めんどくせぇことばかり 2018年06月
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『鬼平先生流 粋な酒飯術』 佐藤隆介

後に《必殺シリーズ》と呼ばれるようになる時代劇の始まりが、池波正太郎の『仕掛人・藤枝梅安』にあったことを知ったのはだいぶあとのことでした。先にテレビ時代劇としての《必殺シリーズ》に馴染んでしまったので、池波正太郎という人物が頭に浮かぶ前に、藤田まことの顔が浮かんでしまいます。でも、『仕掛人・藤枝梅庵』を読むと、やっぱり池波正太郎なんですね。

梅安さんもそうだけど、鬼平も剣客商売の小兵衛も、ものの食い方には型があって、口うるさいんですよね。だけど彼らが主張するその型にはちゃんと筋の通った理屈があって、まるで彼らの舌は、その理屈を外しては、それの旨さを感知しないようになってるんじゃないかってくらい型にこだわる。

土台、彼らがこだわる食い物は、あらためて考えてみれば、そうそう大したものではないわけです。豆腐だったり、蛤だったり、ごくごく当たり前のものばかり。そういう誰でも手に入りやすい食材を、ちょっとの工夫で「うまく食おう」、「うまく食ってほしい」っていう知恵だったり、心配りだったりに感じられるわけです。

この本は、数多くの“飲むこと食うこと”エッセイをまとめたものですが、それらの最後の方に《鬼平先生流[粋な酒販術]》っていうのがあります。そこに「粋の基本は、抑制のきいた控えめな姿勢にある」と書かれています。どうもひとつ、私の思ってきたものと違います。さらに、以下のように続きます。
鬼平時代の江戸は人口百万を超える世界有数の大都市だった。ボンヤリ歩いていればたちまち人にぶつかる。つねに、周囲の人間に、気配りや気遣いが欠かせない。その気配りや気遣いがまとまって洗練されたマナーが「粋な振る舞い」に他ならない。

どこか「粋」というものを、自分を良く見せようとか、姿格好にこだわったもののように捉えた部分がありましたので、パウロではありませんが、目から鱗が落ちました。人を気遣って、しかもそれを感じさせない心遣いが「粋」な振る舞いなんですね。小兵衛たちのもののくい方にも、なんだかそれに通ずるところがあるようです。



小学館  ¥ 659

池波正太郎の書生を10年務めた著者の食をめぐる痛快エッセイ 人生とは畢竟、口福に尽きる
鴨は葱背負っては来ない        蕎麦屋とは昼酒処なり
そもそも小料理屋とは何ぞや      ホワイト・アスパラガス万歳
手塩にかける心              日本一ぜいたくな駅弁
叶ふはよし 叶ひたがるはあしし    遊びをせんとや生まれけむ
寿命は「御御御付」で決まる       とりあえず卵さえあれば
鮑捕る海女の眉目よき潮めがね    「いただきます」忘るべからず
反骨                     会う人すべてが我が師
一日不作 一日不食           お茶の子さいさい
夏酒の友                  花間一壷酒 獨酌無相親
お楽しみ袋                 花気随酒
毘梨耶は大根の皮にあり        丑の日は「どぜう」にしよう
色不異空 空不異色 色即是空    松茸飯ごっこ
ホワイトデー                朝湯 朝酒 朝マル鍋
池波流「冷やし汁」            俺のカレーライス
豊葦原瑞穂国に帰れ           酒酣心自開
おもしろうわさびに咽ぶ泪かな     薫風には西洋ウドとキャベツ蚕豆
涼菜涼酒                  海苔弁
盤中祇有水精塩              たかが蒟蒻 されど蒟蒻
「目くじら」も今は死語か         辰巳芳子『食に生きて』読むべし
枝豆を喰えば雨月の情あり       老驥伏櫪 志在千里
鬼平先生流 [粋な酒飯術]       蛤少々、浅利たっぷり


著者の佐藤隆介さんは、コピーライターが本業の方だそうです。副業として翻訳やら編集の仕事やらとありますので、大きな枠の中では池波正太郎さんと同じ《ものを書く仕事》を生業としてきた方だそうです。

著者が自称する"池波正太郎の書生”を務めることになったのは、『食卓の情景』がきっかけだそうです。《その一巻を貫く「生きることは食べること。食べることは生きること」という池波正太郎一流の人生哲学に私はしびれた》とあります。そして、"池波正太郎の書生”生活の中で、「人生の達人ならではの“粋な飲み食いの法”を叩き込まれた」とありますが、それは著者にも、それを受け取る土台があったということですね。

たしかに、《飲むこと食うこと》にここまでこだわれば、それを軸にした人生を送ることもできるんですね。びっくりしました。

海なし県の、しかも山国生まれということもあって、海の食材に季節を感じるということが、還暦間近のこの年になってもわかりません。自分からそれを求めることもなかったので、残念ではありますが今更どうにもなりそうもないですね。

山岳部時代の万年食当に始まって、誰かと山に行くときはいつもご飯の係をしていたこともあり、「作ること、食べること」が若い頃から大好きです。ただ、山の食当始まりということもあって、《早く、軽く、うまく》なんですね。まあ、家で料理するのに《軽く》は関係ありませんが、いまだに《早く》というのにはこだわってしまいます。

今はもう、連れ合いと二人の暮らし。寂しくなるのかと思ってましたけど、違いました。もう、二人のほうが気楽です。子供と同居なんて、もう、とてもとても・・・。いまは、《早く》からも開放されて、“うまい”飯を二人で楽しみたいですね。

この本の後半では、奥様に先立たれた著者の“飲むこと食うこと”エッセイが披露されたます。どこまでも、“飲むこと食うこと”に向き合って生きておられることに感服いたしました。私も、仮に連れ合いに先立たれることがあったとしても、山に登るために、うまいものを食うために、死ぬまで生きていこうと思います。



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仏露『世界の歴史はウソばかり』 倉山満

『世界の歴史はウソばかり』はちょっと前に読んで、すでにブログでも紹介した本なんだけど、覚書に書き残しておいたものがあって、ちょっと時間が経ったんで、今ならいいだろうということで紹介します。

例えばフランス革命に関してなんですが、「ギロチンは平等思想の産物」なんですって。「身分に関係なくだれでも苦しまずに死ねる」ということでは、たしかにそうかも知れませんね。各地で反革命狩りが行われ、50万人もの人が反革命容疑者として捕まり、約1万6000人が死刑に処されましたよね。まあ、殺された方々に関しては、死の苦痛に関していえば、たしかに平等だったかもしれませんね。

各国軍が王や皇帝の傭兵中心であったのに対し、フランスは士気の高い国民軍であったことがナポレオンの軍の強さの本質だったとはよく言われますよね。たしかにそうだと思います。日本が国民軍を組織するのは、それから百年後のことになりますが、これが日本人の国民性にあってたんでしょうね。それこそ、凄まじく強力な軍を作り上げることになります。
 
ただ、ナポレオンは、その用兵術において、優れた能力を持っていたことも事実です。なかでも移動の速さは、他の国の軍の三倍の速さで移動したそうです。三倍の敵に囲まれても移動の速さで各個撃破したと言うんですから、驚きですね。

ゲーテが言ってますが、これによってフランス軍の兵士は、ナポレオンに従えば、これまでなし得なかったこともなしうると、心底信じられるようになったわけですね。そこにフランス軍の本当の強さがあったのかもしれませんね。

のちに、各国が国民軍に切り替え、ナポレオンの用兵を学んだからことから、ナポレオンも勝てなくなってしまいますけどね。

いずれにせよ、ナポレオン戦争は、フランス人が武器をもって周辺諸国と戦う経験をすることで、国民国家としてのフランスが形成されたという大きな意義を持ってますね。フランスがフランスに、フランス人がフランス人になったのが、このナポレオン戦争だったということでしょう。フランス語が普及したのものこの時だそうです。

フランス革命はあまりにも大きな動乱ですが、大きな動乱に発展したのは、そこに後のマルクス主義にも通じる極めて単純な二元論的な考え方が生まれていたからでしょう。

ただ、後のその傾向が明らかになった極左活動家に啓蒙された下層市民が武装蜂起であるパリ・コミューンでは、もっとひどいことになった。じつは、一般パリ民衆は反コミューンで、ビスマルクはフランス暫定政府を支持してこれを鎮圧してますね。殺戮は凄惨をきわめ、死者は3万人以上。フランス革命10年の死者を、コミューンはたった1週間で上回ったそうです。

パリ民衆は、コミューンに極めて危険な何かを感じていたんでしょうね。



ビジネス社  ¥ 1,512

世界が知られたくない暗黒史を大暴露! 史上最も格調高いヘイト本
序章  日本人がまったく知らない国民国家論
第一章  典型的な「国民国家」フランス
第二章  国民国家の理論でナチズムをやっている中国 主権国家にすらなれていない韓国
第三章  常に異ネーションをかかえた帝国ロシア
第四章  国体と政体の区別がない「人工国家」アメリカ
第五章  「民族主義」のヒトラーに破壊された国民国家ドイツ
第六章  エンパイアから始まった国民国家イギリス
第七章  七世紀には国民国家だった日本
おわりに 「史上最も格調高いヘイト本」

さて、最近のロシアですが、プーチンが目指すのは、やはりソ連の復活でしょう。ただし、共産主義ではなく、ガスプロムのもとにおけるソ連の復活ということになります。ガスプロムは世界最大のガス会社で、ロシア政府が株式の50%を保有している実質的な国営企業。プーチンはその利益代表と考えればいいでしょう。

アレクサンダー・レベジはロシア・ナショナリストで、エリツィンと大統領選を争うが、ソ連からロシアを取り返すのに協力し、取り返した後はチェチェン紛争の凍結や西側との関係改善に尽力した人物です。共産主義と決別し自由主義経済の導入を目指した、ロシア史上一番と言ってもいいくらいの真人間です。そして、その政敵がプーチンでした。プーチンの政敵はよく不慮の事故で無くなるが、レベジは謎のヘリコプター事故で死んでしまいました。

プーチンは大統領になって間もない2001年、中国と組むことを選択して上海協力機構を発足させました。上海協力機構は軍事同盟で、テロ防止を掲げるものの仮想敵は言わずと知れたアメリカです。プーチンは中国と軍事同盟を組んで、アメリカに対抗する道を選択したのです。

ロシア史上一番の真人間が・・・。ああ、もったいない。




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修正主義『日本人が知らない最先端の世界史』 福井義高

《過ちては則ち改むるに憚ること勿れ》って、論語にありますね。間違っていたら、あらためるべきです。孔子の時代から、当たり前です。

第一次世界大戦と戦後のベルサイユ体制に関しては、修正は受け入れられました。ドイツ軍がベルギー占領の過程で行った強姦及び略奪を行ったというプロパガンダの嘘は、戦争が終わって冷静さを取り戻すとすぐに暴かれました。世界大戦の起源に関しても目が向けられて、ドイツ単独責任論にも疑問が投げかけられました。

修正主義者の意見がベルサイユ史観を完全に覆したというわけではないが、少なくとも修正意見は表明の場が与えられ、議論の対象となりました。

だけど、その《過ち》があまりにも大きすぎると、あらためるわけには行かなくなっちゃうんでしょう。

日本との戦争を主導し、終戦目前までアメリカを導いたルーズベルトが死ぬと、副大統領だったトルーマンのもとで民主党政権が継続し、彼はルーズベルトによって開発された原爆を、二発も日本に落とした。戦後、すぐに始まった米ソ冷戦のなかで、第二次世界大戦をアメリカの大勝利に導いた政権担当者たちの戦争責任を暴き立てることは、アメリカの利益にならないと考えられた。

冷戦が終わった後はどうか。ファシズムは今でも激しく糾弾されているのに、共産主義は糾弾の手を免れ、ソ連が崩壊したことでもはや無毒ととらえられるようになった。かつて、第二次世界大戦を、民主主義対ファシズムの対立と意義付けた人々は、共産主義が無毒化されたことで、さらに堂々とファシズムを批判できるようになった。

共産主義はファシズム以上に多くの人々を地獄に叩き落したのに、“無毒”とされた。“無毒”とされた共産主義者たちは、民主主義対ファシズムの戦いにおいて、民主主義陣営の先頭に立つ身となった。

彼らは、彼らを攻撃する声をヘイトスピーチと呼んでファシズム陣営に貶めた。

《過あやまちて改あらためざる、是これを過あやまちという》・・・彼らにそんな論語の知恵は通用しない。


『日本人が知らない最先端の世界史』    福井義高


祥伝社  ¥ 1,728

従来の常識を覆す新しい論点が次々と提示され、読者を知的興奮に誘う
Ⅰ 「歴史修正主義」の論争の正体
第1章 日独同罪論をめぐって
第2章 歴史認識は処罰の対象となるか
第3章 なぜ「歴史修正主義」は非難されるのか
第4章 チャンドラ・ボースは英雄か傀儡か?
Ⅱ 「コミンテルンの陰謀」説の真偽
第5章 「コミンテルンの陰謀」は存在したか
第6章 過去を直視しない人々
第7章 ヴェノナの衝撃
第8章 それでも「スパイ」を認めない人々
Ⅲ 大衆と知識人
第9章 大衆と知識人は。どちらが危険か
第10章 ナチスを支持したのは、はたして誰か
Ⅳ 中国共産党政権誕生の真実
第11章 毛沢東はスターリンの傀儡だった
第12章 中国共産党の「救世主」だった日本
第13章 中国共産党政権の誕生に果たした米国の役割


歴史修正主義と言えば、やはり何といっても韓国人でしょう。

今に始まったことではありませんが、歴史問題に関して、韓国の論調は話になりません。歴史修正主義を取ってみても、修正主義と日本を非難しながら、彼らはものすごいダイナミックさで、どんどん歴史を書き換えていきます。そこはまるでファンタジーの世界。彼らの頭に思い浮かべたことが、即、歴史的事実になるんですから。

彼らが旭日旗を持ち出してきたときは、本当にすごかった。2011年のサッカーアジアカップ準決勝の日韓戦で、韓国の選手が日本人選手を猿になぞらえて、猿まねをして侮辱した。その行為への批判が高まると、彼は「観客席の旭日旗を見て涙が出た、私も選手の前に大韓民国国民です」と釈明したが、その日、そこに旭日旗は翻っていなかったそうです。

旭日旗を嫌がらせのネタにしている韓国人は確かにいたが、それが国民を巻き込む動きになったのは、これが始まりのようですね。

さらには、2012年ロンドン五輪のサッカーにおける3位決定戦で、韓国選手が試合後に「独島はわれわれの領土」と書かれたプラカードを掲げて裸で駆け回ってましたね。日本がIOCに訴えると、韓国は「会場に旭日旗があった、これもオリンピック憲章違反だ」言いだし、旭日旗をハーケンクロイツに匹敵すると、ドイツ人もびっくりのファンタジーの世界にドップリと・・・。

韓国人にとっては、反日は国是としか言いようがありませんね。それなくして、韓国人の一体感はあり得ないでしょう。だいたい、韓国人が国家意識、国民意識を抱いたとき、日本がそこに支配者として存在していたわけですからね。鳥の子が最初に見た動くものを母親と考えちゃうのと一緒ですね。

そうそう、日韓合意ですか。そんなものを踏み倒すことは、韓国人には朝飯前でしょう。それでも慰安婦像だけでは不安になったのか、今度は徴用工像ってのを建ててるんだそうですね。

まあ、次から次へと・・・。




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“中国”『新しい日本人が日本と世界を変える』 日下公人

信用ならない“中国”の統計によれば、国際決済銀行の統計で、二〇一五年末までの三年間で“中国”の政府、企業、家計の債務合計は約九百二十兆円増加したそうです。まあ、日本政府の借金もバカにならない金額ですが、国債を国民が購入するという形での借金ですからね。しかも、日本は経済実態の透明性が確保されていて、国際的な信用度も高いですから、バカにならない金額の借金があっても信用不安は起きてません。

でも、“中国”はどうでしょう。

二〇一〇年、“中国”のGDPは日本を抜いてアメリカに次いで世界で二位になりました。加熱する不動産市場の中で《工業生産能力は二〇一四年までの七年間で粗鋼約二倍、自動車二.三倍、セメント一.九倍と膨張し、世界経済の怪物になった》わけです。

そんな状況の中で、世界は“中国”と商売をすることで経済の浮揚させる手っ取り早さに惹かれたんですね。今では“中国”が官民で打ち出す数字の信用なさは有名です。それでも“中国”は、地方共産党官僚のおべんちゃらと中国共産党の強権による綱渡りを続けているし、世界が“中国”に淡い夢を抱いている状況がそれを可能にしているわけですね。

バカな話だとは思いますよ。でも、18世紀以来欧米は、この“中国”の抱える膨大な人口によだれを垂らしてきたわけです。アヘン戦争以降は“中国”の柔らかい肉にむしゃぶりついてきたわけです。そのしびれるような美味しさは、いまだに欧米の脳みそにこびりついているのでしょう。そして中国共産党は、それを見越して、冷や汗を隠した綱渡りを続けているわけですね。


PHP研究所  ¥ 1,836

さまざまな分野で活躍する「新しい日本人」に着目し、日本と世界の明るい未来を指し示す
第一章 「新しい日本人」の台頭が始まる
第二章 マスメディアの旧態依然とした「報道」
第三章 「反知性主義」って何のことですか?
第四章 「新しい日本人」にとっての憲法観
第五章 日本の「ストーリーの力」を体現する安倍首相
第六章 「新しい日本人」は優位戦思考を持つ
第七章 グローバリズムからローカリズムの時代へ
第八章 日本国家の歩みは“終わりのない芝居”
第九章 さまざまな分野で活躍する「新しい日本人」
第十章 そして「新しい日本」の時代が始まる

日本だって偉そうなことは言えません。《伊藤忠商事の元会長で“中国”大使を務めた丹羽宇一郎氏は、伊藤忠の役員時代、「将来は大中華圏の時代が到来する」「日本は中国の属国として生きていけばいい」「日本が幸福かつ安全に生きる道は中国の属国になること」》と語ったそうだ。

“中国”大使に就任したのは二〇一〇年、民間出身の“中国”大使として彼を起用したのは、菅直人内閣総理大臣でした。折から、尖閣諸島“中国”漁船衝突事件では“中国”政府から早朝に呼びつけられたりしてましたね。まさに率先して属国の代表のようにふるまったんでしょう。

二〇一二年の反日運動がさかんに行われている頃、丹羽宇一郎大使の乗る公用車が、二台の車に走行を妨害され停止したところ、一台から下りてきた男に公用車に掲げてあった日本国旗を奪われるという事件がありました。

しょせん、儲かるから“中国”と関わってきたのが彼らです。属国になってでも、儲かるから付き合うという根性です。チベットや東トルキスタンがどんな目に合されようが、“中国”と付き合えばもうかるから見て見ないふりをして付き合おうという人たちですよね。

“中国”経済発展の背景にあるのは、日本の対“中国”ODA(とは言っても伊藤忠商事のように、それを横から吸い取ろうとする企業もありますが・・・)と農民工の低賃金。“中国”で儲けようとする企業は、それに付け入ってきたわけですね。残念ながら多かれ少なかれ・・・。これは、単に労働力の安い国に工場を作ろうとするのとはわけが違います。その“中国”国内における都市と農村の戸籍格差からくる差別に加担しているわけですから。

そういう、“中国”社会の問題と取り組もうとする人たちと、日本は連帯していくという姿勢がありましたね。そうして“中国”社会の深いところとも接触をしてきました。よく考えれば問題も抱えていますけど、かつての“中国”との関係の仕方には、そのようなものが根強くあったと思うんですけどね。




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テーマ : 読んだ本
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二子山から武川岳

6月もそこそこ山を歩いてたんだけど、ブログに書くの忘れてました。5月31日・6月1日は一泊二日で、高校生を連れて、奥武蔵の堂平山に登りました。登山ということなら一泊するまでもないんだけど、堂平山頂はほぼ360度の展望が効いて夕日、朝日が拝めるし、夜景や星も楽しめるからね。そういう期待を持って行ったんですが、星と朝日はだめでした。夕日と夜景はバッチリ楽しめました。
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2年生だけ連れて行ったんですが、彼らも泊まりの道具を背負って山に登るのは初めて。最初は荷物の重さに苦しんだようですが、山で泊まると別の楽しみがあることがわかってくれたみたいです。1年生は翌々週の16日に飯能アルプスを歩きました。前半雨が降っていて、カッパをかぶっての山登り。いい経験になったと思います。

だけど、高校生を連れて行くのも潮時かな。山でもスマホを取り出す割に、山にお金をかけることを極度に渋る彼らに、山の面白さを教えるのは、結構忍耐力がいります。歳のせいか、どうも最近、我慢することが苦手になっててね。
ということで、6月9日に一人で歩いた、芦ヶ久保駅から二子山や武川岳を経由して正丸駅までの山歩きの話を聞いてください。
地図
前の週に2年、あとの週に1年の高校生を連れて山に行くので、挟まれた9日の土曜日にはぜひ一人で山を歩きたいと思ってました。だけど、この間梅雨入りしたということで、ほとんど諦めていて、コースもろくに決めてませんでした。それが前の晩の天気予報で、どうも良くなるらしい。

奥多摩の大岳山にそのうち登ろうという頭はあったんだけど、金曜の夜は仕事で疲れていたこともあって、遠出するのが億劫に感じられ、奥武蔵の二子山から武川岳のコースに決定。ざっと準備して、細かい準備は翌朝に回し、夜のうちに登山計画書だけ書いて寝ました。・・・この段階で、私は大きな失敗を犯していました。

朝、チャチャッと準備をして、6時ころ車で出発。西武線の高麗駅近くのパーキングに車をおいて、電車で芦ヶ久保へ向かいます。
P6090030.jpgP6090031.jpg
一段高いところにある駅から川に向かって下り、川を渡る橋の手前にあるのが左の写真の道標。そちらに向かうと右の写真のように、トンネルを通って線路の下をくぐります。・・・『山の霊異記』の安曇潤平さんがここを通ったら、必ずなにか書くでしょうね。

ここからはいったん尾根の上まで登り、向こう側に下って、谷あいの沢沿いに進みます。沢が細くなり、がれた岩場の下に消える頃には勾配がきつくなって来ます。胸がゼーゼー言わないように、大事に歩いていきます。
P6090040.jpgところが、きつい勾配を登って二子山に続く尾根に出たと思ったら、本当にきついのはここからでした。左の写真ではわからないでしょうが、奥武蔵ならではの樹林のなかのロープが張られた急勾配。しかも梅雨の中休みの斜面は水を吸った赤土で、小さな歩幅を取れずに、大きな一歩をロープも使って一気に上る。
二子山の雌山を前にして、すでにゼーゼーが出てしまいました。雌山からは、まず岩場を下って、がれ場を登り返します。ゼーゼーを収めて、しっかり息を整えて登ります。
P6090045.jpgP6090047.jpg
山頂からは武甲山だけじゃなくて、秩父の町も見えました。兄に背負子で背負われて野麦峠についたミネが言いましたね。「ああ、飛騨が見える」・・・そんな気分です。すみません。私、死にませんけど・・・。秩父橋だけじゃなくて、巴橋まで見えちゃいました。右の写真は両神ね。

雄山から少し下って、そこからしばらくは快適な尾根歩き。駅以来、誰にも会いません。独り占めです。しばらく行って、厳しい登りを頑張り切ると、そこは焼山。
P6090049.jpg焼山からの武甲山です。二子山よりもさらに近づきました。ずいぶん削られちゃったな~。本当に、悪いね~。

ここで大声を出してたら、ほんの五分ほどあとから若い人(40歳位)がやって来ました。もちろん、先に行ってもらいました。
ここから蔦岩山をこえて武川岳に向かいます。途中で一旦林道に降りてから再び山道に入るんですが、その後、二回ほど旧勾配の坂道を越えて、ようやく蔦岩山の薄い表示にたどり着きます。

頑張った割には表示が薄いです。
P6090051.jpg
P6090054.jpg蔦岩山から武川岳までは写真のような樹林のなかの尾根道が続きます。この間、ずっとハルゼミの鳴き声と一緒。

どうも、このハルゼミの声というのは、夏場のセミと違って、質量を感じさせない声で、なんか体を通り過ぎていくよう。

折から、名前も知らないちょうちょうが、やはり質量を感じさせない浮遊を見せる。・・・向こうの世界から来たのかな。・・・誰?
時間すら忘れそうになりながら歩くうちに、武川岳につきました。

ここで、大きなミスに気が付きました。力ラーメンを食おうと思ってガスをセットしようとしたら、・・・ボンベがありません。ボンベを入れ忘れてました。

うう、夜のうちにしっかり準備を終えておかなかったのが原因です。
P6090056.jpg
仕方がない。この段階で10時20分。正丸の駅の売店で昼飯を食おう。そこまで一気に行こう。そう決めて、急ぎ足で歩き始めました。

腹減った!
この日は梅雨の晴れ間。景色はくっきりしているものの、湿気はひどい。ここまで急な上り下りを越えてきた割には水分の摂取が十分でなかったみたい。私の場合、そういうときは頭痛に現れます。軽い熱中症の症状です。

名栗のげんきプラザまで下りて、大蔵山に登り返し、さらに正丸駅に下りていく途中で、一度沢に降りて水を浴び体温を下げました。
P6090061.jpg
P6090063.jpg正丸駅までは2時間かけずに下りました。そのまま駅前の売店に入り、昼ごはんにしました。

写真は、冷やしたぬきそばと半カレー。確か650円位だったと思います。半カレーとは言え、そこそこの量。これは結構お得でした。
売店で、50歳前後の男性が母親と思しき人と一緒にそばを食べてました。この梅雨の晴れ間に観光にでもいらしたんでしょうか。私は母に、そんなことしてやりもしなかった。後悔ばかりです。・・・あのときのちょうちょうは、・・・




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炒り卵『鬼平先生流 粋な酒飯術』 佐藤隆介

最近は、見てても、ちょっと間延びしているような気がするんですけどね。NHKの《サラメシ》っていう番組、あれ好きなんです。働くようになってからの昼飯歴を振り返ってみると、昼飯歴は私の歴史そのものでした。

最初の頃は、職場から注文できる弁当か、隣接する高校の食堂で食わせてもらってました。弁当は赤い容器に入ってることから“赤弁”と呼ばれてました。値段は320円。日替わり弁当で、中身は一律。老若男女、万人受けする当たり前のおかずでした。

高校生用の食堂は、やはり高校生用でしたね。大学の食堂のほうがはるかに上でした。埼玉県の多くの高校にはいってる業者みたいだったけど、あの値段なら、自分のほうがうまいものを腹いっぱい食わせられると、いつも思ってました。

二日酔いの日が多く、朝飯どころか、昼飯も食えないこともけっこうありましたね。ひどい毎日を送ってたもんです。

就職してから2年ほどで結婚してしまいましたが、それからは連れ合いに弁当を作ってもらってました。ああ、うまかったですね。好きなおかずはたくさんありましたけど、中でも一番好きだったのが、・・・

池波正太郎は、葱入りの炒り卵が好きだったそうです。それも葱のたくさん入ったのが好みだったとか。連れ合いの作ってくれた弁当のおかずで一番好きなのは、それをハムで巻いて、ようじで止めて焼いたものでした。《ハムたまご》って読んでましたけど、やっぱり葱がたくさん入った方が、うまかったですね。



小学館  ¥ 659

池波正太郎の書生を10年務めた著者の食をめぐる痛快エッセイ 人生とは畢竟、口福に尽きる
鴨は葱背負っては来ない        蕎麦屋とは昼酒処なり
そもそも小料理屋とは何ぞや      ホワイト・アスパラガス万歳
手塩にかける心              日本一ぜいたくな駅弁
叶ふはよし 叶ひたがるはあしし    遊びをせんとや生まれけむ
寿命は「御御御付」で決まる       とりあえず卵さえあれば
鮑捕る海女の眉目よき潮めがね    「いただきます」忘るべからず
反骨                     会う人すべてが我が師
一日不作 一日不食           お茶の子さいさい
夏酒の友                  花間一壷酒 獨酌無相親
お楽しみ袋                 花気随酒
毘梨耶は大根の皮にあり        丑の日は「どぜう」にしよう
色不異空 空不異色 色即是空    松茸飯ごっこ
ホワイトデー                朝湯 朝酒 朝マル鍋
池波流「冷やし汁」            俺のカレーライス
豊葦原瑞穂国に帰れ           酒酣心自開
おもしろうわさびに咽ぶ泪かな     薫風には西洋ウドとキャベツ蚕豆
涼菜涼酒                  海苔弁
盤中祇有水精塩              たかが蒟蒻 されど蒟蒻
「目くじら」も今は死語か         辰巳芳子『食に生きて』読むべし
枝豆を喰えば雨月の情あり       老驥伏櫪 志在千里
鬼平先生流 [粋な酒飯術]       蛤少々、浅利たっぷり

P6230004.jpg写真が下手ですみませんが、土曜日の朝ごはんを写しました。おむすび2つ。2つで1合くらいの大きさかな。中身は梅干しです。最近は、スーパーに並んでるのは調味梅干しばかりで、梅の里でもある越生の物産館に行って買ってきます。

味噌汁の具はかぶとちくわ。おかずは葱入りの炒り卵と、わさびと昆布の佃煮です。
自分で朝ごはん全部を準備するのは仕事が休みのときだけですけど、味噌汁だけは毎日私が作ります。この本の著者は一週間分の出汁をまとめて作り、冷蔵、冷凍庫で保存するそうですが、私はそれさえ面倒です。それで、粉末を使います。煮干しを粉末にしたもの。昆布を粉末にしたもの。鰹節を粉末にしたもの。干ししいたけを粉末にしたもの。今はもっぱら、煮干しの粉末と干ししいたけの粉末を混ぜたのを使ってます。

具は、味の素の宣伝ではありませんが、残り野菜。・・・残り野菜という概念はありませんね。野菜は連れ合いが、なんでも安く売ってるのを中心に買っておいてくれてます。それをいろいろに使うだけです。使うために買ってるのであって、残ってるわけではありません。使い方をあとから考えてるでけですね。組み合わせで色々発見があって、この日のかぶの味噌汁は牛乳を入れて白みそ風にすると、なんだかとても美味しくなります。

わさびと昆布の佃煮は、ちょっと前に連れ合いと奥多摩を歩きに行ったときに買ってきたものです。ご近所にもお土産にして、けっこう好評だったみたい。

なんと言っても葱入りの炒り卵。ほんの少しの塩で味をつけて、・・・。

ああ、安らぎの週末の始まりです。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本の野菜レシピ』

シリーズの中で、この本だけ時価になってた。しかも、安くなってるからお買い得です。一番最初の『からだにおいしい野菜の便利帳』と、この『からだにおいしい野菜の便利帳 日本の野菜レシピ』を持ってるんだけど、こっちの本は地方独特の料理とかを紹介していて、私としてはセットのつもりで購入したものです。

こっちの本は、それぞれの野菜の由来であるとか、地域地域での呼ばれ方であるとか、主産地での独特な食べ方であるとかが紹介されていて、そのことにも惹かれて手元に置きました。

どうも、江戸から昭和にかけて発行された家庭料理を記した膨大な文献をもとに、地域地域と野菜との関わりをふまえて構成されたっていうんですから、まるで研究論文のようなものですね。・・・美味しい研究論文ですね。

そんな本のせいか、他の料理のホントは少しずつずれがあるんですね。その“ずれ”の部分が地方色であったり、時代の“ずれ”であったりなんですね。その“ずれ”のない料理は『からだにおいしい野菜の便利帳』でどうぞって、そんな感じです。

でも、購入した当時よりも、最近のほうが使うことが多いんです。私自身の、野菜に対する志向が高まってきているからです。肉も大好きなんだけど、以前のように、肉肉肉、肉肉肉と、肉だけ食えなくなってるんです。野菜も一緒に肉ね。

それから、ようやく野菜の旨さに気が付きました。



高橋書店  ¥ 時価

ちょっと心のあたたまる野菜を使った家庭料理のレシピを全国から集めてみました
実  トマト きゅうり ピーマン オクラ とうがらし 他
根  大根 かぶ にんじん ごぼう れんこん 他
葉  キャベツ ほうれんそう はくさい こまつな 他
香  にんにく しょうが さんしょう みょうが 他
果  りんご 梅 柑橘類 かき あんず


家でそばを食べる時、・・・私はそばは打ちませんので、乾麺か、半生麺ですが、ざるに盛ったそばの上に野菜を乗せるんです。この本で《にらそば》を知ってからのことです。にらの他にはねぎもうまいです。そばよりも、にらやねぎの香りが買っちゃいますけど、もとからそば屋のそばじゃありませんからね。

大根おろしやわさびも、つゆの方じゃなくてそばにのせるんです。つゆはそのままですから、いろいろと味を変えることもできます。

夏場、トマトが安くなったら、断然、トマトのおひたしです。切ったトマトにだし醤油をかけて、鰹節をふって食べるんです。トマトがうまくなります。

これも夏場、すでに今シーズンは一度食べました。枝豆の“豆漬け”です。それなりの塩水で煮て、冷めたらその中にとうがらしと青じそを入れて漬け込むようにするんです。冷蔵庫で一晩漬けて、翌日のおつまみに。夜が来るのが待ち遠しい。

豆を食うんなら、福島県の“打ち豆の煮付け”です。基本はみがきにしんの煮付け。にしんと大根を炊いて、塩と醤油に砂糖で味を整えて、最後に打ち豆を加えて2・3分。打ち豆は、事前に木槌で豆を潰しておくの。打ち豆にしておくと、柔らかいし、すぐ火が通るし、味も染みます。つぶす前に2時間位ぬるま湯につけておくといいようです。

豆入りですから、これだけで、ご飯はいりません。

どうでしょう。地方ずれ、時代ずれしているでしょう。時価の本になっちゃってますけど、amazonなら激安ですしね。




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テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

反日『新しい日本人が日本と世界を変える』 日下公人

平成二十七年、ユネスコは“中国”が申請した《南京大虐殺文書》なるものを記憶遺産に登録した。申請した資料の一切は、日本にも諮問委員会にも開示されないままの、わけの分からない登録だった。これに対し日本は、翌年のユネスコに対する分担金・拠出金およそ四十四億円の支払いを留保した。

このことに関する報道の立場。
朝日新聞
「節度欠く分担金の保留」
「分担金と引き換えに履行を迫るような強圧的な対応は賢明とは言えない」
「記憶遺産は、後世に残すべき資料の保存や活用を支援するもので、正しい歴史的事実を認定する制度ではない」

毎日新聞
「品位ある関与が必要だ」
「分担金の支払いを留保すれば、国際社会での振る舞いとしては品位を欠く」

産経新聞
「政治利用許さぬ改革迫れ」
読売新聞
「記憶遺産の政治利用を許すな」

平成二十六年五月十五日、限定的な集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ政府の有識者会議である安保法制懇の報告書を受け取った安倍首相は、行使容認について「必要な法的基盤を盤石にする確固たる信念をもって、真剣に検討を進めていく」と表明

このことに関する報道の立場
東京新聞
「“戦地に国民”へ道」
朝日新聞
「集団的自衛権行使に転換」
毎日新聞
「集団的自衛権容認を支持」



PHP研究所  ¥ 1,836

さまざまな分野で活躍する「新しい日本人」に着目し、日本と世界の明るい未来を指し示す
第一章 「新しい日本人」の台頭が始まる
第二章 マスメディアの旧態依然とした「報道」
第三章 「反知性主義」って何のことですか?
第四章 「新しい日本人」にとっての憲法観
第五章 日本の「ストーリーの力」を体現する安倍首相
第六章 「新しい日本人」は優位戦思考を持つ
第七章 グローバリズムからローカリズムの時代へ
第八章 日本国家の歩みは“終わりのない芝居”
第九章 さまざまな分野で活躍する「新しい日本人」
第十章 そして「新しい日本」の時代が始まる


平成二十七年夏の安全保障関連法案への反対運動に関する朝日新聞の報道
8月最後の日曜日となった30日、安全保障関連法案に反対する人々が国会前に集まった。大学生、1960年安保の運動家、戦争体験者ー。世代を超えた人の波は主催者発表で12万人となり、国会議事堂前や周辺を取り囲んだ。抗議のうねりは全国各地にも広がった。

午後2時過ぎ、国会議事堂の正門前、「戦争NO!」「9条壊すな」などと記された、赤や青、黄色のプラカードを手にした市民で、東西に延びる幅50メートル近い車道が埋め尽くされた。

拡声器から流れる「戦争法案今すぐ廃案」のかけ声に合わせ、「ハイアン・ハイアン」と声をあげる。(略)

当時の岸信介首相が退陣した60年安保闘争の際には、約30万人とされるデモ隊が集まり、大学生の樺美智子さんが圧死する事件が起きた。今回、主催者は「万が一の事故が起きないよう、状況に応じて車道を開放してほしい」と事前に警察側に求めていた。

この日の国会周辺の人出を約3万3千人とする警察側は、開始後の段階で人々を車道に誘導し始めた。警察関係者は「想定していたより人出が多かった。押し合って倒れるなどけがをしないよう、現場の判断で歩道と車道を隔てていた柵を外した」と語る。

正門前の車道に加えて、国会をぐるりと囲む約1.3キロの歩道や、周辺の地下鉄駅の通路まで人並みは伸びた。流れを規制するバリケードの前で「ア・ケ・ロ」「ア・ケ・ロ」と声をあげる人々や、正門前にたどり着けず、「議事堂も目にできないなんて」と嘆く男性も。朝に思い立って名古屋市から駆け付けた大学教員の女性(36)は「これだけ集まったのは、国民の関心の表れ」と語った。(略)
朝日新聞、うれしそうですね。・・・警察発表は3万3千人なのに、主催者発表は12万人なんですね。どうしてでしょうね。朝日新聞は数えなかったんですね。

この時の集会は、坂本龍一さんが参加したとか、学生団体のシールズがどうのこうのとかで話題になりましたね。朝日新聞はこのシールズを「普通の大学生」と伝えたんだそうです。リーダーの奥田愛基さんは、だいぶ、それ相応の背景を持った学生さんのようですけどね。

「そんなに中国が戦争を仕掛けてくるというのであれば、そんなに韓国と外交がうまくいかないのであれば、アジアの玄関口に住む僕が、韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を酌み交わし、もっともっと仲良くなってやります。僕自身が抑止力になってやります。抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります」

シールズ主催の国会前のデモで、そう演説した福岡の大学生もいたそうです。・・・・・彼はその後、韓国人や中国人と飲み交わしたんでしょうか。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ソロ SORO』 笹本稜平

ラグビーのワールドカップは来年ですね。この間、イタリアチームを招いての強化試合がありましたけど、日本も強いんですね。いや、国際ランキングでは、もともと日本の方が上のようですが、ヨーロッパの国は周辺の強国との間で揉まれてますからね。結果は1勝1敗でしたが、2戦とも地力を感じさせてくれる戦いでした。

埼玉県民の私としては、熊谷で行われる試合はぜひ見に生きたいと思います。

それと、ラグビーは、きたない反則もあるにはあるけど、双方のチームが、自分たちで自分たちのいいゲームを作り上げようとする気持ちが見受けられますよね。そう、審判と一緒に敵味方双方の選手もいいゲームをしようとしているようです。そういうところは気持ちがいいですね。

「それに比べて・・・」という言い方するとサッカーファンの人に悪いけど、もう少し何とかならないものでしょうか。応援するチームに勝ってほしいのは誰でも同じでしょうけど、勝てばなんでもいいというものでもないと思うんですけどね。戦争じゃないんですから・・・。

ワールドカップ見ていても、反則するなら反則するで、もうちょっと思いやりのある反則ってのはできないもんでしょうか。ひどいやり方は、見ていて気持ちよくない。日本代表にはそんなことやってほしくない。正々堂々と戦ってほしい。いや、戦っているけどね。コロンビアに勝ちましたね。本当に感動しました。日本らしい、正々堂々とした試合でした。

なんか、この本を読んでいて、そんなことを考えてしまいました。山登りの物語なのにね。本来、山っていうのは、人間の汚さとか、狡さとかから一番遠いところにあるもののように感じるけど、初登頂の栄誉だとか、国家の威信だとか、観光資源だとかが絡むとダメですね。逆にごく限られた世界のできごとになるから、いやらしさが際立つんですね。

そんないろいろなものを抱えながら、自分自身の“ソロ”主体のクライミングを見つめ、自分にとっての「山に登る意味」を求め続ける。そんな日本人クライマーの姿を描いた物語です。

『ソロ SORO』    笹本稜平

祥伝社  ¥ 1,944

孤高のクライマー奈良原和志 ヒマラヤ屈指のビッグウォールローツェ南壁にソロで挑む
第一章 ヒマラヤ
第二章 スポンサーシップ
第三章 トモ・チェセン
第四章 ブレイクスルー
第五章 プロジェクト・スタート
第六章 ゴールデン・ピラー
第七章 ワンデイアセント
第八章 フィードバック
第九章 パーミッション
第十章 ローツェ・シャール
第十一章 縦走
第十二章 ローツェ南壁
第十三章 ピトン


この話に出てくるような、死と隣り合わせのところで何かを目指すトップクライマー。同じ山登りでも、あまりにも自分から遠すぎますね。あまりに遠すぎて、彼に自分をなぞらえることがけっこう難しい。難しいけど、それでも何となく自分の山登りの中に引き寄せてみるなら、・・・やっぱり山にいることがうれしいってことでしょうか。

かつてタバコを吸っていたこともありますが、子どもの頃に、アスベストを作っている父の働く工場で遊んでいた影響もあると思うんですけど、やっぱり山を歩いていると息が上がりますね。足の筋肉がひきつる前に、息が上がってしまう。

どうも、若い頃みたいに心肺を鍛えて克服するタイプのものでもないようなんです。酸素を携帯して歩いていますが、今のところ、ほんの少し息を入れれば持ち直します。

「年寄りなんだから仕方がない」と言ってしまえばそれまでなんですけどね。

そんな山登りではあるんですけど、それでも山に登れることがうれしい。頂上を目指すことができる自分がうれしいんです。

初登頂の栄誉だとか、国家の威信だとか、観光資源だとか。そういうものと対比するように、ひたむきに“ソロ”で自分に向き合う山登りを突き詰めようとする奈良原和志の山登りを描きあげたんでしょう。そして、おそらくトップクライマーからは程遠い私のような一介の山好きでも、山に登れることの喜びを共感できるように書いてくれたんでしょうね。

そして読み終わると感じてるんです。私も、今私の前に立ちはだかるこの壁を越えよう。

とはいうものの、私の前にはいろいろな壁が立ちはだかっていて、どの壁にしようか迷います。この間から感じている嫌な背中の痛みであったり、胸が詰まるような感覚であったりですね。あっ、一番高い壁はあれだ。連れ合いだ。・・・これは越えられそうもない。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『山頭火のぐうたら日記』 村上護 編

山頭火に入れあげてたのはずいぶん前のことになります。入れあげたと言っても私のことですから、なんでもかんでも表面的なもので、血になり肉になりというようなものではございません。

でも、だらしなく酒に逃げる人生を送ってきましたので、なんとなく共感できる感覚を味わいました。とぼとぼと一人で山を歩くのが好きだったということも、なんとなく彼がその句を詠んだのと同じ道をたどっているような感じを味わうのを助けていたかもしれません。血になり肉となりということはありませんけど、それでも爪の先くらいにはなっているような気がします。
イメージにあるのは版画の畦地梅太郎の世界なんですね。かつて、山頭火の句に触れたとき、私が頭に思い描いていたのは畦地梅太郎の版画の中の山男たちでした。もちろん感覚的なものではありますが、・・・なぜか、・・・ね。

たとえば、《落葉ふんでどこまでも落葉》の道を歩いているのは、この山男。《しぐるるや しぐるる山へ歩み入る》のは、やはりこの山男だったんですね。

そして、何十年ぶりかに山頭火の本に触れた今、やっぱり頭の中で旅を続けるのは、畦地桃太郎の山男でした。



春陽堂書店  ¥ 1,944

種田山頭火の随筆、日記、書簡の中からつぶやき、ため息、叫びを集めた山頭火語録集
旅 歩かない日はさみしい
俳句 句は魂なり
人間 愚に生きる外なし
人生 どうにもならない私であった
社会 故郷忘れがたし


しかし、今になって山頭火の本を選んだのには、やはり理由があります。けっこう、その理由に向き合うのは、私としてもたいへんです。「大変だからこそ、山頭火」・・・かな。

かつては山頭火の享年を気にしたことはありません。しかし、今は気になりました。気になって調べてみたところ、58歳。今の私と同じ年でした。山頭火は、この私の歳には死んだのでありました。

旅に生き旅に死んだ者たちの流れを、「無用者の系譜」と呼ぶことがあるそうです。ああ、私はずいぶん一生懸命生きてきました。何の取りえも、力もないにもかかわらず、何かの役に立ちたいと、人のためになりたいと頑張りました。取りえも力もなくっても、何十年も頑張れば、自分で期待するほどではなくても、少しは何となんとかなったこともあったろうと思います。

でも、ここからは、・・・山頭火が死んだこの歳からは、これ以上のことはあきらめて、私は「無用者の系譜」に入りたいです。無用の人として、これから先を生きてみたいですね。


この本は句集ではありません。山頭火は「行乞記」や「日記」に、《はみ出し部分に書きつけている偶感といった類の一文》とこの本の著者が言う文章を残しているんだそうです。

たしかにそう、本文よりも、そういった文章に“神が宿る”こともありますよね。そんな文章を集めたのがこの本ということです。けっこうおもしろいです。

さて、「無用者の系譜」ですが、著者はここに山頭火のほか、西行、宗祇、芭蕉らを上げてます。・・・「無用者の系譜」もあきらめて、もっと本質的な「用のない者」を目指すことにします。




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テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



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よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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