めんどくせぇことばかり 2018年10月
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矢岳『忘れえぬ山々』 相澤修

著者の相澤修さん、若い頃に秩父の矢岳に登っていて、その時の紀行文が掲載されてました。昭和五十一年一月とありますから、私が十五歳、高校一年の時です。じつは、私も高校一年の時に矢岳に登っています。

高校一年の秋だから、昭和五十年です。昭和五十年の秋に登ったので、相澤修さんよりもほんのちょっとだけ先に登りました。

もう、山に登るのが面白くて仕方がない時期でした。週末はだいたい山でした。雲取、雁坂あたりで歩荷をやって、お金をためて、長い休みの時に上信越の山に行きました。歩荷に行かない週末は、山岳部の一年の四・五人で、秩父や奥武蔵の山をめぐってました。まだ、山のことをあんまりよく知らないので、山岳部の顧問の先生に、お金がかからなくて、一泊で面白そうな山を聞いて、登ってました。

今考えると、けっこう無茶な先生で、私なら、まだ素人に毛が生えた程度の高校一年生には決して紹介しなそうな山も、平気で「行って来い」と紹介されました。

和名倉山がそうだったし、この矢岳のコースもそうでした。

この本の相澤修さんは、日帰りで矢岳に登ってますが、私たちが先生から紹介されたのは熊倉から長沢背陵に出て、コースの終盤に矢岳を通るルートでした。ここ、国土地理院の二万五千図だと、道がないんです。当時はろくに、地図読みもできないかったですからね。

でも、和名倉とこのコースで、必死で地図を読みましたから、ずいぶん読めるようになりました。もちろん、自己流ですけど。

『忘れえぬ山々』    相澤修

白山書房  ¥ 時価

山は、生きる力、生きる喜び。50年間の山行の中から、鮮烈な印象を受けた山々を精選
詩歌編
詩の部
短歌の部
山岳紀行編
青年期の山々(二十~三十代)
壮年期の山々(四十~五十代)
老年期の山々(六十代~)

コース地図に線を引くと、こんな感じだったと思います。

もちろん土曜日も半日授業がありましたから、お昼を食べてから、バイクで出かけました。バイクは秩父線の白久の駅において、その日はたしか、熊倉まではいかないところでテントを張りました。

翌日、早出して、熊倉を越えたらいよいよ地図に道がないところに突入です。ほぼ同じメンバーで和名倉に行って道迷いした後なので、地図と磁石で頻繁に確認しながら進みました。今の地図でも、熊倉から酉谷とか、矢岳の周辺は道がありませんけど、地図にはなくても道はありましたね。
だけど、熊倉を越えちゃうと、高低差はあまりないんですよね。きつくはないんですけど、稜線を外さないように気を付けて進みました。

矢岳の手前とか、何か所か怖いところもありましたけど、その当時は高校一年生ですからね。  “道なき道”なんて、最高の冒険でした。武州中川の駅に下りて、白久に行ってバイクを回収すると、暗くなり始めた道をヒューヒュー言いながら帰った記憶があります。懐かしいな~。会いたいな~。

つい昨日のことのようなんだけど、四十四年も前のことなんですよね。絶句だな。

矢岳のことを書いた本なんて読んだことなかったので、ついつい興奮してしまいました。そうそう、ずいぶん懐かしい山がの話が載ってるなと思ったら、相澤修さんは同じ埼玉県の大先輩でした。




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『昭和歌謡は終わらない』 近藤勝重

《降る雪や 明治は遠くなりにけり》

中村草田男さんという方の一句だそうです。この句が詠まれたのは昭和6年。大正ではないんですね。大正という時代を過ぎて、昭和に入り、もはや明治は前の時代でさえ無くなったわけです。人々が前の時代として大正を語る時、自己形成を明治期に果たした人たちは前の時代の人の範疇にも入ることができなくなったわけですね。

もう、平成生まれが30歳になってるんです。いよいよ社会の主役は平成世代ですね。頑張って欲しいもんです。

私は昭和35年の生まれです。そうですね。私たちの世代も大変は大変でしたよ。世の中ってのは変わるもんであるのは分かってますが、変わり方ってのがあるじゃないですか。就職して、仕事を覚えた頃までも、もちろん世の中は移り変わっていきました。それに合わせるのは、さして難しいことじゃなかったです。でも、その変化が途中からわけのわからない変化になっていったんですよ。

ワープロ辺りまではなんとか順応したんですが、パソコンとか、インターネットってなると、もう嫌でしたね。でも、そういうものを使えないと仕事ができなくなっちゃいましたからね。

団塊世代の、私の一の先輩は、完全に逃げ切りましたけど。私は巻き込まれました。まるで、雪崩の被害みたいなもんですね。逃げ遅れたんです。

仕事には自身があったんですが、世の中の変化への対応に置いては、大半の人に遅れを取りました。「何だこれ?」って、わけのわからない疎外感が仕事人生にまとわりつきました。「そんな事ができて何が面白い」って開き直るには、まだ若かったですからね。



幻冬舎  ¥ 1,296

昭和歌謡ブームの理由とは?社会派ジャーナリストが改めて問う「時代と歌」
1 男と女の起承転結……
2 ザ・昭和の愛人ソング
3 今に生きる女の強さ 昔に生きる男の弱さ
4 二人のカリスマ なかにし礼&阿久悠
5 追想「別れの一本杉」
6 汽車の別れ
7 政治の季節― ラブ&ピース
8 吉田拓郎とフォーク歌謡
9 歌う大スターひばり、裕次郎、そして健さん
10 逢いたいなあ ちあきなおみ、 サブちゃん いつまでも
11 歌も「東京」一極
12 百恵―聖子―明菜
13 ジュリーがいた!
14 昭和歌謡と歌詞の力
15 阿久悠とAI
16 「人生いろいろ」―歌謡曲と島倉千代子
17 星空の歌 坂本九、荒木一郎
18 詞とテレサ・テン、桑田圭祐、五木ひろし

昭和は、歌がありました。平成だって、歌はあったんでしょうが、どうしてなんでしょうね。耳に入らないんですよ。不思議なもんですね。

昭和の時代って、嫌なこともたくさんありましたよ。だけど、いいとか悪いとかではなく、体質が昭和なんですよね。

最近のニュースで、「不登校児が過去最高となった」なんて言ってました。いろいろな意味を含んでいるんだと思います。まあ、小学校、中学校の話でしょ。“先生”って仕事は、完全ブラックだそうですからね。今、採用試験の倍率も下がってるんでしょ。3倍切ったら、まともな教員だけってわけにはいかなくなるって聞いたことがあります。まともじゃない先生じゃ、いじめなんか対応できないでしょうしね。

それに、今は学校だけが人生じゃないって言ってるじゃないですか。行かなきゃいけないわけじゃない。不登校でも胸を張れるって。きっと平成は、これから先の時代も、昭和の抱えていたいろいろな問題を、おそらくいい方向に変えていくんでしょう。

♬ 都会では自殺する若者が増えている ♫ って、井上陽水が《傘がない》を歌ったのは1972年か。私が12歳のときだ。そう言えば、小学校、中学校と遊び友達だったKちゃんは、高校に入って自殺して死んだな。

昭和って、本当にいろいろな問題を抱えていたな。日曜日、父がちょっとした仕事を片付けに働いていた工場に行くことがあって、ついた言ったことがあるんです。父が仕事をしている間、工場で遊んだりしてたんだけど、そこにふわふわ知ったのはアスベスト。工場は石綿を作ってたんですよ。

あれも、これも、それも、どれも、本当に昭和って、問題をいっぱい抱えていましたね。だけど、そんな中で日本は発展して、みんないい暮らしをするようになっていきましたよね。

どんなときでも、歌が一緒だった。昭和が一番だな。たとえ、昭和が、どんなに遠くなったとしても・・・。




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テーマ : 読んだ本
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伊豆ヶ岳~子の権現

今年の秋は天候が安定しませんね。9月は台風がいくつか接近しましたね。10月になっても、週末は駄目でした。「それじゃあ」と思って金曜日に休みをとったら土砂降りでした。先週はようやく天候が安定しましたね。「やったあ」と思ったら、安定しても、土曜日だけは雨の予報。

日曜日ならいい天気なんだけど、残念ながら、土曜日は高校生を連れて行く日なんです。なんでも、高校生を連れて行くには、だいぶ前に届けを出さなきゃいけないんですね。「それじゃ、日曜日」ってわけにもいかないんです。

寒冷前線が通過する時に、だいぶ荒れる予報だったんで、夜中に目が覚めて眠れなくなっちゃいました。

結果としては、朝7時ころには、ほとんど気にならないくらいでしたね。低気圧がスピードを上げたのと、だいぶ北側を通過したんでしょうか。私はそうなってほしいと思ってました。可能性としてはあると思いました。天気予報士の中にそう言ってる人はいませんでした。天気予報士って、あれで予報しているつもりなんでしょうか。

昨日(土曜日)はいい方に変わったんでよかったんですが、10月8日の体育の日は三連休の三日目で、この日が一番のお出かけ日よりって言っといて雨でした。私は川苔岳で雨に打たれてました。まあ、山に登るんですから、もちろん自己責任ですが。あのときの読み違いも、南側から湿気が入ってくるという、完全にありえるケースでした。

カツだ。

ボヤキから始まってしまいました。まあ、天気が良かったわけではありません。ずっと霧の中でした。10月27日地図
そのうち高校生を連れて来ようと思って、夏に同じコースを歩きました。あん時はカンカン照りで大変だったんですけど、この日は長袖のアンダーウェアでちょうどいいくらい。まあ、たまたま霧に包まれてはいましたが、いい季節なわけです。

伊豆・子の (14) 
山道に入ると、最初は沢筋の道を登ります。これがまた、いい沢で、見ているだけで気持ちがいい。

伊豆・子の (13) 
沢を離れて尾根を目指します。あえぎあえぎ尾根にあがって、10分も歩くと大蔵山です。

伊豆・子の (12) 伊豆・子の (11)
伊豆ヶ岳も、すっかり霧の中。最後の岩が露出した急坂は、岩が濡れてて登りにくかった。

伊豆・子の (6) 
伊豆・子の (4)
古御岳、高畑山、中ノ沢の頭といった山を超えて天目指峠でラーメンを食べました。2年生さん6人と1年生さん4人だったんですが、1年生産たちと一緒に作りました。2年生さんも後片付けを手伝って、わりといい雰囲気でしたよ。

伊豆・子の (7) 伊豆・子の (5)
写真は相変わらず下手ですが、色づきは始まってます。

伊豆・子の (10) 
このコースは、全行程合わせて、登りが1000mを超えるんです。おしゃべりな高校生も、後半の上りでは黙々と・・・。

伊豆・子の (3) 伊豆・子の (2) 伊豆・子の (1)
子の権現です。「代表してお賽銭を余分に上げとくから、足が強くなるように手を合わせろ」と言ったんですが、手を合わせた高校生は一人だけ。

私は生まれながらに足が悪かったもんですから、ちょっと神がかってた祖母が、ここに来て私のために祈ってくれてました。《なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる》って思い、けっこう大事だと思うんですけどね。残念です。

さて、次の週末は晴れの予報ですね。頑張れ天気予報士!





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『誰が第二次世界大戦を起こしたのか』 渡辺惣樹

《日米戦争の原因は、ポーランドの頑なで、稚拙な対ドイツ外交にあった》

ちょっと前なら、私はこの言葉の意味を理解できなかったな。日本とアメリカの戦争は、対外戦争不干渉をうたっていたフランクリン・ディラノ・ルーズベルトが、日本から手を出させるためにさまざまな圧力をかけて追いつけたことから始まったことは理解していたけどね。でも、それよりも2年も早く始まっていたヨーロッパの戦争が日米戦争の原因となっているということは、残念ながら意識の外にあった。

そう、その《ポーランドの頑なで稚拙な外交》の裏で糸を引いていたのがルーズベルトであるということは、少し前まで想像もしてなかった。
右の本は、チャールズ・A・ビアードの書いた『ルーズベルトの責任』という上下巻の本。2011年に出た本だな。だけど、もとは1948年に出されたのに禁書同然の扱いを受け、もちろん、占領下の日本では翻訳もされなかった。
「世界恐慌に無策のフーバー大統領に代わってアメリカの経済を復活させた大統領」という世界史の教科書のような認識しかない人が圧倒的に多いと思うんだけど、これを読んでもらえば認識が変わると思う。
こちらはハミルトン・フィッシュの『ルーズベルトの開戦責任』。これもすごい。今年に入って文庫版が出たんだな。私は2014年に単行本で読んだ。だけどアメリカでは1976年に出てる。

ハミルトン・フィッシュはアメリカを参戦に導いたF・D・Rの手口をこう言っている。「天使も涙するほどの手口」

どうだろう。ハミルトン・フィッシュの言う「天使も涙するほどの手口」を、知ってみたいと思いませんか。


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ヒトラー、チャーチル、ルーズベルト… 悲劇の元凶はいったい誰だったのか?
第一章 ハーバート・フーバーの生い立ち
第二章 『裏切られた自由』を読み解くー共産主義の拡散とヨーロッパ大陸の情勢
第三章 『裏切られた自由』を読み解くーチェンバレンの「世紀の過ち」とルーズベルトの干渉
第四章 『裏切られた自由』を読み解くールーズベルトの戦争準備
第五章 連合国首脳はなにを協議したのか

時代が生み出したものだろうが、この時代には多くの化け物が生まれている。レーニン、ヒトラー、スターリン、金日成、毛沢東・・・、だけど一番の化け物はルーズベルトじゃないかな。たしかにあの戦争で一番得をしたのは、あるいは多くの人を政治死に追い込んだのは共産主義者たちだけど、化け物は人類を第二次世界大戦に追い込んだ。

ヒトラーのオーストリア併合、それに続くチェコスロバキアへのズデーテン地方要求は、ある意味で、ベルサイユ条約のゆがみを正す既定路線だったといっていい。もとからパリ講和会議におけるチェコスロバキアの要求自体がひどかった。ここぞとばかり敗戦国をいたぶる会議にあっても、異様と言えるほどの領土を要求したらしい。

ロイド・ジョージ英国首相が疑問を呈すと、チェコスロバキアは抱え込むことになる少数民族への配慮を約束したという。民族独自の教育、信教の自由、人口に比例した議員数など、約束したことを、チェコスロバキアは何一つ守らなかったそうだ。
チェコ系   650万人
ドイツ系   325万人
ソロバク系  300万人
ハンガリー系   70万人
ウクライナ系   50万人
ポーランド系     6万人
左はチェコスロバキアの民族分布。
すごく無理のある構成だね。チェコは無理を通して、自分の首を絞めることになる。
ヒトラーのもとで目覚ましい経済成長を遂げるドイツ。同じドイツ系のオーストリア併合を見たチェコスロバキアのドイツ系はほとんどがズデーテン地方に住んでいた。少数民族の悲哀をかみしめさせられている彼らに、ドイツ帰属を求める動きが現れるのは当たり前だった。

ミュンヘン会談で英首相のチェンバレンがヒトラーの要求をのんだのは、既定の路線だった。その後のチェコ解体は、チェコの自壊であり、兵を一人たりとも動かしたわけではない。そしてドイツはソ連に向かう。その途中にポーランド回廊とダンチヒがある。

ところがそこで、チェンバレンが豹変する。ポーランドが最悪の外交に終始する。その背景に、ルーズベルトという世紀の化け物がいたわけだ。
残念だな~。ここのところ、過去記事に頼ることなくやってきたんですけどね。いま、歴史修正主義こそがナウの最前線ですからね。日本の修正主義を引っ張る渡辺惣樹さんの本ですからね。勘弁してください。




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テーマ : 読んだ本
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アダム・スミス『絶対世界が日本化する15の理由』 日下公人

私は英語が不得手です。話せないし、読めません。英語だけっていうんじゃなくて、日本語の会話しかできないし、日本語で書いたものしか読めません。もちろん、今さら何とかするつもりもありません。

外国の方にもえらい方が一杯いらっしゃるのは分かりますが、残念ながら、その人の話を生で聞いてもなにがなんだか分かりません。その人の書いた本を手にしても、チンプンカンプンなだけです。

だから、その人について、日本人の人から聞くしかありません。日本語に翻訳された本を読むしかありません。だから、外国の方の業績や書いたものについて、とんだ誤解をしていることが、たまにあります。

そういう事に気がついたときは、本当に恥ずかしいです。

今回、日下公人さんの書いたこの本を読んで、そんな思いをいたしました。


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日本の商品、文化が世界の人々を魅了する。そして、いよいよ世界の「日本化」が始まる
第一章 「シンゾー」を最も頼りにするトランプ大統領
第二章 アメリカという国の根本的なトラウマ
第三章 白人キリスト教徒は世界に何をしてきたか
第四章 “日本人の視点”から世界史を書こう
第五章 世界史的な目で二十世紀の百年を振り返る
第六章 日韓「歴史問題」を終わらせる
第七章 「日本文化圏」「日本精神圏」が誕生する


白人列強が世界分割をめぐってやりあっていた時代に関する話の中で発覚しました。ちょうど、産業革命が進行している時代に重なります。産業革命による経済社会の激変を、ヨーロッパの人たちがどのように捉えていたかという事に関する部分です。

それは、『諸国民の富』で自由主義経済思想の先駆けとなったとされるアダム・スミスに関する見方についてです。

「見えざる手が働いて、市場では君主の規制がなくても均衡が実現する。均衡実現への推進力は市場参加者の営利精神でそれしかないが、それでも社会に貢献する働きをするのが市場の不思議なところだ」

私は、それに尾ひれをつけられたアダム・スミスの方を頭に入れてしまってました。つまり、「アダム・スミスは強欲を推奨している」という認識です。しかも、日下さんが言ってらっしゃいますが、《見えざる手》に“神の”をつけて、強欲が蔓延する市場であっても《神の見えざる手》によって予定調和が達成されるというふうにです。

学生の時、原書講読の授業で『諸国民の富』を読みました。私の英語能力では読み切れやしないのに、その後、翻訳されたものを読まずに、非常に輪郭のあやふやなアダム・スミスを頭に住まわせてしまいました。

だから、あとから入ってきた“尾ひれ”を拒否することができなかったんですね。逆にそれらの“尾ひれ”をつけることで、私のアダム・スミス観は完成していったようです。・・・ああ、恥ずかしい。

アダム・スミスは、社会や経済全般にわたる君主からの規制を承認している人物だったんですね。それによって社会的な信用を確立している人物だったそうです。そんな彼が、市場における不特定多数の営利追及が社会にいい影響を及ぼすと認めたからこそ、『諸国民の富』は新鮮味をもって受け入れられたわけです。
当時は社会の基盤にまだ倫理や道徳があり、人間は道徳的であらねばならないという大前提で暮らしていた。そうした規範があった上での「営利精神はあってよい」というのがスミスの本意で、野放図な強欲を肯定したわけではない。
本書p147

アダム・スミスさん、本当にごめんなさい。でも、実際に、《見えざる手》は《神の見えざる手》として流布されてしまってるし、資本主義的自由競争提唱の先駆けであるアダム・スミスは、その延長線上にある帝国主義定昇の先駆けでもあるという認識は、かなり深く、そして広く根を張ってしまっているように思います。

場合によっては、現在の新自由主義という名の強欲資本主義も、その先駆けはアダム・スミスなんてことになりかねないかと心配してしまいます。

それにしても、ああ、恥ずかしい。穴があったら、・・・。言葉を選んじゃうな。それもまた恥ずかしい。




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テーマ : 読んだ本
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『教科書に載ってない最先端の日本史』 現代教育調査班

この間読んだ、安部龍太郎さんの『信長はなぜ葬られたのか』という本もそうでしたね。歴史の研究は進んでいるんです。

この本の目次に示されるように、歴史研究の最前線は、古文書の調査、美術品の鑑定、発掘調査、資料精査、科学的分析ってところにあるようです。

これでも私、かつては歴史家と呼ばれてみようかなんて思ってた時期もあるんですが、・・・どうも、やめといて良かったみたいです。だって、どれ一つとして、私には向きません。

どうやら私は、歴史家の先生方が駆けずり回って、ほこりにまみれ、泥にまみれ、本の雪崩に押し流されながらつかんだ新事実を、何年かのちに面白おかしく読ませてもらうのが関の山。

だけど、歴史っていうのは世界の広がりの上に時間の軸が重なっていくわけですからね。歴史家の先生方が駆けずり回って、ほこりにまみれて、本の落石に頭をかち割られながらつかんだその新事実ってやつは、世界の広がりに時間軸を重ねた歴史の混沌の中の“ちり”みたいなもんじゃないですか。私たち凡人は、そんな“ちり”を見ても、面白くもなんともないわけです。

でも、歴史家の先生たちは、そんな“ちり”を一生懸命集めて、なんとかつなぎ合わせていくんですよね。それが歴史家の先生の仕事です。それこそ、めんどくせぇ仕事ですね。やはり、私には無理です。

そんな“ちり”だって、積もれば山になるんです。

山になってくれれば、私たち凡人にもわかります。・・・どうも、ありがとうございました。


青春出版社  ¥ 1,080

あなたの知らない“新説”が満載!あなたの日本史の知識を「最新版」にアップデート
第1章 「古文書調査」で見つかった新発見
第2章 「美術品鑑定」で見つかった新発見
第3章 「発掘調査」で見つかった新発見
第4章 「資料精査」で見つかった新発見
第5章 「科学分析」で見つかった新発見


だけど、まだ問題があります。

私のような中途半端な歴史好きになりますと、過去に一度、頭の中に、かつてそうだと言われた歴史がドデンっと居座っているわけなんです。こいつが牢名主のように畳を何枚も重ね、一段高いところで他を睥睨しているわけなんですね。

新しい“ちり”なんかが入ってくれば、それこそひと吹きです。

そんな牢名主様に対抗するためには、きっちり整合性を高めて、まとまった体系となって登場してもらいたいわけなんですね。そうすりゃ、もともと牢名主様は、どっかに物足りない部分、理屈に合わない部分をかかえているわけですから、今度は頭から出ていくのは牢名主様の方ってことになるわけです。

典型的な牢名主様の例が多いように感じるのは、《第4章 「資料精査」で見つかった新発見》ですね。例えば具体例を挙げてみますね。

『最強の「武田騎馬軍団」はただのイメージ戦略だった!?』
『上杉謙信が敵に塩を送ったのは単に金もうけのため』
『「おんな城主」井伊直虎はやっぱり男性だった!?』
『三下り半は実は女性に配慮した制度だった』
『西郷隆盛は実際には征韓論者ではなかった』
『太平洋戦争での戦没者の六割は餓死だった』

・・・どうでしょう。たしかによく考えてみれば、資料精査までもなく、「・・・ってなんかおかしい」ってものもありますよね。“武田騎馬隊”って、あまりにもかっこいいけど、当時の馬はサラブレッドじゃありませんからね。アラブ馬でさえありませんでしょ。 中頃の馬で体高136センチじゃ、私より全然小さいです。赤備えなんか着こんでたら、馬が重くて走れません。

『太平洋戦争での戦没者の六割は餓死だった』ってのは悲しはなしで、戦争指導のミスで日本は負けたんですね。指導的立場にあった連中が、ようやく全部死んだから、本当のことが語れるようになったってことじゃないでしょうか。

そうそう、昔はJRAのレースにアラブ馬の競争ってのもありましたね。




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『外国人記者が見た平成日本』 ヤン・デンマン

週刊新潮に連載されたヤン・デンマンの「東京情報」っていうコラムがあるんだそうです。結構人気のコラムだそうです。本書は、最新の5年分から珠玉の80本を厳選したものだそうです。

ただ、筆者のヤン・デンマンさんという人がどういう人物なのかがはっきりしません。なにしろ、「東京情報」っていうコラムは1960年に始まって2018年4月に終了したんですって。・・・58年間???

どうも、外国人ジャーナリスト、または日本在住の外国人が、あるいは複数で書いた可能性もありそう。・・・ということです。

ヤン・デンマン、出てこーい!

最初は、どうしたもんかと思ったんですよ。まあ、買っちゃいましたからね。いつ読もうか。そのうち読もうか。それとも後に回そうかってね。押し入れ行きも近かったんです。なんせ、ちょっと分厚い本で、ここんところ茶の間に本をため込んでるところで二の足踏んじゃってね。

茶の間に本が乱雑に置かれてると、連れ合いがいい顔をしていないもんですからね。乱雑がダメなら横にして積んでおくと、これ見よがしすぎて、かえって連れ合いの神経を逆なでしてしまうんです。

そんなわけで、とりあえず、押し入れ行きが迫ってたわけです。

とりあえず、ぺらぺらーってめくっていたら、日本に派遣された外国人ジャーナリスト同士の罵り合いのページだったんです。《第1章 黄昏ゆく国》の最初のテーマ『「夫は外、妻は家庭」という若者が増えている』という題名のページでした。

フランス人記者
『結局、フェミニズムなんて言ってる連中は、マルクス・レーニン主義が流行らなくなったから、その源流にあるルソーを利用して世の中を攪乱しようとしているだけなんだ』

スウェーデン人おばさん記者
『あんた本当にバカね。ルソーの理論がフランス革命に引き継がれ、それが女性の解放につながったのは事実じゃない』

フランス人記者
『ルソーは女性差別主義者だろ。知的障害を持つ女性を次々に強姦し、生まれた子供は投げ捨てた。奴は露出狂の変質者だから“自然人”なんて言い出すわけだよ。こんな人間を教祖に担いでいる連中は頭の中がすっぽんぽんなんじゃないかね』

スウェーデン人おばさん記者
『私帰る!』

・・・ああ、小気味いい。



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週刊新潮』長期連載の名物人気コラム「東京情報」の中から珠玉の80本を厳選!
第1章 黄昏ゆく国
第2章 日本人の日本観
第3章 教育改革と知の劣化
第4章 「日本文化」を知らない日本人
第5章 日本のジャーナリズムの弱点
第6章 日本経済は衰退するのか


そんなわけで、他の本に先駆けて読んでみることにしました。

選ばれているテーマがいいんですよ。もちろん、ヤン・デンマンとしては、自分にとって興味深いものをテーマにしているにすぎないんでしょう。だけど、「そうそう、それについて、外国の方の意見が聞きたかった」って、そういうテーマが選ばれているわけなんです。

上の目次紹介では、章の題名しかあげませんでしたので、あらためて、その章の下の各テーマを紹介しときます。
第1章 黄昏ゆく国「夫は外、妻は家庭」という若者が増えている
「母さん助けて詐欺」
羊水検査訴訟
高校野球
いいかげんにしろ「性愛特集」
同性婚
女子大に入りたい男
LGBTに優しすぎないか?
痴漢の「痕跡」
ジョークとヘイトの間
弁護士に品位を求めるな
第2章 日本人の日本観富士山信仰
「昭和天皇実録」と日本の強さ
お祭りと夜店の意味
明治維新の禍根
自爆テロをカミカゼと言うな
刺青文化論
消されていく言葉
聖徳太子論争
教科書に「龍馬」も「桶狭間」もなしでいいのか
「西郷」の表と裏
辞書礼賛
第3章 教育改革と知の劣化死ぬ権利、死ぬ義務
国立大学改革の誤り
東大ブランド
組体操の是非
寿司屋と手袋
部活と規律
豊かな日本の賞味期限
文化祭という文化
PTAは役割を終えた
学歴社会の差
第4章 「日本文化」を知らない日本人ベストセラー今昔
歌舞伎盛衰史
人間国宝と「滅私」
いつまで「国技」と言えるか
梨園の妻
政治と音楽
岩波の功罪
天才は不意に現れる
庶民のための将棋
豊饒なる文庫文化
第5章 日本のジャーナリズムの弱点新聞社説の劣化
「金髪、高い鼻」が差別だって?
女の涙、男の涙
取調室の「浪花節」
世論調査の麻薬性
イギリス人とサル
イルカをめぐる雑音
性差なき「they」
変わるブンヤ稼業
テロの時代に
上下関係について
「山本五十六」騒動
性教育と人権
第6章 日本経済は衰退するのか沖縄に燻る「独立運動」
定年制
入社式
民衆は間違う
英語「公用語」の会社
グローバル人材とは何か
接待は悪か?
島国の外国人社長
労働闘争の本気度
財閥の権勢
悪妻、良妻
こんななんです。

第1章の中だけで考えてみても、“羊水検査”とかさ、“LGBT”とかさ。さらには、“同性婚”に“痴漢”ですからね。今は、とりあげにくいじゃないですか。どこから、どんな反発が来るか分かりませんからね。

だからこそ、このコラムが人気のある所なんでしょうね。そういう事についての外国の方の意見が聞きたいってところが、また日本人らしいところってことでもあるのかな。

また、あとで、この本で取り上げられている意見について書きたいと思います。

よろしくねっと!  片膝あげて、腰をひねって、両手を上げた片足の反対側に 




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人種差別『絶対世界が日本化する15の理由』 日下公人

《すべての人間は生まれながらにして平等であり、創造主によって一定の奪いがたい権利を与えられ、そのなかには生命、自由、および幸福の追求が含まれることを、われわれは自明の真理であると信じる》

アメリカ独室宣言の抜粋ですが、本書のp62に出てるんですが、あらためて読むと、本当に恥ずかしですね。だってそうじゃありませんか。“すべての人間”には、インディアンも黒人も含まれていないんです。そんなトマス・ジェファーソンたちが、《すべての人間は生まれながらにして平等であり・・・》とかって言ってるんですよ。しかも、アメリカっていう国はそんな独立宣言を、今でもありがたがっているわけでしょう。

・・・やっぱり、私なら恥ずかしい。

トマス・ジェファーソンが黒人女性サリー・ヘミングスを事実上の妻にしていたんですが、八分の一の黒人混血児だったんです。八分の一の混血ってのは、私なんかにすると“ほぼ白人”って思うけど、差別の上に社会を作ってる人たちにはそうじゃないんですね。

人種差別ってのは、100%の白人じゃないやつは一様に有色人種なんですよね。そして、有色人種と白人が性交すること自体が罪なわけですから、トマス・ジェファーソンはサリー・ヘミングスを表立って妻として扱うことが出来ませんでした。だから、隠し妻にせざるを得なかったなんてことおくびにも出さず、ジェファーソンは「すべての人は平等に作られ・・・」って、独立宣言を起草したんでしょ。

1859年当時、アメリカの司法長官を務めたキャレブ・カッシングは、マサチューセッツ州議会で以下のように演説しているそうです。
《割れわらは優れた白人種に属し、つまり男性にあっては知性の、女性にあっては美しさの完璧な具現化、それこそ力と特権であり、どこに行こうと、どこにいようと、キリスト教化し、文明化し、従属を命じ、征服し、君臨する権力と特権を持っている。私は自分の血と人種である白人とは、かりに英国のサクソン人であろうとアイルランド系のケルト人であろうと同格であると認める。しかし、米国のインディアンやアジアの黄色人種やアフリカの黒人が私と同格であるとは認めない》 

これも、本書p68に紹介されていたものです。


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日本の商品、文化が世界の人々を魅了する。そして、いよいよ世界の「日本化」が始まる
第一章 「シンゾー」を最も頼りにするトランプ大統領
第二章 アメリカという国の根本的なトラウマ
第三章 白人キリスト教徒は世界に何をしてきたか
第四章 “日本人の視点”から世界史を書こう
第五章 世界史的な目で二十世紀の百年を振り返る
第六章 日韓「歴史問題」を終わらせる
第七章 「日本文化圏」「日本精神圏」が誕生する


マニフェスト・デスティニーってやつですね。“明白なる天命”んんん?この本では“明白なる天意”って言ってますね。そのはアイルランド系アメリカ人で雑誌編集者だったジョン・L・オサリヴァンという人が使った言葉だったそうです。本書のp67にあります。

《自由ならびにわれわれに委託された連邦自治政府の偉大な実現促進のため、神の摂理によって与えられた大陸全土に領土を拡大し、所有することは、われわれの明白なる天意の権利に基づくものである》

そんな使い方だったそうです。そして、ゴールドラッシュによって太平洋にたどり着いたことで満足するかと思ったら、更に海にフロンティアを求めて、マニフェスト・デスティニーは日本に近づいてくるんです。

1859年ですよ。ペリーが黒船で日本にやってきたのは、「嫌でござんすペリーさん」で1853年ですよ。キャレブ・カッシングが馬鹿な演説をする6年前のことです。

もう一つ、本書に初回されていた話からなんですが、やはり人種差別に関わるものです。p110にありました。

イギリス軍の捕虜になった会田雄次さんの体験談で、『アーロン収容所ー西欧ヒューマニズムの限界』っていう本に書かれたことだそうです。

会田さんが捕虜の雑役として英軍士官室を掃除中、その部屋の主の女性士官が、彼の目の前で裸になって着替えを始めたんだそうです。会田さんは、「日本人を含むアジア人を犬か鶏か、家畜なみに思い込んでいる。だから裸を見られても、別に羞恥心も働かない」と感じたそうです。

今も彼らは、クジラを捕っちゃ駄目って、馬鹿な日本人に神の愛を教えようとしているんですね。





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昭和のスピード『昭和歌謡は終わらない』 近藤勝重

《チャラララー ダダダダーン チャラララー ダダダダーン チャラララー ダダダダーン》と繰り返される間に、石川さゆりがシモテから現れます。

ウエノ/ハツノ/ヤコウ/レッシャ/オリタ/トキカラ   アオモリー/エキハユー/キノナカー

いい感じですね。この間、上野・青森間700キロをひとっ飛びですね。

阿久悠作詞、三木たかし作曲のこの曲ですが、三木たかしさんの作った曲に、あとから阿久悠さんが詞をつけたんだそうです。曲の制約のある中ではめ込んだ言葉がこれって言うんですから、やはりすごい才能ですね。

女はもう、決して振り向かないという決意を抱いて連絡船に乗り込むんですね。理不尽とも思える、その運命を受け入れたかのように。

《ダダダダーン ダダダダーン》は、運命の《ダダダダーン》なんですね。

中学校の時の音楽の先生が、女性の先生でね。立派な体格の先生だったんで、今思えば、声楽の方だったんですね。その先生が歌謡曲の嫌いな先生で、そうはっきりおっしゃるんですよ。聞いてるこっちは、困っちゃってね。

だけど、音楽ですもんね。私たちは楽しんでいただけなんです。ただ楽しんでいた歌謡曲が、この歳になってから驚かされるほど奥の深さを持っていたわけです。・・・そうなんですよ、先生。

決して嫌いな先生じゃなかったんです。小学校の時の音楽の先生は男の先生で、静かに授業に臨めない私はよく怒られました。「お前が見たいのは東京タワーか? それともエッフェル塔か?」って聞くんですよ。「と、東京タワー」って答えると、両耳を持たれて、持ち上げられるんです。そして、「東京タワーは見えたか?」って。「み、み、見えました」

中学校の女の先生は、私に東京タワーを見せようとかはしませんでしたからね。決して嫌いじゃなかったので、歌謡曲が嫌いと言われると、困っちゃったんです。



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昭和歌謡ブームの理由とは?社会派ジャーナリストが改めて問う「時代と歌」
1 男と女の起承転結……
2 ザ・昭和の愛人ソング
3 今に生きる女の強さ 昔に生きる男の弱さ
4 二人のカリスマ なかにし礼&阿久悠
5 追想「別れの一本杉」
6 汽車の別れ
7 政治の季節― ラブ&ピース
8 吉田拓郎とフォーク歌謡
9 歌う大スターひばり、裕次郎、そして健さん
10 逢いたいなあ ちあきなおみ、 サブちゃん いつまでも
11 歌も「東京」一極
12 百恵―聖子―明菜
13 ジュリーがいた!
14 昭和歌謡と歌詞の力
15 阿久悠とAI
16 「人生いろいろ」―歌謡曲と島倉千代子
17 星空の歌 坂本九、荒木一郎
18 詞とテレサ・テン、桑田圭祐、五木ひろし

歌った石川さゆりさんの話が紹介されてました。石川さゆりさんが、連絡船を利用されていた方から言われた話なんだそうです。「海峡を渡る3時間40分だか50分の間に、いろんな自分の思いを整理するんですよ」って。

青函連絡船の事故があって、台風のせいだったんですよね。今でもあるじゃないですか。日本海に抜けた台風がどんどんスピードを上げて津軽海峡に向かっていくの。

それがあって、富士山頂の観測ドームが作られて、台風の予報も格段進歩したんですよね。更に青函トンネルが作られて、連絡船はその役割を終えました。

青函トンネルが開通して、早くなって、安全になったわけです。だけど、本土から北海道に渡る思いを整理するには、ちょっと早すぎるかもしれませんね。

なんでもかんでも、どんどん早くなりますよね。昭和は、そこに至る過程に、十分な意味が、物語があったんですけど、その意味とか物語とかって、あれは本当になくてもいいもんなんでしょうか。なんかの歪は生まれないんでしょうか。

早さってことで言えば、“汽車”っていうのも、よく歌謡曲に歌われました。久世光彦さんは、「汽車にあって電車にないのは《未練》である。このまま行こうか、戻ろうか。発車のベルが鳴っても、まだ間に合うのが汽車だった」とおっしゃったそうです。

♫あれは三年前 止める あなた 駅に残し 動き始めた汽車に 一人飛び乗った♫ って、電車じゃ出来ませんよね。汽車は、まだ間に合いそうな気がするんですよね。動き始めてからでも、なにかできるような。

私が中学の時に、兄が大学入学で東北に行ってしまうのを見送りに行ったんです。走り始めても、十分追いかけられるんですよね。ホームの端まで十分並走できるんです。そこまで行っても、まだ声は届く。汽車が見えなくなって、はじめて本当の喪失感が訪れるんですね。

やはり、そこに至る過程って、それだけで十分な物語になる時間なんですね。




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尊氏像『教科書に載ってない最先端の日本史』 現代教育調査班

勇み立たんばかりの黒い馬に乗って、白刃をかざし、ざんばら髪を振り乱す騎馬武者像。

そうそう、私たちが高校の頃の足利尊氏は、やっぱりこの姿でしたよね。いやー、勇ましい。

これを足利尊氏と認定したのは東京帝国大学名誉教授の黒板勝美さんという先生で大正9年のことだそうです。でも、早くから異議が唱えられていていたんだそうです。

師直
高師直か、その子の師詮なんだそうですね。矢折れ、太刀を担いで髪振り乱す姿は将軍にしては異様というのも、足利尊氏ではないという鑑定の根拠の一つだそうですが、観応の擾乱、バサラの時代のことですから、こんな姿の将軍もあってもいいかなと思ったりしますけど。

違うとしても、将軍と見紛うほどの鎧に馬具を付けている武将なわけで、そんな武将がこんな姿で描かれるような時代であったと。時代を表す絵としては、やはり象徴的なものと考えていいでしょう。

これが足利尊氏ではないというのは、いつか、どこからか話で知りました。それでは、これが間違えられたわけだから、間違いのない本物の足利尊氏の肖像と言われるものはないというところまでが、この本を読む前の私の認識でした。



青春出版社  ¥ 1,080

あなたの知らない“新説”が満載!あなたの日本史の知識を「最新版」にアップデート
第1章 「古文書調査」で見つかった新発見
第2章 「美術品鑑定」で見つかった新発見
第3章 「発掘調査」で見つかった新発見
第4章 「資料精査」で見つかった新発見
第5章 「科学分析」で見つかった新発見

足利尊氏像はない。

そんな私の認識は、もはや古いものでした。あるんですね。足利尊氏像。しかも、複数。それが次の二つの写真。
尊氏左は広島県尾道市の浄土寺が所蔵する《絹本著色足利尊氏将軍画像》

右は大分県国東市の安国寺が所蔵する《木造足利尊氏坐像》
尊氏1
うぉ! 似てますね。

面長で、鼻が大きくて、垂れ目で、モデルは同じ人物と考えて良さそうじゃないですか。

更に決定的な肖像画が見つかったんだそうです。2016年10月だそうです。・・・2016年10月と言えば、その子の27日に、私は足の手術をしています。いや~、痛かったな~。
・・・お前のことはどうでもいい。こりゃまた、失礼いたしましたっと。その絵が右のもの。尊氏2
ありゃ、なんだか乙女チックになってませんか。少女漫画家なんかに出てきそうな足利尊氏ですね。女子高生から「かわい~い」とか声が飛びそう。たしかに木造のとぼけた顔に似てるって言えば、似てますね。

古美術店を営む所有者が、入手した掛け軸を表具師に頼んでクリーニングしたところ、たまたま来店した栃木県立博物館の学芸員の目に止まったんだそうです。偶然というか、呼ばれたと言うか、不思議な事ですね。

その掛け軸には上方に画中の人物の来歴が記してあって、そこに尊氏の諡号の一つである《長寿寺殿》など、尊氏を示す事が書かれていたんだそうです。

所有者の古美術店主は交換会でこれを手に入れたということで、当然、前の持ち主がいたわけです。前の持ち主の段階では、これは足利尊氏像とは気づかれなかったわけですね。

ああ、日本各地の蔵の中に、もしかしたら、とんでもないお宝が眠っているわけですね。




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現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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