めんどくせぇことばかり 2017年06月
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『先生、日本ってすごいね』 服部剛

《戦場の知事 島田叡=沖縄の島守》
兵庫県神戸市出身。内務省のエリート官僚で、昭和二〇年を迎えた段階で大阪府に勤務。前沖縄県知事泉守紀が出張を装って内地に引きこもってしまったのを受けて、次の沖縄県知事の委託を受ける。推薦したのは沖縄守備軍司令官牛島満。かねてから島田と親交があった。昭和二〇年一月一一日、島田は沖縄県知事になってほしいと、大阪府知事を通して要請された。

島田:私が行きます
府知事:君、家族もあるのだから三日ほどよく考え、相談したうえで返事してもいいんだぞ。断ってもいいんだぞ。
島田:いや、これは、妻子に相談することじゃありません。わたしが決めることです。

妻:朝からなにか良いお話でしたの
島田:沖縄県知事の内命やった。もちろん引き受けて来たわ
妻:なぜ、あなたが?
島田:誰かがどうしても行かなならんとなれば、言われた俺が断るわけにはいかんやないか。俺が断ったら誰かが行かなならん。俺は行くのは嫌やから、誰か行けとは言えへん。これが若いものなら、赤紙一枚で否応なしにどこへでも行かなならんのや。俺が断れるからということで断ったら、俺は卑怯者として外も歩けんようになる。

「君、一県の長官として、僕が生きて帰れると思うかね。沖縄の人がどれだけ死んでいるか。君も知っているだろう」

「それにしても、僕くらい県民の力になれなかった県知事は、後にも先にもいないだろうなあ。これはきっと、末代までの語りぐさになるよ」


高木書房  ¥ 1,512
授業づくりJAPANの気概ある日本人が育つ道徳授業
1 「戦場の知事 島田叡~沖縄の島守」役割と責任
2 「やまと心とポーランド」恩を忘れない
3 「エルトゥールル号遭難事件」感謝の心
4 「ペリリュー島の戦い」崇高な精神
5 「焼き場の少年・一片のパン」人間の気高さ
6 「海の武士道~敵兵を救助せよ」生命の尊重
7 「日本マラソンの父・金栗四三 三度のオリンピック」努力を続ける
8 「佐久間艦長に遺書」役割と責任
9 「柴五郎中佐」勇気ある行動
10 「上杉鷹山 為せば成る」誠実・責任
11 「ユダヤ人を救え 樋口少将と犬塚大佐」差別偏見の克服
12 「特攻隊の遺書」先人への敬意と感謝
13 「昭和天皇とマッカーサー」強い意志
14 「空の武士道」利他の精神・人間の気高さ
15 「日本ミツバチの団結力と日本人の美徳」集団生活の向上
16 「坂東捕虜収容所 松江豊寿中佐とドイツ人捕虜」寛容の心
17 「台湾人に愛された八田與一」公正公平
18 「絆の物語~アーレイ・バーク」日本人の伝統精神と集団生活
19 三年間、服部道徳を受けて生徒の感想


《ポーランド孤児を救った日本》
一九一九(大正八)年、第一次世界大戦が終結し、ヴェルサイユ条約によってようやくポーランドは一三〇年ぶりの独立を果たすことになる。ロシアの支配下でシベリアに流刑にされたポーランド人は十数万人。彼らは長い間、肩を寄せあい、寒さと飢餓と伝染病と闘いながら生き抜いてきた。

しかし、一九二〇年春、ロシア革命で誕生したソ連がポーランドとの戦争を始める。そのため、シベリアのポーランド人は、唯一の帰国ルートであったシベリア鉄道が使用できなくなる。ウラジオストックに住むポーランド人の作った「ポーランド救済委員会」は、かわいそうな孤児たちを救おうとヨーロッパやアメリカに救援を求めた。しかし、欧米諸国はこの救援要請をことごとく拒否した。

唯一、ポーランド孤児の救援に乗り出したのが日本だった。

日本赤十字とシベリアに出兵中の陸軍兵士が、機敏な行動を起こした。彼らは極寒のシベリアの地に入っていって、親を亡くした孤児だけでも助けようと悪戦苦闘した。救出した孤児たちをウラジオストックまで連れて行き、そこから船で日本へ送り出した。日本政府が救済を決定した二週間後には、すでに五六名の孤児を東京の宿舎まで送り届けた。日本は、以後三年間で合計七六五名の孤児を救出した。

飢餓と伝染病で衰弱しきっている孤児も多かった。もはや手遅れと思われた腸チフスの少女の看護にあたった二一歳の看護婦松沢フミは、「死を待つほかないなら、せめて自分の胸で」と毎晩少女のベットで添い寝をした。その甲斐あって少女は奇跡的に命を取りとめた。しかし、その様子を見届けた松沢さんは亡くなった。腸チフスに感染していた。

《日本に収容されたポーランド孤児たちは、日本国民朝野をあげて多大の関心と同情を呼んだ。慰問の品を持ち寄る人々、無料で歯科治療や理髪を申し出る人たち。学生が音楽会の慰問に訪れ、婦人会や慈善協会は子どもたちを慰安会に招待した。寄付金を申し出る人は後を絶たなかった。一九二一年四月六日には貞明皇后も日赤本社病院を訪問され、孤児らと親しく接見された。皇后陛下は三歳の女の子を召されて、その頭をいくども撫でながら、健やかに育つようにと、お言葉を賜られた。(ポーランド在住松本照男氏の証言)》

こうした献身的な看護によって、子どもたちは次第に健康を取り戻していった。そこで回復した子供から順次、八回に分けて祖国ポーランドに送り届けることになった。子どもたちをポーランドに送り届けた日本人船長は、毎晩、一人ひとりの毛布を首までかけては、子どもたちの頭をなでて、熱が出ていないかを確かめた。「その手の暖かさを忘れない」と孤児の一人は回想している。

《日本は我がポーランドとはまったく異なる地球の反対側に存在する国である。しかし、我が不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表してくれた以上、我々ポーランド人は肝に銘じてこの恩を忘れることはない。我々の児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、神に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までとって、ポーランドの子どもたちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。ポーランド国民もまた高尚な国民であるがゆえに、我々はいつまでも恩を忘れない国民であることを日本人に知っていただきたい。ここにポーランド国民は日本に対し、もっとも深い尊敬、もっとも深い感銘、もっとも温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。(ポーランド極東委員会副会長ヤクブケヴィッチ氏)》




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ドナルド・トランプ『安全保障は感情で動く』 潮匡人

2016年7月23日、共和党大統領候補指名受諾演説
私のメッセージは、物事は変わらなければならないというものです。そして、物事は今すぐ変わらなければなりません。私は毎日、この国のいたるところで出会った、ないがしろにされ、無視され、見捨てられた人々のために、変化をもたらそうとの決意で目を覚まします。

私は、一時解雇された工場労働者や、私たちのひどく不公平な貿易取引によって壊滅に至った地域社会を訪れています。こうした地域にいるのは、忘れ去られた、我が国の男性や女性たちです。懸命に働いているものの、もはや声を持たない人たちなのです。

しかし、このままずっと忘れられたままにはしておきません。わたしはあなた方の代弁者です。
冨永真奈美訳
最後の、太字にした部分、NHKは訳していないんだそうです。私なんかは、なにがしかの重大発表があるとすぐ飛びついて、もとから日本語のものであろうが、訳文であろうが、そのまま鵜呑みにしてしまうけど、・・・そうだよねえ。なにも改竄するまでもなく、「それを載せない」というだけで、イメージを変えたり、濃くしたり、薄くしたりすることは容易いね。

でも、NHKがどんな意図でそれをやったか知らないけど、私はトランプがそこに現れた意味を、かなり早い段階で直感的にとらえましたよ。・・・へへへ、偉い?

偉ぶってる場合じゃなくて、リーマンショックのちょっとあと、「ウォール街を占拠せよ」を合言葉に、貧乏人たち、とくに若い連中が集まって、大騒ぎを始めたよね。当初、私は、「どうせアメリカ人のやることだから、いくらかの分け前をあてがわれて終わるんだろう」ぐらいに思ってた。

でも、その時彼らが叫んでいたスローガン、《We are the 99%》は、まさに「反エスタブリッシュメント」そのもの。オバマも、クリントンも無視を決め込んできたけど、トランプ登場の舞台は、ずいぶん前から整えられていた。


文春新書  ¥ 880

たしかに重要である。しかし、地政学だけで安全保障を語るのは危険である
第1章  「見捨てられた人々」の逆襲が始まった
第2章  アメリカ合衆国が最大の懸念となった
第3章  第二次朝鮮戦争が始まる
第4章  米中戦争の可能性が「非常に高い」理由
第5章  だから戦争はなくならない


どうも、「ポピュリズム」という言葉はあいまいだよね。本来は大衆迎合主義という脈絡で使われているから、トランプの言う、「声もなくし、忘れさられた大衆」に光を当てるということに、それを使うのはおかしい。おかしいにもかかわらず、どうも世界中のマスコミは、トランプの手法を大衆迎合主義という大きな網で身動きできないようにとらまえてしまいたいみたいだ。

でも、それは卑怯だ。著者が、いい解釈を準備してくれた。「既得権益を持つリベラルなインテリのエリート層に対する反感」・・・これで良いんじゃないかな。“リベラル”、“インテリ”、“エリート”と、99%が誰と戦っているのかもはっきり見えてくるしね。

さて、上の者にしてみりゃあ、庶民なんてのは、馬鹿ほど扱いやすい。政治だの、経済だのと、あんまり関心を示さない奴ならなお結構。芸能だの、スポーツだのに一喜一憂してもらった方がありがたい。

庶民にしてみれば、上のやつらなんてのは、その程度に思ってる奴ほど扱いやすい。・・・まあいいや、甘く見てると、痛い目の合わすぞ! ・・・なんて雄たけびを上げてみたものの、著者が取り上げたこの話には、そんな思いも飲み込んでしまった。

「既得権益を持つリベラルなインテリのエリート層に対する反感」は、現実社会では、エスタブリッシュメントの利益のために迎えられた移民たちへの反発になったりする。言いかえれば“異種なるものへの嫌悪感”。それを「ゼノフォビア」と言うそうです。ディクショナリー・ドットコムは、2016年の言葉に、この「ゼノフォビア」を選んだそうです。これはどうも、“神ってる”なんて言ってる場合じゃないぞ。どうだ、広島ファン。・・・巨人ファンだからって、こんなこと言うわけじゃ・・
な・・・い・・け

ともかく・・・、だ。「アメリカファースト」とトランプが言い続ける動きは、多少の分け前をあてがわれて終わるのか、それとも99%を標的としたより広範な動きに合流するのか、今はまだ、見切れない。



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『首都圏近郊:出雲系神社探索ガイド』 出川通

大国主系
神田明神、久伊豆神社、子神社、大国・国玉神社、金毘羅・金刀比羅神社、温泉神社、三輪・美和神社、大神神社、御岳・大嶽神社、出雲大社分社、杉山神社、杵築神社
事代主系
今宮神社、恵比寿神社
建御名方系
諏訪神社
スサノオ系
氷川神社、須賀・蘇我・曽我神社、八雲神社、磐井・岩井・祝神社、八坂神社、嶋神社、熊野神社、八重垣神社、子安神社

出雲系を国津神系と考えれば、その信仰の対象は山川草木であり、木火土金水ということですよね。仏教が入ってきて、それに合わせて神道と呼ばれ、お寺が建てられて、それに合わせて神社が建てられる。だから本来、本殿、拝殿はあと付けで、今でも本殿を持たない神社も少なくない。

私の地元、埼玉県の金鑚神社にも拝殿はあるが、本殿がない。ご神体は、拝殿の奥にある御室ヶ獄そのもの。ここに行くと、ご神体の御室ヶ獄山中を歩くことができる。一人がいい。一人でないと、いろいろな音が聞こえてこない。いろいろな気配が感じられない。

これが古くからの、日本の信仰なんだな。肌身にしっくり来る。

金鑚神社みたいに、古代の信仰を残したところは少ないだろ。だけど、出雲系の神社なら、基本的に、山川草木、木火土金水に無関心であるはずがない。本殿の横や裏にある、摂社、末社、塚、ご神木にも、進んで何かを感じよう。・・・これはこの本の受け売りです。


言視社  ¥ 1,728

なぜ東日本に「出雲系」の神々が、これほどたくさん鎮座しているのか。由来を探りながらの歴史散歩
第1章  出雲の神々は東国に多数鎮座する
第2章  関東・首都圏の出雲系神社の概要
第3章  首都圏における各県別出雲系の主要神社紹介
第4章  関東圏における出雲系主要神社
第5章  関東に近い中部圏の出雲系神々の一部の神社紹介
コラム  大国主命の凄さ 神々のルーツと神社の成り立ち 他

武蔵国の主要神社は出雲系が独占している状態なのだそうです。スサノオ系神社が氷川神社を中心に二六〇社と言うからずいぶんありますね。首都圏で一番多いのが千葉県の四〇四社で、それには熊野系も多く入っていて、実質的にはさいたまが一番多いと行っていい状態だそうです。その他の出雲系は上に書いたとおりで、それに対して天津神系のアマテラスを祀っている神社は八四社、フツヌシを祀っている香取神社系が七二社だそうです。

私の故郷の秩父神社は、たしか思兼命を祀っていたはず。だとすると、天津神系ということか?・・・子供の頃から聞かされたいろいろな話を思うと、ちょっと素直に受け止められないところがあるが・・・。

HPを見せてもらったら、最初の国造になった知知夫彦が祖先の思兼を祀ったが始まりで、加えて、知知夫彦、天御中主、秩父宮雍人親王、合わせて四柱が祀られているということ。

さっき少し頭にあった“子どものころから聞かされていた話”の一つは妙見様の信仰なんだけど、それは中世に入って秩父に力を張った秩父平氏の持ち込んで習合したものだという。

やはり、天津神系の神社なのかと思ったら、さらに古層に龍神信仰があると言う話が書かれている。だとすれば、それは武甲山の神様で、そこに山川草木、木火土金水を対象とした信仰を見ることができる。地元の人間としては、その方がはるかにしっくりくる。

春に里の田畑にお招きした龍神を、初冬に山にお送りするという古層の信仰に、妙見様の信仰が習合して、その日、龍神と妙見様は、年に一度の逢瀬をかわすという伝説を作り出した。妙見信仰に重なるのは、思兼よりも龍神の方がしっくりくる。




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『戦争の日本古代史』 倉本一宏

本来は非戦闘員であった百姓やそれ以下の身分の者を組織した奇兵隊をはじめとする諸隊によって江戸幕府を倒して成立した明治政府は、「国民皆兵」の旗印の下、家の継承者や官吏、官立学校生徒以外の男子を帝国軍の兵士として徴発し、本来は非戦闘員であったはずの彼らに「武士道」を植えつけて対外戦争へと投入したのである(大江志乃夫『徴兵制)。

そこには意図的な「武士道」の誤解・曲解が存在したことは、言うまでもない。武士のための「武士道」を国民道徳と同一視していったのである。そして、「武士道というは死ぬことと見つけたり」など、都合のいい文言だけが取り上げられることになった。

特に長州閥の支配する帝国陸軍は、北海道開拓、カムチャッカからオホーツク一体の占拠、琉球の日本領化、朝鮮の属国化、満州・台湾・フィリピンの領有という吉田松陰の「征韓論」(その根拠も「三韓征伐説話」であった)を継承していた。

やがて一八八二年(明治十五)の軍人勅諭から一九四一年(昭和十六)の陸軍省「戦陣訓」へとつづき、近代日本は果てしないアジア侵略と破滅の道を歩みはじめたのである。近代アジアにおける悲劇は、ほとんど対外戦争をおこなってこなかったという日本史の土壌の上に、古代以来の伝統的な日本の帝国指向と対朝鮮観(および対異国観)、それに歪曲された「武士道」をたたき込まれた帝国陸海軍の兵士(及びそれを賞揚する一般国民)によってもたらされたという側面が存在したということになる。
本書p290
・・・どうやら、日本人というのは、そこにいるだけで、アジアに騒乱をもたらさずにはいられない、救いようのない存在のようである。この文章は、“おわりに”に書かれた、いわばこの本の要約のようなもの。その終わりに著者は、《子や孫の世代にふたたび戦争が起こることのないように、私の大事な各国の人たちがいつまでも笑顔でいられるように》と祈りをささげているが、残念ながら、それは無理だ。

それは、上の文章を見れば明らかだ。そして、この本一冊の内容を通して、著者はわざわざ、それが不可能であることを、実証してしまっているではないか。なにをいまさら、あり得ない祈りを捧げるのか。それが可能となるのは、この地上から、日本人を抹殺するしか方法はないというのに。まさか、それを祈っているのか。
『戦争の日本古代史』    倉本一宏

講談社新書  ¥ 950

近代日本のアジア侵略は、その淵源が古代以来の倭国や日本にあった
第一章  高句麗好太王との戦い 四~五世紀
第二章  「任那」をめぐる争い 六~七世紀
第三章  白村江の戦い 対唐・新羅戦争 七世紀
第四章  藤原仲麻呂の新羅出兵計画 八世紀
第五章  「敵国」としての新羅・高麗 九~十世紀
第六章  刀伊の入寇 十一世紀
終章  戦争の日本史
  • 会社のために自己犠牲を強いられる企業戦士
  • 高校野球の犠牲バンド失敗に、「自分も生きようとしていたからいけない」という解説者
  • アウトを“死”とあらわす風潮
  • 「頑張れニッポン」と連呼する応援
  • 「日の丸を背負って」と意気込んでは実力を出しきれない選手
いずれも、拭い去れない“帝国日本”の呪縛と思えるのだそうだ。

もしこれから買おうかと考えている人がいたら、このブログ読んで、amazonのレビューでも読んで、それからで十分よ。私は読みましたよ。お金出して買ってね。まあ、たまにはこういう本を読むのも、いい刺激になるからね。

買って読んだんだから意見を言ってもいいよね。どんなことでも勝手に考えていていいから、世間に迷惑をかけるのだけはやめてね。

・・・この“世間”を気にする生き方も、“帝国日本”の呪縛と言われるだろうね




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テーマ : 本の紹介
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『秘伝・日本史解読術』 荒山徹

著者は同世代の作家さんなので、楽しく読めました。これまで生きてきた時代背景が同じで、歴史好きで同じような本の海を泳いできたんですから、本書を読んでいても、共鳴できることも数多くありました。

著者が新米新聞記者として警察周りをしていた頃の、こんな話が紹介されてました。
とある所轄署の刑事課長から、「青葉の笛なんて歌、君はもう知らんだろう」と云われたことがあります。何事ですかと訊いてみれば、先だって逮捕した窃盗犯が留置場で低く歌っていたとの由。「切ないよなあ、まったく」と噛みしめるように云った課長の声が今でも思い出されます。あの頃の日本人は、正反対の立場の人間が『平家物語』を媒介にして感応し合えたのでした。
本書p13
時代小説、歴史小説ばかりに頼る私たちの世代に比べ、父母、祖父母の世代は、学はなくても教養は深かった。そういうふうに認識できたのは、渡しの場合、若い頃ではありませんでした。どこか、数多く本を読み、歴史の勉強をしていることを鼻にかけていたわけでもないんだけどね。どこか自分は、「親たちとは違う」みたいに思い込んでるところがあった。

ところが、ちょっとその手のことが話題になると、なぜか本なんか無縁に見える祖母が、よく知ってたりする。ホルモン屋で酔っ払った親父が、平家物語や、太平記を語ってたりする。

気がつけば、それを教養として持ってない日本で最初の不幸な世代が、私たちだった。

謡曲、歌舞伎、文楽、浪曲、そうそう落語に至るまで、父母、祖父母の世代は、けっこう分厚く、しかも共通する歴史認識を持っていた。物語として歴史を認識しているから、なにを喜びとし、なにを悲しみとするか、国民感情としても、同じ景色を見ることができた。

先日なくなった渡部昇一さんが云ってた。もとはイギリスの学者先生の言葉のようだが、「歴史は虹のようなものだ」という言葉。そうそう、父母、祖父母の頃まで、日本人は同じ虹を見ていた。


新潮新書  ¥ 864

歴史小説作家だからこそ気づくことのできた、日本史の盲点とツボ
序章  「史観」を語る前にスべきこと
第一章  「遺跡は人なり」と心得よ
第二章  秘伝・日本史収納整理術
第三章  古代史学は伝奇文学か
第四章  日本書紀を再評価せよ
第五章  史料は原文が面白い
第六章  超「仏教」入門(上)
第七章  超「仏教」入門(下)
第八章  遷都の裏に政教分離あり
第九章  藤原氏で知る系図の秘訣
第一〇章  時代の境目とは何か
第一一章  日本市場の二大画期
第一二章  二つの中国とモンゴルの侵略
第一三章  「皇統」は誰が決めるのか
第一四章  歴史は「応仁の乱」以後で十分化
第一五章  歴史と地理は不可分なり
第一六章  「太閤記もの」の読み方
第一七章  世界史から捉える島原の乱
第一八章  史的眼力を「忠臣蔵」で考える
第一九章  近くの国より遠くのオランダ
第二〇章  小説を楽しむためのスキル
終章  歴史は「取扱い注意」で

この本は、著者の読書遍歴の披露でもあります。そして、そんな読書遍歴を経て、著者は独自の《日本史解読術》を手に入れたのです。

もちろん、簡単なことではなかったでしょうね。本書の“まえがき”に《日本史における基礎トレーニング》というのがあって、おそらくその読書遍歴を通して会得していったトレーニング法なのでしょう。

せっかくですから、これだけでも紹介させてもらいます。
  1. 5W1Hの重視
  2. 律令を理解する
  3. 仏教は、律令とともに日本史を彩る二大要素
  4. 外国と日本を比較する
あんまり丁寧な説明じゃないけど、詳しくは本書を読んでね。おそらく著者は、たくさん本を読んで、試行錯誤してそこにたどり着いたのでしょうから。

最後に、著者はどんな本を読んで、この技を身に着けてきたのか。興味深いですよね。いくつか揚げていきますけど、あっけないほど当たり前の本ばかり、そのほとんどは、私も読んでました。

『雨月物語』、『日御子』、『遙かなる大和』、『聖徳太子』(黒岩重吾)、『天平の甍』、『檀林皇后私符』、『王朝序曲』、『桓武天皇ー平安の覇王』、『花と火の帝』、『新平家物語』、『炎環』、『沈黙』・・・他にもいろいろと。
最後に同世代ならではの、共鳴の感動を一つ。ヘイトスピーチに眉をひそめるのはいいけれど、だったらちゃんと、“韓国”という存在に向き合えという一節で、自分だけいい子ぶりっこして済まそうという人たちを皮肉って、著者が持ち出したのは天知茂の昭和ブルース。

♫ 生まれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか 何もしないで生きていくなら それは容易いことだけれど ♫

もうまったく、泣かさないでよね。




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『習近平よ、反日は朝日に見習え』 高山正之

ずい分前の本の紹介ですみません。ついつい思い出して、引っ張り出してみました。
《経済学者ジャン・ピエール・レーマン》
「欧州諸国は植民地を失い、おまけにキリスト教徒にとっては大いなる罰とされる使役までさせられた。その仕返しもしていない」「でも米国はいい方だ。彼らは原爆を落として幾分かその恨みを晴らしたから」
冷徹に、見極めなければならない。白人はかつて、世界に支配者として君臨し、自分の安寧のために有色人が不自由な思いをすることがあっても、それはやむを得ないことであると考えていた人々だ。彼らは、日本のせいで、彼らの安寧のもとである植民地を失うことになった。彼らが、かつて自分たちは、植民地統治を通して有色人を支配し、その尊厳を踏みにじることで大きな利益を受けてきた。そのことを反省したいとかいう話は、聞いたことが無い。「ジャン・ピエール・レーマンは正直なだけだ」と、そのくらいの思いを、お腹の中に沈めておいた方がいい。ちなみに、氏は、今でも、日本を貶めるためなら労を惜しまない覚悟をお持ちのようです。
J-CASTニュース 2013/12/10
「エビアン」あわや不買運動に 「天皇は中韓に謝罪せよ」発言、「勘違い」してネット大騒ぎ
https://www.j-cast.com/2013/12/10191360.html?p=all
(抜粋)
《明仁天皇の謝罪により今にも続く戦争が終わる》
「息子である明仁天皇がソウルの慰安婦像を訪れ謝罪し、中国の南京大虐殺記念館を訪れ、虐殺、拷問、強姦されて生き埋めにされた人たちに謝罪する。そうすれば第二次世界大戦が本当の意味で終わったと言えると同時に、21世紀における平和への道が徐々に開けてくるだろう」
(続きを読む)に全文
あちらではずいぶんと、権威をお持ちの先生のようですね。

中国共産党は、習近平を中心に、・・・。どこへ行こうとしているのかわかりませんが、そのライバルの中国国民党は、、・・・一体何がやりたかったのでしょうか。
蒋介石は日本軍から逃げる時間を稼ぐため、長沙の街に火を放った。街は三日間燃え続け、三万人が死んだ。石川達三の『武漢作戦』によれば、九江では井戸にコレラ菌を投げ込んだ。衛生兵が二週間かけてコレラ菌を絶滅し、内地から運ばれた米四十俵を難民に配った。

蒋介石は黄河も決壊させた。日本軍は追撃をやめ被災者の救助を行ったが、この洪水で三〇万人は死んでいる。



新潮社  ¥ 1,512

戦後70年 今こそ「反日の徒」が歪めた歴史の数々を・・・一刀両断
第1章   日本の本当の素晴らしさを知っていますか
第2章   これだから中国は「立派な国」になれない
第3章   嘘の伝わり方は実に様々
第4章   世界情勢を正しく知るために
第5章   70年もつき続けた歴史の嘘

昭和17年3月、オランダからの宣戦に応えて、日本軍はジャワ島に上陸した。主力8万の兵がこもるバンドン要塞には一個大隊七〇〇人が向かい、一週間で要塞の一角を落とした。オランダはそれを見て白旗を上げた。捕虜になった彼らは恥もせず、満足な収容施設と待遇を要求した。貧しい日本に八万のオランダ人捕虜を食わせろという。シンガポールでも英国人十万が、フィリピンでは米国人三万が、同じように過分な取り扱いを求めた。軍令部にあった高松宮さまは「割に合わぬ話なり」と感想を漏らしていている。

結局、終戦まで寝て暮らしたオランダ人は、戦後、日本側の待遇に因縁をつけて連合軍の中で最多の二二六人を報復処刑した。堀内豊秋大佐に死刑判決を下したのは、彼の手によって捕えられ捕虜となった現地司令官のF・ティウォン大佐だった。ティウォン大佐は、なぜ死刑かとの日本人弁護人の問いに「なぜなら彼が日本人だからだ」と答えた。

高松宮さまがユリアナ女王に助命を乞うたが、女王は無視し、大佐は昭和二三年九月二五日に処刑された。
オランダは当時の金で三十六億円の賠償をとった。さらに一九九一年、訪日したベアトリクス女王が宮中晩餐会で「日本には賠償を払う義務がある」と挨拶し、二度目の賠償をとりたてた。その二年後の昭和天皇の御大葬にはオランダ王室だけが欠席した。
ニューズウィーク誌のコンプトン・パケナムは「教養ある日本人でも辞書なしでは新聞を読めない。GHQが進めるローマ字化で日本人も少しは考えるようになるだろう」(1946/2/4)

フィラデルフィア・レコード誌「文盲の日本人はローマ字化によって新聞が読める日が来るだろう」(1946/1/6)

GHQ民間情報教育局員ロバート・ホールが、このローマ字化を推進していた。文部省は日本人が文盲かどうか、まず漢字テストをやってくれと頼んだ。一九四八年八月、無差別抽出された一万七〇〇〇人がテストを受けた結果、識字率九八%。米国人のそれを三五ポイントも上回った。

識字率で三五ポイントも低い国に負けたんですね。本当に悔しいなあ。戦争ってのは、つくづく負けちゃいけませんね。
まとまりのない記事になってしまいました。




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『地形と地理で読み解く古代史』 別冊歴史REAL

ORICON NEWS 2017/06/16
『ブラタモリ』日本地質学会から表彰 「長く続くことへの期待も込めて」
http://www.oricon.co.jp/news/2092581/full/
(全部)
NHKで放送中の『ブラタモリ』(毎週土曜 後7:30)の制作チームが、日本地質学会から表彰されることになった。同学会は毎年、「学会の顔」としてさまざまな表彰を行っており、同番組の「地質学の普及」への貢献が評価された。
(続きを読む)に全文

見てます。見てます。“いいとも”やってる頃の、東京の町をブラブラしてた頃から、連れ合いと楽しみに見てた。東京の町って、“坂”の町で、“高低差”があって、“断層”があって、少し歩くと、すぐに“ヘリ”に行き当たるからね。そうは言っても、タモリってけっして、むき出しのアウトドアじゃないんだよね。「それら自然の地形に人が手を加えて町に変えた」って部分、「人が手を加えた」ってところに惹きつけられるみたいね。

「人の営み」ってやつだな。・・・むふふ

だから、川だって、さらさら流れる小川に惹かれるわけじゃない。その小川が、人の手にかけられて、暗渠にされて、今自分の足のしたを流れてるんだろうって考えて、タモリはそれに感動するんだ。・・・むふふ。

やっぱり変態だな。・・・むふふ

洋泉社MOOK

地理から“現場”を知る 新しい歴史の楽しみ 日本の歴史は独特な地理・地形抜きには語れない
PART1  地形と地理で解き明かす古代史の謎10
PART2  地形と地理で西日本の古代史を読み解く
PART3  地形と地理で東日本の古代史を読み解く
PART4  古代の地形と地理にまつわる話
 
“地理と地形”で、この本が解き明かそうとする古代史の謎は、たとえば、《稲作はどのようなルートで伝来したのか》。そんなテーマなら、本一冊分、読者を引き回すこともできる。《邪馬台国はどこにあったか》なんてテーマには飽き飽きしたが、《壬申の乱で大海人皇子が勝利できた理由とは》って事になったら、やっぱり、タモリだって黙ってはいないだろう。

日本の古代史には、まだまだ多くの謎がある。文字に残されなかったこともたくさんある。戦争に負けて、“日本人”という紐帯のもとである日本神話が遠ざけられたこともある。日本の古代が謎めいているのはそれだけじゃない。日本書紀の成り立ちそのものが、何かを隠している。

「そこに書かれているものを、そのままに受け取ればいい」という意見があり、私もそのとおりだと思う。だけど、謎は楽しく、謎は奇しく、謎は魅力的だ。目を背けるのは、もったいない。隠された事実は、いろいろなところに、いろいろな形で痕跡を残している。それらに挑戦する本を読むのは楽しい。

そして、文字に残されていなくても、仮に、本当に日本書紀が何かを隠そうとしていても、地理は変わらない。そして、地形は動かない。

《神話と遺跡が語る古代出雲王国の姿とは?》、《古代の一大聖地となった玄界灘の孤島》、そんな謎を目の前に広げられて、あなた、黙って指をしゃぶっていられますか。




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必要のない戦争『戦争を始めるのは誰か 歴史修正主義の真実』 渡辺惣樹

1932年、アメリカ大統領選におけるフランクリン・D・ルーズベルトのフーバー政権批判。フーバー大統領はこのころ、恐る恐るケインズ的経済運営を取り始めていた。 以下は、そんなフーバーに対する、ルーズベルトからの批判である。
  • 「国家予算を最低でも25パーセント削減する」
  • 政府支出を漸増させていたフーバー政権を「平和時における史上最悪の無駄遣い政権」
  • 「どれほどうまく取り繕っても隠すことはできない。財政赤字を止め、借金を止める勇気。今こそそれが必要な時である」

恐慌初期の段階で、もっと大胆にケインズ的経済運営を打ち出すことができれば効果があったかもしれない。しかし、当時それは、社会主義的計画経済との妥協であり、共産主義という危険思想とセットになったものであった。それだけに、フーバーの施策も中途半端なものにならざるをえなかった。

ルーズベルトは当選後、選挙公約を裏切ってケインズ的経済運営手法を積極的に導入した。しかし結局、国家財政を火の車にしたに過ぎなかった。具体的には、1933年6月に全国産業復興法を成立させ、最低賃金を設定し、民間分野での独占や価格操作を容認するとともに、公共事業局を設立し、公共事業を積極的に推し進めた。ニューディーラーと呼ばれるブレーンたちの震源で、おそらく彼らこそが、こみんてるんのえーじぇんとだっt

結局、ちょっとした公共投資への財政出動くらいでは恐慌を乗り越えることはできなかったのだ。そして、アメリカの、建国以来の経験は、それを乗り越えることができるのは、戦争以外にないことを、おそらくルーズベルトは知っており、ある段階から、急激に国政の舵を、そちらに切った。

FDRが政権を担当して以降の失業率
1933年―24.9% 1934年-21.7% 1935年―20.1%   1936年―16.9% 
1937年―14.3% 1938年―10.0%    1939年―17.2% 1940年―14.6%
  • 1936年は復員兵へのボーナス支払いがあり、その支出が消費を刺激した
  • 社会保障のための所得税導入で、購買力低下
  • 1939年以降は戦争景気.


文春新書  ¥ 1,188

チャーチルとルーズベルトがいなければ、第二次世界大戦は起こらなかった
第一章  第一次世界大戦の真実
第二章  第一次世界大戦後の歴史解釈に勝利した歴史修正主義
第三章  ドイツ再建とアメリカ国際法務事務所の台頭
第四章  ルーズベルト政権の誕生と対ソ宥和外交の始まり
第五章  イギリスの思惑とヒトラー
第六章  ヒトラーの攻勢とルーズベルト、チェンバレン、そしてチャーチル
第七章  ヒトラーのギャンブル

1938年、オーストリア併合について、歴史家マーク・ウェバーは、以下のように述べている。
1938年3月、ドイツに併合されたオーストリアの経済発展は目覚ましかった。官僚たちは社会の賃貸を一掃し、瀕死の経済を再活性化させた。投資、工業生産、住宅建設が活発化し、消費も増大した。観光旅行を楽しむものも増え、生活水準はたちまち上がった。1938年6月から12月の間に工業労働者の賃金は9%上昇した。国家社会主義政権の下では失業者も激減した。アメリカの歴史家バー・バクリーは、近年の歴史上でも驚くべき経済回復を見せたと書いている。1937年の失業率は21.7%もあったが、1939年にはわずか3.2%にまで低下したのである。


ジョゼフ・グルーからヘンリー・スチムソン国務長官(フーバー政権)への書簡(1933年2月24日)
中国に対する不信と疑念、世界的不況による経済の破綻と社会の混乱。中国の日本製品ボイコット運動。中国は外国からの借款を使い、日本の鉄道(南満州鉄道)経営を妨害する新線を運営する。中国は約束事は守らない。そうした行動の陰にはソビエトの工作が見え隠れしている。ロシアは再び大国のパワーを見せ始めている。

中国はワシントン会議(1922)の約束は守らず、調印された海軍軍縮条約では、日本への配慮に欠けていた。それが原因で、1931年の事件(柳条湖事件)では日本は単独で行動した。1931年9月の日本の満州での動きを受けて中国は国際連盟に提訴した。日本の動きは侵略行為だと主張し是正を要求した。中国は、ワシントン会議の約束事が破られたなどと言える立場にはない。彼らはここで決めたれた義務を果たしていない。連盟に訴える彼らの手は汚れていた。

のちに、ヨーロッパではドイツを、アジアでは日本を追い詰めていくことで、ルーズベルトは戦争の機会を手に入れることになる。しかし、ソ連という共産主義の脅威の前に、本来、ドイツと日本は世界に貢献できる立場にあった。また、ソ連の脅威を前に、ヨーロッパが抱えていた問題はベルサイユ大勢の不均衡であり、早急に解決されるべき問題であった。

第二次世界大戦の直接の引き金になったダンツィヒは36万のドイツ人が住んでおり、当地の95%を占めていた。ポーランド回廊にも150万のドイツ人が生活していた。ポーランドが1918年に独立できたのは、ドイツとロシアがともに敗れたからである。それが1939年になって、ドイツかロシア、いずれかと提携しなければならない状況が生まれた。

ダンツィヒだけがドイツとの提携の障害であった。ヒトラーはその障害を取り除こうとした。ダンツィヒ返還後もポーランドが同市の経済的支配を続けてかまわない。さらには、チェコスロバキアからの独立を望むスロバキアを、ポーランド領に組み込んでかまわないと発表していた。1939年1月5日のことである。ポーランドのヨゼフ・ベック外相は、障害をそのまま残す選択をした。その判断がポーランドを死に導くことにつながった。この間、常にルーズベルトは、ドイツに対して妥協しないようポーランドに働きかけていた。

ハミルトン・フィッシュは以下のように言う。

ヨゼフ・ピウスツキ元帥は歴史上でもっとも傑出した政治家であり国民的英雄であった。ポーランドが危機にある時はすでに亡くなっていた(1935)。もし彼が存命であれば、ダンツィヒを交換条件にしたポーランド独立の保証をドイツから取り付けていたに違いない。もちろんピウスツキがナチスドイツに肩入れしていたなどと言うつもりはない。彼はソビエトロシアの本質をよくわかっていた。共産主義を嫌っていた。その彼が世を去っていたことはポーランド国民にとっては不幸なことだった。ピウスツキは優れた軍人であり、ヒトラーでさえ一目置いただろうと思える人物だった。


私はポーランドから逃れてきた多くの人々の話を聞いた。みな口をそろえて私と同じことを言っていた。ピウスツキが生きていたらダンツィヒ問題は平和的に解決されていたはずだと嘆いていた。そうなっていれば、ポーランド侵攻もなく、大戦もなく、共産主義者によって1万2000ものポーランド士官が虐殺されるカチンの森虐殺事件もなかった。戦後、ポーランドが共産化することもなかった。


・・・ああ、第二次世帯大戦というのは、必要のない戦争だったのか。



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死に絶えた漢族『秘伝・日本史解読術』 荒山徹

遠回りのようでも、中国史の悠久の流れを簡単に振り返っておくことにします。日本が中国大陸から受けた影響は、今更ここで述べるまでもなく絶大で、中国史の基本的骨格を頭に入れておくことは、日本史を学ぶ上で望ましいどころか、必須と言っても過言ではないと思うからです。
本書p144
まったく同感です。でも、高校の社会なんかでは、日本史は日本史で、チャイナの歴史っていうのは世界史の中の一部として取り扱われているので、日本史の理解のために利用されることがない。本来、歴史は、現状把握のための学問。日本史理解のために、チャイナの歴史に、西洋の歴史に照らし合わせてみることは、きわめて重要な作業のはずなんだけどね。

そうそう、これ、何だか分かりますか?
《いんしゅうしんかんさんごくしん なんぼくずいとうごだいそう げんみんしんちゅうかみんこく ちゅうかじんみんきょうわこく》

これを、🎶もしもし亀よ🎶の曲で歌うんです。漢字で書くと、こうなります。《殷周秦漢三国晋南北隋唐五代宋元明清中華民国中華人民共和国》・・・チャイナの王朝交代を覚えるための暗記歌です。

私は、中学生の頃から、「“りこれいへいけいこう”で三省六部」とかって無意味に唱える世界史オタクでしたので、チャイナの王朝交代くらい屁のカッパでした。だけど、世界史さっぱりなO君という友人がおり、たまたま知っていたこの暗記歌を教えました。彼は本当に嬉しそうに、私に感謝の言葉を並べました。

そして、試験当日。先生は問題作りがめんどくさかったと見えて、期待通り王朝名を並べる問題が出題されました。出席番号が私の次のO君は、私の後ろの席で、楽々正解を書いていると思いきや、変な声が聞こえるのです。「アレ?アレ?いーんしゅうー・・・アレ?」 彼は必死に、🎶桃太郎🎶の曲に王朝名を乗せようとして、苦戦しておりました。



新潮新書  ¥ 864

歴史小説作家だからこそ気づくことのできた、日本史の盲点とツボ
序章  「史観」を語る前にスべきこと
第一章  「遺跡は人なり」と心得よ
第二章  秘伝・日本史収納整理術
第三章  古代史学は伝奇文学か
第四章  日本書紀を再評価せよ
第五章  史料は原文が面白い
第六章  超「仏教」入門(上)
第七章  超「仏教」入門(下)
第八章  遷都の裏に政教分離あり
第九章  藤原氏で知る系図の秘訣
第一〇章  時代の境目とは何か
第一一章  日本市場の二大画期
第一二章  二つの中国とモンゴルの侵略
第一三章  「皇統」は誰が決めるのか
第一四章  歴史は「応仁の乱」以後で十分化
第一五章  歴史と地理は不可分なり
第一六章  「太閤記もの」の読み方
第一七章  世界史から捉える島原の乱
第一八章  史的眼力を「忠臣蔵」で考える
第一九章  近くの国より遠くのオランダ
第二〇章  小説を楽しむためのスキル
終章  歴史は「取扱い注意」で


しかし、残念ながら現代チャイナの源流は、夏・殷・周・秦・漢・三国時代(魏・呉・蜀)・晋ってところにはないんですよね。「中国史の流れを現代からさかのぼっていくと“代”という国に行きつく」と、著者は言ってのけます。そう、チャイナのルーツは夏でも、周でもなければ、現代チャイナの民族名をあらわす“漢”ですらないんですよね。

晋王朝によるつかの間の統一のあと、チャイナは南北朝時代に入る。その直前、鮮卑族の一部族である拓跋部が晋帝から代王に封ぜられた。この“代”の後裔が“北魏”ー“西魏”ー“北周”ー“隋”とつながるわけですね。この北方民族が、南部に歴史を重ねてきた最後の漢民族王朝“陳”を滅ぼしてチャイナを統一する。だから、このとき、漢民族が紡いできたチャイナの歴史は鮮卑族によって受け継がれていったわけだ。

チャイナに漢字で表記された周辺国、周辺民族名は、漢字による意図的音写である。あえて、“意図的”というのは、“ヒノミコ”、あるいは“ヒメミコ”を「卑弥呼」などと音写するからだ。「鮮卑」もまた、ひどい意図的音写である。『新編東洋史辞典』が出どころだそうだが、鮮卑の原音はバックルを意味するモンゴル語の「serbe」であろうという。「セルベ」である。

このセルベが漢民族の陳を滅ぼしてチャイナ全土を手に入れたことを、教科書は何と書いているか。この本で参考にしている野とは違う東京書籍の『世界史B』の文章を紹介する。
『581年、北周の外戚楊堅は、禅譲の形式で隋王朝を建て、長安に大興城を築いた。589年には南朝の陳を滅ぼし、ここに秦漢帝国以来の中華帝国が再建された』
やはり、それまでのチャイナの滅亡を、“中華帝国の再建”と呼んでいる。




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『首都圏近郊:出雲系神社探索ガイド』 出川通

まえがきによれば、出雲の神様が、ブームなんだそうですね。・・・ちょっと、聞いたことないけど。・・・式年祭が行われて、参拝客が増えたという話は聞いたけど、そのことか?・・・どうやらその模様。

そこで、本書の登場。著者が書いている。『出雲と関東には共通性を感じる』と。そして、『「関東を含めた東の国の歴史」が、出雲のもつ「土着の神さま、国津系の神さま」の歴史の底流と重なってくるストーリーを感じる』と。

「それは、同じものに対して起こったことであって、出雲と関東では、時間差を持って発生しているに過ぎない」ということはないだろうか。つまり、この東国も、もともと大国主命の治める“葦原中津国”の一部だったんじゃんかいか。

この本で語られるとうり、そう思えるほどに、東国は出雲系の神社で満ちている。

こうなったら、それらを巡りながら、“葦原中津国”がいかなる国であったのか。思いを馳せてみるのもいい。・・・夏休みの課題研究として、9月に学校に提出しようか。



言視社  ¥ 1,728

なぜ東日本に「出雲系」の神々が、これほどたくさん鎮座しているのか。由来を探りながらの歴史散歩
第1章  出雲の神々は東国に多数鎮座する
第2章  関東・首都圏の出雲系神社の概要
第3章  首都圏における各県別出雲系の主要神社紹介
第4章  関東圏における出雲系主要神社
第5章  関東に近い中部圏の出雲系神々の一部の神社紹介
コラム  大国主命の凄さ 神々のルーツと神社の成り立ち 他


出雲系の神といえば、まずは、“大国主命”だけど、やたらと別名が多い。おそらく、統合が進むたびに、地域の神や王の性質を受け継いだのか。あるいは、代表したのか。大穴牟遅(オオナムジ)、大穴持(オオアナモチ)、大己貴(オホナムチ)を、本書は“大きな穴”と見るのはいいが、鉱山の守護神と言っている。大国主が明らかに代表者を務める名前だから、性質を物語るのはこの名前になる。最高神が“鉱山”と言うのはどうもね。大きな穴は“噴火口”のことを言うのであって、地震やマグマといった、火山に関わる畏怖の対象の総体をあらわす神ではなかったか。

八千矛は武力の象徴で武神としての性格。葦原醜男(アシハラシコオ)も、野性的で力強い男を表し、武の神。大物主は、大きな力を持つ高い霊格をあらわす名前。“もの”は人知の及ばない力。大国魂、顕国玉、宇都志国玉は、国土の霊魂をあらわす。

大国主の子供として、まずは事代主。“事”は神事、“代”は依代、その主だから、第一人者。つまり、神を祀る側の第一人者が神格化されたもの。つまり神格化された王ということだ。大国主は、国を譲る判断を事代主に任せている。つまり、大国主を祀る王が、国譲りを判断したということだ。
もう一人の子供が、建御名方。建御名方って言うのも変な名前で、「建き御名の方」だって。「すごい名前の人」って意味。これはすごい。匿名希望の人なんですね。なぜかって、名前言ったら、みんな分かっちゃうからでしょ。この辺の話を書いてくれたのが、この本。ぜひ読んでみて。

あとは、スサノオと、大国主の妻たち。妻たちの中でも、奇稲田姫が圧倒的らしんだけどね。

これらの中で、一番多いのがスサノオ関連の神社。それに続くのが建御名方ってのも、不思議だな。なにしろ建御名方は、武御雷にこてんぱんに破れて、命乞いをして諏訪大社におさまるじゃないですか。ちょっと情けないにも程があるよね。この本は、その前後の猛々しさを強調するけど、“命乞い”は多い隠せない。多い隠せないくらいに情けない。

この、建き御名の方を、無理に陥れている印象がある。それに、事代主が国を譲ってお隠れになっている後のことなので、建御名方を貶めるために書かれた逸話と考えるほうが自然。出雲神話が書かれた当時、そんなにも貶めたい“建御名方”って、一体誰でしょう。

話が、この本の紹介からずれちゃった。・・・ごめんね。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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