めんどくせぇことばかり 2018年05月
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『リベラルに支配されたアメリカの末路』 ジェイソン・モーガン

いや、もう、強烈強烈。

前作で、アメリカの学問の世界、報道の世界が完全にリベラルに支配されているということは理解しました。

ああ、リベラルね。なんか胡散臭い言葉ですね。リベラルって言葉は、胡散臭いっていうふうに訳した方がいいかもしれない。なにしろ立憲民主党の枝野幸男代表は、自分のことを「保守でありリベラル」とかって位置付けているんだとか。

・・・分裂症でしょうか。私にはマルキストにしか見えませんけど。

リベラルは、これまで価値があると思われていたものを次から次へとやり玉にあげ、葬り去ってきましたね。恐ろしいです。私の周りからも、厄介だけど愛すべきいくつものものが消えていきました。

地域であったり、家であったり、家族であったり・・・。

他の人はみんな持っているのに、自分には決して与えられなかったものをルソーは呪ったけど、今のリベラルは違いますね。今のリベラルは何でも持ってるじゃないですか。何でも持ってるのに、まだ足りないから、さらに人から取り上げたいんでしょう。

・・・リベラルって言葉に触れて、ついつい思っていることを書いてしまった。・・・ごめんなさい。

『リベラルに支配されたアメリカの末路』    ジェイソン・モーガン

ワニブックス  ¥ 896

“裏側"知ったら驚いた! 「日本人が知っているアメリカは、本当のアメリカではない」
はじめに リベラルに乗っ取られたアメリカ
第一章  アメリカのゾンビ化の顛末
第二章  歴史認識論と学会の汚染
第三章  啓蒙主義、国家主義、帝国主義という病
第四章  アメリカとヨーロッパの真実
第五章  東アジアからアメリカが撤退する日
第六章  「アメリカ・ファースト」に見る希望と今後の日米同盟


最初に戻って、いや、もう、本当に強烈ですね。

前作で、アメリカの学問の世界、報道の世界が完全にリベラルに支配されているということは理解しました。本当にひどい目に合されているんですね。

《日本だと、アメリカの学生はディベートが得意だというイメージがあるらしいが、今のアメリカの学生たちは自分の信念に合わない意見を持つ人がキャンパスに現れると、踵を返して同じような意見を持ったグループの中へ逃げる》

《保守派の論客が講演のためにキャンパスに来たら、リベラル派の学生たちは大学図書館の地下に集まり、座りこんで、現実世界をシャットアウトする》

《2016年、ウィスコンシン大学のキャンパスにベン・シャピーロという保守系スピーカーが来たら、急に“紅衛兵”が現れ、シャピーロを威嚇して演説を中止することに成功した》

・・・なんとまあ、厄介なこと。

厄介なのは重々わかるんですが、だけど今回のこの『リベラルに支配されたアメリカの末路』という本は、やはり少し残念です。著者が興奮しすぎです。思いの方が先行しちゃって、論証が引きずられてしまっています。

ぜひもう一度冷静になって、前作のようなすぐれた作品を出してもらいたいな。前作で、リベラリストがどのようにしてアメリカ社会に根を下ろしたのかは示されたので、それがどのように、日本の復興、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに関わっていったのかを論証してほしいな。もちろんそれに対する日本の側の動きもね。それで葬り去られたやつや、甘い汁を吸い、今も吸い続けている奴らのこともね。




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『55円どんぶり』 幕内秀夫

そうそう、吉野家の牛丼とかって癖になるんですよね。ラーメン屋のラーメンもそう。ペヤングのソース焼きそばだけ取り上げちゃ悪いけど、食いたくなったら矢も盾もたまらないと言ったら、やっぱり上位に来ちゃいますよね。とかくインスタント物なら似たり寄ったり、五十歩百歩、目くそ鼻くそってところでしょうか。著者の幕内秀夫さんは、それらをまとめて《精製された調味料》と言ってます。食用油・砂糖・うま味調味料・塩の組み合わせのことのようです。

『これらが3つ以上組み合わさると、いろいろな食物を「スナック化」、「ジャンクフード化」してしまい、一度はまったら、その強烈な旨味なしではいられなくなります。とくに中毒になりやすいのは、本能的に甘み、旨味を求めやすい子供です。最近増えている子供の肥満や糖尿病は、こういった食物をとりすぎているせいでしょう』

ということなんですが、いかがでしょうか。

この間、官ノ倉山で出会った子供連れ。お父さんと5歳、3歳の男の子。電車に乗ってきたって言ってた。山頂の南の開けて日当たりの良いところで会いました。「お昼食べた?」って聞いたら、「ラーメン食べた」って。「美味しかった?」って聞いたら、「美味しかったよ。でもね、おうちじゃ食べちゃいけないの」だって。父親の方に目を向けたら、意味ありげに笑ってた。

「じゃあ、またラーメンを食べにお山においで」って言ったらお父さんにかけよって、「パパァ、ラーメン食べに山に来ようね」だって。

お母さん偉いですよね。子供にちゃんとご飯を食べさせているんでしょう。お父さんも偉いですよね。そんなお母さんのやり方を批判的にとらえたりせずに、山に来たときくらいラーメン食べさせてやってる。きっと、いい子に育つだろう。・・・いつもは、ちゃんとご飯を食ってね❢



大和書房  ¥ 1,080

乗せるだけ、混ぜるだけ、炒めるだけ! お金と時間をかけない粗食が健康を作る!
速攻! 55円どんぶり
がっつり! 55円どんぶり
即席! 15円漬物
たっぷり! 15円味噌汁
お役立ち保存食品
粗食どんぶりのすすめ


それにしても“55円”ですか。安いですね。ちなみに、昨日の私のお昼ご飯は、《もやし炒めどんぶり》。ボリュームありますからね。この目次の中では、《がっつり! 55円どんぶり》の分類ですね。もやしは一袋17円。卵は10円として、薄切りハム4枚で30円位かな。ご飯は家から詰めていったやつね。おかずの食材だけなら“57円どんぶり”だな。うんうん、まずは上々だな。


そんな、私の“もやし炒めどんぶり”よりも、この本に紹介されている40もの“55円どんぶり”は、はるかにお手軽なものばかりですよ。

“もずく酢どんぶり”なんて、ただ、もずく酢がご飯の上にのってるだけですよ。こんな事でいいんでしょうか!
・・・いいんですね。だって、食いたいもん。今度の日曜日の朝ごはんは、連れ合いと一緒にこれを食います。

こんなのがいいんだったら、私のとっておきを出します。“納豆腐どんぶり”です。どんぶりにご飯をもって、豆腐、・・・半丁じゃ多いかな。まあ、適当にのっけて少し崩します。その上からよくかき混ぜて醤油をたらした納豆をかけます。そこ私かき混ぜながら、納豆、豆腐をご飯と一緒にかきこみます。・・・これがうまいんです。

さて、昼飯にしよう。今日は“厚揚げと白菜の炒めもの”だ。厚揚げはいつも煮物にしてるんだけど、今日は炒めものにして、最後に甘酢を絡めて食べることにしよう。・・・吾ながらうまそうだ。今すぐやろう。

この本、すぐれものです。




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『ヒマラヤ 生と死の物語』 池田常道

Sponichi Annex 2018/05/25
登山家・栗城史多さん死因は「下山中に滑落 頭や全身を強打」後日お別れの会を予定
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/05/25/kiji/20180525s00041000328000c.
html

(抜粋)
世界最高峰エベレスト(8848メートル)登頂に単独無酸素で挑んでいた最中の21日に死亡した登山家の栗城史多(くりき・のぶかず)さん(35)=北海道今金町出身=の公式フェイスブックが25日に更新され、低体温症とみられた死因について、所属事務所のチーフ小林幸子氏(39)は「実際には栗城は標高7400メートルのキャンプ3から下山中に滑落し、頭や全身を強く打ったことが原因で、帰らぬ人となりました」と訂正した。葬儀は親族で執り行い、後日、お別れの会を開く。
(続きを読む)に全文

南西壁単独無酸素だったんだ。・・・栗城史多さんか。山に登る人だから、どんなことだってあり得ることだけど、指、なかったんですよね。以前の凍傷で・・・。それで南西壁単独無酸素。これを一つの企画として一緒にやってた人は、これからも生きていくわけですよね。

この本を読んでみても、山ではいろいろな事が起こりますね。金と色と欲のぶつかるのが世間の常ではありますが、山の場合は金と色が絡むことは少ないものの、欲のぶつかりは当たり前の世間以上なんでしょう。

「山は逃げない」なんて言いますが、せっかくの機会に登頂の好機に恵まれないとしたら、やはり山に逃げられたのと同じでしょう。当人にしてみればね。

だけど、山はちっとも逃げてないんだけどね。



山と渓谷社  ¥ 1,728

山岳遭難事例のベストセレクション  生死を問わず困難に立ち向かった人間の物語
第1章 マロリー、アーヴィンの謎 エベレスト
第2章 ジルバーザッテルの敗走 ナンガ・パルバット
第3章 人類初の栄光の陰に アンナプルナ
第4章 高所キャンプからの脱出 K2
第5章 メスナー兄弟の下降 ナンガ・パルバット
第6章 人食い鬼からの脱出 バインター・ブラック
第7章 見捨てられた攻撃隊 ミニヤコンカ
第8章 日本人無酸素登頂の葛藤 エベレスト
第9章 ブラックサマーの生還者
第10章 六千メートルの宙吊り救出作戦 トランゴ・タワー
第11章 公募登山隊の破綻 エベレスト
第12章 北壁からの生還 ギャチュン・カン
第13章 七四〇〇メートルの国際救助隊 アンナプルナ 


一歩踏み出せば、そこには“死の世界”が横たわってるのは、山じゃなくても同じこと。「今ここで一歩踏み出せば」、「今ここでハンドルを切れば」、「今ここでブレークではなくアクセルを踏めば」って選択肢は、日常の中に当たり前にあって、ふと気がつけば、となりでコーヒーを飲んでいたりするんです。

私は日常生活の中で、いつもヒヤヒヤしながら生活をしています。今日は選ばなかったけど、明日はどうだろう。気がつくと、手に汗をかいていたりしてね。・・・日常生活は、とても大変です。

山は良いですね。そんな日常から開放されます。少し前まで、その山歩きさえできなかったので、山の中を歩いているだけで、私は嬉しいです。

でも、この本に出てくる人たちは違いますね。生きるか死ぬかのギリギリのところで山に登るヒリヒリした感じってのが、おそらくたまらないんでしょうね。そりゃ私だって、かつてはそんな感覚を味わったこともありました。たしかに高ぶりましたね。もちろん、ヒマラヤとかなんとかじゃないですよ。

ヒマラヤジャイアンツに挑む人たちっていうのは、山に登ることが“日常”でしょうからね。何でも“日常”っていうのは大変なものです。それがこの本でもわかりますね。なにかと無理を通さなきゃならないこともありますからね。そうなると、不本意な選択をしなきゃいけないことも出てくるでしょう。

でも、私はヒマラヤジャイアンツに挑む人たちの、その挑戦する姿にあこがれています。・・・いい歳こいて“あこがれ”もないんですが、胸が踊るんだから仕方がありません。だからこそ、最善の環境での挑戦であってほしいですよね。いろいろな意味でね。けっして不本意な選択であって欲しくないです。

栗城史多さんに合掌




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21か条要求『歴史講義 満州事変』 倉山満

一九一八年四月中旬から六月中旬には、アレキサンドリアから約一〇万の兵をマルセイユに護送し、九月下旬にはエジプトからサロニカへ連合軍の陸軍部隊を護送したことは、イギリス国防委員会が作成した『欧州戦争中の海上通商』に、ドイツ潜水艦の攻撃に悩まされていた「連合軍として若干意を強うするに足る事実少々之無きに非ず」、日本海軍の支援によって「我軍隊輸送船の行動上の危険が従来より著しく減少したことなり」と記されており、緊迫した当時の連合軍側の戦況を有利に転換する上に大きな影響を与えたであろう。戦後の調査によれば、日本海軍は一隻も撃沈していなかったが、本作戦中にドイツ潜水艦と三四回交戦し有効攻撃二三回、そのうち撃沈または損害を与えたもの一三回に達したと当時は評価していた。
「第一次世界大戦と日本海軍ー外構と軍事の連接」より

第一次世界大戦における日本海軍の功績について書かれているわけですが、読む限り、すごいですね。

この時はイギリスからの参戦要請が二転三転して、まあ、結局日本は、日英同盟から参戦しますね。青島にいたドイツ軍を攻撃して接収し、更に太平洋からドイツを駆逐します。もちろんそれだけじゃありませんでした。ロシアがドイツに劣勢に立たされますからね。英仏は日本軍をヨーロッパ戦線に呼び込みたかったわけですね。

でもねえ、日本は軍が強くても、お金がありませんでしたからね。結局、海軍だけを送り込むことになりますね。この時、陸軍も送っていれば、この闘いから本格化した“総力戦”の本質を理解して、第二次世界大戦を回避できたとか、せめて“生かせた”なんて意見を読んだことがあるけど、ドイツ兵やフランス兵が何十万も死んでるところに日本軍を行かせて、総力戦の本質を体感させようってことでしょうか。ちょっとひどくないかな。

陸軍は行かなかったけど、日本海軍の活躍は目覚ましかったんですね。イギリス海軍がいるっていうのに、連合国はドイツのUボートにずいぶん苦しめられたんですね。それが、日本の海軍が大西洋と地中海に進出したことで、ドイツ海軍を沈黙させてるんですね。・・・これはすごい。



ベストセラーズ  ¥ 1,399

大日本帝国を滅ぼしたのみならず、満州事変は人類が不幸になっていく始まりの大事件である
序章  満洲事変を正しく知って賢くなろう
第一章  満洲事変前史1~「平和ボケ」日本の幕開け
第二章  満洲事変前史2~ババをひく日本
第三章  満洲事変~「憲政の常道」の終焉
第四章  満洲事変 その後~不幸になっていく日本と世界


中華民国は、革命による建国以来、ほぼ分裂状態でしたね。第一次世界大戦に関しては、早々に中立を宣言しています。英仏にしたって、最初から中華民国に用はなかったでしょうが、日本を頼りにしている状況とは対照的ですね。求められていたのは日本で、相手にされてなかったのが中華民国だったわけですね。この時は、アメリカも、中華民国と同じように中立国だったわけです。
1915年、大隈重信内閣は、ヨーロッパ諸国が戦争をしている機会に、中国政府に21か条要求をつきつけた。その内容は、山東省のドイツ権益の継承、旅順・大連の租借地と南満州鉄道の権益の99年間の延長、中国政府への日本人顧問の採用などで、単なる経済的要求にとどまらず、中国の主権を著しく侵害するものであった。交渉は中国各地で起こった激しい反対運動やアメリカの牽制によって難航したが、日本政府は最後通牒という強圧的手段によってその大部分を承認させた。
実教出版『高校日本史B』・・・ひどい方

ひどいなぁ。『二十一カ条の要求』も、本当は『十四か上の要求と七か条の希望』であると、倉山さんも言ってます。しかも、十四か条は「国際法を守ってね」っていう要求です。七か条の中ではたしかに虫の良いことを要求してるけど、これは「通ればラッキー」っていう程度のことでしょう。《最後通牒》は袁世凱の頼みによって、彼の体裁を整えるために出しました。袁世凱は、秘密条項だった七か条を公表して、《二十一カ条の要求》として、日本の侵略意図を世界に宣伝することに大成功したんですね。

結局、七か条は棚上げにしているわけです。中華民国は、いくら約束したからと言って、国際法なんか守る気も能力もないわけですから、日本はなんにも得るものなく、世界の評判を落としただけなわけですよね。

倉山さんの言う通り、「秘密交渉を逆手に取られてまんまとプロパガンダに利用されたという点で、まったくの汚点」となった出来事でした。




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5月28日 朝

還暦を間近にし、少しずつ身の回りを整理整頓してみようかと考えました。そう考えてみると、ブログに使っている時間がけっこう長いので、少し関わり方を変えていこうと思います。

この思いつきもけっこう衝動的なものなので、このあとのブログの形を整えていくには、それなりの時間が必要になるかと思います。自分でもどう変わっていくのかわからないところですので、大変無責任ではありますが、辛抱強くお付き合いいただければありがたいです。

足が良くなったことで、だいぶ生活が変わりました。これはうれしいことなのですが、長いこと足が悪い生活を続けていたもので、足が悪いことを前提に生活が構成されてました。

しかも、その間にブログを始めていたものですから、ブログは足の悪い頃の私にとって、大きな支えだったんです。

歩けるようになってもブログは大きな楽しみですけど、生活の中での比重はやはり変わりつつありますので、それに合わせて調整していこうと思います。
毎朝ネットで、主に海外のニュースをチェックしておりまして、ついでにそれをブログにあげていました。いつの間にかずいぶん時間を掛けることになっていたので、とりあえずそれをやめようと思います。ニュースのチェックは、相変わらず続けていきますけどね。

当面の大きな変化はそんなところかと思います。

ということで、今後ともよろしくお願いします。
P9030009 (2)

写真は奥多摩、海沢園地のものですね。昨年の夏に行ったときのものです。そうそう、 海沢園地からの帰り、舗装道路で大転倒して、膝に結構厄介な怪我をしたときのものです。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

『関トレ』 笹川大瑛

今の私の人生は2016年10月27日に受けた股関節の手術から始まってます。右股関節に以上を持ったまま生まれてきたので、ある意味では、そこから新しい人生が始まったと言っていいくらいです。・・・言い過ぎでした。

生まれながらの以上とは言っても、すでに亡くなった両親のおかげで、いい具合に治り、ときどきわけの分からない異常を起こすものの、30歳過ぎまで日常生活に支障をきたすことなくやってこれました。

今思えば「あの頃の転びやすさは・・・」とか、「あの山行の異常なバテ具合は・・・」とか、いくつかの苦い経験のいくつかは、やはり股関節にあったと思うものもありますが、あくまでの日常生活は、無事に送ってこられたんです。

だけど、30代前半で登山をやめたのは、登山途中で頻繁に足の痛みを感じるようになったからでした。結局無理をして動けなくなり、救助を頼みました。遭難ですね。

いつも痛いわけではなかったので、平地では走ったりもしました。子どもと一緒に早朝トレーニングなんかのしました。下の子が中学校に入ったころからは、走ると痛いことが多くなったので、自転車に切り替えてみました。遠乗りをして、帰りに痛みが出て苦労したので、自宅の車庫でペダルをこげるトレーニング器具を購入してみたりもしました。

50代に入り、しばらくすると、ついに何もできなくなりました。手術したのが57歳です。私の手術は置換手術といって骨頭を金属に取り換える手術です。以前は、「10年くらいしか持たない」、「15年しか持たない」、「20年は持つ」とかね。取り替えた金属が持たないから、できるだけ手術を先に延ばそうとしてたんですね。

いろんな状況が変わって、手術を受けることになったわけです。

痛みはなくなりました。もう、うれしくて、うれしくて、毎日あちらこちら歩き回りました。近くの山にもいきました。だけど、杖を使って歩いてる状況ですし、家に入る時は体を横たえていることがほとんどって状況でしたからね。筋肉はもちろん、いろいろな機能が落ちてたんですね。

歩いている途中で、足をくじく状態になって、大転倒をすることが何度かありました。足をくじくのは決まって左足でした。昨年夏、奥多摩を歩いていて、舗装された林道を下っている時、突然左足が挫けた状態になって大転倒。一回転して右ひざを強く道路の打ちつけました。その2カ月前に、奥武蔵で同じような転倒をしてお皿がかけた状態になって、ようやくよくなったばかり。

「またか」と思ったものの、お皿は無事でした。でも足を良く確かめると、お皿の下の柔らかい部分がパックリと口をあいてました。まだ血があるレてくる前の状態で、汚れもないので、シャツを切って包帯として、強く巻き、下山しました。

医者で縫いもせず、時間はかかったけどなんとか傷口はくっつきました。でも、パックリ口をあいてましたからね。おかしな治り方をしたようで、今でも右足に体重をかけただけで痛いです。

『関トレ』    笹川大瑛

朝日新聞出版  ¥ 1,404

理学療法士が臨床経験や独自の研究を続けて編み出したオリジナルのトレーニング法
第1章  関トレとは何か?
第2章  関トレはこの症状に効く!
第3章  関トレ実践のコツと注意ポイント
第4章  関トレなんでもQ&A トレーニング&スポーツ


筋力だけじゃなく、機能そのものが全体として働かなくなってたんでしょうね。そのことが、この本を読んで、よく分かりました。目立った大きな筋肉じゃなくて、関節を守ったり、関節を動きやすくする小さな筋肉が、とても大切なんですね。

わたしが左足首をくじいて、それでも捻挫をしていないのは、大転倒をしているからだと思います。左足首をくじくのはなぜか。それがこの本を読んでわかりました。

後脛骨筋と腓骨筋の働きに問題があったようです。

後脛骨筋は足首を内側に寄せるときに使われ、足底のアーチを上げる筋肉だそうです。同時に足底にかかる力を調節しているので、足の裏が痛くなるのは後脛骨筋の使い過ぎだそうです。私はこれも該当します。

腓骨筋は足首を外側に寄せるときに使われ、足底のアーチを改善させる筋肉だそうです。アーチが高いと体重が外に乗りやすくなり、土踏まずが異常に浮いてしまします。腓骨筋はこれをおさえる働きをするのですが、腓骨筋が弱くなると体重が外側に乗りやすくなり、足をくじいてしまうことになるようです。捻挫がくせになってる人は、だいたいこのケースだそうです。

私もこれですね。だから、腓骨筋を鍛える関トレが有効です。

この本で紹介されている関トレは、たった12通りです。それっぽっちです。私はこれを続けます。これでまた一歩、しっかりした山登りに近づきました。

どうして、もう改善したつもりでいるのかって?

実は、すでに一つの症状が改善してしまったからです。それは五十肩です。ここんところ数カ月。右肩の痛みに悩まされてました。それが、肩を安定させる二通りの関トレで改善してしまいました。だから、足首も治ります。

この本、いずれ評判になると思います。




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『秘伝・日本史解読術』 荒山徹

🎶 過去に書いた記事に頼るような人間になっちゃいけないと、今日まで務めたこの私だけど 🎶・・・由紀さおりの「手紙」調で

なんて振りかぶるつもりはないんですけど、できるだけそうしようと思っていたのですが、仕事と遊びに追われてせいも金も尽き果てました。おまけに競馬で叫びすぎて、のどが炎症を起こして、「も~、た~いへんなんすから」

どうぞ、そのへん、推し量り下さい。 ・・・ちょうど、一年ほど前のものです。

著者は同世代の作家さんなので、楽しく読めました。これまで生きてきた時代背景が同じで、歴史好きで同じような本の海を泳いできたんですから、本書を読んでいても、共鳴できることも数多くありました。

著者が新米新聞記者として警察周りをしていた頃の、こんな話が紹介されてました。
とある所轄署の刑事課長から、「青葉の笛なんて歌、君はもう知らんだろう」と云われたことがあります。何事ですかと訊いてみれば、先だって逮捕した窃盗犯が留置場で低く歌っていたとの由。「切ないよなあ、まったく」と噛みしめるように云った課長の声が今でも思い出されます。あの頃の日本人は、正反対の立場の人間が『平家物語』を媒介にして感応し合えたのでした。
本書p13
時代小説、歴史小説ばかりに頼る私たちの世代に比べ、父母、祖父母の世代は、学はなくても教養は深かった。そういうふうに認識できたのは、渡しの場合、若い頃ではありませんでした。どこか、数多く本を読み、歴史の勉強をしていることを鼻にかけていたわけでもないんだけどね。どこか自分は、「親たちとは違う」みたいに思い込んでるところがあった。

ところが、ちょっとその手のことが話題になると、なぜか本なんか無縁に見える祖母が、よく知ってたりする。ホルモン屋で酔っ払った親父が、平家物語や、太平記を語ってたりする。

気がつけば、それを教養として持ってない日本で最初の不幸な世代が、私たちだった。

謡曲、歌舞伎、文楽、浪曲、そうそう落語に至るまで、父母、祖父母の世代は、けっこう分厚く、しかも共通する歴史認識を持っていた。物語として歴史を認識しているから、なにを喜びとし、なにを悲しみとするか、国民感情としても、同じ景色を見ることができた。

先日なくなった渡部昇一さんが云ってた。もとはイギリスの学者先生の言葉のようだが、「歴史は虹のようなものだ」という言葉。そうそう、父母、祖父母の頃まで、日本人は同じ虹を見ていた。


新潮新書  ¥ 864

歴史小説作家だからこそ気づくことのできた、日本史の盲点とツボ
序章  「史観」を語る前にスべきこと
第一章  「遺跡は人なり」と心得よ
第二章  秘伝・日本史収納整理術
第三章  古代史学は伝奇文学か
第四章  日本書紀を再評価せよ
第五章  史料は原文が面白い
第六章  超「仏教」入門(上)
第七章  超「仏教」入門(下)
第八章  遷都の裏に政教分離あり
第九章  藤原氏で知る系図の秘訣
第一〇章  時代の境目とは何か
第一一章  日本市場の二大画期
第一二章  二つの中国とモンゴルの侵略
第一三章  「皇統」は誰が決めるのか
第一四章  歴史は「応仁の乱」以後で十分化
第一五章  歴史と地理は不可分なり
第一六章  「太閤記もの」の読み方
第一七章  世界史から捉える島原の乱
第一八章  史的眼力を「忠臣蔵」で考える
第一九章  近くの国より遠くのオランダ
第二〇章  小説を楽しむためのスキル
終章  歴史は「取扱い注意」で

この本は、著者の読書遍歴の披露でもあります。そして、そんな読書遍歴を経て、著者は独自の《日本史解読術》を手に入れたのです。

もちろん、簡単なことではなかったでしょうね。本書の“まえがき”に《日本史における基礎トレーニング》というのがあって、おそらくその読書遍歴を通して会得していったトレーニング法なのでしょう。

せっかくですから、これだけでも紹介させてもらいます。
  1. 5W1Hの重視
  2. 律令を理解する
  3. 仏教は、律令とともに日本史を彩る二大要素
  4. 外国と日本を比較する
あんまり丁寧な説明じゃないけど、詳しくは本書を読んでね。おそらく著者は、たくさん本を読んで、試行錯誤してそこにたどり着いたのでしょうから。

最後に、著者はどんな本を読んで、この技を身に着けてきたのか。興味深いですよね。いくつか揚げていきますけど、あっけないほど当たり前の本ばかり、そのほとんどは、私も読んでました。

『雨月物語』、『日御子』、『遙かなる大和』、『聖徳太子』(黒岩重吾)、『天平の甍』、『檀林皇后私符』、『王朝序曲』、『桓武天皇ー平安の覇王』、『花と火の帝』、『新平家物語』、『炎環』、『沈黙』・・・他にもいろいろと。
最後に同世代ならではの、共鳴の感動を一つ。ヘイトスピーチに眉をひそめるのはいいけれど、だったらちゃんと、“韓国”という存在に向き合えという一節で、自分だけいい子ぶりっこして済まそうという人たちを皮肉って、著者が持ち出したのは天知茂の昭和ブルース。

♫ 生まれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか 何もしないで生きていくなら それは容易いことだけれど ♫

もうまったく、泣かさないでよね。




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『アメリカはなぜ日本を見下すのか』 ジェイソン・モーガン

いま、『リベラルに支配されたアメリカの末路』っていう本を読み始めたんですけどね。まったく、ずいぶん激しい言葉が躍りまくってるんですよ。

《アメリカは、脳が乗っ取られた状態で、ゾンビ化した国》なんですって

んんん、この間読んだ、寄生虫の本を思い出してしまった。あんな感じで、寄生虫に乗っ取られたかたつむりみたいに、アメリカは木に登らされて鳥に食われてしまうのか?

この人、こんなに激しい人だっけ?

というのも、前にこの人の書いた『アメリカはなぜ日本を見下すのか』 っていう本を読んでるんですね。たしか、足の手術で入院しているときに読んでたんじゃなかったかな。その時、よくわかりました。日本が病んでいる以上に、アメリカは病んでいるんですね。その時の分の進め方も厳しいものだったけど、こんなにも鬼気迫った感じじゃなかった。最初にこの本を読んだ人は、きっと、ひいちゃうだろうと思います。

そんなわけで、前作、『アメリカはなぜ日本を見下すのか』の時のブログの記事を紹介しておこうと思います。
 だいたいが、アメリカは建国のルーツそのものが問題であります。建国をになったピューリタンの教えが、そもそも独善的なものですね。

ジョン・ウィンスロップは、宗教の自由を求めて大陸へ移住し、マサチューセッツ湾植民地初代知事となったそうです。彼の行った《丘の上の町》という演説は有名で、「清教徒は神と契約を交わした民で、“丘の上の町”に住み、彼らは世界の模範にならなければならない」というもの。“丘の上の町”とはつまり、“約束の地”であり、契約の民は聖地への巡礼を試みるピルグリム・ファーザーズですね。

“宗教改革”に関する世界史の講義のようですが、カトリックにおいては、聖書の解釈権は教会に集中され、人々は教会に対して、神による救いを求めました。しかし、聖書主義の名のもとに、人々がそれぞれの立場で神とつながっていったことによって、宗教改革後の教えは、次から次へと分裂していってしまいます。

自分の離婚願望を満たすため、ヘンリー8世はローマ教会と袂を分かち、イギリス国教会を設立したのがイギリスの宗教改革でした。だからイギリスの宗教改革は、本来、その本質であるべき教義を問題としていません。当初はカトリックの形式がそのまま使われていたそうですね。今でも、ウィリアム王子の結婚式なんか見ていると、ずいぶんと伝統的な形式に傾いているように感じられます。そのため、教義をめぐる様々な主張は、あとから登場し、次から次へと分裂していき、中でも原理主義的な考え方は危険視されて、排除されたはずなんですね。そして、それがピューリタンだったわけです。

ワニブックスPLUS新書  ¥ 896

米国の大嘘を喝破 間違いだらけの対日歴史観を正す
序章 私が日本研究を始めた理由―先の大戦で戦った祖父から学んだ日本人の精神
第1章 なぜアメリカは日本を見下すのか?―「誤った対日歴史観」が生まれた背景
第2章 反日思想に染まったアメリカの歴史学会―日本研究を通してわかった学会の真実
第3章 アメリカの「対日歴史観」を正す―中国・韓国の歴史認識との相違点、類似点
第4章 日米関係強化に必要なこと―より良好な関係を築くために

著者のモーガン・ジェイソンは1977年生まれの、アメリカの歴史学者で日本史の研究者です。彼自身、アメリカの、リベラルという名の人種差別主義的、似非進歩主義的な学問の世界に身を置いていただけに、その主張するところには真実味を感じさせるとともに、切実さがにじみ出ています。学会や報道界がいかにひどい状況になっているかは、お読みいただかなければなりませんが、今日のところは、アメリカが日本を見下す理由として、アメリカの本質に関わる部分を、いくつかあげさせてもらいます。

さて、まずは、ピューリタンの独善性については紹介のとおりです。続いて、アメリカには本質的に、君主制国家を憎悪する性格があるという点についてです。単純な問題であるが、アメリカは、君主制国家イギリスから、信仰の自由を求めて逃亡した者たちが建設した国家です。同時に、君主制国家イギリスへの反乱によって生まれでた国家ですからね。

さらに、アメリカには中世がありません。これは20世紀初頭のイギリスのジャーナリスト、セシル・チェスタトンも、同様のことを言っていますね。ある意味では当然である、アメリカ建国の理念はいきなり啓蒙思想家によっています。なかでもロックであり、モンテスキューであり、ルソーらの革命思想によっています。しかし、古代、中世は歴史の厚みであり、アメリカにはそれがありません。その上、日本は、古代、中世、近現代に断絶がありませんからね。ヨーロッパには古代と中世に断絶があり、ペスト大流行で失われたものも多いが、長い歴史のなかで苦労して近代を築き上げた、それがないだけに、アメリカは過去や伝統に重きをおくことができず、軽視しがちであるわけです。いや、逆に憎悪しているんはないかとさえ感じさせられます。

アメリカが日本を見下す理由ですよね。今の三点を見ただけでも、アメリカが日本を見下す理由というのは、アメリカの本質そのものに関わっているというわけですね。
と、まあ、こんなことを書いてました。じつはこの本、大変興味深い本で、本編のほかにも、《アメリカの歴史学会について》、《アメリカの選民思想・排神思想について》と題して記事を書いています。それだけ大きな影響を受けたということですね。機会があれば、そちらも紹介してみたいと思います。

ともあれ、本当は前作から読まれた方がかと思いますね。




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『神武天皇VS.卑弥呼』 関裕二

建武中元二年、倭の奴国、貢を奉じて朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南海なり。光武、賜ふに印綬を以てす。安帝の永初元年、倭の国王帥升等、生口百六十人を献じ、請見を願う。桓・霊の間、倭国大いに乱れ、更々相攻伐して歴年主なし。
(『後漢書』東夷伝)

奴国は羽振りが良かったんでしょうね。なにしろ光武帝から印綬を授かってるんですからね。あの後漢、光武帝が後ろ盾ですよ。ただ、後ろ盾を以って自らの立場を確保したものは、後ろ盾がなくなるときびしいですね。としても、180年頃に黄巾の乱が始まるので、まあ150年くらいまでは、その御威光を利用で来たんじゃないでしょうか。・・・なにも根拠はありませんけど。
その奴国王が光武帝から賜わった印綬、金印として江戸時代に発見されてますね。発見されたのが福岡県福岡市の志賀島。しかも、なんでもない石の下から発見されたっていう不自然さ。いったい何があったんでしょう。kinnin.png
御威光が失われて、不測の事態が奴国を襲ったのかもしれませんね。
この本の中で著者は、ヤマト政権の成立と海の勢力のかかわりを強調しています。さて、そう考えてみると、ヤマト政権を立ち上げたとされる神武天皇ですが、おじいちゃんが山幸彦ですね。山幸彦は海幸彦との確執から、海に入って海神にあい、その娘である豊玉姫と結ばれます。二人の子供のウガヤフキアエズは豊玉姫の妹の玉依姫と結ばれて神武が生まれるわけです。



新潮社  ¥ 時価

「縄文ネットワーク」と「海の民」の正体とは? ヤマト建国を推理する
第1章  ヤマト建国三つの奇跡
第2章  纒向ではなく橿原に陣取った神武の謎
第3章  奴国の末裔・阿曇氏と天皇家の秘密
第4章  縄文から続く海人の歴史とその正体
第5章  神功皇后と卑弥呼、台与


やはり、神武の背景には海の勢力があるのは間違いないですね。海の神のことをワタツミと言いますが、漢字で書くと“綿津見”という書き方があるそうです。その“綿津見神”を祖先神として祀っていたのは阿曇氏という一族のようなんです。さらに、阿曇氏の発祥は、筑前国糟屋郡阿曇郷。祀ってきた神社が志賀島の志賀島神社。

どうも、そういうことになると、この阿曇氏こそが奴国王の一族ということになるでしょうか。“当たらずとも遠からず”ってことは確かでしょう。

その名前で話題になるのは、長野県の安曇野でしょうね。海の一族が山の国にその名を残しているってのも面白いところですが、実際に阿曇氏は六世紀から7世紀にかけて、ここに移住してきているんだそうです。穂高神社は阿曇氏が祀った神社だとか。

海の一族は造船のために巨木を求め、また川を船で往来することも彼らの生活の一部だったそうです。たしかに海を持たない長野県ですが、木材は豊富で、川で船を引く馬もいます。それから長野県って、八つもの県に隣接してるんですよね。つまり、ひと山越えればどこにでも出られるってことです。もちろん、船で・・・。天竜川を下って太平洋、千曲川・信濃川経由で日本海、ひと山越えれば荒川を下って東国にも出られます。

そんな話題が出てくることはあるが、たしかに阿曇氏が、ヤマト政権の成立に関わったという話は聞いたことがありませんね。著者は、それは「業績を奪い取られたから」といいます。さらには、「正体を消し去られた」ともいいます。

もし日本書紀の中でそんなことが本当に行われているなら、それを行ったのは、この日本書記が編纂されたときの権力者ということになりますよね。つまり、藤原不比等です。

・・・また、藤原氏かよ。
「・・・かよ」なんて言ってる立場じゃないんですけどね。著者は、おそらくご自分のことも含めていろんな都合から、一つのことを品を変え、角度を変えて本にしてくれてます。おかげで私のような素人にも、「・・・かよ」なんて言えるほど、日本古代史における藤原氏の重要性を理解できて来たのかもしれません。





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『消滅遺産』 安倍雅史

この題名ですからね。もちろん最初に思い浮かべたのはバーミアンです。バーミアンと言っても、もちろん中華料理屋のバーミアンではありません。中華料理屋のバーミアンは、今は24歳の息子が中学生の時に一緒に行きました。同じようにチャーシューメンとチャーハンを頼んだんです。最初に来たのがチャーハンでした。ところが、なぜかあからさまに息子の方が量が多いのです。

私は、穏やかな人間なんですが、ときどき、突発的に怒り出すことがあります。小さいころに精神薄弱と言われたことがありますが、今でいうADHDですか。なんかにとらわれると、それがすべてみたいに思えてしまうことがあるんですね。私は店員さんを呼んで遼が違うことを抗議しました。店員さんも不愉快そうでしたので、店を出ました。チャーシューメンとチャーハンは、全部息子が喰いました。

・・・だから、そのバーミアンではありませんね。バーミアン渓谷の石仏ですね。

ここで石窟寺院の掘削が始められたのは1世紀のバクトリアの時代だっていうんだから古いですね。それこそガンダーラ美術の時代と前後します。ガンダーラの影響は間もなく入ってきたでしょうね。なんでも三蔵玄奘がここを訪れたとき、大仏は金色に装飾され、美しい輝きを放っていたんだとか。

イスラムの力がこの地域に及ぶようになると、それによって仏教勢力は排除されていきました。イスラム教国家の数納町の力がここに及んで、大仏は装飾をはがれ、顔面部の崩落も放置されるままになったとか。

だけど、真っ当なイスラム教徒だから、それ以上のことはしなかったわけですね。

これを粉砕したのはタリバーンですね。そういうことする輩、私嫌いです。イスラム教徒だとかなんだとかと言うことではありません。

『消滅遺産』    安倍雅史

日経ナショナルジオグラフィック社   ¥ 3,528より

現地へ行っても残っていない。世界から消えた姿を写真でなら見ることができる 
1  永遠に失われた偉大な建築
2  一部は失われ、一部は残った
3  危機に瀕する遺産
4  再び立ち上がる日


おんなじ理由で、イスラム国の連中も嫌。
《2014年6月、モスルを制圧した過激派組織「イスラム国」(IS)はニムルドも掌握し、遺跡を破壊すると表明。翌年、ISは破壊する様子を映像で公開した。彫刻はハンマーや電動ドリル、ブルドーザーなどの重機を使って壊され、新田はダイナマイトで爆破された》ニムルド
いろいろな理由で移籍は消滅しているんですね。

バーミアンやニムルドみたいに、一部の本来の、そしてそれが発生した頃のイスラム教徒らしいイスラム教徒によって破壊されたものもあります。中華人民共和国がチベットを侵略したついでに、わけもわからず壊しちゃった遺跡もあります。火事で燃え落ちたもの、戦争で失われたもの、地震で崩れ去ったものといろいろですね。

そうそう、朝鮮総督府っていうのも、ずいぶん立派な建物だったそうじゃありませんか。
これが朝鮮総督府。前にあるのが光化門ですね。1995年、金泳三が大統領の時に、爆破しちゃったんですよね。

日本が嫌いだから爆破した遺産。爆破遺産ってのもどうかな。韓国にはけっこうありそうですけどね。
総督府




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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