぐ必要はない」と思っている国民は、55.2%⇒51.6%⇒55.4%⇒50.8%と大勢を占め、「統一の必要はない」と思っている国民は16.8%⇒23.3%⇒25.6%⇒32.3%と増えているのだそうだ。

な~んだ。シンシアリーさんは、統一は、率直に言って「めんどうではあるが、やらなければならないもの」という認識であると言っているが、それが当然でしょう。へ~、そ~なん。な~んだ。

それなら、日本もそういう前提で付き合うべきだよね。統一が進行している状況にない今の段階でそうなら、実際に、統一に伴う「副作用」が意識されたとき、韓国は本当に“統一”に向かうことができるんだろうか。ずいぶんと「民族の絆」だとかって言葉を聞かされてきたような気がするけど、ふたを開ければそんなもんか。

この本が書かれたとき、金正男は、まだ生きていた。その段階で、もしも中国共産党が妾の子金正恩の首をすげ替えることがあるとすれば、誰よりもまず、白頭山血統を受け継ぐ金正男に白羽の矢が立ったはずだ。

その男は、殺された。今年の、2月13日のことである。

危機が迫っていたのだろうか。そうも思える。中国共産党がそれを決行する前に、金正恩は打って出たのか。

ミサイルの発射が常態化し、“レッドライン”がずいぶんと押し上げられているようにうかがえる。たびたびニュースにその姿を登場させる太った金正恩と、金正恩をたたえて喜ぶやせた北朝鮮人の対比が哀れでならない。




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『日帰りハイク』

足の手術を受けたのが昨年の10月の終わり。7カ月が過ぎた。手術直後は、痛くて、こんな手術受けなけりゃよかったと思った。それが、当初の痛みが治まると、・・・。股関節の骨頭を人工物に替えてあるので、脱臼の心配は付きまとうらしいんだけど、痛みは消えた。痛くないならやりたいことをやる。もう、この世の終わりのような顔もやめて、山に登り始めた。

何度も繰り返した話で、すみません。でも、自分としては、考えるたびに感慨無量で・・・。

“はじめちょろちょろ”ということで、“ちょろちょろ”近くの山に登り始めたんだけどね。“ちょろちょろ”登った近場の山が、この本にけっこう載ってた。それから、これから“ちょろちょろ”登ろうと思ってた山もけっこう載ってた。なにしろ、自分が埼玉県の産なもんですから、東京から見れば、山の始まりみたいなもんで、こういう本にはわりと取り上げられることが多い。

越生の越上山・顔振峠
東秩父の大霧山
飯能の高麗峠・天覧山
越生の大高取山

その辺の、本当に、“ちょろちょろ”出かけられる当たり。それでも、上手に紹介しているね。写真もきれいだし・・・。これを読んでると、思わず登りたくなってしまう。

ハハハ   そういう本ですよね。



JTBのMOOK  ¥ 1,004

森を抜け、稜線まで上がると、爽やかな風が吹き渡り、一気に展望が広がった
のりもの山ハイク
お花見ハイク
展望ハイク
水ぎわハイク
温泉ハイク
お散歩ハイク
チャレンジハイク

でも、この後は、“なかパッパ”という山に登りたい。ここ埼玉は、それも真ん中あたりにいるもんだから、30分で越生とか、毛呂とか、飯能あたりに出向ける。東秩父や寄居でも40分。手ごろな山が結構あるので、手ごろで済ませてしまおうという、“めんどくさがり体質”が頭をもたげる。

“ちょろちょろ”した山でも、高速を使って行く範囲になれば、おそらく気持ちも変わる。気持ちを変えていかないと、このまま終わる。なにせ、いい歳なんだから、時間切れだって考えなくちゃね。

後はお金の問題。電車だって、車にしたって、それなりの金はかかる。私の場合、それで二の足を踏んだように見せかけて、実は、“めんどくさがり体質”にむしばまれていることが多い。

いかん!

1日コース選んでも、軽量・短期決戦で半日で終わりにしてしまうのが良くない。むしろ、無駄に時間をかけてのぼれば、おそらく違う景色が見えてくる。私は、その違う景色を、“無駄”と呼んでいたにすぎないのだろう。唯一、私につきあってくれた先輩は、ほんの小雨程度で、まるでガリガリ山頂を目指したがる私に嫌がらせをするように、テントでの停滞を決め込んだ。「行きましょうよ」とせっつくと、「もう、飲んじゃったも~ん」と私にも酒を薦めた。

おそらく近場の山でも、そういう登り方ができるんだろうけどね。かえって、ちょっと時間を使って出かけてみよう。“ちょろちょろ”した山でも、それなりに荷物をもって、休憩も入れて、調理した飯を準備して、時間を使って山に登ろう。そして、夕方、家に帰ろう。

そこから、私の“なかパッパ”を始めよう。




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既成概念『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』 加来耕三

「どんなものを食べているか、言ってみたまえ。君がどんな人であるかを、言い当ててみせよう」

フランス革命の頃の行政・司法官を務めたブリア・サヴァランという人の言葉だそうです。まさに、“食は人なり”ということですね。

信長の生涯は、あらゆる既成概念を否定し、固定観念から抜け出たことで、“天下布武”を実践、天下統一にあと一歩というところまで迫った。そんな信長は、食に関しても、既成概念や固定観念へのにこだわりを持たなかったという。

それはちょっと、どうだろう。

こと、食べることに関していえば、既成概念や固定観念と言った経験則が、とても大事。食に関する文化は、“安全”であるとか、“健康”であるとか、あるいはまた、“信頼”であるとかが基本にある。その上に、技術や作法が形づくられてきた。信長のイメージの置かれている場所は、たしかに、“行儀作法”といったところからは遠い。だけど、桶狭間に向かうにあたって、“敦盛”を舞い、「立ったまま、湯漬けをかっこんだ」とか、若い時分に、「人目もはばからず、柿や瓜にかぶりついた」とかを取り上げて、行儀作法云々を言うのは、ちょっとおかしい。《時と場合による》というものだ。

“和を以て尊し”とする日本の歴史において、戦国時代は例外的に、“和”をちょっと棚の上に乗っけておいた時代。優先すべきは、変化しつつある時代に合わせて、もはや障害としかならない諸制度や風習を、大胆に捨てさり、改革していくことだった。

有名なところでは、楽市楽座がある。信長の登場で、“食の世界”も刷新されたところが多々あったはず。信長の、《あらゆる既成概念を否定し、固定観念から抜け出た》姿勢は、行儀作法をやぶって、一緒に食べる人に不快を与えるものではなく、逆に、“食の世界”に新たなエネルギーを吹き込む効果を与えたことだろう。

でも、私、茶碗の持ち方、はしの持ち方もそうだけど、一緒に食べている人に嫌な思いをさせる人が嫌いだ。そういう人とは、一緒に食べたくない。結構いるんだよね、そういう人が・・・。



ポプラ新書  ¥ 842

歴史をつくったあの人は、その時なにを食べていた? 「食」から読み解く日本史
第1章  幕末~明治 激動期の英傑たちの「食」
第2章  江戸 太平の世に花開いた「食」文化
第3章  鎌倉~戦国 乱世の英雄たちの「食」と合戦
第4章  古代~平安 あの有名人が愛した「食」

加来耕三さんの本は、ずいぶん読んでいると思うけど、本当に、細かいところまで研究している勉強家なんだな。そういった研究の、“食”に関する集大成がこの本になったのか。あるいはまた、歴史上の人物の、“食”に対する向き合い方から、新たなお話を紡いで行こうとされているのか。

意外だったのは、大久保利通だった。維新の独裁者。日本のビスマルク。まさに、新しい日本を作り上げた。そりゃそうだ。そのために僚友、西郷隆盛を殺したのだから。彼に至るまでに消失された多くの命を、彼は背負っていたのだから。伊藤博文だって、山県有朋だってそういうところがあったかもしれないけど、違うのは、自分の意志によって、僚友西郷隆盛を殺したことだ。だから、伊藤や山県みたいに、女に入れあげたり、金に汚かったりしない。“食”のこだわりは、漬物だったそうだ。

とても面白く読ませてもらいました。

日本人であってよかったと思うことはいくつかあるが、“食”に関しては、まさにそう。この既成概念のなさはなんだろう。既成概念というと、・・・もしかして、そこにも信長が関わったりして・・・。いやいや、これこそが日本人本来のものなんだろう。

今日のツマミは、安く買ってきたカブの茎を塩でもんで置いたものに、塩昆布と干しエビを混ぜて、置いておいたもの。相撲も佳境に入ったし、そろそろ一杯やるかな。




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『おしりの筋肉がすべて解決する』 内田輝和

まずは、この本の表紙を見てくださいよ。そうそう、女性の後姿の写真。ウォーキングをしている女性の“おしり”。なんて魅力的なことでしょう。思わず、むしゃぶりつきたくなるような“おしり”。たまらないでしょ。・・・(・_・)

そういう奴なんです、・・・私。いまさら隠しようもありません。連れ合いとの今日があるのも、あの時、むしゃぶりついてしまったのが原因ですから。

ところが、そんな魅力的だった連れ合いの“おしり”が、最近、少し安い緩みぎみで、ただただ横に広がってしまっているような。まあ、それはそれでいいところもあるんですが。

・・・このブログ、連れ合いは見ていません。・・・見ないことになっています。絶対見てません。きっと、見ていないだろうと思います。・・・もしも、見られたらどうしよう。

・・・そんな連れ合いの“おしり”を取り戻すために、私はこの本を読みました。

嘘です。

私は嘘つきです。母もよく言っておりました。「お前は嘘つきだ」と。私は嘘をつくために嘘をつきます。母は、そんな私を、よく理解しておりました。そんなことのために、私はずいぶんとたくさんの危険を犯してきました。今日もそうです。今日の嘘は、とても危険です。

本当は、まったく珍しいことではありませんが、題名に惹かれました。『おしりの筋肉がすべてを解決する』って、本当に本当か?「嘘だったら許さないぞ!」

そうです。自分が嘘つきなくせに、私は他人の嘘を許せません。そうです。そういう奴なんです、・・・私。



主婦の友社  ¥ 1,296

腰・ひざの痛み改善 健康美 血流アップ 疲れにくくなる 気持ちが前向きになる
第1章  簡単な動作で、おしりの筋肉は強化される
第2章  おしりの筋肉で人生が変わる
第3章  おしりの筋肉が健康寿命を延ばす
第4章  おしりを鍛えるとこんな病気がよくなる
第5章  おしりを鍛えて悩みを克服!健康も手に入れた!体験談
第6章  おしりの筋肉を強化する食事と生活習慣

※おしりを鍛えると腰痛が良くなる
※おしりを鍛えると坐骨神経痛が良くなる
※おしりを鍛えると脊柱菅狭窄症が良くなる
※おしりを鍛えると椎間板ヘルニアが良くなる
※おしりを鍛えるとひざ痛が良くなる
※おしりを鍛えると首の痛みが良くなる
※おしりを鍛えると骨粗鬆症が良くなる
※おしりを鍛えると尿もれ・頻尿が良くなる
※おしりを鍛えると痔が良くなる
※おしりを鍛えると冷え性が良くなる
※おしりを鍛えると生活習慣病が良くなる
※おしりを鍛えるとが良くなる
※おしりを鍛えるとセックスレスが良くなる

「ほんとかさあ(「本当かなあ」の秩父方言)」 にわかに信じられないというのは、けっして私だけではないでしょう。“おしりの筋肉”が、そんなにも、身体のアチラコチラに関連しているのか。“おしりの筋肉”が落ちてしまうと、そんなにも、身体のアチラコチラに不具合が発生してしまうのか。

私たち人間は、、“直立二足歩行”という、非常に不安定な姿勢を手に入れることで進化した生き物ですからね。どうしたって、四足歩行にはない様々な不都合を抱えることになった。かと言って、四足歩行に戻っては生活ができない。だから、できることは、直立二足歩行を安定させること。そのためには、下半身。その要となるのが“おしり”。そう考えれば、理にかなっている。

おそらく、家の作りや生活が西洋流になって、椅子の生活、ベットの生活に変わって行ったことも関係しているのだろう。トイレだってそうだよね。立ったり座ったりが少なくなって、現代人は“おしりの筋肉”が落ちている。つまり、意識して鍛えないと、筋肉量は減るばかり。「日本人の健康寿命は健康寿命よりも十歳も短い」と言われては、危機感すら覚える。

嘘つきなくせに、人の嘘には厳しい私ですが、その気になるとまっしぐらです。とりあえず、おしりを鍛えます。その効果で連れ合いを説得します。そして、かつての“むしゃぶりつきたくなるようなおしり”を取り戻すのです。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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