めんどくせぇことばかり 2017年09月
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『素敵な日本人』 東野圭吾

『素敵な日本人』という題名で買いました。社会性の高いものかと思ったら、短編の“読み物”だったんで後回しにしていたら、ずいぶんと時間が経過してしまった。とりあえず、一話読んでみたら、そのまま手放せなくなって読み切りました。あとで後悔したんだけど、毎晩寝る前に一話ずつ読んで、長持ちさせればよかった。

最初の、『正月の決意』の、スッ転んで、転んだまま「痛てて」って顔を上げてみたら、とてもきれいな花を見つけたみたいな結末に快感を覚え、同じ快感を期待して次の『十年目のバレンタインデー』を読んだ。期待は裏切られ、満たされたのは復讐欲だった。

なにが出てくるかわからない。何気ない話を読んでいるようでも、どこかで展開を変えられるかもしれないから、油断できない。まるで暗闇を手探りで進むときに、暗い壁に延ばした手を、仮に誰かが触っても絶望しないよう胆に銘じるように、読み進んだ。

東野圭吾さんの書いたものを読んだのは、初めて。ずいぶん売れてる作家さんなのにね。そういえば、息子たちはよく読んでいた。原作が映画になって、子どもに進められて面白く見たものもあった。

こういう“おはなし”が書ける人だったんですね。


『素敵な日本人』    東野圭吾

光文社  ¥ 1,404

意外性と機知に富み、四季折々の風物を織り込んだ、極上の九編。読書の愉楽を、存分にどうぞ
正月の決意
十年目のバレンタインデー
今夜は一人で雛祭り
君の瞳に乾杯
レンタルベビー
壊れた時計
サファイアの奇跡
クリスマスミステリ
水晶の数珠


28日の朝、関東南岸を舐めるように東へ進んだ豪雨のあと、涼しい風が入ってきた。“暑さ寒さの彼岸まで”とはよく言ったもので、肌に心地よい、本格的な秋の始まりを感じる。

4月に出たこの本。偶然ながら読むのが遅れ、こんな気候の中で読めたのは、運が良かった。出版された当初の新緑の季節ならまだしも、ジメジメした梅雨時だの、うだるような暑さだの、そんな高い湿度の中で読むような本じゃない。

小気味よく転がされ、カラっと騙されるなら、やっぱり空気は乾いていた方がいい。

他にどんだけ読まなければならない本を抱えていても、短編ならば、気分転換にもなる。でも、まあ、読み始めれば、そんなわけにはいかないな。もう一度、転がされたい。騙されたい。そんな気持ちをおさえて秋の夜長を過ごすなんて、私にできる技じゃない。

そういえばこの本、なにが“素敵な日本人”なんだ。




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葬式『仏教って何ですか』 池上彰

私の生家は、臨済宗だったな。お寺は秩父34か所観音霊場の一つ、万松山円融寺というお寺。住職をめぐり檀家が二つに割れるいざこざがあり、結果的に檀家が住職を放逐する騒ぎがあったそうで、私が子供の時分から、長く住職がいない寺になっていた。なんかの時には、同じ臨済宗の金仙寺の住職にお経をあげてもらった。

家族の死を初めて体験したのは21の時、祖父が亡くなったときだった。恵まれた方だろう。そこから、祖母、母は9年、5年くらいの間隔で亡くなった。父が亡くなったのは46の時か。実際には、それなりに間が空いているはずなのに今思うと、祖父が亡くなってから、続けざまで、葬式ばっかりやっていたような気がする。

母の時までは、家で葬式を出した。あの時は、暑い夏だった。喪服の中を汗が流れてたもんな。金仙寺の坊主が「ビールがぬるい」とか言い出しやがって、頭に来たのを覚えている。

うちの方では、坊主がお経をあげている間、親族の男は頭に白い△をつける。お化けが出てくるときにつけてるやつだな。秩父の外から参列してくれた人は、びっくりしているよ。それから、お通夜に参列してくれた人への振る舞いや、葬儀の後の直会は、完璧な飲み会になる。坊主も、喪主も飲む。まかり間違えば、何人ひっくり返るかって感じになりかねない。

私にとっては、それは紛れもない仏教の姿だった。



飛鳥新社  ¥ 600

誕生、伝来から、葬式や戒名の意味、新興宗教まで。仏教にまつわる疑問に池上 彰が答える

第一章  仏教って何ですか
第二章  仏教発祥の地インドへ 
        ダライ・ラマ14世との対談
第三章  仏教で人は救われるのか
        日本人にとって仏教徒は

ブッダは、悟りを開いた。生老病死の苦しみがどこからきているのかをつきとめ、その原因である煩悩をすべて消し去り、一切の苦しみから解放された。輪廻転生の繰り返しから解き放たれ、二度と生まれることのない涅槃寂静の世界に入った。
どうすれば、ブッダと同じ高みに至ることができるか。それが仏教の教えであり、修行であった。

それは当時のインドの人々の求めるものであり、それに答えたからこそ、仏教は広まった。ただ、人が変わり、時が移って人々の求めるものは変わり、それにこたえる仏教の教えも生まれた。一神教ならば、神の教えを変えることは難しかったろうが、ブッダは人である。のちの人々は、ブッダならこう考えるであろうことを類推し、教えに組み入れた。

ブッダの教えは本来、生きる人が悟りに行きつくためのものであり、葬式には関係ない。それが葬式と結びついたのは、チャイナでのことであったらしい。やはり、儒教に由来する先祖供養の思いが強いからね。仏教の僧侶が先祖供養に関わったらしい。仏壇に供える位牌も、本来、儒教の習慣に由来するんだという。

平安時代、庶民の間では、河原や海岸、林の中に遺体を捨てることが一般的だったという。自然に返す、インドのやり方に近い。やがて、河原に捨てるにしても、供物を施すようになり、死者の送り出しに僧侶が関わるようになっていく。

鎌倉仏教を生み出した法然、親鸞、日蓮、道元といった僧侶たちは、仏教が国家に奉仕した時代にあってはドロップアウト組。どうしても国家よりも、庶民に目を向けるようになる。その庶民は、僧侶たちに葬儀を望むんでいた。

当時、大流行していた浄土信仰によれば、「南無阿弥陀仏」と唱えれば浄土に行ける。成仏できる。それに加えて僧侶がきちんと葬式をしてくれれば、より確実に成仏できる。庶民は、葬式に最後の救いを求めたんだな。

母の葬式の時、父が母の顔にささやいてた。「先にいいところに行ってろいな」って。

そうして、葬式を出して送り出してもらえらば、万々歳で成仏していくわけだ。葬式仏教の何が悪い。よかったよかったって、酒を飲んで何が悪い。




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パンダ外交

JIJI.COM 2017/09/25
パンダは友好の使者=中国外務省
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017092501117&g=int
(全文)
【北京時事】中国外務省の陸慷報道局長は25日の記者会見で、上野動物園で生まれた雌のジャイアントパンダが「シャンシャン(香香)」と命名されたことに関し、「パンダは中国の国宝で、中国と他国民の間で友好の使者となっている。パンダがこうした好ましい役割を果たしているのは喜ばしい」と述べた。
2012年に、ジャニーズ事務所が立ち上げたプロジェクトに《Marching J》というのがあった。マッチが代表を務めるプロジェクトで、仙台市・八木山動物公園にジャイアントパンダを誘致し、四川大地震で被災した遺児らのために奨学金を支援するというものだった。

2012年のタイミングで、「なんで東北じゃなくて四川なんだよ」とか、「被災地東北の子の払った入場料が四川に贈られるのか」とか、いろいろと意見が飛んだ。

いずれにせよ、この話は、いつの間にか立ち消えになった。

《東北にパンダを》というのは、ジャニーズルートの話だけじゃなく、他にもあったらしい。復興支援という看板で温家宝が乗り気になって声をかけてきたものらしいから、かなり角度の高いものだったらしい。ジャニーズのプロジェクトがそれに乗っかったってことか。立ち消えになったのは尖閣国有化とそれに対するチャイナの反発であったらしい。
パンダは、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する。[Wikipediaより]

本来のパンダ生息地域は、その多くが支那が侵略したチベットです。支那は、そのパンダをチャイナは国宝に指定し、長年積極的に外交に利用してきた。

北京オリンピックの聖火リレーでチベット独立を訴える行為に対し、共産党政府および各国のチャイナ系住民のとった無法行為は遠い記憶ではない。しかし、深刻な不況にあえぐ先進諸国は、共産党政権による局部肥大症的、冬虫夏草的運営により成長を続けるチャイナ経済に依存する状況で、チベット、東トルキスタン、内モンゴル侵略や人権侵害を非難する声は湿りがちだ。悲劇的な戦いを続けるチベットでは、僧侶たちの焼身自殺が相次ぐ状況にまでなっている。彼らをも共産党政権及びチャイニーズはテロリストと呼ぶのか。

「パンダが来れば、子供たちが喜ぶ。」
「パンダ可愛いよね~。」
「パンダが来ればお客さんが増える。」
「絶大な経済効果が望める。」

勘弁して下さい。 ・・・パンダ、いらない。
これ、ずいぶん前、そう、ジャニーズのプロジェクトの頃に書いた記事をもとにしたもの。

上野で生まれたパンダの子供の名前はシャンシャンか。私にはどうでもいいことだけど、小池知事は、命名の発表をわざわざ安倍首相の国会解散答弁にぶつけたのかな。だとしたら、ここでもパンダの政治利用だな。パンダってのは、すごい使い出があるんだね。




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ジャンル : 政治・経済

国連のリベラル『「歴史戦」はオンナの闘い』 川添恵子 杉田水脈

国連と言えば、「弱者にやさしい中立の国際機関」と捉える日本人が多い。日本だけじゃない。世界的な傾向だ。それだけに、利用価値も高い。

どうも、国連や、それに付属、または類する国際機関が胡散臭い。ここ数年で、ようやくそれに気づき始めた。「遅すぎる❢」って、この本のお二人に怒られそうなので、小さな声で言っておこう。

それにしても、この本で読んでみて、「ここまでひどいとは・・・」と、驚いた。

2015年10月の、ユネスコによる世界記憶遺産に、チャイナが申請した《南京事件関連資料11点》が登録されたのには本当にびっくりした。私なんかの感覚では、「チャイナの取って付けた嘘を、日本側の地道な反論で追い詰めつつある」くらいにとらえていたのだが、とんでもない話だった。いや、驚いた。追い詰められているのは、明らかに日本の方だったんだからね。

ユネスコに続いては女子差別撤廃委員会。1979年に女子差別撤廃条約が国連総会で採択され、以来、批准国に対して女子差別撤廃委員会が監視機関としての機能をはたしてきた。日本が批准したのは1985年のことだという。

その後、日本はなぜか、女子差別の激しい国のように言われるようになった。・・・?いったいなぜなのか。日本の夫人方が、そんなに差別されているようには見えないし、どちらかと言えば生き生きと生活しているのは女性の方でしょ。

そんななか、日本は女子に対する差別のひどい国だと歌えている団体がある。・・・え?韓国?チャイナ?・・・違うんだな、これが。日本の団体なんだな。《日弁連、新日本婦人の会、NPO法人ヒューマンライツ・ナウなど、約50の団体や、個人からなる日本女性差別撤廃条約NGOネットワークなど、左派系の団体や組織が委員会に参加し、日本人の多くの女性が感じていないはずの、なにより現状とは明らかに乖離した様々な発言を重ねて》いるらしいんだ。

知らないところで、いろいろなことが行われてるんだな。日頃、懸命に働いて家族を支え、ひいては社会の役に立ってるつもりでいても、そんなところで足を引っ張られてるんだな。・・・そんなに働いているかって? ここんところ、偉いもんだよ。



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オンナたちの策動により日本は不当なレッテルを張られてきた。もう、黙っていられない

第1章 国連の闇—なぜ“国際機関”で反日勢力が跳梁跋扈するのか
第2章 中国が仕掛ける「歴史戦」—アメリカを舞台に加速する“新・国共合作”
第3章 「慰安婦問題」の拡散を止めよ—オンナを使った錬金術を、私たちは放っておけない!
第4章 「法治」国家ならぬ“放置”国家!?—地方公務員時代に実感した我が国の病
第5章 “草男”“絶食系男子”が多すぎる—リスクをとれない日本人
第6章 中国の野望—「歴史戦」の目的は“日本の属国化”にほかならない


だいたい、“朝鮮人慰安婦”を問題化して国連に訴えたのも韓国人じゃなくて日本人、《sex slave》なんて言い出したのも日本人で、戸塚悦郎という弁護士だそうだ。

クマラスワミ報告書なんて、土台、報告者自身に問題があるんだろう。だから別にびっくりもしないけど・・・。その報告書の根拠は吉田清治の証言だったわけで、その大半が嘘と創作だったことは掲載した朝日新聞事態が認めているところとなった。だから、日本政府は2014年に、クマラスワミさんに報告書の訂正を求めた。でも、クマラスワミさんは訂正しない。日本人のとあるグループが、クマラスワミさんのところに日参して、報告書を訂正しないようにお願いしたんだそうだ。とは言っても、訂正しないのはクマラスワミさんなんだけどね。

翁長雄志沖縄県知事は、ジュネーブの国連人権理事会で演説し、「沖縄の自己決定権がないがしろにされている」と、へのこの状況を訴えたんだそうだ。「沖縄県民は差別されている」ってね。直後に、沖縄在住の我那覇真子さんが、「沖縄県民は差別など受けていない」とカウンター・スピーチを行ったそうだけど・・・。

翁長知事はその時、自己決定権っていう意味合いで《セルフ・ディターミネーション》という言葉を使ったんだそうだ。これって、“植民地支配下における権利”と言う場合に使う言葉らしい。聞いた人間によっては、沖縄は“植民地支配”を受けていると・・・。

そうそう、先に書いた国連女子差別撤廃委員会なんだけど、2016年3月にまとめられた日本に関する最終見解案に、「皇室典範の改正」を求める勧告が盛り込まれた。日本側からの抗議で皇室典範に関わる記述は消えたが、皇位継承権が女子に認められていないことへの懸念が表明され、女系女子にも皇位継承が可能になるよう勧告されたんだという。

男系継承は女性差別という最終案をまとめたのは副委員長の鄒暁巧。彼女は中華全国婦人連合会国際連絡部部長という肩書の人物。中国共産党女性幹部の組織ですね。中国共産党の意向を受けたのが女子差別撤廃委員会の会長さん。会長を務めるのが、日本人弁護士の林陽子さん。この人物は松井やよりさんの後継者で福島瑞穂さんの仲良しだそうだ。日本は、・・・私たちの知らないところで売られてますね。




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『深夜食堂16』 安倍夜郎

ずい分前にでてたんだな。17巻を読んで、16巻を置き去りにしてたことに気がついたんだけど、そんなどこじゃない、18巻も出てた。まあ、いいや。しょせんは深夜食堂だ。

《第218夜 カップ焼きそば》は、ちょうどあの時期だな。そうそう、ペヤングね。異物混入だっけ。まったくね。うちの方に有名な中華料理屋があって、安くて、早くて、そこそこ上手くて人気の店なんだけど、ゴキブリが入ってたよ。もちろん、変えてもらって食って帰った。その時は、代金も受け取らなかったな。その話をその当時の同僚にしてみたら、「・・・実は私も・・・」だってさ。大半は、気にしちゃいないんじゃないかな。火を通せば、大丈夫、・・・とかね。

ペヤングがまた店に並んだときは、うれしかったな。もちろん、その日の夕食には、おかずの一つにペヤングが加わった。考えてみれば、人の思い出の味覚の一つに食い込んでるんだから、ペヤングってのもすごいもんだな。



小学館  ¥ 823

営業時間は夜の12時から朝7時まで できるもんなら、何でも作るよ
第212夜 焼きとうもろこし
第213夜 カレイの煮付け
第214夜 小梅
第215夜 タコの唐揚げ
第216夜 谷中しょうが
第217夜 アジフライ
第218夜 カップ焼きそば
第219夜 スタミナ丼
第220夜 冷凍みかん
第221夜 ピリ辛こんにゃく
第222夜 紙かつ
第223夜 なすの田楽
第224夜 とん平焼き
第225夜 大学芋
箸休め  

《第220夜 冷凍みかん》の歯科助手のアヤカさん。いるんだよな。こういう蜘蛛の巣で男を絡め取るような女。何人もの男が引っかかって、引っかかった男は後悔しながら距離をおいていった。深入りして、ぼろぼろになって、そこから人生を立て直したのは、よほどの思いの上でのことだね。

女の方はと言えば、大抵はケロッとしたもんだな。それはそうで、女にしてみれば、彼女なりにその時その時を懸命に生きてるに過ぎないんだよね。

ここでは、アヤカさんに男を寝取られたジュンちゃんの側から書かれてる。そりゃそうだ。アヤアさんの側からじゃ、あんまりにも書きにくい。

でも、深夜食堂なら、きっと書けるな。

いとこがこの春に死んで、兄と一緒に新盆に行って、叔父叔母と久しぶりにのんびり話をした。叔父叔母も、昔の話ができる相手はうれしいらしく、いろいろな話をしてくれた。

父や母の若い時分の話も聞いた。母は有名な才女だったそうだ。だけど父には、母と会う前に、生木を裂くように別れさせられた女がいたという話を聞いた。まあ、お定まりと言えばお定まり。いずれ、ふさわしい時があれば書くけど、とにかく、私は父や母の波乱万丈の青春時代の果にこの世に生を受けたらしい。

その父や母は、だいぶ前に向こうに行った。だからこそ、叔父叔母も話してくれたんだろう。生きていくってのは大変だけど、面白い。「もう一丁いく~」ってわけには行かないけどね。



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『異人たちが見た日本史』 内藤孝宏

《マルコ・ポーロ》
チパングは東海にある大きな島で、大陸から2400キロの距離にある。住民は色が白く、文化的で、物質に恵まれている。偶像を崇拝し、どこにも属せず、独立している。黄金は無尽蔵にあるが、国王は輸出を禁じている。しかも大陸から非常に遠いので、商人もこの国をあまり訪れず、そのため黄金が想像できぬほど豊富なのだ。

《ウィリアム・アダムス》
この日本は一大島国にして、北緯四十八度にあり、地形は東北より西南に延び、二百二十リーグ(里)にわたります。日本島の住民は、性質温良にして礼儀を重んずること甚だしく、戦いに鑑みては勇敢、国法は厳かにして、これを犯した者は仮借なく罰せられます。今や国内は平和です。内政の行き届いていること、他国と比べ物にならないほどです。 (1611)

《オランダ商館長 フランソワ・カロン 1619年来日》
数人で一つの悪事を犯し、その一人が捕縛せられた場合、彼は自分の仲間に迷惑をかけるよりも寧ろ死の苦痛を受く。苦痛がいかに強くまた恐ろしくとも、決して白状せず、その苦痛から終に死んでしまう。彼はかくの如き信仰を有し、これを破って近親者を死に陥れるは、名誉を傷つくるものとし、一大決心を以て自己の被る種々の苦痛に対し、郷上と頑固を守り通すのだ。

勘定は正確で、売買を記帳し、一切が整然として明白である。彼らの計算は細い棒の上に丸い小玉を刺した板の上で行われる。加減乗除比例まで整数分数ともにでき、そうしてオランダにおけるよりも、また速算家でない尋常のオランダ人が計算するよりも、一層迅速正確である。



洋泉社  ¥ 時価

ユニークだとされる日本人の気質、宗教観、自然観など浮き彫りする、もう一つの日本史。
【PART1】『中世に来日した外国人─宣教師と商人の時代』
フランシスコ・ザビエル(スペイン)が見た日本
フランシスコ・カブラル(ポルトガル)が見た日本
アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(イタリア)が見た日本
アビラ・ヒロン(スペイン)が見た日本
【PART2】『江戸前期に来日した外国人─朱印船とオランダ商館の時代』
ウィリアム・アダムズ(イギリス)が見た日本
ジョン・セーリス(イギリス)が見た日本
フランソワ・カロン(オランダ)が見た日本
【PART3】『江戸後期に来日した外国人─研究者と侵略者の時代』
エンゲルベルト・ケンペル(ドイツ)が見た日本
ヴァーシリー・ゴローニン(ロシア)が見た日本
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(ドイツ)が見た日本
マシュー・ペリー(アメリカ)、が見た日本


《シーボルトからペリーにあてた書簡》
願わくば堪忍の尾を絶つなかれ。日本政府の異議を静かに聞き入れよ。しかして、断固として、アメリカは日本の現宗教と政治とを乱さんとせざるものなることを声明せざるべからず。アメリカはそれらのものに抵触せず、平和なる協商によりて通商条約を結ぶことを主張せよ。おそらく提案は聴かざらんも、ペリー提督よ、願わくば日本の善良にして誠実無智なる人民に対して敵対的示威をなすなかれ。
シーボルトは、日本社会を高く評価していた。日本人の能力の高さもおそらく正当に認識し、西洋の進んだ諸学に触れて、それが本格的に開花する前に潰されてしまうことを恐れた。

19世紀、西洋諸国は実際に、幾つもの民族を潰した。そのほとんどは、西洋文明を理解することもできず、その姿勢さえ示すことなく潰れていった。しかし、日本は違う。日本が違うことを、シーボルトは体感していた。ヨーロッパ諸国に蹂躙されるアフリカの諸民族のように、イギリスのほしいままにされる南アジア諸地域のように、日本民族の高い潜在能力を失うことを、シーボルトは心の底から恐れたのだろう。

追放処分となったものの、日蘭修好通称条約が締結され、追放も解除されて、シーボルトは1859年に再来日を果たしている。その後の活動においても、シーボルトの功績は、日本に関わる認識を西洋に広めたことに尽きる。数多くの収集品を西洋に持ち帰り、日本のことを伝えた。

ドイツに帰ったシーボルトは、日本から持ち帰ったあじさいを庭に植え、日本の日々を偲んだという。




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『名字でわかるあなたのルーツ』 森岡浩

NHKの番組《人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ! 》が面白くて、よく見てる。姓氏研究家の著者は、その番組のレギュラーでもある。著者ら研究者のお陰で、“おまなえ”は、確実に歴史をたどる一つの強力な視点になってるんだな。名前は時空を超えて現れる。場所を超えて現れる。時間を超えて現れる。つまり、それを追うことで、人の動きがわかる。いつ頃動いたかがわかる。

おもしろい。おもしろすぎる。

ネタバレになるけど、面白さを伝えるために、展開の一つを紹介する。これは、日本人の名字が地名からつけられていることが多いということで、その地名はどんないわれでつけられたかを明らかにした部分。
平野の少ない日本では、山の中腹まで開墾することが多く、ここに住んだのが「山中」や「山内」。通常は田よりも高いところに住んで「田上」。棚田の場合はその下に住んで「田下」。山の麓には道が通り薪を撮るのに便利で水も得やすいので多くの人が住んだ。「山下」、「山本」、関西では「山根」が多い。山の稜線の張り出したところが「山崎」で、神社がある「崎」は「宮崎」、寺なら「寺崎」となる。この「崎」がそのまま海に落ち込んでいれば「岬」。

道が山を越える一番高いところが「峠」で、中国地方では「田尾・垰」。山を越えるにしても、鳥が山を超えるところが「鳥越」。道が交差するところが「辻」。農民の集落を「村」。商人の集落を「町」。漁村は「浦」とも呼ばれ、村は「郷」とも呼んだ。

川は山間部の細い流れのところでは「沢」。“そのあたり”という意味で「沢辺」、「沢部」と書いても意味は同じ。さらに上流では「滝」が多く、「滝川」や「滝沢」の名字が多い。その下に住むものが多いので「滝下」、「滝本」は多いが、滝上に済むものはあまり多くない。
・・・こんな調子なんだ。面白いでしょ。


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NHK《人名探求バラエティー 日本人のおなまえっ!》コメンテーターがおくる“ご先祖様の真実”
序章 名字のルーツを探る
第1章  由来でさぐるルーツ
第2章  先祖でさぐるルーツ
第3章  分布でさぐるルーツ
第4章  ルーツ探しの彼方に
韓国は5000万人今日の人口に対して、名字の数は300程だそうだ。チャイナはというと、漢民族だけで10億もいるのに、名字の数は数千だそうだ。日本の名字はどれくらいだと思う。・・・・・・・・

1億3000万弱の人口に対して、10万種類以上の名字があるんだそうだ。

名字から自分のルーツを知ろうとしたときに、この10万種類というのはどうだろうか。数は多いけど、特定しやすいというところもあるよね。ルーツ調べの方法も書かれている。

まずは図書館で姓氏辞典のたぐいを調べる。有名な名字なら、出自、発祥地が明らかになり、場合によっては系図も明らかになる。ここで注意したのは、出自、発祥地、系図が明らかにされている名字は、大名・旗本・公家・神官などの著名な一族。江戸時代の武士や公家は人口の1割。著名な一族はこの1割の内と考えればいい。


残り9割の場合どうするか。一つには、下から調べる方法。自分を起点として両親、その両親と歴史をさかのぼる。もう一つは、上から調べる方法。自分の名字がいつどこで生まれたかを調べ、そこから一族がどのような歴史をたどったかを調べる。一族の系統が多すぎると手に負えないが、それほどでもなければ調べられる。

まずは地名調査から。それが終わったら、分布を調べる。それなりの本もあるそうだし、電話帳も活用できるそうだ。自分の名字のもとになった地名と名字の分布を検討する。両方の一致と名前の分布の規模から名前のルーツを類推し、地元の郷土史を当たってみる。

私の名字の起こりは栃木県。新田氏の流れの中に、この名字が見受けられる。それが、なにがどうして埼玉県の山奥に移り住んだことやら。

・・・あと数年で定年。そしたら本腰を入れてみるかな。




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『武器としての経済学』 大前研一

経済の話は苦手だな。なにしろ学生時代に胸をときめかせながら勉強したのは、ソ連の崩壊とともにとどめを刺された“マル経”って言う年代物ですから。この間、30歳位のやつに話してみたけど、“マル経”なんて、なんのことだかわからなかったみたいよ。

大学はその手の学生の巣窟で、自治館の運営の中核は、それにふさわしい名称を持った団体の方々が取り仕切っていた。なにかとその自治館を間借りしている立場で、あの飛行場が気に食わないとか、あの港に気に入らない船がやってくるとかで、駆り出されることもあった。

学生に比べれば遥かに良識をお持ちの先生方も、ハウス“キン経”チキンカレーに対抗する立場で、世のくつがえる時を待ちわびる、どこか《魔太郎がくる!》を思わせる方々。最後の審判のあとは、あちら側で美味しい思いができると信じていたんでしょう。

そのお立場はソ連崩壊で砕け散り、哀れな余生を送るしかないという運命だったはず。ところがどっこい、多くの方々は、“進歩主義”であるとか、“リベラル”であるとか、なんだか昔よりもスマートな装いで、いぜんとして「先生」と呼ばれる毎日を送っている。

「そのしぶとさはゴキブリ以上」なんて言い方はちょっとひどいと思うけど、たしかにそのしぶとさは見事なほど。そういうのが目につくからこそ、日本人は“潔さ”を尊ぶんだろうな。



小学館  ¥ 1,512

経営コンサルタントの大前研一が、25の視点から「武器として使える経済学」を指南する

第1部  新聞ではわからない「株価と為替と景気」の新常識
「円」の強さ―円安と円高、結局、どちらのほうが日本にとってよいのか
物価―日本は将来、インフレになるのか。それにどう備えるべきか
株価―なぜ日銀とGPIFが株を“爆買い”しているのに株価が上がらないのか
ほか
第2部  新しい「日本経済」と「世界経済」への視点
チャイナリスク―中国経済は、いつ、何がきっかけで崩壊するのか
日米貿易の行方―トランプが求める「二国間協議」にはどう対峙すべきか
自国第一主義―トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」はアメリカの貧困層を救えるのか
ほか
第3部  「2020年」のための成長戦略
新たなビジネス―「高齢化」と「少子化」社会で、どんなビジネスを見いだすべきか
観光産業―外国人観光客「3000万人時代」に向けて日本は何をすべきか
残業問題―「月60時間」の残業規制は働き方・仕事をどう変えるか
ほか


高校生や大学生にとって、就職に夢をかけられないというのは、大変な悲劇だ。その大変悲劇的な状況が、けっこう長い間続いた。“長く続いた”ってことがまた、日本の悲劇だった。それが目に見えて上向いたのは4年前だ。今年は今まで以上の売り手市場で、高校生も大学生も、これまで夢見た将来像をそのまま就職活動の上に乗せているだろう。

そのやり方は、いくらでも文句をつける余地があるだろうが、これがアベノミクスの成果であることは疑いない。

そのあたり、大前さんの問題提起は、「そこまで就職の状況が良いのに、景気が良くならないか」という点に向けられる。

若い頃に心酔したマルクス経済理論は、ソ連の崩壊で完全に葬り去られた。「マルクス経済理論にも見るべき点がある」という人もいるが、それが論理展開のことを言うのであれば他にいくらでもあるし、弱者の視点であるなら、残念ながらその出発点には“歪み”がある。だいたい、戦後の世界において、マルクス経済理論に出る幕はなかったのだ。

経済政策の基盤は、ケインズ経済学にあった。だけど、大前さんは、「もはや、ケインズ的な経済学はおわった」と言い放つのだ。当然のように、ケインズ経済理論を土台に組み立てられたアベノミクスは、大前さんの攻撃の対象となる。

だけど、安倍政権の高支持率は、「経済は上向いている」という庶民の感覚に支えられている。私もそうだが、息子の就職の時期にあたり、アベノミクスの実効性は実感している。ただし、言葉のとおりに進んでいない実情に、支持と同じくらいに大きな不安を感じながらではあるが

大前さんの話には、理屈の上で唸らされる部分が多いんだ。アベノミクスに感じる不安を、大前さんはしっかりとついている。ケインズ的政策を土台とするアベノミクスに対する強い警鐘となるだろう。

決して暗い話ばかりが書かれているんじゃない。経済のことは、アベノミクスにおまかせ、大前さんにおまかせじゃなくて、良質な報道をしっかり抑えていくことでしょうね。




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『調理の新常識』 浜内千波

ずいぶん前から、みそ汁は私が作ってる。私は本来、ごたごたといろいろなものが入ってるみそ汁が好きで、まあ、一種類だけの具のみそ汁というのはめったにない。例外は、じゃがいものみそ汁と、大根のみそ汁と、ねぎのみそ汁、玉ねぎのみそ汁、・・・なんだか考えてみるとたくさんある。まあ、その日の気分によって、単品の香りを楽しみたいこともあるよね。忘れちゃいけない、新玉ねぎのみそ汁。

子どものころから、大根のみそ汁は好きだな。じゃがいもとねぎのみそ汁も好きだ。そういう朝は、その香りにつられて起きだした。

最近発見したのは、連れ合いの好み。私は水準以上なら、なんでも“死ぬほどうまい”と感じる方で、連れ合いの作るものは大抵“死ぬほどうまい”。毎日、あまりの感動に、それを口に出す。基本的に、男はそれを口に出すもので、女はそれを言われる側だ。言われる側の連れ合いは、うまい、まずいを口にするのが存外下手で、わざとらしい。慣れてないのもあるんだろう。

そんな連れ合いが、ごくまれに、とても自然に、“おいしい”って口にすることがある。ポーカーフェイスの苦手な私は、平静を装いながらも口元をひくひくさせつつ、内心ガッツポーズ。

最近、みそ汁で、それがあった。連れ合いの両親は東京の下町育ちで、戦争では焼けただれた死体を踏んで逃げ惑った口。何かにつけ、ごたごたした田舎くさい料理は嫌いな方。みそ汁も、イモならイモ、ねぎならねぎ、って感じかな。そんな育ちの連れ合いが気に入ったのが、単品のみそ汁の出来上がりに、溶き卵を回しいれたもの。

この間は、大根のみそ汁に溶き卵。みそを入れて、煮えはなに溶き卵を入れたら、火を止めて、ふた。ポイントはそこだけ。

これが「おいしい」を引き出した。そういえば、亡くなった義母が義父に作ってたのは、みそだけのみそ汁に、たまごを溶かないまま割落としたみそ汁。私には奇異に映ったが、義母は義父のためだけに、よくそれを作ってた。おそらく、連れ合いも、それを食べていたんだろう。


『調理の新常識』    浜内千波

主婦と生活社  ¥ 1,404

家庭料理を研究して40年。実験や検証を重ねてたどり着いた驚きのコツを一挙公開
1章  野菜の新常識
2章  肉の新常識
3章  魚介の新常識
4章  卵・加工品の新常識
[料理のきほん]

料理番組はよく見る。それを見て参考にすることもあるし、そうでなくても、料理をしている様子ってのが好きなんだな。最近の料理番組の特徴は、“手軽さ”かな。もとから腹がへってから、その時あるものを使って料理をして空腹を満たすというパターンの私だから、“手軽さ”を売りにする最近の料理番組の風潮は歓迎している。だけど、それに走ると、毎食インスタントラーメンになってしまう。だから、美味しく食べて、身体に良くて、それでいて出来る限り“お手軽”ってのがいいな。

どんだけ“手軽さ”を求めても、“食材を活かす”って言う部分は絶対欠かせないよね。食材を活かすための、その食材に対する認識も、最近、だいぶ変わってきてる。

“めんどくさい”ということもあるんだけど、大根の皮なんか向かないよ。にんじんも、ごぼうも、リンゴだってそのまま食う。まあ、本質的にはそんなんだけど、連れ合いは違う。都会の人間だからね、連れ合いは・・・。大根の皮なんて、ずいぶんと厚くむくんだ。そういうものだったらしいんだ。少し前まではね。だから、台所では、私は連れ合いに合わせてた。・・・その目が届いている間はね。

でも最近は、「皮の下に栄養と美味しさがある」とかって言われるようになってきた。それに、農薬や、その使い方の変化もあるみたいで、料理番組でもずいぶん変わってきた。「山芋は皮ごとすりおろして・・・」なんてみんな言うようになった来たしね。

土井善晴先生なんかも、ずいぶん変わったね。この間見た料理番組で、この先生が、かぼちゃを種やわたごと調理しているのにはびっくりした。変わってきたのは、いいことだと思う。たしかに、以前は認識が違ったんだし、新しい認識のもとに新たしい調理法が登場するのは、むしろ当然。

土井善晴先生の、連れ合いに対する栄養力は絶大で、実は昨夜、このかぼちゃを食べた。実際、うまかった。

とどめは浜内千波先生。浜内先生は、しばらく前まで、だいぶふくよかな体格をしてらしたけど、ずいぶんとお痩せになって、ダイエット本まで出されたとか。体の変化とともに、おそらく人生の大波小波を乗り越えて、今の先生があるんだろうと思う。

そう感じるのは、今の浜内先生の、研究と検証でたどり着いた調理法を広めるために、脇目も振らないその様子。料理番組でご覧になってください。歌ってるし、踊ってる。・・・針は振り切れている。

ほんの数ページ、ペラペラって見てもらえばわかります。おそらくあなたのお台所のからわらに、この本は有用です。
さて、今度、連れ合いに、落とし卵の味噌汁でも作ってみよう。




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テーマ : 料理の本
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『地政学入門 改版』 曽村保信

子供の頃から人に教わるのが苦手だった。何かを始めるときは、見よう見まねで、人に隠れて練習して、なんとか人より先にある程度の段階までは進む。だけど、いったん壁にぶつかると、その始まりの部分、基礎の基礎の部分で人に教わってないから、なかなか乗り越えられない。人に教わって、「ちまちまやりながら」って言うと語弊があるが、まあ段取りを踏みながら成長したやつは、それまでもそうだったように、壁を壁とも認識せずに先に進んでいく。

私はと言えば、悔しくて、悔しくて、いまさらながら入門書なんか隠れて読んで、こんなことなら奴らと一緒に教えてもらっておけばよかったなんて、やり直しが効いたとしても絶対やらないことを考えながら、なんとか乗り越えられればいいけど、乗り越えられずにやめてしまったことも、いくらでもある。・・・その筆頭は、テニスだな。

なにを言ってるのかって思われるでしょうが、それはこの本が『地政学入門』という本で、いまでこそ《地政学》がもてはやされているものの、ちょっと前なら《地政学》と言えば避けては通れない本。・・・というか、これしかなかった本。

なにしろ1984年初版の本。2016年までに28版を数え、今年7月に改版として、読みやすくなって再登場。それだけでも、どれだけの本か分かってもらえると思う。


『地政学入門』    曽村保信

中公新書  ¥ 799

中公新書のロング&ベストセラーが読みやすく生まれ変わった 地球規模で考えるために
序 章 地球儀を片手に
第一章 マッキンダーの発見
  1 地政学の起こりと古典       2 英国の海上権の衰退 
  3 西欧シー・パワーの起源と由来 4 ハートランドの動向   
  5 ヨーロッパ半島の運命       6 自由社会の処方箋
  7 最後の論文
第二章 ハウスホーファーの世界
  1 ハウスホーファーと日本 2 生活圏の哲学       
  3 広域の思想         4 太平洋の地政学      
  5 大東亜共栄圏との関連  6 悲劇の結末
第三章 アメリカの地政学
  1 モンロー主義の発展過程  2 西半球防衛の展望 
  3 汎米主義と二つのアメリカ  4 アルフレッド・マハンの遺産
終 章 核宇宙時代の地政学
  1 ソ連と地政学 2 アフリカおよび中近東の地政学 
  3 危機の弧    4 インド洋―世界の地中海

内容は、目次でわかるように、地政学の大御所であるH・J・マッキンダー、カール・ハウスホーファー、アルフレッド・マハンの思索を追って、s第二次世界大戦までの地政学がなにを求めてきたか。どう移り変わってきたかを明らかにし、米ソ冷戦下の地政学を、“新しい時代の地政学”ととらえて紹介している。

地政学は、イコール軍事学ではない。しかし、地政学は、軍事的考察を進めていくときに、欠くべからざる学問である。その領域は地理学、政治学、国際政治学、社会学、歴史学に及び、現実に即して無駄な知識は退けられる。

言わば、知識と思考の総合体みたいなもんで、100%に必要を満たした地政学など、到底ありえない。だから、きわめて即時的に合目的的な必要に対して、地政学は常に不十分で、ほぼ間違いなく失敗する。

その点、あとから考えて、「ああ、この視点が欠けていた」と反省するのが地政学かも知れない。

ふと気がつけば、地政学の定義付けがこの本にある。
地政学とは地球全体を一つの単位と見て、その動向をリアルタイムで掴み、そこから現在の政策に必要な判断の材料を引き出そうとする学問である。

“反省する学問”と言うのは、怒られちゃうかな。でも、私と同じ。反省しないよりはまし。それじゃいけないかな。



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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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