めんどくせぇことばかり 2018年04月
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『日本史の法則』 渡部昇一

ここんと頃、しばらくの間、前に書いた記事に頼ってブログを埋め合わせるようなこともなかったんだけど、どうもだめです。ずっと青息吐息を続けてきながら、連休で一息抜けることを楽しみにしていたんですが、私にそんな休息があるはずもありませんでした。私は孫1号、2号の祖父でした。しかも、孫1号、2号の攻撃力は日々高まっておりました。

「そろそろ昼寝をするはず」という期待は、じいちゃん、ばあちゃんにあえた興奮で吹っ飛び、夕食後も顔を真赤にして走り回って寝ることを忘れ、最後は熱を出して倒れ、か弱い声を出して、さらにじいちゃん、ばあちゃんの体力を奪いにかかるのです。

ああ、言い訳がましい。

昨年の4月に亡くなった渡部昇一さんの本の中でも、私にとって一番思い出深い、同時にいつまで立っても読みごたえのある一冊である『日本市の法則』を紹介した記事の焼き直しです。

もともとの歴史好きだけど、中学校の段階では、すでに《世界史》に傾いていました。決定的なきっかけは、マケドニアのアレクサンダー大王ですね。このブログの右下の方で紹介してる『若き英雄』です。その後、シーザーにも、ナポレオンにも、ネルソンにも熱くなりました。

今、中学校の歴史の本を見ると、ほとんど世界史をやってないんですね。私が中学生だったのは40年以上前のことになりますが、当時は、世界史の内容がかなり含まれていたように思うんですけどね。

もちろん、《中学歴史》の主題は日本史の内容だったでしょうけど、日本史の項目になるたびに、戦国や幕末のような時代を除き、内容が瑣末なものになるようでまったく魅力を感じられなかったんです。小学校の頃、内外問わず、たくさん伝記を読んで、日本史、世界史関係なく好きだったんだけどね。

そのまま青年期を迎え、左翼系の思想にかぶれて、日本史には後ろ足で砂を引っ掛けるような状態で、あえてその価値を貶める方向でしか触れることはなかったですね。・・・そんな状況が、7、8年も続いたでしょうか。

わりと律儀な性質で、「日本史は貶めるべきもの」という根拠を探り続けたんですが、結局そこにたどり着けず、疑問をふくらませるばかりの時間ですたね。年齢的にも、反発を続けた親世代に対する気持ちが溶解していく時期だったかもしれない。すでにその頃、行き着くべき先は見えていたと思うんですが、きっかけとなるべき衝撃が必要でした。それがこの一冊でした。

そうなると、もう止めどがなくなりました。高校3年の頃に心を揺さぶられた羽仁五郎の著作を読み返しても、もはやまったく同意できませんでした。「そんなに親や祖父母たちは、愚かなのか?」


祥伝社  ¥ 1,028

もとは、渡部昇一さんが若い頃に出された本だそうだ。再販された平成17年でも、もちろん今でも、そのまま通用する“日本史の法則”である
第一章  「日本史の法則」とは何か 
古から日本を動かす原理・原則を探る
第二章  日本史に関する十の誤解
日本史を歪める悪意と誤解には、こう反論せよ
第三章  日本史を動かした「代表的日本人」
「日本らしさ」を決定づけた各時代の英雄たち

私を救ってくれた本の一冊が、この本です。いや、この本ではないですね。装丁が違う。・・・よく覚えていない。・・・、分かりました。この本は平成17年に再販された本で、“まえがき”、“あとがき”に「元本は若かった頃の私の著作で、・・・30年近くたった今も」とある通り、元の本は昭和54(1979)年に刊行された『歴史の読み方』という本だそうです。・・・題名も違ったんですね。

昭和54(1979)年と言えば、まだまだ、私は向こう側にいました。羽仁五郎の『ミケランヂェロ』にドップリという状態の頃ですね。その頃に読んでいれば、私の人生は、また違ったものになっていたかもしれません。・・・今の私は、今の思いに揺るぎはありませんが、おそらく私の場合は、そういった若い頃が必要だったんでしょうね。そういった時間の迷いがあったから、今の地盤を固めてくれているんでしょうね。

《人の言行の背景には宗教がある》

世界史のあらゆる場面に当てはまる原則です。子どもの私が、そんなことを意識していたわけではないんだけど、どこかで感じていたのかもしれないですね。というのも、小学校の時に読んだ日本史系の伝記のなかでも強く印象に残っているのは、後醍醐天皇なんですよね。戦後の歴史教育ですから、“天皇”色は遠ざけられていたでしょうが、それだけに後醍醐天皇には不思議な魅力を感じていました。

山本七平さんの本を読む読むようになって、日本人の言行を左右する“日本教”を知り、前途が一気に開けたました。あとは、ひたすら読むだけ。指向が左側に傾いていた頃、こんなにも、自分がいい本を避けて来てしまったことを、一々後悔しました。自分のような凡才に、失った貴重な時間を取り戻せるんだろうか。・・・というようにね。

もちろん、渡部昇一さんの全部を受け入れたわけじゃありません。渡部さんは日本書紀を揺るがぬ基盤に据えるけど、私はそこに至る以前の日本にも強い興味を持っています。日本書紀が隠したなにがしかの中に、縄文を受け継ぐ良質な日本人の心根を感じ、それを意識することは、現代に日本人に、忘れかけた心の豊かさを取り戻す手助けとなるような気がしています。

今はもう、行けるところまで行くことしか考えていません。渡部昇一さんには、もっともっと教えていただきたかったです。

1年が過ぎた今ですが、あらためて、合掌




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『ご先祖様、ただいま捜索中!』 丸山学

先日、この本のタイトルで記事を書きましたが、考えてみると自分のことばっかり書いていて、ちっとも本の紹介をしていませんでした。自分の自己顕示欲の強さを日頃持て余している私ですが、またまたのことと自分ながら呆れかえっています。まあ、このようなブログをやらせていただいていること自体が、自己顕示欲の発露みたいなものなんですけどね。・・・いえいえ、これはあくまでも私の場合・・・。

ほらね。行ったそばから、また自分のことでしょ。

じゃあ、あらたまってこの本の紹介ね。・・・・・・・・あらたまると、言葉が出てこない。ということで、あんまり改まらずに紹介します。

著者の丸山学さんは、行政書士を職業とされている方だそうです。兄の子どもがなったのは行政書士じゃなくて司法書士か。ずいぶんと出来のいい子で、よく勉強したらしいです。こっちは行政書士ね。行政書士ってのは、ああ、お役所のいろいろな煩雑な許認可だの、届けだのの手続きを当の本人の代わりにやってくれる人のことね。

ご先祖様を探してくれるみたいなので、どんなに歴史通の人なんだあろうと思ったんですよ、・・・最初は。ところが、表紙のお名前の下に《行政書士》という肩書があるので、なんの自慢だろうくらいに思ってたんですね。ところがよく考えてみれば、これはご先祖様を探すには、うってつけの仕事でもあるかもしれないと思ったわけです。



中公新書ラクレ  ¥ 886

あなたの先祖はどんな人だったのか。プロの調査でここまで分かる
第一章  なぜ行政書士が家計づくり?
第二章  いざ、ご先祖様探訪の旅へ
第三章  自分一人だけでも、ここまではできます
第四章  先祖調査の疑問にお答えします! 
 

昨年末に同居していた連れ合いの父親が亡くなりました。長く認知症を患いまして、それでも連れ合いは自宅でよく面倒を見ていたんですが、最後の二年くらいは施設にお願いすることになりました。亡くなったのも施設のベッドの上でした。

さて、そこから相続の問題とかなんやらで、義父の生まれを調べていきました。あれって面倒なもんですね。それこそ大きな相続であれば行政書士の方にお願いをしたいところですが、つましく生きてきた義父でしたので私が協力して、連れ合いが主で調べていきました。

私が連れ合いをもらいに行ったときは神奈川県の大和市に住んでました。連れ合いが幼いころにそこに移り住んだんだそうです。それ以前は東京の下町にいたようです。・・・昭和2年生まれの義父でしたので、東京大空襲を逃げ惑った口です。その日は、清澄庭園の池に飛び込んで難を逃れたという話を聞いたことがあります。

割と複雑な家庭だったようで、戦争の前だけでも3度住居を変えてました。その都度、戸籍謄本を取り寄せることになります。それ見たら、義父の戸籍に書かれた人物にもかかわらず、連れ合いの知らない人がいたんです。連れ合いは興味を持ったようではありますが、それ以上にたどって出てきたものがどんなものか。面倒なものであれば厄介ですからね。やめました。

そうそう、これをやっていけば、近代的な戸籍が整備された明治初期までは、祖先をたどれることになりますね。そういうことも、もちろん書かれています。
義父の家の家紋は薩摩藩島津家と同じ《丸に十の字》なんですが、よもやそこにたどり着くとは思ってませんけど、戸籍を調べれば、きっとなんか分かりますね。藪をつついて蛇を出すような気はありませんけどね。kamonn.png




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『日本史のツボ』 本郷和人

私は子供のころからの本好きで、「本を読むな」と言われたことはあっても、「本を読め」といわれたことはないです。「そんな本を読んでるんじゃない」ってことは、けっこう言われましたね。私の母は、賢くも私を全く信用してませんでしたから、押し入れのふとんの間に隠した本まで見つけ出しましたからね。・・・あの本が見つかったときはバツが悪かったなぁ。あの本の時はもっとひどかったなぁ。

小学校の頃、図書室が開いているときは、だいたい通ったような気がします。このブログの右下の方に《こんな本、あんな本》のところにも紹介してあるんだけど、『火星のプリンセス』みたいなSFモノとか好きでしたね。当時から、分野にこだわらずに何でも読みましたけど、そんな中で歴史の本に触れていったんじゃなかったかなって思います。伝記モノとかね。

《歴史は面白いもの》

それが原点です。だから、歴史に価値を求めません。求められるのも好みません。著者の本郷和人さんは、プロのたこつぼ歴史屋だったから、それだけに歴史の“価値”を意識しすぎているんじゃないかなって感じました。


『日本市のツボ』    本郷和人

文藝春秋  ¥ 907

七つのツボを押さえれば、歴史の流れが一気につかめる。最もコンパクトな通史
第一回  天皇を知れば日本史が分かる
第二回  宗教を知れば日本史が分かる
第三回  土地を知れば日本史が分かる
第四回  軍事を知れば日本史が分かる
第五回  地域を知れば日本史が分かる
第六回  女性を知れば日本史が分かる
第七回  経済を知れば日本史が分かる

高校の時の通知表、今はどこにあるか不明ですが、いつか実家で見たときによく高校を卒業できたもんだと驚いた。高校2年の時のものでしたが、体躯と世界史が5で、あとは全部2でした。好きな科目以外は怠けていたんですね。とにかく歴史が好きだったんです。

にもかかわらず、大学では史学科には進んでません。いろいろ調べてみると、史学科ってなんだかつまらなそうだったもんですから。で、私が進学したのは経済学部です。ソ連崩壊後、その学問の世界がどうなったか知りませんが、マルクス経済学です。一時はとち狂いましたが、何とか自力で脱出しました。

本郷和人さんは、そのたこつぼを「よこ」に広げていかずに「たて」につなげて行ったんだそうです。「たて」につなげて、「いま」に結びつける。

《これならば、歴史学は「むかし」との比較を通じて「いま」の特質を明らかにしてくれる(あとがき)》

たしかにそういう側面はありますね。しかもそれを、時代の流れの中で捉えて説得力を持たせるようにしているんだそうです。これも“あとがき”に書かれていることですが、たしかに本編を思い起こすと、そのような努力をされて書いているんだなって思い当たります。

でも、そのやり方は、有効な場合と、さほど有効とは思われない場合とがあると思います。さほど有効とは思わらない場合、あるいは、そうすることで、かえって分かりにくくなったり、つまらなくなる場合もあると思います。著者が把握した“流れ”に無理に当てはめられているように感じる部分ね。

だから、この本には“当たり”の場所と、“はずれ”の場所が、混ざり合ってるんですね。




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『週末登山 詳細ルートガイド』 PEAKS特別編集

さて、2016年の10月の終わりに足の手術を受けて、まともに歩けるようなりました。以後、2週間の入院中はリハビリの日々だったわけですが、一週間もすると自信もつき、リハビリの若いピチピチした女の先生が禁止していた階段の上り下りを、何も考えずになんども繰り返しました。・・・この頃は、ぎこちなくてね。一歩、一歩って感じでした。山に行けるか不安でしたね。

退院してから4日ほど家庭療養、後半2日間は土日でしたけど、それだけ休んで仕事に復帰しました。家庭療養中の土曜日には、連れ合いと近くにある埼玉県こども動物自然公園を歩いてきました。・・・あれ、記憶によると、動物園はガラガラ。もしかしたら平日に行ったのかも。それが手術後初めての外歩きでした。

それが始まりで、休みの日は歩きました。山にも行くようになりましたけど、最初はせいぜい2時間くらいでしたね。年が明けてからは、仕事を1時間くらい早めに上がって、帰り道の途中にある神社の境内とか、その裏山とかをほぼ毎日歩きました。やっと慣れてきて、週末、土曜日に半日山を歩き回ると、日曜日までダメージが残りました。

歩いているときは、何ごともなく普通に歩いているように思っていたけど、その頃やたらとつまづいたり、左足がひっくり返って大転倒したりしてたんですね。昨年の夏には奥多摩を歩いて、帰りの舗装道路で大転倒。膝のお皿の下の柔らかい部分がパックリ口を開けるように切れてしまいました。ひどい傷だったんですが、自力で直してしまいました。傷がふさがるのにずいぶんかかりました。医者に行って縫ってもらえばすぐ直ったと思いますが、《山でケガ》なんてなると、「まわりから何を言われることやら」と考えてしまいました。

やはり足周りの微妙な筋肉が完全に機能停止状態にあったからなんだろうと、今はそう考えてます。

昨年、秋、丸々一日コース、次官にして10時間を歩いてみましたが、家に帰ると体が疲れて寒気が止まりませんでした。その時点で、手術から1年ですね。まったく、四捨五入で60歳の体ですからね。それでも、今ならおそらく大丈夫だと思います。

同時に、以前、登山をあきらめたときに捨ててしまった山で使ういろいろなものを少しずつ揃えました。もうそろそろ、次の段階に進んでもいいかなって思うようになりました。



枻出版社  ¥ 1,404

「週末の2日間で登山を楽しむ」ためのルート 人気の山域をメインに全24コース
PART1 日帰り初級 歩行時間3~6時間
PART2 日帰り中級 歩行時間6~8時間
PART3 1泊2日初級 歩行時間7~9時間
PART4 1泊2日中級 歩行時間9~17時間


《日帰り初級に出てくる山》
木曽駒が岳 至仏山 日光白根山 那須岳で、至仏以外はロープウェイ利用のコースですね。ここは私でも問題ないでしょう。

《日帰り中級に出てくる山》
谷川岳 男体山 瑞牆山 焼岳 浅間山 苗場山 国師が岳・金峰山。全部、ずっと前に登ってる山なんですが、その時は特に苦労した覚えはないんですけどね。しかも、谷川も西黒尾根じゃないしね。那須は三本槍に行くのか。いいなあ。その日はぜひ、三斗小屋温泉で泊まりたいなあ。私はいつも煙草屋に泊まってました。おばさんはどうしたろうな。

《1泊2日初級に出てくる山》
甲斐駒ケ岳 仙丈ケ岳 大菩薩嶺 立山雄山 権現岳。1泊2日でも初級は問題ないでしょう。でも、立山はテント泊まりにしてもお金がかかるな。

《1泊2日中級に出てくる山》
甲武信ヶ岳 燧ケ岳 天狗岳・白駒池 硫黄岳・赤岳 雲取山 妙高山・火打山 白馬三山 北穂高岳。結局、全部、以前に登ってる山でした。どうも、その辺がどうなのかなぁ。雲取や甲武信は、それこそかつてのホームグラウンドですからね。そういうのが油断につながるかなぁ。

まあ、焦りはしませんが、ここで一歩踏み出していかないと、このまましぼんでいきそうな気がするんですよね。

子どもたちが家を出て行ったので、連れ合いと二人暮らしなんですね。以前、あちこちの山に登っていた時、結婚してからでも、私がいなくても子供がいたし、連れ合いの両親もいたんですね。だからなんにも気にしなかったけど、私が山をほっつき歩ってる間、特に“泊”となると連れ合い一人ですからね。少し気になるな。

お互い、その段階の生き方を見つけなきゃいけないんですけどね。私からも、どんどん連れ合いに、そう促していかなきゃいけないんでしょうね。

とりあえず、連休明け、梅雨に入る前に日光白根に登っておこう。ロープウェイ使わずに菅沼口から歩こう。前夜に出て、車中泊がいいかな。






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『ご先祖様、ただいま捜索中!』 丸山学

家系図を作っとこうと思ったのは、父が死んだ時ですね。

父は、父を含めて七人兄弟なんですが、父が死んだ時、父以外の兄弟たちはみんな生きていました。その夫婦で考えても、死んでいたのは父の姉の連れ合いと、私の母だけでした。

父の姉、私の伯母はいろいろなことを知ってるんだけど、もうすでにボケが始まってしまっていて、まともに話せる時間の方が短い状態だった。父も知ってたんだけど、いろいろな話を聞く前に死なれてしまった。その伯母さんと父の下は少し歳が離れていて、どうやらそこで、二人ほど赤ん坊の段階で死んでしまったらしいんです。だから、叔父叔母の話になるとだいぶ不確かなものが増えるんですね。

でも、せめて叔父叔母が健在のうちに話を聞いて、それぞれの情報を突き合わせて記憶を刺激して、より精度の高いものを残したいと思ったんですね。

それが45歳の時だったかな。そのあと伯母さんが亡くなって、三人いた父の弟もみんな鬼籍に入って、残ったのは父の二人の妹だけになってしまいました。

もともとは、父に聞いておけばよかった話なんだけど、攻めて叔父叔母の話を聞いておけてよかった。その過程で、私たち兄弟の世代に関わることも、叔父から聞くことができました。その叔父も昨年の暮れに亡くなりました。

つくづく思います。もう、私たちが次の世代に伝える順番になってるんだってことですね。



中公新書ラクレ  ¥ 886

あなたの先祖はどんな人だったのか。プロの調査でここまで分かる
第一章  なぜ行政書士が家計づくり?
第二章  いざ、ご先祖様探訪の旅へ
第三章  自分一人だけでも、ここまではできます
第四章  先祖調査の疑問にお答えします! 
 


私は幼いころ、股関節を脱臼していて、1歳の後半から2歳にかけての時期にギブスをつけていたらしいんです。哀れな子だったんですね。そのせいか、祖父母に可愛がられることが多かったようで、なんとなく祖父母の外出には連れて行ってもらっていたようです。

わずかな記憶ですが、おそらく親戚なのでしょう、お菓子屋さんなんですね。お菓子のラムネをもらって、うれしかったことを覚えています。私のわずかな記憶も、相手からすればよく覚えてらっしゃることもあって、叔父たちの葬儀の際に、「もしかして・・・」って声をかけられることもよくあるんですね。そんなときは、「ぜひお話を・・・」ってことになるわけです。

また、とくに祖母が私に何げなくしてくれた“昔の話”は、家の成り立ちに関わるずいぶん重大なことでもあったようです。

総合すると、どうやら家は定まった稼業のようなものはなく、よく言えば、ある意味で興行師のような仕事をしていたようです。馬を持っていたようで、秩父の山で採れた楮を和紙で有名な小川に持って行って売り、米を仕入れると同時に小川の街で情報を仕入れ、つてをたどって芸のある人を秩父に呼んでいたようなんです。

小川から東秩父を通って定峰峠を越え、高篠を経由して羊山の丘陵を西に下りていくと、下りたあたりから間もなくのところにうちがあったんだそうです。あったんだそうですといっても、今もそうなんですが、今は途中にいくらでも大きな家が建ってますからね。家は芸事の達者な人を宿泊させて、近在の人を集めて芸を披露させるようなことをしていたようです。

一時はずいぶん景気が良くて、けっこう広い土地を所有したようです。しかし、そんな家ですから、まあ、まともじゃない者も出入りして、結局私の祖父の祖父の代でずいぶんと博打で痛い目に遭ったようです。曾祖父、祖父の代で何とか立て直して、畑を人に貸すことができるようになったと思ったら、農地改革でずいぶん持って行かれたというような流れでした。

墓と、檀家になってるお寺の過去帳で江戸時代の中頃まで、何とかさかのぼれます。

後は名字からすると、平氏が有名な秩父ではありますが、私の家は源氏の流れです。上野国、新田の流れの中に出てくる名字です。




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『主役スープ150』

コンソメのキューブと、和風だしの素と、中華だしの素のウェイパー、カレーのルーは職場に常備してあります。もちろん、私物です。その他には乾物ですね。切り干し、ひじき、高野豆腐、乾燥ごぼう、乾燥わかめ、乾燥トマト・・・。あとはなにがあるかなぁ。乾麺類もだいたいありますね。そば、うどん、素麺、スパゲッティとかですね。もちろんアルファ化米も。

だけど、だいたい、ごはんは朝炊いたものをパックに詰めて持ってきます。以前は長く、連れ合いに弁当を作ってもらってた。いろいろあって、おむすびを持っていっていた時期も長いですね。リンゴかトマトを一個、一緒に持って言ってたですね。そして最近は、パックにごはんを詰めて、いや詰めてもらって持っていきます。

連れ合いとの兼ね合いですね。作ってもらうなら喜んで食べます。だけど、私、自分でも料理が好きなもんだから、食いながらいろいろ考えちゃうんですね。・・・「これはこうしたら」・・・とか。

だから、やがて、考える余地のないおむすびとリンゴ、またはトマト一個に変わりました。足が痛くて、なにを食べても味なんかどうでもいい時期もあって、おむすびだけでしたね。なにも考えない。食っておしまい。

転機はは、やはり手術ですね。足が痛くなくなって、また食うのが楽しみになって、料理するのが楽しみになってね。でも、連れ合いにごはんをパックに詰めてもらうんです。それが私の立場ですから。


『主役スープ150』    エダジュン

誠文堂新光社  ¥ 1,620

栄養満点でおいしい、作り置きも可能な、具だくさんでお腹も心も満たされるスープレシピ
1章  洋風スープ
2章  和風スープ
3章  エスニックスープ
4章  中華・韓国スープ
5章  ポタージュとフルーツスープ


正直、職場でゆっくり料理なんかしていられないです。当然です。細かいものは作れません。基本的には、詰めていったごはんを大きな鍋で蒸して温めて大きめの丼に盛り、その上になにかかけて食べるのが多いですね。

本当に時間のない時は、カレーやその他のレトルトのストックがあります。

昨日は厚揚げを甘辛く煮つけてとろみをつけてご飯にかけたのですが、味の決め手は何といTもねぎですね。ねぎの青臭さが甘辛い味を引き締めてくれるような気がします。青臭さがいいのなら、シシトウもいいかも。パンチが効いてそうですね。でも時々、青とうがらし同然の辛いやつがありますからね。

さて、この本は《野菜たっぷり具だくさんの 主役スープ150》ですから、まあ、献立がマンネリ化しつつある私には救世主となりうる本ということになります。

ですから、洋風スープ、和風スープ、エスニックスープ、中華・韓国スープ、いずれにしても、そこにとろみをつけて丼にかければいいわけですからね。

肉類は、スーパーで買ってきたハムと肉団子を冷凍にして、その日食べる分だけ職場に持って行ってたんだけど、こういう本を見ると、やっぱり一歩前に進んでみたくなるな。

ロールキャベツだって冷凍のやつ売ってるし、手羽先、手羽元、結局、冷凍にして持ってくればいいわけだからね。

私、いつも始業一時間前には仕事場に入ります。それなりにいろいろとあるわけですが、時には食材を切って鍋に放り込むこともあります。あとは、手の空いた時に味だけ決めればね。いやいや、そうしよ。一歩前に進もう。

一歩前に進むにあたっては、どうしても生姜とニンニクは欠かせないわけだけれども、生姜はともかくニンニクはどんなもんだろう。いや、やっぱり使いたいよね~。・・・だけど、職場だからね~。どうしようかな~。困っちゃったな~。いい加減にしろよとかって言われちゃうかな~。人相手の商売だからな~。でも使いたいよね~。

ハハハ、今日のお昼は、もやしハム炒めご飯。・・・ニンニク使いたいよー❢




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『歴史の余白』 浅見雅男

今村均大将は内村鑑三全集を読みたかっていたのか。一体いつの時点で読みたがっていたんだろう。

今村均大将はオランダ領インドシナ侵攻作戦を指揮して、絶大なる戦果を上げた軍人ですよね。オランダ領インドシナは、その後日本軍の軍政下におかれることになるけど、今村大正の施政は見事なもんでしたよね。その後はラバウルを任されるようになるんですね。ラバウルでは敗戦に至るまで苦しい戦いが続くことになるけど、最後までそこを譲らなかったんですね。

本書にもありますが、敗戦後は戦争犯罪容疑者としてオーストラリアの軍事法廷で裁かれたんですよね。オーストラリアは当初、今村を死刑にしたかったみたいですね。でも、現地住民の証言で死刑をまぬがれ、一〇年の懲役刑をくだされた。さらにはオランダ領インドシナの件でオランダにも裁かれるが、こちらは無罪となってますね。

当初、今村は、オーストラリアから下された刑期を巣鴨プリズンで服することになっていたが、自ら、多くの部下たちが服役しているニューギニアのオーストラリア海軍刑務所に送られることを望んだんですよね。しかも、六〇歳を超える高齢でのことを考えると、二度と日本に帰れないことは覚悟の上だったでしょうね。

なんて立派な人物でしょう。実際、今村均大将はオーストラリア海軍刑務所に三年半服役し、その後巣鴨に移され、昭和二九年に出所しているんですね。

今村均大将が内村鑑三全集を望んだのは、彼が若い頃からキリスト教会に出入りし、関心を持っていたことが影響したらしい。残念なことに、野村胡堂の行為で送られた内村鑑三全集は、今村の松ラバウルに届けられる途中、今村の部下の乗った飛行機とともに海に沈んでしまったんだそうです。


『歴史の余白』    浅見雅男

文藝春秋  ¥ 918

明治から平成を彩った人物たちの素顔を伝える大人の歴史エッセイ
[1] 明治天皇の皇女と夫たち
[2] 明治、昭和の生前退位
[3] シャム猫、象とパンダの運命
[4] 民衆憲法と美智子皇后の絶賛/
[5] 男爵大倉喜八郎の人脈づくり
[6] 貧乏華族と化け猫女優
[7] 兆民経営の家事代行会社
[8] 海舟と諭吉「犬猿の仲」の真相
[9] 勲章辞退とノーベル賞
[10] 教養ある政治家とマルクス
[11] 西郷従道の文身伝説と娘桜子
[12] 書き換えられる日記
[13] 「一六代将軍」の七〇年
[14] 鴎外に井伏鱒二がついた嘘
[15] 射殺された将軍と帰らぬ参謀総長
[16] 大哲学者のふところ
[17] 陸軍大将に届かなかった内村鑑三全集
[18] 皇室を揺るがせた戦犯指定
[19] 破れた軍人たちの戦後
[20] カツカレーとパトロン
[21] 「世界の王」の国籍と大新聞
[22] 「戦後の大横綱」と八百長
[23] 大物たちの「不貞」と角栄研究


いずれも小さな話ばかりです。ですが、この小さな話でしか、歴史の“本当”は保証されないんだと思うんです。そりゃそうですよ。小さな話をすべて集めたら、歴史どころか、“すべて”になってしまいますからね。そうそう、いわゆるビッグデータですね。だからかつては、こういった小さな話を集めた本を、好んで読みました。いや、“好んで”というのは違いますね。義務だと思って読みました。日本のものも、シナのものも、西洋のものもね。すごい面白いのもあれば、鼻につくのもありました。まあ、私は基本的に本を読むのが遅いですから、ビッグデータの“ビ”の、しかも端っこを少しだけかじっただけでしょうけど・・・。

とにかく、そう言うことになると、また難しい。膨大なビッグデータからどのデータを引き出すかは、結局、主観で決まってしまいます。あるいは、どのような史観に立っているかによって決まってしまいますね。


小さな話を集めた本は、どんな話を集めたかには意図があるわけです。だけど、一つ一つの話は一見独立していますので、その意図は見失われやすい。しかし、小さな話を読み終わったとき、小さな話を集めた、そしてコラムとして書いた人の意図は貫徹されているわけですね。

そんな“意図”なんてものを気にしていたら本なんか読んでられませんよね。私もそう思います。結局、読んだ側の、受け取る側の資質なんだと思います。

それでこの本についてですけど、もちろん私が申し上げるわけには生きません。だけど、私とはあまり肌合いが良くないみたいです。

《[3]シャム猫、ぞうとパンダの運命》という項目がありますが、・・・私、パンダ嫌いです。パンダが嫌いというよりも、・・・パンダが可愛いとか言って喜んです人は、おかしいと思ってます。私がブログにそんなことを書いているってことは、私の連れ合いには内緒にしておいて下さい。




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『日本市のツボ』 本郷和人

まだ、《第一回 天皇を知れば日本史が分かる》しか読んでないんですけど、ここまでで感じた、ちょっとした違和感を書いておきますね。

この章、・・・回の最初の小項目が《「王」としての天皇》という題名なんですけど、なんだか引っかかるものがありました。その時は確かめもせずに先に進んだんですけど、あとから調べて確認しました。著者の本郷和人さんは、2012年の大河ドラマ『平清盛』の時代考証をされてた方でした。あの時、話題になったじゃないですか。番組の中で皇室のことを“王家”と読んでいることについて。

そんなことで物議を醸した本郷和人さんの書いた本が、これですね。

まだ、“第一回”を読んだに過ぎないんですが、“天皇”の捉え方に、私とは相容れないものを感じます。
世界史的に見たとき、「王」には共通してになってきた役割があります。民から税を徴収し、大規模な治水事業を行うこと、法律を定めること、兵馬を率いて戦争を指揮すること、神の言葉を民に伝え、神に五穀豊穣を祈ること、暦を定めること、宮廷において芸術や文化を育むこと・・・。天皇も「地域」の王として、かつてはこれらの役割を一手に担っていたと考えるのが自然です。

しかし、天皇が持っていたそれらの力は、時代を経るにつれ、他の勢力に次第に奪われ、その役割は限定的なものになっていきます。今日、私たちが天皇に対して抱く「日本の安寧を祈る神官」「雅な宮廷文化の主催者」というイメージは、もともと天皇の本質というよりも、「王」としての権力を大幅に削がれた天皇家が、残された役割を洗練させたことによって形成されたと考えるべきです
本書p14
・・・私、違うと思います。“地域の王”としての天皇というのを、どれくらいのレベルの支配者と想定しているかわからないけど、天皇と呼ばれるようになる前から、それは豪族連合を束ねる象徴的存在だったろうと思います。

世界史的に見た「王」と同じ存在であったなら、それは世界の王たちとお同じく、世界私的に見た「王」としての運命をたどったはずだと思うからです。


『日本市のツボ』    本郷和人

文藝春秋  ¥ 907

七つのツボを押さえれば、歴史の流れが一気につかめる。最もコンパクトな通史
第一回  天皇を知れば日本史が分かる
第二回  宗教を知れば日本史が分かる
第三回  土地を知れば日本史が分かる
第四回  軍事を知れば日本史が分かる
第五回  地域を知れば日本史が分かる
第六回  女性を知れば日本史が分かる
第七回  経済を知れば日本史が分かる

白村江の戦い、幕末維新、昭和の敗戦を取り上げ、天皇は、日本が“外圧”による危機にさらされたときも新しいビジョンをかかげる役割を果たしてきたと主張します。

なかでも白村江の戦いとその敗戦を、その後の幕末維新、昭和の敗戦以上の危機的状況であったといいます。日本人は、この敗戦により自分たちは何者であるかというアイデンティティ・クライシスに陥り、天智、天武、持統天皇は、相次いで新しいビジョンを打ち出していったと、著者は言ってます。

そのへんにもやはり違和感がありまして、先回りをしてしまえば、著者は著者の恩師である東京大学の歴史の先生方の上に立ち、その範囲内で理屈を展開しているように思うのです。

たとえば、この白村江の戦いと前後する時代を考えれば、隋唐帝国の脅威に対する施策は遥かに前から始められており、成果を上げつつあり、それをぶち壊しにしたのが天智天皇であったということが、なにも語られていません。

つまり、隋唐帝国に対する施策を進めていたのは大臣蘇我氏政権であり、それに挑戦して蘇我本家を滅亡させたのが後の天智天皇であり、前政権が進めてきた全方位外交を百済一辺倒外交に切り替えて、白村江の敗戦という大和朝廷の一大事を招いたのが天智天皇本人であることがなにも語られていません。

天智、天武、持統を一辺倒にして話を勧めてしまうのも、ちょっといい加減に過ぎると感じます。まあ、天皇家のことなんか、そんな大雑把な掴み方で十分ということなのでしょうか。




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『英龍伝』 佐々木譲

『武揚伝』『くろふね』に続いて、この『英龍伝』で“幕臣三部作”になるわけか。なるほどね。まあ、榎本武揚は教科書にも出てくるね。中島三郎助はまったく出てこない。江川英龍は出てくるには出てくるんだけど、手元にある実況出版『日本史B』の教科書では、開国に続く幕府の施策の中で、“開明的な人物の登用”の具体例として欄外に以下の記述がある。

《外交に関わった川路聖謨・岩瀬忠震、反射炉を築造した伊豆韮山の代官江川太郎左衛門(英龍)、洋式砲術の高島秋帆、海軍の勝海舟らがいる》

って、これだけなんですね。佐々木譲さんの目の付け所って面白いです。

たしかに江戸幕府は制度疲労が甚だしく、そのままの体制で、あの当時日本の置かれた難局を乗り切ることは難しかったでしょうね。だからこそ明治維新が行われた。だけど、それを理想的なものとして持ち上げて、明治政府であったからこそ難局を乗り切れたなんて考えるのは、これまたおかしいですよね。だいたい、その行きつく先が、第二次大戦におけるみじめな敗戦ですからね。

そこまで行かなくても、もともと明治維新は下に置かれた者たちのルサンチマンをエネルギー源とするみたいなところがあって、そのルサンチマンを抱えていた連中が今度は上になって、優越した立場で江戸時代を評価したわけですよね。それだけに、長い間、江戸時代は必要以上にその価値を貶められてきました。

幕臣の中の優れた人材なんて存在しなかったかのよう。薩長に通じていた部分のあった勝海舟くらいは名前を出してもいいかなってくらいなもんですね。

江戸時代が再評価されるようになったのは、まだまだ日が浅いですもんね。


『英龍伝』    佐々木譲

毎日新聞出版  ¥ 1,944

平和的開国に尽力した知られざる異能の行政官。その不屈の生涯
開国か戦争か。いち早く「黒船来航」を予見、未曽有の国難に立ち向かった伊豆韮山代官・江川太郎左衛門英龍。誰よりも早く、誰よりも遠くまで時代を見据え、近代日本の礎となった希有の名代官の一代記。明治維新から150年。新たな幕末小説の誕生。
『武揚伝』『くろふね』に続く、幕臣三部作、堂々完結!


この物語のアンチヒーローは鳥居耀蔵ですね。朱子学の家柄の出で蘭学を敵視し、官僚としての能力は高いが、きわめて猜疑心が強い出世主義者という役どころ。実際そういう人物だったらしい。

天保の改革の水野忠邦にくっついて出世したくせに、水野政権にほころびが生じると遠慮なく裏切って身の保全に走るっていうのも本当のことですね。

だけど、この鳥居耀蔵を、この物語の中の個性豊かな登場人物の一人と考えるだけだと、おそらく間違いですよね。江川太郎左衛門と鳥居耀蔵の確執にこそ、本当に私たちが認識しなければならない大事なことがあるような気がします。

というのも、江川太郎左衛門も、鳥居耀蔵には何度も煮え湯を飲まされるような思いをしておりますが、それはまだまだ時代が江川太郎左衛門よりも鳥居耀蔵に共感を寄せていたことを意味していますよね。徳川幕府は、そのような者まで抱えていたということです。そのような者を抱えたまま、難局を乗り切ることは、やはり難しかったでしょうね。

幕府は幕藩体制の総本山。体制を支える思想である朱子学にとっても、幕府は総本山なわけです。だから、蘭学を毛嫌いする鳥居耀蔵や、それを支持する諸勢力が強い力をもって新しい芽を摘んでいくのは、むしろ当然のことです。

江川太郎左衛門は、そこに突破口をこじ開けたということにおいて、特筆すべき人物なんですね。だけど、黒船来航から明治維新まで、まだ15年もかかるわけです。それ以前に、江川太郎左衛門の踏ん張りがなかったら、日本は朝鮮やシナの二の舞は免れなかったかもしれませんね。

それにしても佐々木譲さんの物語って、こんなにも淡々としたものでしたっけ。






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『超 日本史』 茂木誠

新しい学習指導要領では、高校の歴史は《歴史総合》になるんですね。その他に《日本史探求》、《世界史探求》か。《日本史探求》、《世界史探求》は“なあなあ”になるかもしれないけど、《歴史総合》は正面から取り組むことになるんでしょうね。おそらくそんな流れを踏まえて、こういう楽しい本が登場しているんでしょうね。

でも、実際の高校の授業のことを考えると、どうなるんでしょうね。歴史学会の重鎮とされる東京大学系の先生と山川出版のタッグで書かれるのが日本の歴史教科書で、そこに描かれたことが日本にとっての”歴史”になるわけですよね。

それを考えると、今まで通り、ろくなものになりそうもないように思えてしまう。

「厩戸」って、皇子の名前としては、やっぱり特殊だったと思うんですよ。だけど、あの時代の尊い血筋の方々が、そうそうむやみやたらと名前を付けたりしませんよね。

その名がつけられたとき、「厩戸」は輝かしい概念を持っていなかったはずがないと思うんです。「厩戸」が輝いていたとすれば、・・・。輝く「厩戸」は、・・・。

あの人との関連でしか、「厩戸」は輝かないと思うんですね。

《大航海時代の幕開けで世界史の時代が始まった。鎖国政策によって、日本は世界史から取り残された》なんてことあり得ない。でも、日本史の教科書や、世界史の教科書を読んでいると、本当にそんなふうに思えてしまうんですよね。



KADOKAWA  ¥ 1,728

世界史とつなげてみれば、「日本」という国の存在意義と強みがよくわかる!
第1章  そもそも日本人はどこから来たのか?
第2章  神話と遺跡が語る日本国家の成り立ち
第3章  巨大古墳の時代と「東アジア版民族大移動」
第4章  白村江の敗戦から「日本国」の独立へ
第5章  大唐帝国から見た「東方の大国」日本
第6章  動乱の中国から離れて国風文化が開花した
第7章  日本史を東アジア史から分かつ「武士の登場」
第8章  シーパワー平氏政権vsランドパワー鎌倉幕府
第9章  国際商業資本が支えた室町グローバリスト政権
第10章  ポルトガル産の硝石を求めた戦国大名たち
第11章  豊臣秀吉の伴天連追放令と朝鮮出兵
第12章  「鎖国」を成立させた幕府の圧倒的な軍事力
終章  徳川の平和、そして明治維新を可能にしたもの

《律令制は、古代東アジアにおけるグローバル・スタンダードだった》っていう説明は、よくわかりました。そうですね。だから周辺国がみんなそれを取り入れていくんですね。公地公民を前提とする専制君主制で、土地の貸与のかわりに納税、兵役が義務頭蹴られるんですよね。著者は、国家社会主義なんて言ってるけど、たしかにそう言えなくもない。

隋唐帝国が確立したその体制がグローバル・スタンダードになって、やがて周辺諸国が同様の体制を自国に受け入れていきますね。隋唐帝国は、そのまえに三国時代以来の大混乱ハチャメチャ時代があったから、古代の土地所有なんていったんなかったことにしてスタートできた。

日本はそういうわけじゃないから、体制の変革は本当に大変だったでしょうね。ものすごいすったもんだがあって、だけど最後は藤原氏というトンビが油揚げをさらって、その後の日本歴史の流れを大きく変えていくことになりますね。

それはともかくとして、グローバル・スタンダードとなって基本に同じ問題点を抱えているから、同じようにして、同じ時代の崩れていくわけですね。

本家本元の唐もシッチャかメッチャカになって、また隋唐以前のような混乱時代に逆戻り、周辺諸国でも同様に体制崩壊がみられるわけですね。その余波が刀伊入寇だったってことになるわけですね。

対外関係でも消極的で、1019年、沿海州地方の刀伊(女真族)が対馬・壱岐をおかし、北九州に来襲した際にも、朝廷は神仏に祈るばかりで具体的な対応策をとることができなかった。しかし九州を本拠とする有力武士を率いた太宰権帥藤原隆家が、これと戦い撃退した。
実況出版《日本史B》p65
これが教科書の記述なんだけど、こんなことなら書かない方がいいんじゃないかな、・・・って思いました。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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